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2009年6月

June.29.2009「青年会学習会」

Img452 June.29.2009「青年会学習会」
今日の詩::木の上は トランペットの 楽屋かな
今日は、浜田で会合があった。小さな公共の建物だったが、庭にはエンジェルトランペットの花がたくさん咲いていた。

 今日は、今夜行われた青年会学習会でK青年会会員が発表したレジュメを入手したので、その内容が良く纏まっていたので、それを元にして再学習したい。一昨日は、パソコンの入力が出来なくなり、一日アップが遅れたが、故障ではなく単なる己の操作無知のしからしめるところであった。まあ、dellに修理を頼まなくても良かったので安心した。さて…。

 テキストには、『新版真理第10巻』を使用している。今日の浜田での熟年者の集いで、
元連合会長のK地方講師が、基本を忠実に、『生命の実相』全巻を読破し、『真理』全巻を拝読し、さらに総裁先生のご著書を熟読しているということをお聞きして大変、うれしかった。このような流れがある限り、島根教区はさらなる発展を遂げることでありましょう。

「縦の真理」についてでありますが、それは次のような内容です。
真理と言うものは人間を自由ならしめ解放するところのものであって、別に何々教に属するというようなものではないのです。誰が説いても尊い。キリストが説いたから尊いとか
お釈迦さんが説いたから尊いとかいうのではなく、真理だから誰が説いても尊いのです。
 苟(いやし)くも本当に救われるところの教えであるならば、それは、同じ真理を内にもっていなければならない。『真理』全巻は此の共通のところだけを説いている。したがって一宗一派にかたよらない。人間が救われるために必要な真理の神髄は、我々の生命の本体即ち実相そのものは何であるかと云うことである。その実相とは完全円満である。仮相は現象であり、無常であると共に不完全である。

【P7~P8】”神と一体の自覚を喚起しましょう”ということが説かれている。
 すべての人間の生命は、神の生命の分れであるから、無限の生命と無限の知慧と無限の愛とに吾々の生命はつながっていて一体である。生長の家の「神」の考え方は、「神」さまは一切幸福の源泉であり、完全円満、光明無限、生命無限、智恵無限、愛無現、調和無限、供給無限、自由無限であるのであるということです。一言でいうと、完全円満とか円満具足とか言って、諸徳を包容しうる訳である。従って、神との自他一体を深めることが大切なことである。

【P17~P18】”想念は生きている”とはどういう意味か?
 人間の世界のみに限らず、宇宙そのものも偉大なる神の想念の顕現なのであるということです。「太初(はじめ)にことばあり、ことばは神と偕(とも)にあり、ことばは神なりき、万ずのものこれによりて成り」と聖書のヨハネ伝に書かれているが、神であるところの“生ける想念”によって万物がつくられたと云うことである。この場合、想念とは、健やかなる想念、豊かなる想念、逞(たくま)しき想念、清き想念、愛深き想念の事を表現している。

【P23~P24】”動・反動の法則について”考えてみると…。
人間の想念・言語・行動によって、他に対して善き影響を与えた場合には、それは「悦び」として自己に跳ね返ってくるし、悪しき影響を与えた場合には、それは「苦痛」として跳ね返ってくる。即ち、善を起こせば善が戻ってくるということである。良い面で考えると、この法則は「与えよ、さらば与えられん」という繁栄の黄金律でもある。

【P32~P33】”生命は秩序ある処に発顕する”
 秩序は生命がそこに顕現するために是非必要な機構である。秩序のない所に「見えない世界の放送」はキャッチすることは出来ない。つまり、古き秩序は新しき秩序にとってかわれることによって生命は進歩する。

【P34】”和解するとは秩序の関係に入ることである”
私たちが健康であるためには、周囲一切のもの・空気・水・日光・食物・人間・生物等々と互いに秩序の関係に入らなければならない。和解するとは、「ものそのもの」の完全なる実相を認めその実相と和解することを意味する。

【P35】”人間は神の最高実現である”
 この言葉は個人的に言わせていただきますと、誠に好ましい言葉です。人間は神の最高実現として出現しているのである。猿から人間にまで除々に進化を遂げたのではない。

【P111】”「今」を生かすのが使命である”。
 神が、あなたを此の世に生みたまうたのは、何らかの使命を与えたまうたということである。だからあなたにとって必ず適当な場所があるに違いない。その適当な場所とは一つの所に限られていない。兎も角、如何なる場合にも「今」を生かして全身全霊の誠を尽くすべきである。「一日の苦労は一日にて足れり」という言葉があるが、生長の家では「今を生きよ」と言う。取り越し苦労とは、思い悩むことです。だから今を生きることは実に大切な事です。

【P300~P301】”あなたの生命は“神”そのものです”。
あなたの生命は、神の生命が宿っています。無限力が宿っています。従って、神は悪いものを決して造り給わないのである。それが信仰です。神の善意を信ずるということである。
以上です。

*今日は雨だった。雨は紫陽花にとってはとてもうれしいものだ。今日は浜田で熟年の白鳩さんの集まりだったが、皆様はお元気で大変にご参加された。夜は、青年会の学習会があった。

 中内 英生

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June.28.2009「男が消える?人類が消える?(その5)」

Img449 June.28.2009「男が消える?人類が消える?(その5)」
今日の詩::花見っけ 泰山木に 香りあり

 久しぶりに、「男が消える?人類が消える?」シリーズです。さてNHK番組の内容を確認してみましょう。

 Y染色体を失った哺乳類でも雌雄があって生き続けているものがいます。これは驚きですが、日本にいるトゲネズミがそうです。奄美大島に棲息するアマミトゲネズミと徳之島に棲息するトクノシマトゲネズミがY染色体がなくなっていることが確認されているとのことです。
 トクノシマトゲネズミの染色体ですが、オスはX染色体はあるがY染色体はないのです。Y染色体がなくなったのに、トゲネズミはどうしてオスとなり、子孫を作って生き延びることが出来たのでしょうか。これは生命の神秘でありましょう。そして、いざとなったら生命は偉大なる進化を示すということ。常識を覆すようなどんなことでも出来るという無限力を発揮すると考えることは出来ないでしょうか。

 北海道大学の研究チームがその謎の解明に取り組んでいます。黒岩麻里博士はその解析を行い、Y染色体にあった精子を作る遺伝子が他の染色体に移ったことを確認したとのことです。
 一方、オスを決めるSRY遺伝子は、完全に失われていることも分かってきました。このため、他の染色体のどこかにSRY遺伝子と同じ働きをする遺伝子が「突然変異」によって誕生したのではないかと考えているそうです。
 従って、トゲネズミは何も知らないまま、遺伝子の移動が行われて生き延びることに成功したのだそうです。では、人間もトゲネズミのように生き延びることができるのでしょうか。これが問題です。

 次は悲観論です。松田洋一博士は、それに関して懐疑的であるとしています。あまりにも運を天に任す方法だからだとのことです。しかし、それ以外に科学的な方法でもあるというのでしょうか。博士は人がトゲネズミのような未来を必ずしも受けるとは考えられないとしています。これは偶然の出来事であり、ある種の突然変異というものが重なって、そして生まれてきたものである。そのような未来を人も必ず辿るとは考えられない、とのことです。
 トゲネズミは、Y染色体の滅亡が実際に起きることを警告していることになります。
(そして、逆に生命進化による生き延び作戦の成功もだと思うのですが、如何でしょうか)
自然界には偶然に頼ること以外にY染色体の滅亡を生き延びる根本的な方法はない、ということを私たちは知ってしまったのだとNHKは言っています。

 ところで男の危機というものはもう一つあるそうです。男性の精子が弱ってきているとのことです。次は研究結果です。
 オーストラリアのニューカッスル大学では、ここで行われている研究を通して人間の精子の質が極めて悪いことが分かってきたとしています。以下は、その具体的な内容ですので、省きます。色々な原因が推測されていますが、昔と違い環境が変化していることも上げられます。
 昨日、山の手の誌友会に行ったとき、蛍が少なくなったことが話に出ましたが、小川の岸がすべてセメントで固められたこともあり、さらに農薬の散布が大きいとのことでした。その農薬を私たちは継続的に微量に身体に吸収していることになります。さまざまな面で人間は自然の生活に帰る必要が求められているのではないでしょうか。自然と共に伸びる生長の家の運動は、様々な人類が行ってきた反自然的な事柄から類推しましても、正しい運動であると考えられます。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月22日のブログは、「絵封筒便り」です。三点、ご紹介しておられます。素晴らしいです。

*「歴史秘話ヒスとリア」(2009/6/3)で、横浜の秘話が語られていた。その中で心温まる話があった。明治5年ころも、中華街があったが、横浜に住む外国人3000人のうち三分の一は清国人だった。その横浜にペルーの船であるマリア・ルス号が入港する。その船にマカオから連れ出した230人の清国人が閉じこめられていることが判明した。当時、神奈川県副知事大江卓はことの重大性を感じ、「船内にいるのは奴隷である」、それは人道に悖る行為であるとして、船長を訴えた。中華街の人々はお金を出し合って弁護士を雇った。そして、大江氏は、清国人の解放を命じる判決を出したのであった。清国人は解放された。それに対して、中華街の人々は大江氏に感謝の贈り物を贈った。それは3,5㍍×1,9㍍の大きな旗であり、「マリア・ルス号事件の大はい」というものだった。この事件の一部始終と感謝の言葉が書かれているそうだ。「ハイ」という字は、旗の意味だが、私の一太郎では変換不能なので漢和辞典で調べていただきたい。

*『心の時代』(2009/1/25)という番組があったが、角田泰隆さんというお坊さんが「道元の言葉」を解説していた。僧伽という言葉があるが、僧は「仏教の修行者の集団」という意味があるという。伽は「とぎ」である。一緒に学習する仲間があるので私たちは、組織活動を行うことが出来るのではないでしょうか。師弟という言葉もあるが、師という漢字の意味に、「修行者は仲間である」という意味もあるそうだ。広辞苑を引いてみると、「多くの人」という意味があるので、この辺りの意味からであろうか。「玉、磨かざれば光らず」である。私たちも大いに魂と信仰生活の技術を磨こうではありませんか。生長の家に相・白・青という運動組織があるということは、菩薩道を確実に歩ませていただくための絶妙な体制であると考えられます。

 中内 英生

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June.27.2009「風街・地方より発信」

Img448 June.27.2009「風街・地方より発信」
今日の歌::蛍火に 安らぎ満ちて 夏の風
※夜、見々久という出雲市の山手の誌友会へ行った。夜9時半に帰るとき、蛍の明かりが二つ見えた。爽やかな夏の夜風が 肌を過ぎった。

 真理が説かれるところが世界の中心であるという言葉がある。如何なる存在にも中心があると共に、自分の心の展開として環境を変化させ、世界に影響を及ぼすという意味に於いては、「宇宙の中心」でもある。地方が情報発信している所がたくさんある。島根もその仲間入りをさせて頂きたいと考えている。
 今日は、『風街』(カゼノマチ)という舞台をNHKで観た。それは次のような内容である。

 2009年2・3月に上演されたものだ。北九州芸術劇場プロデュース「風街」舞台中継を全国放送(NHK衛星第二)された。 この作品は、作・演出に福岡県出身の「劇団桟敷童子」の東憲司氏を招き、北九州と東京で上演されたという。北九州から発信する作品としての地域性を強く打ち出しながら、普遍的な人と人の絆を抒情豊かに描き、高い評価を得たとしている。
 60年代を思わせる九州北部の工業地帯の街で…死の少女と死の老婆がその街を見つめているところから舞台は始まる。死の少女が記憶を辿る…それは自分が入院していた療養所に向かって、手を振っていた二人の少年だ。この療養所は、誰も行かない、誰も行ってはいけないと親たちから言われていた療養所である。

 健康的で明るい吉崎商店の末っ子・時男君と、高度成長の波に乗れない重松鉄工所の末っ子の学君…それぞれの家族がそれぞれの想いを持ち、ひと夏の日常が過ぎてゆく物語である。まだ会った事がない療養所の少女に思慕を抱く、時男君。工場の粉塵で汚れた街で、真っ青な空と海の絵を描き続ける学君…やがてその二人の少年が、工場の煙でどんよりとした街に風を吹かせ始める…それは学君が描いた絵がポスターになったことを通してのものだった。
 
 このような舞台を久しぶりに観た。舞台は、役者が全身全霊で演ずるので観ていて感動する。この舞台も同様だった。『このような舞台に於ける神性表現とはどういうことなのか?』を改めて考えさせられた。勿論、まだ自分の答えはまだ出ていない。

http://www.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/event/2009/0627tv.html

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
   2009年6月20日のブログは、「もっと野菜を食べよう」です。世界的に恵まれている日本人はもっと与えるべきであるとしておられます。簡単に与えることができるのが、「もっと野菜を食べる」ことと、「肉食を減らす」ことであるようです。肉を描こうと思ったことはないが、野菜は描こうと思う。なぜならば野菜は美しいからであるとしておられます。

※今日は、相愛会さんが研修会を行い、たくさんの方々がご参加された。女性がたくさん集まるのは珍しくないのだが、男性が教化部にたくさん集まるととても頼もしさを感じる。
 夜は、出雲の山の中で「見々久」という所で相愛会誌友会があった。村の集会所だったがかなりの古さのある小さな家だった。それが山や田んぼの自然とマッチして実によい感じだった。写真をとっていなかったので残念である。写メール俳句は出しておいた。ご夫婦で参加されている人たちもあり男性4人と女性7人だった。相愛会長さんと車の中で話をした。『たくさんの人が集まる誌友会も素晴らしいのですが、人数が少なくても、決して人生の灯台としても信仰の火を消すことなく、山の中で毎月欠かさず開催する誌友会があるということは何と素晴らしいことでしょうか。20人の誌友会が一箇所毎月あるのと、4、5人の誌友会が家の近くにあり、それが10箇所あったとするとどちらが有益でしょうか。合計しても、車を使って二酸化炭素を出して遠くから来て大勢であつまるのよりも、近くで二酸化炭素を出さない方がきっと良いに違いないと考えられる。

 中内 英生

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June.26.2009「森林再生業 湯浅勲②」

Img447 June.26.2009「森林再生業 湯浅勲②」
今日の詩::雪に舞う 鶴を思わす 花菖蒲
*今夜は6羽、玄関の軒下に宿泊している。

 続きです。
【里山回帰】
 昭和26年、湯浅氏は京都府日吉町の兼業農家の長男として生まれた。豊かな自然の中で野山を走り廻って育ったという。映像では、本当に山ばかりという感じだった。奥出雲も自然が豊かだが、浜田や江津から広島の方へ行ったあたりも大いに大自然に恵まれている。そんな感じである。彼はかつて都市部で働いていたが、Uターンする。森林組合に就職するが、参議に選ばれた。

【このままでいいのか?】
 経営は厳しかった。このままでいいのか?という自問自答が始まる。コストダウンを達成しなければならなかった。作業する人々がいた。出来高払いの現場の人々を正職員にして大事にした。一昔前は出来高払いが当たり前だった。彼は考えた。『現場の人々の犠牲の上に成り立っている自分は恥ずかしい』と。安定雇用にしないと最大の力が出てこないというのが湯浅氏の信念である。
 番組事務所での問答があった。住吉美紀さんが質問した。
『本当にきれいに甦った森がとても遠い将来なので、自分で見られないかも知れないと思ったとき、寂しいですか?』
湯浅氏『いいえ、いつごろからかこんなことを思うのですが、一瞬一瞬を完全燃焼して満足に生きていたら、たとえ「お前、死ねよ」と言われても、たぶん「あ、そう」って受けられると思う。だから死ぬときは(満足して)死ねるように、やり残さないように、一瞬一瞬を満足に行きようと云う思いがどこかにある』。
私はこの言葉を聞いて、「一所懸命」という言葉、「今を生きる」という言葉を思い出した。いつでも死ねるという言葉は不吉なことを連想させるので、上記の二つの言葉となる。従って私たちの光明化運動の有り様というものもそうあるべきであろうと考えられる。

