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2009年1月

January.30.2009「人間の持つ快復力」

Photo_2 January.30.2009「人間の持つ快復力」
今日の歌::今日もまた 真理の友と 学ぶなり 楽しき中に 輪は拡大す
 
 脊髄損傷でも筋肉機能が回復するということが報告されている。これは知っていてよいだろうと考えてアップした。人間の生命力・再生能力の強さを再確認することになる。
日経新聞(2009//29)には、自然科学研究機構・生理学研究所の研究ルループは、脊髄が傷ついて指が動かなくなったサルで、リハビリテーションを重ねれば、指の筋肉が特別な働き方をして再び動かせるようになることを発見したという。
 事故などで脊髄が損傷した患者の治療は難しいとされているが、効果的なリハビリが行われると、機能回復の可能性があることが確認されたという。
 
  英国の脳神経専門誌「ブレイン」の電子版に掲載されているらしい。脊髄が傷つくと大脳からの信号が途切れるが、その先の脊髄などの神経が独自に働いて指の筋肉を滑らかに動かそうとすることが分かったそうである。
 この際、筋肉は毎秒30から46回と通常では見られない小刻みな収縮をする。神経回路が組み替えられ、通常では見られない働き方をするようになったと見られるとしている。
 研究所の伊佐教授は「外部からの電気刺激でこうした神経の働きをつくり出すことができれば、機能回復が進むだろう」と説明しているらしい。

 蟹やミミズやトカゲなどの動物は、手足が脳から切り離されても動くことができる。これは神経細胞そのものが脳の一部であるのかもしれない。普通、脳は頭蓋骨の中にあると言われているが、実は全身の神経細胞と一体化して情報を吸収し、指令を出す仕組みになっているようだ。その場合、神経細胞が独自で動くということが高等であると考えるか、低次元と考えるかは余り関係ない。上記のような事実があるということは、驚くべきことではないだろうか。残念ながら、詳しい仕組みは私にはどうも分からない。どなたか、詳しい方がおられたら教えてください。『サイエンス・ゼロ』や『NHKスペシャル』などでは時々、このような番組をやっているので放映を期待したいと考えている。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月27日のブログは、「生長の家ブッククラブ (3)」です。
『創世記』の記述で、神様が六日間で天地を創造されて、七日目にお休みになられたというのは何故か?という問題の考察を続けておられます。ブラジルの方も答えておられます。
内容は、先生の御文章で確認してください。また、議論について行くには、『生命の実相』第11巻の万教帰一篇上を再読する必要がありそうです。また、聖書の中にある、二つの天地創造でありますが、先生は、上記の『生命の実相』において、”谷口雅春先生は、「互いに矛盾する天地創造の話が2つある」という“謎”を見事に解決している”とお示しになっておられます。
 第3頁の”第一章 「生長の家」より観たる『創世記』”です。島根の信徒の皆様、御確認を宜しくお願いします。

*今日は、午後に、某誌友会へ行かせていただいた。どういう訳か、「嫁姑」の問題が提起された。この課題をクリアーされると、すなはち嫁と姑の相互の感謝が完成すると女性は魂は飛躍的に向上するのではないだろうか。永遠の課題とも言われているが、永遠の幸福への門なのでもありましょう。

 中内 英生

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January.29.2009「国の栄枯盛衰」

Photo January.29.2009「国の栄枯盛衰」
今日の歌::帰宅して 家族の顔が 宝なり

 コロンブスの新大陸発見が世界を変えたのは事実である。しかし、彼が最後まで幸運であったかどうかは疑問のようだ。NHK番組(2008/09/08)『世界遺産』だったか、記憶は定かでないが、コロンブスの物語を放映していた。1492年、二ヶ月間の辛い航海の末、コロンブスは新大陸を発見する。辛い航海とは、船員は雇っているのでコロンブスの意に反して、元の港へ帰ろうとしたことだった。彼は黄金の国ジパングを目指したとも言われている。
 しかし、到着したのはジパングではなく、中南米だった。サントドミンゴというかつての植民都市もある。このあたりには銀山もあった。中南米で奪ったものをスペインは本国に持ち帰るというルートができていたらしい。地元の人々を殺戮し宝を奪った人は本国では英雄となった。そういう時代だった。しかし、後続のイギリスなどが海賊を雇ってスペイン船を襲わせていたらしい。現在はソマリアで海賊さんが出没しているので、各国の海軍が出動しているようだが、かつてはそんな状況だった。海賊が来たら、港の要塞で迎え撃つというモロ要塞(1200㍍の射程距離)のようなものもあった。ハバナの要塞などは、港に鉄の鎖を沈めて、海賊船が来たら鎖を持ち上げて動けなくするという方法も取られていた。そのようにして、中南米の冨はスペインが取得していたが、コロンブスは部下と奴隷に酷いことをしたという罪でスペイン政府から逮捕され、二度とこの地を踏むことはなかった。しかも、スペインは、「無敵艦隊」の敗北により世界の歴史から後退を余儀なくされた。現在の、アメリカの姿を見ていると、かつてのスペインのような構図になっている面もあるのではなかろうかと考えられる。愛と徳による世界への貢献こそ後退なき国のあるべき姿なのでありましょう。そして、谷口雅宣先生のお言葉を使わせていただきますと、『倫理的国家』となることでありましょう。

*ペットボトルのフタを集めて、売却し海外の子供たちにワクチンを贈る運動が広がりを見せているという。日経新聞(2009/1/28)に掲載されていた。「世界の子供にワクチンを」ということのようだ。先日、近くの渡橋のAUに行ったら、これを行っていた。キャップ400個が約拾円で一人分のワクチンにあたるという。記事によると、生徒会などでもやっているらしい。このような「物施」もあるのだと知ったことだった。これはエコでもある。善いことは沢山行いましょう。

*国から受精卵作成研究で指針案が示されたと、日経新聞(2009/1/27)に掲載されている。研究目的のために夫婦以外も受精卵を作成することが可能になるという。これは、不妊治療の技術向上などのために受精卵を作る研究だ。当然のことだが、「子供を持つ以外の目的で生命の芽生えである受精卵を作ることに、生命倫理の面からの懸念も多い」としている。これらに関しては、『神を演ずる前に』や『今こそ自然から学ぼう』の中に、”利己心”で行動してはならないと谷口雅宣先生によりご教示されている。これは小見出しだったが重大なる「指針」であろうと判断される。

*ips細胞の再生医療への応用では、細胞をガン化させない、新しい作成方法の開発が課題だったが、米ハーバード大学では遺伝子を使わずに、作成のための複数の化合物を発見したという。日経新聞(2009/1/25)で報道されている。ips細胞は受精卵を使用しないので生命倫理の問題をクリアーしていると考えられるが、ips細胞を利用して受精卵を作成した場合はどうなるのかという問題が残されているようだ。このような問題を身近に考えることができるのは、谷口雅宣先生のご指導のお陰である。もしご指導がなければ、恐らくまったく、この分野では私に限っては無知だったと思う。私たち島根の信徒は、谷口雅宣先生の視点で日々のニュースを考えたい。

*日経新聞(2009/1/25)には、1月24日のオバマ大統領のネット演説の要旨が掲載されている。これなども、谷口雅宣先生がブログでお書きになっておられるので、興味深く読むことができるのではないだろうか?
①米経済は供給力と比べ1兆ドルの供給力不足に陥る可能性があるという。
②四人家族で一世帯あたり、1万2千ドル超の収入減少につながるという。
③景気対策により、今後5年間で、300万~400万人の雇用を創出し、維持するとしている。
④風力、太陽光、バイオ燃料などを使った代替エネルギーの生産を三年で倍増するという
⑤述べ3千マイル(4千5百㌔)以上の送電網を新設する。
⑥エネルギー効率が悪い連邦政府ビルを改築して年間20億ドルのコストカットを行う。また、250万戸の住宅を改修し、一世帯当たり平均350ドルの光熱費を削減する。(これはエコ住宅なのだろうか)
⑦5年以内に、医療記録を完全電子化し、数十億ドルの医療コストを削減する。800万人以上の医療保険を守るとのことである。
⑧一万校の学校を近代化し、最先端設備の導入で500万人の生徒が恩恵を受けるとしている。
⑨90カ所の主要な港湾の安全面を強化する。
⑩緊急時に備えた警察の通信網整備をする。
⑪数百万人へのブロードバンド網を拡充する。
⑫数千マイルの道路を改修する。
⑬規模や範囲について疑問の声があることは分かっている。
⑭問題があるから資金を使うのではなく、未来に投資するのである。

 ④の自然エネルギー関係が極めて興味が持てる施策でありましょう。アメリカの動きは直接に日本に影響を与える。日本の自然エネルギー政策がアメリカの影響を受けて変わる可能性がある。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月26日のブログは、「生長の家ブッククラブ (2)」です。創世記のことについて神が第7日目に作業を終えられたのかどうかという点を考察しておられます。英語が10行ほどご引用されております。
 また、「七」について、仏教、キリスト教、ユダヤ教など「完成」を現す語として表現されると考察しておられます。最後の段落を島根の読者も考えてみられては如何でしょうか?。「神が休まれたのは何故か?」というご質問です。「神は今に至るも働き給う」という言葉もありますので、「休まれた」という語句の解釈の仕方の問題ということになるかもしれません。ご自分でも考えながら次の先生のお言葉を待ちましょう。

*今日は、木曜休日で久しぶりにゆっくりさせていただきました。明日から、誌友会行脚と受験勉強です。今日は長くなりました。すみません。

 中内 英生

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January.28.2009「日本人と温泉」

January.28.2009「日本人と温泉」Photo
今日の歌::ひとときの 憩いの湯気に ティーバッグ

  今日は、少し色々なテーマで書かせていただきます。悪しからず…。(実を云うと今日はネタ切れなのです。)
 島根県には温泉が多い。たまに行っているのは、塩冶の湯。300円で入れるのだが、回数券を購入しているので、さらに安くなる。300円は60歳になるとこの料金で入浴できる。午前中が空いているのでゆっくり入れる。その銭湯だが、東京では昔は建物は宮作りが多かったという。そして、風呂に入ると富士山の絵だ。しかも、湯桶は黄金色の風呂桶が多かった。これは某薬品会社の広告が入るのだが、日本人は禊ぎで身を清めることが好きなようである。お宮に参拝し、黄金の湯桶を持ち、日本一の富士山を眺めながら心身ともに清めるという世界である。このことは、町田忍さんという銭湯研究家がNHK番組で話していたことだ。日本人は水に流すという言葉を使うことがある。これは水が豊富な地域だからこそ使われる言葉なのだが、ともかく浄いことを何よりも好むようである。

 片岡鶴太郎さんが出ている番組で、エコ番組があった。廃材でリフォームするとか、牛を飼ってその糞でメタンガスと発生させ食事を作るなどの燃料にしているというのもあった。ともかく、工夫すれば何でもできるのだろう。母親に聞いた話だが、昔、木炭車というのがあったらしい。木炭を燃やしてエネルギーにして走っていたのだろうか。島根で知っている人がおられたら教えてください。

 先日から何度か、横尾忠則さんのトークを聴いているが、すごいアーチストのようです。何やら分からない面もあるがそれが素晴らしいのかも知れない。ちょうど、70歳になられたので隠居宣言をしたという。隠居して、小説に挑戦した。泉鏡花賞を受賞している。ビリヤードにもチャレンジしている。隠居してまずます精力的に活動をしているらしい。これが人間としての本当の姿なのであろう。表現するのに楽しくてたまらないといった感じである。彼は言う。①「肉体に素直であれ!」。70歳になるとやはり70歳の肉体なので無理をしないのだそうだ。②「少年の心を忘れるな」。彼から少年性を取り除くと横尾氏はなくなるのだという。自分の中の少年性、これは何事にも感動し、ビックリことではないだろうか。国木田独歩の「私はビックリしたいのです」という言葉を谷口雅春先生が引用されて、このような新鮮な心を失ってはならないとお説きになっておられたことを思い出す。さあ、皆様、今日もビックリしましょう。感動して喜びましょう。日時計主義を生き抜きましょう。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月25日のブログは、「生長の家ブッククラブ」です。
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のことが書かれていますが、これは昨日、「青年会運動方針案」の所にあったSNSと関係があるのでしょうか。
 SNSの中で、「Seicho-No-Ie Book Club」(生長の家ブッククラブ)が発足し、その中で『生命の實相』第1巻を使ったディスカッションが行われていることは、注目に値するとしておられます。これは、『生命の実相』輪読会のオンライン版だそうです。参入制限がされているようですが、様々な国から参加されており素晴らしいことです。使用言語は英語だそうです。この場合、英語は国際語として、またはより大勢の人々とのコミュニケーションの道具と考えた方がよいようです。内容は、『ヨハネ黙示録』や、『生命の実相』第一巻や「天地創造」などが議論されているそうです。島根の青年会の皆様、そのようなオンライン会議に参加してみたいとは思いませんか。神の子に不可能はないです。

*今日は、東京の会議から帰ってきた。空港に迎えの車が来てくれたので有難かった。この文章は、昨夜0:13にアップして、また手を加えている。毎日の文章作りが定着してきたのでうれしい。内容は大したことがないのでお恥ずかしい限りだが…。東京では前教化部長さんが色々とアドバイスしてくださったのでありがたかった。会議では、大体、理解できた。今年は、運動方針を頭の中に徹底的に入れる何か工夫をしてみたいと考えている。絵は、前もって描いておいたものをスキャナーで取り込んでおいたので、絵も同時にアップできた。島根信徒の皆様、今日も読んでいただき感謝いたします。

 中内 英生

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January.27.2009「鳥と恐竜」

January.27.2009「鳥と恐竜」
今日の歌::都風 江戸の昔に 帰らばや

 『地球ドラマチック』という番組がある。情報はそこからである。古生物学者の話Photo_2 によると、恐竜は6500万年前に偶然、小惑星が地球にぶつかり滅んだという。白亜紀には恐竜は生きていた。1億4000万年前から6500万年前であるので、6500万年前に絶滅したとされている。その頃は、35種類以上の恐竜の種が生きていた。氷河期は200万年前に始まっている。恐竜、それはは虫類のイメージである。しかし、典型的なは虫類ではない。哺乳類や鳥類にも近いとされている。それは高温動物の可能性があるという説もある。恐竜は寒さにも耐えていた。針葉樹が餌だ。もし、恐竜が生きていたならば、6500万年前と同じ姿だろうか。これが番組のテーマである。

 1億5000万年前にはワニがいた。何億年もかけて進化してきたが、現在も昔とほとんど姿は変わっていないという。化石の分析から分かるのだろう。
 その生命の進化の中で何が種の運命を変えたのであろうか。それは食物だという。食物が人類の運命を変えた。古植物学者の話によると、裸子植物だけの世界の地球に、被子植物が誕生した。それはさまざまな進化を遂げている。花は実をつける。花や実は色を付け、昆虫や動物などを引き寄せて、動物の行動を変え、植物の種を移動させた。それが突然に始まった新しい食物連鎖である。

 もし、恐竜が生きていたならば進化して人間と同じくらい頭が良くなっていただろうか。6500万年前に恐竜は変わろうとしていた。じゅう脚類という種の誕生である。二本足で立つ。そして脳も大きくなっていた。脳が大きいというのは知能が高いということだ。トロウドン科の恐竜である。恐竜は、まだまだ進化する予定だった。それを小惑星が阻止したのである。恐竜の足跡が化石になって残っているのがある。それは三本の足型だ。何が似ているのかというと、さきほとのジュウ脚類に似ている。それはすなはち、鳥こそ恐竜の子孫だと古生物学者はいっている。本当だろうか。恐竜の中には羽根が生えて跳んでいた種もいたことが確認されている。その羽根は、体温を保つために進化したのだったが、思わぬ副産物を得たのだった。それは飛ぶことである。そのような関係を類推することができるのだそうだ。どこまで本当でどこまで空想かは分からないが、分からないからこそ恐竜は魅力があるのではないだろうか。

