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2009年11月

November.30.2009「荒海を 自在に泳ぐ サカナ達」

November.30.2009「荒海を 自在に泳ぐ 魚の影」

荒海を 泳ぐサカナの ゆうゆうとPhoto

今日は、動画俳句と動画短歌と俳画です。俳画は蕪村が得意とした分野です。ゴッホにしても一日一枚の絵を描き、正岡子規も毎日たくさんの俳句を創出していました。量は質を生むという言葉は本当のようです。何かことを為そうと思ったならば、一万時間経過でようやく一人前になると聞いたことがあります。楽しく努力いたしましょう。

 中内 英生

ソリに乗り 一足早い クリスマス

新年に 向かいて過ごす 一日は 心深まる 次の決意を (神々も出雲に集まり来年の抱負を語りあっているのではないでしょうか) 

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November.29.2009「父がついた嘘」

November.29.2009「父がついた嘘」
今日の詩::大ゆずの 顔ゴツゴツと 男らしPhoto

 小津安二郎監督の作品で、「晩秋」という作品がある。昭和24年の作品である。私が一歳の時だ。父親と娘との愛情の物語。父親は笠智衆さん、娘の「のりこ」さんは原節子さんが演ずる。母親は既に亡くなっている。父親は教授をしているのだが、娘が父親の面倒を見ている。しかし、次第に年を重ねるので、父親や周囲はお嫁にいく心配をしている。そこで、父親が娘に対して、再婚をするという話をして、娘の心を離そうとするのだった。娘がお嫁に行き最後に家に一人で残された父親が果物の皮を剥き、首をうなだれるところで終わっている。その寂しさに耐える父親の愛情の作品である。現代と違い、タバコをくゆらせているのが気になった。私の子供のころの光景が広がる。下駄を履いた人もいた。

 小津監督の作品を気に入っている友人がいて、彼が映画を鑑賞することを勧めてくれた。ほろりとさせられた。結婚が決まって結婚の日が近づいたある夜、娘は父親に言うのだった。それに対して父親は説得する。

のりこ『このままお父さんといたいの。どこにも行きたくないの。お父さんとこうして一緒にいるだけでいいの。それだけで楽しいの。お嫁に行ったって、これ以上の楽しさはないと思うの。私、このままでいいの。』

父親『だけど、お前、そんなことを言ったって。』

のりこ『奥さんをおもらいになっていいのよ。やっぱりお父さんの側にいたいの。お父さんが好きなの。お父さんとこうしていることが、私には一番幸せなの。ね!。お父さん、お願い!。このままにさせといて!お嫁に行ったって、これ以上の幸せがあるとは思えないの』

父親『だけど、それは違う。そんなもんじゃないよ。お父さんはもう56歳だ。お父さんの人生はもう終わりに近いんだよ。だけどお前たちは、これからだ。これからようやく、新しい人生が始まるんだよ。つまり、佐竹君と二人で作り上げていくんだよ。お父さんには関係のないことなんだよ。それが人間生活の歴史の順序というものなんだよ。それは結婚したってはじめから幸せじゃないかもしれないさ。結婚して、いきなり幸せになれるという考え方がむしろ間違っているんだよ。幸せは待っているもんじゃなくて、やっぱり自分たちで作りだすもんなんだよ。結婚することが幸せになるんじゃない。新しい夫婦が新しい一つの人生を作り上げていくことに幸せがあるんだよ。
 一年かかるか、二年かかるか、五年先か、十年先か、そうなって初めて幸せが生まれるんだよ。それでこそ初めて本当の夫婦になるんだよ。お前のお母さんだって、初めから幸せじゃなかったんだよ。長い間には、色んなことがあった。台所のすみっこで泣いているのを、お父さんは幾度も見たことがある。でもお母さんはよく辛抱してくれたんだよ。お互いに信頼するんだ。お互いに愛情を持つんだ。お前がこれまでお父さんに持ってくれたような温かい心を、今度は佐竹君に持つんだよ。いいね。そこにお前の本当に新しい幸せが生まれて来るんだよ。分かってくれるね。

のりこ『無言』(うなづく)
父親『分かってくれたね。』
のりこ『ええ。わがまま言ってすみませんでした。』
父親『そうかい。わかってくれたかい』
のりこ『ええ。本当にわがまま言って』
父親『分かってくれてよかったよ。お父さんもお前にそんな気持ちでお嫁に行ってもらいたくなかったんだ。まあ、行ってごらん。お前なら、きっと幸せになれるよ。難しいものじゃないさ。』
のりこ『ええ』
父親『きっと佐竹君といい夫婦になるよ。お父さん、楽しみにしているからね。そのうちには、今晩、ここでこんな話をしたことがきっと笑い話になるよ。』
のりこ『すみません。いつもご心配かけて』
父親『なるんだよ。幸せに。いいね!』
のりこ『ええ。きっとなって見せますわ』
父親『うん。なるよ。きっとなれるよ。お前ならきっとなれる。お父さんは安心してるよ。なるんだよ。幸せに。
のりこ『ええ』(涙ぐむ)

 娘が新婚旅行に行った後に、父親は親類の女性に言うのだった。『”再婚するんだ”と、ああでも言わないとあの子はお嫁に行ってくれなかったんだよ。私だって、一世一代の嘘だったんだ』と。

 一人になる自分の寂しさに耐え、娘の幸福を願う父親の愛情が溢れている作品だった。そして、戦後のゆるやかな時代の良さを思い出させてくれた。

※今日は、午前中は会議でした。楽しい一日でした。有り難うございます。

 中内 英生

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November.28.2009「水深100メートルの世界」

Photo November.28.2009「水深100メートルの世界」
今日の詩::フラメンコ 激しく踊るカルメンの 唯ひたすらに 今を生きんと

 水深100メートルの世界はどのような世界なのであろうか。ふっと太陽が消えてしまうという。フリーダイバーの篠宮龍三さんが朝日新聞(2009/11/23)に登場していた。普段は聴くことのできない世界であるようなので島根の皆様にご紹介したい。私は以前、素潜りのフランス映画を見たことがある。体がよく耐えられるな、と思った。彼篠宮さん(33)は、空気のタンクをつけず、一息で潜る距離を競うフリーダイビングの世界にいる。

 水面から海の底へ向かう。足につけた大きなフィンと体を。Sの字を描くようにしならせて、まっすぐに降りていく。30㍍付近で、人の体は浮力を失い、自然落下しはじめるという。海の青は深まり、水面をとらえる視界の中で、太陽の光は遠ざかる。

 深い海では、吸い込んだ空気に含まれる窒素が、酒に酔うような麻酔作用を起こすのだそうだ。80㍍なら地上の9倍の水圧で肺はこぶし大につぶれ、窒素の濃度も9倍になる。 80㍍を過ぎると、ほろ酔いから泥水状態になるらしい。頭の中がぐるぐると回り、耳鳴りがしてきたり、幻覚さえも見るという。
 
 篠宮さんは、目の前のロープを見据えて、キックの回数を数えて意識を保つのだ。彼は現在、世界ランク3位である。105㍍のアジア記録がある。あこがれのフランス人フリーダイバー、人類で初めて100㍍に到達したジャック・マイヨールが、生涯かけて打ち立てた記録だ。

 昨年4月、篠宮さんは初めて105㍍に挑んだ。全身に水圧を感じた。窒素酔いと闘いながら104㍍に達した。細い糸でロープにつながれた白いタグが、目の前に迫った。「あとは手を伸ばすだけだった」、という。しかし、篠宮さんは手を出さなかった。そして何も持たずにあがってきた。
 「手を伸ばしたら、ギリギリで保っていた心と体と海とのバランスが崩れると思ったらしい。「無駄な思考をしてパニックになったら帰れなくなる」、と思った。

 深い海は「自分は本当にここを通る資格があるのか?」と問いかけてくる。自らの精神状態に耳を傾けて、少しでも答えに迷うならば引き返す。行きは約1分40秒、帰りは約1分30秒かかる。目の前の1メートルを無理すれば、帰りの105㍍が危ないと思われる。
 競技は常にブラックアウト(失神)の危険と隣り合わせだ。水面に出て30秒間、意識を保てなければ失格。最も危ないとされるのは、浮上して水面まで10メートル前後の地点という。筋肉や水圧が半減するのに比例して、脳の酸素濃度も半分に減るダブルパンチを受けるからだ。

 過去に、無理をした何人もが命を落しているらしい。恐怖から逃げようと背中を向けた瞬間に、それは大きくなって追いかけてくる。しかし、恐怖と向き合えば、「そんなに怖くないと気づく」という。「もっとも大切なのは、自分の限界を冷静に見極める判断力だ」と彼は言う。今春、彼は105㍍をクリアしたのであった。

 島根の皆様、このような競技の世界があるようです。危険であっても、自己の限界に挑む。挑み続ける。この精神は、自己の無限力を信じれるからこそ出来るのでありましょう。そして、しかも現在の自己の無限力発現状況をしっかりと認識していることが同時に必要であるようだ。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。 
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年11月27日のブログは、「動物への愛」です。例外的にある暗い事件のことをお書きになることを断っておられます。動物を愛することと、それは執着の愛であることがあるとしておられます。我が家にも犬が一匹おりますので、色々と考えさせていただきました。

※今日は、午前中は誌友会、午後は夕方まで会議だった。今日も一日、生かされたことを感謝いたします。

 中内 英生

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November.27.2009「森のような家」

Photo November.27.2009「森のような家」
今日の詩::ホオズキや 幼き日々を 思い出す

 NHM番組「トップランナー」には、若い人が登場する。2009/11/11には、建築家の藤本宗介さんという方が出演した。こんな番組でもないかぎり、若くて素晴らしい人を知ることは出来なかろうと思われる。日本が世界に誇る建築界の若き才能と紹介されていた。庭に積み木をひっくり返したような家とか、不思議なバンガロー風のものとか、既成概念に捕らわれないのが素晴らしいと思う。その発想の秘密を紹介していた。
http://www.sou-fujimoto.com/Top/index.htm

 彼は、人類が樹上で生活していたころのことまで、発想の原点にしているという。なるほど人の心に深いところで共鳴する筈である。
 庭ごと家で覆うような形の家をまず紹介していた。日差しが各所から入ってくる。青空が細切れに見える。自然の中にいるような感じがする。四季を通じて自然との一体感がある家となっている。「森みたいな家」としてコンセプトがあり、自然とのつながりを強調している

 北海道伊達市の情緒障害の子供が44人が集団生活をする建物を紹介していた。そこは白い箱のような部屋がたくさんあり、2500平方メートルの建物だ。疲れを背負って来た子供たちのための様々な工夫をしたという。安心感とドキドキ感があるものを目指しているらしい。あえてチャンと作らない。子供が隠れる場所を作り、しかも隠れきらないようになっている。隠れん坊は見つけてくれるから成立するからだ。隠れきったら隠れん坊にならない。

 事務所はフランスやデンマークなどからの若い研修生が半数を占めている。藤本さんに学ぶためだという。

 ヤドカリ型の家も紹介された。これは提案したが採用されなかったという。窓がいっぱいあると窓でなくなる。質問者が「セキュリティはどうするんですか?」と聞いたが、そこは考えていなかったようだ。

 彼は、1971年8月4日に、釧路市に三人兄妹の次男として生まれた。豊かな自然に恵まれた環境で少年は伸び伸びと育った。これがおそらく彼の自然を建築に取り込もうとする姿勢に反映されているのではなかろうか。自然の中で遊び回っていた。好奇心が旺盛だった。粘土や何かを使ってともかく物を作ることが大好きだったという。家にはアントニオ・ガウディの本があった。その内容に衝撃を受ける。「すごいな!」と思ってしまう。ここに至って、物を作るのが好きなことと、建築とが繋がったようだ。東大工学部建築学科を卒業後独立した。しかし、しばらくの間はフラフラとモラトリアムな日々を送る。しかし楽天的な性格で「何とかなる」と思っていたらしい。

 その頃、青森の美術館建設でのデザインの提案で第2位となった。森の中を歩くような美術館を提案したのだった。しかし、そのときは、無名の藤本さんだったので、「藤本って誰?」と思われてしまい、「君はそもそも建築家なのですか?」と言った感じで見られていたという。しかし、第2位を獲得したので自信を得た。水面下から急に水の上に浮かび上がってきた。それには積み重ねの力があったからだという。大学での成績を聞かれたが、「ダントツ」だったようだ。しかし、彼自身は「自信はあまりない」と答えている。これは強い自信の裏返しなのだろう。

 彼は言う。「何でも楽しんでいる」と。だからだろうか?終始ニコニコとしていた。自信と余裕のなせる技であろう。彼の創造の原点は何か。それは「森」が原点としてあるようだ。「人工物と自然が混ざり合った未知なるものをイメージとしてもっている」らしい。しかも完成して固定することを嫌う。固まっていくのが嫌いのようだ。未完の魅力であり、常に自分の作品の作風の殻を破って新しく生まれ変わっていく。これは常に新鮮みを失わない生き方であり、仕事の仕方でありましょう。生長の家の運動に於いてもそうである。
 今与えられていること、ものに感謝する日時計主義の生き方は生きる勇気を与えてくれるのではないでしょうか。
 『世界遺産への招待状』(2009/8/30)で観たピレネー山で羊飼いをしている年配の男性のコトバが印象的だった。「すべてを持っていても何もないのと同じだ。すぐに何かを欲しくなるだろう?」と。豊かであるということは、物をもっているということよりも、現在与えられているものに感謝できるということでありましょう。そこからこそ幸福感が生まれてくると考えられるからである。

 私はこの番組を見ていて、「森の中のオフィス」のことを考えていた。森の中に於いて建物があることも当然重要だが、建物そのものが森をイメージし、自然と人間との共存共栄を象徴するデザインになることができれば、実に素晴らしいことになると考えられるのではないだろうか。
 私が若い頃お世話になっていた某練成道場は、それぞれの場所にそれぞれの意味をつけられていたことを思い出す。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
  2009年11月24日のブログは、「絵封筒展へのご協力に感謝!」です。秋季大祭での絵封筒展について描いておられます。私も鑑賞させていただきましたが、実に素晴らしい絵画でした。先生の描かれた絵をお手本にして、少しでも上手になりたいと思いました。

※今日は終日、受験勉強会と資料作りに追われるようです。万事好都合!

