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2008年12月

December,31,2008「島根教区の平成20年を振り返って」

Photo_5 December,31,2008「島根教区の平成20年を振り返って」
今日の歌::年の瀬に 蕎麦をいただき 振り返る

 島根の信徒の皆様、今年一年間誠に有り難うございました。
4月1日に赴任させていただき、早や9ヶ月が過ぎようとしています。今年は、講習会がありましたので、講習会の成功を中心に行事が組まれておりまして、さまざまな楽しく嬉しい運動を行わせていただきました。谷口雅宣先生、谷口純子先生がお越しになられる講習会は、大いに力を発揮することができるのでした。赴任と同時に教化部長就任式を行っていただきました。そして、やはり島根県だと思いましたのは、出雲大社で講習会受講券御祓い式をしていただいたことです。竹野屋の竹内地方講師(竹内マリアさんのお父さん)の繋がりで出雲大社で荘厳な御祓い式をしていただきました。初めて中に入らせていただき、感動したことを記憶しております。
 赴任してきて教化部の事務局が大変明るい雰囲気であることも驚きでした。これは前教化部長さんの素晴らしいご指導によるものと心から感謝しております。

 それから4月には、受講券奉戴式は浜田、出雲、松江道場、そして隠岐の島で行いました。異文化とまでは行きませんが新しい日本の文化と雰囲気に触れることは喜びでした。教区内を一巡して、素朴な根強い本物の信仰心に触れました。これがかつての日本一の聖使命会員を維持してきた信仰なのだと感動いたしました。

 4月1日より、島根県教化部のホームページが開設されました。これは、石川、愛媛の時代からホームページを開設しておりましたので、それほど難易度は高くなかったのですが、ホームページは更新率が重要なのです。4月1日以降、休日以外はほぼ百%の更新率である筈です。これは、島根の信徒の皆様に、常に谷口雅宣先生の御心に真っ先についていけるように、師の御心を自分の心とし、師と共に歩むことができる本当の信徒であってほしいとの考えからの出発です。現在は、写メール俳句で賑わったおります。私のブログは、5月からは個人ブログとして教化部ホームページからは引っ越しをしました。来年は、壮年層や青年会の記事の活発化と本部に連動した動きができるようになりたいと考えております。

 5月は全国大会で新しいタイプの誌友会が提示されまして、驚きました。しかし、先ず絵画に挑戦し、自らも絵を描きながら誌友会を指導するという方法で進んで参りました。これはほぼ定着しつつあるのではないでしょうか。また、谷口雅宣先生のブログにて島根のお二人の信徒さんの絵封筒がご紹介されまして大変驚きました。男性の誌友会では俳句を行うところがあり、楽しい時間を持てるようになりました。相・栄全国大会と青年会全国大会は私の古巣である生長の家本部練成道場で行われましたので、谷口雅宣先生のお姿と谷口雅春先生のお姿がダブって感じました。飛田給練成道場は、戦後の光明化運動では重要な役目を担った場所であります。
 ある時、お出でになられた谷口雅春先生が、お訊ねになられたそうです。「あそこにあった木はどうしたのですか?」責任者の方が答えました。「あれは切りました」その返事を聞かれて谷口雅春先生は非常に悲しがられたとお聞きしております。谷口雅春先生の愛は木や自然にまで及ぶというエピソードで何度も先輩からお聞きしたことを記憶しております。

  出雲練成会は5月からでした。スタッフがとても優秀であり安心して行いました。そして、練成会の質を上げながら練成会担当講師を育てるという体勢に移行することができました。まだ充分ではないとは思いますが、さらによい練成会になると確信しております。練成会はみんなで協力して行う全体行事であり、新人がきてくれるような明るい雰囲気と救いを成就できる指導体制が必要であると考えております。この練成会が地元誌友会に好影響を与えることができますように、進めて参りたいと思います。

 松江道場での先祖供養祭も始まりました。この行事は動員は一切無く、自然に集まる形で行われていますが、いつも30人ほどはお出でになっており、その関係で松江道場は常に賑わいが出て来たとお聞きしております。先輩の皆様が愛念を込めて松江道場をお建てになったその思いに報いるのは、教勢の発展以外にはありません。そして、ご先祖を供養すると現在運動から離れている人でさえ、引き寄せられてくるようです。この先祖供養祭は江津に飛び火しています。松江の教勢が発展すると、谷口清超先生がお喜びになるのではないかと思います。

 7月には、本部練成道場で生長の家教修会がありました。イスラームについての学習でしたが、はからずも感想が聖使命新聞に掲載されました。イスラームについては、異文化でありますので、島根の信徒の皆様にはなかなかご理解に時間がかかるのではないかと思いますが、私にとっても初めてであり、今後、お伝えすることを鋭意努力をして参りたいと思います。

 8月ごろから綿密な講習会推進が始まりました。これを機会にほとんどの信徒さんと顔を合わすことができたのではないかと思います。安来の推進で、練成会で体験するような出来事があり、ブログにも書かせていただきましたが、生長の家大神様のお導きを感じました。東西南北と推進に歩かせていただきましたが、楽しい思いだけが残っております。そして10月19日には、講習会が開催されました。素晴らしい雰囲気でしたが、残念ながら人数が減少しました。誌友会の活性化に重点をおいて挽回するように2年間の努力を継続して参りたいと思います。また、ご高齢の方が多いのでそれに対する配慮をした講習会の会場設定をしたいと思います。

 11月の秋季大祭では、島根教区で二重光輪賞と西日本光輪賞と布教功労賞を授賞しまして有難いことでした。これらの喜びが教区全体のさらなる光明化運動に好影響を与えますように祈っております。
 12月26日から行われた中高生練成会は二年ぶりでしたが、目標の20名に対して19名の方々が集まり、しかも友人に推進をしている高校生もあったようで、かつての盛んだった頃を彷彿とさせました。期待できると思います。

生長の家では2007年度から、「“自然と共に伸びる運動”実現のための第1次5カ年計画」が展開されていますが、島根県教化部では、グリーンカーテンとしてゴーヤを栽培したりして地球温暖化防止に努力しています。また、軽自動車は止まればエンジンが自動で切れるものを購入しています。自家用車ではハイブリッドを乗っており、二酸化炭素排出は少なくて済むようです。移動に関しまして、二酸化炭素排出削減のため、来年の団参での移動で排出する二酸化炭素は本部にグリーン電力用として送金し、相殺することになりました。今後の教化部関係の移動は倫理的な移動になる予定です。
  また、移動に伴う二酸化炭素を減らすために、本部方針に従い、来年は可能な所から行事を分散するように心がけたいと考えています。どこまでできるか未知数ですが、講習会会場が複数会場になるのに伴い、その地区での会合も考える必要がありそうです。

 生長の家総裁谷口清超先生がお亡くなりになり、12月17日には「故 生長の家総裁谷口清超先生追善供養祭」が執り行われました。谷口清超先生の自由を愛する御心によって、谷口雅宣先生はアメリカへ留学され、国際平和信仰運動を生み出すに至り、エルファドル氏の英文著書に巡り会い、『衝撃より理解へ』のご著書をご出版されるに至られたことをお聞きしました。今後の生長の家の運動は、まさに国際平和信仰運動と呼ぶにふさわしい展開を見せるでありましょう。

 現在の、島根教区の教勢は、この地に於いて人類光明化運動に対する発心のご決意をされた谷口清超先生の深いご愛念が常に漲っており、また、歴代の教化部長と幹部・信徒の皆様の篤い信仰心とご支援、ご協力、ご鞭撻のお陰であります。
変化多き平成20年の最終日に当たりまして、大聖師谷口雅春先生、聖姉谷口輝子先生、総裁谷口清超先生、白鳩会総裁谷口恵美子先生、総裁代行谷口雅宣先生、白鳩会副総裁谷口純子先生に深甚の感謝を捧げます。そして、本部のご指導、信徒の皆様に心からなる感謝を申し上げます。有り難うございます。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】

 2008年12月31日のブログは、「2008年を振り返って」です。本年の生長の家の運動や父君であらせられる谷口清超先生への思いをお書きになっておられます。必読のブログです。拝読下さい。

 中内 英生

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December,30,2008「マザー・テレサ(その三)」

Photo_3 December,30,2008「マザー・テレサ(その三)」
今日の歌::身を捨てて 神の道具と なり給う インドの母に 愛を学べり
*キリスト教の愛の実践はものすごい迫力があります。

(続き)
 マザー・テレサがインドに旅立ったのは、1928年の12月1日、18才の時だったが、その一ヶ月後に彼女はインドの地に降り立った。マザー・テレサの前には、初めて眼にする貧困の世界が広がっていたという。まず、彼女はインド北部の町コルカタ(かつてのカルカッタ)の地の修道院に配属された。そして、所属の女学校で教師を務めることになった。当時の生徒の中には、恵まれない境遇の少女たちも多くいたらしい。マザーは教育を通して、人々への奉仕に打ち込んだ。

 しかし、インドに来て18年目、マザーはその後の生き方を変える出来事に遭遇することになる。1946年8月16日に大暴動が起きた。ヒンドウー教徒とイスラム教徒との対立が激化してコルカタで衝突したのである。そこでマザーは、驚くべき光景を眼にしたのだった。通りにはたくさんの死体が転がっていた。ある人は突き殺され、ある人は殴り殺されていた。乾いた血の海の中で、考えられないような姿勢で横たわっていたという。
 「今、自分には何ができるのか?」。マザーは、修道女になった時の、己の志を自らに問い直します。聖フランシスコの祈りが脳裏をよぎります。
「主よ!あなたの平和をもたらす道具として、私をお使い下さい。憎しみのある所には、”愛”を」。

 1946年10月、マザーは神の声を聞きます。
「今こそ、人々を救う使命を全うする時である!」
マザーは、修道院を離れて、救済活動を行おうとコルカタ大司教に許可を求めました。当時のカトリックの規則では、修道女の院外活動は禁止されていました。そころが、マザーは、何度も何度も大司教に手紙を書いて訴えました。
「貧しい人を助けたいという欲求が、私の心をずっと満たしています。それは日に日に強くハッキリとしてきています」と。

 2年後の1948年8月8日、修道院を出て活動する許可が下りました。その8日後に、マザーは修道服を脱ぎ捨てます。そして、インドの民衆の服であるサリーに身を包みました。白い木綿のサリーは、中でも最も質素なものでした。それは、これから貧しい人々と共に生きるというマザーの決意の表現だったのでした。その夜、ほかの修道女たちの動揺を避けるため、マザーはひっそりと一人で修道院を出ていきました。マザー・テレサは、それから31年後にノーベル平和賞を受賞することになるのでした。マザーは、国家・民族・組織よりも個人としてイエスに奉仕して救いを求めました。マザーは、『貧しい人たちは向こうから来ないからこちらから行かなければならない』としてこちらから出向きました。
  私たち生長の家の信徒との生き方とは少し違いますが、「神様の平和をもたらす道具として私をお使い下さい」との祈りは、心を打ちます。私の先輩である故T元本部講師が、「神様、今日一日人類光明化運動のために私を自由にお使い下さい」と祈っておられたことや、宇治のK本部講師のように、「使命を生きる祈り」を祈り続けている人やのことを聞くと、自分を無くして神様の御心を行ずることが最高の祈りであることを感じます。
(続く)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2008年12月29日のブログは、「“明日への飛躍”を仕込む時」です。『今年は、ジェットコースターのような一年ではなかったか』と回想しておられます。
 私も家族もジェットコースターのように愛媛から島根に異動させていただきました。これまでも天国的状態でしたが、そこにはより一層、素晴らしい世界が開けておりました。愛媛の信徒の皆様と島根の信徒の皆様に感謝あるのみであります。そして、一緒についてきてくれた妻に子供たちに心から感謝します。
 また、先生は今年一年の出来事を総括しておられます。特に経済面での論考を行っておられます。
 現在円高で、先日カナダから来ている英会話のインストラクターに聞きますと、カナダへは帰りやすくなったと言っていました。逆に向こうからは来にくいのではないかと思います。あのトヨタでさえも、今期は赤字転落で、その分析が日経(2008/29/29)13面に書かれていました。
 この不況は、かつての昭和恐慌に比すべきものであるとする人もいるとして、その時代に始まったのが「生長の家の運動」(昭和5年)であり、その時にこそ「朗らかに笑って生きよ」として「日時計主義」を宣言していること。従って、落胆するのではなく、「上を向いて歩く」ことを既に提唱しているとしておられます。
  また、短期的には低迷することがあるだろうが、世界人口は増加の一途であるので、世界全体のエネルギーの減少はあり得ない。長期的には正しく低炭素社会への切り替えが行われれば、やがて経済は上昇することを予測しておられます。
  そして、それらは当然の帰結として、さらに善業を積む機会到来としておられます。
また、『ウェッブ進化論』の米ミュズ・アソシエイツ社長の梅田望夫氏の“不況の効用”についての文章をご紹介しておられます。この方の本をかつて読んだことがありますがすごい人のようです。また、最終段落において、私たちの運動についてもご教示下さっております。

 『企業経営も宗教運動も、“低迷している”と思われるこの時期に、不要なものは削り、有望なものに資源を集中させることで、“明日への飛躍”がしっかりと用意されるのである』と。

*今日は、久しぶりで家族と共に家で過ごしました。子供たちの年賀状の手伝いをしたりして夕飯には鍋をつまんで、普通の生活の楽しい一日でした。島根は本当に良いところです。有り難うございます。絵は、温故資料館です。これなどは、見ただけで信徒さんに自信をつけさせる作品の一つでしょう。

 中内 英生

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December,29,2008「生態系の繋がり」

Photo_2 December,29,2008「生態系の繋がり」
今日の歌::白鳥は 餌場さがして 舞い降りる

 「生態系の繋がり」ということになると、喰うか喰われるかの厳しい弱肉強食の世界のことになるが、別の言葉でいうと食物連鎖ということになる。NHK番組『サイエンス・ゼロ』(2008/11/16)では、「生態系の繋がりに迫る」というテーマで放送していた。ところで、イカとタコの足の数だが、何本でしょうか?答えは、この文章の最後に書いておきました。
「安定同位体」というのがこの番組のキーワードであった。「小学館の日本大百科全書」で調べてみると、「同位体のうち、自然界で放射能を放出しないもの。安定同位元素と同意義。安定同位体は81種類ある。代表的なものは水素、リチウム、ほう素、炭素、窒素などである。…」。要するに何を食べて生きているかを科学的分析によって推測するというものらしい。

 たとえば、私たち島根県人もお世話になっている大和シジミだが、なかなかシジミが食べているものが分からなかったらしい。それで、安定同位体を調べてみると、山の植物を食べていることが分かったという。これは何を意味しているのだろうか。山の植物である有機体が川に流されて下流にまで達する。それをシジミが食べていると云うことになる。そう考えてみると、数日前に行った斐伊川の河口の先には宍道湖がある。そこには小さな船着き場があり立入禁止の看板が立っていた。何艘もの船が係留されていた。その船は、シジミ漁の船らしい。浅瀬にもシジミがいるが、少し深くなっているとことを道具を使用して漁師が採取する。道具を使って素人は採ってはいけないらしい。素手だと見逃してくれると地元の人が言っていた。本当だろうかね?それはともかく、斐伊川の上流から山の植物が有機体として流れてきていなければ、宍道湖のシジミ漁は成り立たないと云うことになろうか?有機体は陸と海とを繋ぐ重要な要素である。

 そこで浅瀬の干潟が大切になる。現在は、護岸工事で干潟が少なくなっているらしい。経済活性化策にはなるかも知れないが、安易な護岸工事は自然の生態系を破壊する。宍道湖のシジミに水質の浄化作用があるように、干潟は強い浄化作用があるとしている。貝類が浄化する力も非常に強いらしい。河川からの生活用水の海への流入による富栄養化が問題になる。富栄養化でバクテリアなどが今まで以上に発生する。これらが酸素を大量に使用する。そして海水の酸素不足も考えられるとも云われている。当然のことながら、魚には住み難い海となる可能性がある。護岸工事などで、浅瀬の土を大量に採取しそれを陸にあげるなどの工事を行ってきた。しかし、堀り上げられた後の低くなった海底は生物が棲息できない死の海になることもあるという。自然は長い間の陶太によってさまざまに変化してきた。それを頭脳の智慧で簡単に考えて行動した結果は、自然界の生物にとって住み難い環境となっているらしい。

 また縄文時代人の骨に含まれている安定同位体を調べることによって、当時の人々が食べていたものを知ることができるという。イノシシの骨を調べても食べたものが分かるらしい。安さんという出演者の髪の毛から安定同位体を調べていたが、どうも動物性の食事が多いようだとのことであった。

 北海道ではサケが川を遡上し、産卵を終えると死んでしまう。その死骸が栄養となり山林の柳の木に影響を与えている。サケの栄養分が山を育てているというわけである。従って、サケが遡上してこないと、山の植物が育ちが悪く、従って有機物が河川に流れてこない。有機物が海に流れないと、植物性プランクトンが減少し、それに伴い、動物性ブランクトンが減少し、という風に豊かな食物連鎖が途絶えてくるということになる。自然の輪廻は実に緻密であり、それを無視してはいけないだろうと思われる。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2008年12月28日のブログは、「本欄が書籍に (7)」です。『小閑雑感』12巻目の御発刊です。その中で、経済の流動性をを心の変化によるものであるとしておられます。また、もっと深い自然との共存の問題を考えるべきであるとしておられます。
「人間と自然」という3回シリーズ…「“欲望の街”と“霊的緑地”」「人間と動物の共存」「外来魚とのつき合い方」などは必ず拝読しましょう。また、これだけの考察では不十分としておられます。そこからもっと先へ進むことが、今後の先生の課題であるとしておられます。