 恐竜の時代、当時、人間の先祖、先祖といっても人間そのものではなく道具としての身体だが、それは小さな哺乳類だったという。哺乳類で同じような種は、当時は狐だったという。それらはすべて生命としては繋がっているようだ。一体の生命だからこそ、他の生命も自分の生命と同じ存在として尊ばなくてはならないということではないだろうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月24日のブログは、「オバマ政権と生命倫理」です。このことで先生がどのようなお言葉を書かれるのか、待っていました。それは気になる記事があったからです。それではまず、御文章の内容を確認いたしましょう。オバマ大統領の決定、すなはち、①人工妊娠中絶への制限措置の撤廃、②人のES細胞の利用規制の緩和、を残念に思うとしておられます。オバマ大統領は、人工妊娠中絶を支援する団体などへの資金援助の規制を撤回することと、ブッシュ政権下で禁止されていたES細胞研究に対する連邦政府の資金援助を開始するということを挙げておられます。生命倫理を掲げる私たちにとっては、何ともいいようのない残念なことです。
 最近、地方講師受験勉強会の準備で『神を演じる前に』や『今こそ自然から学ぼう』を拝読しているので、先生のお考えがよく理解できます。受精卵を壊して利用することは世代間倫理の問題から考えて間違っていると断じておられます。また、今回の決定は、素晴らしい演説の内容そのものに反する結果になる、しかしオバマ氏はそれに気がついていないとしておられます。

*今日は拡大最高首脳者会議だった。東京の風は、冬とは思えない温かさを感じた。出雲では寒いので厚着をしてきたが、どうも必要なかったようだ。

 中内 英生

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January.26.2009「実相を把握するには?」

January.26.2009「実相を把握するには?」
今日の歌::都路を 行けば並木に 落ち葉舞うPhoto

 現在、『生命の実相』第8巻(布表紙携帯版)を拝読しているが、これは「観行篇」である。その106頁4行目に重要なお言葉があります。

 そして存在の実相を完全に自己の心に把むには、一方に『生長の家』とか『生命の実相』のような真理の経典を読み、真理を正解して邪見を防ぎつつ、一方にその真理を信念にまで清めるために神想観を修し、その真理を愛行によって実践するほかはないのであります。『知』が『信』によって生命を吹き込まれ、更にそれを愛行によって実践するとき、真理が生動するものとなるのであります。その時、吾らの心は最早や真理の皮相のみを眺めないで完全に吾が本来の実相の真理と本当に一体になる、そして吾らは実相の周囲を最早どうどう廻りしないで、現実に実相と重り合う、この時に於いてこそ吾等は真理を完全に悟ったと言い得るのであります。

 現在、日時計日記を記載する運動が展開されている。平成21年度に於いてもさらに強力に展開されるようである。その中に、三正行という言葉がある。それは何でありましょうか。上記の御文章から類推してみますと、神想観と聖典読誦と愛他行であります。谷口雅宣先生のご著書は聖典とはお呼びしないのですが、私たちにとりましては当然、聖典類です。それらを日々拝読するのです。そして極めつけは、愛他行であり、実践行です。どこそこのレストランの料理がどんなに美味しいと教えてもらい、DVDで映像を観たとしましても、お腹は満足しません。食べに行って実際に食べたとき、初めて満腹となり満足するのです。そして、レストランに行って食べようと云う思いは消滅します。この三正行をお勧め頂いておりますので、島根の信徒の皆様は、どうぞ日々御実践下さい。神想観は、早朝の神想観は当然のことながら大切ですが、眠る前の十分間神想観は重要であると書かれております。

 このご本には、第五章「無限供給を受くる道」という御文章があります。不景気不景気と言っている時間があれば、この本を拝読して不景気から脱出すべきでありましょう。「職業を求める人に」という項目もあります。フリーターの人々にも読んでいただきたい御文章です。私の知人ですが、儲けようと思っている時はなかなか仕事が入ってこなかった。しかし、人のため、人のためと考えて儲けることを考えなくなったとき、自然に注文が殺到するようになったと言っていました。「儲けようと思っているときは、ダメなんですね」と私に述懐されました。素晴らしい御心境だなとつくづく感心したことでした。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月22日のブログは、「中国のネット規制」です。
インターネット人口は、中国が第一位だそうです。しかし、ネット規制がオバマ演説を一部削除したことで分かったそうです。ヘラルドトリビューン紙からです。この新聞は、出雲には来ていないですが、遅れてよいのなら読めるようです。ホームページでも一部読めます。
 アメリカが勝利したのは、ファシズムや共産主義とオバマ演説は言っているのに、新華社通信のウェッブサイトでは、「共産主義」が削除されているそうです。また、イスラーム世界のことをオバマ演説は言っていますが、中国政府は批判される側になるようなので、かなり削除されているとのことです。どのくらいかはどうぞブログで御確認下さい。先生の深い洞察力を垣間見ることができます。国際関係を日常的に分かりやすく分析してご指導下さることに感謝し、私たちは日々、さらに深く学ばせていただこうではありませんか。

*今日は、明日の会議のために上京している。どこにいても、ブログを書くことができるとは本当に有難いことです。感謝です。

 中内 英生

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January.25.2009「アメリカの行方?」

Photo January.25.2009「アメリカの行方?」
今日の歌::吹雪くほど 夜は暖かき 炬燵かな

 毎日、谷口雅宣先生のブログを拝読している島根の愛読者は、先生と同じようなお気持ちになっておられるのではないだろうか。先生とご一緒に世界平和の動向を考えさせていただくことができるとは実に有難いことである。インターネットに使用している私たち島根信徒は日々のルーティーンとしてまず、先生のブログの御文章の理解を深めたい。

 サンケイ新聞(2009/1/22)第一面には、オバマ演説が英語入りで五項目エッセンスが掲載されていた。
①米国の再生
今日から、吾々は起き上がり、ホコリを払い、米国再生の仕事を再び始めなければならない。
Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remarking America.
②機能する政府
われわれが今日問うべきなのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、政府が機能するか否かだ。
The question we ask today is not whether our goverment is too big or too small, but whether it works.
③平和の指導者
米国は、平和の新時代を先導する役割を果たさなければならない。
America must play role in ushering in a new era of peace.
④世界と共に変革
世界は変わり、私たちもともに変わらなければならない。
For the world has changed, and we must chage with it.
⑤新たな責任の時代
われわれが現在求められているのは、新たな責任の時代である。
What is required of us now is a new era of responsibirity.
 この内容からは、テロと環境問題については触れていない。これは一つの時代が終わったことを意味するのだろうか?

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2009年1月21日のブログは、「オバマ演説を聴く」です。ヤフーの動画サイトでご覧になられたそうです。演説の中で、「テロとの戦争」という言葉が一度も使われていなかったことを先生は歓迎しておられます。用語の使用法が大切であるとしておられます。テロとの戦いという用語を使用したブッシュ政権は逆にテロリストを増やしてしまったとのことであります。個別の国家やグループに対しては戦い続けなければならないということをオバマ演説は明言しているようです。アフガニスタンの増派の問題もあるのではないかと思います。しかし、「テロリスト」と「イスラーム」を違った意味で使用しているとのご指摘があります。また、オバマ新政権は、二項対立的な軍事力重視のものから、交渉重視のより柔軟な外交が模索されると推測しておられます。

*今日は、午前は幹事会、午後5時から9時まで、臨時受験学習会が開催された。段々と皆様は受験モードにスイッチオンとなっておられるようです。

 中内 英生

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January.24.2009「オバマ語録」

Photo January.24.2009「オバマ語録」
今日の歌::学びつつ 師の御心を 確認す ぶれないための 今日の微調整

 サンケイ新聞(2008/1/21)には、「オバマ語録」なるものが掲載されていた。アメリカは多難な時代といわれているが、新しい考え方と新しい方法で実行する人間が成功する。
注目すべきは、テロと環境問題への考え方と対応であろう。いくつかあるコメントを少し挙げてみる。コメントに対する意見はサンケイには書かれていなかった。
①リベラルのアメリカと保守のアメリカがあるのではない。あるのはアメリカ合衆州国だ。②米国に変革の時が来た。われわれは希望の道へ歩み出そうとしている。
③イエス・ウィー・キャン。われわれは、やればできる。
④この選挙は黒人対白人の戦いではない。過去対未来の戦いだ。
⑤友人だけでなく、敵とも話をする必要がある。わたしは前提条件を付けずに指導者と会う。
⑥労働者が生活苦から銃や宗教にすがろうとしている。(これは失言らしい)
⑦人種や民族、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒を隔てる壁を倒さなければならない。(この考え方は国際平和信仰運動との接点を見出すことができるだろうか)
⑧金融危機は偶然起きたのではない。ブッシュ政権の失政への審判だ。
⑨非核化を実行しなければ重大な結果を招くと北朝鮮が理解している限り、決定は適切だ。
⑩勝利はあなた方のものだ。人民の、人民による、人民のための政治は滅びていなかった。⑪自動車産業は米製造業の背骨だ。
⑫政権内に強い個性があることが最善の意思決定につながる。意見の違いはむしろ歓迎だ。⑬挫折や失望もあるかもしれない。一緒に米国変革の努力に加わってほしい。
⑭等々である。

 積極的かつ希望を持たせようとする気持が読みとられるのではなかろうか。ここでは環境問題は語られていない。しかし、今後打ち出されるテロと環境問題への施策に注目したい。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月20日のブログは、「英外相が“テロとの戦争”を批判」です。英のミリバンド外相が、この用語の間違いを指摘しているとのことであります。ミリバンド外相は用語の間違いについて三つ挙げております。御確認下さい。しかも、谷口雅宣先生も同様なご指摘をしておられたことをお書きになっておられます。「テロに対する戦争」という用語は、逆に多くのイスラームの人々を団結させ「窮鼠」の心境に追いやることになり、暴力拡大の道となるとしておられます。しかし、島根の皆様はここまでは読み込んでおられましたが?。イギリスは、外相が交代しイギリスの「テロに対する」考え方自体が変わってきた。次はアメリカの新大統領、オバマ氏の「テロ観」がどうであるかが重要になってくるとしておられます。

*昨日は、午前・午後と臨時昇格勉強会だった。参加者は二名だが、その背後には五百人から一千人の人々がいる筈である。そう思うと、話に力が入る。感謝である。

 中内 英生

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January.23.2009「報恩感謝の聖使命拡大」

Photo_2 January.23.2009「報恩感謝の聖使命拡大」
今日の歌::ぶり返す 冬風強く 前屈み

 今日は、2月の『大和島根』の原稿を一足早く掲載をさせていただきます。お読みいただければ幸いです。

  谷口清超先生へ報恩感謝の気持で、聖使命会員を増やしましょう。

 神の子の皆様、有り難うございます。平成20年10月28日に、総裁谷口清超先生は御昇天されました。谷口清超先生は、浜田市で生長の家の御教えに触れられ、松江市におられる時に、生長の家の運動に生涯を御挺身することを決意されまして、御上京されました。講習会にお出でいただいた時には、必ず島根県で生長の家に触れられたことをお話くださっておられたとお聞き致しております。

 従いまして、島根教区の教勢が発展いたしますと、谷口清超先生が霊界にてお喜びになられるのではないかと考える次第であります。島根県は、聖使命会員数が人口比で永く日本一を継続していた教区であります。それだけ、真心の信徒さんが多数存在しておられるということです。谷口清超先生への報恩感謝のお気持ちで、どうか多くの方々に聖使命会のご入会をお勧めいただきまして、島根教区の教勢発展にご貢献くださいますようにお願い申しあげます。

 生長の家聖使命会とは、生長の家の運動の資金を、会員の献金によって賄うのが「生長の家聖使命会」の制度です。その資金は地元の人類光明化運動や海外で真理をお伝えして、世界平和を招来する国際平和信仰運動の活動資金として活用されております。「聖使命会」に入会されると、病気が治ったり、事業が繁栄したり、子供が優良になったり、家庭が明るくなるなど、幸福に満ちあふれた新しい生活が開けてきます。
  御献資という清らかな愛の行いをいたしますと、すべての人々が幸福にならないはずはないのです。なぜなら「与える者は与えられる」という動反動の法則によって、あなたの愛の行いがあなたに返ってくるからです。
  しかし、「御利益を得るために献金する」というのは、本当の愛の行いではありません。生長の家では、聖使命会員の方々を「聖使命菩薩」と呼び讃えています。聖使命菩薩とは、「自分が救われるより先に、他の人々を救ってあげたい」という愛他に励む尊い生き方を実践する方々のことであります。
 聖使命会に入会されると、自筆の「誠魂録」が総本山の龍宮住吉本宮内に永久に奉安されて、祭祀されます。聖使命会に入っているだけでなんとなく喜びに満たされ、神様の御守護を感じることができるのは、このように毎日、祝福の愛念を受けているからではなかろうかと考えられます。
 さらに、什一会員が十年間以上、継続して納入され、御昇天されましたときには、お申し込みになれば、宇治別格本山にて『永代供養』の特典が与えられます。誠に有難いことでございます。

 「聖使命菩薩讃げ」には、「…それ挺身、致心、献資の功徳は最上、最尊、甚深、微妙不可思議なり、…」と説かれております。結果的には徳を積ませていただくことにはなりますが、どうか、谷口清超先生への報恩感謝の思いで、聖使命会員を増やして教勢を発展させ、ご恩返しをさせて頂こうではありませんか。

 中内 英生

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January.22.2009「イエス、ウイ、キャン!」

Photo_3 January.22.2009「イエス、ウイ、キャン!」
今日の歌::灯火の 消えたる如く 見ゆる時も 消えざる炎 内に秘めたり

 サンケイ新聞(2009/1/21)は、オバマ新大統領の就任について報道している。変革を掲げて第44代米大統領の座を掴んだバラク・オバマ氏は現在、47歳である。「黒人も白人もヒスパニック系もアジア系のアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国だ」、との信念である。「地球に国境はない」とお説き下さる谷口雅宣先生のお顔が浮かんでくる。黒人初の大統領として「国民の結束」を呼び掛けているとしている。今、世界の歴史が変わろうとしている。吾々も変わらなくてはならないだろう。

 オバマ氏は1961年、8月4日、米ハワイ州ホノルル生まれだ。父親はハワイ大学に留学していたケニア人である。母親はカンザス州生まれの白人。あどけない笑顔でバットを振る幼少時のオバマ氏の姿が写っている。転機は2歳で訪れた。父親がハーバード大学で学ぶため、家族を残してハワイを離れ、その後はケニアに帰国したという。父親とオバマ氏が再開したのは、それから8年後のたった一度きりだった。

 再婚した母親とインドネシアに移住したのは6歳の時だ。その後、親元を離れて高校卒業まで祖父母とハワイで暮らした。83年にコロンビア大学を卒業し、91年にハーバード大法科大学院を修了したエリートだが、10代では「黒い肌」に悩み、マリファナに手を出したこともあったという。コロンビア大学といえば、谷口雅宣先生が学ばれた大学ではなかったろうか。

 イリノイ州シカゴに本拠を置いたオバマ氏は、地域活動に奉仕した。シカゴ大法科大学院で教壇にも立ち、92年には同じく法曹資格を持つミシェル夫人と結婚したという。
 人権弁護士として草の根活動に携わり、96年に同州上院議員、2004年に連邦上院議員に当選したとしている。
 そして08年8月、圧倒的な知名度と資金力を誇るヒラリー・クリントン氏を、自ら培った草の根選挙で破って民主党大統領候補となり、同年11月に大統領選に勝利し、新たな歴史に幕を開けたとしている。

