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2010年6月

June.30.2010「米国人の禅僧」

Img013 June.30.2010「米国人の禅僧」
今日の詩::ムラサキの ほたるぶくろに ホタル棲む

 北米曹洞宗のトップに就いた初の米国人が紹介されている。ルメー大岳(だいがく)さん(59歳)である。お顔も禅僧という感じだ。朝日(2010/06/30)の「ひと」に出ていた。その記事を追ってみたい。
http://kaminagaya.net/blog/archives/002017.html

 アメリカ人は禅好きだという。本屋に行くと、「禅でするゴルフ」「禅とポーカーの技」などと。
 「短くて語呂が良いのでよく使われる。しかし本当に禅を分かっているのかどうか」は分からないようだ。禅宗の一派である曹洞宗がロサンゼルスに置く北米の布教拠点の総監にルメーさんが就任したようだ。10代目にして初の米国人トップである。言葉だけではない。禅の心をどう伝えるかを知恵を絞っている人であるという。ルメーさんの講話内容が上記のアドレスのホームページで発見した。有名な方のようだ。総本山永平寺は、福井県にあり、小生も20歳代後半に一度、禅をくみに行った記憶がある。 

尚、道元禅師に関しては、『正法眼藏を読む』全4巻をまずお読みいただきたい。素晴らしい内容です。

 キリスト教宣教師の両親に連れられて10歳で来日した。ベトナム戦争の泥沼に母国が引きずり込まれる様子に心を痛めた。その中で、「どうれば社会は変えられるのか」と自問自答した。東京・新宿の反戦デモに加わってみたが、答えは出ない。
 どこか新宿辺りで出合っているのかも知れない。彼が言うのは、○○○のことなのだろうか。ある日の夕方学校からの帰りに新宿を通過した。そこで目にしたのは、数十万人が通る地下一階の京王線の広場に○○○の皆さんは各所に輪になって歌っていた。4~5メートルのわずかな隙間を夕方の通勤客は通っていた。そのうち、交番が襲撃された。すさまじい光景だった。そのあと、機動隊が入ってきた。群衆の投石が機動隊に対してあった。
 これは日時計主義ではないので、書くのはここまでとする。

 ルメーさんは理想郷をつくろうと土地を求めて中南米へ向かったという。旅の途中でたまたま読んだ禅の本が道を開いてくれたようだ。「求めていたものは、土地ではなく精神的なものだ」と気がついた。
 外国人も受け入れる福井県の発心寺の門をたたいた。そして四半世紀の修行を積んだという。25年間だ。私も某練成道場で四半世紀の間、ほぼ同じ時期に学ばせていただいた。ルメーさんとは話が合うかも知れない。

 自分を売り込まなければ勝ち残れない国アメリカで「無我」を説くのは容易ではないようだ。彼は考える。「まずは寺での座禅会を核に活動を広げて、日本人信徒と米国人との交流を深めたい」としている。
 禅の背景にある日本文化を伝え、寺も活気づく。そんな一石二鳥の成果を考えているようだ。
 本名はデビッドさん。「大岳」の名前は、得度式で授かったという。彼は考える。「仏法を探す人に遠くからでも見える、そんな大きな山になりたい」と。身長は、195㎝だ。さらに、「もっと大きく」と願うところが無限生長をイメージして素晴らしいと思う。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】
 2010/06/27のブログは、「大分教区は上昇中」です。講習会の素晴らしい成果と、不思議な雲の姿について書いておられます。拝読下さい。

※今日は、午前中は、大祓の儀式があった。私は祭司をつとめさせていただいた。午後は伝道員研修会だった。聴講生は今までで一番多かった。講師は講師会の正副の皆様であった。立派なレジュメを作っており、それを元にして講話した。その後は、地方講師会の正副会長会議だった。有意義な一日だった。

 中内 英生

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June.29.2010「出雲そば」

Img011 June.29.2010「出雲そば」
今日の詩:: 白鳥は 水上滑り 舞い上がる                     

 「出雲そば」が朝日新聞(2010/06/23)に掲載されていた。改めて有名なのだという認識が起こった。そばを打つ神代そば店主の佐藤さんの写真が掲載されていた。東京調布の神代植物公園のとなりの深大寺そばを思い出した。「すずめのお宿」は時々行ったなあという感慨に浸った。この記事は、「ニッポン宝さがし」で島根編である。東京・日本橋にアンテナショップ「にほんばし島根館」というのもあるようだ。和菓子、板ワカメ、めのう(めのうは玉造温泉のお土産であるが、材料はまだ島根産であるのだろうか?あったらごめんなさい)、あご野焼き(あごとはトビウオである)、そろばん、これは伝統工芸だという。

 神代そばは「創業以来、自家製粉で甘皮ごと石臼でひいている。つなぎを使わない。そば粉だけで十割そば」だという。松江城近くにあるようだ。まだ行ったことはない。松江道場のそばだから一度行ってみたいものだ。
 入れ物は割子。だから割子そばである。

 「松江食べ物語」(荒木英之著)は、出雲そばを「連」が完成させた松江食文化の傑作と位置づけている。「連」とは、士農工商の身分に関係なく、茶道や俳句など風流を好んだ趣味人の集まりである。江戸時代以降、「連」のメンバーがそば屋で語り合ううちに、現在の出雲そばのスタイルを作り上げたと伝えられているようだ。

 明治の頃、「連」のメンバーだった警察署長が、角のない円形の方が洗いやすくて衛生上好ましいと唱えて、現在の形になったと云われる。 
 「玄丹そば」というのを松江そば組合のメンバーなどで作っている。中国産のそば粉が多い中で、在来種そばの復活を試みたものだ。詳しくは書かないが、地元のメンバーが現代的「連」を構成して、リバースさせている。さすが松江!と大いに讃嘆したい。

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 2010/06/24のブログは、「ワイヤレス・キーボード」です。ipodタッチの入力用にワイヤレスキーボードをお求めになり快適に使えることやキングジムのポメラのことも書いておられます。ポメラは乾電池式なのですぐ電池が無くなるようです。ワイヤレスキーボードは、ipodタッチ用のがあるかどうかを問い合わせたところ専用のはないとの回答でしたので、上京した時にできれば渋谷のアップルで詳しく聞いてみたいと考えています。なにしろ、アップルは日本には7店舗しかないので、そのうち2つが東京にあるようです。

※「白鳩天使」。今日は講習会推進のために、午前中は益田での会合、午後は浜田での会合に参加させていただいた。回数を重ねる度に盛り上がり方が強くなるように思われる。
 今朝、事務局から発表された推進の言葉をご紹介したい。自分のモチベーションを持続させるために唱えるらしい。聞いていて素晴らしい文章に驚いた。なお、会合で私は講習会の意義などについて25分間乃至30分間、話をさせていただいている。/線ごとに復唱していた。

 白鳩さんの講習会推進の言葉
①11月の28日は、/生長の家の神さま天降り、/島根県を浄め給う/
 待ちに待ってた、うれしい日 /私は石見の白鳩天使
②私は石見の白鳩天使/ 石見全域かけめぐり、/ あちらこちらに舞い降りて/ 神の 祝福伝えます。
③家族同様ご近所の、/ お役に立とうと念願し、/ 周囲の皆さん祝福し、/
 一所懸命深切を、/ 今日も実践いたしましょう。  /あの人この人誘いましょう。
④笑顔で感謝、祝福し、 /相手の幸福ひたすら祈り、 /絵封筒に受講券入れて    /今日もお誘いいたしましょう。
⑤講習会のその日まで、/ 徳積み愛行喜びの /使命達成うれしいな。/私は石見の白 鳩天使
⑥自己限定を打ち破り、 /日時計日記を毎日付けて /あの人この人誘いましょう。  /私は石見の白鳩天使
⑦家族全員誘うため、/どんなときにも腹立てず、/笑顔たやさず祝福し、/如来様のお 姿を、/今日も一日生きましょう。/
⑧職場の人たち誘うため/ 神想観を実修し /笑顔で明るく誘いましょう。
⑨講習会の目標は、/ 神様からの贈り物、 /
 /出来る、出来ます、/わたくしの最も得意とするところ /無限力を発揮して、
 / 必ず目標達成し、 /真心尽くし、恩返し  /私は石見の白鳩天使 /
⑩真心尽くし、今日もまた、 /使命達成その日まで /私は神の子完全円満 / あの 人この人誘いましょう。/私は石見の白鳩天使 /  
⑪祈って歩いて電話して/  今日も明るく伝えましょう。 /私は石見の白鳩天使
                                     以上

※今日も素晴らしい一日でした。推進の集いにご参加下さいました皆様に心から感謝致します。

 中内 英生

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June.28.2010「ウミネコ君と中井春治さん」

Img012 June.28.2010「ウミネコ君と中井春治さん」
今日の詩::愛犬と 野に咲く花を 共に見ん

 島根にこんな人がおられるとは知らなかった。経島(ふみじま)でのウミネコ調査を50年間おこないこの度引退した人だそうだ。おそらく、島根の皆さんはご存じで私だけ知らなかったのかも知れない。その人が、朝日新聞(2010/06/23)の「ひと」に出ていた。経島という島の存在は申し訳ないが、初めて知った。写真の中には鳥居も見える。これは出雲市のようだ。その人をご紹介する。

 中井さんは85歳。「ウミネコ君!」と、彼が興に乗るといつもこんな風に「君」付けになるという。島根県出雲市の経島は、冬に北から渡ってくるウミネコの繁殖地であり、国の天然記念物であるそうだ。
 4,5月に毎年通い、50年間経った。一年も欠かさず巣と卵とひなの数を数えてきたという。
 元生物学教師だ。どなたか信徒さんからこの人のことをお聞きしたような気がする。これは生態系の研究のために始めた調査である。その糞は海に流れ込み、プランクトンを増殖させる。鰯が育ち、海猫がそれを食べる。完璧な食物連鎖、輪である。群れは漁場の目印となり、漁師も大切にした。
 この食物連鎖は、山から栄養分のある土砂が川を通して海に流れ出し、それが植物性プランクトン、動物性プランクトンという食物連鎖を引き起こすのが一般的だ。この場合は、ダムを造って山の栄養分が川を通じて海へ流れ出ることがなくなり食物連鎖の輪がたたれると云うこともあり得る。従って長い年月を経て、サカナの発生が減少する。

 しかし、例えば沖縄で農地で肥料をふんだんに使ってそれが海に流れ出し、食物連鎖が起こり、オニヒトデの大発生につながり、それが珊瑚を死滅させると云うこともありうる。
 また、揚子江に多くの人の生活用水が流れ出し、海の富栄養化となり、エチゼンクラゲの大発生につながり、日本海の海を荒らすようになる場合も考えられよう。いずれも人間の生活が介在している。しかし、この場合の海猫は自然の循環の輪である。

