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2009年7月

July.30.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉(最終回)」

Img491 July.30.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉(最終回)」
今日の詩::闇の夜の 梅雨終え切らぬ 肌寒さ 

 続きです。*は中内のコメントです。
中條誠子さん:その絶筆となった作品をお借りしてきました。『暗く深き渓谷の入り口Ⅰ』という作品です。
*その絶筆の境地とはどのようなものだったのでしょうか。(上から三番目の作品です)
http://blogs.yahoo.co.jp/lax3140/32718673.html

カン尚中さん:実物は本当に美しいですね。これを見て、何か悠久の自然というか、何か不動のものを感じるんですね。緑の本当に小さい一つ一つの草花を細かく描きながら、自然と向き合った時とかなり感じが違いますね。何か究極のものを発見したような…、だから飾りがないし、本当に悠久のものを感じます。宇宙的なものを感じます。
*悠久を感じさせるというこの絵画の本物を見たいと願うのは私だけではないだろう。

画家桜田晴義氏:この作品の小さい写真をアトリエに飾っていて、ズーと見てたんですけど、ある夕方、チラッと見たら、この作品が何か『曼荼羅』みたいにみえたんですね。これは犬塚さんが仏教に影響されてるとかじゃなくて、犬塚さんがそういう世界のレベルに行ってたっていうことだと言いたいんですけど、『華厳経』という光り輝くお経があるんですけれど、それの中であらゆる石から、ゴミ、チリに至るまでそういうものが全部集まって、大日如来の体内に入っていくと混沌としたカオスの世界で、そういう中で物が発生したり、消えたりしている。まさにこの絵は、その世界なんですね。そういう一つ一つがみんな光り輝いていて、真ん中にある滝が、これからいわゆる仏様になるのか、仏様は消えていくのか…。ものすごい大きな世界を私はこの絵から感じるんです。
*まさか『華厳経』が出てくるとは思いませんでした。すべてが美しい神・仏のいのちの現れであると見る世界の境地でしょうか。

http://www.j-reimei.com/md-661003.htm

カン尚中さん::それを感じると、どうしてここまで犬塚さんを内側から駆り立てたものは何だったのでしょうか?それはやはり画家としての美への使命感とか探求心とか色々とあると思いますけれども、それだけではない。何かあるとしたらそれは何でしょうか?
*それ以外に何があるというのだろうか?次のコメントを読もう。

井出洋一郎・府中美術館館長:この絵は水と岩、石ですね。やはり西洋的かも知れないけれども、宇宙の四大要素というのがありますが、地水火風です。おそらくこれは、人体になぞらえると、土が肉ならば、岩は骨であり、水は血であると思うんです。最後にこの心境に、どのようにして至ったかは分からないんですが、犬塚さんは常に風景とは有機体であると考えていたと思います。要するに、血は水であり、岩は骨であり、土は肉であるということを、どうやって至ったのでしょうか?そして、これが犬塚さんの最後のメッセージだったのかな、という風に考えます。
*このような考え方もあったようだ。宇宙創造の原理に至り、それを表現したというべきだろうか。

カン尚中さん:自然の持っている底知れない奥深さ、それは「暗き深き谷の入り口」というのは、ある意味では深い深いどこまで行っても到達できない自然の深さみたいなものを見出したのではないだろうか。またそれに対する畏敬の念と感動がこの絵からは伝わってくる。
*この畏敬の念と感動があれば、総裁先生が言われる『自然資本』の考え方に到達するのではないだろうか。

画家桜田晴義氏:本当に血を流すような努力をあらゆる所でやっていますね。食事制限から、何からと。そのお陰で、ちょっとづつ見えてきたものがある。それが犬塚さんの喜びであり、ストイックな修行、『やってやろう、できた』という満足感は、山に登れば、その時の方が生と死が密接なので、それを強く感じる。感ずることが喜びであり、もうすべてのものが一体化していたのでしょうね。この絵を描いた時は!!自然を追求する中で、ようやく犬塚さんが掴まえたことです。私は犬塚さんに敬意を表しますね。

*同じ画家だけあって、桜田さんは同じものを追求しているのだろう。それを理解できる境地に至っている桜田画伯の素晴らしさも大いに感じた。これで、この番組は終了している。私もこれだけ連続で書いたことは初めてである。不思議に意欲が衰えなかった。それにしても、共感できること、日時計主義の見方、奇蹟の考え方、自然に価値を見出す自然資本の考え方など、私たちと共通項がかなりあったのではないでしょうか。島根の信徒の皆様、9回にわたりお付き合いいただきましたことを心から感謝いたします。

*映画『イノセント・ボイス』をNHKで観た。物語は少年兵である。ゲリラ戦で相手を撃とうとしたら、政府軍にかり出された一歳上の友人だったり、相当過酷な物語である。1980年代の内戦下のエルサルバドルで12歳になったら政府軍に徴兵されるという制度があった。その最中、過酷な運命と向き合わなければならなかった少年チャバの物語だ。脚本のオスカー・トレス自身の少年時代の実話に基づいた作品だという。しかも現在も世界中で約30万人の子どもたちが“兵士”として戦場に送られていると云われている。現実の問題としては知らなければならないことなのだろう。この物語の時代は、アメリカのレーガンの時代のようである。…『亀も空を飛ぶ』というDVDも見たいのだが、入手が困難です。購入するとかなり高価であることが分かった。総裁先生がご紹介しておられる映画を簡単に見る方法があれば、どなたか教えて下さい。東京と出雲との文化の温度差は多少あるようです。

*今日は一日、本を読んだりパソコンに向かったりだった。ゆっくりさせていただきました。また英文ブログには英文の絵を入れていますので、よろしかったらそれも見て下さい。

 中内 英生

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July.29.2009「ゴキブリの生命力に驚嘆する」

Img489 July.29.2009「ゴキブリの生命力に驚嘆する」
今日の詩::花を見て 心は花と なりにけり

  ゴキブリは生きた化石とも言われており、ヒトよりも早く地球上に現れてきたらしいというのは有名な話である。最古の化石は約3億8千年前にその類が発見されている。その時代はシダ類が地表を覆い、じめじめと湿気が多かった。この時代に誕生したゴキブリは今でも湿気の多いところを好んで住みついている。従って、地球に於いては人類よりも大先輩であるようだ。
 ある時、私は友人に、「ゴキブリの逞しい生命力を尊敬している」、というと友人は笑っていった。「それはゴキブリ星人ですか?」と。しかし、実際、その生命力たるやすごいものである。

 2008年3月11日の総裁先生のブログでは、『親虫の使命』としてゴキブリの事をお書きになっておられる。そして、親虫の使命としての産卵について論考しておられる。最後に、『ゴキブリの 羽折れ潰れ 春浅し』との俳句を詠んでおられた。
 生命を子孫に託することは実に重大なる使命であると共に、大いなる喜びであるはずだ。女性の人に、次に生まれ変わったとすると女性に生まれ変わりたいですか、男性に生まれ変わりたいですか、とお聞きすると多くの人が「女性」というそうである。それは育てる喜びを味わうことができるからであろう。そして、子ども、孫といのちの連続を思うとき、喜びがこみ上げてくるそうだ。人間はゴキブリではないが、その生命力たるや、最大のものであろう。

 寝静まり 羽音聞こゆる アブラムシ 

*今日の夜は、相愛会壮年学習会があった。テーマは先祖供養であった。今日は短いです。悪しからず。

 中内 英生

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July.28.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑧」

July.28.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑧」
 今日の詩::葡萄の実 たわわに実り 豊かなり

 続きです。
犬塚氏の絶筆が描かれている。『暗く深き渓谷の入り口Ⅰ』(1988年)である。(下記の三枚目です)

http://blogs.yahoo.co.jp/lax3140/32718673.html

 流れる水の前を巨大な岩が塞いでいるように見える。岩はなめらかな表面をみせつつも、行く手を阻むように見る者に迫ってくる。絶え間なく落ちる水は、しぶきを上げて輝きを放っている。実に美しい光景である。
 おぼろげな光の粒が散らばる崖が、岩と水の存在を際立たせている。何か大きなものを乗り越えた時、絶え間ないいのちの営みが見えてくるようである。犬塚の身を持っての体験が凝縮された作品である。

 もう一枚は、『暗く深き渓谷の入り口Ⅱ』(1988年)である。

http://nagai-garou.com/contents/5f/162

中央の岩がひときわ明るく描かれている。表面には亀裂が走り、欠けた部分もある。渓谷を作り出した長い歳月の証がきざまれているようだ。緻密な岩とは対称的に犬塚氏は一度、緑で描いた背景を黒く塗りつぶしている。どこまで入り込んでも、手が届かないところがある。そんな心境を写し出したかのようであるとナレーションは語る。
 この二枚を描き始めて二ヶ月後の1988年9月23日、『水が描けない。もう一度見てくる!』と、そう言い残して犬塚は群馬県の谷川岳へと向かった。
 その日、天候が悪化、渓谷を登っていた犬塚は、やっとの思いで脱出したものの尾根にたどり着いた所で力尽きたのだった。38歳である。この時、犬塚が持っていたカメラに収められていた写真は、岩の中を水が流れる清らかな自然の映像だった。彼は最後まで、必死で自然を掴もうとしていたのでした。

妻の陽子さんは語っている。
『そうですね。絵を描くこと、それも本物の絵を描くこと。そこに到達するためにあらゆる努力をして、そのことだけに懸命に努力して、一生を終わっていった。そういう人だと思います』と。

犬塚が亡くなる前に、ノートに残した言葉がある。
『私は感動している。自然の中で、心から感動している。かくも美しい”星”、地球。河原の石さえ、深くきらめくような宇宙的な美しさに満ちている。』
 つくづく、犬塚氏に会って話を聞きたかったと思う。しかし、『絵』が犬塚氏の悟りそのものなのであろう。”絵”で彼そのものに邂逅することができるのかも知れない。

*絵は、益田のTさんと云う女性から絵手紙をいただきましたが、葡萄が大変素晴らしく描かれておりImg488 、そのまましまっておくのは勿体ないので、ご紹介します。葡萄の光の白の部分はその部分を残して色づけするという技法で描かれています。与謝蕪村の雪を描いた技法です。
*「ポリアンナの良かった探し」のアニメをNHK衛星第二で見ているが、ポリアンナはお父さんから”聖書には800回も「楽しみなさい」「喜びなさい」と書かれているので、良かった探しをするように”と言われて、彼女は始めたのだそうだ。良かった探しは神より発することを初めて知った。真象を見て神性表現をする私たちの日時計主義の日時計日記や絵手紙は、『よかった探し』であり、総裁先生からお教えいただいているが、「生長の家大神ー総裁・副総裁ー御教え」から来ていると考え、共通点を見出すことができて大変、嬉しい思いがした。

 中内 英生

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July.27.2009「季語」

July.27.2009「季語」
今日の詩::ひまわりは 喜び溢れ だんだんだんだん

 『小閑雑感パート13』32頁には、季語の移り変わりについて次のような内容Img482 をお書きになっておられる。この御文章のテーマは、「季語も変わっていく」である。

 俳人の佐川広治氏によると、「昭和50年代に田植機が発明されて以来、千数百年続いてきた日本の稲作作業が大きく変化した」という。その結果、現在の田植えは5月初めのゴールデンウイーク頃までに、機械で一気に終えてしまうから、早乙女、早苗、早苗饗などの伝統的な季語は使えなくなってしまっている。しかし、「死に行く季語を必死に守るよりは、今の人々の生き方に合わせた季語を新たに創出することの選択肢があるはず」と書かれている。(本文をご確認下さい)

 新たなものを創出することは、考えてみると日本人の得意技ではないだろうか。ここ島根県では、八岐大蛇の伝説がある。一説によると、洪水で出雲地方の川が氾濫し、一年に一度は八岐大蛇のようになる。そこで治水工事を施して、櫛稲田姫(水田)を救済した故事が物語りになったという説がある。そこから考えると、もしその頃俳諧があったのならば、それまでの季語も色々と考えられたはずである。季語使用の意識は松尾芭蕉が俳諧を和歌と同等の地位に高めた時より始まったと考えられる。いずれにしても、変化に対応して新たな文化を創出することは楽しいことではないだろうか。毎日、沢山の写メール俳句が教化部に届けられる。この分野も日時計主義による新たな文化の創出であろうと考えられる。既に1400首を越えているが、まだまだと云った観がなきにしもあらずだが、一万首を越える頃には、何か新しい生命の胎動が感じられるようになると期待している。

 季語を用いなかった俳人で種田山頭火という人がおられた。彼の人生を調べてみると壮絶な人生のようである。かつて私が松山市に在住していたとき、山頭火の碑を見た。そして彼が松山で没したことを知った。ウキベヂアには代表句を掲載していた。
鴉啼いてわたしも一人
鈴をふりふりお四国の土になるべく
霧島は霧にかくれて赤とんぼ
まつすぐな道でさみしい
また見ることもない山が遠ざかる
分け入つても分け入つても青い山

 人生の寂しさがこみ上げて来そうな句であるが、彼の人生を知る人にはその心が伝わってくると思う。己の現象の心そのままを詠むのが山頭火の句であるならば、神性表現という真象を詠む俳句は光明俳句とでも云うものであろうか。毎日書き込んでおられる「写メール俳人」の詠む光明俳句は読むだけで、写真を見るだけで、読者は人生の喜びがこみ上げてくるようである。これらの表現形式をお教え下さいました総裁先生に心から感謝させていただきます。

*午後にはチャリティコンサートの打ち合わせがあった。時あたかも、日本教文社から谷口清超先生のグラビアとDVDが出るという知らせを受けた。それにしてもチャリティコンサートは、見事な日程の組み方ではある。神様のみわざであると、云わざるを得ない。
 続いて、9月の練成会の打ち合わせもあった。練成会は用意周到、もれなく準備が進められている。素晴らしい進行状況だ。
*職員の皆様から予期せぬプレゼントをいただいた。勤続38年の祝いの花であるという。神様、こんな素晴らしい教区に私はおらせていただいても良いのでしょうか?こんな心境である。自分が持っている限りの能力で、誠心誠意、ご恩返しをさせていただきたいと心から念願している。

 中内 英生

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July.26.2009「心のブレーキ」

July.26.2009「心のブレーキ」
今日の詩::人生は おちらと行こう 輝きて

 『真実を求めて』の10頁から11頁にかけて、「心のブレーキ」という小見出しで御文章が掲載されている。

 『しからばこのブレーキは、どうやって外したらよいのか。そのブレーキは一体どこにあるのか?言うまでもなく、吾々の肉体にそんなものはついていないから、もしついているとすれば「心」である。「心のブレーキ」を外すことだ。一体「心のブレーキ」とは何か?それは、概括的に言うと、「否定的な心」であり、「肯定的な心」の対極である。』

 否定的な心は、過去の自分と比較したり、他人と比較したり、自分の肉体の脆弱さや、せっぱ詰まった問題とを比較したりする。いわゆる左脳的な心でありましょうか?私自身も、いつの間にかそんな気持になりそうになることがあります。でも、神想観をして、聖典を読誦して参りますと、いつの間にか後ろ向きの心はどこかに消えてしまいます。あまり、「できない」とか考えないことが成功の秘訣のようです。毎日のように描いている絵手紙にしましても、恥ずかしいとかできないなどと考えないようになってから、かなり図々しくなりました。特に、総裁先生が、真象に感動することが主であり、絵を描く技術の高度化が主ではないとお教えいただいてから、不思議に自信がつきました。感謝です。もう一年近く描いていることになります。継続は力なりです。ともかく続けることです。