*今日は、年内業務の最後の日だった。私が赴任する前から大変調和した事務局であることに職員の皆様に心から感謝した。今年一年間、信徒の皆様、大変お世話になりました。どうぞ、よいお年を!なお、本ブログは、年末・お正月休み中も継続する予定です。このブログの読者の皆様はどうぞ、「写メ俳」か俳句か短歌か絵手紙かいずれでも結構ですので、少しでもご協力頂ければ幸いです。毎日平均20名から22名のお客様が来ておられます。心よりご来場に感謝申し上げます。(英文ブログは一日平均2人です。ヤッター!ゼロではなかった。)本ブログは、第一に、島根教区内の信徒の皆様が谷口雅宣先生のブログを拝読するのを日課とする生活習慣を付けていただくのが最大の目的です。二つ目には、教化部ホームページを通じましての、光明化運動の進展です。信徒の皆様が、来年はもっと活用してくださることを念願しております。「写メール俳句」はその一例です。来年は、「写メール短歌」も開発したいと考えております。また、青少年練成会の一日が終わったときに、子供たちの一日の写真を掲載して、親御さんにご安心していただくのも一方法です。来年3月は、新総裁がご誕生される特別の一年となります。中心帰一を行じつつ、ご一緒に楽しく、人類光明化運動に邁進して参りましょう。

*絵は、温故資料館前の道から総本山練成道場を眺めた風景です。
イカ(10本)、タコ(8本)

 中内 英生

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December,28,2008「青少年練成会終わる」

Photo December,28,2008「青少年練成会終わる」
今日の歌::若者が 帰る足取り なお軽く 家路向かえり 暖冬の風

 今日で、青少年練成会が終了した。参加者19名。全期参加者10名。初参加者2名。大変に素晴らしい練成会だったと思う。今回は、主任を始め指導体制が大変充実していたことが言えるようだ。また、担当講師の質も大幅に向上し、修正の余地はあるものの大体において満足のいくものであった。この場をお借りして、様々な場に携わってくださいました皆様に心から感謝申し上げます。
  
 昨日の白鳥は、実に美しかった。最初に見つからなかったのが余計に良かったのではなかっただろうか。求める心が出会ったときの感動を倍増させる。群れ飛ぶ白鳥たち。日本には美しい光景が数多く残されている。しかし、自然との共生を実現するために、さまざまな努力を惜しまないようにしたいものである。
 聞くところによると、白鳥は田んぼに降りて二番手の稲穂を食べることを覚えて食べているのだそうだ。昔は食べなかったのだが、学習により食べるようになったとのことである。昔はというと、地元の人の話によるが、田んぼの藻葉を食べていたが、水質汚染?で藻が減少して、白鳥が来なくなった時期があるらしい。もう一つ、人間が白鳥や野鳥を大切に思うようになったのが大きいのではないだろうか。白鳥を人間由来の絶滅危惧種にはしたくないものである。

*『地球ドラマチック』(2008/9/10)を見た。「知的大研究」というテーマで、「類人猿」について報道されていた。その中で、類人猿は人間に最も近い動物であること、道具を使うことができること、しかし、「教える」という行為を通して人間のように文化・文明の上にさらに積み重ねていくと云うことができないこと、または励ますなどという行為がないことなどが上げられていた。しかし、母子間の愛情行動や仲間を庇う行動など心に残る行動が記録されている。「教える」と「励ます」ことが人間独自の能力であるので、大いにそれを活用することが大切でありましょう。

  夜は、大社の白鳩誌友会があった。6名のご参加であったが、新人がお一人来ておられた。しかも、その方のお子さんと、家の子と同じ小学校で同じ学年であるという。近所づき合いという感じの誌友会でありました。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月26日のブログは、「古い記録 (5)」です。
 高校二年生の時の御文章を掲載されながら、ご自分のその当時の御心境を分析しておられます。また、「1970年」や三億円事件など今では懐かしい言葉がでております。現在、「懐かしい」という言葉で、表現できるような時代になって本当によかったと思います。
その時代は、私にとっては他の信徒と共にひたすら谷口雅春先生について行くという時代でありました。

 ある時、私はニワトリの世話係としてニワトリ小屋にいた。友人たちは、華々しい活躍をしている。しかし、人類光明化運動のために上京したとはいえ、自分に与えられた光明化運動の使命は、ニワトリの世話であった。このニワトリの卵は、谷口先生に新しい卵を召し上がって頂くために、生長の家本部練成道場で飼っていたのだった。自問自答の時間が余りにも長かった。しかし、しかしである。谷口雅春先生は神様にすべてを捧げられたではないか。自分もまた、谷口雅春先生のご使命に自己を投ずることにより、神様に捧げなくてはならない。そう思うと、自己の思い上がりと無力感が消えてゆき、あとには感動の涙が流れるのであった。私は、その状態を繰り返していたように思う。ある時、父親に、手紙を出した。「人類光明化運動に一身を投ずる決意をしたが、辞めたいと思う」と。すると、父親から長文の手紙が来た。「軽挙妄動を慎み、ひたすら勉学に励め。どうしても、辞めたいというのであれば、私は上京し、息子のことについて谷口雅春先生にご相談に行く」と。この手紙を受け取ってから、私は動くことができなくなった。そして、上京して二年後、父危篤の知らせを受けて、帰省した。父は布団の上に正座し、私に色々と人生について話してくれた。いつもの父とは違うように感じた。そして、大きな声で私に言った。「お前は、どんなことがあっても、谷口雅春先生にどこどこまでもついて行け!」と。胸を患っていた父親は、胸を押さえてその場に倒れ七転八倒するのであった。私は、聖経を読誦した。痛みが収まった父は、再び起き上がり大きな声で叫んだ。同じ言葉であった。これが父親と正常に会話をかわすことができた最後であった。信徒の方に言われたことがある。『お父さんは、あなたが東京から帰ってくるまで死ぬのを待ってくれていたのですよ』と。そうだったかも知れない。父の姿は神の愛の御姿であった。その父の気持ちが分かったのが、誠に残念ながら十年以上経ってからだった。現在、宇治におられるK本部講師との出会いによる。私に対して命を懸けて説法してくれる父親がいたことを知った時、私は父親に、神様に愛されていることを知った。そして父親が常に側にいて使命遂行を見守ってくれていることを感じる。父親に対するご恩返しは御教えをお伝えする以外にない。父親に感謝してから私の運命は変わった。御教えに示されている通りだった。そしてまた、法燈を継承された総裁代行谷口雅宣先生に中心帰一することこそ、父への感謝に繋がり、十九才の時決意した谷口雅春先生への思いに繋がると確信し実践させていただいている次第であります。

 そして、現在、こうして島根教区に赴任させていただき、伝道に励ましていただいておりますことを、心から感謝しております。

*絵は、自宅近くの幼稚園です。

   中内 英生

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December,27,2008「心の進化」

Photo_3 December,27,2008「心の進化」
今日の歌::冬の三日 少年少女 学びおり

 心の場合は、「進化」ではなく「進歩」というべきかもしれないが、心の構造そのものが変わっていく場合には、「進化」と言うべきであろうと考えられる。NHK番組『サイエンス・ゼロ』(2008/12/21)には、心についての研究が発表されていた。さて、「心はどこにあるか」という問題が提起されていた。御教えでは心には五官認識の心(仮存在)と実在としての心と、両方の存在を教えられている。科学者の言説は、普通の心と表現する場合には、五官認識の心を表現しているように思える。どんな状態からでも、出現してくるものは、「生命」という言葉を使うことが多いようである。さて、ここでは、五官感覚の心として考えると分かりやすい。

 最初に、「心はどこにあるか?」という質問があった。皆様は如何答えますか?普通には、脳髄と答えるのが一般的である。しかし、脳髄は全身に張り巡らされている神経からの情報を受容して、脳処理をし、判断し、それを末梢神経にまで伝えて活動する。それを瞬時に行っているという奇跡的な宇宙大生命の産物である。この表現に違和感がある人は、谷口雅春先生が御表現された「宇宙に咲いた美花」という表現がぴったり来るでありましょう。従って、「心は全身にある」というのが正解らしい。

 利他行動というものがある。これは、人類独特の行動であるとしているが、研究によると猿にも見られる。情けは人のためならずという言葉があるが、短いスパンでは損をするようでも、人生の長い期間で考えると、結局は自分に利益が帰ってくるという考え方である。生長の家や仏教の考え方では陰徳を積む、あるいは善業を積むという考え方、あるいは無我の愛という考え方である。それらが自分の子孫や、将来の霊界の境遇や自分の生まれ変わりの時に影響を与えるという考え方をするのである。それが、なぜ特に人にはできるのかという問題である。

 「独裁者ゲーム」というゲームを行って調査していた。参加する人を別々の部屋に入れる。それぞれは全く知らない人同士である。独裁者に指名された人は、分け前をどのようにでも配分できる。それを如何に配分するかの調査だ。
 半分づつ分ける人と、自分の方を多く分ける人と両方ある。しかし、他の相手が自分と同じグループであると思うと、グループ用スウィッチが入り、多く与えようとするらしい。「長い目で見れば、自分に帰って来るという」意識が働くからだ。それが、心に潜む利他行動の仕組みであるらしい。…ナルホド。
  また、一人で判断する部屋が個室であった時、コンピュータの画像に、夜叉のような両目を映していたら、判断が利他行動的になってしまう。人の眼を気にするということは、全体の中の自分を考えるので長い目でみると利他行動に走るということになろうか?それから考えると、閻魔大王の存在は、人の心を利他的にするだろうし、未来世を説く宗教もある段階であるとはいえ、人を利他的にするとも言えるのではないであろうか。

 心は進化の産物であるらしい。脳が発達するのは、心が発達するからその結果、脳が変化する、皺が増える、または脳の構造が変わるとも考えられる。しかし考えてみると脳も臓器の一部である。それが頭にあるのに過ぎない。人の脳は、大脳新皮質が脳全体の八割
を占めるらしい。ラスコーの壁画以来、この世界の事物や感動を外部に芸術として表現することを知ったホモサピエンスは、急激に脳の拡大を遂げていったに違いない。だから、谷口雅宣先生がご教示下さる、右脳を使う芸術等による神性表現は実に素晴らしいと思う。

  猿を研究すると、猿集団が小さいものから、大きな集団の猿に変化するにつれて、仲間への気配りが多く見えるようになる。そして大脳新皮質が大きくなっているようだ。それから考えると、人類の初期の集団は、150人くらいの集団だったと考えられると言っている。

 また、「三項関係」というのが重要であるという。自分だけでものを見るのではなく、第三者と共に見る、お互いに意見交換することにより、互いに協力関係が生まれる。そこに脳の発達があるという。
 もう一つ、人を見る目を養うのにはどうすればよいか、というと、調査データによると、「人を信頼する力」がある人ほど、人を見抜く力ができるらしい。それは何故かというと、「人を見ればどろぼうであると思え」と考えて、人を信頼しない生活を続けると、失敗もしない代わりに、人を信頼するという成功例も持たない。従って、人を見抜く力は養成されないということになる。このあたりの論理は、実験データを背後に持っているので説得力がある。

 中内 英生

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December,26,2008「マザー・テレサ(その二)」

Photo_2  December,26,2008「マザー・テレサ(その二)」
今日の歌::インドへと 吾が手を神の 手に重ね   フランシスコの 生きしが如く

 (つづき)
 なぜ、彼女はインドに向かったのであろうか?しかし、インドに行って初めて、「マザー・テレサ」が誕生したと言えるのだ。彼女は、バルカン半島のスコビエに生まれた。ここは、さまざまな民族と宗教が混在する地域にある。1910年、マザー・テレサ、本名はアグネス・ゴンジャ・ボヤジュはアルバニア人として生まれている。敬虔なクリスチャンの家庭でマザーは、家族の愛に囲まれて育った。しかし、家族の幸せは、相次ぐ紛争の中で引き裂かれていきます。

 1914年、第一次世界大戦が勃発した。バルカン半島の民族問題に端を発した紛争は世界を巻き込んだ紛争へと発展した。4年に及んだ大戦のあと、バルカン半島では民族間の均衡が崩れた。大戦後、それぞれの民族が独立を掲げ、激しい対立が各地で起きた。
 マザーの父親は、実業家としてさまざまな民族と取り引きしていたが、この機運の中で一変した。父親がアルバニアの独立運動に身を投じたのである。それが悲劇を呼んだ。マザーが9才の時、突然父親が亡くなった。毒殺とも噂されたという。人間の憎しみが愛する父親を奪ったのだ。父の死は、幼いマザーの心に深い傷を残してしまった。

 そんなマザーが求めたのは信仰による救いだった。来る日も来る日も、マザーは教会へ通い続けた。ある日、マザーは、一冊の本に出会ったのだった。それは聖フランシスコの伝記だった。アッシジの聖フランシスコの生涯を描いたものであった。聖フランシスコは、13世紀のイタリアの修道士である。イタリアが戦乱で明け暮れる中、神の命を受けて、路頭に迷う民衆の救済に生涯を捧げたのである。

 マザーの心をとらえた聖フランシスコの言葉を次に紹介する。
主よ、あなたの平和をもたらす道具として、私をお使い下さい。憎しみのあるところには、愛を!不当な扱いのあるところには、赦しを!分裂のあるところには、一致を!
 
 争い、憎しみ合う人々の姿に絶望していたマザーであった。しかし、この祈りの言葉は暗闇に一つの道を示してくれたのだった。マザーは、自分も聖フランシスのように生きようと心に誓った。何年も熱心に教会に通い続けたマザーは、ある日、神父から興味深い話を耳にしたのだった。マザーの通う教会宣教師たちが、海を越え、インドという地で活躍をしているというのである。当時インドは、大英帝国の植民地として、多くの民衆は搾取を受け、民衆は困窮した生活を強いられていたそうだ。

 インドに行けば、聖フランシスコのように人々を救えるかも知れない。マザーは修道女になってインドに行くことを決意したのだった。そして、母親に修道女になることをうち明けた。突然の話に、母親ドロナは、言葉を失った。修道女になること、それは、二度と家族に会えないことを意味したのだった。父親亡き後、女手一つで育て上げた娘であった。その別れは母親にとっては耐え難いものであった筈である。
 しかし、明くる朝、母は穏やかに微笑みながら、マザーに言ったのだった。
「あなたの手を、神様の手に重ねて、いつも神様と共に歩みなさい」と。
1928年12月1日、マザー・テレサはインドへ旅立ちます。18才のことでした。
(続く)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月25日のブログは、「古い記録(4)」です。先生は、当時の記録を克明にお書きになっておられます。初めて拝見させていただきました。拝読していて、当時の状況が走馬燈のごとく私の脳裏には甦ってきました。御文章にございますような状況であったと記憶しております。

 私は昭和42年の五月から、生長の家本部練成道場にお世話になり、夜間は神保町の日大法学部に通っていました。当時は、飛田給道場は立て替えの工事の時期であり、二年間は本部会館で移動練成会を行っておりました。道場では、豚、ニワトリ、アヒル、綿羊の世話などをし、夜間は大学に通うのです。生学連ができてから一年間は、会合に参加しておりましたが、動物の世話と、練成会のお手伝いと通学でどうしても時間が取れず、二年目からは生学連の運動には参加できなくなったのは残念でした。しかし、大学時代は、三年間、谷口雅春先生、谷口輝子先生、谷口清超先生をお囲みしての「学生の集い」がありましたのは、何とも有難きことでありました。

 大学の授業が終わるのが21時30分でしたので、道場に帰るのは、11時頃でした。それから、食事をし風呂に入り、就寝をするのです。就寝は24時前後となりました。しかし、一ヶ月に一回の「お山の集い」が楽しみで何とか保ったというのが実状でした。二時間のお山の集いが終わって、道場に帰る道は、「空中遊歩の神人」といった心境にさせていただいておりました。「聖者は無為にして化す」という言葉は本当だと思いました。

 日大の商学部の地階で自然発生的?に学生運動が発生したということで、色々なことがありました。学校ではバリケードを張ったり、机やイスで籠城したりして、学校は一時休校になりました。高校時代から「神誌」(当時の呼び方)や谷口雅春先生のご著書を拝読しておりましたので、革命の状況が実現しつつあるという雰囲気を感じておりました。「革命を 呼ぶ声国に 漲れり 愛国者 今起たずして いつ立つべきか」という御歌を朗唱して一日を始めていました。何度も新宿での学生と機動隊との衝突がありました。

 新宿は催涙ガスで眼が痛くて歩けない状態もありました。ある団体が新宿西口を占拠して、円陣を組み、わずかな隙間を、何十万人もの京王線利用客が通っていたこともありました。また、国際反戦デーの1968年10月21日だったでしょうか、目の前で警察の西口派出所が襲撃され、ものすごい混乱だったと記憶しております。それから、40年以上経ってしまいました。こんなに平和な日本になるとはその時には思えませんでした。そして、今、自分だけ幸福であってよいというものではない。世界に平和を持ち来たさなくてはならないとして、「国際平和信仰運動」が展開されている。誠にも神様に導かれた運動展開であろうと思います。そのご使命を担っておられるのが、島根教区のあなたであり
、今日からおいでになっておられる学生さん達でありましょう。