 中内 英生

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November.26.2009「新型ウィールスH1N1型はどこから来たか?」

November.26.2009「新型ウィールスH1N1型はどこから来たか?」
今日の詩::柿の実の 熟して甘し 山の幸Photo_2

 「爆笑問題」はまじめなテーマで色々と有名な人へインタビューをしていくので大変参考になる。「ニッポンの教養」(2009/11/11)で、新型インフルエンザについて、東京大学医学研究所教授のウイルス学の河岡義裕さんへ色々と質問していた。専門家でありこの道の第一人者であるという。

 今回の新型ウィールスは豚由来で人のウィールスと反応してできたものらしい。現在はアメリカで馬のインフルエンザウィールスが犬のウィールスと合体したものができつつあるという。しかし、今回のウィールスは90歳以上の老人には罹らないなど特徴もあるそうだ。②ウィールスは注射と薬には弱い。③石けんに弱い。などなどである。

 面白いことに、ウィールスは常に変化していて、環境に適応するものが生き残るという。これなどは人生の生き方を教えてくれるようにも思える。適者生存であり、原理主義的な生き方では生き残ることは難しくなるとも考えられる。
 WHOによると、人類は1980年に天然痘の撲滅を宣言した。しかしその後、エイズ、エボラ、SARSなど色々と新型のウィールスの病気が続く。その原因は何なのであろうか。教授は次のように言っていた。

①森林破壊などで人類が一度もふれたことのないウィールスに接することになる。これは森林に住んでおれば問題ないが、人に触れることにより変化するとも考えられる。何億年も変化せず平和に暮らしていたウィールスが突然変化すると考えられる。
②今まで接しなかった動物に人類が接するようになった。ペットを家の中で飼い、接することが考えられる。
③交通網で拡大する。ナイル熱などは、エジプトだけの風土病だったのが突然アメリカの空港付近に発生したことなどであろう。

 私たちは、日時計主義で心を明るくして病気の観念を追い出すことによりこれらの病気に罹らなくさせることができる。「大調和の神示」には、「汝が何物かに傷けられたり、黴菌や悪霊に冒されたりするのは汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ」と示されている。

 しかし上記の発生の理由で、①の森林破壊によるものはまさに一つの警告であるとも考えられる。ウィールスは神さまが何らの役目を持たせて作られたものである筈で、森林は彼らの生活の場であり、それを破壊してはならないと言うことでもありましょうか。そして、病原となるウィールスは、自然を破壊して自分の利益になるものだけを奪うという人間の利己主義(迷い)の産物であるとも考えることができるのではないでしょうか。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年11月22日のブログは、『「自然を愛する」とはどうすることか?』です。22日の大祭でのご挨拶を掲載しておられます。小職のメモによる速報を島根の信徒様へお送りいたしましたが、先生のブログには全内容をご掲載しておられますので、必ず拝読下さい。

※今日は休日であり、朝から日光が降り注ぎ気持ちのよい一日となりそうです。

 中内 英生

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November.25.2009「ゼロイチ思考」

November.25.2009「ゼロイチ思考」
今日の詩::こがらしに なびく枯れ野か 土手の上Photo

 人気経済評論家の勝間和代さんの「人生を変えるコトバ」に「ゼロイチ思考で考えるな」(朝日2009/10/10)というのがありました。ゼロイチ思考とは一体なんでしょうか。彼女が20代の頃、つい逆の行動をとってしまった時に、複数の上司から注意されたコトバだそうです。

 彼女が最近感じた「ゼロイチ思考」の危険性についてですが、「勝間和代を目指さない」というものだそうです。それは、勝間さんは、「ご自分がとてつもない努力をし、自助努力によって成功を得るということに勝るものはない」という生き方をしているので、それを他人が最高であると考えることは危険だということのようです。
 努力ではどうにもならない問題が多いので、自分の実力以上のことはしないことだ、という意味だそうです。

 彼女は言います。自転車通勤がよいと彼女が行ったからとて、やみくもに自転車に乗る必要はない、のだと。お酒を飲むな、テレビを見るな、といってもそれを完全に守る必要はないというのです。それを無理に行うと、草臥れてしまうので全部やめることにもなりかねない、というのです。人まねをしてうまくいかず疲れてしまう人のパターンです。

 いわゆる、努力はするが、うまくいかないとすぐにやめてしまう人の傾向です。これを「ゼロイチ思考」というのだそうです。コンピュータはゼロと1で処理されます。そうではなく、割り切れない部分を、自分の頭でどうやって進捗を図り、折り合いをつけていくかが大切であるとしています。すなはち人生のあいまいさを楽しく考えるというのだそうです。

 以上の話で、私は総裁先生が以前、デジタルとアナログの違いをお説きになっておられたことを思い出しました。人生はデジタルでは表現できないものがあるのです。コトバは左脳が主に扱うとされています。しかし、コトバでは表現しきれないものがあるのです。ですから、「行間を読む」というコトバさえあります。それはアナログ的な部分でありましょう。現在、私たちが絵手紙や絵封筒で右脳開発をしているのもアナログ的な発想ができるようになる練習です。
 白と黒だけではなく、無限に違いのある灰色の部分があるというのを知らなければなりません。ヒロ・ヤマガタという絵描きさんがいますが、多様な青の彩色が有名です。

 善悪二元論でものごとを考えると、パターン化できるので楽ではあります。しかし、人間にしろ物事にしろ、それほど単純ではないのです。戦争ではなぜ残虐行為ができるかというと敵と味方のパターン化する結果であると考えられます。一神教の場合は、信じる人は味方であり、異教徒は敵であると考えると思考経路は単純化されて、分かりやすくなりますが、唯一の神を信じる人にも迷いにとらわれている人もあり、異教徒でもよい人はたくさんいる筈です。

 私たちは、ゼロかイチかの単純思考ではなく、複眼的なものの見方で人生を見ていきたいものであります。さらに、信仰者として現象の奥にある実相を直視する生き方を実践し参りたいと思います。

※今日は、二回目の雲南での先祖供養祭があった。三人の男性地方講師が神官を奉仕されえる姿は実に美しかった。また八岐大蛇伝説のある所から三人の男性が来ておられた。顔なじみの方々である。今日は場所が先月と違っていた。雲南は広いので一カ所では皆様がお集まりになりにくいのだという。ともかく、活気が出てきつつあるのはうれしい。お世話してくださっている幹部の皆様、有り難うございます。ご参加の皆様、心から感謝申し上げます。

 中内 英生

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November.24.2009「霧の宍道湖」

November.24.2009「霧の宍道湖」
今日の詩::冬霧が 湖面隠して 鳥浮かぶ

 

Img641 今日は、松江道場に先祖供養祭に車で行った。驚いたことに宍道湖あたりが霧が立ちこめていた。霧の摩周湖というのは聞いたことがあるが、霧の宍道湖は初めてだった。霧の中を鳥が飛んでいるのが見えた。浮かんでいるのも見えてた。寒いとは思うが、シジミを採るのであろう船が横切った。すばらしい光景を見ることができたことは幸運だった。

 中内 英生

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November.24.2009「 」

November.24.2009「   」Photo_4
今日の詩::生物種 すべて生かせよ 師の御声

 中内 英生

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November.23.2009「 」

November.23.2009「    」Photo_3
今日の詩::金色に 津和野の鯉は 群れ泳ぎ 石見の果ての 夢に見たるを

※今日は、妻と子供たちと初めてフォーゲルパークい行った。塔の上から宍道湖を眺めた風景がすばらしかった。(挨拶を 交わすオームの コンニチワ) 

 中内 英生

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November.23.2009「 」

November.23.2009「   」
今日の詩::冬に咲く サザンカ強し 垣根花Photo_2

 

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2009年11月20日のブログは、「電子メモ帳を買う」です。内容に関してお書きになっておられます。この商品は、私は半年ほど前から使用しています。人気機種なのだそうです。妻がテレビで見て教えてくれました。使い勝手が簡単なのですが、タッチボードが小さいので少しストレスを感じます。私の感想としましては、超携帯型のノートバソコンにワープロソフトを入れて使用した方が入力には不便を感じないと思いました。

 私の携帯用のdellのノートバソコンはあと4ヶ月ほどで5カ年の保証期間を過ぎますので、その後を検討中です。いわゆる超小型のノートパソコンも検討したいと考えていますが…。

※今日は、すばらしい一日でした。感謝です。よいことがくる。よいことがくる。

 中内 英生

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November.22.2009「秋季大祭終わる」

November.22.2009「秋季大祭終わる」
今日の詩::秋深し 山辺の道に アザミ咲く

 今日は、今日は大祭が午前中で終了した。大変すばらしい式典だっPhoto た。終了してからバスに乗り込んでひたすら島根に向けて走ったが、九州だったが途中で渋滞に巻き込まれて一般道に降りた。その関係か少し遅く出雲に着いた。10時半は過ぎていた。今回の大祭では学ぶことが多々あった。

①今日のご挨拶で総裁先生の御心がしっかりとみんなで理解できたことだった。特に、龍 宮住吉霊宮での祝詞奏上での総裁先生の祝詞のお言葉は感動した。

②ビルマさんというブラジルの女性がご一緒だったが、み教えに対する感覚が純粋だった。 同行の人たちも彼女が感動していることに感動した。

③ポスティングジョイというのを教えていただいた。既に数件アップすることができたが、 今後、島根の信徒さんにご協力をお願いしようと思った。俳句と絵では島根は少しばか りこの運動には貢献できるかもしれない。写メール俳句をしておられる方は、教化部で登録してください。インターネット・インストラクターのY職員とT職員にお聞き下さい。すぐにできます。 

④帰りのバスでの会話が楽しかった。これはいつものことだが、すばらしいことだ。
 
 明日、続きをアップさせていただきます。今日はこれで終了させていただきます。

  中内 英生

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November.21.2009②「龍宮住吉霊宮秋季大祭と龍宮住吉本宮秋季大祭」

November.21.2009②「龍宮住吉霊宮秋季大祭と龍宮住吉本宮秋季大祭」
今日の詩::風に揺れ ススキ秋陽に そよぐかなPhoto

 今日は、二つの大祭があった。今日は特に感動したことがある。霊宮の秋季大祭での総裁先生がお読みになる祝詞を拝聴していると、先生が日頃お考えになり、お書きになっていることが圧縮されているように感じた。イザナミノ大神様へ申し上げるお言葉である。今年はテントが張られていた。風を防ぐためなのでありましょう。

 霊宮からの帰りに歩いたが、ススキが実にさわやかに揺れていた。秋の風情を感じて日本にいる幸福感を感じた次第である。
 昨夜は「ポスティングジョイ」というのを本部の方から教えていただいた。島根は写メール俳句が盛んだが、島根の信徒さんだけの感動の共有とせずに、次には、全国の皆様との感動の共有化を図りたい。島根では既にホームぺージを立ち上げておられる人が複数おり、また立ち上げようとする人も複数いらっしゃる。今後は、善と美と喜びの発見を本部の「ポスティングジョイ」にも投稿していただけると幸いである。それは、新しい形の島根の信徒さんの愛行となるでありましょう。

 それには登録が必要だが、絵や俳句、短歌などもあるようなので余力のある人は参加していただきたい。
 
【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年11月19日のブログは、「マザーリーフ」です。この植物は、私の家でも息子が買ってきて育てていた。水に葉を浸していると縁から芽が出て生長するというものである。
太陽光と水だけで育つという。おそらくは科学的にわからない部分もあるのだろうと思われるが、不思議な葉だ。
 
 アクセサリーが数カ所でぐるぐる回っている品物のことをご紹介しておられます。
動力源は電灯からの光であり、太陽?電池で動いているものです。これには実に不思議な感じがするのです
 同様なものに、出雲のユメタウンの二階にある、森山文具店の万年筆コーナーの辺りには、直径20㎝ほどの地球儀が電灯の光をエネルギー源として少し浮いており回っている。光をエネルギー源としたものだ。購入したいと思い、値段を聞いてみると、眼から火が出るような思いのする値段だったので断念した。
 浮いている地球儀で別の力を使っているのがある。これは磁石の力で浮いている地球儀である。さらに本物の地球が宇宙に浮いているのは何の力によるのだろうか。こちらの方が実に不思議な気がする。「落ちない」とは言っても落ちていくところがないから、浮いている。どんな唯物論者も、天文学を研究して毎日、宇宙と天体を観測していると神様の不思議な世界を思い描くようになると子供の頃、教師から聞いた記憶がある。

「宇宙荘厳の歌」という谷口雅春先生の作詞された歌がある。それには、宇宙の成立には神様の愛が必要であることがご教示されている。若い頃、何度歌ったか分からない。
①荘厳きわまりなき自然 悠久きわまりなき宇宙 立ちて仰げばあおぞらに 銀河ながれて星無限 ②かみの叡智は極みなし かみの力は限りなし 星と星との空間を ひく糸もなく引く不思議 ③不可思議不可知科学者も なにゆえ万有引力が あるかを知らずただ神秘 万有むすぶは神の愛 ④ああ神の愛神の愛 宇宙に満ちて万有を 結び合わせて荘厳の 宇宙今ここ顕現す。(以下省略)
 
