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2009年12月

December,31,2009「平成21年を振り返って」

Photo December,31,2009「平成21年を振り返って」
今日の詩::咲き続く 皇帝ダリヤの 息長し

 今年は皆様には大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。島根に参らせていただき、本当に私は幸運であり、幸福であったと感じさせていただいた一年間でした。

  今年は、総裁先生が3月1日に法燈をご継承されまして、新たな時代が始まりました。それからは、さまざまな面で新時代を迎えているのではないでしょうか。

 隠岐の島では、5月から先祖供養祭と受験勉強会が始まり、新たな展開となりました。おそらくは来年度は地方講師が新たに誕生するのではないかと思います。毎月、参らせていただくことによって、次の月に何らかの進歩改善が行われます。もしも二ヶ月に一回でありますと、動きが少し緩慢になるかも知れません。隠岐の島の地方講師で隠岐の島の誌友会をすべて指導できるようになりたいと思います。ここはかつての江戸時代は、隠岐の國であり、一つの文化圏です。

 また、松江道場を中心とした生長の家の方々は、さらに進化を続けているようです。道場での先祖供養祭も一年を経過しました。喜んでお集まりになっておられ、大いに道場を活用して下さることをとてもうれしく思います。道場の設備の一部が改善されたこともありがたいことです。

 出雲文化圏の皆様は、いろいろな行事で回数多くお世話になり感謝申し上げます。少しずつ皆様が進歩発展しておられるようです。出雲大社の神様のご守護が大いに島根県全体を覆っておりますが、特にお膝元の出雲は素晴らしいように思います。

 石見の中で先祖供養祭は江津に一つありますが、さらに12月より浜田で始まりました。信徒の皆様のご協力を心から感謝申し上げます。何よりも喜んで真理を実践することが、その人の幸福に繋がります。来年はさらに進歩発展するでしょう。

 神性表現も、絵手紙や聖歌なども盛んに行っていただきました。聖歌は夏にチャリティコンサートを開催して天国浄土のような思いを体験しました。聖歌隊の皆様が天使のように見えました。その他のご出演の皆様も大変素晴らしかったです。少額ですが、ユニセフに寄付させていただくことができましたことは、うれしいことでした。
 1月は絵手紙絵封筒展が開催されます。すでに1500点以上が集まっておりまして、担当者の皆様、また絵を描いて下さった方々に心より感謝申し上げます。
 この展覧会は、総裁先生より神性表現の意義をご教示いただき、それに従って行うものであります。総裁先生に心より感謝申し上げます。
  島根は総裁先生がお示し下さる方向に全力で参らせていただきたいと存じます。

 インターネットの世界では、写メール俳句のご投稿が教化部のホームページにおきまして盛んに行われました。素晴らしい!の一言に尽きます。ひまわりちゃんブログも始まりました。青年会のブログも更新が多いです。ホームページを開く人が7人も出てきました。 また、本部で「ポスティングジョイ」が始まりまして、島根の皆様が素晴らしいご投稿をしておられまして、盛り上げてくださっております。心からご協力に感謝申し上げます。
 12月31日のポスティングジョイでNTさんと言われる方が、「来年もジョイの投稿を大いに行いましょう」と呼びかけておられました。どうぞ、島根教区の皆様、大いにご投稿下さい。
 携帯で見ることが出来ますし、投稿ができるようです。研究いたしまして年明けに皆様にご紹介させていただきたいと存じます。

 相愛会・白鳩会・青年会の組織活動では各組織が大変活発に活動を展開しておられますのを大変うれしく思います。幹部・会員の皆様方に心より感謝申し上げます。
 栄える会と生命学園の活動もかなり活発化して参りました。ご協力を心より感謝申し上げます。

 島根の信徒の皆様、島根以外のこのブログの愛読者の皆様、今年一年間、本当に有り難うございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 来年も微力ながら皆様のお役に立つことが出来ますように努力させていただきたいと念願しております。できますれば、総裁先生の御心を、誰よりもこのブログの読者の皆様がご理解され、ご実践されますように、念願しつつ今年一年間のブログを終了させていただきます。
 皆様、本当に有り難うございました。どうぞ、よいお年を!

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月30日のブログは、「2009年を振り返って」です。さまざまな事象につき、お書きになっておられます。最後に、「森の中のオフィス」の着手開始について書かれております。拝読下さい。

※今夜は大晦日であるが、地方講師昇格受験の方が4人、スカイプを使用して一時間学習した。今日は音声もよくてうまく学習できた。途中で突然に断線したが、単なる私のパソコンのコンセントへの接続が外れていただけだった。(笑い)全員合格をめざして頑張っていただきたいものである。

 中内 英生

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December,30,2009「若い頭脳集団」

December,30,2009「若い頭脳集団」
今日の詩::わが庭に ただ咲き給う シクラメンPhoto_2

 サイエンスゼロ(2009/9/19)には若い頭脳集団の会合が紹介されていた。国際生物学オリンピックが今年初めて日本で開催されたが、これは国際科学オリンピックの中の一つである。会合は英語を使用し参加者は高校生だ。会場はつくば国際会議場だった。金メダルや銀メダルが授与されるが、千葉県立船橋高校3年生の大月亮太君が見事に金メダルを獲得した。立派なものである。 

 もうひとつ、番組で印象的な発言があった。江崎玲於奈さんが、ダイオードを作ってから16年後の1973年にノーベル物理学賞を受賞した。一人の女子高生が質問した。「ダイオードを作ってから受賞までの期間をどう思うか?」。江崎さんは言った。「それはノーベル賞の選考委員会が決めることだから、そちらに聞いてもらいたいね」と。「あなたがノーベル賞を受賞したいならば、長生きすることが大事だね」。やはり、長生きは大切なようです。長く生きて貢献することは、今後の私たちにとっては大切なことでありましょう。

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2009年12月28日のブログは、「古い記録 (13)」です。同人誌を発行しておられたことや「薔薇」の詩が書かれております。拝読下さい。

※天皇陛下ご即位20年に際しての皇后陛下のご発言で、「高齢化が常に”問題”としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。」「90歳、100歳と生きていらした方々を皆して寿ぐ気持ちも失いたくないと思います。」というお言葉であった。島根は、70歳以上の会員さんもたくさんおられるが、ご年配の方々は教区の財産であると考えており、心から感謝し、ご尊敬申し上げる次第であります。
 年の暮れ 老いも若きも 小走りに 

※来年は、新しい自分が誕生するように思える。他から与えられた新しい自分の誕生であるならば、再び他によって消滅するだろう。しかし、そうではなく己の内からの新しい力が発現して新しい自分を形成することになると、それは本物である。自分の実力が出てきた時に初めて多くの他者に対してお役に立たせていただくことが出来る。そんな自分にぜひともなりたい。

※日曜美術館(2009/9/6)で、ゴーギャンを放映していた。100年前の大作の中に、「我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?」というメッセージの絵は有名だ。
 ゴーギャンは株売買の仕事をしていたのが、経済不況の末にその仕事を止めて画家となる。その後、家族を捨ててタヒチへと向かった。文明の中にいることへの矛盾を感じたとされる。
 最後の大作を描いた後で彼は大量のヒ素を飲んで自殺を図ったが未遂に終わる。「我々は…」の言葉は、絶望の末の言葉であると、コメンテーターの荒俣宏さんが語っていた。
 タヒチで彼は野生と本能を解放したとされる。御教え的にいうと迷いの解放でありましょう。その後、フランスで絵画展を開くが殆ど売れなかった。失望したゴーギャンは、タヒチに帰る。しかし、タヒチの妻はすでに他の男性と再婚していた。そして自分の身体も病に冒されていた。そこにフランスの愛娘の死を知らされることになる。そんな、絶望の末に、歴史に残る大作を描いたのだった。それは、自分の生活と思考を人類的問題として捉えて表現したところに、ゴーギャンの魅力があるとされる。
 私たちの人生も、自分の問題を解決する段階では個人的なものでしかない。しかし、それを御教えによって解決し、さらに菩薩道を歩みつつ、自己の救われた体験を他人の救いのために提供して参考にする時、自分の抱えていた問題は、他を救うための基礎力をつけるための体験であったと考える時、劣等感が消滅する。自己の迷いさえも公のものとして、他の救済のために活用する時、無駄なものは一つもなかったということになるのではなかろうか?『ゆいま経解釈』に曰く、「迷いは悟りの元である」と。

※今夜も、昇格受験グループの学習会を行おうと、スカイプを使用したが、うまく行かなかった。私はスカイプの知識が少なすぎるようだ。島根でどなたか、詳しい方がおられたら教えていただきたいのだが…。
  今日はいろいろと書き、雑記的であります。あしからず。

 中内 英生

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December,29,2009「認めの論理」

December,29,2009「認めの論理」Photo
今日の詩::寒中に 咲きて笑顔の ツバキ姫

 ロンドンの霧は詩人がそれを詠った時から存在に入った、という。実はそれまでも存在したのだったが、詩人が言葉で認めるまでは人々の心の中に入ってこなかったということだろう。

 産経新聞(2009/11/26)には、「芸術は爆発だ」の岡本太郎氏のことが書かれていた。テレビで一度見たことがあるが、不思議な方だった。私が若い頃に、大阪万博で作品「太陽の塔」を見た。
 この記事の終わりの方に、次のように書かれている。
『人間は生きる瞬間、瞬間、自分の進んでいく道を選ぶ。そのとき、いつでも、まずいと判断するほう、危険なほうに賭けることだ。(中略)黒い道を選ぶのだ』と。
 その文章を読むだけでも普通とはかなり変わったスゴイ人だったように思える。

 これは、安易な道よりも困難な道を選べという意味だろうか。『愛は刑よりも強し』によると、スターデーリーの師であるライファーは、デーリーが刑務所から出る時に次のように言ったという。「自分の最も不得意なことを職業に持ちなさい」と。
 個人的なことで申し訳ないが、私自身は○○の学習を8年間続けている。通っている○○○教室が倒産しても通い続けている。しかし、レベルは未だに中級の域を出ない。しかし、不得意であることをし続けることが自分の努力を強いられるので、頑張ろうという意欲が出てくるのは否めない。

 が、しかしここではそんなことを紹介したいのではない。「縄文の発見者・岡本太郎」との観方である。次のような内容だ。

 岡本太郎は戦後まもなく、縄文の発見者となったという。べつに掘り当てた訳ではない。東京の博物館で土器を見かけたのだが、当時の縄文土器は「どのくらい古いか?」とう考古学的興味の対象でしかなかった。その「縄文」に対して、パリで民俗学を学んだ岡本太郎は、その造形に古代人の精神生活が現れていると指摘して、奇怪な土塊に新たな意味を付与したのであった。

 『日本の伝統』(光文社)によると、次のように書かれているという。
《このような反美学的な、無意味な、しかも見る者の心情を根底からひっくり返す、とてつもない美学が、世界の美術史を通じて見られるでしょうか》
《これらは普通考えられている、なごやかで繊細な日本の伝統とはまったく違っています。むしろその反対物です。》

 岡本は、縄文と弥生の間で「美の観念が断絶した」と指摘した。弥生式には現代に直結する感覚がある。だが縄文式のダイナミズムは異質だと指摘した。また、次のようにも書いているらしい。

《非情なアシンメトリー(左右不均衡)。そのたくましい不協和のバランス。これこそわれわれが縄文土器によって呼び覚まされ、身にとらえなければならない、大きな伝統的感動であると信じます》

 この一文が、日本に於ける縄文文化研究の幕開けを告げたとしている。
思想家としての岡本を描いた『岡本太郎の見た日本』の著者の赤坂憲雄さん(東北芸術工科大学大学院長)は、次のように評価する。
「遺されたものに精神世界が宿っているとう定義こそが重要だった」と。

 私がかつて生活していた金沢市の自宅のすぐ近くに広範な縄文時代の最初の発掘遺跡があったことを記憶している。ここは有名な遺跡だった。
 さらに岡本の行動の中は、「認めの論理」が展開する。

 縄文を発見した岡本は、日本人が「伝統」と信じているものは「惰性」に過ぎない、と断じている。東北や沖縄など全国各地を巡りながら、論考を深めていった。単なるナショナリズムや日本回帰ではなく、根無し草的なインターナショナリズムでもない、思索の足場を求めていったという。

 グローバリズムという名の文化的均一化が進む中で、独自性のある知や芸術に光を当てることだったという。現代人なら、その意味も必要性も実感できる。しかし、それは「当時は理解できない思想だった」と赤坂さんはいう。

 ここ出雲にも全国展開の大型店舗が多数出店している。その店舗は強力であるので、弱小店舗はつぶれる。そして個性的なお店は消滅し、コンビニの発達によって、個々人の会話は減少し、地域性がなくなる。それが現代であろう。「地域文化が失われることは問題ではないか?」とかつて総裁先生はブログの中で書いておられた。
 どうも、岡本は時代のかなり先を読み取っていたようだ。認めの論理は極めて重要である。

 私は、この島根には四つの文化圏があるように思えるとして、隠岐、松江、出雲、石見と考えた。それぞれが特徴と良さを持っている。それぞれの良さを生かしていくことにより素晴らしいコラボレーションの存在する強力な教区になると考えた。もちろん共通の部分が大いにある。共通の部分と、それぞれの特徴を考える時、地域の本質を生かすことができるのではなかろうかと考えられる。それがうまく組み合わされると、島根県民全体を生かす運動がわき起こる。

 生長の家の教義にしても、笑いの効果や、無限力の存在やなどは谷口雅春先生がお説きになってから、70年80年後に一般化していることを考えても、時代の先を行く考え方を持つことは大いに必要だろうと思われる。

※今日は、午後の時間に昇格受験勉強会を行ったが、夜はスカイプで数人で学習会を行った。まだ操作は十分ではないが、これを活用できるようになると、すごいことになる。こなしきれるようになりたいと願っている。

※日経新聞(2009/12/24)では、次のように書かれていた。賛美歌で「主われを愛す」というと、実に荘厳な気持ちになる。川上善子牧師によると、大阪弁では、「えっさん わてすいてはる…」。博多弁では、「えっさん わいすいとうと」となるらしい。では、出雲弁はどうだろうか?地元の出雲弁をよく知る人の話によりますと、「かんさんは、わたしを、ほそごとして大事にしてごさっしゃる」だそうである。よく読むと分かるようだが、聞いても分からないかも知れない。出雲弁の修行をつなねば!

