« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

August.31.2008「使命感と若さ」

Photo August.31.2008「使命感と若さ」
今日の歌::懐に 赤きルビーか ザクロの実

宿題や 夏の終わりの 狂想曲(今日はがんばっているようです)

 「百歳バンザイ」というNHK番組をもう5年間ほどみているだろうか。何のためかというと、教区内の定年の方々に長生きの秘訣をお伝えするためである。最近の番組で、100歳とはとても思えない女性が登場した。大阪の嘉納愛子さんと云われる方だ。声楽家であり、恩師が山田耕筰である。恩師の心を伝えたいという思いであるという。山田先生はあまり弟子を持たなかった。それ故にこそ、自分が恩師の心をお伝えしなければならないと云う使命感があるという。ある意味で私たちにも共通する心情ではなかろうか?

 声の質が落ちないように自分で作った生薑の佃煮を毎朝食べている。朝8時の朝食である。生薑に黒砂糖を入れて煮込んでいた。体操も欠かさない。毎日やるのがいいとのことである。確かにそうだ。毎日のように、誰かが教わりにやってくる。それが喜びであるそうだ。指導をしているのを聞いていると、微妙な声の変化の違いが素人の私にも理解できたようにも感じられた。

 面白かったのは、月一回、音楽の話ができる友人達との食事会だ。世界的なソプラノ歌手でグルベ・ローヴァという人がいたそうだが、食事会の名前を、「グルメ老婆の会」としている。彼女はとても100歳とは思えない。実に若い。使命感を遂行する喜びに浸りつつである。

 我が島根教区白鳩会の竜宮の集い(定年の集い)の進藤美代子さんも本当にお元気である。何しろ生命線が連合会長をされたときから二本できたというのですから。私が台湾勤務のころ、地元の方々から「若い人がいない」という言葉をよく耳にした。それに対し、T教化総長から、「年輩の方々が残ってがんばって下さっているんだ。感謝しなさい」と教えられたとき、「本当にそうだった」と思って、感謝し、青年会作りに力を入れたことを記憶している。

 先日、昔「やまたの大蛇」が出たという伝説がある所へ行った。そこで「健康長寿十則」というタオルをいただいた。

①小肉多菜(お肉ほどほど野菜たっぷり健康もりもり)、とある。まあ、生長の家の人は魚肉は食べても四つ足を食べる人は少ないだろう。

②小塩多酢(塩分取りすぎは高血圧のもと酢は健康の元)とある。塩を使い始めて、人類は初めて美味しい料理を食べるようになったという。舌は塩を「おいしい」と感じるらしい。それ以来、人類は成人病と闘わなければならなくなった。かつて永平寺に4日間座禅を組みに行ったときのことである。初めは食事が薄味で何となく味気なく感じた。しかし、3日目頃から舌が鋭敏になり、素材の味を味わえるようになった。下山し、普通の食事を摂ったところが、味が濃くて慣れるまで困った記憶がある。また、韓国に行ったときのことであるが、芥子が色々なおかずに入っており、困った。しかし、しばらくするとそれが普通になった。日本に帰り、家内が作った食事をすると薄くて味がないようにも思えた。しかし、数日でそれが美味しく感じるようになった。舌の感覚は実に不思議である。外食は美味しく感じさせるために塩分が濃いとも云われている。できるだけ、家の食事を食べることがよいのだろう。

③少糖多果(甘いものは果物から砂糖は肥満への直通切符)とある。他人から甘いことを云って欲しいとやたらと甘い物を欲しがるようになる、と聞いたことがある。食欲が正常になる必要があるのではなかろうか。

④小食多噛(腹八分目でよく噛みゃ幸せも噛みしめられる)とある。ゆっくり食べる人は長生きするそうだ。またゆっくり動く動物も長生きするという。動きにムダがないらしい。

⑤少衣多浴(薄着で風呂好きの人は健康を身につけている人)とある。谷口雅春先生は朝風呂にお入りになったことが自伝篇には書かれている。薄着だと体を保護していないので却って抵抗力が強くなるのだろうか。今年は暑かったので、イネが自分を保護するために籾殻がすごく発達して中身が少ないとの話もきいた。中身はともかくとして、外的環境が困難のように感じると、カラダは却って自分を強くするようになるのだろう。生命力のなせる業である。

⑥少言多行(べらべらしゃべっている間に行動を開始せよ)とある。しかし、情報を得るためには、コミュニケーションも必要である。江戸に何故、江戸っ子が生まれたかというと、共同風呂、共同井戸でお互いが肩をよせあって、コミュニケーションをしたからだという説がある。暗黒面を取り扱う無駄話は如何なものかと思うが、有益なコミュニケーションは大切だろう。御教えは、不言実行ではなく、有言実行を教えている。

⑦少欲多施(自分の欲望のために走らず他人のために走れ)とある。他人のために動くとき冨に変わる。自他一体の愛他行である。喜びは、他を喜ばす時に生じる。

⑧少憂多眠(くよくよしたって同じ、とっとと寝てしまおう)とある。しかし、私たち島根の信徒は寝る前の神想観を欠かすまい。

⑨少車多歩(自動車は確かに速い、でも歩けば健康への近道)とある。自動車でもマニュアル車だと一応、左足も使うが、最近はほとんどオートマチック車になっているので左足を使うことが少ないのではなかろうか。それより、歩くことは全身に血液を循環させる。これ以上の健康法はないようだ。

⑩少憤多笑(怒ったときでもニコニコしていれば忘れてしまう)とある。笑いは百薬の長と言われている。また、怒りは血液中に毒素を生じさせるそうだ。

⑪もう一つ、付け加える」とすれば、⑦と一部共通するが、「報恩感謝、生き甲斐ある生活」ではなかろうか。100歳を超えている方々の生活をみてみると、必ず人を喜ばし、その結果、生き甲斐を感じている人々が多いように見受けられる。私たちは、愛行の喜びを教えられている。特に10月19日の講習会までの愛行の日々が輝く喜びの道となるでありましょう。

*錦織さんがまた勝ちました。応援しましょう。もしも、彼が優勝すれば、島根は当然、世界の島根となります。松江はマリナーズのイチロー選手の奥様の郷里でもあるそうですが、テニスでも有名になります。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.30.2008「和製蒸気船」

Photo August.30.2008「和製蒸気船」
今日の歌::母は待つ 今日も絵手紙 描かばや  

ザクロの実 隠岐に根付きて 幾とせぞ       

                                 

 今日は、隠岐の島へ講習会推進のために来ている。ともかく島は静かである。
話は変わるが、NHK番組『ヒストリア』で幕末に薩摩の島津斉彬が作ったという蒸気船の物語が放映された。命令を受けて薩摩の鍛冶職人が長崎に来た蒸気船を見学に行く。その後、設計図も入手するが、彼らが何と独力で作ったとしている。島津斉彬曰く、『西洋人も人なり。薩摩人も同じく人なり。ますます研究すべし』と。
 鍛冶職人は西洋には、機械を作る機械があることを知り、驚いた。しかし、7年後に16㍍の蒸気船を作り動かしたのである。この創意工夫が、その後の日本の造船世界一を築いたのではなかろうか。しかし、斉彬は50歳で没した。名君の余りにも早い死であった。死には色々と説があるそうだが、私たち、島根の信徒はこの名君の創意工夫の気構えを学びたい。名君の言葉をお借りすると、島根教区の光明化に関して、「ますます研究すべし」でありましょう。

 蒸気船ではないが、子供の頃は、遊びを自分で工夫するのが常だった。潜水艦風に木の船を造り、ゴムの動力で動かす。近くの防火用水で動かして楽しんでいた。パソコンも何もないが、子供たちには楽しむための創意工夫だけはあった。昨日書いた水木さんのニューギニアほどではないが、物が溢れるだけが良い訳ではなかろう。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月29日のブログは、「集中豪雨は何を語るか?」です。集中豪雨は天災と言うより人災の分類に移行しつつあると述べておられます。さらに、「世界の人々が早くそのことに気づき、“国益”とか“ナショナリズム”に熱中するエネルギーを、地球温暖化の抑制と低炭素社会への移行に振り向けてくれることを、私は心から念願している」と結んでおられます。

 残念なことに世界は国益とナショナリズムに熱中しつつあるようだ。これをくい止めるにはどうすればよいのであろうか?エネルギー問題が争いの根底にあるのであれば、化石燃料に頼らない世界を築くことが必要であろうと考えられる。私たちは副総裁先生の御心を実現するために、自分で出来る限りの努力をいたしましょう。私たち島根の信徒は、副総裁先生の御心を、願いを、祈りを自分の心、願い、祈りといたしましょう。そのことを神様に祈りましょう。その祈りによって、私たちは島根県に居ながらにして、常に心が愛が全地球を覆うようになるでありましょう。
 ところでわが家は、先日、普通自動車だったが教化部と同じ軽自動車に変えた。交差点で止まるとエンジンも停止する賢い車である。再始動するのに後から警笛を鳴らされるほどではないようだ。いずれにしろ、「低炭素家庭」に移行する以外にない。出雲はともかく風が強い。何とか風力を活用できないかと考えるが、先日書いたように、電力会社の電気購入枠が極めて少ないようだ。
  トヨタが電気自動車に力を入れることが新聞に出ていたが、トヨタの技術を考えるとハイブリッド車以上の素晴らしい自動車を作る可能性がある。化石燃料がダメだとなると、どんなことをしてでも、燃料を作り出す人類の叡智は、前述の和製蒸気船作りに共通していると考えられる。風力発電はいわゆる制度的な問題が考えられるが、地元の信徒さんによると松江の風力発電は、景観が悪くなると云うので設置台数を減らされたとも聞いた。
*松江出身のテニスの錦織圭君が全米テニスでがんばっています。応援しましょう。  H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.29.2008「水木しげるとオーム」

August.29.2008「水木しげるとオーム」
今日の歌::誕生日 健康だけで 親孝行(今日は子供の誕生日である。家で誕生祝いをした)

 先日、副総裁先生のブログで、水木しげるさんとオームのことを書いておられた。水木しげる本人のトークがNHK『知るを楽しむ』「第2回・人生の歩き方」に登場しておられたので、ご紹介したい。「ビンタか死か」という副題であった。話しぶりからなかなか素晴らしい人のように感じた。私は戦後生まれなので詳しいことは知らない。以下、水木さんのトークを追う。

 水木さんは現在86歳。思い出の半分を占めるのは戦争のことである。壮絶な戦争体験をくぐり抜けてきたようである。昭和18年の21歳の時、召集令状が来たという。現代と当時とは違い、しょっちゅう召集令状が来る雰囲気だったそうだ。本人は墓場に行く気持でも、人々は熱気に溢れていた。鳥取の連隊に入隊した。そこで待っていたのは、ビンタとしごき日々だったという。代表で殴られていたらしい。集合に遅れたといっては殴られ、銃が錆びているといっては殴られた。しかし、ビンタは平気だったそうだ。なぜなら「自分は強いから」という自覚があった。そのうち、生きて帰ることは出来ないと云うニューギニアのラバールに送られた。敵とマラリアが待っていた。

 終日、敵が攻めて来るというので陣地構築をした。腹が無性にへったらしい。その時、偵察任務に就いていたとき、水木さんの小隊は全滅した。本人が生きているので全滅ではないが。前の方で、偵察で望遠鏡で見ていたらオームがいた。オームを見ていたら、助かったのだった。望遠鏡には10羽くらいのオームの集団が見えていた。楽しそうに話をしている。「キレイだなあ」と思って見ていた。敵はその時、後から来た。気がついたときは遅かった。建物があったのでそこを後方から狙ったようだ。それから水木さんの必至のサバイバルが始まった。2時間で軍靴の底が抜けたという。それだけ必至で走った。靴は捨てた。銃も捨てた。捨ててはいけないと言われていたが逃げるためには重いので捨てた。裸で海に飛び込んだ。

 ジャングルの中で水木さんは不思議な体験をする。真っ暗なジャングルの中でコロンだことがないという。むしろ「保護」されている感じだった。そして5日間、ジャングルを彷徨った。そして原隊に帰ったとき、ショックを受けた。「何でお前だけが死ななかったんだ」と言われて愕然とした。歓迎されると思ったら喜ばれなかった。当時は常に、「全員死ね!」だから生きることが恥とされたという。当時軍隊は、「生きるより死ぬことを美徳とする」風習だったらしい。そこで、水木さんはマラリアを発症する。

 マラリアで高熱を出しているとき、敵軍の爆撃を受けて左腕を失った。まだ手があったが、こんな手は切らなくてはダメだということで切ったという。衛生用品がなくて、生死の境をさまよった。そこで驚くのは、水木さんは決して「そのまま死ぬ」という気持にならなかったことだ。「私の場合は、よほどダメでもダメだと思わないんです。顔はダメそうでも、言葉ではダメですといっても心では絶対に死なないという確信があった」と。「彼は食べたい!」と思い出した。食べたいとは生命力である。父親も胃が丈夫だったので、自分も丈夫だったのではないかと言っている。「百歳までは生きるでしょう」とのことである。

 近くに、トライ族の集落があった。トライ族のところに食べ物を求めていった。水木さんにとっては天国のようなところだった。毎日、片手で崖を登っていったという。夜に行ったこともある。夜のトライ族の生活を見たいと思ったらしい。軍隊では行ってはいけないことになっていたが、行ったという。トライ族は水木さんのために本人が耕作する畑まで作ってくれたそうだ。大変に仲が良くなった。彼らの食生活は、火をたいて串焼きにして食べる。または、芋などはバナナの葉でくるんで焼いて食べるという。すっかり「森の中で精霊と共に生きるトライ族」の虜になった。雰囲気が気に入った。そのゆったりした生活がよかった。水木作品の妖怪もジャングルに生きる自然霊の影響かも知れない。トライ族には昼寝の時間がある。その中で、美人のエプペさんという女性が親切にしてくれたらしい。残念ながら結婚していた。友人が水木さんを悪くいうとエプペさんが、かばってくれた。

