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2010年4月

April.29.2010「昭和の日」

April.29.2010「昭和の日」Photo
今日の詩::観音や 変化し救う 十一面

 谷口清超先生ご著書『生長の家の信仰について』のp222頁には、「感謝すること」という項目がある。天皇陛下のご恩について223頁の11行目から書かれている。

 (前略)その事は元宮内庁長官・富田朝彦氏が平成元年一月十九日の『東京新聞』に、昭和天皇の思いでとしてこう書いておられる。
 『おそばにいて身の引き締まる思いをした半面、「雑草という草はない」という陛下のお言葉に強く表れているように、長い間のご苦労の多かった日々に身につけられたというか、天性というべきか、周りのものへの思いやりというものをお持ちだったんでしょうね(前後略)』
 又昭和三十七年の「土」という御製では、
『武蔵野の草のさまざまわが庭の
土やはらげておほしたてきつ』
 人に依っては「雑草は抜くがよのだ」と思っているかも知れないが、「生物の命」という観点からすると、そこに草木の高下や善悪などはないのが、「神の御心」即ち「そのままの心」と言えるであろう。(後略)

 釈迦牟尼施世が、お悟りを開かれた時、「山川草木国土悉皆成仏、有情非情同時成道」といわれたという。この世界は、生命に於いては一つの世界である。生長の家環境方針の基本認識に書かれている所の世界であり、本質は人間と自然との共存共栄の世界であろうと考えられる。ディープエコロジーの世界に於いて、自然と人間とは一体化する。この世界はいのちで繋がっているが故に、一木一草に至るまで愛さずにはいられなくなるのではなかろうか。

 教化部の「写メール俳句の世界」に毎日のように投稿して下さっている方々は、植物の花を愛し、美を感じて、その植物に感情移入して見ておられる人が多いのではないだろうか。それは、その植物と自己との生命の一体感以外のなにものでもないだろう。素晴らしい世界である。

 もう一つご紹介させていただきたい。165頁の15行目からだが、次のように書かれている。
 
 (前略)この「皇恩」とは、皇室の御恩である。これは外国にある「王室」とも内容が少し違っていて、万世一系の天皇陛下のましますわが国のことだ。一時的に王となり給うた国王にも、勿論お恩があるし、それに感謝することは好い行いである。途中で謀反を起こすよりは善行と言える。
 しかし神武天皇以来歴代の天皇陛下が永続して即位して来られたという事は、世界でも類を見ない所である。それが「神の国の永続不滅性」を具体化し現成しているから素晴らしいのだ。
 しかも、わが国の天皇陛下は、政治の中心であるよりは祭り事を司ることが主たる司祭のお役であり、全ての政治や法的支配は為されなかった方々である。つまり「神意を行ぜられるお役」である所が「皇恩」の素晴らしさなのである。(後略)

 私の自宅の部屋には、昭和天皇様のお姿と共に私も含めて皇居勤労奉仕に行かれた皆様の姿が写真に写っている。この時は、君が代斉唱の最初の一節の歌い出しの担当となりまして大変緊張した記憶が残っております。
 この時に職員の人からお聞きしたのですが、昭和天皇様がお住まいになっておられた所の草を陛下は決して除草させなかったとのことでした。しかし、一年に一度、陛下が執務のためにお出かけになっておられる間に、皇后さまが職員の方に、草を抜くようにいわれるのでした。陛下が帰って来られると、草がありません。これはどうしたことかと、一年に一度、天皇様と皇后様が草を巡っての言い合いがあるのです、と教えていただきました。
 何という素晴らしい言い合いなのでしょうか。「生あるものは、生かしめよ」という大御心の偉大さ、素晴らしさ、何とも言えない思いで、お話をお伺いして感動しました。

 考えてみましても、太陽の恵みで陸や海の植物が光合成を起こし、それが元となって
一切万物は生かされている。海でも植物性プランクトンによって生かされないものはありません。私たちは、今日の「昭和の日」は、昭和天皇様の大御心に感謝の誠を捧げさせていただき、さらに植樹祭などによって、木や森林を大切にされた昭和天皇様の御心を学ばせていただきたいと存じます。そして環境問題を解決する方向へ進んで参りたいと存じます。

※今日は、明日から四日間、上京する関係上、少し仕事をさせていただいた。快適な一日だった。感謝合掌礼拝。

 中内 英生

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April.28.2010「生長の家とは如何なるものか」

Photo April.28.2010「生長の家とは如何なるものか」
今日の詩::旅行けば 阿修羅の先は 仏かな

 4月23日に島根の青年会は会員学習会を開いていました。私も参加させていただきましたが、K青年会員さんが、テキスト『生長の家とは如何なるものか』を使用して、レジュメを作り、発表がありました。とてもよくまとまっていましたので、ご本人の許可をいただきましてご紹介させていただきます。読みやすくコメントをつけましたので、ご了解下さい。内容はほとんど変えておりません。

 生長の家の教えとは?何でしょうか。この命題をハッキリと知る必要があります。
一つには、『唯神実相』ということです。生命の実相の内容はというと、無限健康であり、生き通しの生命であり、完全円満であり、要するに「神の子」であるといいます。
 二つ目には、「唯心所現」ということです。それは、コトバが人生をつくるからです。「三界は唯心の所現」とも言います。三界とは、仏教用語でして欲界、色界、無色界に分けて考えます。これは、一括して現象の世界とでもいいましょうか。
 従って、私たちは、自分の自覚が生まれ変わらないと、極楽世界、神の国を観ることは出来ません。キリストが、「人新たに生まれずば、神の国を見ること能わず」と言われた通りです。
「見る」ということを考えてみますと、「実体験する」ことと、「実相覚で観ずる」という意味が考えられるのではないでしょうか。

 コトバとは何でしょうか。それは身・口・意の三業のことを言います。すなはち、身とは表情であり、態度です。口とは発声音です。そして意とは、思念です。それらを善なるものたらしめますと、人生がすべて素晴らしい世界となるのです。

 もう一つの重要な柱は、「万教帰一」ということです。全ての善き教えは一つの神様から出たものであるということです。
 生長の家とは、人生や社会など一切の問題は解決できるという愛の教えです。さらにそれらを一切現象なしと断ち切るところの真理でもあるのです。
 生長の家は超宗教とも言われる由縁です。

 「生長の家」の説く真理は、決して机上の空論的なものではありません。生命の法則でり、誰でも歩まなくてはならない「人間として生きるべき道」であり、極めて優れた生活法であるのです。
 この生命の法則を自分自身が生きる時、自分の生活は幸福となります。そして、他人に及ぼす時、隣人への愛他行となります。他を幸福にするのです。

一つの真理が展開して自分が生きる時、信仰的生活となります。そして、他に対しては愛他行となります。道を他に及ぼす愛他行と道を自分の生活に生きることは一つのものです。この場合、現代におきましては人類のみならず、他の生物種も含まれていると考えて差し支えないと思います。

 この場合ですが、真理が現代的生活となる時、人と自然との共生の生活となり、かつまた日時計主義の生活となり、世界に平和を持ち来たらすところの愛他行となります。しかも他人の生命を礼拝するところにの礼拝主義に徹する時、テロも戦争も不調和もあり得ません。
 また、生長の家の生き方は自分を悪く言わない生き方でもあるのです。自他ともに神の子として讃嘆する生活です。

 「生長の家七つの光明宣言」には、「吾等は宗派を超越し生命を礼拝し生命の法則に随順して生活せんことを期す」と書かれています。

「生長の家」の目的は、日時計主義を生活し、自他の生命を礼拝し、生命の法則に従って生きる生き方です。そうすることによって、全人類が明るくなり、幸福になってきます。 また、「生命顕現の法則」は無限生長の道です。どんなに良いことがありましても途中で死んでは何にもなりません。個人の生命も永遠に死なずに生き通すということは実に尊い真理であるのです。

 また、生命顕現の法則とは、「生々化育(生み生みて生長さす)」ということです。生長が私たちのいのちの構造であり仕組みです。祈りの言葉に、「私は神の子であるから、これから毎日あらゆる点で一層進歩する」という祈りがあります。これを何度も何度も称えるのです。すると、不思議なことに魂の底から喜びが湧いてきます。すなはち、私たちが生長するという本性を生きるからです。

 また、私たちは、人類が無限生長の真道を歩むために「生命の創化の法則」を研究発表することが書かれています。どんな苦しみも自分の魂の糧にならないものはありません。だからこの世には決して敵はいないと感謝しつつ、日々の業務に励んでおりますと、必ずや道が開けていくるのです。観世音菩薩の教えと言われる由縁です。

 また、生命の糧は愛です。愛こそ生命のご飯です。祈りと愛語と讃嘆とは愛を実現する言葉の創化力です。このように私たちは教えられています。
神様の愛が具体的に両親の愛として現れています。このことを信じて、両親への感謝を深めて参りますと、必ず幸福な人生が展開して来るのです。
「神に感謝しても父母に感謝しえない者は神の心にかなわない」と教えられているのです。

 また、私たちは、神の子として無限の可能性を内部に持ち、言葉の創化力を駆使して、大自在の境地に達しうることを信じて行ずるのです。
 これは先ほど述べたとおりです。
 形は心の影であると申しますのは、心が自由自在、神通無碍の境地に達した時、生活に自由自在が実現するのは当然です。
 生長の家では、波動を指して言葉というのですが、人生を動かすには、思念、発声音、表情が最重要事項であると教えられております。従いまして、決して悪いことは言わないようにし、良いことだけを表現する日時計主義の実践こそ人生最強の道です。

  また、私たちは、善い言葉の創化力で、運命を改善します。言葉が書かれた本や雑誌、インターネットに於ける言語の浄化、そしてまもなく押し寄せてくるであろうところの、アマゾンキンドルやアップル社のアイパッドなどによる電子本の世界に於いて、それらの言葉が支配する世界を光明に変えていく使命が私たちにはあるのです。言葉こそ何よりも重要であるのです。

 最後に七つ目は、正しき人生観と正しき生活法と正しき教育法を全人類に宣布することです。
そして、人類の一切の人生苦を消滅させるのです。また、地上に相愛協力の天国を実現するために実際運動を起こすのですが、現代では、国際平和信仰運動として、唯一絶対の善なる神への信仰によって平和を持ち来すとしております。
 しかも、人類のみならず、地球温暖化によって絶滅しつつある数多くの生物種を救おうというのが生長の家の運動です。これは物施の部類ですが、本当の信仰に至る時、手をこまねいていることは出来なくなるのではないでしょうか。
 そのために、私たちは、観行に於いても、「四無量心を行ずる神想観」を実修しています。そして、iso1401の環境ライセンスの取得など各種の取り組みを行いつつ、さらに森の中のオフィスとして国際本部の移転を計画しています。すべて本当の信仰に基づく行動化です。

 ここでいう正しい人生観は地域の誌友会で学ぶことが出来ます。生活法も誌友会で学ぶことができますが、練成会という行事に参加しますとすぐに理解することができます。なぜならば、練成会は生長の家の生活法を実践する場であるからです。
 もう一つ、教育法によって、子供の時代から幸福な子供を育てるのですが、生長の家ではお母さんが行じることを学ぶ母親教室というものや、子供さんを集めて生長の家の御教えを身につける「生命学園」というサークルがあります。
 お子さんが入園すると見違えるように素晴らしい神の子さんに育って行くのは間違いございません。
 全人類がそのようになった時は、私たちの待ち望んだ地上天国が実現するのです。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。新しい人をお誘いしましょう】

 2010/04/26のブログは、「生長の家総本山が「炭素ゼロ」達成!」です。おめでとうございます。島根でもぜひ近い将来に達成したいです。
http://www.masanobutaniguchi.com/

※今日は天気がよくて大変気持ちの良い一日でした。感謝です。
  中内 英生

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April.27.2010「谷口輝子先生の御著書②」

Photo April.27.2010「谷口輝子先生の御著書②」
今日の詩::和菓子まで 職人技が 光る街
ツイッター→koumyoushimane

 『めざめゆく魂』という谷口輝子先生の御著書がある。4月24日の谷口輝子先生の二十二年祭の挨拶では、このご本の端書きの谷口雅春先生の御文章を拝読させて頂いた。

 男性はどんな女性を妻とするかによって、運命が変わってくる。雅春先生を激励し協力してくれたのが輝子先生だったと書かれている。そして、…。
「前略…生長の家の人類光明化運動の今日あるのは、まったく、この妻のお陰であると自然に感謝の念で目がしらが熱くなるのを感じた。…後略」とお書きになっておられる。

 私が某練成道場で勤務させていただいていた頃のことであるが、ある時、谷口雅春先生のご講義があった。先生は、輝子奥様のご病気を治す方法を求めて、西洋医学、東洋医学、民間療法などありとあらゆる方法をご研究になられた。そしてとうとう、人間神の子無病の真理に到達されたことを話された。そして、「現在のみ教えはその結果である」と言うような意味のことを話されたと記憶している。そして、そばでおお聴きになっておられる輝子先生の所まで歩いて行かれて深々と合掌してお辞儀をされた。聴衆は驚いて、そのお姿に感動の声を上げていた。

 このご本には、278頁に「大本教をさりて」という項目がある。大本教の事件のことで京都地方裁判所の8名の判事と書記たちがご自宅に取り調べに来たことが書かれている。帰りには八人とも、畳に手をついて、「どうもお邪魔いたしました」「ご迷惑かけました」などと丁寧に挨拶して帰られたという。その後、輝子先生はおひとりで考え込んでおられた。
もしも罪に問われることになるならば、この大本教の教えが正しいと信じている限り、その信仰のためには命を賭けようと決心されたという。もちろん、何もなかったのは当然である。
 さらに、生長の家を創始されてから住吉から東京に移転された後に、「H教団」に手入れがあった。世間では「H教団」の次は「生長の家」だと噂していたとのことである。そして、279頁には次のように書かれている。
『その噂を聞いた生長の家本部の初代理事長の辻村楠造中将は、「この正しい教えの生長の家が、弾圧を受ける日があったら、自分は喜んで谷口先生に従って牢屋に行く」と決然として言われましたことを、私は思い出すのでございます』
 と書かれている。発祥当時の弟子の方々のお覚悟には頭が下がる思いがする。

 256頁には谷口雅春先生ご夫妻がペルーのクスコ空港の待合室にいたときのことが書かれている。クスコ大学の教授がご一緒にいたペルーの信徒である村上さんに近づいてきて、「あの貴婦人は誰か」と聞いたという。日本の谷口輝子先生であることを話したら、教授は近づいてきて言った。「ここは貴方たちの土地であり、貴方たちの家であります。お気楽におすごし下さい」と。ペルー民族は日本古代の民族がこの地に移住して国を建てたという伝説があるそうで、屋根瓦でも日本のそれとよく似た形をしている」とのことである。
 私は、遺伝子の研究でのテレビ番組で、日本人の遺伝子とこのあたりに住んでいる人の遺伝子が非常に似ているという研究成果を発表していたのを思い出した。要するにアリューシャン列島が氷が張っており、北海道から北アメリカ、南アメリカと歩いて渡ることができた時代があったということであろう。それもまた考えられないことではないと思った。

 故T元本部講師が、谷口雅春先生ご夫妻に随行してニューヨークの国連本部を訪れた時のことだった。受付の人に呼び止められた。そして質問された。「あの人はどなたですか。私は長年ここにいますが、あの方のように叡智と平和に満ちた雰囲気の人を見たことがありません」と。何も言わなくても、このように周囲に人から見られるようになった時、大いに御教えが伝わっていくのでありましょう。

