April.04.2009「分子人類学」
今日の歌::天気良し 相変わらずの 寒い風
分子人類学について書いたのは何時だったが記憶が定かでないが、この学問は万教帰一を説く生長の家の参考になりそうなので再びご紹介しておく。これはあくまで分子人類学の紹介であり、御教えではないことを最初に念を押しておきたい。そして『科学』は、「説」を示すがそれは変化する可能性があることも付言しておく。
NHKの番組で『日本の教養』(2008/7/22)という番組があった。爆笑問題さんの番組である。分子人類学の篠田謙一さん(国立科学博物館篠田謙一研究室)という人が太田光さんと田中祐二さんに説明していた。この学問は、基本的には日本人はどこから来たのかということを探る学問である。頭蓋骨や骨を見て色々と説明していた。骨がくっついているので結核末期の人であるとか、15歳くらいの女の子であるとか、斬首された悪い人であるとかいうようにである。そこで、お二人はどこから来たかということを、太田さんと田中さんの唾液で調べた。
唾液の細胞の中にあるミトコンドリアのDNAを調べる方法である。その遺伝情報は母親から子供へと受け継がれて行く。その情報は途絶えることがないらしい。従って、母方の祖先を太古の昔まで遡ることができるという。残念ながら父方ではない。母方のみ残るらしい。
DNAのタイプには、「D4a」とか、「M7Sa1a」とか、「N9a」とか色々とあるようだ。血液型の分け方とか、人種の分け方とかいろいろとあるが、ミトコンドリアのDNAの分け方は新しい分類法である。この分け方をすると世界中の人類の系図を作ることが出来る。いわゆる家の系図は、男性系統を中心にどこかを捨象して作っている。そのような一部の作り方ではなく全人類の系統図を作る方法である。それが出来る。
そしてDNAの全グループを網羅してみると、『15万年前の東アフリカ』に全ての人類は行き着くことが分かるという。
篠田謙一さんは、これで調べると母方はヨーロッパ人ということになった。
『ハーシー』と名付けられた女性の人骨が発見されている。これは約320万年前の猿人である。「アウストラロピテクス・アファレンシス」という。その頃は、おそらくアフリカ全土で数万人という程度の人口だっただろうと篠田氏はいう。その中で、およそ7万年前にアフリカを出て中近東へ行き、さらにインドを経てアジアへ広がった。その一部がオーストラリアへ到達し、アボリジニとなる。アジアに行った人々の一部は日本に到達し、その後、数万年をかけて、さらにアリュウシャン列島が陸続きだったので北アメリカに到達し、さらに南アメリカに到達する。そしてペルー、メキシコに至る。
アフリカからヨーロッパへの進出は、おそらくネアンデルタール人がいたので進出しにくかったのではないかと篠田氏は言う。しかし、私の記憶では、ネアンデルタール人とホモサピエンスとの結婚による両人種の特徴をそなえた人骨の発見があったのでそれだけの理由ではなかったのではないかと考える。それは、太陽光線が少ないヨーロッパへの進出は、メラニン色素が多いアフリカの原人の進出には適さなかったのではないだろうか。太陽光線の体内への吸収が不足すると骨に異常を来すからだ。その欠点を自己変革により、メラニン色素を減少させて色を白くして太陽光線を吸収しやすくすることにより進出することを可能にした。メラニン色素が減少すると同時に目は青くなり、髪は金髪となる。身体の進化にはかなりの年月を費やした。それならばアラスカなどのメラニン色素が多い人々はなに故に生きていくことが出来るのか。その答えは簡単である。アザラシの肉の中に太陽光線を受けなくても充分に生きることが出来る栄養素を含んでいるのだ。しかし、近年、エスキモーの食事の西洋化によってその健康が脅かされつつあると聞いている。
さて、約7万年前のネアンデルタール人に『ホモ・ネアンデルターレンシス』という存在がある。『ラ・フェラシー』と名付けられている。
7万年以前にアフリカを出ていったグループは色々ある。このネアンデルタール人は少し前に出ていった。北京原人は100万年以上前にアフリカを出ていったらしい。ジャワ原人も先に出ていった。それらの原人の後に、現代人の祖先ホモサピエンスはアフリカを出ていく。篠田氏は、何かアクシデントがあったと考えられると言う。その中で居残り組がアフリカ人として生活するに至る。
