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June.02.2009「人間の寿命」

Photo June.02.2009「人間の寿命」
今日の詩::お早うと 朝の光は 田に充つる

 『生命の実相』第9巻(霊界篇上)を読了した。この聖典は、なかなか左脳では理解できにくい御文章が多い。その中で、短命に終わる人と長寿を全うする人との差はどこにあるかの暗示が書かれている文章があった。ご存じの通り、ベッテリニの霊告であり、コルニリエというフランスの画家がレイヌという少女のモデルさんを通して聞き出した内容である。私は現在、布表紙携帯版を拝読しているので、その頁でいうと134頁だ。二十二の項目で”スピリット自身は「小児の霊」及び寿命に就いて斯く語る”という所がある。次のように示されている。

 で自分はたづねたー幼児期のうちに死ぬのが、その霊魂の高級な徴候であるならば、年老いて死ぬのは、その霊魂の低級なことを示しているのであろうか?
『必ずしもそんなことはない。概括して云うならば、低級なる霊魂は、出来るだけ色々な経験を積んで進化の機会を得るために長生きしなければならない。併し、高級な霊魂と雖も長生きすることもある。ーそれには種々の理由があるー例えばその人がまだ地上に於いて果たすべき役割のあるとき、その人の存在が周囲の人々の進化に役立つとき、それからまた、単にその人が地上の生存を尚享受したいと希っているが如きはこれである』(913/12/24)

 この霊示から考えてみると、生長の家の人々は高級な霊魂なので、長寿になる秘訣は、果たすべき役割を見つけることではないだろうか。そして周囲の人々の魂の進化に役立つようにすることが必要である。しかも、地上の生存で楽しく人生をおくりたいと願うことでありましょう。そう考えてみると、神想観、聖典読誦、そして愛行をして、多くの人の魂の進化に役立つことは長寿の秘訣なのかも知れない。島根では無量寿会や竜宮の集いが開催されているが、これら熟年の方々は至ってお元気である。全員最低、100歳まではお元気にご活躍されるのではなかろうかと思っている。

 私は、ご年輩の方々がさらにお元気で過ごされるように、NHK番組の『百歳バンザイ』を四年前から録画拝見し、長寿の秘訣を研究している。百歳を過ぎても晩酌を欠かさない豪傑お祖母ちゃんや、ビフテキにまで蜂蜜をかけて食べる男性など健康法は様々だ。しかし、共通点は、人を喜ばしている点だろう。2009年2月5日に放映された東京の小堺正さんという方は、101歳だが、未だに社交ダンスを行っている。季節の果物を食べ続けているのが健康法だろう。60歳前後の人達とタンゴなどを踊っていた。28歳でタクシー会社に入社したが、背が低いのに劣等感を抱いていた。しかし、75歳でダンスを始めて、背が低くとも背をまっすぐにして踊るのでそれがプラスになると考えて、劣等感が消滅していった。ダンスの練習がない日も、自宅で練習し、身体のあらゆる所を曲げ伸ばす。やはり、肉体という道具を大切にする努力は怠っていないようだ。

 もう一人、ご紹介する。2009年4月18日放映の岡山の野津実さんはピアノ一筋でベートーヴェンの「月光」なども演奏している。演奏技術で妥協をしないらしい。100歳を過ぎてもベートーヴェンを極めることを目指している。しかし、100歳を越えると指が思うように動かないらしい。百歳とピアノと競争をしているという人である。近くの人達を集めてピアノ独奏会を開いている姿は圧巻である。「素晴らしい!」の一語に尽きる。
 私たちも、ますます神性表現を大いに続けようではありませんか。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年5月26日のブログは、「特大シュークリーム」です。奥様が購入されたシュークリームについてのご考察であります。絵も添えられております。

*今夜は、青年会の会議があった。なかなか活発に活動しているようだ。また、青年会がホームページを開いて一ヶ月が経過した。島根の皆様、青年会の方でなくても良いですのでコメントを入れてください。アクセスの方法は、教化部HPの最上段の右の端の「各種アクセス」から入り、各組織のホームページから入ります。

 中内 英生

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コメント

霊界編は以前ほんの少し読んで挫折しました。でもまた復活しますよ。
本日の長寿の秘訣は、光明化運動する全ての人にためになる内容ですね。

*霊界篇の御文章から、そのように私は理解しました。谷口雅春先生が70歳代で海外ご巡錫の旅に出られる時、羽田でしたが、御挨拶で、「私は30歳代までの自分と言われていたが、他人に伝道したことにより、多くの人からの感謝とご愛念を受けることが出来て、このように長生きすることができ、今、海外にまで行くことが出来るようになりました」という意味をおっしゃいました。そして信徒さんからいただいたという布に書いた甘露の法雨の写経をお出しになったことを記憶しています。中内英生

投稿: ゆきねえ | 2009年6月 3日 (水) 12時46分

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