October.08.2008「コーティング(一)」
October.08.2008「コーティング(一)」
今日の歌::木犀や どこもかしこも 香りあり
以前に、本部の友人から「コーティング」に関する本を紹介されて読んだことがあるが、この度、競泳コーチの平井伯昌さんのことがNHK番組「プロフェッショナル」で放映され、興味を持った。コーチするということがどんなに難しく素晴らしいことであるかを教えている。金メダルは選手なしでは取れないが、コーチなしでも取れないようだ。平井さんは、オリンピック前には選手の強化に専念しているが、普段は子供の水泳もコーチしているという。
『才能だけで成り立つスポーツじゃない』『まじめな子しか残ってこない』『競泳とは同じ所を単純に行ったり来たりするスポーツだから』と、彼は言う。
平井さんは、北島康介(25)選手や、アテネオリンピックの背泳ぎ銅メダリスト・中村礼子選手を育てた。または、上田春佳選手も育成している。平井さんの練習方法でまず驚いたのは、選手にゴムチューブをカラダに巻き付け、もう一人が陸上からチューブを懸命にたぐり寄せる。そうすると高速で泳ぐことができる。高速で泳ぐことを、選手のカラダに覚え込ませることが目的だという。これは素晴らしい練習方法だと思った。私達でも、難易度の高い仕事を能力のある先輩がどんどんこなしていくのを目の前で見ていると、いつの間にかそれが当たり前となり、自分でも出来るようになるということと同じような状況であろう。
平井コーチは、「レースで勝つためには常に”攻め”の泳ぎを貫く」ことにしているという。映像は、中村礼子選手のスタートを撮していた。スタート・バーを横に持っていた。よく分からないのだが、横に持ってスタートすること自体が、守りの態度であると平井コーチは見て取った。スタート・バーを縦に持つことは難易度は高いが速くなるという。気持が守りに入ると、常に安全な方へ、安全な方へと行くので記録が伸びなくなるらしい。平井コーチはそれを指摘した。中村礼子選手は言う『平井先生は、すごく厳しいので鬼に近い。でも適切なアドバイスをしてくれる』と。
北島選手のライバルには、アメリカのブレンダン・ハンセンがいた。当時、100㍍と200㍍の平泳ぎで北島選手を超えて世界記録を持っていた。脅威だった。
ある時、北島選手の右肩が痛くなった。故障である。北島選手は『自分の最大の敵はいつも自らの故障である』としている。世界記録を生み出す無理な筋肉の使用が故障と痛みを引き起こしたとも言える。平井コーチは、入念にビデオで北島選手の調子の良いときのフォームと、痛みを感じて泳ぐフォームと調べた。結論は、「フォームを変えれば、痛みは消える」だった。しかも、常に「ワンポイント」で教えるという。複数を教えると、選手が混乱して集中できない。これが力を殺ぐ原因にもなるという。
北島選手は言う。『平井コーチはどんなハプニングにもついて来てくれる。普通のコーチには出来ないことではないか」と。これは師弟の信頼関係である。そうあるべきだろう。
コーチとは、選手のどんなトラブルにも対処する。そして常に選手の一歩先を歩んで、熱くなってはならない仕事のようだ。冷静に、常に冷静にである。
ある時、平井コーチは、世界新を次々と生み出している水着を選手達に着用させた。北島選手は、そこで世界記録を出してしまった。平井コーチの予想を超えるものだったという。私もこのニュースには驚いたが、これで着用が自由になるように動きが傾いていった。
北京オリンピックの前、平井コーチのチームは、一ヶ月のコーチ合宿のためアメリカへ旅立った。コーチはお粥とみそ汁の箱も持参していた。標高2000㍍を超える場所だった。アリゾナ州のフラッグスタッフである。空気の薄い高地でトレーニングすることで心肺機能を高める。そして持久力アップを図るためであるという。常に筋肉疲労を計算しながら泳ぎ込むという科学的な方法でもある。(続く)
【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年10月 7日のブログは、「上を向いて歩こう」です。米国発の金融危機に端を発した混乱が世界を飲み込もうとしていることを、「心で作る世界」であるとお教えいただいています。また、脱化石燃料の経済や、朝日新聞(2008/10/6)第一面にも掲載されている、タワー式太陽熱発電所などにも触れておられます。最後に、次のようにお教え下さっております。
「つまり、産業の新旧交替がこれによって加速化し、長期的には、社会の需要に正しく応えられる企業や産業が栄え、経済はやがて上昇していくに違いない。少しつらい時期があっても結局、上を向いて歩き続きける者が勝利するのである。」
島根の皆様,上を向いて頑張りましょう。
*ノーベル賞に、南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏が選ばれました。おめでとうございます。日本人としては6年ぶりですが、3人の授賞は初めてであるようです。
*今日は、昨日の出雲の半分を歩かせていただいた。竹下繁蔵さんの所にもお寄りした。偶然に前相愛会連合会長の大坪さんが来ておられた。竹下さんは、90歳を超えて、副総裁先生のブログを拝読するために、インターネットをご自宅に設置した方である。庭は、立派な松や植木が沢山あった。こんな家に生活していると長寿を保てるのであろう。勿論、精神面は一番大切ではあるが、積極性には驚くべきものがある。
今日の訪問は30カ所を超えていたが、昼間であった関係上、留守の家が少しあった。
皆様は、総連会長さんを中心に喜びの中でご推進しておられる。何故かを総連会長さんにお聞きしたが、『いつも支部長さんや会員さんを喜ばし、楽しくさせるにはどうすればよいか、を考えて実践している」とのことであった。なるほど!である。
中内 英生
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