 茂木健一郎さんは言う。『林業は50年、100年単位で考える仕事なのに、それをやって来た結論が一瞬一瞬を燃焼させると云うことですね。』
 この言葉で私はつい唸ってしまった。覚者の言葉を聞いているようだった。

 湯浅氏は言う。『樹を植えても一年目はそれ程、大きくならない。来年は少し大きくなる。また少し大きくなる。この積み重ねでしか年輪は太っていかない。それで一瞬一瞬を生きたものだけが100年杉になれる。一所懸命生きたから、大木になれるのですね。だから人間も同じだと思う』と。
 なかなか含蓄のある言葉ではある。

 昨年10月28日、森林再生の技を学ぶために全国11の森林組合の職員が集まった。みんな故郷の森が心配なのだ。湯浅氏は最悪の状態を、全国一の森林再生モデル地区にした。島根は最悪ではないがいずれ全国一のモデル教区となる。
湯浅氏は言う。『再生した森、再生させた組合が点であるうちはまだダメだが、点が沢山になって線となり、あと面になるのは時間はかからない』。湯浅氏はすでに日本全国の森林再生のイメージが出来上がっているようだ。

 三山村森林組合の寒川歳子さんと云われる方が指導を受けた。当時、誰でも出来るものではないような高い技術と膨大な手間がかかっていた。作業員の意見は余り伝わらず、事務方のいる事務所で何事も決定していた。意思の疎通の問題。
 湯浅氏は、提案した。責任を持たさなければ能力は出ない。作業員の出来高払いを職員にしてはどうか、と。提案に対しては会議参加者に不安が起こった。経営状況の悪化を懸念した。皆黙り込んだので、湯浅氏はそれ以上は押さなかった。これは受け入れられなかったが、組合長は、『責任をもった森林組合になっていくことは出来ると思う』と断言するに至った。
 責任を持たせると誇りが出てくる。その次に夢が出てくる。湯浅氏の持論は、現場の人を月給にしないと事務方と現場が一体化しないということのようである。
 
【心が納得してこそ前に進める】
 問題解決の打開に関して、湯浅氏は技術的な問題を提案した。急斜面でコストがかかりすぎる所は「切り捨て間伐」とする。これは間伐だけ行い、木材はそのまま放置する。時間が過ぎると地面から芽が出て天然の森に戻ると云うことである。従って、できる場所から間伐をやっていく。それで何とか経営を立て直せるという結論に至った。

【人工林は地域の宝】
 湯浅氏は言う。『いろいろ言いましたが、基本的には林業って明るいです。たくさん植えている人工林は地域の宝だと思う。宝を生かして、宝の山を作っていただきたいと思う』と。翻って、島根の信徒は年齢が高いという、私はそれは宝の山であると考えている。宝の山で仕事を行う。喜びがまた次の喜び事を呼び込んでくるのは法則であるからだ。その内に、壮年層が次々と出現してくるでありましょう。再び湯浅氏は言う。『勇気があればチャレンジするんで。チャレンジすれば大概、出来るんですね!』と。

【プロフェッショナルとは?】
 心の底からその仕事に思い切って打ち込めるかどうか、自分のいのちを賭けるとか、自分の人生を賭けるとか、そういうことをやっても、それで心の底から納得できる人がプロです。

 今回のテーマで、森林再生の問題は二酸化炭素削減とかなり関係があり、また湯浅勲さんの考え方がかなり生長の家に近いところがあるように思い、感ずるところがあったように思える。島根の皆様、如何でしたか。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月18日のブログは、「映画『路上のソリスト』」です。最後に先生は、時代を知るためにこの映画鑑賞をお勧めになっておられます。ユメタウンには来ているでしょうか。物語のあらすじを書いておられます。また、取材者と被取材者との距離に関する考察をしておられます。皆様もどうぞご覧下さい。

*愛媛にいたとき、『いのちの食べ方』という映画を数年前に観ようと考えたが、どうも行事との関係で劇場で見ることが出来なかった。ゲオにあったので観たのだが、解説は一切なしの映像だけである。穀物や果物の収穫やら、牛や豚、ニワトリなどの処理工場の映像である。これを知らずして、動物肉をうまいから食べるという考えは浅はかに思えるのではないだろうか。人間は神の子であるということは「愛」そのものが人間であるということである。愛の権化である人間が動物を殺して食すると云うことが神の御心に適うのだろうか。肉食の忌避の理由を、総裁先生はご著書の中で縷々お説きになっておられる。知らずして済むものではないと考えられる。
 NHK番組で、『男が消える?人類が消える?』というのがあったが、ともかく他の種を絶滅させ、殺すという人間の行為は、動反動の法則から考えると、厳しいものがあるのかも知れない。人体への物理的精神的影響、宗教的理由、環境的理由などが考えられるが、動反動の法則から考えてみても、殺すべきではないのだろう。
   ついでに『武士の一分』も観た。作者である藤沢周平氏は、かつて総裁先生が東北の行者の物語小説ご紹介をしておられ、その関係で一冊読んだ。それからこの作者が好きになった。作者の小説の傾向は、舞台が地方であるということだ。私も現在、島根に住まわせていただいている。そういう意味で、地方こそ檜舞台であるとの考え方である。

 中内 英生

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June.25.2009「森林再生業 湯浅勲」

Img446 June.25.2009「森林再生業 湯浅勲」
今日の詩::微笑むや マスクメロンは 爽やかに
*先日、知人からマスクメロンをいただいたのだが、メロンが微笑んでいるように見えた。真実は、自分の心をメロンを通して見たのだろう。

 『プロフェッショナル』(2009/2/3)で、湯浅勲さんの報道があった。森林再生は特に相愛会が取り組んでいる問題でもある。日本の森林は三割が危機的状況にあるらしい。湯浅さんは、森に生き、森に教わりながら日本の森林再生のエキスパートとしての地歩を築いてきたようだ。日本の山の病をくい止めたいとしている。彼は常に、100年先を見据えて行動する。当然のことだが、森林はすぐには再生しないからだ。
この番組で、①国策として行った杉林造成が自然を無視した儲け主義に走ったので、外材に負けたこと。(私も子どもの頃、親戚の杉林の手入れや苗の植え込みを手伝った経験がある)、②手入れをしていない森林は、逆転の発想で財産であると考えたこと。③湯浅さんの生き方は、生長の家の「今を生きる」精神に共通していることなどを感じた。さて…。

 湯浅氏は、京都府の日吉町に生まれた。(57才)土地の八割が森である。彼は毎日、七時に出勤する。日吉町森林組合に所属している。組合は一万㌶を管理している。彼は、ここを15年をかけて7割を再生させた。あと3割である。日本は国策として植林を奨励した。私が子どもの頃である。私の親戚に営林署に勤めていた人がいたので多少、森林再生には興味がある。国策の結果、日本の森林の4割が人工林となった。その後、安い外材が入ってきたので、国内の材木は太刀打ちができなくなった。そして、追い打ちを掛けるように、花粉症が発生する。自然を経済発展に利用して、お金を儲けようとした結果かも知れない。しかし…。
 
【手を掛ければ森は甦る】
これが湯浅氏の信念である。その為に間伐ということを行う。彼は都市で働いていたが、30歳代で田舎に帰った。そして森林組合に就職したのだが、予想を裏切って森林の荒廃は進んでいた。それを再生するためにさまざまな工夫を行った。まずは、コストの壁があったのを三分の一に圧縮した。機械化も行った。

【山の命は道である】
道作り、すなはち人間や機械を入れるための通路の確保を最大のポイントとした。山の作業道は崩れやすい。表面は見えないが、地下の水脈が山にもある。それを見分けることがプロの仕事であろう。雨が降ったときの水の通路に道をつけていると、当然のことながら道が分断される。それらの自然条件を考慮に入れながら、長期に渡って使用可能な道路を造るのである。

【答えは山に聞け!】
遠い未来を見据えながら、間伐を行う。植林はこの番組の中では行っていなかったようだが、それもやっているはずである。しかし、杉かどうかは分からない。要するに現代の山は、本来の日本の広葉樹と針葉樹とのバランスが植林により崩れていると言われている。できれば植林は、小鳥や動物が喜ぶような植林にしていただきたいものである。私の郷里は高知県の四万十市であるが、四万十川流域には当然のことながら国策に沿って植えられた杉の森林が残されている。ある時、テレビで観た専門家の言葉が私の肺腑を突いた。『四万十川は小鳥の種類が少ないですね。』それは、当然のことながら小鳥が巣を作りやすく、木の実がたくさん実る広葉樹が少ないことを意味していた。植林によってバランスが崩されているためかも知れない。
 湯浅さんは、テレビの中で昼寝を行っていた。昼寝をすると午後は身体が楽なのだそうだ。日本の森林の八割が荒れている。約800万㌶だという。湯浅さんの仕事の道具が披露された。水色をはじめ様々な色のテープである。これで他の人達と意思疎通するという。テープが一つの言葉なのだ。湯浅さんの頭の中に日吉町の一万㌶の森はすべて入っているという。地形の観察、水脈の読み、自然に逆らわないで山道をつける秘訣を湯浅さんは身につけているようだ。

 ホストの茂木健一郎氏が尋ねた。『これまでかなり痛い目にあったのですか?』と。湯浅氏は答える。『山道作りは痛い目に遭わないと絶対うまくならない。如何に過去に痛い目に遭ったかです。』。なかなかの名言である。受難礼賛ではないが過去の経験を糧とする生き方であろう。

少し長くなりそうなので今日はこれでひとまず終了します。

 中内 英生  

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June.24.2009「”生長の家島根教区チャリティーコンサート”へのご招待」

June.24.2009「”生長の家島根教区チャリティーコンサート”へのご招待」
今日の詩::輝ける 未来はここが 出発点

 七月の「光明島根」の原稿ができましたので、掲載する前に、読者の皆様にブログにてお知らせいたします。よろしくお願いいたします。絵は、クジャクサボテンです。私にとっては手塚治虫氏の「火の鳥」です。

 …生長の家チャリティー・コンサート…Img445
  神の子の皆様、有り難うございます。暑い夏になりましたが、如何お過ごしでしょうか。今日は、まず「チャリティー・コンサート」へのご招待をさせていただきます。8月28日に、生長の家島根県教化部はチャリティー・コンサートを開催します。”谷口清超先生に心から感謝すること”がテーマです。現総裁先生への中心帰一の信仰姿勢は、前総裁先生への心からなる感謝により始まると考えられます。そしてまた、谷口清超大聖師がお作りになられた宗教音楽である聖歌をじっくりお聞きいただくことにより、皆様の心の中に常に真理が印象されることが目的です。従いまして、出演者は全員、聖使命会員であり信徒さんです。参加者もほとんど信徒さんでありましょう。谷口清超先生と島根教区信徒との神縁は深いのです。清超先生は、浜田市の病院で生長の家に触れられ、松江市の病院に移転されてから、地元の誌友会に度々、ご参加されたとお聞きしております。そして、谷口雅春先生に英文の翻訳のお手紙を出されてそれが認められまして、人類光明化運動にご出発されたのであります。
 あなたも是非とも、ご家族をお誘いの上、生長の家チャリティー・コンサートにご参加下さい。
                  
…大切な霊牌のご供養
 もう一つは、宇治の盂蘭盆供養祭です。聖地である宇治別格本山は生長の家の仏間であるという表現もあるようです。一年に一度、盂蘭盆に全信徒のご先祖の供養を行い、一年間、聖経『甘露の法雨』を読誦していただけます。その供養祭のために真心を込めて霊牌を書いて祀っていただきましょう。人生の三分の一は前世の業、別の三分の一は個人の努力、もう三分の一は高級霊の修正です。(半分、四分の一、四分の一と書かれている箇所もある)ご先祖を供養し、ご先祖が自由自在、神通無碍の境涯に入りますと、私たち子孫を強力に御守りくださるようになります。私もこの期間は神官としてご奉仕させていただく予定です。何事も誠実に御実践されるあなた!今年はご自分で丁寧に霊牌を書いてみては如何でしょうか。

…生長の家生命学園…
 最後の一つは、「生長の家生命学園」開催のお勧めです。生命学園は生長の家教職員会が担当していますが、地元では多くの信徒さんがお手伝いしております。現在は、出雲、松江、益田での生命学園が開催されております。生長の家信徒さんが、地元密着型で地域貢献できる唯一とでもいうべき方法が生命学園開催です。もちろん、どこの子供さんでも参加できます。母親教室に参加しておられるお母さん方の子供さんや近所の子供たちを対象にして開催します。子どもが集まると親が生長の家に触れるようになります。このパターンが壮年層の拡大に繋がる可能性を生ぜしめます。島根のどこでも良いのです。開催することにより、自分を育ててくださった地元への実質的なご恩返しをしたいと考えておられるあなた!。どうぞご連絡下さい。

…神性表現…
 皆様は、教化部のホーム・ページにある「写メール俳句」をご覧になられたことはありますか。実に素晴らしいものです。先日は、生命学園研修会へ16人で参りましたが、その間のできごとを沢山の方々が写メール俳句にしてくださいました。見事なものです。美に対する感動を個中の消息として留めおくだけではなく、表現することによって感動を共有することが現在の生長の家の運動には必要です。
 現在は、絵封筒や絵手紙なども奨励されています。私も一日一枚を目標に描いています。一日一ブログ、一日一絵手紙というのも最初は大変でも右脳が慣れて参りますと、それほど苦労せずに書ける(描ける)ようになるそうです。この文章を起点にして、あなたも何か始めてみませんか?自分の世界が確実に広がります。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
 2009年6月17日のブログは、「大自然から神のアイディアを受けて」です。
生長の家総本山での谷口雅春大聖師二十四年祭に於けるご挨拶が掲載されておられます。最後に極めて重要な中心帰一の真理についてお説きになっておられます。ご熟読下さい。

*今日は、江津での先祖供養祭があった。終わってから、地方講師受験勉強会が開催された。新規受験勉強は原則としてH講師会長さんとI地方講師の担当である。今日は二時間でみっちり、生命の実相第一巻の「七つの光明宣言」の解説がなされ、総論講義第二回目が終了した。なかなか立派な指導内容であると思う。
 
 中内 英生

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June.23.2009「”甘露の法雨”とは何か?」

June.23.2009「”甘露の法雨”とは何か?」
今日の詩::雪に舞う 鶴にも似たり しろ菖蒲

 『新講「甘露の法雨」解釈』という聖典がある。その11頁には次のような内容が書かれている。「観世音菩薩”甘露の法雨”をそそぎ給う」と示され、さらに小見出しで、□『甘露の法雨』は観世音菩薩の説教である。と書かれている。この内容が実に素晴らしいのです。

 「甘露の法雨」というのは、法華経の普門品第25という文章を、ここだけ独立Img444_2 経として「観音経」と普通には言われているが、その「観音経」の中に、観世音菩薩が「甘露の法雨をそそぎ給うて煩悩の炎を滅除し給う」と書かれている一節があるという。すなはち、一切衆生の済度のために観世音菩薩が「甘露の法雨」をそそぎ給うたのである。「甘露の法雨」は物質の雨ではない。「法雨」即ち「真理の雨」である。このように観世音菩薩が、真理の言葉の雨を注いで、煩悩の炎を滅除して衆生を済度し給うということが「法華経」に書いているという。その真理の言葉が現実化してここに現れてきたのが聖経「甘露の法雨」であるとしている。
 生長の家の本尊は、仏教では観世音菩薩であると言われているが、この観世音菩薩が「甘露の法雨」を注ぎ給うて人類救済のために真理をお伝えになりましたその真理の言葉が書かれているのが聖経「甘露の法雨」であるとのことであります。

 谷口雅春先生が、ここの部分をお話になられるとき、ゆっくりと何とも言えない口調で、もしお釈迦様が生きておられたらこのような話し方ではなかろうかと思われるような雰囲気だったように記憶しております。