※朝日新聞(2009/12/29)の天声人語に、「地道とは元々、馬を普通の速さで進ませることで、反対語は早道だという。寝ていてもうけ、楽して稼ぐ「ニセ早道」は、いずれ行き詰まる」。…このように表現されている。信仰も同じだ。急ぐことはない。実力を身につけることが何よりも重要である。「人生百年」の予定で、御教えを拝受させていただいたご恩返しの人生を生きて参りましょう。

 中内 英生

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December,00,2009「T地方講師の”生命の教育”講話」

Photo December,00,2009「T地方講師の”生命の教育”講話」
今日の詩::寒月や 夜の静寂に 野鳥鳴く 

  12月25日に、生教会の学習会が行われたが、T地方講師担当の発表だった。T氏は、基本的な教義を諄々として説明した。この学習会は、来年度から始まる教育フォーラムのためのものである。レジュメを送っていただいた。許可をいただきましたので、コメントを入れながら、内容をご紹介いたします。テキストは、『生命の教育』を使用した。

 生命の教育とは「人間神の子」の唯神実相哲学を根幹とした教育である。
具体的には①観の教育、②引き出しの教育、③愛の教育、④今を生かす教育、⑤解放の教育、⑥秩序を尊ぶ教育、中心帰一の教育である。
  これらは、端書きに書かれている内容だ。熟読吟味していただきたい。

 ①観の教育とは、子供の神性はすでに円満完全であると観て、たとえ現象に悪が現れていようとも、たとえまだ天才が現れていなくてもその奥にある実相を観ていくのである。
 この理念が根底にあって、私たちの教育運動は展開していくのだ。指導理念があるということは何とありがたいことだろうか。

 ②引き出しの教育とは、コトバの創化力によって、子供の神性、仏性を引き出す教育、善いところを認めて讃めて無限力を引き出す教育である。
 つい悪いところを直そうとするがそうではなく、内在する善を認めて褒めて表す教育法であることを忘れてはならない。

 ③愛の教育とは、七つの光明宣言の4番目にも「吾等は生命の糧は愛にして祈りと愛語と讃嘆とは愛を実現する言葉の創化力なりと信ず」とあるが、子供の実相円満完全を祈り、讃め、愛の言葉をふりそそぐことによって子供の生命は喜び、無限に生長するのである。夫婦大調和して明るい家庭作りも 大変重要である。
 最後の行は、実践編であろうと思われる。夫婦が調和していない家庭は、コンセントがうまくはまっていない電気器具のように使用が難しくなると思われる。

 ④今を生かす教育とは、子供の成長、発達段階に応じて、内部生命の発現に応じて施す教育である。
 これを適宜行うことが大切であろう。やる気を起こした瞬間に親が行動を起こす。ひよこが殻の中で外に出ようとする時に、内からコツコツと叩いた瞬間に、親鳥が外から同じ殻の場所を叩くということであり、それが子供を生かすことになる。

 ⑤解放の教育とは、子供を心配の念でしばらず、又、将来このような人間(職種など)になって欲しいなどという念でしばらず生命を完全に解放するということである。
 人間には5つの願いがある。①愛されたい、②認められたい、③ほめられたい、④お役に立ちたい、⑤自由になりたい、これらを叶えてあげるのが教育である。
 解放の教育とは、何と!親が心配の念で縛っていたのを解き放つ教育であるという。縛りは親自身にあったとは実に驚く。しかも、人間に宿る5つの願いを適えてあげつつ、無限力の神性を引き出すことが大切であろう。

 ⑥秩序を尊ぶ教育、中心帰一の教育とは、大和の理念達成のため、国を尊び、世界平和に貢献できる人材を養成する教育である。
 現代においては、日本の国を尊ぶと同時に、他国の実相を尊んで、世界平和のために尽くすことが肝要である。他国に親切にすれば、必ずその親切は帰ってくる。与えよさらば与えられんである。(終)

T地方講師(準教務)のHPをご覧下さい。

http://nikonikoyoshiko.cocolog-nifty.com/blog/

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月27日のブログは、「古い記録 (12)」です。学生時代の御文章に現在のご心境に通じるお考えの萌芽を見いだしつつ、論考を重ねておられます。拝読下さい。

※今日は、本格的にスカイプによる昇格受験の学習を行った。参加者は2名だったが、成功だった。音声は若干不満が残るがまったく出来ないことから考えると大成功だろう。文明の利器が無料で使用できるのはありがたい。総裁先生が、「インターネットを利用することは、光明化運動の成果に雲泥の差を生ずると言われたが、まさにその通りであろう。またお言葉を実現していかなければならないと思う。ポスチングジョイにしても、島根の信徒さんは果敢に取り組んでおられる。島根信徒の進取の精神に大きな拍手を贈りたい。

 中内 英生

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December,27,2009「流人絵師 英一蝶」

Photo_2 December,27,2009「流人絵師 英一蝶」
今日の詩::冬枯れに 肌引き締まる 遊歩道  待つは家族と 温かき食

 英一蝶という絵師が江戸時代の元禄年間にいたという。日曜美術館(2009/10/04)で放映していた。HANABUSAと読む。彼は1652年から1724年まで生きた大人気の絵師だった。しかし、流罪となる。島流しになったにもかかわらず、島ではたくましく絵を描いては販売し、奇跡的に赦免された。そして江戸に帰り咲いたのだった。再起というより新世界にチャレンジする時につけた名前が英一蝶であるという。

 一蝶は絵を狩野派で学んだ。その後、遊郭などで太鼓持ちという宴会のコーディネーターの仕事を行うようになる。20代で芭蕉に出会っている。彼は綱吉の時代に、生類憐れみの令が出されたが、馬が「良い時代になった」と言っている絵を描いた罪で三宅島に流罪となる。本当の理由は、吉原で大名に散財させ、幕府の怒りを買ったからであったとも言われている。
 島流しの三宅島では普通の流人は、失意のうちに死んでいったが、絵を島々の人々に売って生計を立てていた。しかも、江戸からの注文の時には大いに腕をふるったという。
 
 彼は、みくら島の稲根神社に絵馬を奉納している。跳ねているような黒い馬は、決して流罪には屈しまいとする、流人絵師の気骨が顕れている。
 新島には17点の作品がある。恵比寿をよく描いている。掛け軸も残っているが毘沙門天や縁起の良い絵ばかりが目立つ。これはおそらく「日時計主義」だろう。この流罪の時間に、人が喜ぶような絵を描いて生計を立てた。自分で木の皮を削り、表具まで作っている。 

 新島の梅田家が一蝶の生活を支えた。この家に6点の一蝶の絵画が残存している。
1709年、突然奇跡が起こった。将軍綱吉が死んだので生類憐れみの令に関する罪は許されたのだった。御赦免である。12年間に及ぶ島での生活が終わった。58歳であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E4%B8%80%E8%9D%B6
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2009/09/post-a44f.html

「にわか雨ならいつかは晴れる」といって、どんな境遇にあっても立ち向かっていった一蝶の恐るべき生命力を絵の中から読み取ることができる。そして、流罪後も決して希望を失わない日時計主義的な生き方で生活し、自己の才能を発揮して、他を喜ばす作品を作りつつ、相手が喜ぶように真心で制作を続けた。これは重要なポイントではないだろうか。

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月26日のブログは、「ブラジルからの便り」です。先生が植えられたイッペーの木について書かれております。
 最後に重要なことが書かれております。
植樹です。

現在、森林伐採によって排出されるCO2の量は、世界の全交通機関と運搬手段から排出される量よりも多いとしておられ、地球温暖化抑制の具体的手段として、植林をしたり、森林を育てることをご教示されています。
 また、来年度からは、ブラジルの地に植林をするための募金活動などが検討されているそうです。信徒が最も多いブラジルと日本が協力して、日本国内の生長の家の活動で排出される二酸化炭素を、ブラジルの植林によって吸収するような直接的な“炭素ゼロ”化のことです。拝読下さい。

※京都の天台宗青蓮院門跡には青い不動明王が安置されている。「青不動」というのだそうだ。このお不動さんの意味に私は感動した。「一切の人を救わない限り、その場を動かないという不動の姿が表されている」という。私たち島根の信徒も、近所、周囲の方々に愛を行じつつ、真理をお伝えして、他者の救いが成就しない限り、その場を動かないというくらいの決意で、各地区の誌友会を開催したいものです。

※今日は、五者会議が午後まであった。この時期はやはり講習会がメインテーマになる。色々と動きが出てきます。楽しい推進活動となります。

※昨日の地方講師受験勉強会で打ち合わせたが、昇格の受験勉強は、スカイプを使用しての学習をたくさん行うようになりそうだ。画像で顔を見せるのは余り好まれないが、指導する人だけが使えばよいと思う。こちらは書類を見せたり、資料を示したりでこちらの様子が相手に分かることが必要だからである。ともかく、島根は長い。昨年もスカイプを使ったが、今年も使用する予定である。

 中内 英生

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December,27,2009「正倉院宝物と光明皇后様」

December,27,2009「正倉院宝物と光明皇后様」
今日の詩::橋の上 歩きてせわし 年の暮れPhoto_2

 日曜美術館(2009/11/8)では、正倉院(1200年前建立)が紹介されていた。心を打たれたのは、光明皇后様の生き方である。愛深い女性であられたらしい。ある時、1000人の人に湯浴みをさせたいという願をかけられた。当時はサウナのような施設で病をいやしたのだろうか。一説によると、ライ病患者が来て、膿血を吸って治療されたという。するとその病人は、忽ち「東方あしゅく如来」に変貌したとされる。

 格納されている宝物は、宮廷のインターナショナルなネットワークが感じられる品々が多い。しかも、時空を超えて同じ美に対する感性に浸れると言うことは何と素晴らしいことであろうか。

※白州次郎は吉田茂のブレーンとして活躍し、通産省を作ったとされる。その妻の白州方子さんは、骨董に趣味があった。
 「私のこだわり人物伝」(2009/9/15)で放映されていた。元首相の細川氏が子供の頃、彼女はよく家に出入りしていたという。
 そして細川氏は白州正子さんにいろいろと教わったらしい。彼女は、本物であろうが偽物であろうが、自分が気に入った骨董はとことん愛したという。
 「自分がいい」と思った骨董は断固として「これがいい」と言ったという。彼女は言う。

①古い伊万里の偽物でも好きならばそれでいい。

②人の骨董も2分見ればすべてが分かる。

③五、六十年もやって、やっと骨董も魂があるってことを知ったの。

④その魂が私の魂と出会って、火花を散らす。人間で言えば一目惚れって言う奴かな。

⑤ドキドキさせるものだけが美しい。

⑥随分と色々のことを教えてもらった。あたしの欠点も長所も、いかに生くべきかということまで。(『私の骨董』より)

 素晴らしい信念ではなかろうか。さすがに白州次郎氏の奥様である。

 中内 英生

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December,26,2009「CO2、25㌫削減宣言をどうするか?」

Photo December,26,2009「CO2,25㌫削減宣言をどうするか?」
今日の詩::年賀状 インク欲しいと 子らの声
※年賀状、プリンター用インク、パソコンの年賀状ソフトなど、文明が進化すると年の暮れは出費が多いです。年賀状と筆一本の時だが懐かしい。

 総裁先生がブログにお書きになっておられたように、日本は25㌫削減のスローガンをおろすべきでないと、日経新聞(2009/12/20)には書かれていた。内容を吟味してみる。

 小見出しに「低炭素社会の設計急げ」とある。日本は25㌫削減の高い目標を掲げただけで、実現を裏付ける政策がないとしている。景気下支えも狙ったエコポイント制度など、一時的な対策だけではなく、日本を低炭素社会に転換するための持続的な制度が必要とのことだ。

 欧州諸国は、低炭素社会への制度作りをほぼ終えているらしい。環境税や排出量取引制度だけではない。例えば、コペンハーゲンの主要部はゴミ焼却の熱を利用した地域暖房が完備している。欧州各国政府は自然エネルギー導入や公共交通網の整備なども法律を定めて後押ししているらしい。

 米国も議会で温暖化対策法案が成立すれば、「脱石油」に向けて動き出すはずである。
『日本は米中などの参加を前提にして25㌫削減の旗を降ろすべきではない。』
 鳩山政権は化石燃料に課税する温暖化対策税(環境税)の導入でふらついているが、環境税や排出量取引などを含む体系的な政策導入の準備を着々と進める必要があるとしている。

 温暖化対策が日本企業の国際競争力に深刻な影響を与えない方策も同時に示し、低炭素社会の制度設計に早急に着手すべきであるとしている。
 低炭素社会への方向性を示すことで企業は環境投資を決断しやすくなり、住宅や自動車を選ぶ国民の判断に迷いがなくなる。低炭素化につながる技術開発や社会のシステム再構築を核にして、新たな投資や需要を導く成長戦略が求められているとのことである。

 以上、大体の内容だがここまで来た環境政策は当然、後に退くべきではないだろう。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2009年12月24日のブログは、「QRコードで送ります」です。島根の皆様で啓太遺伝ををお持ちの方はどうぞ試して下さい。素晴らしいコミュニケーションが開始されます。

※今日は、受験勉強会があった。皆様は実に熱心だ。御教えを正しくお伝えする地方講師の使命は大きいと言える。そして、真理をより深く学習することは本当に楽しく、時の経つのを忘れてしまい、いつもまにか2時間、3時間と経過しているから不思議だ。

※島根は今後、写メール俳句の投稿を維持しつつ、本部のポスティングジョイへの連携を強めて参りたいと存じます。素晴らしい世界が待っています。

 中内 英生

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December,25,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子(了)」

Photo December,25,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子(了)」

今日の詩::肩掛けの 温もりうれし クリスマス
※サンタさんにいただいた、肩掛けです。温かいね。

 さて、今日で最終章です。
新国立劇場で上演されたモーツァルトの「イドメネオ」では、声の細いヒロインとの繊細なバランスを浮き立たせ、モーツァルトのオペラの本質が、個々のアリアの華やかさではなく、人間関係の「あや」の描き方にあると気づかせたという。
(この文章の意味は、私にはよく分かりません。かなり専門的なので…。)

 08年に新制作上演されたバオロイト音楽祭の「パルジファル」では、主人公の手をとってベッドの上でぴょんぴょん跳ねるコケティッシュなキャラクターを体当たりで演じたらしい。演出家シュテファン・ヘアハイムの若い野心に、できる限り寄り添おうとする姿であった。

 「皆の要となるために、自分がどう動き、歌い、振る舞うべきか。これを見抜くためにすべての勉強がある」と。
(島根の皆様、いかがでしょうか。この修行精神は!相当に優れているのではないでしょうか!)
 オペラのけいこに入る前には、他の歌手のパートまで、すべて頭に入っているという。歌詞や入りのタイミングを伝えてくれるプロンプターは、事故を未然に防ぐのに不可欠な存在だが、藤村さんは「私はいいから、他の人を助けてあげて!」という。完全に台本全体が頭に入っているからであろう。
 保険を断ち切り、自らをギリギリのところまで追い込んでこその表現であるとしている。

 たとえば、「痛み」を意味する「Schmerz」(シュメルツ)という言葉を歌う時、これまでの人生で、藤村さんが実際に感じてきた様々な痛みが「Sch」や「Z」などの子音のこすれた響きに結ばれて再生するのだ。初恋の痛みは、ちょっぴり甘いそよ風のように歌う。深い愛を失った痛みは、心に刺さる突風のように表現する。

 藤村さんは、「大好きな歌を歌い続けたい」。そんな素朴な願いを打ち破られたドイツで、歌う喜びを再び見つけたのだった。葛藤が、芸術に生きる覚悟を与え、歌う喜びを何倍もにして返してくれたのである。

『さまざまな人を受け入れること。それが芸術家として生きることなのだ』。そう今は感じているという。
(この言葉も教えられる言葉だ。)

 彼女は言う。「歌手は、死ぬまで歌い続けてこそ歌手である。楽譜を1000回見たら、1000回新しい世界を見つける。そんな感性の鋭敏さをどこまで持ち続けることができるかが勝負だ」と。 