 或る年、4月なのに島には一羽もいなかった。心配した漁師から連絡が入り、すぐに島に渡った。2羽の鷹がいた。が、人間の姿に驚いて去っていった。その直後、沖から群れが飛来した。そして2千羽のウミネゴに中井さんは囲まれたという。うれしかったでしょうね。
「ニャーニャー、とそれはうれしそうで」と言う。対岸の漁師達からも拍手が湧いたそうだ。一番うれしかったのは中井さんだったのではなかろうか。おそらく。

 調査では20㍍の崖によじ登り、数㍍の裂け目を渡ることもある。毎日1時間歩いて体調を整え、身長161㌢で体重53㌔を保ち続けたという。これはサバイバル調査のためにこの体型を保持する必要性からそうしたのだろうか。恐らくそうであろうと考えられる。
 しかし最近、腰痛に加えて白内障が進んできたという。転落などがあるとご迷惑がかかるとしている。従って、5月22日の調査後、突然に引退を表明したという。

 ウミネコは日光の刺激の蓄積で繁殖に移るらしい。今年、ひなは、378羽で平年の半分以下だった。4月の日照不足の影響と分析した。ウミネコから環境の変化を教わってきた中井春治さんであった。自然は教化するということだろう。

 調査は、地元の研究者らが引き継ぐという。最後の中井氏の言葉に人間は心すべきであろう。
「人間の行いはウミネコの生態系の中で脅威でしかない。鳴き声が絶えないようにして欲しい」と中井さんは結んでいる。

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  2010/06/23のブログは、「平凡の価値 (2)」です。続きです。拝読下さい。

※今日は講習会推進で、出雲市内、タギ、江津の三つの会場だった。皆様、大変有意義な時間をもたれました。講習会推進の意欲に溢れていました。夜は神想観の集まりがあり、それに参加させていただいた。

 中内 英生

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June.27.2010「”正常な造血幹細胞作製”とは?」

June.27.2010「”正常な造血幹細胞作製”Img010 とは?」
今日の詩::気がつくと 一本のキュウリ 葉の陰に

  島根の皆様、蒸し暑い日が続きます。今日は臓器作製に関しての情報について学習してみたいと思います。さて、朝日新聞(2010/06/27)には造血幹細胞について書かれていた。
私たちは、ES細胞は何らかの形で生命を殺すので倫理的に問題があり反対の立場である。iPS細胞は胚性幹細胞を使わないので、問題がないようだが、胚を作ることができる可能性を秘めているので完全に倫理的に問題が回避されているという訳ではない。この方面の技術は極めて進歩が早いのでできるだけ新情報を頭に入れておくべきであろう。私たちの基本的な立場は、『今こそ自然から学ぼう』に網羅されている。まずは、この書物をお読みいただきたい。
http://www.ssfk.or.jp/p/a/105901.htm

 記事情報によると、東大がiPS細胞をマウスに移植して、正常な造血幹細胞を作製したという。これは大きな進歩かも知れない、と思ったので学習したい。遺伝子関係はいつも勉強していないと馴染まなくなるようです。
 iPS細胞(人工多能性幹細胞)をマウスの中に入れて血液のもとになる造血幹細胞を作り出し、それを別のマウスに移植して実際に血液を作らせることに成功したという。東京大の研究チームである。iPS細胞を体外で人工的に培養して作った従来の、造血幹細胞は、生体に移植しても定着せず、血液を作り出せなかったようだ。白血球など血液の難病の治療に一歩近づく成果であるとしている。

 何と、チームの大学院生、鈴木奈穂さんによると、マウスの尾の細胞から作ったiPS細胞を、造血幹細胞への変化を促すホルモンなどとともにマウスに移植した。約3ヶ月後に骨髄を調べたところ、iPS細胞が変化してできた造血幹細胞が確認されて、正常に血液を作っていることも確認できたとしている。
 iPS細胞が体内で様々な細胞に変化し、その中に含まれていた造血幹細胞が骨髄に移動したとしている。
 この造血幹細胞を取り出して、造血幹細胞を壊した別のマウスに移植したところ、同じように細胞が骨髄まで移動して、血液を作り出したようだ。
 できた血液にはすべての血液細胞が含まれていたとのことである。

 チームの中内啓光(私とは関係ない人)教授によると、患者のiPS細胞から造血幹細胞を作り、白血病や再生不良性貧血といった血液の難病患者に移植すれば、骨髄移植に代わる治療法になると期待されていると書かれている。
 iPS細胞を生体に移植すると、造血幹細胞などのほかに腫瘍もできるために、人間に直接移植するのは安全面から難しいが、中内教授は「人間の造血幹細胞を豚などの体内で作って取り出し、安全面を確認したうえで人間に移植する手法が考えられる」とのことである。
 要するに、ES細胞を使わずにiPSだけで出来たと云うことであろう。但し、豚の体を通った細胞が人間に入ると云うことは、その人が結婚して子供ができた場合に、次世代においてどこかに、豚的な遺伝子が組み込まれる可能性が無いとも限らないと考えられるのではなかろうか。島根の皆様、『今こそ自然から学ぼう』を拝読して、今日の問題を考えてみましょう。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】
  2010/06/22のブログは、「平凡の価値」です。随筆風にお書きになっておられます。拝読下さい。

※島根のみな様は、人と話をする時に、愛想笑いをすることはありますか?生長の家では笑いの練習などというのがありますが、だんだんと笑えるようになるというものです。ある人が人と話をする時に笑えないということでした。にこっと笑ったつもりが目が笑っていないこともあります。その人は若い女性でしたので、①自分の好きな人、②自分のペット、特に好きなウサギと遊んでいるところをイメージした、③自分の好きな芸能人、などを考えてから、人に会うようにしたそうです。そうすると、うまく笑顔を作ることができるようになったとのことです。 
 生長の家の場合は、自分と相手との神に於ける一体感を念ずるとか、相手を祝福するとかを念じます。すると面接が上手になるのです。現在は新入社員とか新入生などという立場の人が多いでしょうから、最強の面接法を会得して頂きたいと思います。

※日本サッカーは6月25日にデンマーク戦に勝利した。デンマークさんには申し訳ないが、日本は一つの勝利で世の中の空気は変わる。近所の人にあっても何だか一体感を感じる。妙な感じだ。この一体感は、閉塞感があると言われている日本の前途には欠かせないだろう。ハヤブサの帰還があった。私たちは少し自信を取り戻したのではないだろうか。そしてサッカーが決勝トーナメントに入った。監督や選手達の努力と自分の人生での努力を重ね合わせて、その姿に感動するのでは無かろうか。
 岡田監督と「生物と無生物とのあいだ」の著者である福岡伸一青学大教授との対談を読んだ時、岡田監督の考えていることが分かったような気がした。組織力にしても、個々の選手が最大の力を発揮させるにはどうすればよいかと言うことである。有機的に結合すれば、1+1は2ではなく3以上となって相手に立ち向かう。そんな哲学と意識が選手に理解され動かしていくとなるとスゴイ力を発揮する。これは、私たちの光明化運動にも欠かせないことではなかろうか。本部の運動方針にもとづき、島根で様々な工夫を凝らして最大限の伝道の力を発揮する。そうすることによって、例えば仮に伝道者が10名いたとすると、15名、20名の力を発揮して人々を幸福にすることができる筈である。常に他人のために祈る。それは目には見えないが、大きな力を発揮することも考えられる。個の能力以上の力の発揮である。

※今日は、午前中は会議があり、また午後は栄える会の総会があった。松江で行われたのでそこに移動した。素晴らしい会合であった。島根は会員数も少しずつ増加している。少しずつというところが素晴らしいと思う。要するに支部例会を充実させているということであろう。

 中内 英生

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June.26.2010「菜食偏重が骨折リスク3倍?」

Img009 June.26.2010「菜食偏重が骨折リスク3倍?」
今日の詩::新築の 屋根にはパネル 太陽光

 食生活が野菜などに偏って肉類をあまり食べない高齢者が、寝たきりにつながる転倒骨折をする危険性は、そうでない人に比べて3倍近くなるとの調査結果を、東北大の研究チームが21日までにまとめたという。本当だろうか?という気持ちが先に立った。これは日経新聞(2010/06/22)に出ていた。宮崎の口蹄疫の関係で国民の肉食が減少していることは予想できる。それを食べさせるための情報だろうかとも考えたりもした。さて、どうだろうか?

 調査は2002年~06年、仙台市に住む70歳以上の男女877人を対象に実施したという。それぞれ「野菜食」「肉食」などの食事パターンを把握した上で、骨折の有無などを継続調査したらしい。
 調査に当たった漢方内科の岩崎准教授は、4年間に交通事故などを除き転倒骨折した人は、877人中の28人だったとしている。

 食生活を分析したところ、野菜を毎日のように頻繁に食べるが、肉類はほとんど食べない「野菜食」の人の骨折リスクは、そうでない人に比べて2.7倍高かったとしている。
ここで私が質問したいのは、肉食は魚肉は入るのか、動物肉だけなのか、という質問である。野菜だけを食べるという人はそんなに多くはないと考えられるが、小魚を摂取するかどうかとか、要するにカルシウム不足での骨折は理解できるが、動物肉の不足で骨折するとは栄養学的にどのような説明になっていくのだろうか?

 欧米では肉食中心の食生活は骨密度を下げるとする調査が多いという。これは理解できる。岩崎准教授は、「意外な結論だが、欧米に比べて日本の高齢者は肉類の摂取量が少ないためかも知れない。野菜に偏りがちな人は、意識的に肉類を食べるようにしたほうが望ましい」と話しているとのことである。
 しかし、意識的に動物の肉類を食べるとどうなるのだろうか。大腸癌のリスクが増大することも考えられはしまいか。また、当然のことながら、肉食産業による二酸化炭素排出の増大もある。
 疑問を感じた記事だった。

 それから気になるのは、「欧米に比べて日本の高齢者は肉類の摂取量が少ないためかも知れない」と書かれているのであくまで予想であり、一番大事なカルシウム摂取との関係を調べていない。サブタイトルには「お年寄りも肉食べて」とあるが、どうなのだろうか?
このことについてですが、医学に詳しい人がおられたら教えて下さい。

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 2010/06/19のブログは、「日時計主義は生長の家の信条(音声版)」です。デジタル録音になっています。(動画)映像+音声のは私も試したことがありますが、デジタル録音ではまだアップしたことがありません。以前購入したSONYの「ICD-SX950」というのがありますので、それを活用してみたいと思います。文明の利器を最大限に活用しつつ、真理を伝道しておられる師のお姿を拝しながら島根教区信徒は一所懸命について参りたいと存じます。

※今日は午前・午後と地方講師・光明実践委員研修会だった。3時半から4時半までホームページ開設者情報交換会があった。6人参加であった。10分間の英語学習、それぞれの最新のブログをプロジェクターで見ながら意見交換をした。それから総裁先生の最新のブログを輪読しながらそれぞれが解説をする。1時間半があっという間に過ぎた。

 中内 英生

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June.25.2010「宮里藍さん」

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今日の詩::アジサイと 云う名の和菓子 吾は食べ

 ゴルフの宮里藍さん(25)が米国ツアーで4勝目をあげて、世界ランクの首位に立った。すでにいろんな所で報道されているが、当然ながら素晴らしいと思う。沖縄は友人もいるし、沖縄の版画家や歌手で好きな人もいる。しかしゴルフは、どうも私も含めて、私の友人は余りやっていないようだ。