*今日から中高生練成会が始まった。13人もの学生さんが来ている。素晴らしいことである。明日は、お二人お出でになると聞いている。また、今夜と明夜は、親御さんが状況を見ることができるように、教化部のHPに写真を掲載する予定であるので、検索してみてください。

 中内 英生

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December,25,2008「早朝神想観の大切さ」

Photo_2 December,25,2008「早朝神想観の大切さ」
今日の歌::木枯らしに 温泉恋し 時間惜し
*ともかく出雲の風は強いようだ。特に冬の風はこんなに強いとは知らなかった。東京の春一番の時のビル風のように、颱風とまではいかなくとも、相当な強風である。しかも、風は体熱を奪うので寒い。寒いと温泉に行きたいのだが、時間が惜しいという気がしないでもない。

 先日12月17日の総裁谷口清超先生追善供養祭にて、喪主であられた谷口恵美子先生のお言葉が強く心に残った。清超先生が、いつもにこやかであられたこと。60年間、共に過ごしてこられたこと。尊師谷口雅春先生のもとに馳せ参じて、報恩感謝のご生活であられたこと。第一のことを第一にされたこと、等お話になられたと記憶している。そして、五時の神想観では一日も欠かさず続けられたことをお話になられた。

 総本山からお帰りになられたとき、最初に言われたことは、「目覚まし時計」がいると言われたという。恵美子先生が、『清超先生は何よりも目覚まし時計が大切なのであろうか』、と思われるほど、早朝神想観を重視しておられたという。病名は特になく、「加齢」であると医者からいわれたこと。また、「カレイ」は知っているが、「加齢」が原因とは知らなかったとご冗談を言われながら、谷口恵美子先生はお話になられた。

 谷口清超先生は、その後、静かに毎日を過ごされた。カメラで写真を写したりされた。また、テレビ体操などもされたそうだ。「シリトリ遊び」をしましょうといって、「シリトリ」をされたときなど、すぐに誰よりも答えをだされたという。

 最後に、谷口恵美子先生は、肉体は本来無く、人間は永遠のいのちであるということをお説きになられた。そして、今日が、谷口清超先生との永遠の別れの日ではなく、皆様の活動を開始する日として頂きたい、という意味のことをお話になられた。このお言葉をお聞きしていたとき、谷口雅春先生が神界にお帰りになられたとき、総本山の教団葬において、谷口輝子先生はおっしゃられたことを思い出した。「谷口雅春先生がお亡くなりになられて悲しいことは分かる。しかし、悲しみの涙は総本山に流してしまい、お帰りになったら地元の光明化運動に邁進していただきたい。谷口雅春先生は神界から必ずお導き下さるのです」というような意味のことを言われたと記憶している。言葉は精確でないかもしれないが、谷口恵美子先生は、谷口輝子先生と同じようなことを言われたと感じた。感動しました。島根の信徒の皆様も御同様であろうと思います。
 谷口清超先生のご恩にお応えするということは、私たちにとりましては、地元島根教区の光明化運動を盛んにするということであろうと思います。ご一緒に、邁進して参りましょう。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月23日のブログは、「パリの記憶」です。
デジカメで撮られたパリの記録は見つからなかったようですが、スケッチブックの記録が見つかったとのことです。9年前のクリスマスの頃においでになられたそうです。初めて訪れられたパリは、強風が吹き、寒くて、観光客以外はあまり見かけない静かな街だったそうです。その時聞いた話では、パリの人々は、クリスマス前後は自宅で静かにイエスの誕生を祝うということをお聞きになったそうです。日本とは随分と違います。キリスト教徒にとりましては、クリスマスとは信仰の一つの姿でありますので、それが本当でありましょう。

*明日から、中高生練成会です。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 中内 英生

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December,24,2008「谷口雅宣先生ご誕生日」

Photo December,24,2008「谷口雅宣先生ご誕生日」
今日の歌::法燈を 継承される 御方と 同じ時代に 生きる幸せ

 今日は、谷口雅宣先生のご誕生日であります。おめでとうございます。谷口雅宣先生の時代に生長の家の御教えはさらに世界に広がることになると思います。既に法燈を継承しておられますが、平成二十一年三月一日には新総裁にご襲任になられます。ご襲任を機縁として国際平和信仰運動がさらに飛躍的に進展いたしますことを確信いたしております。

 現在の、地球温暖化による環境問題への取り組みにいたしましても、この度のイスラームへの取り組みにいたしましても、神様に導かれました最高のご判断とご指導を頂いておりますことを、驚きと同時に深く感謝申し上げます。同時代に生まれることができ、弟子として末席を汚してはおりますが、常に深きご愛念にてご指導を頂けますことは最高の喜びであります。特に、先生が常にブログを通して、私たちにも同時に御心をお教えくださいますことは誠に有難きことであります。島根におりましても、先生の御心を信徒と共に日々、学ばせていただくことができます。

 どうか、さらにご健勝にて、末永く私たちをお導き下さいますように、島根教区信徒一同、ご誕生日をお祝い申し上げますと共に、総裁代行谷口雅宣先生に中心帰一し、さらなる島根教区の教勢の発展に尽力いたして参りますことをお誓い申し上げます。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月22日のブログは、「映画『PARIS』」です。セドリック・クラピッシュ監督の作品のようです。封切りですので、出雲の夢タウンのT・ジョイではまだのようです。パリでの様々な人間模様を描いているとのことです。出雲にくれば見に行きたいです。
個々の登場人物の生き方にはいろいろ問題があるけれども、それらの人間相互の様々な営みのすべてを受け入れ、愛しむ視線がフランス映画にはある。それは日時計主義にも通じる所があると思うと結んでおられます。私はまだ、パリには行ったことはありませんが、島根の皆様は如何でしょうか。

*『生長の家機関誌』(平成21年1月号)には、「質疑応答集」には、「霊界」についてご教示いただいております。先祖供養の説明の時に、引用させていただくことができると思います。拝読下さい。

 中内 英生

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December,23,2008「天皇陛下のお誕生日」

Photo December,23,2008「天皇陛下のお誕生日」
今日の投句::この冬も 感謝捧げる 幸せを

 今日は、平成天皇陛下様のお誕生日であります。「おめでとうございます!」宮内庁のホームページにアクセスしてみると、天皇陛下のご誕生日のご感想が掲載されていました。御教えには、「皇恩に感謝せよ」と教えられております。天皇陛下の御愛に対して深甚の感謝を捧げましょう。宮内庁のHPにアクセスしてみてください。

 新聞で天皇陛下様のご健康のことが書かれているのを拝見するたびに、ご心配申し上げておりましたが、ご体調もひところに比べて良くなっておられるようであります。安心いたしました。島根の皆様も御同様であろうと思います。島根は、大國主命様の昔から、ご皇室とご関係が深い土地柄であります。

 常に私たち国民のことをご心配してくださる天皇陛下様がおられるお陰で、安心して生活することができます。日本に何か災害が有ったときに真っ先に、駆けつけてくださるのは、天皇陛下様であります。他人の悲しみを自分の悲しみとし、他人の苦しみを自分の苦しみとして、あるいはまた国民と共に喜んで下さる天皇陛下様に心より感謝申し上げます。かつて、私は若い時、皇居勤労奉仕団の団長として奉仕をさせていただいたことがございます。その時は、今上陛下は皇太子殿下であらせられましたが、お声をかけて頂きましたことを、今以て忘れることができません。
 また、北京オリンピックのことで日本選手の活躍ぶりをお喜びくださっております。また、ノーベル物理学賞やノーベル化学賞を受賞したことをお喜びいただいております。

 私たちは災害があっても、続いて別の大きなできごとが起こると、忘れてしまいがちでありますが、しかし天皇陛下様は常に、ご苦労されている国民のことを常にお思いくださっておられます。心から感謝申し上げます。

 私たちは、御皇室の御安泰と御健康を心よりお祈り申し上げたいと存じます。どのような状態の時にも、天皇陛下様は、「国と国民のため」として、ご尽力されておられるお姿を拝します時、私たちも真心を込めて、それぞれの持ち場持ち場で、努力して参りたいと存じます。

 世界的な金融危機に端を発した、諸国の深刻な経済危機のことを憂えておられます。天皇陛下様がご安心していただけますように、経済危機を乗り越えなければなりません。また、働きたい人が働けない事態を案じておられます。私たちは、唯一絶対の神への信仰をお伝えする国際平和信仰運動を推進しておりますが、最終段落のお言葉にありますように、様々な苦難を克服してきた日本国民の英知を結集し、お互いの絆を大切にして助け合うことにより、皆でこの度の困難を乗り切るようにとのお諭しであります。島根の信徒の皆様、さらに人類光明化運動を展開致して、お役に立たせていただきましょう。

 中内 英生

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December,23,2008「毎日の生活の中で」

Img241 December,23,2008「毎日の生活の中で」
今日の歌::冬のハエ 寒さ太りで 飛び立てず

 一日の生活の心の姿勢はどのようにすればよいのだろうか?何を中心に考えたらよいのだろうか?フト思うことがある。谷口純子先生の「新年のご挨拶」(生長の家白鳩会平成21年新年号26頁~29頁)には、朝の生活の仕方をお教えいただいている。28頁の11行目からである。

 (前略)”楽園”や”天国”は、今ここに私たちの命の本質にあるのでした。その楽園を表現することが、私たちの人生なのでした。それは、太陽が東の空から昇り訪れる朝を、人生で初めての体験として、感謝と祝福の気持で迎えることでした。
 朝の食卓には、私たちの命を支えてくれる多くの恵みが並びます。それらの恵みの一つ一つが、神様のたまものであり、また多くの人々の愛念と、それらの人々の労働を経て、私たちの前にあることを、心静かに感謝する時間を持つよう心がけています。
 こうして、一日の出来事の一つ一つの恵みを、心にしっかりと印象して過ごす習慣をつけることにより、惰性ではない、新鮮な私の一日が始まります。これが、神の子にふさわしい生活であり、日時計主義の生活です。(後略)

 「朝を人生で初めての体験として」と、お教えいただいております。同じ朝のように見えますが、決して同じものはない、のですが、同じだと思うとどうしてもマンネリ化しやすくなります。それを新たな感覚で感謝すべきものを一つ一つ確認していくということは信仰生活にとって大切なことであります。それが、絵や俳句や言葉に表現する行動となって行くのではないでしょうか。

 『生命の実相』頭注版第4巻174頁には次のように書かれております。
(前略)その席上で上海の鈴木さんが「自分は快きふつうの人間でありたいと思う」ということをいわれた。鈴木さんのその一言に岩手の佐藤勝身さんは自分の目を覆ていたうろこが一枚落ちた、非常に感心したという手紙をよこされた。この「快きふつうの人間でありたい」という言葉になぜ佐藤さんが感心されたかというと、ふつうの人間以外の生活をしていなければ、人間に価値がないように思うのは、人間の神性の自覚が足りないからなのです。自分というものは、どうしなくとも、人と変わった異常なことや、目立つことをしなくとも、そのままで神の子であるから尊いーこの「そのままで尊い」という自覚がないからそのままでは落ち着けないのです。
 そのままでは落ち着けないのではまだ「自分がそのままで神の子である、どういう外面的な小細工をしないでもそのままで尊い」という自覚が足りないのです。落ち着けないから何とかせねば、と思ってあせる。目の前にある自分の家族を愛することをしないで、なんとか人並み以上の愛をあらわさなければ価値がないように思う。そして近くにいる人々をみな軽蔑して、遠くにある人々になにか義捐金を送ったり、震災見舞いを送ったりすることに大きな自己満足を味わう。そしてそれができなかったら自分の価値が減ったように思う。しかし、人間はなにができなくとも自分の価値は不減不耗の神性である事実が第一なのです。それがわかればなにもしなくともよい、人を救わなくともよいというのではないのです。それがわからなければ第一自分が救われていないのです。(後略)

 日常の生活の中で喜びを見出す。その根源は、自分が神の子であることが尊いという真理から来るとお教えいただいております。素晴らしい神の子である自分が行くところはどこに行っても素晴らしいことが展開します。

「私の行くところに道が開かれる。私は道である。私の行くところに太陽が照り輝く。私は太陽である。私の行くところに花びらが蒔かれる。私は花びらである。」
 谷口雅春先生の御文章で確か、このようなお言葉があったように記憶しているが、出典を探したが残念ながら見つからなかった。この詩は美しい。自分の行くところは必ず幸福が満ちていくとは何という素晴らしい確信でありましょうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月21日のブログは、「柿とハエ」です。吊し柿にとまるハエのことをお書きになっておられます。歌人の小池光さんが書いた、ハエの“二面性”を対比した文章を紹介している。川端麟太さんの俳句をご掲載、また先生の俳句もお載せになっておられます。

*今日は大祓式があった。また、午後は五者会議が行われた。師走はなかなか多用である。

 中内 英生

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December,22,2008「谷口清超先生の発菩提心の地」

Photo December,22,2008「すべては此処から始まった」
今日の投句::松ヶ枝に 霙降る日も 供養祭

 今日は松江にて先祖供養祭が執り行われた。30人以上の方々が来ておられただろうか。午前中の出雲市はすごい風と霙が降り、午後も寒いのであったが、松江道場は賑わっていた。ご先祖さまの喜びが伝わってくるようだった。どんなに外は寒くても部屋の中は温かかった。五月より毎月、先祖供養祭が始まり、八回目になるが、神官作法も司会も大変上手になったと思う。閉会の挨拶で、総務をしておられる長野地方講師が言った。「松江の教勢が盛んになると、霊界に行かれた谷口清超先生がお喜びになられる、と思う」と。考えてみると、松江の病院におられるとき、谷口雅春先生へ翻訳の応募のお手紙を出されたのだった。「谷口清超先生に於ける人類光明化運動発進の宣言」はこの松江で行われたのだった。現在、松江は道場を中心に次第に活気が溢れてきているようだ。有難いことである。ここは、生長の家の彫刻家・山根八春氏のお生まれになった所でもある。フリー百科事典『ウィキペディア』にも出ていたが、充分には書かれていないようである。城下町でもあり、小泉八雲が住んでいたところは、松江道場のすぐ近くだ。

 かつて私が教化部長になりたての頃、愛知におられた先輩の故Oさんの所へ指導をしていただきにいったことがある。Oさんは言う。「その教区で足りないものが一つだけ分かれば、それを与えることができれば、教化部長の第一の任務は完了する」と。そして、「理想の教化部長として、島根教区におられた(故)竹中留雄元本部講師の信仰の姿勢を推薦する。竹中本部講師が日本一の聖使命会員を目指して活動を開始したとき、信徒の方々がそれに応えてくれた。竹中元本部講師は、信徒の心と一体になって光明化運動を展開させていただく喜びをOさんに語り、涙を流された。”教化部長冥利に尽きる”とも言われたという。私はその話をお聞きし、そこまでできるかどうかは分からないが、ともかくやってみようと考えたことを思い出す。一体感=愛が大切であるということでありましょう。

 現在、その島根教区に奇しくも私は赴任させていただいている。谷口清超先生の発菩提心の地・島根教区の教勢が盛んになることこそ、谷口清超先生の御法恩に報わせていただくことであると感じ、総裁代行谷口雅宣先生に中心帰一して、人類光明化運動・国際平和信仰運動の一層の進展に務めて参ることをお誓い申し上げる次第であります。

 夜は、青年会の学習会だった。若い人々と話をするだけで自分の年齢を忘れてしまう。今日は、「環境・資源・平和」だった。当然のことながら、谷口雅宣先生のご著書をテキストにして話し合った。皆様は、よく勉強しておられるので驚いた。楽しい二時間を過ごさせていただいたことに心から感謝した。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月20日のブログは、『「破れ窓理論」は正しいか?』です。
「親和の法則」についてのご考察です。また、「破れ窓理論」をご紹介しておられます。
 また、相愛会での“クリーンウォーカー”を増やす運動を激励しておられます。
谷口清超先生がその先駆けであられます。類は類を持って集まるの法則の通り、キレイにしていると、ゴミは捨てられにくくなり、犯罪も減少するとのことであります。
 
 最近、コンビニが公的性格をおびてきたという記事を見ることがある。かつての赴任地での練成会で道路のゴミを清掃したいと提案した所、「その必要はない」と反対されたことがある。理由を聞いてみると、「まったく道路にゴミがない」からであるという。それで、教化部から駅までの道を調べてみたが、本当にゴミ一つ落ちていなかった。それから数年が経った。駅の近くにコンビニができた。その時以来、教化部前の道路には、毎日たくさんのゴミが落ちるようになった。コンビニは便利だが、清掃の仕事も増やしてくれるようではあります。

 中内 英生 

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December,22,2008「新生の自覚」

Photo_2 December,22,2008「新生の自覚」
今日の歌::新生の 睦月の誓い なお強く

 平成17年1月1日の新年祝賀式での谷口清超先生のお言葉が「追悼特別掲載」として、『生長の家白鳩会』(平成21年1月号)に掲載されている。お題は、「新生の自覚を持とう」である。15頁の15行目から引用させていただきます。

