平成31年4月13日 「『次世代への決断』に学ぶ」

平成31年4月13日 「『次世代への決断』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::医王山 登り初めは ゆるゆると 粘りの力 自分から出す   

(生長の家石川教化部HP   工事中)
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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
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 また、総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家総裁」です。英語版は、「  Seicho-No-Ie President」です。
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『次世代への決断』を、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に於いて、求道に於いて、伝道に於いて決して、王道はありません。読者の皆様、総裁先生の御心をわが心として、ご一緒に聖なる菩薩道を歩んで参りませんか。

(つづき)
P257~259
エンパシー(感情移入)の文明を築く

これはブログにも書きましたが、最近、こういう本がアメリカで出版されて話題になっています。日本語の訳がまだ出ていませんので、原書をそのまま皆さまにご覧に入れますが、『The Empathic Civilization』という本(図1)であります。タイトルを日本語に訳しますと、「感情共有の文明」というような意味です。この本を書いた人は、ジェレミー・リフキン(Jeremy Rifkin)という人で(図2)、私と同い年くらいです。この人は、かつて『バイテク・センチュリー』(The Biotech Century)という本などを書いた文明批評家でありまして、英語圏では結構名前が通っていて、EUの地球温暖化対策のアドバイザーもしているそうです。その人が、この分厚い背表紙の本ーー全部で670頁もある本を数年がかりで書き上げ今、いろいろなところで取り上げられています。このエンパシー(empathy)ということばが、これからのキーワードになるというのです。この語は、日本語の辞書を引きますと「感情の共有」とか「感情移入」という訳が載っています。つまり、「相手の立場になって物事を感じる」ということです。どこかで聞いたことがありませんか?さきほど私が触れた話に出てきましたね。「相手の立場で物事を感じる」というのは、「仏の四無量心」と非常に近い概念です。相手の苦しみを自分の苦しみとして感じ、相手の喜びを自分の喜びとする。それを英語でエンパシーというのです。そして、この語はドイツ語かや来た造語である。人類の歴史の中では“ごく最近”に当たる、19世紀末から20世紀の初頭に作られた言葉なのです。
(つづく)

【学習】
  『The Empathic Civilization』、ジェレミー・リフキン(Jeremy Rifkin)氏、「感情の共有」、「感情移入」。これらは、現代に於いて説かれる御教えを解くキーワードの一つであるようです。相手の気持ちを思いやる力ですね。これを対人関係だけではなく、対自然界関係にこそ及ぼすのです。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
4月11日の午後は医王山に登りました。登り始めが遅かった関係と曇天の関係か、余りの寒さにたえられず、引き返しました。でも、寒いのも自然界ですね。
 4月12日。地方講師の受験勉強会がありました。現時点では、3人の受験生です。昇格1名、新規2名です。まだ、かなり時間がありますので、受験者が出てきます。一年かけて、毎月行っています。10時から16時までです。小職と先輩講師が受験生を指導します。真理の法宴です。教義の素晴らしさと使命感の共有に酔い、魂が痺れます。ここでの学習会が、松下村塾のように、中心帰一の信仰姿勢を堅持し、新しい文明の基礎を築く偉大なる選使を養成できるようになりたいと願っています。真理を説かせていただくことは本当にうれしい仕事です。

【English】
【my study】

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成31年4月12日 「『次世代への決断』に学ぶ」

平成31年4月12日 「『次世代への決断』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::感動の 映画を観ては 顧みる 自己の生活 明日の運動 