 首位は男女を通じて日本人初だったという。快挙である。ゆったりしたスイングに、故郷沖縄のリズムを感じるそうだ。昼下がりにつま弾く三線(さんしん)に例えられるそうだ。たしかにそんな感じだろうか?。
 藍さんは本島北部の東村で生まれ育ったらしい。赤土が覆う村は耕作には向かないが、災い転じて日本一のパイナップルの産地である。ここら辺りには私も行ったことがあるように思う。災い転じてというのが、彼女の生き方に影響を与えているのでは無かろうかとも思われる。宮里三兄妹のゴルフも、村営グラウンドの赤土が鍛えた。そして、ゆっくりと時間が流れる。南国の時間である。
 私の沖縄の知人で時々、箱いっぱいの黒砂糖の色々な商品を送って下さる人がいるが、その息の長い変わらぬ友情に感動する。

 藍さんの父親の優(まさる)さんは、地元で言う「アチャーンアイサ」(明日があるさ)的な風土が、スコアに一喜一憂しないプロ向きの精神力を培ったと見ているそうだ。
 確かに!。大物を育てるにはこれが必要なのだろう。
 私の先輩で、故T元本部講師は、よくこのような意味のことを行っておられたように思う。
「本土」(日本)で終わらない才能に県民は声援を惜しまない、という。要するに沖縄精神が世界に通用したということだろう。しかも最優秀にである。宮里藍さんは友人ではないが、沖縄に友人を持つ者としては大変うれしい。
 沖縄は現在、さまざまな問題を抱えながらも、私たちは日時計主義で光の輪を広げて行き、まずは自分の足元と家庭と周囲から光明化を展開していきたいものである。神の御心のままに、沖縄に幸多かれと祈らずにはおられない。

※西堀晋さんという人が、米アップルのデザイン部門で働いているという。彼は、日本の電機メーカーに長く勤めたらしい。客に買い換えを促そうと、とにかく新製品を発売する。そんな姿勢に疑問を覚えて退社した。そしてアップルに入ったという。「デジタル製品の技術進化は早い。寿命もある。それでもずっと捨てたくない、手元に置きたいと思えるデザインを目指す空気がアップルにはある」という。
 これは本来、「日本的な考え方であって欲しい」と思うが、どの辺りの時代から、「消費は美徳」的な考え方を広め、利益至上主義になってきたのだろうか。
 何故、良い製品のもの作りから利益追求に主眼が移って行ったのだろうか。オープンリールのソニオマチックというテープレコーダーを40年間、私は未だに使用している。
 私たちの伝道に於いてもです。相手の心に残る質の高い無我の愛を行じようではありませんか。「日経新聞(2010/06/24)の春秋より」

※ホンダがハイブリッド車150万円のを発表しました。ハイブリッドが一般車となるようです。なにしろ1リッターで30㌔走るのですから。

※サッカーがデンマークに勝ちました。デンマークは日本はマークしていなかったのではないでしょうか。どんなに強くても、「油断は大敵」です。今年の日本チームは一体感があり、、チームワークがよいのではないでしょうか。君が代をスクラムを組んで歌った選手たちには、是非はともかくとして感動しました。
 また私たちにとっては他人に勝つよりも、肉体自我に打ち勝ち、自己の信仰生活を完璧に生きることこそが、自然体にして、人生の勝利者となるようです。
 フランスのように空中分解するのは、中心帰一の考え方が希薄になっているのではないかとも思われます。私たちは、常に総裁先生への中心帰一の信仰姿勢を貫いて、世界平和実現を達成致したいと存じます。

※今日は、午前は江津の先祖供養祭、午後は浜田の先祖供養祭だった。楽しい行事を行うことができるのは、体に良いようです。関係者に感謝いたします。なにやら今日は色々と書きました。悪しからず。

 中内 英生

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June.24.2010「得意分野への特化」

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今日の詩::サクランボ 赤くたわわに 賑わいて

 「吾が天分に適い、最も大勢の人のためになる良き知恵と愛と生命力を与えたまえ」と祈ったことはありませんか。これは豊かな富を得る祈りです。それは自分の天分すなはち得意分野を実践して人類に与えることにより、人類は利益を受けてそのお礼として富を与え返してくれるのです。

 朝日新聞(2010/06/17)には勝間和代さんが「人はおのずと得意なものへ特化する」として比較優位の法則というのを紹介しておられます。
 自由貿易に関して英国の経済学者、でヴィッド・リカードさんが18世紀に提唱した「比較優位の法則」だそうです。一つの国の中や各国間で、それぞれの人や国が「比較優位」に立つ製品、サービスを集中的に生み出して貿易すれば、互いの効用が高まると説明したものであるようです。

 日本の場合は、とりわけ環境技術力でしょうか。和の精神でしょうか。生長の家のみ教えも、民族宗教的な日本人だけの段階から、現在では民族を超えて信仰する世界宗教としての性格となっております。海外に「人間神の子」のみ教えが伝わっているのです。
 これが個人の場合では、ご自分で得意な分野で社会に貢献することで富を得てその富を他に対して循環させる。これが市場経済です。この際に自分のスキルを常に高めることが必要です。
私の場合ならば、み教えで体得したところのものをお伝えすることができます。また、神性開発練成会という合宿伝道の方法を長年、教わって参りましたので、それで貢献することができます。他との差別化(得意分野への特化)により、人類に対して貢献することが生き甲斐と喜びの源泉となるのではないかと思うのです。しかし、現代では相手は人類だけでは足りません。自然への愛を実践することが必要であるのです。

 島根の皆様ならば、お一人お一人が必ず得意分野がある筈です。それを発見し、そして自信をもって人類にその能力を捧げましょう。そうすることで必ず周囲の人々は喜んでくれる筈です。それは陰徳となり、いつかは富となって帰ってくるに違いありません。

※今日6月24日の朝日新聞(時々刻々・ひと)には青野浩美さん(26)を紹介していた。どうもこの欄は、がんばっている人を応援しているようだ。もしも、み教えを受けていたならばもっと自由性を発揮できるかも知れないなどと思った。
 彼女は、気管切開をし、声を失い、それでも歌う声楽家であるという。ボーイソプラノを思わせる澄んだ「アベ・マリア」の歌声を持っている。夏の高い空を泳ぐカモメのように力強く伸びやかに隅々まで響かせる。
 息継ぎの時に、わずかに苦しげになったという。のどには親指ほどの穴が開き、空気を送る管がついている。関西弁で話すようだ。「気管切開したら、きれいな声に生まれ変わると思ったんやけど」と。

 京都女子大で声楽を専攻していた3年半前に、原因不明の病気にかかった。車いすの生活になったという。翌夏、今度は無呼吸発作に見舞われたそうだ。関西ならば、宇治の練成会を受講していたならば、あるいは良くなったかも知れないが…。
 気管切開し、人工呼吸器を使わなければ命が危ないと云われた。しかし、元の声は失われることになる。「歩かれへんうえに声まで?」と思い、半年間、泣いたという。
 踏ん切りをつけてくれたのは、「命あってこその声」という友人の言葉だった。手術してのどの器具を付けたようだ。1週間かけてだした声は懐かしかった。希望が湧いたのだった。医者は、「この手術の後に、歌うなんて聞いたことがない」と言った。彼女は、「前例がないだけやろ」と言い返したという。

 私は彼女がそう言ったことを「強い魂の持ち主だ!」と思った。もし、「そうですか」と言っていたら声は出るようにはならなかったかも知れない。
 息継ぎを増やし、器具に工夫を凝らし、1年かけて自分の声を追い続けたという。苦悩から救われるために祈る歌曲を口ずさみ続けたようだ。
 音楽講師である母親の影響で、歌は生活の一部であった。ただ好きだから歌っているのに、その歌を聴いて、「勇気をもらった」と言ってくれる人がいる。6月26日に、横浜で開くコンサートのタイトルは、「PRECEDENTE」(イタリア語で前例)である。自分が前例となるという強い意志を込めたとしている。次は彼女の顔写真である。

http://astand.asahi.com/column/hito/

 この文章を読んで、生長の家が自然と人間との共存共栄の世界を築かんとして、山梨県の八ヶ岳に国際本部を移転するということを思い出した。人類の生き方に前例を作り、二酸化炭素削減に対して背水の陣を布くことになるのではなかろうか。

※今日は休日を利用して、家族で県立美術館に行ってきた。ベルギーのアントワープ王立美術館コレクション展というのが開催されていた。「私は並木道を描いた」絵が気に入った。それとだまし絵みたいなので、ルネ・マグリットの「9月16日」という夕闇に立つ木立に月が重なっているシュルレアリスムの世界が印象に残った。それぞれの印象を言い合うのもお互いに参考になるものである。

※波乱の人生を歩んだ詩人金子光晴の詩を朝日新聞(2010/06/24)の「天声人語」で紹介している。日時計主義ではないようだ。私はこの人の詩は馴染まなかったので、教科書に出ていただけの詩しか読んでいない。「森の若葉」という詩の一節で孫娘さんに詠んだという。私が上京した昭和42年作である。「君が年ごろといはれる頃には も少しいい日本だったらいいが なにしろいまの日本といったら あんぽんたんとくるまばかりだ」と。最後に天声人語氏は次の文章で結んでいる。「…焼け跡をこれだけの国にした日本人である。あんぽんたん、のはずがない。」と。島根の皆様、神の御心を実現するために、今日一日を一所懸命生きて参りましょう。

 中内 英生

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June.23.2010「昆虫愛」

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今日の詩::あじさいと 云う名の和菓子 吾は食べ

 こんな愛情もあるのでしょうか。朝日新聞(2010/06/20)の時々刻々「ひと」に日本人の昆虫愛を映画にしたというジェシカ・オーレックさん25歳が登場していた。25歳ですよ。それだけでもすごいし、映画にしたこともすごいと思います。さて、内容を確認したい。

 彼女は屈折した昆虫少女だったという。所は緑豊かなルイジアナ州やコロラド州でそだった。幼稚園に入る前から昆虫大好き少女だったそうだ。しかし、お気に入りの昆虫や蛇の皮を見せると、友達も先生も露骨に不快な顔をしたという。それはそうだろう。
 「虫好きはアメリカではすごく形見が狭い。誰も家の中で虫なんか飼わない。デパートに虫の売り場はない。変わり者扱いをされるのが嫌で、中学以降は昆虫趣味を隠したという。

 彼女が日本の昆虫熱を知ったのは2006年暮れだった。博物館の講座で「大昔からトンボやチョウを愛でた国である。今でも昆虫をペットとして飼っている」と知って、脳天が痺れたという。そんな夢のような国が地球上にあったんだ!と思った。