 否定的な心をなくするには、「できる」という心と入れ替える以外にないでありましょう。可能性を秘めているのは、決して肉体人間ではありません。なぜならば120歳ほどで肉体は消滅してしまうからです。そこからは「できる」という無限力の自覚は出て来そうにありません。『物質の奥に、肉体の奥に霊妙極まりなく完全なる存在あり。これこそ神に創られたるままの、完全なる汝そのものにして…』とありますように、霊的な存在である神の子の自分にこそ、その自覚の根源を求めるべきでありましょう。
神の子の自覚、この自覚を今日も深めて参りましょう。日時計日記をつけましょう。

*午前午後と白鳩会の支部長さんたちがお集まりになりました。本当に素晴らしい雰囲気でした。体験談もとても良かったし、連合会長さんのお話も的確な方向性を示しておられて皆様は心が一つになられたようである。谷口清超先生は、『支部長のお役は、善業功徳を積む』と言っておられます。(『もっと自由な世界がある』18頁)
 午後二時半より、『絵手紙・絵封筒展』の運営委員会が行われました。初めての展覧会であるので、B型誌友会開催の大きな弾みになることを心から願っています。

*しばらく休んでいた『子育て相談ブログ』と『繁栄ブログ』を再開した。時間がないと云えば、時間を有効に使っていないことになるが、これらは一日の日課に組み込まない限り、続行は難しい。『Web Site of Hideo Nakauchi』と『絵』は何とか続いている。私は欲張りなので、島根の信徒の皆様の健康と長寿のために『健康と長寿』についても書きたいという願いも持っている。『Web Site of Hideo Nakauchi』は谷口雅宣先生と島根の信徒様とを繋ぐ役目であると位置づけているが、『子育て相談ブログ』や『繁栄ブログ』などは実際のご生活に役立つことが書かれている筈である。ぜひご活用いただきたい。また、英文ブログは自分の励ましのためである。今後もできる限り書き続けて、少しでも島根の皆様のお役に立たせていただきたいと念願している次第であります。
 ちょうど、今日、本部から勤続38年の通知が来た。もうそんな年数になっているのかと感慨無量である。学生時代も練修生として、お世話になっていたので、実質的な年数は42年間でもう少し多い。総裁先生にお仕えすることができるように私を育ててくださった、故T元本部講師、K長老、本部の皆様、石川、愛媛、島根の信徒の皆様、本当に有り難うございます。ご恩は決して忘れません。力の限りご恩返しをさせていただきたいと存じます。今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

 中内 英生Img481_2

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July.25.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑦」

July.25.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑦」
今日の詩::人生は おちらと行こう 味わいて

 続きです。Img478
 やがて、犬塚氏は実在の風景にはとらわれずに描こうとします。目指したのは、水と岩が圧倒的な存在感を放つ空間でした。彼は、沢登りを繰り返しました。深い谷に分け入り、岩を掴んでは進む。時には滑り落ち、いのちの危険を感じたこともあったそうです。それでも水と岩から感じる自然のスケールの大きさを絵にしようと挑みます。

 妻の犬塚陽子さんは語っている。
 どうしてもいのちを賭けなければ、本物の美に到達できないのか?ということを聞いたらば、『そうしなければできない』ということを言いまして、まあ、何て言うんでしょうね。仕方がないっていうか、それで反対するとかそういうことで、どうこうなるものではなくて、本人がそう思ってそうしたい、と言ってましたので、認めざるを得なかった感じでしょうか。

*自然に分け入り、自然にとけ込み、自然のいのちと一体化することによって真の自然のいのちを表現する絵を描くことができるというのが犬塚氏の信念だったようだ。それは、私たち信仰者が、聖典を拝読して神の国の情報を獲得し、神想観で実相の世界に入らなければ、現象世界に神の国を実現することは難しいと考えているのと同様であろうか?

 犬塚はデッサンを重ねながら、こんな言葉を書いている。
自然の持つ、圧倒的な奇跡的な感じ、タップリと自然の息吹の香り立つ、つくづく美しい作品を描きたい。そのために、すべてを捨てても惜しくない。人をして、永遠に魅入らせる絵!

 写真家の白籏史朗さんは、犬塚氏の到達した心の軌跡を次のように読み解いている。
『谷を選んだというのは、僕はそこだと思うんです。深く入って行くことによって、何か理解できるんじゃないか、と。極端に詰めていけば、そこに何かあるんじゃないかと彼は思った。それで「谷」に入ったと思う。最終的に何か見つけたんですよ。
 僕の考えでは、やっぱり彼が自分で求めたいのちの形でしょうね。形と云っても見えない形です。見えたらそこで描きます。見えないからそこにおったのです。あと少しで捕まえそうだと、捕まりそうだと、掴めるんじゃないかと、そういう思いで、最後までいのちをかけて行ったのじゃないかと思ってます。

http://fujifilm.jp/promotion/museum/photographer/shirahata/index.html

 私はそこまでやらねばならないのか?と思った。それは俳句を詠むことに生命を賭けた芭蕉の存在が評価されるようにである。私は谷に分け入ることはないが、それだけの心構えで絵を描いた犬塚氏に一度は会って、話してみたかった。彼と私とは当時、同じ東京に住んでいたのだから。もしお会いすることが出来て、生長の家の御教えをお伝えすることができていたならば、もしかしたら犬塚氏の運命も変わっていたのかも知れない。実に残念な思いが致します。 

*今日は、午前中は松江市内の公共の場で誌友会に行かせていただいた。14名の方々がご参加しておられた。有難かった。両親に感謝し、先祖を供養する話をさせていただいて、次にS講師が実相円満誦行を実修された。帰りに、昨夜から頭痛がして困っていたというご婦人から、気がつくと頭痛がウソのように消えていたと感謝された。
 午後は、教化部での生教会の幹部会と学習会に参加させていただいた。生教会は素晴らしい地方講師が揃っておられるので、これからが非常に楽しみな教区である。

*島根の皆様。「子育て相談ブログ」と「繁栄ブログ」にて、ご相談をご希望の方は、コメントでご質問されるか、下記アドレスにメールして下さい。コメントはペンネームでよいですが、メールの場合はお名前を明記して下さい。御教えにより回答させていただきます。

HHH02342@nifty.ne.jp

 中内 英生

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July.24.2009「友よ!無限生長の道を歩もう」

Img477 July.24.2009「友よ!無限生長の道を歩もう」
今日の詩::無花果の 譬えに学び 進歩する

 『生命の実相』第1巻(頭注版)5頁の七つの光明宣言第2の解説には、「生命顕現の法則は無限生長の道」であると書かれています。生命顕現の法則は、生成化育であるとも御表現されています。私たちの生命は生長するように作られているということはなんと有難いことでありましょうか。「生命の法則は、生長することにある」ということは、逆に言えば私たちは安易を貪って安穏としてはおられないということでありましょう。なぜ、バラは土に植えられたにも関わらず、美しい薔薇の花が咲かせるのでありましょうか。それは、土という状態では満足できず、毎日毎日、光合成をしては成長し、内なる花の理念が土を利用して花の姿に昇華するからであります。それは実に進歩の姿でありましょう。しかし、毎日、毎時、毎分、毎秒と、新陳代謝を怠らない生命の働きが必要であります。

 今日私は、隠岐の島から帰ってきました。隠岐の島の信徒さんは、毎回行くごとに進歩しておられるように思えます。それは生命顕現の法則に適っているからではないでしょうか。聖典には説かれております。『競争者に負けるように見えるのは、生命の生長を鞭撻するために現れた迷いの自壊過程である』と教えられています。そしてどんな苦痛や生存競争なども、人間や他の生物を不幸にするためばかりにあるのではなく、魂の生長の糧となっていることも説かれています。どんなことでも魂の生長の糧にする。これが私たち生命の必須の「合い言葉」です。そして『生長』こそ、『生命の必然』であるのです。

 また、生き通しの生命という意味には二つあることも示されています。一つは、死んだら個性生命が無くなるという考え方です。もう一つは、永遠に個性を持ち続けながら生きるという考え方です。生長の家は後者の考え方です。生き通しの生命の自覚こそ、あらゆる御教えの中の最高のものです。私は、9頁の終わりから2行目から10頁の8行目までの御文章を拝読するたびごとに、『すべての体験は、それでよかったのだ』と、安堵の念を深くします。その内容とは次のようなものです。島根の信徒の皆様は本文を聖典にてご確認下さい。

 私たちは生きても死んでも、結局は生命(魂)は滅びないで「無限生長の道」に載せていただいておりますので、それぞれ一人一人の魂の生長に最も良い時に、それぞれ相応しい苦しみも、悲しみも、病気も、肉体の死も、生命創化の法則によってやってくるのであるから、たとえ苦しみや悲しみや、病気や肉体の死が来ましても、肉体に宿っている生命は滅びることはない。それぞれの個性を備えてまま、誰でも無限生長の道を歩んでいくのです。このことが信じることができれば、どんな苦しみも悲しみも自分の無限生長の資料として受け取ることができる。すべて有難い修行であると合掌して受け取ることができるので、感謝感謝で暮らすことができるようになるのである。

 大体このような意味です。この御文章を拝読して私はどれだけ救われたか分かりません。どんなことも、魂向上の糧となるという教えは、私たちに希望と勇気を与えてくれるのです。

 中内 英生

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July.23.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑥」

July.23.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑥」
今日の詩::ほがらかに 笑って生きよ 花らしくImg476

 前回の続きです。
四人が様々な感想と評価を与えていた。

 よく自然とかエコロジーとかいう言葉が使われるが、それはどこか現代に疲れた人の癒しのようなものが含まれている。しかし犬塚氏の作品はそれとはまったく違うようだ。ブナを見てもそれは単なる癒しの世界ではない。

 『梅雨の晴れ間』は緑の中で、さまざまなグラデーションの表現の中で、緑一色でどこまで描けるのか、とりあえずやってみよう、という所がある。そういう緑の色彩だけで、草一本一本を描かなくてはならないのだが、基本的な緑だけでどれだけ勝負できるかという自分の技術の方向性をこれで打ち出したようだ。この絵はその点で画期的だと思う。

 非常に大胆であり、かつ実験的なものが感じられる。

 作品からは自然の質感が伝わってくるが、その質感は犬塚さん自身が自然の中に入って、自然を体感しないと描けないものであろう。
(神を伝え、神の国の情報を伝えるのが宗教家や信仰者の任務だが、神の国に浸るという神想観を抜きにしては不可能であることをこの言葉で私は再認識した)。

 絵からは感じるのは、草の葉一枚一枚に、葉脈というものがあるが、『土の成分を吸っているな』という有機的な関係が感じられる。普通は草むらを描いただけであると、それは感じられない。何が一番重要であるかというと、そこには土があるということです。土を、大地を描いている。緑を描いているようで、土を描いているのと同じなのです。この絵は、葉っぱが肉体だとすれば、骨の部分として「土」をちゃんと描いていると思う。だから骨を見て我々は楽しくなるし、喜びでもってこの絵を観ることができる。生きているという感じです。

(実際には土はかいていないのだが、土が見えないところから草を生かしている背後的生命力が描かれている、だから質感として伝わってくるのでありましょう)。

 犬塚さんが山に入って、自然と一体化するということは、描いていく中で自分をどんどん「虚」にして行かなくてはならない。そういうものが出てくる方法論として、彼は山に行って、自分を「虚」にする方法みたいなものを捕まえようとしたのではなかろうか。

 (この場合の「虚」は、判断力を無くする意味の「虚」ではない。神想観は有念有想であり、無想になるのではないと教えられているようにである。己が「虚」となっても、否定しきれないものがある。それは自分の本当の個性であろう。虚とすべきは、自我心、迷いであって、それを「虚」としたとき、本当の「実」、自然そのものが見えてくる。それを表現しようとしたとき、神が創られた個性生命である自分を通して表現されるので、東山画伯の絵となり、犬塚画伯の絵となるのであろう。共通するところは己を無くするところであり、表現された絵画はまったく違うものとなる。それは神は神の子の姿を多様性たらしめたからでありましょう。また、自己を虚とする意味を決して、自己そのものの虚化としてはならないのでありましょう。このことは重要であります。否定と肯定の絶妙な組み合わせが真の意味で人を生かすのです。(『新版生活と人間の創造』57頁~66頁参照)

 全身を通じて、自分が「虚」になることで「実」が表現できる。

(私はかつて東山魁夷さんの文章に触れたとき、「私の絵には個性がない」と書かれていたことを思い出す)。

【せせらぎの里美術館】
奥多摩町に町立の小さな美術館があるようだ。インターネットで探したが、まさに「森の中の美術館」といった趣である。ここで犬塚勉展が開かれていた。緻密な作品の中に、ひときわ異彩を放つ一枚があった。館長の古屋勤氏はその絵に心が強く引かれたという。「山の暮らし」(1987)という一枚である。「切り倒された一本の樫の大木」の絵である。切り口が磨き上げられたように光を放っている。それに対して、木肌の大部分は暗く塗りつぶされている。その時、犬塚さんは37歳だった。絞り込んだ表現によって、「いのち」を描き出そうとしていた。

 古屋館長は言う。『右側から光線が当たっているように見えるのだが、いつも感じるのは、光が当たっていると云うよりも、切り株の中から光が出て来るように感じることが多々ある。切り倒された木だが、この木自体がいのちを持っている。生命が続いていると、犬塚さんは感じて、表現したかったのではないだろうか。犬塚さんの生命も木の中にあり、また木は犬塚さんそのものなのかも知れない』と。

http://nagai-garou.com/contents/4f/160

 一木一草に至るまで描ききる作風の犬塚勉氏について何度もブログを書いているが、19歳の時、高知を離れ一年ほど過ぎて郷里に帰ってきた時、目に触れる一木一草が懐かしく感じられたことを思い出す。そういう心があればこそ、犬塚氏は緻密に描ききることができたのだろう。誠にも絵は「心の影」である。
 回数を追うごとに犬塚氏の素晴らしさを感じると共に、もし生きておられたら東山魁夷画伯のようになられたのでないかとも思った。
(続き)

*今日は、隠岐の島で午前十時過ぎから午後三時半まで「竜宮の集い」が行われた。最後はみんなで隠岐の島の踊りを踊った。動作が速くて若者の踊りのようだった。振り付けを覚える前に終わってしまったが、汗をかくほどだった。
 終わってから二時間、地方講師の受験勉強会が行われた。地元の人達は実に熱心であり光明化運動にとっては極めて有望な地域である。隠岐には何度も足を運ばせていただくようになったが、有難いことに景色に珍しさと違和感がなくなった。自分の心が隠岐の島の土地にとけ込んできたのかも知れない。ここでは、会場とホテルと港との往復でしかない。しかし、生長の家の運動が隠岐の島に住む人々の運命に大きく関わって来ると思うと使命感と喜びがさらに湧いてくるようだ。感謝以外にない。

 中内 英生

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July.22.2009「青少年練成会で後継者育成を!」

