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2010年1月

January.30.2010「”森の中のオフィス構想”」

January.30.2010「”森の中のオフィス構想”」
今日の詩::Img760 冬鴨や 自在に泳ぐ 水の中

  「“森の中のオフィス”構想」について 学んで参りましょう。
 

  “自然と共に伸びる”生き方を推進する宗教的基盤の確立、とあります。
 教義と実践の両面で、自然と人間の共存を推進させようというものであるといいます。そのためには、まず教義面で「自然と人間との共存共栄を担保する信仰や思想」の構築が必要であり、また実践面では、「自然の恵みへの感謝、自然との一体感等を文化活動として表現」することを掲げておられます。これは、現在青少年練成会などでできるだけ自然の中にとけ込むプログラムを奨励しているのと同じ考えなのでありましょうか。
 
 現在行っている絵手紙なども「言語や文化を越えた交流や理解」という文言ありますので、将来、素晴らしい行事が催されるのではないかと期待がふくらみます。下記のアドレスより総裁先生のブログを拝読下さい。

http://www.masanobutaniguchi.com/

 ※今日は、午前午後と幹事会・五者会議だった。明日は青年会教区大会である。素晴らしい大会になると確信しております。

 中内 英生

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January.29.2010「音楽と牛乳」

January.29.2010「音楽と牛乳」
今日の詩::冬の朝 富士エネルギー 昇り立つPhoto_2

 妙な取り組みのようだが、まじめな話である。先日、音楽を聴いて熟成した有名なお酒というのをいただいた。今も尚飲まずに眺めている。朝日新聞(2010/01/27)に、「モーツァルトを聞き牛の乳よく出る!?」とあった。興味深い内容だ。山口県立農業大学校で調査が発表されたという。

 「クラシック音楽を聴いた牛は乳の出がよい」と「経営プロジェクト成果発表会」での発表である。クラシックを聴いた乳牛は現代音楽よりも、乳量が一日平均、0,8グラム多く、「特にモーツァルトは牛の心拍数を下げてリラックスさせる効果がありそうだ」と分析されたという。

 発表したのは、同校酪農経営コース2年の末藤奈穂実さん二十歳である。同校で育てる4頭の乳牛を、夏はモーツァルトの名曲を流す区域と現代音楽を流す区域で各14日間場所を移して心拍数と乳量を調べたのだった。
 モーツァルトを聴いた方は現代音楽に比べ、心拍数が低く、乳量も一日一頭当たり0,8キログラム増えていたという。また、冬の調査で音楽を流さない区域を追加して3カ所で各10日間調べたところ、音楽を流した区域の方が心拍数が低く、乳量も平均で一日、1,8グラム増加した。

 こうしたことから、末藤さんは「クラシック・現代どちらの音楽でも無音の場所に比べて、搾乳量の増加が期待できるという。特にモーツァルトはリラックスさせ、乳量を増やす効果がありそうだ」と研究成果を振り返った。

 末藤さんは卒業後、同県萩市の牧場に就職するようだ。「大きな牧場なので全頭にモーツァルトを聴かす訳にはいかないが、できるところから始めたい」としている。

 大体、このような内容だった。音楽でもそうだから、人間が聴くと色々な意味で効果が上がるのではないだろうか。しかし、どんな音楽でもよいというわけにはいかないようである。昨年は、チャリティコンサートで聖歌隊の皆様の歌をお聴きしたが、天国とはこのようなものかも知れないとまで思ってしまった。それくらい素晴らしかった。音楽は人間の心に何らかの影響を与えるようだ。

※今日は、松江の先祖供養祭だった。午前は、写経だった。仕事で毎月、『新講甘露の法雨解釈』を講話させていただけるのは実に有り難いことである。

 中内 英生

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January.28.2010「マリア・シャラポア」

Photo January.28.2010「マリア・シャラポア」
今日の詩::椎茸の 土の輝き 身に映えて

 昨年中に書きたいと思っていたが、つい書きそびれた。日経新聞(2009/9/29)にシャラポアが出ていた。記事は古いが我慢して下さい。伊達さんもすごいがこの人もすごい。1987年4月、シベリア・ニャガンで生まれた。4歳でテニスを始めたという。14歳でプロ転向した。2004年の全英で四大大会で初優勝した。06年全米、08年全豪などツアー優勝を19回した。ソニー・エリクソンの親善大使を務めている。右打ちで背長けは188センチだそうだ。

「ケガ越え世界一位を狙う」としている。女子テニスの元世界ランク1位、マリア・シャラポアさんは、22歳でロシア出身である。(昨年9/29現在)昨年5月、右肩の手術から復帰した。126位まで落ちた世界ランクも25位まで上昇したが、四大大会は、全仏8強が最高で完全復帰は来季以降だそうである。来季というと今季か?
 次が私がブログに書きたくなった彼女のコメントだ。

「毎日3時間、ジムにこもりきりで肩のリハビリをして、体力維持のために走った。年に11ヶ月間は試合をするのに慣れていたし、テレビではテニスの試合をやってるしで、苦しかった。だから忙しくするよう心がけた。携帯電話用の小道具や、靴、バッグ、洋服のデザインのアイデアを出したり、スポンサーとの仕事をしたり」と。
過去の栄光を思い出すと苦しくなるので、常に自分を忙しくして、「今」を生きたのではないだろうか?

 『今の女子テニス界のことだが、復帰したら、年下の選手が結構いた。私は”若い”と言われるのに慣れていたから、不思議な感じだった。みんな17,18歳なのにいいプレーをする。一方で、女王が復帰していた。全米を優勝したクライシュテルスにエナンのベルギー勢。二人とも若いから、復帰は予測していたが…。ツアーは面白くなりそうだ』。※常に前向きの考え方が光を放っている。

『キム(クライシュテルスは子連れで戻ってきたので驚いた。ケガに苦しんだ選手だから一時テニスにうんざりして引退したんだと思う。でも人生の大半をかけてきたものだから、少しゆっくりしたら試合が恋しくなったのね。私はまだ引退を考えたことはありません』。次の言葉にぐっときた。

『心のポケットにはいつも自信がある。”もっとよくなる”という自信です。好結果を出している時も、ケガをしている時も変わらない』
これは一種の信仰でありましょう。

『ただ勝ちたいというのではなく、試合で数㌫でも成長したと思いたい。あるレベルに達すると、1、2㌫でも成長するのは大変です。その数㌫ずつの積み重ねが好成績に繋がります』。
 ともかく生命の法則は生長することにあり、退歩することにはないと教えられている通りです。 

目標はというと『四大大会をもっと、特にまだ勝ったことのない全仏を勝ちたい。世界一位の返り咲きも実現したい。テニスをやっている限り、2位や3位でいいなんておかしい。1番を狙う。試合が続くとまだ肩の疲れが出るし、試合の一週間で6試合を勝ち抜く体力、試合勘を取り戻しているところです。テニスを始めたころに戻った気分よ』。
 なーるほど!です。
 島根の皆様、常に進歩し、自信をもって人生の試合に臨みましょう。

※今日は、木曜休日でゆっくりさせていただいた。感謝である。

 中内 英生

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January.27.2010「言葉で心臓病が完治す」

January.27.2010「言葉で心臓病が完治す」
今日の詩::サツマイモ 人を生かして 幾世紀Photo_3

『生命の実相』第1巻の頭注版146頁には、「言葉で心臓病が完治す」という見出しがある。

東京に、心臓弁膜症だという診断を数名の医者からうけて、不治症だとあきらめていたご婦人がおられたというお話です。そして、石塚右玄氏という食療法の医者を訪ねて、診察を依頼すると、何とそれはバセドー氏病だとのことです。

148頁の14行目からの御文章を掲載させていただきます。

”この患者は諸方で心臓弁膜病だと診断され、「心臓病は不治だ、不治だ」という観念をいたるところの医者から植え付けていたのでありますが、「あなたの病気は心臓の病気ではない。咽喉の腺の病気だ」と強く強く断言さえたときに病気の位置が転換してきた。「ヤレヤレ自分の病気は心臓にない」という気がしてきたのであります。彼女は急に心臓が楽なような気がして、バセドー氏病によいという服薬と食療法を続けているうちに一ヶ月ばかりで心臓病の症候がスッカリなくなってしまったのであります。”

 この御文章に注目させていただいたのは、現在、受験勉強で学んでいるプラシーボ効果とやや似ているのではないかと考えたからです。服薬と食療法ですので、何らかの物理的な処方があるというこでありましょうが、信念の喚起が病気を消滅させたということでありましょう。

『生命の実相』の継続的拝読は、野球で言えば信仰の足腰を強めることになります。しかし、基礎体力だけを強化しましても、新しい技術を体得しなければ、試合に勝つことは出来ません。現代人にどのように真理をお伝えするかという、具体的内容が書かれた総裁先生の御著書を何度も拝読いたしましょう。そこにこそ、現代人に生長の家を伝道する力が発揮されるのではないでしょうか。

 中内 英生

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January.26.2010「佐治谷のカラス売り」

Photo_2 January.26.2010「佐治谷のカラス売り」
今日の詩::樹を植えし 山新緑の 風伝う

 「山陰中央新報」を読むようになった。その中で興味を引いた民話があった。「出雲かんべの里」館というところがあるそうだ。米子市古豊千と書かれている。当地方では、佐治谷話として語られることがおおいらしい。木村美代子さんという方が話された内容だ。

 かいつまんでご紹介しよう。昔、佐治谷の人がカラスを袋に入れて背負って、先の方にはサギをぶら下げて、「カラス、カラス、カラスはいらんか」といって売り歩いていたという。そうするとみんなが、「あのバカが、またあんなことを言って、サギをカラスと間違えて売りに来たよ」と言って、買ったところ、佐治谷の人は袋の中からカラスを取りだして渡した。「これは違うがな」と言ったところ、「違わへん。私は初めから”カラス、カラス”と言って売り歩いておったとのことである。最後に、「その昔こんぼち」と書かれているが意味を理解出来なかった。どなたか知っている方がおられたら、教えて下さい。

 これな何の教訓だろうか?私の推測するところでは、耳よりも目からの印象が強いと言うことではないかと思う。言うよりも、活字、活字よりも絵、絵よりも写真、写真よりも動画がインパクトが強いということではなかろうか?と考えてしまった。

※日経新聞(2010/01/26)「春秋」には、日本の住宅事情が書かれていた。
 最近の流行は割安な中古物件を買ってリフォームする方式だという。リフォームせずに使うやり方もあるようだが、外見だけでも新しくすると気分がよい。古民家をみてもわかるようにしっかりした住宅は本来、手入れさえすれば長期に渡って住み続けられるのである。造って壊すのではなく、暮らし続ける。マイホームの姿も変わり始めているようだ。

 変化を恐れてはならない。変化の中にこそ、進歩があるからである。私たちは、細胞が常に変化している。その変化を司っているのが生命である。従って、私たちは変化そのものの中にいるということを忘れてはならない。私たちは変化に強いのだ。

※今日は、終日会議だった。一年に一回、この会議のために上京させていただけることはさまざまな面で学ぶことができ、有り難いと思う。会議後、Tさんという職員の方から、版画の手ほどきを受けた。島根に帰ってから彫ってみたいと思う。一緒に版画をしてみたい人はありませんか。

 中内 英生

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January.25.2010「環境倫理三原則」

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January.25.2010「環境倫理三原則」
今日の詩::贈られし キウイの香り 瑞々し

 環境倫理三原則という言葉がある。それは、①個人を超える価値の問題である。多数の個人が自分たちの代表として少数の人間を選び出してその代表者が国政を決めるという現在の「個人を至上の価値とする民主主義の考え方」では解決の道を見いだせないとしている。これから生を受けるであろう未来世代の人々のことも考えていかなければならないということである。これを「世代間倫理の視点」というのだそうだ。

 二つ目は、国家を超える価値である。「地球に国境はない」という言葉があるが、まさにその通りのようだ。気候にしても経済にしても、すべてはグローバル化している結果のようだ。世界全体の20㌫の先進国の人々が地球上の80㌫のエネルギーを消費し、多く二酸化炭素の排出をしている米国、中国、インドなどの国々のCOP15での足並みがそろわなかった。このような国益を優先する考え方では、地球規模の環境問題は解決しないと思われる。
  これは現在の主権国家の枠組みを超えた問題である。黄砂の問題、海洋汚染、大気汚染、海面上昇など具体的な問題はすべて、地球全体の問題となっており、国家の枠組みを超えた取り組みが必要であると思われる。