 にわか仕込みの日本知識と大学で習った撮影技法を携えて、2007年夏に初めて日本に来た。2ヶ月の間に、日光、東京、静岡、大阪、京都、兵庫、たつのをめぐったらしい。
 ごく普通の人々がスズムシとキリギリスの羽音の違いを識別できることに驚嘆した。蛍を悲恋の象徴と感じる文学性にくらくらしたという。蛍は俳句などではそのほかに色々と思いを詠わせる面があるので、悲恋だけではないとは思うが…。高級車フェラーリに乗る昆虫業者に頼み込んで採集にも同行したという。
 私は昆虫業者という存在を初めて知ったが、鳥取県蒜山にいる開発で危機に瀕している絶滅危惧昆虫などの存在に心が痛みます。

 なぜ日本では昆虫がこれほど愛されるのか。古事記や源氏物語までしらべてたどいついた結論は「もののあはれ」だったという。「日本の虫たちのはかない生命に美を感じることができる。アメリカ市民にはその文化がない」と感じた。彼女は初めて映画監督になった。作品名「カブト東京」である。米国で公開中だが、客足は冴えないようだ。そこで日本で上映する方策を探っているという。
 日本で上映されるのならば見てみたいです。ファーブルの昆虫記みたいなものでしょうか?ユーチューブで調べたが見当たらなかった。昆虫に自己移入して情感を持つのはおそらく右脳の世界だろう。日本人は虫の音を聞くと右脳が反応すると聞いたことがある。従ってその映画はまた、日本人の右脳の世界を紹介してくれている映画ではなかろうか。「もののあはれ」を理解すると、人間や生き物に対してそれほどひどい行いはできないだろう。「まして言わんや肉食に於いてをや」であると考えられる。

お顔は次のアドレスに載っています。→   http://astand.asahi.com/column/hito/

※今日は、一日松江道場だった。午前は写経の集いがあったので、『新講 甘露の法雨解釈』を講話させて頂いた。また、午後は先祖供養祭だった。終わってから5時まで教義の学習会があった。4人の方が残って学習された。小さな積み重ねが必ず大きな実りをもたらしてくれると思う。夜は、青年会の学習会だった。この度光明実践委員に合格したT青年会員が実相と現象について発表した。島根の青年会はかなりレベルが高いようである。

※先日からツウィッターで日時計俳句を発信していますが、ツイッターで俳句をなさる方がおられたら、フォローしていただけませんか。私もその方のをフォローしますので、お互いに俳句をツイッターで行いたいと思います。私のは、「koumyoushimane」で出てきます。私のは当然ながら日時計俳句を目指しています。多作主義です。「量が質を生む」という正岡子規的手法です。AUの大統領の俳句のように、時々季語がない時もあります。悪しからず。

 中内 英生

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June.22.2010「ハヤブサは何がすごかったのか?」

Img008 June.22.2010「ハヤブサは何がすごかったのか?」
今日の詩::サクランボ 赤くたわわに 賑わいて

 日経新聞(2010/06/19)のこどもニュースPLUS1にはハヤブサのことが出ていた。クイズがあったので、読者に紹介します。穴埋め問題です。地方講師試験にも内容は違うが、こんな形式の問題が出るかも知れない。

①太陽のように自ら光る星は「A」と呼ばれる。
②太陽の周囲を回る星のうち、地球を含む8つを「B」と呼び、
③このうち、地球より太陽に近い「C」と「D」以外は、月のように「B」自体の周囲を回る「E」を持つ。
④また、火星と木星の間に多くの散らばる「F」も太陽の周りを回っており、
⑤「ハヤブサ」が着陸した「イトカワ」は「F」の中では比較的地球に近い。
⑥地球から太陽以外の「A」までは極めて遠く、普通の単位では表しにくい。
⑦このため「G」が1年間に進む距離で表し、「H」は約9,5兆㎞になる。
(6月6日付日本経済新聞朝刊サイエンス面などをもとに作成)
答えは最後です。

 直径64㍍の巨大パラボラアンテナが長野県佐久市にあるという。このアンテナからハヤブサへ電波を送って交信していた。
 日本人宇宙飛行士の活躍が話題になった国際宇宙ステーション(ISS)は地上約400㌔である。東京から大阪くらいだ。月までがその1000倍で、約38万㌔㍍である。イトカワは比べものにならないくらい遠くて、75万倍の3億㌔も離れている。そこまで行ったのだから、いかに遠くへ旅したかが分かる。それにしても、長野県からよく電波が届くなあと驚嘆する。

 ハヤブサが7年間で旅した距離は60㌔だそうな。そんなに長い調査の旅を日本だけでやり遂げた。
 宇宙開発にはお金がかかるからアメリカやロシアなどとの協力が増えているが、ハヤブサは設計から打ち上げ、そして調査まで日本が単独でやり遂げたという。
 遠い星に行っただけではなく戻ってきたことが素晴らしいことである。数年前にアメリカの科学誌「サイエンス」が特集を組むくらい、はやぶさの挑戦は専門家の中で注目されていた。

 アメリカやソ連が成功した月面着陸を除くと、星に着陸して戻ってきたのは、はやぶさが世界で初めてである。写真を撮るだけの調査と星の物質を持ち帰るのとで研究レベルが全然違うようだ。
(残念ながら、可視的物質は現在の所はカプセルには何も入っていなかったと云われているが、まだ完全には分かっていない。)

 ハヤブサのエンジンは電気の力で進む。エネルギー源は太陽光線である。ソーラーパネルで得た電力でプラズマを発生させて前進する。
 プラズマを作るのには、電子レンジが加熱する時に出る同じマイクル波という電波を使うのだ。
 ちなみにハヤブサは、イトカワに降りて作業し、離陸するところまで自動でこなしている。地球から命令をのせた電波がハヤブサに届くまで何分もかかるので、微妙な捜査は無理だという。

 燃料が漏れたり、交信できなくなったりで地球に戻れなくなるピンチが二回あった。そのため、壊れなかった部品をうまく組み合わせて乗り切った。経験がない出来事だった。「ああでもない。こうでもない」と、粘り強く試していたら、また動き出した。
 「はやぶさが行方不明になっていたら、無人探査は仕分けの対象になっていたかも知れない」と云う人がいるらしい。帰ってきてよかったですね。
 今回のことで、日本人はハヤブサに少し勇気をもらったのではないだろうか。

※今日で隠岐の島の伝道は終わった。午前中は先祖供養祭があり、午後は神想観の練習があった。地元の信徒さんはみ教えの基本を身につけたいということのようだ。先月よりも進歩して上手になったように思う。来月からは、毎月『生命の実相』を一巻づつ読んでいきたいとのことである。古来から、隠岐の國と云われている。この地に生長の家がますます盛んになりますように、そして世界にみ教えを隠岐の國から発信することができるようになりますようにと願わずにはいられない。
 
※答え。A=恒星、B=惑星、C・D=水星、金星(順不同)、E=衛星、F=小惑星、G=光、H=1光年。

 中内 英生

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June.21.2010「過去は無い」

Img042 June.21.2010「過去は無い」
今日の詩::睡蓮の 池はみどりの ハーモニー

 「過去はない」というのが教義の中の一つにある。これは「現象なし」を別の言葉で言ったものであると考えられる。要するに、テレビ画面に映った映像のようなものであるので、実在しないということでありましょう。それに関してであるが、朝日新聞(2010/01/09)に勝間和代さんが「過去はいくらでもよいものに変えられる」と書かれていた。公認会計士であり経済評論家である勝間さんの文章や番組はとても面白いので時々見ることがある。

 過去に起きた出来事そのものを変えることはできないが、それが将来に生かせると解釈することで、いくらでも「よいもの」に変えられるという意味である、としています。確かにそうです。
 過去の出来事は常に新しい学びをもたらしてくれる、とすると「過去の出来事がなんであれ良いのである」としています。まず、過去の出来事に感謝をすることでありましょう。

 ここで一つたとえ話をします。なかなか結婚ができないと女性がいました。彼女は美人でしたので、母親が見合いをさせるのです。一日に何度もスケジュールを作って見合いをしました。断ることもあれば断られることもありました。断られた時には、結婚したい人だったことが多いのです。必然的に思いが残ります。断った時には、相手がもう少し猶予をほしいと言ってきます。おつきあいを求めてくるのでした。断るのに疲れました。それで、いわゆる「見合い疲れ」という状態になりました。
 彼女はある時に、生長の家に触れたのです。そして、過去に於いて見合いした人を全員祝福したのでした。彼女は今までお見合いした人をすべて記録していました。記録するほど沢山の人とお見合いをしたのでしょう。そして、祝福し終わった時、ある男性から結婚を申し込まれてめでたく結婚できたのでした。
 過去は祝福されるためにあったのです。その過去を卒業した時に新しい人生が彼女を迎えてくれたのでした。

 もう一つ別のテーマである。朝日新聞に掲載されていた「免疫伝達の”道案内”解明」という記事があった。遺伝子関係は、常に学習していないと、自分自身、気持ちが馴染まないので、違和感を消し去るためにできるだけ読むようにしている。この発見は大坂大学が行い、5月30日付の米科学誌ネイチャー・イミュノロジー電子版に掲載された模様である。さて…。

 記事には簡単に図式があり説明されていた。病原体が体に侵入する→樹状細胞が病原体を取り込む→リンパ管から分泌されるセマフォリンが結びつき形状を変化させ、リンパ管に入る→病原体をやっつける「Tリンパ球」がいるリンパ節に向かう→消滅
 だいたい、こんな感じだろうか。文章ではもっと詳しく説明されていた。

 体に侵入したウイルスや細菌をやっつける免疫反応で、「見張り役」の細胞が「攻撃役」の細胞にどうやって情報を伝えているのかを、大坂大学の免疫学の熊ノ郷教授らの研究グループが解明したという。
「見張り役」の「道案内」をするタンパク質の働きを突き止めたようだ。
 解明が進めば、関節リウマチなど免疫異常で起きる病気の治療薬や癌の転移を防ぐ薬の開発に応用できるという。
 「見張り役」の樹状細胞は皮膚の表面近くにいて、病原体の侵入を察知すると、リンパ管を通じてリンパ節へ移動し、攻撃を担うTリンパ球に「敵が来た」と伝えるのである。これまでは、なぜ樹状細胞が迷わずにリンパ節へ移動できるのかが分からなかったという。
 
 研究グループは、特殊な顕微鏡を使い、樹状細胞がリンパ管に入り込む様子を捉えたようだ。
 マウスの樹状細胞は、リンパ管から分泌されるタンパク質「セマフォリン」と結びつくと細長く形状を変えて、リンパ管の細胞の隙間をすり抜けて中に入り込んでいたという。
 関節リウマチやアトピー性皮膚炎、多発性硬化症など免疫異常で起きる病気は、樹状細胞から情報を受けたTリンパ球が異常に活発化することが原因であるようだ。。
 リンパ管を通じて転移するがん細胞もセマフォリンとのかかわりが指摘されているという。
 従って、「形は心の影」であり、肉体は心の影であるので、「敵が来た」という情報を受けて「病原菌やっつけ隊」のTリンパ球が働きすぎないように、「汝ら天地一切のものと和解せよ」とのみ教えが必要となるのである。免疫力が反応し過ぎるのは、相手を敵であると認めすぎる心にあると考えることが予想できるからだ。
 生長の家は医学を否定せず、医学を活用しながらも正しい心を持って対処し、根本的に健康になる道を示してくれるのである。