 草の根運動は、生長の家的にいうと誌友会でありましょう。再び、誌友会が盛んになることが、知名度や資金力を超えることを意味しているのではないでしょうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月19日のブログは、「古い記録 (8)」です。学生時代の写真撮影や、学生生活などのご記憶をお書きになっておられます。大学生時代を過ごされた記憶のある読者にとっては、ご自分の記憶とダブり、懐かしい思いになられるのではないでしょうか。

 中内 英生

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January.21.2009「短歌の勧め」

Photo_4 January.21.2009「短歌の勧め」
今日の歌::空あおぎ 寒いはずだが 雪降らず 雨の降りたる 暖冬の里

 現在、島根教区では神性表現の一つである「写メール俳句」を楽しんでいただいている信徒さんが静かに増えているが、短歌は俳句よりも歴史が古く、どちらかというと短歌、和歌、大和歌の方が本流の感がある。日経新聞(2008/1/16)には、「皇居の自然を両陛下が詠む」として、歌会始のことが書かれていた。新春恒例の「歌会始の儀」が15日午前、皇居・宮殿の「松の間」で開かれたという。今年のお題は「生」である。天皇、皇后両陛下、皇太子さまら皇族方の歌のほか、中学2年生らの一般公募21880首から選ばれた入選者10人、選者らの歌が古式ゆかしい節回しで詠み上げられたという。この節回しを聞いていると、私の場合は、眠くなるようだ。これがいにしえの詠み方なのだろう。前の任地で小学生練成会でみんなで応募したことがあった。「もしも、もしも」という気持が発表まで続き楽しいものである。

 天皇陛下は赤坂御所から現在のお住まいに移られて以来、皇居で様々な生物が影響しあいながら生きている様子を見てきた15年間の感慨を詠まれたそうだ。皇后さまは早春の御所庭で、蚊柱をなして舞っているユスリカの群を題材に、イノチあるものの愛おしさなどを御表現されたとしている。

天皇陛下
 生きものの 織りなして生くる様(さま) 見つつ皇居に 住みて十五年経(へ)ぬ
皇后陛下
 生命(いのち)ある もののかなしさ 早春の 光のなかに 揺すり蚊の舞う
皇太子殿下
 水もなき アラビアの砂漠に 生え出でし 草花の生命(いのち) たくましきかな
皇太子妃殿下
 制服の あかきネクタイ 胸にとめ 一年生に 吾子はなりたり 

その他、御皇族の方々が様々に詠んでおられる。また、入選歌がいつもすごく善いのです。
①ほのぐらき倉庫の隅に生きつづく古々米二百俵の穀温はかる…中村正行さん
②「麦の種(たね)蒔き終えたり」と日記書く今日を生きたる今日の一行…亀岡純一
③梅雨晴れて校舎の窓の開くが見ゆ一年生は椅子に慣れしや…木村克子さん
④角膜は賜はりしもの今日よりはふたつの生を生きむと思う…阿久津照子さん
⑤エタノール生産工場中にして甘藷畑の四方(よも)に延びゆく…ブラジルの筒井さん
⑥竹筒にろふそく灯り大地震(おほない)の生者と死者は共に集へり…水口伸生
⑦大空に春の余白を生みながら雲のひとつとなる飛行船…菅野耕平
⑧生命(いのち)とはあたたかきもの採血のガラスはかすかにくもりを帯びぬ…出口由美
⑨夕凪のなか走り出す僕が生む向かひ風受けまた加速する…丸山翔平
⑩熱線の人がたの影くつきりと生きてる僕の影だけ動く…北川光

 なかなか素晴らしい和歌が詠まれている。来年のお題は「光」です。島根の信徒の皆様もチャレンジしてみては如何でしょうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
2009年1月18日のブログは、「聞こえない“名演奏”」です。ある実験のことが書かれています。それは、実験日の朝、7時51分から43分間にわたって首都ワシントンの地下鉄の駅「ランファン・プラザ」で行われた。ラッシュアワーの時、分からない服装でバイオリンの名演奏をおこなったが、どれくらいの寄付が投げ込まれるかという実験である。
演奏家は人気バイオリニスト、ジョシュア・ベル氏で楽器は、3億5千万円の有名なものだ。
 先生は、雑踏は好きでなくても、モーニング・サービスやノートパソコン以外にも、駅頭で周囲に注目すべきだったのだろうか?とお書きになっておられます。「雑踏」それはさまざまな人々の人生があるのでしょう。私は?「嫌いではない」という程度であります。理由は、自然も大好きですが、「人も大好き」だからです。何しろ練成道場育ちですから。そこは人間が好きにならないと生きていけない世界だからです。最後に、石川啄木の短歌をぞうぞ!『ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく』。

 中内 英生

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January.20.2009「写メール俳句の素晴らしさ」

Photo_5 January.20.2009「写メール俳句の素晴らしさ」
今日の歌::夜も更けて 子供の寝息 聞こえくる

 島根の信徒の皆様は今日の写メール俳句をご覧になられただろうか。ともかく写真が美しい。みんなとその感動を共有することができる。この感動をぜひ全国の信徒さんと共有したい願いがある。そして、俳句が、全員大変上手になっておられる。これまた、全身に感動が伝わってくる。しかもそれぞれの人格の雰囲気が違うようだ。それがまたいい。コメントがあるので状況がよく分かる。短歌だと、コメントにあたる所が歌になる。俳句の場合は最小限に言葉を切り除いているので、コメントで内容が理解できる。そして、写真が大いなる「言葉」である。毎日毎日、かなりの俳人の「神性」に触れることができる。このコーナーは、良き島根人の魂のコーナーであろう。しかし、私たちの神性表現は、表現の上手さやプロ並みのものを求めているのではない。真象を見て感動し、その輪を広げる人類光明化に力点をおくのだから、誰でもすぐにでも始められるのだ。一つ一つに大いに感動することが何よりも大切である。それが神の愛の実践であろう。聖書には次のようにかかれているという。”神、創りたるすべてのものを見給いて言い給う。『はなはだ善し』と。これが今日一日、神の子のなすべき御業でありましょう。

「島根神性表現ネットワーク」という項目を最上段の右端に作っている。現在は、まだ桜森人さんだけだが、次第にリンクできるHPが増えるであろう。なにせ、一人の職員さんが多忙な業務の傍ら、一所懸命にアップして下さっているから頭が下がる。カメラ機能付き携帯電話をお持ちの方は、「一日一写メ俳作り」をされては如何でしょうか。それは、他を喜ばす一つの愛他行の一種ではないかと思う。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月17日のブログは、「父と息子 (2)」です。『理想世界』誌の昭和45(1970)年8月号に載った「窓」の冒頭の一文をご紹介しておられます。谷口清超先生の谷口雅宣先生への教育に関する思いを書いておられる御文章です。谷口雅宣先生に対して「型にはめて育てたくない、新しい体験を通して能力を磨き出したいとお思いになられた」とのことであります。また、ブラジルの青年大会で一万名の前で、御講話をされたことが書かれております。

  私の父親は、高知師範学校を卒業して中学校の教師をしていた。聖典類は父親が沢山購入していたので、私は中学3年生から読むことができた。高校2年生から3年生の頃、わが家は薪で風呂を沸かしていたが。夜に入浴していると、父親が外で薪をくべてくれた。少し温かい湯が下方から上に昇ってくる。私は父親と会話をしていた。何についてかは記憶していない。一つだけ忘れられない言葉がある。『お前は、生長の家については(信仰が)出来上がっている』と。この父親のコトバを聞いて、風呂に入っていた私は黙ってしまった。父親は私をそのような目で見ていたのだ。そう思うと、父親の気持ちに答えたいという思いが沸々と湧いてくるのだった。父親の言葉は息子にとっては実に大きいと改めて思う次第である。谷口雅宣先生の御文章を拝読して、次第に私も父親の思い出がよみがえってくるのを覚える。人は、父親の信頼の心に気づいたとき、己の公的責任の重さに目覚め、その真価を発揮するに至るのではないだろうか。

*今日は、午前中は久多美の誌友会へ行かせていただいた。かなりの人数だと思っていると誌友会の後で新年会をおこなうとのことだった。相愛会長さんがアコーデオンで、聖歌の伴奏をしておられた。午後はすぐに松江道場の先祖供養祭へ行った。1月だけあって45人も来ておられたそうだ。松江は喜びが増幅しつつある。今年も皆様が最高に幸福であられることをお祈りいたします。夜は、青年会の会議に同席させていただいた。熱心な話し合いがなされていた。出席できない人もおられたので、できれば、skypeでインターネット会議ができるようになれば、と考えた。会議に来れない場合は、そういう方法もとれるようだ。夕方、近くのデオデオで、ソニーのPタイプの小型パソコンを見に行った。かなり小さくて、ハードな仕事には使い勝手はどうかなと考えた。持ち歩くのなら便利といったところであろうか。パソコンに詳しい職員のT氏に意見を聞いてみた。小さくなるとその分だけ機能が制限される可能性があることと、コマーシャルにあるように腰のポケットにいれたまま、忘れて座ったとき、悲しいことになる可能性もあるなどと意見を言ってくれた。ポケットに入れる人は稀だとは思うが…。しかし、このパソコンは人気が沸騰している如く、魅力的な新商品ではあるようだ。私のデルのパソコンは、作動が遅いので、メモリを1ギガにしたところである。

 中内 英生

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January.19.2009「acidman」

Photo January.19.2009「acidman」
今日の歌::よく生きた 一日終えて 振り返る

 ロックバンドでアシッドマンというグループがいるらしい。この私の年齢で、ロックとは!とお思いになるかもしれないが、私自身、まったく今までこのような世界に興味がなかったので新鮮な気もする。精神的発育が他人よりも遅れているのだろうか?何しろ、中学3年生から谷口雅春先生のご著書を読みふけっていたのでロックは知らなかった。社会勉強の一環として、NHKBS番組『みんなロックで大人になった』を鑑賞してみた。昨日観たのは「オルタナチブロック」だった。なかなか馴染まないが努力して観た。それもその筈、苦しみや怒りの感情を音楽で表現するという方法だから、日時計主義という訳ではない。喜びと感謝を爆発させ、それを音楽に表現するという「神性表現」ロックは出現しないのであろうか。恐らく、私が知らないだけですでに演奏されているのではあると思うが…。そういうジャンルがあると素晴らしい。

 また、アシッドマンの大木信夫さんという方がNHK番組「トップランナー」(2008/6/27)に出ていた。しかし、話の内容が少しうなずけた。「客のためだけに音楽を作っていると、ものにならない」と。昨日の宮崎駿さんの考えとは少し違うかも知れない。歌詞もなかなか神秘的だ。

まわる、めぐる、その核へ
生まれ変わりの中へ
はるかなる者のせて
因果の船へ帰る

彼の思いは不思議な詩で現されている。また、太陽の光について非常に興味があったという。ホームページを調べてみたが、光を歌った歌詞があった。太陽の光が木や草の葉に注がれ、それが食物連鎖で最終的に人間が生かされている。このことが子供の時から不思議でならなかったという。すごい感覚の人ではある。

 地球に太陽の光が降り注ぎ、美しい地球を形成している。その地球を月から見るという「アースウォッチャー」(2008/12/27)というNHK番組があった。色んな人にその映像を見てもらいそれを表現するという手法だ。この日は、有名なバレリーナ吉田都さんが登場していた。彼女は、「厳かな気持や孤独な気持」を感じたようだ。漆黒の闇に浮かぶ地球は、不思議な感じではないだろうか。私も先日、この光景を絵に描いてみた。吉田都さんは、それをシェイクスピアの名作「ロミオとジュリエット」のバレーで表現された。「パ・ズ・ズウー」。愛があれば孤独は癒される、という言葉があった。しかし、結末はそうではなかった。ジュリエットは薬で死んだようになっていた。それを見たロミオは一人では生きていけないと思い、剣で自分を突いてしまう。ジュリエットが気がつき、側に横たわるロミオを見て失望し、後を追うというストーリーだ。しかし、何と悲しい粗筋をシェークルピアは考えたのだろうか。この時、ロミオはどうして、神に祈り、『甘露の法雨』を読まなかったのであろうか等と、マニアックな考えがもたげてくる。神癒祈願が有効なのに何故申し込まなかったのだろうか、などとも考える。考えてみると、その時代にはまだ生長の家は出現していなかったのではないか。もし、出現していたら、ロミオとジュリエットに何をしてあげることができたであろうか?出雲練成会にお誘いしようか等という考えを持つと色々な方法論が思いつく。これもまた楽しいことではなかろうか。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月16日のブログは、「上を向いて歩こう (3)」です。原宿やフランスの変化についてお書きになっておられます。フランスは精神向上に心がむき始めたそうであります。虚飾や過剰な消費を反省する動きが世界中に起こっているので、その流れを生かした自然共存、精神向上の産業が育っていくことを、谷口雅宣先生は心から願っておられます。
谷口雅宣先生のブログは、左の一番下の「リンク」からご入場下さい。
 
*今日は、午前中は江津の誌友会で、午後は江津の先祖供養祭だった。夜は5時から9時まで昇格受験勉強があった。今日は5人全員が集まった。受験も大切だが、このように熱心に教義を学び、研鑚する過程がなんとも尊くもあり素晴らしいものであると思う。
*「写メ俳ワールド」のメール・アドレスは、「bch05742@nifty.com 」です。最近、見知らぬ方々が盛んにご投稿しておられます。感動を共有できます。感謝です。

 中内 英生

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January.18.2009「ポニョ」

Photo January.18.2009「ポニョ」
今日の歌::一日の 疲れを癒す ブログ書き  

 崖の上のポニョを鑑賞した方はおられますか。私はなかなか機会が訪れて参りません。先日の『プロフェッショナル』で宮崎駿さんが出ていた。巨匠と呼ぶべきだろう。心に響く言葉を聞いたのでご紹介したい。
 主人公は5歳の宗介君、半魚人のポニョが宗介を好きになる設定だ。さて、宮崎さんは半径3メートルで仕事をするという。身の回りに道具を置いておくのだそうだ。アトリエもとてもステキな所だ。

 子供達のことを語っていた。子供は「可能性の塊」である。子供はその瞬間にしないといけないことがある。そうでないと、可能性が失われてしまう。「子供の未来は、つまらない大人になること」と言っていた。そうならないためには、もっと自在な心を持つ必要があるという。

 成功の秘訣は、つまらない仕事を観てもらうことだという。その時点での自分のアイデアのすべてをつぎ込んだ作品を作り観てもらう。何度でもスタートは切れる。アニメは、自分を納得させるための仕事をしてはいけない。人を楽しむために作らないといけない。なるほどである。大体、自分が満足すればよいというのが普通だ。しかし、それではいけないという。私たちのしていることと相通ずるところがあるのではなかだろうか。

 彼は映画の奴隷になるためにあるという。この言葉はすごい言葉だ。好きなことをやるのではない。映画に自分の持てるすべてを捧げるのだという。

  アトリエに来た少年を駅まで送り、その時自動車の天窓を開けて喜ばせてあげようと思った瞬間、雨が降ってきた。濡れては嫌だと思い、開けるのを止めて走った。駅に着いたのだが、宮崎さんは悔やんだ。走りながら天窓を開ける経験をその子供はその時点で生涯、経験することはできない。自分ができなくさせたのだと。そういう意味では、チャンスはその時だけだ。「自在の心」を持たなければならないのだ、と。今日の宮崎駿さんの話はこれでけである。

