October.05.2008「高温化」
October.05.2008「高温化」
今日の歌::凛とした 山の大気よ 冬の朝(出雲は平地なのですが、かなり寒いようです)
今日は、地方講師の受験勉強会が開催された。質問があった。「七つの燈台の点灯者の神示とあるが、燈台が七つあるのですか?」と。「燈台とは人生の燈台であり、宗教をあらわし、七つとは完成であることを意味している」、等と色々と説明させていただいた。質問を受けることはとてもありがたく、それによって、もう一度聖典を調べ直す機会が与えられる。
この神示を拝読していて、重大なことに気がついた。
「われ嘗て神の祭壇の前に供え物を捧ぐるとき先ず汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意味である」との聖句である。「われかつて」とは何を意味しているのだろうか?」生長の家に於いて顕れられた神様は、二千年前にキリストに於いて顕れたという意味であろうか。聖書に「神の祭壇の前に供え物を捧げる時、まず汝の兄弟と和睦して後に供えよ」という意味の聖句があるようである。それを受けての、「われかつて」なのかも知れない。
誠に幸運にも私達は生長の家の運動をさせていただいているが、これらの聖句から類推すると、宇宙創造の神様は、人類にキリストを使わし給い、その他、偉大なる教祖を使わし給うたということであろうか。そして、現代に於いては谷口雅春先生をお使わしになり、総裁先生、副総裁先生となって、宇宙の真理を説かれる。その壮大なる歴史の流れの中で、私達が菩薩として、活動させていただいているということは、何という光栄なことでありましょうか。
その他の質問は、「聖使命菩薩とは何ですか。観世音菩薩も聖使命菩薩と同じ菩薩ですか?」。「生命の法則と、生命顕現の法則と、生命創化の法則の違いを教えて欲しい」。なかなか良い質問が多かったと思う。
作家の倉本聡さんが、日経新聞(2008/10/6朝刊)に、「環境への危機感が足りない」温暖化ではなく、高温化であると訴えていた。かれは、富良野でゴルフ場の跡地を利用して自然塾を開いているが、子供たちを始め、多くの人たちに木を植え、森を守り育てる大切さを実感してもらいたいからだという。このような事業もなかなかよいものである。倉本さんはこれを「ハチドリの一滴」といっておられるそうだ。この話は、南米で山火事があり、動物たちは避難した。しかし、あの小さなハチドリだけは水のあるところに行って、嘴に水を含んでは、上空から火事の現場にその水を落としていたという話である。それを他の動物からは笑われたのだが、そのように、先ず一人から始めなければならないという教えでもある。谷口雅春先生はお悟りを開かれ、谷口輝子先生とともに、御教えをお伝え下さいました。そして、現在の私達が御教えにより幸福となることができていることを考えると、「思いが本物」であるならば必ずそれは実現するということでありましょう。
感謝あるのみであります
中内 英生
| 固定リンク
「小話」カテゴリの記事
- July.11.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉③」(2009.07.12)
- July.10.2009「伝道者の自覚」(2009.07.11)
- July.09.2009「自己生命の霊妙さの自覚」(2009.07.09)
- July.07.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉②」(2009.07.08)
- July.08.2009「石油の時代は終わるのか」(2009.07.08)


コメント