※『詳説 神想観』の66頁には、人体は一種の生体電池であって、右手と左手、陰極と陽極を繋ぎ合わせれば、そこに一種の生命的電気が流れ、磁気作用を速やかに発生せしめるのです。」とある。私たちが神想観をする時に、手のひらや眉間にむずがゆい感じがするのは、生命磁気の発生が原因であるのだろうか。目に見えないのでよく分からない。しかし、先日、NHK番組「サイエンスゼロ」では「人の電界を活用する」という研究について報告されていた。人間には計測できる電界が手だけでなく体全体に纏わり付くように存在するようだ。勿論、筋肉では筋電図を計測できるし、心臓では心電図を計測できるし、人に纏わり付いている電界もまた、数値で計測できるとある。これらの科学的な発表を考えてみると、聖典に書かれている生命磁気がどうも本当であるように考えられるのだ。しかし、いずれにせよ。生命磁気は悟りではない。オーデオ機器にスイッチが入った状態であるようだ。スイッチが入っていて通電している限り、機器の調子が良いように、私たちは常に、神想観を怠らず行じて通電させておく必要があると云うものであろう。

※今日は、午後は隠岐の島で、「母親教室」と「誌友会」があった。母親教室は若い二人のお母さんがそれぞれ子供を連れて来ていた。大変に有意義であった。

 中内 英生

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June.20.2010「メキシコ湾原油流出の教訓」

Img041 June.20.2010「メキシコ湾原油流出の教訓」
今日の詩::水ふくむ  風に育つは 草と木々

 メキシコ湾の原油流出が止まらないようだ。体に例えると海の中で怪我をして出血が止まらないような状態なのかも知れない。宮崎県牛の口蹄疫と同様に、これは何を教えてくれているのだろうか。日経新聞(2010/06/14)の社説には、「低炭素化を促すメキシコ湾の原油流出」としてこの事故を教訓として受け止めているようだ。次のような内容が書かれている。

『陸上で見つかる大油田が減り、ブラジルやアンゴラ沖など世界的に海底油田は深海に向かっている。(地球に石油が無くなるのではないが、簡単に取り出せる石油が無くなると言うことらしい。北極海の海底油田開発に必要な掘削船造船に日本が関与している。しかし…である)
 採掘技術は進歩したのに、事故が起きた時の復旧の手立てが追いつかないようだ。これは、二酸化炭素を地下または海底に埋める計画にも言えるのでは無かろうか。世代間倫理に触れることが考えられる。

 今回の事故では、そのことがはっきりした、としている。開発に携わる石油会社や関係国政府は、改めて十分な安全対策を用意しなければならないとのことである。
 今後、海底油田に対する規制の強化が進み、開発費が増えるのは避けられないようだ。安い値段で得られる石油は、長期的に少なくなるという。地球環境を守り、同時にエネルギーの安全保障を確保して行くには、化石燃料になるべく頼らない低炭素社会作りを目指すことが大切であるとしている。そんな教訓を今回の事故は示している、と。
 島根の皆様、どのようにお考えになりますか?

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

 2010/06/18のブログは、「機上の“怪人”」です。先生がご搭乗された機内で見かけた顔を隠した人に関するさまざまな論考です。少しスリリングな感情を味わえます。拝読下さい。

※南アW杯では、日本は次はどのようなプレーを展開してくれるのだろうか。その期待感はさておいて、舞台は南アフリカである。W杯がアフリカ大陸で開催されるのは史上初である。そのことを何よりも喜ばなければならないだろう。同じ人類の同胞として、また、ホモサピエンスの誕生した母なる大陸に於いて、また小さな国でも力の限りを尽くしていることに於いても、である。
 朝日新聞(2010/06/11)の社説では「ソフトパワーも全開で」として開催の意義が書かれている。
 サッカーはこの国の現代史と縁が深い。人種隔離(アパルトヘイト)政策下の時代に、ケープタウンの沖合にあるロベン島刑務所で、政治囚人たちは、自分たちのサッカーリーグを立ち上げたという。このスポーツはボール一個でみんなで楽しむことができるところに特徴がある。
 看守から絶え間ない暴力を受けながらも、刑務所側と数年がかりで交渉を行い、実現した。ズマ大統領は主将の一人だったらしい。
 彼らにとってはサッカーは過酷な日々を尊厳を持って生き抜くための支えでもあったようだ。そんな中には、後に国防相やスポーツ相等の要職に就いた人は多いという。今回のW杯の運営に携わる人もいるようだ。
 島の隔離棟にいて、試合に参加できなかったマンデラ元大統領も、このリーグ戦の勝敗に関心を持ったり、ラジオでW杯の実況を聴いたりしたらしい。
 そのマンデラ氏は「南アはアフリカのホスト国として開催の名誉を受けた」と大陸全体の大会として位置づけているようだ。
 私は先日から連続で放映された「NHKスペシャル」でのこの国に関する番組を見てその意味が多少とも理解できように思った。
 アフリカは、現在、変化しつつある。まだ各地に紛争や貧困や貧富の格差、治安の悪さなどが根強く残っているという。破綻国家の状態の国もあるようだ。しかし、その一方で、民主化と市場経済が進んでいるのは事実である。この南アも犯罪の多い国だが、同様であり、成長期に入っている。
 今年は、出場国のカメルーンやナイジェリア、コートジボワールなど17カ国が1960年に植民地支配から独立した「アフリカの年」から半世紀の節目でもあるようだ。
 そういう意味でも、この国で開催されたこと自体が素晴らしいことであろう。島根の皆様、「この国に、そしてアフリカ大陸に幸あれ!」と祈りましょう。そして、生長の家のみ教えが今後、アフリカ大陸全域にわたって伝わっていくことを強く心に念願しようではありませんか。

※今日は、講習会推進の喜びの集いの会合があった。大田市から東に山道をかなり進んだところに会場があった。何度か足を運んだ覚えのある施設であった。沢山の方々がご参加しておられた。私は、「推進の意欲を湧かせるには、まず、”使命感”、また自分には目標を達成する実力があることを自覚すること、そして継続的に実践すること」等々をお話しさせて頂いた。皆様は実に真剣に聞いて下さったことを感謝いたします。きっと素晴らしい成果があるに違いないと確信した 

 中内 英生

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June.19.2010「雲南、玉峰山荘の初夏の陣」

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今日の詩::そのままの 心を映す 茶碗かな

 陣といっても、戦いではない。先日、奥出雲町の亀嵩温泉で羽生善治さんと深浦康一さんとの将棋の対戦があった。羽生さんが勝ったが、地元の人々が安らぎの場所として入る温泉でこんな素晴らしい対戦があるとは驚いた。この温泉は、玄関からして立派で休日は行く人も多いという。入浴料は普通である。
 
 さて、別の対局であるが、朝日新聞(2010/06/18)には、「将棋名人戦 二度目の三連覇語る」として羽生さんのことが書かれていた。島根の読者には信仰生活のご参考になると思われるので、お伝えしたい。
結果だけ見れば一方的だが、三浦弘行八段との一戦一戦は決して楽な戦いではなかったようである。羽生名人が思い起こす4局についての感想を聞いている。

 三浦氏と戦ってきての感想について述べている。
「(三浦さんは、)名人戦に照準を合わせてきたな、とすごく感じた。持ち時間9時間は長いようで短い。準備しても想定外の局面になり、漠然としてよく分からない。そこから山あり谷ありで、手を考えなくてはいけない。最後は時間が無くなった」という。
  準備は十分する必要がある。しかし、想定外のことが起こるので頭を柔らかくする必要もある。そして、考える時間の余裕も必要であるようだ。だからどこかの行事に行く時は時間的余裕を持って行く必要がある。
 頭を柔らかくするのには、心を一日一回はニュートラルの状態にする。それは私たちに於いては「現象無し」を感得し、それをさらに超えた実相超入の神想観である。現象無の世界は完全ニュートラルの世界であると考えられるので、一日一回は訪れるべき心的場所なのであろう。「無は関門なり通るべし」と言われているように、さらにそれをも超えて無限のアイデア充満する実相浄土に入ることが大切なのではあるまいか。
 また、羽生さんは次のようにも言われたという。

 「消耗度や疲労度は名人戦も順位戦もそんなに違わない。ただ、2日間、対局した末の、最後の残り5分間は、1日で指す順位戦とは全く別の世界です。簡単な対局からよいのだが、予想もしない複雑な局面では迷う。ギアチェンジが必要です」と。
 ギアチェンジ、これは私たちにとっては、左脳の世界から右脳の世界へのギアチェンジであろうと考えられる。
 従って、俳句や絵やと創造の世界に心を持っていくことが、右脳を開発してバランスを取り、私たちが生きる世界を変えるのに役立つのではないだろうか。
 現象・現実はそのままながら、見る世界が外面の世界から内部の世界、さらに最深の内部の世界を観るようになれば、そこには完全円満な世界と自分とを発見するのみでありましょう。

 「名人戦は、一局勝つのも一期獲得するのも簡単ではない。最初に名人になった時はこんなに大変だとは分からなかった。20代後半から30代になって、重みや道のりを痛感することは多くなった。大山先生や中原先生のように何かコツを身につけられたらよいと思う。そこに進歩の余地もある」。 
  大山名人とは子供の頃に指していたそうだ。勝ったり負けたりだったという。
すごいというよりも、最高の人間と同座することにより、脳随の中に名人の疑似体験ができる。このことは大きいのではないだろうか。
 「記憶しておくより、思い出せることに重きを置きたい。戦法の理解を深め、全体像を詳細に把握する。ツボや考え方を身につけて記憶を補う。研究も大事だが、分からない局面での羅針盤が大切だ。40歳を過ぎても伸びる能力もあると思うので、見つけて伸ばしたい」と。
全体把握しかも「詳細な」だ。全体を把握してしかる後、部分へ向かう。この方法は大切であろう。私が生長の家の学習で学ばせて頂いたのは、故T元本部講師から、「『生命
実相』第1巻総説篇を100回読んで全体像を掴みなさい」というものだった。学生時代にそれを実行した。それでまず基本的な教義を概略教わることができたと思う。

 「長丁場では、あきらめれば終わりである。持続する気持ちがあればいろんな可能性が出てくる。将棋は泥臭いというか、地を這うように粘り強く地道に続けることが大切だ。知らない間に保守的になりやすい時期だと思うので、今まで築いた遺産だけでやらない姿勢を大事にしたい」と。
 「継続は力なり」という言葉があるが、これはどの世界でも真実であろう。信仰でも長期にわたって数十年間、継続していくといろんだチャンスが出てくる。地を這うようにとはすごく実感のこもった言葉だ。信仰生活も決して派手なものではない。これを知る必要があるだろう。木が伸びるまでに根が見えない土の部分で張っているのである。また、形ができあがると、守りになりやすい。中心教義は変わらないが、時代の環境変化に適応して変化しつつ教化するみ教えは決して硬直することはない。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】
 2010/06/17のブログは、「日時計主義は生長の家の信条」です。生長の家総本山での、谷口雅春大聖師二十五年祭でのお言葉です。拝読下さい。私たち島根の信徒の日々なすべきことは、総裁先生のご教示をひたすら実践し、お伝えさせて頂くことであります。