 このご本には谷口雅春先生と共に歩まれた輝子先生の魂の記録が書かれている。ぜひ拝読していただきたいと思う。

※完全養殖クロマグロについて日経新聞(2010/04/26)には報道されている。資源の枯渇が懸念されるクロマグロを卵から育てる完全養殖である。近畿大学は卵から稚魚に成長する割合を向上させたようだ。将来は、国内での供給が確保できる可能性があるとしている。技術力ですね。かつて、200海里問題が発生し、日本が遠くへ魚を捕りに行けなくなった時代があった。その時の谷口雅春先生のお言葉に、「魚を日本に呼び寄せればいいではないか」という御文章があったことを記憶している。クロマグロが禁止になっても、必ず乗り越えることができるようです。常に前向きに。しかし、近海の魚をあまり食べなくなったのことも問題があるかも知れません。クロマグロに執着しないようにしましょう。私自身といえば、数年間、ほとんどこのサカナさんにお目にかかったことはありません。

※介護現場での朗報です。少し年配の人でも、ロボットを使えばかなりの力持ちになるかもしれません。同じく日経新聞(2010/04/26)には、動作支援ロボットとして、筑波大が試作したのが腕力160キロに倍増するとのことである。これなどもテレビでは見ていたが、現実に役に立つ介護ロボットはこれからの時代のニーズにあったものでありましょう。人間神の子無限力ですが、活用できるものは活用するのも知恵でありましょう。

※今日は、初めて伝道員研修会を行った。テーマは本部から提示されているのでそれを活用させて頂いた。指導講師は3人で、テーマは「唯神実相」、「国際平和信仰運動」、「環境問題」の三つだった。レジュメもしっかりと作っていただき、りっぱな指導講義だった。実は、この行事は地方講師新規受験勉強会の予備学習でもある。今年度も、新規受験者が多く出現することを念願している。

 中内 英生

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April.26.2010「谷口輝子先生の御著書①」

Img875 April.26.2010「谷口輝子先生の御著書①」
今日の詩::空高く 平城の宮 美しき
ツイッター→koumyoushimane

『新版女性の書』の223頁には「生活断片」という小見出しがある。約束の大切さが説かれている。

 輝子先生が朝食を召し上がっているところへ近所の女の子がミシンを使わせて欲しいと申し入れたという。恵美子様はミシンの器具の一部分を学校に置いてあるから、持って帰るから夕方いらっしゃいと約束された。雪が降っていたので、雅春先生ご夫妻が恵美子様を原宿駅まで自動車にお乗せしたとのことである。

 午後三時過ぎ、恵美子様が帰ってきたが、いつとなく悄気た顔をして靴を脱ごうとされなかった。そして、恵美子様が、ミシンの器具の一部分を忘れてきたというのであった。輝子先生は次のように言われたという。
「それは恵美子さん、取りに行くのが当たり前ですよ。お約束をしたらどんな事しても果たすのが本当ですよ。さあすぐ取りに行きなさいね。もう少ししたらマリ子さんもお約束して頂いたからと思ってこの雪の中をやって来ますよ」と。

 恵美子様は振り返って外をご覧になったが、雪は横なぐりに降り続いていた。輝子先生は、一瞬あわれな気持ちがしたという。そして、吹雪の中を雨傘を斜めにして出て行かれる恵美子様の後ろ姿を見送りながら、輝子先生の心は朗らかになっておられた。
「そうだ、これでいいのだ。朝は父母の車でいたわられて行った。今は自分の責任ゆえに吹雪の中を歩いて行ったのだ。吹雪を厭うて責任を果さない子にしていいものだろうか。今日のこのことが彼女の魂の生長に役立ったに相違ないのだ」ともお考えになられた。

 恵美子様はびしょ濡れになって帰ってこられた。
「ああいい子だったわ。ちゃんと責任を果たしたのね」と言いながら、抱き上げんばかりにして、恵美子様を室内に導き入れられたという。
 まもなく、マリ子さんがおいでになり、マリ子さんの嬉しそうにミシンを使うそばで、恵美子様が笑顔でそれを見ておられたとのことである。

 このエピソードに於いての教訓は、厳しくも愛深い谷口輝子先生のお姿を実に鮮やかに示しているように思った。
 また、私たちが光明化運動を行わせて頂く上において、決められたことや約束事を着実に実施していくことにより、少しずつ少しずつ光の輪が広がっていくように思うのである。イベント的なものも大切だが、日常の生活の中で信仰者としての日々の「宗教行」を行い、かつ地域に於いて毎月、誌友会を開催させて頂くことは実に重要であることを知る必要がありましょう。

 4月24日の「谷口輝子聖姉22年祭」の日には少し遅くなりましたが、掲載させて頂きました。この御著書は、教化部に在庫がありますので、どうぞお読み下さい。

※このブログは、教区の信徒さんへの毎日の信仰のお手紙として始めたものだ。毎日、たくさんの方々が訪問しておられることを心から感謝しております。ありがとうございます。

※今日は、午前中は江津市で先祖供養祭を10時から12時まで開催した。江津で先祖供養祭を始めてから一年以上が経ったが、続けて参加しておられる人は、心境はもちろん向上しているのであるが、家庭的にも大調和して幸福感が増幅しているようだ。続けて開催しているからこそ体験が出るのかも知れない。これは参加者のためのためというよりも、ご先祖さまの一ヶ月に一回の誌友会に匹敵するとお伝えしている。もちろん、参加者は江津の地域の皆様である。参加者には、朝晩の自宅での先祖供養をおすすめしている。
 午後は、浜田市での先祖供養祭が2時から4時まで行われた。その後、新規受験勉強の基礎学習のような勉強会を5時まで行った。大変有意義だった。

 中内 英生

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April.25.2010「北斎に学ぶ」

Photo April.25.2010「北斎に学ぶ」
今日の詩::花なりや 老舗の和菓子 一つ添え

 富岳三十六景で有名な葛飾北斎は、『北斎漫画』というさまざまな状況を描いた漫画で世界的に有名なのだという。絵の手本である。1350冊を集めているという人がいた。北斎の絵の構図は当然のことながらであろうが、北斎漫画はポール・ゴーギャンなど欧州の画家に影響を与えていたそうだ。

 北斎はさまざまな画風を学んだ末に、39歳で独立している。先日、北斎の晩年の絵を松江の県立美術館で見たが実に力強いものだった。
 自らを「画狂老人」として飽くなき努力を続けている。
 富岳36景の構図の大胆さ、波頭の描き方、北斎は動体視力が人一倍優れていたとしている。
 シャッター速度の速いカメラで切り取った波頭は確かに北斎が描いたような姿をしている。それほど、よく見えたと言うことであろう。

 北斎は生涯、常に「よりよく描きたい」という飢餓状態にあったと云われている。優れたものを創り出すには、これほどの動機付けが必要なのだろう。
 美人画でも、自然な姿よりも構図の方を優先させている。常にさまざまなジャンルに挑戦しており、オールマイディを目指していた。描き方、創作はさまざまに変化しながらでも、北斎のものと一瞬にして分かる統一性を持っている。
 なぜ、色々なものを描いたかというと、注文主に要望に応じたからである。実に様々なものを描いている。
 しかも、北斎の特長は、沢山描いても質が落ちていないという。質量主義という言葉があるそうだが、質も優れておれば、量的にも実に多い。秀逸の故に多産であり、多産の故に秀逸となるとする。

小布施というところのお金持ちが北斎に来てもらい画室を作ってまで招いた。天井絵を依頼するためだった。
 北斎は、1849年に、90歳で没している。浅草のお寺に葬られている。

 北斎の残した言葉だが、「あと五年、天が与えてくれたら本物の画家になれるのに!」と。最後まで自分の絵に満足しなかった。
 富士山と昇り龍が絶筆となった。百歳まで生きたい、と念願したようだ。「絵を描きたい」、ということだけに心を砕いた絵師だった。まさに画道一筋の道だったという。

 彼は何度も名前を変えている。これは何を意味するかというと。「自分は名前では勝負しない」という気持ちの表れだという。既に有名になった北斎は自分が名前を出せば売れると知っていたが、あえて新しい名前で挑戦した。一途に描き続ける北斎の生き方に私たちは、ひたすらに人類光明化運動に捧げ続ける諸先輩の姿を重ね合わせることは出来ないだろうか。
 そして、当時のヨーロッパの画家達は、北斎という日本人の絵に生命を賭ける生き方に、感動したのだった。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2010/04/24のブログは、「自然界に“声なき声”を聴く」です。谷口輝子聖姉二十二年祭でのお言葉の概略をお書きになっておられます。拝読下さい。
http://www.masanobutaniguchi.com/

※今日は、五者会議があった。午後は相愛会の壮年層の学習会だった。実に頼もしい壮年層の方々が大勢ご参加になった。テキストは、『如意自在の生活365章』だった。

 中内 英生

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April.24.2010「人体通信」

April.24.2010「人体通信」
今日の詩::竹の子や 地球に根が生え そそり立つPhoto

 人間には様々な周波数の電気の波が入り乱れているようだ。「サイエンスゼロ」(2010/04/17)によると、東京電機大工学部電子工学科講師の根日屋英之さんという方が研究しているという。この電界は周囲の影響を受けやすい。これは御教えから言うとオーラというものだろうか。ともかく電気の計器に数値が現れるのには驚いた。しかし、心臓の心電図、筋肉の筋電図などのことを考えると、周囲に電気質のものが覆っていても不思議ではない。
 電気だから人の電界に新たな電気を加えることも出来るという。それが人体通信の原理になっているらしい。

 人それぞれの電気の波があるので、その人独自のものをカードに刻み込むことが出来るようだ。しかし送り手である側と、受け手である側とは周波数を合わせなと通信はできない。それがポイントのようである。

 面白い実験を伊藤公一教授が行っていた。その人間から出る周波数が高くなると、人体の周囲に電界が付着するのではなく、遠くに電波をとばす形になるという。これは、祈りで精神統一をすると、例え地球の裏側であっても念波が飛び、感応する例があることを考えると理解できるのではなかろうか。しかし、もう少し考えてみると、これは念波が飛んでいくというよりも生命一体の原理により感応すると考えた方が理屈に合うのかも知れない。

 また逆に周波数が低くなると、電界が身体にまといつくという。
 この電界を利用して、手をつなぐことにより、音楽情報を相手に伝えることもできる。まあ、そこまでする必要はないとは思うが…。

 今までの医学では、心電図は電極を身体につながないと表示できなかったが、これからはデジタル信号化できるので、特殊の椅子に座っただけで心臓の心電図を取り出せるようになるという。
 これは心筋梗塞などの予兆をすばやく見つけ出すことに役立つらしい。心筋梗塞は、食事中や飲酒中に座っている時に起こることが多いという。従って、家庭内で計器を設置した椅子の活用により予防できるとしている。これもまた、そこまでする必要があるとは思えないが、できるということだろう。

 ヒューマンタッチということも出ていた。血圧や心電図などあらかじめ自分の身につけた計器に保存しておき、看護婦さんが手で触るだけで看護婦側のホルダーに記録されるようにもできるという。
 さまざまな試みがなされていた。その中でも、人体に雰囲気としてまとわりついている電界があるということを計器で数値がでるということがこの番組の私の大きな驚きだった。

 7~8年ほど前だったか、100歳を超えてお亡くなりになった女性がいた。生長の家の初期の時代に谷口雅春先生が石川県の七尾にお出でになられて、雅春先生からご指導をいただいている。このことは『生命の実相』で紹介されている。神想観のご指導をしていただいていた時のことだった。先生は参加者を順番に姿勢などを直してゆかれたという。彼女の所に来られた時、彼女の合掌を雅春先生が両手で包んでくださった。同時に、全身に電撃のような衝撃を受けたと言っていた。これも、雅春先生の強い電界を感じたのだろうかと考えてみたのだが…。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

 2010/04/20のブログは、「洋画家・三岸節子氏のこと」です。「三岸節子展」のことも書いておられます。拝読下さい。
http://www.masanobutaniguchi.com/

※「待機児童」という言葉があるという。日経新聞(2010/04/22)によると、認可保育所に入所を申請しているにもかかわらず、希望する保育所が満員で入所できない子供を指すという。厚生労働省によると、2009年10月1日現在の待機児童は4万6058人である。半年前の、09年4月1日に比べて、約2万人増えている。特に3歳未満が3万9099人と全体の8割以上を占めるそうだ。08年秋の金融危機をきっかけに、それまで専業主婦だった人が働きに出る機会が増えたことで入所希望が急増している模様だ。都道府県別の待機児童数では東京都が1万1436人と突出している。政府は学校の空き教室を利用して保育施設の増設などを進めているが、需要に対して供給が追いつかないのが現状であるという。
 これは生命学園発展のチャンスではないだろうか。また、生教会の発展も見込まれるのでは無かろうか。日時計主義で常に前向きに考えては如何であろうか。

※今日は午前中は教化部で、午後は松江道場で谷口輝子先生の22年祭を行わせていただきました。谷口輝子先生、有り難うございます。句友の皆様の感謝の写メール俳句がアップされております。七句あります。
  http://www.sni-shimane.com/blog.php

 中内 英生

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April.23.2010「芸術と正しい信仰」

Photo_2 April.23.2010「芸術と正しい信仰」
今日の詩::耳すませば 鹿の声する 都かな

 桜の詩で今も尚覚えている詩は、三好達治の『測量船』に掲載されている「いしのうへ」である。確か高校時代に、「学燈」であったろうか、写真入りで掲載されていた。達治の富士山は大好きでそらんじていた。達治は萩原朔太郎の弟子だが、親友の室生犀星に近いとのことである。犀星は石川県の出身で、「故郷は遠きにありて思うもの。そして悲しくうたうもの、よしやうらぶれて井戸のかたいとなるとても帰るところにあるまじや…」と表現して、故郷への悲しい思いを詩に託している。そのことを犀星の友人であった、S氏がよく話しておられたこと覚えている。

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの足音空にながれ
をりうしに瞳をあげて
翳り(かげり)なきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々(ひさし)に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまするいしのうへ

 漢字変換が十分にできないので、申し訳ないが、その音律の響きの美しさに高校生の私は魅了された。万葉集もしかりであった。益田出身の柿本人麻呂の歌は自然描写の絶唱だと思えた。
「ひんがしののにかぎろいのたつみえてかえりみすればつきかたぶきぬ」である。

 三好達治は、妻子と別れて萩原アイと結婚する。その後、この愛は破局となったのだった。文学と信仰、何が不足していたのだろうか。それは完全なる神を信ずる正しい信仰に至らない限り、真の文学、芸術とはなり得ないのではないだろうか。色々と考えを巡らせてみるのも無駄ではあるまい。
 トルストイにしても、財産を農民に分与しようとしたことで妻との対立が激しくなり、一人で家出をして寒村の駅長室で息を引き取っている。トルストイは偉大な文学者であり哲学者でもあり、世界的な人物であったはずである。                          ゴーギャンにしても欧州から帰ってきたら、妻は別の男性と結婚していた。それまでのいろいろの生活もあり、「我々はどこから来たのか。我々は何ものなのか。我々は何処へ行くのか」という名作の絵を描いた後、彼は自死をはかっている。