 三つ目は、人間を超える価値である。
人間はすべての生物の連鎖の中で生かされているという、地球の一部に過ぎないという考え方に立つ必要がある。人間中心主義をヒューマニズムというが、その考え方では不完全である。ヒューマニズムから脱皮する必要がある。自然と共に栄える。自然と共に生きるという生き方が求められている。それは生物多様性を破壊しない生き方である。

 島根にも多くの山や山林がある。それらの自然資本に対してどのように考えるべきであろうか。人類が手をつけていない自然、自然そのものに価値を見いだすという考え方が大切である。それを自然資本の考え方という。
 二つ目には、資源の生産性を向上させ、あらゆるものを資源として価値を認めて使っていくというやり方である。
 三つ目には、無駄の排除である。
 四つ目には、生命システムとしての人間以外の生態系を壊さないで最投資して育て上げていくという態度こそ必要である。
 
  人間が開発を行うと資本が生まれるという考え方ではなく、人類が手をつけていない自然そのものにも、資本としての価値が十分にある。言い換えると自然そのものに価値があると認めることが大前提となる。

 私たちは山道を車で移動することがたまにあるが、それは宝の山の中を、大いなる価値の中を移動していると考えるべきでありましょう。

※今日は、明日の会議のために上京した。東京は寒くない。喧噪が却って懐かしく感じる。ホテルでは、明日の会議の準備をしたり、文章を書いたりでゆっくりとした時間を過ごさせていただいた。感謝です。
  午前10時から午後5時まで新規と昇格の受験学習会と担当していた。もっと時間的に余裕があればとは思うが、精一杯頑張って、生きていくのも一つの生き方なのだろうと、自分を慰めた。ともかく日々、喜びが湧いてくる。

 中内 英生 

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January.24.2010「季語の消滅?」

January.24.2010「季語の消滅?」Photo
今日の詩::風なぎて 冬に暮れゆく 隠岐の海

 季節を問わずに桜が花を咲かせることができるという。お茶の葉を冬でも収穫することもできるという。特定の遺伝子の働きをとめたり栽培環境をきめ細かく調整したりする方法で植物が育つリズムを人工的に変えられるようになったらしい。「植物工場」も登場している。制御技術はまだまだ進む余地はあるとするが、期待されているとはいえ、それは本当に人の心にどのような影響を与えるのだろうか。四季折々の景観や旬の味覚を楽しむ感覚は薄れていくかも知れない、としている。これは日経新聞(2010/01/24)に掲載されていた。植物にせよ、動物にせよ遺伝子は数億年の歳月を経て淘汰され、現在のようになってきた。しかし、それを突然に変えてもよいものだろうか。出来ることとしてもよいこととは違うのではなかろうか。
 現在、地方講師の昇格受験の学習をしているので、GM作物とか、生物多様性とかで学習しているので、考えさせられることばかりだ。
 そのような植物が多数になると、季語も変わってくるのではないだろうか。はたしてそれは可とすべきでありましょうや?

【少しでも歩こう!】
 対象者を、「仕事がデスクワークで、特に運動をしていない」という人たちから、「職業的に重労働に従事しているか、または毎日一時間以上スポーツをしている」人まで、日々の運動量をもとに四つのグループに分けて、八年間にわたって、死亡数をグループごとに調べたという。

 日々の運動量が多いほど、死亡率は明らかに低くなることが分かったようだ。運動量が最も多いグループでは、最も少ない人たちに比べ死亡率が男女とも三分の二くらいになっていた。
 もちろん、運動には突然死、けが、紫外線の外などマイナス面も見逃せない。日々の暮らしの中で、ほどほどの運動を心がけようと呼びかけている。この情報は、日経新聞(2010/01/24)の「ほどほど健康術」「日々の運動で長生き」に掲載されていた。少しの所は大いに歩こうではありませんか。与えられた寿命は120年と言われています。まだ先は長うございます。大いに長生きをし、大いに学び、大いに神様のお仕事に貢献いたしましょう。

【絵手紙・絵封筒展終了】
 今日、午後四時過ぎ、閉展式を行った。こんなに皆様が喜んで下さるとは思わなかった。喜びの輪はさらに広がっていくだろう。来場者全員に御抹茶と和菓子の接待があった。至福の三日間であった。知らない人たちがたくさんお出でになられた。これも絵手紙展の効用なのだろう。お世話くださった運営委員の皆様、幹部の皆様、参加者の皆様、心より感謝申し上げます。

 中内 英生

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January.23.2010「絵手紙を描く実習」

Photo January.23.2010「絵手紙を描く実習」
今日の詩::新年を 富士でおろがむ ご来光 自然と共に 栄えんと祈る

 今日は絵手紙・絵封筒展の第二日目だった。午後は絵手紙を描く意義の講話を担当させていただいたり、実際に絵を描いた。とても素晴らしい喜びの時間が過ごせたように思う。御抹茶も好評であった。和菓子は出雲の老舗のものが出された「柚まんじゅう」だった。たまにはこのような信徒間のよろこびの時間をもってもいいな、と思った。

 チャリティコンサートとの違いは、何かというと、音楽は聴くことが殆どだったが、絵手紙展は、自らが不可能の意識を打ち破り、40年、50年ぶりに描いたということだろう。それは「喜び」の他の何者でもない。この喜びが、本業の教勢発展に反映されることを念願している。

 それにしても、私自身も安来の山奥まで行って、ご年配の方々に誌友会でご指導申し上げ、さらに海を渡って、絵手紙の指導をさせていただいた。このような機会を与えて下さった総裁先生に心から感謝させていただく次第である。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】 

2010年1月18日のブログは、「立正佼成会もISO14001取得へ」です。取得のいきさつや歓迎のお言葉などを述べておられます。これは特記事項でありましょう。ぜひ、拝読下さい。

※ 次は、絵手紙展の動画です。

  中内 英生

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January.22.2010「『甘露の法雨』の功徳」

Photo January.22.2010「『甘露の法雨』の功徳」
今日の詩::厳寒を ものともしない シクラメン 燃ゆる思いで 他人(ヒト)に光を

 今日の夜は、青年会の学習会があった。I青年会員が『甘露の法雨』の功徳について素晴らしい説明をしていた。大辞林によると「功徳」とは次のように書かれていた。
①よい果報が得られるような善行、②以前によい行いをしたために、実現したよい報い、とある。①の場合は、善行だから物質的な御利益ではないようだ。②は、善行に伴うよい報いだから自分の利益になるようなものもあるのだろう。
 こう考えてみると、①の場合は、「衆善奉行、諸悪莫作」の行いだから、善行の喜びで精神的なものではないだろうか。その精神的喜びを「功徳」と称するならば、実に素晴らしいことであろう。
 ②の場合だが、善行の報いを言うとある。「与えよさらば与えられん」の横の真理の実践であると考えられる。物質的なものも願望の中にあるかも知れないが、法則に乗ったところの獲得方法ではある、と考えられる。

 功徳という場合、二つの意味があることを知った。さて、『甘露の法雨』の功徳だが、島根の皆様はどのような思いを持っておられるだろうか。最近、各地の先祖供養祭で『新講甘露の法雨解釈』を宣伝すると意外にも、高価な厚い本であるにもかかわらず、随分よく売れることに気がついた。これは何を意味するのだろうか。一つは毎日、三正行の一つとして、先祖供養の時に拝読するのだが、意味を余り考えずに読んでいるのかも知れない。私は、『甘露の法雨』は最近はその講義をすることが少なくなった。これは私の反省である。かつて、台湾での伝道では青年会で上記の聖典を使わせていただいた。『甘露の法雨』は、生長の家の御教えを包含していると言われている。従って、「甘露の法雨」を説くと必然的に生長の家の教義の全貌を明らかにすることになる。

 意味がよく分かって、拝読するのと、意味が分からずに拝読するのとでは随分と違いが出てくるのではないだろうか。私はそういう意味で今後は、できるだけ『甘露の法雨』を講話し、かつ『新講甘露の法雨解釈』をテキストに使わせていただきたいと考えている。

  以前、松江の信徒さん宅を訪問した時のことだが、大きな軸に甘露の法雨を筆で書いているのを拝見した。抜き字でたしか「実相」と書かれてあったと記憶している。甘露の法雨の功徳は、何年経っても不来るなるものではない。

 昔、山陰である海産物問屋を営んでいたご主人が、医者に行くと末期の癌だった。帰りの道が分からなくなるほど狼狽えたという。途中に神社があった。そこには、旅の寄宿人がおり、目が見えなかったので何かお経のようなものを本尊さんに向かって打ち振っていたという。それが『甘露の法雨』だった。そこに置いてあった贈呈用の神誌(現在の普及誌)をいただいて彼は帰ったという。その夜、彼は寒い廊下で苦しみもだえた。迷いの自壊作用であるという信念があった。妻にバケツを持ってこさせ、毛布を掛けてもらい一晩中苦しんだ。朝、家族が気がつくと、サカナの腐ったはらわたのようなものがバケツにいっぱい入っていた。癌組織が一晩で下ったのだ。それ以来、彼は山陰に御教えを伝えていったらしい。山陰の草分けであったらしい。この話を私は若い頃、練成会に来ておられたこの海産物問屋のご主人の娘さんにお聞きした記憶がある。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
 
 2010年1月17日のブログは、「高知の講習会は大成功!」です。成功の要因をお書きになっておられます。誌友会に重点を置いたことや、単層伝達を早くから実施したことや、講師研修会を各所で行ったことなど、さまざまな大成功の要因を掲げておられます。島根にも大いに参考になるのではないでしょうか。拝読下さい。

※今日は、絵手紙・絵封筒展の第一日目だった。見に来られた人々は大変喜んで下さった。まことにも素晴らしい行事だと思わせていただいた。

 中内 英生

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January.21.2010「二酸化炭素の”青い吸収源”」

Photo January.21.2010「二酸化炭素の”青い吸収源”」
今日の詩::見上げれば 小鳥の声で 春を知る

 生物多様性に関してであるが、地球温暖化防止や地球環境保全への関心が高まる中で、一般的に使用する言葉に「生物多様性」という言葉がある。
 しかし、生物多様性とは、基本的にはあらゆる生物(動物、植物、微生物)と、それによって成り立っている生態系、さらに生物が過去から未来へと伝える遺伝子とを合わせた概念のようだ。従って、生物多様性には、①個体の多様性、②種の多様性、③生態系の多様性、の三つとされている。
 多様性を破壊する原因としては、温暖化、森林の伐採、遺伝子組み換えによる、同種の動物や種子の拡販など、もともと人間の利己心が原因とされているものがほとんどではないだろうか。

 ところで、朝日新聞(2009/12/11)には、環境に関しての記事が掲載されていた。「マングローブ林や藻場の生態系は、CO2の重要な吸収源に」なるという。
 マングローブ林や藻場などの沿岸生態系が、地球の二酸化炭素吸収源として大きな役割を果たしているという報告を国際機関が相次いで発表したらしい。インド洋沖地震による津波の被害もマングローブ林を伐採していなかった地域は被害を免れている。また、これらは、日本人が食べるエビを養殖するために、マングローブを伐採しているということも言われている。時々、モスでエビバーガーを食べることがあるが、この行動もマングローブ林の伐採を助長している可能性があるのかも知れない。気をつけよう。

 沿岸生態系は埋め立てなど開発の犠牲になりやすく、現在2~7㌫の割合で失われているという。減少を食い止めることが温暖化対策の有力な手段になるとの訴えである。安田朋起さんの文章だ。もう少し、読んでみよう。

 国連環境計画や世界食糧農業機関などが10月にまとめた報告によると、マングローブ林、海草藻場、海辺に広がる塩性湿地などの沿岸生態系が二酸化炭素を吸収する量は、日本の年間排出量(13億トン)に匹敵する年8,7億トンに匹敵する年8,7億トン~16,5億トンである。面積は海全体の0,5パーセントに過ぎないが、植物が育ち光合成が活発なため、森林のように二酸化炭素を大量に吸収する。