※今日は、安来で先祖供養祭が行われた。初めての開催だったようだ。約35人の方々がおいでになった。男性の方々もおいでになったので今後期待が持てると感じた。会場は、11月28日の講習会の会場だった。

※サッカーを久しぶりに見た。ワールドカップで日本×オランダ戦が行われたが、惜しくも一点を入れられて敗れた。色々と論評を聞いているとあとスウェーデンとの戦いが残っているので決勝トーナメントが残されているという。優勝候補から大差を付けられなかったという点でも評価できるという。「国家君が代」を歌う時に、ブラジルから帰化した選手の提案なのだろうか、スクラムを組んで歌っていた、型破りで驚いたが、なぜか感動した。日本はサッカーに於いては「追う」立場である。これは尊い。
 経済的にはGDPでは今年で世界第二位を明け渡さなければならないようだ。日時計主義を生きる私たちは違うようだが、一般的には、追われる国日本が追い抜かれていくのをどうすることもできないという無力感が一般的にあるのかも知れない。
少子化の影響はここ数十年はあるようだが、国民が健全な考え方になることによって、日本の個性を輝かしつつ、世界の中の日本として国際平和に貢献し、かつ自然と人類との共存共栄を達成しつつ発展する。これらのことをみ教えにより正しくお教えいただいていると言うことは、何という幸福であろうか、と思う。そのみ教えを時代に伝えたい。
※携帯はできるだけ持たないように考えたが、ようやくツウィッターを携帯に登録してアクセスできるようにしたので、俳句と短歌の投稿を始めた。日時計俳句のツイッター版としたい。 →koumyoushimane
 朝日新聞(2010/05/19)では、「英語でコミック配信」としてNTT西子会社がキンドル・ipod向けに配信することが書かれている。日本漫画が世界中で人気を博している関係であるという。従って日本人向けではないようだ。電子書籍の世界が広がるたびに、現実にはそれに振り回される人が増える可能性もある。その中で右脳を開発しつつ、バランスのとれた生き方、生活の仕方、仕事の仕方を実践したいと思う。

 中内 英生

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June.18.2010「肉食を去る」

Img038_2  June.18.2010「肉食を去る」
今日の詩::初夏告げる 山シャクナゲの 花は咲く

  タイトルは、「肉食を去る」だが、肉食を去っていない過去の人に関する論考である。
 平城遷都1300年祭が行われているが、平城京で肉食がされていたということで話題になっているようだ。「食べるな」との禁令の下であるが、お役人が肉を食していたという。どれだけのお役人かは分からないが…。朝日新聞(2010/06/18)には、「なんと 肉食 平城京」とあった。

 奈良時代の平城京で政治の中枢だった平城京のお役人が、牛や豚を食べていたことが、便槽の遺構に残る便の分析から明らかになったという。これは偶然であろうか。全部であろうか。この情報からだけなら、「この便槽では」とすべきで全役人と言うことでは無かろう。情報の正確さはどうだろうかとも考えられる。私は否定しているわけではないが、一つの物証で、すべてを類推することは危険ではなかろうかと言いたいのである。ま、それはともかくとして、内容を確認したい。

 牛や豚の肉を食べると感染する寄生虫の卵の遺物が見つかったらしい。当時の肉食が科学的に裏付けられたのは初めてとしている。この寄生虫の感染は、現代でも言えるのであろうか。もしそうならば現代人はかなり食しているので体内はどうなっているのだろうか。日時計主義はどこかに行ってしまい、心配が先に立つ。

 殺生を禁じる仏教を尊んで肉食禁止令が出ていたにも関わらず、食べていたのだろうか。当時の日本人は殺生、肉食を忌避していたと考えられていた。禁止令の背後には、肉食が流行していたのかも知れない。理想と現実の姿であろうか。しかし、肉食をしない方向に向かっていったことは肉食をするようになった明治以降まで肉食がほとんどなかったことを考えると、方向性が示された時期であるのかも知れない。

 古来、日本人はイノシシや鹿などの肉を食べてきたが、日本書紀などによると、仏教の普及に伴って「牛・馬・犬・猿・鶏を食することを禁じる」(675年)、「飼っている鶏やイノシシを放せ」(721年)など、朝廷から肉食禁止令が出されている。仏教に帰依した聖武天皇(701-756)も肉食を禁じる詔を発している。 

 福岡市のコウロ館跡や秋田の秋田城跡などでも便所の遺構で寄生虫の卵が確認されているが、いずれも海外使節の宿泊所であるという。外国人が肉食した関係であると推測されている。しかし、今回は平城京のお役人の遺構であるようだ。
この朝日の文章の最後のところが興味を覚えた。奈良文化財研究所のI主任研究員(考古学)は「外国人がいた可能性の低い平城宮跡でも見つかったことで、日本人官僚が肉を食べていたと”考えられそうだ”」と話す、としている。「考えられそうだ」という発言が、断定の言葉に変化する。これは情報の変化である。
 私は時々、情報伝達ゲームを行うことがあるが、一同が輪になり、一人の人が隣の人に何かを小さな声で伝える。それを聞いた人が隣の人へ、次々に伝えて行き、最後に自分に帰ってくる。すると大概違った情報が帰ってくる。面白いので一度試してみて下さい。そんな風に、人を介するとその人の五官認識と潜在意識の心を通過して表現されるので発信者の意思とはニュアンスが変わることがあるということが考えられるのである。
 それはともかくとして、肉食は環境負荷が極めて大きいことが判明しているので人類の肉食を減らす必要がある。宮崎の口蹄疫は何かを教えてくれているように思われてならない。メキシコ湾の石油の流出も同様であり、大自然からの一種の警告と見なすことができるのではないだろうか。

※ワタミの会長の渡邉美樹さんの顔をテレビで時々見るが、NHK「夢を実現するマネジメント」(2010/06/17)で「組織を強くする人事術」というので紹介されていた。理念こそ会社のすべてである。会社の理念が薄くなったら成長は止まる。このことを強調していた。それ故に私たち島根の信徒は、谷口雅春先生の25年祭では三会場で70名ほどの幹部・信徒さんがお集まりになったことは実に素晴らしいことである。島根教区で、立教の精神の重要性を説き、中心帰一の信仰を把持することの重要性を説き、生命の実相の完全円満性を説かせていただくことが私に与えられた使命であると思う。根本的な原理を完全に把握し把持し続けることである。これらの奥義的な話ができるのは菩薩的な境地の人に対してであるので、信徒さんの信仰深化を促して、菩薩道を目指していくのが大切でありましょう。
 渡邉さんは、マイケルポーターの著書『競争の戦略』を100回以上読んだという。そしてその原理を今実践しているとのことだった。この体験談に私は衝撃を覚えた。そして私たちもその努力に学ぶことをしなければならないと思った。努力目標として総裁先生の御著書を一冊でも100回以上拝読する。そうすると、ワタミの渡邉会長以上の力を発揮できるようになるのでは無かろうか。そこまでやって見たいという思いも自然に湧いてくる。徹底することは不可能ではないように思われるがそれを目指して行くことは無駄ではないと考えられる。そして、総裁先生の御心を広めるラッパとしてのお役目を果たさせていただき、ご恩の万分の一をお返しさせていただければこれ以上の幸運はないと思う次第であります。自問自答させていただいたテレビ番組だった。求道と伝道は車の両輪でもある。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

 2010/06/15のブログは、「情報の質について (5)」です。右脳的な訓練の必要性をご教示しておられます。また、アメリカでの一家庭のIT活用の行き過ぎた状況をかいておられます。ipodは私は活用していますが、これは軌道修正をしたいと思います。アイパッドの活用について新聞に書かれていない日はないというほどになっていますが、そういう時代ほどさらなる右脳開発をすべきでありましょう。

※今日は日時計主義のホームページ開設者が集まって3時間の情報交換会が行われた。開設者が10名になったので、お互いにレベルを高めあうことが大切であると考えられる。面白かったのは、約20分間の英語研修だった。講師会長さんが元高校英語教師なので教えていただいた。インターネットの世界は英語が主なので、英語を食わず嫌いにならないためだった。初心者向けの英語であるが楽しい一時だった。今日の会合ではまず、私が、総裁先生への中心帰一の信仰姿勢を説かせていただいた。総裁先生の御心を自分のホームページでお伝えすることが第一の使命であること。日時計主義の文章であること、等。またそれぞれのホームページを表示して本人が説明し、それに参加者がコメントを入れた。また、最新の総裁先生のブログの御文章を拝読して、一人が解説を試みてみんなで咀嚼討論を行った。今後、この方式でかなり御心を深く理解し、教区の地方講師のブログが実質的に向上すると見込んでいる。会合はこれで第二回目である。

 中内 英生

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June.17.2010「映画”RAILWAYS”」

Img039 June.17.2010「映画”RAILWAYS”」
今日の詩::白樺や 指さす如し 晴天を

 この映画は、出雲や松江の私たちの村や街がでてくる映画であるようだ。時々お世話になる一畑電車の物語である。夢はいくつになっても見ることができるというテーマでもある。ここに登場するのは最古級の電車であるという。私も時々乗っている電車が最古級ということか。出雲の田園風景がとても良いようだ。
 私はその風景写真をブログに載せたこともある。出雲から松江に行くのに、発車時間の都合で、JRを使ったり一畑を使ったりしているが、バタ電は本数が少ないのでそれほど乗ってはいない。しかし、松江道場はバタ電の方が近いので迎えの関係で一畑電車の最終駅で降りることがある。線路は違うが同じ一畑電車で出雲大社駅もある。車を使わずに参拝する時には私はこの駅を使っている。俳優さんは、主役は中井貴一さんである。49歳で電車の運転士になった男の物語だ。

http://www.youtube.com/watch?v=HjygcVwFDrA&feature=related

 筒井肇(中井貴一扮する主人公)は、一流会社に勤める49歳の男性だ。取締役への昇進も決まり、会社での立場は確立した。しかし、家庭を顧みない肇氏から家族の心は離れていく。家族はいつしか家族でなくなっていた。妻の気持ちも、娘の気持ちも分からない。さらに自分の本当の気持ちさえも分からない。
 そんなある日、久しぶりに帰った故郷で肇氏はふと思う。このふと思うのが人生を決める。おろらくお墓参りをしたと思うので、ご先祖の思いをキャッチしたのかも知れない。また、出雲大社の神様のお導きがあったのかも知れない。