 私は、今までの文学や芸術を考えるにつけ、現在運動として展開している、日時計主義の俳句や絵画は、今だかって無かったところの、人類の新しい芸術、新しい文学、新しい世界を切り開いてくれるのではないかと、期待に喜びが湧いてくるのであった。
 
【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】
2010/04/15のブログは、「なぜ“森の中”なのか? (2)」です。信徒の質問の手紙に対してお答えになっておられます。拝読下さい。
http://www.masanobutaniguchi.com/

※今日も素晴らしい一日でありますように。

※今日は午後に松江の誌友会があった。ご主人が谷口雅春先生の速記係をしていたというご婦人が来ておられた。 夜は青年会の学習会だった。皆様はとても勉強家のようです。

中内 英生  

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April.22.2010「龍馬と乙女姉さん」

Photo_7 April.22.2010「龍馬と乙女姉さん」
今日の詩::平原を 野生走りて 陽は高し

 津本陽さんが「幕末周遊紀行」という文章で、日経新聞(2010/04/20)に書いている。これはお茶のメーカーの宣伝ですね。
 
 龍馬は少年の頃、きわめて内向的な性格であったという。彼は成人してからのち、志士として驚くべき奔放な活躍の軌跡を残したが、彼の精神形成にもっともつよい影響を与えたのが、お姉さんの乙女さんであろう、と書かれている。
 身長は176センチ、体重120キログラムの、相撲取りにもまさる巨体の彼女は、文武両道に長けており、龍馬を鍛え上げて、その資質を十分に発揮させたとしている。

 雷が鳴り始めると、縁側へ太鼓を持ち出して、向こう鉢巻きでバチをふるい打ちまくる。ときどき裏山で舶来のピストルをぶっ放して、憂さ晴らしをしていたらしい。すごい女性である。しかし、高知にはそういう気風は現在も残っているのかも知れない。

 龍馬の家系は下士だったので、関ヶ原で破れた長宗我部の家臣の子孫のようだ。長宗我部は、それまで土佐を治めていた旧中村市(私の実家のある町)の一条家を滅ぼして四国を平定している。私ごとで恐縮だが、調査によると私の家系は長宗我部と入れ替わりに、静岡県の掛川から赴任してきた山内家の家臣として高知に来ている。幕末に至り、250年間下士として生活してきた坂本家の龍馬が活躍する舞台となった。しかし、長い歴史の中で、高知県人はみんな龍馬を尊敬するようになるようだ。

 司馬遼太郎が「龍馬が行く」を書く前から、父の話には龍馬があった。元本部講師の故T氏は、旧満州から帰り高知に居て上京する迄は、よく桂浜の龍馬の銅像の所に行って、誓いの思いを固めていたという。それは、世界中に谷口先生の御教え生長の家を宣布することだった。現在、国際平和信仰運動が活発化しており、故T氏は霊界で大いに喜んでおられることと思う。

 父が龍馬についていつも話していたことだが、「日本人は日本から世界を観ていた。しかし、龍馬は世界から日本の見ていた。そんな人間になれ!」と。

 「龍馬伝」が人気を博しているが、そのように人生を自在に生きることが大切だろう。明治政府の人事について、龍馬が西郷に示した案には、龍馬の名前は書かれていなかった。「龍馬さんの名前がない」と、西郷がいうと、「私は日本を洗濯したかったまでで、地位を求めて行動をして来たのではない」と返したという。心に残る言葉だと思う。
 私は司馬遼太郎さんの龍馬への文章を読む度にいつも熱くなる。生きている世界は違うし信仰も違うが、私たちの場合はすべてを神の御栄えのためにのみ生きていかなければならないと、強く思うのだった。

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※次は、島根の地方講師さんの新設HPです。
①「らいたあ」さんのブログ(私と同様に毎日、アップしているようです)
   http://1181-42.cocolog-nifty.com/blog/
②「松江の旅人」さんのブログ
写真が美しいです。松江藩の武士の雰囲気が漂うブログです。
   http://m-tabibito.cocolog-nifty.com/blog/
 お読み下さい。

※今日一日、天気は曇っていたが楽しい休日でした。

 中内 英生

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April.21.2010「”光明島根”5月号原稿」

April.21.2010「”光明島根”5月号原稿」

今日の詩::ほがらかに 笑って生きよ 花らしくImg853

  毎月の誌友会へのお誘いを講習会推進の勢いで!

  神の子の皆様、有り難うございます。
 すでに教化部での受講券奉戴式が終了し、各地での受講券奉戴式もほとんど終わりました(4月21日現在)。私は、相愛会では2カ所、白鳩会では3カ所、青年会では一カ所に参加させていただきました。どの会場も元気いっぱいでの出発式でした。
 今年は、各地域で細かく受講券奉戴式を行って、できるだけ地元の方々が参加しやすいようにいたしました。二酸化炭素排出削減と会場を近くにして皆様が参加しやすくする為です。

 講習会は二年に一度の島根教区での最大の行事です。明るく楽しくご推進していただくことが何よりも大切です。明るいところに人は集まり、歓びの輪が広がり、能力が発揮されるからです。

 総裁谷口雅宣先生、白鳩会総裁谷口純子先生のご指導は、私たちはブログによって身近にご指導をいただいております。しかし、一般の方々が直接のご指導をいただくことができますのは講習会です。前回は一会場でしたが、今回は三会場となります。従いまして、ご年配の方々でも参加しやすくなるのではないかと思います。

 さて、講習会に先立ちましては、やはり誌友会の盛り上がりが大切です。毎月の誌友会の参加者で新人が増加しているようでありましたならば、講習会は大成功となりましょう。誌友会にお出でになる人が講習会に参加し、講習会に参加する人が誌友会に参加するようになることが、互いにリンクしていきますので救われる人が増加するのです。通常の誌友会と芸術的感覚の誌友会の両方を行うことによって、さまざまな種類の人々を誌友会にお誘いすることが出来ます。どうか、誌友会へのお誘いにご尽力をお願いいたします。毎月の誌友会を講習会のつもりで新人をお誘いいたしましょう。
 そのように誌友会は教区の核となる重要行事であるのです。私が時々出講させていただくのも、そこに理由があります。

 誌友会に元気をつけるにはどうすればよいのでしょうか。それには秘訣があります。誌友会参加者の方々が出雲練成会に、どなたかがご参加されることです。誌友会参加者のどなたかでも練成会に参加されますとその人は信仰的に非常に元気なります。練成会が終了して地元に帰りまして誌友会に参加しますと、非常に素晴らしい光明の影響力を誌友会で与えることが出来ます。それは誌友会開催責任者にとっては幸運なことです。

 4月の練成会では、色々と体験がでていたようです。数ヶ月前に参加した人が、息子さんの就職を祈願して、「祈り合いの神想観」で祈りをお願いしたところ、正社員として就職が出来たそうです。勿論、祈ってもらいたいという依頼心を起こしたのではありません。一所懸命に息子さんの実相を拝まれたそうです。
 また、数ヶ月前から下痢が止まらなかった人が、練成会に参加したその日から不思議にピタッと止まったそうです。症状はこの数ヶ月間、大病院に行ったけれども治らなかったのでした。心の作用といっても余りにも鮮やかな治り方です。
 最後の感想発表では、皆様は感動の涙で終始しました。真心と真心のぶつかり合いで練成会は進行して参ります。私は30歳代の頃、練成会の場で「神の愛」を教えていただきました。
 神の愛を行ずる所に、不可能はありません。病気はありません。不幸はありません。不調和はありません。
 そのように練成会で元気をつけてから、誌友会に参加しますと、誌友会が否応なく盛り上がることになります。そして、講習会の大成功へと繋がっていくのです。

 島根の信徒の皆様、これから講習会の日まで、「神様への絶対の信」を行じて行こうではありませんか。
 『生命の実相』頭注版第1巻158頁には、次のように書かれています。

…神は献身を要求し給う。「容易に」ろいうことを神は決して喜び給わないのであります。…

 神の子の皆様、真心込めて多くの人々が喜びの生活をすることができますように、講習会にお誘いをいたしましょう。

 感謝合掌礼拝 

 中内英生

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April.20.2010「祈り合いの神想観など」

Photo April.20.2010「祈り合いの神想観など」
今日の詩::遅いほど 大器晩成 大樹なり

 今日は夜に、祈り合いの神想観を担当させていただいた。どういう訳か、この神想観の時は、自他一体感がいつもよりも強くなるような気がする。自分のために祈る時には余り真剣になれないが、他人の幸福のために祈る、というよりも祈らせていただく時には生命の一体感と実相直視の思いが強く発現するように思う。

 サイエンスゼロ(2009/09/24)には、念力についての報道があったが、念も一種の力を持つのだろうか。
 相手を癒すのではなく、相手に迷いがあるという自分の迷い・迷妄を消滅させることをこそ祈るべきである。自他一体の自覚の後に、自己の生命が完全であるとの自覚に到達した時、不思議に相手にその意識が伝わるように思う。命の世界、心の世界、念の世界の不思議さであろう。

 誕生会を行っているが、これがどうも好評である。その月にご誕生になられた人を祝福することになっている。誕生日の歌を歌い、くす玉を割って祝う。自分の誕生日をこんなにお祝いしてもらったのは生まれて初めて、というご年配の方々も沢山おられる。人を喜ばせるのは不得意な方ではないので、色々とこれからもご参加の皆様に歓びと感動を与えさせていただきたいと思っている。

 練成会の合間に、絵封筒に関する打ち合わせを行った。講習会の受講券やチラシを入れる絵封筒を作成するという案である。絵を描いた封筒で受講券を渡すと、真心が必ず通じると信じるからだ。受講券は単なる紙切れではない。実相世界行きの特別切符が講習会の受講券である。それを手作りの絵封筒に入れると、そこには歓びと感動が待ち受けているはずである。

 日時計主義の説明と具体例説明の時間には、写メール俳句の仕方が説明された。島根の「写メール俳句の世界」に掲載されている写真と俳句は実に素晴らしいと思う。朝、それを読むだけで一日がさわやかになる。考えてみると、現在日時計主義のホームページのブログを立ち上げている地方講師は、男性地方講師4名、女性地方講師3名(まもなく2名が立ち上げる予定)。これは日時計主義の運動のインターネット的拡大でありましょう。他にも光明実践委員は数名開設していると聞いた。

 「時間が無い」と思うと時間が無くなるように生活のルーティーンが決まってくる。だから「時間がない」ということを云わないことが生活のコツなのだろう。また、「時間がない」と云っていると、人が何かを頼みにくくなる。私は人から強制されることが嫌いなので、逆に他人には強制しない。従って、「忙しいですから」と言って断られるとそれ以上、押すのが大変苦痛になってくる。
 神示の中には、「時間がない」と云っていると、救いを求めている人が、求められなくなる、という意味のことが示されている。「暇です」という必要はないだろうが、他人が救いを求めるチャンスを失わせてならないだろう。「神でありますように、御心でありますように」と祈るのみである。

 今日も一日、有り難うございました。

 中内 英生拝

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April.19.2010「『甘露の法雨』の写経」

Photo April.19.2010「『甘露の法雨』の写経」
今日の詩::ひとひらの さくらのはなびら まいおりぬ

 今日は練成会の第一日目だった。初めての人も参加しており嬉しい限りである。今日は、「甘露の法雨」をテキストとしての講話もあったようだ。聖経「甘露の法雨」は、信徒さんの間では、一番の愛読書ではないだろうか。朗読する。黙読する。写経する。写経は、むかし印刷術があまり発達していないころに、お坊さんが写経した行事から始まっているようだ。自然に精神統一が行われて、写経の功徳も出てくる。様々な願を込めて、写経したものをお寺に奉納すると云うことも多い。私たちは、生長の家の御教えが説かれている聖経『甘露の法雨』を日々拝読したい。また折に触れて写経なども実践してみたいものである。そういう意味で、松江道場では毎月、写経の集いが行われている。

 心が身体に表れるという内容の講話を、今日は担当させていただいた。すると、練成会員の中で、3ヶ月ほど下痢が続いていたのが、練成会を受けようというその日からピッタリと止まったそうだ。それまで県外の大きな病院や東洋医学も訪ねたがうまく行かなかった。「神様に全託する」という安心立命の境地に入られたのではないだろうか。練成会の行事を受けるに至っていない時間からの体験である。
 これは本人の心が安らかになったこともさることながら、教化部会館での甘露の法雨の拝読が多くなっている功徳もあるのではないかとも考えられる。祝福祈願として希望者をお祈りしているが、私以上に『甘露の法雨』を拝読している地方講師の人がおられ、それらの方々の真心が神様に波長があい、救われたいとする念と合流して体験が出ているのかも知れない。いずれにしろ、無我法悦の聖経読じゅが大切である。

 夜は浄心行を担当させていただいた。説明は他の優秀な地方講師が担当してくれている。浄心行によって、参加者、すなはち自分も含めて、観世音菩薩様が罪を消す作用が現れるのではないだろうか。紙に書き、聖経で浄めながら、浄化の火で焼却することは実に神秘的な荘厳な行事ではある。神秘を求めるのは生長の家の信仰ではない。しかし浄心行終了後、心が浄化された実感が与えられるのは、宗教行の特徴であろう。

 なぜ罪は消えるかという問題があるが、罪は本来無いから消えるというのが正解である。宗教の存在意義として、人類に罪があるから宗教が必要であるという従来の考え方に対して、罪は本来無いのに「ある」と思っている人類の迷妄を消すために、宗教があり、釈迦やキリストが生まれてきたのであり、最後に生長の家が出現したということであろう。
「この世界に犯されたる罪もなく、報いらるべき罪も無きことを教えよ」と『甘露の法雨』には説かれている。もちろんこれは、宗教的な意味であって、法律的な意味ではない。

 一月に一度、練成会を担当させていただき、初心に帰ることができる立場をいただいていることは信仰者としては何と幸福な幸運なことであろうか、と思う。生長の家の御教えは苦行ではなく、楽行道であり、真理の法悦道であろうと考えられる。

 練成会でお互いの礼拝行を行う。その礼拝をご家庭に職場に持ち帰って行じていくのが練成会の大いなる意義である。そして地元では誌友会が待っている。毎月練成会が行われるように、島根の各地で毎月誌友会が行われて、地域の真理の燈台としての役目を果たしていただくことを願ってやまない。その誌友会の燈台にスイッチを入れる役目も練成会にはあるのではないだろうか。

  中内 英生

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April.18.2010「自分はエコだろうか?」

Photo_2 April.18.2010「自分はエコだろうか?」
今日の詩::出雲路や 神迎えの浜に 春は来ぬ
ツイッター→koumyoushimane

 「あなたはエコな人ですか?」との質問に対して、どう答えるだろうか。環境関係は朝日が多いようにも見受けられるが、2010/04/13付に「aspara会議」というのが掲載されていた。どんな内容だろうか。読んでみた。