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(つづき)
P256~257
私たちは、自然界に執着して、そこから“甘い汁”だけを吸い、残りを破壊してしまうことをやめなければなりません。“甘い汁”と言うと妙に聞こえるかもしれませんが、必ずしも「蜜」のことだけではなく、「自分の肉体にとって快いもの」を指します。私はこれを「得てはいけない」と言っているのではなく、得るだけではなくて、それを「他に与える」こともすべきであり、自然破壊につながる場合は、あえて「得る」ことをせずに、自然をそのままにしておく選択肢も今、重要になっていると思うのです。
我々がそういうことを実践していくためには、やはり今までの生活を、できるところから徐々に変えていく必要がある。突然に大きく変えるとショックが大きいし、適応が難しいかもしれませんから、徐々に、一歩一歩進んでいく。私たちは、そういう過程を頭に描いているのです。先ほどビデオでも紹介されていましたが、その第一歩として、生長の家国際本部を“森の中”に置く決定をしました。これは森に執着してそちらに移転するわけではありません。(笑い)
そうではなくて、東京から山梨県の森の中に移るという行動をするためには、捨てていくものがありますね。映画や娯楽に行けない。展覧会を見られない。レストランの種類や数もそう多くない。パン屋さんの数はけっこう多いのですが、それは東京や大阪の繁華街とは比較にならない。冬は厳しい寒さですし、夏にはプールへ行けるかどうか・・・こうして捨てるものは捨てていって、しかも移転した先の自然を壊さないように生きていこうというのです。そのためには、我々人間は自然に対して“譲る”ことが必要になってくる。自然から“奪う”のではなく、一部は“譲る”中で共存するーーそういう実践の時期に来ていると思うのであります。
(つづく)

【学習】
  自然に対して、得るだけで無く、与えることを実践する。または、自然破壊に繋がる場合は、あえて「得る」ことをせずに、自然のそのままにしておく選択肢を選ぶ。これは重要です。経済発展のみの生き方でありますと、必ずしっぺ返しが起こります。動反動の法則です。山梨の森の中へ行くには、捨てていったものが多々あるとのことです。映画、展覧会、レストランなど無い世界です。厳しい寒さがある。移住した先の自然を壊さない生き方をする。それは、自然に対して譲る、という表現になっています。自然から奪うのではなく、一部は譲り、共存するという実践であると説かれています。その生き方を学び、実践する以外に、人類の未来は無いと考えられます。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
4月11日。木曜休日を利用して、グリーンブックという映画を観ました。駅前のシアターです。主人公のピアニスト、ドクターが旅行先で警察に捕らえられた時、ケネディ議員に電話をして、解放されたそうです。ケネディ氏を、この国を変える友人と、表現していました。しかし、ケネディ氏に電話して助けてもらう自分を恥じていた。皮膚の色を超えた友情の素晴らしさ。運転手役の夫婦の愛情表現の工夫。演奏旅行をした二人ともお互いに、学び合っていました。最後のシーンでさらに感動しました。運転手役の人の妻が、ドクターに、手紙を有り難う、と言っていました。妻は、自分の夫の文章でないことをわかっていたようです。私自身、学ぶべきものが沢山ありました。二人は、普通にバイリンガルだったことにも驚きました。

【English】
【my study】

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 中内 英生拝

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平成31年4月11日 「『次世代への決断』に学ぶ」

平成31年4月11日 「『次世代への決断』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::新能登の お餅を食べて 笑うなり 今日も健康 明日も前進

(生長の家石川教化部HP   工事中)
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(つづき)
P254~256
人類全体が四無量心を実践するまでには、まだかなり時間がかかるかもしれませんが、個人としての私たちは、しかし一生のうちに必ず一度、それをやらないといけない。そうですよね?私たちがこの世を去る時には、そういう物質的なものへの愛着は、全部捨てていかないといけません。
だから結局、すべての人間がこれをやるのです。それだったら、今からやったっていい(笑い)。そうでしょう?しかしまぁ、それがなかなか難しいわけですね。逆に、この世に生きているかぎりは、自分のそばに取っておきたいと思ったりする。自分の人生はあと何年で終わり、これまで得たものを全部捨てていく。そこから先は自分は無になってしまうのなら、生きている間だけでも全部を抱えて味わいつくしたいーーなどという気持を起こす人が出てくるかもしれません。また、次の代の人間のために取っておきたいと執着する人もいるでしょう。こうして、自然破壊の伝統が後世に引き継がれていくことになります。
だから、自分の一生が80年とか90年で終わり、後は何も残らないという唯物的なものの見方からは、「自然を愛する」と言いながら「自然を破壊する」という矛盾した結果が出てくるのです。自分は自然の一部であり、自然と本来一体だから、「自然から奪う」必要はまったくない。そういう視点を持つことができるのは、やはり宗教を信仰している人だと思いますから、宗教心がない場合は、最後の「捨徳」の実践はなかなか難しいと思います。
(つづく)