http://www.youtube.com/watch?v=Tz5ldOa4TVw

 思いはこうだった。「家族を気遣う余裕もなく、気がつくと息切れしている。オレはこんな人生を送りたかったのか?」と。
 そして肇氏は決意した。会社を辞めて子供の頃に夢だった電車の運転士になることを。
それは50歳を目前にした時だった。無謀にも夢に挑む肇氏の姿は、やがてばらばらに離れた家族の心を引きよせていく。自分らしく生きたい。大切なことに気がつき、前進していく。
 いつからでも、人は前に進むことができる、ということか。かなり年を取ってから歯科医になったという人の体験が『生命の実相』の生活篇に掲載されているのを思い出した。
また、古木の新芽というたとえもある。思い立ったが吉日であろう。
 調べてみると、お父さんは「佐田啓二」さんだった。そう言えば似ていますね。子供の頃に見た映画に佐田啓二さんが出ていました。
 一畑電車についてだが、明治44年の創業以来、廃線の危機も乗り越えながら、今なお島根県東部を走り続けるローカル線である。出雲の美しい田園風景とその中を走る日本の最古級の電車、それは日本の原風景である。その点では、JRよりもバタ電の方がいい。映画には、実際の人々の心情がそうだが、心の温かさと再びつながる家族の絆があった。この映画の監督は、錦織良成さん、松任谷由美が主題歌を書き下ろしている。暖かい映画、そこに流れる心情が島根の人々の雰囲気であろう。何よりの宝物である。

http://www.youtube.com/watch?v=v0BFZAY4V5o&feature=related

 昨夜行った講習会推進会議の会場が講習会会場になるのであるが、そこでこの映画のパンフレットを読んだ。そこにはワタミの会長さんである渡邉美樹さんのコメントがあった。いろんな所で色々と意見を言われる人で大変参考になる。「夢の手帳」というのを付けておられるようだ、緻密に計画と希望予定を書き、実現したら赤く塗りつぶすというユニークな手帳だ。パンフレットに書かれていた渡邉さんの言葉だが、「好きなことをやりなさい。それが一番の親孝行」というものだった。「母親の言葉通り、幼い頃の夢に挑戦し、その夢を実現した主人公は素敵だと思う。そのような若者が、一人でも多い日本であっってほしいと願う」とも書いてあった。体力維持のために会社では階段を駆け上がる。体力作りをする時間を節約するためだという。早朝に出勤する。すごい前向き人生の人である。一度お会いしてみたい人だ。

 三浦貴大さんという方もでているが、この人は山口百恵さんの息子さんのようだ。そんな時代になってきているのである。
 この映画の温かさがが日本人の心に染みこみますようにと願っている。便利快適や物質的な豊かさよりも、心の幸福感や人の思いやりの温かさ、そして日本人が経済の高度成長時代から置き忘れてきたものを思い出して欲しい。出雲から世界への心の発信であると思う。
 今あることに感謝する。日時計主義の生き方が世界を覆い尽くした時、本当の意味での世界平和が訪れるのであろう。それには、まず自分自身が今日一日を日時計主義で生き抜くことだ。
http://www.city.izumo.shimane.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1254463281655&SiteID=0&ParentGenre=1260487541116

※やせる薬について書かれているのを見つけた。朝日新聞(天声人語2010/06/14)である。東京大の宮崎徹教授らが、体脂肪を減らすタンパク質を発見したという。脂肪を作る働きを抑え、ため込んだ分を使わせる効果があるそうだ。肥満のマウスに与えたところ、人に換算して5週で20㎏の原料が確認されたようだ。
 成人病の予防や治療のほかに、痩せたいところに注射すれば、美容にも役に立つ?。ただ、飽食のためにこの発見を用いるのは気が引けるとしている。食べて吐いた古代ローマの貴族のことを思い浮かべてしまう。
 人間の体は、生きるのに必要な甘みや油脂をおいしいと感じ、どん欲に吸収するように作られている。「空腹の遺伝子」が刻み込まれているらしい。空腹は長生きの元であるようだ。江戸前期の儒学者、貝原益軒が腹八分ということを説いたという。空腹の思いは長生きに必要な内分泌液を出すようになるとも聞いたことがある。本当かどうかは調べていないが…。また、空腹で痩せていると、生命体の種族保存の本能により、子孫を残しやすい体質になるとも聞いたことがある。
 いずれにしても、空腹は体によいようだ。第一、食べる時に、「おいしい」と感じることができる。私は、鳥の羽で喉をくすぐり食べたものを吐かせてからまた食べたローマの貴族が滅亡したことよりも、遺伝子操作で肉を増殖させて食べることを考えている現代の科学者の皆さんのことを思った。それらは、五官の喜びにとらわれすぎているのではなかろうか。欲望満足を追求したローマと同じ運命にならないよに心がけるべきであろう。
 やはり、利己心を中心に生活する時、さまざまな問題が生ずるようである。

※今日は、午前中は谷口雅春先生の25年祭を教化部で執り行わせていただいた。同時中継で益田の会場を借りて、スカイプを利用して、プロジェクターとスクリーンで放映した。データ通信はD社のアンテナにしてからこの方式が可能になった。一度だけ私の講話の時間に中継が切れたようだ。少し画像がぎごちない感じだが、無料なので余りぜいたくは言っておれない。御祭には今までは石見から教化部へおいでになる人は一名か若干名の参加だったが、今回は益田で20名の参加者だったようだ。午後は同様の行事を松江道場で行った。夜は、講習会の安来会場で推進会議が行われたのでそこで話をさせていただいた。毎日充実しているが、今日は特に大変充実した一日だった。

 中内 英生

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June.16.2010「ハヤブサを操縦した教授」

Img040_2 June.16.2010「ハヤブサを操縦した教授」
今日の詩::緑満ち 神風の吹く 出雲かな

 ハヤブサという言葉を初めて覚えたのは小学生の頃だった。木の胴体、骨はヒゴという竹の細い棒をあぶりながら羽を作りそれに紙を貼って、ゴムヒモをねじて、そのほぐれる反動力でエンジンを回し、プロペラが回転して空気を後ろに押し出して飛ばす。色々な模型飛行機があったが、「はやぶさ」という名前の飛行機が上昇力があり一番好きだった。当時はまだ映画でも戦争物が多くて、今考えると戦闘機の名前に「はやぶさ」というのがあったのに違いない。近くの小さな神社で遊んでいたが、爆弾が近くに落ちてその爆風で鳥居や石像が破壊されていた。まだそれを取り除く経済力もなかった時代だ。

 その同じ名前のハヤブサが宇宙を飛んだ。それを飛ばした人が掲載されていた。明るいお顔だ。その人を今日はご紹介したい。朝日新聞(2010/06/12)の「ひと」欄である。この囲みは興味の持てる人物を毎日、掲載している。
 国中均さんといわれる宇宙機構教授の方である。50歳だ。ハヤブサは世話の焼ける相棒だったようだ。エンジン停止、燃料漏れ、音信不通となった。小惑星探査機「はやぶさ」が何と60億㌔の旅を7年がかりで終えた。そして13日に地球に帰ってきた。

「初飛行で潜在能力を証明した。よくやってくれました。本当によく帰ってくる」と彼は言う。
 名古屋出身で子供の頃に星を見るのが大好きだったようだ。中学生になると、望遠鏡で月や金星の写真を撮りまくった。自宅の風呂を暗室にした。薬品がくさいとしかられる。「手の届かない星よりカメラや現像機いじりが楽しくなった」そうだ。だから大学は航空宇宙工学を選んだ。

 開発したはやぶさのエンジンは電気で進んでいく。イオンエンジンと聞いている。出力は弱いが燃費が良いらしい。宇宙は抵抗がゼロだから小さな推進力でも進んでいく。だが、設計寿命を超えて、バッテリーが空っぽになった。充電もできずにぎりぎりの飛行を続けてきたのだった。

 昨年11月4日夜に、自宅で最悪の連絡を受けたという。「エンジンが止まった」。
彼は布団をはねのけ、終電に乗って神奈川・相模原の管制室に駆けつけた。壊れたエンジン2基の部分を組み合わせて1基に仕立て直した。こんなこともあろうかと、彼は別々のエンジンを結ぶ回路を仕込んでおいたのだった。しかし…である。それができるという日本の技術は…実にスゴイと思う。場所は手が届く地球ではないのだから。

 月よりも遠い天体に着陸した探査機の帰還は世界初である。小惑星「イトカワ」で採取した砂が入っている筈のカプセルは豪州の砂漠で回収した。現在は日本に向かっているはずだが。カプセルを放出後に、ハヤブサは大気圏で燃え尽きた。私はテレビで見たが花火のように見えた。流れ星になる最後の勇姿を現地の管制室で見届けるつもりだとしている。たぶんそうされたと思う。もうハヤブサは姿はないが、「お帰りなさい。ご苦労様でした」。私は何度でもハヤブサに言ってあげたい気持ちだ。
      http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1272896259801_02/news/20100503-OYT8T00847.htm

※今日は休館日だった。午前中は太陽光発電の書類作りを行った。午後は家庭で雑用をこなしたり、買い物に行ったりして家族と共に休日を楽しんだ。

  中内 英生

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June.15.2010「イクメンと少子化解消」

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今日の詩::抹茶飲み ふと季語思う 梅雨の入り

碗を愛で 作りし人の 心根を 偲びてやみん しみじみとして

 改正育児・介護休業法というのが6月30日に施行されるという。父親の育児参加を盛り込んだようだ。そもそも少子化は天災ではない。人災とは言えないが人の考え方によって変化する。子供を産むことが出来る年代の親が、子供を増やすよりも現在の生活水準を維持する方が大切だと考えると子供を産み育てることは難しくなる。当然に少子化から労働人口の減少となり、長期的に景気が減退してくるのはやむを得ないことかも知れない。この問題には人口爆発により、食糧不足や環境汚染問題が絡んでいることが考えられる。しかし、食料は肉食を減らし、菜食を増やす。そして環境技術により化石燃料を使うことを減らして、自然エネルギーを活用するなどの生き方が広がるようになると人口は増加しつつ、環境も良好な状態に復活して、かつ経済も良い水準を保つことが出来るようになるのでは無かろうか。

 それはともかくとして、産経新聞(2010/05/28)には、「イクメンを増やそう」と題して「ゆうゆうLIFE」に掲載されていた。これによると、少子化は出生上昇に転ずる可能性もある。統計によると、イクメン=育児を楽しむ男性、のいる家庭では第二子以上の子供が多いそうだ。興味深いことである。
さて、内容を見てみたい。

 この法律は、3歳未満の子を持つ親が1日原則6時間の勤務を可能にする制度導入を企業に義務付け、従業員の希望で残業を免除することを明記している。父親の育休所得を促すために、両親が共に休む場合、現行の子供が「1歳になるまで」から「1歳2ヶ月まで」に延長している。子供の看護休暇も拡充し、年5~10日の介護休暇も創設したとしている。
 妻が働いているかどうかに関わらず、男性が家庭や地域にも居場所を得て、多様な生き方の選択・実現を支援することになる。日本の企業風土はどのように変わるのだろうか。