 (前略)ところで、人間は肉体的には死ぬのであります。これは決まっておりまして、どんなに「死ぬまい」と思って頑張ってもどうしようもない。だから災害に遭って不幸にして亡くなられる方もおられますが、こういう方も実は「生きている」のであります。これが”不死不滅”の信仰の素晴らしいところであります。
 私たちは「肉体はわれわれの使う道具である」と教えられておりますね。道具ですから、道具が壊れてもその持ち主である”神の子・人間=霊なる人間”は死なない。自動車が壊れても、その持ち主のドライヴァーはちゃんと生きているようなものであります。あるいは、テレビが壊れても、そのテレビの持ち主の私たちは生きている。それで、修理するとか、新しいものに替えることもできるわけです。だから、「肉体は死んでなくなったように見えても、生命は生き通しである」という素晴らしい教えをしっかり把握しておきますと、どのような現象が起ころうとも、「私は永遠の生命を生き続けている」という自覚が出てくるわけです。(後略)

 肉体は死ぬことになっていると説かれております。確かに、肉体は誰でも死ぬのですが、永遠に生き続けているとなると、悲しみよりも期待感の方が湧いてくるのかも知れません。古代にはエジプトでミイラを作り肉体的に腐乱するのを防ぐようなこともしております。また、不老不死の薬を探し求めたという話もあります。しかし、どんなに長生きをしましても120年から130年くらいが限度のようです。もっと生きている人がいるかも知れませんが、生年月日が不確かな場合もあるようです。また、災害に遭ったとしても、それが不慮の死ではなく、霊的には浄めるのには良い方法であるとも書かれている御文章もあるようです。いずれにしましても、人間は肉体ではないので、死なないということになろうかと思います。

 お釈迦様が涅槃に入ろうとした時に、「自分は死ぬように見えるが決して死ぬのではない。しゅみ山の山に月が没していっても決して月はなくなるのではなく、次の日にはまた、月が出てくるように、自分は死ぬのではない」と説かれているようです。
 そして、「死もまた教化である」、としておられます。釈迦むに世尊が亡くなることにより、再び説法を聞きたいという渇仰の心が衆生に起こる。そして、また別の所に生まれ変わって真理の説法をするのであると。『新編 聖光録』212頁7行目には、世尊の言葉が掲載されているのであります。

我時に衆生に語る、常に此処に在りて滅せず、
方便力をもっての故に、滅不滅有りと現ず。
余国に衆生の恭敬し信楽する者あらば、
我復彼の中に於いて、為に無上の法を説く。
汝等これを聞かずしてただ我滅度すとおもえり。
我諸々の衆生を見るに、苦海に没在せり。
故に為に身を現ぜずして、其れをして渇仰せしむ
その心の恋慕するによりて、乃ち出でて為に法を説く
神通力かくのごとし、…。

 この一節を谷口雅春先生がお説きになられたとき、「私は、千載一遇の機会を得て、谷口雅春先生から実相の真理をお聞きすることができた。そして、再び、生まれ変わってきたときに、先生にお会いできるのだろうか」と思いつつ、釈迦むに世尊のお言葉を聞いていた弟子のように、谷口雅春先生のお言葉をお聞きしていた。そして、この度は、永遠不滅の生命の実相をお説き下さっていた谷口清超先生の肉声での御説法をお聞きすることができなくなった。しかし、必ず再びお会いすることができ、実相の真理を拝聴することができる筈であります。また、幸いにして、法燈を御継承される谷口雅宣先生が、「生命の実相」をお説きくださるのをお聞きすることができるのだ。私たちにとって何という幸福なことでありましょうか。久遠不滅の真理をお説き下さる体勢が既に地上に実現しているということは私たち信徒に取りまして、誠にも有難き極みであります。それは神の御心の実現でありましょう。

 島根の信徒の皆様、『生長の家白鳩会』(平成21年新年号)ご掲載の御文章と『新編 聖光録』をどうぞ拝読下さい。

 中内 英生

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December,21,2008「マザー・テレサ(その一)」

Photo_3 December,21,2008「マザー・テレサ(その一)」
今日の歌::人を待つ 駅に木枯らし 吹く夜風

 マザー・テレサと言えば、ノーベル平和賞受賞であり、「死を待つ人々の家」との連想が起こる。NHK番組『その時歴史が動いた』でマザー・テレサのことを放映していた。外国人をテーマにした内容は珍しい。
 
 彼女は、幼い頃から人々の紛争や戦争に巻き込まれ、心の安らぎを信仰に求めた。また、インドに慈愛の手を差し伸べたことでは有名である。インドで民族や宗教の違いで、傷つけ合う姿を目の当たりに見てきた。そして、彼女は、聖フランシスコの祈りの言葉に出会う。この本が彼女を変えた。
「主よ、あなたの平和をもたらす道具として、私をお使い下さい」。この志に殉じようと、マザー・テレサは、インドのスラムへ身を投じたのであった。そこでマザーが見たのは最も貧しい人々だった。誰からも見捨てられ、路上で死に行く人々であった。そして、そのことに無関心でいる周囲の人々であったという。

 マザー・テレサは最も貧しい人々を救おうと決心した。目の前で苦しみあえぐ人々の、一人一人に救いの手を差し伸べるのだった。マザーの救済は世界に広がっていった。しかし、一方で紛争は絶えることなく、その犠牲となる人々は増え続けた。マザーは悩み、葛藤した。
「自分は何という小さな存在であろうか。ほとんど無に等しい」。そんな中でマザー・テレサの活動に世界が注目する時が訪れるのでした。
彼女は考えます。
「そうだ。一人一人の意識が変われば必ず平和に繋がる」と。
マザーの信念はやがて多くの人々の心を動かしてゆくのでした。
マザーは、幼少期には、第一次世界大戦に遭遇し、故郷のバルカン半島での民族紛争に巻き込まれた。
インドでの活動期には、第二次世界大戦があり、インドではイスラームとヒンドウーとの宗教対立を目の当たりに見る。
また、世界各地での活動をしている時にも、中東戦争など世界各地で地域紛争や湾岸戦争が勃発した。
 1979年12月10日、マザー・テレサはノーベル平和賞を受賞した。そして、彼女の行動が世界に知られることとなった。しかし、彼女はそれを手放しで喜んだ訳ではなかった。
 マザー・テレサの言葉や行動には、私たち生長の家信徒にとっても、非常に魂を打つものがあるのではないでしょうか。それをご紹介したいと思います。
(続く)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2008年12月19日のブログは、「3色サンドイッチ」です。谷口純子先生が作られたサンドウィッチを配色の良さの故に絵に描いておられます。初号とはどれくらいの大きさかしりませんが、皆様と同様に私も先生の絵の世界に引き込まれつつあります。夜の10時
頃に完成したそうです。私の場合は、今夜は母親通信用に葉書に三枚描きました。

 中内 英生

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December,20,2008「特別の一年」

Photo_2 December,20,2008「特別の一年」 
今日の投句::秋を過ぎ 御教え広め 逝き給う  師の御心を 生きむと願う
  
 少し、ブログの文章と重複することがありますが、『大和島根』の新年の挨拶を掲載させていただきます。今日、新聞は出来上がりました。

    ** 特別の一年  **

 神の子の皆様、明けましておめでとうございます。
故総裁谷口清超先生は、平成20年10月28日に、高き霊界に旅立たれました。総裁代行谷口雅宣先生は、追善供養祭においてのご挨拶で、「ご生前の御徳を偲び、これからの私たちが歩んでいく指針にしたい」と言われました。今年は、『大和島根』に掲載される、谷口雅宣先生の、新年のご挨拶文はございませんが、追善供養祭でのお言葉に新年度の思いを込められるであろうとの予測で、お言葉を拝聴してから、小職の新年の挨拶文を書かせていただきました。

 谷口雅宣先生は言われました。祭壇に飾られた花に囲まれた谷口清超先生の御写真を見て祝詞をあげていると、「谷口清超先生は旅立って行かれたのだなあ」と思うようになられた。亡くなられて49日間は、「本当にそうだろうか」と考えながら過ごされた。何故ならば、3年7ヶ月間、病床におられて、ベッドの所でご挨拶をされた。「自分がどこへ行っても、先生はいらっしゃるなあ」と思われた。

 神想観をするとき、奥様と向かい合って、基本的神想観と如意宝珠観を行う。如意宝珠観で家族を祝福するときに、最初に先生の顔を思い浮かべて念じていた。それをずっと行っているが、亡くなられて、「身健やかに心美しく、姿形麗しく」と念ずるのは、肉体のことであるから相応しくないので止めようと思った。しかし、止めると何だか足りないと思った。
これからは、「谷口雅春先生、谷口輝子先生、谷口清超先生に、高き霊界から、私たちの人類光明化運動をお導き下さいますことをお願いいたします」というような文言を考えたい」というような意味のことを言われました。

 私たち島根の信徒も、今年一年、朝の神想観の折りに、そのように祈らせて頂きたいと存じます。常に、三先生より高き霊界からのお導きを受けながら信仰する生活者となりましょう。

 また、解脱名を「実相無相光明宮弘誓通達大慈意大聖師」(じっそうむそうこうみょうぐうぐぜいつうだつだいじいだいせいし)とされた。これは、法華経の観世音菩薩普門品からとっているとのことです。弘誓は「ぐぜい」と読み、広辞苑では、「弘く一切衆生を済度して仏果を得させようとする仏・菩薩の広大なる誓願」とある。その素晴らしい真理を世界に伝えるという誓願が徹底している(通達・ツウダツ)。そして、大きな慈悲の御心でお導き下さる、というような意味である。谷口清超先生は、どんな煩悩がある人にも、ない人にでも、講習会などを通して真理を伝えられた。

 私たちは、谷口清超先生の生きてこられた御心を、吾が心として今年一年の信仰生活を生きて参りたいと存じます。三月一日には、谷口雅宣先生の法燈継承の御祭がございます。ひたすら中心帰一の信仰姿勢でご恩に報じさせて頂く一年に致しましょう。今年は、生長の家にとりましても、島根教区の信徒様にとりましても、特別の一年になると思います。

*今日は、地方講師受験勉強会や生命学園や、生教会幹部会や相愛会研修会等が行われた。まだ何かあったかも知れないが、行事が集中していた。

 中内 英生 

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December,19,2008「生命の力」

Photo December,19,2008「生命の力」
今日の歌::山、山、山、風、風、風、竹、竹、竹、緑のさざ波、降り注ぐ太陽のひかり、あふれ出る河川のうねり、ああ、何という大自然の美しさだろうか! 吾等はその生命たちとすでに一体。

 地球生命の絶滅は、過去に5回あったという。一番酷かったのがペルム期だそうだ。地下から溶岩が限りなく地上に噴出した。ペルム期は2億九千万年前から2億五千万年前までである。2億5千万年前に地球生命の95%が絶滅したという。今は、地球生命にとって、6度目の絶滅の時期であるといわれている。専門家は今世紀の終わりには種の半分が失われるとしている。勿論、それは人間による温暖化の関係によってである。

 しかし、地球の全球凍結の時代にも生命は存続した。それは微生物の状態であった。だから、現代のような高等生物の姿に進化するには、相当の年月を必要とするのだ。地球と同じ星が宇宙にいくつあるのだろうか。「サイエンス・ゼロ」で計算したところによると、「他には無い」のだという。ここにいる自分は、宇宙にただ一つだけ。何という素晴らしさであろうか。ナンバー・ワンとなろうとするよりも、オンリー・ワンになれ、という言葉が心に響いてくる。すでに自分はオンリー・ワンである。

 生命が生き延びるためには、さまざまな工夫がされているようだ。「托卵」という言葉をご存じだと思う。NHK番組『ダーウィンが来た』では、富士山麓に棲む「ジューイチ」(カッコーの仲間)が、オオルリの巣に卵を産み、雛がかえると、オオルリの雛をことごとく巣からけ落として餌をねだる。オオルリの親は、自分の子であると間違えて育てるのである。自分の子供が巣の下でもがいていても、それを助けることはしない。何故、このような事態になったかというと、何らかの都合で、オオルリが巣を作ることができなくなった。それで、仲間の巣に卵を産むことになる。そのうち、常態化して他の鳥の巣にも産むようになったと説明されていた。
 しかし、ジューイチは、本当の親を知らない宿命の鳥ということになる。親が子育てをする能力を失った場合の出来事だ。そんな時には、是非とも、ジューイチのお父さんはは相愛会父親教室へ、ジューイチのお母さんは、白鳩会母親教室へお誘いしたいものである。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2008年12月18日のブログは、「ホンダの戦略転換を歓迎する」です。
ホンダの方針転換やその理由になる経営の低迷やを詳しく述べておられます。先生は、旧型のオデッセイのお乗りになっておられますが、ホンダのハイブリッド版小型SUVを期待しておられるそうであります。
 わが家は、先日、ホンダシビックを教化部と同じミラに乗り換え、停止時にエンジンが止まる形式のものにしました。燃料は確かに少なくて済みます。また、…。
①人間の自動車に対する考え方が今後は変わっていく必要がある。車という個人が確保する閉鎖的・贅沢な空間に対する執着を捨てる必要がある。
②長距離を高速で移動したいときは、そのために開発された公共交通機関を利用すべきである。
③これからは乗用車の小型化、軽量化、装備の簡素化、カーシェアリング等による共有化を進めていくのがよい。(無駄な贅沢な車は作らないということでありましょう。)
 概略、このような内容のお言葉が書かれております。私は、文章をまとめすぎている嫌いがありますので、どうぞ、正しく精確に原文を拝読し、御確認下さい。 

 中内 英生

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December,18,2008「実相は神の子」

Photo_3 December,18,2008「実相は神の子」
今日の歌::クリスマス 街の賑わい だんだんに
*クリスマス商戦というが、今年はどうだろうか?それでも、東京では、駅や各所にクリスマスツリーらしきものが置かれてあった。

 一昨日の追善供養祭で、K元理事長が話された。以前、お聞きしたことがある話だが、生長の家の御教えの神髄を行ずるエピソードだと感じたので島根の皆様に概略をご紹介します。島根信徒にも大変にご縁が深いK講師である。(以下K講師とする)。

 K講師は、まず、八年有余、谷口清超先生のもとで理事長をさせていただいたことに深い感謝の思いのお言葉を捧げられた。
 ある時、暴力団から面会を強要する手紙を受け取った。面会する前に、谷口清超先生に「今から行って参ります」とご挨拶をした。すると、清超先生は、「私は公的にも、私的にも後ろ指を指されることはない」と言われ、「暴力団も実相は神の子だからね」とおっしゃられたという。K講師は、I本部講師と共に行かれた。相手の完全円満なる神の子である実相を拝みつつ一時間以上、話をしたが、最後に、持参した『生命の実相』全40巻を贈呈した。すると、相手の人は押し頂くようにして、「読ませていただきます」と受け取り、去っていった。その後、その人たちは恐喝容疑で逮捕された。「叩けば何かホコリがでるだろう」と所かまわず、色んな宗教団体に手紙を送りつけていたのだそうだ。
 K講師は、その時、心から「生長の家でよかった!」と思ったという。このエピソードは以前に一度書いたことがあるかも知れないが、何度お聞きしても生長の家の素晴らしさが実感できるお話であると感じる。また、谷口清超先生の信仰のご姿勢と、K講師のお人柄がにじみ出るようなお話であった。お聞きしていて、私は大変感動いたしました。

 もう一人、海外代表として、T教化総長が話をされた。このお話も概略をお伝えします。T本部講師のお母様が亡くなられた時のことである。お若い頃のことのようである。仕事のご用のため、谷口清超先生のお部屋に行かれた。仕事を終えて帰ろうとするとき、清超先生はK本部講師にお声をかけられた。「悲しみに耐えている女性も美しいが、悲しみを表現する女性も美しいのですよ」というような意味のことを言われ、いたわりのお言葉を投げかけられたのだった。そのお言葉を聞いて、T本部講師は、部屋を出て、こみ上げる思いを抑えることができず、嗚咽されたという。T本部講師のひたむきなご人格と谷口清超先生のお優しいご人格が感じられる素晴らしいお話であった。このお話にも感動させていただいた。私も「生長の家で本当に良かった」とつくづく思いました。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2008年12月17日のブログは、「谷口清超先生を偲んで」です。追善供養祭でのお言葉が書かれております。何度も、繰り返し拝読してください。今後、私たち島根の信徒が如何に信仰し、運動し、生きるべきかの重要なご教示であります。

*ロイター発(2008年12月17日)で、「インドで毎朝40人が”笑う”エクササイズ」という写真と解説が掲載されていて驚いた。まさか、生長の家の練成会がインドに飛び火したのでは?と思ったがどうもそうではなかったらしい。
「インドのシリグリ・17日 ロイター」と書かれている。内容は、インド北東部のシリグリで17日、大勢の人々がそろって両手を上げ大笑いする姿が撮影されている。これは「笑いの会」の参加者らで、40人近くいる会員は、毎朝集まり、20─25分間「笑うエクササイズ」に励んでいるらしい。会員らのモットーは「幸せな人生のための良薬は笑い」という。元祖は生長の家であろうと思うので、私たちも負けずに笑おうではないか。
40人で笑うのが、世界的な情報になっている。今年の相愛会・栄える会全国大会で一千人以上の男性が笑ったのは、それ以上の価値があるだろうと考えられる。
 しかし、20分間~25分間とはなかなか徹底している。島根県教化部での「笑いの大会」でも20分間は笑うことはない。以前、某練成道場で勤務していた時は、当時の責任者が15分間、笑いの大会で笑わせていた。これは、かなり体調が良くなる時間の長さであるようだ。「インドの皆様が25分間なら、元祖日本の笑いはもっと!」という島根の信徒さんはいらっしゃいませんか?