 一方、国際自然保護連合が、11月に公表した報告書には、マングローブ林が土壌の中に有機物を長期間閉じこめる能力は同じ面積の熱帯林の約50倍に達するとの研究結果が報告されているようだ。この数字は、驚異的ではないだろうか。日本の沿岸では、ほとんど藻場が失われている。藻場ではないが、葦の林がかつては、宍道湖一面にあったという。私たちはその再生の試みに期待する。

 マングローブ林は、二酸化炭素を吸収する能力では熱帯林に及ばないものの、根が深く植物体の多くが海底下にあるため、有機物が土壌の中に蓄えられやすい。植物が死んだ時の二酸化炭素の放出量の少なく、有機物を閉じこめる期間は数百年に及ぶようだ。有機物の腐食や分解が進みやすい熱帯林の土壌とは大いに異なるらしい。

 沿岸生態系は、近くに人間がたくさん住んでいるため、開発によって破壊されやすいようだ。1940年代から現代までに地球上のマングローブ林の30パーセント以上、塩性湿地の約25㌫、海草も場の30㌫以上が失われている。報告書は同類の人類に対する警告である。
 減少の傾向は約7倍に加速しており、「このままでは20年以内にほとんどがなくなる恐れがある」としている。

 しかし、二酸化炭素を吸収するだけでなく、魚介類など多くの生き物を育み、汚れた水を浄化し、海岸の浸食を和らげ、高波や津波から沿岸地域を守るなど、多様な機能があり、保全するメリットは大きいと断言している。国連環境計画などは、陸の森林を「緑の吸収源」、海の沿岸生態系を「青い吸収源」と名付けて、途上国での減少を食い止める仕組み作りを各国に呼びかけているという。

 島根の皆様、これらの情報をどのように消化しますか?まずは、新バージョンの四無量心を行ずる神想観を実修して神様に心を一致させて、自分にできる環境活動を開始いたしましょう。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
 2010年1月14日のブログは、「自爆テロは何のためか?」です。この項目では、最後の数行に、日時計主義とテロの撲滅について書かれています。拝読下さい。重要です。

※今日は休日だった。しかし、職員の方々や、明日から始まる絵手紙・絵封筒展の準備のために来館された運営委員の方々で普段の日のようだった。皆様に心から感謝いたします。そして、日時計主義と神性表現をお教え下さいました総裁谷口雅宣先生に心から感謝申し上げます。

※夜は、八時から十時までスカイプによる地方講師昇格受験の学習会が行われた。何とか成功させたいと願っている。

 中内 英生

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January.20.2010「新バージョン『四無量心を行ずる神想観』」

January.20.2010「新バージョン『四無量心を行ずる神想観』」Photo_2
今日の詩::赤カブに いのちを込めし 神の技

今日は、2月の「大和島根」に掲載予定のご挨拶を掲載させたいただきます。どうぞよろしくお願いします。

 神の子の皆様、有り難うございます。 
 ご存じの通り、一月元旦のご挨拶がブログ(2010/01/01)に掲載されております。その中で、四無量心を行ずる神想観の新バーションをご発表されました。このご発表は、生長の家大神様より総裁谷口雅宣先生を通してご教示されたところの新たなる生長の家の教義であります。島根教区の信徒は謹んで御心を深く拝受し理解し、この神想観を行じさせていただきたいと存じます。
 総裁先生は、実修の意義を次のようにお説きになっておられます。

 『そこで今日は、環境運動ではできない、宗教にしかできない方法で、この高度な自他一体感の醸成と拡大とを行うことを皆さんに提案したい。それは「神想観」を行うということです。ご存じのとおり、生長の家には「四無量心を行ずる神想観」というのがあります。これの“新バージョン”を作りましたので、ここにご紹介いたします。』

(祈りの言葉省略)

 『この神想観を、今年から機会あるごとにしっかり実修して、“炭素ゼロ”を念頭においた真理宣布の運動を、今年も大いに拡大させていきましょう。皆さん、本年もよろしくお願い申し上げます。』

 このようにお書きになっておられます。今年は講習会がありまして、総裁先生、白鳩会総裁先生においでいただき、ご指導を賜ります
どうぞ、それまでの間、大いに推進活動を行いまして、前回を大きく大きく上回る参加者で喜びの講習会を受講させていただきたいと存じます。

以下、神想観の祈りの言葉を掲載させていただきます。

『(神想観の最初の基本部分に続いて、次のように唱えます)

「わが心、神の無限の愛、仏の四無量心と一体にして、虚空に広がり宇宙に満ち、一切の衆生をみそなわして、その苦しみを除き、悩みを和らげ、楽を与え、喜びを与えんと欲するのである。

 わが心、神の無限の愛、仏の四無量心と一体にして、さらに虚空に広がり宇宙に満ち、地球のすべての生命(せいめい)と鉱物の一切を見そなわして、その苦しみを除き、楽を与え、多様性を護り、喜びを与えんと欲するのである」

 (この2つの言葉を繰り返して念じた後で、次のごとく念じます)

「一切衆生の苦しみは除かれ、悩みは和らげられ楽は与えられ、喜びは与えられたのである。ありがとうございます。ありがとうございます。
 
 すでに、地球のすべての生命(せいめい)の苦しみは除かれ、楽は与えられ、多様性は護られ、喜びは与えられたのである。ありがとうございます。ありがとうございます』

 以上です。島根の信徒の皆様、どうぞ早朝行事におきまして、またお時間を作っていただき実修いたしましょう。

※今日は、江津で先祖供養祭があった。御祭りの後は、30分間ほど、講話を担当した。それからは、受験勉強を行った。受験日まで一ヶ月を切った。皆様は大変、集中しておられます。

 中内 英生

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January.19.2010「地道」

January.19.2010「地道」
今日の詩::炬燵にて 食べるミカンの 幸深し

 「信仰に王道はない」。これは誰が言ったわけでもないが、まさにその通りだと思う。
朝日新聞(2009/12/29)の天声人語には、地道という意味を書いていた。

 地道とは元々、馬を普通の速さで進ませることで、反対語は早道だという。寝ていてもうけ、楽して稼ぐ。「にせ早道」は、いずれ行き詰まる。教えを刻んだ記念碑として、振り返ればあの数字がギラリと立っている、と。あの数字とは、バブル期の株価のことのようだ。

 地道に日時計日記をつけ、地道に家族に愛を注ぎ、地道に近所の人々に挨拶して、日々皆様の幸福を祈る。町内会には真心の奉仕をする。それらの行動が地道ではなかろうか。その中にこそ、信仰生活はあると考えられる。

  今日は一日中、地方講師受験勉強会だった。夜は誌友会。さらに帰ってからは、学習が続いた。一日中、駒のように回っている時は、人間は幸福感を味わうことができる。

 中内 英生Photo

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January.18.2010「潜在意識と現在意識」

Photo January.18.2010「潜在意識と現在意識」
今日の詩::小さくとも 鮮やかに咲く シクラメン

 潜在意識と現在意識との関係は、耳にたこができるくらいお聞きになっておられるのではないだろうか。現在、地方講師受験勉強会を行っており、教義に関して再確認することが多い。

 人間の心は大別して、自覚意識層、潜在意識層、本能の心層、叡智層に分けられるという。この分け方は、心理学者によって違っていることがあると言われているので、ここで書いているのは一つの説であると考えていただいた方が良いと思う。生長の家では潜在意識は、「傾向の心」などと呼ばれている。また、思いつくことは、「ふと思う心」という表現もあるので記憶しておきたい。これが人生を誘導していくからだ。

 雨の一滴一滴が河となり流れ込んで湖となるように、「現在意識」(自覚している心)の滴滴、一つの思い、一つの感情は蓄積されて、「潜在意識」の湖水となっている。
 「潜在意識」の湖水の表面に現れている部分が、「現在意識」である。そして、湖水の底の土壌は「本能の心によって構築された肉体」にたとえられ、さらに湖底の下に「叡智層」(神の愛と智恵と生命力)が存在するという。
 肉体は、肉体維持機能というものがあり、食欲、性欲、睡眠欲などこれらが存在しないと、種は消滅してしまうという大切な機能である。しかし、これらは善でも悪でもなく、人・時・所の三相応において所を得た時に、善となるとされる。

 我々の日常生活はこれらの心の展開であり、特に「潜在意識」の働きは量的に大きいようだ。ちなみに、心を100㌫とすると、「潜在意識」は95㌫、「現在意識」は5㌫位と云われているらしい。このパーセンテージだが、計った訳ではないだろう。それくらいの比率があるということか?

 人生を不幸にしているものは、個人に於ける、民族に於ける、国家に於ける、そして大きくは人類に於ける「潜在意識」の罪の観念の所産による。生長の家の役目の一つは、これらの罪悪観念を放逐させて「罪本来なし、神のみ実在」であることを自覚させることにある。

 また、潜在意識は受動的であるが、創造力が絶大である。現在意識は方向付けを任務とするが意志の力は、潜在意識の観念の力に劣るとする。いずれも役目の問題であろう。

 現在意識が「ふと思う」ことで、成功したり、失敗したりする。この心が大切だ。じっくり考えたから成功する訳ではない。潜在意識に罪意識があると、罪を自己処罰して浄めたいとする心が起こる。その心が「ふと思いつく」ことに繋がると、失敗する人生を選ぶことになるかもしれない。
 従って常に、「罪本来無し」の悟り、人間神の子の悟りに徹するために、神想観を実修し、日時計日記をつけるようにしたいものである。

※今日は、生教会の学習会があった。また、ISOの内部監査があった。また、組織の会議にも出席させていただいた。夜は、やはりスカイプで学習させていただいた。日々充実し感謝でああります。

 中内 英生

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January.17.2010「自己評価はどのようにすべきか?」

January.17.2010「自己評価はどのようにすべきか?」Photo
今日の詩::新年や 和菓子めでたし 隠岐の国

 今日も勝間和代さんの文章ですが、朝日新聞(2010/01/16)に「自己評価に始まり自己評価に終わる」というテーマで書いておられた。
 生長の家では、現象の自己評価と実相の自己評価の両方があるのではなかろうか。実相の自己評価としては、完全円満なる自己の実相を認識し讃嘆して自己評価するという生き方でありましょう。これは神想観です。
 もう一つの「現象の自己評価」としては、まだまだと言う気持ちで、良くなった部分を強調して、自分に顕れた真象を讃嘆する「日時計日記」の活用を活発にすべきでありましょう。さて、「カツマー」の文章を見てみましょう。

・人生がうまくいく人と、なかなかうまくいかない人の差を観察すると、「自己評価がどのくらいしっかりできているか」ということに尽きるとしています。
・人間は常に自己愛を満足するために、自分の実力を過大評価し、自信過剰に陥る傾向がある。
・自分を大切にするあまり、都合の良いことばかり選択的に耳に入れ、都合の悪いことはなるべく排除するようになりがちだ。
・意識して自己評価する癖をつけていないと、いつも間にか歪んだ自己認識が身についてしまう。その自信は根拠がないので、少しでもその部分を攻撃されると、自らの存続の危機であると考えて、逆にその自信を脅かす対象を攻撃することになる。
(なるほど、他から攻撃されて腹が立つ時は、十分な自己評価ができていないからでしょうか。次に人生がうまくいっている人たちのことが書かれています。)

・人生がうまくいっている人たちは、驚くほど腰が低い人が多い。むやみに威張らないし、常に周囲への感謝の気持ちを忘れない。(これは、生長の家の信仰者は全員、合格ではないでしょうか。”実るほど頭を垂れる稲穂かな”でしょう。)
・その人は自己評価が非常にしっかりとしており、人と比べて自分ができること、自信があることと、そうでないことの区別がハッキリしている。それで自信がないことに関しては、無理に自分の判断を通さずに、感謝をしながら他人に頼る、任せる、という習慣が身についている。
(これは確かに言えることではないでしょうか。自分で自信があることはしっかりとその世界の確信を持っており、自信を持って判断を下す。それに快適性を感じる。しかし、そうでないことに関しては、信頼してしかるべき人に任せて、かつ自分も謙虚に学ばせていただく、このような生き方ができるのではないでしょうか)。