 実体験は大切である。毎日、絵を描いて右脳を鍛える。毎日、ブログを書いて左脳を鍛える。どちらも大切なのとのようだが、今まで私たちは右脳の開発をやや怠っていた関係で、今後は大いに神性表現による右脳開発を行いましょう。

※今日も一日、誠にありがとうございました。明日は皆さんとご一緒にバスで島根に帰ります。

 中内 英生

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November.21.2009「生長の家の神様はどのような神様でしょうか?」

November.21.2009「生長の家の神様はどのような神様でしょうか?」
今日の詩::枝の先 秋を彩る 柿の色Photo_2
※先日、知人から柿をいただいた。実物の柿は時間とともに消滅するが、絵に描けば永遠の柿?となる。舌に快い味はないが、味のある絵となることはできる。

 今日は秋季大祭にお参りさせていただいている。最近、「宇宙浄化の祈り」を行うにあたって、島根の信徒の人から、または若い人からの質問がある。最近入信された人は生長の家の神様のこと、住吉大神様のことを聞くことは余り多くないのではないだろうか。そういう意味で、今日は、神様のことを考えさせていただくことにした。ちょうどI地方講師が団参についてのレジュメを作られたのでそれを参考にしつつ書かせていただきます。島根の信徒の皆様、神様について考えてみましょう。 

①『生長の家の大神とは、宇宙全体の大神であり、別名を天之御中主神、阿弥陀、ゴッド、天地の創造主という。』
 このように聖典には書かれております。私たちが毎朝拝読しております『聖使命菩薩讃げ』には、「かけまくもかしこき宇宙の大神、人類の苦悩をみそなわし、応化して仮に聖姿を現じ、広大の慈門を開き給えり。名付けて生長の家という。…」と説かれております。宇宙の大神様が、”祖神の道”を伝えるご使命でお現れになられたのが生長の家大神ということでありましょう。本質としては宇宙の大神様で第一義の神であり、応化しては第二義の神ということになります。
  正しい各宗教の本尊を礼拝するのが生長の家ですので、上記の文言となると考えられます。

②『生長の家の大神は、住吉大神であり、塩槌大神である。』
 このご文章も聖典に書かれています。このご文章を理解するためには、少し古事記神話を知っておられると分かりやすい面があります。
 日本人は、神様を表すのにいろいろの表現法を用いています。上の歯と下の歯が噛みあうことにより、栄養分を体内に取り込み新たな肉体細胞を創造します。即ち創り出すので、「創造神」のことを云うのです。『生命の実相』の中で「三義の神」が説かれています。この場合は、第一義です。

 第二義の神としては、「輝く身」がつまって「KAMI」となります。光明身ですので、応化の神です。困って暗くなって苦悩している神様はいません。神様は発光体ですので、応化神をいうのです。
 もう一つは、「隠れている身」です。「隠り身」。この音がつまって、「KAMI」となります。分け方としては第一義、第二義以外はすべて第三義となります。住吉大神様は、住み良き世界、すなはち実相世界の神様です。また塩槌は「水火津霊」と書かれていまして、水と火の霊の神ですので、陰陽で万物を生み出すという意味となりましょうか?。
 古事記からお話すると大変興味深いのですが、長くなりますのでここでは書きません。

③『住吉の大神とは塩椎神ともあらわれ、上筒之男神、中筒之男神、底筒之男神と言
 言われる三柱の神様を一体に総称して、住吉の大神という。また、塩筒男神ともい
 い、宇宙創造の神であると同時に宇宙浄化の神であり、東道(みちびき)の神でもいらせられます。』

 このように聖典では説かれています。ここで注目すべきは、上中下(底)の三つの神様としてそのご性質を表現しておられることです。すなはち秩序の神様です。上のものを上とし、下のものを下とするという意味です。生長の家の運動には、「中心帰一の信仰姿勢」が重要であるという意味がここにもあります。
 もう一つ大切なことは、浄化の神様であるということです。それ故に宇宙浄化の祈りを行うのです。
 しかも、総本山の『鎮護国家特別誓願』には、「世界平和のための」と書かれておりまして、国際平和信仰運動の進展に伴い、「世界平和」を目的に運動を行っているからであります。

※余談ですが、肉食に関してです。昨日、市川海老蔵さんがテレビに出ていましたが、以前インタビューでこんなことを言っていたそうです。『かつては朝から肉料理を食べて舞台に立っていた。瞬発力はあったが持続力がなくて途中で疲れを感じた。しかし、現在は、野菜中心の食生活に変えたら持続力も出て、体も軽くなった』と。これは妻からの情報です。
 ライオンなどの肉食獣は瞬発力があって、草食動物を襲い食べる。草食動物は追い回しても走って逃げるのが生き残りの本性なのでなかなか死ぬことはない。しかし、肉食獣を追い回すと遅からずダウンして死ぬという。死ぬまで追い回す事態が起こることがあるかどうかは知らないが、持続力がないという意味だろう。この情報は、子供の頃母親が誌友会で地方講師からお聞きしたのを私に教えてくれた。昔は、牛肉はあったがカレーライスに入れるくらいでそんなに食べなかったし、鶏肉の使用が多かったように思う。思い起こしてみると、やはり伊勢湾台風以降であろう。これはアメリカの農家の世界戦略であるとNHKのデータブックで報道していた。

※日経新聞(2009/11/20)の社説で「書籍ネット販売で巻き返せ」というのがあった。いわゆる総裁先生が数度にわたってお書きになっておられるアマゾン・キンドルに関連するものだ。驚いたことは、出版物のネット配信は米国よりも日本が早く、KDDIは6年前から行っている。また、電子書籍端末もソニーが先行している。配信方式が各社で異なり、情報量の値段や通信速度が普及を妨げたとしている。足並みをそろえる企業間対話が必要だということだろう。いずれにしても、総裁先生が電子化と森林保護、二酸化炭素排出削減と関係ありとしてお書きになっておられるので、島根の私たちも研究する必要があるのではなかろうかと考える次第である。

※今日は、電車の中でタイピングしたので、もう一つ早めにアップさせていただきます。
※今日の「写メール俳句の世界」は実にすばらしいです。
  http://www.sni-shimane.com/blog.php
※写メール俳句の同人の皆様、秋季大祭のお祝いの俳句をお願いします。

※本部のポスティングジョイというのを本部の方からご紹介いたさきました。こちらの方法を今後、島根の写メール俳句の方々にご紹介いたします。

 中内 英生

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November.20.2009「結婚記念日」

Photo November.20.2009「結婚記念日」
今日の詩:: 玄関に 一個のカボチャ 重量感

 昨日は、私たち夫婦の結婚記念日だった。定番の手巻き寿司が出た。結婚により6人の子供たちを授かった。生長の家の御教えのおかげである。さて、そもそも結婚とは何でありましょうか。谷口雅春先生は、各所にお説きになっておられる。

 魂の半身という考え方がある。一つの魂が二つの肉体に宿り、再び巡り会うことが結婚であると。だから魂の半身という。しかし、それは半分であるから不完全であるというのではなく、本質的に完全であるが表現に於いて片や男性として生まれ、片や女性として生まれたので神の子の全徳は表現しきれない。自分で表現できない部分を相手が表現している。従って魅力を感じるという考え方がある。

 もう一つ、補足の原理という考え方である。性格的には自分の美点は相手の欠点、自分の欠点は相手の美点となっている場合があり、自分にない良さを相手に見いだすという。だから、逆に相手を責める必要はない訳である。
 顔でも長い顔の男性は、丸顔の女性を好むようだ。逆もまた真なりである。一方が慌て者だと片方は落ち着いている。逆もまたいえることだ。

 いずれにせよ、人類のうちの半分が男性または女性だから、その中から配偶者とご縁があったということは何とすばらしいことではないだろうか。それは神縁というべきだろう。そして、夫婦で生活するとき、そこに家庭が形成される。家庭を天国とすることが生長の家の御教えで教えられている。家庭は、地上天国実現のための基本的な単位なのではなかろうか。この宗教が「生長の人」と言わずに、「生長の家」と称したところにも思いを致すべきかもしれない。それでは、島根の皆様、これからも夫婦拝み合いの生活を実践いたしましょう。

※2009年11月15日の総裁先生のブログには、「森の大切さ」をお説きになっておられたが、サイエンスゼロ(2009/11/19)では、「植物は地球を救う」として植物の持つ能力を紹介していた。藻類が注目されている。ボトリオコッカスという藻は、細胞の隙間から油を吹き出すのだという。これは最高のエネルギー源となるらしい。たくさんの藻類から選ばれた藻だ。この油は、一年間の1ヘクタール当たりの創出トン数は、トウモロコシ0,2トン。ひまわり1トン。アブラヤシ6トン。藻は何と100トンである。アメリカでは既に藻から油を作る研究に着手しているらしい。3年先に実用化を図るそうだ。
 精製された油を航空燃料にしてすでに試験飛行をしている。(2009/1/30)従来の燃料と混合して飛んだのだが、既に飛んでいるのは事実だ。同じ量の航空燃料よりも効率がよいとの報告がなされている。
 日本は、30万ヘクタールは空き農地があるのでそれを活用できる可能性もあるという。しかし、開放型の培養器で培養すると、概算で1リットル当たり155円と割高だ。しかし、15年後には実用化して安価に購入できる可能性があるらしい。その他、食料や衣料品にもなる。
  植物の力はそのほかに、地中の重金属類を浄化する働きもある。タバコや柳などもその類であるという。ファイト・レメデイエーション。ファイト・エクストラクション。ファイト・スタビライゼーションなどという言葉も紹介されていた。ファイトとは、植物のという意味だそうだ。
 森の大切さ、二酸化炭素吸収力と共に、植物が地球環境を救うことを考えてみた。

※島根の写俳名人の皆様。11月21日、22日の秋季大祭に関しての写メール俳句をよろしくお願いします。

※島根県教化部の「写メール俳句の世界」へどうぞ!http://www.sni-shimane.com/

 中内 英生

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November.00.2009「今年一年間、誠に有り難うございました」

Photo November.00.2009「今年一年間、誠に有り難うございました」
今日の詩::ピーマンの 輝く緑 眼に映える

 今日のブログは、12月の『大和島根』掲載予定の原稿です。一年のお礼をするのは少し早いですが、よろしくお願いいたします。

 神の子の皆様、有り難うございます。
今年も今月で終了となります。一年間、誠に有り難うございました。心から感謝申し上げます。しかし終わりは始めを意味します。今年は、世の中ではさまざまな出来事が起こりましたが、生長の家では谷口雅宣先生が新総裁に御襲任されまして、明るい新時代を迎えることが出来ました。新時代にふさわしく、島根教区では、本部のご指導を頂きながら、谷口清超先生をお偲び申し上げてのチャリティコンサートを開催したり、技能と芸術的感覚での誌友会を盛んに開催したり致しまして、新時代にふさわしい活動を展開して参りました。信徒の皆様の絶大なるご協力に心から感謝申し上げます。

  誌友会が活発に開催されることにより、ますます幸せになる人々がその地域に増えて参ります。地域の真理の燈台が誌友会です。また、来年は講習会がございます。二年に一度、総裁先生が島根教区にご指導にお出で下さいます。前回に増して沢山の人々をお誘いできますように、まず誌友会をさらに活発に致しましょう。誌友会では、ご年配の方々も若い方々もお誘いできます。ご自分に波長が合った人をお誘い致しますと、お誘いしやすく、参加者が増えて参りまして楽しい会合となります。そして、まずは近所の人々にお声をかけさせていただこうではありませんか。

 教化部の小道場の実相額の前を見ますと、白鳩会では各地の誌友会に参加された方々のお名前を丁寧に浄書してお供えし、祈りを捧げ、聖経読誦ができるようになっているようです。誌友会参加者が毎日、聖経の供養を受け、さらに実相顕現を祈って頂き、生長の家大神様の無限の愛の祝福が出席者に天降るようになっているとは何と素晴らしいことではないでしょうか。私はこの浄書を拝見して大変、感動致しました。どうぞ、ご参加の皆様はそのことをご自覚されまして、今日一日を明るく楽しくご生活されたいと存じます。

 私たちは総裁先生より、『日時計日記』を記載するようにご指導をいただいております。島根の信徒の皆様、毎日おつけになっておられると存じます。私は、『日時計日記』をシステム手帳に入れるようにしてから、毎日記載することが出来るようになりました。一つのきっかけがあれば付け始めるのではないでしょうか。『日時計日記』記載は、現在の運動の基本的な宗教行のような性質があるのではないかと思うのです。どうぞ、今年一年の記載されたご自分の文章を見ながら一年を振り返り、自分自身に対して、『今年はよく頑張ったね!』を誉めて頂きたいと存じます。そこから、新年の活力と希望と勇気が湧いてくるのではないでしょうか。

 今年一年間、誠にありがとうございました。信徒の皆様、家族、友人、近所の皆様、島根教区のすべての皆様、インターネットを通じて知り合った皆様、心から感謝申し上げます。有り難うございました。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。::講習会は、平成22年11月28日(日)です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年11月18日のブログは「肉食の温室効果は51%」です。肉食産業が多くの温室効果ガスを排出するということをワールドウォッチ研究所が数値を発表したそうです。
詳しく内容を書いておられます。森林を守るよりも肉食を減らす方が効果的であるとしておられます。動物を苦しめ、命を犠牲にして自己の欲望を満足させる生活が、気候変動を起こし、自らを苦しめ、多くの生命を犠牲にしつつある。「因果くらまさず」の言葉は真実であるとご教示しておられます。(『無門関解釈』の第2則「百丈野孤」29頁をご参照下さい。)マクロビオテックでは肉食代用品が作られているという。再生医療から得た技術から個体から分離した家畜の肉の細胞を培養して、培養肉の製造により温暖化ガスは9割ほど抑えられるそうです。しかし、そんな方向が果たして本当の人類の進むべき道でありましょうか。先生は疑問を呈しておられます。私が考えましても、肉食代用品とは、あるいは動物肉ではないものが想定できるかもしれません。拝読下さい。