 その後、敗戦の知らせがきた。トライ族に別れを告げに行くと、「日本に帰るな」と言われたらしい。水木さんは、トライ族と共に残って生活しても良い、とも思っていたそうだ。トライ族が、将校室に行き、隊長に水木さんをニューギニアに残すように頼みに来た。友人から、「日本に帰りお父さん、お母さんに無事なのを見せてからもう一度ニューギニアに行ってはどうか」と説得された。日本に帰ってくるとマッカーサーが占領をしていて、ニューギニアには行けなくなった。そして終戦から26年経って、トライ族の友人と再会した。ここの生活が理想の生活であり、また多くの戦友を失った地でもあった。

 その後、『総員玉砕せよ』というマンガを描いたが、死んだ戦友が描かせたのだと思うを述懐している。水木さんは言う。戦争は不自然ではないだろうか。若者同士を殺し合わせることは自然ではなく、無理な出来事であると。その出来事が現在、「グルジア」その他で起きているのは悲しいことである。

 水木さんが、美を認める心があったこと。和する心が強かったこと。上官に対して憎しみの心がなく自分の強さを確認していたこと、自分は絶対死なない、生きて帰ると確信していたことなどに特徴があろうと考えられる。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月28日のブログは「“百万の鏡”が映すもの (5)」をお書きいただいている。前回で結論がでたと考えていたが、今回が結論のようである。島根の読者は熟読されたい。

 御文章は、我々が心でつくる現象世界の違いと、唯一神霊の心の反映としての実相世界との違いをご教示されている。そして最後の段落には次のような御文章が書かれている。そこまで読み進むに至って、何故か不覚にも涙がこぼれてしまった。

 我々はとかく「自己は肉体なり」との誤った認識から“敵”や“悪”を現象世界に映し出すが、神はそのような誤りを犯し給わないから、実相世界は善一元、美一元、真一元なのである。その実相においては、「すべての生命が一体」であるから、「調和おのずから備わり、一切の生物処を得て争うものなく、相食むものなく、病むものなく、苦しむものなく、乏しきものなし」(『甘露の法雨』)ということになる。

*絵はオームです。Photo_2 H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.28.2008「グルジア基本情報(1)」

Photo_2 August.28.2008「グルジア基本情報(1)」
今日の歌::ワイナリー 試飲コーナー ジュースのみ

 グルジアについてWikipediaで少し調べてみた。これはボランティアによる書き込みなので、島根の皆さまは、本やテレビなどで調べて欲しい。しかし、それにしてもである。Wikipediaの量と書き込みのすごさに感動と感謝をする。さて…。
国歌は自由を歌っているという。公用語はグルジア語である。首都は、トビリシ。
 面積は、総計 69,700km²(118位)である。人口は、総計(2004年)は、4,693,892人(113位)である。それほどの人口ではないようだ。独立は、ソビエト連邦より 1991年4月9日に独立している。
 グルジアは、西アジア北端、南カフカース地方に位置する共和国である。旧ソビエト連邦の構成国のひとつである。
 カフカース山脈の南麓、黒海の東岸にあたる。北側にロシア、南側にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接する。古来より数多くの民族が行き交う交通の要衝であり、幾たびもの他民族支配にさらされる地にありながら、キリスト教信仰をはじめとする伝統文化を守り通してきた。また、温暖な気候を利用したワイン生産の盛んな国としても知られる。
  何と、ソビエト連邦の最高指導者、ヨシフ・スターリンの出身地(ゴリ)でもあるという。
  まだまだあるが、第一回目の基本情報提供として列記した。

 今日は休日でもあるので、子供二人を連れて、島根ワイナリーへ見学に行った。残念ながら、遅かったので工場見学は終わっていた。それで、試飲をした。勿論、ジュースのみ。

*白鳩の連合会長さんにお会いするたびに、今日の副総裁先生のブログの内容の話がある。4月から毎朝、拝読しているとのこと。継続は力である。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.28.2008「舵取り」

Photo_3 August.28.2008「舵取り」

今日の詩::休日や 田を眺めつつ 過ごすなり 

 今日は日本歴史で幕末の話である。NHKの歴史番組を観たが、27歳で老中首座になった阿倍正弘のこと放映していた。自分の意見を言わず調整役に徹する老中は、一時は良かったが周囲の意見に翻弄されるという内容のようだ。彼は言う。『私は自分の意見を言わない。人の意見だけを聞く。人の意見を心に留めて、その良いところだけを選び出すためだ』と。 しかし、黒船が来航し開国を要求した。その時、老中阿倍は広く意見を天下に求めた。幕府としては前代未聞の対処法であったらしい。そして、800人の意見を聞いたという。国論は分裂する。民主主義的ではあるが、歴史の舵取りの中心人物は社会が混乱し苦悩したようだ。阿倍は、相談役として二人選び重用したそうだ。一人は「篤姫」で出てくる、海外事情に詳しい薩摩藩主島津斉彬である。もう一人は、あえて反対派の前水戸藩主の徳川斉昭を選んだ。

  水戸藩は、藤田東湖を初めとする水戸学があり、水戸光圀が始めた大日本史編纂は250年かけて完成している。水戸光圀は楠正成公の碑に「嗚呼忠臣楠氏之墓」と自筆するくらい尊皇愛国の精神が強い人だったようだ。私も以前、光圀公の隠居地の青山荘を見学したことがある。側の池に歌が詠まれていた。「ただ見れば 何の苦もなき 水鳥の足に暇なき 我が思いかな」。反対派といっても、徹底しているので、老中阿倍は、水戸斉昭の行動に悩まされたとしている。

 その後、日米和親条約を締結、さらに日本の国論は分裂して、阿倍は病没する。阿倍の老中就任の頃、大奥とのコミュニケーションもうまく取れて非常によかったようだ。大奥の発言が老中を失脚させたこともあったらしい。しかし、激流の中での阿倍の政治手法については賛否両論があったとNHKは語っていた。 当時、多くの国が欧米列強に植民地化されていたが、国民全体で考えるようにし向けたので、日本は明治維新へと進んでいき、植民地化を免れたと考えることもできるかも知れない。歴史の評価は後世に委ねられることもあるのだろう。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】

  2008年8月28日のブログの御文章は「南オ セチア紛争が拡大 (4)」である。日々変化するグルジア情勢を分析しておられる。そうあって欲しくないが「新東西冷戦」の幕開けとも言われている。 2008年8月27日の日経新聞によると、「南オセチアとアブハジアをロシアが独立を承認」欧米と対決姿勢を鮮明にしたとしている。 

  ロシアのメドベージェフ大統領は、26日にグルジアから分離独立を主張する南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の独立を承認する大統領令に署名したという。グルジアの領土保全を尊重するよう要求してきた欧米諸国との対決姿勢を鮮明にした。欧米は一斉に批判している。しかし、「認める」という言葉の力を先にロシアは活用したのだろうか。ロシア軍の略奪なども伝えられており残念なことである。 ロシア軍は停戦合意に反して自治地域を超えてグルジア各地の占拠を続けているらしい。国際的に緊張が一気に高まる恐れも出てきたとしている。 まずは、島根の皆さまと共に世界平和の祈りを。何もできないことが歯がゆいが、人間神の子の真理を一歩ずつ足元から伝えていこう。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.26.2008「信仰の基礎力を作る」

Photo_4 August.26.2008「信仰の基礎力を作る」
今日の歌::肌寒し 蛙鳴くなり 闇の田に

 今日は、有り難いことに秋田県の古本屋に注文していた布表紙携帯版全40巻が来た。この本は、かつて大変馴染んだことがある本で、ほぼ汚れなく破損なく新たに入手できたことを大変嬉しく思う。一番良いのは、背広のポケットに入るということで寸暇を利用して拝読することができる。『生命の実相』全40巻や『真理』全11巻は信仰の基礎体力を養成するのに適していると考えられる。勿論、これらの聖典だけを読めばよいわけではない。時代に即応した御教えの展開をお教え頂くには、総裁先生の聖典と副総裁先生のご著書を拝読する必要がある。しかし、基本聖典で基礎力を磨くと、総裁先生の聖典や副総裁先生のご著書を読み解き、理解を深めることができると信じる。一貫した真理がその後の全聖典、ご著書を貫いていることが分かるはずだ。副総裁先生のご著書を第一回目に拝読して、次に『生命の実相』に帰り、また、副総裁先生のご著書を拝読する。その時、自己の真理理解力が進化しているので、副総裁先生のなされる真理の展開は、もし谷口雅春先生であったならば、当然なされたであろうご教示であると深く頷くことができると思う。求道の道は、喜びの道である。今日の青年学習会で門脇さん曰く。「数学の学習で、自分の手垢が本に黒く付いてしまうくらい学習したとき、自然に数学の実力がついていくのだ」と。真理学習もまさにそうであろうと考えられる。

  来月から、受験勉強会が始まる。新規受験は、基本教義を主にした学習だが、昇格試験の学習は、副総裁先生のご著書を徹底的に拝読することから始まる。一つ一つの教義の学習も大切だが、大聖師谷口雅春先生、総裁先生、副総裁先生の説かれる真理を貫くものが唯一つの生長の家大神様の御心であるということを十分理解していただくことを基本に置きたい。真理を学ぶことの如何に楽しきことなるかな。その楽しさから初めて強力な信仰と伝道の力、教化力が実現するではないだろうか。島根の皆さま、ご一緒に学びましょう。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
 2008年8月25日のブログは、「“百万の鏡”が映すもの (4)」をご教示頂いております。この中で、今回が結論であろうと思われますが、未だに説明不足としながらも、緻密な論理展開で結論をされておられます。 

 「人工物のみならず、自然物も「我々内部の相を映し出す“心の鏡”である」ということが分かれば、『天使の言葉』にある“百万の鏡”が何を意味するかも了解されるに違いないとしておられます。
 我々は今、この瞬間にも、上下左右四方四維を“百万の鏡”に取り囲まれているのである--「汝ら億兆の現象も、悉くこれ自己の心の反映(うつし)なることを知れ」ということであるとご教示されておられます。「汝ら、億兆の個霊も、悉くこれ唯一神霊の反映なることを知れ」というところを、上記のように御表現しておられることにご留意ください。

 今回の「百万の鏡」の御文章を拝読して以来、聖経『天使の言葉』を拝読する時、声に力がこもるのを感じるようになりました。感謝であります。

*今日の感謝推進は5カ所だった。最初は、有名な熊野大社の境内地にある施設での会合だったので、会合の前に有り難く参拝させていただいた。白鳩の皆さまは、大変喜んで推進しておられるので、嬉しかった。5カ所目の宍道は、実相円満誦行を最後に行い、ご病気の方の実相を全員で祈らせていただいた。使命に邁進し、ご健勝を祈る次第である。教化部に帰ると夜は青年会の会合があり、若いエネルギーを頂くことができた。テーマは、「両親への感謝」であり、門脇さんが立派にまとめた文章を提出された。よく勉強をしておられる。後日、地方講師会のホームページに掲載する予定である。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.25.2008「先祖供養の喜び」

August.25.2008「先祖供養の喜び」
今日の歌::美術館 宍道の前に われ立てり

 現在、松江道場で先祖供養祭を毎月行っている。約一時間余の御祭の後、『人生を支配する先祖供養』の連続講話がある。現在の所、担当は私なのだが、皆さまは喜んでお聴きくださるので嬉しい限りである。毎月、自由参加で約45名から50名の参加者のようだ。来月号の『松江道場発行の連絡紙』に掲載予定だが、ご年輩の某女性が毎月、先祖供養祭にお出でになっておられる。彼女は、バスで往復するので、普通10分間くらいバス停で待つそうだ。しかし、先月は30分間も立って待っていた。今までは10分間でとうてい立っていることができなかったが、松江の先祖供養祭に参加されるようになり、30分間も立ちずくめだったが何ともなかったという喜びのミニ体験談が掲載されている。現世利益を求めて先祖供養祭をするのではないが、信徒さんの喜びをそのまま自分の喜びとしたい。ご先祖を供養し、心の中にご先祖を立てるようになると、脚がしゃんとしたというのは朗報である。しかし、自宅での朝晩のご先祖供養が信仰生活の中心であるのは勿論である。

 帰りに県立美術館に立ち寄った。「ジョットと遺作展」というのを開催していたからだ。私は美術館に訪れるような人間ではなかったが、副総裁先生ご夫妻がよく美術館のご紹介をしておられるので時々、行くようになっている。ちなみにパスポートが3000円で、それを購入すると一年間いつでも入場できることも分かった。   
 島根県立美術館での開催は7月18日からだが、イタリア・ルネサンスを代表すると云われる画家ジョットの展示は日本初だそうだ。
 彼は西洋絵画史の原点とも云える画家だという。13~14世紀にかけてイタリアで活躍した。彼は、ルネサンス絵画の先駆者とみなされているらしい。 その革新性については、レオナルド・ダ・ヴィンチは、『何百年の先人すべてを凌駕した』と述べている。今回の作品は日本ではほとんど見ることのできない。全体を鑑賞して、「落ち着いた雰囲気の宗教画」と感じた。「最後の晩餐」はダヴィンチの作品を思い出して見ると違いが分かる。またジョットの作品と、彼から影響を受けた同時代の画家たちの作品も拝見できた。また、ジョットが手がけた代表的な壁画である、世界遺産の、アッシジ、サン・フランチェスコ聖堂壁画などが写真パネルでご紹介している。ジェットは、ジョット・ディ・ボンドーネといい、1267年頃-1337年の人である。
展示はキリストやマリア様などの宗教画がほとんどだった。彼は、フィレンツェ近郊に生まれている。「従来の様式を脱し、三次元的な空間、量感にみちた劇的な人間像をあらわし、中世絵画の到達点を示すとともに、ルネサンスを予告した」と解説されている。 同時代の詩人ダンテ、後世のレオナルド・ダ・ヴィンチらが称賛したが、数々の伝説に彩られ、しばしば「西洋絵画の父」と呼ばれるという。松江の皆さま、宗教美術をどうぞご鑑賞ください。絵手紙を描いている内に宗教的な作品も出てくるのではないでしょうか?松江は芸術家山根八春氏の郷里でありますので、その影響もあるかも知れません。どんな絵かは、「ジェット」で検索すれば出て参ります。しかし、原画は素晴らしい宗教的雰囲気を醸し出しています。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月24日は、「“百万の鏡”が映すもの (3)」をお書きくださっている。まだ結論の所には至っていないが、心の中にないものは見えないことをお説きくださっているようだ。「百万の鏡」の聖句の一節は、どれほど拝読したか分からないが、今回のブログの御文章を拝読して、私に関してのみいうと、ほとんど理解せずに聖経読誦をしていたことが分かった。今まで、上の空で拝読していたようだ。今後、深く考えつつ聖経を拝読したい。25日のブログの御文章は、ものすごく深い考察をしておられますので幾度も拝読させていただきたいですが、これに関しては明日書かせていただきます。