・誰しも、自分の評価を知ることはとても不安でなるべく避けたいと思う。他人からの評価は気になる。
・一度、客観的に俯瞰した自分のイメージをもとに自分を評価する習慣を身につけると、効率がとてもよくなる。
(客観的に俯瞰した自己イメージを作ると言うことは大切でしょう。それは最初に書きましたように、完全なる神の子なる本質と、現象化の状況を把握すると言うことは、社長さんが、会社創業の社会貢献の原点に立ち返り、かつ会社の業務に於ける進捗状況を会議で知るのと同じかも知れません)。

・さまざまな形式で公開されている自己評価テストは多数の受験者の統計データを伴っているので、受けてみれば自分を漠然と考えていたことを、言葉や点数で客観視することができるようになる。
(確かにそのように致しますと、人生を前進する勇気が湧いてくるのではないでしょうか。私も英会話教室で時々、コメントをいただきますが、聞く度ごとに、前進の意欲が湧いてきます。生長の家の皆様は褒め上手の人が多いです。褒める方向に人は伸びるという原理を応用しているようです。しかし、智恵の言葉に、批判された時よりも、かえって褒められた時の方を気をつけなさい、という戒めもあります)

・鏡で自分の今の顔や外見をチェックするように、周囲の目、言葉でその結果を知ってそれを把握することで、人生を過ごすと自分の能力を最大限に発揮できるようになる。
(実相が顕現しているかどうかの判定の基準は、「自分が他人に喜んでもらっているかどうか、である」と教えられています。) 

 島根の皆様、上記の文章を読み、自分をどのように評価しましょうか?実相の自分の認識は勿論のことですが、真象か偽象かの どちらを認識するかといいますと、良い面を書き出し印象させることによって、良い事柄が類は類を持って集まる」という同類親和の法則によって集まって参ります。この『日時計日記』記載方式が現在のところ一番、素晴らしいすぐできる方式ではないでしょうか。この方式は、インターネット版では、「ポスチングジョイ」です。

※ 今日で練成会が終了した。普段の月より人数的には少し少なめだったように思えた。いつもは先祖供養の時に大勢見えるのがそれほどでなかったのが影響したようだ。従って、最後までよい練成会のムードを持続できたことはうれしい。今回の練成会が誌友会の活性化に繋がり、講習会の成果に繋がるように念願している。
 聖典も今回は大いに頒布されたと練成主任が報告していた。練成主任さんは聖典をよく拝読しているだけあって、頒布数に非常な成果を上げている。やはり、おすすめするには自分が拝読してその内容に感動していなければ勧めることはできない。総裁先生の御著書もよく売れているようだ。
 女性の練成会員のご家族が自動車に乗ってからCDで講話を聞きたいと、たくさん購入したという。少しでも時間があれば前進である。
 第一日目の浄心行も静かだが感謝の心が湧き出ずるような雰囲気だった。昨夜の祈り合いの神想感も充実していた。他人のために実相顕現を祈るのは神の愛である。神の愛を実践させていただける役職をお与えいただき、心から感謝申し上げます。

 中内 英生

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January.16.2010「なぜマグロは泳ぎ続けるのか?」

Photo_2 January.16.2010「なぜマグロは泳ぎ続けるのか?」
今日の詩::海の幸 先祖に供え 初供養

 この質問のテーマは、「なぜ私たちは立ち止まらないのか?」としたかったのだが、大上段に振りかざしてもどうかと思ったので、マグロにした。朝日新聞(2010/01/16)にはマグロのことが書かれていた。答えはすでにご存じだろうが、私たちの人類光明化運動も同じようなペースである。前総裁先生が御昇天されても、現総裁先生の御講習会はかわりなくご巡錫された。

 マグロに関しての大体の内容を見てみよう。千葉県の小学1年生、河口昂生さんからの質問のようだ。
・ののちゃん『この間、水族館に行ったら、でっかいマグロが泳いでいた。金魚は水槽の底近くでじっとしていることもあるけれども、マグロはずっと泳ぎ続けるんだって?』
藤原先生『広い海で暮らすサカナの中でもマグロは特に、長い距離を泳ぐ生活をしている。そのために、身体の仕組みがずっと泳ぎ続けられるようになっている。泳ぐ時に水の抵抗がとても少ない体形だ。周りの海水より体温を高く保てるから、冷たい海でも高い運動能力を発揮できる』
ののちゃん『どうして泳ぎ続けないといけないの?』
先生『マグロが生活しているのは、海の中でも沖合の「外洋」と呼ばれる場所が中心です。外洋の特徴は、岸近くの海に比べて、餌に巡り会うチャンスが少ない。だから、餌の魚やイカなどを求めて、たくさん泳ぎ回る必要がある』
ののちゃん『じゃあ、おなかいっぱい餌を食べたら、海の底でじっと休んでも良いのね?』
先生『ところが、そうはいかない。呼吸を続けるためにも、泳ぎ続ける必要がある』
ののちゃん『それはどういうこと?』
先生『サカナは水の中に溶けた酸素をエラに集めて呼吸している。金魚もそうだけど、ふつうのサカナは、口を開いて酸素を含んだ水を取り込んだら、次はえらぶたを開いてその水を外へ出す。この動きを交互に繰り返すことで、まるでポンプのように、水の出し入れを繰り返している。
 でも、マグロは金魚みたいにエラブタをパクパク動かすことが出来ない。だから、酸素を含んだ水を取り込むには、口を少し開いて泳ぎ続け、水が口に流れ込むようにしなければならない。つまり、呼吸を続けるためにも、泳ぎ続けなければならないワケだよ』
ののちゃん『いつも全速力で泳いでいて疲れないの?』
先生『マグロは餌を追う時には、時速何十キロもスピードを出す。でも、普段の泳ぐ速さは時速4~6キロくらい。意外とゆっくりなんだ。』
ののちゃん『夜も寝ないで泳ぎ続けるの?』
先生『マグロの睡眠の取り方については、実はよく分かっていない。ただ、夜になると体温が下がるなど、活動が鈍くなるのは確か。それでも、止まることなく、泳ぎ続けていると考えられている。あと、カツオもマグロと同じように泳ぎ続けている。』
ののちゃん『なんだか、おすしがたべたくなっちゃった!』

 大体こんな内容の会話です。なぜ私たちは伝道をし続けるのか、それは魂の向上のためであり、魂の糧でありましょう。そして神の愛を実践することは、私たちにとって喜びでなくて何でありましょうか。
 現代におきましては、「四無量心を行ずる神想観」の新バージョンをご教示されましたように、人類のみならず地球生物すべてを救済する愛行の実践を促しておられます。この活動は神の御心にかなう最大の愛他行であると確信いたします。

 また、夜間もマグロは活動をしているように、私たちは、寝ている間も潜在意識の活動が日時計主義的とならしめるために、就寝前の神想観を行じることが肝要であります。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2010年1月12日のブログは、「神はアッラーではないのか?」です。
呼称の問題をお説きになっておられます。
 また、最近のマレーシアで発生した暴動の問題について言及しておられます。そして、最後の6行から最終行において、生長の家の万教帰一的御解釈をしておられます。拝読下さい。

※今日は練成会第2日目だった。繁栄講話を担当させていただいた。夜は「祈り合いの神想観」を担当させていただいた。真理を説かせていただけるということは誠にありがたい極みであります。故T元本部講師の言葉を思い出します。『本部講師にしていただき、真理を説かせていただけることは最高の幸福である』と。感謝であります。

 中内 英生

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January.15.2010「ひなちゃんの日常」

Photo January.15.2010「ひなちゃんの日常」
今日の詩::風なぎて 冬に暮れゆく 隠岐の海

 産経新聞(2010/01/15)には、漫画が連載されているが、南ひろこさんの漫画で「ひなちゃんの日常」というのがある。現在ではカラーになっているが、かつては白黒だった。あどけないというか純粋というか、悪の存在を認めないひなちゃんの生き方にホッとするし、何か人生の温かさを感じる。日常生活に喜びを見いだす生き方は、奇跡を求めず、日常の生活の中に神の愛、神からの真象を認め感謝する生き方の日時計主義と多少似ているのではなかろうかと考えられる。

 1月14日の漫画は、どうだったか?

ひなちゃんのママ『マサオ君のママは、薄着ねー』
ママの友人『寒くない?』マサオ君のママに向かって…。
マサオ君のママ『マサオがいつもあっためてくれるから。ハハッ』

イメージ(親子の感動の呼び掛け合い)それでホカホカ
マサオ君のママ『マサオ!』
マサオ君『ママ!』
実際はこんなではない。

『わーん』誰かが泣かされている。
マサオ君のママ『マサオ!!』怒鳴っている。
マサオ君『かあさん!』ちいさい子をいじめているのを見られてあわてる。
マサオ君のママ『なにやってんの』マサオ君を追いかけるママ
ひなちゃん『またおいかけっこです』(側から声をかける)
マサオ君のママ『まてー!』ママがマサオ君を追いかける。
寒さ知らずのマサオ親子です。

こんな落ちが付いている。漫画に飽きがこないのは不思議だ。漫画は子供の頃はよく読んだ。手塚治虫の漫画などは何度の読み返した。鉄腕アトムなどは、人間とロボットとの平等を訴えるテーマだから、必然的に某政党を支持した。しかし、この漫画による効果は、企業に於けるロボットの導入にしても日本人は違和感を持たず、肯定的なのは、手塚さんのアトムの影響だとする説まであるくらいだ。すでに日本の漫画は、文化であるとも言われている。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=I2btYv8GaXk&feature=related

 漫画家でも手塚治虫さんを筆頭にさまざまな漫画家が登場した。その中で、一度ブログに書いたことがあるが、ゲゲゲの鬼太郎の作者である水木しげるさんは鳥取である。浦沢直樹さんという漫画家は1億冊も売れている。漫画と言っても一つのすぐれた表現形式であり、ここまで行くとどうも遊び的なものではないようだ。さらに言ってみると、日時計主義を伝えるための漫画家の出現があってもよいのではないかと考えられる。もちろん、浦沢さんのように、1億冊くらいは普及していただければ、と思う。
http://www.youtube.com/watch?v=qOIS_DiVShI

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
   2010年1月14日のブログは、「自爆テロは何のためか?」です。ヨーロッパ大学研究所のオリビエ・ロイ教授の説をご紹介しておられます。最後に…。
『日時計主義を世界に発信し、実践する運動は、テロ勃発の防止につながる』としておられます。重要な御文章です。国際平和信仰運動におきまして、核の抑止や政治力による平和ではなく、唯一絶対の神への信仰によってもたらされる平和を唱っているが、「日時計日記」を記入するにしましても、ポスチングジョイにしても、テロを消滅させるという重大な使命を持っていることを再確認しなければならないと思う。

※今日は練成会が始まった。私は講話(テーマは健康)を一回と浄心行を担当させていただいた。本部講師として御教えをお伝えさせていただけるということは、何と幸福なことかと感謝した。

 中内 英生

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January.14.2010「不安時代の幸福論」

January.14.2010「不安時代の幸福論」Photo_2
今日の詩::待ち遠し 小鳥さえずる 春はすぐ

 「あなたの不幸にはワケがある」という文字が新聞から飛び込んできた。これは「不安時代の幸福論」という題名で、激論350分として勝間和代さんと香山リカさんが話した内容の本の宣伝である。朝日新聞出版社からの本。別に宣伝をするつもりはないが、考え方に興味があった。『生命の実相』第1巻の「心の世界に於ける運命の形成」の現代版のようにも思えた。私も加わって議論したかったですね。ちょっとご紹介します。

「普通の幸せとは何か?仕事、結婚、出産は幸せに結びつくのか。いまもっとも話題の二人が真っ正面から徹底的に論じた」とあった。この真剣に論じるところが大好きです。本文からの引用の文章が掲載されていた。
香山リカさん。 
「なぜ、こんなやさしくてよい人が”負け組”などと呼ばれなければならないのか」
「効率をよくして、努力をして競争に勝ち、成功を収めることがそれほど素晴らしいこと なのか」
「努力嫌いの人がいてもいいじゃないか、というだけではなくて、努力したけれど思ったような結果が得られない人、アクシデントによって努力を中断せざるを得なくなった人についてどう考えればよいのか」
「コンビニの150円のワッフルによって十分幸せ!カツマーにとっては、意外な言葉なんじゃないだろうか。それなら私とあまり変わらないけれど、そのためにもスキルアップが必要、というところがかなり違う」