Img475 July.22.2009「青少年練成会で後継者育成を!」
今日の詩::今ここに 家庭は天国 極楽浄土

 今日は、八月の『光明島根』に掲載される予定の挨拶文を前もって掲載させていただきます。よろしく、お願いいたします。

 神の子の皆様、有り難うございます。
 暑い夏を通過しつつありますが、その中で皆様は三正行を御実践して日一日と進歩しておられると思います。
 さて、八月は小学生練成会がございます。教区の隅々から、「小学生練成会に行きたい!」という子供たちの声が多く聞こえて参ります。小学生練成会は、ご家庭での幸福者の育成であり、生長の家の信仰を受け継いでいただく子どもさん方の大切な練成会です。
 島根教区には生命学園が三つ出来ておりますので、今回の練成会では昨年以上の沢山の小学生の皆様が集まってくることが予想されております。

 昨年も参りましたが、二日目には荒神谷へ参ります。楽しい昼食作りで盛り上がります。沢山のお世話の大人の方々もご参加されます。相愛会、白鳩会、青年会の皆様が参加のご推進しておられます。感謝申し上げます。目標の参加人数に達するものと思います。

 白鳩会壮年層が作っている『ヒマワリちゃんブログ』に初めて花の写真が入りました。これは実に大きいことです。なぜならば表現形式が多様になるからです。文字ばかりですとどうしても堅くなりそうです。しかし、写真が入りますと、写メール俳句のように実に多彩な内容を表現できます。ヒマワリちゃんブログは、壮年層の皆様の創意工夫で作られていくことに大いなる意義があります。この内容が充実し、ネットの世界で幅をきかせるようになるとき、そして大きく動き出すとき、壮年層の外形はそれに伴って大きくなってくるでありましょう。すなはち発展する訳であります。写真や、絵や、四コママンガや、Uチューブなどの動画が入り出すと最高傑作になるでありましょう。島根の壮年層の皆様ならばきっとできそうです。  
 真理の学習と共に、協力し合って何かを作り出すときにエネルギーが爆発します。受け身の時にはなかなか実力を発揮できなかったのが、外に向かうときみんなの意識が統一されておおきな力となるのです。

 さて、子どもの頃に、母親から聞いた話ですが、谷口雅春先生は、『私は時間がほしい』とおっしゃっておられる、と云う内容でした。それを聞いた子どもの私には当時は色々と欲しい物があったので、「時間が欲しい」と言われる谷口雅春先生のお言葉を不思議に感じたものです。しかし、現在では、どうやら同じような気持にならせていただいているようです。時間を有効に使うのには、神想観をして、時間管理に無駄を省くようにすることが必要です。常に余裕をもって、何事にも臨みたいです。よく吟味して判断するならば的を得た判断が出来るはずです。神想観を実修して、未発の中なる世界に超入することが第一であると考えます。

 七月の練成会では決意感想発表の時、ご年配の男性の方が六十年以上前に亡くなられた父親のことを思い出したといって落涙されました。このご発表には私も深く感動いたしました。両親への感謝がご先祖への感謝となります。八月は宇治で盂蘭盆供養大祭があります。謹んで毎日の、ご先祖様へのご供養を励行させていただきましょう。そこから、限りない栄えの道が続いて参ります。再拝

*今日は午前中は、松江道場で写経の集いがあった。約40分間、『新講 甘露の法雨解釈』をテキストとして連続講話をさせていただいた。真理の説法が道場内に鳴り響くことが、目的である。実相の真理が説かれるところ必ず生長の家大神様のご守護があると考えられる。午後は、先祖供養祭だった。40名以上の方がコンスタントにご参加しておられる。みんな近隣の人達ばかりである。二酸化炭素排出はほとんど無いではなかろうか。さらに毎回50名以上に達するのにはもう一工夫をしたい。救われる人が多くなることが神の御心に適うと考えられる。

 中内 英生

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July.21.2009「温泉津誌友会」

Img474 July.21.2009「温泉津誌友会」
今日の詩::枇杷の実の 夏の日差しに 風揺する

 今日は午後から温泉津で誌友会があるというので行こうとしたが、汽車が動かない。やむを得ず、自動車で行った。汽車は少しばかり崖崩れがあると徐行運転を行ったり、不通になったりするようだ。行くと、誌友会参加が初めてのお方がお出でになっておられた。非常にうれしく感じた。また、5月から誌友会を開催し始めたという方も来ておられた。これもうれしいことだった。とても信仰的な人々の集まりだった。
  ここは石見地方なのだが、昔から石見神楽が有名である。毎日のように、どこかで行っているようなのでぜひ一度見てみたいと思う。動画を発見したので、興味ある人は見ていただきたい。地元の方々は本物を見ているので少し羨ましい。

http://www.emachi-hamada.net/

  また、近くの浜で、「琴ヶ浜」という浜がある。ここには「琴姫伝説」というのがある。ある平家の姫が、壇ノ浦の源平の戦に敗れこの地に流れ着いた。 その時村人に助けられたお礼に、姫は毎日琴を奏でていた。その姫が亡くなると、砂浜が琴の音のように鳴くようになった。以来その姫を琴姫、この浜を琴ヶ浜と呼ぶようになったと云う。
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E7%90%B4%E3%83%B6%E6%B5%9C060730-1.jpg

 この砂は鳴き砂である。鳴砂とは、砂の上を歩くとキュッと鳴る砂をいうのである。鳴り砂は、一般的には石英粒を多く含む砂が、急激な砂層の動きにより表面摩擦を起こし、音を出す現象であるという。砂が鳴る仕組みはというと次の通りである。
 鳴砂の成分は石英粒が主体で、砂全体に対してほぼ65パーセント以上含んでいるものが多い。鳴るためにはゴミが少なく、粒度範囲が限られていて、さらに均一な組成(結果的に海岸や沙漠の砂は均一化していることが必要である。
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:USDA_Mineral_Quartz_Crystal_93c3951.jpg

 石川県の輪島市にも琴ヶ浜という浜がある。一度行った記憶がある。この時も砂は鳴ったが、それ以上にハングル文字の漂流物が多く浜全般に漂着しており、ショックを受けたことを覚えている。輪島は現在は鉄道の駅は廃止されている筈である。自動車が主であり、少し寂しいがかつての地震で古い民家は耐えることができただろうか不安だ。

http://www.city.wajima.ishikawa.jp/kankou/nakisuna.htm

 夜は、松江で青年会の学習会があった。若い方の発言はとても素晴らしく積極的、かつ真剣な内容が多い。『生命の実相』第7巻をテキストにしての学習だった。司会者の誘導よろしく皆様はそれぞれに活発に感想や意見を発表していた。今日もいろいろと学ばせていただいたことに感謝する。明日は、一日中、松江道場で行事をこなすことになる。

 中内 英生

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July.20.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑤」

July.20.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉⑤」
今日の詩::わが宿に  グラジオラスの 花咲けり

 続きです。Img473
犬塚は1987年、さらに自然豊かな奥多摩に住まいを移した。ここは実に東京都は思えないような大自然がある。『ブナの森からⅡ』(1988年)を発表している。
  犬塚は、近くの山に通い、ブナの幹を描き続けた。風雪をきざんだ幹の堂々とした力強さに迫ろうと、太い筆で木肌の質感や色合いを出している。手触りも表現するために特殊な石膏を地に塗り、櫛で削った後、色を塗った。
 犬塚は、森に通い、ブナの樹と向き合った。ブナのすべてを感じ取った者にしか描けない絵に挑んだ。
 『自然があればもうそれだけでよい。もっともっと自然を愛し、その愛の中にどっぷりと浸ってしまおう』。彼はそう考えました。
 『庭の石、一本の草に教えを請おう。俺はブナの樹であり、一つの石である』と彼はそう思った。

 犬塚の作品の気概に引かれる二人の人が、コメンテーターお二人と共に語っていました。画家の桜井晴義さん、府中美術館館長の井出洋一郎さんです。桜井さんは、「犬塚の自然のとらえ方にアッと驚く」と語っていた。

『梅雨の晴れ間』を論じていました。テレビで観ている人には写真のように見えるかも知れないが、(実際、そう見える)絵を見ると「五感」が刺激されるようです。雨上がりにパッと晴れたという湿った感じである。草がフニャフニャとして、倒れている所や、草がじめじめした感じが良く出ている。そこに軟らかい光が射していて陰影が出ている。「濃密な感じ」がするようだ。
 無数の生命が自然の中に宿っている感じがするようだ。この濃密さというものは、絵画でなければ絶対に現せないらしい。一見、写真のようにリアルだと思うのだが、ずうーっと観ていくと自然が五感に訴えてくるものが私たちに迫ってくる。匂い、聴覚、視覚、雰囲気、一つ一つの生命がリアルに迫り来る。おそらく犬塚氏は、自然を通じて生命というものに出合おうとしていたのかも知れない。

画家の桜井さんは言う。
『この作品がなぜ輝いているかというと、いままで色んな作品を描いて来た中で、ようやく『これだ!これで行けるな』と犬塚氏が思ったのでしょう。それが画面に出ています。感動だと思う。自分で感動しているから描ける訳で、感動を伴わない者がいくら技術的にうまく描けたとしても、我々に感動は伝わって来ないです』と。
 なるほど、そうかも知れない。感動が微妙に一筆一筆で確認しながら描かせるのであろう。
 彼自身、こういう世界に逃げた訳ではなく、これが犬塚氏にとっては前衛だと思う。何にも無い元で、主人公もない所で、それでも「絵にして見せる」というものすごい生き甲斐があったと思う。普通だったら、草むらの上に人形や赤ん坊を転がして一つの主題を作らないと絵にならない。しかし、犬塚氏の場合、何にも主題がない。ちょっと主題らしき小さな花はあるけれども、何にもそういうものを入れずに絵にした、というのは大変な前衛かも知れない。彼の心の中で一つの戦いがある。彼の作品は逃げている作品ではなく、戦っている作品だから、観ていてうれしいんです』と。
 なるほど、画家の方の見方も非常に参考になる。「描く技術よりも真象を見ての感動を主とする」とお教えくださる総裁先生のお言葉が少し理解できるように思う。桜井画伯の考え方は日時計主義であろうと考えられる。

 また、府中市美術館館長の井出洋一郎さんは次のようなことを言っている。
『西洋と比較すると日本人の画家でここまで草木の一枚一枚までハッキリと写実的に描こうとした画家は少ないと思う。西洋だと、150年前にフランスのバルビゾン派の中にテオドール・ルソーという人がいた。その人が葉っぱの一枚一枚を描くという画家だった。そういう知識を学んだというよりも、自分の体験を通して、体験に根ざしてルソーと共通した「域」まで達してしまったのかなあと思う。極めて稀な画家だと思う』と。
 『勿論、観察することも大事である。もう一つは、観察したものを自分の心の中で練り上げて再現するということで二つの作業が画家には必要です。犬塚さんの場合、観察力が勝れているというよりも、もう一度練り上げた自然を再現しようとする慎重さ、再現力が人一倍すぐれている。この絵は、自宅の身近な場所を選んでいる。犬塚さんの絵を観るポイントは、きれいすぎる所は描かないということです。そこが面白いと思う。日本の絵画の伝統には、美の景観にはパターンがある。松があって、竹があって、雀が鳴いていたとか、そういう景観のパターンからまったくずれている。意識的にずらして、だれもキレイとは思わない所を選ぶというコンセプト自体が、普通の絵ではないと思う』と。

 残念ながら、私は府中市には住んだことはあるが、この美術館に行ったことはない。
犬塚氏は険しい自然に入って、五感を鍛えるということを通して描ける境地に達したのかも知れない。画業を一つの修行と考えていたように思う。

  http://material.miyazaki-c.ed.jp/ipa/internet_artmuseum/roman/russo/IPA-inb720.htm
  http://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/contents/files/news/NEWS32.pdf

*今日は、浜田で支部長の集いに行かせていただいた。最後は感動的な閉会の挨拶であった。みなさま、大変悦んでおられました。教えられることが多いです。

 中内 英生

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July.19.2009「練成会終了」

July.19.2009「練成会終了」
今日の詩::陽を受けてImg471  白く輝く 花菖蒲

 今日で7月出雲練成会が終了した。74名であったが、内容的には実に充実したものだったと自画自讃ではあるが満足している。改良すべき点があるのはいうまでもないが、それは技術的なことであり今後の課題だ。何しろ、担当講師が一所懸命で講話をしてくださるし、スタッフが練成会員の礼拝に徹している。浄心行では感動的なシーンが展開される。また、昨夜の祈り合いの神想観でも、説明講話はM地方講師だったが内容の正確さと力強さに定評がある。今回の体験としては、数回練成を受けた人の娘さんが職場の状況が奇跡的に良くなったこととか、血液の故障で薬を服用して副作用として全身のかゆみがあったが完全にとれたとか、父親に感謝したところ、気がつくと激しい腰痛が解消されていたという男性が二人もおられた。これは、練成会全体を通じて神の癒しが天降ることを意味し、決してどの行事でよくなったとは言えないと考えられる。なぜ癒しが実現するのか?それは、「愛は癒す!」からである。

 三日間の練成会では正味は丸二日間と4時間くらいである。従って、10日間の本部練成会でいうと5回、出雲練成会を受講していただけると本部練成の受講期間を超えることが出来る。10日間の本部練成会では、私の経験ではどんな人も6日目くらいから心が大きく変わっていくものである。しかし、なかなか本部練成会を開催している会場まで行くのは遠いので、せめて回数多く受講されて本部練成会のような感動とご体験を得ていただきたいと願っている。今日は、最後の閉会式では、決意発表をされながら、男泣きをされる方が複数おられた。それだけ今回も感動の練成だったように思う。

 反省会ではみな満足気であった。それは三日間、神様と人の神性に奉仕した人だけが味わうことができる法悦とでもいうべきものだろう。
 明日は、午前7時半出発で、石見での組織の研修会に行かせていただくことになっている。毎日のように信徒さんに接触して礼拝行をさせていただけるのは、教区を担当させていただいている現職としての霊的役得?とでもいうべき点だろう。

 中内 英生

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July.18.2009「メンデルスゾーン生誕200年」

Img468 July.18.2009「メンデルスゾーン生誕200年」
今日の詩::薄青き 朝の香りの 花咲けり

 メンデルスゾーン生誕200年だそうだ。NHKで記念コンサートを放映していたので聴いた。ラン・ランという中国系の若いピアニストがすごかった。どうやら楽譜はすべて暗記しているようだった。そこで、ウィキペディアでメンデルスゾーンの生い立ちや物語を調べてみることにした。このインターネット辞典は、自己責任で使用することになっているが、同じものでも諸外国の言語で内容の違ったものが掲載されているのには驚いた。以下は、日本語バージョンからである。