【学習】
  執着を捨てる。これをまず、私たちから行うことをご教示しておられます。自然を愛する、といいながら、自然破壊に走る原因は何か?。それは、①この世に生きているかぎりは、自分のそばに取っておきたいと思ったりする。②自分の人生はあと何年で終わり、これまで得たものを全部捨てていく。そこから先は自分は無になってしまうのなら、生きている間だけでも全部を抱えて味わいつくしたい。こういう考えです。これでは、自然は破壊されていきます。では、どうすべきか。それは、次の考え方による。「自分は自然の一部であり、自然と本来一体だから、「自然から奪う」必要はまったくない」と。
その根本は、宗教を信仰する人が捨徳を行じることである。捨徳の実践は、宗教心のある人です。そう考えると、御教えの宣布拡大はどうしても実現する必要があります。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
”新元号「令和」初めてのビッグな「感謝祭」にご家族で参加しよう!”

石川教区の神の子の皆様、ありがとうございます。
今月から年号が「令和」となりました。そして、5月1日は、新天皇様がご即位になられました。誠にお目出度うございます。
 また、石川教区では、5月11日(土)には、生長の家能登光明道場に於きまして、サブタイトルを「自然の恵みへの感謝祭 in NOTO」といたしまして、「SNI自転車部ミニイベント」「SNIオーガニック菜園部ミニイベント」「SNIクラフト倶楽部ミニイベント」を開催します。楽しい内容が盛り沢山です。ふるってご参加ください。

①SNI自転車部ミニイベント
お餅つき大会を行います。SNI自転車部主催です。これが昼食となります。ご近所へもお配りする予定です。臼や杵などは持ち込みます。ロケットストーブで薪をくべて餅米を蒸します。子供さんも参加できますので、どうぞお子様、お孫さんを連れておいでください。自転車の乗車体験であるズイフト体験もできます。

②SNIオーガニック菜園部ミニイベント
生長の家能登光明道場の畑で、夏野菜を植えます。無農薬でオーガニック肥料で育てます。なぜならば、世界中で行われている、農薬で、化学肥料を使う農法により、世界の二酸化炭素の40㌫を排出しているからです。従来型の農法では、地球温暖化を促進します。そこで、私たちは、能登光明道場で、脱二酸化炭素農法の第一歩を踏み出します。
 さらに、肉食削減が脱温暖化のポイントですので、ノーミート料理の試食をします。ミルクを使用しないお菓子も試食します。

③SNIクラフト倶楽部ミニイベント
現時点では、信徒さんが作られたクラフトを展示することになっています。時間があれば、何か参加者の皆様が作ることができれば、とても楽しいです。

④真理講話があります。
最後の1時間は、素晴らしい講話があります。どうぞ、一日中、楽しく有意義な時間をお過ごしください。お庭には、お地蔵様が安置されています。お参りください。

④お抹茶コーナー
晴れておりましたならば、庭でお抹茶を召し上がっていただきます。薔薇の花を愛でながらの楽しい時間となります。専門家による薔薇の花と牡丹の花の説明も行いたいと考えています。

⑤日本舞踊の鑑賞
 日本舞踊の師匠に踊っていただきます。素晴らしい信徒様に加賀地区から来ていただきます。

 現時点での企画はこのようになっていますが、当日までに少し時間がありますので、もう少し充実する可能性があります。この日が石川教区のすべての信徒様、ご家族様、ご子息様、お孫さん達にとりまして、大きな魂の癒やしと前進の活力を得る一日となることを願っています。「請う、ご期待」です。

【English】
【my study】

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成31年4月10日 「『次世代への決断』に学ぶ」

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::雨降れど ミニイベントで 小枝切る 今日を外して 行の日はなし