 こんな文章が並ぶ。優しくてよい人が負け組とはどういう状況なのだろうか。しかしそれは忍耐力が鍛えれているのかも知れません。後になって「良かった」と気がつくのかも知れません。
 効率を高めることは必要だが、非効率もまた大切です。息の長い努力も必要でしょう。大関魁皇は幕内最多記録を達成した。短い期間に最多記録も見事だが、不調に休場に悩まされつつも諦めず達成した記録は見事である。魁皇37歳。人生を縦に見るのではなく、横に見るとその偉大な記録がよく理解できる。また、努力すれば、あきらめなければ他の力士にも達成できそうな記録ではなかろうか。簡単に言ってしまって申し訳ないが…。
  人が育つのに効率はないだろうと思われる。時間がかかるのが教育であり育成である。

 アクシデントで努力を中断せざるを得なくなった人は、また別の好機が訪れたと考え、日時計主義で前進すべきなのでありましょう。「人生に無駄はない」とは御教えの神髄である。
 最後のコンビニだが、日常の生活の中に真象を見いだし感謝するという生き方は150円のワッフルだろうが、何だろうが変わりはない。どんな小さなことでも感謝するところに幸福の青い鳥が飛び込んでくるのではないだろうか。

 『勝間さん、努力で幸せになれますか』という質問も意味が深いと思った。人間は、どんなに一所懸命に努力をしても、何に対してということがハッキリしていないと幸福にはなれない。例えば一所懸命であっても悪いことをやっていたのでは最後に笑うことは出来ないだろう。良いことに対して一所懸命であることが大切だ。

 このお二人の一言一言に対して、生長の家を学んでいるからこそ質問や主張の深い意味を理解することができるように思える。
  興味を引いたテーマは、「普通の幸せとは何か」「努力は楽しいか苦しいか」「仕事で幸せは得られるか」「女の結婚と幸せ」「教育と政治で幸せはもたらせるか」の言葉だった。

 勝間和代さんの言葉を拾ってみよう。
「やる気は開発できる能力。努力そのものが幸せなんです」これは、結果そのものよりもプロセスに意義があるとする生長の家の考え方に似ている。やる気の出所も大切だろう。単なる個人的な思いからのやる気ではなく、神様の御心を受けたやる気であることが望ましい。
「努力というのは、別に苦しいものではないんですよ。プロセスが一番楽しいところに自分の時間を使えばよくて、つらい努力ならやめていいんです」。
 そうです。プロセスを楽しむことができなければ、第一続かない。私もこのブログを書くのに、島根の信徒さんのお一人お一人のお顔を思い浮かべながら楽しく書いている。だから続けることができるのでなかろうか。
「努力すると、より簡単に幸せになれるということです。私はわりと近道を教えているつもりなんですね」。生長の家のみ教えも短期間で魂が向上する道を教えて下さっている。人は問題にぶつかり、苦労して魂が向上し相手の気持ちが分かるようになり、愛が深くなると、当面の問題が解決する。愛は癒すである。だからこそ、逆に愛を深めておれば、問題は起こらないとも言える。それは幸福になる近道である。

 「気持ちよくおいしいご飯を食べて、お茶を飲んで、好きな人や愛する家族と時間を過ごし、その毎日をサポートするための経済的余裕を、自分の得意技を社会で発揮することで得る。そんな毎日が幸せなのです」。
 能力を発揮しておられる勝間さんはその世界に生きており、幸福な人生を歩んでおられる人なのでありましょう。勝間さんの文章を読んで、谷口雅春先生著『あなたは無限能力者』を思い出した。もう一度拝読したいと思う。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】 
2010年1月11日のブログは、「テロリストの“穏健化”」です。
 テロリズムの研究者であるハーバード大学講師、ジェシカ・スターン氏の論文「殉教を超える心」を紹介しておられます。内容は「イスラーム過激派の穏健化」についてです。

※今日は、江津で新規受験の学習に行った。皆様ご熱心です。寒い中だったがとても熱気に溢れていた。ご参加の皆様に感謝です。

※ハイチ地震の速やかなる救助をお祈り申し上げます。

 中内 英生

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January.13.2010「雪マーク」

Photo January.13.2010「雪マーク」
今日の詩::温室の花 色鮮やかに 春の如し

  今日は、午前中は組織の会議、午後は講師会の会議、夜も栄える会の会議が続いた。さらに夜九時半からはスカイプを活用しての受験学習だった。余程、勉強が好きなのだろう。私はこんな生活が大好きだ。ある時、故T元本部講師に、「色々と仕事が大変です」という意味のことを行ったことがある。T講師は答えた。『好きでやっているんだからな。今やっていることは好きだから続いているんだよ』と。それからというものは、私は決して仕事を大変だということを言わなくなった。

 栄える会は、徐々に会員が増加しつつある。これは、各支部がじわりじわりと研鑽を重ねて力を増しているからに他ならない。素晴らしい支部長さんがたくさんおられることに心から感謝している。

 今日のスカイプはどうしても通じない人たちがいて、このソフトの難しさを感じた。もっと慣れる必要があろう。しかし、すごいとおもいませんか。外国からでも何時間話をしても無料だとは!

 絵を描くことは時間がないと中々できないが、時間はできるものではなく、作るものと教えられている。5分間あれば何かが出来るはずだ。まとまった時間ほど使うのが難しいのかも知れない。零細な時間を大いに活用しよう。

 今日はこれで終了とさせていただきます。今日一日、誠に有り難うございました。夜に、家に帰る時、外は雪が降っていた。明日は積もっているのだろうか?

 中内 英生 

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January.12.2010「震災で人に感謝することを知った」

Photo January.12.2010「震災で人に感謝することを知った」
今日の詩::玄関で 野に咲くスミレ 夢を見る
 
 阪神大震災から立ち上がった人のドラマが朝日新聞(2010/01/11)に掲載されていた。痛手を負いながらも力強く立ち上がられたお姿に思わず合掌した。内容をご紹介します。
 「そこにラジオがあった」とラジオの価値を書いていた。テレビ万能だが、いざとい時にはラジオが有効のようだ。ラジオで「輸血が必要です。西宮回生病院お待ちしています」という放送を聞いた人々が集まってきた。以下、かいつまんで内容をご紹介します。
 新聞の文章を読み終えて、子供の頃、血清を運ぶために生徒が駅伝の方式で運んで、子供の患者が死ぬのを免れた感動の映画を思い出した。

 阪神大震災が起きた1995年1月17日、兵庫県西宮市の海沿いにある西宮回生病院でのこと。3階の集中治療室では夜、下村一夫さんが「殺してくれ」と叫んでいたのだった。当時35歳だった。左半身に重傷を負い、激痛に襲われた。
 出血もひどく、輸血が必要だったという。職員が県赤十字血液センターに電話したが繋がらなかった。「放送してもらえ」という医師の指示で看護師がいくつかのラジオ局に電話した。大阪市の毎日放送は「輸血が必要です。AB型の方、西宮回生病院でお待ちしています」と放送した。

 まもなく、暗闇の中から、「役に立てますか」という人が外来窓口に姿を見せ始めた。家々が壊れて電気も水道も止まった街から足を運んだ人たちだった。2時間で約30人の人が訪れた。
 下山さんは、時折意識が遠のく中で、医師がつぶやく声を聞いた。『この国も捨てたもんやないな』と。

 地震の早朝、下山さんは姫路市から寝屋川市に向けて、阪神高速神戸線で40トンの大型トレーラーを走らせていた。午前5時46分、神戸市東灘区にさしかかった時、突然、照明灯が大きく揺れた。そして倒れかかってきた。急ブレーキをかけると、目の前の路面が蛇のようにくねくねと横に揺れ出し、道路は高架ごと左に横倒しになったという。

 気づくと、左半身が積み荷の10トンの鋼板コイルとトレーラーに挟まれていたようだ。痛みは不思議に感じられなかった。ただのどが渇き、震えが止まらなかった。「このまま死ぬんだろうか」と思ったという。
 重傷だった。輸血で一命を取り止めたが、大阪市の病院に転院後、20回以上の手術をした。2年後、杖をついて歩けるようになった時には左足が7㎝短くなっていた。退院は3年半後の98年夏だった。車の運転はできても、荷物を運べなかった。運転手への復帰はあきらめざるを得なかった。

 その頃、ご長男は4歳だった。左手が思うように動かない自分の真似をして、風呂場で足でタオルを絞ろうとした。「子供は父の背中を見て育つものだ」と実感して、再就職への気持ちが強まったという。

 介助なしで通勤できるところを見せようと、一人で車を運転してハローワークに通い始めたのだった。障害者のための就職説明会に4回でて、200社以上の面接を受けたのだった。1年半たった2000年夏、姫路市の鋳物製造会社から採用通知が届いたという。説明会で毎回、採用担当者と話し込み、名前を覚えてもらった会社だった。
 伝票や在庫の管理を任されることになると、ペンを握れなくなった聞き手の左手に代えて、右手で書く練習から始めたのだった。600種類以上の金属の名前や、振り分け先の部署も必死に覚え、初めての事務仕事に慣れようとしたという。

 ソフトボールが好きな人だ。「それぐらい捕らなあかん」。姫路市のグランドでノックする下村さんがいた。04年に職場仲間と作ったソフトボールチーム「狩人」の新年初練習を1月10日に行っている。杖無しで10分間も立ってはいられないが、練習中は痛みを忘れてしまう。
 平日は、午後4時45分に仕事が終わると、速く家に帰りたいと思うのだった。妻と、県立工業高校の1年になった長男と、3人で夕餉の食卓を囲み、話をする。ただそれが楽しみであった。

 献血をしてくれた人、主治医、受け入れてくれた職場の同僚。”震災で人に感謝することを知った。”「今は誰よりも幸せだと思う」と、50歳になった下村さんはいうのだった。

 最後から二行のコトバ、『震災で人に感謝することを知った』という言葉が私の胸を打った。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】 
  2010年1月 9日のブログは、「“テロとの戦争”の組織的失敗」です。昨年のクリスマスの日の米旅客機爆破未遂事件について書かれております。
 また、自爆テロ志願者を「航空機に乗せないか」ではなく、「自爆テロ志願者を生み出さないためにのどうすべきか」を考える必要性を問うておられます。
 利用客が減少する状態が続けば、航空機の利用数全体に影響が出ることを避けられないとしておられます。

※今日は、隠岐の島で先祖供養祭が行われた。御祭の後は、「甘露の法雨」の講話をさせていただいた。『新講甘露の法雨解釈』の聖典は実に素晴らしい内容である。このご本を紹介させていたが、6冊も予約注文があったのには驚いた。午後はぎりぎりの3時まで学習会を行い、3時40分の船に乗り込んだ。充実の一日だった。

 中内 英生

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January.11.2010「バンダナ数学者 秋山仁」

Photo_2 January.11.2010「バンダナ数学者 秋山仁」
今日の詩::ネットに乗り 世界の海に 旅立てり 大航海の 時代を生きん

 テレビ番組で時々拝見した面白い数学者の秋山仁さんの記事がでていた。朝日新聞(2009/11/30)に書かれていた。難しい数学の定理を楽しく解説する。還暦を過ぎても精力的に活動する人だという。65裁からが「本当の青春」であるとのことだ。数学伝道師、数学渡世人とも呼ばれたらしい。今は数学詩人を自称している。面白そうなので読んでみた。

 取材は東海大学(東京都渋谷区)の研究室であったようだ。テーブルの上に正三角形を四枚張り合わせた立体(正四面体)が置いてあった。
 秋山さんは言う。「面白いものを見せてあげよう」と。カッターで適当なところに切り込みを入れ、四つの頂点をすべて通るように切り込み一つの平面に開く。正四面体はあらかじめ5枚の色紙を重ねて作られており、五つの同じ形の展開図ができた。これらを組み合わせていくと切れ目がぴったりと重なり、ジグソーパズルのようにすき間なくはまったという。