 メンデルスゾーンは、一度見た楽譜や一度聞いた音楽を完璧に記憶する記憶能力を有していたという。伝わっている逸話の1つとして、代表作の1つである『夏の夜の夢』序曲の楽譜を引越す際に紛失してしまったが、記憶だけを頼りにすべてを書き出して見せた、というものが残っている。後に元の楽譜が発見されるが、書き直した楽譜と元の楽譜は7箇所が異なるだけで、あとは完璧に同じだったという(その7箇所も間違えたのではなく、メンデルスゾーン本人が意図して直したものではないかとも言われているらしい)。
 多数の言語を自在に操り、青年になる頃にはドイツ語のみならず、ラテン語、イタリア語、フランス語、英語までも話していた。音楽のみならず詩や絵(水彩画)にも興味を持ち、いくつかの作品を残している。特に水彩画に関しては趣味として楽しんでいたが、本職の画家顔負けの実力を持っていたという。
(このようなことは私はまったく知らなかった)

 作曲以外の彼の最も重要な業績はまず、それまで独立していなかった指揮者という職務を独立させ、自らも極めて有能な指揮者として率先して範を示し、弟子たちに指揮法を教え、現在にまで至る指揮法を確立した創始者であるという点である。部下の給料や保険なども気を配っていたらしい。有能な管理者でもあった。
 同様に重要な業績として、その当時すでに忘れ去られていた大バッハの楽譜を自ら発掘してその価値を見抜き、同様に演奏困難などの理由で早くも忘れられつつあったベートーヴェンの作品をこよなく愛し、彼らの作品を好んで積極的にパイプオルガン、ピアノないしオーケストラの曲目として取り上げ続け、貴族にも大衆にも大バッハやベートーヴェンの価値を広く知らしめた点が挙げられるという。
(これは大きな業績ではなかろうか?)
 また、友人のシューマンが発見したシューベルトの遺作、交響曲ハ長調D944(第8番『ザ・グレート』)を初演した。
 さらに、自らがオルガニスト、ピアニストあるいは指揮者となり、それまで古い楽曲を演奏する習慣のなかった音楽界に、古くても価値ある作品を敬意を払って演奏するという音楽作法を確立し、ピアニストやオーケストラの演奏活動を大いに盛んにしたことも、メンデルスゾーンの大きな功績と言えると記載されている。
    http://video.google.co.jp/videosearch?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4SKPB_jaJP267JP267&q=%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%B3+%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2&um=1&ie=UTF-8&ei=zN1hSsqeLIiVkAWYvcD3Dw&sa=X&oi=video_result_group&ct=title&resnum=4#

  http://www.youtube.com/watch?v=_BLwmZf3Xug

*映画『世界最速のインディアン』(2005年ニュージーランド・アメリカ合作)を観た。愛車のオートバイを40年以上にわたって改良し続け、63歳で1千cc以下クラスのレースで世界最速記録を樹立した伝説のライダー、バート・マンローの物語である。彼が世界記録を更新するまでの実話を描いていた。60歳すぎて世界記録に向かって突き進む男のロマンを感じた。相愛会員のための映画かもしれない。
*練成会第二日目が終わった。以前、出雲練成会を受講した女性だが、娘さんの職場でも人間関係が悪かったが、彼女が娘のために祈り続けたところ、職場が大調和したという。これは、うれしい報告だった。
 
 中内 英生

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July.17.2009「聖経『甘露の法雨』の意義と功徳について」

Img467 July.17.2009「聖経『甘露の法雨』の意義と功徳について」
今日の詩::蝶来たり 花と遊べり 野辺の道

 今日から練成会が始まった。大雨が降り、やはり鉄道は徐行運転だったそうだ。従って、開会式に間に合わない人もでたようだ。しかし、雨降って地固まる。これからどんな良いことがあるか分からない。
 今日の講話には、上記のテーマで、I講師が話された。甘露の法雨の講話はいつ聞いても有難く感じられる。I講師に心から感謝である。「写経の集い」が毎月、松江道場で行われている。約50分間、『新講甘露の法雨解釈』をテキストに話をさせていただいている。まことにも有難いことである。誌友会ではB型誌友会として写経も広く行われている。たいへん素晴らしい傾向であると思う。

 四部経に一巻読誦するごとに印をつけているが、ようやく今日で一万二千巻が終了した。実際にはもっと拝読しているのだが、記録した分がこれである。何巻よんでも良いのだが、記録分が一応の励みとなる訳だ。従って今日から一万二千一巻目が始まった。『甘露の法雨』の功徳は計り知れないものがあるという。それは神様に波長を合わせる実に強力な方法でありましょう。

 かなり前の話だが何度も練成会に来ている女性がいた。彼女はある時、大雪の東名高速道路を疾走していたが、前にトラックが横倒しになっているのに気がついてハンドルを右に切った。前を走っていた自家用車は左に切ってしまい、衝突してしまった。彼女が右に車線変更をした瞬間、後ろからトラックが追突した。大きな人の呼び声が聞こえて、気がつくと車が小さくなっており、押しつぶされそうになり身体が前屈みになっていた。後ろを振り向くとすぐ肩のそばに追突のトラックの先端があった。そして、いつも腰の所に小さなバッグを置いていたのだが、その中には常に『聖経 甘露の法雨』が入っていた。あたかもトラックから彼女を『甘露の法雨』が守ってくれるかのようにである。

 毎日、お仏壇の前で『甘露の法雨』を読誦することは、私たちがご先祖と共に悟りの道に精進する尊い道であると考えられる。島根の皆様、『甘露の法雨』を拝読しましょう。

 中内 英生

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July.16.2009「漂着ゴミの燃料化」

Img466 July.16.2009「漂着ゴミの燃料化」
今日の詩::瓶に挿す 木槿の花に つい見とれ

 沖縄の離島でプラント実験が行われようとしているらしい。サンケイ新聞(2009/7/15)には、押し寄せるゴミに対して、それで資源を生み出し、さらに可能性が無限に膨らむことを報道していた。漂着ゴミを油に変えるという試みだが、二酸化炭素排出に繋がるので如何なものかと考えられるが、「利用可能な物質に変化させる技術革新」という視点だけで考えるならば大変素晴らしい事であるかも知れない。
 環境省が、竹富町の西表島2,74キロの海岸で、年間に漂着するゴミの量を調べたところ、229立方㍍あったという。海岸線は全約130キロで、年間1万865立方㍍が漂着するという計算になる。
 離島ではそのゴミを本土に運び処理している。それが多額の費用となっている。その打開策として発泡スチロールからスチレン油を作るという試みである。成功すれば、ゴミの輸送コストがゼロになるばかりでなく、逆に余剰利益を生み出すこともあるとしている。ともかく創意工夫というものは新しい舞台を作り出すものである。

 「漂着ゴミの燃料化」の問題の記事の側には、フェリーの生き残りをかけた挑戦を報道していた。「マイカー千円乗り放題」となる、高速道路料金割引では二酸化炭素排出を加速させ、交通の混乱を増加させるとして問題となっていたが、別の問題もあることが書かれていた。それはフェリー海路の問題である。昨年は燃料費高騰と運賃値上げと世界的な景気後退による貨物の減少によるダブルパンチで海運業界は打撃を受けていた。その次には、今回の「高速料金千円乗り放題」によるフェリー業界への影響が深刻だそうだ。写真は、一度乗船したことがあるサンフラワー号が写っていた。千円高速道路の政策で、関西汽船のサンフラワー号の乗客は減少したという。政策というものはすべてにうまく働くということは不可能だろうが、こんなところにも影響を与えていた。当然、船舶よりも自動車の方が二酸化炭素排出量が多いので、より一層の温暖化を促進しているのかも知れないと考えられる。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年7月12日のブログは、「2000年ハスを見る」です。鳥取教区の講習会の様子と、帰りに荒神谷の蓮をご覧になられたことが書かれています。先生のお陰で、二度見に行くことができました。感謝申し上げます。改めて蓮の花の美しさを再発見いたしました。

 2009年7月16日のブログは、「ブログの休載について」です。ブラジルで行われる「
世界平和のための国際教修会」のご準備のために休載される旨が書かれております。なお、
「日時計日記ウェブ版」や「恵味な日々」を参照することをお書きになっておられます。
 島根教区といたしましては、『ヒマワリちゃんブログ』(「島根教区白鳩会の日時計日記ウェブ版」)もどうぞ宜しくお願いします。
 私の体験ではブログを毎日書いている場合は、一日遅れるだけで、信徒さんに「調子は大丈夫ですか」と言われる場合があるようです。それだけ愛読して下さっていることは本当にうれしいことであります。感謝です。

*御教えの有り難さは何と言っても、理性主義である御教えがどんなことに対してでも理解可能な説明ができるということが一つであろう。総裁先生のブログを拝読していると現代を「生命の実相」の鍵で如何にして読み解くかをご教示されている。すべてが開示されている。どんな問題でも解決可能であるとの御教えの偉大さは、どんなに感謝しても感謝しきれるものではない。
*今日は休日だったので、雨の中を荒神谷の蓮の花を見に行ってきた。人は来ていないかと思ったが、たくさんの人が来ていた。そして、午後の一時くらいだったので開花していた。先日行った時は、夕方だったのですべて萎んでいたが今日は美しく開花していた。しかも雨のために自分自身は濡れたが何のそのである。蓮の花の喜びの讃歌が聞こえてくるようだった。
*古代出雲歴史博物館にも行ってきたが、ボランティアの男性が数人いて、見学者に付き添いで説明してくれのは大変に有難かった。何事でも案内人がいると大いに理解が深まるというものである。御教えの案内ボランティアは、誌友会などで活躍する地方講師でありましょう。

 中内 英生

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July.15.2009「先祖供養の意義」

Img465 July.15.2009「先祖供養の意義」
今日の詩:: 朗らかに 笑って生きよ 花らしく

 今日は江津で先祖供養祭があった。み祭のあとの先祖供養の講話では、「先祖供養の意義」を話させていただいた。新編『人生を支配する先祖供養』24頁である。それには次のような内容が書かれている。

 第一義的には、人間は神の子であり、神の子はそれ自身で完全である。外から何物かをつけ加えてもらうことによって、初めて完全になるようなものではない。これが第一義的真理である。神の子たる人間の霊が外からお宮をつけ加えてもらわないと霊界の生活に困るようでは、それは宮という迷いにとらわれていることになる。お宮を建ててもらわないと霊界の生活に都合が悪いとか、お堂を建ててもらわねば霊界の生活に都合が悪いとかいうのでは、その霊は神性の自覚が足りないことになる。それで、神性を自覚した霊にとってはどんな形式によっても祀ってもらう必要はない。
 しかし、第二義的に考えると、未だ悟りを開く境地に達していないで、肉体的自覚を脱し切っていない霊魂は習慣的に空腹の感じを催して、餓鬼道的に苦しむ者もあるので、応病与薬的に「食を与えるものには食を与え、薬を欲する者には薬を与え」という訳で、宮を欲するものには宮を与え、仏壇を欲するものには、仏壇を与えてこれを供養して誠を尽くすことが、先祖に対する道となる。従って祖先が仏教で続いて来た家系の霊を祀るには仏教的儀礼に則るがよい。

 このような意味のご教示である。従って、私たちが総本山の奥津城で聖経を読誦させていただくのは、別の意味があり、感謝の聖経読誦とでもいうものでありましょう。また自分の心に聖経読誦によって真理の波動を起こして大聖師と波長を合わせることもできるのではないかと拝察いたします。

 また仏前で『甘露の法雨』を読誦していると何とも言えない法悦とでもいうべき心境を味わえることがあるが、それはご先祖の心境と相互感応しているのかもしれない。いずれにしてもうれしい気持が湧いてくる。

 その次に「献せんの意義」が説かれている。要するにお供え物だ。これが実に重要であるとしている。。単なるお供え物に何の価値があるだろうかとお考えの方があるかも知れないが、どなたかからお土産をいただき、それを先ずご先祖様にお供えするのは正しい作法でありましょう。また、毎朝のお茶をお供えしたり、ご飯をお供えすることもたいへん愛に満たされた方法であると言えるのではないでしょうか。
 写メール俳句が盛んであるが、実物を撮影して電送する。それが教化部のパソコンで受信し、インターネットに乗せて世界に伝わっていく。これは実物が世界に送付される訳ではないが、映像が伝わる。それと同じように、お供え物そのものは仏壇に置いたままであるが、映像(念)が霊界に念送されると解釈すると理解しやすいのではなかろうか。いずれにしましても、ご先祖供養は素晴らしい行事であります。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年7月11日のブログは、「外交機密の報道姿勢」です。非核三原則に関する諸問題について論じておられます。最後に「民主主義は宣言だけで守れない」ことを強く思われたとしておられます。講習会のために米子市に来ておられます。

*今日は江津に出かける時には相当の雨の心配があったが、帰るときはむしろ晴れ間がでていた。どんなに雨が降っていても、次には晴れるのが人生のようである。

 中内 英生

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July.14.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉④」

Img463 July.14.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉④」
今日の詩::大輪の ユリ美しく 庭に咲く

 続きです。私はこの画家の絵に惚れ込みました。素晴らしい作品です。さて…。
日本を代表する山岳写真家であり、すべてにいのちを感じるという白籏史朗さんは犬塚についてコメントしています。
『犬塚のこの時の体験が創作の大きな原動力になったのではないか、と考えられます。それが重なり重なって、ひしめき合って生きているこの緑の中に、一つ一つのいのちを感じた。だからこそ、ものすごいショックだったと思う。混沌とした中にいのちというものが無数にある。そういう生命に驚いてしまった。驚きつつ感じてしまった。それを自分の絵に出来ないかということが、スタートだったのではないかと思う』と。
 私(中内)は、白籏氏の言葉が少し理解できるように思うのです。子どもの頃、私は自宅の庭に佇み何時間も過ごすことがよくありました。それは一つ一つの草の造形の美しさに見ほれていたのでした。何と不思議な、何と美しいと思うと一つ一つの種々に感動を覚え、時が過ぎるのを忘れるのでした。

 犬塚は、山登りの経験を積めば積むほど表現を高めることができると考えたのでした。そして限界に挑みます。日本第二の高峰、山梨県の北岳(3193㍍)です。犬塚は山頂近くの尾根を絵にしました。それが『縦走路』(1985年)です。この時、心血を注いだのが石の描写でした。絶妙な色の違い、影の濃淡で一つとして同じ形のない石をすべて描き分けようとしています。たった一つの石のかけらにも「いのちの気配」を感じていたのです。しかし、それでも犬塚は満足しませんでした。
http://nagai-garou.com/contents/1f/156

 犬塚は次のように記しています。
『尾根に出てパッと北岳が目の前に見えることの方が感動的である。絵画として美しく感動的であることを、光景が美しいということに依存せず、絵として自立して美しくなければならない』と。当時の犬塚のノートには自らに課したことが記されている。
①睡眠を削る。②自然食に切り替える。③ヨガに取り組む。④厳しいランニングを続ける。犬塚のこの『行』については私も少し理解できるように思います。当時、私は午前三時に起床して祈ることを自らに課していました。当然、その後の午前五時過ぎからは早朝行事です。この「早朝の行」は、夜も会議などで帰宅が必然的に遅くなる現在の役職をいただくまで、九年十ヶ月間、毎日続きました。それは犬塚氏のような考えを元にしていました。

 妻の陽子さんは犬塚の美についての考え方について次のようにコメントしています。
『絵画制作とか美というものに対して本当に良人は、ひれ伏すような謙虚さで向かって行きたい、と思っていたようです。その絵画を制作するためには、自分自身が心を鍛え身体を鍛え、その他あらゆる事をして、虚飾のない人間になるんだと、自分がそうなってはじめて自分の思う美に、美しいものに到達できるのだと考えていたみたいで、そのためにすべて努力していたという風に思う』と。