 私たち島根の信仰者である信徒も、死ぬまで善なる神を信仰しつづけてこそ、真の信仰者であり、谷口雅宣先生のお弟子でありましょう。1000回、聖典や聖経、就中、総裁先生の御著書を拝読して、1000回、新しい世界を発見する。この生き方と覚悟が必要ではないでしょうか。

 藤村さんの短く切りそろえた黒髪も、もう欧米人のように染めようとは思わない。
それは何故か?「日本人である自分からにじみ出てくる何かを、そのまま世界の聴衆に示したいと思うからだ」と。

 最後の文章は私たち島根の信徒の魂を強く打ちます。日本人は日本人でなければ表現できないものがある。島根県人は島根県人でなければできない優れたものがある。私はそう思います。だから、私は、出雲弁は大好きです。ダンダン。
(終わり)

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月22日のブログは、「古い記録 (11)」です。「信仰と生活の一致」をお考えになりながら、学生時代の精神生活やブラジルでの青年会のことなどを語っておられます。拝読下さい。

※今日は、午前中は生教会の学習会があった。着々として進んでいるようだ。来年が楽しみである。午後は、雲南の先祖供養祭に行った。これもまた、着々として進んでいる。島根の信徒の皆様は本当に素晴らしいです。

 中内 英生

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December,24,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子③」

December,24,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子③」
今日の詩::師走には 聖者の行進  見るような

 仰ぎ見る 光る大山 雪斜面Photo  

 続きです。
藤村さんは、95年、オーストリアのグラーツ歌劇専属歌手のポジションを得た。そしてヨーロッパでデビューした。順調にキャリアを重ね、2002年にはワーグナーの殿堂、バイロイト音楽祭の舞台に立ったという。主役級としては日本人初だった。しかもこの直前、ミュンヘン国立歌劇場で新演出の「ワルキューレ」にも出演していたようだ。本場ドイツで話題の舞台を相次いで東洋人が席巻したニュースは現地メディアでも大きく報じられた。一躍世界の寵児となる。

 それでも、差別の連鎖から簡単に抜け出せた訳ではなかったという。
風邪でも引こうものなら、いくらでも西欧人の代役が待っていた。道なき道の果てしなさに、再び心がくすんだことがあったという。なぜ、私は欧米人に生まれてこなかったのか。…黒く長い髪を染めたところで、しょせん西洋人になることなどできないのだ。

 光を見いだすことが出来たのは、差別する他者への対抗心ではなく、なぜそこまでして音楽に向き合わずにいられないのか、という己への問い直しだったという。
(ここがポイントだと思う。私たちは御教えに生かされているが、人生に於いてつらい時もあるかもしれない。しかし、なぜそのつらさから逃げずに使命に向き合わなければならないのか?と深く考えていく必要があろう。その答えは各自が出す必要がある。次のような谷口雅春先生の祈りのお言葉がある。『住吉の大神、宇宙を浄め給う。宇宙浄めの天の使いとして生まれしが、(自分の名前を言う)なり。神は私に使命を授け給う。今日何を為すべきかを教え給う。その教えられたる使命を実践することが、私の生き甲斐であります。…すなはち、神が自分をこよなく愛し給うこから、如何なることがあろうとも、神様のご使命に応えなければならないのではなかろうか)。

 藤村さんは、「自分の骨を削るような気持ちで歌わねばならないのは、この世界で生きていく新しい骨格をつくるためなのだ、と気づいた。
 人種や文化の違いを超えた、あなたなりの『核』を見つけなさい。そう歌の神様が教え、学ぶ機会を用意してくれたのだと」
(これは日時計主義だと思う)

以来、禁欲はさらに徹底されたという。点と点をつなぐように、空港、ホテル、演奏会場だけを行き来するのである。風邪を引かないように、人混みには行かないし、美術館の長蛇の列にも並ばないという。ひたすら自分の肉体と対話し、舞台に向けてコントロールしていく日々である。それはアーティストというよりはむしろ、アスリートのそれと似ていると書かれている。

 (私自身は、普段の日は自宅、事務所、会場との行き来がほとんどである。余計な事を考えない。だからこそ続けることができるのではないだろうか?と思う。家に帰ったら、ブログを書く。これは読んで下さる島根の信徒さん宛の私の毎日の信仰手紙である。だからこそ、まったくアルコールを口にすることはなくなってしまった。)

 (続き)

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2009年12月21日のブログは、「“核テロリズム”の危険」です。アメリカの核戦略の転換について詳しくお説き下さっております。また、日本との関係や北朝鮮との関係などにも影響があることが述べられております。テロリストによる核攻撃はいまだかつて受けたことはないが、その危険性は十分あるようです。かつてNHKテレビで詳しく説明しておりましたが、都市部で使用された時の被害はものすごいようです。現代の世界を知る上で、島根の信徒の皆様にとって必読です。

※今日は、早朝行事担当の後、一日中ゆっくりと本を読んだり、散歩をしたりしてすごした。夜は、三女が作ったデコレーションケーキをみんなで食べてささやかなクリスマスを祝った。
※藤村実穂子さんの文章を連載しているが、私自身も学ぶことが多い。信仰的というか自分に厳しいというか、日時計主義というか、参考になることが多いのではないだろうか。

 中内 英生

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December,24,2009「ご使命」

December,24,2009「ご使命」
今日の詩::赤飯を 押し頂きぬ 使命受け 未だ受賞に 耐えぬ我が身を

 先日の地方褒賞の授賞式での受賞者の一人からのお言葉に私は感動しました。

 中内 英生
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December,23,2009「メゾソプラノ歌手 藤村実穂子②」

December,23,2009「メゾソプラノ歌手 藤村実穂子②」
今日の詩::すめらぎは 菊薫る日に 生まれ給う Photo_2 (天皇様の誕生日に描いた絵と俳句です)

 華やかなステージは、歌手にとっては孤独な戦場でもあるという。スポットライトにさらされる。期待に満ちた観客の視線を浴び続けなければならないようだ。それが数時間。喝采を笑顔で受け止めて、ようやくストレスやプレッシャーから解放されるという。プロの厳しさがある。

 しかし、今年2月、久々の帰国リサイタルで歌い終えた藤村さんの姿は、その姿とは全く対照的だったという。
 聴衆に一度だけ深々と頭を垂れると、毅然とした足取りで袖へ歩いていったと書かれている。祈りを終えた修道女のような静謐さと、女王のような風格を感じさせた。独特のたたずまいは、いつしか拍手の色合いさえも変えていったという。
 彼女は言う。『私は神様に仕えているだけ。称賛を受けるために歌っているんじゃない』と。
 メゾソプラノ歌手は、かつてカストラートと呼ばれる虚勢歌手が演じていた男の役を担うことが多いという。単なる美声以上に、ジェンダーを超えた存在感が求められる声域で、日本人で初めて本場の歌手達と方を並べたのが藤村さんだという。

 もともと、表現力だけでなく、歌劇場にも耐えることが出来る十分な声量を備えた逸材として彼女は知られていたという。東京芸大在学中から将来を嘱望され、大学院を終えると1992年にドイツに留学している。

 いくら日本で優秀でも、こちらではフジムラの名は誰にも知られていない。『まずはオペラで名を出さないといけない』と、友人のアドバイスで、オペラ劇場のオーディションを受け始めたという。
 しかし、聖俗を突き抜けたところにあると思っていた芸術に、なまなましい差別の現実が横たわっていた。
 スポーツと違って明確な物さしがなく、好みや主観で判断が左右される世界である。初めて受けたオーディションでは、「君の歌は素晴らしい。でも、私たちはドイツ人を採用する」と言われて、落とされた。

 幼い頃から、歌っていればそれだけで幸せ感があった。異国の地の音楽を選んだが故に味わうことになった産みの苦しみである。劇場を往復する路面電車で、乗り合わせた人々がゴミのように自分を見つめている気すらして、心がすくんだという。この困難な内部的試練を藤村さんがどのように克服したのだろうか?

 しかし、歩き始めた以上、憤っている暇はなかった。どんな小さな役でも人の10倍練習し、工夫を重ね、公演ごとに少しずつ成長していった。『いれしかない』と覚悟した。

 朝4時に起床し、夕方まで楽譜に向き合う習慣を自らに課したという。自転車やジョギングで体力作りを重ね、肉や酒はおろか、コーヒーなどのカフェイン類しか口にしない。家庭菜園でとった野菜や玄米で自炊した。10年かけて20キログラム以上、体重を絞り込んだという。
 これらの生活はまさに修行であろう。トップに立つには自己管理を徹底する以外にない。私はコーヒーはよく飲んでいる。これらも刺激物の中に入るのだろうか。
(続き)

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2009年12月20日のブログは、「古い記録 (10)」です。先生が、18歳の時、ブラジルへ行かれた動機とブラジルでのご感想、そしてそこから受けた衝撃が当時の先生のお考えに影響を与えつつあったことが書かれております。拝読下さい。

※今日は、松江道場で一日見真会があった。私は浄心行を担当させていただいた。浄心行を担当すると、初心に返ることが出来るから不思議である。島根は一日に一歩でも半歩でも前に進みたい。そんな気持ちである。

 中内 英生

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December,22,2009「メゾソプラノ歌手 藤村実穂子①」

Photo December,22,2009「メゾソプラノ歌手 藤村実穂子①」
今日の詩::去る者を 追わぬは終(ツイ)の 四無量心

 藤村実穂子さんという人のことが朝日新聞(2009/12/7)Globeに掲載されていた。こんな素晴らしい歌手がいることさえしらなかった。彼女の生き方は島根の信仰者にとって少し参考になると思われるので、ご紹介します。
 http://www.mihokofujimura.com/discography_jp.html

 彼女は、東京芸大大学院修了後、ミュンヘン音大大学院に留学したという。マリア・カナルス・コンクールなど数々のコンクールを制覇し、(制覇とは第一位ということだろうか?)オーストリア第二のオペラハウス、グラーツ歌劇場の専属歌手に就任した。
 モーツァルト、リヒャルト・シュトラウス、ワーグナーのオペラに定評があるが、シューベルトなどのドイツ歌曲も得意とするらしい。ミラノ・スカラ座やウィーン国立劇場など、世界各地の舞台に立ち続けていると説明されている。インターネットでウィキペディアなどで調べてみたが、すごい人のようだが、それ以上に宗教の求道者のような生き様が強烈に印象に残った。

 self-rating sheet すなはち、自己評価シートはどうか?
彼女は言う。自分にどんな力が備わっているのか?集中力、独創性など編集部が提示した10種類の力に順番をつけてもらう予定だったが、藤村実穂子さんからの返事はこうだった。『ジョギングをしながら私なりに一生懸命考えてみたのですが、自分にはこういう力がある、と言えるようなところは、私の中にはどう考えてもないような気がして…」と。自信がないというよりも、ものすごい完成度の高い自分を見つめ、自覚し、それに現象の自分が付いてきていないという思いなのだろうか?

 野心渦巻く音楽業界で、この「自らを消す」姿勢が逆にずば抜けた存在感を示しているのは確かだ、という編集者のコメントではある。このコメンテイターの言葉もすごい!。
 評価シートの代わりに、「何かよい方向に作用した」と感じる自分の傾向について語ってもらったという。
・生きている限り、自分をよりよくしたいと思う。
・すべての経験を「ありがたい」と思う。
・困難にぶつかったら、天から「お題」をいただいた、と思う。
・軽い風邪をひいたら、天が「休め!」と言っているんだと思う。
・第三者的に、自分を傍らから見る視点を持つ。
・状況を立体的に把握するよう努める。内の声だけを聞いていると自己満足に陥りやすい からだ。
・いかに死にたいかを、常に考えている。これこそが自分の人生を生きるということ、自 分の人生と向き合うということだと思うから。
  (生長の家では、「死ぬ」ということを別の言葉である、『肉体なし』という言葉によって、自分の真の存在と自己に与えられた使命を把握する。)

 この記事の副題には、「歌の神様に仕える。おのれを”無”にする静謐さに、絶対的な存在感がそなわる」と書かれている。
 
 島根の皆様、いかがでしたでしょうか?藤村さんの言葉をそのまま考えると分からないことが多いのですが、み教えのフィルターを通して考えると分かりやすいのではないでしょうか?

※迷宮美術館(2009/12/17)では「緑と暮らした巨匠たち」のテーマで、アンリ・マチスの物語を放映していた。彼は壁に花や植物を描いた。この番組では、「緑と人間の共生」について論じていた。彼は、絵画は、生きる喜びや安らぎを与えるのが目的であると考えていたようだ。これも生長の家の日時計主義の神性表現に酷似している。また、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーという画家の作った家の理念が印象的だった。森の中のオフィスの考え方に少し似ているのかなと思ったしまった。

※今夜、隠岐の島から帰ってきた。明日は、松江で一日見真会がある。島根教区は、一歩づつ、一歩づつ歩むことだ。背伸びしても逆戻りする可能性がある。人作り、その前に自分自身の人作りが先決である。自分が成長した分だけ教区が拡大すると思う。隠岐は、最近やや内地の動きになじんできたようにも思う。いつも受け入れて下さり、熱心に伝道しておらえる隠岐の島の信徒の皆様に心から感謝申し上げます。

 中内 英生

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December,21,2009「量は質を生み、継続は力となる」

Photo December,21,2009「量は質を生み、継続は力となる」
今日の詩::ローソクの 姿いつしか 観音に
絵は有名な隠岐の島のローソク岩です。観音岩とも言うそうです。

 私たちの高い資質はどこから生まれるのでしょうか。それは練習の回数や量から生まれると私的には考えているのですが、その前提として人間のうちには神の子としての無限力の存在を認めなければならないでしょう。犬や猫に英語を教えても発音はできません。そのような口や脳の構造になっていないからです。

 ある人は、その道の専門家になるには一万時間必要であると言っています。「一万時間の法則」と言うのだそうです。もちろん、全力で精神集中してのことでありましょう。 一日3時間として、約10年間かかります。
 かなり昔の私が若い時に読んだ文章に、立花隆さんが書いた「量が質を生む」というのがありました。量は必然的に質を向上させるようです。続ける以外にありません。

 柳沢大輔さんの御著書で『アイデアは考えるな。』というのがあるそうです。「すごい企画を1個だすよりも、すごくない企画を100個出せと書かれています。ピカソは生涯2万点以上の絵を描き、エジソンはノートを3500冊を没にしたアイデアを書いていた。すごいアイデアを出している人は、その何倍もの「すごくないアイデア」を出している。まずは、「すごくないアイデア」をたくさん出すところから始めよう!」と結ばれている。
  それと同じように、ともかく何度も何度もやってみることだろう。回数は、必ず突破口を作る。

 ポツポツという水滴のしたたりも岩を穿つのだ。水はほとんど堅くない。しかし、岩をも砕くとは水は岩以上に堅いのではなかろうか。長い時間のうちに柔よく剛を制すである。余談だが、谷口雅春先生の御講話にこんな話がある。「鶏は胃の中に石を入れて食べたものを砕く。石をも砕くのです。その鶏を人間が食べる。人間の胃は石よりも強いのです」。こんな論法でした。面白かったので覚えていました。