 アスパラ会員というのがあるようだ。この中で三人に二人が「私はエコな人です」と答えている。「エゴな人」と濁らないのでお間違いなく。
 エココースにはまることがきっかけになるという。ちょっとやってみましょうか?
①歯磨きの水を出しっぱなしにしない。(これはやっているぞ)
②人がいる部屋にだけ照明をつける。(私はやっているが子供たちは?ですな)
③できるだけ車を使わない。(これはあるときはでき、ある時はできない。雨の日は使ってしまう。最近荷物がかなり多いので使うことも少し増えているかな。反省。
④買い物袋はもって出かける。(持参はしないが、袋には入れてもらわないのを原則にしている。)
⑤テレビは見たい番組だけを見る。(見る番組は録画して後でみている。)
⑥冷房は28℃以上、暖房は20℃以下。自宅の勉強部屋では原則としてエアコンを使わないので関係ないが、家族がいる居間はどうかなあ?)
⑦洗濯はお風呂の残り湯で(これは徹底しているようだ。)
⑧2階上なら階段を使う。(登りの時は階段を使っている。降りるときに重い荷物を持っている時はエレベーター使用の場合あり。この年齢になると足にかなりの負担がかかりますからね。)
⑨冷蔵庫内は食品を詰めすぎない。(そうしているようですね。)
⑩家の電力量は毎月チェック(電力会社から伝票が来る。電力量よりも金額で大蔵大臣からご注意が来るようです。)
⑪地元産の旬の野菜や果物を買う(フードマイレージの関係で地産地消ですね。これはおおいにやっているようです。しかも、いただく野菜が多いので助かっています。)
⑫外出時はテレビのプラグを抜く(これは実行していないようです。自宅の私の勉強部屋は、外出時はプラグの電源を切る習慣にしています。)

 いかがでしょうか。10個以上チェックが入れば達人の境地のようです。
 夏は、ペットボトル15本でご家族3人がお風呂に入るというのも紹介されています。私の家は太陽光でお風呂を沸かすようにできているので、夏場は化石燃料を使用する必要はありません。
 夫婦で注意しあうというのも良いようです。また、金額が書いてあると張り合いがでるようです。これはポイントでしょう。
 滋賀県のホームページで「みるエコおうみ」というのがあるようです。30項目あって、全項目達成すると月1万4230円節約とのこと。
 eko検定というのがあるのでしょうか。これはいいですね。徹底の仕方が違うようです。
 自転車のロードバイクを購入して乗っている人もあるという。ようするに電動自転車でしょうか。
 ラジオは災害時用の手回し充電式に変更したという人もいました。徹底していますね。
最後、興味深い発言がありました。「エアコンを持っていない自分の方がエコなのに、買い替える人にだけekoポイントがつく。地球に負荷をかける消費社会が前提のエコってどうなんでしょうか?」と。考えさせられるひと言でした。
 汗かくのもいいものです。

 私たちは単なる環境活動家ではありません。「環境方針の基本認識」で確認しているが如く、天地万物への感謝から出発しています。そしてポイントは全地球生命との一体感です。また、「四無量心を行ずる神想観」により自然界に四無量心を行じるところの信仰者です。この違いを常に意識しつつ取り組んで参りたいと存じます。

 私は、某練成道場に勤務していたときに、講習会で谷口雅春先生が、ものすごい暑いライトの光をうけつつも背広で説法しておられたお姿が目に焼き付いています。私はマイクのアンプ操縦のために舞台の袖にいて拝聴させていただいていました。
 先生が真理をお説きになっておられた、真剣でありかつ愛深い眼差しのお姿が忘れられません。

※今日は、午前は教化部で受講券奉戴式、午後は松江で受講券奉戴式だった。皆様は一致団結してこれからご推進に取り組まれます。素晴らしい勢いでした。

 中内 英生

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April.17.2010「”うつ”の功徳」

Photo_3 April.17.2010「”うつ”の功徳」
今日の詩::技ありて 老舗の和菓子 美の極み
(この和菓子には、”深山の岩根つつじか岩魚釣り”との一句が添えられていた。

ツイッター→koumyoushimane

 これほどの積極性をどん底と言われる状況に遭遇しても人は人生で持つことができるものかと感動した。朝日新聞(2010/04/17)には、がん体験を社員の復職支援に生かす人事部長として紹介されている人がいた。T,Mさん(42)という女性だった。すごい積極的な人だ。内容を拝見した。

 出勤の途中で、医師から乳がんの告知を受けたという。6年前の春、人材開発部長をしていたらしい。人事部長の所へ行って、「癌になりました」と報告した。頭に浮かんだのは、「取引先や選考途中の学生にどう対応するかだったという。
 勤務先は2300人のKカード会社だった。営業時代は「表彰状必殺請負人」と言われるほどの実績をあげた。手術後、重いモノが持てず、治療の合間に通院する必要があることを理解してもらったようだ。
 み教えでは、「肉体なし、病気なし」と教えられているが、この人は実際に癌になってもそれを跳ね返す力を発揮している。情報によると、人は一日5000個ほどのがん細胞を生み出しているそうだ。しかし、各自逐一、それを排除している。免疫細胞が低下したとき排除能力が低下し、癌の発生に繋がると聞いている。

 彼女はそれ以前は前と同じように働けるが、ホルモン療法の副作用で”うつ”に悩んだという。そこで、ならば”うつ”を学ぼう。その努力は、産業カウンセラーの資格となった。自分が陥った場所を逆にスキル向上の場としている。すごい!

 2008年には同社の女性で初めての人事部長に抜擢された。さっそく就業規則を見直し、復職する社員は最長3ヶ月、勤務を1~2時間短くできる制度を導入している。支援プログラムでは、社員の出張や残業も制限できるようにした。

 「企業は病気を特徴として捉え、多様な働き方を検討してほしい」としている。一方、「病気になると日頃の働きぶりが問われる。『いてほしい』と会社から思われる働き方をしているか」。管理職の視点も忘れず持つ。要するに甘えた考え方はしないということだろう。

 「私の人生は仕事を通じて豊かになり、病気になって新たな出会いなど”ギフト”をたくさんもらった」という。同じ、病気と闘う仲間と『がんと一緒に働こう!』(合同出版)を著した。働く人たちに役立てて欲しいと、発売日をメーデーの5月1日としたという。何事も徹底している人だ。

 病気による出会いを本にまでするとは、何と積極的な人なのだろうか。こんな人が会社に一人いると周囲の人々は生きる勇気が湧いてくるのではないだろうか。『生命の実相』の第七巻には、さまざまな積極的な生き方が示されている。それらを地で行っているような人のように感じた。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は2010年11月28日です。】

   2010/04/13のブログは、「『アバター』後のキャメロン監督」です。環境活動家となったキャメロン監督のことと述べておられます。
 まず、映画を見てみましょう。
ブログ拝読は→ http://masanobutaniguchi.com/

※今日は、浜田での受講券奉戴式に参加した。一昨年と比べるとすごく迫力があったように思えるが皆様はどう感じられたのでしょうか。石見は、現在は毎月、三会場にいっている。お互いの信頼関係は以前よりもより一層、強固になっているのではなかろうかとも思われた。勢いのあるうれしい雰囲気だった。

 中内 英生

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April.16.2010「俳句を詠もう」

April.16.2010「俳句を詠もう」
今日の詩::和菓子添え 抹茶の側に 春の色Photo_2
この老舗の和菓子には、「富貴草ほのかに咲いた出雲路か」という俳句が添えられていた。

 朝日新聞(2010/04/16)には、EU大統領の、自選句集に関して掲載されていた。驚いた。ちょっと日時計ではないようだが、「受難の日 死海を航す 復活へ」と添えられていた。
  ベルギー人で俳句愛好家として知られるEUのヘルマン・ファンロンパイ首脳会議常任議長、いわゆるEU大統領が15日に、ブリュッセルで自選の句集を披露したという。これは驚きだ。同氏は28日のEU定期首脳協議に出席するために日本を訪れる予定で「滞在中にぜひ俳句を詠みたい」と話しているそうだ。如何ですか。皆様も、ぜひ、出雲大社で俳句を詠みたい、などというのは。

 一番好きな俳人は松尾芭蕉である。「ふだんは夜、寝る前に俳句をひねる。起きると頭に浮かんでくる」と記者団に語ったようだ。句集には母語オランダ語で詠んだ句と、英語、フランス語、ドイツ語、ラテン語の対訳を収録している。ちょっとついていけそうにないが…。
 キリストが処刑されたとされる日にヨルダンを旅して詠んだ句
「受難の日 死海を航す 復活へ」
(ルーバンカトリック大学のウィリー・バンドウワラ日本学主任教授訳)などがあるという。

 ファロンパイ氏はブリュッセル生まれで、オランダ語で俳句を紹介した本を読んで2004年から句作を始めた。旅の経験、四季の情景を詠んでブログにアップしている。これは私もやっているので、話が合うかも知れない??。
 08年12月からのベルギー首相時代や昨年末に常任議長に就任してからも続けているという。この人はかなりの持続力があるようだ。

「俳句は魂を呼び覚ますもの」と話している。「詠む楽しみのために句作を続ける。今日は読んでもらう楽しみも生まれた」と語ったようだ。
 バンドウワラ教授は、「ファロンパイ氏は句作の経験は浅く、作品も多くない。しかし、以前から詩に強い関心があり、その文学的センスが句作に生かされている」と話しているそうである。俳句はオランダ語でも、音節を「5-7-5」とするのが基本だが、季語にはこだわらないとのことである。

 もう一つ、「日本と欧州」をお題にして俳句コンテストがある。朝日新聞社などが後援で、日本とEUが募集元だ。英語俳句が多いようです。
 何と、最優秀賞は28日、日EU定期首脳協議の共同記者会見で発表され、受賞者は道後温泉へ招待されるという。応募締め切りは18日、すぐではありませんか!!詳細は、外務省のHPです。ポスジョイと写メ俳の句友の皆様、チャレンジしてみては?えっ。私、遠慮しておきます。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2010/04/12のブログは、「再びアイポッドを買う」です。これは購入可能な商品のようです。絵を書くことが出来るようですので、実に便利なようです。「アイポッド・タッチ」は三種類ありますが、値段は高いがスピードが速いのを選んだ方がよいようです。
 アイパッドは、日本での発売は5月10日頃インターネット予約を開始し、5月下旬の発売予定のようなのでまだ間があります。アマゾンキンドルは、残念ながら私は見送りました。第一世代の製品は、私の場合は、他社から次世代製品が出た時に必ずそれが欲しくなるのが通常だからです。
  総裁先生に続き、大いに文明の利器をも活用しながら光明化運動を推進して参りましょう。

 本文を拝読下さい。 
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※今日は、松江道場での写経と先祖供養祭があった。善き一日でありました。感謝です。夜は早く帰ることが出来た。

 中内 英生

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April.15.2010「雲南と松江」

Photo April.15.2010「雲南と松江」
今日の詩::ニッポンの 稀少魚がんばれ バラタナゴ

私のツイッター→koumyoushimane です。

 今日は、雲南の相愛会の講習会受講奉戴式へ行った。熱心な信仰者や教義を正確に把握しておられる人が主流を占めており、その使命感からの講習会推進の意欲を感じた。大変、力強いものだった。
 島根は中国ブロックだが、ここには雲南市がある。中国の雲南省みたいだね、とどなたかが言っていた。山あり川ありで、川には鳥がよく群れている。神話街道というもの走っていて、広島の三次市に通じる。

 松江道場では先祖供養祭が毎月行われている。また、『ひかりのたより』という連絡紙が毎月発行されている。その中に、谷口輝子先生御著書『師と仰ぎ 夫と仰ぎて』の219頁が引用されていた。第6部 神の御心のままに 昭和50年~昭和60年
二、「ふたりきりだったね」からである。

(前略)
 もう二日したら、東京の家から、清超一家がここへやって来ることになっている。孫の雅宣夫婦は、近来とみによくおしゃべりする雅敏をつれて来ることが楽しみである。
 仲の良い清超夫婦、それにも勝して仲のよい雅宣夫婦、我が家は万々歳である。
 私たち夫婦は、毎朝五時十五分前に起き出でて、身支度を調えてから神想観を向かい合ってするが、「みすまるの歌」が終わると、夫は両手を高く上げて「万歳」を十ペンほど唱えられる。私も唯見物しているわけに行かないから、調子を合せて「万歳、万歳」と両手を高く掲げるのである。夫婦はにこにこ顔を交して立ち上がり、次の行動に移るのであった。(了)

 ここ松江は、二代目総裁の谷口清超先生がかつて住んでおられた場所であり、松江道場は清超先生の深いご愛念を受けているところである。松江の教勢が発展しているのは、霊界の谷口清超先生からのお導きによるものと心から感謝申し上げる次第です。
 先祖供養祭の午前中には、写経の集いが開催されている。私は約40分間、『新講 甘露の法雨解釈』の解説をさせていただいている。レベルの高い内容充実の時間である。このご本を最近、読み切ったという人の感想をお聞きすると、「生長の家のみ教えのすばらしさが深く理解できた」とのご発言があった。

 もう一つ、いい話が書かれている。「ちょっといい話」である。ピアノの先生の体験談だが、ほのぼのとした体験談である。

 私は自宅でピアノ教室を開いています。幼児から大人までいろいろな生徒さんが来られますが、その中でとても落ち着きのない、元気いっぱいの女の子(5歳)のレッスンにはほとほと困ってしまいました。
 そこでレッスンの始まりの時に「今から先生と楽しくレッスンができるように、おまじないをしましょう」と言って、不思議なおまじないをすることにしました。生徒と向かい合い、手を合わせて、目をつむって、「○○ちゃんは先生のお話をしっかり聞いてくれるとてもよい子です。ピアノもどんどんううまくなっています。先生はとてもうれしいです。」などと、毎日、コトバの力を使ってほめていると、不思議とバタバタしなくなり、落ち着いて楽しく、レッスンができるようになりました。
 また毎回のレッスン修了後に生徒一人一人に「今日も来てくれてありがとう。来週もまってね。」と感謝の気持ちを伝えるようにしています。

 素晴らし仕事の体験でした。生長の家のみ教えは、自分の能力発揮に、家庭の調和に、会社の経営にと、実践する人には素晴らしい威力を発揮するようです。

 中内 英生
 

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April.14.2010「190万年前の新種猿人」

April.14.2010「190万年前の新種猿人」
今日の詩::手のひらに こぼれんばかりの イチゴかなPhoto

 南アフリカ北部の洞穴から、約190万年前に生きていた新種の猿人の化石を発見したと、南アのウイットウオーターズランド大などの研究グループがサイエンスに発表したという。これは、産経新聞(2010/04/09)からの情報である。古い時代のものはなぜか興味をそそる。分からないことが理由の一つだろう。
 名称をアウストラロピテクス・セディバというそうだ。
主に上半身の特徴から、より古い時代の猿人「アウストラロピテクス・アフリカヌス」の子孫とみられるという。少年と成人女性の化石の発見だが、よくまあ残っている、と感心する。
 骨盤は180万年前ころに登場する原人「ホモ・エレクトス」など初期のホモ属と特徴が似ているという。グループは、「猿人と、現代人”ホモ・サピエンス”も含まれるホモ属の始まりの間をつなぐ鍵となる種かもしれないとしているという。
 現地のソト語の水源という言葉にちなみ、「セディバ」を命名している。
NHKで制作放映されている人類の起源などの映像は、新しい発見がある度ごとに書き換えられるのではないだろうか。だからこそ面白いとも言える。

 ガラパゴス化を避けることが世界へ通用するために必要であるとされる。ガラパゴス化とはその島で独自に進化した生物群が他によって侵略されやすく、また他国で通用しない携帯電話などの技術をいうのだそうだ。電池切れでこまったことや、メーカーごとに違うカメラやムービーなど、私はなぜそんな意地悪いようなことをするのか理解ができなかったが、日本以外ではそうではなかったようだ。「善かった!」という訳であります。