 さて、観世音菩薩の御教えは、総裁先生のご著書『今こそ自然から学ぼう』41頁から42頁に於いて現代化すると考えられます。そこには次のような内容が書かれています。

 自然界の諸々の事象を観世音菩薩の説法であると捉える。そこから教えを学ぼうとしてきた古来日本の宗教的感性は、ディープ・エコロジーの考え方と同一である。私たちは古来からの宗教的感性を犠牲にして、近代化の流れの中で盲目的に”自己拡大”に突き進んできたため、自然を荒廃させ、地球環境を攪乱し、再びディープ・エコロジーのような考え方に帰る必要性が生じてきたという。そういう意味から考えると、地球環境問題は、自然界の背後に佇む観世音菩薩の教えの一つであるという。観世音菩薩は、自らを「暖まる地球」「飢餓に苦しむ人々」「絶滅する生物種」「激化する気候変動」「災害に苦しむ人々」の姿に身を変じて、我々人類に大切な教えを宣示しておられるのである。その教えを学び、実践することが宗教活動でないはずがない。

 精確な御文章をご著書の本文でご確認していただきたいのであるが、この御文章こそ、何度拝読しても飽きることのない美しい文章である。美しいだけではない。言言肺腑を突く思いがする。かつては、観世音菩薩は鬼嫁となり、いじめる姑となって吾等を磨いてくれた。その姿を観世音菩薩として拝んだときに、まず自分の心が変わり、次に相手の姿が変わったのである。そして、上記のように観世音菩薩の現代的解釈が出現するに至ったのであります。

*今日は、午前は松江道場での写経の集い(『新講甘露の法雨解釈』をテキストにして45分間講話)、午後は先祖供養祭、夜は教化部で「お父さんお母さんのための一日見真会の打ち合わせ」であった。一日中充実している。有難いことであります。松江の駅に行く前に県立美術館に立ち寄った。そこでは、吉村先生のエジプト展が開かれていた。吉村先生は7月初旬に県立美術館にお出でになるそうである。

 中内 英生 

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June.22.2009「練成会終了」

Img443 June.22.2009「練成会終了」
今日の詩::火の鳥は 庭に降り立ち 花となる

 今日で練成会が終了した。人数は71名だったが、特に宣伝している訳ではない。ほとんど口コミである。なかなかよい練成会内容ではなかったかと思う。人数よりも内容が良くなっておれば、信徒さんが黙っていない。必ず口コミで人を誘ってくださるのだ。参加しないと損になるからである。浄心行や先祖供養、それに流産児供養なども立派な内容になっている。

 ご奉仕の方々がとても深切なので自然に人が集まってくるようだ。今回は、益田や安来の参加者が目立った。それから数ヶ月前から個人面接、個人指導を強化するように心がけている。これで実質的な体験が確実に増加する。従って、参加者は口コミで増えるという方法である。宣伝で増やすと、それを上回るためにはさらに宣伝が必要となってくる。一年に一度の行事ならば宣伝が大いに必要なのだが、毎月の行事の場合は内容強化の方が得策である。

 まだ治ったわけではないが、癌の影が分からないと医者から言われたという人の体験を聞いたりすると、更に心を清めようと云う気持になる。祈り合いの神想観の後、長年、激痛だった指の痛みが緩和したとの報告を受けたりすると祈らせていただいて良かったと、さらに実相顕現を願ってしまう。ご年輩の女性で腰の痛みで練成会に来ることが出来なかったのが、誘われて練成会を受講し、病無し本来完全健康の話を聞いている内に、完全に痛みが消えたなどとの報告を受けるとうれしくなる。勿論、それが悟りではない。しかし、相手が少しでもうれしくなるように祈りを行い、真心を込めて真理を話すことは相手の魂の向上のためには、決して無駄ではないと思う。

 行き届いた練成会が出雲短期練成会の特徴であろう。来月はあるが、八月は休みである。自然に、コンスタントに百名の方々が新人を誘ってお集まりになるのを目指している。
担当講師、スタッフの皆様、ご参加の皆様、誠に有り難うございました。心から感謝申し上げます。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月16日のブログは、「臓器移植の先に見えるもの (2)」です。
様々な方法がハイブリッド臓器の生産を可能にしているようです。動物と人間の臓器の合体または融合技術です。しかし、その使用による健康や生命維持存続が、人間の幸福の増進と言えるかどうかは別問題であるとしておられます。

*明日は午前中は松江道場で写経、午後は先祖供養祭である。午前は、小職が『新講 甘露の法雨解釈』をテキストにして50分間ほど話させていただく予定である。真理を説かせていだける本部講師にならせていただいていることは本当に有難いことであります。

 中内 英生

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June.21.2009「”父の日”に父を想う」

Img442 June.21.2009「”父の日”に父を想う」
今日の詩::父の日に 末娘より プレゼント

 今日は”父の日”だが、自分の父親について書かせていただきたい。

 私の父は、私が21才の時、昇天した。それから約12年後はじめて父親の愛を理解することが出来た。現在の宇治の総務であるK本部講師が生長の家本部練成道場(飛田給道場)に赴任された時だった。K本部講師は私を開眼してくださった大恩人である。

 練成期間中だったが、父親の身体の具合が良くないと云うことで急遽、高知県に帰った。父は自宅で布団に寝ていた。私が「お父ちゃん、帰ったよ」と言うと、起き上がり、正座して私に色々と話をしてくれた。人生や身体のことや信仰についてだったと記憶している。当時、私は日本大学の学生であり、飛田給道場の練修生制度の九期生として訓練を受けていた。しかし、私は当時そこを辞めたいと思っていた。数週間前に、父親に「練修生を辞めたい」という意味の手紙を書いていた。私は父親から十枚ほどの長文の手紙を受け取っていた。最後に父親は書いていた。『軽挙妄動を慎み、ひたすら勉学に励め。もしお前が生長の家を辞めるというのならば、私は上京して谷口雅春先生にお前のことをご相談に行く』と書かれていた。従って私は辞めることはできなくなっていた。

 正座した父は私に言った。『お前はどんなことがあっても、谷口雅春先生にどこどもまでもついて行け!』。父親の声は絶叫だった。そして胸を押さえて七転八倒していた。私は聖経『甘露の法雨』を拝読しようとして、招神歌を歌い始めた。父は苦しみながら言った。『招神歌はもういい。『甘露の法雨』を読んでくれ』と。母親がすぐにその場に飛んできた。すると父親は、「わしは社会復帰をしたかった」と言ったのだった。母親は驚いて、『お父ちゃんが、そんな気持だったとは知らなかった。ご免なさいと』、額を畳にすりつけてお詫びをしていた。父親は胸の苦しみがおさまると、再び正座して私に語りかけ、「お前はどんなことがあっても谷口雅春先生にどこどこまでも付いて行け!」と叫ぶのだった。そこへ救急車が来て、父親は病院に収容された。私と父親とが正常に会話が出来たのはそれが最後だった。

 ある練成会員が私に言った。「お父さんは、その言葉をあなたに言うために、あなたが東京から帰ってくる迄、死ぬのを待ってくれていたんですよ」と。その言葉を聞いて私は号泣した。私をいのちをかけて愛してくれる人が私の人生の中でいた。それは父親だった。その父親の愛に応えるために私は全身全霊で谷口雅春先生について行かねばならない。そう決意してから、私は持てる力のすべてを練成会員に捧げようと専念した。谷口雅春先生はもういらっしゃらない。その雅春先生と御一体であられる現総裁先生にひたすらついていくことが父親の愛に応えることになると考え、現在に至っている。私が練修生にならせていただく入門許可の決意書を谷口雅春先生宛に書かせていただいた頃から早や、40年以上を経過した。飛田給道場で、故T元本部講師から歴代の総裁先生への中心帰一の信仰姿勢を長期にわたって、生活の中で学ばせていただけたことは私にとっては余りにも大きい出来事だった。もしお会いしていなければ現在の自分はいないであろう。霊界から導いてくれている父親の愛念を受けながら、19才の時の決意を最後まで全うさせていただきたいと、父の日に決意を新たにさせていただいた次第であります。

*父の日に末娘の子どもからプレゼントをいただいた。ユメタウンの無印良品だった。シャツと透明のケースとハンカチだった。感謝。
*今日は練成会二日目だった。講師やスタッフの皆様は大変に素晴らしいご活躍です。感謝です。

 中内 英生

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June.20.2009「歌劇 マリア・ストウアルダ」

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今日の詩::朱と白 心和ます 永遠の美

 NHKで『歌劇 マリア・ストウアルダ』(2009/5/15)というのをはじめて観た。オペラ等という高尚なものは自分の世界以外のものであると思っていたが、粗筋を日本語字幕で読むと内容がよく分かった。このオペラは、お互いの激しい感情と言葉の応酬があり、練習で演じていた役者がだんだんとエスカレートして本人になりきり、つかみ合いまでしたこともあるという内容である。ここまで行くと、原作:フリードリヒ・シラーや台本を書いたジョゼッペ・バルダークなどにとっては本望ではないだろうか。

 お互いに女王であり、かつては姉妹のように仲が良かった。マリアとは美貌のスコットランド女王である。しかし、マリア(メアリースチュアート)が貴族の反乱により国を追われて、イギリス女王:エリザベッタに救いを求める。しかし、かつてマリアは、エリザベッタの王位を狙ったというので、救いを求めて逃亡してきたマリアを18年余り幽閉した。エリザベッタが愛している男性伯爵が心変わりをして、幽閉するメアリーに強いあこがれと愛を感じて行動するのに嫉妬を感じて耐えられない。慈悲深い女王としてマリアを解放してあげたいという哀れみの思いと、自分の愛する男性レスター伯爵の心を奪ってしまったマリアを憎む思いとの間で葛藤する。そして、エリザベッタとマリアとの激しい言葉の応酬の末に、女王はメアリーを処刑してしまう。極めて人間的(感情的?)な物語である。

 この歌劇物語を観ていて、谷口雅春先生が、なぜユダがキリストを銀30両で売ったかの原因を、ユダが愛するマグダラのマリアがひたすらにキリストを愛するのに嫉妬して、マリアの行為を見ているのに耐えられなかったのではないかと心理学的に推論しておられる御文章があったと記憶しているが、同じようなケースではないだろうかとさえ感じた。
 私が驚いたのは、それらは神の御心から考えるといかにも醜い姿で表現された人間の行動が歌劇・オペラという形で芸術化されてそれが拍手を以て迎えられ、オペラ歌手の歌唱力を楽しむという不思議さである。芸術とはかくの如きものであろうか。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月15日のブログは、「臓器移植の先に見えるもの」です。最近のブログには、このような難しい問題と、馴染みやすい御文章と硬軟をさまざまに織り交ぜつつお書きになっておられるように思います。島根の皆様、毎日拝読いたしましょう。

*今日は、練成会が始まった。33名も来てくださったことは大変うれしい。中でも安来のWさんが沢山の人を連れてきてくださったようだ。どなたかが引率してきた場合は、練成会後も誌友会でお世話してくださるという傾向がある。そうすると、体験が出やすくなるのは当然であろう。また、担当講師や司会や受付やお炊事など、ご奉仕で沢山の方々がこの練成会を支えてくださっている。
 私はできる限り、少しでも 個人面接や個人指導やでそれぞれの参加の方々が抱えておられるかも知れない課題の解決のアドバイスをさせていただきたいと考えている。

 中内 英生

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June.19.2009「川島紘一講師の”生命の教育論”④」

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今日の詩::鮎かごの 上に乗りたる 和菓子よし
*今日は松江で、龍宮の集いが行われた時に、お抹茶をいただいた。和菓子は、「鮎かご」だそうです。鮎が季語でしょうか。

 今日は、川島紘一講師の生命の教育論の続きです。いただいたレジュメ元に文章を作りました。
  生命の教育法(生命の教育)とは何か?について、『生命の実相』を元にして提示しておられます。『生命の実相』第25巻を熟読しましょう。

①教育の根本は児童にやどる無限の可能性を信じ、発見し、それを賞揚し、激励し、自信を高め、勉学に興味をもたらしめることにある。(25巻:はしがき)
※引き出す主体は親です。子どもは神様の金鉱のようなものです。それを親は自覚して、「無限の可能性に対する信仰、その発見、讃嘆、引き出すための激励、自信を高めてあげるための言葉、(例えば”君は勉強がよくできるね”とか)」を持続することが必要であります。

②「ねばならぬ」を解放する教育
「すべての人間の実相というものはそのまま善きものであるから、『そのまま』に任しておいたならばすべてのものは善くなる」という人間そのまま完全なりの徹底的性善説(25巻:P.53)

 *先日、生命学園学習会へ参加した帰りに、松陰神社を参拝しました。ボランティアの男性が色々と説明してくれました。吉田松陰は、徹底的な性善説を実践しておられ、弟子が来なかったり、怠けたりしても決して怒ることなく、「何か都合があったのだろう」と決して相手を疑うことがなかったといいます。教えていたのは近隣の村の若者ばかりで、特に藩内から選んだ優秀な若者を集めた訳でもなかったそうです。そこから数多くの明治維新のリーダーが輩出されました。これを考えたとき、問題は決して相手ではない。自分の信仰の在り方、相手に対する信頼の深さに問題があったのだということが明らかになりましょう。

③人間本然の善さをすべての人に知らせること、これこそ人間の本当の教育。
 人間の神性、仏性を現すという真実唯一の教育(25巻:P.143)

 *生命の教育は、すべての生徒に全ての人々に、生命の実相の完全さを教える教育です。「生長の家七つの光明宣言」第7項に、「正しき人生観、正しき生活法、正しき教育法」の文言が書かれていますが、教育法すなはち生命の教育は地上天国実現のための三種の神器であるのです。教育運動が如何に大切であるかも再認識致しましょう。

④人間のうちに宿っているところの神なるもの、仏なるものを引き出す教育法。
 「言葉の力」によって人間に内在しているところの「無限の力」を引き出す。(30巻:P.6 )
 
 *「言葉の力」は、正式には、「言葉の創化力」です。「すべて波動を指して言葉というなり」と『生命の実相』第1巻の総説篇には説かれております。特に、「思念・発声音・表情」が人生を支配する言葉の力ということになっております。仏教的には、「身・口・意」です。
(続き)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
 2009年6月14日のブログは、「幸福は環境条件にはない」です。石川教区の講習会が、
釧路、埼玉に続いて前回を上回り、運動が上昇気流に乗り始めたことが書かれています。石川は55人の増加で、これは「GO GO!」であると共に、松井さんの背番号でもあるとしておられます。ともかく良かったです。
 また、『ヘラルド・トリビューン』紙のピコ・ライヤーさんの文章を紹介しておられます。「少ないことの喜び」です。島根の方々は共感を得る人は多いのではないかと思います。拝読下さい。

*写メール俳句の御投稿が1000句を超えたようです。感謝申し上げます。個人のホームページも4人の方が開設されております。感謝です。「各種リンク」から入れます。

*マイケル・アリアスさんの監督した『鉄コン筋クリート』のアニメを見た。家内に、大社の方へ行く道ばたにある『ゲオゲオ』で借りてきた欲しいと頼んだのだが、ゲオゲオではなく、「ゲオ」だった。出雲は、「デオデオ」という電器屋があるので、つい「ゲオゲオ」となった。大切な街を護り、孤児のシロ君を護ろうとするシロ君の命がけの思いが強く伝わってきた。最後は悲しいできごとが続いたが、シロ君とクロ君は希望通りに海辺で楽しく生活できるようになった。おそらく浅草をモデルにしたであろう街の背景は緻密に描写されていた。

*今日は、午前・午後と龍宮の集いが松江道場で行われた。皆様、大変お元気です。私は講話の担当をさせていただき、『生活と人間の再建』を使用させていただきました。

 中内 英生

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June.18.2009「川島紘一講師の”生命の教育論”③」

Img437 June.18.2009「川島紘一講師の”生命の教育論”③」
今日の詩::隠岐の海 浮き船走り 静かなり
 *本当は音がしているですが、ガラス窓から見た限りでは静かでしたので、このように詠みました。冬は船が出ない日がかなりあるそうです。この船は3㍍くらい海面から浮くそうです。