※今日は隠岐の島に来ています。朝6時半に家を出て、隠岐の島へは松江の七類港から隠岐の島の西郷に行きました。海を渡るのに3時間です。今日は波は穏やかでした。午後1時半から夕食の一時間を挟んで夜八時半まで、受験勉強会が行われました。この地には地方講師さんがお一人ですので、複数の地方講師が誕生することは、この地区の発展に大いに影響を与えると考えられているからです。皆様、頑張っておられます。K地方講師が指導陣に加わってくれております。素晴らしいです。「すべては神の御栄えの顕れんがためなり」、です。今日はこれにて失礼します。

 中内 英生

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December,20,2009「現代アート」

December,20,2009「現代アート」
今日の詩::小鳥たち 春を待ちつつ 何想うPhoto
※彼らにとっては、「春」が待ち遠しいでしょうね。

 日曜美術館(2009/12/07)で現代アートを行っていた。これは「大地の芸術祭」というもので、テーマは「緑とおにぎりとアートの里」となっていた。越後妻有の出来事である。ここは高齢と過疎が進行している。ここに芸術家が農家の人と一緒にアートを作っている。最初は、農家の人々は他人事にしか思っていなかったが次第に身近に考えるようになる。

 結論から言うと、この地のアート化を通して、人々はここに生きて良かったと思えるようになったようだ。しかも少しずつお年寄りが元気になってきた。さらに、若い人も集まり育つようになってきた、という。この結論は正しいと思う。現在、島根の信徒さんは、総裁先生のご指導である「日時計主義の技能と芸術化」版として、絵手紙・絵封筒展に取り組んでいる。その結果、ご年配の方々が、見事な絵手紙を持参して来ている。「販売できるのではないだろうか」と思えるような作品だ。しかも皆様は讃嘆し合うので、とても元気になり、それに巻き込まれるように若い方々が作品を描いている。今日現在で、合計作品数が1300点を超えた。見事に総裁先生の御心のお応え申し上げている島根の信徒の皆様に心から讃嘆と感謝の言葉を捧げたい。

 さて現代アートの内容だが、これがまさに現代アートである。耳の形の造形、聞くことが大切だというメッセージだとか。ルーシー・ブリーチという人だ。コミュニケーションを通して人は変わるということである。

 まち針をさまざまな物体に指している。あたかも光を放っているように。17万個のまち針。この世界に生きるすべてのものが繋がっているということを表現しているという。松沢有子さんという芸術家だ。

 白い糸を天井からぶら下げている。なんと2600本である。石塚沙矢香さんというアーチスト。ほとんどが古い民家を利用している。その糸はというとお米で出来てる。住民からお米を粗末にしているという批判がでたので、すべてご自分で作ったという。お米を並べて、接着剤で線を作った。1年間かかった。

 鉄の輪っかで何かを表現しているのもあった。やはり古い民家を活用している。これらの民家は住む人がいないので朽ち果てる運命にあるが、使用することにより命をよみがえらせている。

 アンティエ・ツメルスという女性アーチストもいた。「内なる旅」として、ブナの森林の中に、青い目の形のものをたくさんぶら下げ、並べている。不思議な造形だ。

 旧真田小学校が廃校になった。その廃校を活用した。子供がトペラトトというお化けとともに遊んでいる。トペラトトは子供の笑い声を食べる。そして、子供と遊ぶ。トペラトトから思い出が飛び出す。そういう内容だ。田島征三さんという人が制作に取りかかった。流木で作っている。97歳の女性も手伝っていた。すごい!流木で作った子供は、ユウキ、ケンタ、ユカの三人だ。この子供達は、最後の在校生だった。校舎の外に飛び出すような芸術だった。何故、そういうものを作るのか?田島さんはいう。『記憶を大切にしているからこそ、明日が大切に出来るのだ』と。
 過疎ではある。しかし、最初に書いたような結論が出てきたのだった。

http://www.echigo-tsumari.jp/2009autumn/artworks/photo.php

※今日は、教区の谷口雅春先生のご生誕記念式典が行われた。そして、地方褒賞を受けられた方々がお集まりくださった。素晴らしかった。会食を行った後、一時間二十分間の講話があり、小職が担当させていただいた。テキストは、『信仰による平和の道』であった。「日時計主義」というテーマの講話の中で今、話題のポスチングジョイも画像で説明した。朝は少し、雪が降っていたが室内は暖かくて素晴らしい会合だった。

※ポスチングジョイは、島根の青年会の主だった人たちはほとんど登録したようだった。毎日、ジョイが1000件、5000件、10000件とアップされたとしよう。これはものすごい言葉の力を発揮するのではないだろうか。全体を動かすのには、5㌫の意識が変わればよいとされる。生長の家の皆様の5㌫はインターネットをしておられるだろうか。もし、そうであるなならば、すべてのインターネット使用者が毎日ジョイをアップするならば、生長の家は喜びが満ちあふれ、その喜びの余波が世界各国に影響を与えるに違いないと思われる。

 中内 英生

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December,19,2009「青年会員の環境問題学習」

Photo December,19,2009「青年会員の環境問題学習」
今日の詩::冬なれど 黄色い花が 咲き誇る

 今日のブログは、12月18日夜に行われた青年会員の学習会でK青年会員の発表が行われた。テーマは、「地球環境への取り組み」だ。Kさんのレジュメに従って若干の説明を行いたい。素晴らしい、よくまとまった発表だったと思う。

 テキストは『足元から平和を』だった。本書の題名を「足元から平和を」としたのは、「我々の足元から平和の実現に取り組みたい」との願いを込められているからであるとしている。
 平和の問題は、伝統的に国際政治や国際関係論の重要なテーマであると同時に、戦後の日本の重要な政治課題の一つでもある。
 現代の問題は単純な「領土拡張」ではなく、個人のエネルギー消費拡大の欲望に支えられた地球環境の悪化であり、個人のレベルで考えれば「快適な住環境の縮小」でもある。 地球上のほとんどの場所では、すでに国境線が確定しているから、戦争の原因が領土拡張であることは少なく、むしろその領土の下に眠っている資源やエネルギーの確保が紛争の原因になる。これは現在、北極海やアフリカのレアメタルなど色々と国際問題の原因となっているようだ。

 具体的に言えば、ダイヤモンドやウラン鉱石、希少金属、石油・天然ガス・石炭などの化石燃料をめぐる利権の確保が戦争原因になる。
 しかし、このことをさらに深く見つめれば、これらの資源やエネルギーを「欲する心」があるから利権が生じる。
 そして、その利権の大元をたどっていくと、物質的豊かさや快適さ、便利さを追求する“消費者”や“市民”や“国民”の心に突き当たる。この欲心の故に衝突が起こるとしている。
 しかし、これはあくまでも人間の一つの側面である。
 生長の家では、逆の側面こそ人間の本性であり、「神の子」の実相であると考える。肉体人間に対して、霊的人間である。

 しかし、「経済発展のために好ましくない」としてアメリカ側が離脱した地球温暖化防止のための「京都議定書」を、日本が批准したことは一つの明確なメッセージではないだろうか。つい先日は、コペンハーゲンでCOP15が開催された。コンフェレンス・オブ・パーティーズである。
 「京都議定書」とは世界で初めて地球温暖化防止のために締結された国際条約である。一九九七年に京都で採択されたので、この名がある。先進国に対して温室効果ガスの排出削減の目標値を定め、排出量取引制度を設けた。ロシアの批准により二〇〇五年二月十六日に発効された。

 これまで人類は、「自然界というものはそのままの状態では価値がない」と考えていて、人間が自然に手を加えて道路を通したり、建物を建てたりすることによって価値が生まれ、土地の値段が上がると思い、そして実際に上っていた。
 鉄道が通れば土地の値段が上がるというのも、同じ考え方による。
 そういう考え方で開発を進めてきた結果、今日のような自然破壊が起こっている。つまり、「人の手のつかない自然には価値がない」という間違った考え方があった。
 それにもとづいて経済活動を長い間続けてきた結果、地球規模の環境問題に直面している訳だ。
 それは主として「人間至上主義」的な考え方と「狭いものの見方」に基づいていた、と言える。それに対して、自然資本の考え方がある。

 石炭や石油などの化石燃料を大量に使うことによって、地球上で大量の二酸化炭素が排出されている。
 1950年に比べ4倍以上の排出量で、このうち384トンが吸収されずに蓄積され続け、大気中の二酸化炭素量が上昇している。
 そして、このことが、地球温暖化の最大の原因になっている。
 植物が吸収しきれないほど大量の二酸化炭素を排出するようになった。
 それは、我々の人類の責任であると言える。

 しかも森の樹木が二酸化炭素を酸素に変える量に比べても、化石燃料を燃やして出る二酸化炭素の量が莫大だと言うから、石油や石炭などを使うあらゆる機会は、地球のために良くないといえる。
 植物は二酸化炭素を吸って酸素を作るという、動物とは逆の作用をしているけれど、それでも排出される二酸化炭素を吸収するには足りない。

 天候からもなんとなく地球の温暖化が進行していることが分かる。
 グリーンランドとは、大西洋の北端にある大きな島である。そこの氷が溶け出せば、海に流れていく。グリーランド氷河が、1.9倍も溶けてしまうと言うことだ。海面が少し上昇する。
 従って、世界では今一秒間に大型トラック六三台分、二五二トンの化石燃料が使われているから、あとわずか四二年で石油が使い尽くされる。

 我々は「心」の分野では、善一元の神への信仰を一層深めていくと同時に、「実際生活」の分野でも、神の御心ができるだけ反映されるような生き方をしなければならない。
 「人から奪わない、環境を破壊しない、生物を絶滅させない生き方」を、我々一人ひとりが自ら始め、始めている人はさらに推進し、他の多くの人々にも及ぼしていくことが重要であろう。
 そうすることで、二十年後に来るかもしれない“危機”を危機でなくすことができる。また、それがテロなどの現在の問題への解決の鍵を握っている。
 生長の家の信仰者が、神想観によって神の御心を知り、それを生かす生活を率先して行っていけば、本当の意味での「幸福」がやがて世界に、地上に、人類に実現していくと考えられる。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月19日のブログは、『難産だった「コペンハーゲン合意」』です。COP15を総括しておられます。先進国と途上国の利害の対立を指摘しておられます。
 政治的合意の内容を書いておられます。日本国の25㌫削減の高い突出的目標は今後も有効としておられます。先進国にもこのような高い目標があることを読みとってもらうためです。
 そして、最貧国は日本の誠意をくみ取るだろうとしておられます。また、日本経済は、化石燃料を使わない、「地上資源型」へと急速に転換していって欲しいとしておられます。地上資源型という文言はキーワードでありましょう。これは化石燃料という「地下資源型」の逆の言葉ではないかと思います。

※「花の郷」でリコーダ演奏があると聞いたので、夜行われる誌友会に行く前に30分間ほど時間があったので聴きに行った。ローソクが美しかった。
※NHKの「オーケストラの森」で黒川侑さんの演奏姿を見たがスゴイ演奏風景だった。糸が切れていたが物ともせずに演奏していた。

 中内 英生

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December,18,2009「新年の挨拶」

Photo December,18,2009「新年の挨拶」
今日の詩::大ユリや 君のかがやく 笑顔かな

 今日は、少し早いですが、『大和島根』新年号の小職の「新年の挨拶」を掲載させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 神の子の皆様、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
  相愛会・白鳩会・青年会の各組織の幹部・会員の皆様、地方講師・光明実践委員の皆様、信徒の皆様、昨年は誠に有り難うございました。さまざまな面でご協力いただきまして、明るく楽しく多岐にわたって運動を展開することができました。心より感謝申し上げます。
 地域的文化圏的に申しますと、出雲の皆様、松江の皆様、石見の皆様、隠岐の島の皆様、誠に有り難うございました。それぞれの地域にて、進一歩されたのではないでしょうか。今年も島根教区はさらなる進歩発展を致します。

  さて、今年は、待ちに待った講習会が開催されます。十一月二十八日(日)です。二年に一度の講習会に総裁先生ご夫妻様をお迎えできることは、私たち信徒にとりましては誠に有り難いことでございます。今からご家族、周囲の皆様方にお声をかけさせていただきましょう。今年は会場は、二つでして、出雲と江津です。石見の方々にとりましては、距離が近くなりますのでお集まりになりやすいのではないかと存じます。

 また、今年は昨年のチャリティコンサートに引き続き、新しい試みですが、一月二十二日から二十四日まで、絵手紙・絵封筒展が開催されます。皆様の作品が約千三百点(十二月十八日現在)出品されています。皆様、おそろいで御鑑賞においで下さい。御抹茶などご用意させていただきまして、お待ち申し上げております。谷口雅宣先生が御提唱になられました、神性表現を島根教区信徒一同は真心込めて実践させていただき、その結果を一堂に結集いたします。

 今年も日時計主義でもって、明るく楽しく生活し、愛行し、徳を積ませていただきましょう。必ず良いことが起こって参ります。「笑う門には福来たる」です。
 その展開の中で、本部はポスティングジョイというのを始めまして、島根教区でインターネットが出来る人は登録して喜び(ジョイ)を書き込んでおります。「喜びを投函する」というような意味です。どうぞ、パソコンでインターネットが出来る人はどうぞご参加下さい。島根の方々は、写メール俳句により能力が向上しておりますので、俳句コーナーへのご参加を呼びかけております。

『日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう』

 2009年12月17日のブログは、「クロスワードできました」です。島根の皆様、やってみて下さい。また、どなたか作ってみませんか。私も一度作ってみたいと考えています。
では…。

※今日は、午前午後と松江道場での行事に参加した。午前は写経なので、私は約50分弱だが、連続の『新講 甘露の法雨解釈』の連続講義をさせていただいた。これは実にラッキーな仕事である。午後は先祖供養祭に参加して、終了後に『新版 人生を支配する先祖供養』の連続講義をさせていただいた。夜は、青年会の学習会があった。テーマは環境問題であった。発表したKさんのレジュメは素晴らしい内容なので後日、ご紹介させていただき、読者の皆様とご一緒に総裁先生の御著書を学びたいと思います。

 中内 英生

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December,17,2009「教義の正確な把握」

December,17,2009「教義の正確な把握」Photo

今日の詩::イチゴの木 レバノン向かい 経を読む
※今日の俳句はちょっと風変わりだが、これには理由がある。先日、練成会の絵を描く時間に、「イチゴの木」という不思議な木が画材としてあった。ヤマモモかなと思ったが、インターネットで調べてみると、「イチゴの木」という名前のものだった。原産地は、レバノンも含まれていたので、こんな俳句になった。経とは、『甘露の法雨』のことだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/may33124416/45538504.html
http://www.geocities.jp/ir5o_kjmt/kigi/itigonok.htm

 今日は、木曜休日だったが、地方講師の昇格受験者の方々が、集まって学習したいというので私も参加した。答案作りを行ったがなかなかの出来だった。いつも昇格受験の学習で感じることだが、まず私自身の勉強であるということだった。それから、基本教義の把握はもちろん、総裁先生により新たに展開される教義の把握はこの受験勉強が最適だと思う。島根教区で徹底して総裁先生の御著書の内容把握を学習している場所はあまりないだろう。私自身、昇格受験勉強の後は、教義に関して強く自信が湧いてくるのが常である。宗教卵論というのがあるが、本質の部分はもちろん、周辺部分の教義は時代や地域によって変化してくる。これは、『生命の実相』だけを拝読していては分からないことである。

