January.07.2009「シートン動物記とオオカミ・ロボ(その一)」
January.07.2009「シートン動物記とオオカミ・ロボ(その一)」
今日の短歌::シートンの 時代は既に 大自然 失われたり 回復目指す
投句:: 朝刊や 吼える真闇の 犬の声
島根の信徒の皆様は『シートン動物記』をお読みになったことはあるだろうか。私は高校生の時、図書館で一冊読んだ記憶がある。さて今日は、そのシートンの話である。自然を愛した彼は、島根の自然に囲まれて生きている吾々にはマッチするのではないだろうか。
次はウィキペディアで調べてみた内容である。
名前は、「アーネスト・トンプソン・シートン」という。彼は、1860年8月14日生まれ - 1946年10月23日没であり、アメリカの博物学者、作家、画家であった。
『シートン動物記』を書いた。また、ボーイスカウト運動の創生に大きな影響を与えた人物でもあるという。
幼少期のシートンは1860年にイギリスのサウスシールズで12人兄弟の末っ子として生まれたらしい。父のジョセフ・ローガン・トンプソンは船会社を経営していたが事業の失敗から、シートンが5歳の時にカナダに移住したという。父はカナダのオンタリオ州のリンゼーで4年間森の開拓などをしていたが、体を壊した為にその後トロントに移り住み会計士の仕事を始めることになる。
幼い頃のシートンは活発な少年であったと伝えられている。学校が終わるとよく森に行って探検をしていた。
高校を卒業したシートンは博物学者を志すが厳しい父親の反対にあい、父親の薦める画家の道を歩み始めたという。アーネストの父ジョセフは謹厳なキリスト教徒であり古典的紳士であった。 しかし、アーネストによると彼の父は家族に対して「暴君」の他何物でもなかったとしている。父ジョセフの厳しかった逸話はいくつか残っている。謹厳なキリスト教徒の父は日曜日は起きている時間は宗教的な勤めを行わなければならなかった、そればかりでなく読んでいい本もキリスト教に関する書籍だけだった。また、アーネストが少しでも反抗的な言動や態度があれば体罰があった。(これに関しては当時は体罰が一般的に行われていたので、ジョセフが一般人とかけ離れていた訳ではないことに留意したいとウィキペディアは説明している)。そして極めつけはアーネストが成人すると生まれてから今までアーネストに使用したお金の明細書を見せ返済するように求めたほどであったという。これは、かなり徹底した父親であるようだ。
その様な父の厳しさにも負けず、シートンはオンタリオ美術学校を優秀な成績で卒業したと伝えられている。またその頃から自身の好む、動物を題材とした絵がとても得意であったらしい。
動物の挿し絵が『動物記』には多々書かれているが、父親の進める絵の道を進んでいなければ、おそらく魅力的な動物記は書くことはできなかったであろうし、右脳の発達が充分でなく、自然や野生動物を愛する心の発達も彼が世に出る程のものとはならなかったであろうと考えられる。また、キリスト教の聖書の精読がなければ、おそらく「オオカミ・ロボ」との心の対話も成し遂げ得なかったのではないだろうか。
*今日は会議が午前と午後ありました。午後の「お父さん、お母さんのための練成会」の打ち合わせは充実したものでした。きっと満足のいく参加者数を呼び寄せるのではないでしょうか!
中内 英生
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