 今日は、川島講師の生命の教育論の続きです。漢字の積極活用をご奨励しておられます。漢字は使わない限り覚えません。子どもは頭が柔らかいですので私たち大人よりも記憶力が優れているのかも知れません。

 その四は、「漢字を積極的に使っては?」とのご提言です。日本人は、本来文字を持たない民族です。一つの言語が成立するのに一万年くらいかかるのでしょうか。日本では旧石器時代や縄文時代がかなり長かったのでその間に自然に作り上げられたようです。中国から漢字が輸入されまして、古事記や日本書紀、万葉集などで使用されました。しかし、現代では、古典を学んだ専門家でないとなかなか読めません。その後、女性が”崩し文字的な”平仮名を使用するようになり、藤原氏がそれを公用語として採用します。その時、漢字論争で破れたのが、菅原道真公であるようです。その時から、書き言葉の日本語は漢字と平仮名を活用する美しい文体となったそうです。
 私は、高校時代に、谷口雅春先生の御著書を『生命の実相』を中心にいくらか読ませていただいておりましたので、正漢字については少し読めるようになりました。高校時代に拝読していなければ、現在の自分もありませんし、漢字も弱かったのではないかと思います。

①心理学を応用すれば、漢字がいくらむつかしくても、いくらでも楽に覚えられるのであります。それには「漢字はむつかしい」という観念をとてしまうことが必要である。
…左脳では難しいと考えても、右脳はそのまま映像で覚えるという方法を採ります。最近、テレビで色々な読み方のクイズが出ていますが、教育テレビの漢字講座ではなく、タレントさんがやっていますので、家内や子どもが楽しんで挑戦しています。これは良い傾向ではないでしょうか。漢字は象形文字ですので、読んで覚えると云うよりも、見て覚えるという文字ではないかと思います。

②幼児から、その語学的天才の出ようとするその時期に教えないから負担になる。
…そうかも知れません。自己限定でなく、子どもの他人限定で親が能力を押さえ込むのは問題があるようです。

③こういう形の字はこういう読み方でこういう意味だとぱっと直感的に色彩を見れば何色と分かるように教えればなんでもない。(P.25-27)
…これは実に見て覚える世界です。子どもは直感力が鋭いようです。

④言葉をたくさん覚えさせることが子供の能力を発達させるゆえん。(P.23)
…楽しく覚えさせるのには工夫が要るでしょうが、沢山の言語を知ることは、脳の活性化を促し、さまざまな情感を育成し、新たな文化を生み出すのには必要でありましょう。日本人の考え方で漢字を覚えることは、脳の中で異文化の交流を行うのです。

⑤「讃嘆ノート」を漢字をできるだけ使って書く。ルビは必要。
…これは川島講師のご提言です。子どもに「讃嘆ノート」を書かせるときのことです。辞書を見ることが出来ない状況では漢字を多用することは難しいかも知れませんが、漢和辞典を使用可能なとき、文章作りには漢字を多用することがよいようです。
 私たちが『日時計日記』を書くときにもそのようにしたいものです。最近は、私たちはパソコンでワープロソフトを使うことが多いので、漢字は知っていますが、どうやら書けなくなっているように思います。

⑥手紙文などを漢字仮名交じりで書かせる訓練はどうか?
…あらゆる機会を通して漢字を使用しつつ覚えることを提言しておられます。インプットしておれば、忘れても思い出しやすくなります。書くと言うことは実に重要です。身体で覚えるのです。脳はどこにあるかという質問がありますが、手足に伸びている神経を使うこと自体が脳を使うことだそうです。なぜなら神経は脳から伸びている手足のようなものだからです。従って、手で書くことは脳を使うことになるようです。
 私は高校生の時、現代国語の教師から、文芸評論集を読むように言われて、二冊読みました。「所謂」などという言葉はなかなか読める漢字ではないのですが、その時に覚えました。漢字を覚えるには、インプットし使ってみる以外にないようです。
(続き)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月13日のブログは、「臓器移植法改正は不要である (2)」です。さまざまな政治的な動きに対して疑問を呈しておられます。島根の皆様はどうかご熟読下さい。

*今日は、隠岐の島で先祖供養祭を行いまして、帰ってきました。T職員が同行してくれたので、先祖供養祭の行事そのものには問題はなくなったようです。有難いことです。

 中内 英生

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June.17.2009「谷口雅春大聖師24年祭」

Img438 June.17.2009「谷口雅春大聖師24年祭」

今日の詩::年祭で 決意新たに 島根人 

 今日は、大聖師谷口雅春先生の24年祭が執り行われた。教化部では午前中だったが、開始の前に本部から出されているビデオを拝観した。み祭が行われた後、石倉さんにより総本山造営の時にいただいた谷口雅春先生の書を何枚も貼った立派な屏風(先日、ある人からのご奉納があった)について説明された。挨拶講話を30分間行われた。これは教化部長担当だった。晩年の雅春先生をお見舞いされた恵美子先生の代表者会議でのお言葉、人類光明化運動発進の宣言、谷口清超先生が松江からご出発されたこと。色々と話させていただいた。今日は、谷口雅春先生のご遺徳を偲ぶのみならず、光明化運動発進の宣言を自分の心として再出発する日であること。また、谷口雅春先生が谷口清超先生をお選びになられ、谷口清超先生が現総裁先生をお選びになられたことは、谷口雅春先生と現総裁先生と御一体であると再認識し、現総裁先生に中心帰一して、これからの光明化運動をお導きいただくことの決意を新たにさせていただきました。参加者は30数名。

 午後は、松江で同じようにみ祭が行われた。ビデオとみ祭は同じで、記念講話を行い、教化部を同じ内容の挨拶と、続いて繁栄の秘訣を『繁栄と健康』をテキストにして話させていただいた。参加者は約30名。終わってすぐに、七類港へ走った。七類からホーバークラフトという高速船に初めて乗って、隠岐の島の西郷港についた。

 先に夕食をすませて、夜七時から九時まで、地方講師の受験勉強会が開催された。人数は4人だったが、この地で受験者が出ることは実に有意義なことだ。真理定期便で神の国の情報を隠岐の島へ輸送する。一ヶ月の確実な流れができあがると、必ず地方講師が生まれ、組織が拡充されるようになる。そして、若い人々は集まってくる。これは法則的なものがあると私は確信している。しかしそれを実現するには、こちらが誠実に確実に決して手を抜かずに諸行事を実施することであろう。明日は、午前中に先祖供養祭を行ってから午後帰る予定である。

 このブログの発信は残念ながら18日になった。17日は隠岐の島のホテルで通信不能となり、掲載は18日になった。悪しからず。  中内 英生 

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June.16.2009「川島紘一講師の”生命の教育論”②」

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今日の詩::三瓶山 蛍袋の 不思議色

 今日は、昨日の川島紘一講師の”生命の教育論”の続きです。生命の教育を学んでおりますと、どうやらわが身を振り返る機会が多くなってくるようです。有難いことです。さて、始めます。

 その三は、「たえず自らの心を磨く」です。絶えずという信仰姿勢が大切です。時間を無駄にせずに生かして使う。谷口雅春先生は、時間を作り出すようにお教えくださっております。いのちの表現は時間を通して行われるからです。

 「子供は親を模倣する」「幼児の印象は成長後を左右する」(P.36-40)とあります。
①子どもをよくしたいと思う人は、必ず自分自身がよくならなければならない。…子どもは親を模倣するからです。また、ある両親の所に生まれてくるのは霊的波動が類似しているからであると考えますと、模倣しやすい心(因)を持っておりますので、親が悪い縁とならないことが必要です。従って、悪業が子どもに現象化する前に、親が先に良くなる必要があります。

②自分の心に恥じるようなことを子どもの前ではしない。また子供の前だけじゃなしに、自分自身そういう恥じるような、子供がしてくれたら困るというようなおこないをしない。
…家庭は修行の道場であるというのが生長の家の考え方です。教化部会館や地方道場だけが道場ではなく、生活の場である”ご家庭”こそ道場です。昔、インドにゆい摩詰という人がいたそうです。ある釈迦の弟子に問答を仕掛けました。『お前はどこにいくのか?』『道場に修行に行くのです』『道場だけが道場ではないぞ。現象界そのものが道場なのじゃ』と。現象界もですが、生長の家では特に家庭が道場ではないでしょうか。そこで道を行ずる。家庭で愛を行ずるのです。

③親自身を教育してはじめて全き教育ができる…その為に、生長の家では母親は母親教室で学び、父親は父親教室で学んだりします。どんなに青少年練成会で子どもが良くなって帰りましても、環境である両親の心が良くなっていなければ、元の黙阿弥になるケースもあります。

④子供の好き嫌い=親の心に好き嫌いをする心、わがままを言う心…このことは重要です。子どもを叱る前に、自分を内省する必要がありましょう。

⑤子供の時の意識に刻みつけられた記憶というものはなかなか失なわれてしまってはいない。…三つ子の魂百までといわれています。脳医学的にも三つくらいで基本形が定まるようです。しかし、それからの変化も当然のことながらあります。胎教から始まり、幼児教育を経て、常に継続的に良い印象を子どもの心に与え続ける必要があります。また、母親がスキンシップによって脳が刺激を与えられて、脳が発達するとの説もあります。

                         
「人格の感化の力」(P.45-46)
①人間は人格者の側につとめて長くいるとしだいに良くなってくるのです。…法燈継承のことで、「面授」が基本であると、『正法眼蔵を読む』では説かれています。人格の感化は実に偉大です。元本部講師の故T講師は、『海外で半年間、谷口雅春先生ご夫妻の随行をさせていただき、自分の考え方がまったく変わった』と言っていました。それほど、人格の感化力は強いのです。「聖者は無為にして化す」という言葉もあります。

②どんな人間でもその奥には仏性があり、神性があり、良き響きが奥の奥にありますけれども、そいつを引き出してあげる教導者の強さが足りなければ、それが表面に現れないのであります。…教導者の強さの基本は、「愛」でありましょう。そして引き出すという修行でありましょう。

③親自身が心に善を描き、行いに善を示して、それを模倣さえすれば、児童が自発的に道徳的善ができるように仕向けてやるほかはないのであります。(P.50)…親自身が心に善を描くのは「日時計日記」記載が最勝です。『日時計日記』を付けることが如何に、教育にとって大切であるかが理解できます。

④子供の思想および活力を正しい方向にし向けるように誘導してゆくことは教育者の役目であります。教育とは圧迫ではなく、誘導であり、「引き出し」であります。(P.55)…この点は信仰により神想観や祝福の祈り、讃嘆などを絶えず行うことが必要でありましょう。
⑤「教育者自身が言葉と行為とを洗練せよ」…日時計主義に立脚し、生命の教育に立脚したきめ細かい教育技術的言葉や行動を開発する必要がありましょう。

※子供と接触する人は、子供にもたせたいと思う性質、行為、習慣等を自分の行為にあらわすようにしなければならない。( P.139-140)…人格の感化を①で学びましたが、逆に親自身が師となって、人格の感化を子どもに及ぼすという構図を作り上げるのです。

⑥子供の心のフイルムには、周囲に一緒に生活する人々の生活がそのまま撮影されざるをえないのである。(P.153)…これは生活の真剣勝負です。宮本武蔵のような武芸者が何度も真剣勝負で試合をしたように、私たちは自分の生活の中で一所懸命に精進する必要がありましょう。

※山本五十六司令長官の言葉をご紹介されました。その言葉は余りにも有名です。
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』『話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。』『やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。』…人の動かし方、育て方、感謝の仕方なのです。

※平泉 成さん(タレント)の「妻から学んだこと」をご紹介されました。『子供に‘ありがとう’を言わせたかったら、夫婦が互いに言い合うこと。』とあります。夫婦互いに肝に銘じて演ずる必要があるのではないでしょうか。残念ながらこの方のことは私は知りませんでした。

※原 辰徳(WBC優勝監督)の言葉をご紹介されました。『絶対にマイナスのことを言わない』です。

   今日はここまでとさせていただきます。来年度から各地で「教育フォーラム」という新人向けの小規模講演会が開催されますが、今日はその予行演習の第二回目を教化部で行いました。何度かは、実際に外で行ってみてはという意見も出されましたので、教区生教会で検討されるのではないかと思います。その基本パターンに、今回のレジュメは大変役に立ちますので、みんなで学習したいと考えています。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月12日のブログは、「ビワを食べる」です。実物よりも絵の枇杷の方に愛着を感じるとしておられます。なんだか分かるような気がいたします。PC画で枇杷の実を描いておられます。

*東出雲町には、黄泉比良坂という所がある。黄泉の国と現世との境界とされ、古代出雲神話の中でイザナギ命が先立たれた最愛の妻イザナミ命を慕って黄泉の国を訪ねるその入り口が、ここの黄泉比良坂であるとされています。谷口雅春先生がお説きになられました古事記講義で知った名称です。

 中内 英生
 

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June.15.2009「川島紘一講師の”生命の教育論”」

Photo June.15.2009「川島紘一講師の”生命の教育論”」
今日の詩::シャボテンの 蕾は花と 咲きにけり

 去る6月13日、14日と山口県の松陰練成道場にて「生命学園研修会」が開催されたが、島根からは私を含めて16名の参加であった。これは、島根教区のT生教会会長さんの生命学園に対する熱意が、参加者を動かしたものと考えられる。さて、その研修会で、長崎の川島紘一講師の講話が理論的でかつ実践的に話しておられましたので、島根の信徒さんにとってご参考になると考え、川島講師にご了解をいただきまして、講話内容の一部を資料をもとにしてご紹介させていただきます。このシリーズは、数回に亘って掲載したいのですが、終わりましたら、「子育て相談サイト」に移動する予定です。

 テーマは、「元気で楽しい生命学園」というものでした。サブタイトルを、”『生命の教育』等の聖典に学ぶ「元気で楽しい生命学園」であるための奨励や提言”としておられました。”提言という言葉は少しどうかとも考えた”と謙虚におっしゃっておられました。

 『その一』は、「愛唱歌で真理にふれさせる」という方法をとっておられます。楽しんで口ずさみながら自然に真理にふれることができるようです。神様とは?を説明し、神様のお働きとは?何かを教え、それらを知ることにより、無限力なる神の子として、何でもできる自信力と勇気が沸き立つとしておられます。
  例として、1.神の子行進曲、2.私たちの神様、3.神の子無限力(ジェスチャー付き)をご紹介しまして、川島講師ご自身が歌い、かつジェスチャーを付けておられました。英語の先生のようですが、真摯なご雰囲気の方がジェスチャーと歌を歌いますと、会場はみんなが真似をして実に素晴らしい雰囲気となりました。
 余談ですが、昔、ピンク・レディーの振り付けが一世を風靡し、日本の女の子で踊れない子はいないという位に流行ったものです。内容は全然違いますが、それくらいの迫力があるのかもしれません。次は『生命の教育』から学んでおられます。この信仰姿勢が実に素晴らしいと思い、島根の信徒さんにご紹介する気持になりました。

①小児の教育ほど大切なものはない・・それは実に神の事業の一つであり、地上天国建設の大天使を造るための事業であるのだ。…教育者やご両親のこの自覚が、よき教育を施すようです。(P.152)
②子どもはいくら幼くとも、適当な教育を施しさえすれば早ければ早いほどよい。…今を生かす教育です。子どもが興味を持った時点ですかさず、それを意欲として位置づけまして、能力開発を始めるのです。(P.103)
③「嬰児、幼児教育における音楽の力」を説いています。(P.16-17)
・視覚よりも聴覚の方が発達してくるのであります。そういう時には音楽を聞かしてやるのがよいのです。・このように説かれていますので、音感を覚えるのにも幼児期がよいようです。
④・明るい愉快な気持ちの良い詩を朗読して聴かせる・・・『甘露の法雨』を赤ちゃんに読んであげるのもよいのです。(P.19-20)