(生長の家石川教化部HP   工事中)
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(つづき)
P253~254
また、私たちは、動物や植物が喜んでいるのを見て、自分の喜びとして感じることが必要です。これは簡単そうで、なかなか高度な実践ですね。それでも、ペットとの関係ならばこの辺は比較的簡単にできますね。飼っている犬が苦しんでいたら、動物病院に連れて行けばいい。そうすれば楽を与えることができるでしょう。また、そのペットの好物を与えることも簡単です。そして、ペットが喜んでいる様子を見れば、自分も楽しくなる。そこまではできる。しかし、畑の作物を食べにくるサルやシカやイノシシに、これと同じ態度がとれるかというと、そう簡単ではない。
特に、四無量心の最後の「捨徳」の実践はなかなか難しいでしょう。人類が地球環境を乱してきている一つの大きな原因は、自然界の一部のものに執着してしまって、それを得るために手段を選ばないことにあるのです。つまり、捨徳が実践できないのです。例えば、美しく輝くダイヤモンドや原子力の元になるウラン鉱石を考えてみてください。これらは自然界のものですが、人間はそれを得るために簡単に山を崩してしまう。象牙やフカヒレ、石炭石油、天然ガスなどを得る際も、自然破壊をするのです。あるいは、庭に置くための美しい岩とか花などを、そばに置いておきたいわけです。また、風光明媚な土地へ、高い金を払って移住する人もいるわけですが、これらはまだ「捨徳」が完全に実践されてはいないということになる。
(つづく)

【学習】
  一部のものだけを愛する。その結果が、自然破壊となっている。その通りでありましょう。依怙贔屓をしないことが大切です。現象的に観て、役に立つ人も、役に立たないように見える人の同様も愛する。これが大切であると考えられます。自然界に於いても同様でありましょう。ペットと非ペットの差を付けずに大切にする。このようにすることが真の意味での愛であり、四無量心を行ずることになります。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月10日。今日は能登光明道場で、午前中は、SNIオーガニック菜園部のミニイベントで枝の裁断をしました。しかし、雨が降っていましたので、雨合羽を着ている小職だけで、作業しました。雨が降っていない時に行いましょう、と言う人がいましたが、残念ながら、晴れた別の日は他の行事を行っています。時間制約があります。午後、先祖供養の後は、『宗教はなぜ都会を離れるか』を輪読しました。光明化運動の進展は、この内容を信徒の皆様の魂に定着させる以外に無い、というのが、自分なりの結論です。夜は、金沢市の高尾での相愛会誌友会に行きました。バスで行き、バスで帰り、教化部から夜の雨の中を自転車で帰宅する。時間がかかりますが、ジテツーをそれなりに楽しんでいます。

【English】
【my study】

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平成31年4月9日「『次世代への決断』に学ぶ」

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::絶滅に 貧する動物 植物を 四無量心で 選使は救う

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(つづき)
P252~253
自然界に四無量心を表現する

私たちは、人間を相手にした四無量心というのは、ある程度実践しているのです。それは例えば、我々が子供を育てる過程で行われている。子育て中の方は、子供に対する自分の気持ちを思い起こしてみてください。子育てを終わった人も記憶の中に残っているはずです。すると、程度の差はありますが、子供に対しては、慈・悲・喜・捨の心を起こしているのが普通です。
私には三人の子供がいて、今は皆、家の外で生活しています。それは、「捨徳」の実践のつもりなのですが、やはり時々会いたくなります。そういう「愛するものを自分の側にとっておきたい」という心は、一種の執着心です。そういう、人間を相手にした四無量心の実践については、昔から説かれてきました。しかし私は、現代においてはそれだけでは足りないと思うのです。我々は自然とのつき合いの中で、自然界に対してもこの仏の四無量心を実践していくことが、これからの人類の大いなる課題になる。そう思いまして、皆さまには、ぜひそれを一緒にやっていきましょうと提案しているのであります。
具体的に言いますと、四無量心のうちの「慈悲」は「抜苦与楽」の心ですから、動物でも植物でも苦しんでいる様子を見たら、その苦しみを除いてあげようと思う心を起こすのです。そして、実際に苦しみを除くために行動すべきです。それらが過酷な環境にいて、絶滅の危機に瀕している場合には、人類がそれらに楽を与えるような行動をとるべきだということです。
(つづく)