*今日、白鳩の足立さんから絵手紙をお預かりした。これで足立さんが描かれた「柿の絵」が100枚に達した筈である。初期の作品から見ていくと、最近は俳句も入り実に芸術的で素晴らしい作品集である。「ADACHIの柿の絵」として、島根の信徒の皆さま、ご鑑賞ください。教化部のホームページにアクセスし、「アルバム集」に入り、「ADACHIコーナー」をクリックしてください。神性表現の一形式としての絵手紙を描くことによる喜びが9月号の『大和島根』に掲載されている。その影響か、各所で絵手紙が流行っているようだ。

*今日、相愛会連合会長さんから、講習会の推進が大変順調にいっている旨のご報告を受けた。相愛会の皆さまは、喜んでご推進をして下さっているとのことで嬉しい限りである。昨日は、出雲と浜田で稙田総括実行委員長のご指導をいただいたので、さらに元気が出てきたとのことである。感謝あるのみ。
*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.24.2008「神からの啓示」

August.24.2008「神からの啓示」
今日の投句::寂しげに 片隅に置く 扇風機
今日もまた 久遠の今を 生きむかな

 『イスラームの根源をさぐる』という牧野信也氏の著書がある。副総裁先生のブログで参考図書としてご紹介しておられた本である。スーフィズムについての記述が55頁から60頁まで「スーフィズム・イスラーム神秘主義」として書かれている。スーフィズムに関しては、個人的には大変興味がある。自己否定の極に神を見出し、「我こそは神」と表現したとしている。しかし、アッラーのみを認めるイスラームにおいては異端視されているらしい。

 また、ムハンマドが天使ガブリエルから啓示を受けた様子がなまなましく記述されている。104頁の8行目から106頁の7行目迄である。「我神を見、聞きし所を汝らに伝う」という宗教の権威が表現されているように思う。私たちは、大聖師谷口雅春先生のご著書、『生命の実相』自伝篇の開悟の章)を幾度となく拝読しているが、その御文章は強烈であり、何度も拝読すべき箇所でありましょう。

 また、イスラームは神と人間との関係を人間と奴隷との関係で表現している。何故であるかを123頁から説明している。奴隷制度を体験していない日本人にとっては異文化の理解はその国の人になったつもりで考える以外にない。生長の家でも『私はこうして祈る』の中にも「私はあなたに無条件降伏しました」という祈りの文章もあり、無条件降伏がすなはち神を我がものとする道であるとされている。それに似た表現法であろうか。信徒の礼拝はメッカに向かい、神に己の全身を投げ出す自己放棄だとされている。

 また、日本人は何故、イスラームを理解しにくいのかも各所に書かれている。149頁11行目、151頁16行目、163頁15行目、165頁の6行目などである。八百万の神の考えや、あらゆるものの奥に神を見出す神道の考えは、アッラーの唯一神のみを信ずる信仰に対する理解を難しくしているとしている。イスラム原理主義者の信奉するクトウブも日本の神道の多神を認めることを批判しているようだ。これらの理解は、生長の家の教義をもって解釈し、整理して初めて正しく理解できるのではないかと考える。私たちは『生命の実相』を拝読し、また新たにお説き頂くイスラームに関する教義を拝読して、さらにイスラームへの理解を深めていきたいと思う。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月23日のブログは「“百万の鏡”が映すもの (2)」です。鏡は本来、自分の姿がないとしておられます。また、『新版 真理』第7巻悟入篇の図形をお書きになられ、田と云う字に見えるか、窓枠に見えるかというご質問を読者に向けておられます。聖典を本箱から取りだして、御文章の全体を確認してみましょう。「そういう意味で、この図形は、見る者の心を映す「鏡」の役割を果たしていると言うことができる」ともお説きいただいております。島根の皆さま、お答えは如何でしょうか?

 次は失敗談ですが、私は今年四月一日に島根に赴任させていただき、講習会受講券の御祓いを出雲大社で行っていただきました。帰りに、Tさんという有名な歌手のお父様が大社のすぐ近くに旅館を経営しておられ、元相愛会連合会長でありますので挨拶に寄らせていただきました。Tさんは、私たち一団を見るなり、栄える会会頭さんにしきりに挨拶をされているのです。誰かが「T講師、教化部長は別の人ですよ。こちらの人です」と云われるてはじめて私の方を向いてくださいました。Tさんの心の中には、教化部長はこんな人だという心の形があり、その形に私は外れていたのでしょう。これは先入観念とでもいうものです。自分の心の形を外界に投影して見出すのです。ですから、常に心に幸福を描く人は、外界に幸福的なものを選択してそれを実現することになるようです。

*今日、江の川の推進に行ったときのことだった。総裁先生がお若い頃、松江の島根療養所で『生命の実相』により御教えにお触れになったことは知っていたが、その時、看護をしておられた看護婦の一人の三宅スミヨさん(82歳)と云われる白鳩さんが来ておられた。谷口清超先生は、いつも本を読んでおられたという。三宅さんが生長の家に入信され、かつての神誌を拝読していると、お名前がでておられ、大変、驚いたとのことでした。
*教化部の監査を担当しておられる竹下繁雄さん(91歳)は先日、教化部がホームページを作成したこともあり、本部や副総裁先生のブログを拝読するということでインターネットを開始した。設置のお世話をしたF商会の社員は、『80歳代の方のインターネット設置をお世話したことはあるが、90歳代の人は初めてだ』と驚いていた。私も同感である。まだ90歳になっておられない方々よ、竹下さんに負けないようにしましょう。
H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.23.2008「日本に低炭素社会実現は可能か?」

August.23.2008「日本に低炭素社会実現は可能か?」
今日の投句::徳積みし 家の空気は 輝きぬ
       鳴き砂に 会いて己の いのち知る

 ドイツの低炭素社会実現の道程についてを、NHKスペシャルで放映していた。まずは、太陽光パネルの急成長会社社長が登場してきた。わずか8年でシャープなどをも抜いて大会社を作り上げたQセルズ社社長のアントン・ミルナー社長である。1999年に17人で始めた会社だったのだが、投資家のクリスチャン・ライトベルガー氏が13億円の投資を申し出て急成長した。投資家氏は曰く「太陽光発電は将来性がある」と。

 その背後には、ドイツでは太陽光発電の買い取り制度ができたことが大きい。太陽光パネルを設置すれば、確実な利益が生み出されるからだ。再生可能エネルギー法が2000年に制定されている。但し、制定まで産業界の反対が多く決して平坦な道のりではなかったという。しかも、買い取り価格が高く制定されたのが良かったらしい。
 個人の家にパネルを設置した場合、一年間で約20万円の収入となるという。従って、10年間で元が取れ、後の10年間の電気買い取り期間は保証されているので、200万円近く儲かる計算となる。
 電力会社は、高い買い取り価格を電気料金に上乗せをしている。一般家庭では一ヶ月間に使用電気量9000円として、上乗せ分は330円である。だから市民からの特別の反対はなかったという。ドイツでは、2000年以降、そのようにして自然エネルギーの普及を進めたので、電気料金は上昇し、二酸化炭素排出量は激減したとしている。

 日本では自主的な対策に頼り、結果として6%増加したという。リコーなどでは徹底した二酸化炭素削減努力をしている。台車は電動から従業員の手押しとなっている。ベルトコンベアーも、もはや使用していない。水入りのペットポトルの重量を利用している。しかし、全体の二酸化炭素排出量は変わらない。それはなぜかという答えを指摘していた。 
 要するに、日本は原発の停止が相次ぎ、二酸化炭素を出さない発電方法が後退した。その分、石炭火力発電が増加した。だから、石炭の価格は安いので電気の価格は少し安くなったが、二酸化炭素排出量は増加したのである。
 日本の風力発電でも、風力発電の買い取りの制度は非常に厳しいものがあり、買い取り競争率は21倍という。その厳しい枠に外れると、せっかく高い値段で風力発電を設置しても買ってもらえないという皮肉な現象が起こる。コストの問題と買い取り枠の問題である。

 ドイツでは、割高な自然エネルギー購入に際して、450億円を投入している。ドイツでは消費者料金に上乗せしているが、日本では会社が負担しているので、電力会社はそれ以上増やそうとしない。再びいうが、日本は電気料金を下げて、二酸化炭素を増やし、ドイツは電気料金を上げて、二酸化炭素を減らしたのである。現時点でどちらが大切かの重大な選択を迫られているのではなかろうか。これまでの自主的な排出削減方法を取ってきた日本と法律改正で排出削減をしたドイツを比べてみると、法的規制をする以外にないのかも知れないと考えている人が多くなっているのではないだろうか。NHKレポーターはそう言いたげだった。コメントは続く。「一時的に企業は苦しくなる。しかし、長期的にみると、企業は技術革新でそれを乗り越えることができる」と。電力料金が高くなるのは困るが、大局を誤らないようにしていただきたいものである。

 ドイツの一家庭の例が放映されていた。環境税が導入されてから、その家庭の全電球が交換された。今までの五分の一の電力で賄える電球にである。子供の送り迎えも自家用車から地下鉄に変更した。かなりの努力が強いられている。普通自動車から軽自動車への買い換えや、私のように自転車通勤も最近は増えている筈である。
ドイツでは『二酸化炭素を出せばお金がかかる』という観念をまず国民に植えつけることに成功したのだそうだ。
 バリトナー氏という人がドイツの改革を指導したという。彼はオイルショックの時の日本へ行き、政府、民間企業、個人の取り組みから学び、それをドイツの今回の低炭素社会への切り替えに応用したという。何と、ドイツの環境改革の源泉は日本だったとは!それならば日本にできない筈はなかろうと考えられる。

 ナレーター氏は環境税の導入の弊害になっているのは、石油・石炭税であるとの意見も述べていた。現在は外国の排出枠を買うという方法も無いわけではないが、日本の二酸化炭素排出量を根本的に減少させるわけではない。

 中国では昨年一年間で、風力発電機が3300基設置された。そのうち、ドイツなどヨーロッパのものが40%近く設置されている。ドイツの多国籍企業シーメンス社は風力発電機など環境ビジネスを強力に押し進めているようだ。中国への売り込みもあるという。放映の最後の頃に「ドイツは環境技術の革新や環境ビジネスを、21世紀の産業革命と位置づけている」という結論的説明が聞こえてきた。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月22日のブログは「生物多様性に注目 (2)」でご自宅の毛虫や蛙など、そして殺虫剤のご使用についての考察をしておられます。島根も皆さま、ここまでお考えになって庭をみつめておられましょうや?

 御文章を拝読して色々と自分なりに考えてみた。わが家の庭にはミカンの木があり、当然のことながら毛虫がたくさん出る。蛾か蝶が卵を産んでいくのだろう。葉がくわれてしまい、今にも枯れそうになるほど発生することもあるようだ。私は見える毛虫を、殺すのは気分が悪いので、木の枝で毛虫を取り除きおそらくミカンの木でないと幼虫は育たないとは思いながらも、他の青々とした草の所に移動させる。「私は殺すのではない」と、なかなか自分を納得させるのは難しい。しかし、桜の木や松の木など木を蝕む昆虫がいる場合には、木の消滅しない方を選ぶ以外にないのだろう。ある種の昆虫や微生物は、薬で死ぬかと思うと耐性を備えて再び復活してくるようだ。個としては薬剤で死滅するが、種として進化して復活するので木より強いともいえる。

 生物は微生物という段階のものもあり、肉眼では見えにくい。ダニなども見えないが、専門家に言わせると家には沢山棲息しているという。できるだけ家を乾燥させ、掃除をする必要があるようだ。高校生の時、学校の生物室から光学顕微鏡を借りてきて色々とみた。ドブの中にアミーバという不思議な生物や水たまりの中で猛烈な勢いで細胞分裂して増殖するゾウリムシ、面白い釣り鐘のようなツリガネムシ、植物では草の葉の気孔など、肉眼では見えない微生物がかなりいるということも分かった。見たことはないが、吾々の睡眠中には相当数の菌が口中で増殖しているという。寝起きの時に口中のネバネバはその菌だという。それを聞いて、すぐにウォーター・ピックを購入して使用しはじめて20年以上経過した。

 そのように考えてみると、黴菌や微生物や昆虫やは吾々人類と共に共存共栄してきたようである。除菌ということが流行りすぎて、菌に対する人間の抵抗力・免疫力が却って減退しているとも聞いた。ゴキブリや毛虫などとはあまり仲良くなりたくはないものだが、生命という意味では仲間であるのに違いない。相手を認識することができるということは、自分の中に同じ要素があるという考えからしてもである。