※今日は、明日からの本山行きの諸準備のために、いろいろと時間がかかった。明日は、朝から出発することになる。明日の夜は、本山からご報告をアップいたします。

 中内 英生

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November.18.2008「1番ピンを狙おう」

Img633 November.18.2008「1番ピンを狙おう」
今日の詩::秋瓜は 糸と素麺 内に秘め

 現代の経済評論家・公認会計士の女性で勝間和代さんという人がおられます。ファンもたくさんいらっしゃるそうです。経営や仕事のポイントなどを教えているのですが、生長の家の御教えに通じるものもあるようでして、時々私も新聞で読んでいます。「人生を変えるコトバ」とありました。朝日新聞(2009/11/14)に出ていたものですが、「1番ピンを狙え」というのがありました。明確にポイントを押さえる論法なので訴える力があります。次のような内容を書いておられました。

 彼女の古い友人の口癖ですが、「1番ピンを狙え」というのが勝間さんの考え方の軸になったそうです。1ピンというのは、ボウリングから来た比喩です。ボウリングでは1番ピンに最初に球を当てない限り、ストライクは取れないのはもちろんのこと、スペアを狙うことも難しくなります。つまり、問題解決を図るときは、どこを狙えばその課題が連鎖的に動き始めるのか、その最初のポイントを見極め、仮説を立てよ、ということであると書かれています。

 次ぎに男女雇用機会均等法のことが書かれています。中略ですが、後半におきまして、育児休暇を男性が取得できるようにするかというと、”ここでも1番ピンは”、経済不安の解消であるとしています。育休中の手当を現在の給与の50%水準で、しかも上限がある状態から、スウェーデンのように80%が保障されれば、男性の育休取得者はもっとふえるでしょう、と専門門的な見解が示されています。

 「1番ピンを狙う」思考の癖があると、問題解決に向かって適切なポイントに力を集中できるようになるとしております。ただ、ボウリングでも正しいフォームが必要なように、地力となるテクニックも同時に身につけられたいとしておられます。

 なかなか説得力のある文章です。「地力」というコトバが気に入りました。問題解決能力も練習の成果とも言えるのかも知れません。では、生長の家に於いては、1番ピンとは何を指すのでしょうか。島根の皆様はどのようにお考えでしょうか?私はというと試論を試みました。
まず、「自性円満の自覚」でしょうか。いわゆる「神の子の自覚」が何よりも大切ではないでしょうか。二つめの1番ピンというとおかしいのですが、「両親に感謝」でしょうか。父母に感謝すると、縺れた糸がするするとほどけてしまうのです。三つ目の1番ピンはどうでしょうか。私は、中心帰一の信仰姿勢ではないだろうかと思いました。中心から離れるとどんなに努力しても良くなりにくいのです。ご家庭ではご主人を中心として立て、会社では社長を中心として立て、日本国に於いては天皇陛下を国の中心として感謝し、就中、生長の家に於いては、総裁先生のお言葉を生長の家大神様の御言葉として拝受し、総裁先生に中心帰一する。このことは実に重要であると想います。従いまして、私は、1番ピンはこの三つではないだろうかと考えました。別の考えがありましたら教えてください。おそらくどれも正解になっているのではないかと思います。

 私の大先輩の故T元本部講師は、指示をする時に、「これと、これと、これの三つをポイントに置いてやりなさい」と、ポイントだけを教えて後は自分で考えるようにという指示でした。従って、私は必死の思いでその後のことを考えて実践したものでした。ポイント指導、これは私も少し身につけさせていただきました。これが、「1番ピンを狙う」ということになるのかも知れません。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】

  2009年11月16日のブログは、「グーグルのブック検索 (3)」です。少し専門的であるかもしれませんが、詳しくグーグルのブック検索について書いておられます。
  グーグルの動きに関して、根本的欠陥があるとしておられます。すなはち、『1国や1言語の文化全体を扱う大きな公的な問題に対して、一部の団体と1企業が非公開の場で取り決めをし、それが世界的な影響力をもつ』、ということのようです。それは、『1私企業が文化的に独占的な力をもつことは許されない』、ということです。先生はその動きについて危険性を感じているとしておられます。本文をお読み下さい。
http://www.masanobutaniguchi.com/

*今日の「写メール俳句の世界」はスゴイです!皆様もどうぞ!まもなく秋季大祭ですが、参加する人も島根に残られる人も、写メール俳句でお祝いしましょう。
http://www.sni-shimane.com/blog.php

 中内 英生

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November.17.2009「肉体は自分か?」

November.17.2009「肉体は自分か?」Photo
今日の詩::紅きウリ 次の世代へ いのち込め
*カラスウリの紅い実です。
 
 「食べることは生きること。命ある幸せを味わうこと」というテーマで、味の素の伊藤雅俊さんといわれる社長さんが、朝日新聞(2009/11/14)で書いておられることに興味を覚えた。小見出しが「”創造と破壊”の中でこそ安定し生き続ける生命」だった。御教えに於いても、宗教タマゴ論という考え方があり、黄身の部分は変わらないが、白身の部分は変わっていく。諸宗教の違った部分を強調すると争いの種になるが、黄身の同じ部分を確認し合うと調和するという考え方と、総裁先生が時代に合った新しい御教えをお説きになられるという意味で、白身の部分が時代に即して常に新しくなると考えられます。しかし、ここで述べているのは、万教帰一の意味ではなく、肉体に関する破壊と創造のことです。骨などは常に破壊され、そして創造されていくようです。従って、たとえ骨粗鬆症になっても、健全な食生活、生活習慣、精神生活になりますと健全な骨を復活させるのです。

 ここに示されていますのは分子生物学者の福岡伸一氏の「動的平衡」という考え方です。イギリスには、「あなたはあなたの食べたものの結果である」という諺があるそうです。伊藤社長は、動物生態行動研究の権威でオックスフォード大学学長のジーザスカレッジ学長の講演でこの理論を聴かれたそうです。この諺を福岡氏は「私たちの身体はそれを構成するものは元を辿ると食物に由来する元素なのだ」と書いてあるとのことです。

 人間の身体は60兆個もの細胞で構成されている。中身は常に新しい分子に置き換えられている。私たちが摂取したタンパク質はアミノ酸にまで分解され、細胞に選ばれた後、新たに、タンパク質に再合成される。その一方で、細胞は自分自身のタンパク質を分解して捨てる。つまり、生命は合成と分解との平衡状態を保つことで状態を安定させていて、それゆえに私たちは食べ続けなければならないという、考え方です。外見に大きな変化はなくとも、内部では創造と破壊を繰り返すことで環境に順応して、安定する。生命の仕組みは、企業や社会の在り方に、とっても教訓になるとしておられます。

 私は、福岡氏の本を以前一冊読ませて頂いたことがありますが、上記の肉体が自分であるという考え方は、御教えの立場から考えますと、少し違っているように思えるのでした。上記の文章で、『生命』がその破壊と創造を繰り返して一個の肉体を保つという考え方において、「生命」こそ人間ではないだろうかと考えられるのです。

 『聖経』の中に、『久遠いのちの歌』という聖句があります。聖経「天使の言葉」の53頁です。
 この身は虹の如し、虹は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ。この身は泡の如し、泡は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ。この身は幻の如し、幻は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ。この身は響の如し、響は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ。この身は稲妻の如し、稲妻は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ。この身は浮雲の如し、浮雲は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ。この身は水流の如し、水流は久しく立つ能わず、念々に流れ去る。この身は芭蕉の如し、実ありと見ゆれども、中空にして実あらず。この身は焔の如し、温かく見ゆれども、一切を焼き尽して空し。この身は夢の如し、実ありと見ゆれども、虚にして空し。この身は迷いより出ず。実ありと見ゆれども、妄にして空し。この身は主なし、主ありと見ゆれども、主なくして空し。この身は心性なし、心性ありと見ゆれども、瓦礫の如く心性なし。この身は生命なし。旋風に舞う樹の葉の如く、唯業力に転ぜらる。この身は不浄なり、美しく見ゆれども、内に醜きもの充満す。この身は無常なり、堅固なりと見ゆれども、必ずや当に死すべき時臨らん。泡の如く、虹の如く、幻の如く、響の如く、過ぎ去るものは実在に非ず。汝ら実在に非ざるものを、『我』なりと云うべからず、当にこれを『我』と云うべからず。空しきものは『我』に非ず、死するものは『我』に非ず、無常なるものは『我』に非ず。
 法身こそ応に『我』なり。仏身こそ応に『我』なり。金剛身こそ応に『我なり。不壊なるものこそ応に『我』なり。死せざるものこそ応に『我』なり。尽十方に満つるものこそ応に『我』なり。

 うまく漢字変換できない文字がありまして十分ではありませんので、どうぞ『聖経』でご確認下さい。この最後の三行の『我』の存在こそ、本当の「我」ではないかと思うのです。『生命の實相』頭注版第1巻の総説編の初めにあります、「生命の實相の自性円満を自覚すれば大生命の癒力が働いて神癒となります」とありますように、この生命の實相こそ本当の『我』の存在ではないでしょうか。従って、食物によって出来上がった肉体は、どうも「私」ではないように思い、また「私」の影的存在のように考えられるのです
 その本当の自分を自覚するには、神想観を実修することを、総裁先生は私たち信徒に奨めておられます。朝30分間、夜30分間が基本ではないでしょうか。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】
 
2009年11月15日のブログは、「森の大切さ」です。千葉の講習会の盛況を書いておられます。また、アメリカの著名な評論家、トーマス・フリードマン氏の論説をご紹介しておられます。毎年、現在の経済成長の裏には、北海道、四国、九州に匹敵する広さの森が毎年消失しているとのことです。そして、植樹や育林の需要性を説いておられます。お読み下さい。

 中内 英生

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November.16.2008「海馬のリセット」

Photo November.16.2008「海馬のリセット」
今日の詩::頬よせば 紅き林檎の 声聞こゆ

 神経細胞の新生が活発になると、恐怖の記憶が消去されるという。どうすれば活発になるのだろうか。脳を使用するが故に発達するという原理を考えると、現在運動として行っている右脳開発の神性表現はあるいはそれを可能にするかも知れない。何しろ実際に絵を描いていると嫌なことや取り越し苦労持ち越し苦労が感じられなくなるから不思議だ。日経新聞(2009/11/15)の記事に面白い内容があった。

 脳の中で記憶を一時的に蓄える部位の「海馬」では、成人後も神経細胞が新たに作られるが、富山大などの研究チームは神経細胞の新生が活発なほど、恐怖に関する記憶が想起医消去されることを発見して、米科学誌セルに発表したという。

 心的外傷後ストレス障害は、強い恐怖体験が海馬で他の記憶と誤ってつながり、日常の無関係な事象でもフラッシュバックを起こすといわれており、研究成果が治療法開発に応用されることが期待されるという。
 海馬は新しい記憶の一時保管所で、マウスで約1ヶ月、ヒトでは半年から2,3年で大脳皮質に移り、海馬から消去されるらしい。また海馬は年令を重ねると少し薄くなるとも聴いている。
 富山大大学院の井ノ口教授らは、X線などで海馬での神経細胞新生を止めたマウスに箱の中で電気ショックを与え、箱と電気ショックの恐怖の関係を記憶させた。

 約1ヶ月後に同じ箱に入れて行動を観察した。通常のマウスは海馬をまひさせても、大脳皮質に移った記憶のため恐怖ですくんだが、神経細胞新生がないマウスでは記憶を引き出せず、普通通りの行動を取った。
 一方、神経細胞新生を促進させると、わずか7日後でも恐怖に関する記憶が大脳皮質に移行した。新生が活発なほど、海馬からの記憶消去が早いことが分かったという。

 井ノ口教授は「新生した神経細胞が記憶回路に組み込まれ、古い記憶を消すのではないか」と指摘した。
 「心的外傷後ストレス障害の原因となる記憶は、大脳皮質に移ると他の記憶とつながりにくくなる。細胞新生を制御できれば、恐怖に関する記憶も制御できる可能性がある」としている。
  最後の方になると少し難しくなったが、大体は理解できたと思う。ともかく技能と芸術的感覚の誌友会を盛んに行いましょう。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】

 2009年11月11日のブログは、「フォートフッドが教えるもの」です。最近、アメリカ軍内部で起こった銃の乱射事件について、考察しておられます。アメリカ内部の難しさ、問題点を指摘しておられます。
先生のご結論は、信仰自体が暴力の原因なのではなく、「神」に対して「悪」を想定すること、善と悪とが対立する世界を信じることが、悪を滅ぼす手段としての暴力や戦争を正当化する、というものであります。拝読下さい。
http://www.masanobutaniguchi.com/

*久しぶりに溜まった新聞を大量に読んだ。それぞれの新聞の記事を読んでいると特徴があって楽しい。フォードフッドに関しては、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンのHPで読んだが、アメリカの記事の関係か日本の新聞よりも早かったようだ。

 中内 英生

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November.15.2009「大津相愛会と若槻礼次郎?」

Photo_2 November.15.2009「大津相愛会と若槻礼次郎?」
今日の詩::清らかに 秋の日差しが 山茶花へ

 今日は、練成会が午後3時過ぎに終了した。夜は、出雲市の大津相愛会誌友会へ行かせていただいた。男性が4名来ておられた。Oさんの家での会合であったが、Oさんという云う方は、国際的に書道で有名な人のようだ。書道暦40年とのことだ。玄関に飾られた彼の書は迫力で圧倒される。実に味わい深い書を書いておられる。この誌友会では、色々と学ばせていただいた。