【学習】
  四無量心の実践は、すでに対人間に於いては実践済みであるとのことです。確かにそうです。しかし、現代に於いては、地球温暖化の原因は自然破壊であり、経済発展であるとの現実を考えたとき、対人間だけでは、その解決に対応できないと考えられます。具体的に言うと。①動物植物の苦しみを取り除く。②行動する。③人類はそれらの、絶滅の危機に瀕している動植物に楽を与えるような行動をとるべきである。
 それを、現代の運動に於いて私たちは実践させていただいております。顔晴りましょう。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月9日。穴水見真会でした。地元の方が一人と珠洲市からお一人来ました。珠洲の男性信徒さんは地方講師試験を合格しましたので、ささやかですが、お祝いをしました。奥能登の真理の火は、ここ穴水と輪島にもう一つです。次には珠洲と宇出津に火を灯していきたいと思います。進歩はわずかですが、常に前進です。

【English】
【my study】

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 中内 英生拝

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平成31年4月8日 「『次世代への決断』に学ぶ」

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::沈黙の 祈りの中に 光あり 無より生じる 無限の力

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(つづき)
『顕斎』 2019年4月号 No,311 その1

●一文三考 谷口雅宣先生

「表現の舞台」
人生は、神の子の表現の舞台である。この舞台があるから、あなたは自己内在の神性・仏性を表現し、その喜びを人々と分かち合うことができるのである。

「表現の舞台」という語を目にして、読者は何を思い浮かべるだろうか?子供の頃、学芸会で舞台に立った時、音楽の演奏会の舞台、それともダンスや演劇のステージ、はたまた路上でのパフォーマンス・・・。
「舞台」という言葉には、独特の緊張感がある。それは「清水の舞台」に上れば、その後に何をすべきかが予感されるように、舞台とは、人々の目の前で何かをしなければならない特別の場所だからだ。心の中にあるものを、体を使って自分の“外“へ押し出さねばならない。舞台のもともとの意味は「演技を見せる場所。うでまえ、活躍ぶりを見せる晴れの場所」(三省堂『新明解漢和辞典』第2版)である。衆目の注視を浴びるだけでなく、自分も精いっぱいの演技を見せねばならない。その演技とは、もちろん「いつわりの態度」という意味の演技ではなく、ホンモノの自分を表現するための演技だ。
「表現」には、三つの構成要素がある。それは「表現されるもの」と「表現の過程」、そして「表現の媒体」である。
例を挙げようーー
家族との食事のときに急に腹痛に襲われたら、あなたはどうするだろうか?まず顔が緊張し、会話をやめ、箸の動きを止め、そして腹を押さえてしかめ面をする。腹痛の程度によっては、「オオォ〜」とか「アアァ〜」とか「イタイイタイ・・・」などと声を上げるかもしれない。もっとひどい場合は、姿勢を保っていられず、床や畳の上に体をゆだねて七転八倒する。この場合の「表現されるものは」、腹痛そのものである。「表現の過程」とは、右に描いた一連の行動だ。そして「表現の媒体」は、まず表情であり、自分の四肢であり、口から出る声である。
つまり、私たちの肉体は、表現の“一次的”な媒体なのだ。その意味は、私たちはこの世界では肉体なくしてどんな表現もできないということだ。肉体以外にも、表現の媒体は数多くある。それは例えば、絵描きが使う絵の具であり、音楽家の楽器であり、文学者が巧みに操る言葉であり、彫刻家や大工が刻む材木であり、陶芸家がこねる粘土であり、CGアーティストが愛用するコンピュータである。しかしこれらのすべての表現の媒体は、肉体があってこそ初めて使えるのである。だから“二次的”な媒体と言っていいだろう。
(つづく)

【学習】
  肉体は表現の道具である、ということが説かれています。表現の三つの構成要素。①表現されるもの、②表現の過程、③表現の媒体。これも理解できました。表現の道具である肉体を、人生表現に耐え得るように常に訓練しておくことが必要ですね。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月8日。午後は、野町の白鳩会誌友会へ行きました。以前にみた風景とはかなり変化していました。牧歌的な風景だったのが、大型の商業施設が建ち並び、相当に変わっていました。便利快適が幸福であるという世界です。畑も田んぼもほとんど無くなっており、道路と住宅と大型の商業群がありました。さて、誌友会は、4人の方々が来ておられました。白鳩誌を基本に約1時間お話ししてから座談会になりました。皆様はとても喜んでおられたようです。楽しかったです。

【English】
【my study】

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【光明加賀人の詩】::沈黙の 祈りの中に 光あり 無より生じる 無限の力