『その二』としましては、・・・「和顔・愛語・讃嘆と祈り」とありました。
①とがめないで美点を認め、ほめるところが生長の家の教育法。これは原則として褒めるということです。しかるにしましてもしかり方があるのです。相手が自信を持てるような愛を感じさせるしかり方を研究しなければなりません。(P.63)
②愛語と讃嘆とで子供をほめて「あなたはきっとできる・・・」です。すべて教育は解放と引き出しからです。神性を解放します。実相を引き出すのです。(P.99)
③「 始めは下手でよい。賞めてやるがよい。言葉の創造力を利用するのだ。賞めれば賞める方向に子供は喜んでずんずん生長するものだ。・・・(P.106-107)
確かにそうです。両親は、子どもの大ファンにならなければなりません。親ばかとはよく言ったもので、世の中に親だけは、子どもを信頼するファンが存在する必要があります。

 次は、谷口雅春先生著の『実相と現象』を使用されました。P.128です。

 ”人間は“神の子”として自己の内に、“無限の可能性”を有するのですが、それを現実にあらわすには言葉の創化力を使うのです。すなわち言葉によって賞めるのであります。賞められると内在の力が出てくるのです。”     

この御文章は、生命の教育の神髄をお説きになられたものです。

また、谷口雅春先生著の『優良児を作る』(p.19)も使用されました。

 本当の教育というものは訓示や叱ることにあるのではなく、相手を拝むことにある。人間に宿る神性に礼拝する教育。生命は神性であるとして拝む。それが言葉に現れると愛語讃嘆となる。常に教室が愛語讃嘆で満たされているようでなければならない。教育は我々の内にやどる則を育てること。
 実に、ポイントを押さえての内容の提示が為されました。

 また、『讃嘆のためのノート』を作ることを提言しておられました。これは、私たちは毎日、『日時計日記』を付けています。例えば、どんな褒め方があるのでしょうか。
①元気のよい返事 ②よい姿勢 ③文字のていねいさ、綺麗さ  ④夢を表現する ⑤小さい子への気配り ⑥話を熱心に聴く ⑦物作りへの熱心な取り組み ⑧皆勤 ⑨堂々と質問ができる ⑩奉仕活動をみ黙々とやる、積極的に取り組む ⑪与えられた役割をきちんと果たせる ⑫歌が上手  ⑬読み方が上手 などです。褒め上手、褒める天才になることです。ご両親や教職の方はさらに子どもの実相顕現の聖業を遂行されるに至るでありましょう。
(つづく)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月11日のブログは、『日本の中期削減目標は「90年比-8%」』です。麻生首相が10日、2020年までの日本の温室効果ガス削減の中期目標を発表しましたが、「05年比15%減」であるとして、さまざなま考察をしておられます。環境問題を生きた形で理解するために、島根の信徒の皆様、拝読下さい。

*今日は、白鳩会の熟年者の集いが教化部で開催された。熟年者の集い(龍宮の集い)の参加者は本当に熟年者であるのだろうかと疑いたくなるほど、お元気そのものである。大変に素晴らしいことだ。御教えを御実践されるとこのように美しく年を重ねていけるのだろう。私はまだ先は長いが、是非とも見ならわせていただきたいものである。
*チャリティ・コンサートの打ち合わせがあった。回を重ねるたびに具体的になっていくことをうれしく思う。この度は「谷口清超先生に心から感謝し、お作りになられた聖歌を私たちの魂に響かせるため」のコンサートである。

 中内 英生

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June.14.2009「伝説の画家長谷川利行(その3)」

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今日の詩::紫の 咲くはアジサイ 雨の色 

(続き)
 やがて利行の目は繁華街から路地裏に生きる人々に向けられていきます。1932年発表の『二人の活弁の男』は、活弁が映画に劣らなかった時代に活躍した活弁士たちである。時代の移り変わりと共に、仕事をなくし明日を見失っていった。それは上京して夢やぶれた男たちへの共感だった。粗いタッチで描かれたそのヒトミは生気を失い、暗い陰が漂っている。
 
 親交のあった友人、水墨画家、岩崎巴人さん(93才)は語る。利行は独特の雰囲気を持っていた。情熱的なものがありながら、その情熱的なものを離れた所から見ている。現実を冷静な一傍観者として見る目が利行にはあった。剣道の達人に会っているような気がしたと友人は言う。

 利行は描く対象に、心を強く引かれながらも冷徹な画家の目で東京という街の真実を見極めようとしていた。しかし、その絵が売れることはなかったという。住む家を失い、木賃宿を渡り歩く放浪生活が続いた。わずかな収入も、すべて酒代へと消えていった。生活が困窮を極めると、日銭を求めて人混みの中に入っていった。酒場を渡り歩き、店員や客を描いては、その場で売ることもあったらしい。『ノアノアの少女』1936年作だ。『少女』1936年に描いている。
 しかしその頃、利行の身体にはある異変が起きていた。酒の飲み過ぎによる胃ガンであった。激痛を抱えながら、盛り場をまわり、人間達を描き続けていった。
1936年発表の『カフェ・オリエント』。浅草の人気カフェ・オリエントを描いている。やわらかな色彩が飛び交う店内の絵だ。それは筆を使わず、絵の具を直接、指で塗ったものだった。その絵からは、かつてのような熱気は感じられない。群集はもはや人間の形すらとどめず、ヒョロヒョロとした線で表現されている。

 美術評論家の尾崎真人さんは次のように語っている。
『自分の存在というものをやがて、消えるんだという気持であろう。その消滅が近いんだということをどこかで悟っているのではないかと思う。人というものが街の中で埋没していく。コミュニケーションをしたいのだけども、できないという疎外感がある。都会は華やかさというもので引きつけはするが、決して安住させない。東京という儚さを絵というよりも、叫びに近い。そこまで利行の心は行ったのではないだろうか。』

 キャンバスに映し出されたものは、大都会東京の孤独がある。遠ざかる群衆達。それでもなお利行は東京の真実を捉えようとしていたようだ。

 前出の水墨画家の岩崎巴人さんはまた次のように言う。
『利行は、タバコの箱を開いてうしろに絵を描いていた。利行が残したタバコの空き箱があるが、たった数㎝のタバコの空き紙の裏には、「川岸風景」という絵が描かれていた。川岸の工業地帯の風景が描かれていたのだ。晩年、キャンバスを買うことすら困難になった利行は身の回りのものに絵を描くようになった。
 彼の残したメモ帳「スケッチブック」に描かれた絵は、ほとんど人物像で、わずかな絵の具だけで描かれている。街で出合った行きずりの人達だった。
『描いていくことは、自分がそこに存在している証である』という。描くことによってのみ、それによって、自分の苦悩から逃れられたのではないかという。

 1940年東京養育院(板橋)に収容される路上で行き倒れた利行は、収容先の養育院で誰にも看取られず、息を引き取る。享年は49才の若さだった。利行が最後に語ったという言葉で、画家の執念をうかがうことが出来る。
『街へ出たい。一枚でも多く、絵を描きたい!』だった。

 この物語で感じたことは、どんな下町の場所でも、どんな人でも美を見出すことが出来るということだった。また、絵を描くのは技術も必要だが、描こうとする意欲が絵を描かせるということだった。誰にでも描くことが出来る。誰にでも独学でも立派な絵を描くことができるということだった。
 そして、もし利行に生長の家の御教えが伝えられていたら、もっと違った大きな画業を成就したのではなかろうか、と云う思いしきりである。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
   2009年6月 9日のブログは、「臓器移植法改正は不要である」です。臓器移植法改正の案づくりが混迷していることに関してのご教示です。熟読いたしましょう。

*松陰練成道場のある場所に、現在は山口県教化部会館が建っている。ここは十数年前、練成会で何度もお世話になった場所だ。大変、懐かしかった。

 中内 英生

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June.13.2009「伝説の画家長谷川利行(その2)」

Img085 June.13.2009「伝説の画家長谷川利行(その2)」
今日の詩::アジサイの 日ごとに変わる 色浄し

 35歳の時、利行は東京へ居を移した。関東大震災の後であったが、復興する東京には全国から夢を追い求めて若者が集まってきた。その人口は爆発的に増加していた。利行がやって来たのは一大繁華街になっていた浅草だった。華やかな東京の風景の虜になった利行は街にキャンバスを持ち出した。利行の或る友人の証言によると、利行の様子は周囲の人々を驚かせたという。利行は店にやって来たかと思うと、下描きもせず、その場でいきなり絵の具を塗り始め、うめき声を上げながら嵐のような勢いで絵筆を走らせていた。誰も見たことがない型破りな早描きだった。わずか数時間で利行はその場で絵を完成させたのである。

 1927年「酒売場」を描いている。そこは浅草一の人気をほこる洋風酒場だった。大音量の音楽が流れる中でごった返す人々。そこには活気があった。厚塗りの荒々しい筆使いでうねるように描かれている。店内に飛び交う鮮やかな色彩があった。パレットを用いず絵の具をそのままキャンバスに塗りつけていた。利行はすばやい筆さばきと色彩の響き合いで、大都会東京の喧噪と熱気を表現したのだ。
 利行の絵は、マチスなどの絵にも通じると画壇の新人賞を受賞した。1927年(36歳)二科展・樗牛賞を受賞した。しかし、この受賞が大きな波紋を呼んだのだった。『あんなもの子どもの悪戯描きだ!』『粗野な仕事だ!』『ひどく混乱している!』『汚らしい絵だ』『これは芸術ではない』などのヤジが飛んだ。画壇の保守派たちによる猛反発と様々な批判が飛び交った。行き場のない怒りをぶつけるように利行は描き続けた。しかし、作品は落選を繰り返した。
(時代の潮流に乗らない画風は落選することが多いと言われている。天才の絵は後世に認められることもある。その時代に認められる絵はその時代で終わる危険性もあるのではないだろうか)

 悔しさと疎外感がこみ上げてきて、足は自然と人気のない路地へと向かっていた。そこである風景と利行は出合うのであった。利行は地面にキャンバスを置き、座り込んで眼前の風景を夢中で描きとめた。それは、巨大な鉄の塊だった。路地の奥に忽念と現れたのは『ガスタンク』だった。1930年には、『タンク街道』を発表している。利行がタンクを描いた理由は何だったのだろうか?浅草の中心部からちょっと離れた日常の生活空間とは違う、押しやられた都市の周辺部にタンクが人知れず立っていた。そのタンクの圧倒的存在感、存在性。そこに自分の現在の心を反映させているのではなかろうか。画壇の中には相容れないという、そういう連中に対して、『俺の存在を見ろよ!』という風に、利行にとっては非常に共感性のあるものとして、タンクがあったと考えられる。都会の片隅で異様な存在感を示すタンクに対して、利行は自分のあるべき姿を重ねていたのかも知れない。
(続く)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月 8日のブログは、「ジョン・レノン・ミュージアム」です。埼玉県での生長の家講習会のことが書かれ、幹部・会員の方々への感謝の言葉を述べておられます。また、ジョン・レノンのマンガ風の絵も掲載しておられます。前回より、参加者は多く、素晴らしい講習会だったそうです。小野ヨーコさんのことも書かれています。ファンが多いのでしょうか。コメント数がいつもより多いように思いました。

*島根の皆様は、ストロマトライトという微生物をご存じでしょうか。この生物が出現したのは、35億年前だ。砂などを取り組んで岩石のようになっている。海にいるのだがぶくぶくと泡を出している。そのお陰で海中に酸素が充満した。そしてその酸素が全球凍結などを経ながら大気に進出する。そして私たち人類などの哺乳類が生きていけるようになったのである。このストロマトライトという微生物は現在も生き続けている。私たちは大いに感謝すべきであろう。

*今日は山口県教化部で生命学園研修会に参加させていただいている。出雲の教化部からは5時間以上かかった。なかなか移動し甲斐のある距離だった。島根からは16名の参加だが皆さんは楽しく受講しておられます。
 多湖周子組織運動部次長は、「いのちを引き出す生命学園」との演題で話された。環境問題、教育問題などを話された。素晴らしい講話だった。

 中内 英生

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June.12.2009「神想観練習」

Img084 June.12.2009「神想観練習」
今日の詩::梅雨入りと 思えど空は 晴れ渡る 

 今日は、「伝説の画家長谷川利行」の続編を書く予定だったが、明日から二日間の山口での生命学園研修会の準備やら、午前の会議や午後の神想観の学習などで時間が取れず、今日の出来事の報告だけなので申し訳ない限りである。
 「繁栄ブログ」には一件、掲載したので読んでいただきたい。繁栄関係を調べていると、それを実践すれば、誰でも栄えることができるようである。自らも実践し、多くの島根県の人々にも御実践していただきたいものだ。練成会の日曜日は、「繁栄講話」を入れるようにしている。また、松江道場でも日程を取ることが出来れば、数ヶ月に一回は、何か既成の行事と一緒に繁栄講話を行いたいと考えている。

 「石見の琴姫」様がブログを立ち上げられたようだ。教化部のHPの「各種アクセス」を開けると、すぐに「石見讃歌 琴姫の舞い」というのが目に入る。これをクリックしていただきたい。最新は、亀さんと園児たちだ。この亀さんも全国への初デビューとなる。全国発信の亀さんなどそうざらにいるものではない。写メール俳句は、「三日月ちゃん」とお母様の親子写メール俳句なども今後、楽しみである。ご夫婦で投稿しておられる方々も何組かいらっしゃるようなので、素晴らしいと思う。真象を発見するという神性表現は島根に多くの恵みをもたらすだろう。

 午後の神想観の学習で、大体のところは話したと思って、部屋に帰ったが、落ち着いたところで肝心の練習の仕方を言うのを失念していたことに気がついた。それで、練習の道具を作るのにかなりの時間がかかった。神想観を実践する島根教区のすべての信徒さんが、できる限りよいリズムで行っていただきたいと願っている。私は誌友会に行ったときに、時間があれば、神想観や祈り合いの神想観を短時間でも行っている。神想観の実修は神との一体感を増し、参加者の心を癒すようだ。
 また、B型誌友会だが、新人が集まりやすいということが分かってきた。従って、この方式をできる限り進めて行きたいと考えている。「お父さんお母さんのための一日見真会」では、私は、絵手紙での神性表現の指導担当になっている。この誌友会は島根教区の誌友会ではさらに盛んになっていくと思う。

  中内 英生

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June.11.2009「伝説の画家長谷川利行」

Img431 June.11.2009「伝説の画家長谷川利行」
今日の詩::裏白き 風に煽られ 葉は眩し

 この画家を知ったのは、『迷宮美術館』(2009/6/5)の番組からだった。「プロフェッショナル」に出てくる住吉美紀さんが司会だった。「アートで巡る東京新名所」という副題があった。横山操の作品の紹介や山口晃さんや写真家、中野正貴さんなどが紹介されていた。そして、題名にある長谷川利行の紹介があった。迷宮伝説とされる。なぜならば、彼は、貧乏をしていて亡くなった人なのでよく分からないところがあるからだろう。私はこの画家を知ることによって、まったく自由な描き方があることを教えていただいた。

 2009年2月、東京の谷中でこの街の一軒の家からある画家の作品が発見された。福井龍太郎さんという人である。戦前、福井さん宅は下宿屋を営んでいた。この家に長谷川画伯は住んでいた。生活に困窮した画家は家賃の代わりに絵を置いていったという。絵は、福井家の部屋の片隅で長い間、眠り続けていた。東京のカフェーを描いたという絵ということになっているが、福井さんによると、「何だかよく分からない絵」だそうだ。こんな汚い絵は邪魔だから捨ててしまえ、ということで、それでは捨てる前に専門家に見てもらおうということになった。その結果、着いた値段は、千八百万円だった。近年、再評価されるようになった伝説の画家の作品だった。長谷川利行(1891-1940)。通称リコウという。福井さんは、その値段を聞いた瞬間、『まったく顔のほっぺたの血が引いた』という。