 先日、珊瑚の話を書いたが、付け足しでもうひとつグレートバリアリーフの話をする。珊瑚はポリープと呼ばれるものの群生である。海中の二酸化炭素を取り入れて、身体の中で石灰に変えていく。硬くなったその石灰を土台にして大きくなるのである。珊瑚の二酸化炭素吸収能力は、熱帯雨林より上といわれている。海中の二酸化炭素の処理能力というのがあるようだ。オーストラリアのグレートバリアリーフは1800万年の年月をかけて、日本の本州と同じ広さの珊瑚礁を作り上げている。そして地球の温暖化を防いでいるのだ。食物連鎖によって、この珊瑚をブダイが食べる。珊瑚の中の藻を食べるのである。食べられた珊瑚は石灰なのでこれが糞となって海中に落とされる。その石灰糞?が集まって真っ白い島まで作っているところがあるようだ。大自然の不思議である。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月15日のブログは、「休日のモーニングサービス」です。自動車運転免許証の更新にいかれたそうです。私が東京にいたときは、住んでいるところは調布市だったので、小金井試験場が更新の場所でした。それから、ICチップのこともお書きになっておられます。私も1月8日に更新しましたが、これは新しい方式のようです。これには暗証番号が必要なのです。
 それから、喫茶店でモーニングサービスを召し上がられたことが書かれています。
小型ノートパソコンのことも書かれております。私も東京に行ったときには、新宿のヨドバシカメラに立ち寄って、パソコンを見ます。買うわけではないですが、これがストレス解消となるのでした。ここに立ち寄るのは、19歳の時からの恒例行事です。ソニーのVAIO「タイプP」はどんな商品でしょうか。私は現在、DELLのINSPIRON700mを使用していますが、鞄の他にこのパソコンバッグを持参して、自宅と職場、そして出張先に持って行っています。それが最近は重く感じ始めました。それでミニノートのようなものを物色中です。近くのデオデオに時々立ち寄っています。谷口雅宣先生のブログを信徒さんに拝読していただくためにと思い、自分でもブログを立ち上げ、毎日文章をタイプするのが普通になりました。先生のお陰で能力アップすることができました。感謝であります。レノボという製品はどうもデオデオにはないようです。いずれにしろ、パソコンは使用頻度が何よりも大切でありましょう。

*今日で、「お父さんお母さんのための練成会」が終わった。24名の壮年層の方々がお出でになった。うれしい限りである。反省会が五時でおわり、夜は、五時過ぎから九時まで、昇格受験の学習会だった。ともかく、全員合格を目指して努力するのみである。受験者の勉強というよりも、私の受験指導能力アップのための勉強だと考えている。

 中内 英生

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January.17.2009「ボリショイ・バレエ・ソリスト」

Photo_2 January.17.2009「ボリショイ・バレエ・ソリスト」
今日の歌::壮年の 元気勢い 堂に満つ

 岩田守弘さんという38才のダンサーがいることを知った。NHK番組『プロフェッショナル』(2008/12/09)での放映だった。「魂のダンサー、悔しさを情熱に」と副題がある。ボリショイ・バレーに来て早や13年の歳月が流れている。現在は38才であり、バレーダンサーとしては肉体的には限界であるという。背の高さは166㎝で小柄だ。他のダンサーと比べると明らかに不利。一番上位はプリンシパル、二番目がソリストで、彼は第一ソリストの立場にある。身体が小柄であることを逆に、有利にするという考えだ。”弱みは最大の強みになる”

 両親から与えられた身体を充分に生かし、高く精確に跳ぶ。これは小柄でもできることだという。彼は常に自分に言い聞かせる言葉を持っている。
”のぼせ上がるな!”
奥さんは、オルガさんという美人のロシア人のようです。お二人の娘さんがいる。
”舞台には自分のすべてが出る”
バレエは若いうちだけの芸術である。肉体的な衰えは禁物だ。しかし、どんな時にも、立ち止まることは許されない。常に、レッスン、レッスン、レッスンである。自分をどのように調整するかである。ボリショイの劇場、観客は常に難しい所だという。まるで生き物のようだ。

 彼はボリショイ・バレーでは外国人初のソリストである。だから彼は、演技中に常に祈るように考えるらしい。『神様!助けて』と。
 彼は、父親の影響で9歳でバレーを始めた。17歳で全日本バレー・コンクールで優勝を果たしている。そして、遂にボリショイ・バレーへチャレンジするのだった。彼は、レッスンにレッスンを重ねた。他人の三倍の練習をした。しかし、ボリショイ・バレーは踊る役を彼に与えてくれなかった。ある時、たまりかねて何か役をくれるように申し込んだ。すると、『バレエ学校の生徒にやらせるような役ならある』と。それは、猿の着ぐるみを着て踊る屈辱的な役だった。妻は、「断れ」と言ったが、彼は受けることにした。それが評価されたのだった。そこから、岩田さんの運命が廻ってきた。彼は言う。親、家族、妻が支えてくれたからここまでこれた、と。

 父親は言った。背が低いのなら、「道化」で良いではないか。彼は思った。『そうだ。世界一の道化になろう』と。
 ホストの茂木健一郎さんが質問した。
『芸術家の本能として、あえて苦しさを求めることはないですか?』と。
岩田さんは答えた。
『あります。苦しければ苦しいほど良い。その方が磨かれる。調子の良いときは、結果が出るが成長していない。結果が出なくて苦しいとき、技術的にも精神的にも成長している」と。
おお、これは現在の日本経済の姿のようではないか。言えてると思う。この魂と技術の内部的成長が必ず将来のあらゆる面での上昇を促すと思う。

 彼は、現在新しい役に挑戦していた。村の娘と恋をするアコーデオン奏者の役だ。彼はなかなか役作りがうまくできない。そんな時、彼は一旦、踊ることから離れるという。離れて役のことを考える。その役の歴史的背景のことを考える。この役は、共産主義革命の粛正の嵐のまっただ中での、『人間讃歌』であることを悟った。そしてその役になりきることに懸命になるのだった。

 プロフェッショナルとは、『冷たい目で見られても、舞台がどんなでも、穴が空いていようが、寒かろうが、どんな時でも、どんな場所でも、周りがどんなでも、自分のできることをしっかりできる人だ」と言い切った。それは彼の生き方そのものだろう。
 屈辱的であっても喜んで猿の役を受けたことと、どんな時にも他人の三倍の練習量をこなすことなど、伸びるための最低限の必要条件でありましょう。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月14日のブログは、「父と息子」です。谷口清超先生との心の絆が述べられております。父子相伝の世界でありましょう。
 また、谷口清超先生のご著書『キリスト』のはしがきのことをお書きになっておられます。そして、谷口雅春先生との共著『世界光明思想全集』のことが書かれておられます。この本は小冊子で40巻ありますが、全部ではないですが若い頃に古本屋で入手しています。この本が完結した年に、谷口雅宣先生がご誕生されたそうです。海外伝道旅行にご同伴されたことは、お父上である谷口清超先生が「広い視点」を雅宣先生に持たせたいとの御心であられたことを回想しておられます。深い心の絆を感じさせる御文章であります。この御文章は必読であります。

 父親の心を知ったとき、その人は父親の心を生きることになります。私たち島根の信徒は、谷口清超先生の全ご著書の拝読をめざそうではありませんか。そして、谷口雅宣先生に心を一つにして進んで参りましょう。私の父親は、私が生まれる前に子供が生まれるようにと、栃木県の日光東照宮の近くにある滝尾神社に参拝し、子種石を二ついただいてきておりました。そうすると結婚15年目にして兄と私と二人授かったというのでした。仏壇に二つあり、母親にそのことを聞きました。私は滝尾神社への小さな山道を登りながら、父親が祈りを深めながらこの道を歩いて行ったのだなあ、と思いました。私は父親の心を知り、父の愛を知りました。それからの私は一所懸命に人のためにという思いで光明化運動に邁進させていただきました。父親の心を知ることの意義は実に大きいのではないでしょうか。

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 中内 英生

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January.16.2009「深層の心」

Photo January.16.2009「深層の心」
今日の歌::壮年の 心に響く 練成会

 下條信輔著の『サブリミナル・マインド』をようやく読み終えた。これは谷口雅宣先生がご推薦しておられた本である。自分で決めたと思っても、それを決めさせる何かが自分の中にあるということは、無意識の世界である。内的環境を整えるために絶えず、浄化する必要があろうと考えられる。また、290頁には、「ビルのネズミ」という項目があり、密閉したビルディングでネズミを飼った場合、食料と水を無限に与えていくと、限りなく増えていくように見えるが、ある密度を超えると増加率は急速に鈍り、横這いか減少しはじめる。そして、妊娠一回あたりの子供の数の激減、不妊、不能、子殺し、同性愛などの現象が多発していたという。これらは、人間社会においても同じことが起こる可能性があることが生物学的に解釈できると書かれている。その点、島根県は自然が多く、人口密度が低いことが総合的に有利であり、癒し系の教区であると考えてみるのも日時計主義的なのではないだろうか。宗教とは癒しが基本にあるのだから。

 また、一昨日、夫婦調和の相談を依頼されたが、この夫婦調和が家庭や事業に於いて非常に大切なことである。自然界に於いては、記憶によるとハイイロアホードリという鳥は、同じ相手と生涯を共にするそうだ。夫婦大調和である。オシドリは、これもまた記憶によるが、おしどり夫婦ともいうので、ちょっと意外なことだが必ずしも同一の相手ではないという。それは自然界では優秀な子孫を残さないと種が弱体化するという危機にさらされるからだという。しかし、人間界に於いては、純粋に神の愛を夫婦生活に於いて実現するという意味から、夫婦調和が実践される。種の保存という本能以上のものが人間に於いては存在するからである。それは脳髄の構造にも現れているとも云われている。

  今日から、「お父さんお母さんのための練成会」が始まった。第一回目である関係か、とても真剣で有意義な雰囲気だ。私も、講話をさせていただいた。「生かされている」ということと、「信仰の喜び」について話させていただいたが、自分が生きているのではなく生かされていることは既に自明である。また、信仰すると云っても、「本当の神」を信仰するのでなければ、その人は幸福になることなど出来はしまい。生長の家の御教えは、ともかく完璧な理論と行を教えられている。こんな素晴らしい宗教は、地上に二度と出現しないのではないだろうか。ひたすら求道し伝道することを実践するのみである。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月13日は、「古い記録 (7)」です。ブラジル旅行での御写真が掲載されております。そのご旅行によって、「尊大な右翼少年の世界にヒビが入った」状態となり、心が広くなり、魂の御成長を促進されたようであります。拝読下さい。
 谷口雅春先生のブログへの入り口は、左端の一番下の「リンク」欄からです。

 中内 英生

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January.15.2009「マザー・テレサ(その八)最終回」

January.15Photo .2009「マザー・テレサ(その八)最終回」
今日の歌::休日に 本読み思う 炬燵人

 (続き)それまでは、平和に関する問題は政府のすることだと考えていたが、マザー・テレサは、それを「平和には一人一人の取り組みが必要であり、個人の生き方の問題である」とした。そこには、私たちの豊かさ貧しさを考える上で「認識の転換」が必要であった。貧しいのは誰かというと、私であり、あなたである。貧しい人というのは固定したイメージではなく、実は私たち自身の心の貧しさが貧困・紛争を起こしているとした。
 これは、生長の家で、「利己心」が、環境問題を引き起こしており、遺伝子問題に於いても、「利己心」を満足させるために処理してはならないとしているのと好一対である。

 コメンテイター氏は、実際に「死を待つ人々の家」に行ったそうだ。そこで、今際の人達と向き合って手を握ったという。その時、「もう私は別の所へ行かなくてはならない」というと、死を待つ人々は、「あなたに神のご加護を!」と祝福してくれたのだったという。これにはコメンテイター氏も驚いたらしい。相手が貧しいと思っていたのが、却って相手から祝福されるとは!。貧しいと思える人々が、実は訪問した人を思いやっている。私たちは愛を貧しい人に投げかけていると思っていたのが、実は彼らが愛を与えてくれている。それから、もう一つの豊かさがある。お金で計れない豊かさだ。愛や平和に繋がる心の豊かさがある。そういう新しい豊かさに対する考え方が見えてくるとしていた。そういう意味で、今の社会から、もう一つ後の社会を展望するものをマザーは人々に与えてくれたとコメンテイター氏は考えていると語った。これなどは、私たちの国際平和信仰運動の使命と結びつかないだろうか。

 コルカタのマザーの活動は今どのように受け継がれているのだろうか。1997年9月5日、マザーは87才の生涯を閉じた。マザー・テレサのお墓はインドのコルカタにある。マザーを慕う人達がいう言葉がある。
『私たちの母が亡くなった』と。
インド・コルカタにある墓には、マザーを偲び世界中から多くの人々が訪れているという。マザーが捧げた深い愛情は、今も人々の胸に生き続けているとしている。

 ミリアム・ミトラさんという60才の女性が登場していた。彼女はかつてマザーに救われた子供の一人である。3才の時、マザーが開設した「子供の家」に引き取られた彼女は、マザー達の愛情によって育てられた。自分に家族がいないと感じることは、ほとんどなかったという。そんなミリアムさんが、一度だけ自分には親がいないと痛感したことがある。それは、就職先の願書に親の名前を書かなければならなかった時だった。ミリアムさんは親の名前も分からなかったようだ。涙ぐむ彼女を見て、マザーはこう言った。『心配することはない』と。そして、ミリアムさんは親の名前を書く欄に次のように記した。『マザー・テレサ』と。
  ミリアムさんは言う。『マザーが、私のことを自分の子供と思ってくれて本当に誇らしかったです。マザーがいなかったら、私は学校に行くことも、仕事に就くこともできなかったでしょう。今、私がこうしていられるのも、マザーのお陰なんです』と。その後、ミトラさんは結婚し、今では二人の子供、そして二人の孫がいるという。
 ひとりぼっちだった少女は今、沢山の家族に囲まれ、幸せに暮らしている。マザーのスラムでの活動の原点である「死を待つ人々の家」には、今も最後の時を迎える人々がいる。
 
 施設には、マザーの志に共感し、ボランティアとして活動する人達が世界中から集まっているようだ。私の知人の子供さんもここに奉仕するという希望を漏らしていたことを思い出す。ボランティアの人達は、やがてそれぞれの国や地域で、こうしたマザーの実践を広げていくということになるのだろう。救いを求める人々に手を差し伸べ続けたマザー・テレサ。
 生前、人々に語り続けた言葉は次のような内容の言葉だった。
『私は、決して助けた人を数えたりしません。ただ一人、そしてまた一人と救いの手を差し伸べるだけです』と。

 このマザー・テレサの話は、予定よりもかなり長くなってしまった。お付き合い下さった読者の方々に心から感謝する次第です。  

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月12日の「古い記録 (6)」です。
先生の学生時代のことや、海外旅行のことなどをお書きになっておられます。谷口雅宣先生のブログへは、このブログの左端の最後にクリックする場所がありますので、そちらからお入り下さい。おそらくですが、私のブログを読んで下さっておられるかたは、谷口雅宣先生のブログを拝読しておられるものと確信しています。先生の御文章をご一緒に学ばせていただきましょう。

*今日は、木曜休日だった。小用があり教化部に行ってみると、明日からの「お父さんお母さんのための練成会」の食材の買い出しをするために職員さんが出て来ていた。休みなのに申し訳ない次第である。私が知らない所で、何も言わずにがんばって下さっている信徒さん、職員さんがおられる。心から感謝です。

 中内 英生

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January.14.2009「珊瑚はどうなるのか?」

Photo_2 January.14.2009「珊瑚はどうなるのか?」
今日の歌::毎日の 学びの庭に 実りあれ

 私は郷里の高知に帰ったとき、はりまや橋で一休みし、近くの珊瑚屋に立ち寄ることがある。その時、真っ赤な血色の珊瑚をよく見る。その珊瑚たちが地球温暖化の影響で白化しつつあるのだという。NHKスペシャル(2008/9/8)では、「珊瑚の悲鳴が聞こえるよ」として、子供たちが育てる珊瑚を放映している。それは石垣島でのことである。夏場の海水は28℃から30℃なのだそうだが、その時は、32℃と異常に高くなったという。そうすると珊瑚は白化現象を起こしてしまうらしい。