 「5枚ではなく何枚重ねても、どう切り開いても、正四面体ならば同じです。ほかの六、八、十二、二十の正多面体ではできない。このことを数学的に証明し、『秋山の四面体タイル定理』と呼ばれている」と。

 07年に「アメリカ数学月報」に発表し、各国の数学の論文にも引用されているらしい。多くの数学者が20~30代で研究成果をあげる中で、この定理を証明したのは還暦だった。還暦でこのような成果をあげることができるとは、私たちにとっても希望が湧いてくるのではないでしょうか。何歳になっても常識を覆すような働きができるということだ。

 彼は言う。「私は才能がないのに、あきらめが悪く、数学を続けてきた。でも、あきらめないで努力を重ねていると、才能はあとからそっとついてくるんだね」と。
 国内だけでなく、ヨーロッパやアジア、アフリカなどにもこの正四面体を持って出かけるようだ。小学生も高齢者も、はさみやカッターを使って夢中になる。ほかの定理の解説も模型を使う。
 「面白くなくちゃ、だれも飛びついてくれない。好奇心に火をともすのが教育者の役目だ」。好奇心に火をともすとはまさに教育者だ。私どもの場合は、真理を求める心に火をともすのが宗教者の役目である。昨夜もスカイプを使って、教義の学習を行ったが、私は楽しくてたまらない。嫌だと思っていれば、やらないし、大変だと思っているのであるならば、何かの報酬を求める心が起こるだろう。しかし、学習そのものに、教えることそのものに喜びを感じることができるならば、その喜びそのものが偉大なる報酬でなくて何であろう。
 生長の家の殿堂も楽しくないと相手が食いついて来てくれないようです。

 秋山さんは、「続ければなんとかなる」と話しながら、次に研究室の戸棚から取り出したのがアコーディオンだった。「河は呼んでいる」や「百万本のバラ」を引き語りしてくれたようだ。低く柔らかな歌声である。しばしばミニリサイタルを開いているという。
  アコーディオンは大学時代にかじったが、伴奏の左手のボタンが難しくて、いったん投げ出した。それを30年以上経ってから再挑戦したという。

 「若者相手の講演で、”くすぶっていないで挑戦しろよ。子供の頃挫折したものがあるだろ。とりあえず、それに取り組んでみな」とけしかけた。その時、実は自分もアコーディオンに躓いていたと気づき、一念発起した」という。

 長髪、バンダナ姿でNHKの算数や数学の講座に登場したのが20年前だ。風変わりなレゲエ数学者と呼ばれた。やがてバラエティ番組にも出演するようになり、数学の楽しさを伝えたのだった。

 近年は、東海大学の教育開発研究所長として数学の研究のほか、中学高校教員の指導力を高めるための研修や講演活動に力を入れているとのことだ。
 中高年を対象とした講演では、決まってアメリカの詩人サミュエル・ウルマンの「青春」の冒頭を引用するらしい。
 「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのである」と。

 「夢と勇気と冒険心があれば、人生は永遠に青春だ。中高年の『忙しい』は口実に過ぎない。あしたに先延ばししているうちに人生は終わってしまう。定年の65歳からが本当の青春だと思っている」と秋山さんは言った。
 
※今日は、午前中は会議があり、午後に隠岐の島へ出発した。あちこちと港に寄りながら行ったので、4時間以上かかった。夜は、受験勉強会があった。一歩でも半歩でも毎日前進したい。

 中内 英生

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 January.10.2010「日本文化の潜在力」

Photo January.10.2010「日本文化の潜在力」
今日の詩::ドングリを 食べるネズミは 森の精

 今日は、地方講師・光明実践委員研修会が行われた。私は、「日本文化の潜在力」というテーマで研修をさせていただきました。以下は、大体の内容である。

 日本文化の特徴は、一般的には精神性として、「幽玄」、「わび」、「さび」、「無常観」、「間」「恩」、「義理」、「人情」、「恥」、「根回し」、「本音と建前」などというものがある。最大の特徴は、中心帰一性と包容性などがあげられる。宇宙の真理は中心があると言うことだから、それが日本の国の成り立ちや文化に影響を与えているようだ。包容性は、「和を尊ぶ」精神にも顕れている。

 日本には、天皇と皇室がある。これが他国になり特徴中の特徴だろう。また、日本人の勤勉さもあげられる。
 深切で、明るく、美しい心の人々がたくさん生活する日本でありたい。どんなに建物が良くても親切な人がいなければ、寂しい。
 日本には、特に天皇陛下という中心の背骨が存在する。天皇陛下が植樹を行い森林を大切にするご精神をもっておられるので、日本人は森や植樹を大切にする。植樹祭と言って天皇様は全国に樹を植えに行かれるのだ。これは御精神は環境問題を解決する。
 また、日本人はご先祖を大切にする。目に見えないものを日本人は大切にする。私は、全国の御陵を巡拝させていただいたことがあるが、その中には2000年経っても丁寧にお祀りがされている。

 また、日本は親と先祖を大切にする習慣がある。外国にもあるだろうが、日本人の先祖供養は大変に丁寧である。宇治の先祖供養などはその最たるものだろう。
 親孝行も奨励される。大調和の神示には、「神に感謝しても父母に感謝しえない者は、神の御心にかなわない」とまで説かれているほどだ。
 私の教理には、ジョン・万次郎が生まれた中の浜村があるが、彼の船が漂流して捕鯨船に助けられた。そしてアメリカに渡り、再び日本に帰ってきて日本のお役にたったのだった。そして、国際人として活躍した。中の浜村に一度行ったことがあるが、小さな浜だったことを記憶している。

 「大和国の神示」という神示がある。天皇様の愛の御心を私たちが学び、愛を実践する人々が地上に溢れるようになることが大切である。そのことが書かれているようだ。しかも、日本人が愛を実践することによって、倫理国家となる必要がある。決して他国や他の種や自然から奪わない生活が倫理的生活である。

 また、「自然流通の神示」には、自給他足、他給自足の生き方が示されている。与え合う生活こそ神の御心にかなった生活である。
 日本は、旧石器時代に二度のグループの渡来が基礎となって日本民族が発生したと言われている。要するに何万年の時間をかけて多民族国家となった。出雲市の少し向こうの多岐では、12万年前の旧石器時代の石器が昨年は発見された。さまざまな民族が混ざり合っているので文化的にも混ざり合っている筈である。従って すべての宗教を生かす「万教帰一の生長の家の御教えが出現する基盤がすでにあったと考えられる。

 仏心・神心でする運動が国際貢献となるのだ。要するに神の御心にかなう生活と国際貢献が必要だろう。「大和の國の神示」には、私たち現代の信仰者にとって重要なことがご教示されているのではなかろうか。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2010年1月 8日のブログは、「ブラジル生長の家がISO14001を取得」です。大変うれしいニュースです。おめでとうございます。島根の皆様、拝読して下さい。

※今日は地方講師・光明実践委員研修会や講師会正副会長会議やで多用だった。夜は、青年会の会合であったが、家に帰ってから、スカイプで受験勉強会を二時間行うことが出来た。参加者は松江、大社、庄原、宍道の信徒さんで、四人参加した。スカイプの威力は素晴らしいと思う。ただし、最初のスカイプの設定に多少手間がかかる。今回の受験勉強はスカイプ使用で、従来の方法に加えて、やや強力になると思う。結果を出すことができればありがたいが…。

 中内 英生

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January.09.2010「COP16」

January.09.2010「COP16」
今日の詩::ジョイ満てり 舞いつつ遊ぶ 寒スズメPhoto

 つい先日、コペンハーゲンでCOP15が開催され、先進諸国と途上国との利害が衝突したことは記憶に新しい。さらに今年は、地球温暖化について、国連気候変動枠組み条約の第16回締約国会議(COP16)が11月末にメキシコで開催されるという。朝日新聞(2010/01/03)の社説には書かれている。

 化石エネルギーの大量消費で温暖化が進めば、水不足が頻発し、穀物生産は減少する。生物種の何と4割以上が絶滅し、感染症が爆発的に広がる恐れもある。何とか産業革命前からの気温上昇を2度以内にして打撃を抑えたいとCOP交渉は目指しているという。2度である。
 
 生物多様性は神の御心である。神は多様性を愛し給う。現在の流れを変えるべく、今年10月に名古屋では国連生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)が開かれるという。議長国の日本は、2010年以降の国際目標として「50年までに生物多様性を現状よりも豊かにする」ことを提案する方針であるという。政治的意思という再生可能資源の活用が重要であるとしている。

 次の文章で私は驚いた。サイバーテロである。
「地球環境破壊が文明の慢性病なら、核戦争は文明を滅ぼす旧性病とも言われる。核拡散が進めば、地域紛争で核が使われるリスクが高まるようだ。サイバーテロ集団が軍事コンピューターに侵入し、核攻撃があったように誤解させて核戦争を誘発させる危険もある」とう内容だ。以前、コンピューターに長けた子供がこれを行ったという映画を見たことがある。こういう可能性もあるということだろうか?

※今日は、松江道場で新年祭が行われた。ここは前総裁先生と大変ゆかりの深い道場であるという。谷口清超先生が松江におられた頃、お通いになられたという誌友会会場に行ったことがある。木造の建築物である。よく保存されていたと思う。神様に守られたようにだ。山根八春氏という生長の家のマークを考案した人も松江の出身である。
 新年祭の最後に安来節を踊った。踊りは身体を動かすので体調が良くなるのではなかろうか。そう思って、この地の踊り子さんに教えていただいて私も踊らせていただいた。足立美術館の側に安来節の踊りを見ることが出来る建物があるが、まだ行っていない。
 今日はこれで文章は終了です。今日も一日、日時計主義を生かさせていただき感謝です。

 中内 英生

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January.08.2010「指導者の器」

Photo January.08.2010「指導者の器」
今日の詩::天地の 神に祈るは 大國の 主のみことの 地球の救い

 指導者は単なる指示命令を行う人ではないらしい。かつて、私がお世話になった某練成道場で、故T元本部講師が言ったコトバが未だに脳裏の残っている。それは愛についてだった。
 「本当の愛は相手の完全さを見て讃嘆することです。従って、悲壮的になり、このままではダメになる、滅んでしまう。だから頑張って欲しい、と言うやり方は本当の愛ではない。本当の愛は、”必ず素晴らしくなる”と相手の完全さを信じることだ。日本に対する考え方も同じだ」と。

 日経新聞(2010/01/04)の春秋にはリーダーの資質について論じていた。大体の内容は次のようだった。
 『日本の行く末は暗い。我が社の経営も厳しい。だから一層、奮励努力をしてほしい』こういう論法の説得方法がある。
 専門家によると、この悲観論と命令口調は一番嫌われるという。状況が厳しいのは皆分かっているし、経営の厳しさも現場の方が日々痛感している。社員や部下を脅かすのは易しい。…まずは昨年の社員の働きをねぎらい、さらに逆風の中でも説得力のある希望を語れるか否かが、リーダーとしての見識と器の見せ所であるとしている。

 サッカー監督の羽中田昌さんは、選手に対して、「ミスした時こそ笑え」「苦しい時こそ皆で上を向け」と指導したという。名門高校で選手として活躍したが、バイク事故で下半身が不随になった。しかし、スペインでコーチとしての修行を積み、帰国後にサッカー指導者としての資格を取得した。車いす監督として、香川県の社会人チームを率い四国リーグ優勝に導いたという。

 なぜ、笑うのか。まじめな選手ほどミスをすれば自分を責める。チーム全体が不調に陥れば皆で縮こまってしまう。そうなっては出せるはずの力も出せなくなる。失敗をおそれず前に進む。そのための笑いだという。聞く人の笑顔を引き出せる。心持ちを前向きにしてくれるのだ。

 NHKテレビ番組「プロフェッショナル」の主題歌で「もう一歩前へ」という文言がある。私はそのコトバが好きだ。「十年一日の如く信仰生活を生きる。倦まず、弛まずは神の道」とは、故吉田國太郎著『常楽への道』に書かれている名文である。
 毎日、毎日一歩一歩を進んでいこう。自己の確立と進歩・進化こそが組織の拡大発展、進歩・進化となって顕れるということを知る者は幸いである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E4%B8%AD%E7%94%B0%E6%98%8C
http://www.youtube.com/watch?v=Lgo4RKmnaGs