 地震について、NHKスペシャル「次の巨大地震をつかめ、人類の果てしない闘い」というので説明していた。46億年前、かなり昔だが、12枚のプレートが出来、地震はその境界で起こるのだそうだ。日本には4枚のプレートがあり、世界の地震の何と10㌫は日本だという。おおーこわ!、という感じか?
 松沢とおる氏、佐竹健治氏などという方が登場しておられた。トマス・ヒートン教授も登場していた。
 シアトルでは1100㍍にわたって断層があるという。300年周期で動くといわれる。
日本では南海トラフと呼ばれるところが注目点だという。
ポルトガルは大航海時代に隆昌を極めたが、首都リスボンが地震で壊滅し、6万人が犠牲になったようだ。その後、世界から脱落してしまった。都市地震の結果である。
 要するに、番組は都市が高層化しすぎていることを指摘していた。メキシコの地震なども沼地の上に高層建築物を建てていたようだ。それらに於いても、地球との調和ある建築方式や生活の仕方が要求されているのではなかろうか、とも考えられる。

 地震が、地球のくしゃみのようなものなので、生きている証拠と言えないことはない。しかし、それが大きな被害とならないように絶えず、備えをしておく必要があるのだろう。
 私の実家は、南海大震災で倒壊した。その後、すぐ建てたようだが、未だに使用している。
 よく母親に、地震の時には便所に逃げなさい。便所は柱が細かく立っているので安全だ、とか、竹藪に逃げなさい、などと子供の頃、繰り返し言われたことを記憶している。南海大地震は私が生まれる少し前のことだったからだ。小学校の校庭には当時、南海大地震の記念碑が建っておりそこでよく遊んだ記憶がある。
 地震は46億年前の地球の歴史が織りなす活動でもある。私たちは地球を愛し、地球に感謝している限り、すなはち現在のように、「自然と共に伸びる運動」を行っている限り、自然は私たちを守ってくれるのでは無かろうか、と密かに期待するものである。

※今日は、第一回の母親教室出講講師勉強会を担当させていただいた。女性講師が多数勉強された。私が約一時間の本部指導書を元にしての講話、それから約1時間は、情報交換、意見交換だった。この会合を続けていくかぎり、講師は進歩し、教室は盛んになるだろう。進歩が確認できた一日だった。
  夜は、松江道場で相愛会の講習会受講券奉戴式が行われた。いよいよ第一線での推進が始まることを実感した。私は30分間、講習会の意義と推進の秘訣について話をさせていただいた。ご推進下さる皆様方に心から感謝合掌です。

 中内 英生

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April.13.2010「森の中のオフィスとは?」

Photo_6 April.13.2010「森の中のオフィスとは?」
今日の詩::明日がある 日々の精進 怠らず

 今日で隠岐の島の行事が終わった。先祖供養祭の後に質疑応答があったが、その中で、ご年配の方から、「本部が東京から八ヶ岳へ行くそうですが困りました。」とのことだった。「どのような面で困るのですか?」と聞くと、本部が田舎に移転するから困るとのことだった。「ところで東京の本部にお出でになったことはありますか?」とお聴きすると、「まだ行っていない」という。これからお出でになる予定もないようだった。「今まで以上に、連絡が密になりますよ」と色々と地球温暖化の関係や移転の理由などを説明しているとご理解いただくことが出来た。
 まだ十分に移転について理解していただいていないことを感じて、今後さらに説明を盛んに行うようにしたいと思う。講師研修会で「森の中のオフィス」について、教化部と益田でこのテーマで研修したのは今月が初めてだった関係もある。
  夏の八ヶ岳は最高だろうなあ、と一度夏に行った時のことを思い出した。

 今日は午前中に先祖供養祭が行われたが、午後にお二人の個人指導をさせていただいた。個人指導でお一人お一人に対処していくことが、一歩一歩山を登っていくことにあたる。お世話係さんたちとのミーチングを終えて、3時過ぎに、船に乗った。遅れそうになると、「大丈夫です。船に待つように電話しますから!」とのことだった。隠岐の島は驚きの島でもある。
 夜にようやく、出雲の自宅に着いた。めでたし、めでたし、である。

 上には上があるもので、それは必ずしも力がある会社である必要はない。産経新聞(2010/04/08)によると、RELジャパンという会社が新しい電球を開発したそうだ。LEDの光量が大手メーカーの1,5倍である。常に開発改善でさらによりよくなるようだ。決して前に進むことを止めてはならない。島根はどこにあるのかを知らない人もいると聞いたことがあるが、悲観することはない。島根から世界へ発信する。それは使命感の高揚と資質の向上により十分可能である。
 13日のブログは一日遅れたので、指が動くままに楽しみながら色々と書いている。悪しからず。
 
 人体通信ということができるそうだ。人にはオーラがあるといわれているが、それだろうか。御教えでは、実相体、霊体、幽体、エーテル体、肉体、オーラなどの言葉があるが、ある機器を使うとその電力が表示される。個人的にも違うようだ。それを利用する人体通信という研究もあるという。サイエンスゼロ(2010/04/10)に東京電機大学工学部電子工学科の根日屋英之講師が登場していた。
 この電界は人の周りにすっぽりと覆っているそうだ。そして様々な周波数のものがあるという。また、周囲の影響も受けやすいとして色々な実験をしていた。

 「ダーウィンが来た」(2010/04/11)を観た。群れの力だ。
 群れの力というものを武器にしている生物が色々といるようだ。数こそ命という訳だ。ローマには行ったことはないが、ホシムク鳥という鳥は、20センチくらいだが、街で1000万羽はいるという。団体で行動すると肉食の鳥から襲われにくいからだという。出雲の川や宍道湖には様々な鳥がいるが群れで行動しているのが多いようだ。
 ニシンの仲間も泳いでいたが、一つの大きな渦になる。そうすると大きなサカナが恐れて近づきにくいのだという。それでも大きなサカナは知っていて群れを分散して捕食しようとする。なぜ大きな渦になるかというとこのサカナたちは群れの中へ中へと入っていこうとする性質があるからだという。
 ご存じのヌーもものすごい数で移動する。川でワニが襲おうとしてもそのワニを蹴飛ばしてわたっていく。しかし、少しヌーから少し離れて移動する他の動物は餌食となるようだ。群れの威力のすごさなのだろう。
 ヒアリというアリの大群がいる。さまざまな役目を持っており、小さいアリはカマキリの餌になっていたが、他の兵隊アリがカマキリに食いついて結局逆に餌にしてしまった。それぞれの役目を忠実に行っていた関係か?
 ものすごい数のアメリカカブトガニが産卵をしていたが、その卵を鳥が食べていた。それでも4億5千万年前から形を変えずに絶滅しなかった。それは必ず大潮の日に卵を産むからだ。大潮によって、卵は砂に埋まり守られる。自然が与えた智恵がこれだけ多くの時間を生きながらえさせている。
 モンカゲローの噴煙のような光景を見たことがありますか。湖から一晩で18兆個の卵が孵化して舞い上がる。それは見事なものです。 

 日曜美術館(2010/04/11)では、ディエゴ・ベラスケスという中世の画家のことを放映していた。彼は二つの嘘をついた、という設定である。肖像画の名手と言われたそうだ。彼の絵の一つ一つを説明していたが、17世紀を遙かに超えているという。要するに現代に十分通じる名画でるという意味だろうか?
 大高安二郎さんという方が説明しておられた。ベラスケスはコンベルリというユダヤ教の家系に生まれたことを封印したという。60歳で最高の栄誉を受けている。表情というか、内にある心情が表現された人物描写は実に優れている。
 私も一度、本物を観てみたいと思ったものである。

 遺伝子を上手に育てるという考え方があるのだろうか?これは爆笑学問(2010/04/13)からである。この番組には様々な大学教授さんが登場されるので大変面白い。この日は、双子についてだった。慶応大学で行動遺伝学の安藤寿泰さんという方が説明しておられた。
  一卵性が二卵性よりも性格は似ているそうだ。絶対的なものではないようだが。また、能力は遺伝で計ることが出来る可能性もあるという。しかし、かつてナチスの優生学での経験上、断定することは危険性が伴うと考えるべきだろう。
 御教えで言うと、身・口・意の三業で人間の行動は表現されるので、内在の無限力をこの三つの業で表現すると誰でも能力を発揮することが出来ることになる。従来の考え方は修正されることになるのではなかろうか。

※今日も素晴らしい一日だった。

  中内 英生 

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April.12.2010「桜考」

Photo_5 April.12.2010「桜考」
今日の詩::

 今日は、隠岐の島での行事のために、松江の七類港から船出する予定だったが、波浪注意報の関係で予定船が欠航となった。七類まで電車とバスを乗り継いで行く予定だったが、急遽、鳥取の境港の船を利用するために、自動車で移動した。二酸化炭素の排出のことを考えると申し訳ないが、軽自動車なので少しは軽減できるのではないか、などと自分に言い聞かせた。やはり、船はよく揺れた。

 港を出る時に、岬の山々を眺めると美しい桜の花が各所に咲いていた。まるで私が船出をするのを見送りに来てくれているかのように感じた。出航する人にとっては嬉しい光景なのであろう。もちろん、入港する人にとってもだ。

 桜の花を詠んだ歌に、「桜はいのちをかけて咲いたのだから、私もいのちをかけて桜の花を見る」という内容の歌があった。作者と精確な歌を失念した。おそらく作者は日日、何事を為すにも一期一会の精神で命をかけて生きておられる求道者なのではなかろうかと、推測した。私たち信仰者も、常に求道者であることを要求されるように思う。
 自分の考えや行動に対して、「これは神の御心に叶いますでしょうか」とお聴きすることである。

 教化部の「写メール俳句世界」や、本部の「ポスティングジョイ」へ花を愛でて、日日、投稿している俳人たちに心から感謝したい思う。それは、どの花にしても、命をかけて咲いている、その花を愛で、讃嘆することは神の子しての素晴らしい愛の行事などであろう。
 
 夜の誌友会でのテキストは、『女性の幸福365章』だった。この聖典はよく拝読した。それは、放送用としてだった。私は某練成道場で10年間、放送係を担当させていただいた。その関係でマイクと口との距離や発音の仕方の訓練など先輩から厳しく教えられたものである。先輩は厳しいほど後輩は成長するようだ。

 第1章の「神と倶に生きる歌」がある。その中に「今日は神の子の日、祝福の日」という項目がある。次のような御文章がある。

☆ 毎朝、必ず、「善きことが来る、善きことが来る。今日は神の子の日、祝福の日である」と念ぜよ。念ずる通りに、毎日が一層多く改善されることになるのである。 ☆ 

  この御文章に関連した話をさせていただいた。生長の家の教義には理論的な難しいものも沢山あるが、実践する宗教が生長の家の御教えであるので、皆様、優しい行事から実践しましょう、という呼びかけである。習慣をつけることが第一である。習慣は第二の天性と呼ばれるように無理なく生活で実践することが出来る。そうすると、言葉は潜在意識の奥底深く積み重ねられていく。時間経過と共に、言葉の内容が現実界に姿を現すというのである。
 素晴らしいことではないでしょうか。

  隠岐の島へは、昨年5月から毎月行かせていただいているが、一段落ついている訳ではない。従って、港、会場、ホテル以外は残念ながら行っていない。今回もすぐに帰ることになる。
 今回の使命の一つは、教化部と隠岐の島とのスカイプ通信を可能にすることである。パソコンが出来る人が殆どいないので、どんな人でも出来るような方法をとる必要があるだろう。
 色々と調査の結果、D社のデータ通信ならば十分にスカイプできそうな状況だ。自分のパソコンを持っている人がゼロなのでこれも検討事項である。
 今月の出張で一年間となる。その結果が出ると嬉しい。
もう一つ、「母親教室出講講師勉強会」の隠岐の島版を今回から始めさせていただく予定である。
 感謝合掌あるのみ。

 中内 英生

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April.11.2010「カジメン」

Photo_4 April.11.2010「カジメン」
今日の詩::キウイ棚 我が庭に成る 宝の実

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 カジメンという言葉をご存じですか。私は知りませんでした。日立が全面広告を日経新聞(2010/03/20)に「男に家事検定」として問題を出している。1問から10問まである。第1問は、テーマの通りで、家事を積極的にこなす、いい男のことを何というかという問題だった。本当だろうか?とも思うが決してウソではあるまい。面白いのを拾ってみた。

第二問は、冷蔵庫に保存する食品で、肉や魚の保存に最適の部屋はどれか?
1,約-1℃の氷温室。
2,約1℃のチルド室。
3,約5℃の野菜室。
(答えは楽しむために最後としよう。)

第3問は、ヘルシー調理が注目を浴びている。加熱水蒸気で食材の余分な脂や塩分を落とすというのは今や常識で、最新のレンジには新機能がついている。その機能とは?(これは日立製品のことでしょうかね?)
1,調理後、カットされた脂のグラム数を表示。
2,調理後、カットされた脂のカロリー値を表示。
3,調理後、体重の増減を予測。
(これは分かりそうですね)

第四問、今のドラム式洗濯乾燥機の機能で注目されているのが「風アイロン」というものだそうだ。乾燥時に高速風の力で衣類の皺を伸ばすというのだが、さらにうれしい効果があるという。それは何か?
1,衣類をたたんでくれる。
2.低温乾燥なので、衣類の縮みや変形を抑える。
3,ワイシャツは、のり付け仕上げもできる。
(これも常識的に分かりそうである)

答えは、…。
第二問→1
第三問→2
第四問→2

 いつもこれらのことを行っている主婦の皆様にとっては簡単な問題だろうが、男性にとっては難問である。今後色々と注意深く研修したいと思う。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。
講習会は2010年11月28日です。】
2010/04/09のブログは、「アメリカの核戦略が変わった」です。そろろそろお書きになられるのではなかろうかと期待しておりました。
 実相世界は変化しませんが、現象は変化します。私たちは、常に日時計メッセージを表現いたしましょう。変化の度に日時計の世界が現れていく筈です。拝読いたしましょう。

http://www.masanobutaniguchi.com/

※今日は、地方講師・光明実践委員研修会(出雲・松江・雲南地区)があった。石見を含めると45名となったので、やはり出向くとそれなりの成果があるのではなかろうかと思いました。

 中内 英生

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April.10.2010「益田での第1回、地方講師研修会」

Photo_3 April.10.2010「益田での第1回、地方講師研修会」
今日の詩::草原に 鳥のさえずる 大樹あり

ツイッター→koumyoushimane

 今日は、益田での地方講師研修会が開かれた。14名のご参加があった。午後、1時から5時までの研修会であり、内容は同じようにしている。午後の研修会なので午前中は仕事ができると言って喜んでおられる講師もいた。
 益田での状況はスカイプで教化部に電送していた。映像・音声で開催状況が教化部で分かることはなかなか良いことである。

 二年前に教化部にこさせていただいた時、会館の二階に「次世代に清らかな水を残すために感謝して大切に使いましょう」という意味の張り紙が何カ所かに貼られているのを発見し、大変に徹底した教区であることを知った。その水について、時々耳にすることがある。