 中内 英生

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December,17,2008「故生長の家総裁谷口清超先生追善供養祭」

December,17,2008「故生長の家総裁谷口清超先生追善供養祭」
今日の歌::追善に 浄めて去りぬ 氷雨空

 今日は、生長の家本部練成道場にて、谷口清超先生の追善供養祭が執り行われた。午後1時から3時までだった。
 谷口雅宣先生は、次のように言われたと記憶している。正確には、後日、ご発表があると思われるので、御確認下さい。教化部での参加者は、100人、松江道場での参拝者は74名だったと報告されている。メモを取りきれず不確実な言葉もあるが、島根の信徒さんへの概略速報としてお許し頂きたい。

 故総裁谷口清超先生は、平成20年10月28日に、高き霊界に旅立たれました。総裁代行谷口雅宣先生は、追善供養祭においてのご挨拶で、「ご生前の御徳を偲び、これからの私たちが歩んでいく指針にしたい」と言われた。

 谷口雅宣先生は言われた。祭壇に飾られた花に囲まれた谷口清超先生の御写真を見て祝詞をあげていると、「谷口清超先生は旅立って行かれたのだなあ」と思うようになられた。亡くなられて49日間は、「本当にそうだろうか」と考えながら過ごされた。何故ならば、3年7ヶ月間、病床におられて、ベッドの所で毎朝、ご挨拶をされた。「自分がどこへ行っても、先生はいらっしゃるなあ」と思われた。

 神想観をするとき、奥様と向かい合って、基本的神想観と如意宝珠観を行う。如意宝珠観で家族を祝福するときに、最初に先生の顔を思い浮かべて念じていた。それをずっと行っているが、亡くなられて、「身健やかに心美しく、姿形麗しく」と念ずるのは、肉体のことであるから相応しくないので止めようと思った。しかし、止めると何だか足りないと思った。
これからは、「谷口雅春先生、谷口輝子先生、谷口清超先生に、高き霊界から、私たちの人類光明化運動をお導き下さいますようにお願いいたします」というような文言を考えたい」というような意味のことを言われました。

 また、解脱名を「実相無相光明宮弘誓通達大慈意大聖師」(じっそうむそうこうみょうぐうぐぜいつうだつだいじいだいせいし)とされた。これは、法華経の観世音菩薩普門品からとっているとのことです。弘誓は「ぐぜい」と読み、広辞苑では、「弘く一切衆生を済度して仏果を得させようとする仏・菩薩の広大なる誓願」とある。その素晴らしい真理を世界に伝えるという誓願が徹底している(通達)。そして、大きな慈悲の御心でお導き下さる、というような意味である。谷口清超先生は、どんな煩悩がある人にも、ない人にでも、講習会などを通して真理を伝えられた。

 谷口清超先生は、聖歌をたくさんお作りになった。音楽に対するお考えもご発表されている。(残念ながら原典名を聞き取れなかった)
 小学4年生の時、「合唱」を行っておられる。美しいボーイソプラノを発声していたので、先生に誉められたそうである。清超先生は、バイオリンを独習し、ギターを独習された。おそらくティーンエイジャーの頃だと思われる。そして、60歳、70歳で、ピアノ、電子オルガンを始められ、作曲も手がけられた。プロは、楽器を変えないものだが、清超先生は変えられた。何故かというと、和音を充分に表現するのには、楽器を変えることが必要だったと考えられる。

 清超先生は、バイオリンやギターなどは、和音の美しさを表現しきれないと考えられておられたようである。その点、ピアノやオルガンが和音を自由に表現できる。しかも、オルガンは足まで使い表現できる。
 それは、清超先生が、副総裁先生から総裁先生へと、「お立場」が変わるに従って、それぞれの人間が奏でる個性・特徴を生かした運動を行おうとしておられた。それが、和音の調和を如何に表現するか、に現れていたと雅宣先生は御解釈されている。

 「生長の家的な音楽はあるのですか?」という質問に対して、「すべてがそこに入っていないと生長の家的ではない」とおっしゃっておられます。何故なら、生長の家とは、霊的大宇宙だからである。ポップスやジャズなのも良さを認めておられるお言葉が、1983年(昭和53年)のインタビューで掲載されているとのことだ。
 多様性を認めるのが生長の家の御教えである。

 谷口雅宣先生は、「谷口雅春先生は空前絶後の愛国者であられた」と言われた。(このお言葉を使われたと記憶している)。昭和天皇様の御心を宣布され、実践してこられた。

 また、何回でも生まれ変わって、実相世界のすべてのものを現すのには、自由がないとできないことである。
  人々の多様性が調和して現れていくのが生長の家である。それぞれの立場を生かしながら、枠の中に縛らない生き方である。

 谷口雅宣先生は、清超先生の「自由を尊重する心」に感謝すると言われた。雅宣先生は、小学校から大学まで、青山学院という自由な校風の学校で学ばれた。日本教文社を三年足らずで辞めてアメリカに渡り、コロンビア大学で国際関係論を学ばれた。清超先生が、費用は出してくださった。母親である恵美子先生からは、「あなたは三代目よ!」と言われていたが、清超先生から、「あなたは三代目にならんといかん」と言われたことはない。
  「アメリカに行かなかったら、たぶん、国際平和信仰運動でないものになったであろうと思う」と雅宣先生は言われた。
私たちをお導き下さった谷口清超先生を、深く切実にお慕い申し上げる。

 メモの速力不足で不正確な箇所が多いと思うが、大体の所は、ご理解頂けたと思う。おそらく、谷口雅宣先生は、今後さらに新しい世界を開いて行かれるのではないだろうか。私たち島根教区の信徒は、我を無くして、中心帰一の信仰姿勢を堅持して運動を展開して参りたいと、決意を新たにした次第である。 
 

 中内 英生

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December,16,2008「川で生命を助ける功徳」

Photo_2 December,16,2008「川で生命を助ける功徳」
今日の歌::副都心 熊でなくとも 冬ごもり

 『真理入門25章』には、「川で生命を助ける話」という内容の御文章がある。その中で210頁から215頁に、「こうして彼は長生きした」という話がでているのでかいつまんでご紹介します。如何に、生命を救うと云うことが重要であるかが分かります。

 昔の中国の話です。ある所に有名なお寺がありました。その寺のお坊さんは人相を観るのが上手でした。人の顔を見て運命を言い当てることができた。
 さて、隣村の大地主で大金持ちが何故か身体が弱ってきたので、そのお坊さんに観てもらうことになっていた。お坊さんは、驚いた表情をして、言った。
『あんたは、気の毒だが今夜九時に死ぬことになっている。それが顔に出ている。帰って財産処分をして、思い残すことがないようにして、死になさい』と。
 金持ちは別に驚きはしませんでした。土地を子供たちに分け、家財は近所の貧乏な人に分けてあげようと考えながら帰ってきました。

 村と村との間に、川が流れています。その川の名前は、「運命の川」を名づけられていました。日照りつづきのために、水がほとんどなくなっているところがあり、たくさんの川魚が死にそうになって跳ねているのでした。彼は、可哀想に思って、魚たちを水のある所へ放してあげました。魚は喜んで泳いでいきました。
 彼は、帰ってから自分の持ち物を他人に分け与えてあげました。

 午後九時には自分は死ぬと考え、床の間で静かに座禅を組んでその時を待っていました。朝まで死ぬのを待っていたのですが死にませんでした。そして、朝、食事をしようと思ったのですが、何一つ食べ物は残っていませんでした。彼は、「あの人相見の坊主に騙されたのか」と考えました。そして、寺に談判に行ったのです。
和尚「君はまだ生きていたのか」
金持ち「幽霊じゃありません。生きています。財産が何もなくなって困っています」
和尚「私は、君に家に帰ってから財産処分をして死ぬのを待つように言ったね」
金持ち「はい、そうです。」
和尚「だが、君は、ワシが言わないことをしたのだよ。だから死ねなかったのじゃ」
金持ち「そんなことはありません」
和尚「だって、君は家へ帰る途中で、たくさんの生命を救っただろう。顔に書いてある」
金持ち「誰一人助けた覚えはありません」
和尚「人間でなくても、何かを助けたはずじゃ」
金持ち「そういわれてみると、帰る途中で、運命の川でたくさんの魚を助けてあげました」
和尚「それじゃ。君はその日の九時には死ぬことになっていたのじゃが、たくさんの生命を救ったので、その善行の報いとして、もう二十年間、長生きができることになったのじゃ」。

 だいたいこのような内容です。私たちの運動は生命と尊ぶ運動です。日々の生活の中で、生命を大切にするように致したいと思います。上記の説話は、私はよく、徳積みの話として行っています。また、人生には「相殺の原理」のようなものがあり、たとえ、マイナスの業があったとしても、プラスの善業を積むことによって、善悪の業が相殺され、虚であるマイナスの業が消去されるという考え方です。私たちは、大いに生命を助ける善業をつみたいものであります。
  特に二酸化炭素排出を減少させ、地球温暖化を防ぐということは、多くの生命を救う善業を積むことになります。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2008年12月15日のブログは、「靴のサイズは10」です。米ブッシュ大統領に靴を投げつけたが、それを二回かわしたという内容で始まっています。靴を投げつけたイラク人記者は、「これは別れのキスだ。おまえは犬だ」と叫んだという。この記者が叫んでいたアラビア語は「別れのキスだ。犬め」「夫を失った女性、親を失った子どもたちからの贈り物だ」という意味で、とにかく、イラク戦争を端緒とした永年のアメリカ軍支配に対する人々の不満を、象徴的に表した出来事だったといえるとしておられます。
 ジャーナリストは、客観的な映像や記述を伝える義務があるが、このようにジャーナリスト自身が感情を表現することは、「禁じ手」の一つであるという。しかし、それを承知でこの行為に及んだだろうと考えられるので、私たちはそこから、今のイラク人の心境を推し量ることだできるだろうとご教示いただいております。
 かつて、読んだイスラーム関係の本の中に、そのことが書かれていたことを思い出す。それは私たち日本人が想像できないほどの感情かも知れない。

*今日は、明日の生長の家本部練成道場での追善供養祭に参加するために、東京に来ている。六者が一緒である。みんな素晴らしい選ばれたる菩薩だ。それにしても、東京はたくさんの人がいると思った。
 今日も、小職のブログを読んでいただきまして、感謝申し上げます。毎日平均、20人ほどのお客さんがおいでになられます。
 島根の信徒の皆様、まず私たちは、谷口雅宣先生のブログから現代に於けるすべての生長の家人類光明化運動が始まることを念頭に置いて、拝読しましょう。

 中内 英生

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December,15,2008「仕事があることの喜び」

Photo December,15,2008「仕事があることの喜び」
今日の歌::スヤスヤと 眠る我が子に 合掌す

 『生命の実相』第7巻には、「(十五)共通的生命の歓喜のために働け」という項目がある。金光教の高橋正雄さんの「生の会」という会を開いたという。そこに共鳴者が集まった。「生きようと自分で力まないでも、何でも自分の手に合う仕事をさして頂けば、天地の力がひとりでに自分を生かしてくださるのだ」という大事実を体験する修行をした。すなはち、他人の家に行き、頼み込んで仕事をさせていただく修行である。

 ある人は、農家に行ったが、怒鳴られて帰ってきた。そして、色々と考えたがなかなかうまくいかない。その状態で家に帰ってきて、店に行くと、仕事がいくらでもある。誰にも文句を言われるでもない。自分の仕事だから、やらねばならないのは当然だが、今までさせてもらえなかったのが、自由に仕事ができるとなると楽しくなったという話である。

 そういう内容が書かれている。別の体験だが、有る青年が戸別礼拝行と言って生長の家の伝道に行った。一軒目で断られ、二軒目で断られ、三軒目で断られ、四軒目で断られ、五軒目で断られてとうとう中断してしまった。彼は、優秀な青年であり、昼間は会社で仕事をして、午後五時になると夜間大学に通っていた。自分が優秀であるから、みんなはそれを認めざるを得ないのだと考えていた。しかし、今日、自分が行った先々で受け入れてくれないという事実にぶつかった時、彼の考え方は変わった。自分が優秀だから、夜間の大学に行けるのではなく、会社の方々は、私を愛情で受け入れてくれるからこそ、他の人が仕事をしている時に、学校に行かせてくれていたのだと気がついた。彼は、その伝道体験談をしながら、声を詰まらせて嗚咽した。それからの彼の態度は一変したのであった。

 「させていただく」という心の姿勢は、素晴らしい信仰である。谷口雅春先生のご著書に『静思集』という本がある。内省の本である。私は時々、読ませていただいている。天狗は芸の行き止まりといわれているように、常に「まだまだ」という気持で求道して行くときに、人間は進歩し続けるのではなかろうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2008年12月13日のブログは、「変化への対応」です。さまざまな世の中の変化について書いておられます。アメリカの「ビッグ3」がどうなるかを世界が固唾を呑んで見守っていることなどです。アメリカ経済、特に自動車産業界について、詳しくお書きになっておられます。それは、温暖化対応と関係があるのです。日本の自動車企業もビッグ3が倒産すれば、そこに納入していた部品業者が連鎖倒産するので、倒産を望んではいません。
 また、地球温暖化時代には、燃費の悪い大型車は不要であり、有害であるとしておられます。そして、石油ピークが来ていると言われる時代には、化石燃料を使う試みは破綻する。変化を的確に読み込み、新しい技術や制度を開発した会社や人が、世界の乗り物を製造することが許される。電気自動車と自然エネルギーによる発電・蓄電のシステムが、現実的な中長期的な、有望な選択肢であるとのご教示であります。本文を拝読下さい。

*今日は、江津での先祖供養祭があった。地方講師会長さんや職員の方々とご一緒に行った。参加者の皆様は喜んでくださっておられるようだ。それがうれしい。一人でもこの会合から幸福な人が増えることを願わずにはいられない。

*絵は、「大きな柿の実」です。

 中内 英生

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December,14,2008「ジェームズ・ランゲ説」

Photo_2 December,14,2008「ジェームズ・ランゲ説」
今日の歌::気がつくと いつの間にやら 寒の雨
*毎日、雨が降っているのでは、と思うほど雨が多いようだ。

 「ジェームーズランゲ説」というのを、島根の信徒の皆様は覚えていらっしゃると思います。谷口雅宣先生がご紹介された本で下條信輔著『サブリミナル・マインド』というのがあります。心理学の本なので、なかなか読み進みません。38頁~40頁に、「ジェームズ・ランゲ説」という小見出しがあります。これは、私たちが、日時計日記を書いたり、笑いの練習をする際に、大いに役に立つ説なのでご紹介しておきたいと思います。

 身体の生理学的状態と心の状態(感情・気分・態度)との間には、誰もが知っている通り密接な関係があるという。例えば悲しいときには、涙が溢れ、全身が緊張してしゃくりあげ、脈拍も呼吸も速まる。嬉しくて有頂天のときにも、また激しい怒りを覚えているときにも、同じようにさまざまな身体的変化を伴うことになる。けれども、この「伴う」とは、結局どういうことなのであろうか。身体の生理学的状態と心の状態との関係を突き詰めて考えると、どちらが原因でどちらが結果なのだろうか。つまり、私たちは悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのかという問題である。

 「悲しいから泣く」という前提に立ち、「あの人は泣いているところを見ると、悲しいのだろう」と推論するのが常識である。また、たとえばクマに出会ったときも、まず「怖い」という自覚が先に立ち、その結果としてやにわに逃げ出すというシナリオになる。
 しかし、これに真っ向から対立して、「泣くから悲しいのである」と主張する立場があることも、案外よく知られている。心理学者W・ジェームズと生理学者C・ランゲの名を冠して「ジェームズーランゲ説」と呼ばれるのがそれである。別名「情動の末梢説」と呼ばれる通り、この考え方によれば、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」ということになるのだ。たとえば、クマを見ると、とっさに逃げ出すという反応がまず身体に生じる。そしてあくまでもその結果として、というよりもいわばその自己評価として、恐ろしさの情動が経験されるという訳である。
 この辺りの事情を、ジェームズは次のような文章で簡潔に要約している。「興奮するような出来事を知覚すると、ただちに身体に変化が生じる。そしてこの変化に対するわれわれの感じ方が情動である」と。

  上記から考える。まず日時計日記を書いてみると、それに反応する感情がさらに起きてくる。すなはち、明るく楽しい気持がその反応として感じられてくるようになるのである。従って、まずは、明るく楽しいことを書き続けようではありませんか。しばらく立ち止まっている人がありましたら、さあ、今日から再び始めましょう。継続は力です。
 また、教化部ホームページには、写メール俳句で、蕎麦打ちを表現してくれている。表現してるので楽しい。すなはち、楽しさをみんなで共有できる。残念ながら、味覚は共有できませんが…。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2008年12月12日のブログは、「木魚文旦」です。文旦が木魚のような形なので、この名前を付けられたそうです。先生は、「美しい果物を見ると、私は絵を描きたくなる」とのことです。先生の真似をして、毎日のように絵を描いていると、このお言葉の思いが少しだけ理解できるような気がして参ります。何よりもうれしいことです。

*今日で練成会が終わった。それから、色々と打ち合わせがあった。多用なのが人生の花である。

 中内 英生

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December,13,2008「蕎麦打ち」

Photo December,13,2008「蕎麦打ち」
今日の歌::蕎麦打ちに 何故か魅力が 溢れ出る

 今日は、大坪弘衛前相愛会連合会長さんがリーダーとなって、練成会の夕食用に蕎麦打ちをしていただいた。二日目の夕食は蕎麦だった。数日前に、出雲でできた蕎麦を粉にしてもらい、そば粉100%で蕎麦を打ったという。味は絶妙、絶品であった。練成会員はみんな腹一杯食べたようだ。私は今回は食べるだけだったが、次の蕎麦打ちは是非とも参加させていただきたいと考えている。