 珊瑚は、イソギンチャクの仲間で、ポリプという形を持つ。その中でかっちゅう藻という植物性プランクトンがポリプの中に入っており、珊瑚はそれを栄養にしている。しかし、海水温が高くなると、かっちゅう藻が外に出てしまう。そうすると、珊瑚は栄養分を失い、白化現象を起こす。すなはち死ぬのである。ここにも目に見えない食物連鎖の世界があった。しかし、このまま海水温が高くなると、50年後には、地球上には珊瑚が消滅してしまうと云われている。

 珊瑚は生命の多様性を育むという。珊瑚の中にさまざまな魚や生物が育つのだ。海域の1%が珊瑚であるらしい。オーストラリアのグレートバリアリーフが有名だが、長さが2000㌔も続いている。この珊瑚の海は、200万年前にできた。私たちはそれを護らなければならないだろう。
 モルディブ諸島にも珊瑚の海がある。
 
サンゴはおよそ4億6000万年前の「古生代・オルドビス紀」に誕生し、初期の生命の起源や空気の清浄化に大きな貢献をしたと考えられているらしい。その珊瑚が、このまま数十年で死滅するのを黙っていてよいのだろうか。
 珊瑚の外敵には、オニヒトデがいる。オニヒトデは珊瑚を食べてしまうから外敵である。四国勤務であったころ、近くの海に珊瑚の海があり、その珊瑚を食べるオニヒトデが大量発生した。ボランティアのダイバーたちがオニヒトデを捕獲し駆除している様子が新聞に掲載されていた。

 何故、オニヒトデは大量発生するのだろうか。それは気候変動との関係もあるという。沖縄の事情によると、2003年までに4回、大発生したという。大発生の前に大洪水が起こっていることも分かっている。それは水質とも関係があるらしい。さらに調査してみると、意外なことが分かってきた。ある時期までの沖縄の畑は自然農法的に作っていた。しかし、サトウキビの大量生産を図るため、畑に肥料を施した。洪水の時にはその肥料が泥水と共に大量に海に流出する。すると、海では植物性プランクトンが異常発生し、それがオニヒトデの異常発生を促したという図式である。いわゆるサトウキビ畑の赤土流出に問題があるという。

 30年前から大規模区画整理を断行した。それで赤土が露出することになる。グリーンベルトを作って、赤土の流出を防ごうとするが、グリーンベルトの分だけ、サトウキビが作れないとして協力を呼び掛けてもなかなかうまくいかないという。サトウキビの年間売り上げが一農家で平均114万円であるというが…。かなり低い数字であるらしい。赤土流出と地球温暖化が沖縄の珊瑚礁を襲っている。

 珊瑚は、卵を満月の夜に一斉に産み始める。なぜ、直径0,5㎜の卵を満月の夜に、一斉に産み始めるのかは理由はまだ解明されていない。最近は、珊瑚の死滅をそのままにして置くわけには行かないので、移植する活動もおこなわれているという。
 モルディブなども、白化現象を体験している。これは世界的な現象なのだという。

 最後に、子供の詩が紹介されていた。「クーラーのつけっぱなしをしない。冷蔵庫の開けっ放しをしない」。これを実行したいということだった。”足元から温暖化防止を”である。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月11日のブログは、「ジャガイモ2色」です。ジャガイモを絵にお描きになっておられます。また、赤い皮のジャガイモの種類を特定されたいとのことです。島根の方でご存じの方は、ご連絡下さい。

*今日、夜は青年会の方々の勉強会を開催した。皆様、ご熱心です。また、午後は松江の誌友会へ行ったが、道に迷って雪の中をうろうろした。十数年前の雪の中の伝道を思い出した。「初心忘るべからず」である。このことを教えていただいた。何事も感謝である。

 中内 英生

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January.13.2009「電気自動車」

Photo January.13.2009「電気自動車」
今日の歌::昼は雪 道路いてつく 帰り道

 今夜、栄える会の会議があったが、その席にタクシー会社の社長さんが来ていた。話題にハイブリッド車ことが出たが、生産が追いつかないようなことを言っていた。ところで、日経新聞(2009/1/8)の第一面を見てみると、三菱自動車がフランス大手に電気自動車を供給することが書かれていた。プジョーとシトロエンに2011年以降に年1万台の供給予定だという。両方とも、私とは無関係の自動車会社だが、海外の方が積極的なのかも知れない。
 環境対応車で大手メーカー同士が車両供給まで踏み込んで提携するのは初めてだという。日欧の連合で世界の普及加速を狙うとしている。環境・エネルギー問題の対応と同時に、世界同時不況にあえぐ自動車産業を支援するため、欧州各国は電気自動車などの普及促進策を打ち出しており、新市場の離陸をにらんだ大手同士の合従連衡が活発化しそうだとのことである。日本の電気自動車の普及はまだなのであろうか?

 走行中に二酸化炭素を出さない電気自動車に関して、フランス政府は購入時に最大約63万円の補助や税金の減額措置を導入しているとのことだ。これは大きい。では日本はどうか?欧州各国は、早い時期に世界最大級の電気自動車市場になるとみられているそうだ。

 同じく日経新聞(2009/1/5)には、「2009年環境問題の行方」として様々な情報が図入りで説明されている。その中で、「2009年に注目を集めそうな環境対応製品」がある。補助金などの優遇があることが記されている。電気自動車、ハイブリッド車など環境対応車は、2009年4月以降、自動車取得税、重量税を免除の見通しだ。また、燃料電池は、2009年4月以降140万円を上限に購入額の半分程度に補助金が出るらしい。断熱性の高い樹脂サッシ・複層ガラスは、省エネのためローンで住宅を改修した場合に適用する減税制度が2008年限りから5年間延長するかもしれない。発光ダイオード照明(LED)だが、小売店やオフィスで省エネ対策強化のためLED照明の導入が本格化する、など消費者にとってもうれしいことではある。

 同じく日経新聞(2009/1/13)によると、世界の自動車大手が電気自動車の実用化を加速するという。エジソンが作った電気自動車がここに至って脚光を浴びるとは!1月12日に開幕した北米国際自動車ショーで、トヨタは2012年にも新型車を北米で発売すると発表している。つい先日、トヨタは参入すると発表したばかりなのだが…。早い!米ゼネラル・モーターズが電池の工場建設を表明するなど米国勢も電気自動車を軸に環境分野での巻き返しを図るとしている。未曾有の販売不振で経営が悪化するなかでも、各社は生き残りに不可欠な技術と重視しており、今後、主導権争いが激しくなりそうだとしている。

 庶民にとっては補助金が購買意欲をそそるのではないかと思う。大いに環境問題解決に取り組んでもらいたいものである。しかし、何よりも重要なのは、マザー・テレサに言わせると個人の意識と努力であろう。日時計主義の生活と二酸化炭素の排出を少なくする生活を実践努力したい。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月10日のブログは、「無神論を広告する (2)」です。「無神論者バスキャンペーン」の動きが、欧米で大きな論争に発展しつつある様子が書かれています。日本人は、無宗教と云われるが、これらの動きに対してどのような反応を示すのでしょうか。元気に始まったキャンペーンだが、何か肩身の狭い思いが伴ってきたようだと述べておられます。キャンペーンに反対するグループも作られているそうです。

*今朝はかなりの雪が降っていた。雲南の方は、1㍍も降り積もっていたそうだ。それでも行事があると信徒さんはお出でになる。頭が下がる。

 中内 英生 

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January.12.2009「マザー・テレサ(その七)」

Photo_3 January.12.2009「マザー・テレサ(その七)」
今日の歌::闇に舞う  雪の夜風は 窓の外 

(つづき)
 マザーは自分が余りにも無力で空っぽでそして余りにも小さな私であると自分を卑下していた。しかしその後、突然の出来事が起こったのだ。
 1979年10月16日、自分への疑問を繰り返すマザーに一通の手紙が届いた。マザーのノーベル平和賞授賞が決まったのだった。マザーはとっさに思った。
『私には受ける価値などない!』と。
マザーは平和への道のりが如何に困難であるかを誰よりも知っていた。しかし、マザーは考えた。これを期に最も貧しい人達の存在を世界のより多くの人々に気づいてもらおう。マザーは賞を受けることを決めたのである。
 二ヶ月後、ノルウェーにある授賞会場のオスロ大学大ホールにマザーは現れた。そこには世界中から集まった人々が礼装に身を包み、マザーの登場を待っていたのだった。現れたマザーの姿に人々は眼を見張った。マザーの姿は質素な白いサリーとサンダルだった。それは、貧しい人々と共に生きる決意をした時から変わらぬ装いだった。それは1979年12月10日、マザー・テレサにノーベル平和賞が授与された。マザーのスピーチが始まったのだ。マザーは演説の前に、まず「共に祈ろう」と人々に呼び掛けた。

 『主よ!あなたの平和をもたらす道具として、私をお使い下さい。憎しみのあるところには愛を!。不当な扱いのあるところには赦しを!。分裂のあるところには一致を!。』

 マザーが捧げたのは聖フランシスコの平和の祈りであった。絶え間ない紛争とそこに生まれる貧しい人達。その絶望の中で彼女に希望を与え続けた聖フランシスコの祈りだった。
マザーはその思いを世界の人々と分かち合おうとしたのだった。ノーベル平和賞の受賞はマザーと活動を世界中に知らせることになった。そして、その後、世界各地で人道的支援をまざす市民による支援活動が盛んに行われるようになった。最も貧しい人達に寄り添い、手を握り続けたのがマザー・テレサだった。一人一人の人間の尊厳を護ることが平和への道になることをマザーは呼び掛け続けたのだった。

 私の大先輩であるK本部講師は、マザー・テレサが日本に来られたとき、招待された。そして、彼女は聴衆を前にして『まず祈りましょう』と言って祈り始めたことを教えてくれた。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
  2009年1月 9日のブルグは、「無神論を広告する」です。コメディー作家のアリアン・シェリーン氏のことが書かれています。彼女がおこなった、「神はいない」というメッセージをバスに貼る「無神論キャンペーン」のことが紹介されています。わずか4日間で15万ドルの資金が集まり、すぐに20万ドル以上になったといいます。昨年末、800台のバスで、英国全土を廻るキャンペーンが行われたそうです。
 先生はこれらの無神論の広告キャンペーンに反論するキャンペーン文章を提示されておられます。さて、質問です。どのような内容の御文章だとお考えですか?考えながら、先生のウェブ・サイトを拝読してください。

*教化部ホームページの最上段の右の端にあるリンク集を「島根神性表現ネットワーク」にする予定です。ここには、写メ俳や絵画を良く出して下さる方々のホームページを開設して、蓄積して参りたいと思います。どうぞよろしくお願いします。現在は、桜守人さんのホームページが開設されています。尚、私のは左下方のリンクの所です。大して面白くありませんが、クリックしてみてください。
*今日は、子供たちを連れて出雲大社へ参拝に参りました。宝物殿を参観し、つくづく大国主命様の偉大さを痛感いたしました。

 中内 英生

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January.11.2009「マザー・テレサ(その六)」

Photo_4 January.11.2009「マザー・テレサ(その六)」
今日の歌::風つよし 雷なりて 雪が降る
 かなりの寒気団が上空を流れているのでしょう。

(続き)
 インドのカルカタで始まったマザーの活動はインド各地に広がっていった。各地の要請にマザーは応えていた。しかし、1867年、第三次中東戦争が勃発する。イスラエル建国が引き金となって続いていたユダヤとアラブの争いだ。この戦いでイスラエルは占領地を拡大し、その結果、38万人近い難民が戦火を恐れてヨルダンに流れ込んだ。これまでもヨルダンには、50万人の難民が流入していた。これまでもヨルダンは、50万人の難民が流入していた。その支援を中心的に行っていたのが国連だった。国連は郊外にキャンプを設置し、食料支援や医療などに救援活動を行っていたが、一気に増えた難民に援助が追いつかなくなっていた。そして、難民キャンプに入れずに支援を満足に受けられない難民が数多く生まれていた。これらの人々の救済のため、マザーは現地に向かった。

 1970年7月16日、マザーはヨルダン首都のアンマンに着いた。そして難民キャンプに入れずにいる人々の元に向かった。ジャベル・ジョウファという当時難民が暮らしていた場所である。当時、人々は粗末な小屋に身を寄せて、苦しい生活を強いられていた。マザーはこの地域を見て回るうちに、衰弱している老人が多いことに気がついた。難民たちはただ死を待つが如く小屋の隅に置かれていたという。
 ”ここにも誰からも見捨てられた最も貧しい人達がいる。”
マザーたちは、早速老人たちを保護し介護する施設を作った。”貧しい人々の家”である。そして、老人たちを献身的に介抱したという。その後もマザーは、世界で求める人達のために30近い国や地域を訪れた。しかし、活動が広がるに連れて、一部の社会活動家や政治家から疑問の声があがった。たとえば…。
質問者『あなたのしていることは確かに素晴らしいけど、もっと大がかりで現実的なやり方があるのではないのですか?』
マザーは答える。『私は大仕掛けなやり方には反対です。大切なのは一人一人の個人です。愛を伝えるには、一人の人間として相手に接しなければなりません。多くの数が揃うのを待っていたのでは、数の中に道を見失い、一人のための愛と尊敬を伝えることはできないでしょう。”一人一人の触れあい”こそが何よりも大切なのです』と。

 世間の批判を意に介さない姿勢を貫いたマザーであった。しかし、近年公開された友人への手紙には、この頃のマザーは深い葛藤を抱えていたことが認められていたという。そうだろうと思う。しかし、マザーには”深い祈り”があった。それが彼女を支えたのではないだろうか。次は手紙の一節である。
『神の偉大さに比べて私は何とちっぽけなのか。ほとんど無に等しい』と。この言葉は自分の無力を慨嘆しているように聞こえるが、そうではなく彼女が「神の前に無」となる瞬間の言葉であろう。
 谷口雅春先生のご著書『愛は刑よりも強し』のはしがきを読者は読まれたであろうか。この本は、かつて『生長する青年』に連載されたという御文章だが、マザーと同じような内容の御文章がある。是非、拝読されたい。もう一つご推薦したい本は、『静思集』である。信仰に於ける神の愛の実践とは、決して華々しいものではなく、夜露が万物を潤し、朝になれば消えゆくようにその存在を誇示せずに、相手を生かすのである。 
(つづく)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月 8日のブログは、”「テロとの戦争」をやめよう (2)”です。
新駐日大使にジョセフ・S・ナイ氏が起用されるらしいことが書かれています。この人事は日本重視の考えを反映しているという。中国に関して、大量のアメリカ国債保有や核兵器保有のことなどに触れ、重視とか軽視とかの単純な言葉で表現できないとしておられます。御文章を拝読してください。
  また、先生はテロとの戦争の終結を期待しておられます。善悪認識の方法でのブッシュ方式のハードパワー優先では結局解決しませんでした。そのことを書いておられます。ナイ氏はソフトパワーの活用を重視する人らしいからです。ナイ氏のテロリストの「心の問題」を取り扱った論文をご紹介しておられます。この論文は素晴らしいです。国際関係のこの分野は、コロンビア大学で学ばれた先生の、超得意分野ではないでしょうか。

*今日は、午前中に聖使命感謝奉納祭があったが、その時、今回から組織会員も祝福するようになった。そのため、熟年の方々が参加されて、名前を読み上げて祝福した。素晴らしいことだと思う。参加者に感謝です。

 中内 英生

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January.10.2009「マザー・テレサ(その五)」

Photo_3 January.10.2009「マザー・テレサ(その五)」
今日の歌::大雪の 便りメールで 写メ俳で
 Yさんから、メールをいただきましたが、雲南の山中は大雪のようですね。平地と山間部の寒さの違いが良く分かりました。