 今日は、環境問題と法燈継承について主に学習した。この昇格受験勉強は何よりもサブノート作りが優先される。私から話を聞くのではなく、もちろん話はするが、自分で総裁先生の御著書を読み込んでその内容を自分のサブノートに書き込み覚える。そして、質問に対して即座にポイントをつかんで解答するという力量を身につける。これ以外に方法はないのではなかろうか。各テーマに関してのポイントは、もちろん教えることになるが、まず御著書から自分で学び取る姿勢と意欲が必要だ。

 環境問題でも、先日の総裁先生のブログでは、肉食産業が二酸化炭素排出と相当に関わっていることが数値的に示された。(2009/11/18)肉食が環境破壊を促すのは分かるが、二酸化炭素排出との関係は分からなかった。今日の参加者の内の一人が、先生のブログをよく読んでおり、この答えを入れていた。要するに、新たに展開される教義を見逃してはならないということである。

 三時間学習したが、あっという間に学習は終わった。教義の学習は、これほど楽しいものは人生にはない。自分自身が信奉しているみ教えをより深く理解することができる瞬間の連続が喜びでなくて何であろうか?練成会も誌友会も楽しい、しかし、私は同心の皆様とご一緒に教義の学習をすることができる光栄をまことにもありがたい時間であると思わせていただいている。現在の役職をいただいておればこその役得である。

※今日は、先日のアラレ・ミゾレに引き続き、雪がちらほら降ってきました。寒いです。私の自宅の居間はまったくの暖房なしで教化部から帰ってから就寝までは、学習やブログを書いていた。ここ数日は冷え込みが激しい。妻が寒いのは体に良くないというので、今日は安価だが寒さに耐えうる暖房機を買ってくれた。ありがとう。エアコンもあるのだが、お客さんが来た時だけ使用している。私は暖房器はなかったが、ダウンのコートと冬季の夜釣りで使用するダウンのズボンを着込んでパソコンを打っていた。寒さは感じない。少し自由性に欠けるところはあるにはあるが…。しかし、今夜から妻のプレゼントで少し暖かくしてこの文章を打ち込んでいる。感謝。

※ポスチングジョイに、島根から数人の人が登録した。大いにジョイを書いてくれるだろう。島根は、写メール俳句で鍛えているので、俳句コーナーで貢献できればありがたいと思う。また、皆様ご存じの松江の松ぼっくりさんは絵を相当に描いているので、ぜひとも発表していただき、喜びを共有したいと願っている。もちろん、私はできるだけ俳画を出させていただく予定です。島根の皆様、どうぞふるってご登録下さい。

 中内 英生

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December,16,2009「夫婦、今も相手を好きですか?②」

December,16,2009「夫婦、今も相手を好きですか?②」
今日の詩::描かんと モデルのミカンに 合掌す
※ 絵は背景をそのままの白にしました。私にとっては、実験的な試みです。Photo_3

 一昨日の続きです。この記事は、お互いへの反省の材料のようなものでしょうか。そんなことを感じさせます。
さて…。

 ご主人さんたちの声を聞いてみましょう。
①妻は従順そうだったのに、結婚後は夫を立てない。…これは中心帰一の真理を学ぶと修正可能でありましょうか。相当昔の話で恐縮だが、練成会にパリに住んでいた美しい若い女性が来た。日本語がよくできた。フランスに支店を持った日本の銀行に入社した。そして日本人の社員と結婚した。10歳くらいの彼女の息子さんはまったくのフランス人の顔をしていたが、尾張弁というのだろうか、その言葉を使っていたのを記憶している。彼女は私にきっぱりと言った。「フランスには夫を立てるという考えはありません。生長の家に来て生まれて初めて聞いた考え方です。しかし、これ以外に夫婦が離婚の危機を乗り越える方法はない、ということが分かりました」と。
②料理が下手で掃除が嫌い。…これは努力する以外にないでしょうか。

 ①②は亭主関白的な本音が目立ったとしています。逆に嫌われないように注意して下さい、とのことです。この注意事項も時代の流れのなせる業でありましょうか。しかし、「愛」というキーワードを使うと、問題は改善されるようにも思えます。
  しかし、年月を経て、結婚前よりも好きになったという人もいるようです。これは素晴らしいことでしょう。結婚してから夫婦の絆を作り上げていくという良いケースです。

 ある40代の女性は両親の仲が悪かったために、結婚へのあこがれはゼロだった。知人の紹介でなんとなく、結婚した。ところが結婚後、夫への愛情が年々、深くなっていくという。これは愛情を求めていなかったことが逆に良い結果をもたらしているのかも知れません。
  
 ある女性は親類ともめたときに、夫は交渉には出しゃばらずに、陰で励ましてくれたり、弁護士に相談してくれたり、意見が対立しても、妻の意見を受け入れた上で自分の意見を夫が言ってくれたという。従って、「両親の場合は父が怒鳴って終わり。でも夫は私の安心できる場所です」と言っている。素晴らしいご主人様ではないでしょうか。

 これで分かるのは、大切なのは相手への思いやりです。別の40代の女性も、株で大損をしたが、夫が「おれが稼ぐから大丈夫!」と言ってくれて、惚れ直したという。
 妻の失敗は自分の失敗として一体感と愛を持って接することなのでしょう。しかし、頼りがいのあるご主人様です。『生命の実相』には逆のことが書かれていますがね。

 ベテラン夫婦の正念場は、向き合う時間が増える定年後だそうです。時々、ご主人が定年で自宅にいるので、ストレスがたまって苦しいという奥様の相談を受けることがあります。今も昔も同じようなことがあるのかも知れません。それを考えますと、ご夫婦が生長の家の活動をなさることは何とステキなことでありましょうか。

 ある60歳代の女性は、ご主人を好きだそうです。でもそうなったのは最近のこと。50歳代のころは、仕事人間のご主人に「あなたの笑顔を思い出せない」と言ったそうです。夫も、「熟年離婚かな」と応じた。でも定年後にうれしい変化があった。「夫は気持ちに余裕ができたようで、私の趣味の人形作りの記事をコピーして持ってきたり、図案をネットで調べてくれたりです。大切にされていると感じています」と。世の殿方は、妻から「大切にされている」と思われるような行動が大切なようです。
 ある50代の女性は、「家をしっかり守ってくれた」と退職金を半分渡されて感激したそうです。そんなご主人が好きなのは言うまでもないことと言っています。

 次はご主人さん達からのコメントです。
①定年後はのんびりしたかったのに、妻は「なんで仕事を探さないの」というのだそうです。旅行に誘ってみたが、妻は駅まで来たのに列車に乗らずい一人で帰宅したそうです。悲しいことです。だから、ご主人は、「一日中、私が家にいるのがストレスらしい。私も妻が嫌になった」としています。愛を出し、四無量心を夫婦互いに捧げ合っていきたいものです。
②ある60代の女性は、大学教授の夫を尊敬していたが、リタイアしても家事を手伝わない夫が不満だそうです。注意しないと何日もお風呂に入らないのにうんざりしているそうです。これはちょっとひどい。

 最後に、筆者の八田智代さんは、「ただ夫婦の好き・嫌いは複雑だ」と言っています。ある50歳代の女性は、「夫は何の説明もなく家を出て行った。ひどい人だし嫌いです。でも、帰ってきてよと毎日泣いています」と。
アンケートで「嫌い」と答えても、よくお話を伺うと、嫌いは好きの裏返しだったりで、本当は仲良くしたいのです、と結論づけています。

 愛と憎しみは裏表です。神様がお創りになった魂の半身の考え方で根本的な解決をしたいものです。今日の話は少しはご参考になりましたでしょうか。
 
※今日は、江津で先祖供養祭が行われました。素晴らしいことです。

 中内 英生

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December,15,2009「”ある中”のすすめ?」

Photo_2 December,15,2009「”ある中”のすすめ?」
今日の詩::バラバラと 窓にアラレの 乱れ打ち

 『「アル中」のススメ』という文章があってびっくりした。アル中をどうしてやめることができるか、という話なら分かるが…。
 しかし、よく読んでみると分かった。「歩き中心生活」のことだという。産経新聞(2009/11/26)に掲載されていた。マーケティングコンサルタントの西川りゅうじんさんという人の文章である。歩くことがどれだけ大切かを諄々と説いている。ご紹介したい。

 アル中は、いつでもどこでも誰でも今すぐにでも入会できる無料のスポーツクラブである。20分間は歩き続けないと、脂肪燃焼は始まらないという俗説がかつてあったが、科学的にはまったく根拠はないという。歩けばそれだけエネルギーは消費する。たしかにそうだろう。有酸素運動は脂肪の燃焼効率を高めて、血液中の中性脂肪をエネルギーとして燃やしてくれる。寒中も体が温まる。

 また、老化防止にも有効のようだ。人は脚から老いる、といわれているが、年齢を重ねるから老いるのではなく、足腰が弱るから老いるという。加齢に伴って、参勤交代ならぬ「三筋後退」が起こる。下半身の三つの筋肉、腹筋、大腿四頭筋(太もも前部の筋肉)・下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉)の機能が著しく後退する。しかし、ウオーキングはそれらを増強するのだという。また、歩くことによって骨への適度な負荷と外で太陽光を浴びることによって体内で生成されるビタミンDは骨を強くし、骨粗鬆症、ひいては骨折による寝たきりを防止する。

 西川さんはどうやらジョークの名人のようだ。
歩くことは人間だけに許された行為である。ホモサピエンスは、直立二足歩行によって手が自由に使えるようになった。知能も飛躍的に伸びた。その結果、人類は文明を築いた。パスカルの言う「考える葦」は、「考える足」に始まる?。ギリシャの哲学者や科学者が歩きながら議論したように、歩けば脳も活性化する。それが証拠に、アルキメデス→(歩き愛です)という数学者もいたという。(これもジョーク)

 歩くとすがすがしい気分になる。歩行中に脳内でβエンドルフィンという爽快感や幸福感を感じるホルモンが出されるからだという。だから、最初はおっくうでも慣れるとやめられない。「アル中」は「歩き中毒」でもある。ストレス軽減、鬱病予防などメンタルな効果も多い。足は口が止むと書く。歩けばイライラやモヤモヤが吹き飛ぶ。不足をいう気持ちもいつしか無くなる。

「アッシ(足)には関係のないことでござんす」という健康な人もいるかも知れないが、「ある中」は震災が襲った際の帰宅ルートを確認しておいたり、歩けばご近所と顔見知りになり、いざというときの防災対策にもなるという。「アッシには…」の言葉は木枯らし紋次郎さんの言葉でしたかね?
 
 四季を感じながら歩きつつ、一句浮かんだとすると、徘徊中年ではなく、「俳諧中年」を目指すのもよい。地球環境にも良いし、病気をしなくなるから医療費や交通費も減って家計に足がでるのも防げるなど、いいことづくめとなる。

 水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」を聴きながら、休まないで歩くことを奨励している。
 西川さんの文章を読んで今日は、教化部からの帰りに歩いて帰った。しかし、鞄とパソコンバッグを持ってからの歩行はかなり重いです。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月15日のブログは、「日米間の“疑念”を払拭せよ」です。私も含めて、国民が心配していることをはっきりとお書きになっておられます。最後に、「もし、疑念を払拭できなければ…」ということを書いておられます。全信徒必読です。

※昨日は、練成会が終了した。閉会式の時には、アラレかミゾレが降ってきた。本当に窓にバラバラと音がする。驚いて窓を開いてみた。やはり冬なのだ。山陰は。一応、絵に書いたが…。いかがなものだろうか。アラレの降る風景をどうのように描けばよいのか。島根県立美術館で見た。松江の町に雪が降るのを江戸時代の絵師が描いていたがこれは実にうまいと思った。島根の皆様、歩きましょう。

※今日は、初めて浜田で先祖供養祭が行われた。浜田は谷口清超先生が生長の家の御教えを伝えられた所である。また、かつては相当に盛んだったとお聞きしている。何とか浜田により一層光を増やしていきたい、という思いあった。しかし、どうすべきかが分からなかった。現在までは、島根各地の信徒さんが先祖供養祭を行いたいということで、松江、隠岐の島、江津、雲南などで実施している。一時間の先祖供養の後で少し講話を行う。約2時間である。ご要望があれば個人指導も行う。この行事が各地の活性化に少し役立ってきたようにも思える。その方式で今日は浜田の信徒さん方が17人集まって先祖供養祭が行われた。この地の教勢をさらに盛んにすることにより、微力ながら谷口清超先生へのご恩返しをさせていただきたい、浜田市民の皆様が神様の御守りを受けてより一層、幸福になっていただければ幸いである。

 中内 英生

一年の 感謝の言葉 あの人へ

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December,14,2009「夫婦、今も相手を好きですか?①」

December,14,2009「夫婦、今も相手を好きですか?①」Photo
今日の詩::白蕪は 春呼呼び寄せる 元気者

 40歳代を境に「嫌い」が増えるのは何故か?朝日新聞(2009/10/06)には、aspara会議として色々なデータが掲載されている。この日のテーマは、「夫婦調和」だ。練成会の講話のテーマのようなものである。アスパラクラブの全国アンケートの回答(3998通)をもとに取材したことが掲載されている。しかも、中国地方の人に聞いている。

 好きの理由は何か?
①心が広くて尊敬できる(20代女性)…夫婦調和するには?心が広くないといけないようだ。
②私を好きと言ってくれる(30代男性)…「好き」とか「愛している」とか、新婚時代のように愛情の表現が必要だろう。握手をするというのは書いていなかった。
③のんびりしてフワフワしている(40代女性)…相手をのんびりさせる雰囲気も大切のようだ。
④ここ一番で頼りになる(50代女性)…頼りがいがあると思わせるだけのものを持っている必要がある。
⑤人柄賢明さで私をしのぐ(60代男性)…人柄、賢明さを磨くようにしよう。
⑥従順で内助の功が抜群。料理が上手(70代男性)という。…女性は内助の功、料理などの努力精進が大切なのだろう。ノーミート料理なども必要ではないだろうか。ノーミートは、体を長持ちさせると思われる。

 それに対して、嫌いの理由は何だろうか?
①夫が浮気したこと(30代女性)…信頼関係が破綻しますね。
②会社人間で家庭に興味がない。(40代女性)…私もこの部類だったが、現在はほとんんど休日は、家族と過ごすようになった。年の功か?
③価値観が違いすぎる(40代男性)…これは、努力で相手に近づく以外になりだろう。夫婦調和が何よりも大切だという重要性に気がつけばのことだが…。
④仏頂面。愛想も愛嬌もない(50代男性)…女は愛嬌でありましょうか。顔は自分のために付いているのではなく、相手のためにある。自分で自分の顔を見ることはできないのです。もし、仏頂面で相手を不快にさせたならば、環境破壊となるのではないでしょうか。
(ジョークです)。
⑤頑固で視野が狭い(60歳女性)…男は頑固でもよい、とは言えないのでしょう。視野を広げるためには、情報を広く収集しなくてはなりません。最大の情報は、「神は完全である」という実相世界の情報です。それから、さまざまな世界の情報も必要です。
⑥掃除、整理整頓ができない(60代男性)…お掃除上手な女性は好かれます。整理整頓の上手な人は心の中の整理整頓も上手なのではないでしょうか?