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2010年1月 7日のブログは、「アバターもエクボ」です。話題の映画『アバター』のことを書いておられます。地球環境問題が背後にあるとしておられます。また、最後に「落ち」が書かれています。拝読下さい。

※「日時計日記」の記載は続いていますか。一日の日課にしておかないと中々続かないものです。良いことを繰り返せば潮満ちて、必ず良いことが実現します。続けましょう。

※先日の小学生見真会ですが、参加者29名はほとんど生命学園の子供達のようです。これで分かることは、生命学園を盛んすると小学生が増え、続いて中学生、青年会が増え、その結果として相愛会、白鳩会が増えるということでありましょう。育成は10年、20年のサイクルで行わなければなりません。短期決戦のような考え方も一時的には必要なこともありますが、継続可能な成長路線を確保するためには、大いに育成、教育に力を入れる必要があるのではないでしょうか。そういう意味で、生命学園は、生長の家の育成の第一歩であるといえるのでありましょう。

※今夜は夜8時から10時までスカイプで昇格受験勉強会を行った。4人の参加者があった。スカイプができる環境を整えることが大切だが、少しずつ整いつつあることに感謝します。明後日もスカイプ学習会を行う予定だが、5人参加予定である。学習の2時間があっという間に過ぎた。学習内容は総裁先生のご教示の正確な把握と論述が主となる。基本的教義の把握は当然のことである。

 中内 英生

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January.07.2010「父と息子そして老い」

January.07.2010「父と息子そして老い」
今日の詩::水ゆるみ 自然と共に 我は生く

 白州次郎氏と正子さんについては、ほとんどの人が知るようになった。テレビImg736 で最終版を見た。まず、老いについて、両者が語り合っている。場所は自宅である。

正子…タンスの中からこんなものが出てきたわよ。
それは若い次郎氏が自分の写真と恋人へのメッセージを英語で書いたものだった。正子さんは英語の文章を読む。
正子…君は僕の霊感の泉であり、究極の理想だ。
次郎…よせ!
正子…キザなことを書くわよねえ。恥ずかしい!
次郎…捨てちまえ。
正子…おー、こわい。
正子は写真を見ながら…。
正子…歳とったわね…。
次郎…男は年を重ねた方がずっといいんだ。
正子…女だってそうよ。骨董と同じ。時が人の魂と形を育てる。
正子さんは、骨董など日本美を追求する専門家になっていた。
次郎氏に対して…。
正子…良い味出てるじゃない。
次郎…よしてくれ。
そういいはなって次郎は、二階へ去って行く。

 こんなやりとりだった。二人とも精一杯生きている。その生き様が実に鮮やかだ。さらに、次郎が政治の世界を辞して、悠々自適の生活に入ろうとした時、吉田茂を訪れる。そして、日本が独立したことを契機に引退するように吉田茂に進言する。しかし、吉田は止めようとしない。次郎は、吉田に挨拶をして去ろうとする時に吉田が言う。
吉田…本当のことをいつも私にハッキリと言ってくれたのはお前だけだ。何か、お前とは戦前からずーと一緒にいる気がしたね。
次郎…俺はもっとずっと前から一緒にいる気がするよ。…あなたは似ているんです!。俺の死んだオヤジと。
吉田…エエ?

 そして、次郎は去っていくのだった。次郎を心から愛した吉田。吉田をそう思わせた裏には、吉田と自分の父親とを常にダブらせて父親のように慕う次郎の心があったからではないだろうか。「神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ」と大調和の神示には示されいる。父親はすべての男性の象徴である。父親に感謝ができたとき、権威・権力・規則の象徴である目上の人との大調和が実現する。無限力発揮のコースを辿ることになる。吉田と次郎との関係は如実にその真理を証明していると思われるのだ。

※「一月一日」という歌がある。島根でも昨年から新年祭が行われるようになった。この歌を一年の始めに歌うのだが、「年の始めの 例とて 終わりなき世の めでたさを」と歌う。こお歌の作詞者は千家尊福(センケタカトミ)というが、何と出雲大社の宮司をしたこともあり、東京府知事や司法大臣なども歴任した人物であるという。すごい人が出雲大社におられたものだ。現在、私たちの世界でも「出雲の巫女」というペンネームで活躍しておられる人もいる。

※「気づく」ということは実に大切である。その「気づき」は「ふと思いつく」というコトバで言い表す。それは潜在意識の底から湧いてくる思いであるし、あるいは霊からの示唆であることもある。霊からの示唆は常に高級霊からの感応となるために、自分の心を浄め高めておかなければならない。そのためには、絶えず神想観や聖典等の拝読、愛他行が必要でありましょう。このパソコンはコンピュータだが、コンピュータは学術計算に使用するという固定観念にとらわれずに、事務処理に使えばよいと思いついて実行した会社があった。そして巨大企業に成長した。名前はIBMという。ちょっとした発想の転換が大切だろう。

 良いものを良いことを取り入れる寛容の精神・包容力などが必要であろう。脳の活性化には現在、島根が取り組んでいる右脳開発の絵手紙や絵封筒などはよい方法ではないだろうか。
 隠岐の島に毎月行かせていただいているが、私はこれを「海外伝道」と称している。船で3時間揺られて行く。行くだけのことはある。海士町では、千葉県我孫子市の会社が開発した瞬間冷凍装置を導入して、中国に新鮮な白いかや岩ガキなどを輸出しているらしい。
私たちの光明化運動でも何か突破口が至る所に転がっているような気がするが、如何なものでありましょうか

※「アイデアはわが内にあり」です。外に求めることも大切ですが、内から湧出するアイデアも捨てたものではありません。その前提としては、潜在意識を浄めておく必要があります。朝日新聞(2010/01/04)には、第一面トップに、「四万十発エコ林道」というのが出ていました。現地の土と切り株利用の方法です。全国に普及して、国も支援しているそうです。この記事を書いた人の名前は、何と「長崎緑子さん」という人である。緑子さんはペンネームではないかとも考えたが…。場所は四万十町といって、旧大正町である。私の郷里からはかなり遠くて高知寄りである。コンクリート舗装が今までの一般的な方法だったが、林道を造るに於いて二酸化炭素の発生は免れないだろう。しかし、この方法ではほとんと発生しない。

 他には、川岸作り方でも、今までは自然の状態が破壊され、サカナや生物が住みにくくなっていた。しかし、先日、市役所で見た情報によると、実験的に行っている方法は、コンクリートの川岸にさらに土を盛りその上に草を生やすという方法である。私が子供の頃に襲った、伊勢湾台風で高知県はこりごりしてそれ以来、堤防工事が盛んだった。そのお陰で大水が出ても余り被害がなくなった。しかし、自然環境は破壊され続けているようだ。その改善策である。これなども、人と自然との共生というコンセプトを元に考え出したアイデアでありましょう。

 中内 英生

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January.06.2010「勝間和代さんの人生を変えるコトバ」

January.06.2010「勝間和代さんの人生を変えるコトバ」Photo_2
今日の詩::黄金の 薔薇咲き出でて 世を照らす
(谷口純子先生のご誕生日の日にお祝いのために描かせていただいた絵です。)

 朝日新聞(2009/12/12)に掲載されている連載の文章がありました。現代風に書かれているのでいつも目に止まります。ちょっと拝見してみましょう。

 「上司は思いつきでものを言う」というタイトルです。04年に作家の橋本治さんが出した本のタイトルだそうです。
 このコトバの意味は、自分に対して指揮命令をする立場にある人、典型的には自分が努める会社の上司の命令は、ある意味では「思いつき」に過ぎないということを書いています。もしかして、そうでない人もいらっしゃるとは思いますが…。

 私たち生長の家の場合は、三正行を毎日実践して、日時計日記を書いた上での、「思いつき」というよりも、「アイデア」であろうと思いますが、未だ自分の潜在意識が浄化されていない場合は、そこから潜在意識を実現するための思いが出ている場合もあるかも知れません。従って、「ふと思うこと」は、神の御心だと早合点せずに、よく吟味してから発令または実行する必要があると思うのです。
 生命の世界のシステムは、「中心帰一の世界」でありますので、中心帰一を大切にして、生長の家に於いては、総裁先生に中心帰一した運動を展開し、家庭に於いてはご主人を中心にした生活をすることが大切であり、創造的なアイデアが湧いてくると考えられます。

 次にこう書かれています。「だからこそ、指示された部下の側がしっかりと聞き直して、取捨選択しないと、判断を間違うということを肝に銘じる必要がある」としております。要するに、受ける部下も責任があるということでしょう。指示を受けるまでに、「自分はこのように考えるが如何でしょうか」という自分自身の考えが必要ではなかろうかと思います。それは自分の自我を主張せよという意味ではなく、上司に対してはいくつかの代替案を用意して、①の判断の場合のメリット、デメリット、②を選んだ場合のメリット・デメリット、③の場合のメリット・デメリットなどを提示する必要があるかも知れません。しかも、その団体の目的や考え方があると思いますので、それを考慮に入れた思考方法の選択も視野に入れる必要があるのではないでしょうか。

 上司は、指示する分野に必ずしも詳しくないので、適当に答える。それを適当に部下が行う。「とりあえず」行う繰り返しから大企業病が発生すると書かれています。そして、いつのまにか社会のニーズから乖離してしまうということです。最後に、勝間さんは、「自分の上司に当たる人の指示に対しては、健全な疑いを保ってしっかり声を上げていくフォローワーシップを心がけることを提案しておられます。
 声を上げるとは、反発するということではなく、有効かつ建設的な意見や情報を提供することを意味すると考えられます。それでこそ、上司の不足を部下が補い、全体として完璧に近い、対社会へのご奉仕ができるのではないかと考えられます。

 み教えを学んでおりますと、一般書もより深く自分なりに理解できるようです。一般書をよむ以上に、御教えを十分に理解するために、聖典と総裁先生の御著書を読み込みましょう。
 さらに、生長の家では、各道場に「能力開発センター」という企業向けの研修制度がありますので、ぜひこちらを受講していただきたいと思います。

※今日は、小学生一泊見真会が終了しました。素晴らしい行事でした。運営にあたった人々、子供さんを送り出してくれた親御さん、そのたご協力くださった皆様方に心から感謝申し上げます。

 中内 英生

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January.05.2010「ストレス予防」

Photo January.05.2010「ストレス予防」
今日の詩::ボルネオの 象にも森を 返さんと 洗剤ひかえ 奪わぬ決意

 ストレスが原因の病気は多いようだ。『心で作る世界』にはその科学的データが多く掲載されている。朝日新聞(2010/1/5)第20面には、「体と心の通信簿」という記事があった。バセドー病の予防の記事だが、心と体の関係を知る上で参考になると思うのでご紹介する。詳しく知りたい方は新聞を読んで下さい。

 「歌手の絢香さんが昨年、甲状腺の病気の一つ、バセドー病であると発表した。…」という文章から始まっている。医学的な原因が書かれている後に、次のように書いてある。
「…原因ははっきりしていないが、遺伝的な原因もあるという。心身のストレスも関係する。おかしいなと思ったら、まず内科に行って検査しよう。…」と書かれている。
  ストレスが溜まり、免疫力が低下すると、ホルモンの分泌などに影響がでてくるかもしれない。体に異常を感じる以前に、ストレスを発散させるなどして、貯めないようにしたいものである。

 私たちの場合は、例えば「和解の祈り」をして、ストレスを微弱にするとか、実相を感ずる神想観を行ずることによって、ストレスを解消するとか、練成会で浄心行を行ってストレスとなくするとか、現代版としては、「日時計日記」を毎日書くことによって、心をストレスから感謝に変えるとか色々と方法があるが、御教えを知らない一般人にとってはストレスは貯まりやすいのかも知れない。「日時計日記」は宗教的な感じが余りしないので、生長の家をご存じでない人にとっても有効ではなかろうかと考えられる。この方法を御教えをご存じない方々にもお勧めしてみようではありませんか。