 さて、『ほんまもんでいきなはれ』という村瀬明道尼さんの著書があるということを、谷口純子先生の御文章で知った。「序章」には、お勤めと料理のことが書かれている。
 午前一時の街も眠りについたころ、仕事にとりかかるそうである。夜明け前にお勤めを始めるのは僧侶の常であるが、彼女は暗いうちに起き出すのは、鐘をたたくためでもお経を読むためでもなく、料理の仕込みを始めるためだそうだ。月心寺に来てからこのかた、いっぺんも朝の勤行というものをしたことがないと言い切っている。

 「衆生本来仏なり」。白隠禅師はこのように説破されたという。仏像に向かってお経をあげるためでもなく、生きた御仏、すなはち今日、この月心寺を訪れるお客様に食べていただくレンコンや、ゴボウや、人参を炊くために、そしてごま豆腐を最高の状態に仕上げるために、彼女は早起きをするという。生きた仏に供養するための料理であるという考えは、練成会員に食べさせたいという蕎麦打ちの大坪さんの心に通じるものがあるのではなかろうか。勿論、蕎麦打ちに限ったことではなく、毎日の練成会のお食事の準備をされる方々、また、家の食事を作ってくださる妻や家族の心も同様でありましょう。
 
 彼女はごまを一時間ほどかけてすりながらお経を唱える癖があるそうだが、それはお経を読み終えるのにかかる時間と、ごまがちょうどよい加減に擦れるまでの時間がぴったりあっているからにすぎないそうである。単なる謙遜だとは思うが。日本に伝わるお経はお釈迦様の言葉そのものではなく、何人もの手を経て中国語に翻訳されたものだとしている。従ってその一言一句を間違わずに読むのが尊いか、今日の出会いのために精魂込めて野菜を炊くのが尊いか、迷わず後者をとるとのことである。料理は、「君がため」に作るからこそ美味しくできると信じているので、作り置きしたことはないとのことだ。生きた仏さまのためには一切手抜きはしないとのことである。彼女が嫌うのは、しきたりではなく、しきたりに縛られる心だとしている。

 本分は何かと問われると、「料理はアマで、尼が本職」と洒落を返すとのことだ。その彼女が、自動車の大事故に遭う。三日後に、病院で気がついた。
明道尼「…なんで私寝てんの」
医者「自動車に轢かれたんや」
明道尼「誰が?」
医者「あんたが」
明道尼「轢いた人は?」
医者「何ともない」
明道尼「それはよかったですなあ」
その悠揚たる態度が死にかけた人には余りにも不釣り合いだったので、「頭の方は大丈夫かなあ」と医者は心配したという。また、別の病院に移ったときのことである。

明道尼「こけて骨が折れたらどうしましょう」
医者「また来たらええがな。そのために病院がある。あわてなさんな。一年二年寝とっても、歩けるようになったらすぐ取り戻せるのやから。お盆にお参りせんから罰が当たる?仏様はそんな気の短い方じゃない。仏様があんたを生かしておきたくなかったら、すぐに死んでるはずやから。あんたが生きているということはな、あんたが必要だから生きてんのや」
 まるで生長の家の方のような、話をしてくださったそうである。
人生は、生きるのではなく生かされているのである。使命がある限り生かしてくださるのが人生のようだ。感謝して世のため人のために今を生き抜くことが肝心であろう。

 中内 英生

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December,12,2008「潜在意識の働き」

December,12,2008「潜在意識の働き」
今日の歌::練成は 賑わいにけり 年の瀬に

 今日から練成会が始まったが、多忙な12月に沢山集まっておられる。こPhoto_5 れが、そのまま地元誌友会の活性化に繋がってほしいと思う次第である。逆に、地元誌友会が盛んなところから参加者がきておられるようだ。機関誌『生長の家白鳩会』(平成二十年十月号)
には、今夜行われた浄心行の説明にマッチしたお言葉が掲載されているので、ご紹介させていただく。四十二頁の下段七行目から四十三頁下段の十一行目からである。

 (前略)これは善いことの例ですが、逆に悪い例では、交通事故とか、戦争とか、そういうものも「親和の法則」で起こることになります。「偶然そこを歩いていた」と言っても、それはやっぱり「親和の法則」が働いたと生長の家では考えるわけです。何か「人とぶつかる心」を持っている人が、それは、その瞬間に具体的な「ぶつかる心」を持っていなかったとしても、普段の生活の中でずっと積み重ね上げてきた「衝突する心」が”業”として働いていた場合には、「自動車にぶつかる」という形で具象化することもあります。自分で気づいている意識ー現在意識ーで、特定の人や事に対して衝突していなくても、現実に衝突が起こることがある。それが「潜在意識」の働きです。

 今、頭の中で明確に人を恨んでいなかったとしても、過去において「恨みの心」を幾重にも積み上げて潜在意識にため込んでいたならば「恨み」と近い心ー殺したいとか破壊したい心ーが集まっている所へ引き寄せられる場合もある。それが潜在意識の働きです。
 だから、「人間は皆、罪悪深重の凡夫である」という教えが日本において浸透していて、私たちが「罪の意識」を現在意識のレベルではもっていなくても、潜在意識においてもっていれば、「自己処罰」ということが無意識のうちに起こることがある。それが戦争の原因になる場合もあります。ただ、それは、必ずしも意識的に明確に自覚されないことなので、「証明しろ」と言われたらそれは難しい。しかし、生長の家ではそのように考えるわけです。

 以上のようにご教示されております。「罪悪深重の凡夫」と思うことも、罪の意識に繋がり、戦争の原因になる場合もあるとお示しいただいております。これは重大なことです。今夜は浄心行で皆様が心を浄められましたが、罪の意識を払拭する必要であるということは、一人個人の問題だけではなく、世界平和のためにも必要であるということでありましょうか。浄心行だけが罪の意識を取り除くのではなく、神想観にしましても、聖典等の読誦にいたしましても、罪の意識を取り除くことには変わりはありません。いずれにしましても、「人間神の子」の真理を深く理解して、罪の意識の消滅をはかることが大切でありましょう。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2008年12月11日のブログは、「タバコ増税は腰くだけ」です。
タバコ税の引き上げが見送られることをお書きになっておられます。また、麻生首相の発言に対しても、コメントしておられます。ぜひ、拝読下さい。かつて、谷口雅春先生が時事問題に関して、盛んにお書きになっておられたころを想起いたします。谷口雅宣先生の時事問題に関する御心を学びましょう。民主政治の“最悪”の側面が出てきたのではないかともお書きになっておられます。「ほとんど衆愚政治」とのお言葉もご使用されております。タバコを喫煙する人が減少することは、①日本の将来にとって大変いいことである。②中・長期的には、これによって気管支系の疾患やガンが減るので、医療費が抑制される。③世代間倫理の立場から考えても、高齢化時代の医療費抑制は必要である。④それを考えるのが、政治家である筈である。
 大体このような内容が書かれております。私自身はタバコを吸わないのですが、日本全体のことを考えると、先生の御文章を何度も拝読して世間に対して発言する必要がありましょう。先生のブログで御確認下さい。

*絵は、「ストップウオッチ」です。

 中内 英生

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December,11,2008「島根県立美術館で鑑賞」

Photo_4 December,11,2008「島根県立美術館で鑑賞」
今日の歌::美術館 宍道の海に 冬の月
*今日は木曜休日だったので、県立美術館へ行った。雨も降っていたが、暮れるのも早かった。しかし、いつの間にか雨が上がり、天を仰ぐと月がでていた。

 午前中は、何やら雑用をしていたが、午後は松江の陸運局へ行った。なぜか何事もうまくいった。立ち向かう人の姿は鏡であるという御教えが痛感された。帰りに妻と一緒に県立美術館へ立ち寄った。先日、一緒に行こうと考えて、子供の琴の発表会が松江の市民会館であったので立ち寄ったのだが、残念ながら休館日だった。今日は一緒に行くことができた。作品を見ながら、それぞれの意見を言い合うのも楽しいものだった。

 絵を鑑賞しながら、機関紙『生長の家白鳩会』(平成20年10月号)で、谷口純子先生が、「日時計主義で心豊かな日々を(下)」というお題で、書いておられるのが心に響いてきた。17頁の下段3行目からの御文章である。

 例えば、私たちは、生長の家の真理を多くの方にお伝えすることが大切だと思いーもちろんそれは永遠に変わりませんけれどもーその手段として、誌友会に多くの方に来ていただく、あるいは生長の家の行事にたくさん来ていただく。そのために幹部を養成したり、人を誘うことに意識が集中して、自分の人生を楽しむーそれぞれの方々が自分の生活を本当に楽しむことを横に置いていたかも知れない。これは、快楽主義という意味ではなく、信仰を生活の中に実践して、喜びの日々をいきるということです。「この会を成功させるために」「これだけの人をここに集めるために」と努力するだけになっていた部分もあったかもしれないという、そういう反省もあるわけです。
 けれども、本当は、私たち一人一人が、自分の生活を本当に喜べないと、人に真理は伝わらない。生長の家の素晴らしさは伝わりません。

 この御文章を拝読して、一瞬一瞬、その日その日が真剣勝負で喜べる信仰生活をすべきである感じました。もちろん自然体でです。生長の家は生活の全面を光明化すると言われておりますように、バランスのよい信仰を身につけたいと思います。

 さて、美術館ですが、日本伝統工芸展がありました。私は「パスポート」を購入しているので無料で、妻は半額でした。懐かしい、輪島や小松や九谷の作家も出品してしていました。徳田八十吉氏の出品もありました。昔は、余り造形には興味がなかったのですが、数多く名品を見ていると目が肥えて参りまして、良い作品を楽しめるようになるものです。
 昔、大先輩のT本部講師に教えていただいたことがあります。日本刀の優秀な鑑定士になるにはどうすればよいかと云う問題です。答えは、「本物ばかりを見続ける」ということでした。本物を見ていると、偽物が分かる。本物や偽物をまぜこぜに見ていると、本物と偽物の見分けがつかなくなるということでした。これは、信仰においても言えることです。谷口雅宣先生ご夫妻様の本当の信仰を常にお教えいただいていると、次第に自分自身が本当の信仰になってくるからです。そのこともあり、皆様に常に谷口雅宣先生のブログを拝読するようにお勧めしているのです。
 
 二階の会場には、日本画も沢山展示していました。横山大観の絵もありました。西洋画では、モネ、ゴーギャンなどもありました。ゴッホの作品はなかったのですが、「ゴッホの部屋のキット」がありました。版画の作品もありました。いつか版画にも挑戦してみたいと考えています。

*絵は、「人参」です。

 中内 英生

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December,01,2008「屋久島の縄文杉」

Photo_3  December,01,2008「屋久島の縄文杉」
今日の歌::シンシンと 冷える廊下を 行き来する
*部屋は暖めることはできますが、教化部の廊下は冷えますね。

 縄文時代から生きているという意味で縄文杉というのだろうか。それにしても相当に長い期間だ。ご存じ屋久島は世界遺産に登録されている。颱風が非常に多いところでもある。ここは何と二千㍍級の山々が聳えている。かつて、昭和四十年頃までは山の中に小杉谷部落というのがあり、五百人くらい住んでいたという。小学校跡があった。林業で生活していたという。それほど昔ではないので、どこかに生きている方がおられる筈だ。線路がありかつてトロッコを使用していたという。現在は、登山道となっている。NHKの『探検ロマン・世界遺産』では屋久島の杉を放映していた。

 一千年以上経っている杉を屋久杉という。切り株で空洞になっている杉の根っ子があった。ウィルソンという人が発見したので、ウィルソン杉というのだそうだ。ここ屋久島は、一ヶ月に、三十五日間も雨が降るという。勿論ウソだが、それだけ降雨量が多い。だから、至る所に水が溢れている。鹿児島より六十㎞の沖合にある。一周するのに約百三十㎞で、それほど大きな島ではないだが、こんなに高い山々があるのはどうしてであろうか。

 花崗岩は火山の噴火で生じる。この場所は地下のマグマが固まって花崗岩が生じた。その花崗岩が、千四百万年前に隆起する。それ故に、屋久島は花崗岩の一枚岩でできているとしている。従って、植物にとっては育ちやすい場所ではない。しかし、長年月の間に生命の循環がここに生じていたのであった。

 この山には、何と樹齢七千年といわれる屋久杉もある。おそらく推定であろうが。樹木医の荒田洋一さんといわれる方が案内していた。この島では、「何でもできないと一人前ではない」と言われている。それで、「山に10日、野に10日、海に10日」という言葉があるくらいだそうだ。

 自然を保護するにはどうすればよいのだろうか。何よりも有効なのは、立ち入らないことだろう。高い山は昔は霊山として恐れ、畏敬し、それ故に保全されていた筈だ。しかし、山が単なる物質の山であるということになると、「山を征服する」という言葉が示すように人間の思い上がりが頭をもたげてくるのではないだろうか。
 谷口雅春先生が、地下核実験をすることに関して、地球は物資のようにみえるが生命体である。核爆発によって、地球のエーテル体が破壊され、それが人間のエーテル体に影響を与えるという意味のことを話しておられたことを記憶している。また、地下には、肉体を現して地上に出て来たことがない自然霊というものが住んでいることがある。だから,無闇に地下工事をしていると自然霊に害を与えることがあるとも言われたように記憶している。いずれも、目に見えない世界のことであるので、私の理解をはるかに超えている。しかし、それは、物質は単なる物質ではなく、神様のいのちの現れであるので、大切に扱わなくてはいけないという意味が多く含まれているのではないだろうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月 8日のブログは、「小国での電気自動車」です。
日産とルノーが、ポルトガルで電気自動車の市場実験を進めているそうです。
何故ポルトガルかというと、比較的コンパクトだからだそうだ。
電気自動車のイマイチの所は、走行距離である。しかし、こまめに充電できるようにインフラが整うと、太陽光発電での電気だと、二酸化炭素ゼロを実現する。電気自動車の給電所の整備の必要性も述べておられる。
  最後に先生は、世界はあと数年でEVの普及時代に入るので、日本政府はそういう潮流を見定めて、しっかりとした環境政策と技術革新を全力で推進すべきであるし、あるべき方向を見れば、日本経済は停滞している暇はない、とご教示されております。

*今日は、地方講師研修会があった。初めての試みとして、講師補の方が出すレポートの課題を何度もやり取りをしながら、修正して発表してもらったことである。真理を理論的にも表現できることが要求されている。御教えは単に信ずればよいという信仰ではなく、若い人々にも説明可能な存在として準備する必要があるからである。そうであればこそ、若い世代にも受け入れられると考えられる。
 また、事務局に依頼して、益田、浜田、安来、松江などからの自動車と電車での移動に関わる二酸化炭素排出量を算出してもらった。手元に正確な数字がないので後日、記載するが、それらの二酸化炭素排出量を相殺するためにグリーン電力に寄付する目安としていただきたいと考えている。それほどの高額ではないが、熱心な信仰深き己の人類光明化運動によって、ホッキョクグマの絶滅や、ツヴァルの沈下に加担しているというのでは、何と悲しいことではないだろうか。島根教区では、その数字を提示して、倫理的移動による活動を自発的に促したいと考えている。

*今日の写メ俳は特に素晴らしいです。桜守人さんが、真理を書き込んだ、新境地の新しい方法を試みています。

*絵は、「教化部厨房の茶筒」です。

 中内 英生 

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December.09.2008「心の預金」

Photo_3 December.09.2008「心の預金」
今日の歌::柚を見て 一期一会と 微笑まむ
*これも小さな奇蹟というべきであろうか。周囲に起こるできごとや、出会うものはすべて吾が心の現れとみると、観世音菩薩の原理によって、これもまた、いわゆる「神示」ではないが、神のお導きと解釈することもできるかも知れない。「一切の人に物に感謝すべし」と信徒行持要目にはご教示されている由縁である。

 繁栄の原理が、普及誌『光の泉』(平成20年12月号)には、示されている。24頁から27頁までである。『繁栄と健康』(8頁~16頁)からの抜粋をしました。

①預金のない銀行に行って引き出そうとしても、お金は出てこない。幾ら祈っても与えられない。預金をする。即ち善業を積むことが必要である。
②人のために無条件で捧げているということが、それが「天の倉」に善行を蓄える尊い仕事である。そのような人のために、神の無限供給は入ってくる。
③無条件で人のために尽くすと、あとが空っぽになる。そこに、神の恵みが入ってくる。
④自分は月給取りだから、その他の収入の道はないと、自己限定して、供給のパイプに栓をしてはならない。
⑤愛行を与えながら祈ると、無限供給が自然に与えられる。
⑥常に自分自身が神の子であることを忘れてはならない。神の持ち給えるあらゆる善きものの跡継ぎ息子であることを信じなければならない。
⑦恨み憎みの念を捨てる。そして、さらに感謝することである。また、自然から与えられている一切のものに感謝することである。
⑧バランスの法則を信ずることである。与えたら必ず与え返される。
⑨できるだけ多勢の人に真理を与えて救ってあげるということをする。そうすると、必要なときに、無限供給が与えられる。
⑩人間は互いに離れていても通じる。目に見えない世界で繋がっている。
⑪念波の感応で、必要なものを祈りによって引き寄せることができる。