 現在は、「婚活」のブームのようだ。信徒さんで市から承認された結婚促進委員のような肩書きの方もいる。以前のように世の中のレールにのっていれば結婚できた時代は終わり、結婚相談所などを利用して、「積極的」に動かなければ結婚できない時代が到来している。この欄にはなかなか興味のあることが書かれている。個人指導の参考にもなりそうな内容だ。

 全国アンケートでは、既婚者のうち、20代のほぼ全員が相手を「好き」「どちらかと言えば好き」と答えている。しかし、40代以上になると10人に一人が「嫌い」「どちらかと言えば嫌い」と変化している。何かあったのだろうか?

 妻が夫を嫌いになる理由は何か?「自分の考えを押しつける」「家族を大切にせず、自分と会社のことしか頭にない」が代表例という。ともかく自己チュウは嫌われるようです。これは、ここだけのことではないのでしょう。

 夫の優しさに惚れて結婚したという60代の女性は、今では夫を軽蔑するようになったという。きっかけは、夫の自己中心的な態度でした。友人が来ると家計を顧みず酒を振る舞う。しかし、家業の資金繰りが苦しくて親戚に借金を頼みに行った時に、お酒を飲みに行って知らん顔をされたという。「夫の優しさは、他人からの評価を上げるための偽りだった」と、完全に気持ちが離れたとのことだ。村田秀雄の王将では「ぐちも言わずに女房の小春、作る笑顔がいじらしい」とあったが、どうもそのような状況ではないらしい。

 男性側の声を聞いてみよう。
①妻は従順そうだったのに、結婚後は夫を立てない。…これは中心帰一の真理を学ぶと修正可能でありましょうか。相当昔の話で恐縮だが、錬成会にパリに住んでいた美しい女性が来た。日本語がよくできた。フランスに視点を持った日本の銀行に入社した。そして日本人の社員と結婚した。男の子はまったくのフランス人の顔をしていたが、尾張弁というのだろうか、そちらの言葉を使っていたのを記憶している。彼女は私にきっぱりと言った。「フランスには夫を立てるという考えはありません。生長の家に来て生まれて初めて聞いた考え方です。しかし、これ以外に夫婦が離婚の危機を乗り越える方法はない、ということが分かりました」と。
②料理が下手で掃除が嫌い。…これは努力する以外にないでしょう。
 ①②は亭主関白な本音が目立ったとしています。逆に嫌われないように注意して下さい、とのことです。この注意事項も時代の流れのなせる業でありましょうか。しかし、「愛」というキーワードを使うと、問題は改善されるようにも思えます。
  しかし、年月を経て、結婚前よりも好きになったという人もいるようです。これは素晴らしいことでしょう。結婚してから夫婦の絆を作り上げていくというケースです。

 ある40代の女性は両親の仲が悪かったために、結婚へのあこがれはゼロだった。知人の紹介でなんとなく、結婚した。ところが結婚後、夫への愛情が年々、深くなっていくという。これは愛情を求めていなかったことが逆に良い結果をもたらしているのかも知れない。
  
 ある女性は親類ともめたときは、夫は交渉には出しゃばらずに、陰で励ましてくれたり、弁護士に相談してくれたり、意見が対立しても、妻の意見を受け入れた上で自分の意見を夫が言ってくれるという。従って、「両親の場合は父が怒鳴って終わり。でも夫は私の安心できる場所です」と言っている。素晴らしいご主人様である。
 これで分かるのは、大切なのは相手への思いやりだ。別の40代の女性も、株で大損をしたが、夫が「おれが稼ぐから大丈夫!」と言って惚れ直したという。
 
(続く)

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2009年12月13日のブログは、「奈良県に“神風”?」です。奈良教区の講習会成功の原因をお書きになっておられます。会場が集まりやすい三カ所になったことや、熱心できめ細かい活動を展開したことなどをあげ、感謝のお言葉を述べておられます。平城遷都のイベントと、キャラクター人形のことも書かれています。拝読下さい。

※今日で錬成会が終了した。スタッフよし、参加者よし、担当講師よしである。今年一年間、心から感謝いたします。

 中内 英生

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December,13,2009「まどみちおさん百歳」

Photo December,13,2009「まどみちおさん百歳」
今日の詩::残り雪 遠くながめる 富士の嶺

 まどみちおさんは百歳になられたそうだ。現在は、足腰の衰えなどから入院中だというが、「年取った人も、その人なりの発見が必ずある」と老いによる変化も、ユーモラスに描いた作品が並ぶようになった。産経新聞(2009/11/25)に掲載されている。

 童謡「ぞうさん」「一ねんせいになったら」などで知られる詩人だ。私は子供が6人いるので、「一ねんせいになったら」の歌は6回聞いた。11月16日に100歳を迎えたという。しかし、現在も創作意欲は盛んで、今月は100歳記念詩集「のぼりくだりの…」と「逃げの一手」の二冊を出版したと書かれている。しかし、その年相応の気づきがあり進歩があるという生きる姿勢は何というたくましい生き方であろうか。
春の入学シーズンになるとまどみちおさんの歌があちこちで聞こえてくる。

 「私は本当に明日は死んでもおかしくないのですから、いつも見納めという気持ちで物事を見ている」と。
 毎日欠かさずつづっているという日記帳と、カラフルな抽象画の束をもってインタビュアーの前に現れた。「最期の視線」は、ごくありふれた小さな生き物や、自分自身の中に、ますます鮮やかな発見をもたらしているという。

 老いによる変化も、100歳の現役詩人には驚きの連続である。「私は縮んで、縮んで、縮んで、このまま消えてなくなるんじゃないかと思うほど」と、現状を話す言葉そのものがまるで作品のように聞こえてくる。話す言葉が詩的なのだろう。
「小さな物を見れば見るほど、生き物の不思議に圧倒されるのです」と。

 実は昨年、難聴に足腰の衰えが加わり、精神的にも不安定になったらしい。今年から入院生活になり、精神的には安定した。「立派なアルツハイマーちゃん、とひけらかしている」と笑って話す。創作意欲はかえってみなぎり、暇を見つけては描きためた300作を超える抽象画の一部が、現在、周南市美術博物館の「まど・みちお えてん」に掲示されている。この100年を振り返り、「逃げの一手」と表現したという。
「私は何かにつけて弱腰、逃げ腰、へっぴり腰で、逃げの一手でここまで来たことは間違いありません」と。

 宇宙から自身を眺めているような詩人的言葉、「このほしにいきる一つぶのわれら」という言葉も使っているらしい。
 自分の老いの変化まで作品にする意欲。「何を見ても、自分は生かされていると感じる」と話すまどみちおさんの100歳現役はすごい!と思う。

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2009年12月11日のブログは、「絵封筒とグラフィティ」です。絵封筒とグラフィティについて論考を行っておられます。また、最期にポスティングジョイの絵手紙・絵封筒のついて、お勧めになっておられます。
 皆様、ポスジョイに参加しましょう。島根では、現在、10名は登録されたでしょうか。尚、島根は俳句コーナーを重点的に投稿する予定です。ともかく島根の信徒さんは写メ俳が強いですから。「ちび」さんで投稿しているのが、ご存じ、松江の女流画家のAさんのようです。

※今日は錬成会の第2日目です。O講師ほか相愛会の皆様が、蕎麦打ちをしてくださいました。とても美味しかったです。八二の割合で、八割が蕎麦です。そば粉も出雲産だそうです。手さばきは動画をご覧くさい。

出雲路の 蕎麦打ち男 ここ一番 手つき鮮やか 厨房の主

 中内 英生

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December,12,2009「COP15」

December,12,2009「COP15」
今日の詩::長カボチャ 今日も生かされ ありがたい
※このカボチャは、始めてみました。画材としてどなたかがもってきてくださいましたので、それを描きました。見ているとなんだか感謝したくなりました。

 現在、デンマークのコペンハーゲンで、国連の気候変動枠組み条約締結国会議が始まPhoto_2 っている。COP(コップ)とは?何であるか。それは、締約国会議(Conference of the Parties)の略であるようだ。環境問題に限らず,多くの国際条約の中で,その加盟国が物事を決定するための最高決定機関として設置されているという。最も頻繁に耳にするCOPは気候変動枠組条約(Framework Convention on Climate Change, FCCC)であるらしい。

 コペンハーゲンで行うから、COPではないか、という人もいたが、1~15間であるので、それぞれが場所が違う。朝日新聞(2009/12/06)の社説に、「人類の明日がかかる」として、「二度以内の重み」という小見出しをつけていた。注目したのは次の二段落である。

 気候変動枠組み条約は「大気中の温室効果ガスの濃度を、危険でない水準に安定化させること」を目標にしているようだ。具体的には、産業革命前からの気温上昇が2度を超えないようにするということである。

 気温上昇が2度を超えた場合、生態系が破壊されたり、水不足や逆に洪水、感染症などが広がったりするという。
「2度以内」を実現するには、50年に世界全体の排出量を半減させるとともに、先進国が80㌫削減を実現することが求められているという。この長期目標に向かう途上の20年には、先進国は1990年比で25~40㌫減らす必要があるというのが科学者の見方であるようである。

 レヴィ=ストロースの『神話と意味』がご紹介されていたので、現在読み始めたが、そのストロースのことを朝日新聞(2009/11/30)には書かれている。
 「人類学の泰斗、フランスのレビストロースさんが100歳で他界した。名著『悲しき熱帯』を翻訳した東京外大名誉教授の川田順造さん(75)は、『先生の言葉で心に染みているのは、「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」という一節です。』人間のおごりを戒める言葉である、と。
 本当に学問をした人は、行き着く考え方は似てくるのだろう。人間は自然の一部であるという、ディープエコロジーの考え方は重要である。技術の問題以前に、私たちはすべての存在を神のいのちの現れであると観る見方に変更することが必要である。
 今日から、出雲錬成会が始まったが、12月にもかかわらず、たくさんの方々が参加しておられる。一人でも救いを求める人がおられたら、神の救いをさしのべるのが愛行でありましょう。

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
  2009年12月10日のブログは、「グラフィティのこと」です。現在、ポスチングジョイでは、先生は色々とグラフィティのことを書いておられます。島根の皆様、近くの通路や壁などで絵を見た方はありませんか。もしありましたら写真をメールで送って下さい。
 私は島根で探してみたいと思います。さしあたり、出雲大社の先日観た天上の八雲はグラフィティではないが、天上絵でありましょう。私のポスチングジョイのトレードマークは、出雲大社と八雲の絵でして、名前はいつもと一緒の光明島根人です。

 今日も、MTさんがポスチングジョイで、「フォト575」を開催しておられましたので、私も投稿させていただきました。島根の皆様もがんばっておられますぞ。見て下さい。

※今日は、錬成会第一日目でした。健康のテーマの講話が一つと、浄心行説明講話と実修を担当させていただきました。感謝です。

 中内 英生

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December,11,2009「ポスティングジョイへの参加」

December,11,2009「ポスティングジョイへの参加」Photo
今日の詩::寒けれど 温室に咲く 夏の花

 総本山の秋季大祭の折に、友人からポスティングジョイへの参加を促されて登録した。それから2週間近くなるが、私のテーマは俳句と短歌である。自信があってやっているのではなく、信徒さんの誘導係としての投稿となる。それから教区の主だった人に呼びかけてすでに、やまちゃんさん、野の花の精さん、石見の琴姫さん、ニコニコ由子さん、ひまわりちゃんさん、等々が登録された。だれでも入ることができるようだ。島根の人は写メ俳で鍛えているので、俳句コーナーを勧めているが、何でも良いことを記入できるコーナーが一番投稿者が多いようである。

 私の俳画にはどなたかがいつもコメントを入れてくれる。短歌の時は、色々と指導もしてくれる。これが実にうれしい。NHKで短歌や俳句の放送があるが、それが参考になるようだ。
 昨日は、MTさんが、「フォト575」というのを提案して、20名ほどの人が俳句を投稿した。島根の人々もその催しを発見してすぐに投稿したと思う。先ほど見てみると、MTさんは、石見の琴姫さんの俳句を評価しておられた。内容は、蝉の抜け殻を写真に撮ってそれを詠むというものだった。昨夜は夜中まで投稿があったようだ。それにしても、インターネットによって、このような「出会い」ができるとは、最高にありがたいことであると思わずにはいられなかった。このブログの愛読者の島根の皆様、ぜひ、登録して参加してください。登録方法が分からない人は、教化部の「やまちゃん」さんに聞いてください。

 尚、私のインターネット行動の原点は、総裁先生が「インターネットの活用は光明化運動の成果に雲泥の差を生じる」とお教えいただいたことに発する。ぜひとも雲泥の差を生じさせたいと願っている。

 昨日は、ブログの内容を木村方子さんというキムタクのお母さんのことを書いた。母親としての愛情表現を訴える人のようだ。キムタクは、「武士の一分」で見た。その演技力は素晴らしかった。昨日は、私のブログ検索で、「キムタク」で入ってきた人がかなりいたようで驚いた。キムタクのことを書いているかと思ったら、生長の家のブログなのでびっくりしたかも知れないが、そういう形でも御教えに触れる機会になれば、素晴らしいと思う。今日はここまでにさせていただきます。

 中内 英生 

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December,10,2009「キムタクの母」

Photo December,10,2009「キムタクの母:ことのは語り」
今日の詩::しいたけと 里イモ似たり 同じ色

 「ことのは語り」という言葉を知った。朝日新聞(2009/10/06)には、母親の子育てを応援する木村方子(マサコ)さん59歳を紹介していた。若い、という感じだ。よく読んでみるとキムタクのお母さんだった。自然な母親の愛情を感じさせる。先日、白鳩会会長さんの講話に聴衆は大変感動したようだが、それは信仰心と母親の愛情からであろう。次に木村さんのことをご紹介する。

 食事の前に、「いただきます!。言っていますか。命生きながらえさせていただきますという気持ちで」。そう言って話をするのだという。私はここまでは考えていなかったので、なるほどと思った。
 自治体やPTAから声がかかり、一ヶ月の半分は食や子育てがテーマの講演をして歩くという。鈴の音のようにりんりんと歯切れの良い声音だという。名刺のうらには、「ことのは語り」とある。CDが出ておれば、ぜひお聞きしてみたいと思う。

 出身は東京である。保証人になって土地と家をなくした父親は、会社員をやめて、牛乳店を営む。彼女は20歳で結婚し、二人の息子に恵まれた。長男は人気タレントの木村拓哉さん、次男の俊作さんは、クラブチームのアメフット選手として活躍したらしい。

 一方、自らは「いいお母さんと言われたくて理想の枠を作り、自分を閉じこめたという。その結果、私はダメね、と自己否定に陥った」と。睡眠薬や安定剤が手放せなくなった。「良妻賢母はやーめた。息子達は息子達」と言う気になった。52歳でトンネルを抜けるまで、16年かかったらしい。

 家庭では台所が親子の会話の場になった。息子達には3歳で包丁を持たせ、リンゴの切り方遊びをした。「赤ちゃんのときのにおい、ほっぺの柔らかさ。母親には宝物がある」と。子育ては楽しいよ、と今では言えるようになった。