 害虫に関しては、確か『新講甘露の法雨解釈』にラミー麻の害虫が消えた話が出ていたと記憶しているので確認したい。「神の世界に害虫はない」と念じつつ、薬剤を使用するのも一方法なのだろう。かつて、某練成道場に勤務していたときのことであるが、庭にあった浄心行用の火鉢の中を見ると、沢山の蚊が隠れていた。この蚊が練成会員に悪さをすると思って、殺虫剤で一網打尽に殺してしまった。するとその夜、一匹の蚊が私の部屋に入り、朝まで眠ることができなかったことを記憶している。その時以来、昆虫は決して殺さないと言う訳ではないが、生かせるものは生かそうという気持に転換した。また某元本部講師から講話でお聴きしたことであるが、谷口雅春先生のお部屋から話し声が聞こえる。おかしいなと思いしばらくして入ってみると、先生お一人だった。先生は、部屋に入ってきた蚊をウチワで扇がれながら「ここにいると殺されるから窓の外に逃げなさいよ」と言ってウチワで蚊を扇いで逃がしておられたという。そのように蚊に対しても優しい気持ちになりたいものである。

*今日は益田いったが、途中で鳴き砂の浜があると聞いた。鳴き砂は地球生成の46億年前に作られた岩石のかけらだそうだ。「よくぞ、ご無事で、今日の日まで!」と声をかけることにしている。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.22.2007「出家道」

August.22.2007「出家道」
今日の詩::茶を勧む 祈りのあとの 妻の声

 ラオスという国がある。そこにルアンパバーンという古都があるという。かつて王が仏教を保護したことにより盛んになった。ラオスは580万人の人口のようだ。ここは50年前までフランスの植民地だった。ルアンパバーンには80以上の仏教寺院があり、独特のルアンパバーン様式である。「ワット・シェントーン」「ワット・マイ」などという名称の寺院が紹介されていた。「サバイディー」とは「こんにちは」という意味だという。

 ラオスの仏教の根幹は仏陀の歩んだ道を歩むことである。ラオスでは餅米が主食であるが、お坊さんの托鉢の捧げものに餅米を捧げる。お坊さんに捧げると功徳を積むことができ、幸福な生まれ変わりがあるという信仰である。このお布施は、600年間も続けられている。

 僧侶の一日はお経を読むことで始まる。227の戒律を守る。そして「仏教を守り広く伝えるのが僧侶の使命である」とある僧侶が語っていた。私は、一日の初めに仏陀の言葉を朗読することが僧侶の一日の始まりとするならば、毎朝夕に聖経読誦をする私たちと共通点があると感じた次第である。誠にもご先祖のみ前で聖経を読誦するのは至福の時間ではある。しかも、戒律ではないがあらゆる生長の家の生活法の根本に生長の家では「人間神の子の中心自覚」をお教えいただいている。

 ラオスの仏教は上座部仏教というらしい。戒律を守ることで救われるとしている。驚いたのは、日本では出家というと専門のお坊さんになり俗世界から遠離する生活を意味するが、ラオスでの出家は一時出家といって、一生に一度は家族から離れ、その後に再び社会に帰るという出家が根付いているらしい。例えば日数は圧倒的に少ないが、家族から離れて練成道場で受講に励むようなものであろうか。NHKのレポーターと仏教信者のおばあさんとの会話が面白かった。若い男性レポーターが「死ぬのは恐いですよ」というのに答えて、おばあさんは「死ぬことは恐くないんですよ」と説教していた。仏教がここまで生活に生きている国はすごいことだと思った次第である。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
  2008年8月21日の御文章は「“百万の鏡”が映すもの」である。聖経『天使の言葉』の一節をお説きいただいている。
人類が皆兄弟であることを「鏡」を喩えとして使っている意味についてご教示されている。
また、神の姿が「宿っている(隠されている)」と「映っている(現れている)」との違いをご教示されている。実相と現象の区別をしながら拝読されたい。

 聖経『天使の言葉』であるが、30年以上前であるが、新宿で「東京新聞」の夕刊を買って電車の中で読んだ。その中に、聖経『天使の言葉』という文字が飛び込んできた。それは、元首相婦人である○○薫子さんの体験談だった。聖経『天使の言葉』を読んで感動したという話だった。一般の地方新聞で聖経の話が掲載されていて驚いたことを記憶している。
 父がよく、最後の部分の情景描写である「此の時いづこともなく天楽の音りゅうりょうとして聞え、 天童これに和しうすものを流れの如く引いて舞へば 島をめぐれる紺青の海に ヴェニスのゴンドラ船の如き 半月の船静かにすべりていと平和なる状態なり」の聖句を諳んじては感動し私に言っていたことを思い出す。
 聖経『天使の言葉』は、『甘露の法雨』に続くお経で「続甘露の法雨」とも書かれている。聖経『続々甘露の法雨』は内容的には病気を治す心の持ち方が書かれているようだが、人生必勝の真理が説かれているとも言われている。いずれにしても、聖経を拝読するときには、生長の家大神様に波長を合わせることができ、さまざまな体験が得られることがあるが、しかし何よりも大切なことは、聖経の意味をよく理解して拝読することであろう。
 島根の信徒の皆さま、今日の副総裁先生のご教示をよく理解するとともに、もう一度、『生命の実相』や聖典に書かれている「聖経の解説」の御文章にチャレンジしてみようではありませんか?

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.21.2008「珊瑚礁」

August.21.2008「珊瑚礁」
今日の投句::風強し 出雲の神の お出ましぞ

 自然界のいうものは実に素晴らしい造形を作り出す。工芸品に変えられた珊瑚は美しいが、棲息する珊瑚はさらに最高に美しいという。残念ながら私は海に入って見たことはない。珊瑚はイソギンチャクの仲間でポリプという数㎜の生物である。それが群落を形成している。彼らは、海中の二酸化炭素を取り込んで石灰に変える。その石灰を土台にすることによりいわゆる珊瑚として大きくなるのである。オーストラリアにはグレート・バリア・リーフという大珊瑚礁があるそうだ。日本の本州と同じ広さである。この広さが、地球温暖化を防いでいるとも云われる。1800万年間かけて形成された貴重な世界である。プロの海中カメラマンのコメントがあったが、「余りの美しさに、カメラを向けることさえ忘れてしまった」という。珊瑚の二酸化炭素吸収能力は、同じ面積の熱帯雨林よりも上であるともいわれている。地球温暖化で海水温が上昇しているが、その影響で珊瑚が死滅する、またはオニヒトデの激増で珊瑚をくい殺すということになると、海域に於ける二酸化炭素の処理吸収能力は減退すると考えられるのだ。

 この珊瑚をガリガリと食べる魚にナンヨウブダイというのがいる。するどい口の歯で、珊瑚を食べて糞を出す。その糞が、石灰である珊瑚を食べているので、白い粉末として海水に放出される。珊瑚を食べると云うよりも、珊瑚に生えている「藻」を栄養分としているらしい。一匹のナンヨウブダイが一年間に1㌧もの白い石灰の砂を作り出す。珊瑚の石灰を体内で砕いた砂である。自然のなせるワザは素晴らしい。余りにも多いその砂は波に押し流されて島を作る。リザード島という大きな島まで作り海の景観まで変えてしまうようだ。今年は海に行かなかったので、なおさらこんな文章を作りたくなる。海で泳ぎたいがもう、クラゲが発生しているだろう。クラゲのハリはものすごく痛い。

  島根県、特に玉造は瑪瑙が有名である。土産物店で「この瑪瑙は島根のどこでとれたのですか」と聞くと、外国産であるとのことだった。需要が多くなると供給するためにやむを得ず外国産を使うようになるのだろう。私の郷里の高知であるが、そこは珊瑚の加工品が多い。かつての話だが、土産に安い珊瑚を買おうと思って、はりまや橋の近くにある珊瑚店に入った。やはり、血色の真っ赤な珊瑚が小さいが美しい。お店のご主人が饒舌だったのを幸いに、色々と教わった。赤い珊瑚は深海にいるのだそうな。その珊瑚の加工品はどうしても小さくなると云う。深海から海上に引き上げるとき、水圧の変化で、珊瑚にひびが入るという。それで血色の珊瑚の加工品は大きいものはできにくいのだそうだ。専門家の話を聞くと普段私たちが知らない世界が見えてくるので楽しい。

 今後、オニヒトデの異常発生などでボランティアの駆除隊が活躍することは多くなりそうだ。海水の温暖化による白化現象自体は、ボランティアだけでは避けることは不可能なので、全地球人の協力が必要であろう。代替燃料の確保、化石燃料を使わない生き方、エネルギーをムダに使わないよう、細かい創意工夫による日常生活の改善など私たちの為すべきことは余りにも多い。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
  2008年8月20日のブログは「地熱エネルギーを活かそう」である。地熱発電ということを考えると、「資源小国」という発想からの脱皮を促しておられます。「平和は実に足元から来る」とご教示頂いております。

 地熱発電は、宇宙から来る太陽光による発電に対して、地球の自家発電とでもいうべきものでありましょう。マグマは地球の生成の時から存在し、その驚異的なマグマの活動によって地球は動かされている。全球凍結の時代にあっても、生命はマグマの熱を受けて噴出する温泉のような状態の中で生命を次の世代に繋いできたのです。マグマの活動がプレートを動かし、アフリカ大陸とアメリカ大陸を切り離し、インド亜大陸をインド洋から運んできてユーラシア大陸にくっつける。その勢いでヒマラヤ山脈が造りだされたと云われています。火山国であるということは、マグマからの地熱の恵みを利用しやすい位置にあるということでありましょう。
 因みに日本の現在の地熱発電所は以下の18カ所である。
柳津西山地熱発電所森発電所(北海道)、大沼地熱発電所(秋田県)、澄川地熱発電所(秋田県)、上の岱地熱発電所(秋田県)、松川地熱発電所(岩手県)、葛根田地熱発電所(岩手県)、鬼首地熱発電所(宮城県)、柳津西山地熱発電所(福島県)、八丈島地熱発電所(東京都)、岳の湯発電所(熊本県)、大岳発電所(大分県)、八丁原発電所(大分県)、杉乃井地熱発電所(大分県)、滝上発電所(大分県)、九重地熱発電所(大分県)、霧島国際ホテル地熱発電所(鹿児島県)、大霧発電所(鹿児島県)、山川発電所(鹿児島県)。ご覧の通り、島根県にはないl。かなりの偏りもある。検討を促される由縁でありましょう。

*今日は木曜休みだったので、子供にせがまれて浜田の水族館に行って来た。白イルカの幸福のバブル・リングというのを見せていただいた。どうすればあんな芸当ができるのだろうか? この「バブル・リングを見た人は必ず幸福になる」と云うのでこれからの人生がますます楽しみである。それにしても、「必ず幸福になる」という予感と信念を与えるイルカは何と素晴らしい布施を人間に与えているのだろうか。かつて、アジアン・グッヅのお店の店員さんから「幸福の葉っぱ」という葉脈だけが網目状に残った10㎝くらいの葉を頂いたことがある。彼女曰く『これを持っていると必ず幸福になります。どんな幸運が自分に舞い込むのかな、と自分の身の回りに幸福の要素を探しているといつの間にか幸福な気持になるのです』と。『ナルホド!』H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.20.2008「トウルッリ」

August.20.2008「トウルッリ」
今日の投句::日々努力 続けることは 力なり

 南イタリアに不思議な街があるという。大体そんなところは世界遺産となっている。それはトンガリ屋根である。地名はアルベロベッロだ。舌がもつれそうになる。すべて石灰岩でできているトウルッリという1500のトンガリ屋根群である。年間100万人の観光客が訪れるらしい。岐阜の世界遺産である白川村郷と姉妹都市になっているという。
すべて石灰岩を割って板状のものを作り積み重ねるという方式になっている。この建築技術は驚くべきものである。

 この地の人々は、かつて統治者の悪政に苦しめられたという。その当時の遺物がトウルッリである。人々はめげることなく、お互いに協力し合って乗り切ってきた。このトウルッリは、地下の石灰岩をくりぬいて石板を作る。採掘した跡は空洞になるので、天水を溜めて家庭の貯水槽とした。当然に貯水槽の上には家であるトウルッリが建設されることになる。公共の大きな貯水槽も作られていた。20世紀半ばに水道が引かれるまでは、この貯水槽を大いに利用したという。このトンガリ屋根の建物のある地域は、現在は若い人々は仕事がないので他に移転し、年輩者が多く住み、トウルッリは別荘や土産物屋として利用しているという。それにしても年間100万人が訪れるということだから、観光業が盛んになる筈だがどのようになっているのだろうか?このことを、先日、「探検ロマン・世界遺産」で放映していた。

 人は困難に遭遇するとき、相手を憎んだり悩んだりすることが多い。しかし、それは己の心の影であると考えるとき、他を恨むことは不要となる。そして相手を赦す余裕が出来て自由自在の境地に到達するのである。そしてより一層パワーアップする。「夜明け前は一番くらい」とか、「難儀は節や節から芽が出る」という言葉や、「八方塞がっても天は開いている」とか、私たちに希望を与えてくれる言葉は多い。それだけでなく、本来完全であり、既に実相世界にはすべてのものは完成しているのだという真理を教えられるとき、明るく余裕をもって人生を歩むことができるだろう。副総裁先生のご著書『太陽は常に輝いている』の中に、「誰でも太陽は必ず朝になれば昇るという確信を持っているので、夜になり太陽が沈んでも誰も恐怖する人はいない」という内容をご教示くださっている。問題は解決するためにある。「急がずに急げ」というお言葉もある。実相は既に完成しているのだから、これからこれから作るのではないのだから、急がなくてもよいという。そして、それを現象界に持ち来すのが神の子の使命であるから、「善は急げ」の格言通り、急ぎましょうというのである。

 与えられた場で全力で生ききるのが神の子と生き方である。この世での生ある限り、人のために世のために、神様の御栄えのために他に尽くすのが最善の生き方であり、大いなる徳積みである。今日の午前中は、熟年の白鳩さん達が40人近くお集まりになられ、講習会大盛会の連続聖経読誦を行っておられた。名前を白鳩会の「竜宮の集い」というそうなので、私は乙姫さんとお呼びしている。皆さんは本当に若い!。元気はつらつである。神様のご使命に邁進することにより、ご本人達も意欲と生き甲斐と喜びを感じ、また健康増進となると思う。ご健勝を祈りつつ、『甘露の法雨』一巻を共に読誦させていただいた。生長の家の同士としての一体感を感じる時間だった。『甘露の法雨』を拝読するたびに、「よくぞ生長の家にお導き頂きました、お父様お母様、ご先祖様、有り難うございます」という無上の感謝と喜びを感じる。誠にも、この聖経には真理のすべてが語られ実相の完全さが明らかにされているからではないだろうか。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.19.2008「皇女セルマの遺言」