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  谷口雅宣先生御著書『次世代への決断』を、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に於いて、求道に於いて、伝道に於いて決して、王道はありません。読者の皆様、総裁先生の御心をわが心として、ご一緒に聖なる菩薩道を歩んで参りませんか。

(つづき)
『顕斎』 2019年4月号 No,311 その1

●一文三考 谷口雅宣先生

「表現の舞台」
人生は、神の子の表現の舞台である。この舞台があるから、あなたは自己内在の神性・仏性を表現し、その喜びを人々と分かち合うことができるのである。

「表現の舞台」という語を目にして、読者は何を思い浮かべるだろうか?子供の頃、学芸会で舞台に立った時、音楽の演奏会の舞台、それともダンスや演劇のステージ、はたまた路上でのパフォーマンス・・・。
「舞台」という言葉には、独特の緊張感がある。それは「清水の舞台」に上れば、その後に何をすべきかが予感されるように、舞台とは、人々の目の前で何かをしなければならない特別の場所だからだ。心の中にあるものを、体を使って自分の“外“へ押し出さねばならない。舞台のもともとの意味は「演技を見せる場所。うでまえ、活躍ぶりを見せる晴れの場所」(三省堂『新明解漢和辞典』第2版)である。衆目の注視を浴びるだけでなく、自分も精いっぱいの演技を見せねばならない。その演技とは、もちろん「いつわりの態度」という意味の演技ではなく、ホンモノの自分を表現するための演技だ。
「表現」には、三つの構成要素がある。それは「表現されるもの」と「表現の過程」、そして「表現の媒体」である。
例を挙げようーー
家族との食事のときに急に腹痛に襲われたら、あなたはどうするだろうか?まず顔が緊張し、会話をやめ、箸の動きを止め、そして腹を押さえてしかめ面をする。腹痛の程度によっては、「オオォ〜」とか「アアァ〜」とか「イタイイタイ・・・」などと声を上げるかもしれない。もっとひどい場合は、姿勢を保っていられず、床や畳の上に体をゆだねて七転八倒する。この場合の「表現されるものは」、腹痛そのものである。「表現の過程」とは、右に描いた一連の行動だ。そして「表現の媒体」は、まず表情であり、自分の四肢であり、口から出る声である。
つまり、私たちの肉体は、表現の“一次的”な媒体なのだ。その意味は、私たちはこの世界では肉体なくしてどんな表現もできないということだ。肉体以外にも、表現の媒体は数多くある。それは例えば、絵描きが使う絵の具であり、音楽家の楽器であり、文学者が巧みに操る言葉であり、彫刻家や大工が刻む材木であり、陶芸家がこねる粘土であり、CGアーティストが愛用するコンピュータである。しかしこれらのすべての表現の媒体は、肉体があってこそ初めて使えるのである。だから“二次的”な媒体と言っていいだろう。
(つづく)

【学習】
  肉体は表現の道具である、ということが説かれています。表現の三つの構成要素。①表現されるもの、②表現の過程、③表現の媒体。これも理解できました。表現の道具である肉体を、人生表現に耐え得るように常に訓練しておくことが必要ですね。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月8日。午後は、野町の白鳩会誌友会へ行きました。以前にみた風景とはかなり変化していました。牧歌的な風景だったのが、大型の商業施設が建ち並び、相当に変わっていました。便利快適が幸福であるという世界です。畑も田んぼもほとんど無くなっており、道路と住宅と大型の商業群がありました。さて、誌友会は、4人の方々が来ておられました。白鳩誌を基本に約1時間お話ししてから座談会になりました。皆様はとても喜んでおられたようです。楽しかったです。

【English】
【my study】

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成31年4月7日 「『次世代への決断』に学ぶ」

平成31年4月7日 「『次世代への決断』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::たくさんの 生命学園 研修は  新たな境地 広々として