(つづき)早速、マザーたちは路上で死にかかっている人々を引き取り、介抱しました。衰弱が激しく、自分でも食べることのできない人々の口に食べ物を運びます。そして、助かる見込みがなくとも薬を与え、できる限りの治療を施しました。後にマザーは語っています。『誰からも見捨てられた人々が、せめて最後は大切にされて、愛されていると感じながら亡くなってほしい。彼らがそれまで味わえなかった愛を最上の形で与えたい!』と。

 施設の名前は、「死を待つ人々の家」です。誰からも見捨てられた人達が人間として尊厳ある最後を迎える場所です。
ところが、いわれなき噂が広がります。カトリックの修道女がヒンドウー教の聖地を乗っ取った、と。そして、ヒンドウー教徒たちが押し掛け、立ち退きを迫るのでした。しかし、マザーは、動じませんでした。

 そんな折り、重い結核を患ったヒンドウー教の僧侶が運ばれてきます。マザーは、他の人と同じく僧侶を遇し、その最期をヒンドウー教の流儀で看取りました。その事により、ヒンドウー教徒の誤解は解かれました。
「ひとりの人間として最善の救いを行う」。そのマザーの姿勢は、宗教を超えて、人々の良心に訴えかけて行きました。

 最も貧しい人は、路上で死に瀕している人だけではありませんでした。シシュ・ババン(子供の家)という施設を作りました。マザーはさらに、捨て子やみなし子といったさまざまな事情で親に見放された子供たちを保護し、育てました。マザーの活動に理解が深まるに連れ、周囲の住民や有力者たちが食料を寄付したり、費用を援助してくれるようになりました。 

 そんなある日、小さな男の子がマザーを訪ねてきました。男の子は壺を差し出しました。中身を訪ねると砂糖です。そして、男の子はこう言いました。『施設の子供たちに食べさせてほしい』と。男の子は壺の中の砂糖を持ってくるために、三日間、大好きな砂糖を食べず、我慢し溜めてきたのです。自分の何かを犠牲にしてでも、誰かを救いたいという心です。マザーの精神はこんな小さな男の子にまで伝わり始めていました。マザーがノーベル平和賞を受賞するまであと24年前のことだったようです。

 マザー・テレサが救おうと思った人達は、周囲から見捨てられて、道ばたで臨終を迎えるような境遇の人たちでありました。そういう人達に目を向け、そういう人達に手を差し伸べるということは、同時にそうした風景が奇異でも何でもなくて、普通の風景として見過ごしてしまうような、当時の人々や社会に対して、「それは人々の心の貧しさがそうさせてているのだ」ということを気づかせることになりました。彼女のこうした地道な日々の活動はやがて、コルカタを超え、インドを超え、世界に広がって行くのであった。しかし、そこにはさまざまな現実が横たわっており、マザーの苦悩がまた始まるのでありました。しかし、それは聖なる苦悩とでもいうものでした。

 仏教の話です。私が大学生時、故田中忠雄元本部講師が学生に話していた内容です。「君たちは地獄に生きたいか、極楽に生きたいか?」という質問をしました。続いて話がありました。「極楽に生きたいという人間は、利己主義者であり、世の中の役には立たない。地獄に行って鬼を教化し、地獄で苦しんでいる人々を救いたいという人間こそ、世の中の役に立つんだ」と。マザー・テレサのことは当時は知りませんでしたが、それを実践する強力な実行力、信仰はものすごいものがあります。
(つづく)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月 7日のブログは、「バイオ燃料で日米協力を」です。アメリカのオバマ政権の環境対策についてお書きになっておられます。
1日付の『ヘラルド朝日』紙からであるが、アメリカの次期エネルギー相スティーヴン・チュー氏は、積極的な環境対策を講じる可能性があるとのことです。1997年のノーベル物理学賞の受賞者の1人だとのことです。科学者です。バイオエタノールで、雑草などの第二世代の開発を早期から取り組んでいた人のようです。すすきの一種であるジャイアント・ミスカンサスは、現在、北大と米イリノイ大学が共同研究しているので、日米両国政府が支援してくれるのを、大いに期待しているとしておられます。

*今日は地方講師研修会だった。雪であるにもかかわらず、盛り上がった。
*今日はskypeが開通しました。これでパソコン同志ならば何時間話しても無料です。希望者には受験指導なども考えております。

 中内 英生

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January.09.2009「松江道場の新年会」

Photo_2 January.09.2009「松江道場の新年会」
今日の歌::新年を 祝いてうれし 松が枝

 今日は、新年会であるというので、松江の生命学園園長も兼務しておられる地方講師会長さんと松江道場に行った。平田を通って行ったので、途中で右の方に、宍道湖に浮かぶ20隻ほどのシジミ船を見た。左の田んぼにはたくさんの白鳥がいた。斐伊川の河口には夕方になると、白鳥が寝るために帰って来るという。それも水の上に浮かんで眠るらしい。地上は犬やその他の外敵がいるので敬遠しているのではなかろうか。

 松江道場では、君が代の斉唱やらお祈りやらを行い、私もミニ講話をさせていただいた。「七つの燈台の点燈者の神示」を解説させていただいた。今年は、感謝、感謝で暮らそうという結論になった。それから、総務の長野さんが、「今年は丑年なので、牛を食べないようにしたい」という話があり、生長の家は肉食の問題を取り扱っているので、なかなかよい発想だと思った。

 最後に、男性五人くらいが出て、炭坑節のようなものを踊った。踊りは昔は、私にとっては「とんでもない」というモノだったが、かつて北陸に赴任中に、踊りの好きなご年輩の方々がおられてご一緒に踊ったことがそもそもの始まりだった。見よう見まねの踊り方なのでワンテンポ遅れる。しかし、和するためにはそれもよいかなと思っている。

 今日は、とりとめもないブログで申し訳ないです。たまには力の入らない内容も良いのかも知れない。

 中内 英生

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January.08.2009「シートン動物記とオオカミ・ロボ(その二)」

Photo_4 January.08.2009「シートン動物記とオオカミ・ロボ(その二)」
今日の歌::今日もまた 雨降りてこそ 出雲なり

(続き)
 昨日に引き続き、ウィキペディアからの情報である。
シートンの「 イギリスでの美術学校時代」について述べることにする。
1879年、オンタリオ美術学校卒業後に、絵の勉強をする為に単身イギリスに渡り、絵画の名門のロイヤル・アカデミー絵画彫刻学校に入学した。そこで博物学者を諦めていたシートンに再び博物学者を志すきっかけとなる出来事があったという。イギリスで誉れ高い博物館、大英博物館との出会いであった。
 当初大英博物館へ足を運んだ理由は、ロイヤル・アカデミー絵画彫刻学校の入学試験の課題である絵を描く為に名画を見に行く為であったらしい。

 博物館には図書館もあり、シートンの興味を引く世界中の博物学書が沢山あった。しかし、図書館には21歳未満は入館する事が出来ない年齢制限があり、当時19歳のシートンは入館する事ができなかった。その事を諦めきれないシートンは、図書館長よりイギリス皇太子、イギリス国教会の大主教、首相の許可があれば21歳未満でも入館できると教えてもらった。いてもたってもいられないシートンは駄目元で三者に手紙を書いた。熱意が通じたのか幸運にも返事が返って来て、シートンは図書館長から一生涯使える館友券を手に入れることが出来たとしている。こうしてシートンはそれから毎日、昼は博物館で絵を描き、夜は10時に図書室が閉館するまで、博物学の本を読み漁ったという。
 この熱心さが、彼を育てたのであろう。今年は丑年であり、ゆっくりと実のある歩みをすることが大切な生き方である。後進の吾々は、しっかりとシートンに学ぶ必要があると考えられる。
 しかしその生活も長くは続かなかった。無理をした為か体を壊してトロントに帰郷することとなった。しかし、これは迷いの自壊作用である。ケミカライゼーションが起きたとき、受け方によって、運命は急激に好転するのだ。これは信仰的事実であろう。

 彼は画家として、博物学者として生きようとした。そして賢いオオカミであるロボとの出会いをすることになる。
 帰郷後しばらくして体調が回復したシートンは、同じくカナダで農場を経営する兄の元で農場の手伝いをしながら、森林や草原に現われるさまざまな動物を観察してこまかく記録したりして過ごした。絵画によって右脳を訓練するシートンは、心が大自然と一体化したのかも知れない。
 1883年、ニューヨークの出版社で動物の絵を書く仕事を始めたが、大自然への憧れを抑えることが出来ずカナダに戻ったのであった。
 1890年、さらなる絵の勉強をする為にパリへ出たが、また大自然が恋しくなりカナダへ戻ってきた。
 1892年には5年間マニトバ州政府の博物学者となり、博物学の専門書2冊を刊行したという。しかしそれにしてもシートンは相当な実力者である。
 1893年、33歳のシートンの元に知り合いのアメリカの実業家から「牧場の牛が狼に襲われて困っているので動物に詳しい貴方に助けて欲しい」との手紙が来た為にニューメキシコへ向かった。この狼こそオオカミ王と呼ばれたロボであり、この時の話が有名な「オオカミ王・ロボの物語」である。
 ロボを捕獲し終えると、フランスに渡り2年後の1895年にアメリカに戻る。その時にグレース・ギャラトンと結婚。1896年より米国に永住した。そしてニューヨークで生活を始めた。以前に書いていた「オオカミ王・ロボ」の話などを出版すると大ヒットとなり、シートンの名前は全米で知られるようになり各地で講演を依頼されることになる。
 また彼は、ボーイスカウト創設に尽くしたという、パウエル卿、ダン・ベアードと共に協力したらしい。

 彼の社会活動と晩年の生活であるが、1902年、コネチカットで少年キャンプを行い、ウッドクラフト・インディアンズという少年団を創設した。シートンの提唱したウッドクラフト(森林生活法)とは、アメリカ先住民の生活を理想とした素朴なエコロジーと自然主義であったという。森林での生活は不便であるが、人間が自然の一部でるという考え方からいくと、先住民族の生き方は人間としては理想的な生き方ではなかろうか。 
また、彼は雑誌「レディーズ・ホーム・ジャーナル」誌にウッドクラフトとキャンプについての連載を開始した。

 1903年、「二人の小さな野蛮人」を出版し、ウッドクラフトの本格的な普及をはじめた。これをイギリスで普及させるため、軍人で青少年教育に関心の深いロバート・ベーデン・パウエルに手紙と著書を送ったことから、のちに彼がボーイスカウトを発足させる大きなきっかけとなったらしい。

 「カランポーの王」というオオカミ・ロボを捕獲することを依頼されたシートンのことをもう少し説明する。これは、NHK番組『地球ドラマチック』(2008/10/15)で放映された。ニューメキシコ州のカランポーという地名があるが、そこのオオカミをなかなか捕まえることができなかった。シートンは自然への深い愛情を持っていたが、その時までは金で雇われた猟師であった。土地の人々は牛を襲うオオカミを悪魔のように考えていた。しかし、オオカミが棲んでいるところに、人間が入り込み、オオカミの領域を侵すときには、オオカミは生活ができなくなり、そこにいる牛を襲うのは自然であろう。日本において、颱風などが来て森の食べ物が少なくなったとき、クマが街に出没するのと同じではなかろうか。または、東南アジアのように、ヤシ油を採取するために熱帯雨林を燃やしてヤシの木を植える。その為に森に棲んでいた猿や象が住処を奪われ、田畑に出て来て芋や作物を食べるようになる。その野生動物を殺害するという仕組みは、何と痛ましいことではないだろうか。

 シートンは、依頼されるまで、ロボというボスオオカミについて全く知らなかったという。毒を入れた肉でおびき出そうとしたが、失敗した。仕掛けをしたが其れも失敗した。この番組を観ていて、私はシートンの自然に対する深い想いを知ることができた。そこにはかつて手つかずの自然があったという。と云うことは、既にその時代にも自然破壊がかなり進んでいたということだったらしい。数年前までそこにはバッファローの群がいた。それを人間が消滅させた。ハクガンも群がいた。話は突然変わって申し訳ないが、このハクガン一羽が一ヶ月ほど前に出雲の田んぼに迷い込んでいた。それを私は中高生練成会の時に見ることができたのはラッキーだった。
 家畜は野生でないので、無防備である。防衛力を人間が無くしたのだった。だから、オオカミに襲われても、為されるままになり殺される以外になかった。
 そして、アメリカ人は大自然をみずからが破壊しているのを全く気がつかなかった。
最後にはロボはとらえられるのだったが、そのことを通じて、自然環境の破壊を危惧しているシートンの心に、私は相通ずるものを感じたのである。
 
 父親から生まれたときからの請求書を見せられたとき、それが良かったのではなかろうか。それあるが故に、「自然資本」の考え方のようなものがシートンの心の中に定着したのではないかと推測される。自分がここまで育ったのは、当たり前ではないこと。それが、自然を破壊して持ち出し切り出したとき、それを元に返るのには莫大な費用がかかる。自然そのものに価値ありとする考え方に相通ずるのでは無かろうか。だからこそ、シートンは大自然を破壊するアメリカ人と同じ気持ちにはなれなかったのではなかろうかと推測する。

 人を見抜く力は、信頼する心が篤い人ほど、力量が増す。刀が本物かどうかを見抜く鑑定士の力量は、本物を見続けることによって養われる。それならば環境破壊に敏感になる心は、大自然を愛し、大自然と共に生きる体験によって養われるのかもしれない。
 島根の信徒の皆様、私たちは住んでいる場所、そのままに自然資本のまっただ中にいるということを夢忘れてはならないと思う。

*今日は、休日だったので、県立美術館へ立ち寄った。版画の世界を展示していた。版画もなかなかよいものだと思った。島根県立高等学校美育研究会の60周年記念美術展というのも開催していたので鑑賞した。なかなかと力作が並んでいた。

 中内 英生

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January.07.2009「シートン動物記とオオカミ・ロボ(その一)」

Photo_5 January.07.2009「シートン動物記とオオカミ・ロボ(その一)」
今日の短歌::シートンの 時代は既に 大自然 失われたり 回復目指す
      投句:: 朝刊や 吼える真闇の 犬の声

 島根の信徒の皆様は『シートン動物記』をお読みになったことはあるだろうか。私は高校生の時、図書館で一冊読んだ記憶がある。さて今日は、そのシートンの話である。自然を愛した彼は、島根の自然に囲まれて生きている吾々にはマッチするのではないだろうか。

 次はウィキペディアで調べてみた内容である。
名前は、「アーネスト・トンプソン・シートン」という。彼は、1860年8月14日生まれ - 1946年10月23日没であり、アメリカの博物学者、作家、画家であった。
『シートン動物記』を書いた。また、ボーイスカウト運動の創生に大きな影響を与えた人物でもあるという。

幼少期のシートンは1860年にイギリスのサウスシールズで12人兄弟の末っ子として生まれたらしい。父のジョセフ・ローガン・トンプソンは船会社を経営していたが事業の失敗から、シートンが5歳の時にカナダに移住したという。父はカナダのオンタリオ州のリンゼーで4年間森の開拓などをしていたが、体を壊した為にその後トロントに移り住み会計士の仕事を始めることになる。
 幼い頃のシートンは活発な少年であったと伝えられている。学校が終わるとよく森に行って探検をしていた。
 高校を卒業したシートンは博物学者を志すが厳しい父親の反対にあい、父親の薦める画家の道を歩み始めたという。アーネストの父ジョセフは謹厳なキリスト教徒であり古典的紳士であった。 しかし、アーネストによると彼の父は家族に対して「暴君」の他何物でもなかったとしている。父ジョセフの厳しかった逸話はいくつか残っている。謹厳なキリスト教徒の父は日曜日は起きている時間は宗教的な勤めを行わなければならなかった、そればかりでなく読んでいい本もキリスト教に関する書籍だけだった。また、アーネストが少しでも反抗的な言動や態度があれば体罰があった。(これに関しては当時は体罰が一般的に行われていたので、ジョセフが一般人とかけ離れていた訳ではないことに留意したいとウィキペディアは説明している)。そして極めつけはアーネストが成人すると生まれてから今までアーネストに使用したお金の明細書を見せ返済するように求めたほどであったという。これは、かなり徹底した父親であるようだ。
 その様な父の厳しさにも負けず、シートンはオンタリオ美術学校を優秀な成績で卒業したと伝えられている。またその頃から自身の好む、動物を題材とした絵がとても得意であったらしい。

 動物の挿し絵が『動物記』には多々書かれているが、父親の進める絵の道を進んでいなければ、おそらく魅力的な動物記は書くことはできなかったであろうし、右脳の発達が充分でなく、自然や野生動物を愛する心の発達も彼が世に出る程のものとはならなかったであろうと考えられる。また、キリスト教の聖書の精読がなければ、おそらく「オオカミ・ロボ」との心の対話も成し遂げ得なかったのではないだろうか。

*今日は会議が午前と午後ありました。午後の「お父さん、お母さんのための練成会」の打ち合わせは充実したものでした。きっと満足のいく参加者数を呼び寄せるのではないでしょうか!