August.19.2008「皇女セルマの遺言」
今日の詩::風呂の窓 ヤモリの腹は なお白く

 『イスラーム世界の女性たち』という白須英子さんの著書がある。165頁から177頁までセルマの人生が述べられている。『皇女セルマの遺言』に書かれているのだが、著者は異国で孤児として育った娘である。母が生きていれば、自分にどんなメッセージを伝えたかったであろうか?それを聞き取ろうとしていた。そして娘は現代フランスのトップ・ジャーナリストとなった。『皇女セルマの遺言』が国際的なベストセラーとなってから、娘はインタビューを受けている。「あなたはムスリムですか?」との質問に対して「はい」とハッキリと答えている。彼女は言う。「宗教というのは、自分の帰属を示す一種の身分証明書のようなものですが、正真正銘のムスリムを自称することは、理不尽なことは認めないということです」と。
 このような意味もあるということを知らなかった。イスラームは、世界宗教として現在もなお増加し続けているという理由は、ここにもあるように思われる。『イスラーム世界の女性たち』の本は、ざまざまなエピソードが書かれている。有名なソロモン王やシバの女王の話もある。

 この本は様々な史実、物語を掲載しているのでイスラーム女性理解の一助となりそうである。ともかく、イスラームに関しては、島根県では友人がいるわけでもなく、モスクがあるわけでもないので、イスラームの本を読む以外に理解を深める方法はあるまい。
 
 昨日もトルコのことを書いたのでついでに、書くことにする。この本では「日本よりトルコが先進的だった」としている。トルコでは女性の地位改善のための動きはかなり早くからあったらしい。婦人参政権であるが、フランスでは1944年、イタリアが1945年、日本では1945年、スイスは1971年である。トルコでは、1930年には市町村レヴェルの選挙で早くも女性に選挙権と被選挙権が与えられている。1934年には、多くの国に先駆けて全女性に国政への参政権が認められた。実際に、1935年には、17人の女性代議士が誕生している。これから考えると、イスラームの国はまちまちであるが、トルコは先進組の一つなのであろう。

 オアシスのことについても書かれている。砂漠のど真ん中でこんこんと泉が涌くオアシス。中東を旅すると、それはどんな人間の如何なる努力も及ばない神の恵みであることがしみじみと分かるという。いつぞやのNHK番組「プロフェッショナル」で、国連関係の女性職員がインタビューされていたが、アフリカが拠点の彼女は、日本に帰ってきて、水道から飲み水が出ることにいつも感動するという。真水は貴重な地球の贈り物である。

 それから『千一夜物語』は、起源はインドあたりで、それが最初にペルシャ人の間に伝わり、それからアラブ人に広がって今のような形になったようである。何と物語の背景になる時代は数世紀にわたり、舞台となる場所もアラビア半島からエジプト、パレスチナ、メソポタミア、イラン、インド、シナなど広範囲に及んでいるので、書き手も複数おり、千年くらいにわたって何度も補足・改訂・編集を重ねて今日に至っているらしいとしている。物語の粗筋はご存じの通りであるが、宗教の教義も周辺部分は、伝道するさまざまな地域を通過するたびにエピソードが追加されていくというのと、同じ要領なのかと思った次第である。

 さらに重要な一節がある。219頁に「われわれが権力の座にいられるたった一つの理由は、アメリカがサウジの石油を必要としているからだ。いつかはその需要を満たす代替燃料が出現する。すでに科学者達はその代替燃料を発見しつつある。そうしたら、サウジアラビアは、そしてわが王室はアメリカにとってご用済みになる。僕の推定では、あと二十年以内だな」。これはサウード家の人であるカリーム氏の言葉である。アメリカ大統領ブッシュ氏は石油という面でサウジの王家とは仲がよいという。しかし次の大統領とサウジアラビアの王室との関係がどうなるかで、何らかの国際的変化が起きることが予測されるようだ。これに関するご指摘を教修会にてなされたことを記憶している。

*今日は宇治大祭の三日目の式典が厳かに挙行された。生長の家副総裁谷口雅宣先生が、斎主(いつきぬし)となられてお祀りいただいた。誠に有り難うございました。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.18.2008「沸騰するイスタンブール」

August.18.2008「沸騰するイスタンブール」
今日の投句::宇治川や 神と仏が 集い来る

 島根の皆さま、今日はイスタンブールへ参りましょう。NHKスペシャルによると、トルコ建国の理想を掲げる人やそれに対して真っ向から対立する人が混在しているようだ。いわゆる「文明の衝突」「文明の激突」がここにある。しかもボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ側とアジア側が一つに結ぶように、現在海峡の海底で鉄道のトンネル工事が行われている。3年前からである。
来年5月に完成する。担当は日本の大手建設会社である大成建設だ。キリスト教世界とイスラーム世界とを結ぶ工事を日本が担当しているのと、生長の家が国際平和信仰運動でイスラームを研究し始めて具体的に万教帰一の動きが始まったのと、ほぼ同時であるので不思議な感銘を受けた。そして歴史に於ける神のみ心の用意周到さと副総裁先生のご指導の的確さを身に染みて感ぜざるを得ない。なお工事は135㍍の管を沈めて繋ぐという方式である。この管は重さ18000㌧だ。かなり重い。しかもボスポラス海峡の流れは時速10キロで危険だという。

 ここトルコは、ローマ、ビザンティン、オスマントルコなどが支配してきた。いわゆる文明の十字路である。しかも、現在は中国、インドに次ぐ新興国となっているという。80年前、建国の父といわれるケマル・アタチュルクが徹底した政教分離の原則を貫いた。しかし、現在、イスラム回帰の動きもある。昨年、公の場所である大学でスカーフ着用を認めるという動きがあったが、今年、裁判所が法律違反であると判断したらしい。しかし、イスラム派も力を増しているようだ。裁判所の判決に反対している。  

 現在、女性の肌を隠すというイスラームの教えを守りながら同時にファッションも楽しむという服飾会社が出現し、急成長し大ブームを起こしているという。商談の模様を映像に撮していたが、商談最中に『お祈りの時間ですね。一緒に祈りに行きましょう』と会話し、祈りの間へ行ったのには驚いた。服飾会社社長と商談相手とは違う宗派であり、いわゆるシーア派とスンニ派である。微妙に礼拝のタイミングがずれるが、生長の家では日本での実相礼拝は「二拝二拍手一ゆう」だが、出雲大社での参拝は、「二拝四拍手一ゆう」で少し違う。しかし、神様を拝む心では一致しているというのと似ているのだろうか。

 トルコは現在、7%の経済成長率である。既にヨーロッパ経済圏となっている。トルコ経団連の女性の会長がインタビューされていた。ヤルチュンダー会長だ。イスラム教徒だがスカーフをつけることはない.EUへの加盟を進めているがなかなか思うように実現しない。ゲジコンドォという広大な国有地に不法な住宅を建てている人々が沢山おり、それらが解決されるのもEU加盟条件との話もあった。市当局は、5000人住んでいるゲジコンドォの人々を新しいマンションに移住させた。しかし、貧しい農村部から出てきた彼らはゲジコンドォに間借りをしている人々もいる。それらの人々は市当局は面倒を見ることはしないようだ。

 イスラーム女性向けのファッションショーを放映していた。前述の服飾会社の主催である。カラドォマン社長は、デザイナーにドイツからキリスト教徒を招聘していた。画期的な出来事である。彼は言う『イスラーム教は世界宗教です。狭い地域だけが対象ではありません』と。「世界宗教」という言葉が胸に響いてきた。

 イスラームの経営者団体であるムシアドが最近態度を変えているという。今まで、ヨーロッパEU加盟に反対していたのが、加盟に動き出したのである。従って今後、経済は文化を融合させるということになるのかも知れない。トンネル開通はそれを促進するのだろう。

 音楽の世界も紹介していた。西洋音楽をイスラームの楽器で演奏するという試みである。しかもイスタンブールの若者はこの音楽に酔いしれているという。CDのカバーを見たが、何と日本のマンガだ。イスラームとキリスト教世界と日本の文化である?マンガの融合であろうか?
トンネルが開通すれば、否応なしに文化の融合は起こるだろう。歴史的に見ても、イスラームとキリスト教世界は仲良くしなくてはならない所まで来ているのかも知れない。その中で、吾等生長の家の果たすべき役割は何であろうか?それは、海底でイスラームとキリスト教世界を結ぶトンネル工事技術が日本の役割ならば、海底すなはち産みの底、創造の本源世界でキリスト教とイスラームを結ぶ国際平和信仰運動が生長の家の役割でありましょう。

  日本とイスラームの類似点を考えると、新しい文化文明を柔軟に取り入れるところにあるとの一説がある。副総裁先生のご指摘があったように余りにも強烈な植民地化によってしばらくその柔軟性が失われていたのかも知れない。しかし、それを取り戻す時期が目前に来ていると考えられるのではないだろうか。新らしい冷戦時代到来との報道がなされているが、その反面、宗教の分野では明らかに光に向かっているように思われてならない。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月17日には「生物多様性に注目」とのお題で書いておられる。鈴虫やヤモリのことも書いておられる。お住まいは、木が沢山生えている環境におられるのでこれだけ生物多様性を見出すことができるのでありましょう。私たち、光明島根人は、それ以上の自然環境に住んでいるのです。
 私の家の玄関の軒下には、毎晩スズメが泊まりに来るし、カラスは終日お出でになる。お風呂の窓にはよくヤモリが張り付いているし、網戸にはいつもアマガエルがロッククライミングをしている。このブログの御文章は、「足を知る」という精神から言うと、私たちは、生物多様性を自分の周囲に見出して感謝するようにお教えただだいているのではないか、と思わせていただきました。
*今日は宇治大祭二日目でした。沢山の懐かしい方々にお会いできてうれしかった。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.17.2008「インドネシアの海」

August.17.2008「インドネシアの海」
今日の詩::夜は明けて 旅の疲れで 音も無し
 
 インドネシアの海は、生命の宝庫、すなはち生物多様性の宝庫であるという。『地球ドラマチック』では自然界の動植物を紹介していた。火山が多いのが一つの原因であるという。火山からは、相当の栄養分が噴出される。カムチャッカ火山群のヒグマにしても大きい。トロイを滅ぼした火山にしても、危険性があるが沢山の人が住み着いてしまう。豊かな農作物がとれるからだ。カメラは、インドネシアのフロレス島に行った。陸の調査はかなり進んでいるようだが、海の調査はこれからである。新種の生物が発見される可能性がある。ここは、太平洋とインド洋が出会い、渦を巻いている。ダイバーも危険だ。しかし、相当な豊かな生物多様性が認められるという。ダイバーは、横の潮の流れよりも縦方向の流れを恐れていた。海の底に引きずり込まれるからである。

 ここには、有名なコモドオオトカゲが棲息している。数百万年前から変わっていない。このトカゲは、有毒のバクテリアが口の中にいるので、かまれると死に至る。かみついて何日か後に獲物を得るという狩の方法である。何と、大人になると3㍍、100㎏になるという。激しい潮の流れが他の島からの動物の侵入を許さず、その島独自の進化を遂げさせているようだ。
 また海の中を放映していたが、ウミケムシ、6本足のヒトデ、シーアップル、ヘラヤガラなど、見たこともない生物が沢山いた。なぜこのような生物多様性が生まれたのであろうか。テレビは次のように分析していた。①火山活動、②インド洋と太平洋との二つの海の交わり、③激しい潮の流れ、④活発な地核変動。④は現代でも、地震や津波やで被害がもたらされている。人間は、それらの自然環境とうまくつき合い、被害がでないようにならなくてはならないと思う。自然と人間との調和である。

 カヤバン湖という不思議な湖を紹介していた。かつて、海で珊瑚礁だったところが隆起して湖が生じた。従って、海水が薄く残っている。そこには、クラゲが沢山棲息していた。しかも、独自の進化を遂げたものだった。浮かび方も普通でない。天敵がいないのでクラゲ本来の毒の棘が消滅していた。平和がつづくと平和ボケになるとも言われるが、防御力が全くなくなるとここまで己の体が変わるのであろうか。
 インドネシアの海には、18㍍のジンベイザメや大きなマンタ(エイ)も泳いでいた。調査していたのは、カリマンタン島の海で日本の二倍だそうだ。ここでは、壁画も発見されているという。それは数万年前のものやさらに古いものもあるそうだ。最古の壁画は、ラスコーの洞窟よりも、アボリジニの描いた壁画が古かったように記憶している。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
 2008年8月16日は「南オセチア紛争が拡大 (3)」をお書きになっておられる。南オセチアへのグルジア軍の侵攻に対し、ロシアが大規模な軍事介入をした紛争は、ヨーロッパを巻き込んだ米ロ対立に発展しつつあると書かれている。日本のメディアはオリンピック、終戦記念日に時間とエネルギーを費やしているが、メダルの数や靖国に参拝した政治家の数などとは比較にならないほど重大な変化が、世界で起こりつつあるのではないかともお書きになっておられる。新たな冷戦の幕開けと言われているからだ。今回のオリンピック期間は、どうも素直に喜べないようにも感じた。それは、オリンピックに至る過程での様々な事件や、今回の南オセチア紛争があるのが理由である。
 人間神の子の真理が普及し、光明化運動が進展して行ったとき「紛争を止めてください」というとロシアもグルジアも直ちに紛争を中止するところまで進んでいきたいものである。報道に載らないところで、かなりの非戦闘員が被害を被っているのではなかろうか。
『生命の実相』第20巻自伝篇下二十(25頁から37頁)をもう一度読みなおしてみたい。
先日の教修会にて、副総裁先生がイスラムの人々の考え方は植民地時代とそれ以前と変わったことをご指摘されていた。これがイスラムを勉強する一つの大きなポイントであろうと思われる。ブログは、時代の見方のポイントを日々ご教示されていることを学んで参りましょう。