 今度は良いことニュースである。日経新聞(2010/1/5)「春秋」によると、昨年の交通事故死者が57年ぶりに5000人を下回ったという。原因は、車の安全性が高まった。シートベルトを締める人が増えた。酔っぱらいなどの取り締まりや罰則が強化された。これらが死者が減った理由だという。最悪だった1970年に比べて車の数は5倍近くになったが、死者の数は29%になったという。心のなせるワザでありましょう。いずれにしても、車を運転している人はお酒を飲まない。体にもよいし、人にも優しいということだろう。驚いたのは、「57年ぶり」という数字だった。

 纏まった内容の文章ではないので恐縮だが、我慢してお読み下さり感謝いたします。スカイプのことを書きます。  日経新聞(2010/1/5)には、「パナソニック、スカイプと提携」とあった。今春から通話料なしでテレビ電話ができるプラズマテレビを日米欧市場で販売するそうだ。説明によると、我々の光明化運動にも関係してくることが考えられる。スカイプは無料だが、その無料のスカイプを内蔵したテレビ電話を行う。大型のテレビに小型カメラとセンサー機能を付ける。高画質・高音質で会話が可能であり、数㍍離れた場所で会話が出来るとしている。勿論、スカイプはインターネットで使用する。このような機能ができると簡単にスカイプ会議ができるのではなかろうか。現在は、地方講師の受験学習でスカイプを活用しているがもっと、進んだ状態になるのだろう。島根のように南北に長い教区は極めて有効だと考えられる。二酸化炭素排出の関係と時間のロスが防げる。もし三次元的映像になれば、同座しているような実感さえ生じるのではなかろうか。期待したい。先日、ポスチングジョイの私の記事に、ブラジルからコメントしてくれた人がいた。これがテレビ電話的に高性能になると、実に夢のような会話が実現する。インターネットの活用は、光明化運動の成果に雲泥の相違が生じるとの総裁先生のお言葉が実現するのではなかろうか。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを拝読しましょう。講習会は11月28日です】
   2010年1月 5日のブログは、「特別な伊勢の旅」です。伊勢でのご様子が書かれています。
 終わりに、首相が始めた「つぶやき」のブログのことが書かれています。

*今日から小学生の一泊見真会が始まった。私は30分間、講話を担当させていただいた。お餅つきをあり、子供たちは大変悦んでいた。明日は絵手紙を描くようだ。
*今日は谷口純子先生のご誕生日だった。島根の写メール俳句の同人の皆様は、各自お祝いのお言葉をポスチングジョイで言上していたようだ。素晴らしいことだと思う。

 中内 英生

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January.04.2010「すずめの訪問」

Photo January.04.2010「すずめの訪問」
今日の詩::新雪に 輝く朝日 受けし富士

 今日は、家の中に雀が舞い込んできた。鳥が舞い込むことは非常に縁起がよいのだそうだ。今年は特に良いことが来るぞと思った。出来事は何かの積み重ねの結果として出てくる。偶然と言うことはあり得ない。

 マイナス面でいうと申し訳ないが、温暖化が少しずつ進むとある日突然に、氷山が崩れ落ちるようなものだ。良いことでも積み重ねで大きな仕事が出来る。これは万人に当てはまる。イチロー選手が、毎日小さな技術の積み重ねが大きな力を生み出す、と言っている。

 鳥が舞い込むような雰囲気を常に努力して出していると万事に於いて素晴らしいことが展開する。現在アメリカ教化総長をしておられるT本部講師が、某教化部で講演をしていた時、突然小鳥が窓から飛び込んできて、T本部講師の演壇に止まってさえずっていたそうだ。これは実際、その場に居合わせた人にお聞きした。それだけ雰囲気が愛と平和の状態だったのだろう。

 昭和天皇様が高知にご巡幸された時、土佐犬の横綱を陛下の御前に連れてきた。横綱の回しをしている時には、絶対に犬が座らないように訓練している。しかし、陛下が土佐犬の前にお出でになられた時、突然、犬は正座をしたという。平和と愛の御雰囲気の天皇さまの徳のお力ともいうべきエピソードである。島根の皆様は、そのようにぜひなりたいと思われませんか。

 谷口雅春先生が、高知にお出でになられた時、山水園というホテルに泊まられた。担当の方が、お部屋に入ったとたん、驚いてしまった。窓は閉めているが、ベランダの窓の外から無数の鳩が中に入ろうとしていたのだった。もちろん、餌をまいたわけではない。谷口雅春先生の愛と平和のご雰囲気に鳩が感応したのではなかろうかと類推できる。

 その他、色々とエピソードはありましょう。

※ポスチングジョイが始まったが、私も何か良いことはないだろうかと、探し回る一日となってしまった。それから、写メール俳句も投稿するし、ブログも書く。もちろん、仕事も一所懸命に行わせていただく。この熱心さが喜びの源泉である。

 中内 英生

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January.03.2010「ダイバー篠宮氏107㍍」

January.03.2010「ダイバー篠宮氏107㍍」
今日の詩::年の暮 明日はふるさと いなか道Photo_2

 素潜りという競技を聞いたことはあるだろうか?日本海の素潜りではないが、この世界もすごい記録がある。先日、このブログでこの手の記事を書いたが、朝日新聞(2009/12/05)に「日本人マイヨールを超えた」という記事を見つけた。かつてマイヨールのことも書いた。毎夜ではなく、マイヨールだ。要するに篠宮氏が世界一になったということだろう。記事の内容を散見する。

 中米・バハマで開かれているフリーダイビングの世界選手権で現地時間の12月2日、篠宮龍三さん(33、埼玉県出身)が、水深107㍍の日本記録を樹立したという。この競技の第一人者のフランス人ダイバーで、映画「グラン・ブルー」のモデルとして知られるジャック・マイヨール(1927~2001)が到達した105㍍を、日本人で初めて超えたらしい。この映画はかつて見たことがあった。単純な競技だが、強い忍耐力と高度な訓練を要する。

 フリーダイビングは、空気のタンクをつけずに一息で潜る距離を競う競技だ。篠宮さんは重りなどを一切つかわずに、フィンの力だけで潜る「コンスタント・ウィズ・フィン」という種目に挑戦した。1日の本戦では予選落ちだったが、2日に開かれた各国の国内記録保持者だけが参加できる大会で、自身が持っていた日本記録の105㍍を2㍍更新したという。現在、篠宮氏は世界ランク3位だ。

 篠宮さんは「107㍍は真っ暗の世界だ。地上の約12倍の水圧という過酷な状況なのに、海に生かされているという感覚があり、穏やかな気持ちになれた」と話している。
 余談だが新年の海に関する俳句を熊さんという方が詠んでいるので下記にアドレスを記す。
http://postingjoy.com/users/35091114104853/diary/show/2461

 マイヨールのファンが今も多くいる日本で、フリーダイビングの歴史の新たな一歩になれば」と期待を込めて言ったという。
 大会では、女子の日本記録も更新されたようだ。平井美鈴さんはコンスタント・ウィズ・フィンで71㍍、北浜淳子さんはコンスタント・ノー・フィンで50㍍を出したとしている。申し訳ないが、この言葉の違いを調べていない。済みませんが、各自お調べ下さい。
 まあ、海の底の競技だが知っていても無駄ではあるまい。生長の家の神様は、住吉大神といって海と大いに関係のある神様であるからだ。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
元旦のブログは、「四無量心を現すために」という新年祝賀式でのご挨拶が掲載されています。拝読下さい。その中で、最後に、「ユイマ経」についてお書きになっておられます。
そして、「四無量心を観ずる神想観」新バージョンをご教示されました。私は谷口雅春先生のお声で一日一回は実修させていただいておりますが、新バージョンを早速教区で実修させていただきたいと存じます。『ゆいま経解釈』を拝読いただきたい。

 (神想観の最初の基本部分に続いて、次のように唱えます)
「わが心、神の無限の愛、仏の四無量心と一体にして、虚空に広がり宇宙に満ち、一切の衆生をみそなわして、その苦しみを除き、悩みを和らげ、楽を与え、喜びを与えんと欲するのである。

 わが心、神の無限の愛、仏の四無量心と一体にして、さらに虚空に広がり宇宙に満ち、地球のすべての生命と鉱物の一切を見そなわして、その苦しみを除き、楽を与え、多様性を護り、喜びを与えんと欲するのである」
 (この2つの言葉を繰り返して念じた後で、次のごとく念じます)

「一切衆生の苦しみは除かれ、悩みは和らげられ楽は与えられ、喜びは与えられたのである。ありがとうございます。ありがとうございます。
 すでに、地球のすべての生命の苦しみは除かれ、楽は与えられ、多様性は護られ、喜びは与えられたのである。ありがとうございます。ありがとうございます」(了)

  また、2010年1月 2日のブログは、「QR表示板が設置?」です。生長の家本部会館のご神像の下に、QRコードの表示板を掲げておられます。

【今日のポスチングジョイ】
http://postingjoy.com/users/24091127131426/diary/show/2491

※今日は、正月二日目、皆様の脳裏にはいろいろと今年のアイデアが湧いて来ているのではないでしょうか?

 中内 英生

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January.02.2010「インターネットのポスティングジョイの驚き」

January.02.2010「インターネットのポスティングジョイの驚き」Photo
今日の詩::年越しの 蕎麦を拝みて ただ感謝

 昨日は雪が降ったので、今日は屋根に雪が降った写真を掲載して、俳句を一つ載せましたら、…。
 あけましておめでとうございます。
 新春にふさわしい雪景色ですね。
 日本は大雪だったのでしょうか?
 ブラジルではあちらこちらで大雨が降りました。

  こんなコメントをいただきました。サンパウロ在住の方のようです。びっくりしました。インターネットの世界とはこんなものでしょうか。地球家族を感じます。
島根の皆様、大いに喜びの輪を広げましょう。
今日はこれにて失礼いたします。

 中内 英生

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January.01.2010「一年の計は元旦にあり」

Photo January.01.2010「一年の計は元旦にあり」
今日の詩::新年も 出雲の神の 護り満つ

 神の子の皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 今年も日時計主義で常に前向きに生きて参りましょう。
お正月休みに入りましたので、時間があるので貯めていた新聞やDVDなど片っ端からかたづけています。正月が明ければ、かなり物知りになりそうです。
 一年の計は元旦にあり、と言われていますが、島根の皆様、今年の抱負はいかがでしょうか。私は、三つほど、決意を致しまして、今日から実践をしております。三日坊主でもよいのです。三日目にまた決意をすればよいのですから。

 松本尚さんという男性の救急医の人の記録を見た。プロフェッショナル(2009/9/15)です。彼は金沢市に生まれ住んでいたのであるいは知らないうちに会っていたかも知れません。ヘリコプターで移動する仕事らしい。医療の出前である。彼がどんな人にでも、どんな場合でも声をかけるという。「心配ないよ!」と。本当は心配なのだろうが、その言葉で患者は元気が出るらしい。責任者が狼狽えていると周囲の人はなおさら狼狽える。

 この仕事は、深追いしないことだという。撤退する。すなはち別の医者に任せる決断が必要であるらしい。彼が属している医療は、一年間で何と600件の出動回数がある。しかし、その仕事に充実感がある。
 下を向かないようにしている。下を向いていては次に今回の経験をどう生かすかが出てこなくなる。スタッフは、うまく行かなくても、「もう一度同じことが来れば助けられるかなあ」と思っている。しかし、「もう一度はないんですよ」と、厳しく反省の言葉があった。

 プロフェッショナルとは、①絶対的なリーダーシップを発揮出来る人。②その中にいて仲間との和を大切にする人。③新しいことに挑戦して行く人、と答えていた。
 松本さんの言葉は、参考になるのではないでしょうか。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
  2010年1月 1日のブログは、「新年のごあいさつ」です。虎の年賀状が掲載されております。拝読下さい。

※今日は、新年祭が教化部で行われました。お雑煮がでました。とても喜ばれました。
※ポスチングジョイが元旦から始まりました。島根の皆様は、俳句コーナーを中心に投稿しておられます。素晴らしいことです。

※今日は、午前中は教化部で新年祭であったが、午後はのんびりと過ごすことが出来た。穏やかな日々に感謝です。

※出雲弁のカルタをいただいた。一つご紹介します。…「せ」…せたもんだ 運転しーし 電話して…とんでもないことだ。運転しながら電話するとは。でした。 

 中内 英生

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