 中内 英生

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January.06.2009「マハトマ・ガンディー」

Photo_5 January.06.2009「マハトマ・ガンディー」
今日の歌::泊まりがけ 終えて子供ら 家路つく

 マハトマ・ガンディーについての放映があった。この番組は時々みているが、今日ご紹介したいのはNHKの『知るを楽しむ』の「私のこだわり人物伝・マハトマ・ガンディー」である。中島岳志さんという北海道大学准教授が説明していた。
 ガンジーはインド独立の父と云われる。今年で没後60年らしい。何度か、インドの繁栄状況を書いたことがあるが、現在のインドはさらに経済大国へ突き進んでいる。1991年に市場の自由化をした。ガンジーは禁欲主義者だった。現在のインドはIT産業が発展し、ガンジーが考えた理想とはかけ離れた世界となっているらしい。いわゆる消費社会へ突入している。

 しかし、生長の家は、禁欲主義ではない。宇宙服であり、道具である肉体に付属する欲望を制御することを教えられている。肉体は、神の御心を実現する、または使命を実践する神の宮としての役目を果たすためにある。それ故に、人間は自然の一部として自然と共存できる存在として栄えることを目指すのである。または、「足るを知る」ことを教えられ、与えられたものに感謝して物質を神のイノチの現れとして大切に使用するのである。二酸化炭素排出を最低限にすることを目指す低炭素社会こそ倫理的国家であり、理想であるとする。

 インドでは、その繁栄の中で「豊かさとは何か」を考える国民が増えているという。豊かさの反面、心の空洞化を感じるようになった。そのため、聖地巡礼も流行している。もともと聖地巡礼は命がけで徒歩でいくのが本来の姿であるが、現在では便利なバスで行く。それは四国八十八カ所をバスで行くようなものかも知れない。宗教チャンネルというのもあり、自分が気に入った宗教者の話を自宅のテレビで見聞することも出来るという。ガンジーに関する本も売れているそうだ。『ラゲー・ラホー・ムンナー・バーイ』という映画も流行った。これはある男性が、ガンジーの霊姿を見て、さまざまなアドバイスを受けて世の中を救うという筋書きである。そして、自分の中にもともとガンジーがいたということを知ったとき、ガンジーの霊姿は消えるという粗筋である。ガンジー・ギーリーという「あなたの中にあるガンジー的なものに気づいていこう」という動きであるらしい。

 現在もそうであるが、ヒンズー教徒とムスリムとの間の争いかなり激しいようである。その中で、ガンジーは、ヒンズー教徒でありながら、共存出来る道を探ってきた。そして、イスラームに近づいていこうとした。そのことが、ヒンズーの団体の一青年に暗殺される原因となる。ガンジーは山登りの例で訴えた。宗教と真理の違いについてである。宗教は同じ真理に到達する別々の道である、と。ヒンズーもイスラームも外見は違うが到達する山の頂は同じである。この説明は、真理と神髄という言葉を置き換えてみると、生長の家の教義と殆ど同じではなかろうかとも思われる。しかし、イスラム教徒に歩みすぎたとするガンジーは、1948年1月30日、暗殺される。

 そこで、中島准教授は多一論という理論を展開する。それは、「一緒でバラバラ、バラバラで一緒」という考えらしい。ガンジーを暗殺した青年は、RSSという団体であるという。この団体は現在も存在しており、最近は、社会への不満がイスラーム教徒に向けられているらしい。この争いは、先日書いたマザー・テレサが目撃した争いの世界でもある。

 ガンジーは訴える。『My life is my message.』と。自分の人生は「実験」である。『プロセスそのものが私のメッセージである』、と。そして、彼のメッセージそのものが現代への挑戦状ではなかろうか。ここまで進んだインドの物質文明をガンジーの禁欲主義の時代に戻すことは難しいかも知れない。しかし、インドの繁栄の中で、ガンジーの精神を生かすことはできるであろう、と考えられる。また、実験は失敗ではない。そして、「実験は永遠に続く」と。中島准教授は、「ガンジーの生き方は心を打つ」と述べていた。
 
 「一緒でバラバラ、バラバラで一緒」という考え方には、宗教に於ける喩えと人間そのものの喩えも考えられる。すべての人間は、平等であると同時に、個性がある。スマップの歌ではないが、「世界にたった一つの花」であるのだ。
 アントニー・ガウディーという建築家をご存じだと思うが、自然を愛してそれを建築のモチーフに生かした。そして、彼は言う。『価値がない人間はいない。誰にも神から与えられた才があり、その才を使わなければならない』と。私たちが、仕事をする、または何かを創造すると云うことは、神から与えられた使命であると思う。ここで私たち島根の信徒は、「使命を生きる祈り」を思い出そう。
『住吉の大神、宇宙を浄め給う。(繰り返し)。宇宙浄めの天の使いとして生まれしが、○○なり。神は○○に使命を授け給う。今日、何を為すべきかを教え給う。その教えられたる使命を実践することが、私の生き甲斐であります」。

*今日で小学生見真会は終了しました。大変、素晴らしい見真会でした。スタッフの皆様、炊事のご奉仕の皆様、ご父兄の皆様に心から感謝申し上げます。有り難うございます。島根の善き特徴は、ご奉仕スタッフの皆様が、心一つになってお世話とご指導を実践してくださることではないでしょうか。昨日搗いた「お餅」のようにです。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月 5日のブログは、「北海道“夢の国”計画 (2)」です。
「自然資本産業省」(自産省)実現の前提として「自然資本」の考え方を述べておられます。重要なテーマです。ご著書『足元から平和を』を再読したいと思います。「カーボンフットプリント」のご説明もあります。炭素税も出て来ます。そして、電気自動車などのエネルギー源に自然エネルギーを利用すれば、炭素ゼロに限りなく近づくとしておられます。そして、“炭素ゼロ”と食糧自給、自然と産業との調和が実現する土地には、やる気のある起業家や若者が先を争って移住するに違いないとしておられます。

 中内 英生

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January.05.2009「騎手 武 豊」

January.05.2009「騎手 武 豊」
今日の歌::餅つきの 子供の顔は ほころびぬPhoto_6

 武豊さんという騎手がいる。39才。「プロフェッショナル」(2008/12/09)に登場していた。「挑み続ける天才」と表現されていた。孤独な戦いである。「己の力に限界はない」としている。しかし、決して勝ってばかりではない。却って負けている回数の方が多い。二割だけの勝利だ。しかし、勝率が他の騎手よりも勝っているのだろう。今回の出場の場は特にフランスのサンクルー競馬場での様子を放映していた。

 騎手が感情を表に出すと、それが馬に影響を与えるという。だから、「主役は馬。しかし、馬自身は何も分かっていない」。馬は、一頭一頭、癖も性格も違うようだ。それを見分ける必要がある。「今、馬はどういう気持であるかを分かってあげる」と、馬が気持ちよく走るのだそうだ。馬のじゃまをしないことだという。
 
 「偉いなあ!」と思ったのは、彼は、どんな小さなレースでも、自分の姿をビデオで見直すという。その騎乗は最善のものだったかを、ビデオを見ながら自問自答する。「いちいち、レースで負けてはがくっとなっていたら騎手に向いていない」と言っていた。御教えの中で、縦・横・厚み・に時間という次元を加えると、その時に勝利しなくても少しずれて勝利しても良いことになる。その自由性が必要なのではなかろうか。
 彼は、正解かどうかが分からない中で、最高のものを出して行かなくてはならない。そのためには、「小さなことをキチッとやる」ということだという。それが信念になっている。このあたりは、マリナーズのイチロー選手のように、「小さな技術を積み重ねていく」というのと一部共通しているように思える。

 一年間に800回もレースに出るという。計算すると、一日2回以上と云うことだろうか?依頼があったら必ず受ける。天才と呼ばれる人は、出場を選ばない面がある。私も、時間的な都合さえつけば、天才ではないが、仕事を受けることにしている。但し、人材養成というお役目もあるので、決して自分だけが行うことに固執しないことにしている。
 彼は、『良い騎手になりたい。勝ちたいとかは考えない。他人の成績は気にならない』という。自分になりきることだろうか?自分の力を発揮するには、良きライバルは必要だが、トップに立ったときには、他人を相手とするよりも自分への採点を相手とした方がよいようだ。ちなみに彼は、体重51㎏、身長170㎝である。

 彼は、馬との初対面の時は、まず眼を見る。顔を見ると性格が分かるという。そうなのかも知れない。しかし、どの馬を見ても馬ヅラだとジョークを言っていた。彼は、馬に助言する態度で望むという。いわゆる、コーティングの精神だろうか?『右へ行け』と命令するのではなく、『右へ行った方がいいよ。良いことあるよ』という感じで、馬が自分の意思で判断して右へ行く方が一番良い馬使いだとのことである。現在、生長の家で行っている自主性を重んじて、人間の無限力を発揮させる方法と共通するものがあるのではないかと考えられます。

  彼の父親は邦彦さんと言い、名騎手だったという。武豊氏は、10才で本格的な騎手としての訓練を受け始め、17才でデビューした。もっとうまくなりたいと思い、アメリカへ行った。日本よりももっと上手な騎手がたくさんいるらしい。
 彼は、最初、世界最高峰賞といわれる「凱旋門賞」に挑戦したが、第6着で終わった。それからもチャレンジし続けているが、まだ優勝はしていない。最初の時、地元のメディアから、『日本人に勝てる筈がない』とこき下ろされた。しかし、挑戦は続いている。
 彼は、海外にこだわり続け、日本と海外の往復をしているらしい。2006年、31才の時、最強と言われたディープインパクトに乗って、凱旋門賞に挑んだが充分な力を発揮できなかった。彼は、反省する。『騎手としての幅が狭かった』と。また、『このレースでも、挑戦し続けないと、勝つことは無理だ。いつかは勝ってやろうと思うと自分のエネルギーになる』と。

 凱旋門賞に挑戦して、14年目、4回目のチャレンジをした。しかし、今回も10着でダメだった。彼は言う。『普通に、プレッシャーがあってもなくても一緒だ。淡々とレースに臨む。その中で淡々と厳しさに向き合う』のであった。その時は、7万人以上の観衆が集まっていた。
  彼は言う。『まだまだ諦めないで頑張りたい』と。高みを挑み続ける者にゴールはない。『プロフェッショナルとは、自分のやるべきことを貫くことである』と。この言葉は私の心に強く響いた。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月 4日のブログは、「北海道“夢の国”計画」です。先生のさまざまな政治的・行政的とでもいうべき「夢」を語っておられます。
①北海道を“半独立国家”とする。
②通称「リッジ党」を立ち上げる。
③「北海道」の自然と人間の活力を動員する。
などなど、様々なお考えを述べておられます。今までの先生の御文章やご著書を拝読している島根の信徒さんは、おっしゃられる意味が理解できるのでないかと思います。詳しくは、御文章を拝読下さい。

*今日は、谷口純子先生のご誕生日です。常日頃のご指導に感謝申し上げますと共に、今後のさらなるご指導をお願い申し上げます。私が、毎日のように母親に絵手紙を描いて送ることができるようになりましたのは、谷口純子先生のお陰でございます。母親がとても喜んでくれております。母は長生きをさせていただいております。有り難うございます。

*今日から明日まで、小学生一泊見真会が行われている。目標30名に対して、夕方の時点で30名来ていた。餅つきや手品をあった。餅つきは子供たちと同様に少しついてみた。手品は少し種は分かった。私も真似てみたが、人間の眼を欺く方法である。それだけ、眼というものは見ていても見えていない、ということのようだ。第一日目の写真が、アルバム集に掲載されています。ご父兄の皆様、これは速報ですので、どうぞご覧下さい。子供さん達が、元気に練成会を受講しているのを安心していただくためでもあります。

 中内 英生

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January.04.2009「平凡な生活の中の喜びとは?」

Photo January.04.2009「平凡な生活の中の喜びとは?」
今日の歌::発見す 小さな奇蹟 足元に

 平凡な中でも少しでも進歩しているとうれしく思うようです。進歩は新しい自分の発見ですから喜びを感ずるのでしょう。人間の求めるものとして、①愛されたい。②愛したい。③認められたい。④お役に立ちたい。⑤自由になりたい。⑥進歩して生きたい。…などという本能的な願いがあるようです。

 ①の愛されたい、は基本的な願いです。しかし、愛されたいとばかり思っていると受け身の愛ですので、ややもすると悲しい思いを体験するかも知れません。
 ②の愛したいというのは、能動的ではあります。人は愛する時に満足することができるようです。子供を愛していたのに成長して自分から巣立った場合には、寂しく思うことがあります。そんな場合には、愛行をしましょう。愛行とは愛他行であり、人を喜ばせることです。人を喜ばせたとき、逆に喜びが湧いてきます。
  ③の認められたい、という要求は、その人を努力させます。しかし、認められるとうれしいのですが、その時、自分の陰徳は消えてしまうかも知れません。神様だけに認められることを望んで他人から認めれることを望まないことが信仰としては必要ではないでしょうか。
 ④のお役に立ちたい、というのは実に大切であり、お役に立てたと思ったときに喜びが湧きます。それが元気の元です。NHK番組『百才バンザイ』に出演する人の共通点は、必ず他人を喜ばす何らかの方法を実践しておられることです。健康法は色々とあり、百才過ぎてもアルコールを晩酌する人もあり、ビフテキにまで蜂蜜をかける爺さんもありで、色々あるようです。しかし、共通点は人のお役に立っていることです。そして、皆から喜ばれていることのようです。
 ⑤の自由になりたい、は人間本来の欲求のようです。衣食住が充分でも最初は良いのですが、檻の中で飼い慣らされた動物のように感じ、喜びが湧いてこないようです。自由に飛び回っている時、人間は喜びを感じるのではないでしょうか。
 ⑥の進歩して生きたい、というのが今日申し上げたい事柄です。「私は神の子であるから、これから毎日あらゆる点で、一層進歩する。私は今、新しい世界を発見しつつあるのである」という祈りが有効であると教えられております。進歩の感じこそ、生き甲斐の源泉です。島根の信徒の皆様。眠る前に、目が覚めたときに、二十回以上、唱えてみましょう。きっと、明日は進歩の感覚を味わうことができるでありましょう。

*アクセス数が5月から開始して、七千回を超えました。皆様に深く感謝致します。このブログを読んで下さる方が多くなるほど、島根教区で谷口雅宣先生のブログを拝読される方々が増加することを念じております。英語のブログは、まもなく一ヶ月となりますが、平均1人か2人の方々がアクセスしてくださっております。感謝申し上げます。今年は出来れば、実質的に皆様のお役に立てますように、理論的にも理解できるような内容のものを別枠で書きたいと考えております。勿論あまり難しくならないようにです。