 12年前に脱サラしたご主人とイタリア料理店を開いた。医食同源の考えをもとに諸食材を選び抜くのだという。川崎市内にあるお店は今月20日で閉じるという。今後は、講演や詩の朗読でもっとお母さん達を勇気づけたい、という。「ねる前に鏡に向かって、今日もがんばったねって自分を褒めてあげて」と世の母親の正義の味方である。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
 2009年12月 8日のブログは、「絵手紙・絵封筒、どうもありがとう」です。ステキな絵封筒・絵手紙がたくさん掲載されています。最後に、ポスティングジョイのご紹介があります。

※今日、12月10日のポスジョイではMTさんが、蝉の抜け殻をお題にして、投句をつのっておられます。石見の琴姫さまもすでに投稿ずみです。私も先刻、投稿させていただきました。島根の写メ俳の方々!ご投稿下さい。

http://postingjoy.com/account/login

 中内 英生

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December,09,2009「若い力」

December,09,2009「若い力」
今日の詩::雨上がり 瑞々しきは トマトなりPhoto_2

 今日は、午前午後と地方講師・光明実践委員研修会があった。皆様、実に熱心に受講しておられた。夜は、青年会の会合に参加させていただいた。色々と話し合っていた。隠岐の島には現在は、青年会が無いが、作りたいとのことだった。すごい意欲だと思った。また、ヤングミセスの集いも現在は行ったいないが、再開したいとの思いもあるようだ。ともかく積極的である。
 青年会は現在、ホームページを持ってはいるが、更新が難しい状態であるという。それで情報提供を当番制にして更新を続けるとのことだった。きっとよいものができるだろう。

 白鳩会のひまわりちゃんブログは、軌道に乗ってきた。壮年層と青年会が活発に生長していくとき、生長の家は上昇気流に乗ることになるだろう。

 今日、昼休みに行った講師会の推進委員会でよい話を聞いた。石見の琴姫様からの情報だが、彼女の親戚が住んでいる関東の教区の人が「琴姫の舞」のホームページを見つけたそうだ。それを彼女の親戚に伝えたところ、大いに盛り上がったという。インターネットの良い面が出たと言える。
 今日はここまでにさせていただきます。

 中内 英生

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December,08,2009「サトウハチロー」

December,08,2009「サトウハチロー」
今日の詩::今日もまた 健気に咲くは シクラメンPhoto
※シクラメンはとても美しいです。事務所玄関で出迎えてくれるシクラメンさんです。

 サトウハチローさんの詩集は高校時代に買って感動して読んだことがある。私が子供の頃は、「おかあさん」というテレビ番組があり、サトウハチローの詩を朗読していた。私は毎週、見ていた。最近では、「リンゴの歌」で並木美智子さんが歌った詩がある。朝日新聞(2009/12/05)には、「ちいさい秋みつけた」という詩を書いたサトウハチローさんのことが書かれていた。次に詩を掲げる。

 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた めかくし鬼さん 手のなる方へ すましたお耳に かすかにしみた よんでる口笛 もずの声 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた 
 
 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた  お部屋は北向き くもりのガラス うつろな目の色 とかしたミルク わずかなすきから 秋の風 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた 

  誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
  むかしの むかしの 風見の鳥の ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ はぜの葉あかくて 入日色 
  ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

 うーん。何という美しい詩なのだろうか。サトウハチローは、先の「リンゴの歌」を作った時は、戦時中だった。そして、彼は言う。「詩人の使命は、明るい言葉だけで人々の心を明るくすることだ。だから暗い言葉を使う必要はない」と。生長の家の日時計主義のようではありませんか。

 しかし、少年時代のハチローは、不良少年だったという。ゆすり、暴行など繰り返し「落第3回、転校8回、おやじからの勘当17回、これがボクの記録だ」と自伝に書いている。
 不良になった原因は『ああ玉杯に花うけて』を書いた父親の作家佐藤紅緑の浮気であった。ハチローが14歳の時、母ハルは弟たちをつれて別居し、18歳の時に離婚した。長男のハチローは父側に残されたという。母と離れたハチローは寂しさから生活が荒れた。
「山手線の内側の警察署にはすべて捕まった」とハチローの次男四郎氏はいう。
 素行不良のあまり、15歳で小笠原諸島父島の少年感化院に送られた。幸いにして父親の弟子の詩人福士幸次郎が島に付き添い4ヶ月の謹慎で済んだ。この時、アンデルセン童話集や北原白秋の詩集などを熟読したという。この辺りは、紫式部に似ている。

 二ヶ月後に書いたのが「やしの木 たこの木 パパヤの木・アンルに ビテヤに ワシントン」という詩である。ビテヤは島の教会のポルトガル人の娘だった。ハチローは2歳年下のビテヤに恋をし、二人で山羊を追ったという。島を引き上げるときには、1冊のノートにびっしりの詩ができていた。

 ハチローが21歳の時、母ハルが亡くなった。クリスチャンで「アニーローリー」を子守歌代わりに歌って聞かせていた母親は、不遇のうちに世を去った。永眠の9日前、ハチローは母のベッドで「母を想う日のわが心すなおなり」という詩を書いている。母の死の直後には10編以上を一気に書いた。

 ハチローが生涯書いた約2万1千の詩のうち、約3500が母を歌った詩であるという。日本一母を歌った詩人である。昭和33年に始まったテレビドラマ「おかあさん」のため毎週、母をテーマに詩を書いている。父親の故郷の青森に行ったのは1回きり、母の故郷の仙台へは55回の行っている。
 
 ハチローの旧宅跡の黒い石碑には直筆の詩「此の世の中で 唯ひとつのもの そは母の子守唄」が刻んであるという。晩年のハチローがよくつぶやいたのが、この詩だったらしい。今日は、「大調和の神示」にある、「父母への感謝」を思い出しつつ書いた。げに母は偉大なり。
 私の母はもう97歳である。この年齢にして元気な母親がいてくれて、私はつくづく幸福であると思う。お母さん!有り難う!

※NHK衛星放送の「愛少女・ポリアンナ物語」を録画していたが、ほぼ全部見終わった。どの放送も「良かった探し」でいっぱいだ。ポリアンナは、みんなと一緒に良かった探しをして、多くの人を幸福にしたのだった。谷口純子先生は、生長の家のポリアンナではないだろうかと思った。

※ポスティング・ジョイの俳句のコーナーに、野の花の精さんが投稿しはじめた。この人は、「写メ俳ワールド」のお仲間である。私たち島根教区信徒は俳句コーナーを盛んにさせていただくことにより神性表現をお教え下さったことへのご恩返しをさせていただきたいと願っている。

 中内 英生

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December,07,2009「繁栄は心で」

December,07,2009「繁栄は心で」
今日の詩::ピーマンの 赤の輝き 目を見張るPhoto

 『生命の実相』携帯版第17巻203頁には鍼灸の石橋さんという方の体験をご紹介している。大体の内容は次のようになっている。

 ある日、石橋さんが話した所によると、鍼灸の商売もあまり患者が来ないので、家賃の支払いに窮していた。しかし、生長の家の誌友になられたところ、この頃では患者が多くて毎夜12時頃まで詰めかけて来て困るというほどの繁盛ぶりになったという。
 以前に石橋さんは、鍼灸医として随分盛大に流行ったのだが、夫婦げんかをして心が乱れてくると、一時火が消えたように患者が来なくなった。商売繁盛するのも衰微するのも皆自分の心からである。

 このような内容が書かれています。100年に一度の大不況などと申しますと、その言葉の力によって、大不況だから自分の仕事がうまくいかないのは当然だと考えるようになりがちです。それに対して、日時計主義は、大不況は大チャンスであると考えるわけです。ぜひともピンチを乗り越えなければならない必要性を考えますと、人間には無限力が発揮されます。困難は外界にあるのではなく、内界の自分の心の中にこそあるのです。

 禅宗の公案が、『無門関解釈』に書かれています。枝を口に含んでぶら下がり、深い谷底があるところで修行をしている僧がいた。そこに他の僧がやってきて、「祖師西来意?」と「何故に達磨先生はインドからはるばるやってこられたのですか?」という質問をした。答えると口を開けるから谷に落ちる。答えなかったら負けである。さあどうするか?という公案である。谷口雅春先生は、「手で枝を握って安全を確保してから、答えよ」と書いておられる。自分で勝手に口を開けてはいけないと自縄自縛していたのだった。現象の縛りを超えて自由自在、すべてが既にあるところの実相世界に超入してから答えを出すべきだろう。神の子は劣等感を克服して、もっともっと自由自在になることである。現在、私たちは、日時計主義の実践で右脳の開発を大いに行っている。神の子こそ、神通自在の無限力を発揮できない筈がない。

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】 
 2009年12月 7日のブログは、「宜野湾市へ行く」です。講習会にことをお書きになっておられます。前回よりも290名の増加しており、お喜びのお言葉と幹部・信徒の方々への感謝のお気持ちを伝えておられます。
 また、現在問題になっている普天間飛行場や旧日本軍のことやについてもお書きになっておられます。拝読下さい。

※「本の電子化」についてだが、爆笑学問(2009/11/10)の番組で、長尾真(マコト)さんという国会図書館館長が言っていた。この方は、京都大学学長もなさったことがある人のようだ。現在ここには3500万冊がある。それをすべて電子化する、とのことである。アマゾン・キンドルは現在英語だけだが日本語で使えるようになるのは時間の問題だろう。それがすべての日本語の書籍が電子化されて一瞬にして検索することができるのなれば、便利ということよりも色々と新たな問題も出てくるのかも知れない。しかし、いずれにしてもその時期は遠からず来ることは確実だ。それに対しても、私たちはさまざまなケースを考えておかなければならないだろう。

※今日は、出雲市の上津の誌友会に行かせていただいた。閑静な山の中であり、過疎だとは思うが「過密とはこれ如何に?」などとダジャレを考えながら誌友会会場へ向かった。

 中内 英生

電飾の 輝き空し 温暖化 光は飢える 子供らにこそ(これは日時計主義ではないようですが、お許し下さい)

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December,06,2009「劣等感の克服法」

Photo_2 December,06,2009「劣等感の克服法」
今日の詩::半分に 切りし柿の実 香りあり
※柿の実の匂いはよい香りがする。

 劣等感を如何にして克服するかということが人間にとって重要なことであるようだ。人間神の子無限力を表面から遮っているのが、劣等感であるからだ。「出来る」という自信をつけると劣等感は消滅する。歴史秘話ヒストリア(2009/11/18)では、伊達政宗の人生でそれを説明していた。政宗は独眼竜といわれており、いつも崖っぷちにいたのだという。何故であろうか。その理由を読み解いていく。

 彼は山形の米沢で生まれ育った。しかし、長子で生まれたが、5歳の時に不幸にして天然痘に罹ってしまった。当時は、治療の手だてもなく、死亡する人が多かったという。彼は、数日間、40℃の熱が出て、生死の境をさまよったらしい。そしてウィールスが右目に入ったことにより、右目が見えなくなった。家臣からも家督相続は難しいと言われるようになった。母の義姫からも声をかけてもらえないようになる。これは実に寂しかっただろう。母の愛情が遠のくことは5歳の子供には耐えられなかったのではなかろうか。

 父親の輝宗は政宗のことを案じて、教育係をつけた。虎哉宗乙(こさいそういつ1530-1611)を招いたのだった。この僧は美濃出身で臨済宗妙心寺派の名僧といわれた。虎哉宗乙は、中国の唐を復興させるために闘った「李克用」の存在を教えたのだった。李は片方の目が不自由で独眼竜とよばれた。しかし、その後の闘いで連戦連勝をして中国全土に名前が知れ渡るようになる。政宗は、自分と同じように片目が不自由な李の存在を知り、勇気を得ることが出来たのだった。

 そして、養育係の家臣片倉十郎景綱に命じて、右目を取り去るように命じたのだった。政宗はその後、右目がないことに決して劣等感を感じなくなった。秀吉の時代、家康の時代、そしてその後の徳川の時代を伊達家は生き残ったのだった。
 余談になるが、伊達家の力を削ぐために、徳川幕府は伊達家の一部を愛媛県の宇和島に移した。貧しい日々の中で伊達は藩を豊かにすることに成功した。幕末に至り、宇和島藩の藩主は、薩摩、長州、土佐、宇和島と四役の一つにさえなることができた。苦難の中を努力した末の出来事だったようだ。宇和島には今での江戸時代の城が現存する。そこの天守閣に私は一度、登ったことがある。
 しかし、政宗は亡くなる時、政宗の銅像や肖像画を作る時は右目を入れて欲しいと言い残している。

 自分の肉体的劣等の姿が決して劣等感にはならなかった例である。イエスキリストのたとえもある。弟子が生まれつき盲目の人を連れてきた時、「神のみ栄えの現れんがため」とした。決して何の悪業でこうなったとは言わなかったのである。彼自身にしても、父親がいないが故に、父親を神に求めたのだった。

 人生に於いて現象的には不幸な出来事がある場合もある。しかし、その人がみ教えによって救われた時、その救いを他に及ぼそうという愛他行の精神を持つに至った時、「私は神に選ばれてそのような体験をし、同じような困難な状態の人を救う使命がある」と考えることできるだろう。そのとき、彼は劣等感を乗り越えて、使命感に達するのではないだろうか。
  政宗の場合は、結果的には東北に豊かな世界を築かれたのだった。

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
 2009年12月 4日のブログは、「デンマークの電気自動車」です。
明日から開かれるCOP15のことや、開催地のデンマークの温暖化対策事情などをご紹介しておられます。電気自動車の活用の現状や充電スタンドのことや、車種ごとの異なる電池の用意のことなどをご説明されています。それに関連して、VHS方式とベータ方式のかつての戦いのことを思い出すとしておられます。ビデオテープは本当は画質はベータの方がよいのですが、ソフトの量でVHSが勝利したと聞いております。
 地球全体の緊急要請である地球温暖化抑制のための技術であるから世界の自動車メーカーが協力努力して、早期に充電池の規格統一を成し遂げることを希望しておられます。

※今日は白鳩会の教区大会だった。かなり寒かったにもかかわらず、648名の方々がお集まりになった。どなたにお聞きしても今日の講話は感動したという人ばかりだった。私の講話ではない。白鳩会会長さんの講話のことだった。唯一絶対の神を信じ、神の子を信じて、ひたすら行じ、生きてこられた真の信仰者の姿に聴衆は感動したのだった。ご推進や運営に携わった皆様、ご参加の皆様に心から感謝申し上げます。

 中内 英生

絵手紙誌友会をテーマにした舞台です。にわか画家 出雲弁での 誌友会 絵手紙描きて 楽しかりけり

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December,05,2009「清元の雁金」

Photo December,05,2009「清元の雁金」
今日の詩::宝石は 庭に輝く 月見草

 芸能花舞台(2009/11/29)で清元志寿太夫の舞台Photo を見た。97歳の時のもの。雁金を歌っていた。100歳で亡くなるが、本人も息子さんも人間国宝だった。妻に恵まれ、子供や孫にも恵まれた人だったようだ。歌い方というべきか、唱え方というべきかは知らないが、実にゆっくりとしている。あの年齢でよくあんな高音が出ると思った。人間はこれくらにゆっくりと人生を味わいながら生きる必要があるのだろうと思った。それで初めて、すべてに於いて恵まれるのではないだろうか。97歳の彼は次のように言う。