そして、2万年前に南アメリカに到達した私たち日本人の先祖のモンゴロイドと、4万年前にアフリカからヨーロッパに入ったコーカソイド(白人)が、コロンブスが発見したというアメリカの地域で初めて出合うことになる。そこに白人が、黒人を連れてきて、今から500年前に三つの流れが出合うことになったという訳である。しかし、残念ながらあまり幸福な出会いではなかったようだ。
4万年の間、アフリカから出て行き違う道を旅した、同じ母親を持つ人類の兄弟達が最後に一緒になった。アメリカが世界中の人種の坩堝たなったのは不思議ではない。袖振り合うも多生の縁というが、『袖振り合うも遺伝子の縁』であると篠田氏はいう。人類皆兄弟だったというのは本当だろう。
この分子人類学で、我々は国と人種の垣根を超えて皆兄弟であることを知る必要に迫られているのではないだろうか。
私たち日本人は、砂漠を越えてやってきた。それが『月の砂漠をはるばると』という歌を好んで歌うのは遺伝子のなせるワザであろうか。また、『名も知らぬ遠き島より』という『椰子の実の歌』を歌うのは、ルーツが南洋にあるからであろうか。私の記憶では、基本的には旧石器時代に一度と縄文時代に一度、日本に流れ着いた。出雲族はどの流れかは知らないが、いずれにしろ320万年前の同じ母を持つことになる。
DNAの発見は実に大きい。人類の系図はすべて纏まった一つのものであり、別の種は存在しない。これが事実のようだ。
500年間生きた私たちの祖先は単純に数えても100万人以上にもなる。我々は集団の歴史を背負って生きているのだ。
この番組でDNAの話から突然、デザイナーズベイビーの話になった。DNAが分かりすぎて、優生学を実践するとなるとナチスドイツのように民族浄化などという悲劇をもたらす可能性があるのではないかとの議論になった。優秀な人間だけが良いということになると社会そのものを破滅に追い込むとの発言もあった。
相手のDNAが分かり、相手に恋愛を感じていても、顔は好きだがDNAでは寿命は短い遺伝子だから結婚や止めておこうという事態が出て来るかも知れない、など。また人間はそういうことを考えたがる脳の癖がある等と篠田さんは言っていた。議論を吹っかけていたのは、太田さんだが、ひょっとして、『神を演ずる前に』と『神を演ずる人々』を読んでいるのではなかろうかと思えるような的確な議論だった。
篠田氏は言う。7万年前にアフリカから出ていった人々はごく一部だった。それらを調べてみると、どこにも『国』というものがない、と。勝手に国という囲いをしているに過ぎない。これは日本固有の民族や特質を否定することものではないだろう。その底にある人としての一体感を言っているのではないだろうか。『今こそ自然から学ぼう』の中に、「地球に国境はない」という小見出しがあるが、「人間の遺伝子に国境はない」ということだろうか。神は多様性をこそ尊び給う。様々に種が別れ、人種が分かれたということ自体が多様性の必要性を示している。
『いわゆる国もない。民族もない。65億人はどこかでつながっている!一つの家系である』と、氏は言う。人類総親戚という考え方である。篠田氏の説く世界は壮大だ。
篠田さんは説明する。人類進化の科学の説明によると、私たちは600万年前にゴリラやチンパンジーから別れた。そしてこの600万年という人類の歴史カレンダーを一年に譬えると…。人類の祖先がアフリカを出たのが8月である。人類のうち現代人の祖先ホモサ・ピエンスがアフリカを出たのが12月25日のクリスマスである。西洋文明が出来上がるのが12月31日の午後11時である。我々が歴史といっているのは、人類の歴史の最後の1頁だけを歴史と言っているのに過ぎない。しかも、地球の温暖化を引き起こしたのは最後の瞬間であるとすると、何ということをしてくれたのか!といった所であろうか。しかし、これは何とかしなければならないだろう。その為に、私たちは創意・努力をしているのである。
【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
2009年4月 2日は、「休日のベンチ」です。奥様と休日にショッピングに出かけられたときのことが書かれております。ベンチで子供たちがゲームに熱中する様子を論じておられます。宅の子供もその傾向があるので、総裁先生のお言葉に同感であります。
*今日は特に行事はなかったが色々と細かい打ち合わせが続きました。感謝です。今日の文章は長くてすみません。また、年表があると分かりやすいのですがこれまたお詫びです。
中内 英生
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