 『梅雨の晴れ間』(1986年)という絵を描いている。
http://nagai-garou.com/contents/3f/158

 北岳の作品を描いた翌年、犬塚は自宅近くの光景を題材にしている。現在の日時計主義の生き方は、奇蹟的なものではなくごく普通の生活の中に神の恩寵を見出して感謝するという生き方である。それに共通する考え方ではなかろうか。
 何気ない草むらが見せる光と影のドラマです。湿気を含んで方々にしなる草が日差しを浴びてやわらかな色味を放っています。絶妙なグラデイションで光と影に彩られた木の葉が描かれている。人が通り、踏みつけられた草もいとおしげに描いています。木陰の小さなドクダミやシロツメ草も、雨に洗われたからでしょうか、生き生きとしているように見えます。どこにでもあるような草むらも、全身全霊で感じたら、小さなドラマが無数にあるのだとこの絵は私たちに語りかけているようです。
 一つ一つの草の葉を描けるということは、一つ一つの草のいのちを全身全霊で感じていないと描けないと思うのです。
(つづく)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
 2009年7月 9日のブログは、「ジャーマン・カモミール」です。先生の電子絵筆の技術は非常に高度であるようです。残念ながら私は、道具は購入しましたが、心の余裕がなく正直言ってまだ描いていません。この世界でも先生に学びつつ学習させていただきたいと思います。

*今日は、幸せを呼ぶ「教育フォーラム」というのを行った。場所は教化部であった。午後は、生命学園研修会が行われた。絵を描く神性表現の学習もあり、私も『自然と芸術について』をテキストにして神性表現の説明をさせていただいた。夜は、青年会の委員会が行われた、将来性のある人達との会話はそれ自体が私に力を与えてくれるようだ。

 中内 英生

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July.14.2009「与謝蕪村」

Img462 July.14.2009「与謝蕪村」
今日の詩::ルビナスの 群れて咲く花 見渡せり

 与謝蕪村についての放映があった。日曜美術館(2009/7/12)である。『菜の花や 月は東に 日は西に』という雄大な俳句をも読んでいる。この俳句は、柿本人麿の歌『ひんがしの 野にかぎろいの 立つ見えて かえりみすれば 月かたぶきぬ』という人麿の代表作に匹敵すると、私は感じている。『春の海 ひねもす のたりのたりかな』これも、蕪村である。俳画もたくさん描いている。私が描いているものは、ジャンルから云えばどうやら『俳画』のようである。『学問は 尻からぬける 蛍かな』という俳句もある。これは、蛍の光で書を紐解いたという古人に対して、居眠り蛍として自分を揶揄している。
『花すすき 一夜はなびけ 武蔵坊』というのもある。与謝野晶子の作で、それに似た歌があるが、内容は控えさせていただく。

 蕪村は諸国を旅していたが、36歳の時に京都に住み着く。そして、当時有名だった池大雅と共作を行うことになり徐々に大成していくのである。池大雅の十便図に対し、蕪村は十宜図を表した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E8%AC%9D%E8%95%AA%E6%9D%91

 蕪村は、13歳の時、母親が亡くなる。入水自殺であったといわれる。そして大阪の父親の元に行くがその父親も亡くなってしまうのであった。家庭的には必ずしも幸福とは言えない。蕪村は、母親と暮らした村に流れる小川を渡った頃を思い出して詠んだ俳句がある。
『夏河を 越すうれしさよ 手に草履』。この俳句だけを読んでも蕪村の気持ちは分からない。しかし、生い立ちを知ってから再び読んだとき、蕪村の悲しみと母親への慕情をひしひしと感じることができるのではないだろうか。

 60歳を超えてから蕪村は才能を大きく開花させることになる。「鳶烏図」(とびからすず)という名画がある。雪を描くのに、筆で描いていき、描かない部分を自在に降り積もる雪の片々とした。『蕪村の雪』である。彼は老いてなお、みずみずしさが作品に現されていた。60歳を越えてから「こいと」という芸者と恋に落ちていた。おそらく彼は生涯、母親の愛情を求めつづけていたのであろう。その後、蕪村の最高傑作と云われる『夜色楼台図』という京の雪景色を描いた絵をものにする。それは雪の中で沢山の家々が明かりを点しているような絵である。しんしんと降る雪。そして家には明かりが灯っている。『人間は一人ではないんだよ。大丈夫だよ』という温かさが感じられる絵である。これは晩年にして心の安らぎを見出した蕪村の心の風景とでも言えるのでないだろうか。詩情溢れる晩年の傑作である。

http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2009/03/post-53a3.html

 この作品を想定しながら三好達治が詩を詠んでいる。
『太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む』。
三好達治は私が好きな詩人の一人だ。彼の一連の言葉の響きがたまらない。「富士山」や「乳母車」「甃(いし)のうえ」など高校時代に暗誦しそれから言霊の響きの情感が忘れられない。

 蕪村の俳画や絵には、一種の哀愁や哀歓が感じられる。最後は安らぎである。その境地を絵筆に載せる自在を彼は得た。悲しみと同時に温かい蕪村の俳句、コメンテーターは蕪村のことを、老いることの美しさを持つ輝ける老人の星と讃えていた。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
 2009年7月 7日のブログは、「アメリカ伝道本部が太陽光発電を導入」です。島根県教化部も導入したいと考えています。昔と違い、木造屋根にも設置可能な技術ができているのではないかと考えます。少しでも二酸化炭素排出を減少させたいものです。

*今日は、午後に松江の誌友会へ行った。両親に感謝と先祖供養について約50分間話させていただいたが、その後、15分間から20分間、絵手紙を9人で描いた。みな素晴らしかった。これは教化部のホームページか白鳩会のコーナーにアップされる予定である。総裁先生の御心のままに絵手紙創作を実施させていただけることは大変有難いことだ。
 午後五時過ぎに教化部に着いたが、昨日の総裁先生のブログに荒神谷の蓮の花のことをお書きになっておられたので、取り急ぎ荒神谷に向かった。しかし、曇り空だったことと、夕方であったので六時過ぎに蓮池に到着し、残念ながら花はほとんど閉じていた。時間が遅いと「閉店」するようだ。しかし、じつに蓮の花の色が美しかった。

 中内 英生

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July.13.2009「三つの重要な教義②」

July.13.2009「三つの重要な教義②」
今日の詩::蝉は鳴く 心休まる 里山に

(つづき)Img472
 人間はすべて備わっている。しかし、時間と共に様々に表現される。肉体的に言うと、胎内では魚の状態の時がある。これは生物多様性を示している。尻尾があり、退縮して尾てい骨になる。赤ちゃんの状態の時がある。旺盛な生命力を示している。立って歩けないし、髪の毛も充分ではない。しかし、細胞分裂が早い。脳細胞の数は大人よりも多い。三歳までに減少してしまう。次は子どもの時である。次は大人の時である。肉体的能力が最高に出てくる。20歳前後で肉体能力のピークを迎える。オリンピックの選手は、マラソンを除き、ほとんど20歳前後である。さらに、老人となって、人格的に諸徳が備わってくる。そのように表現を変えつつ生命を現す。人間は不完全であるというのは常識であるが、それは肉体という表現媒体に於いてであり、本体である生命にはすべてが備わっている。
完全円満なる本体が表現を繰り返すとき、その神性仏性の表現の仕方は次第にうまくなっていく。それが魂の成長である。

【唯心所現】
赤ん坊の時になぜ生まれつき不完全に生まれる子どもがあるか?、それは過去世と関係がある場合がある。それらの現象界の不完全さを神様の所為にしないでいただきたい。
唯心所現というが、意識は二層に分かれている。現在意識(顕在意識)と無意識(潜在意識)である。すなはち、心は重層的である。
マイクを回して、「あなたは戦争を望んでいますか?」と聞くと、たいていの人は「望んでいない」という。しかし、一人になって考えたとき、「あいつだけは死んで欲しい」ともし思うことがあるならば、それは戦争を望む心である。なぜならば戦争は大量殺人であるからだ。
心の法則には代表的には次の五つがある。
①因果の法則
②心が物に現れる。 
③動反動の法則
④親和の法則
⑤認めると現れる。(②と似ている)
プラシーボ効果というものがある。良く効く薬だと信じると40%はよくなる。それに対してノーシーボ効果というのがある。毒だと信じると毒らしき効果が現れる。精神安定剤をのんだ人の例え話を言われた。

【万教帰一】
人間神の子・人間は無限力であるというのは、実相においてである。
仏教では、「即身成仏、山川草木国土悉皆成仏」という。「唯神実相」の仏教的表現である。
マタイ伝では次のような言葉がある。『地上の誰をも父と呼んではならない。あなたがたの父は、ただひとりの、すなわち天にいます父である』。
コーランの第50章には次のように書かれている。『我らは人間各自の頸の血管よりももっと近い』。コーランは神様を複数で表現している。
即ち、上記の三点は共通の神を示している。
生長の家は、各宗教の共通点を見つけて宗教相互の和解を実現しようとしている。

 以上でありますが、今回は真理が大変良く理解できました。なお、午後の質問も興味深いものばかりでした。内容はいずれ機関誌などに掲載されると思います。有り難うございました。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
 2009年7月 6日のブログは、「生長の家総本山で“炭素ゼロ”を実現」です。このことは、昨日の講習会でも言っておられました。移動に関わる二酸化炭素排出での相殺努力も大きいですが、さらに、森林の二酸化炭素吸収の大きさに驚きました。講習会では、韓国釜山でのフロンガスを作っている向上があるが、その排出を抑えるためのプロジェクトにも生長の家は参加していることもご紹介されました。

*今日は午後には松江の誌友会へ行く予定であります。(この文章は朝にアップさせていただいた)。

 中内 英生 

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July.12.2008「三つの重要な教義」

Img464 July.12.2008「三つの重要な教義」
今日の詩::蓮の花 師は見給えり 二千年

 今日は、鳥取の講習会に行かせていただいた。全回よりも増加しており、素晴らしい雰囲気とご指導でありました。総裁先生の午前のご講義の内容の一部を、島根の皆様にご報告申し上げます。完全に正確ではないことを前提にお読み下さい。今日、米子に行かれた人がおられたらその人に内容をお聞き下さい。内容に不完全な箇所があれば、小職の責任であります。先生から放射される珠玉の如き真理のお言葉を充分に書き記すことが出来なかったことを残念に思います。

 テキストの購入の必要性を言われた。一時間講話は活字にして20から30頁ほどのものである。講話は長いようで短い。聞いても一週間もすれば9割は忘れてしまうだろう。しかし、本は情報量もたくさんあるので、後でも正確に読める。従って本で勉強すると良い。
生長の家の三つの重要教義について説かれた。①唯神実相、②唯心所現、③万教帰一、である。
【唯神実相】
 「実相」という掛け軸がかけられていることがあるが、それは本尊ではない。また、実相という言葉は、一般的には、例えば『○○政治家の実相は悪いことをしている』などと言って悪いことに使う。しかし、生長の家は逆である。『悪く見えていても、実相は完全円満である』などと言う。
 『神』という神様の概念が人それぞれに違っている。世界最大の信者数になるかもしれないというイスラム教はキリスト教と信者数で拮抗している。しかし、二つの一神教も神様が別であると考えている。
生長の家の考え方は、『神様は人間と世界を完全に創った』と考えている。しかし、イスラム教やキリスト教は、全部ではないが、『神は最初は完全に創ったが、人間が出て来てごちゃごちゃにした』という考え方を持っている場合がある。
 「現象」とは何かというと、肉体(五感)を通さなければ分からない、認識できないものを云う。
 花のピンク色はどこにあるか?それは頭の中にある。脳が発生する電気信号を色と呼んでいるのである。色は絶対的なものであるかどうか?
 色覚があるのは、人間、猿、チンパンジーなどの霊長類や鳥や昆虫だけであり、限定されている。
 肉体を通して見る世界を「現象」という。
それに対して、神が創った世界がある。
戦争や犯罪は現象であるから神が創ったのではない。
なぜ罪を犯すかというと、感覚を通して相手を悪いと考えて相手を殺したりするのでそれは現象であり、神が創ったのではない。
その現象世界は、人間が『心』で作っている。
地上生活とは何か?それは表現するための世界である。
従って、我々人間は決して神の失敗作品ではない。
本物は決して見えない。
我々は表現するために生きている。表現者は完全でも、表現方法が未熟であり、しかし表現力も進化していく。
恰も音楽家が五線紙に譜面を書くとする。自由に天降った音楽のアイデアを、充分に書くことはできない。しかし、音符を通して、万人が感動を共有することが出来るようになる。音楽のアイデアを譜面に移すには、時間がかかる。音楽家にとっては苦しい作業となる。人生の同じようなものである。
神の子が、表現活動を通して、苦労しながら人生に書く。
表現して初めて、表現者である神の喜びを知ることが出来る。(このお言葉は大きいと思った。)
他の人の、その人の人生を見て、善いモノを共有できるようになる。
それは、もし自分だけの着想で終わったならばつまらないが、それを表現することにより喜びが増幅する。
それは「唯心所現」を意味である。
従って、人生は表現活動の『場』であると云える。

【万教帰一】
宗教の神髄の部分は、共通していると感じる。(私は宗教卵論を思い出した)
生長の家では、浄土真宗でも、キリスト教でも、キスラムでもそのままでいいですから、生長の家に来てください、と言う。
それは核心部分は、人を救う力があると考えるからである。
日本ではクリスチャンの弾圧などが過去にあり、現在では宗教に対して穏和な政策が採られている。
日本人は、クリスマスを祝ったり、お盆でお参りしたり、初詣にいったりで、万教帰一みたいなものである。
しかし、外国ではそうではない。従って、日本より外国へ『万教帰一』を伝えると世界平和に寄与できると考えられる。
日本文化は、八百万の神々をあがめてきた伝統がある。しかし、諸外国は万教帰一ではない。(宗教戦争もあった)

我々は五感の感覚で見ているものを実在と考えてはいけない。
本物の存在は、善しかない。善一元である。
現象は人間が作り上げた世界である。
死刑制度などは、「悪あり」との心が作ったのである。
『人間はつまらない者だ』と思っていると、「詰まらない者」を生きるようになる。逆に、
本当の完全円満な自分に目覚めることによって、素晴らしい自分を生きることが出来る。
神の国(浄土)が実在する。それのみが実在である。
現在は失業者が多くなっているが、神が失業者を作ったのではない。
神が失業者を創って導くという考え方があるが、生長の家ではそうは考えない。
自分で障壁を作って、それを乗り越えていくことに意義を見出す人がそのような失業や人生の困難等の障壁を作る。
一般的には人間は死ぬという。しかし、生長の家では、人間は死なないという。それは他の宗教でも言っていることである。
仏教で輪廻転生するというのは人間は死なないということである。
生まれ変わって、色々の肉体(宇宙服?)を取り替える方が、便利であるとも言える。

月はどうして欠けないか?それを見た人はいない。月に行って確認したこともないのに、小学校の時に、先生がそう言ったから信じているに過ぎない。
それならば、『人間は神の子である。実相は完全である』ということを言われたら、『ああ、そうだ』と信じてください。その信仰が、素晴らしい人生を作り出すことが出来るのである。
(つづき)長くなりそうなので、今日はこれで終わります。明日のをお楽しみに!