 以上、簡単にまとめましたが、如何でしょうか。結論として、「与えることだけを考えて行動すれば必ず栄える」ということでありましょう。私の知人で、会社経営をしている方がありますが、儲けようと考えて商売している間は儲からず、お客さんのためと考えて商売していると予期しないところからお客さんが来たりして栄えている方があります。原文を拝読してください。繁栄ということは、何も事業だけのことではないのです。家庭の繁栄もあり、学校や団体の繁栄もあり、国の繁栄もある筈です。それぞれが、繁栄することは何と素晴らしいことでしょうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月 7日のブログは、「モラエス館を訪ねる」です。講習会の終了後、眉山に行かれたことが書かれています。残念ながら、私は高知県生まれで何度か徳島へ行きましたが、まだ眉山には行っていません。
 徳島を愛したポルトガル人、ウェンセスラウ・デ・モラエスについて、ご紹介されています。この人のこともまた私は知りませんでした。彼は、「徳島の小泉八雲」と言われていたそうなので、島根の松江に住んでいた「ラフカジオ・ハーン」のことを思い出して、やや安心した。
 当時のポルトガルの主たる植民地はブラジルで、ブラジルへは日本人が多く移民して、生長の家もそこで発展している。ブラジルと波長があった日本人と、日本に波長があって、半生を徳島で過ごしたポルトガル人・モラエスのことを相互考察しておられます。
 また、先生は、モラエスの似顔絵も描いておられます。素晴らしい絵です。

*余談ですが、ブラジル移民100周年だそうです。ブラジル移民の父といわれる水野龍氏が、高知県佐川町の出身だと聞いて嬉しくなりました。佐川町には国道が通っており、私は帰郷の時には、佐川町の中を自動車で時々走ります。高知県の人物思想的に言うと、坂本龍馬、板垣退助、国際的には水野龍といった流れでしょうか。

*今日は、白鳩会の会議で、普及誌購読者と聖使命会員を増やす「合い言葉」なるものを聞いた。なかなか歯切れの良い素晴らしい言葉です。正副連合会長さん達が智慧を搾ったようです。きっと実現すると思います。会議をしていて、みんな嬉しそうですから。脳科学的に言っても楽しいとき、嬉しいときに良いアイデアは出るそうです。

*夜は出雲東相愛会の誌友会があった。夜なので暗くて見えなかったが山の中のようだった。色々な話をしたが、最後に俳句を作った。俳句の内容は、ホームページの「写メール俳句の世界」をクリックしてください。明日中に出る予定ですが、明日は地方講師研修会があるので明後日になるかも知れないです。
 それにしても、一瞬にして、松尾芭蕉や、小林一茶や、加賀の千代女が誕生する。今日もそうだった。石川に赴任しているときに、「朝顔や釣瓶とられてもらひ水」と詠んだ千代女の俳句をみて、感動したことを思い出す。

*絵は、「踊るコハクチョウ」です。

 中内 英生

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December.08.2008「”写メール俳句”のすすめ」

Photo December.08.2008「”写メール俳句”のすすめ」
今日の歌::街で会い 寒いねという 微笑みて 

 「写メール」という言葉がある。また、俳句は松尾芭蕉の昔からの高級文学である。俳人であり、相愛会長さんである大東の八幡さんの話によると、「写俳」といって、写真と俳句を一緒にした形式があるそうだ。それに写メールを合流させて「写メール俳句」とし、日本人の風習に従って、短縮化を行い、「写メ俳」といっている。日々の感動を日常生活の中に見出して、それを文学にまで高めて表現するという形式であると考えている。島根の信徒の皆様は、日時計日記を持参している人も多いとは思うが、ほとんど家に帰ってから書くのではないかと思う。しかし、携帯電話はおおかたの人々が持参している。この「持参」ということに眼をつけて、「いつでもどこでも日時計日記!」風に、行おうとするものである。

 「明日はどんな日」というお題で、谷口純子先生が、三津田冨左子さんの著書『50歳からの満足生活』『60歳からのシンプル満足生活』をご紹介されながら、日時計日記の書き方をお教えいただいている。40ぺーには、次のような御文章がある。

 私は昨年から、『日時計日記』という、日々の出来事の良いことだけを記録する日記帳をつけている。そのため一日を振り返り、平凡な日常の中に喜びがあり、感謝すべきことがあると探すことにしている。

 平凡のように見える中に、小さな奇蹟を発見するという生き方ができるとき、私たちはどんなにか幸福になることができるだろう。特別なことは毎日来るわけではない。しかし、日常の生活は常にある。その中に神の愛と人々の愛とを見出すとき、その中に包まれて生きている自分を発見するとき、何と素晴らしい人生なのかと喜びが湧いてくるのではなかろうか。谷口雅宣先生が、『太陽はいつも輝いている』の中で、神性表現についてお教え下さっているが、それもまた、日々の日常の生活の中に感動を見出す生き方である。
 「明日はどんな日」41頁には、三津田さんの文章をご引用されている。

 三津田さんの”楽しみ”とは、何か特別なものではない。「野良猫が縁側にきて、のどをゴロゴロいわせてくつろいでいる。鉢植えのパンジーが咲く。気に入った買い物をする。テレビに好きな歌手の氷川きよしが出演している。娘が美味しいものを買ってきてくれる」そんなちょっとしたことなのだそうだ。心がふと「楽しい」「うれしい」と思えることを、心にしっかり印象づけ、味わうのだそうだ。そうすれば、毎日毎日「わくわくした気持ち」で過ごすことができるのだという。

 谷口純子先生は、43頁には、「私はこの本を読んで、自分の日常も、まだまだ喜びの表現が足りないのではないかと反省した。そして、生きることの悦びは、本当にささやかなことにあるのだということを、改めて知ったのである」と結んでおられます。
 この御文章を拝読して、日常の生活に喜びを見出し、それを携帯電話の写真に撮り、俳句を作り、コメントを入れ、ペンネームを書き込んで、電送する方法は現代人向けであり可能であると思う。俳句は季語が必要だが、日常生活となると季語が思い浮かびにくいかも知れないが…。そして、何よりもインターネットの教化部のホームページで、その喜びを共有することができる。島根の皆様、どうぞお送り下さい。「写メ俳ワールド」へ送るメール・アドレスは、「bch05742@nifty.com 」です。

*英文サイトは次のアドレスです。http://shimane-seicho2.cocolog-nifty.com/blog/

 中内 英生

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December.07.2008「”神の試練”とは?」

Photo_2 December.07.2008「”神の試練”とは?」
今日の歌::式典や 雪が浄めて 神讃たう
 今日は、様々な表彰が行われた。百人ほど来ておられたであろうか。このような式典が島根教区で伝統的に行われていることに対して、感謝と尊敬の念を禁じ得なかった。善き伝統を築きあげて下さった諸先輩に感謝申し上げる次第である。

 機関紙『白鳩』(平成20年10月号)4頁から、「”神の試練”とは?」としてご教示いただいている。7頁には、次のように説かれている。

(前略)神は、他の生物とは異なった”意思の自由”をもった存在として人間を創造することで、他の生物には不可能な目的を達成しようとされている。その目的とは「善」の実現である。自由のないところには善も悪もない。”悪”とは、”意思の自由”の誤用によって現象的に起こる「神から見放されたような不幸な状態」のことである。本当に「神から見放された」のではなく、自分が”自己の真性”を見放した結果である。悪現象が起こったときは、だから、自己の真性の自覚を深める神想観が大切なのである。

 次に神が見放した状態になったエピソードを掲げる。ある時に、神が人間に言った。「人生は砂漠のようなものだ。ここに見える砂漠は、お前が歩いてきた人生そのものだ。」神がそう言われたので、人間が後方のはるか彼方を振り返ってみると、砂漠に二人の足跡が刻まれていた。神は再び言った。「ワシはお前といつも一緒にいて、お前を護ってきた。足跡の一つはお前のもので、もう一つはワシのものだ」。人間が、ズーと遠くをみてみると、確かに二人の歩いてきた足跡があったが、途中で一人だけの足跡だけになっているところを発見した。「神様、足跡が一人の所があります。神様はその時には、居なかったのではないですか?」。神は答えます。「何を言うか!。あの時は、お前が人生の苦しみで気を失っていた時だ。その時は、ワシがお前を負ぶって歩いていた。だから一人の足跡なのだ」と。それを聞いて、人間は、自分の不信仰を恥じました。

 『生命の実相』頭注版第1巻P9~P10には、次のように書かれている。
われわれは生くるも死するも結局は生命(たましい)はほろびないで「無限生長の道」に乗せていただいていますので、各人ひとりひとりの「生命」(たましい)の生長に最もよいときに、それぞれふさわしい苦しみも、悲しみも、病気も、肉体の死も、生命創化の法則によってやって来るのでありますから、たとい苦しみが起こって来ましても、悲しみがやって来ましても病気になりましても、肉体が死んで腐ってしまいましても、この肉体に宿っている「生命」(たましい)は滅んでしまわないで、個々(ひとりひとり)の人格の特性(個性)をそなえたまま、わたしはわたしとして、皆さんは皆さんとして、やはり「無限生長の道」をあゆんで行くことができるのであります。このことが信ぜられればもうどんな苦しみも悲しみも自己の無限生長の資料としていただいた皆ありがたい修行であると合掌して受け取らしていただき、感謝感謝で暮らすことができるようになるのであります。

 この御文章はいつも、肉体や苦痛に執着している心を解き放ってくれるように思う。この御文章から判断して、生長の家は病気直しが目的ではなく、魂の生長を促すのが目的であるということが理解できる。しかも、どの人々も必ず生命が生長できるようにできているとは何と幸福なことでありましょうか。
 先ほどの谷口雅宣先生の御文章を拝読し、また『生命の実相』の御文章を拝読するとき、人生は善くなる以外にはないのだという思いが強く湧いてくる気がするのである。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2008年12月 6日のブログは、「絵封筒を描く (2)」です。御講習会にお出でになっておられる徳島市でご覧になったカニのパンを絵封筒に書かれて、アメリカの「インターナショナル・ハウス」という団体にご寄付されてことが書かれています。アドレスが書かれており、クリックすると、様々な国の学生さんらしき人々の映像が映っています。先生は、そのような学生さんたちにも思いを馳せて、ご寄付をされているのでしょうか。また、パンの盛り上がった感じはどのようにすれば描けるのでしょうか。

*今日は式典の後は、午後から、地方講師受験勉強会の講師間打ち合わせ会議があり、相愛会の正副・総連会長会議があり、最後に青年会の会議があった。充実した一日でした。
*昨日、英文『甘露の法雨』を入手して、「七つの燈台の点灯者の神示」を拝読してみると、確かに谷口雅宣先生がお書きになっておられる通り、燈台の所は、「燭台」とも云うべき、「candlesticks」となっていた。日本人にとっては、燭台は余り使わず、燈台がイメージ的にぴったりするのは事実であろうと考えられる。
*絵は、「生命の光」です。 

  中内 英生

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December.06.2008「水の大切さ」

Photo December.06.2008「水の大切さ」
今日の歌::囂々と 雪を運ぶか 吹く夜風

 *「囂々」という字は読めましたでしょうか。大辞林によりますと、「やかましいさま。さわがしいさま。」となっています。仕事から帰り、机に向かいますと、窓の外ではすごい風の音が聞こえてきます。冬の出雲風でしょうか。今日は、稗原の誌友会に行ってきましたが、沢山お集まりでした。稗原では雨はそれほどではなかったですが、夜、八時ころからすごい風となりました。北陸の冬を思い出しました。地上は-1か-2度くらいなのですが、シベリアから-40度ほどの極寒の寒気団が押し寄せて、冬の雷が鳴るのです。
「北陸の 零下四十度 吹雪くなり」

 NHKの『探検ロマン世界遺産』で、「命の水が文明を生んだ」(2008/11/1)では、様々な文明を紹介していたが、地球の水に関しての報告もあった。地球の水は、全部で約14億立方㎞だそうである。そのうち、大切な真水は、約1%未満である。それを人類66億人に分けて使用することになる。中国にしても、揚子江の水を潅漑に使い始めて、川の水が減水したようだ。私たちは、実際には水資源の豊富な日本しかしらない。しかも、島根県は、日本海側なので水不足はほとんどない。これが、太平洋側であると状況は変わる。しかも、世界的にみて、水を生活や工場のために使用して、渇水になり湖や川の水が枯渇しているところが沢山あることを、最近の番組である、『エコ大紀行』では放映している。教化部の二階のトイレに、水資源の重要性を張り紙している。「ちょっとオーバーかな」と最初は思ったが、世界的な渇水状況を考えてみると、「もっときつく書いても良いのかも知れない」と思うようにもなった。
 世界では、1990年代からたびたび水不足に見舞われるようになったという。川上で大量に水を汲み上げるので渇水するというごく単純な原因である。もっと、上手に水を使うべきなのであろう。

 先ほど、書いた『エコ大紀行』であるが、15世紀の産業革命以降、環境破壊を繰り返し、生物多様性を無みし、結局、進歩発展の名の下に様々な弊害が起こってきている。谷口雅春先生が、「詩」の中で、「高い高層建築。オオこれが進歩か?」と嘆いておられるが、この詩が発表された当時、読者にしてもそこまでは考えていなかったのでは無かろうか。高層建築や河川や護岸工事やを進歩発展・高度成長はそのまま善であると、それだけの思考だった可能性があると考えてみるのは、考えすぎであろうか。その影で、環境破壊と同時に人間の精神性の破壊があったのかもしれない。さて、ここで書きたいのは、マダガスカルのラヌマファナ国立公園の原猿類のことである。

 ここには野生のオレンジや、野生の無花果などが沢山ある。その中に特殊な竹が生えているのだが、マダガスカルは全島にわたって、グァバが広がっているという。この木は、フランス植民地時代に、食用としてプランテーションで栽培されていたものだ。勿論、外国から導入した。この植物は、切っても切っても木そのものから芽が出るという強力な生命力の持ち主である。この植物が森に広がると、他の植物は押し除かれ、グァバを取り除くのは難しいとされている。従って、もしこのグァバが、原猿類がその竹だけを食べるという特殊な竹が生えている森に忍び込むことになれば、当然のこととして、マダガスカルにしか存在しない原猿類は地上から消滅することになる。

 地上の「種」が消滅するのには、二種類の経路があるように見受けられる。一つは、一匹残らず捕獲して殺すという方法である。これはニホンオオカミなどは、懸賞金付きで処分されたのでも分かる。アメリカ大陸でも沢山の種が消滅している。ある程度の少ない数になると、自然消滅する道を辿るようだ。
 もう一つは、彼らが生活する環境を破壊すると云う経路である。アフリカや東南アジアなどは森林破壊で動物が沢山消滅している。ホッキョクグマにしても生活する環境が変化し、餌になるアザラシが来なくなったことが消滅に加速をつけている。ドードーなども、餌になる木の実などを、ヨーロッパ人が放った豚がドードーの餌を食べたことが原因と云われている。ドードーは「不思議な国のアリス」にも出ているが可哀想な結末となってしまった。

 私たちは、その中で、足元から平和を築くために、二酸化炭素削減の努力をする必要があろうと考えられる。今月の五者会議では、基本的な考え方として、県外に移動する場合、炭素ゼロの旅行パックは現在の所は、島根県ではないようであるので、移動に費やした時に排出する二酸化炭素分を本部を通してグリーン募金に投入することを基本的に合意した。この考え方でいくと、公用での移動は、極めて倫理的な活動となると考えられる。この基本的な考え方を次第に光明化運動に反映させたいと考えている。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月 4日のブログは、「都会の紅葉狩り」です。谷口恵美子先生と紅葉を見にいかれたそうです。美しい3枚の御写真を掲載しておられます。谷口雅宣先生のお優しい親孝行のお気持ちが伝わって参ります。この辺りは、私も東京にいたときに何度か見ましたが、東京の紅葉は、「これが都会か?」と思うような素晴らしいものです。

*絵は、「山の中の湖」です。今日も一日有り難うございました。
 中内 英生

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December.05.2008「次元で考える実相世界(三)」

Photo_4 December.05.2008「次元で考える実相世界(三)」
今日の歌::渡り鳥 観察する人 美しき
*白鳥や白雁などがきたといっては、双眼鏡をもって田んぼや河口に見学に行く。鳥を捕獲しに行くのではなく、見に行くとは!。この時代に至って初めて、人類は自然を愛する心境になったと思う。その姿は、人間の目を通して野鳥を観察する神の目であろう。

 実相世界とはどんな風光になっているかということは、当然のことながら興味がつきません。キリストの祈りにある「御心の天になる世界を地にもならしめ給え」と祈っても、御心の天になる世界とはどういう世界であるのかがこの祈りの言葉では具体的に知ることが難しいのではないでしょうか。
 ところで、『限りなく日本を愛す』141頁からの御文章にはそれらしき内容がご教示されておりますので、ご紹介させていただきます。改めて拝読してください。神想観が随分違ってくるのではないかと思います。

 「実在世界は中心帰一の妙有世界」と小見出しにあります。そして、142頁の10行目からですが、(前略)「実相は妙有の世界、妙有の世界は中心帰一する至美善の秩序整然たる世界であって何もないのではありません。何もなかったら中心に総攬することも帰一することもできません。天之御中主神というものは中心帰一する渾然たる統一ある世界であるということを現しているのであります。(後略)

