December,28,2008「青少年練成会終わる」
December,28,2008「青少年練成会終わる」
今日の歌::若者が 帰る足取り なお軽く 家路向かえり 暖冬の風
今日で、青少年練成会が終了した。参加者19名。全期参加者10名。初参加者2名。大変に素晴らしい練成会だったと思う。今回は、主任を始め指導体制が大変充実していたことが言えるようだ。また、担当講師の質も大幅に向上し、修正の余地はあるものの大体において満足のいくものであった。この場をお借りして、様々な場に携わってくださいました皆様に心から感謝申し上げます。
昨日の白鳥は、実に美しかった。最初に見つからなかったのが余計に良かったのではなかっただろうか。求める心が出会ったときの感動を倍増させる。群れ飛ぶ白鳥たち。日本には美しい光景が数多く残されている。しかし、自然との共生を実現するために、さまざまな努力を惜しまないようにしたいものである。
聞くところによると、白鳥は田んぼに降りて二番手の稲穂を食べることを覚えて食べているのだそうだ。昔は食べなかったのだが、学習により食べるようになったとのことである。昔はというと、地元の人の話によるが、田んぼの藻葉を食べていたが、水質汚染?で藻が減少して、白鳥が来なくなった時期があるらしい。もう一つ、人間が白鳥や野鳥を大切に思うようになったのが大きいのではないだろうか。白鳥を人間由来の絶滅危惧種にはしたくないものである。
*『地球ドラマチック』(2008/9/10)を見た。「知的大研究」というテーマで、「類人猿」について報道されていた。その中で、類人猿は人間に最も近い動物であること、道具を使うことができること、しかし、「教える」という行為を通して人間のように文化・文明の上にさらに積み重ねていくと云うことができないこと、または励ますなどという行為がないことなどが上げられていた。しかし、母子間の愛情行動や仲間を庇う行動など心に残る行動が記録されている。「教える」と「励ます」ことが人間独自の能力であるので、大いにそれを活用することが大切でありましょう。
夜は、大社の白鳩誌友会があった。6名のご参加であったが、新人がお一人来ておられた。しかも、その方のお子さんと、家の子と同じ小学校で同じ学年であるという。近所づき合いという感じの誌友会でありました。
【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月26日のブログは、「古い記録 (5)」です。
高校二年生の時の御文章を掲載されながら、ご自分のその当時の御心境を分析しておられます。また、「1970年」や三億円事件など今では懐かしい言葉がでております。現在、「懐かしい」という言葉で、表現できるような時代になって本当によかったと思います。
その時代は、私にとっては他の信徒と共にひたすら谷口雅春先生について行くという時代でありました。
ある時、私はニワトリの世話係としてニワトリ小屋にいた。友人たちは、華々しい活躍をしている。しかし、人類光明化運動のために上京したとはいえ、自分に与えられた光明化運動の使命は、ニワトリの世話であった。このニワトリの卵は、谷口先生に新しい卵を召し上がって頂くために、生長の家本部練成道場で飼っていたのだった。自問自答の時間が余りにも長かった。しかし、しかしである。谷口雅春先生は神様にすべてを捧げられたではないか。自分もまた、谷口雅春先生のご使命に自己を投ずることにより、神様に捧げなくてはならない。そう思うと、自己の思い上がりと無力感が消えてゆき、あとには感動の涙が流れるのであった。私は、その状態を繰り返していたように思う。ある時、父親に、手紙を出した。「人類光明化運動に一身を投ずる決意をしたが、辞めたいと思う」と。すると、父親から長文の手紙が来た。「軽挙妄動を慎み、ひたすら勉学に励め。どうしても、辞めたいというのであれば、私は上京し、息子のことについて谷口雅春先生にご相談に行く」と。この手紙を受け取ってから、私は動くことができなくなった。そして、上京して二年後、父危篤の知らせを受けて、帰省した。父は布団の上に正座し、私に色々と人生について話してくれた。いつもの父とは違うように感じた。そして、大きな声で私に言った。「お前は、どんなことがあっても、谷口雅春先生にどこどこまでもついて行け!」と。胸を患っていた父親は、胸を押さえてその場に倒れ七転八倒するのであった。私は、聖経を読誦した。痛みが収まった父は、再び起き上がり大きな声で叫んだ。同じ言葉であった。これが父親と正常に会話をかわすことができた最後であった。信徒の方に言われたことがある。『お父さんは、あなたが東京から帰ってくるまで死ぬのを待ってくれていたのですよ』と。そうだったかも知れない。父の姿は神の愛の御姿であった。その父の気持ちが分かったのが、誠に残念ながら十年以上経ってからだった。現在、宇治におられるK本部講師との出会いによる。私に対して命を懸けて説法してくれる父親がいたことを知った時、私は父親に、神様に愛されていることを知った。そして父親が常に側にいて使命遂行を見守ってくれていることを感じる。父親に対するご恩返しは御教えをお伝えする以外にない。父親に感謝してから私の運命は変わった。御教えに示されている通りだった。そしてまた、法燈を継承された総裁代行谷口雅宣先生に中心帰一することこそ、父への感謝に繋がり、十九才の時決意した谷口雅春先生への思いに繋がると確信し実践させていただいている次第であります。
そして、現在、こうして島根教区に赴任させていただき、伝道に励ましていただいておりますことを、心から感謝しております。
*絵は、自宅近くの幼稚園です。
中内 英生
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