 随分前の新聞で恐縮だが、日経新聞(2009/12/6)の「ネーチャー・クライシス」の情報によると、アメリカの中西部には広がる穀倉地帯があるという。行ったことはないのであくまで推量である。小麦や大豆、トウモロコシなどを栽培し、牛や豚、鶏を育てる飼料の原料などとして日本や世界各国に輸出しているようだ。おそらくそれが販売戦略なのかもしれない。
 オガララ帯水層という水源がそこら辺に広い範囲であるらしい。範囲はというと広い。コロラド州、テキサス州、など8州に及ぶ。乾燥しているので農業は出来ないはずだが、帯水層から地下水をくみ上げるので作物が育つ。しかし、無理をすると何か変化があるかも知れない。

 近年、枯渇の恐れが指摘されると書かれている。相当に昔の話だが、新宿副都心で高層ビル建設のラッシュがあったことがある。その頃にラジオを聞いていると、「新宿の地盤沈下」の恐れを訴えていた。土の上を私たちは歩いているようだが、水の流れの上に土が盛られているのだという。最も、分かりやすいショッキングな表現をすると、私たちは水の上を歩いていたのだった。
 メキシコの都市も、地震で破壊されたことがあったが沼地を埋め立てたものだったそうだ。

 オガララ帯水層は、揚水量が増えて、地下水位が低下しているという。「地下水位」という言葉も初めて知った。過剰な積み上げが続けば状況は一段と悪化しかねないようだ。日本は穀物調達をアメリカに頼ってきているので、無縁なことではないという。これは、日本の電気製品の輸出に関連して穀物の輸入をせざるを得なかったのだろうか。

 日本は平均の1.8倍の降水量があるが、海外の水資源にも大きく依存しているという。この考え方は重要でありましょう。つまり、…です。
  牛肉や豚肉が食卓に届くまでの過程で、飼料穀物の栽培に多量の水資源が投入されているのである。これらの間接的な利用も含めると、日本が年間に輸入する水の量は1千億トンを越すそうである。
 最近は、外国産のペットポトルの水の消費も増えてきている。国内に良質な水の資源があるのに、なぜ遠くから(二酸化炭素を排出しながら)輸入する必要があるのか。
 谷口真人教授は指摘しているとしている。
このことを知って、私も考えざるを得なかった。

 皆さんは、谷川の水を飲んだことがあるだろうか。私の郷里は高知県の中村市である。現在は四万十市という。四万十川の上流に時々遊びに行ったことがある。喉の渇きを覚えて谷川の水を飲んだ。水は少し木の葉や土の破片で濁っている。しかし飲んでみた。すると、実に甘いのだった。砂糖系の甘さではなく、甘く感じるというのが本当だろうか。
 また、42年前に東京へ行った時、喫茶店で出された水の味は何とも言えなかった。田舎の井戸水や美味しい水を飲んでいると舌が敏感になるのだろうか。東京の水に慣れるとそれが普通になった。田舎で飲む水のおいしさは格別だった。不思議に思う水の味である。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2010/04/07のブログは、”「わかる」ということ (11)”です。拝読しましょう。
http://www.masanobutaniguchi.com/

※今日は8時に家を出て、夜に帰ってきた。充実した一日だった。これから新しい運動が展開するのではないかと期待している。益田にお集まりの地方講師の皆様に感謝です。

 中内 英生

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April.09.2010「継続は力なり」

Photo_2 April.09.2010「継続は力なり」
今日の詩::初物や キュウリ輝き みどり濃く

 ツイッター→koumyoushimane (毎日、俳句を詠み込んでいます。ツイッターに登録して、私をフォローなさると毎日、読めます。時々、休みます。ツイッターは映像がはいらないものですかね?

 ポスティングジョイが少しお留守になっていたが、軌道修正の兆しがある。その間に、スカイプとツイッターを研究していた。たいしたことはないが、今年はスカイプで隠岐の島との会議をどうしても開発したいと考えている。何しろ、ほとんど基盤がないところでどのように開発することができるか、そこから考える。不可能を可能にするのが生長の家の人生哲学である。明日は、益田の地方講師研修会を午後1時から5時まで、教化部に転送する。別ソフトと使用すれば、3人までは映像と音声でお互いにコンタクトができる。スカイプの映像を見ながらツイッターでスカイプ本体のパソコンにみんなでメッセージを送る勝間和代さんのような真似はもう少し時間がかかる。ともかく、分からないことを聴ける人がいないので、その都度、職員や出入りの専門家に調べてもらいながらやっている。彼らもまったくの初めてなので未知との遭遇である。おそらくは楽しいのではないだろうか。

 明日は、益田で初めて地方講師研修会を行う予定だ。これは、ご年配の方で、信仰的な優秀な地方講師が出雲まで出てこれないことが理由の一つであるのと、言わずもがなであるが、炭素ゼロの運動による。しかし、一応、私たちスタッフは、ハイブリッド車で機材を積んで行くことになっている。朝、8時の出発だ。

 一年間続けたらどのようになるのだろうか。数回は試行錯誤だろうが、ほぼ出雲での研修会と同じ内容になる。私はやったり休んだりというのが嫌いで、やり出したらやり続けるタイプのようだ。

 たまたま産経新聞(2010/04/05)を読むと、日本トリム社長の森澤紳勝さんという人の自伝が出ていた。高知の土佐清水市の足摺中学の卓球部におられたようだ。当時は、幡多郡は中学高校の卓球のレベルはかなり高かったようだった。ある有名な卓球教師がいて赴任する先々の中学校を優勝させていた。残念ながら私は教えてもらうことができなかった。そのころは、お盆も正月もない練習の毎日だった。清水に負けるなと先輩から言われて毎日練習に行っていた。幡多郡の卓球大会で見た清水、足摺の選手の機械のような正確な動きにはびっくりした。森澤さんはその中の一人だったのだろう。彼はその後、事業を立ち上げ、現在は東証一部上場の会社の社長となっている。

 私に「清水中学に負けるな」と言っては、毎日鍛えてくれた先輩もまた、現在神奈川で一部上場の会社の社長になっている。ともかく休みなく楽しみながら練習するとき、結果はついてくるのだろう。 
 中学三年生の時、幡多郡の大会で、個人戦で清水中学の一年下の優秀な選手に決勝戦で2-1で負けた。その時の悔しさは今も残っている。その時、何が私に不足しているのかを何度も考えた。それは基礎力と前向きの精神だった。それを30歳代の頃に、大先輩から修正していただいたことを心から感謝している。信仰の基礎力をつけるために、『生命の実相』の拝読や神想観を欠かさなくなったのもその時の気づきによるのではなかろうか?

 彼は、「高3のインターハイ出場を最後に卓球の世界から離れたが、卓球は自分の青春そのものだった。卓球を通して得た自信は、その後に人生に影響を与え、起業の際に大きな糧になった」としている。

 雲南で先祖供養祭を始めてから数ヶ月が経過した。その間に、思いもよらず、先祖供養に使っている会場の一つが、講習会のメイン会場になることとになった。神はあらかじめ、そのことを知っておられたのであろうか。神のお導きに感謝せずにはおられない。

 今日の、午後の雲南での先祖供養祭は、二時間できっかり終わる。始まりと終わりとをけじめをつけていくと大変に信頼関係ができるものだ。式典の後で私は講話をさせていただいた。約45分間くらい行っているが、来月から、30分間にして、あとの15分間は少し上級の教義的なものの手ほどきを行う予定である。次回が楽しみである。一歩でも二
歩でも、継続的に前に進んでいきたい

 中内 英生

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April.08.2010「宇宙飛行士 山崎直子さん」

Img861 April.08.2010「宇宙飛行士 山崎直子さん」
ツイッター→koumyoushimane

今日の詩::春めぐり 黄金に優る 茄子の色

 平成5年に東京の本郷の東大工学部の航空学科の製図室で、卒業課題の設計図作成をしていた女子学生さんがいたという。「宇宙ホテル」の図面を無心に描いていた山崎直子さんだった。この記事は、「きぼうの未来へ」と題して産経新聞(2010/03/22)に掲載されていた。「たくさんの人が宇宙に行けるようにしたい」という願いを持っていたらしい。

 国際宇宙ステーションの建設もまだ始まっておらず、日本人が宇宙で暮らすことは夢物語だった時代のことである。学生の大半が人工衛星などの無人機を設計する中で、人と宇宙とのつながりに人一倍こだわっていたようだ。

 みずから設計した宇宙ホテルは直径約150㍍のドーナツ型で、回転によって擬似的な重力が生まれ、多くの人が快適に過ごせる未来空間である。何と図面の大きさは四畳半分に及んでいたという。

 山崎さんは千葉の松戸生まれ。素直な子になるようにと両親が名付けた。明るく伸びやかに育った。父親の角野明人さんは、「小さいころは親の言うことを何でも受け入れた」という。素直さはその人の天性を伸ばすようです。

 星が好きで、近所のプラネタリウムに兄とよく通ったという。アニメの「銀河鉄道999」も夢中で見た。これらが素地になっていると考えられる。このアニメの原作者の郷里に仕事で行ったことがあるが、遠くを汽車が走るアニメの原風景のようなところだった。

 山崎さんの将来の夢は小学校の先生になることだったという。宇宙は目標ではなく、大人になれば普通に行けると思っていたらしい。
 中学3年生の時、米スペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故を見た。衝撃を受けた。犠牲者の中に民間人飛行士の女性教師がいた。自分が目指している教師という職業と、漠然とあこがれていた宇宙との関係を考えた。それが結びつくと知った。女性飛行士の遺志を受け継ぎ、飛行士になりたいと思ったという。
 ここが肝心なところなのだろう。チャレンジャーの事故を見て、「こんなに危険なことはしたくない」と後ろ向きの考えになっていたならば、彼女の宇宙飛行は実現しなかったであろう。 「女性飛行士の遺志を継ぎたい」とは素晴らしい言葉だ。「すべての衆生が救われなければ、我、正覚をとらじ」と誓われた御仏。全人類の光明化を誓われた、谷口雅春先生、その法燈を受け継がれた、谷口清超先生、そして現総裁谷口雅宣先生の御心を私たち島根の信徒は再確認し、日々の生活に実践するようにしたいと思う。それは毎日の求道と伝道であり、日時計主義の生活の実践である。

 山崎さんは、理科系が特に強かったという。高校時代は友人とジャズダンス同好会を立ち上げたという。硬式テニス部での活躍された。性格を友人が語っている。参考になると思うのでご紹介する。
「何でも楽しめて、誰とでも仲良くなれる。怒ったり不満を言っているところを見たことがない。プラスのオーラしかない。」と。

 飛行士の選抜試験に最初に挑戦したのは、大学院生の時のようだ。留学先の米国で宇宙工学を勉強しながら書類を出したが、実務経験不足で門前払いだった。それでもあきらめず、前に進んだという。
 宇宙開発事業団に技術者として就職した。ISSの日本実験棟「きぼう」の開発チームに入った。3年目の11年、難関を突破して念願の宇宙飛行士に選ばれた。
 
 現在、国際宇宙ステーションには6人の飛行士が滞在しており、一人が女性なのでドッキング後は、宇宙で4人の女性が一緒に仕事をすることになる。また、野口さんが昨年末から長期滞在しているので、宇宙の日本人社会の出現となるようだ。しかも、山崎さんは1児の母親でもある。

http://twitter.com/astro_Soichi
http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp157873

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は2010年11月28日です。】

2010/04/05のブログは、”「わかる」ということ (10)”です。拝読下さい。

http://masanobutaniguchi.com/

※今日は、久しぶりの良い天気だった。庭の草を引いたり、拾ったタマネギを植えてみたり、MTBであちこち走ってみたりで、身体の調整に役立ったようだ。何もない、日常の生活が何という素晴らしいことかと感謝の念が湧いて来た。

 中内 英生

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April.07.2010「アフリカンドリーム」

Img858 April.07.2010「アフリカンドリーム」ツイッター→koumyoushimane
今日の詩::シイタケの 木より生え出で イキイキと

 アフリカは現在、どのようになっているのだろうか?テレビや新聞で色々と情報は入っているが実際は、どうであろうか?
 NHKスペシャルで、「アフリカンドリーム」として、ルワンダの情報が放映されていた。
 悲劇の国が奇跡を起こすという。16年前にルワンダでは80万人の人々が亡くなっている。民族の共存はできるのだろうか。いわゆる支配層だったツチ族の人々が亡くなったという。これには歴史的な理由があるようだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80

 ルワンダは、四国の1,5倍くらいの大きさである。1000万人の人口であるという。
16年前に各国に離散した人々、ディアフポラが平和の到来とともに200万人も帰ってきた。この人々が経済の牽引力となっている。
 中国やインドなど世界各国からパートナーを連れて帰ってきている。そして人脈、技術など豊かな資源を持って帰って来ている。

 日本へ逃げていきそこで中古車販売のノウハウを獲得した人がルワンダへ帰ることを決意していた。自分の経済力を生かして貢献したいと。なぜ、ルワンダへ帰るのですか?という問いに対して、家族がいるからと言っていた。家族愛、自分を育ててくれた国への感謝からであろうか。

 ルワンダは、ベルギーによって植民地となった。ベルギーは少数のツチ族を優遇して上下関係を作ったという。多数のフツ族が解放されたとき、ツチ族が被害にあったらしい。
映像の中で「今年も平和でありますように」と祈っている人があったが、本当にそれは真実の祈りである。

 平和の到来とともにフツ族も大挙して帰国していた。16年ぶりに家族にあえると思っていたが、両親は死んでいた。フツ族がしだいに村に増加していく。村長さんは人口の増加により食べるものが少なくなり、どうして良いかわからないと訴えていた。

 チングワ村でツチ族とフツ族との民族共存で共同で経営しようとする試みが行われようとしていた。両民族は真に和解できるのだろうか?
 ベルギーの植民地支配が二つの民族を引き裂いたと報道していた。それまでは、お互いに結婚も行われていたほど仲が良かったようだ。
 映像によると、お互いが信頼することは難しく計画は白紙に戻ろうとしていた。しかし、収益の半分ずつで分けるという思い切った方式で契約は成立したようだ。まもなくコーヒー工場の起工式が行われるという。

 一度、信頼関係を失った民族がどのようにして仲良くなれるのか。NHKはその模索の様子を伝えていた。
 私たちはそのような状態のルワンダに対して何をプレゼントできるのだろうか。

 今日は、教化部では学習会が開かれた。そこでは、『生長の家の信仰について』をテキストに学習させていただいたが、①唯神実相の哲学、②唯心所現の世界、③万教帰一の教え、がテーマとなった。私たちは、国際平和信仰運動に於いて、物質なし、肉体なし、心もなしの教えによって、すべての障壁から解放され、人間神の子のみ教えによってお互いに理解しあえるのではなかろうか、と考えられるのである。
 当然のことながら、世界平和の祈りは日常的に行わせていただくのであります。
(映像はかなり厳しいものがあるので、日時計主義の立場から一つだけとした。)
今日は、島根にいながら世界の出来事・アフリカに想いを巡らせてみた。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は2010年11月28日です。】

   2010/04/07のブログは、”「わかる」ということ (9)”です。拝読下さい。
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※今日は、午前は組織の会議、午後は壮年層学習会、錬成運営委員会の会議があった。夜は、栄える会の運営委員会だった。今日一日、誠に有り難い一日だった。