*高知から帰ると、アマゾンから古本の『イスラムとヴェール』が届いていた。現在絶版で、島根県中の公共図書館にもなく、島根大学にはあるようだが借用は難しい。そこでアマゾンで古本を見つけて購入した。これは、谷口純子先生がご紹介された本である。島根の信徒の皆さま、よく勉強し、よく御教えをお伝えしましょう。

*午前十時に宇治大祭招霊祭員の第一陣が出発した。まだまだ暑い。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.16.2008「ポニョ」

August.16.2008「ポニョ」
今日の詩::家族連れ お墓参りの 有り難さ

 『崖の上のポニョ』の制作について、『プロフェッショナル』で放映していた。さすがに宮崎駿さんはスタジオにはおいでになっていなかったが、素晴らしいトークだったと思う。「人を楽しませたい」という気持が根底にあるという。健康管理も徹底していて、毎朝、歩いてゴミを拾うというのが日課のようだ。氏の作品は「隣のトトロ」や「紅の豚」「千と千尋の神隠し」「天空のラピタ」「もののけ姫」「ハウルの動く城」など、子供と一緒にほとんどみている。彼は、子供の頃、兄から心配されるような性格だったらしい。幼い頃、元気な母親が結核にかかった。彼がだっこして欲しいとせがむと、母親から断られたという寂しい体験を持っている。母は抱っこしたくとも、もしも彼に結核がうつるといけないと思ったのだろう。母親こそ苦しい寂しい思いをしたに違いない。逆に、彼は人を楽しませたいと思うようになる。手塚マンガに熱中する。宮崎氏の人生説明の中に、「白蛇伝」があった。小学校のころ、学校から見に行った思い出がある。子供心ながら「愛」について考えさせられた。

 さて、「崖の上のポニョ」であるが、ストーリーは海沿いの街を舞台に、「人間になりたい」と願うさかなの子・ポニョと5歳児の少年・宗介の物語であるという。ハンス・クリスチャン・アンデルセンが1836年に発表した童話のひとつ『人魚姫』をモチーフとしているが、しかし、『人魚姫』をそのまま原作としては使用しておらず、「キリスト教色を払拭」したうえで、舞台を現代の日本に移すなど大きな変更を行っているという。
私はまだ観ていないが、鑑賞した人の意見はまちまちのようだ。
 宮崎氏のストーリーの作り方は、最初にストーリーがあるのではなく、イメージを初めに作り、そこからストーリーを考え出していくという手法のようである。

 宮崎駿は「紙に描いて動かすのがアニメーションの根源。そこに戻ろうと思う。もう一遍、自分たちでオールを漕ぎ、風に帆を上げて海を渡る。とにかく鉛筆で描く」という意向を固め、コンピューター(CG)を一切使わず、手書きによって作画する事になったという。『プロフェッショナル』を観てみると、膨大な手書きの絵である。描いた紙をぺらぺらと動かすと人物などが動いて見える。(但し作画以降の彩色・撮影はデジタル)であるらしい。
 なぜ「ポニョ」かというとポニョっとしているからであるという。宮崎監督の作品は環境問題をテーマにしたものが多い。一度、鑑賞してみたいものである。

*今日は、高知から一日かけて移動してきた。毎年、子供が大きくなっていく関係か、総重量が多くなり、二酸化炭素の排出量も多くなっているのではないかと心配である。車の中では、盛んに子供たちが「ポニョ」の歌を唱っていた。それは次のような歌詞(出だし)である。

※ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子
青い海からやってきた
ポーニョ ポーニョ ポニョ ふくらんだ
まんまるおなかの女の子※

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
 2008年8月15日付のブログには、「南オセチア紛争が拡大 (2)」をお書きになっている。しかも実に詳しくである。私たちは、島根県に住むとはいえ、心は副総裁先生とともに世界の紛争を如何にすれば解決できるかに心を使えるようになりたいものだ。知ることは愛することである。連日、新聞、テレビでこの問題は放映されているが身近な問題として学んでいきたい。しかも、「民族意識(ナショナリズム)を鼓舞することは、現代においても依然として戦争の原因になりやすい」とご教示されている。昨日は、終戦記念日だった。戦争の原因と日本の将来について深く考えることを奨めておられる。さあ、島根の皆さま、心を南オセチアに飛ばしましょう。世界平和を祈りましょう。*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.15.2008「投資家のマネー」

August.15.2008「投資家のマネー」
今日の詩::蝉は鳴き 夏は盛りの 墓参かな

 「マネーの暴走が止まらない」というNHKの番組があった。アメリカのサブプライムローンが破綻し、ローンの会社が破産した。原因は、その会社からなんと、一日に一兆円が逃げ出したからというのである。説明を聞いてみると、綱渡りのような住宅ローンの返済方法であるが、それが破綻したようだ。破綻したころ、新聞その他では色々と書かれていた。ヒスパニック系の人々に持ち家を、ということだったが、住宅価格が下降してうまく作動しなくなったそうである。番組は逃げ出したマネーの行方を追っていた。現在のところ、行き先は原油だという。ガソリンも数年前の二倍近くになっている。原油が減少していることもあるが、なぜガソリンが高騰するかの一原因がここにもあるのかも知れない。しかし、現象は、観世音菩薩の導きであると同時に教示であると考えると、「化石燃料を使うのをやめよ」との教えが示されているとも考えられるのではないだろうか。そういう意味で「ムダはない」のかもしれない。

 巨大なマネーは、「どこそこの国が攻撃した」などという情報や様々な情報、憶測をもとに、ものすごいスピードで移動するという。現在の投資場所に不安を感じ、または別のところが有利だという利己心が根底にあるのだろうか。その動きを止めることはできないとしている。儲けを目的とする資本主義社会の現代的形式といえるのかも知れない。しかし、利己心を去り、神の御心を中心として考えるとき、資本主義もまた浄まった形に変容していくのではないだろうか。光明思想を普及する意義がここにもあると思われる。

 なお、サブプライムローンは、主にアメリカ合衆国において貸し付けられたローンのうち、優良顧客(プライム層)向けでないものをいうそうだ。狭義には、住宅を担保とする住宅ローンに限定されるが、広義には、自動車担保など住宅以外を担保とするものを含むらしい。一般的に他のローンと比べて信頼度が低いとされているという。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月14日には「本欄が書籍に (6)」をお書きになられている。まもなく宇治の大祭であるが、そこで発売される予定であるという。内容はといえば、特徴はイスラームに関する文章など宗教や哲学に関するものが全体の65%であるという。イスラムに関しては、教修会以来、私も興味が持てるようになった。イスラムでは一日に五回の礼拝を行うというのだが、可能かどうかは別として、もしも、私たちが朝昼夜と神想観と聖経読誦を行うことを家族で実践すれば、どれほど光明化運動が進展するか分からないとも思う。

 また環境問題の記述が減少したと書かれている。「船を逆行させる」方法すなはち化石燃料の利用をやめることを提唱。 私たちの為すべきことに関して、結論として、宗教による欲望の沈静化、「足るを知る」倫理感の拡大、「与える」喜びの拡大を提唱しておられる。また、布施、菩薩行、愛行の原動力として、宗教は進むべきであるとし、現代の地球温暖化時代の、宗教者の役割は実に大きいとしておられる。 

 従って、私たちは「足を知る」生活を創意工夫をして参りましょう。余談であるが、私が子供の時代には、ゲームなどはなく、山や川などが遊び相手であった。そして、「八の字」や、鬼ごっこ、竹馬や、えのみ鉄砲、紙鉄砲などなど様々な遊びを工夫して遊んだことを記憶している。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.14.2008「帰郷」

August.14.2008「帰郷」
今日の詩::還暦や 生まれ変わりて 初報恩
      
 今日は、郷里の四万十市に家族と共に来ている。子供の頃に賑やかだった天神橋商店街は閑散としている。市街地の東と西に、別々の大規模スーパーが展開し、そこに人々は集中していてそこだけは賑やかである。郷里の発展とはどのようなことをいうのだろうか。これが繁栄というものだろうか。色々と課題が多い。商店街の活性化が急務であるのだが、なかなかうまくいかないようだ。
しかし、郷里の山や川を見ているだけで心が落ち着くのはどういうことだろう。魂の中の子供の頃の原体験がそう思わせるのかも知れない。

 商店街の活性化にアドバイスとしているビジネスドクターの中小企業診断士の活躍をNHKで放映していた。29歳の女性であった。全国に19000人いるこの国家資格の試験は、二次試験の合格率はかなり低い。しかし合格できない試験ではないようだ。彼女の会社の社長が言っていた。「我々は、お客様の立場に立って考えることが必要である。そして、決定するのは経営者であり、我々は決定に必要な様々な情報を提供する立場にある」と。ナルホドと思った。

 御教えの伝道は、「唯神実相」という実相世界の情報の提供である。受け入れるかどうかは相手が決めることだ。私たちはただひたすら、愛をもって情報提供を行うのである。

【副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年8月13日には、「水木しげるの“妖怪”」についてお書きになっておられる。水木マンガが出た頃には、私もよく読んでいたから大変驚いた記憶がある。この妖怪は、大自然を破壊する人間への警告という風に見る人もあるかもしれない。宮崎駿氏の作品が、環境破壊、自然破壊を取り上げているようにである。
 戦時中、水木氏が九死に一生を得た体験が書かれている。美しさを認める心が己を救ったともいえそうである。実写版『ゲゲゲのキタロウ』は年甲斐もなく先日テレビで子供たちと一緒に見た。当然のことながらCDを沢山使っている。

 ところで、九死に一生を得た話だが、かつて、練成会を担当していた頃、会社の嘱託待遇であり、毎日の神想観を欠かさない信仰的な紳士がよく神奈川県から練成会にきておられた。気があったのでよく話をしたものである。彼はあるとき、社長の自宅に呼ばれて、昼食のおつき合いをした。午後になり、予定の飛行機の予約があったので、「社長、これから飛行機に乗って大阪に出張しますので、これで失礼いたします」というと、社長は、「ワシと話をするのと会社の仕事をするのとどちらが大事だと思っているのだ?」と、お酒が入っていたらしく、行かしてはくれなかった。ようやく社長宅を出たときには、搭乗予定の日本航空の飛行機には間に合わなくなった。そこで会社に電話して新幹線で大阪にいくことにした。大阪のホテルに着いてテレビをつけると自分が搭乗する予定だった飛行機の行方が分からなくなったということを知り、驚いたという。
彼は、「あの社長の一言がなかったら、今私はこの世にはいません」と感慨深げだった。
神様の世界に常に波長を合わせていると、危機に際して、他人から引き留められることもあるのだろうか。三正行の励行しましょう。 
*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.13.2008「神の子が行く!」

August.13.2008「講習会推進に”神の子が行く!”」
今日の投句::炎天下 まだまだ続く 残暑かな
子供らが 夏草をひき アルバイト
9月の『大和島根』に掲載予定の文章です。少し早いですが、島根の皆さま、お読みいただければ幸いです。

 神の子の皆様、講習会の真心こもるご推進を心より感謝申しあげます。
かつて、練成会指導でドイツに行かせていただいた時のことでした。メイン本部講師でありましたT講師が、個人指導をしていました。側で聴いていると、「ゴッド、ブレス、ユウ」(神はあなたを祝福し給う)と必ず祈りの最後に唱えておられました。そのように、「ご推進くださるあなたを神は祝福したまう」と拝ませていただきます。
その練成会の時ですが、ドイツ人の若い男性がドイツの戦争での罪について悩みをうち明けていました。T講師は、「罪は本来ないのです。あなたは神の子であり、完全円満です」と指導しました。すると、青年は、涙を浮かべて罪の意識から解放されたのでした。

 「人間神の子」の真理をお伝えくださる副総裁先生の御講話を、この度は一会場ですので、全員が直接に拝聴することができます。このことを強調してお伝えいたしましょう。
 誠にも、講習会推進をされる菩薩であるあなたを生長の家大神様は祝福したまうのです。7月29日のブログにも書かせていただきましたが、講習会は生長の家大神が副総裁先生を通して直接にご指導くださる聖なる真理伝道の場です。人間神の子の真理が説かれます。
ご推進に際しては、常に「和顔・愛語・讃嘆」を実践いたしましょう。愛する人を信頼したときに、相手は信頼に応えてくれます。それには御教えの基本的生活である和顔・愛語・讃嘆のご実践が大切であります。会員の皆さまの全員が、うれしく楽しくご推進くださっておられることに心から感謝いたします。

 ある講習会の時、幹部の一人が副総裁先生にご質問をしました。「世界の終末を説いて、脅しをかけないとなかなか人類はよくならないのではないでしょうか?」。副総裁先生はお答えになられました。「終末を説いていると終末がでてきますよ」と。このお言葉で、私はハッとしました。決して悪い予感や悲壮感や危機感で光明化運動をしてはいけないと強く思いそれまでの自分の考えを改めました。悲壮感をもって運動していると、悲壮的な現実が出てくるからです。「認めたものは現れる」という心の法則です。不安な心を抱くと、不安な現象が現れて参ります。「吾、世に勝てり」の勝利感を持つ人が人生に勝利します。感謝と喜びのご推進をするとき、感謝できる結果、喜びの結果を見ることになるのは当然のことでありましょう。子供が問題を起こしたとき、不満と悲しみと叱責では決してよくならないものです。子供の完全なる実相を信じ、必ずよくなると子供の無限力の実相を礼拝し、明るく生活し激励していくとき、子供は善くなっていくものです。愛するとは実相を観ずることでありましょう。そのように、ご推進くださる方の菩薩であるお姿を礼拝しつつ、私たちは全推進期間を感謝と喜びとをもって共に推進して参りましょう。ご推進の時には、「神の子が行く、光が進む。吾は光なり」と念じつつ参りましょう。