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
2009年7月 5日のブログは、「室蘭にて」です。室蘭での御講習会のことをお書きになっておられます。
 尚、今日(7月12日)のブログには、鳥取の御講習会のことと、荒神谷の2000年蓮のことをお書き下さっております。島根の信徒に取りましては、誠に光栄であります。

*今日は、米子の講習会へバスで行かせていただいた。松江や安来の人々は自家用車でいかれた方がおられたようです。素晴らしい会場、素晴らしい御講話でありました。両先生に心から感謝申し上げます。

 中内 英生

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July.11.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉③」

Img470 July.11.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉③」
今日の詩::風防ぎ 家を護るは 築地松

 犬塚さんの物語の続きです。私は一浪をしているので、おそらく学生時代の年代も同じだったかも知れません。学生運動のことは放映されていなかったが、おそらく通過したのでありましょう。東京学芸大も激しかったですから。しかしなぜか親近感を強く感じます。さて…。

 犬塚は、1949年川崎で生まれました。川崎が工業都市として発展するのと歩みを合わせるように、幼少期を過ごします。6歳の時、東京都稲城村、現在の稲城市に引っ越します。そこには草木がゆたかな多摩丘陵が広がっていました。犬塚は一日中、丘の草むらや近くの川で遊んでいました。その頃見た、ある光景が忘れられずに、後に制作ノートに記しています。
 『小学一年生の頃、多摩丘陵の帰りに立ち寄ったみさわ川での光溢れる光景は、この世の極楽をみた思いだった。』
 その感動をいつまでも鮮明に残しておきたいと、15歳で初めて絵筆を取った。東京学芸大学に進学して美術を専攻し、画家を目指した。この大学は、故・鹿沼掲揚元本部講師が教授・理学博士として勤務していた学校だから、あるいは授業を受けたかも知れない。
 卒業後は、中学校や小学校の教師として子供たちに絵を教えながら美術準備室で描き続けたようだ。

 24歳の時、多摩市に移った。冬の夕暮れの古い民家を多摩丘陵が包み込んでいる絵だ。『多摩丘陵(冬)』である。当時の描写はおぼろげで情感を伝えることに力を注いでいる。四年後、犬塚の絵が突然、変わった。『ひぐらしの鳴く』(1984年作)である。草原の植物が描かれている。草の一つ一つを精緻な筆使いで描き分け、カンバスを埋め尽くす。この絵が生まれるキッカケとなったのは、ある登山の体験だった。30歳で妻の陽子さんとはじめて山に登ったのを皮切りに、五感が研ぎ澄まされていく感触が忘れられず、犬塚は一人で山登りを繰り返すようになったのでした。

 34歳の夏でした。自宅に近い黍殻山(きびからやま:神奈川県)標高1300㍍に登ったときのことです。山道を2時間ほど歩き続けた所に思いがけず、草原が一面に広がっていました。草がなびく音、立ち上る香り、濃厚な色彩が折り重なって一気に押し寄せてきました。犬塚は次のように記しています。
『むせ返るような緑色、雑草を描く。何か可能か、雑草や木々が生い茂ったさま、それらの充実によって、絵画の密度を実現しようということなのである』と。

 妻陽子さんは語っている。
『あの黍殻山でのスケッチ、それをして帰って来たときは、”もう大発見をした”と、”素晴らしい!”という風に思っていたらしく、早く帰って報告したい。玄関を入るなり荷物を置くか置かないかで、スケッチ帳を出して、”すごい発見をしたよ!”と言うのです。本当に悦んで伝えてきました。』

 犬塚はこの作品から、人形の顔を描く時に使う面相筆と呼ばれる細い筆を使い始めた。これまでは雑草としてしか見ていなかった草も、植物図鑑で調べながら一つ一つ精魂を込めました。自然の息吹は、どんな所からも溢れだしている。草原の体験から掴んだ自然の密度がここにありました。犬塚は、作品に込めた思いを書き残している。
『大自然の中に、身も心もとけ込み、自然が私を包み込み、あたりに迫り来る。私は描く。一つの画面に幾万回となく筆を運び、光や風や香りやらを捉える。沈黙の中で少しだけ自然がその奥底のあたたかさを示す!』と。

 私は犬塚の気持ちが少しわかるような気がするのです。それは絵を少し描きはじめたからではなく、彼の感覚と同様なものを高校時代から感じていたからです。同世代の人間としてでもあり、私の場合は、深く自然を愛して四万十川を巡る自然との関わりの中で育まれたものです。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年7月 3日のブログは、「7月2日の「産経抄」」です。「非核3原則」のことをお書きになっておられます。また、サンケイ新聞の報道姿勢なるものへのご批判をしておられます。私もサンケイ新聞を20年近く読んでいるので、今日のブログは大変興味深く読ませていただきました。「非核三原則」については、情報は開示されていましたので、今日のブログで理解が深まりました。

*今日は、地方講師研修会が開催された。地方講師がこの研修会に参加する人数が多くなるほど、誌友会の指導内容の密度が高まるものと思われる。皆で学ぶと云うことがないと、自分勝手な解釈で教えを正しく把握するのが不十分になる可能性があるからである。しかも、今月から、次月のテーマを学んで出講することができるようになったので、出講に充分に役立つ内容となったと思う。

  中内 英生 

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July.10.2009「伝道者の自覚」

Img457 July.10.2009「伝道者の自覚」
今日の詩::瀬戸橋や 梅雨をお供に 駆け抜ける

 『生命の実相』(頭注)第1巻73頁には、伝道者の自覚が大切であることが述べられています。

 だから「生命の実相」を自覚する方法ならば必ずしも何宗派の方式に則らねばならぬということはないのであります。そこに世界の主要宗教は一つの共通の真理ー生命の実相は完全円満だという真理を指さしているのであって、伝道者にこの自覚が失われる程度にしたがって、その宗教に生命があるかないかのわかれるゆえんがあるのであります。「生命の実相」を真に自覚した伝道者が教えを説けば、どの宗教でも生きてきますし、「生命の実相」を自覚しない伝道者が教えを説けば、どんな良い宗教でも生命がなくなるのであります。よく既成宗教はだめだという批評を聞きますが、それは既成宗教がだめなのではない、それを説く人がだめなのであります。

 このお言葉でもって、私たちは日常の生活と宗教行を考えなければならないのではないでしょうか。「どんな良い宗教でも」、とは私たちにも当てはまるのでありましょう。日々の行持を懈怠なく行いたいと存じます。

 もう一つ、『生命の実相』(頭注)第16巻198頁で感動したところがありました。

 「朝の時間は黄金、昼の時間は銀、夜の時間は銅」という諺がありますが、この黄金の時間である朝の時間に新聞を読まないでわたしは纏まった本を読んだのであります。そして三十年間読み漁った幾十万の本の中からそのエッセンスをわたしは『生命の実相』に凝縮したのです。わたしの『生命の実相』全巻をお読みになることは、三十年間かからないと読めない本の精髄をわずか一年くらいで知ってしまうことであって、非常に時間の経済であります。

 これはすごいことです。皆様もどうぞお読み下さい。もちろん、『生命の実相』だけをよんでおれば良いというわけではありません。現代版『生命の実相』と言うべき、総裁先生のご著書を読み込みましょう。単に読むのではなく読み込むのです。そうすれば万全の体勢で伝道ができるというものであります。  

 もう一つ、「人は老衰するか」で感ずることがありました。『生命の実相』(携帯)第16巻91頁です。

 第一は年令の観念をとり去ること、次には愛すること、生命は『愛』ですから怒りのない愛を生かすようにすれば人間は若返ります。これに反して何物をも愛しなくなれば人間は老衰するものです。人間でも動物でも植物でも愛する実をあらわさねばなりません。それから、生命の本然のすがたは『動』ですから、働くということが若返る一つの要素になるのであります。仕事を愛すると云うことーこれは愛と働きとを兼ねていて非常に結構なことであります。

 地方講師のT氏などは、90歳を過ぎておられるのに、インターネットをされたり、ホームページを開設されたり、計理でも現役です。年令の観念を取り去り、愛を行じ、働いておられるからでありましょう。誠にも『生命の実相』は無限の生命の宝庫であります。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年7月 1日のブログは、「映画『人生に乾杯!』」です。内容は老夫婦の物語だが、
もしかしてゲオにないだろうかと調べてもらったがそれらしきDVDはなかった。小説はどうかと思ったがこれもまだ出ていない。インターネットで、Tジョイもまだ予告も出ていなかった。東京で上映している映画が出雲でも見ることが出来る方法をご存じの方はいらっしゃいませんか?内容は、ネットで色々と調べてみるうちにわかってきた。
http://eiga.com/movie/54459
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090629/tnr0906290836005-n1.htm

*今日は、『生命の実相』の第一巻を読み終えたが、何回読んでも感動する。また感動できる自分をうれしく思う。

 中内 英生

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July.09.2009「自己生命の霊妙さの自覚」

July.09.2009「自己生命の霊妙さの自覚」
今日の詩::鳩一羽 駅が住み家か 風涼しImg461
*夏ですが、駅構内は涼しい風が吹いていました。そこに鳩が一羽えさをほしそうに歩いていました。

 『生命の実相』頭注版第1巻62頁には、自覚のことが書かれています。13行目です。

『自己の生命の霊妙さの自覚ーこれすなわち仏教でいえば正等覚(さとり)をうることであり、キリスト教でいえば神の子としての自覚をうることであり、古神道でいえば「尊」(みこと)としての大自覚をうることであります。この大自覚に達するのがあらゆる宗教の目的ーいな、人間そのものの目的であり、この大自覚に達すれば、自覚した程度にわれわれに宿っている生命力は発現するのでありますから、キリストのように他人の病気を一言でなおしたり、釈迦のようにいろいろの神通力を発揮することもできるわけで、むろん自分が病気で苦しんだり、生活難で苦しんだりするような、不如意不自由な状態は消滅してしまうはずであります。

 この自覚を得ることが大切だと書かれています。それには絶えず神想観や聖典等を拝読することが重要でありましょう。何時だったか失念しましたが、東京都内で谷口雅春先生の御講習会がありました。先生は、祈りについてのお話をしておられました。内容はたしか、『私も神様に祈ることがある。全人類を救うために、深く強い神の子の自覚を与えたまえ、と祈っている』というような意味でした。私は、谷口雅春先生でも神様に自覚を深めていただくように謙虚に祈っておられるということをお聞きし驚いたことを記憶しています。

  昔、山中典士さんといわれる方が、私がお世話になっていた道場によく体験講話に来ておられました。自覚を深めるためにさまざまな工夫を凝らしていました。天井に自分がなりたい理想の姿を書いて、寝るときにサーチライトで照らしてそれを読み上げてから眠るのだそうです。また、朝トイレで、快便に感謝しながら生命力に感謝する祈りの言葉を捧げるのでした。自動車に乗ったときは、笑いの練習をしておられたそうです。そして、いつも口癖のように「神様に守られている。導かれている」と唱え続けていました。装道きもの学院とかいう着物の着付けの学校を始めておられました。すべて言葉の力の応用による自覚の展開です。
 
 ともかく、神の子の自覚を深めるために全力を投入すると自覚の展開として人生が動いて来るようです。

*今日も素晴らしい一日でした。感謝合掌。

 中内 英生

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July.08.2009「石油の時代は終わるのか」

Img459 July.08.2009「石油の時代は終わるのか」
今日の詩::愛ありて 世界の人と ネットかな

 石油の価格の高騰と各社の開発競争でハイブリッド車などさまざまな自動車が考案されている。日経新聞(2009/7/4)では、サウジもと石油相:アハメド・ザキ・ヤマニ氏(79)が石油の後について語っている。
 石油に代わって主役になるのは何であるかとの質問に対して答えている。
『太陽光や風力エネルギーがより実用的になっており、原子力発電も増加している。中でも最も影響があるのは、水素エネルギーである。ハイブリッド技術やバイオ燃料は石油の消費量を減らすだけだが、燃料電池などの水素エネルギーは石油を不要にする。水素エネルギーが実用化されたとき、石油の時代は終わる。21世紀はまだ始まったばかりだが、石油に代わる新エネルギーの世紀と呼ばれるようになるだろう。
 水素エネルギーへの転換は何時になるかは分からない。だが近い将来、転換は必ず来る。かつては石油の影響が大きいときに、「ピーク・オイル論」がもてはやされたが、あれは政治的に作られた神話でしかない。原油はまだまだ地下に眠っているし、コストをかけて新技術を使えば採掘可能である。しかし、時代は技術で変化する石器時代は石がなくなったから終わったのではない。青銅器や鉄など、石器に代わる新しい技術が生まれたから終わったのだ。石油も同じである』と。

 ヤマニ氏が言うとおりである。7月6日のブログで、ホンダの燃料電池車の実用化の進捗状況をご紹介したが、この車が低価格で購入できるようになり、インフラが整備されると人々はガソリン車には乗らなくなるのではなかろうか。

*『生命の実相』(頭注版)第1巻77頁には、次のように書かれている。
ーー皆さんが「生長の家」の説くところを読んだり「神想観」を実修したりして、神の子たる自己の生命の実相に触れ、真理を悟って病気(その他の人生のあらゆる不幸)が治るのは、他の類似の治療法のおよびもつかぬ根本的治療であります。ーー 
  ここでいう治療法は病気のみならず、人生問題の解決という意味でもあるようだ。及びもつかない解決法とは、「自覚」によって、すべてを変化させる方法である。自覚の深さがその人の人生を変えるとなると、心の自覚を促すために私たちは全力で努力しなくてはならないのではないだろうか。神想観や、聖典等の読誦や、先祖供養、とりわけ『日時計日記』記載などは重要である。
 さらに、79頁には、「真理はなんじを自由ならしめん」として次のような意味が書かれている。
ー「生命」自身の力で治すには「生命」とはいったいどんなものであるかということを知らねばなりません。表面の心で知るだけではなく、奥底の心で知らねばなりません。「生命とは神の子である」ー一言にしてこういえばなんでもないけれども、なかなかこの真理が本当にわかる人が少ない。本当にこれがわかれば自分で自分を治すことができる。病気だけではなく境遇でも運命でも自分で治すことができる。治すのではなく、真理を本当に知ったときひとりでに治っているのである。ー
 皆様、この御文章はどのように受けとめられましたか。ご自分の書斎の聖典を開いてご確認下さい。信仰の基礎力をつけるためには、是非とも『生命の実相』を拝読下さい。そうしますと、総裁先生のご著書の内容がそっくりご自分の中に入って参ります。

*今日は、四絡の誌友会に行かせていただいた。そして、現象無し、実相独在の真理を学ばせていただいた。夜は、栄える会の情報交換会であった。皆様は、大変ご熱心です。きっと島根教区栄える会は会員数200人ほどまでに成長するでありましょう。

 中内 英生 

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July.07.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉②」

Img469 July.07.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉②」
今日の詩::現代絵 加賀の都は 懐かしき
*金沢市近くの内灘町の河北潟の橋(サンセット・ブリッジ)を描いた絵手紙がNさんより届いた。見事な描写である。

 (続き)
 自然のあるがまま、それだけでなく目に見えないものを何か醸し出しているように感じる犬塚の絵である。コメンテーター氏は、「世界中でよく読まれている『星の王子様』の中に”大切なものは目に見えないものだ”ってありますが、そんなものが見える」、と言っていた。犬塚は全身全霊で自然を描いた。本当に描きたかったものは何なのか?。
「暗く深き渓谷の入り口1」という絵がある。巨大な岩の向こうで水がしぶきをあげている。岩は微妙なざらつきを見せている。これも一つの生命であると言わんばかりに、丹念に描写している。岩と水に宿るいのちを捉えようと、犬塚は何度もここに足を運んだという。水しぶきは、大胆な筆使いで強調されている。渓谷の水だけが見せてくれる躍動感である。

 東御市梅野記念絵画館館長の梅野隆さんは犬塚の絵に出合い衝撃を受けた。
『感動というおおざっぱなことでは伝えられないくらいに心を打たれた。その原因は何だろうかと考えてみた。自然と一体化して、自分のいのちをそこに込めて描いた」という思いが、私の方に押し寄せてきて、感動で打ち震えたという方がいいくらいに、感動した』と。
 犬塚は、自然を描く感覚を磨くために山に登った。登山の技術は独学で身につけた。妻の犬塚陽子さんは今でも、夫の登山用具を大切にしている。
 『これが愛用していた山用品なんですけれども、これが登山靴で北岳にも何十回と登った靴です。ただ、遠くから見て自然がきれいだとかいうのではなくて、本当に自然を感じるのは、そこに這い蹲って、草の匂いや感触を味わないと本当に自然が感じられないということで、岩にしがみつきながら登っていくことで本当に自然と一体化できると考えたみたいなんですね。』
 陽子さんは、10年近く愛用した靴や雪山用の道具を取材者に見せてくれた。犬塚は三千㍍級の険しい山にもあえて挑んだようだ。

 犬塚が残した制作ノートには、目指した絵について次のような言葉が書かれているという。
”単なる風景ではなく、もっと内面に突き刺さってくるもの。永遠に見続けたいもの。犬塚が自然と一つになってまで描こうとしたものは一体何だったのでありましょうか。
 彼の感覚にはおそらく、私たちの『自然と共に伸びる』運動の原点と共通するものがあるように思えてならない。
(続く)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月30日のブログは、「ウソの看板は降ろそう」です。この「非核三原則」について報道された最近の番組を私は見たが、先生の御文章でさらに内容を理解することが出来た。また、最後に、『冷戦後の新しい外交・国防政策を選択すべきときは、今』であることをご教示されておられます。

*今日は、地方講師受験の資料作成会が午後一時半から夕食をはさんで午後八時半まで行われた。皆様は非常にレベルが高くて素晴らしいです。今後かならず、島根の教勢発展の原動力になってくださるでしょう。
 家に帰ると、手巻き寿司が用意されていた。理由を聞くと七夕だからという。七夕と手巻き寿司はどういう組み合わせだろうかと考えながら食べた。
 パソコンを開くと、facebookの友人から、返事がこないのでアップするようにとの催促文が届いていた。私にとっては初めての試みなので方法がなかなか分からなかったが、少しずつなれてきた。何と、友人候補には、世界中の人々が登録されていた。ロンドンの男性や、南アフリカの黒人の女子高校生とか、このネットワークではさまざまな友人ができるようだ。総裁先生よりインターネットの活用は光明化運動の成果に雲泥の相違を来すとお教えいただいていたが、今日は、『本当にそうかも知れない』と強く感じた。勿論、使用言語は英語である。

 中内 英生 

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July.06.2009「燃料電池車は出来たか?」

Img455 July.06.2009「燃料電池車は出来たか?」
今日の詩::一陣の 風渡り行く 出雲川
※出雲の川という意味です。出雲川という名称の川はありません。あしからず。

 燃料電池車がすでに量産してコストを下げるように工夫する段階まで来ているようである。ホンダであろうと思われるが、試作車をドイツに持ち込みアウトバーンでドイツの技術者に乗ってもらい、意見をもらっていた。ドイツの、アウトバーンは制限速度なしである。いちど通ったことがあるが、すべての車の速度が速いので、自車速度がかえってあまり速い感じがしなかった。また、ドイツの田舎の街中はでこぼこがあり走りにくいようだ。それをクリアーするためにあえてドイツで試乗したという。ドイツ技術者の答えは、「このままいけば、ヨーロッパで通用するだろう」とのことだった。この衝撃的なニュースは、NHK『プロフェッショナル』(2009/7/6)で知った。藤本幸人(ふじもとさちと)氏52歳が出ていた。燃料電池車の開発責任者である。

 技術者は決して妥協しないことが必要だとしている。彼は一度燃え尽き症候群にかかったらしい。「夢を語れ。不可能を超えろ」というのが彼の主義のようだ。燃料電池車はおそらく路上に於ける二酸化炭素対策の救世主となるであろうが、その労苦たるやなみなみならないものがある。研究は極秘である。企業秘密なので映像にはたくさんのぼかしが出ていた。車には「ZEV」という記号が付けられていた。これは、「この車は全く二酸化炭素を出しません」という記号だという。水素に酸素を加えて電気を作り、自動車を走らせるという原理である。出てくるのは水だけだ。藤本氏はかつては「エンジンシステムの神様」と言われていた。しかし、彼の生き方は変化してきたようだ。会議で藤本氏はできるだけ聞き役に回り、議論が出尽くしたのを待ってから話しだすという。
『技術の前では、誰もが平等である』というのが彼の考えだ。また、『満足した技術は死ぬ』だから決して現状の技術に満足せずに、常に向上進歩を促すのだという。『夢を決して忘れるな』とも語っていた。

 ハイブリッドはガソリンと電気と両方を使う。電気自動車は、電気だけだがその電気を作るのに二酸化炭素を排出する。しかし、燃料電池車は、それを作るのには二酸化炭素排出はあるが、それ以降の排出はない。水素で発電しながら走る。どれくらいのパワーがあるのかとの質問に対して、一件の家で使う電力の約20軒分の電力を燃料電池車が作り出すのだという。これはすごいことではないだろうか。
 
 彼は言う。『エコや二酸化炭素排出をしないというのは、基本的条件であって、未来を切り開く力はない。乗っていて楽しい車を製造しない限り、世界一、世界初となることはできない』と。小さな町工場でリンゴ箱の上に立って、毎日、世界一になるんだと社員の前で叫び続けた本田宗一郎氏の精神がこの男には受け継がれているらしい。燃料電池車は乗って加速するとき、振動がないようだ。彼は、2020年には一般の人が購入できるようになると言われている。しかし、あと7-8年で購入できるようにならないものかと考えているようだ。なぜならば、定年退職までに自分が手に入れたいからである。

 藤本氏は兵庫県丹波に生まれた。もともと自動車機械が好きだったが、会社に入り、仕事にのめり込んだ。そして、「エンジン・システムの神様」と呼ばれるようになる。彼は常に現場に張り付いて指示を飛ばしていた。しかし、あるパーティの席上で彼に変化が訪れた。ある人に言われた。
『叱咤激励とはよく言うが、藤本さんは、叱咤叱咤だ』と。その言葉が藤本氏の胸に突き刺さった。そして急に仕事にむなしさを感じて、開発現場から離れることにした。それから3ヶ月後、再び現場で指揮を執ってほしいと頼まれたのである。ポジションはいままでのように一部ではなく、車全体を見る全体に責任ある立場だった。

 彼は、部下にモチベーションを持たせるために、数値目標ではなく、大きな夢を語ることでやる気を起こさせたという。これは、私たちの運動についても云えるのかもしれない。そして、彼のチームは、世界初の燃料電池車を発表するに至る。
『リーダーの仕事は、部下との夢の共有である』という。人の心を動かすのが夢であるならば、それをリーダーは常に語り続けるべきだとしている。
『技術者はこだわりが大切である』。しかし、技術ややる気以上に大事なものがある、と語った。それはものすごく強烈な思いをもっていないと、世界を動かせない。彼は言う。『”思い”は意地でも形にせよ』。車も成長するが、人も一緒に成長する。茨の道のその先にこそ未来が待っているのである。プロとは何か?を彼は語る。『信念を持って進み、夢を実現できる人たちである。そしてどんなに厳しい困難な条件でも結果を出す。そういう人だと思うし、そうなりたいと願っている』と。
 
 コストを下げる段階にまで来ている燃料電池車を開発した藤本氏の言葉は、島根の信徒である私たちにっとっては、様々に解釈できるのではなかろうか?貴重な珠玉の如き言葉の数々である。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090630/index.html                           http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2009/06/post-7b8e.html

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月29日のブログは、「多様なる幸福」です。マイケル・ジャクソンの死についてのご考察と、主観的・客観的幸福論をご教示されております。拝読下さい。

※今日は、午前中は会議であったが、昨日の余韻が残っているのか、皆様の雰囲気が若々しくかつ生き生きとしていた。また、昨日、ひまわりちゃんブログが立ち上げられたが、皆様が投稿することによって、組織全体にかなりな好影響を与えるのではないだろうかと考えられる。午後は、「先祖供養」について、壮年層誌友会のための学習会が行われた。大変に有意義な一日でありました。

 中内 英生

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July.05.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉①」

Shoberukaimg460 July.05.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉①」
今日の詩::ヒマワリの 念ずるごとく 世はなれり
*今日は、お父さんお母さんの一日見真会があり、会場に盛り上がるオーラを感じた。また、島根白鳩会の壮年層が電子版日時計日記を今日、立ち上げた。世の中は、東京の巨大なヒマワリの念ずるごとくに動き始めて来たらしい。

 日曜美術館(2009/7/5)では画家犬塚勉(1949-1988)が登場していた。NHKの日曜美術館はできるだけ観るようにしている。理由は、総裁先生の御文章には絵画関係の御文章も多く掲載されており、できるだけ予備知識を持つことが理解度を高めると考えられるからだ。さて…。
 自然の息吹そのものを絵画にしようとした画家がいた。その画家は犬塚勉という。もし生きておれば私よりも一歳年下である。当時、私と同じく東京に住んでいたようだ。彼の絵は、風雪にさらされたブナの幹の木肌などを描いている。彼は幹の一部分の緻密な描写だけで、ブナの風格を表現しようと挑んだという。木肌から自然の底知れぬ生命力を感じ取った作品がある。また、梅雨の晴れ間の草むらを描いた絵もある。テレビで紹介されたものは、「写真」ではなかろうかと見まごうものばかりだった。「草むら」の絵は登山を繰り返した後に描いたものだという。登山で画風が確立されたのだった。草の一本たりとも逃すまいと入念に現された画面からは、雨上がりの土の匂いまで伝わってくるかのようだという。一年に10回以上、山に登った犬塚は、38歳で遭難して帰らぬ人となった。

 没後20年の去年に。長野県の美術館で開かれた彼の展覧会は静かな話題を呼んだそうだ。来館者が多くのメッセージを残している。
『精密な絵の中に風、せせらぎ、香り、目に見えないものが描かれているようです。』
『大地の温かさを感じます。みんな生きているのだと実感します。』

 すべての感覚が野や山の中にとけ込んだ時に生まれる絵を彼は生涯、追い求めた。その自然は私たちに、何かを語りかけているようである。
 私もぜひいつかは犬塚画伯の絵を見たいと願っている。
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2009/0705/index.html
http://www.umenokinen.com/html/inuzuka/info.html
 
【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
 2009年6月28日のブログは、「生長の家つくば会館」です。講習会推進への感謝のお言葉が述べられております。また教化部から離れたところに作られた生長の家つくば会館は、炭素ゼロ運動の一環として評価しておられます。また、防音などさまざなな工夫がされていることをご紹介しておられます。 

*今日は、白鳩会の壮年層の方々が、ヒマワリちゃんのブログを立ち上げた。アクセスすると楽しそうな装飾になっている。直接投稿のアドレスがあるはずだが見当たらないので、さしあたりコメントに投稿しているのを読んでみた。良いことがあったのを読むのは、潜在意識に神の世界がここにもあそこにも現れているという思いを惹起せしめる。素晴らしい企画をだしてくれた皆様に心から祝福と感謝の念を送りたい。尚、アドレスは→ http://hidokeisimane.cocolog-nifty.com/

*お父さんお母さんの一日見真会で、私は絵を描く指導をさせていただいた。実技は、Aさんと、Hさんに手伝っていただいた。時々、B型誌友会で指導を頼まれると悦んで引き受けている。慣れてくると楽しいものだ。しかし、自分自身としては一日一枚は描くという努力もないわけではない。作品は、スキャナーで取り込んでいるから、教化部のホームページにいずれ掲載されると思う。

*百歳バンザイ(2009/7/4)で、新居ふみさんという方が出ておられた。凛と輝く百歳である。茶道の裏千家の師範をしておられる。驚くことに毎日腹筋を100回鍛えていた。背筋がしゃんと伸びている。しかも毎晩の晩酌でビールとワインを飲まれる。これまた驚きではあった。

 中内 英生

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July.04.2009「日時計日記の効用」

Img454 July.04.2009「日時計日記の効用」
今日の詩::湯の川の 降りたくもなる 道の駅(季語なし)

 日時計日記をつけさせていただいている。信徒さんは付けている人がほとんどだが、つけていない人が少しはいらっしゃるのかも知れない。私は、谷口純子先生御監修のこの日時計日記を付けることを幸福の時間であると考えている。つけている人は、何をするにつけても、いつも前向きで積極的なように思う。つけていない人は、どうも後ろ向きのようにも思える。従って、家庭生活や運動をするにつけても実に素晴らしいエキスが記載という行為の中にあるのではなかろうかと考えられる。

 『ゆいま経解釈』という谷口雅春先生のご著書がある。はしがきの第1頁には、次のように示されている。

「弥勒菩薩よ、私は今この、無量無限年間かかって集めたところの『仏陀たる大自覚』を得るための大真理を残りなくお前にわたしたのであるから宜しく頼むぞ。このような真理というものは、わたしが涅槃に入って後、末の世の来たときに、お前たち教えをつぐ者が、神通力を得て広く宣布し流通するようにしなければならないものであるから、決して、地球上にこの経典が説かれることを絶やしてはならないぞ」と仰せられているのである。私はこの書の出版によって、自分の喜寿を機会にこの釈尊の委嘱に応えることができたことを悦ぶものである。」

 このご著書を再び、三度読み始めた。このご本がご出版されたとき、私はそのご講義をされる谷口雅春先生の裏方の放送係として放送室で聞かせていただいたことを記憶している。朗々たる先生のお声が満場に響き渡る。小さなお体が巨人のように見える。お釈迦様の説法とはこんな雰囲気ではなかったかと思えるような深い感動を私は魂の底から感じていた。この御教えに触れさせていただいた喜び。一つ間違えば、巡り会わなかったかも知れないこの御教えに、千載一遇の邂逅を果たすことが出来たことを心から喜んだ。
 生長の家のご著書には色々と、かつ沢山の書物がある。信仰の基礎力を付けるのには、『生命の実相』がお勧めだが、このご著書だけよんでいればよいという訳ではない。現代版『生命の実相』ともいうべき、総裁先生のご著書を拝読して生きた形での生命の実相を体得すべきでありましょう。時代は常に移り変わりつつある。何時の時代でも最先端の科学と考え方を生命の実相の鍵を以て解き明かしてくださるのが総裁先生である。私たち島根の信徒は、ひたすら御跡を慕いつつ歩ませていただきたいと念願している。

 明日は、白鳩会で壮年の方が、Web版日時計日記を立ち上げる。この開設が、白鳩会の壮年世代に力を付加する原動力になることを心から期待している。私も、いつも間にか61歳になった。若いつもりでも、心の波動が61歳の波動を出しているのかも知れない。若い人が中心になって活動を展開し始めると、同じ若い心の波動をもった壮年世代の人々が数多く集まってくるのだろう。それを期待する。祝電は打たないが、この文章をもって、『祝電』に替えさせていただきたい。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月26日のブログは、「宗教の社会的貢献」です。結論として、炭素ゼロ運動は、1つの矛盾を抱えているとしておられます。現在の社会全体が、まだ化石燃料を主要エネルギーとする産業構造と政治制度を温存しているので、その中では、何かを強力に推進しようとすると、必ず化石燃料を燃やすことにつながる。逆に、化石燃料を燃やさないようにすると、宗教活動を推進することが困難になりがちであるということである。この矛盾を乗り越えるためには、宗教団体内部の努力だけでは、どうしても限界があるので、社会に対して、化石燃料を燃やさない方向へ動くように、何らかの働きかけをする必要が生じてきているように思うとご教示されております。
 実際に、島根で活動をしておりましても、島根は長いですので同じようなことを感じてしまいます。 

 中内 英生

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July.03.2009「長寿国サンマリノ」

Img458 July.03.2009「長寿国サンマリノ」
今日の詩::帆柱を 立てて浮かぶは 夏始め

 長寿国といっても歴史が古いという意味ではなく、日本と肩を並べるほど、長寿の人が多いという意味である。NHKで『世界遺産への招待状』(2009/6/8)という番組で、この国を紹介していた。イタリアは小さな都市国家がたくさんあったところのようだ。丘の上の街であった。そこには3万人という崖の上の独立国があり消費税がない。だから沢山の人が買い物にやってくるという。イタリアは150年ほど前に統一された。そしてサンマリノだけが独立国として残ったという。周りはすべてイタリアである。この国の繁栄は、周囲の都市国家の傭兵業を行って獲得したらしい。行ったことはないが、映像で見る限りなかなかきれいな街並みだ。傭兵業の収益で街を整えたという。

 この国の代表者は、普通の人から半年に一度選ばれるというから驚きである。第二次世界大戦では中立を守った。爆弾を落とされないように、屋根に白十字の大きなマークを描いていた。イタリアの難民が、当時の国民数一万三千人の国に、十万人がなだれ込んだ。国民は自分たちの配給量を減らし、国民と同じ量の配給を難民に与えて、難局の数ヶ月間を凌いだという。この国は、フランスのナポレオンから領土と物資の贈呈を申し出られたが決してその甘い誘いに乗らなかったらしい。当時から領土を広げないという方針であった。目立たないように、狙われないように生きる方法を取った。奪わないから奪われないのだろう。また、傭兵業が主だったから当時はハリネズミのような国だったのかも知れない。

 現在の平均寿命は81,7歳である。『ほほえみの大学』という熟年者のための大学?を映像で観たが参加者の皆さんは大変お元気のようだ。まるで、島根の「竜宮の集い」や「無量寿」の方々のようであった。参加者の一人が女性が語っていた。『ポジティブに生きること、いつも前向きに生きること。嫌なことを考えないこと、楽しいことだけを考えること。これが長寿の秘訣ですよ』と。
 この言葉を聞いて、『脳に楽しいことだけをやりなさい』という内容の本を書いた茂木健一郎氏の言葉と、日時計日記をおつけになる信徒の皆様のたくさん顔が浮かんできた。結果的には、日時計日記をつけることは、長寿の秘訣を実践していることになるのだろう。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月25日のブログは、「天女山を歩く」です。
 キノコのことや森林経営や間伐なののことについてお書きになっておられます。どこへ行かれても信仰者として常にさまざまなことを考えながらご生活をしておられる総裁先生の生き方を学びましょう。

*今日は、楽しい会議が続いた。会議も楽しいことが一番だろう。

 中内 英生

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July.02.2009「イタリア映画”道”」

July.02.2009「イタリア映画”道”」
今日の詩::ショベルカー 仕事を終えて 一休み
*家の近くの空き地にあるショベルカーを描いた。但し、今日の絵は、浜田の道の駅から見た海方面の眺めだ。分かる人には分かる。

 今日は映画の話である。イタリア映画「道」(1954年製作:200Img453 9/6/30衛星第二)を見た。60年度の前のものだ。時代背景が違うが、人間の孤独感を表現していた。日時計主義とはかなり違う。

 以下、暗い話なので読みたくない人はここでパソコンを閉じてください。

 この映画「道」は、フェリーニ監督作品で、1956年のアカデミー外国語映画賞を受賞したとしている。懐かしい白黒映画である。この作品で扱っているテーマは「人間の孤独」であり、ラストは悲しくも素晴らしい名場面であるようだが、人間の完全円満な実相を知っていればもっと別な明るい道を歩んだのではないだろうか、という思いの方が先に立ってしまう。大体の粗筋は次のようだ。
 旅芸人のザンパノは芸の手伝いをする女が死んでしまったため、その姉妹のジェルソミーナをタダ同然で買い取った。貧乏な田舎なのでそれでも母親にとっては大変な収入となる。当時は食べていくのさえ困難な時代である。口減らしという言葉が出て来た。粗野で暴力を振るうザンパノと、頭が弱いが心の素直なジェルソミーナは一緒に旅に出る。

 道化の格好でジェルソミーナは芸をする。新しい生活にささやかな幸福さえ感じていたのだが、ザンパノの態度に嫌気が差し、街へと逃げていく。そこで陽気な綱渡り芸人に出会う。ジェルソミーナはザンパノに連れ戻されるが、綱渡り芸人のいるサーカス団に合流することになる。綱渡り芸人はザンパノと古くからの知り合いらしく、何かとからかってザンパノを逆上させる。ある日、限界を超えたザンパノはナイフを持って追いかけるのだが、その行いで二人とも警察に逮捕されてしまう。

 綱渡り芸人はサーカス団から追放され、ジェルソミーナに助言を与え去って行く。翌日、ジェルソミーナは釈放されたザンパノを迎え、二人だけで芸をする日々をすごした。しかし後日、ザンパノは故障した自動車を直す綱渡り芸人を見かける。仕返しする機会を待っていたザンパノは綱渡り芸人の顔を殴り、殺してしまう。そして逃亡する。その前に途中で修道院で一夜を泊めてもらうが、サンパノは銀の品物を盗んでしまう。殺人と窃盗と繰り返すサンノバを見ていて、ジェルミーナの精神はおかしくなる。途中で眠ってしまった彼女を置き去りにしてサンパノは旅に出る。その後、ジェリソミーナは親切な人に保護されるが悲しみの余りに死んでしまうという粗筋である。ザンパノは仕事ではサーカスのような仕事で大いに成功したが、街へ散歩に行ったとき、ふとそのことを知り、苦しみの余り海辺で彷徨うというラストだ。
 当時、生長の家は地上に出現していたが、まだイタリアには伝わっていない。どうか、国際平和信仰運動が一日も早く、諸外国に展開いたしますようにと祈らずにはおられない。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月24日のブログは、「山荘閑話」です。羊の写真を見ると心安らぎます。また、蟻の生態についてのご考察をしておられます。

*今日は、妻と一緒に県立美術館へ行った。エジプト展を見るためである。私は二回目だった。四千六百年前頃にすでに文明があったとは驚きである。永世の思想と生まれ変わりが信じられていたようです。吉村先生が県立美術館にお出でになるようです。松江の方でお時間のある人は聞かれては如何でしょうか。

 中内 英生

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July.01.2009「聖使命感謝奉納祭」

Img451 July.01.2009「聖使命感謝奉納祭」
今日の詩::軒下の 雀のお宿 主を待つ
*夜、帰宅しましたら雀が軒下では大勢がさえずりながらとまっていました。「お帰りなさい。ご主人様」と言っているように聞こえました。

 今日は、午前中は聖使命会員及び組織会員の感謝奉納祭があった。厳粛な儀式になっているので大変参加者は喜んでくれているのでうれしい。毎月、そのような祝福の儀式で名前を呼ばれて聖経を拝読することにより、祝福の念波は届くのではないだろうか。その後の、茶話会で今日は数名の方々の喜びの声を聞いた。良いことがあるので参加するのか、参加して喜びを発表するので、喜びが増幅してくるのか、両方だろうと考えられる。

 今日から、日時計日記が新しくなる。何事も決意を新たにして出発したい。今日はカナダの建国記念日らしい。インターネットでも調べてみた。カナダ出身らしいインストラクターがカナダの誕生日だと言っていた。島根にいて日本のみならず外国の事がわかるというのはインターネットのお陰でありましょう。
http://hitoritabi.exblog.jp/8940785/

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
  2009年6月23日のブログは、「ツイッターは“諸刃の剣”?」です。
「ツイッター」という短文専用のミニブログの威力やインターネットの底力をご紹介しておられます。又、最後に、インターネットの“底力”は国の政治状況に影響を与えるほどになっているが、それは“諸刃の剣”であることを忘れてはならないとしておられます。しかし、プラスの影響を考えたとき、宗教運動への有効な利用をもっと積極的に検討する時期に来ていると思うとしておられます。島根教区のインターネットももっともっと進化して教勢拡大のお役に立ちたいのですが、技術的に歯がゆい面がなきにしもあらずです。今後、できるところから進化して参りたいと存じます。

*今日はこれで終わりです。一週間、有り難うございました。明日は木曜休日ですが早朝行事を担当させていただきまして、祝福祈願も行わせていただく予定です。

 中内 英生

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June30.2009「ブラジル・サンパウロ」

Img450 June30.2009「ブラジル・サンパウロ」
今日の詩::キビ畑 樹の間に開く 無限大

【沸騰都市サンパウロ】
 NHKスペシャル(2009/2/4)で「沸騰都市」としてブラジルサンパウロが紹介された。「ブラジルの挑戦・富豪は空を飛ぶ」というテーマである。最初は、お金持ちが防弾車に改造して、強盗から身を守るようにしているという映像だった。しかも車種はトヨタ・カローラであり、一般車だ。これはどうも自分が富豪ではないというカムフラージュのようだ。しかし、本当の富豪はヘリコプターを使って移動するらしい。ブラジルは食料とエネルギーで世界に挑戦しようとしている。ブラジル人は言う。『わが国は大丈夫だ。アリのように働いてきた』と。

 空飛ぶ富豪マウリリオ・ビアジ氏(67才)はサトウキビを栽培している。ヘリコプターを3億5千万円で購入する。サンパウロの富豪の持つヘリコプターは、400機であり、ニューヨークを抜いたようだ。屋上にヘリポートがある。この国のルーラ大統領は強気の発言が目立っている。『金融危機があっても、わが国は関係ない』。ビアジ氏は、エタノール事業で大成功を収めた。17のエタノール工場を持っているという。まあ、ともかく規模が大きい。ブラジルでのエタノール事業は魅力的で成功率が高いのだろうか。

 エタノールは、アメリカはトウモロコシが原料であり、ブラジルはサトウキビが原料となる。サトウキビは世界的に安定しているが、トウモロコシは人間も食するので、エタノールに切り替えたアメリカのコーンベルト地帯の農家は世界を混乱に陥れたようだ。”石油は戦いを起こすのに対して、エタノールは平和を呼び起こす”としている。ブラジルは、1975年、国家アルコール計画を発表した。インフレで苦しんだ時、国はガソリンからエタノールに切り替えた。現在の新車はほとんどレレックス車といって、ガソリンでもエタノールでもどちらでも使用できるようになっている。しかし、エタノールは日本ではなかなかうまくいかないようだ。

 荒垣さんという日系ブラジル人が登場した。「ゆっくり、しっかり」が荒垣宏助氏の経営方針である。彼は言う。『会社は私の物ではない』と。ブラジルは、中間層が生み出す消費力が頼りであるようだ。さらにブラジルは、1200㎞のエタノールのパイプラインを引こうとしている。これはすごい計画のようである。

 ブラジルは、バイオ燃料国際会議でも注目されたとしている。世界のエネルギー勢力のリーダーを目指しているようだ。ブラジルは「蟻のように毎日、弛まず働く」ことをモットウとしている。これは、私たちの信仰にとっても必要ではないだろうか。この番組では問題としてはいなかったが、エタノールは、空気中の二酸化炭素を増やさないとしているが、消費する以前に、エタノールを作る段階で多量の二酸化炭素を排出している筈である。また、さらに世界中に供給するためには、アマゾンの密林を開拓して二酸化炭素吸収の森を消滅させなければならない。従って、問題がない訳ではないのだろう。

 空飛ぶ大富豪・ビアジ氏は言う。『不自然な形で成長している国がある。例えばオイル・マネーを蓄えて成長した国とかだ。しかし、ブラジルは投機マネーによってではなく成長した。ゆっくりだが、着実な成長をした。ブラジルは外国の投資だけで成長したのではない。国民が冨を作り出して成長した。それが重要なのだ』と。

 また、ブラジルは小型・中型ジェット機の生産では世界第3位である。この分野でも世界に躍り出ようとしている。私はこの番組を観て、若い頃にブラジルの友人から聞いた超インフレの話は遠い昔の物語になっていることを知った。倦まず弛まず歩むのが信仰者の道であろう。消費癖がなかなか治らず、国債を中国に買ってもらって、消費を繰り返すキリギリス某国のようであってはならないだろう。しかし、この蟻とキリギリスの関係の結末はヨーロッパと日本とではかなり違う。ヨーロッパでは蟻はキリギリスを雪の中へと追い返すが、日本での最終結末は、キリギリスを家の中に入れてあげて、一緒に食事をするということのようだ。物語は日本で変化した。生長の家の宗教卵論では、中心部分は変わらないが、周辺部分は時代と地域によって変化するのだ。それにかなり似ている。

*お絵かきソフト「Bamboo Art Master」を購入した。まだ使っていないが、なかなか面
白そうだ。私の子どもが専門的なもっと高価なものを使っている。私が購入したタブレットとソフトは、価格comで調べて購入し、一万五千円強であった。今日のような仕事の連続の時にはなかなか絵筆に手が届かない。しかし、それは左脳が作動しているからだろう。右脳で考えて、「できない」という思いを消し去って、そのままの心で着手したいものである。その内に作品を発表する予定である。

*ブロードウェイでのミュージカルで『カンパニー』というのをNHK衛星第2で観た。独身の会社員の愛と苦悩を描いたものだが、このような仕事をしている人達が中心になって世界の金融が動いていたのだろうか。総裁先生がご覧になる映画は、洋画が多い。少しでも理解させていただきたいとの思いからであります。

*今日は、午前は六月晦大祓があった。午後はチャリティーコンサートの会場見学とミーチングがあった。夜は幹事会・五者会議があった。一日中、充実した日だった。すべて順調である。幹部・信徒の皆様に感謝を捧げます。

 中内 英生

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