 「若槻礼次郎という人を知っているでしょう?」、という会話があった。若槻氏は、慶応2年2月5日に誕生し、昭和24年11月20日に没した。島根県松江市で生まれた。官僚、政治家として生きた。父は松江藩士である。明治25年(1892)帝国大学法科大学を卒業し、大蔵省に出仕した。主税局長、大蔵事務次官を歴任し、明治44年(1911)貴族院議員となる。第3次桂内閣、第2次大隈内閣では蔵相をつとめている。大正13年(1924)加藤高明内閣の内相に就任し、普通選挙法の成立に尽力したらしい。15年(1926)に首相となった。ロンドン海軍軍縮会議首席全権を経て昭和6年(1931)再び首相に就任した。日米開戦に反対し、開戦後は和平派の立場をとったという。

 私が興味をもったのは、上記のことではない。今夜誌友会があった大津の小学校では校長先生をしていたということである。その若槻さんとは祖父が同級生だったという人(71歳)が誌友会に来ていた。片や総理になり、片や台湾で働いておられたという。また、若槻氏は松江師範学校(現在の島根大学)へ38㎞の道のりを毎日徒歩で歩き、通ったという。自動車はあったかも知れないが汽車もない時代である。馬はあったかも知れないが…。

 今日もまた、人参やピーマン、カボチャや山茶花などを画材にしてみんなで描いた。すごく上手だった。60年ぶりという人もいた。「出来ない」と思う自我の殻を破る。これが素晴らしいのではないだろうか。絵手紙・絵封筒展が楽しみである。白鳩さんが盛んに描いているので、総ての会員さんが動き出したという雰囲気となった。全体を動かす秘訣は?何であろうか。それは5%の人の意識を変えることだ。それで全体が動きだすのだという。

 今月の参加者は65名だった。ご推進くださった方々、運営の皆様、お炊事の皆様、練成会員の皆様、3日間、誠に有り難うございました。感謝申し上げます。この練成会の雰囲気がそのまま誌友会に移行いたしますようにと願っています。

 今後も個人指導を重視したいとおもう。どんな問題を持ってお出でになっても解決する練成会でありたい。5回受講すれば、10日間の本部練成会に匹敵する。また伝道用として体験談集も作りたい。練成会は教区レベルでの人生の燈台であり、そして各所にさらに緻密に人生の真理の燈台が光を灯し続ける。これが誌友会だ。今回は沢山の男性が三日間受講しておられたのがとても印象的だった。

 中内 英生

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November.14.2009「祈り合いの神想観等」

November.14.2009「祈り合いの神想観等」Photo
今日の詩::残り柿 こぼれし秋の 恵みなり

 今日は、練成会第2日目だった。私の担当は、「繁栄」の講話と「祈り合いの神想観」実修だった。繁栄講話は、数ヶ月前から行っている。栄える会運動の一助となれば、と考えてのことだった。地方講師・光明実践委員研修会でも繁栄の研修を行っている。その関係か、栄える会会員も少しずつ増加している。テキストには、『信仰による平和の道』と、『生命の實相』数冊を使用している。

 祈り合いの神想観は今日は、7人が祈る側となった。祈る人は一人一人の実相を祈ると共に、講師級の人には全体を祈っていただいた。大変素晴らしい雰囲気だった。
 今回は、益田から多くの人々がお出で頂いているのには驚いた。感謝です。神示の中に、「遠くにいて救われる人もあるが、近くにいて救われぬ人もある」と書かれているが、近くの人々も救われていただきたいものだ。

 本部は日本にあるが、日本から考えると地球の裏側にあるブラジルでは生長の家が盛んだ。これなども上記の部類に入るのかも知れない。私の親戚がブラジルに住んでいるが、ある時日本に来た。そして義父の家でのことだった。生長の家の普及誌が家に置いていた。親戚の人が義父に言った。『あっ、生長の家がブラジルから日本にまで伝わって来ている』と。ジョークです。
 かつて、ブラックソンというガーナの人が某練成道場の練成会を研修的に受講した。戸別訪問で私が案内したが、道場のすぐちかくの家に戸別礼拝行に行った。そこは生長の家ではなかった。その家が生長の家の信仰を持っていないことに、ブラックソン氏は大いに驚いていたようだ。

 最近は個人指導を徹底するようにしている。これがないと、なかなか体験が出にくい。少しでも御教えによって、救われる人々が増えることを念願している。練成会を大いに有効活用したい。今日のブログは短いです。悪しからず。

 中内 英生

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November.13.2009「エンドレス・ドリーム」

Photo November.13.2009「エンドレス・ドリーム」
今日の詩::柿の実や 自然の恵み 人の愛

 「ヨコハマの夜明け」というテーマでの舞台をテレビNHKで見た。ヨコハマのことを総裁先生がお書きになっておられるのを拝読して、横浜について知りたいと思っていた。かつてブラジル留学生を横浜へ見送りに行ったことがあったが、私自身は特に横浜への思い出はなかった。この物語は「お倉」という女性を中心とした物語だった。舞台では、役者さんがエアロビの先生のように実にキレのある動きを見せる。パンチの効いた言葉の数々を連発する。その雰囲気が大好きだ。この舞台は大桟橋ホールで行ったという。富貴楼という料亭で繰り広げられる。150年前の横浜である。それ故に、開港150周年認定公演としている。
http://www.with.if.tv/fukiro/fukiro.html

 この舞台は、横浜発信の演劇を夢見て17年目にして熟成したらしい。構想3年、五大路子さんの企画による。この公演は多くの市民の方々に支えられて実現したとしている。港から夢が溢れ、人々が熱い想いで生きたその当時のパワーをその現場である港・大桟橋で演じていた。「命の炎を燃やします!」と謳いあげている。
 
 それは、開港から十年。活気と混沌が混ざり合う横浜に流れ着いたお倉は、長年の夢を叶え、料亭「富貴楼」を出す。生糸商人の後押しによる。そして、富貴楼は明治の元勲たちが通い、時代を動かすサロンとなっていくのだった。しかし、時代の荒波は人々の夢を奪い、民衆の生活を圧迫していった。そんな中、お倉の前に現れたのは坂本龍馬の妻・お龍であった。この当たりは事実か創作か?私の知っているお龍さんは、龍馬が死後、頼るっていくように遺言していた高知の親戚とはうまくいかずに、家を出る。そして露天商の男性と一緒になって生涯を閉じたと記憶しているが…。

 舞台では違っている。龍馬亡きあと失意の中にいたお龍は、お倉の中に龍馬の精神を見た。やがて自分から明かされるお倉の悲しい過去があった。当時の悲しい物語だ。火消しの父親の放った水が武士にかかり、手打ちにされた。突然、子供だったお倉は養女に出され、15歳になるとすぐに女郎に出される。それを助けたのが現在の御主人だったという。そういう物語の中ではあるが、命を賭けて伊藤博文と大隈重信とを和解させるなどの舞台が繰り広げられる。その時、背後霊のように龍馬が出てくる。
 民衆を、お龍を、政治家たちを奮起させた、お倉の生き様を余すことなく演じていた。お龍は、お倉に形見のピストルを手渡して、龍馬の夢をお倉に託した。余談だが最近、龍馬が持っていたピストルと同型のものが押収されて、龍馬関係の記念館に保管されると新聞で見た。父も尊敬していた郷里の大先輩なので、少しの記事でも目に付いてしまう。しかし、それにしてもエンドレス・ドリームとは何という良い響きのある言葉ではないだろうか。吾等の国際平和信仰運動のようにである。
 この舞台は、「NHKオンデマンド」で見ることが出来る筈だ。

*今日から練成会が始まった。私の担当は、講話「健康」と浄心行説明講話、浄心行実修だった。健康の講話は、『心で作る世界』191頁からの「第5章 心の表現として体を見る」という項目を使用するのが常である。この御文章は、さまざまな科学的医学的知見やデータを基にして論を進めておられる。『生命の實相』に書かれているハンス・セリエ博士の知見よりも内容がはるかに新しく、現代人を説得するのに最適な御文章であると思う。もっともっと総裁先生のご著書に島根の信徒さんが馴染んでいただくように、読み込んでいただけるように努力したいと思った。

*天皇陛下ご在位二十年をお祝い申し上げる島根信徒の写メール俳句をご覧ください。http://www.sni-shimane.com/blog.php

 中内 英生

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November.12.2009「天皇陛下ご即位20年」

Photo November.12.2009「天皇陛下ご即位20年」
今日の詩::御即位を 出雲の神と 祝い言

 今日は、天皇陛下ご即位20年の記念式典が行われました。心よりお祝い申し上げます。日経新聞(2009/11/12)によると、「両陛下の会見要旨」が掲載されておりました。そして、高齢化の問題で皇后さまが、『高齢化が常に”問題”としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。90歳、100歳と生きていらした方々を皆して寿ぐ気持も失いたくないと思います』と述べられたそうです。

 このお言葉で、私たち島根の白鳩会の熟年グループのお元気なお姿を思い出さずにはいられませんでした。ご年配の方々が島根の生長の家に多くおられるということは、島根の生長の家という団体が大変、居心地がよいのではなかろうかと思います。もし、居づらいならば、どなたもいらっしゃらなくなるのではないでしょうか。その事を考えると、素晴らしいことだと思います。さらに若い方々がご入会されることを歓迎いたします。

 今朝、隠岐の島の宿舎を出るときに、「9時から役所で記帳ができますよ」、宿の御主人が教えてくださったが、船が出るのが午前8時半だったので行くことはできませんでした。天皇陛下が常に私たち国民を限りない愛をもってお祈りくださっておられますことを心より感謝申し上げます。

 さて、私たち島根の信徒は天皇様の御心を思うときに、まず「大和の國の神示」を心の浮かべるべきでありましょう。ご著書『足元から平和を』148頁「世界平和を実現する運動」の中で総裁先生が詳しくとお説きになっておられます。『新編聖光録』71頁を拝読しますと次のように書かれております。振り仮名が普通の読み方と違っているところがございますので、ご確認下さい。

 われ再び大日本天津日嗣天皇と云う意味について語らん。天孫降臨と云うことは天の父のみこころが天降って、天が下ことごとくが一つの光の世界になり、大和、平和の世界があらわれると云う意味の象徴的表現である。日本民族が世界を治めるのではなく、「天孫」すはわち「天の父のみこころ」が全世界を治める時期が至ることである。これがイエスの『主の祈り』にある御心が既に成る世界の意味である。それが真の大日本世界國である。大日本世界國と云うことを狭い意味に解して、日本民族の國だなどと考えるから誤解を生ずるのである。そんなものは小日本であり、本当の大日本國ではない。天の下ことごとくが「天のみこころ」で満ちひろがる世界が来ることを、「全世界五大洲の国土を『天孫』に御奉還申すべき時期が来る」と教えたのである。天孫とは肉体のことではない。「肉体は無い」と云うことをあれほど教えてあるのに、やはり肉体のことだと思って執着が強いから大それた間違をして取返しがつかぬことになるのである。神からみればすべての人間は神の子であるから、特に日本民族のみを愛すると云うことはない。あまり自惚れるから間違うのである。大日本天津日嗣ぎスメラミコトとは固有名詞ではない。理念の表現である。「大日本」すなわち「ひかりあまねき」「天津」すはわち「天の父の」「日嗣」すはわち「みこころを嗣ぎたまえる」、「スメラミコト」すはわち「天降りましたる帝王」と云う意味であるから、総じて訳せば「ひかりあまねき天のみこころを嗣ぎたまえる天降りましたる帝王」と云うことである。天の父のみこころが全世界に光被してあまねく平和になる世界になれば、それが本当の大和の国である。それが本当の大日本天津日嗣すめらみことの治しめし給う世界である。肉体のことではない。(昭和21年1月6日朝の啓示による)

 ここに示されてあります通りです。天皇様が太陽の如き愛の御心で万人、万物を愛されるように私たちも、愛を行じさせていただくのでございます。ご家族に対して、隣人に対して、すべての生きとし生けるものに対してであります。当然のことながら、環境に対してもでございます。天皇陛下は、ご会見で「天皇のあるべき姿」というお言葉を使っておられます。私たち島根の信徒も、謹んでご自分のあるべき姿・神の子としての御使命を表現して参りたいと存じます。

*写メ俳名人の皆様が、お祝いのお言葉を言上しておりますので、どうぞご覧下さい。

*最後までお読みいただきまして誠に有り難うございます。感謝。
 
 中内 英生

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November.11.2009「隠岐の國考」

November.11.2009「隠岐の國考」Photo_2
今日の詩::ビュウビュウと風 バンバンと雨 窓を叩く

 今日は隠岐の島での先祖供養祭があった。ホントはこのブログは出雲の自宅で書いている筈だったが、まだ隠岐の島にいる。現在午後11時過ぎだが、まだ外はすごい風の音が聞こえている。明日は帰ることができるかどうか。それが楽しみだ。今回は、受験勉強を兼ねていたので、いつもは二日間なのだが、三日間滞在予定にしていた。しかし、嵐のために四日間になってしまった。おそらく?明日は帰ることが出来るだろうと思われるが…。滞在が長くなったことで、勉強会の時間も予定外に更に多く確保できた。また、個人指導を二人もさせていただいた。自分が腰を落ち着けて隠岐の島でお役に立たせていただきたいと思ったとき、個人指導を申し込んでくれた人がおられた。嬉しかった。今までには無いことだ。やはり私自身の心が顕れるのだろうか。