 年齢に関係なくご推進できるのが講習会です。幸いにして島根教区は、ご年輩の方々が大変にお元気です。それは、実に島根教区の財産であるのです。それは「長寿聖使命菩薩様」であり、島根教区の「宝」です。信仰的には完成の域に達しておられる方々が大勢おられます。講習会はみんなで心を一つにして運動ができる喜びの活動です。全員で信仰と伝道の喜びを共有いたしたいと存じます。

 なお、生長の家副総裁谷口雅宣先生と白鳩会副総裁谷口純子先生の御講話をCDでお聴きしながら、または相手に聴いていただくというきめ細かいご推進方法はより一層、推進力を増すと考えられますので、どうぞCDもご活用ください。再拝H,N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.12.2008「観察眼の発達」

August.12.2008「観察眼の発達」
今日の投句::窓ガラス 朝日さし込み 夏予感

 絵を描くとなると、よく観察しなければならなくなるので、必然的に観察眼が強くなるようである。これは、観察眼を強くしようと思って強くなるのではなく、描くという表現のために観察すると強くなる。それはあたかも、真理を求道しようと思っても、あるところまで行くとそれ以上はなかなか真理が入って来ないのが、他に伝える伝道を開始し、正確に真理をお伝えしなければならないということになると、却って求道が徹底するようなものであり。、求道即伝道といわれる由縁である。

 招神歌に「天地の祖神の道を伝えんと顕れましし生長の家大神守りませ」という祈りの言葉があるが、生長の家の大神様の御心を知るためには、天地の祖神の道を伝える菩薩の道を歩むことによって初めて、神様と波長が合い、生長の家の大神様の御心を知るに至るのであろう。

 先日、NHKで「植物画のかき方」という番組があったが、椿の葉一枚を描くというものだった。中心の主脈と、側脈と呼ばれる小さな脈がある。その側脈はハート型になっており、つながっていた。そう指摘されるまで、気がつかなかった。観察というものは新たな発見でもある。また、葉には、放射型、羽根型、平行線型の三つがあるそうだ。神性表現の一つの形として絵画があるが、続けているうちに自然と、神の創造のみわざをよく見極めることができるようになりそうだ。それはすなはち神の無限の智慧と愛と生命とを讃美することにつながると考えられる。

 教化部ホームページには、講習会の表示が入りました。また、できるだけ運動のよき情報を掲載したいと考えております。島根の信徒の皆さま、今日も暑くなりそうですが、真心一杯に神の子を家庭生活、社会生活に行じ、また御教えをお伝えいたしましょう。

  なお、明日からお盆休みとなります。私は郷里のインターネットがつながりにくい地域に参りますますので、数日間、更新できないことがあるかも知れません。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.11.2008「磁器」

August.11.2008「磁器」
今日の詩::軒下に 宿かる鳥の 翼みゆ  :明け方、玄関に出ると、ばたばたと言って鳥が飛び立つ羽音がした。ふと上の軒下を見ると、小鳥の尾っぽが見えた。軒下を宿にしているようだ。鳥さん、驚かしてごめんなさい。

 『世界遺産探検ロマン』によると、ドイツのドレスデンの街並みは第二次世界大戦で消失した。ナチの戦意をくじくために、軍事施設が全くない伝統美溢れるドレスデンを攻撃したのだという。しかし、その後、半世紀かけて復興した。

 ドレスデンは芸術の都と言われている。元東ドイツだ。エルベ川が流れる。ここは800年の歴史をもっている。アウグスト一世が銀山の開発を行い、100カ所の銀鉱を持っていたという。
 ドレスデンの近くのマイセンは磁器で有名である。中国しか磁器製造の技術がないときに、アルブレヒト城にベトガーという技術者を幽閉して、磁器を作らせた。1708年1月15日、とうとうカオリンという土を材料にして磁器が完成したのだった。

 また、ここドレスデンはシラーの詩「歓喜に寄す」でも有名である。これはベートーヴェンの交響曲第5番第4楽章に登場する。さて、苦労して作った磁器に関してもう少し調べてみよう。島根には、いくつかの窯があるようだ。いつかはぜひ見学してみたい。次はマイセン窯についてである。

ドイツ・エルベ河のほとりの古都に華の歴史は始まったとある。ヨーロッパ硬質磁器の歴史はマイセンから始まる。西洋磁器のパイオニアにして究極の名窯と評されたのがマイセンである。
その歩みは今から300年ほど前、ドイツ東部ザクセン州の古都マイセンに、時のザクセン選帝侯アウグスト二世(強王)により初の硬質磁器工房が開かれた時に始まった。
アウグスト二世の都ドレスデンにほど近いエルベ河沿いの小さな城下町マイセン、その河を見おろすアルブレヒト城に初めてマイセン窯が開かれたのは1710年である。当時は東インド会社から運ばれる中国や日本の白く輝く磁器が王侯貴族の憧憬の的となった時代で、とくに熱狂的な東洋磁器の蒐集家として知られたアウグスト二世は、自らの手で黄金より美しい白磁を創り出そうと願い、錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーにその開発を命じ、ついに1709年に磁器焼成に成功したのだった。

 翌年には「王立マイセン磁器製作所」がアルブレヒト城内に設立され、本格的なマイセン磁器の生産が始まったという。
 アウグスト二世は、東洋磁器の莫大な収集品を収蔵する目的のために、ドレスデンのツヴィンガー宮殿近くに「日本宮」を建造するほどの熱狂的なコレクターであったらしい。彼は自ら開発した白磁への執着もすさまじく、その技法が外に漏れることを恐れベトガーをアルブレヒト城内に幽閉、それがもとで廃人同様となった白磁開発の功労者ベトガーは、マイセン窯誕生からわずか9年後、37歳にしてその生涯を閉じたとのことである。何という悲劇であろうか。
 マイセン磁器の大きな特徴の一つは、ベトガーが苦労の末に見出したカオリンと呼ぶ上質な白磁土の焼成による、輝くような透明感にある。後に、時代の美術様式を描き続けた白いキャンバスと評されたその美しい白磁は、その後、天才絵付師へロルトを始めとする多くの意匠家達の手によって、やがて華麗な色絵の時代を迎えていくこととなるとしている。

 生長の家の御教えでは、食卓の食器を色々と工夫して、おいしさと楽しさを演出することを教えている。家庭の食卓こそ、天使が準備してくれる天国のパーティーであろう。家庭での食卓が楽しくあれば、人はもう外に楽しさを求めるには及ばないのではなかろうか。
 島根には、ご夫婦で生長の家を熱心に信仰している某企業経営者がいる。結婚すると、ご主人と朝昼夜と三回、ご一緒に神想観をされたそうだ。奥様は、「私はお坊さんと結婚したのかしら」と思ったという。ご主人は、仕事が終わるとまっすぐにご自宅に帰り、その生活を何十年と続けておられるようだ。ご主人が如何に家庭を大切にし、家族を愛しておられるかが十二分に理解できるのではなかろうか。
*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

木の教会

August.10.2007「木の教会」
今日の詩::今日楽し 倦まず弛まず 神の道

 「モミの木の永遠の物語」という題で、ルーマニアのマラムレシュの木造教会を、「探検ロマン世界遺産」で紹介していた。沢山の木造教会がある中で一番高い教会があった。木は安らぎを与えてくれる。何と、「かわら」も木を使っている。
 
  キリスト教会で思い出すことがある。小学校高学年の頃だった。小学校の側に、現在もあるがキリスト教の教会がある。その教会の前で、背の低いずんぐりしたお爺さんを5,6人の大人が取り囲んで話を聞いていた。お爺さんは上向き加減で話し、周囲の人々は下向き加減で聴いていた。私は、父と一緒だった。父は自転車を降りて私と一所に歩いていた。私は訊いた。「お父ちゃん、あのお爺さんは誰?」素朴な質問だった。父は答えた。「お前は、あの人を知らんのか。あの人は、吉田茂と云って総理大臣をした人だよ」と。隣町の宿毛市の竹内家に生まれた彼は吉田家に養子に入ったと聞いた。実兄の竹内久太郎氏は、私がお世話になった石川県で小松製作所を創業した人だった。吉田茂はよく兄の久太郎氏に色々と相談していたという。竹内家の家は、高校生の時中村市の生高連と宿毛市の生高連が夏に合同ソフトボール大会と海へ水泳に行ったときに、お世話してくれた地方講師の方が竹内家の古い家を見せてくれた。

 今日で練成会が終わった。色々と新機軸を打ち出した練成会だった。講習会まであと、70日である。島根の信徒の皆さまは、楽しく嬉しくご推進していただいているようである。感謝しています。「倦まず弛まずが神の道」である。

 今回、太田からこられた女性練成会員がおられた。先月、お炊事の手伝いをしたが疲れも全然感じずに帰った。今月は少し疲れているがと思ったが、練成を受けた。すると会場で話を聴いているだけで、全身に元気が充満してきたという。このように言ってくださると大変にうれしい。
 
 なぜ教会が清らかな感じがするのか?それはそこで聖書が読まれ、賛美歌が歌われるからであろう。なぜ、お寺に行くと落ち着くのか?それはそこで仏典を講義し、読経がなされるからであろう。なぜ、教化部や道場にいくと、明るく魂が解放される感じを受けるのか?それはそこで、人間神の子の真理が説かれ、聖経が読誦されるからであろう。そこには真理の霊波が充満しているのではないだろうか。その道場の如く、家の一室を提供し、そこで真理の説法をする誌友会は、自宅の道場化である。その家に入るだけで癒しの波動を感じるようになりたいものだ。

 今日、元白鳩会連合会長さんが体験談を話された。任期中、大変忙しい仕事だったが、気がつくと、家の問題も心配事も何にも消滅していたそうだ。先日、お聞きした白鳩支部長さんの話もそうだった。支部長を引き受ける時は、まだ家に心配事があり、できるかどうか分からなかった。しかし、他に引き受ける人がいなかったので、お引き受けした。そして、一所懸命に生長の家の方々のお世話をした。最近、振り返ってみると、あらゆる家庭の問題がことごとく消滅していたという。これは、当然、積徳の結果であろう。一月ほど前にも、もう一人別の元白鳩連合会長さんのお話を聴いた。連合会長を拝命したころから、何と生命線が二本に増えたという。そして現在もあるその生命線を見せていただいた。

 ページ数は失念したが、『神真理を告げ給う』の中に次のような内容が書かれていたと記憶している。「人間神の子」を悟ると素晴らしく人生が善くなる。しかし、この真理を悟るに至らない人はどうすればよいか。相殺の原理を利用する。例えば悪業が五つあるとしても、善業を六つ積むと、相殺すればプラス一となる。すなはち、プラス一が人生に現れるという訳である。先ほどのお二人の方々のご体験は、この真理を実証しているのではなかろうか。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.09.2008「オオナマケモノ」

Photo August.09.2008「オオナマケモノ」
今日の詩::ピーマンや 絵となり永久に 輝けり

 ナマケモノという動物を知っておられる筈ですが、樹上生活をしていて、ごゆっくりの動きです。しかし、これらの動物を異節類というのだそうだ。一万年前に絶滅した同じ種類のオオナマケモノは地上で生活しており、6㍍もあったという。
 ブラジルのポスアズールという洞窟で、水の中に完全なオオナマケモノの骨が見つかった。どうして、そこにあったかは謎だが、気候変動でかつてさまざまに進化した動物、植物が絶滅している。それは自然災害であるが、残念ながら、現代の気候変動の原因は人災である。『地球ドラマチック』では、このナマケモノという動物を紹介していた。少し調べてみた。
 
 最終氷期のアメリカ大陸には、体長6mにもなるエレモテリウムという、大型の地上性ナマケモノの仲間(貧歯類)がいたことが化石で知られているという。頑丈な骨格を持ち、単純な歯の構造をしていて、植物食の動物であったと考えられている。現在のナマケモノは樹上生活を送っている、氷期の北アメリカから南アメリカには、数種類の地上性ナマケモノが繁栄していた。氷期の終了、人類の拡散とともにすべて絶滅したが、これらの中には、皮や毛が残ったミイラが発見されている例もあり、一部は数千年前まで生存していたと考えられているという。

 インターネットでこのような説明を発見したが、どうやら樹上生活をしていた種は生き残ったらしい。動きが鈍いと云うことは、「省エネ」タイプということだろう。それが生き残りの原因かも知れない。

*今日は、練成会で絵手紙を書いた。私は、絵手紙を書いている人を書かせていただいた。
*今回の練成会で、体験発表があった。前回炊事のお手伝いをしている方が、喜んで炊事をしていると、膝が痛かったのが治ったという体験だった。
H、N

| | コメント (1) | トラックバック (0)

August.08.2008「手動の良さ」

August.08.2008「手動の良さ」
今日の詩::空高し カラスの群は 巣に帰る

 イギリスのウェストミンスター宮殿は栄光の殿堂でもあるという。そこには有名なビッグ・ベンがある。まだ、時計を個人が持つことが一般化していない150年前の時代、ビッグ・ベンの時計は市民の生活と密着していた。日本のお寺の鐘のようなものだろうか。私の知っている郷里のお寺では、子供の頃に、定時に鐘の音を聞いていた、その時、夕方に空を見るとカラスが群を作って海の浜の方から山の巣に帰っていく様子が澄んだ青空に見えた。詩情豊かな時間を過ごすことができた。

 さて、このビッグ・ベンであるが、現在も専門家がいて、一週間で4000回、手動でネジを巻くのだそうだ。そして常に時間調整を怠らない。振り子にコインを乗せて振り子の速度を調整しているように見えた。彼は次のような意味の言葉を言っていた。「伝統あるビッグ・ベンを動かすことができて誇りと喜びを感じます」と。