 お稽古するというより、自分が(稽古が)好きだから、お客様にも歌っているのを聞いていただいたりしているが、なかなか満足していただけません。でも、好きに任せて毎日を過ごしています。

 好きであることが一番なのだろう。私たちも真理を行ずることが好きになる必要があるのではないだろうか。いわゆる厳しい修行という感じでは、顔に笑みは浮かばないかもしれない。今日も、午後一時から四時まで、受験資料作成の業務をメンバー3人で行った。この仕事も、仕事だと思っている限り続くものではない。私はこの仕事をする時には、楽しくて仕方がない。そういう自分であることがうれしい。
 ともかく仕事でやっていることを楽しむことだ。そしてゆっくりと味わうことであろう。 
 昨日に引き続き、平山郁夫さんのことを書かせていただきたいと思う。朝日新聞(2009/12/04)には、私たちの絵封筒や絵手紙を描くのに参考になることが書かれている。それは次のような内容だ。
 『戦後すぐに、東京美術学校に入学した150人に、校長は言った。「諸君のうち、宝石はたった一粒です。その一粒を見つけるために諸君を集めました。他は石に過ぎません」と。すごい訓辞だと思うが、事実なのだろう。そこで平山さんは自分は石だと思っていたそうだ。3年生の時についに見切りをつけた。しかし、新任の先生に言われた。「君の絵はこれ以上、下手にならない。おおらかにやりなさい」と。これもまたすごいことをいう先生である。この一言で続けることにしたという。この一言がなかったら、膨大な画業の一切を、私たちは目に出来なかったかも知れない。』

 マイナスの言葉をプラスに受け止めて明るく絵をお描きになられたのであろう。その関係か、平山さんの絵を見ると、何故か心が明るくなる。私もそんな絵を描いてみたい。

 平山さんの画業の原点には被爆があった。描きたいのは「平和」だったが、原爆の絵は心の傷口を広げるので怖くて描けなかった。悩み抜いてたどりついたのが仏教だったという。怒りではなく、『平和への祈り』こそが自分のテーマだったことに気がついたそうだ。それ以来、出世作の「仏教伝来」から作品が始まる。
 総裁先生のご指導のように、真象を認めて、表現するという日時計主義の生き方こそ、世界平和をもたらす最強の方法であるのに違いない。
 島根の皆様、今日も明日も、日時計主義を生き続けましょう。

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 2009年12月 3日のブログは、「2つの出来事」です。平山さんとオバマ氏のことが書かれています。キーワードは、「戦争と平和」であるとしておられます。鋭い視点で二つの出来事を読み解いておられます。アフガニスタンを含む東西交流の地域が舞台です。最後まで御文章から目が離れません。島根の皆様、拝読下さい。

※明日の白鳩会教区大会の準備のために皆様は朝から忙しく動いていました。夜は風が強くなりましたので、明日は良い天気に恵まれるでしょう。
 なお、俳句を詠まれる女性の皆様、明日の大会の写メール俳句をお願いします。

 中内 英生 

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December,04,2009「平山郁夫画伯」

Thumb_7819311174b18801b2d579 December,04,2009「平山郁夫画伯」
今日の詩::立ち止まる 時間があれば 今一歩 前に進めと 父の言うなり

 日経新聞の配達所から平山郁夫画伯の平成22年カレンダーが届いた翌日、訃報が新聞に書かれていた。
 カレンダーを見てみると、「レギスタン広場のモスク・サマルカンド・ウズベキスタン」などがあり、「平山郁夫素描カレンダー」である。日経新聞(2009/12/03)によると次のようなことが書かれていた。

 10年間は絵で金をもらうな。古典の研究を怠るな。一流のものだけを見ろ。古典の研究を怠るな。一流のものだけを見ろ。模写を続けろ。いい道具だけを使えー。
 東京美術学校(現東京芸大)の日本画予科に合格した16歳の平山郁夫少年に、著名な彫金家だった大伯父の清水南山はこう言ったという。
(生長の家的に考えると、奉仕精神で光明化運動を行い、『生命の実相』を拝読し、超一流の信仰者であられる総裁先生のご指導の講習会を受講し、またご著書を読み込み、そのご生活を学ぶということなどでありましょうか。)

 平山さんの絵は、島なみ海道の途中で、平山郁夫さんの美術館があるので一度見に行ったことがある。タリバンの石仏破壊に対しても中止を訴えたりいろいろと行動範囲の広い人だったようだ。奈良の薬師寺で、「大唐西域壁画」を見たが、玄奘三蔵の求道の旅を描いていた大作だった。
 かつて、絵では、東山さんの絵と平山さんの絵に魅力を感じていた。渋谷の東急デパートで、東山魁夷さんの絵画展を見たが、平山さんの絵は東山魁夷さんの日本風の絵とは違った魅力を湛えている。

 日経新聞には「仏教伝来」もモノクロで掲示している。この絵は原画でみたことがある。仏教について多くを描いており、平山さんの絵を見ることによって、この日本に仏教が伝来したことへの感謝の心を私たちに起こさせてくれるのではないだろうか。
 被爆体験が原点になっているとされる。日経新聞に「評伝」が書かれているので、少しばかりご紹介しておきたい。日時計主義に反して少し暗いことも書くので今日はお許しいただきたい。

 平山さんは、15歳の時に広島で経験した原爆被爆の後遺症と精神的ショックを、日本画への情熱で乗り越えたとされる。
 原爆が投下された1945年8月6日、平山さんは爆発寸前に小屋に逃げ込み、その中で閃光に包まれた。広島の惨状は中学生の心に深い傷を残し、20年間広島を訪れることができなかったという。
 後遺症で白血球が半減したのを知ったのは被爆から10数年後だった。院展に入選を繰り返しながらも飛躍のチャンスをつかめないでいたが、「いよいよやられたかな」と観念すると逆に勇気がわいてきたという。
 このときに描いたのが、上記の「仏教伝来」だ。この絵には救済を求める画家自身の実感が投影されていた。安田ゆき彦画伯に絶賛されるなど好評を博した。以後、次々に仏教関連の絵画を発表した。充実した気持ちは白血病を克服する力をもたらし、快方へと向かわせた。これは、「肉体は心の影」という生長の家で説く真理を証明するものだろうか。

 これを契機に、平山さんの行動力が広がる。毎年のようにシルクロードへ取材旅行に行った。回数は150回、全行程は40万キロに及んだ。そこで見た生活、風景、人々などを緻密な作風で描いていく。
 しかも、その旅を通じて、シルクロード周辺の遺跡の文化財赤十字を提唱したり、私財を投じて在外の日本美術の修復を実現したりしたという。
 被爆体験を乗り切り、その後の行動の模範となった玄奘を長く思慕し続けたとされる。その思いは、上記の薬師寺の大障壁画となって結実した。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2009年12月 1日のブログは、「小中高生の“問題行動”」です。
新聞の数字の記載方法についてお書きになっておられます。
  イジメは16パーセントの減。高校での暴力行為は大幅な減少。自殺も減少している。暗いことを強調する書き方に問題があるとしておられます。
また、本当に言いたいのは、「よい点を認めて強調することで社会はよい方向へ進む」ということである。しかし、これは日時計主義を理解する人にしか分からないだろうから、現代のマスメディアにはあまり期待していないと書いておられます。

※中古のミニマックを入手して使い始めた。宇宙に浮かぶ地球の映像が美しくかつまぶしい。宇宙に浮かぶ地球の映像はパネルを東京在住時に新宿紀伊国屋書店で購入して以来だ。マックの良い点は、世界で使っている人が少ない関係か、ウィルスが入りにくいという点と、絵や音楽関係が優れているということだと聞いた。

 中内 英生

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December,03,2009「俳画」

Photo December,03,2009「俳画」

今日の詩::菊の花 どこで咲いても めでたいね

「花の郷」で見た菊の花です。ちょうど、菊の花愛好家がたくさんの立派な菊を出品していました。

 中内 英生

サザンカの 雨にうたれて なお紅く

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December,02,2009「道をつくる」

Photo_3 December,02,2009「道をつくる」
今日の詩::柿の実を 空に眺めて 秋を知る
※この柿は、松江道場の柿の木になっていた柿の実です。

 道を作るということは、何かを行う時には必要な手だてのようである。ある組織が現存している地点を教えてくれたが、9号線沿いが多かった。それは人の行き来が激しく行われているので、拠点も必要に応じて存在するということであろう。もしも、行き来がなければ消滅するのかもしれない。現在は、交通といっても炭素ゼロ運動を行っている私たちにとっては、インターネットは情報が行き来する有効な手段であるに違いない。

 多くの人に一カ所に集まってもらうよりも、一人の人が地元に赴く方が二酸化炭素の発生は少ないだろう。出来るだけ不要な二酸化炭素発生を抑えて、物事を成就するために有効な手段を講ずる必要がある。

 交通は、往来することで役に立つ。現在は隠岐の島や松江、石見など色々と行くことが多いが、皆様に喜んでいただけることが大変にうれしい。毎月行き来するとき、その地は盛んにならざるを得ない。
 練成会は現在は、参加者平均60名台である。参加した人はみな喜んでくれている。私はその喜びが誌友会に移行して、参加者が誌友会に近所の人々を呼びたくなるようなものにしていただきたいと願っている。

 今日は、午前中は組織の会議、午後は練成会打ち合せ会、栄える会会議、講師受験の資料作成会議などで、ようやく夜9時に一日の業務が終了した。自分で勝手に忙しくしているのだが、少しでも皆様のお役に立たせていただけることが何ともうれしい。
 
 このブログもかなり続いているが、最近私は、本部のポステングジョイにも参加している。全然知らない人からのコメントをいただくことが多い。私の俳句や短歌なども添削してくれることもある。これがまた、うれしい。島根の皆様にも投稿したものをできるだけお見せしたいと思っている。

 島根の皆様、今日はここまでにさせていただきます。

 中内 英生

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December,01,2009「俳画」

Photo_2 Photo December,01,2009「俳画」

                                

                                                                                               

今日の詩::柚の実の 絵となりいのち 永遠に

高き山 登るにつれて 見渡せる 視界開けて パノラマとなる 

柚の実は、そのまま置いておくと萎びるか腐ってしまうでしょう。しかし、絵にすると相当に保ちます。柚の実のいのちを絵にしたものといえます。山の絵は、私たちが、常に高みに登ることにより、さらに視界が開けてきます。慈悲喜捨を行ずることが魂を高みに登らせてくれます。さらに、知識的に広く正しい情報を得ることが必要です。情報といえば、とりわけ、実相世界の情報が特に私たちの人生にとっては必要でありまして、そういう意味では、実相世界の神の子情報を提供するということになり、情報産業と言えるのではないでしょうか。そのためには、神想観の実修と聖典の読じゅ、あらたな教義をご教示くださる総裁先生の御著書の拝読が必要でありましょう。

中内 英生

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December,01,2009「”万事好都合”の唱え言」

December,01,2009「”万事好都合”の唱え言」
今日の詩::吾が家の 子育て楽し 和気藹々Photo Photo_2

 プラス思考と言う言葉がある。島根の皆様は活用しておられますか?「日時計日記」を書いておられる人はそのまま御実行しておられるのです。
 先日、誌友会で益田に参りました時に、地元の皆様から尊敬を集めておられるご年配の女性地方講師さんがわざわざ駅まで出迎えに来ておられまして感動いたしました。誌友会にてご一緒に絵手紙を描かせていただきました。益田はとても発展しているのです。その講師さんから次のようなことをお聞きしました。現在は、会議で出雲の教化部に行くことはありませんが、お役をいただいていた頃は、汽車で通うのです。「遠いから良い」のだと皆様に言っています。それは往復の間に、いつも『甘露の法雨』を10巻拝読したというのです。帰りに益田の駅に着く頃には感動の涙が流れるというのでした。「この人の信仰は本物だな」と直感いたしました。地元の皆様方が尊敬しておられる筈だと感じました。これがいわゆるプラス思考でありましょう。別名は「日時計主義」ともいうのです。

 NHKBSで「ポリアンナ物語」がようやく終わりましたが、どんな時にも「よかった探し」を続けていたポリアンナが多くの人々を幸福にして感謝されたのでした。これもプラス思考です。何度も書いて申し訳ないですが、朝日新聞(2009/11/28)には勝間和代さんが「人生を変えるコトバ」として「自分ばかり損をしていると思うな」と書いています。経済評論家であり、公認会計士の人です。言っていることは生長の家とよく似ているのですが、コトバがとても新鮮であり、経済人にマッチしているコトバを使用しています。逆に言いますと、生長の家の御教えにすべて書かれていることばかりのように思えます。

 たとえば、『この言葉は、読者の方からさまざまな人生相談を受ける中で、人生がうまくいく人となかなかうまくいかない人の差はここではないか、と気づいて言語化したものです』といった書き方をしておられます。ここでは被害者意識がその人の人生を被害者にしてしまうというものです。『生命の実相』に「つぶやく人の恋は成就しない」という話があります。これと同じです。その辺りのことを勝間さんは上手に説明しています。
 そもそも神の子の自覚とは、「すべての責任は自己にある。自分の運命を支配するのは自分である」という自覚です。従って、不運を決して他人のせいにしない生き方です。しかし、うまくいかないのをあの人がああ言ったからなどと考えてしまうと、神の子の自覚から転落してしまうのです。神の子の自覚から転落すると、当然のことながら、「環境は自分の心の影」として環境に影を落とすのです。

 勝間さんは、「自分はいつも人生から新しいことを習っている」と考える人は、常に周りへの感謝を忘れません。不運なこと、つらいことがあったとしても、そこから自分にとっての幸福の種を見つけることができているのです」と書いています。実に素晴らしく人生を理解しておられる人のようです。
 これは、どんなことでも観世音菩薩様の慈悲の現れとして感謝して生きるという生き方です。「感謝は絶大な力である。単に受け身のものではなく、積極的な創造力である」と生長の家では教えられています。もう一つ、重要なことは、生長の家の御教えは、「言葉の創化力」というものを活用することです。言葉で意識を作り上げるのです。これが決めてです。従いまして、題名のように「万事好都合」という言葉を使って「うれしい!」という感情を起こしまして、その結果として現象的にも環境が円滑化し良化するのです。

 島根の皆様、「与えられたい」と思う受け身の求める心の生活から、如何に他人に与えて幸福にするという、与える生活に転換いたしましょう。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2009年11月29日のブログは、「長崎で感じたこと」です。長崎南部教区の講習会のことを書いておられます。二年前に四会場だったのが、一会場になり参加者が減少したことに触れておられます。炭素ゼロ運動の関係(一カ所集中は合理的ではない)と高齢者にとって移動は不利であることをお書きになっておられます。
 島根ではその点で前回の反省をして、次回は二会場を予定しています。成功を祈ります。
また、日本に於けるキリスト教徒の人数が100人に二人に満たないことを不思議としておられます。クリスマスは盛んに行われているのですが…。拝読下さい。
 
※今日は午前中は、聖使命会員・組織会員感謝祝福祈願祭を行った。減少数を増加数がわずかながらも上回る傾向が出てきたことはうれしい。午後は、会議が続いた。今日も一日、有り難うございました。教化部会館の外窓は次第にきれいになりつつあります。

 中内 英生

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