*明日は、谷口純子先生のご誕生日です。日頃のご指導に感謝いたしつつ、ご誕生日をお祝い申し上げます。

 中内 英生

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January.03.2009「マザー・テレサ(その四)」

Photo_2 January.03.2009「マザー・テレサ(その四)」
今日の歌::伝道は  救済なりと マザー言う  フランシスコの 導くままに

 マザー・テレサはどのように貧しい人々を救済したのであろうか。この救済法は、私たちにできるかどうかは分からない。しかし、実践力という面に於いては、学ぶべきものが多々あるのではなかろうか。クリーン・ウォーカーの先駆けとして御実践された谷口清超先生の実行力にはただただ驚くものがあるが、御日常のご生活の中での御実践であるだけに、私たちも努力すれば近づくことができるのではないかという期待感はある。島根でも常に実践し、かつ普及誌愛行を行っている信徒さんが数多くおられると聞いている。マザー・テレサとは方法論は違うが、共に神の御心を行う点では共通しているのではないだろうか。
 マザーが死に行く人を助ける理由は、「その人は、病めるキリストである」との信仰からであると聞いたことがある。「いと小さき者に施したることは、我に施したことになる」という意味のキリストのお言葉があるという。目の前に倒れている人は実は病めるキリストだった、というマザーの信仰は強烈だった。神の声を聞いたとされる列車の中でのことをNHKでは表現していなかったが、私が読んだ本では強烈な印象として残っている。さて、(その三)の続きを述べることとする。

 マザーが向かったのは、貧民街・スラムであった。1947年、ヒンドウーとイスラムとの宗教対立の末、パキスタン・イスラム共和国がインド共和国から分離独立した。国境近くのコルカタには、100万人近くのヒンドウー教徒の難民が流出したという。そして各地にスラムが生まれていた。マザーはスラムをくまなく歩くうちに、学校に行かずに過ごす子供が多くいることに気がついた。マザーは勇気を出して行動した。
『あのー、お子さんに勉強を教えたいのですが…』
自分ができることから始めようと、子供たちに勉強を教えることにした。明くる朝、昨日訪ねた場所に向かった。すると、5人の子供が待っていた。急ごしらえの青空教室が始まったのである。鉛筆一本、ノート一冊もない教室でした。マザーは、木の枝を使って地面に字を書き、子供たちに教え始めた。

 学校はできたものの、スラムの人々をたった一人で救うのは、途方もないことであった。自分の無力にさいなまれていた頃、マザーのもとに若いインドの女性が訪ねてきた。それは、修道院でかつてマザーが教えていた生徒だったす。マザーのスラムでの活動を聞きつけ、自分も手伝いたいとやってきたのだった。自分自らは何事もなし得ず、神が協力者を与えてくれるのである。その数は、さらに増え続け、10人になった。そんなある日、スラムを歩いていたマザーは道ばたに転がっているものに気づいたのである。気がつくと、それは行き倒れになった女性であった。わずかに女性の指が動きました。『まだ、生きている!』。死にかけた人が道ばたに放置されていることに、マザーは驚いた。すぐに、マザーは女性を病院に運んでいきました。

 しかし、病院の医師を女性を見て言った。
『ダメだ!こんな人間はコルカタに何百人もいる』。マザーはあきらめず、その場から動きません。医師はマザーに根負けして、女性は無事に病院に引き受けられました。しかし、マザーの心には医師の言葉が突き刺さっていました。それは、『こんな人間は何百人もいる!』という言葉です。道ばたで人が死ぬことが当然とされる社会と人々の心に心を痛めました。”最も貧しい人たち”の存在にマザーは気づきました。マザーは決意します。『ただ、物質的な貧しさだけでなく、誰からも愛されず、見捨てられた人々がいる。この人たちを、自分が救わねばならない』と。

 かつて、マザーが訪日したとき、上司であったK本部講師が招待された。その時、マザーは、みんなで祈ることを提唱し祈ったという。そして、精確ではないが、「日本は豊かなように見えるが、精神的には貧しい」というような意味のことを言われたと記憶している。

 早速、マザーは行動に移した。市役所を訪ね、路上で死にかけている人を看取る場所を提供してほしいと申し出ました。マザーの熱意に動かされた役人は、ある場所を紹介してくれました。それはカルカタのヒンドウー教の聖地、カーリー寺院であったといいます。
(続く)

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月 1日のブログは、「新年のごあいさつ」です。
賀状でのご挨拶は控えられたことをお書きになっておれれます。私ども島根県教化部も控えさせていただきました。
  新年祝賀式のご挨拶の内容が掲載されております。丑の年ですので、丑にちなんだお話です。アカベコの絵を描いておられます。島根でもどなたか、描いてみては如何でしょうか?
私たちは、現在の三つの大きな流れの中にいるということ。①化石燃料活用の時代から、自然エネルギー使用の移行期。(さらに激しさを増すと考えられる)②アメリカ一極支配から多極化の時代への移行。(金融危機を作り出して収集がつかないようになっている)③世界のキリスト教からイスラームへの移行。(10数年経てば、イスラーム人口が世界最大となる)というような内容です。”( )内の言葉は私の注釈です。”
 この三つを念頭において今年は学んで参りましょう。①は、新聞テレビは勿論ですが、NHKスペシャル等でたびたび放映されます。②は経済と政治にも強くなる必要があるかも知れません。③は基礎知識が必要です。『衝撃から理解へ』と『イスラームへの誤解を超えて』の二冊をまず拝読しましょう。
  その変化の中で、「不変のリズム」を正しく把握しておく必要をお説きになっておられます。古人の智慧に、不変のものを見出すことは非常に重要だとしておられます。
丑年にちなんで、①「黒牛(こくぎゅう)白犢(はくとく)を生む」、②「牛の歩みも千里」を挙げておられます。内容はブログで拝読下さい。中国の故事をご紹介しておられますが、私がかつて中国映画で見たのとよく似た物語です。博打で財産をなくしたお陰で、中国の革命で無産階級となり助かったという内容だったと記憶しています。
 自動車に関して、不利な条件が却ってチャンスを生むということをお説きになっています。
 また、本当の意味で不幸は存在しない。それは適切な対応という呼び水を引き出すための招待状である。そして結局は幸福を掴むことになる。最後に、真理の吟唱『無限の富者となる祈り』を御朗読されたと書かれております。
 神想観により、神様のアイディアを受信すること。実相顕現の運動と神性表現の生活を明るく、コツコツと続けていくことをお勧めになっておられます。
 コツコツと続けることに関しましては、島根の信徒さんは得意分野ではないでしょうか?

*まもなく小学生一泊見真会が始まります。ご推進にご協力下さっていただき心より感謝申し上げます。わが家からも参加させていただきます。
 中内 英生

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January.02.2009「木」

Photo_3 January.02.2009「木」
今日の歌::庭の木に 人生映し 感謝する  日照りも雪も 喜び育つ

 今日は、正月二日目である。既に、動き出した感もある。近くにある元旦のジャスコは福袋を売り出していた。宝飾店が一階にあるが、福袋で10万円や数万円のが各種あったが、10万円のは完売になっていた。私は、実をいうと福袋を今まで買ったことがない。不要なものが入っているかも知れないと思うからだ。まあ、それはともかく、平成21年は動き出した。明るく楽しく今年も生きて参りましょう。

「木」
『生長の家白鳩会』(平成20年12月号16頁)には、谷口恵美子先生が「『鏡の中にー谷口恵美子詩画集』発刊に当たって」の中で、次のようにお説きになっておられます。

(前略)やはり今は、木に興味があります。ときどき何となく行きたくなって、出かけると何かに出会うのです。写すものがないと思ってふっと見たら、モミジの葉っぱが一枚残っていて、すごくきれいで、「ああよかったな」「これに出合うために来たのかな」って思います。無心で行くんですね。向こうから呼ばれていくような気がします。(後略)

 この御文章を拝読して感動しました。実際は木が声を出して呼んでいるのではないかも知れませんが、やはりイノチの世界では、万物と人間は一体ですし、谷口恵美子先生は自然への愛が深いですので、そのようにお感じになられ、また、そのような木に波長があって近づかれるのではないかと思います。
 先日、中高生練成会で第二日目に白鳥を見に行きましたが、最初には予定の所では見つからず、しばらくすると数百羽の白鳥に出合いました。それは、白鳥を愛する心が、白鳥のイノチと感応し合って、白鳥と私たちとを巡り合わせてくれたのだと感じました。やはり、「向こうから呼ばれていく」との御表現がピッタリでありましょう。そして、谷口恵美子先生は、「感動をそのまま表現する」として、この度、詩画集を御発刊されました。島根の信徒の皆様、ぜひ拝読させていただきましょう。素晴らしい詩と絵画です。

「人間・神の子」
『生長の家白鳩会』(平成20年12月号26頁)には、谷口純子先生が「運動を概観して(下)」の中で、次のようにお説きになっておられます。

(中略)「人間・神の子」であることは、どういうことかというと、現在の私たちは、自分の三業がなくてはここに存在しないわけですけれども、それぞれが「神の子」ですから、今、自分がこの時点で何を思うか、何を感じるか、どのような見方をするかによって、新たに「神の子」としての三業を作っていくことができるのです。(拍手)。それはしかし、目覚めた心で、自覚的に神の子を生きなくては、運命の主人公とはいかないわけです。それが日時計主義を生きることなんですね。(後略)

 このように、人間・神の子を毎日生きるために、その重要なことは表現するということです。来年も、大いに日時計日記を書きましょう。生長の家の御教えは、縦の真理は「人間・神の子」であるのです。また生長の家の御教えは、余りにも易しく説かれていますので、こんなので幸福になるのだろうかと思って実行しない人もありますが、少しでも実践するとすぐに幸福になります。夜寝る前に、朝起きたときに、『私は神の子完全円満、これから毎日あらゆる点で必ず善くなる』というような善き言葉を潜在意識に入れるのも一方法です。終日、光の言葉を唱えて、潜在意識に入れていく方法が、日時計日記を記載する方法ではないでしょうか。
  ともかく自分の考え方が、実相と真象だけを見つめるプラス思考になると、光だけの雰囲気になり人柄が善くなります。伝道者の人柄が善くなると人が集まってくるのは当然でありましょう。
  「真象を認める」活動を日常の中で展開するのです。日時計主義を生きればよいのです。宗教的な「行」も大切ですが、誰でもできる方法をお教え頂いております。
  また、ここでは、『歴史から何を学ぶか』『平和の先人に学ぶ』の中の、谷口雅宣先生のお言葉や「監修の辞に替えて」を読むように勧めておられます。拝読しましょう。
 また、聖使命新聞(1月1日号)によりますと、来る3月1日の「生長の家総裁法燈継承祭」と同じ日、生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生が、白鳩会総裁の任を、同副総裁の谷口純子先生に譲られ、谷口純子先生が新総裁にご就任されることになられるとのことであります。聖使命新聞(1月1日号)を拝読下さい。 
 島根の信徒様には、あらゆる点でうれしい、楽しい平成21年であります。

 中内 英生

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January.01.2009「元旦」

Photo_4 January.01.2009「元旦」
今日の歌::元旦や 年の初めに 雪が舞う
 今年は、読者の皆様に取りまして、島根教区に取りまして、生長の家運動に取りまして、必ず今まで以上に素晴らしい一年になるでしょう。 
 
  神の子の皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 今日は、午前中は、教化部にて新年祝賀式が行われました。新年祭をと考えておりましたが、本部の名称が新年祝賀式と従来の名称を使用しておりましたので、島根も同様にさせていただきました。最初に、「大日本神国観」を実修しました。なぜ、この神想観であるかと申しますと、元旦は皇居に於いて四方拝の儀式が執り行われるとお聞きしているからです。御教えには、「皇恩に感謝せよ」とありますが、この日、天皇陛下は宮中三殿に於きまして、一年で最初の宮中祭祀である四方拝の儀を執り行われるからです。天皇さまの御愛に感謝して、この神想観を実修するのは、良いことであると考えるからです。宮内庁のホームページによりますと、天皇陛下は伊勢神宮、歴代の天皇陵、四方の神々を拝礼され、災いを払い、作物の実りが続いて国家と国民が安らかであるように祈られるとのことであります。先日のご誕生日のお言葉に、「人々の絆を大切にお互い助け合って、現在の困難を乗り越えることを願う」とありましたが、思い出されました。正月2日は、皇居にて一般参賀がある予定でして、私たちも皇居に入らせていただくことができるようになっております。午前9時半から数回、天皇陛下はお出ましになられるとのことであると書かれております。
 かつて、出雲ご出身の故”有留”元本部講師が本部におられた時、「大本教で綾部新聞を担当しておられた」ことや、『大調和』という本を出版するということ等をお聞きしたことを覚えています。その有留元本部講師が「大日本神国観」のことを話してくださいました。私が19才の時でしたが、記憶しております。
 その後、聖経読誦をしました。そして、「新天新地の神示」の拝読、そして、挨拶をさせていただきました。 
  挨拶では、新生することや、天皇陛下の御徳についてや、『信仰による平和の道』148頁の「世界平和を実現する運動」の項目を説明しました。それは、「大和の国の神示」のご説明です。神示には、「われ再び大日本天津日嗣天皇と云う意味について語らん。天孫降臨と云うことは天の父のみこころが天降って、天が下ことごとくが一つの光の世界になり、大和、平和の世界があらわれると云う意味の象徴的表現である。(後略)」という重要な箇所です。

 その後、国歌斉唱やらバンザイ三唱、笑いの大会、それからお雑煮をいただき、それぞれの一年の抱負を述べあい、終了しました。温かい雰囲気の新年祝賀式であったと思います。人数は30名くらいでしたか?中学生、高校生、小学生など5,6人来てくれました。10時からの行事なので来れたのでしょうか?そして、今日は雪が降りました。元旦に雪が降るときは必ず善いことが起きます。今を生かされていること自体が、良いことであり小さな奇蹟でもあります。

 正月元旦は新しい新生の時です。心が新たになる日でもあります。決意を新たにする時でもあります。私は大晦日、元旦からブログっていますが、この習慣は止みそうにもありません。ブログを書き始めた約2年半ほど前からアルコールは無縁の存在にレベル低下したようです。そして、情報収集感覚は少し敏感になってきたようでもあります。
 私たち島根の信徒は、谷口雅宣先生に中心帰一し、心を一つにして、今年の人類光明化運動に邁進させていただきましょう。ここで少し言っておかなければならないことがあります。生長の家は、仕事を取るか、家庭を取るか、人類光明化運動を取るかの選択の三者択一を迫られたときは、全部取るというのが正解です。全部、成就できるというのが神の子の自覚であり、実際そう考えると、それがゲーム感覚になり、楽しくできるようになるものです。さあ、島根の信徒の皆様。今年も信仰人生ゲームの始まり!始まりい…!

 『生命の実相』第37巻4頁には一月一日のお言葉が掲載されている。
(前略)新しい年には新しい心が生まれる。元旦は物事の始めであり、生活更新に最も都合の良い時である。他の時にも新しい覚悟ができ、賢明なる人はいつからでも新生活に突進しうるが、われわれには新しい決意を実行するのには元旦がよい。元旦からまず始めよう。それは明るい心を持つということである。(後略)

 このように明るい心を持つと言うことを元旦から始めるようにお教え下さっております。それは具体的には、”日時計日記の記載”から一年が始まるということでありましょう。
 今年の読者の皆様の抱負は如何でしょうか?私も、いくつか考えました。今年も、読者の皆様に取りまして、素晴らしい一年でありますように、お祈り申し上げます。

 中内 英生

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