  中内 英生

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April.06.2010「サッカーの三浦知良さん」

April.06.2010「サッカーの三浦知良さん」Photo
今日の詩::古民家に 梅の花咲き 春は来ぬ

 サッカーの三浦知良さんがNHK番組「プロフェッショナル」(2010/04/03)に出ていた。43歳という年齢はサッカー選手としてはかなりの年齢なのかも知れない。年齢に応じた故障もあるようだ。しかし、最年長として現在でも現役で頑張っておられる。

 彼は言う。『苦しまなければ歓びはない』と。これは一見受難礼賛の言葉のように聞こえるがそうではない。練習で限界にいどむ苦しさのようだ。だからこそ、それを乗り越えた時、ゲーム中でさえ笑顔がこぼれる。

『何でも真剣にやるから楽しい』とも言う。『サッカーがすべてを教えてくれた』とサッカーに感謝しているのが印象的だった。『野球は人生そのものだ』という本を書いた長嶋茂雄氏と同じように自分が携わるスポーツに感謝をしている姿は美しい。これは私たち信仰者が、御教えを受けた歓びを常に感謝することと同様では無かろうか。そこにこそ、偉大なる伝道の力が湧出する。

 彼は、身体のケアーの時間をたっぷりと2時間を使用することもあるという。身体は道具である。私たちも自分の身体に対して三浦さんの精神を学ばねばならないだろう。
彼は、『全試合に出ることが出来ると思っている。90分間のすべてで良いプレイが出来ると思っている。だから、壊れるまで使ってくれ!』と思っているという。これはすごい言葉だと思う。サッカーに自分を捧げきった人の言葉と言えるのかも知れない。
 御教えで考えてみると、「喜んでプレーをすればするほど、壊れるどころか益々健康になり、力がつく」ということになるだろうと考えられる。

 彼は言う。『日本人であるという思いが強い』と。無名の若い頃、ブラジルでサッカーを鍛えた。ブラジルでは、ヘタな人を「日本人」と言われていたという。
 彼は、物心がついた頃には、サッカーをやっていた。ドリブルとフェイントが好きだったそうだ。
 15歳でブラジルへ行った。18歳でプロ契約をした。23歳の時、日本に帰ってきた。海外でのプレーを希望していたこともあるという。
 彼はある時、ゴラン・ユーリッチ選手の姿を見た。彼の年齢はサッカー選手としては高かったが、誰よりも練習し、年齢に関係せずにプレーしていたという。その姿に三浦さんは大きな感銘を受けた。
 三浦さんは、サッカー選手として『何処までも走り続けよう。どこまでも成長しよう』と思うのだった。43歳の年齢でも成長を追い求めるという長い旅である。

 もし、『退団通告が来たらどうしますか?』という質問に対して、『ランクを落してでもプレーが出来るところへ行きたい。自分を求めている、情熱を持っているチームであればどこへでも行きたい。なぜなら自分にはサッカーしかないのだから。自分はサッカーしか知らないのだから』と。
 私はなぜか三浦さんのこの言葉に感動した。年齢に関係なく、常に成長し、常に他に与え続けることこそ信仰者にとって大切なことではないでしょうか。

 三浦さんは言う。『時が経つほど、両親、友人に感謝するようになる』と。『どんな状況でも今、できることを精一杯やる。悔しさをバネにしてやっていきたい』と。彼にとってはマイナスの悔しさが却ってバネになっていうようだ。強力なエネルギー源ではある。従って、人生のマイナス、試合のマイナスは逆に彼にとってはプラスに転ずることになる。

※今日は、特に行事らしい行事はなかったので、色々と資料作りをさせていただいた。逆に何も行事がない日ほど多用なことになることがある。やるべきことがハッキリしてくるからだ。

 中内 英生

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April.05.2010「興南高校優勝」

Photo_2 April.05.2010「興南高校優勝」
今日の詩::玉ねぎの 一皮むけて みどり立つ
 ※「みどり立つ」とは、玉ねぎの伸びる葉の勢いを感じます。

 我喜屋優さんという選抜高校野球で初優勝された興南高校監督さん(59)がおられる。朝日新聞(2010/04/04)に紹介されていた素顔は感銘するに足る立派なお人柄を理解することが出来た。

 ご紹介したい。私たち信仰者にとっても大いに参考になると思われる。
初優勝の瞬間でも、表情を崩さなかったようだ。ベンチから出ると、きちんと整列するように選手たちを促している。
 1968年に、興南の主将として夏の選手権で4強入りしている。まだ沖縄は本土復帰前だった。検疫で持ち帰れないとされていた甲子園の土を一つかみ、ユニホームのポケットに忍ばせたという。
 あれから42年経った。今年は沖縄勢の選抜大会初出場から50年である。初の2校同時出場という記念すべき大会となったとされる。期待と重圧を背負った中での勝利を「選手たちの執念の結果です。言葉に出来ない歓びだ」と話しておられるとのことだ。勝利原因を自分の手柄にしない生き方だ。

 彼は高校を出てから社会人野球チームに入り、北海道で監督も務めている。沖縄に帰るきっかけになったのは、2006年夏、指導を手伝った駒大苫小牧の準優勝だったという。「高校野球も面白い」と感じていたら母校から声がかかった。

 翌春から監督となり、その夏の甲子園へ出場した。だが、「最初は全国を目指せるチームではなかった」という。
 寮の部屋は散らかし放題で、選手たちも時間を守らない。「なんくるないさあ!」(なんとかなるさ)は良い言葉だ、しかし、それでは勝てない」と、生活態度を徹底的に改めさせたという。集合に遅れた選手は試合に出さなかった。
 「野球は球を0,1秒でも見逃したら打てない。遅刻は厳禁」であると。

ここで既に勝負は決まっている。日常生活や行事で時間が遅れたりすること自体、決して勝利者の歩む道ではないからであろう。勝ちにもとらわれない。優勝が決まった瞬間でも表情を崩さない、決して「自分を偉し」としない、その態度にこそ私は深い感動を覚える。

 寮で選手たちと暮らし、親のように見守ってきた。「子供の可能性は無限大だ。選手たちは毎日生まれ変わっている」と。
 我如古(ガネコ)盛次主将に紫紺の優勝旗が手渡されると、唇をかみしめて、少しだけ目を潤ませたとしている。

 時間と手柄を自分のものにしない生き方。勝ち負けよりも最後まで礼節を重んずる指導、何とも言い難いご人格の威厳を感ずる次第である。

※今日は、スカイプの実験で三人が映像を出しながら音声を通信することに成功した。英語版のフリーソフトを見つけ出し、実験を成功させたT職員の素晴らしいレベルに感動すら覚える。スカイプとは云うが、スカイプの親戚のようなフリーソフトをアメリカから入手した。これは無料ソフトである。従って、三人までは映像と音声で通信可能だ。隠岐の島との組織の会議に何とか活用したい。また、インターネット俳句や学習会にも使いたい。できれば5人くらいで出来るようにしたいが、現時点では毎月、数万円かかるので、無理である。

 出雲は今日が桜の花びらが落ちない限界と思ったので、木次の桜を家族7人で見に行った。既に、7時になっていたので、ぼんぼりの明かりで何とか持参のお寿司を食べた。楽しい会話をしながら、何十年かぶりに夜桜を楽しんだ。

 中内 英生

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April.05.2010「生命学園入園式」

April.05.2010「生命学園入園式」

今日の詩::神の子の いのち讃えて 入園式

 4月4日は、入園式だった。この映像は出雲ですが、同時刻に安来、益田、松江の生命学園が入園式を行っている。出雲と同様に、素晴らしい入園式だったとお聴きしている。今エンドはさらに増加する予定だ。生命学園の増加と同時に、母親教室や壮年層が増加することを期待している。

 中内 英生

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April.05.2010「婚礼の宴」

April.05.2010「婚礼の宴」

婚礼の 宴に似合う さくら花

会場の外には美しい桜の花が満開直前でした。

知人のご結婚披露宴に出させていただいた。感謝と祝福の嵐だった。肖像権の関係で、人は映しておりません。美味しい食べ物だけですみませんが、歓びの雰囲気をお伝えすることができれば幸いです。

中内 英生

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April.04.2010「オヤジの背中」

April.04.2010「オヤジの背中」
今日の詩::玉ねぎの 吹き出るみどり 眼に滲みるPhoto  亀山郁夫さんは、以前NHK番組のロシア文学の解説で何度か観たことがある。ロシア文学者であり、07年から東京外国語大学の学長を務めている。翻訳したドフトエフスキーの小説「カママーゾフの兄弟」は100万部を超えるベストセラーとなっているらしい。栃木県生まれで61歳の方である。「カラマーゾフの兄弟」は一度読んだ記憶があるが、なかなか読み進めなかったことを記憶している。その亀山学長がお父様についての記憶を書いておられる。感銘を受けたので書かせていただこうと思う。朝日新聞(2010/04/04)からである。

 父親を嫌悪し、憎んでいたという。幼い時から、自ら父の愛情を受けようと思ったことはない、と。

 お父さんは、栃木県で中学教師をしておられた。野心家で、異例の出世を遂げて40代前半で市の教育長になったという。しかし、野心があだになったのかもしれないが、早々に失脚したらしい。その後、ヒラ教師として定年までおつとめになられたようだ。亀山さんが物心ついたのは、父親が失脚した頃という。厳しい父親の顔の記憶しかないそうだ。

 亀山さんは男4人女2人の兄弟の末っ子だった。父親の兄弟に対する差別は、亀山さんんの眼には強烈だったという。
 ご長男は余り勉強が出来なかったらしい。父親は幻滅したのだろうという。一緒に食事すらさせなかったようだ。長男は新興宗教に救いを求めたが、父親はさらに厳しくなったという。
 一方で優秀な次男にはとても愛情をかけていた。亀山さんにはその落差が許せなかったようだ。
 しかし、父は亀山さんには全然厳しくなかったらしい。むしろ、無関心だったという。自分の人生と長男のことで忙殺されていたから、18歳で亀山さんが東京に出て、父親との関係はさらに薄れたようだ。

 ただ、亀山さんが30歳の頃だったか、終電で帰省して、宇都宮の駅から母親に「今から帰る」と電話した後、スナックに寄った。1時間ほど飲んだ頃、突然、丹前姿の父親が入ってきた。それには亀山さんは驚いた。駅前には何十軒と店があるのだ。全部訪ねたらしい。

 父は、「溝にでも落ちてるんじゃないかと…」とだけ言った。いつもの厳しい顔ではなかった。それから無言のまま、実家まで二人で歩いて帰ったのだった。
 「この人はひょっとして、僕を息子として愛しているのか」と初めて思ったようだ。

 それから数年後、72歳で亡くなられた。昨年、父親が生前詠んだという句を幼友達から、亀山さんはお聞きになった。
「子の帰省 待てど返なし 三日果つ」である。正月に亀山さんの帰省を待ちわびて詠んだ句だという。
 亀山さんは、「私は偏った父親像を持っていたのかも知れない」と述懐している。

 お姉さんたちも、良い父親だったと言われるという。亀山さんも子供を持ち、今なら父親の苦しみが少しは分かるようになられたとしている。
「今なら父親の苦しみが少しは分かる。はたして、良い父だったのだろうか。丹前姿と1行の詩、二つの証拠から推し量るだけです」と語っておられた。

 私は19歳の時、高知の田舎から上京させたいただいた。二年後の21歳の時、父親は他界した。帰省し父親の枕元に座ったが、父親は正座して私に語りかけていた。そして意識を失う前に、「お前はどんなことがことがあっても、谷口雅春先生にどこどこまでもついていけ!」と二度絶叫して倒れた。亀山さんの文章を読んで、その時のことを思い出していた。谷口雅春先生について行くと云うことは、谷口清超先生に、谷口雅宣先生について行くと云うことだと思う。現総裁先生への中心帰一の信仰姿勢は、「生涯を生長の家の運動に捧げさせていただきたい」との谷口雅春先生へのお誓いと父への約束に通じるものと感じた。
 そして、父親との約束をどんなことがあっても私は果たさなければならない、と思わずにはいられなかった。

 会い難くかつ尊き師に巡り合い、会い難き御教えに会うことが出来、得難き人身を中内家のご先祖・父母から与えられ、そして今私はこうして生かされている。心から感謝せずにはいられない。いただいたご恩の万分の一を返させていただきたい、と切に願うのみであります。

 父親のことを思い出させて下さいました亀山学長に心から感謝いたします。

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※今日は、相愛会の会議、生命学園の入園式、個人指導、青年会の会議と色々と行事があった。とても楽しい一日だった。感謝です。

 中内 英生

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April.03.2010「菜の花」

Photo April.03.2010「菜の花」
今日の詩::玉ねぎの 新緑咲きて いのち萌ゆ…緑の葉も咲いた花のように美しい。

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 山村暮鳥の詩に、「いちねんのなのはな いちめんのなのはな…」と、同じ詩句が24回も出てくるのがあるそうである。それくらいつづく。
 朝日新聞(2010/03/27)には、菜の花の記事が出ていた。私は菜の花は大好きである。愛知県の田原市、菜の花浪漫街道というのがあるそうだ。そこはつい10年くらい前は、セイタカアワダチソウだらけだった。いわゆる耕作放棄地である。それを安田和司(70)さんが変えたという。
 彼は、93年に農業委員になり、荒れ地の草を刈りながら菜の花の種を蒔き始めたらしい。2000年12月、完成した2千㎡の菜の花畑で花が咲いた。

 風車を背景にしたこの写真は市の広報誌に掲載された。市民のエコ意識は一気に高まった。種まきを手伝う市民も増加した。市はエコエネ推進室を設置して、菜の花エコプロジェクトを始めたという。菜種油を食用とともに廃油をバイオ燃料として公用車に使用する。
 安田さんはエコじいと呼ばれた。循環型のエネルギー環境を作ることに成功した。「菜の花プロジェクトネットワーク」の代表藤井絢子さん(63)は、地球環境保護の視点から菜の花畑を全国に広める運動をしているという。彼女の言葉が実によい。
「チョウが飛ぶ菜の花畑は子供のころの原風景。一面の菜の花畑に入ると、香り良し、明るい色に包まれて元気になる。生きていて良かったとの感動に包まれる。かつては菜の花は全国にあった。菜の花の黄色、レンゲ草の赤、麦の緑色という春の景観を取り戻したい」と。一人の信念の力には偉大なものがある。我祈れば天地応え、我動けば宇宙動く、という言葉もある。そういう視点で考えると、「人間は宇宙の中心」であるとも言えるのではなかろうか。

 もう一つ大変興味の持てることが書かれていた。「チョウチョウチョウチョウ菜の葉にとまれ」とあるが、なぜチョウチョウは菜の葉にとまるのか。その理由である。
 菜の花ではなく、菜の葉だそうだ。農学博士の稲垣栄洋さんが答えている。
「それは産卵のためにとまる」のだそうだ。モンシロチョウの幼虫の青虫は、菜の葉やキャベツなどアブラナ科の植物しか食べないという。アブラナ科はカラシ油配糖体という化学物質を出すらしい。モンシロチョウは、足先の感覚器官で葉をたたいて、とまった葉がアブラナ科かどうかを確かめて卵を産む。産卵で飛び回るのは「一度に卵は一個しか生み付けることが出来ないから」だという。一度に多くの卵を産むと幼虫が多く育ち、食べる葉が足りなくなる。人間には風流に見えても、虫にとっては命がけの生存戦略ということになる。
 このようなモンシロチョウの智恵がその背後にあるとは!!。知らなかった。「不可思議不可知」である。