 大先輩の故T元本部講師がブラジルでの伝道を終えて帰った来たとき、故Y元本部講師が質問したという。『T講師、ブラジルでの活動で何が一番よかったですか?』『それは個人指導ができたことだ』。Y講師は、それを大変驚いて私に話してくれた。私自身は、T講師との関係は大変長かったが、その話はつい直接はお聴きすることはなかった。T講師の個人指導に関する文章は、旧地方講師の指導本の中に書かれている。T講師から、『私の部屋のついたての後ろにいて、私が個人指導をしているのを聴いていなさい』と言われて何度も学ばせていただいた。また、T講師より、『K本部講師の個人指導を座談会の席に居て、学びなさい」と指導があり、側で聴かせていただくと同時に、テープに録ってはすべて三回くり返し聴いた。それを3年半繰り返した。そして、「人生問題の総合的研究」としてまとめた。これが私自身の個人指導の仕方の原点となった。

 私は、今回、隠岐の島で個人指導をさせていただいたことに、感謝の念を禁じ得ない。そおらく、今後さまざまな生長の家の信仰による体験が出てくるだろう。すこしでもそのためのお役に立たせていただければ幸いである。教化部がある出雲に行くのは、安来や石見からはかなり遠い。しかし、隠岐の島は海があるのでさらに交通は不便であるようだ。今日のように波が高いときには、船は出航しない。飛行機は明日は飛ぶそうだが、満席で乗ることは出来ない。だからこそ、腰を落ち着けて、隠岐の島の人々のお役に立たせていただこうという思いが出てくるのではないだろうか。

 T講師が好んでおられた谷口雅春先生のお言葉がある。
私の行くところに道が拓かれる。私は道である。
私の行くところに、太陽が照り輝く。私は太陽である。
私の行くところに、花びらがまかれる。私は花びらである。
そして、T講師の口癖は、『私が行くところは必ず栄える。私の行くところは必ず教勢が発展する』であった。お部屋に入ると、大きなポスターの裏に決意が書かれていた。『恩師谷口先生の御教え生長の家を世界に宣布する』と。この書を見る度に私の胸の鼓動は高鳴ったのだった。私たち島根の信徒は、この島根の地を受け持っている。そしてインターネットを活用しつつ世界と繋がることが出来る。そして、この言葉、『恩師谷口先生の御教え生長の家を世界に宣布する』を唱えたい。現総裁先生へのご恩返しは、島根のお一人お一人の県民の皆様のいのちを拝ませていただくことであり、御教えにより幸福になっていただくことで達成できると思われる。

 現総裁先生への中心帰一の信仰姿勢と諸活動は、谷口清超先生へのご恩返しであり、谷口雅春先生の御悲願を達成することに繋がると考えられる。嵐のお陰で隠岐の島に少し長く滞在させていただくことにより、色々と思いを巡らさせていただくことができた。心から感申し上げます。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】

  2009年11月 9日のブルグは、「よろこびを表現しよう」です。島根白鳩会がヒマワリちゃんブログで、「日時計日記」を運営、活躍中だが、総裁先生が、「ポスティングジョイ」をご紹介しておられるので、それも研究したいと思う。要するに、立ち上げるのはいつになるか不明だが島根版を検討したいと思う。

 このような電子化が進めば進むほど、本部のご指導にあるように対面の対話である誌友会が活発化するように努力したい。若い人も、ご年配の方も同じく真理により慶福を受けることができるようにと願うからである。

*今日泊まっている、SHIMAJIというホテルは驚くほど客が入っていた。嵐だというのにである。

 中内 英生

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November.10.2009「バドミントン界の王子様」

Photo November.10.2009「バドミントン界の王子様」
今日の詩::隠岐の海 風はなけれど 波高し
*明日はフェリーは欠航だという知らせが旅行社から届いた。これもまた神様のお導きではないかとも思われる。しかし、明日は波がおさまり予定通り帰ることができるように神様に祈ろう。明後日の予定を果たすためにも。

 女子のバドミントン・アスリートでは「オグシオ」が有名だったが、男子では、バドミントン界の王子様と言われているという池田信太郎さんという選手がいて、昨夜のテレビでその歩みを紹介していた。男子ダブルスから混合ダブルスに変更した人だ。ダブルスを組む相手は潮田選手であった。
 変更するときに考えた末に彼は言う。『やらなくて後悔するよりも、やってから後悔する方がよい』と。『新しいことに挑戦することに意味がある』。
 徹底してやってきた人の言葉は、私たち信仰者にもある種の通じるものがあるようだ。
頑張れ!池田選手。
http://shintaro-ikeda.unisys.co.jp/
http://blogs.yahoo.co.jp/m3doors1/58611626.html

  「後悔先にたたず」という言葉がある。また、宮本武蔵の言葉に、「我、事に於いて後悔せず」という言葉もある。何事でも後悔したくないものである。この武蔵の言葉について、小林秀雄が「信ずることと知ること」という本の中(弥生書房40頁)で次のように語っているという。
 
(前略)それは、今日まで自分が生きて来たことについて、その掛け替へのない命の持続感というものを持て、という事になるでしょう。そこに行為の極意があるのであつて、後悔など、先き立つても立たなくても大した事ではない、さういふ極意に通じなければ事前の予想も事後の反省も、影と戯れる様なものだ、とこの達人は言うのであります。行為は別々だが、それに賭けた命はいつも同じだ、その同じ姿を行為の緊張感の裡に悟得する、かくの如きが、あのパラドックスの語る武蔵の自己認識なのだと考えます。これは彼の観法である。(後略)

 小林秀雄によると、武蔵の言葉の解釈は生長の家の御教えである、「今」を生きよ、という言葉に類するものではないだろうか。武蔵は生涯一度も勝負に負けなかったという。武蔵は肉体的限界を知っていた。ある年令になると必然的に剣の技術はあっても、肉体的な強度に於いて相手について行けないと考えていた。それ故に、彼が考える年令になると決して試合をしなかったという。それで生涯負けなかったと聞いている。しかし、それは事実かどうかは本人に確認した訳ではないので証明のしようがない。
 そんなことよりも私は、「行為は別々だが、それに賭けた命はいつも同じ」という生き方が気に入った。

 谷口清超先生の御文章に、ライオンは相手が猛獣だろうが、小さな動物だろうが関係なく力一杯戦うと書いておられたと記憶している。弱肉強食の世界をお書きになったのではなく、私たちはどんなことでも、手を抜かずに力一杯取り組むことをご教示されたのだった。
 島根はとても長いし、今、来ている隠岐の島のように洋上に浮かぶ地区もある。しかし、それがどこでありましょうとも、決して手を抜くことなく全力で任務を遂行したいと考えている。それ故にこそ、「我事に於いて後悔せず」と言い切れるようになりたいと願っている。
http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/shoukai/rekisi/musashi.html

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 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】

 2009年11月 5日のブログは、「ミカンを採る」です。ご紹介をうっかりと抜かしていました。申し訳ありません。
 休日を利用して、ご自宅のミカンを収穫されたことが書かれています。先日収穫したわが家の庭のミカンは小さくて、ものすごく酸っぱいのですが、家に帰り着く頃には妻が何かに活用してくれているのではないかと思います。何しろ、大家さんが余りの酸っぱさのために手を付けなかったですから。今年は私が子供と一緒に収穫しました。
 この御文章の最後に、色々な種類の果樹があり、何かが不作でも別のものがその不作を補うというのが「自然」の状態であるので、このことは、安定的な組織運動の発展にも必要な、重要な要素だろう、とお書きになっておられます。このお言葉で私は安心いたしました。

*今日もこのブログを最後までお読みいただきましたことを心から感謝申し上げます。

 中内 英生

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November.09.2009「ギタリスト村治佳織さん」

November.09.2009「ギタリスト村治佳織さん」
今日の詩::毎月の 流れが決める 島の未来
* 今日は、隠岐の島に来させていただいております。信徒の皆様と学習会や先祖供養祭などが今夜から始まります。継続は力です。ともかく定期便を作ることです。そこに必要物資を、生長の家の場合は神の国の情報ですが、それを乗せることです。必ず、結果を生みます。

 ギタリストに村治佳織さんという有名な女性がいる。CDも出しておられるので、柄にもなく私も持っており、5年ほど前から時々聴いている。とても上手だ。彼女のコメントが、日経新聞(2009/11/07)のサン○リーの宣伝の所に出ていた。少し、何かを語ってくれているのではないかと思われるので書いてみた。このような内容の文章である。

 「音が溢れる時代だからこそ、」と村治佳織さんは言うと。「逆に魅力なのかな」指で爪弾くギターの音は、すぐに減退する音である。「消えゆく音に耳を傾けると、聴こえなかったものが聴こえてくるんです」と。
 2歳の頃から、ギターに触れてきたという。「父の膝の上でポロンポロンって弾くんです。父の左手が弦を押さえて…」。
 ギターの教師である父に導かれて、15歳でクラシックの世界レーベル、DECCAと日本人初の専属契約を結んだ。
 いま、海外のオーケストラとの演奏ツアーや録音活動など、1年の半分は海外で過ごしている。「日本という国で生まれ、見て、感じてきたこと。そのすべてが音に出るんだなぁ」と、海外に出て、それが解ってきたと言うのです。

 お酒も音楽も、熟成に近道はない。生まれ育った環境が味わいになる。村治さんの好きな○○酒も同じだとのことである。断っておくが、私はまったくお酒は飲まない。飲めない。ブログ書きの関係である。

 中々いい文章だなと思った。私たち信仰者にとっては、神想観によって、神の国という国に毎日生まれ、その神の国の光景を見て、感じる。そして育つ。その感覚、感じ取ったすべてが人生における音、すなはち身・口・意の三業、思念・発声音・表情のすべてに表現されるのではないだろうか。そのことをダブって思うことが出来た。また、信仰を始めるのはおそらく小さい頃からのが善いということではなかろうか。そして、彼女に於いては、父親の存在を認めていることが、彼女の人生に大きな力となっているように思えた。
http://www.youtube.com/watch?v=_ULsq-j6HX8
http://listen.jp/store/trackList_1104599.htm

*松江生命学園に通っている子供さんが、エコと絵でお二人も松江市長賞を頂いたという。これは特別ニュースです。ヒマワリちゃんブログを運営しているMさんの子供さんと、白鳩会副会長Aさんのお孫さんです。詳しくは後日、報告があるでしょう。

ひまわりちゃんのブログ

http://hidokeisimane.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/116-8b05.html

*今日は総連地区連会長会議があったが、37名の方がお出でになり驚きました。また、絵封筒・絵手紙展は予想は一千枚を超えるとのことです。「すごい!」、とPhoto 小職は絶句。今日は20年前に、ベルリンの壁が崩れた。今日は、会員と非会員との壁が破れる日であることを伝えた。それは己と世界との心の障壁が崩れる日でもある筈だ。

*今夜の受験勉強会で、隠岐の島のK地方講師が選択式問題は、自動車運転免許の試験みたいなのがあるので気を付けて、よく見て答えを書くように注意していた。知人が免許問題では、飲酒運転の項目で、「お酒はのんではいけないが、ビールは飲んでもよい」との文章に、○をしたそうだ。よくよく考えてから答えを書くようにとのことだった。

 中内 英生

 

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November.08.2009「冨を得るための法則⑪」

November.08.2009「冨を得るための法則⑪」
今日の詩::南天の 実は紅くなり 鳥を呼ぶPhoto

 昨日の続きです。
『(8)繁栄を欲する人はこの宇宙に満ちている「人を幸福にするアイディア」に波長を合わすようにしなければならない』とあります。お金を儲けることが大切なのではなく、人を生かす、人のお役に立つという愛を実践することが大切なのです。なぜならば、存在の実相は、神我一体、自他一体、万物一体であるからです。
 冨の本質は神である、と教えられています。神様に波長を合わせるのは、神想観の実修をするのが良いのです。私は毎朝、神想観をさせていただいております。NHKに波長を合わせるように、神様放送局に波長を合わせるのです。

 『七宝の塔』(2009年10月号)4頁に、日本成功学会代表取締役の黒木安馬さんという方が「世界の空で観た成功者たちの3つの習慣」というのを書いておられます。いくつかその内容をご紹介します。

 ある小学校で6年間トップだった女の子のお母さんから聞いたそうです。その女の子は塾にも行かず、参考書も見ません。しかしトップだったのです。なぜならば、お母さんが「学校で学んだことを教えて!」というので母親に教えるために真剣に学校で先生方の話を聴いたのでした。それで全部頭に残っていたわけです。
 同じようなことが、地方講師にも言えます。他の人にお伝えするために真理を学習するとものすごく教化力が付くのです。それは御教えを正確にお伝えしないといけないので、真剣に聖典を拝読するからです。
 今日は、安来の山佐で芸術的感覚の誌友会をしてきましたが、人数は6名でした。ほとんどの人が「絵を描くのは50年ぶりです、60年ぶりです」、と言っておられました。皆さんは一枚か二枚をお描きになったのです。要するにアウトプットです。参加者にとっては大変、困難なことを行ったので憂鬱だっただろうかと思い、お聴きしました。「今日は楽しかったですか?どうですか?」と。すると皆さんは、「楽しかったです」とすぐに大きな声で返事が返ってきました。表現すると言うことがどんなに楽しいことかを私は教えていただきました。

 成功者の三つの習慣というのを書いておられます。
①決して、「しかし」と言わないこと。「なるほど」という。
②不利なことを聴いても、「だからこそ出来る」という。
③すぐにメモをとる。

 この三つを指摘しておられます。島根の皆様、如何ですか。ある組織の毎月の通常の会議でいつも気がつくことがあります。それは参加者のほぼ全員が人が話し始めるとすぐにメモを書き始めることです。その光景を見て私はその組織が常に活力を持って絶えず前進している理由を知りました。

