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November.10.2008「ノーベル化学賞」

Photo_4 November.10.2008「ノーベル化学賞」
今日の歌::北風や 吹きて感謝の 築地松 
(最近は、松食い虫のために随分と築地松が減少したそうだが、この松のお陰で家屋が防護されているそうだ)。

 NHK番組「サイエンス・ゼロ」(2008/10/19)で、ノーベル化学賞について点検していた。物理学賞は既に書いたので、今日は化学賞を書かせていただく。この授賞で興味を引いたのは、下村脩さんには「光る物質が美しい」という美に対する感動が根底にあったとする下村さんの後輩とも言うべき科学者が説明していたことだった。夜間に発光するプランクトンや発光キノコなどは実に美しいという。GFPという緑色蛍光タンパク質の発見が授賞の対象だ。しかし、下村教授の発見を、コロンビア大学のマーチン・チャルフィ教授とカリフォルニア大学サンディエゴ校のロジャー・チェン教授が実用化して有益な状態にしたことで、下村教授の授賞も決まったという。有難いことである。その後輩によると、下村教授は、「本当に研究が好きな人」だとのことである。

 共同通信によると、下村教授は1928年、京都府福知山市生まれ。陸軍将校の父について、幼少期を大阪などで過ごし戦中に長崎県諫早市に行った。16歳のとき原爆を体験したという。
 爆心地から20キロ近く離れた場所ではあったが、下村さんは後に「建物の中が明るい閃光でいっぱいになり、目がくらんだ。すぐにとてつもない爆発音が聞こえ、衝撃波を感じ、耳が痛くなった」と当時の記憶を語っている。

 下村さんによると、発見当時の「利用法何もなかった」という。しかし、発見者も驚く応用の発展があった。オワンクラゲから抽出された緑色蛍光タンパク質(GFP)は、そもそも自然界では“脇役”の存在である。発見者の下村脩さんも、「(最初は)何の利用法もなかった。ここ10年間でGFPの応用が驚異的に発展を遂げたことに私自身も驚いている」と話していたらしい。「サイエンス・ゼロ」でも、彼の論文では「こういうこともある」という大したことはないという表現だったと聞く。

 下村さんは、オワンクラゲの発光物質を抽出する過程で、青く発光するタンパク質「イクオリン」を発見した。同時にごく少量のGFPも見つけた。
 オワンクラゲの発光の主役はイクオリンで、GFPはイクオリンが放つ青色の光のエネルギーを奪って、緑色の蛍光に変換する脇役にすぎなかったとしている。
 「GFPの蛍光を出す部分の化学構造を解明した1979年で、化学者としての仕事は終わり。その時点でGFPは、美しい緑の光を放つ不思議なタンパク質にすぎず、何の利用法もなかった」と。
 ところが、90年ごろからの遺伝子工学の発展に伴って、生命科学やバイオテクノロジーの研究に幅広く使われるようになり、今や欠かせないツールになった。それが授賞に繋がったのだった。運命はどこで開けるか分かりませんね。こつこつと努力を積み重ねることが必要であります。

 私たち信仰者は科学者のごとく、真理の探究と生活化に情熱を傾けるような生き方をしたいものです。派手な生き方だけでは、基本エネルギーが枯渇しいつかは行き詰まるようです。島根の信徒さんのように地道な信仰こそ、人生を最後まで全うする信仰者の生き方ではないでしょうか?

*練成会は、75名の方がご参加下さいました。このエネルギーが、地元の誌友会に伝わりますように祈ります。また、生長の家が初めての初参加者も数名来ておられて、有意義な練成会でした。関係したすべての人に感謝を致します。
 「谷口聖超先生への感謝の言葉」の所に次々に、皆様の感謝の言葉が掲載されています。感謝と感動が伝わって参ります。

*絵は、「教化部の近くの民家」です。

 中内 英生、

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