(生長の家石川教化部HP   工事中)
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(つづき) 
P250~252
さらに「喜」というものも、四無量心の一つです。「喜徳」ともいわれます。「喜」の字を使っていますが、これは「自分が喜ぶ」のではないのであります。他(ひと)が喜んでいるのを見て、自分の喜びのように感じる心ーーこれが仏教でいう「喜」の心であります。
それから最後にくる「捨」の心ですが、これを自分のものとするのは非常に難しいといわれています。「捨てる」という字を使いますが、何を捨てるかといえば、これは「他(ひと)」や「愛」を捨てるのではなく、自分の「執着心」を捨てるのであります。例えば、皆さんが家で、かわいらしく美しい小鳥を籠の中で飼っているとしたら、それはまだ「捨」の心に至っていない。なぜなら、その鳥の自由を拘束して、いつも自分のそばに置いておき、美しい姿を見せてほしいし、美しい声を聞かせてほしいと思っているからです。これは相手を縛る執着心の表れである。それを捨てて、相手を自由にしてやるのが「捨徳」である。相手が嫌いだから捨てるのではなく、相手を好きであっても、執着によって相手を縛ることを嫌い、相手の善を信じ、その個性を最大限に伸ばすために自由にしてやる。いわゆる“放つ愛”を実践するのが「捨徳」です。だから、これは大変高度な愛の心と言っていいでしょう。
仏教では、この四つの心を人間の理想である「仏」の無量の心として高く掲げ、それにできるだけ近づこうと努力してきた。つまり、私たち普通の人間も、一人一人に「仏」が宿っているのですから、それを拝み、尊敬申し上げ、生活の中に生かしていこう。そういう教えを広めてきた。また、敬虔な仏教徒の人たちは、そんな生き方に近づこうとして、自分でもいろいろな修行をしてきたのです。
(つづく)

【学習】
   喜は、他の悦びを自分の悦びとする。最大のものは、捨です。自己の執着心を捨てる。これが人間を自由にします。そして、無限力を発揮させます。相手を自由にしてやる。その中には、対人間だけでなく、自然界に対してもです。放つ愛です。一人一人に仏が宿っている。四無量心を人間の理想として高く掲げる。その内なる仏を、拝む。尊敬申し上げる。それを生活の中に生かして行く。実に素晴らしい生き方です。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月7日。生命学園がありました。子供さん5人がおいでになりました。教化部会館に活気が漲りましたね。クラフトは、紙に押し花をした花や葉を貼り付けました。なかなか良いものです。上手ではなくても、味があります。

【English】
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 中内 英生拝

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平成31年4月6日 「『次世代への決断』に学ぶ」

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::医王山 良き修行場を 与えられ 今日も前進 明日も一歩を

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(つづき) 
P249~250
慈・悲・喜・捨は高度な愛の心

四無量心ーーこの言葉は、私が最近の講習会でよく話しているので、皆さんもご存じだと思います。半分復習のつもりで聞いてください。
四無量心というのは、「仏様の四つの無量の心」という意味です。先ほどのご文章の中にもありましたが、「慈・悲・喜・捨」という四つの漢字が当てられている。先ほどの文章では「悲」の語の説明に「抜苦」という意味が使われていました。けれども、これには説が二つあるようですね。谷口雅春先生の本でも、『詳説 神想観』では「慈」を「抜苦」と解説しています。しかし、本質的な違いではありません。
「慈」というのは「苦しみを取り除きたい」という想いです。これは自分が苦しい時に「慈」の心を起こすという意味ではなくて、他人が苦しんでいるのを見て、「ああ、あの人の苦しみを抜き去ってあげたい」と思うことです。
それから「悲」の心は、「与楽」ともいって、相手にもっと楽しみを与えたいと思う心です。これらを二つ合わせて「抜苦与楽」と続けて言うことが多いですし、「慈」と「悲」も続けて読むことが多いですから、そうなってくると、どちらが「抜苦」でどちらが「与楽」かという違いは、あまり大きな意味をもたなくなります。ですから、仏様の慈悲心の中身は、「人々の苦しみを除いて楽を与えてあげたいと思う心」だと、二つを合わせて理解していただけばいい。それは、キリスト教的にいうと「愛」の心に該当するけれども、「愛」という言葉にはいろいろ意味があって、“奪う愛”とか“縛る愛”というのもあります。また、「おいしいものをたくさん食べたい」と思う心も一種の愛ですから、そういう利己的な願いや感情を除いた「慈悲」を、仏教では昔から強調してきたのであります。
(つづく)

