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January.06.2009「マハトマ・ガンディー」

Photo_5 January.06.2009「マハトマ・ガンディー」
今日の歌::泊まりがけ 終えて子供ら 家路つく

 マハトマ・ガンディーについての放映があった。この番組は時々みているが、今日ご紹介したいのはNHKの『知るを楽しむ』の「私のこだわり人物伝・マハトマ・ガンディー」である。中島岳志さんという北海道大学准教授が説明していた。
 ガンジーはインド独立の父と云われる。今年で没後60年らしい。何度か、インドの繁栄状況を書いたことがあるが、現在のインドはさらに経済大国へ突き進んでいる。1991年に市場の自由化をした。ガンジーは禁欲主義者だった。現在のインドはIT産業が発展し、ガンジーが考えた理想とはかけ離れた世界となっているらしい。いわゆる消費社会へ突入している。

 しかし、生長の家は、禁欲主義ではない。宇宙服であり、道具である肉体に付属する欲望を制御することを教えられている。肉体は、神の御心を実現する、または使命を実践する神の宮としての役目を果たすためにある。それ故に、人間は自然の一部として自然と共存できる存在として栄えることを目指すのである。または、「足るを知る」ことを教えられ、与えられたものに感謝して物質を神のイノチの現れとして大切に使用するのである。二酸化炭素排出を最低限にすることを目指す低炭素社会こそ倫理的国家であり、理想であるとする。

 インドでは、その繁栄の中で「豊かさとは何か」を考える国民が増えているという。豊かさの反面、心の空洞化を感じるようになった。そのため、聖地巡礼も流行している。もともと聖地巡礼は命がけで徒歩でいくのが本来の姿であるが、現在では便利なバスで行く。それは四国八十八カ所をバスで行くようなものかも知れない。宗教チャンネルというのもあり、自分が気に入った宗教者の話を自宅のテレビで見聞することも出来るという。ガンジーに関する本も売れているそうだ。『ラゲー・ラホー・ムンナー・バーイ』という映画も流行った。これはある男性が、ガンジーの霊姿を見て、さまざまなアドバイスを受けて世の中を救うという筋書きである。そして、自分の中にもともとガンジーがいたということを知ったとき、ガンジーの霊姿は消えるという粗筋である。ガンジー・ギーリーという「あなたの中にあるガンジー的なものに気づいていこう」という動きであるらしい。

 現在もそうであるが、ヒンズー教徒とムスリムとの間の争いかなり激しいようである。その中で、ガンジーは、ヒンズー教徒でありながら、共存出来る道を探ってきた。そして、イスラームに近づいていこうとした。そのことが、ヒンズーの団体の一青年に暗殺される原因となる。ガンジーは山登りの例で訴えた。宗教と真理の違いについてである。宗教は同じ真理に到達する別々の道である、と。ヒンズーもイスラームも外見は違うが到達する山の頂は同じである。この説明は、真理と神髄という言葉を置き換えてみると、生長の家の教義と殆ど同じではなかろうかとも思われる。しかし、イスラム教徒に歩みすぎたとするガンジーは、1948年1月30日、暗殺される。

 そこで、中島准教授は多一論という理論を展開する。それは、「一緒でバラバラ、バラバラで一緒」という考えらしい。ガンジーを暗殺した青年は、RSSという団体であるという。この団体は現在も存在しており、最近は、社会への不満がイスラーム教徒に向けられているらしい。この争いは、先日書いたマザー・テレサが目撃した争いの世界でもある。

 ガンジーは訴える。『My life is my message.』と。自分の人生は「実験」である。『プロセスそのものが私のメッセージである』、と。そして、彼のメッセージそのものが現代への挑戦状ではなかろうか。ここまで進んだインドの物質文明をガンジーの禁欲主義の時代に戻すことは難しいかも知れない。しかし、インドの繁栄の中で、ガンジーの精神を生かすことはできるであろう、と考えられる。また、実験は失敗ではない。そして、「実験は永遠に続く」と。中島准教授は、「ガンジーの生き方は心を打つ」と述べていた。
 
 「一緒でバラバラ、バラバラで一緒」という考え方には、宗教に於ける喩えと人間そのものの喩えも考えられる。すべての人間は、平等であると同時に、個性がある。スマップの歌ではないが、「世界にたった一つの花」であるのだ。
 アントニー・ガウディーという建築家をご存じだと思うが、自然を愛してそれを建築のモチーフに生かした。そして、彼は言う。『価値がない人間はいない。誰にも神から与えられた才があり、その才を使わなければならない』と。私たちが、仕事をする、または何かを創造すると云うことは、神から与えられた使命であると思う。ここで私たち島根の信徒は、「使命を生きる祈り」を思い出そう。
『住吉の大神、宇宙を浄め給う。(繰り返し)。宇宙浄めの天の使いとして生まれしが、○○なり。神は○○に使命を授け給う。今日、何を為すべきかを教え給う。その教えられたる使命を実践することが、私の生き甲斐であります」。

*今日で小学生見真会は終了しました。大変、素晴らしい見真会でした。スタッフの皆様、炊事のご奉仕の皆様、ご父兄の皆様に心から感謝申し上げます。有り難うございます。島根の善き特徴は、ご奉仕スタッフの皆様が、心一つになってお世話とご指導を実践してくださることではないでしょうか。昨日搗いた「お餅」のようにです。

【日々、谷口雅宣先生のブログを拝読しよう】
 2009年1月 5日のブログは、「北海道“夢の国”計画 (2)」です。
「自然資本産業省」(自産省)実現の前提として「自然資本」の考え方を述べておられます。重要なテーマです。ご著書『足元から平和を』を再読したいと思います。「カーボンフットプリント」のご説明もあります。炭素税も出て来ます。そして、電気自動車などのエネルギー源に自然エネルギーを利用すれば、炭素ゼロに限りなく近づくとしておられます。そして、“炭素ゼロ”と食糧自給、自然と産業との調和が実現する土地には、やる気のある起業家や若者が先を争って移住するに違いないとしておられます。

 中内 英生

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