 生長の家の運動に於いて、「生長の家大神ー総裁・副総裁ー御教え」と中心に帰一するのは、宇宙の真理、即ち実相世界の秩序から来たところの作法であることが伺えるのであります。『菩薩は何を為すべきか』に書かれている、「人類光明化運動活動指針の第9条が重要視される由縁であります。当然のことながら、会社や家庭やでも中心を立てるということを実践するのが生長の家の御教えであり、真理を行ずることになるのであります。 また、143頁の小見出しには、「実在宇宙は陰陽の秩序整う世界」と書かれています。142頁12行目からですが…。

 (前略)日本の道徳は夫唱婦和、陽主陰従によって調和が得られるのであります。これは単に現在の現象的に現れている東海の小島国としての倫理道徳ではないのでありまして、「実在の宇宙」に於ける生命の真実の働きがそうなっていると云うことを、『古事記』には、人格的物語風に書いて表現されてあるのであります。(後略)

 後には、144頁の小見出しに「実在宇宙は無限創造の世界」と書かれています。谷口雅宣先生が常に創意・工夫を行って光明化運動を行うようにご指導をしていただいておりますが、誌友会にしましても今まで通りの方法ではなく、常に無限に新しいアイデアで創造をしていく必要があるのです。その姿が実相顕現の姿であります。

 その他に、「実相宇宙の特徴は金剛不壊」、「実相宇宙は遠心求心調和の世界」、「実在宇宙の特徴は無限包容」、「実在宇宙は円満完全至美至妙」と小見出しには続いております。さらに、第七章には、「実相世界の秩序について」として、ご教示されております。この辺りは何度も熟読すべき御文章でありましょう。

*絵は、「流離うシロクマ」です。尚、英語の勉強を兼ねて、英文サイトを作りました。内容は、日時計日記的に光明サイトにして何か楽しいことを書きたいと考えています。前任地でも書き始めたのですが、気負い過ぎて挫折しました。今回は、平常心で書いて行きたいと思います。http://shimane-seicho2.cocolog-nifty.com/blog/

 中内 英生

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December.04.2008「長寿の秘訣は腹七分目?」

Photo_3 December.04.2008「長寿の秘訣は腹七分目?」
今日の投句::夕方に 次第に寒し 部屋のなか

 最近のサンケイ新聞に、竹内薫氏の「科学・時事放談」というのが掲載されていた。長寿の秘訣は、腹七分目だそうである。その理由が書かれている。慶応大学医学部教授の坪田一男さんの最新刊『長寿遺伝子を鍛えるカロリーリストリクションのすすめ』(新潮社)からの情報である。その内容は次のようである。

 カロリーを通常の七割に制限すると長生きすることが、マウスやサルでは実証されているという。人間でも粗食だと長寿になるデータは豊富に存在するらしい。身体は「食べ物が足りない」と感知すると長寿遺伝子のスイッチが入るのである。
 長い生物の進化の過程で、飢餓状態になると、からだが大量消費モードから省エネモードに切り替わる仕組みができたらしく、そのモードの切り替えスイッチにあたるのがサーチュインという長寿遺伝子だという。サーチュインのスイッチを入れるのに深く関わっているのがレスベラトロールという物質で、赤ワインやピーナッツの皮などに含まれている。 ただし、坪田さんによると、ラスベラートを摂取する方法もあるが、腹八分を心がけ、沢山食べたときには運動するというのが一番良いと書かれている。これらのことを生活の中で守ると、定年後も質の高い老後がおくれる時代が到来するだろうとしている。坪田さんは、年に何回かは24時間か48時間の断食をし、研究室にトランポリンを置いて、いつも元気に飛び跳ねているという。年をとってから体重が重いと、膝に無理がかかることもあるようである。
  100歳を超えるような人は、動きが良く、余りメタボではないように聞いている。しかしまあ、自然体で生きて参りましょう。

 それには運動ですね。光明化運動と身体的な運動も欠かすことなく、幅広い光明的人生を送るようにしたい。そのために積極的な明るさと適度な運動が必要のようだ。幹部のH氏の話によると、時々畑を鍬で耕しているそうである。その関係か、骨密度は年齢よりも20年以上若いという数値がでるのだそうだ。畑の野菜もよいが、耕すこと自体が素晴らしいことのようである。車の生活と外食が多くなり他人と食事を摂るようになると、自己管理が多少難しくなることがある。健康のためにはできるだけ家で食事をするようにしたいものである。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2008年12月 2日のブログは、「ガンの自然治癒」です。
ガンの自然治癒が案外多いのではないかという論議が、医学者の間で行われているとのことです。ノルウェーでの乳ガンの検査や治癒のデータを元に考察がなされています。
  かなり専門的な内容のようではありますが、拝読してください。『ヘラルド・トリビューン』紙(2008/11/26)の記事からの情報であります。私たち島根の信徒も同じ英字新聞をすらすらと読みながら、先生の御文章を拝読するという境涯になりたいものでありますが、未だに相当に難しいようです。どなたかチャレンジしてみてください。

*絵は、「水面に映った雪山」です。

 中内 英生

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December.03.2008「次元で考える実相世界(二)」

Photo_2 December.03.2008「次元で考える実相世界(二)」
今日の投句:ごま粒の 如く白鳥 池に群れ

 *今日は、松江道場へ一日見真会のために行った。60名近くの参加者だったが、師走の忙しい時、しかも平日によくこれだけお集まりになられたと思う。松江道場を中心とした地域の信徒さんの信仰心の篤さが良く理解できると思う。行きは、宍道湖を右に見ながらのコースで平田を通って行った。松江が近くなりフト左を見るとかなり遠くの大きな池に、白鳥の群がいた。動いている。あたかもごま粒の如くに見えた。夕方の帰りに見ると一羽もいなかった。斐伊川の河口にお帰りになったのだという。

 右脳を開発し、神性表現の一形式を学ぶために「写メール俳句」を担当していただいたY地方講師は、左右のポケットから、マイ箸と携帯電話を取り出された。携帯電話は、写メール俳句を送るためだという。「右のポッケにゃ夢がある。左のポッケにゃチュウインガム…」の美空ひばりさんみたいです。「写メール俳句」の送り先は「bch05742@nifty.com 」です。皆様、次第に上手になってきています。どなたでも、送ってください。自分でもできると思えた人は、新しいタイプの誌友会で俳句を作ってみましょう。

 「実相金剛身の神示」という神示がある。『秘められたる神示』71頁からご解説が掲載されている。

 実相人間は肉体人間よりもまだまだ確かな至微至妙な形を有つが、五官六感に触れる形でないから五官六感に触れる現象界の言葉では説明のしようがない、それは仮りに肉体人間の姿を一層精妙にした姿だと思えば好い。実相世界と云うのは神が創造せる唯一の実在界であって、此の世界のみが実在であり、此の世界に住む人間が実相人間であり、至微至妙完全円満金剛不壊の実相身を備えているのである。 

 *まず実相の人間について、神示は示されている。「それは仮りに肉体人間の姿を一層精妙にした姿だと思えば好い」と示されており、それ以上のことは分からない。しかし、雰囲気的には何となく分かるのではなかろうか。『聖経続々甘露の法雨』に示されているように「人間神の子の自覚から、神の子人間の自覚へ転換する」ことが示されているが、実相人間を自覚するようになると、「人間神の子」と考えるよりも、「神の子人間」と考える方がしっくりと行くのだろう。
 次には、実相世界の状況がご教示されている。

 実相世界は一つの神に創造られ一つの神の叡智によって支配せられているから、秩序整然たる相である。実相世界を空無の世界、虚無の世界、茫漠の世界だと思うのは誤りである。肉体の智慧には判らぬ。悟ったつもりで間違っているから説いて聞かすのである。其処には山もあれば川もあり、植物もあれば、動物もある。獅子も羊もあるが皆な仲良く相戯れている。一切の人間、動物、諸霊悉く調和して相食むものはない。従って病気の人間は一人のない。山の形や、川の形や、植物の形や、乃至動物の形なども、仮りに現象界のそれに似ていると思えば好いが、一層精妙なのが実相世界の姿である。それは既に完成された世界であるが、完成したと言えば静止の世界のように思うかも知れぬが、不断の創造の世界である。不断の創造を続けながら完成した世界である。

*このように示されている。従って、目には見えないが、形をもって確実に存在するというのである。既に救われている自分が存在し、既に完成し救われている世界が実在するということは何と幸福なことでありましょうか。この章のご解説に、「金剛不壊の純粋形相が理念である」というような御表現もあり、熟読されたい。これらの御文章を拝読すると、神想観の時に、ぼんやりと考えることがなくなり、ある程度、メディテーションがスムースに行われるのではなかろうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2008年12月 1日のブログは、「ムンバイのテロ事件」です。
今回のテロ事件に関してのご考察をおこなっておられます。最後の方に次のように結んでおられます。
               
「印パの協力を通して、両国内の過激派の動きを抑える方向に進んでほしいと私は切に願う。この事件は、宗教の名前が見え隠れしたとしても、内実は完全に軍事的・政治的な対立だと思う。宗教は、政治的対立の道具になり下がってはいけないのである」と。

 島根の信徒の皆様、谷口雅宣先生の御心と同じ心になり、インド・パキスタンそして過激派の上に生長の家大神様の無限の愛の祝福が満ちあふれて、実相世界が天降るように祈ろうではありませんか!それだけではなく、私たちは島根の信徒として、「谷口雅宣先生は、今回のムンバイのテロ事件に関してこのように考えておられます」と、周囲の人々にお伝えいたしましょう。インドへ光明化運動に行くことはできませんが、師の御心をお伝えすることはできましょう。私たちは、谷口雅宣先生のお言葉に千鈞の重りあらんことを願う者であります。しかしそれにしましても、常に世界の人類と平和のことを具体的にお考えになっておられる。何と偉大なる御存在であろうかと思います。

*絵は、「愛用の湯飲み」です。

 中内 英生

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December.02.2008「次元で考える実相世界(一)」

Photo December.02.2008「次元で考える実相世界(一)」
今日の歌::木枯らしや 遠く聞こえる 波のごと

 先日の地方講師受験勉強会で、「実相世界は何次元か」というような質問がでた。その時は的確に答えられなかったが、地方講師会長さんが、『生長の家の信仰について』P86の「高次元の世界」をコピーしてもってきてくれた。そこには総裁先生のご教示があった。今日は、その御文章から学びたい。

 (前略)何故なら、この吾々の肉体のいる現象界は、時間と共に流れて行く”四次元の時空間”だ。つまり肉体という物体が、時間の流れにのって次々に移動していく。この時間は一次元の線のように流れて行って、一日は二十四時間たつと次の日の朝になる。今日の朝五時に寝床から起き上がると、私の肉体は時間と共に刻々変化して移動し、やがて夜になると再び寝床にもどって、また翌朝の五時に起きて移動し始める。こうして三次元の物体(肉体)は、四次元の時空間の”実生活”を送るのである。(後略)

 肉体が自分であるという考えだと、三次元の自分は時間と共に移動する。有限な世界を有限の肉体が生活するということは何と不便であることであろうかと思う。極限の思考は、そのような自分を否定しようとする。しかし、もっと深く自分自身を見つめてみたときには、その奥には心があり、さらに悠久の生命と繋がっている個性生命があるということに気がつく。そうして初めて自分を嫌う思考が消滅する。この場合、自己否定という言葉は「無我」という意味ではないので、「自分を嫌う思考」とした。また、時間・空間という認識の形式だが、この理解は、『新講甘露の法雨解釈』に詳しくご教示されている。

   空間は、縦・横・厚みになっているので三次元であり、その空間が時間経過する。従って四次元である。「厚み・奥行き」を考える場合は、霊界やさらに実在界という考え方になるのだろうか?四次元の物質界を、目・耳・鼻・口・皮膚などの「認識の道具」である五官感覚で認識する。そうすることによって、初めて存在は、人間の心の中に入ってくる。これはしかし、脳髄の処理した世界である。(少し、面倒な説明で申し訳ないが、『心で作る世界』(”視覚の中のメカニズム”の章)を読むと良く理解できる。)動物は五官感覚をもっているのが多いので、それができる。しかし、それを認識してさらに何かを表現することはできない。人類もまたその段階の時があったそうだ。しかし、「ラスコーの壁画」以来、人類は、受けた情報を表現することを始めたのだ。このことは実に大きな進化であるといわれている。いわゆる、現象界に「表現と創造活動」を始めたのである。同時代を生きたネアンデルタール人とホモサピエンスの違いであると言われている。これにはさまざまな生物学的理由があるといわれているがここでは省略する。表現の重要性は谷口雅宣先生が、『日時計主義とは何か』と、『太陽はいつも輝いている』などで御強調される由縁である。

 環境問題においても、自分が肉体であると考えると、当然のことながら、己の肉体を中心に考えるので、人間中心主義になる可能性がある。温暖化が進行しようが、生物多様性が破壊されようが、人間(自分)さえ快適感があれば満足するという考えであろう。しかし、生命の奥底で万物一体の自覚が目覚めてくるときには、人間は動植物に対しても、鉱物に対してさえも一体感すなはち「愛」を感じるようになる。環境問題解決のポイントはここにあるのではなかろうかと考えられる。また、別の考え方をしてみると、不自由・有限な肉体が有限な物質世界であくせくして働く。そういう肉体人間を憎むまり、環境破壊に及んでいくとも考えられる。自己破壊願望である。自分の快適のために破壊しているが如く見えるが、実は、「自分=環境」の考え方から考えると、自己破壊願望の一つの現れとも言えるのかも知れない。いずれにせよ、人間神の子の自覚の普及が喫緊の重要事であることに間違いはない。

また、90頁には次のように説かれている。

 (前略)こうして時間が線(一次元)から面(二次元)に高まることによって、この”五次元の時空間”では、吾々の体験領域は飛躍的に拡大する。六次元、七次元……とさらには無限次元をも考察するならば、あるいは時間だけでも無限時間を考えれば、そこに完全・円満、無限供給、無限歓喜の「理想世界」「実在界」があると会得できるはずだ。(後略)

 谷口雅宣先生が、次元が高くなればなるほど、自由性は増加すると先日のブログでお説きになられている。上記では、「無限次元を考察する」ということだから、理論的に考えても、「無限の自由性」、「神通自在の世界」を会得し、体験することは可能であろうと考えられる。これは、実相世界の風光なのであろう。
 以前、谷口雅春先生が、生長の家本部練成道場にて講習会をご指導されていたことがあった。「理」という文字について説かれていた。中国で山で採掘した石を里に持っていき、磨くと玉となる。王扁のように見えるが、「玉」だそうである。その玉の模様が「理」であり、神様の心の中に思い浮かんだ模様のことを、「理」という、というようなご説明であったように記憶している。その「理」とはどんなものかというと、「物質抜きの形」であると説かれていた。勿論、形は形でも、偽象ではなく、真象である筈である。
 即ち、高次元の世界、無限次元の世界を想定すると、実相世界の存在を思い浮かべることができるとしている。
 
*今日は、会議が午前九時半から四時ころまで行われた。しかし、楽しい雰囲気で過ごすことができるので、幸福感を味わえる。谷口雅宣先生のご指導のお陰で、右脳を活用する表現の世界をお教えいただき、自分の知らざる能力が目覚めつつあることに感謝している。明日は、松江道場で、「写真メール俳句」の指導を八幡地方講師にしていただくことになっている。もちろん、浄心行もある。私は、連続講話のダイジェスト版で「御教えの説明」を試みる。10時から16時までの間に、個人指導もさせていただく予定である。
また、「写メ俳ワールド」のメール・アドレスは、「bch05742@nifty.com 」です。お気軽に「写メ俳」をしてください。神性表現の喜びをみんなで共有いたしましょう。

*絵は、「20年間愛用の目覚まし時計」です。

  中内 英生

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December.01.2008「聖使命感謝奉納祭」

Photo_2 December.01.2008「聖使命感謝奉納祭」
今日の歌::玄関を ナメクジ一つ 通り過ぐ (帰宅してみると、夏だけかと思いましたが、ナメクジが玄関をゆっくりと横切っていました。自然の中で生活しています。しかし、ナメクジは冬の季語にはならないでしょう。)

 毎日、ハードなテーマばかりなので、一息つくために、今日は簡単な文章にします。
今日は、感謝奉納祭が教化部で行われた。聖使命会員の推進をして下さり、お参りに来てくださった方には、数ヶ月前から、経本型のお守り『甘露の法雨』を贈呈することにしている。生長の家は形を問わないが、「祭」形式にすることにより、皆様が喜んで下さるのでこの形になった。御祭の後は出雲名物のお茶を戴き、お菓子もでる。ここで推進の話やら色々な話が出てきて楽しいひとときを過ごすことができる。

 午後は、地方講師の派遣委員会があった。2月の予定を組んだが、誌友会を盛んにするために、どのようにすればよいかが、来年度の課題である。現在は、色々と工夫を続けながら行っている。新人が沢山集まる誌友会にしたいものである。
 隠岐の島には現在、地方講師が毎月、出講している。真理の燈台である、誌友会を絶やさないことは実に重要である。

 写メール俳句がなかなか良い。どなたでも、投稿してみて下さい。自分の投稿が掲載されるのは楽しいことです。ペンネームなのでどなたかは分かりません。日々の感動を俳句にして、写真を映しています。素晴らしい神性表現だと思います。桜森人さんや野の花の精さんなどは、毎日投稿しておられます。皆様もどうぞ。毎日、作ると感性が洗練されていくようです。
「写メ俳ワールド」のメール・アドレスは、「bch05742@nifty.com 」です。

*絵は、「子供が作った生け花用竹筒」です。

 中内 英生

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