【学習】
①悲は抜苦であるが、慈も抜苦と解説している。しかし、本質的な違いではない。
②慈とは、他人の「苦しみを取り除きたい」という想いである。
③悲は与楽でもある。
④違いには余り大きな意味を持たなくなる。
⑤愛には、奪う愛、縛る愛もある。
⑥「おいしいものをたくさん食べたい」と思う心も一種の愛である。しかし、それは利己的な願いや感情が入る。
⑦利己的な願いや感情を除いた「慈悲」を仏教では昔から強調してきた。

 この心は非常に大切です。そして、慈・悲・喜・捨は高度な愛の心であり、その心を、自然界に対して実践することが、現代に於いて最も必要とされています。世界平和実現の基礎です。

【加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月6日。生長の家能登光明道場に打ち合わせに行きました。5月11日に、SNI自転車部、SNIオーガニック菜園部、SNIクラフト倶楽部のミニイベントを行います。その打ち合わせです。サブタイトルとして、「自然の恵みへの感謝祭」としました。能登半島では、PBSの活動はこれからです。一月からは、月一回は、SNIオーガニック菜園部のミニイベントを能登光明道場で行っていますが、まだまだこれからです。まだだからこそ、希望が湧きます。希望と勇気と悦びが湧いてきます。この地を任地としていただいたことがとてもうれしいです。常に前進、さらに前進です。

【English】
【my study】

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平成31年4月5日 「『次世代への決断』に学ぶ」

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::ミカン食べ 酸っぱさに慣れ 有り難し 人生色々 変化楽しむ

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(つづき) 
P248~249
〈また生長の家の本尊は観世音菩薩であるとも云われ「観世音菩薩悲願のあらわれ」と云う言葉は「生長の家」の随所(いたるところ)に見出される言葉である。 〉(同書、129頁)

悲願という場合の「悲」というのは、「悲しい」という意味ではなくて、慈・悲・喜・捨の中の「悲」に当たる。それが生長の家の教えのいろいろな所に出てくると解説されています。

〈悲願とは何であろうか。「悲」は「抜苦(くるしみをとる)」であると注釈せられている。観世音菩薩には「大慈大悲」の冠頭語が概ね冠せられて用いられている。観世音菩薩は大慈大悲の仏様なのである。観世音菩薩を本尊とする吾々生長の家信者は大慈大悲をもってその生活規範(せいかつのてほん)とすべきことは当然である。〉(同書、129~130頁)

谷口雅春先生はこのように仰っていて、我々は観世音菩薩を本尊として拝むと同時に、その現れである「大慈大悲」の心を起こす生き方を実践すべきである、と説かれているのであります。この意味を今日的に考えてみたいと思うのであります。
(つづく)

【学習】
①生長の家の本尊は観世音菩薩である。
②観世音菩薩悲願のあらわれ。
③悲願の「悲」は、慈・悲・喜・捨の中の「悲」である。
④「悲」の意味は「抜苦(くるしみをとる)」である。
⑤観世音菩薩を本尊とする吾々生長の家信者は大慈大悲をもってその生活規範(せいかつのてほん)とすべきことは当然である。
 
 誠に私たちの生き方は、明確です。谷口雅春先生のご教示を元にして、現総裁先生が明確に私たちが現代に於いて行くべき方向、生き方を明示しておられます。迷う必要はまったくございませんね。

加賀・能登 教勢発展伝道記】
 4月5日。鳥が増えたということを聞くことがあります。色々と理由を聞くと、農薬の散布が減って、タニシなど鳥のエサになるものが減ってきたことがあるようです。それから、鳥を捕獲することができないように、規則を定めるなどいろいろとあるますね。万物大調和の自然体で行くこと。ホモ・サピエンスの中心主義は良くないですね。他を破壊することは、神の御心ではないと考えられます。『サピエンス全史』という本がありますが、如何に人間が地球の様々な生命体を破壊してきたかが書かれています。私はまだ、漫画版で読んだだけですが、ホモサピエンスによる、地球の自然破壊の歴史がよく理解できます。『46億年のいのち』という谷口純子先生の御著書が出版されました。このような内容の御著書を待っていました。是非、拝読下さい。

【English】
【my study】

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