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※今日は職員の方の結婚式があり、披露宴に参加させていただいた。相手の方は大変立派な人であった。感謝と祝福の披露宴ほど感動を与えるものはない。

※電気自動車について朝日新聞(2010/04/03)にはカルロス・ゴーン氏の「電気自動車にこそ 最大の可能性 新興国で存在感を」 という文章が掲載されていた。喩え話がとても良くて興味を覚えることができた。
 日産は電気自動車「リーフ」を12月に発売するという。トヨタやホンダのハイブリッド車が人気を集めているのにどうして電気自動車を作るのか?という質問に対して…である。

 普通の車が喫煙者ならば、ハイブリッド車は「タバコを減らそうとしている人」です。1箱でなく三分の二くらいで我慢しようとしている。これは禁煙ではない。電気自動車は非喫煙者です。喫煙者と非喫煙者と同じ範疇で語ってはいけない。日産もハイブリッド車を出しますが、二酸化炭素をまったく出さないゼロエミッションこそ最も大きな可能性がある、としている。これは生長の家の考えとかなり似ているのではないだろうか。
 しかし、電力を化石燃料の燃焼で創り出すという方式をとる限り、やはり二酸化炭素を出すことになると考えられる。先日、日経新聞で読んだが、車庫の屋根に太陽光発電パネルを載せて、その電力で電気自動車の燃料とする構想が書かれていた。これなどは二酸化炭素を出すことは少ないだろう。
 燃料電池車という究極のエコカーがある。すでにホンダが開発をしておりドイツのアウトバーンでテスト走行を終えたとしている。量産にはまだ日数がかかるだろうが、これが販売されるようになると、相当に進化したことになると、予測できるのではなかろうか。

 中内 英生

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April.02.2010「救世主兄弟とは?」

Photo April.02.2010「救世主兄弟とは?」
ツイッター→koumyoushimane  (日時計俳句を目指しています)
今日の詩::橋の上 佇ずみて見る 蓮の花

 NHKスペシャル(2010/04/02)に「再生医療」のことが報道されていた。NHKスペシャルはほとんど欠かさずにみたいと思っているが、今日の番組は衝撃的だった。珊瑚やクラゲの遺伝子を入れて光るようになった豚やラットが紹介されていた。ヤモリは手がなくなっても再生する。人間にもその機能があることが判明したという。それは幹細胞が再生させることになる。

 アメリカ軍が研究している失われた指や筋肉が再生する薬、「妖精の粉」を使って再生させている。しかし、副作用もあるかも知れないことを承知の上である。
 豚の中で人間の肝臓を作り、それを人体に移植することも可能であるとする。
「幹細胞バンク」という施設もできているようだ。自分の若いときの幹細胞を保存し、必要になったときに使うのだそうだ。自分のものだから副作用はない。
 
 アメリカで姉を救うために弟を作り、弟の幹細胞で姉を救ったという事例を発表していた。しかし、それはイギリスで大きな論議を呼んだという。
 これは、「救世主兄弟」と呼ばれるそうだ。
免疫の型が一致する受精卵を選び産み分ける。しかし、「一つの命を救うために別の命を作ることが許されるのか?」という疑問が出てくる。

 議論の末に、イギリスは血液の病気に厳しく限定して、救世主兄弟を作ることを法的に許可している。日本では、議論はない。その間にもどんどんと医学の技術は進んでいく。私たちはそれを看過してはならないだろう。

 別の情報では、「幹細胞から精子を作ることに成功した」という。将来は、女性から精子を作ることができるならば、女性同士で結婚することも可能であるとする。
 しかし、それでは倫理面でのクリアーは難しいのではないだろうか。

『今こそ自然から学ぼう』の端書き、7頁には、「人間は自然の一部であり、自然に生かされているのだから、自然の法則に逆らい、自然をねじ曲げることで幸福が実現するはずがない」とご教示されている。この御著書と『神を演ずる前に』等の御著書を解読の鍵として現代の科学医療を読み解いて行く必要があろうと考えられる。

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2010/03/29のブログは、「宗教と潜在意識」です。論理的な御文章ですので、何度か拝読して理解を深めて参りましょう。
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 中内 英生

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April.01.2010「チャレンジ」 

April.01.2010「チャレンジ」 Photo_3
今日の詩::ゆっくりと 黄砂かき分け 飛行船

ツイッター日時計俳句→koumyoushimane

 チャレンジ精神というものは、その人を大いに成長させるのでは無かろうか。良きライバルがいるからこそ、成長できるというものである。相手の成長を学びとり自分に同化させる。それによって己の成長を勝ち取るのである。日経新聞(2010/03/31)には、「挑む」というテーマで様々なチャレンジャーの記録が掲載されていた。私たちも日日、己自身の無限の可能性に対してチャレンジしたい。

 JAXAの星出彰彦さんは宇宙飛行士だが、無限の可能性を宇宙で追求しているようだ。高校生の時、「将来、職業として成り立つ」と思い目標を宇宙飛行士に決めたという。
 まず国際感覚と英語力が重要であると思い、高校二年生の時、留学することを自分で決めてシンガポールへ行った。大学4年生の時に、待望の宇宙飛行士募集があったが、応募資格の実務経験が無く、NASDAに直談判したが門前払いとなった。
 万一、宇宙飛行士になれなくてもエンジニアとして宇宙開発に携わりたいとNASDAに就職したという。そしてことあるごとに宇宙飛行士になりたいと、アピールし続けた。1996年に次の機会が訪れたが、最終選考で落選したようだ。99年の募集でようやく念願が叶い、宇宙飛行士候補者になれたのだった。そして2001年に宇宙飛行士として認定を受けた。

 それまで2回の落選を経験しながら決してあきらめず、「宇宙飛行士になったときに貢献できるように、幅を持つ」という意識を常に持続して心がけ、努力したという。
希望を実現するためには、これくらいの粘りが必要なのであろう。決してあきらめないという意思の持続こそ必要である。希望を実現したいと思う者にとっては必須の要件である。余談だが、この話の大体の所は、星出さんが宇宙へ飛び立った時に、妻から聞いた記憶がある。

 何かに挑んでいますか?というインターネット調査の結果も掲載していた。  多くの人の眼に挑戦者として映っている人は誰か?。現代人の中で上位に上がった人は、イチロー(104票)、浅田真央(68票)、石川遼(48票)、稲森和夫(30票)、橋下徹(22票)の順だったという。イチローさんの目標のためには、自らを律する修行僧のような生活、真央さんのオリンピックで銀メダルをとっても悔しくて泣いたという目標への執念、それは並大抵の努力では無かろう。今回のトリノでは金だった。結果は並外れた努力の結果であって、努力無くして結果が得られる筈もない。私たちの光明化運動の成果にしても、当然のことながら、大きな努力とその根底に信仰的歓びが必要であろう。

 これからの人生で挑戦したいことはあるか?との質問に対して、最も多かったのが、「外国語の習得」だという。何と48㌫である。私は、第一外国語は英語であっても、第二外国語はイスラームの関係でアラビア語などを学んではどうかとも思う。言葉の響きが美しいのと、まったく別世界の異文化なので却って未知との遭遇となり、新たな世界を発見し、言語によって心が融合した後に、新たな自分を見出すのではなかろうかとも考える。
 また、スポーツなどの体力作りも多く、45㌫である。私の親戚の叔父さんなどは、もうすぐ100歳が近いというのに、いまだにマラソンをしているようだ。

 体験的な記事として、希望学という新しい分野を開拓し、挑戦している、東京大学社会科学研究所所長の玄田有史さんとか、、「仕事は請けるのではなく、作るものである」という建築家の安藤忠雄さんとか、ファッションモデルのあん・みかさんなどが登場していた。
 他にも色々と面白いアンケート結果があったが、新聞でご確認下さい。

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 2010/03/28のブログは、”「わかる」ということ (6)”です。続きです。マテブランコの著書もご紹介しておられます。興味のある方は読んでみることもよいのではないでしょうか。私の経験から申し上げますと、この本を読むと、相当に読書力がつくようです。
総裁先生のブログ本文を拝読下さい。

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※ポスティングジョイを見てみると、教区大会などで絵手紙展を開催しようとしている教区があることを知った。この行事は自己限定を打ち破ることができる行事であり、応援したい気持ちになる。
※今日は子供の記念すべき歓びごとが二つあったので、お祝いに家族でファミレスへ行き食事をした。雨がすごかったが、満席だったのには驚いた。感謝である。

 中内 英生

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March.31.2010「世代間倫理は?」

Photo_2 March.31.2010「世代間倫理は?」
今日の詩::春の闇 波ゆらゆらと ひかり浮かぶ

二酸化炭素が出ない発電装置として原子力発電を増設する動きがあるようである。産経新聞(2010/3/24)には、東芝とビルゲイツ氏が100年原発を開発するために、技術情報を交換するとしている。ゲイツ氏は数千億円の私財を投じる可能性もあるらしい。
 一般的な軽水炉が数年おきに燃料交換が必要なのに対して、次世代炉は最長100年間も燃料交換が不要とされるとある。
 出力も10万から100万キロワットと、中小型原子炉並の出力が見込めるらしい。ゲイツ氏は、昨年11月にテラパワーの幹部とともに横浜の東芝原発研究施設を訪問している。
 東芝は、白熱電球の120年間続いた製造を中止したが、有力な原発製造会社を傘下に入れるなど、原子力へ経営資源を投入しつつある。
 ここで考えたいのは、使用済み放射能物質の最終処理の問題である。この次世代炉はかなりの性能があるようだが、放射能物質が100年、1000年後の人々に迷惑をかけないようにエネルギーを作り出さなくてはならないだろう。
 現在の所、太陽光発電が有効な手段の一つであるようだ。従って、島根県教化部では、次年度に屋根に発電パネルを乗せる予定である。

  環境・資源・平和がそれぞれ関係していることを教えられている。新しいエネルギーが開発されるたびに明と暗とがあるようだ。日時計主義からいうと明だけではあるけれども、歴史の大きな流れの中で如何にして判断し、川に棹をさしていくかであろう。『今こそ自然から学ぼう』や『神を演ずる前に』の御著書などは、私たちの現代生活の判断の指針となる聖書的存在であると云えるのではないだろうか。

 日経新聞(2010/03/30)には、「電源開発」の広告が掲載されていた。老桜である。ダムの建設を行いたいという記事かも知れないが、ダムの建設には自然破壊が伴うことが多いようだ。
 ダムを造ることは異論があると思うが、桜の木を残したという美談として掲載されている。

 昭和27年は空前の電力危機だったという。電源開発促進法が国会で成立したらしい。戦後の復興のために大規模水力発電所を庄川の御母衣(みぼろ)に設置することになった。
 従って御母衣村はこのダムの関係で水没することになった。電源開発の初代社長の高碕達之助氏はみぼろにあった老桜を水没から助けるために、昭和35年12月に移動距離600メートル、高低差50メートルの移動を行ったという。翌春に奇跡的に桜は根を張り花を咲かせた。荘川桜と名付けられたようだ。
 ダム建設にはこれだけではない。私たちの知らないさまざまな生態系の変化があると考えられる。利点は、人間の生活の便利快適さの増加であるが、マイナス面にも眼をつぶってはならないだろう。すべてを知りながら判断することが必要である。

 かつて私が住んでいた県では、ダムの建設で山の栄養分が流れず、その関係で海での植物性プランクトンが減少し、従って動物性プランクトンが減少しという形で食物連鎖の根底が崩れて、魚が少なくなったと聞いた。また、自動車で走ることができる砂浜が、ダム建設で川から砂が流れなくなり、砂浜が減少していた。
 ダム建設は、他の自然や生態系への影響は相当であるようだ。電力は必要である。しかし、その入手方法が見直されている時代である。
 先日は春雷が夜中に鳴り響いていた。その雷の電力も現在ではストックできないが、技術が開発されて蓄積できるようになれば、大きなエネルギー源になるのではなかろうか。日本の技術力でできないものだろうか、と色々と考えを巡らしていた。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は2010年11月28日です。】

2010/03/26のブログのテーマは、”「わかる」ということ (5)”です。マテ=ブランコの論理学的精神分析についてのご教示です。拝読下さい。
マテ=ブランコの文章は翻訳ですので私にとっては難解ですが、ご教示を拝読していますと少しずつ意味がとれるようになるようです。

※今日は、夜は五者会議が開催された。当然のことながら誌友会に力を入れることが強調された。

 中内 英生

隠岐の島に古民家があるとお聞きしましたので、イメージして描きました。

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March.30.2010「プリッカー建築賞」

Photo March.30.2010「プリッカー建築賞」
今日の詩::菜の花に 見とれてゆらり 汽車の旅

 建築のノーベル賞と云われる2010年のプリッカー建築賞が、慶応大客員教授の妹島和世(セジマ)さん(53)と横浜国大准教授の西沢立衛(リョウエ)さん(44)に贈られることが決まったという。主宰団体の米ハイアット財団が28日、発表したらしい。この情報は朝日新聞(2010/03/30)に掲載されていた。
   http://www.gaku.net/ukki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E8%B3%9E.html

 この賞を日本人が受賞するのは、1995年の安藤忠雄氏以来だとのことだ。すごい!
両氏は、共同で仕事をしており、日本のほかドイツ、英国、スペイン、フランス、オランダ、米国で行っている建築プロジェクト「SANAA」が評価されたらしい。
 選考委員会は受賞理由を「独特かつ感情を揺さぶるような共同作業」などと評価している。

 SANAAの国内の作品では、小笠原資料館(長野県飯田市)、金沢21世紀美術館(石川)を特に評価しているという。賞金は10万ドルである。(約930万円)
受賞式は5月17日、ニューヨークだという。

http://www.arcstyle.com/nagano/ogasawarashiryokan.html
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%B2%A221%E4%B8%96%E7%B4%80%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8

 こんな賞があるとは知らなかった。自分の世間知らずに呆れるほどだが、受賞は実に素晴らしいことだと思う。
 また、金沢の「21世紀美術館」がそんなに素晴らしいとは、これも知らなかった。2回訪れたが、変わった建物だなあ、とぐらいにしか思わなかった。自分の頭の古さを反省したい。

 それぞれアドレスを表示しておいたので、検索してみて下さい。そして共に祝いましょう。

※「やはり野に置け蓮華草」という言葉があるそうな。産経新聞(2010/03/27)の産経抄に出ていた言葉だ。言葉に興味が持てたので辞書で調べてみた。その意味だが…。
レンゲ草は野原という自然の中で咲いていてこそ愛らしく美しい。同じように、ものにはそのものを置くのに相応しい場所があり、人にも適材適所と言われるように名人に適した相応しい環境があるということ、だそうだ。
 江戸時代に播磨の国の瓢水(ヒョウレイ)という俳人が、遊女を身請けしようとする友人をいさめた句が元になっているという。その句とは、「手に取るなやはり野におけ蓮華草」という句である。
 そんな感じで言われないように、今いるところで適応して一所懸命に生きていきたい。

http://www.valley.ne.jp/~rengesou/

 中内 英生

玉ねぎ三部作 

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March.31.2010「我が家のチューリップ」

March.31.2010「我が家のチューリップ」

素晴らしいチューリップの花が咲きました。

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