 ほとんど認められることなくこの世を去った異端の画家だった。リコウは巨大都市へと変貌した戦前の東京を彷徨い、都会の風景やそこに住む人々の姿を描き続けたのだった。彼の絵は、まるで殴り書きのような激しい筆致で描いた。そこにはどんな思いが込められていたのだろうか。
 リコウは、明治24年(1891年)、京都山科に生まれた。豊かな自然に囲まれたことちで育った。インテリ青年だった。写真が残されている。流行のハイカラファッションに身を包み、読書や短歌作りに熱中するインテリ青年だった。そんなリコウの心を奪ったのは、雑誌『白樺』に掲載されていたゴッホだった。当時、日本に紹介されていた。ぎらぎらとして色彩、力強いタッチ、独学で描き続けたその情熱的な生き様。やがてリコウは自ら絵筆を取り、絵に熱中するようになった。1921年頃製作した「裸婦」。黄色で大胆に塗りたくっている。これらはゴッホの強い影響がうかがわれる。1925年頃に制作した「自画像」。睨むようなするどい目つきだった。
その先に見つめていたものは、画壇での成功だった。
(続く) 
http://search-art.aac.pref.aichi.jp/p/seisaku.php?AI=ART19970335
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2008-08-24

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月 6日のブログは、「恐るべし、ノーシーボ効果」です。二つの実例を挙げておられます。最後に、健康面にも日時計主義の生き方が効果があることをお教えいただいております。

*青の色彩で魔術師と云われているのが、ヒロヤマガタさんである。彼は、子どもの頃授業中にも絵を描くほど絵が好きだったという。「好きこそものの上手なれ」と言われているように、好きだからこそ長続きがして成功する。天才とは継続できる力であると言われる由縁である。
http://plaza.rakuten.co.jp/linyujie/diary/200709080000/

*石見の琴姫様がブログを開設いたしました。おめでとうございます。とても素晴らしいHPです。明日から、教化部HPからアクセスできるようにしますので、しばらくお待ち下さい。「石見讃歌 琴姫の舞」です。読者の皆様、すばやく短いコメントを入れてみましょう。また島根の読者は谷口純子先生のブログ「恵味な日々」にもコメントを入れさせていただいてください。教化部HPの総裁先生の次にアクセス・ポイントがあります。
http://kotohimeiwami.jugem.jp/

 中内 英生

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June.10.2009「善の三相応」

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今日の詩::普通の日 ものともせずに 研修会 講師集まり 雲を呼ぶなり

 『生命の実相』第13巻倫理篇上186頁(布表紙携帯版)には、「善の三相応」という項目がある。目的(動機)と過程とは一致しなけらばならない、ということが書かれている。どんなに動機が良くても行動過程または結果において、善でないとするならば、それは動機そのものの中に善でないものが含まれているとする考え方である。このことは実に重要である。お書きになっておられる内容は、大体次のようなものである。

 善の動機説や精神内容説は古来から唱えられている。この説で考えると、動機さえ良ければ、その行為の精神内容さえよければ、形はどうでもそれは善であると認めるべきであるという考え方である。人類のためだと云う動機ならば、手段としての行為はどのようなものであろうとも、またどのような結果を招いてもその行為は、善であるというのである。しかし、これは谷口倫理学では排斥する。動機が善であってもそれが不結果を招くのは、その動機として彼の行為を指導し、彼を行為にまで駆りたてるところの精神内容に、すべての場合や条件を尽くさないところの不完全さがあるということを暴露している。不完全は善ではないので、不結果を招くような動機も手段も善とは言い難い。

 このように説かれている。動機や目的も大切だが、過程はさらに大切である。また、結果が良くない場合は、何らかの行き届かない思いがあるとしている。前の項目には、「善とはなんぞや」というのがある。すなはち、善とは神性が顕現した状態であるから、必ずしも相(かたち)ではない。善とは、無双なるがゆえに無限相であるところの自由自在な神性が、時相応、所相応、人相応に顕現した状態をいう。時相応とは、時に相応しいと云うことである。所相応とは所に相応しいということである。人相応とはその人に相応しいと云うことである。人の時所に相応しない思いと行為とは、前例においてそれが同じ思い、同じ行為であっても善だとは認められないとしている。
 赤穂四十七義士が主君の仇を果たすために吉良上野之介の屋敷に入り、殺害して自ら切腹した行為は、江戸時代では善であったかも知れないが、近代に於いては善であると認められないとしている。それはすでに日本では刑法というものが確立している法治国家であるからである。

 この倫理篇を拝読するときには、かなり読書力、読解力を要求される。しかし、宗教には哲学がないと本当の宗教とは言えないと云われている。したがいまして、島根の皆様、頑張って拝読いたしましょう。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
2009年6月 5日のブログは、「環境対応車の行方」です。総裁先生は、「次世代」をとりあえず「10年先」と考え、自動車の技術が「どこへ向かうか」ではなく、「どこへ向かうべきか」と考えた場合の“希望的予測”をお述べになっておられます。自動車に興味のある方も無い方も必読の御文章です。

*今日は、地方講師研修会が開催された。水曜日であるにもかかわらず、沢山の地方講師さんが研修にお出でになられた。島根の地方講師さんは、求道および伝道において本当に熱心である。
*夜は臨時五者会議が開かれた。色々と急ぎの案件が適切に処理されていくことは実に有難いことだ。

 中内 英生

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June.092009「男が消える?人類が消える?(その4)」

Img082 June.092009「男が消える?人類が消える?(その4)」
今日の詩::紅き花 熊野の森に 群れて咲く
*熊野大社のところにある会館で誌友会をしました。かなりきれいな花が咲いていました。

 今日は、先日の続きです。「果たして人類の運命や如何にイ~?」です。さて、…。
Y染色体が誕生した1億5千万年頃前に遡ってみると…。ジュラ紀と呼ばれる時代は、地上を支配していたのは巨大な恐竜たちだったのです。この私たちの祖先は、(進化というのはどうも身体という宇宙服の進化のことのようです。人間は神の子であり、初めから完全です。)体長15㎝ほどのネズミのような姿をした小さな生き物だったそうです。(これはあくまでNHKの報道によりますので誤解なきようにお願いします)。当時の哺乳類は、圧倒的な繁栄を遂げていた恐竜の陰で怯えながら生活していました。こうした過酷な状況の中で生き延びる武器となったのが胎盤でありました。

【胎盤獲得のメリット】
 それまでの動物は卵を産むという生き延びる方法を取っていました。しかし、その方法は多くの危険を伴うものでした。もしも、産み落とした卵に敵がやって来たら、食べられてしまいます。もしも、大雨に襲われたならば命を次の世代に繋ぐことは出来ません。常に危険と隣り合わせだったこの時代に自分の子どもをお腹に抱えて、行動を共にできる胎盤の仕組みは、これまでにない画期的な方法でした。さらに、胎盤には卵にはない大きなメリットがありました。卵と胎盤の間には有袋類の形式があります。オーストラリアに多いカンガルーなどの有袋類は、胎が発達していないので、母体外に産んでからすぐに袋に入り、そこにある乳房でお乳を吸って大きくなるという育て方をしているようです。

 オーストラリア国立大学教授のジェニファ・グレーブス博士は言います。『卵に含まれる養分だけではさほど大きく育つことは出来ません。それに対し、胎盤があれば胎児の成長段階に合わせ、その都度、必要な養分を与えることができます。それは大きなメリットだと考えられます』と。なるほど、母親の身体の中で、かなりの大きさまで生長させることができます。野生動物などは産み落とされてすぐに立ち上がり歩き出します。
【絶滅の運命を背負った胎盤の獲得】
 ところが、胎盤を獲得したことは、同時に絶滅の危険も引き受けることになったというのです。胎盤はY染色体を持つオスがいないと作れない、ということです。男性またはオスはXとYです。Y染色体によって性別を決めるシステムは、1億6千6百万年頃前に出来上がったと考えられています。胎盤を作る遺伝子はオスの精子の中にあるとは何という皮肉?でありましょうか。生命の神秘というか、何故なのか?と疑問も起こります。その1億6千6百万年頃前には、普通のペアだった二本の染色体の片方が男性(またはオス)になることを決めるSRYと呼ばれる遺伝子を獲得したというのです。さらに、精子を作る遺伝子も獲得します。こうして片方だけが男性を決める役割を担うY染色体になったようです。この仕組みによって、オスとメスの数を確率的に半分づつ出来るというメリットが生まれました。父親が持つXとYの二本のうち、Y染色体を受け継げばオス、X染色体を受け継げばメスとなるためです。
 半分ずつ生まれるとは不思議なことです。インドなどで女の子が生まれるのが少ない場合があるのは、胎内での処理によると言われています。それは決して自然なことではありません。

 但し、X染色体とはまったく違う存在となったY染色体はもはや同じ母親の染色体から受け継いだY染色体とは混じり合うことはできません。父から息子へとオスの間だけで引き継がれていく間にコピーミスが重なり、退化を続ける滅びの道に入ったとしています。逆にX染色体は父親とX染色体と、母親のX染色体が交わるので、さらに進化、強化を続けていきます。
 同じ頃に、もう一つ大事な遺伝子がY染色体を持つ男性の側に登場します。それが胎盤を作るために不可欠な二つの遺伝子です。この遺伝子が出現した瞬間に、私たち哺乳類の胎盤は男性(またはオス)がいなければ出来上がらないという運命を背負ってしまったようです。Y染色体が必然的に退化するからです。

 オーストラリア国立大学のジェニファ・グレーブス博士は、『Y染色体が男性を決める役割を担ったことは、哺乳類にとって、”死へのキス”であった。もう後戻りは出来なくなったからです。でも、進化とはそのようなものです。得たものを最大限に生かして行く他はないのです』と。

【胎盤遺伝子が何故男性側にあるのか?】
 胎盤を作る遺伝子がなぜ、男性側にあるのか、それはまだ分かっていないそうです。しかし、胎盤を得たことは、ほ乳類にとって大きなメリットとなったのは間違いありません。その証明は、現在の地球上を見ればよく分かります。ほ乳類が全盛を誇っています。
 寒いところにはシロクマがいます。暑いところにはシマウマもライオンなどもいます。さらに海の中までクジラなどが繁栄を誇っています。あらゆる環境に勢力を広げて繁栄しています。もちろん、私たち人類も例外ではありません。今の繁栄はY染色体の退化という『時限爆弾』とを引き換えに成し遂げた繁栄であるというのです。
 それならば、もう哺乳類はダメなのか?という素朴な疑問が起こります。あと500万年は持つと言われていますが、どうでしょうか。しかし、それでも救いはある、と言いたいところです。神様が人類を見放される筈はありません。そのことは、次回に続きます。(続き)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】 
 2009年6月 4日のブログは、「妻のブログ・デビュー」です。お料理や花の御写真がたくさん載せられています。島根教区では谷口純子先生のブログの話題で盛り上がっています。島根県教化部のホームページの左の端の最下段にある「その他」の所に二段目に入り口があります。「恵味な日々」です。とても楽しいです。すでにコメントをされたという島根の信徒さんのお声も聞きました。島根の皆様、大いにコメントをさせていだだきましょう。

*今日は、午前・午後と誌友会に参加させていただいた。信仰の友の堅い絆を感じた。生長の家の大神様の元に集まった信徒が互いに神の愛を行ずるということは重要であると考えられる。
*夜は地方講師受験のための資料検討会を行った。今年度も、御教えを熱心に行じている多くの信徒さんが受験されるように体制を整えるようにしたい。

 中内 英生

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June.08.2009「礼拝三昧禅」

Img078 June.08.2009「礼拝三昧禅」
今日の詩::竹の子を 煮てから食べる 笑顔かな

 『生命の実相』第12巻布表紙携帯版の197頁に「第五章 礼拝三昧禅」という項目がある。この章は、高校生の時に何度拝読したか分からない。読むたびごとに心が楽になって来たことを記憶している。11巻、12巻の万教帰一篇は、故遠藤義雄先生がお読みになり感動されたという聖典である。海南島の独房から解放されたご体験がある。お孫さんにあたる方が、本部に勤務しておられるようだ。確か、『真理は死刑の鎖をも断つ』というような題名のご著書があったと思う。さて、この章には自然体で生きることの大切さが説かれている。前半の御文章に黄檗禅師と宣宗皇帝の問答が書かれている。

 黄檗宗の開祖である黄檗禅師がしきりに仏像を拝んでいた。宣宗皇帝がまだ皇帝になっていないときだが、黄檗に対して質問した。『ユイマ経にはこういうことが書いてある。”仏に着いて求めず、法に着いて求めず、衆に着いて求めず”と書いているが、なぜあなたは禮仏、仏を拝んでいるのですか?』と。つまり仏になろうとして執着して求めてはならない。『法に着いて求めず』。真理を掴みたいと思って求めてはならない。『衆に着いて求めず』。あの衆生を助けてあげたいと執着して求めてはならない。そう書いているが、貴方はなぜ拝んでいるのであるか。すると、黄檗禅師が言った。『仏に着いて求めず、法に着いて求めず、衆に着いて求めず、斯くの如くして、吾礼拝することをなす』と。ただ拝む。ただひたすらに拝む姿が仏である。

 私は高校生の時、上記の意味の御文章に触れて、救われました。ただ、ただ感謝する。ただ、ただ拝む姿こそ「吾仏なり」の御姿であります。練成会で受付の人がお二人おられますが、何もいただいている訳ではない。しかし、ただお出でになる参加者を拝んでおられます。その姿が仏であるのでありましょう。

 この章には香厳和尚のことも書かれています。仏というものが分からなかった和尚の修行時代のことです。もう分からないからと思って諦めて庵を結んで住んでいた。そしてある日、竹林の傍らを掃除していたとき、その箒に石ころが引っかかって、その石が竹藪の竹にぶっつかった時、その音を聴いて、竹と石と天地と自分と『一つ』であると知った。すべては一つだということを悟ったという体験である。
 宇治の研修会から帰ってきた幹部さん達から、『すべては一体である。他なし!』との講話をお聞きして感動したという感想を何人かからお聞きした。それはこの章にあるお悟りの意味と同じだったのではなかろうかと拝察する次第である。そういうことが講話に語られかつまた感動を呼ぶ時代になったのでありましょう。まさに高度な時代の到来であります。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月 3日のブログは、「いろいろの青」です。“手描き”のPC画を描いておられます。私もいつかはPC画に挑戦しようと思いますが…いつかは不明です。山口真功氏の絵をもとに描いておられます。

*「ブログ」という言葉を職員のTさんに調べていただいた。意味を知っていても無駄ではないと考えられる。World(世界)Wide(広い)Web(網目)という言葉がある。ネットワーク上の複数の独立した情報を変更することなく統合し、「ハイパー・テキスト」として提供するシステムという意味である。このハイパー・テキストの意味は分からないので各自お調べください。
 また、Log という言葉があるが、これは、航海日記、航空日記、飛行記録、PCの利用状況や通信の記録、という意味であるそうだ。その言葉を合体させると、WebとLogで、blogとなる。まあ、そういうような意味だそうな。従って、やはり毎日書き込み、更新することが原則なのでしょうね。しかし、私は書き込むことが日課になっているので苦にはならないが、読む方は大変だとどなたかが言っていました。

*今日は会議が二つあった。午前から大変楽しい会議だった。楽しいということはきっと良い結果を生み出すのではないでしょうか。

 中内 英生

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June.07.2009「夢とは何か?」

Img081 June.07.2009「夢とは何か?」
今日の詩::シャボテンの シャボテンや 蕾の紅き 散らばりて

 先日、学習会で夢について語った。しかし、夢にはどんな意味があるのだろうか。第一に、希望とかドリームとかいう意味があるのかも知れない。アメリカン・ドリームという言葉もある。オバマ氏が、「hope」という言葉を使っていた。感動した。そのような意味があるのではないかと思う。
http://smart.fm/lists/45380

 第二には、「夢幻」という意味での夢であろう。平家物語の初めにある文章を思い出す。
『祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。娑羅(しやら)雙樹の花の色、盛者(じやうしや)必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、只春の夜(よ)の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。』である。儚いというような意味があると考えられる。
  http://www.youtube.com/watch?v=Gko_5sAj8Ek&hl=ja
 また、秀吉の時世の歌は次の通りである。
『つゆとをち つゆにきえにし わがみかな なにはの事も ゆめの又ゆめ』とある。やはり夢であったようだ。