 手動もなかなか味があることがある。私たちの生活に於いても、心臓の動きや新陳代謝や生理作用は自動的な部分であるが、身だしなみやお化粧などは手動部分である。神の子の資質として、完全円満とか永遠不滅というような言葉で表現されることがあるが、「自主」も重要な要素である。自由な行動が認められているのが神の子である。自由な中で善を行うのも神の子の特徴である。

*H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.07.2008「八雲立つ」

August.07.2008「八雲立つ」
今日の詩::松並木 日差しを避けて 人の列  

銅鐸や 古代から来た 夢の船

 今日は、朝8時前に出雲大社に参拝した。かなり並ばなくてはならないと覚悟していたが、ほとんどそのまま待機テントに案内された。8時に拝観できた。「御本殿特別拝観之証」という八月七日付けのカードをいただいた。それには有名な「御本殿天井八雲之図」が撮されている。色鮮やかである。日付が寛文七年二月八日と入っている。案内の方が色々と説明していた。『次回の御遷宮は六十年後なのでおいでいただけるかどうか分かりません』などと言っていた。実物の八雲の図を拝観した。

 「特別拝観のしおり」には次のように書かれていた。
出雲大社は、数々の試練を克服され、国土経営の大業を成し結ばれた「大国主大神」をお祀りする社です。大国主大神は国づくりされた国土を天照大神に奉還され、そのご功績をお称えになられた天照大神が特に諸神に御造営を命じられたお住まいの宮殿が、最古の寺社建築である御本殿です。(後略)

 古事記、日本書紀の記述は、神様物語として書かれてはいるが、歴史的なできごとを神様物語として表しているのかも知れない。ちょうど、古代出雲歴史博物館では、御遷宮に関しての特別展示がされていた。先日、青少年練成会で行った荒神谷遺跡で出土した銅剣などが多数展示されていた。古代日本に思いを馳せた。

 特別拝観は8月17日までなので、島根の信徒さんでまだの方々は、朝早く七時か八時においでになると、並ばずに拝観できるようですので、お時間がとれる方は拝観してください。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を(古事記)
「やまたのおろち」を退治して稲田姫とご結婚されたというスサノオノミコト様の御歌である。この歌は、有名な歌なので、高校生の時に教科書を読んでから覚えていた。高校時代は、古事記と万葉集の言葉の響きの美しさに心酔していた時代だったように思う。

*H、N.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.06.2008「火山の噴火は神の創造か?」

August.06.2008「火山の噴火は神の創造か?」
今日の詩::喜べば 人限りなく 集うなり 

 NHK『地球ドラマチック』で、ポンペイの噴火の跡を放映していた。ポンペイの近くのヘルクラネウムのことも報告していた。
 今からおよそ2000年前に起こったイタリア・ベズビオ火山の大噴火は、古代ローマの都市、ポンペイを滅ぼしたことで有名である。
 テレビによると、このときの大噴火でポンペイ以外にもう一つ犠牲になった街がある。それが、ヘルクラネウムであった。

 研究が進むにつれて、ヘルクラネウムではポンペイ以上にさまざまな品物が当時の様子そのままに残されていることがわかってきたという。噴火の直前まで、市民がどんな生活をしていたかが明らかになってきたようだ。
 何故そうなったかというと、突然に火砕流が襲ってきたからのようである。火砕流という言葉を知ったのは、普賢岳の噴火の時だった。
 しかし、この地には現在も多くの人々が住んでいる。火山から噴出された物質に農作物に良い栄養分が沢山、蓄えられているからだ。ベズビオ山は休火山なのでいつ爆発するかわからないという。人は何十年か経つと噴火当時の恐ろしさを忘れてしまう。従って、見えない時限爆弾の上に人々は生活しているのだと説明していた。

 先日の青年会の学習会では、「このような火山噴火などは悪であるかどうか、神の創造であるかどうか」が議論された。島根の信徒の皆さまはどのように考えられますか。「神様の創られた世界に悪はない」という唯神実相論から考えると火山噴火はどのように説明できるでしょうか。(答えなしですみません)

*今日は地方講師・伝道員研修会が盛会であった。大下貞雄全国講師がユーモアを交えながら、かつ感動的な講話を行いながら、島根の信徒さんを賛嘆しながら、質疑応答では切実な質問に答えながら、講習会推進を激励されながら話された。感謝。
*絵は「銅鐸」です。Photo H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

August.05.2008「津軽三味線の国際化」

August.05.2008「津軽三味線の国際化」Photo_2
今日の投句::眼をつぶり 雪に舞うなり シャミの音

子らと来て ともに作るは カレーかな

 かつて、 高橋竹山のCDを購入し、聴いたいたことがある。あまりのばち捌きの激しさに、心が揺すぶられる思いだった。彼は、(1910年6月~1998年2月5日)は全盲の津軽三味線奏者として生きている。本名高橋定蔵氏。一地方の芸であった津軽三味線を全国に広めた第一人者であるという。 演歌歌手の北島三郎が歌っていた『風雪流れ旅』のモデルともいわれている。

 その津軽三味線であるが、母親をメッツ・陽子さんといい、父親をルイス・メッツさんというご夫婦の息子さんで、ケヴィン・メッツさんという人がいる。20年代はアメリカでミュージシャンとして生きてきた。平成15年の5年前に津軽三味線に出会ったのだった。
 彼は言う。津軽三味線は、目をつぶって聴くと、雪、雨、川、津軽の景色が感じられる。彼は、津軽三味線の神髄を究めるために津軽を訪れたという。

 五所川原市で全国大会があり、彼は出場した。津軽三味線発祥の地で、「全日本金木大会」という。個人B級に出場、優勝は逃したが審査員特別賞を受賞した。津軽じょんがら節の中節を弾いた。「津軽三味線の心を失わず、東ヨーロッパのジプシー音楽、ロック、ジャズなどを演奏して新しい音楽芸術を作りたい。津軽三味線は日本と世界の繋がりのシンボルになるかも知れない」と発言していた。インターネットで検索するとユーチューブで少し聴くことができる。

 彼はNHK番組の中で、仲間達とトルコ行進曲を演奏していた。日本文化と世界文化との融合、これはまた素晴らしい芸術が生み出されていくのではなかろうか。                      

*絵は、「先日の荒神谷遺跡での、カレー作りの光景」です。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

発明の心

Photo August.04.2008「発明の心」
今日の詩::声高し 荒神谷の 蝉と子ら

蝉の声 子供の声も 鳴りやまず

 昨日は荒神谷遺跡へ行ったが、さまざまな銅剣や矛、銅鐸などが発見されていた。それらは元々おとなりの中国からの伝来が多い。
 中国は、かつては火薬も発明していた。爆竹となって平和利用となった部分と、武器となった面もある。三日前に夜空を見上げると、大きな花火が打ち上げられていた。その花火の原型も中国にあるのだろう。

 象形文字の発明も然りであるが、それを日本ではさらに平かなとして発展させた。紙の発明も中国からであるが、現在の中国でも竹を使ってパルプを作り、紙を製造しているところがあるようだ。 印刷術は、グーテンベルクが始めたとしているが、それは西洋に於ける印刷術の始まりであり、もともとは中国が発明したもののようだ。

 磁器も作り、鋳鉄や鋼鉄まで作る技術を世界で初めて獲得している。武器としては鉄砲が出現するまで、石弓というのがもっとも強力だったそうだが、それを発明している。また、航海用の羅針盤や機械式時計も発明している。

 その発明の心を日本が受け継いでいると言えなくもないが、歴史を振り返ってみると、中国は様々な発明をしているので、今後、人類にとって有益で平和的な発明が中国から発信する可能性は大いにあるとも言える。できれば、温暖化対策用の発明がでてくると人類にとってはさらに有益であると考えられる。
 発明していた当時の中国は、さまざまな文化文明と交流している。そのような情報交換の中から新しいものが出てくるようである。 

*絵は、「夏の子供」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四億年を生き抜く

Photo August.03.2007「四億年を生き抜く」
今日の詩::甘き赤 熟れしゴーヤに 種みつる

 シーラカンスという古代魚をご存じであろうか。幻の生きた化石といわれる魚であったが、最近続々とその実体が明らかにされつつある。70年前に初めて発見されたが、他の魚との違いは、普通はヒレが胴体についているが、シーラカンスのヒレは太い棒のような腕のようなヒレが6本ついているのが特徴だ。この腕で自在に体を操る。

 マガダスカル島に近い海のコモロ諸島や最近ではインドネシアで見つかっている。タンザニアでも見つかっている。体長5㍍ほどである。この魚は、逆立ちをしてじっとしている。これは狩と関係があるという。頭の先に、小魚が動くときに発生する微弱電流をキャッチし小魚を捕らえるというものだ。普段はじっとしていて、エネルギー消費を極限まで抑えて蓄える。狩の時、そのエネルギーを爆発させるという生き方である。この生き方で、何と同じ形態で、四億年を生き抜いている。

 筋肉が退化するのではないかとも考えられるがこの点はどうであろうか。今年の夏はガソリンエネルギーをあまり消費せずに、近場で楽しむ家族が増えているというが、人類のシーラカンス化の始まりかもしれない???(ジョーク)
  古代魚が最近多く見つかるというのは、もしかしたら古代の海は酸性度が高かったと言うから、その影響があるのであろうか。温暖化やさまざまな影響で現代の海は酸性化しつつあると報告されている。エチゼンクラゲの激増もそれに関係しているのかも知れない。日本海も今までの自然のままの海の状態であってほしいと思う。

*今日は荒神谷へ行った。遺跡があった。夏の小学生練成会の楽しいイベントである。荒神谷では栄える会の樹医さんが説明してくださった。帰ってくると夕食は、同じく栄える会の方が機械を持ってきてそうめん流しをしてくださった。子供たちは、(大人もであるが)
大喜びだった。

*絵は、「竹筒と飯ごう飯」です。荒神谷の飯ごう飯作りで小さな小学生が一所懸命に竹筒を吹いていました。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

有袋類フクロアリクイとは?

Photo July.02.2008「有袋類フクロアリクイとは?」
今日の投句::窓を開け エアコン止めて 夏を知る

 有袋類という動物は、オーストラリアに多いようだ。20㎝ほどの小さな有袋類でフクロアリクイという動物がいる。別名ナンバットともいう。絶滅危惧種に指定されている。シロアリを食べるそうだ。1980年代には何と300匹にまで減ってしまった。ヨーロッパ人が連れてきた狐がフクロアリクイを食べ尽くしてしまったからだそうだ。鳥のドードーも、島に人間が豚を放したことにより絶滅した。人間は直接に手を加えたのではないが、間接的に絶滅に関与している一例でもある。まだ絶滅はしていないが、地球温暖化によるホッキョクグマもそれに近いのではないだろうか。

 フクロアリクイは、現在1500匹にまで増加しているのでやれやれといったところではある。何故、完全絶滅から免れたかというと、オーストラリアのドライヤンドラというところに棲んでいたフクロアリクイが狐から生き残った。ここにはガストロビウムという毒の花があるが、ここに棲んでいる動物はこの花を食べても抵抗力がある。しかし、外部から来た動物がこの花を食べると死ぬし、ここに棲みこの花を食べている動物を食べても狐は死ぬのである。それ故に、この地のフクロアリクイは生き残ったという訳だ。

 フクロアリクイの子供は、体内で受精して2週間すると対外に出て、豆粒のような形で半年間、母親の乳首に吸い付いたまま落ちないで育つ。有袋類というが袋のない有袋類である。しかし、ある程度大きくなると、巣穴に入れて育てるようだ。体が20㎝くらいなので、カンガルーのように袋があると、子供が重くて逃げることが難しいようだ。それで、袋がない有袋類として進化したとしている。

 生命の多様性が神様の世界の特徴であると、お教えいただいている。私たちは、素晴らしい地球がイキイキとなるように、自然と共に生きる生活をしたいものである。

*今日から、小学生練成会が始まりました。素晴らしいにぎやかさです。写真が教化部のHPに掲載されますので、ご覧下さい。
*絵は、「完熟ゴーヤと種」です。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ストロマトライトに絶大な感謝

August.01.2008「ストロマトライトに絶大な感謝」
今日の投句::安らぎや 神に感謝の 聖使命

 私たちは、何不自由なく空気を呼吸している、昔は空気という存在すら知らなかった。この空気の中の酸素であるが、この酸素のお陰で多くの動物は生きていくことができる。この酸素はいつ頃からできてきたのであろうか。オーストラリア西海岸ではストロマトライトという岩のような形のものがある。表面から酸素を出している。これは、らん藻というバクテリアからできている。何と35億年前が起源だ。酸素がない時代にこのらん藻が地球の海の中で初めて光合成を行い、大量の酸素を排出してくれた。このことは以前一度書いたことがあるが、私たち人類も、もしストロマトライトがいなかったら、存在していないことを考えると大いに感謝すべきではなかろうか。
 このストロマトライトは、オーストラリア西海岸だけかと考えられてきたが、メキシコのチワワ砂漠の池の中にも生きていた。長い年月の間にチワワ砂漠の池の取り残されたようだ。2億年前に生きていたストロマトライトの子孫だという。海中のストロマトライトは、残念ながら、魚に食べられたりして現在二カ所だけ存在する。

 チワワ砂漠の中に何故、池ができるのだろうか。それは、近くに3000㍍級の山脈があるからだ。この山の雪が水となって地下を流れ、チワワ砂漠にわき出てくる。その移動には1万年かかるという。マンモスの時代の雪が今、砂漠に涌いているという訳である。

 チワワ砂漠のチワワであるが、名前から考えるとチワワというと犬がいる。原種はテチチという。アステカが原産であるが、アステカはスペイン人が征服してしまった。そして、テチチはヨーロッパに渡り品種改良を重ねて現在の種となっているという。このように考えてみると、アステカの人々の悲しみがチワワの顔に映っているようにも見えてしまうではないか。「ダーウィンが来た」を見て色々と考えることが多かった。

 今日は、聖使命感謝奉納祭が開催されたが、5名の推進者がみ祭に参列してくださってうれしかった。感謝。

*絵は、「至福の家Photo 」です。H、N

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »