July.07.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉②」
July.07.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉②」
今日の詩::現代絵 加賀の都は 懐かしき
*金沢市近くの内灘町の河北潟の橋(サンセット・ブリッジ)を描いた絵手紙がNさんより届いた。見事な描写である。
(続き)
自然のあるがまま、それだけでなく目に見えないものを何か醸し出しているように感じる犬塚の絵である。コメンテーター氏は、「世界中でよく読まれている『星の王子様』の中に”大切なものは目に見えないものだ”ってありますが、そんなものが見える」、と言っていた。犬塚は全身全霊で自然を描いた。本当に描きたかったものは何なのか?。
「暗く深き渓谷の入り口1」という絵がある。巨大な岩の向こうで水がしぶきをあげている。岩は微妙なざらつきを見せている。これも一つの生命であると言わんばかりに、丹念に描写している。岩と水に宿るいのちを捉えようと、犬塚は何度もここに足を運んだという。水しぶきは、大胆な筆使いで強調されている。渓谷の水だけが見せてくれる躍動感である。
東御市梅野記念絵画館館長の梅野隆さんは犬塚の絵に出合い衝撃を受けた。
『感動というおおざっぱなことでは伝えられないくらいに心を打たれた。その原因は何だろうかと考えてみた。自然と一体化して、自分のいのちをそこに込めて描いた」という思いが、私の方に押し寄せてきて、感動で打ち震えたという方がいいくらいに、感動した』と。
犬塚は、自然を描く感覚を磨くために山に登った。登山の技術は独学で身につけた。妻の犬塚陽子さんは今でも、夫の登山用具を大切にしている。
『これが愛用していた山用品なんですけれども、これが登山靴で北岳にも何十回と登った靴です。ただ、遠くから見て自然がきれいだとかいうのではなくて、本当に自然を感じるのは、そこに這い蹲って、草の匂いや感触を味わないと本当に自然が感じられないということで、岩にしがみつきながら登っていくことで本当に自然と一体化できると考えたみたいなんですね。』
陽子さんは、10年近く愛用した靴や雪山用の道具を取材者に見せてくれた。犬塚は三千㍍級の険しい山にもあえて挑んだようだ。
犬塚が残した制作ノートには、目指した絵について次のような言葉が書かれているという。
”単なる風景ではなく、もっと内面に突き刺さってくるもの。永遠に見続けたいもの。犬塚が自然と一つになってまで描こうとしたものは一体何だったのでありましょうか。
彼の感覚にはおそらく、私たちの『自然と共に伸びる』運動の原点と共通するものがあるように思えてならない。
(続く)
【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう】
2009年6月30日のブログは、「ウソの看板は降ろそう」です。この「非核三原則」について報道された最近の番組を私は見たが、先生の御文章でさらに内容を理解することが出来た。また、最後に、『冷戦後の新しい外交・国防政策を選択すべきときは、今』であることをご教示されておられます。
*今日は、地方講師受験の資料作成会が午後一時半から夕食をはさんで午後八時半まで行われた。皆様は非常にレベルが高くて素晴らしいです。今後かならず、島根の教勢発展の原動力になってくださるでしょう。
家に帰ると、手巻き寿司が用意されていた。理由を聞くと七夕だからという。七夕と手巻き寿司はどういう組み合わせだろうかと考えながら食べた。
パソコンを開くと、facebookの友人から、返事がこないのでアップするようにとの催促文が届いていた。私にとっては初めての試みなので方法がなかなか分からなかったが、少しずつなれてきた。何と、友人候補には、世界中の人々が登録されていた。ロンドンの男性や、南アフリカの黒人の女子高校生とか、このネットワークではさまざまな友人ができるようだ。総裁先生よりインターネットの活用は光明化運動の成果に雲泥の相違を来すとお教えいただいていたが、今日は、『本当にそうかも知れない』と強く感じた。勿論、使用言語は英語である。
中内 英生
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