 第三には、寝てみる夢がある。それには二種あるとされている。雑夢が一つ。過去の潜在意識にある思いが色々な形でつじつまの合わないような物語の夢を見ることがある。顔を洗ってから思い出そうとしても一向に思い出せない。雑夢とはそんなものである。もう一つは霊夢であろう。ご先祖様のことを夢に見たと云う時、調べてみると誰かの命日であったということがある。御先祖様が念力をもって子孫に夢を見させたとでも考えられるような夢である。『神、真理を告げ給う』に於いて谷口雅春先生に神さまがお示しになられるような夢もあるのであろう。

 第四は、起きて見る夢である。『 心で作る世界』第二章「視覚の中のプログラム」に於いて、色についてお示しになっておられる。「しかし、その一定の波長の電磁波そのものが赤い色をしているのではなく、その電磁波が到達した先がたまたま人間の視覚細胞であった時に、初めてその電磁波は人間の脳の中で赤という感覚に翻訳されるのである』と。映像そのものも網膜には逆に映っている情報が、視神経と繋がる脳の部分に到達して、脳の中で映像を浮かべる。それは仮想現実の世界である。バーチャル・リアリティの世界とでもいうべきものだ。その世界は、心に端を発して作られた世界を映像として、「在る」と感覚で把握するに過ぎない。従って、起きてみる夢であろう。
http://www.pref.akita.jp/kagaku/1f/hito/2/menu1/a.html

 夢について色々と考えてみたが、どうせ見るなら良い夢を見たい。その為には、身・口・意の三業をさらに良くして参りたいと思う次第である。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月 1日のブログは、「タンポポとツツジ」です。釧路教区の講習会のことが書かれています。前回を上回る人が聴講されたことが書かれています。感謝のお言葉を述べておられます。素晴らしいことであります。また、大型タンポポが咲いているとのことです。釧路川のラッコのこともご紹介されております。湾内に迷い込んだクジラや熊が人家侵入と冷蔵庫のビールを飲むことも書かれています。温暖化の関係でありましょう。

*今朝は八時から、教化部の前などの溝を自治会の人達と一所に掃除をした。脳を活性化するには身体を動かすことが大切であるようだ。また、職員さんが境内地の草を引き抜いてくれたので大変にきれいになった。

*沖縄には玉泉洞という鍾乳洞がある。長い。出口からもとのバス停に帰るのに必ず沢山の土産物店を通過しなければ帰れないというコースになっている。それがまた、楽しい限りである。
http://www.joyphoto.com/japanese/travel/011013/gyokusen.html

 中内 英生

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June.06.2009「映画監督・マイケル・アリアス」

Img080 June.06.2009「映画監督・マイケル・アリアス」
今日の詩::梅雨なれど 作りて食べる 笹の餅

 『トップ・ランナー』(2009/1/17)という番組は若者が出てくるので大変面白い。彼は日本で活躍するアメリカ人の映画監督である。40歳。生長の家では青年会から相愛会へ移行する年令だ。人呼んで「マイク」である。彼は手入れをしていない庭のようなアジア的風景が好きなようだ。日本の都会でよくある風景である。ビルの壁に配線する殺風景な風景も、植物の蔦が伸びていくような感じでまさに生きていると表現する。初めて監督になった時、映画を24時間体勢で作ったそうだ。『楽しいから出来たんだろうね』と振り返る。
http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp187878

 1968年2月2日、アメリカ・ロサンゼルス生まれ。大学では日本語を専攻した。佐々木君という日本人の友達と仲が良くなった。またアビスというアメリカのSF映画の製作では、何でも屋だったという。モーション・コントロール・カメラを扱っていた。その時の監督は庶民的な監督で、作品に対する愛が強烈であり、仕事の最後にみんなが帰ってから帰る人だった。その監督は自分を見本にスタッフを引っ張っていくタイプだった。その人からも色々と学んだらしい。

 1991年に来日した。日本は、特撮映画でSF大国というイメージがあった。プロダクションのアシスタントになった。仕事仲間を、「遊びに夢中になった大人達」と表現していた。何でもいいから好きな仕事が出来るここにいたい、と思ったという。それだけ楽しかったようだ。ウォッシュレットは、アメリカにはない。これが不思議に思った。日本では自動ドアが普通だが、アメリカから来たときは珍しかった。日本はSFの世界のように思った。

 1995年、松本大洋作の「鉄コン筋クリート」というマンガに出合った。(残念ながら、私はまだ未読)『行け!稲中卓球部』も大好きだと入っていた。(私も読んだことがある)。当時は、サリン事件があったころだった。自主制作版のアニメ『鉄コン筋クリート』を作ったが、友人にふと言うと、「それをアニメ化しようよ」と言って、するすると作品を松本大洋氏に見せることができた。松本氏は、喜んでくれて「原作のイメージを壊しても良いよ」とまで言ってくれた。感動した。それで制作に乗り出したという。
http://video.google.co.jp/videosearch?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4SKPB_jaJP267JP267&q=%E9%89%84%E3%82%B3%E3%83%B3%E7%AD%8B%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88&um=1&ie=UTF-8&ei=q44qSrfGIZSGkAXBq7iGCw&sa=X&oi=video_result_group&resnum=4&ct=title#

『犠牲にしてきたものはありますか?』という質問に対して、「基本的にない」と答えている。要するに映画製作を楽しんで来たと云うことだろう。『今、日本にいるという意味は何ですか?』と聴かれたが、『家と仕事場の間を歩いているだけで発見がある』。『アメリカだと自分の家の庭のようなものなので、何でも当たり前で驚きがない。日本にいるだけで刺激度が高い』などと答えていた。感動を大切にしているようだ。愛される謙虚なタイプのようだ。「役者を信じてみんなで一つのものを作る」という考え方だ。監督は人から愛されていないと、良い映画は作れない。番組の途中で「鉄コン筋クリート」の原作者の松本大洋氏のコメントが届いておりそれを読み上げた。

”こんにちは、マイク。マイクが十数年前に送ってくれた「鉄コン筋クリート」の10秒ほどのアニメーションビデオは、今でも大事にとってありますよ。僕の宝物です。マイクはこの話をすると、いつも恥ずかしそうに困った顔をしますが、あれはとてもさびしく美しい、素晴らしい作品だと思います。僕はその映像にショックを受け、以来、ずっと信頼し、尊敬しております。友人となったマイクが「鉄コン筋クリート」を監督してくれたことを本当にうれしく幸せな出来事でした。マイクに自覚があるかわかりませんが、僕を含め、マイクを取り巻く多くの人が、マイクを大切に思い、敬愛しています。相手をそのようにする才能は、多分、誰もが持ち得るものではなく、映画を作る人にはとても大切な力ではないかと思います。新作、拝見することを楽しみにしております。大洋”
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4SKPB_jaJP267JP267&q=%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E6%B4%8B&um=1&ie=UTF-8&ei=tY8qSt2KBJiIkAWXn_T0Cg&sa=X&oi=image_result_group&resnum=1&ct=title

 この手紙をコメンテイター氏が読んでいると、マイクさんは涙ぐんでいた。彼の愛されるという性格は素晴らしいものだ。私もこのようなタイプのアメリカ人にはあまり会ったことはない。この番組でいつも感じることだが、若者は一所懸命に生き働いているという感動である。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年5月30日のブログは、「信仰による戦争の道 (2)」です。ジェームズ・キャロル氏の論説をご紹介しておられます。宗教的信仰に基づく戦争は、極めて悲惨なものになるようです。拝読下さい。

*沖縄に沖縄美ら海(チュラウミ)水族館というのがある。ここにある水族館は実に広大で、ジンベエザメが悠々と泳いでいる。水槽が小さいとストレスが溜まり、生きていけないのだそうだ。大スクリーンの中で泳ぐ姿は実に圧巻である。大自然界の神秘に浸ることが出来るひとときを持つことができる。
http://www.youtube.com/watch?v=A03cWaTf6fg

*『生命の実相』第11巻万教帰一篇上(布表紙携帯版)を拝読した。194頁に、
(前略)生長の家の神さまの神示に『誰にてもあれ、生命の実相を説くところに我れは顕れる』とありますが、誰が説いても真理を説けば其処に神は顕われてい給うのです。何故なら神とは真理そのものでありますから。実際、神があらわれない位なら真理と説いているのではないのであります。…(後略)
この御文章を拝読してドキッとしました。今後、さらに真剣に真理を求道し、真理を説かせていただきたいと念願しました。「仏の使命は説法なり」という言葉が脳裏を過ぎりました。

*今日は、生命学園でしたが、笹餅を皆様が作りまして食べました。写真が掲載されていますので、どうぞご覧下さい。
 谷口純子先生のブログが開設されました。谷口雅宣先生のブログの拝読とともに、谷口純子先生のブログを拝読いたしましょう。

 中内 英生

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June.05.2009「男が消える?人類が消える?(その3)」

Img076 June.05.2009「男が消える?人類が消える?(その3)」
今日の詩::シャボテンの 花は咲きたり 愛らしや

(続き)
 男が生まれないと云うことになれば、人類は絶滅するか?という問題であるが、哺乳類ではないが、オスなしで子孫を残せる動物がイギリスにいるらしい。チェスター動物園である。
  http://valvane.blog17.fc2.com/blog-entry-579.html
コモドオオトカゲのフローラちゃんだ。絶滅危惧種の世界最大のオオトカゲではある。2年前に単為生殖したのを発見された。オスとの性交渉なしに子どもを生むことができたのでニュースになった。ケビン・ビューリ学芸員の話によると、『大型動物がメスだけで子孫を残せるとは今までの常識ではあり得ない』としている。七個の卵が孵化して今も元気に成長しているらしい。さらば、人間もコモドオオトカゲのように、女性だけで子どもを生むことができれば、たとえ男性が消えても人類の絶滅は免れることができるのだろうか?

 しかし、どっこいそうはいかないようだ。私たちは、本質は神の子だが、宇宙服という道具の種類でいうと哺乳類である。卵を産まない哺乳類は、メスだけでは子どもを作ることができないようになっている。それは何故かというと、原因は胎内で赤ちゃんが育つ仕組みにあるのだ。新たな生命を生み出す受精において、人間を始め哺乳類の受精卵は、子宮の壁に着床し、そこで胎盤が作られていく。胎盤は母親から栄養や酸素を送り届ける大切な役割を果たしている。この胎盤があるからこそ、赤ちゃんは育つことができる。この胎盤に、私たち哺乳類がメスだけでは子どもを作れない理由がある。それは、…。何と!胎盤は精子に含まれる遺伝子の命令で作られるためである。つまり、オスがいないと、胎盤は作られないのだ。
*ここでも父親が食べ物を子どもに運ぶ働きが示されているようだ。しかし、実に不思議な遺伝子の謎である。

 男を作る染色体がなくなれば、人類は絶滅するかも知れないというのは、哺乳類特有の問題であるようだ。雌雄の転換の問題を考えてみよう。カクレクマノミという魚がいる。この魚は性転換をすることで有名である。環境ホルモンで性転換をする魚も見つかっているが、カクレクマノミの生態は変わっている。この魚は、メス、オス、どちらでもない魚という三種類がいる。メスが死ぬと、オスがメスに代わる。そして、オスでもメスでもない一匹がオスに昇格するという。性転換する魚はこれだけではないらしい。
*これから考えると、自然は何か代償作用を行う可能性がないわけではない。あまり、一般的ではないが…。
http://www.biological-j.net/blog/2007/09/000278.html
 卵で生むのか、胎盤を使うのかの違いが運命を決定した。なぜ、我々哺乳類だけが胎盤を持つに至ったのか?この続きは、明日です。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年5月29日のブログは、「信仰による戦争の道」です。ブッシュ氏の戦略理論の問題点などを詳しくお説きになっておられます。私(中内)も、NHKBSでのブッシュ氏の戦争についてのシリーズの番組を見ましたが、戦争決定に至る過程の不明確性や攻撃されるイラクの人々の苦しみをありありと感じました。私たちは総裁先生に学びつつ、日々、世界の動向から決して目を離してはいけないでしょう。

*今帰仁と書いてナキジンと読む。沖縄の世界遺産の一つである。今帰仁城は、沖縄県国頭郡今帰仁村にある城跡である。現在では、石垣だけ残っている。14世紀に琉球王国三山時代の三山の一つである。北山王の居城でもあった。ここはかつて薩摩藩に攻められて焼失している。沖縄の建物で目に付くものは、颱風に強いであろう堅固な建て方だ。しかし、最近は現代建築の家が多くなっているらしい。
  http://www.churashima.net/shima/okinawa/isan/20010518/

*『生命の実相』第10巻を読了した。第3章に「悟らぬ霊魂を救う道」という項目があり、昔はこのような実験会をしておられたのを知りました。しかし、結局は、ご仏前で感謝の御先祖供養をさせていただくこと一番大切なようです。
*夜は、お父さんお母さんのための一日見真会の打ち合わせがあった。今回は神性表現などを取り入れて楽しく行う方針である。また、同時に臨時生命学園のようのことも行いたいとしている。

 中内 英生

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June.04.2009「男が消える?人類が消える?(その2)」

Img428 June.04.2009「男が消える?人類が消える?(その2)」
今日の詩::ゴツゴツと 逞しきミカン いただきぬ
*家内が近くの誌友会?に参加した折りにお土産に、庭の夏みかんをいただいてきた。とても立派なものだった。

 今日は、昨日の続きです。
なぜ、Y染色体は消えるのか、を研究している人がいる。イギリスのスコットランド北西部での調査である。かつてサマー・レッドという男性がいた。バイキングを追い返した男だ。蒙古大襲来を防いだ北条時宗のような人である。(北条時宗は、不安でいっぱいになっていた時、名前は失念したが、寺の和尚に指導を仰いだ。すると和尚は、”時宗を去れ!”と一喝した。時宗はその時以来、今までの時宗を忘れたかのように蒙古を追い返したという。)
  オックスフォード大学教授のブライアン・サイクス博士は、歴史上の人物の遺伝子ハンターといわれているそうだ。何人子孫がいるかを調べる決め手はY染色体である。Y染色体は特別な伝わり方をする。X染色体の場合、女性はX+Xだが、少しずつお互いのものを混ぜ合わせた新しい染色体として次の世代に伝わっていく。
(この原理は、いろいろな点で言えることであろう。ドードーなど独自の進化を遂げて、天敵がいない場合、進化が限られてしまい、突然外敵が侵入してくると滅んでしまう。交流するということは、実に種の強化策としては有効である。幸いにして、私たちはインターネットの活用によって、そのまま島根県にいて異文化を学ぶことが出来るのは実に有難いことだ。

 X染色体は、母から子へと世代を経るにつれて次々と変化し、その繋がりをたどることは容易ではない。男性のY染色体は、一本しかない。このため単純なコピーが作られ、父から息子へと、そのままの形で引き継がれていく。この特徴を利用すれば、家系図を辿るようにY染色体がどれだけ広がったのか、容易に追跡することが出来る。バイキングを追い払った英雄サマーレッドの場合、現在、50万人もの子孫がいることが判明している。

 オックスフォード大学教授のブライアン・・サイクス博士は、「歴史上の人物のY染色体は権力を誇った人ほど、現在多くの人に広まっていることが分かってきた」という。サマーレッドもまさにその一人である。しかし、ただY染色体そのものものは崩壊の一途を辿っているらしい。崩壊の道を歩む理由は何か?。Y染色体が子孫に伝わる仕組みそのものにあるとしている。染色体が何千何万回と単純にコピーされている間に、わずかなコピーのミスや突然変異が起きてしまう。そうなると遺伝子は傷つき、機能を失ってしまうのである。
 一方、Y染色体以外の染色体、すなはちX染色体は、父親と母親のそれぞれから受け継いだ二本が一組となる。このため、たとえ片方にミスや変異があってももう片方の遺伝子を伝えることで傷ついた染色体を修復することが出来る。ところが一本しかないY染色体の場合、一旦、遺伝子が壊れてしまうと、こうした修復はできない。そのため、エラーや突然変異が溜まり、がらくた状態になった部分から、遺伝子が無くなって行ったと考えられている。染色体が二本あるのか、一本しかないのか、たったそれだけの違いがY染色体だけが滅びるという宿命の源だったとしている。