 最後に最強の成功法則というのを書いておられるのでご紹介します。
①自分の夢や希望を書いて持ち歩く。これは私たちは日時計日記に書いて持ち歩いているので合格です。寝る前に書く人もおられます。私の場合は、システム手帳に入れて書いているのです。そうすることにより、書くようになりました。勿論持ち歩いています。
②翌日やるべきことを6つ上げる。
③1,2,3と順番を付ける。
④声に出して読み、そして就寝する。
⑤翌日は1から実行する。
⑥その間を15分以上空けない。
すごいことです。私も明日からやってみようかな、と思いました。島根の皆様、如何でしょうか。

*今日は、午前中は相愛会の会議に出させていただき、午後は安来・山佐の誌友会に行かせていただきました。自然豊かな山の中でした。楽しく神性表現をさせていただきました。
*昨日のブログに掲載しておきましたユーチューブはご覧頂けましたか。内容はそれなりの内容ですが、時間が10分間はいけるそうです。これを色々な面に応用して、光明化運動に役立てたいと思います。

 中内英生

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November.07.2009「冨を得るための法則⑩」

November.07.2009「冨を得るための法則⑩」Photo_2
今日の詩::ミカン山 秋の恵みに 満ち溢れ

 今日は前回の続きです。次のような内容が書かれています。
「⑤福田は大宇宙銀行のようなもので、福田ができれば、其処から「信用」でも「資本」でも払い戻してもらって使うことができるのである」と。
 実相に於いては凡ての人には豊かなる世界を与えられていますが、それをまず心の世界、念の世界に持ち来すことが必要です。どんなに実相は豊かでありましても、他を幸せにすると云う積徳がなければ私たちは永続的な豊かさを現象化することはできません。「与えよ、さらば与えられん」という繁栄の黄金律を活用すべきです。

 しかし、冨を得ようとする人への頂門の一針とでもいうべき文章を見つけました。『七宝の塔』(2009年2月号)の1頁です。山本正さんが書いておられます。冨を如何にみるかということが、事業経営者の信仰的姿勢として書かれています。大変素晴らしい御文章ですので、大意をご紹介したします。

 『しかし、そういう時であればこそ、何のために事業経営をしているのかを、本当の成功とは何であるかを再認識する必要がある。私たちは冨を得るにも、物質的な冨の奥にある真の意味に於ける冨を獲得しなければならないことを自覚すべきだ。真の成功・繁栄は、神と神の国の義の中にこそ存在する。今こそ神への無限大の信頼と信仰に基づいた生き方を実践し、神と共に積極的に行動し、神のみ栄えを現すとともに、人類最高の御教えを一人でも多くの人に伝えよう』、と訴えておられます。素晴らしい信仰者の方のようです。
 また、『あなたは無限能力者』102頁の谷口雅春先生の御文章を掲載しております。大意を掲載します。
http://www.kyobunsha.co.jp/shopping/books/ISBN4-531-05064-9.html

「本当の成功は、冨を得ることでも、商売の繁盛でもない。本当の成功はその人の人格の完成、心霊学的に言えば、魂の向上である。商売の損益や事業の正否の如きは人生航路上の遊戯に過ぎない。ただその遊戯の上で、人間は性格を形づくり、人格をより完成せしめ、魂を向上させる。商売上の利益も、財産の増殖も築き上げた事業も、何一つそれらは真の意味においてその人の獲得ではない。真の意味における獲得は、肉体が死んでも持って行けるものでなければならない。魂の向上、性格の強さや円満、これこそが唯一の獲得である」と。

  上記の意味を肝に銘じつつ、冨を得るための法則を駆使しなければならないでありましょう。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】
  2009年11月 6日のブログは、「レヴィ=ストロース氏、逝く」です。誠に申し訳ないことですが、私はこの方を知りませんでした。彼は宇宙には構造があることを暗示しているという。サンケイ新聞(2009/11/05)の産経抄によると、浮世絵の収集家でもあった。1977年から88年まで5回、日本を訪れている。滞在中は、金沢、輪島、飛騨、京都など各地の伝統職人を訪ね歩き、霧島や高千穂では、神話文化を調査したという。古代から現代まで日本文学を読み込んだ上で、伝統的な職人芸と最先端の科学技術、神話と歴史が共存する文化に興味を持った。取材にはほとんど応じなかったという。外国人叙勲で勲二等旭日重光章を授与された93年、山口昌子パリ特派員が単独会見に成功したらしい。氏は日本に学ぶべき点として、「外国の影響に対し自国を定期的に開放すると同時に、独自の価値や伝統的精神に対しても忠実な二重規格であると語っている。

 日本は独自文化を花咲かせると同時に外国からの文化も受け入れている。漢字は中国から、菊も外国から、いつも間にか日本のものになっている。今イスラームは産みの苦しみの時代であると思われるが、私は新しいものを導入しつつ進化するイスラームと似ているように思われてならない。総裁先生がイスラームを学ぶようにご指導くださっていることに心から感謝申し上げる次第です。
 また、ストロース氏が100歳の長寿にして世界に貢献しつづけた生き方に心から尊敬の念を持つ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A3%EF%BC%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9

*今日は、午前中は益田の誌友会でした。絵を描きました。説明の一部は動画にしましたので、ご覧下さい。
*午後は同じく益田で生教会の教育フォーラムでした。7名もの若い母親や学校の先生2名?が来ておられました。終わってすぐに教化部にかえりしまして、栄える会の役員会に出席しました。毎日、元気に仕事をさせていただけるのがうれしいです。

 中内英生

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November.06.2009「冨を得るための法則⑨」

November.06.2009「冨を得るための法則⑨」
今日の詩::松ヶ枝に 神籤結びて 祈るかなPhoto

  今日は昨日の続きです。
「④神に信用されるためには、隠れたる処に、無条件に、人のためになる何らかの愛行又は善行(徳積み)をしなければならない。これらが眼に見えない世界に貯えられて「福田」となるのである」としております。

 木は上に伸びる分だけ根が広がっているようです。目に見えない部分が大切なのです。そして、上の木の部分が先に大きくなってその後に根が広がるのではないのです。根が先に広がって、十分に水と養分を吸収することを木自身が悟った後に、樹木を大きくするようです。そのように、愛他行により、積んだ目に見えない陰徳やご先祖供養によりご先祖が悟りと自由自在を獲得することにより、子孫である私たちの人生が大きく展開していくのです。
 目に見えない空気がなければ私たちは生きていくことは出来ません。東京オリンピックの時のジョークがあります。アフリカの選手がお土産に水道の蛇口を買っていったというのです。アフリカには飲める水を確保することが大変なのです。東京に来たら壁からきれいな水がたくさん出てくるではありませんか。そこで蛇口を買って行かれたというのです。壁の向こうにある見えないパイプの部分で無限の水源地、神様に繋がっているということが一番重要であるのです。

 『七宝の塔』(2009年9月号)6頁に、岡山の近藤加代子さんという栄える会の方が体験談を書いておられます。岡山は会員200名10支部だそうだ。平成8年に一冊の普及誌を読んで宇治の練成会へ行った。エステティックの店の経営で行き詰まり救いを求めたようだ。
 それから栄える会に入会し、行に徹していった。岡山東支部の支部長となり、24名の会員を3年後に50名にすると決意して実現した。この人の素晴らしいところは、生長の家の御教えを一所懸命に行じておられることである。支部の分蘖もした。さらに分蘖したひかり支部は現在16名だという。エステの本業も栄えているという。
 さらに普及誌も愛行し、「日時計日記」の記載を人々にお勧めし、さらにさらにスカイプによる輪読会も行っているという。賃貸経営をしている栄える会会員さんが、祝福の祈りの場、相談の場も提供しているという。
 書ききれないくらい素晴らしい信仰的ご生活です。だからこそ繁栄しておられるのではないでしょうか。
 この『七宝の塔』は生長の家島根県教化部にありますので、このブログに興味を持たれた方はどうぞ渡橋の教化部にお問い合わせ下さい。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】
  2009年11月 4日のブログは、「キンドルを使う (2)」です。キンドルの発見した機能について書いておられます。読み上げ機能もあるそうです。
 いずれにせよ、どうすれば購入できるのでしょうか。島根の方でどなたか買われた人はございますか。

*ヤンキーズの松井選手がワールドシリーズでMVPとなった。おめでとうございます。彼の生家は石川県の小さな町のようです。一度その家がある所に行ったことがあります。お母様は大変素晴らしい人だとお聴きしたことがあります。何度か故障がありましたが、力を発揮されるようになって嬉しいです。

*夜は、松江道場で青年会の学習会があった。テーマは、「法燈継承」だった。S光明実践委員が発表した。若い人達が6名も来ていたが、生長の家の神髄をお伝えさせていただけることに大きな喜びを感じた。

*動画は新しく購入したソニーのカメラで録画したものです。パソコンとの相性が良くない関係か、編集がうまくいかないので、最後の方が少しまずい出来となっていますが、お許し下さい。

 中内 英生

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November.05.2009「冨を得るための法則⑧」

November.05.2009「冨を得るための法則⑧」
今日の詩::曇り空 尚その上からは 天降れる陽Photo
*今日は出雲は曇り日です。有難いのは曇り日です。しかし、その雲の上には常に太陽の光が輝いているとは何と有難いことでありましょうか。

 今日の内容は、昨日の続きです。文章は、I地方講師の『新版 希望を叶える365章』をテキストとした繁栄に関する論文からです。
『③神をゴマカして、人の前に諂って(ヘツラッテ)人から信用や好意を掻き集めようと思っても決して富は出て来ない』とあります。へつらいは、実際にそう思っていないのに、相手を大切に思っている振りをする状態でしょうか。広辞苑では、「人の気に入るようにふるまう。こびる。おもねる。追従する」などと書かれています。神様や人間様に対して真実の真心で対することが大切でありましょう。信仰におきましては実践が大切です。「生長の家の御教えは実践哲学である」と、高校生の頃父親から聴いたことがあります。『七宝の塔』(2009年/9月号)1頁には中村全博栄える会会長の御文章が掲載されています。総裁先生のお言葉を実践しておられることが書かれています。「神性表現」の把握を書いておられます。大意を掲げます。

『太陽はいつも輝いている』を拝読すると、現象世界というのは感覚器官を通して入ってくる大量の情報の中から、自分の左脳で言葉を使って考えながら、自分に関心のあることだけをつかみ取って再構築した心の世界である、と説かれている。
 自己限定の壁を越えて、環境から与えられているものを素直に感じ、十分に味わいながら、豊かに人生を創造していくには、右脳で感じた情報を、左脳で表現する訓練が必要であるとして、その一例として絵画を紹介しておられ、総裁先生みずからもご実行しておられる。

 中村会長はさらに続けてご自分の実践行動を紹介しておられます。
善いことはすぐに実行される総裁先生のご姿勢に深く共感し、永沢まこと氏の『旅でスケッチしませんか』を読んだそうです。私も読んでみましたが、絵を描く弾みになりました。そして中村会長は絵を描き始めて、スケッチブック4冊目に入ったそうです。また、絵を描き始めてから、右脳モードにスイッチを入れる感覚を得ることができるようになり、同時に自然の美しさや事象の奥にある深い意味を理解することができるようになったそうです。私も昨年の5月頃から550枚くらい描いており、総裁先生と同じようなことをさせていただくと少しでも総裁先生の御心の万分の一が理解できるのではないかという気がいたします。

 仕事の面で、毎週行っている進捗会議や商品開発会議の前に神想観を実修して、こころを穏やかにしてしっかりと右脳の動かしてから、会議に臨むようにしておられるとのことです。売り上げが落ちて不安になったり、腹を立てたりして、現象に引っかかって心が乱れるのは、左脳の限られた言葉だけで解決しようと焦るからなので、そんな時こそ、神想観をして神様が創造された完全円満な実相世界をしっかりと観る訓練が必要であるとしておられます。

 私は事業家の中村全博会長さんが絵に挑戦しておられるお姿に感動を覚えました。島根の信徒の皆様、どうぞ中村全博会長さんにまけないように、『日時計主義とは何か?』『太陽はいつも輝いている』を拝読して、絵を描くなどの神性表現に挑戦いたしましょう。
 特に島根では、1月22日~24日に、絵手紙絵封筒展を開催します。現在、250点ほど集まっているようです。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】
  2009年11月 3日のブログは、「右脳しびれて」です。
第27回、チャリティコンサートに行かれたことが書かれております。
「紅葉」を観客も立ち上がって合唱されたそうです。フルート演奏もあったとのことです。
オペラについてのお考えも書かれています。私は最近時々、NHKでオペラを観ていますので、少しだけオペラを楽しいと思えるようになりました。
 また、オペラのズィーチンスキーの「ウィーンわが町」をお聴きになったとき、右脳が痺れたご感想を書いておられます。
http://www.youtube.com/watch?v=TV2IFjYCSe0
http://www.youtube.com/watch?v=GgUKmpM0EzE

  収益金は、日本ユニセフに寄付されたそうです。シェラレオーネの子供たちの為に使われるとのことです。この国は、徹子の部屋に出ておられた山本敏晴という若いお医者さんの著書、『世界で一番いのちの短い国―シエラレオネの国境なき医師団 』を読んで私は存在を知りました。   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8D

*『機関誌 生長の家相愛会』(平成21年10月号)には、「信仰による戦争の道」と題して総裁先生がイラク戦争とブッシュ氏とキリスト教についてお書きになっておられる。これらの基本情報はなかなか普通の情報源では入手しがたいものである。最近、私はBS等でイラク戦争開始の状況についての番組などを見ているので何とか理解できるような気がするが十分ではない。「ヘラルド朝日」からの情報をもお書きになっておられるので、時間と意欲のある島根の信徒さんは、大いに勉強して参りましょう。英文は読めなくても、WEB版で先生と同じ内容のものを少しでも読んでいるという思いは、なかなか良いものです。
http://global.nytimes.com/?iht
*今日は木曜休日でゆっくりさせていただきました。

 中内 英生

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November.04.2009「冨を得るための法則⑦」

