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December,26,2008「マザー・テレサ(その二)」

Photo_2  December,26,2008「マザー・テレサ(その二)」
今日の歌::インドへと 吾が手を神の 手に重ね   フランシスコの 生きしが如く

 (つづき)
 なぜ、彼女はインドに向かったのであろうか?しかし、インドに行って初めて、「マザー・テレサ」が誕生したと言えるのだ。彼女は、バルカン半島のスコビエに生まれた。ここは、さまざまな民族と宗教が混在する地域にある。1910年、マザー・テレサ、本名はアグネス・ゴンジャ・ボヤジュはアルバニア人として生まれている。敬虔なクリスチャンの家庭でマザーは、家族の愛に囲まれて育った。しかし、家族の幸せは、相次ぐ紛争の中で引き裂かれていきます。

 1914年、第一次世界大戦が勃発した。バルカン半島の民族問題に端を発した紛争は世界を巻き込んだ紛争へと発展した。4年に及んだ大戦のあと、バルカン半島では民族間の均衡が崩れた。大戦後、それぞれの民族が独立を掲げ、激しい対立が各地で起きた。
 マザーの父親は、実業家としてさまざまな民族と取り引きしていたが、この機運の中で一変した。父親がアルバニアの独立運動に身を投じたのである。それが悲劇を呼んだ。マザーが9才の時、突然父親が亡くなった。毒殺とも噂されたという。人間の憎しみが愛する父親を奪ったのだ。父の死は、幼いマザーの心に深い傷を残してしまった。

 そんなマザーが求めたのは信仰による救いだった。来る日も来る日も、マザーは教会へ通い続けた。ある日、マザーは、一冊の本に出会ったのだった。それは聖フランシスコの伝記だった。アッシジの聖フランシスコの生涯を描いたものであった。聖フランシスコは、13世紀のイタリアの修道士である。イタリアが戦乱で明け暮れる中、神の命を受けて、路頭に迷う民衆の救済に生涯を捧げたのである。

 マザーの心をとらえた聖フランシスコの言葉を次に紹介する。
主よ、あなたの平和をもたらす道具として、私をお使い下さい。憎しみのあるところには、愛を!不当な扱いのあるところには、赦しを!分裂のあるところには、一致を!
 
 争い、憎しみ合う人々の姿に絶望していたマザーであった。しかし、この祈りの言葉は暗闇に一つの道を示してくれたのだった。マザーは、自分も聖フランシスのように生きようと心に誓った。何年も熱心に教会に通い続けたマザーは、ある日、神父から興味深い話を耳にしたのだった。マザーの通う教会宣教師たちが、海を越え、インドという地で活躍をしているというのである。当時インドは、大英帝国の植民地として、多くの民衆は搾取を受け、民衆は困窮した生活を強いられていたそうだ。

 インドに行けば、聖フランシスコのように人々を救えるかも知れない。マザーは修道女になってインドに行くことを決意したのだった。そして、母親に修道女になることをうち明けた。突然の話に、母親ドロナは、言葉を失った。修道女になること、それは、二度と家族に会えないことを意味したのだった。父親亡き後、女手一つで育て上げた娘であった。その別れは母親にとっては耐え難いものであった筈である。
 しかし、明くる朝、母は穏やかに微笑みながら、マザーに言ったのだった。
「あなたの手を、神様の手に重ねて、いつも神様と共に歩みなさい」と。
1928年12月1日、マザー・テレサはインドへ旅立ちます。18才のことでした。
(続く)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月25日のブログは、「古い記録(4)」です。先生は、当時の記録を克明にお書きになっておられます。初めて拝見させていただきました。拝読していて、当時の状況が走馬燈のごとく私の脳裏には甦ってきました。御文章にございますような状況であったと記憶しております。

 私は昭和42年の五月から、生長の家本部練成道場にお世話になり、夜間は神保町の日大法学部に通っていました。当時は、飛田給道場は立て替えの工事の時期であり、二年間は本部会館で移動練成会を行っておりました。道場では、豚、ニワトリ、アヒル、綿羊の世話などをし、夜間は大学に通うのです。生学連ができてから一年間は、会合に参加しておりましたが、動物の世話と、練成会のお手伝いと通学でどうしても時間が取れず、二年目からは生学連の運動には参加できなくなったのは残念でした。しかし、大学時代は、三年間、谷口雅春先生、谷口輝子先生、谷口清超先生をお囲みしての「学生の集い」がありましたのは、何とも有難きことでありました。

 大学の授業が終わるのが21時30分でしたので、道場に帰るのは、11時頃でした。それから、食事をし風呂に入り、就寝をするのです。就寝は24時前後となりました。しかし、一ヶ月に一回の「お山の集い」が楽しみで何とか保ったというのが実状でした。二時間のお山の集いが終わって、道場に帰る道は、「空中遊歩の神人」といった心境にさせていただいておりました。「聖者は無為にして化す」という言葉は本当だと思いました。

 日大の商学部の地階で自然発生的?に学生運動が発生したということで、色々なことがありました。学校ではバリケードを張ったり、机やイスで籠城したりして、学校は一時休校になりました。高校時代から「神誌」(当時の呼び方)や谷口雅春先生のご著書を拝読しておりましたので、革命の状況が実現しつつあるという雰囲気を感じておりました。「革命を 呼ぶ声国に 漲れり 愛国者 今起たずして いつ立つべきか」という御歌を朗唱して一日を始めていました。何度も新宿での学生と機動隊との衝突がありました。

 新宿は催涙ガスで眼が痛くて歩けない状態もありました。ある団体が新宿西口を占拠して、円陣を組み、わずかな隙間を、何十万人もの京王線利用客が通っていたこともありました。また、国際反戦デーの1968年10月21日だったでしょうか、目の前で警察の西口派出所が襲撃され、ものすごい混乱だったと記憶しております。それから、40年以上経ってしまいました。こんなに平和な日本になるとはその時には思えませんでした。そして、今、自分だけ幸福であってよいというものではない。世界に平和を持ち来たさなくてはならないとして、「国際平和信仰運動」が展開されている。誠にも神様に導かれた運動展開であろうと思います。そのご使命を担っておられるのが、島根教区のあなたであり
、今日からおいでになっておられる学生さん達でありましょう。

*今日から中高生練成会が始まった。13人もの学生さんが来ている。素晴らしいことである。明日は、お二人お出でになると聞いている。また、今夜と明夜は、親御さんが状況を見ることができるように、教化部のHPに写真を掲載する予定であるので、検索してみてください。

 中内 英生

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