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October.31.2008「アイヌ神謡集二」

Photo_6 October.31.2008「アイヌ神謡集二」
今日の歌::子供らよ よくぞ来たりし 吾が家に  天国の園 創らんとする

 (続き)明治政府は、アイヌ文化消滅の方針をとったという。同化政策である。
大正7年、言語学者の金田一京助が幸恵の家を訪ねてきました。金田一は囲炉裏の傍で幸恵の祖母が語る言葉や、アイヌの習慣を聞いていました。「学者が必死にアイヌのことを学ぼうとしている」。幸恵は驚いた。そして金田一が帰る時、幸恵は聞きました。「私達の伝承は、そんなに値打ちのあるものなのでしょうか?」と。金田一は答えます。「あなた達アイヌの伝承は貴重なものです。あなた方が決して劣った民族ではないという何よりの証拠なのです」と。

 それを聞いて、幸恵は涙を溜めて語ったのです。「私はこれまで自分たちアイヌのことは、何でも恥ずかしく肩身が狭いことだと思ってきました。でも、それは間違いだと気づき、今、目が覚めました」。
 金田一は幸恵に依頼しました。「いつか、私のアイヌ研究を手伝って欲しい」と。今の学校を卒業したら、東京に来るように幸恵は金田一から求められました。

 大正9年、幸恵は女学校を卒業しました。17歳でした。このころ幸恵は心臓病を患います。そして上京できず金田一との約束を果たせずにいました。そんなある日、金田一からまっさらのノートが届きました。
 その時から、耳だけで聴いていたカムイユカラの伝承を幸恵はそれを初めて文字にして行きました。左側はアイヌ語による記述であり、右は日本語による訳文とした。文字のないアイヌ語を正しく表すためにに、幸恵はローマ字を使ったのでした。
 消し去られていくアイヌの風習を学び記録することで、幸恵はアイヌ文化をより深く理解していくのでした。

 幸恵は次第にアイヌ民族の素晴らしさを自覚するようになります。「美しい大自然に抱擁されて生活していた私達の先祖は、まことに自然の寵児、何という幸福な人たちであったでしょう」と民族の素晴らしさに感動します。

 大正10年4月のある日、金田一のもとに幸恵のノートが届きました。その内容は金田一の期待を大きく越えるものでした。克明に書かれた文章は、アイヌ文化を鮮やかに甦らせていたのでした。
 金田一は考えます。「自然や神様を敬うアイヌの考え方は、近代の日本人が失いかけているものではないか」と。
 金田一は幸恵のノートをもとに、本の出版を思い立ちます。そして日本の民俗学の第一人者である柳田国男を説得します。「アイヌの伝承が失われる前に本にする必要がある」と。柳田も賛同しました。

 幸恵は改めて、出版の協力を金田一から求められました。しかし、幸恵の心臓病への不安は消えませんでした。「アイヌの文化を伝えるまたとない機会ではないか」と考え、幸恵は上京を決意します。大正11年、5月15日でした。
 幸恵は文字に残す作業に本格的にとりかかります。アイヌの人であるという誇りとアイヌ文化の素晴らしさを再認識する作業でもありました。

 上京して一ヶ月後、幸恵は繁華街に出かけました。百貨店に入り、感じました。
「私はただ、別な人間の住む星の世界を見物にでも来たような気がした。自分で欲しい、自分の身につけてみたいなどとはちっとも思わなかった」と思いました。
自然と共に生きるアイヌの誇りが甦ってきていたのです。

 自然と共に生きるという生長の家のテーマは、島根県にいるとしみじみと感じます。島根県には、出雲を中心とした文化と、石見地方の文化と隠岐の島の文化の三つの文化があるという。それぞれが、特色があり素晴らしいものである。それぞれの特色を生かした生き方、画一的でない手法の光明化運動の在り方がそれぞれの地域の活性化を促すのではないかと考えられる。出雲は門前町であり、松江は城下町であるという違いはあるようですが、出雲は極めて宗教的であり、松江は高度な文化があると見受けられます。石見は17世紀頃、世界の三分の一の銀産出量を誇り、銀を媒介として世界を相手に交易を行っていた関係であろうと思われるが常に前向きの信徒さんが多い。隠岐の島文化は後鳥羽上皇や後醍醐天皇がおられたところであり、温かく大らかで包み込むような人情味厚い風土であるようだ。それぞれが素晴らしい個性溢れる地域性が見て取れるのではないだろうか。
(続く)

*大坪さんが三つ菊の花を持ってきてくれました。見に来てください。写真は強化ホームページのブログの所に掲載しています。

【日々、副総裁先生のブログを拝読しよう】
2008年10月31日のブログは「本は電子化する」です。
インターネット技術により、宗教の本質部分ではないが、周辺部分を瞬時にして世界中に伝達できる時代が来ているとしておられます。それに関して「宗教運動も真面目に検討すべき時になっている」とお示し下さっております。今まで、文章伝道によって生長の家の運動が伸びてきたが、森林伐採の問題があり、電子本の時代が到来しつつあるとのことです。現在、出版業界では昔からの書籍を電子化する作業が大規模に行われているようで、それは出版業界の一大変化を予告するとしておられます。
  そういう近未来を見越した現代の生長の家の新しい“文書伝道”方法の開発が今、緊急に求められているとのことであります。

*絵は、「フクロウの神」です。

 中内 英生

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