 こう考えていくと、滅びつつあるということに不満をいうのではなく現在、残っているY染色体に感謝をして大切にするという考えがY染色体を強化、増殖させるのではなかろうかと推測できないこともない。科学的に考えていても解決のめどはつかない。しかし、「神の創造は完ったい」との信仰から考えると、必ず生き残りの道は残されているはずであります。では、明日に続きます。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年5月28日のブログは、「絵手紙・絵封筒ワークショップ」です。総裁先生が、
絵手紙を実際に制作するワークショップでのご指導をされることが書かれております。総裁先生がこのようなご指導をされることは、驚きであります。しかし、芸術的神性表現を大いに行い、日時計主義の生活を世界へ展開するということを方針としている生長の家といたしましては、島根教区でももっと盛んにしなければならないと考えております。青少年の会合や誌友会において、何度か絵手紙の指導をさせていただいたのですが、さらに行う必要があると痛感させていただいた御文章でありました。

*『日曜美術館』という番組がある。なかなか美術館へいく時間が取れないので、この番組を時々見るようになった。2009/5/24は「錯視芸術の快楽」というのをやっていた。だまし絵である。マテウス・メリアン作の「擬人化された風景」という17世紀初頭の作品は、ダブルイメージで、お城のように見えるが、横にするとおじさんの顔に見えることが分かる。そして視座を決めると、もう他のものには見えなくなってしまう。不思議な絵だ。私たちも、日時計主義という視座を決めるともう他のものは目に入らなくなってしまうのではないだろうか。下にいくつかを提示しました。
  http://www.geocities.jp/sakushiart/dama/117_1.JPG
  http://www.geocities.jp/sakushiart/dama/117_1h.JPG
  http://www.geocities.jp/sakushiart/tagi.htm
  http://event.chunichi.co.jp/damashie/introduction.html

*今日は静かな木曜日だった。現在お借りしている家は、昼間も静かで読書をするのに本当によい所です。感謝しています。

 中内 英生

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June.03.2008「男が消える?人類も消える?」

Img073 June.03.2008「男が消える?人類も消える?」
今日の詩::軒先の 雀のお宿は 何匹や

 今日のテーマは衝撃的なものであるが、NHK番組『男と女(3)』(2009/1/18)からである。この番組に驚いたという人が私に報告してくれたが、今日初めて録画をみた。「性システムの危機にどう対応するか」という副題だ。あくまで科学的な報告なので、生長の家の御教えではないことを最初にお断りしておく。

 人間の染色体は、46本で、実験者は喉の粘膜から綿棒で採取する。性染色体は、女性はX+Xであり、男性はX+Yである。X染色体とY染色体の組み合わせで男女が変わるということを高校の生物で学んだとおりである。しかし、ここに恐るべき報告があり、Y染色体は徐々に小さくなり、やがて消滅する可能性があるという。早ければすぐに、遅くとも500万年後には消滅するという研究者も現れている。

 オックスフォード大学の某人類遺伝学者は、『Y染色体は消滅する運命にある』と、語っている。オーストラリア国立大学の某性染色体研究者は、『来週消えても不思議はない』とも云っている。何故か?これらの危機は、男性の精子にも及んでいるという。映像に出ていたが、現代の男性は精子の質の劣化、尻尾が根元で折れているのもある。濃度が薄いなど色々と問題がある。これは、番組では論じていなかったが、環境ホルモンの関係もあるのかも知れない。
 最新科学が「性」を読み解いたが、その先で見つけたものは、Y染色体の消滅へのカウントダウンだったとしている。気が付かなかったが、要するに、「男」は危機に立たされているらしい。

 オーストラリア国立大学教授のジェニファ・グレーブス博士は、ワラビーの研究を通して性染色体の進化を研究しているという。2002年、Y染色体が危機的状況にあることを世界で初めてネイチャーに発表した。『性の未来』と題した論文だった。内容であるが、①Y染色体が退化の途上にある。②Y染色体は自滅する(予測)、としている。Y染色体は、現在は、大きさだけでなく持っている遺伝子の数も減少してきている。現在、X染色体の遺伝子数は1098個、Y染色体の遺伝子数は78個である。13倍も違っている。大きさはYはXの半分以下で、三分の一ほどだ。元々はXもYも同じ大きさの染色体だったことが分かっている。だからY染色体だけがどんどん小さくなって来たことになる。やがてある日、消えてしまうでしょうと博士は予測している。本当か?
 一億六千六百万年前、Y染色体は一千個以上の遺伝子を持っていたという。博士のシミュレーションの結果だが、現在は100個足らずとなっており、遅くとも500万年から600万年で完全に消えるとグレーブス博士は予測している。
  実際はもっと早くなる可能性は十分あるという。なぜならY染色体は機能しない遺伝子があり、不安定だからである。
 なぜ、Y染色体は消えていくのか、また解決策はあるのか?を次回に探りたい。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
   2009年5月27日のブログは、「自然エネルギーは無限? (2)」です。クイズの正解を
お示しいただいております。
この問題に関連して、太陽神、太陽光発電、食物連鎖、化石燃料のことなどが書かれております。最後に、光明思念の歌で締めくくっておられ、「”くに”静かなり」の”くに”を「地球」と書いておられます。

*成宮寛貴さんという俳優さんがおられる。『トップランナー』(2009/1/6)に出ていた。17歳で俳優になったとき、役者として自分は需要があるかどうか、三年だけ頑張ろうと考えたという。もし自分の需要があるのならばそれを早く自分で気付きたいと思ったといる。成宮寛貴という商品の商品開発を行うという、新しい言葉というかクールな言葉というかそういう若者もいるのだと知った。

*森の自然は「金」に匹敵する。こう云いきった案内人がいた。『地球にふれるエコ大紀行ファイナル』(2009/1/11)ではコスタリカを紹介していた。コスタリカ政府は環境保護の科学者の意見を受け容れて、牧場を買い上げて森を作ったという。
モンテベルデの森では、手塚治虫の火の鳥のモデルになったというケツァールという鳥がいる。アボガドの果肉を食べる。種を地面に落とすとアボガドが発芽する。もし、果肉が付いていれば発芽しないのだという。アボガドとケツァールとの共存共栄関係が見事であった。

  中内 英生

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June.02.2009「人間の寿命」

Photo June.02.2009「人間の寿命」
今日の詩::お早うと 朝の光は 田に充つる

 『生命の実相』第9巻(霊界篇上)を読了した。この聖典は、なかなか左脳では理解できにくい御文章が多い。その中で、短命に終わる人と長寿を全うする人との差はどこにあるかの暗示が書かれている文章があった。ご存じの通り、ベッテリニの霊告であり、コルニリエというフランスの画家がレイヌという少女のモデルさんを通して聞き出した内容である。私は現在、布表紙携帯版を拝読しているので、その頁でいうと134頁だ。二十二の項目で”スピリット自身は「小児の霊」及び寿命に就いて斯く語る”という所がある。次のように示されている。

 で自分はたづねたー幼児期のうちに死ぬのが、その霊魂の高級な徴候であるならば、年老いて死ぬのは、その霊魂の低級なことを示しているのであろうか?
『必ずしもそんなことはない。概括して云うならば、低級なる霊魂は、出来るだけ色々な経験を積んで進化の機会を得るために長生きしなければならない。併し、高級な霊魂と雖も長生きすることもある。ーそれには種々の理由があるー例えばその人がまだ地上に於いて果たすべき役割のあるとき、その人の存在が周囲の人々の進化に役立つとき、それからまた、単にその人が地上の生存を尚享受したいと希っているが如きはこれである』(913/12/24)

 この霊示から考えてみると、生長の家の人々は高級な霊魂なので、長寿になる秘訣は、果たすべき役割を見つけることではないだろうか。そして周囲の人々の魂の進化に役立つようにすることが必要である。しかも、地上の生存で楽しく人生をおくりたいと願うことでありましょう。そう考えてみると、神想観、聖典読誦、そして愛行をして、多くの人の魂の進化に役立つことは長寿の秘訣なのかも知れない。島根では無量寿会や竜宮の集いが開催されているが、これら熟年の方々は至ってお元気である。全員最低、100歳まではお元気にご活躍されるのではなかろうかと思っている。

 私は、ご年輩の方々がさらにお元気で過ごされるように、NHK番組の『百歳バンザイ』を四年前から録画拝見し、長寿の秘訣を研究している。百歳を過ぎても晩酌を欠かさない豪傑お祖母ちゃんや、ビフテキにまで蜂蜜をかけて食べる男性など健康法は様々だ。しかし、共通点は、人を喜ばしている点だろう。2009年2月5日に放映された東京の小堺正さんという方は、101歳だが、未だに社交ダンスを行っている。季節の果物を食べ続けているのが健康法だろう。60歳前後の人達とタンゴなどを踊っていた。28歳でタクシー会社に入社したが、背が低いのに劣等感を抱いていた。しかし、75歳でダンスを始めて、背が低くとも背をまっすぐにして踊るのでそれがプラスになると考えて、劣等感が消滅していった。ダンスの練習がない日も、自宅で練習し、身体のあらゆる所を曲げ伸ばす。やはり、肉体という道具を大切にする努力は怠っていないようだ。

 もう一人、ご紹介する。2009年4月18日放映の岡山の野津実さんはピアノ一筋でベートーヴェンの「月光」なども演奏している。演奏技術で妥協をしないらしい。100歳を過ぎてもベートーヴェンを極めることを目指している。しかし、100歳を越えると指が思うように動かないらしい。百歳とピアノと競争をしているという人である。近くの人達を集めてピアノ独奏会を開いている姿は圧巻である。「素晴らしい!」の一語に尽きる。
 私たちも、ますます神性表現を大いに続けようではありませんか。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年5月26日のブログは、「特大シュークリーム」です。奥様が購入されたシュークリームについてのご考察であります。絵も添えられております。

*今夜は、青年会の会議があった。なかなか活発に活動しているようだ。また、青年会がホームページを開いて一ヶ月が経過した。島根の皆様、青年会の方でなくても良いですのでコメントを入れてください。アクセスの方法は、教化部HPの最上段の右の端の「各種アクセス」から入り、各組織のホームページから入ります。

 中内 英生

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June.01.2009「大投手ビクトル・スタルヒン」

Img430 June.01.2009「大投手ビクトル・スタルヒン」
今日の歌::向かい風 自転車停まり 一休み

 こだわり人物伝というNHK番組(2009/5/6)で、ヴィクトル・スタルヒンという巨人軍の投手のことを放映していた。さまざまな屈辱をバネにして伸びていった投手のようだ。私は番組でこの投手の名前を初めて知った。「野球がパスポートだった」として門田隆将さんの解説だった。おそらく時速150キロの球を投げていただろうと言っていた。150㌔を超えると、打者はフォームを崩されてしまうという。
スタルヒンについて→
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%92%E3%83%B3

 さて、スタルヒンは戦前、ロシアから亡命して、旭川中学へ入った。国籍の無いままだった。それを旭川の人々は受け入れてくれた。彼はプロに入ってからだが、野球場のベンチにいつも木彫りの熊を持ち込んでいた。それは、旭川の人々の恩を忘れないと云う思いであったらしい。彼は、甲子園に行き、早稲田大学へ入学するのが夢だった。しかし、その夢は潰える。そして、昭和9年11月、18歳で日本初の職業野球チーム(巨人軍)に入団する。この頃は、日本ではすでに、生長の家が立教されている。もし、彼が生長の家に触れておれば、もっと違った道を歩んだかも知れない。

 彼は、怪童スタルヒンと言われた。チームに入り、アメリカから来た当時、有名だった選手達と対戦する。その時は、有名なベーブ・ルースやルー・ゲーリッグがいた。そしてルーと対戦する。当時はヘルメットをかぶっていなかった。コントロールが悪く、しかも剛速球をなげるスタルヒンに、アメリカの選手達は腰が引けてなかなか打てなかったようだ。当時、プロ野球球団は日本には一つだったので、彼の所属する職業野球チームは、相手を求めてアメリカにも遠征している。しかし、日本国籍を持っていないので、入国を拒否されたこともあった。逆に、国籍がないので、戦争が勃発しても、かり出されるということはなかった。球団はそれを好都合と考えていたようだ。特に、沢村選手が戦争へ行った後の活躍は目覚ましかったという。
 しかし、当時を振り返った前川八郎さんによると、彼は性格が素直すぎて、野次られると制球力が欠けてくるという弱点があったらしい。スタルヒンは、水原、三原選手からもそれを指摘された。野球しか生きる道がないと考えていたスタルヒンは、猛烈な努力を続けて、「外角低めのストレート」の剛速球を体得していった。これは、投手にとっての生命線であるらしい。彼にとっては、野球は「生きるための野球」だった。

 沢村栄治投手が言ったエピソードがある。速球では誰にも負けない自信があった沢村投手だったが、日を追うごとに威力を増すスタルヒンの球に目を見張り、並んで投げることを嫌ったという。「スタちゃんと並んで投げると、僕の球が遅く見えるから…」と。「これしか、生きる道がない」という全力投球の思いは、人間に宿る無限力を引き出してくれるようだ。
沢村栄治投手→
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/sawamuraeiji.htm

 スタルヒンの黄金時代の幕開けである。その後、有名な打者川上哲治選手が入ってくる。昔、『精神科学』誌という雑誌を生長の家は出版していたが、川上選手の文章が掲載されていた。私の記憶に依るが、「ある時、目の前で球が止まって見えるようになった」と書かれていた。そこまで行くのに、どれほどの練習を積んだことだろうか。私は、元来プロ野球は特に好きという訳ではなかった。しかし、松江の七類港へ行くときにF造船の娘さんがイチローさんの奥様であったり、かつて勤務していた教区が、松井選手の地元であったりで、次第に野球が好きになってきたようだ。

 1937年(昭和12年)7月7日に北京の西南方向の盧溝橋で起きた発砲事件、盧溝橋事件が勃発する。沢村投手は中国に出兵となった。無国籍だったスタルヒンは出兵せずにすみ、巨人にとってはその方が都合が良かったようだ。昭和13年14年と経ている内に、スタルヒンは沢村以上の大投手に成長していった。球場のベンチには、熊の置物とバスタオル10枚から20枚を忘れなかった。バスタオルは汗を拭き、自分の身体とケアするためだった。ワセリンも常時使用していた。身体のケアーは自分の生命を繋ぐことと直結していた。彼は他人に好かれることを第一としていた。無国籍であった彼は好かれる以外に生きる術がなかったともいえよう。そして当時、同じ境遇の女性レナと結婚した。幸福な生活が訪れる。
*旭川の木彫りの熊
http://pucchi.net/hokkaido/closeup/kiborikuma.php

 その後、旧満州にも遠征している。そこで途中下車を命じられ、憲兵に連行されてしまう。無国籍であるということは大変だった。日本と旧ソ連との関係が悪化すると、敵性外国人として扱われるなど、個人の日頃の行動とは無関係に屈辱の日々が続いたようだ。「須田博」という名前に改名を余儀なくされている。しかし、それらはマイナスの要因となることであろうけれども、スタルヒンはその屈辱をバネにして巨人軍の大投手への道を進んでいったのであった。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年5月25日のブログは、「自然エネルギーは無限?」です。谷口純子先生が英会話教室でのクイズで環境問題が出て全問正解だったというお話で始まっています。常にご努力を惜しまない谷口純子先生の生き方にただただ敬服したします。

*今日は、聖使命会・組織会員の感謝奉納祭が行われた。毎月の月初めに、心から感謝する儀式に参加させていただき、心を新たにして当月の運動を展開することは素晴らしいことであります。

 中内 英生

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