November.04.2009「冨を得るための法則⑦」
今日の詩::風吹きて 秋は深まる 夜の月Photo
*お月さんが冷え冷えとする夜を体験できるようになりました。これもまた善しです。

  昨日の続きです。
「②資本もないし、信用もないという人もある。信用は先ず神に信用されるようにしなければならない」と書かれています。
 現象的に無ければ新たに作ればよいというのが生長の家的考えです。現象化していないだけでありまして、本来、実相世界には存在するのです。実相世界のあらゆる善きものを現象世界に持ち来すのが神の子の使命です。
 それは「表現」という言葉でも表されます。表現するときに私たちは新たな創造でありますので、大いなる喜びを感じることができるのです。それには何事も素直に御教えを実践するということが大切です。

 北陸の某教区に勤務していたときのことです。庭の植木を、植木職人の会社を経営している相愛会の人が木が伸びるといつも奉仕仕事で剪定してくれていました。
 時々ご自宅に誌友会や家庭訪問で行かせていただいていました。立派な家を建てていました。
 次は植木の会社の社長さんのお母さんからお伺いした話です。
床の間に、宇宙銀行総裁井上如水、という払い戻し書が額に入れて安置していました。これは、数十年前に、故井上元本部講師がこの地に巡講された時に書いていただいたものだそうです。当時は彼女の家はとても家を建てることができるような豊かな状態ではなかったとのことです。講演会に来た沢山の人が書いてもらいました。しかし、その書を紛失した人はともかく、その書を大切に保管して毎日見ていた人、毎日祈りつつ一所懸命に働いた人達は、みんな立派な家を建てることができたそうです。私自身は、宇宙銀行の事務所がどこにあるのかは未だ確認していません。
 家を建てるにはお金が必要ですが、言葉の創化力を活用して、イメージを作りつつ、立派な家を建てるに至ったのです。神様に信用されるには、まず自分が「神の善意」を信用することが必要でありましょう。そして、「言葉の創化力」と「与える心と行動」とが豊かさを呼んだのではないでしょうか。
 神様の無限供給を信用することにより、立派な家と仕事と会社が与えられた実例です。

*島根教区の青年会員さんがホームページを開設しています。見てみよう。
http://yukineechan.blog93.fc2.com/

*青年会員はインターナショナル・ヘラルド・トリビューンを読んでみよう。
http://global.nytimes.com/?iht

*今日は、会議が続きました。最後は夜に青年会の会議で終了でした。よく頑張った。ご苦労様でした。素晴らしい自分よ。就寝の前は、いつもこう言って自分を賛嘆し、感謝しています。

 中内 英生

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November.03.2009「冨を得るための法則⑥」

November.03.2009「冨を得るための法則⑥」
今日の詩::茶の味は カテキン運び 人生かす
*今日はお茶を飲む機会が多かった。どこで出されたお茶も大変美味しかった。

 今日は、「冨を得るための法則⑥」です。Photo
「(7)大宇宙銀行に福田を積むということが大切です。(P.283)」
ここで考えなくてはならないことは、本質的にはすでに神様の福田が実在するということです。内在する龍宮城のようなものです。しかし、それが現実化するために必要な行動があります。それは念の世界に豊かさを描くことと共に、福田を積むことが必要なのです。動反動の法則の活用です。原因結果の法則の利用です。与えた人だけが与え返されます。他を喜ばした分だけ、他から与え返されるのです。他の言葉でいうと陰徳を積むと言うことです。どんなに祈ってみましても、陰徳のない人は栄えません。もし強制力で栄えたとしても、どこかでほころびが来ます。冨とは、「他のためになる働き」であるからです。

 「①「善き考え」を実行に移すにも資本が無いという人もある。資本も物質ではなく「信用」という心の変形である」とあります。
 信用関係は、地上ではまず父母との関係から始まります。父母との信用関係が何よりも資本ではないでしょうか。『七宝の塔』(2009年9月号)の8頁目に(株)イマージュの矢作智勝さんという方の体験談が出ています。この会社は私が金沢に住んでいたときに、自宅の近くにあった会社で、そこには大変素晴らしい社長さんがおられます。その会社から現在でも社員の方々を宇治の能力開発センターへ送っているようです。矢作さんは次のような内容を書いています。一部ご紹介します。

 「(前略)2月の社員研修に参加できなかったのは、父親が昇天したからです。浄心行の最中に、父が昇天する前に、「智勝ありがとう」と言ってくれた言葉が聞こえてきました。また、3日目の先祖供養で、父が痛がり私も痛がっていた左の腰の痛みが消えてしまい、心からスッキリさせていただきました。(後略)」

 あらゆる人間関係、信用関係の背後には、「汝の父母に感謝せよ」との大調和の神示にありますように父母への感謝の倫理があるようです。 
 私の父親は、私がこの道に入らせていただいた19歳の時、一週間後に手紙を頂きました。その中には、「父はお前を尊敬している」と書かれていました。父親に認めてもらった喜びを未だに忘れることは出来ません。父親にご恩返しをするためにと、どんなことがあっても頑張らせていただきました。否、今も霊界から父親が護ってくださっているからこそ、ここまで来ることができたのでありましょう。それが真実でありましょう。自分がそれに気づかなかっただけでありましょう。私は父親に対する自分の思いを考えたとき、現総裁先生の谷口清超大聖師に対する思いの万分の一が理解できるように思います。特に島根は谷口清超先生とご縁が深いのです。霊界の谷口清超先生にお喜びいただくためにも、現総裁先生の時代に島根を盤石の教勢と致しましょう。それが信徒としての真心のご恩返しでありましょう。

*今日は大変良い天気での文化の日でした。授賞された方々、おめでとうございます。元大鵬関がおられましたので、私は柏戸大鵬の相撲が大好きでした。当時はラジオでよく聴いていたことを思いだします。

*動画は朝倉雲鶴さんの絵です。岡山の方です。素晴らしいです。

http://kotaso.co.jp/2008/03/post-40.html

http://books.livedoor.com/item/501325

 中内 英生

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November.02.2009「花梨の果実」

November.02.2009「花梨の果実」
今日の詩::秋風に 花梨ゆらゆら 子守唄Photo

 今日は、朝は早く家を出て江津の誌友会へ行かせていただいた。有難いことに絵手紙を描く誌友会をするという。喜んで出講させていただいた。来年の1月に絵手紙・絵封筒展が開催される。この時期にこそ、神性表現の意義を知ってそれを実際に行う。そして総裁先生のご教示を学び、実践する。これは島根の信仰者として、谷口雅宣先生の真の弟子として、実に大切なことではないだろうか。私も下手の域を脱していないが、「それで良い」と思っている。母親に原則毎日一枚づつ絵手紙を出している。『ひでお!上手になったね。家に来た人に見せているよ』と言ってくれる。その母の言葉が嬉しくてまた描く。展には50枚を目標に描いている。おそらく出来ると思う。この絵手紙は、聖使命取扱者に展が終了した時点でお礼として出させていただく予定だ。『絵手紙は受け取る相手に真心が通じる」という総裁先生のお言葉を信じて実践させていただいている。次のアドは私の絵である。
http://www.sni-shimane.com/album.php?CatID=16

 今日の誌友会場主の家の庭には花梨の木があった。前回、訪ねたときはいつだっただろうか。花梨であることだけを覚えている。それが今年は随分と生っている。絵は今日、花梨の実を採っていただいて描いたものである。奇麗な落ち葉を持ってきている人がいてそれも描いてみた。葉をよく見ると何と細かく線が、モザイク模様があるではないか。それを知らずに単なる緑や土色の葉だと考えていたのが間違いだったのだと気がつく。今日、来られた方の中に、仕事が決まって明日から出勤するので今日の誌友会に来ることができた、という人がいた。この江津は一ヶ月に一回、先祖供養祭を行い、信徒さんはご自宅でも毎日、ご供養をしておられる。そうすると、自然に導かれて仕事に就くことができるようになるのではないだろうか。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%B3_(%E3%83%90%E3%83%A9%E7%A7%91)

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】 
 
  2009年11月 1日のブログは、「桜島の火山灰」です。先生は、鹿児島の講習会へ御巡錫でした。桜島のことが書かれています。
 話は変わりますが、桜島の大噴火のことについて私もいつか書いたことがあります。それはバスガイドさんからお聞きした話です。ガイドさんのお祖父さんが若い頃、桜島で畑を耕していました。噴火しそうだと避難勧告がだされていたのです。お祖父さんは、「大丈夫」と思って勧告には従いませんでした。ある時、畑を耕していると、薩摩絣の着物を着た見知らぬ男の子が近づいてきました。そして、地面に耳を当てるように言うのです。お祖父さんは「五月蠅い」と思って、「あっちへ行け」と言いました。子供はいなくなります。でもまた現れては耳を地面に当てるようにいうのです。また、お祖父さんは、「あっちへ行け」と言うのでした。それを何度か繰り返します。そこで、耳を地面に当てたら子供は来なくなるだろうと考えて、耳を地面に当てます。そこでお祖父さんは肝を潰すくらい驚くのでした。「ゴー」という恐ろしい地鳴りがしているのです。マグマがすぐそこにまでせり上がってきていたのでありましょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E5%B3%B6
http://someorikodamas.com/satumagasuri.shtml

 お祖父さんは、「これは噴火する。逃げよう」と思って、すぐに港へ行きました。そして船に乗ってしばらくして後ろを見ると、「ドドーン」という音がして桜島は大爆発を起こしたのでした。もし、そのまま居れば死んでいたのでありましょう。ガイドさんの父親から、「お祖父さんがその時逃げてくれたので、今のお前が生まれたんだ」と何度も聞いたそうです。噴火が収まり、島に帰ってきました。島の人々に聴いてみると、その薩摩絣の着物を着た男の子は島のあちこちに姿を現していたとのことです。「もしや」と島民のみなさまは思いました。島の道の側に薩摩絣を着たお地蔵さんがあちこににあって、島の皆様はいつも丁寧にお世話をし、拝んでいたのでした。ひょっとしたらそのお地蔵さんが、男の子になって救ってくれたのでは無かろうかと言われるようになったとのことでした。
 この話は、私が桜島に行って島の人に聴いたわけではありませんが、大変興味深く聴かせていただいたことを覚えています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E8%94%B5%E8%8F%A9%E8%96%A9

*今朝からかなり冷えるようになりました。島根の神の子の皆様、温かくしてお過ごし下さい。

 中内 英生

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November.01.2009「地方講師の芸術表現」

November.01.2009「地方講師の芸術表現」
今日の詩::菊の花 いのち吹き込み 永久に咲く
*生きた菊の花を絵にしたら、永久にその価値は失われないという意味です。Photo_5

 今日の地方講師・光明実践委員研修会では、来月の白鳩誌友会のテーマ学習や、技能と芸術的表現をする誌友会などについて学んだ。しかも、実際に絵を描いていただいた。これは、1月の絵手紙・絵封筒展での地方講師の出品と、展覧会に向けて誌友会開催での指導をお願いするためだった。皆様は、よくご理解していただけたであろうか。
 『技能や芸術的感覚を生かした誌友会出講のために』の6頁には次のような内容が書かれている。これがコンセプトだ。

*この誌友会は、誌友会の基本的考え方にもとづき、開催者のもつ技能や芸術的感覚を通じ、「日時計主義」の生き方を学び、生活に実践することを目指す。また、参加者の神性表現の場として、創意工夫しながら第一線の行事に新たな息吹を吹き込むことを目指す。

 このコンセプトを実現するための今日の研修であった。島根教区は、一誌友会での平均参加者は、各組織ごとにデータが出ている。一誌友会当たりの参加者数がそれぞれ一名でも増えれば、その数は大変なものとなる。現在、一ヶ月に約○○○名の方々が誌友会に参加されている。それが一年となると、延べ一万名を優に超える参加者が真理の研鑽をされることになる。この地域の真理の燈台(誌友会)作りを強力に推し進めていくのが現在の運動の要諦なのであろう。島根教区は、それに取り組ませていただいている。地方講師研修会は、その誌友会が愛と知恵の満ちあふれたものとなるように、お互いが研鑽し、総裁先生の御心を正しく信徒の皆様へお伝えすることができるように尽力している。

 今日のテキストである、『自然と芸術について』46頁~51頁の「神の恵みに感謝し、感動を表現する」の項目を学んだ。もう一つは57頁の3行目から58頁の6行目までである。
  真象に対して感動することが主であるとご教示されている。それを芸術的に表現するのは専門家にまかせてよいとのことである。これで私も安心した。真象をとらえることに誌友会の力点をおくことがポイントのようだ。

 沖縄の知人から生光展に入選したとの知らせがあった。インターネットで調べたが、入選のお名前は確認できたが、絵そのものは確認できなかった。島根の皆様にも次の生光展には出品をお勧めしたいと思っている。

 今日の絵画研修では全員が熱心に取り組んでいた。講師は、絵を上手に描けるというよりも、やはりその「意義説明」が十分にできるようになることが必要でありましょう。最下段の動画でその様子をアップした。絵は今日、私が描いた絵です。明日は午前中は、石見の江津の誌友会に行かせていただくが、ここでもまた絵手紙を描く予定である。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】
 
 2009年10月30日のブログは、「ハローウィン・カボチャ」です。新日本造形のハイクレイという材料で作ったそうです。絵の具は、ホルベイン社のアクリラ・ガッシュというのをお使いになっておられます。島根の皆様も如何でしょうか。島根にはカボチャは多いので実物で作るのがよいのかも知れません。

*今日は雨が降ったり曇ったりでした。しかし、雨の上には常に青空があります。それを知り信ずるのが信仰でありましょう。実相を観るということです。そして神の一面は法則ですが、法則は絶対的なものです。神は宇宙を貫く法則とも言われています。

 中内 英生

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