 面白いなと思ったエピソードが載っていた。今改正を担当した厚生労働省職業家庭両立課のYさん(33)は、昨秋に、長男さんが誕生し、1ヶ月の育児休暇を取ったという。「”イクメンになろう”と呼びかける仕事をしているのにいつの間にか仕事の比重が大きくなっていたことに、休んでみて気がついた」という。気がついたから休んだのではなく、休んでみて気がついたと表現しているところが面白い。 
 これはよく分かるような気がする。「”家庭を大切にしよう。家庭と光明化運動と仕事は全部、こなすことが出来る」などと言っていたが、家庭のことはあまり顧みずに、仕事を最優先していた頃のことを考えると反省するばかりだ。現在は決してそうではない。両方を大切にしているつもりである。

 今春に、首長初の育児休業を取得したNさんは、「休業中に(家事で)本を開く余裕がなかった」と言い、同区のY補佐も「慌ただしくも楽しい毎日で、自宅へ持ち帰った資料を一枚もめくることが出来なかった」という。
 私はこの子育て感覚をご自宅はもちろんのことであるが、島根の各地で開催されつつある「生命学園」で知っていただければ有り難いと思う。男性にしても女性にしても青年にしても後継者を育てることは地域にとっても、国にとっても、世界にとっても重要なことであると考えられるからだ。

 父親が側にいることで喜んだのは、Y氏の当時6歳の長女さんだったという。幼稚園に送迎したり、公園で一緒に遊んだりした。「こんなに密に接することができて嬉しかった」と感想を述べている。育児の時代を「人生に於ける夏の季節」と表現した人がおられたが、親子ともども嬉しい時代なのだろう。育児休業の取得で家族4人が新しい出発点に立ったという。私自身はというとまだ真夏の中ではある。

 「仕事一筋の生活から離れたことで、自分の活動エリアは仕事だけではなく、家庭や子供を通じてつながる地域にもあることを実感した」とのことである。島根の男性は言うまでもなく地域密着型イクメンの人が多いのではないであろうか。この場合、育休取得の男性は、仕事を離れて休憩時間という意味ではなく、活動エリアの拡大であり、家庭・地域などという面に自分のキャリアを生かして「今を生きる」「貢献する」という熱心なイクメンに変貌しておられるように思えるのだが…。

 Yさんはまた、定年退職後のちょっとした予行演習にもなったようだ。私たちの場合は、人類光明化運動という生涯を通じてのご使命を与えられているので、誠にも有り難いと思えるのである。

ちょうど、ココログにそれに関する記事があった。アドは下記。http://papaswitch.nifty.com/blog/2010/06/post-55d8.html

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

2010/06/13のブログは、「“前生の記憶”について」です。新潟南教区の講習会の大盛会のこと、推進への感謝のお言葉、そして「前世の記憶」についてのご教示です。拝読下さい。

※今日は、出雲市内(二カ所)での講習会の推進会合だった。この度の推進方式は地域を細かく推進する方法をとっているようである。これは二酸化炭素排出削減を狙うことと、対面式伝道を意味し、より一層優れた伝道方式でありましょう。今日お会いしたすべての方々に感謝いたします。

 中内 英生

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June.14.2010「SIMロックとは?」

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今日の詩::風の如く ヒラリと乗るは ベンツかな

メルセデス 貴公子ならば 欧州の 電気で走ろう これからの道を

 SIMロックという言葉を最近聞いたが、自由に携帯端末が使えないことが普通になっている私たちにとってはよく分からなかった。日本でしか通じないやり方は世界に出た時に通用しないという。それをガラパゴス化というそうだ。ガラパゴスそのものに関してはテレビ番組で見ることが多いので、或る程度は理解できた。長いこと大陸と隔絶した種が独自の進化を遂げて、外界からの進入に対して無防備となって滅ぶという現象である。

 産経新聞(2010/05/27)には、「simロック解除 総務省指針案」として掲載されている。「対応携帯は来春以降 強制へ法制化にらむ」とある。これはどう意味だろうか?
 携帯電話に鍵をかけて特定の一社の通信サービスしか利用できないようにしているのが「SIMカードロック」で、それについて、総務省は5月26日、通信会社に解除を促すためのガイドライン案を公表したという。
 SIMロックという言葉は、S社の社長さんが、「ipad」に関して、「譲れない」と大々的に書かれている文書を読んで重要なことなんだと初めて知った。周波数の割り当てのことがあるという。

 ガイドライン案の対象は平成23年4月以降に発売される端末で、解除は各社の自主的な判断にゆだねるとしている。
 通信業界では顧客流出を懸念して解除に慎重な声が強く、解除可能な端末は限定的になる可能性が高いため、「状況を注視して法制化を検討する」として、強制的な解除に含みを残したとしている。
 おそらく日本の習慣としては法制化しない限り、解除されることなないでしょう。総務省は一般や業界から意見を募り、6月末に正式決定すると書かれていた。
 なんとか、日本が世界に取り残されないような方向で決めていただきたいものではある。

 SIMロック解除は、競争促進などを狙って、総務相が表明して具体策を検討してきたという。
 例えばソフトバンクで購入した端末のロックを解除し、NTTドコモのSIMカードに差し替えるとドコモのサービスが受けられるようになり、利用者は同じ端末で自由に通信会社を選べるという。
 消費者である私にとっては、「これは実に便利だ」と思うが、通信会社にとっては非常に都合が悪いらしい。

 ガイドライン案では、他社で購入した端末に対してもサービスを提供することを原則として義務化するとしている。解除するかどうかは、「広範に利用できるように努めることが望ましい」との表現で各社の自主判断にゆだねたとしている。
 自主規制となったので、通信会社が利用者の要望の高い人気機種の解除を見送るのは確実であると書かれている。消費者メリットは限定的なものに止まりそうだ。私も同感である。

 実際、ソフトバンクは米アップルの多機能情報端末「iPad」にロックをかけ、同社の携帯通信回線しか利用できないようにしているという。
 それに対抗してルーターという器具を提供して他社でも使用できるように対抗していると新聞で読んだが、ドコモなどではまだ発売は未定のようだ。
 S社社長は「2割以上の機種は解除をやりたい」としているが、アイパッドや携帯端末の「アイフォーン」といった人気機種は対象外となる可能性は低いらしい。あまり人気のないものが解除になるということだろうか。アイフォーンに関しては、個人的には携帯端末がついていないiPodを利用しているが、何も急ぐものはないのでパソコンを使う限り問題はない。
 D社のY社長は、「ユーザーが望むなら解除すべきだ」と前向きだが、業界の足並みが揃わないと解除は広がらないとしている。まだ業界では意見がまとまっていないようだ。いずれにせよ、アマゾンキンドルやiPadの来襲に対して無防備であってよい筈はない。

 また、解除は端末をできるだけ安い価格で販売して顧客を囲い込み、通信料金で稼ぐという日本の通信会社のビジネスモデルの崩壊を招くそうである。
 しかし、今までの日本方式のビジネスモデルは携帯電話の激しい買い換えを促して、レアメタルの減少、自然破壊、携帯電話一個を作る時に生じる二酸化炭素の発生の増加の問題など、色々と問題点は無かったのだろうか。

 海外はロック解除が一般的で、総務省はガラパゴスと揶揄される日本でしか通じないビジネスの改善を狙っており、解除が進まなければ強制措置も辞さない構えであるとしている。
 どのように展開されるのでしょうかね。アマゾンのキンドルを使っているが、小さくて薄い端末に、1500冊もの本が入るとは未だに信じられない。もう少し大きなDXは3000冊以上入ることになる。今のであっても、聖典や御著書類は完全に入る。いつでも自分の求道と伝道に必要な全聖典類を鞄の中に携帯できることは、私たち信仰者にとって有利なことでなくて何でありましょうか。

  はたしてしからば、私自身に於けるSIMロック的なものは外されているのであろうか。もっとユニバーサル的に生き、かつ自然界との物心両面での交流が必要ではないだろうかと考える。ユニバーサル的なものはインターネットで解決する。そして自然界とのSIMロック解除は島根にいる限り大丈夫なようだ。また、誠にも有り難いことに、私たちの運動に於いてのSIMロック的なものは、『信仰による平和の道』100頁に示されているように、国際平和信仰運動によって万人が信仰できる運動となっているのである。

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 2010/06/11のブログは、「情報の質について (4)」です。
最終行には、「世界平和の実現ためには、もっと相手を「わかる」努力をすることが必要である」とのご教示がなされています。拝読下さい。

※今日は練成会が終了した。スタッフの皆様、ご愛行して下さいました方々に心から感謝いたします。信徒さんや地方講師さんが新しい人をお連れしてくれた。4人の新人を含み多くの人々がみ教えに触れて喜びに満たされた。練成会は素晴らしいと思う。この雰囲気がどうか誌友会に伝播してさらに島根の光明化運動が盛り上がりますように念願します。
※今日のブログは、ITにご興味の無い人にとっては読みづらい文章です。悪しからず。
 中内 英生

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June.13.2010「出雲のイナズマ」

June.13.2010「出雲のイナズマ」
今日の詩::

 里見香奈さんという18歳の女流棋士が大社に住んでいる。お会いしたことはないが大変しっかりした素晴らしい女性のようである。現在2冠を獲得している。この女性が、これほど有名になっても出雲市大社町を離れないことに普通ならば「なぜ?」という思いも起こるかも知れない。私は彼女の言葉が掲載されていた朝日新聞(2010/06/12)の「見聞考」を読んでほぼ理解が出来た。

 彼女は10代の女流二冠は林葉直子さん以来で、約27年ぶりだという。公式戦以外の仕事でも引っ張りだこだが、ふるさと島根の出雲市から離れない。
 中学3年生だった2007年当時に挑んだ第20回レディースオープン・トーナメント決勝戦三番勝負で里見フィーバーが起きている。
 08年秋には第16期倉敷藤花三番勝負で清水市代氏を二連勝で破り、初タイトルを奪取した。そして、今年初めの第36期女流名人位戦五番勝負で、清水女流名人を三連勝で破り、倉敷藤花と合わせて女流二冠となった。

 強さの源泉は、技術面では「最後に敵玉を追い詰める終盤の力」である。これは、私たちも日々の信仰と伝道の努力は云うまでもないことだが、最後の一瞬を手を抜くことなく見届ける、徹底的に行じ尽くす、お世話する、愛行するなどという気力が必要だろう。教区のある単位組織のことだが、常に優秀な成果を上げてくれる。そのトップの性格のきめ細かさでは右に出る者はいないほどだ。最後の追い込みで手を抜かないことは何事をなすにしても大切なことのようである。

 精神面では、「実力が上の相手にも、あきらめず、前向きに挑み続ける思い」という。気後れがすると動きが鈍くなる。また成功へのよいアイデアが出にくくなる。完全さを描き続けることが出来るところに危機脱出のアイデアが湧出する。羽生名人がよく「玲瓏」という言葉を思い浮かべることがそれに近いように思う。私たちに於いては、神想観で「自性円満」を自覚する、日時計主義を徹底的に生きることに当たるのだろうか。
 
 私の知人で、『生命の実相』全40巻を未だに繰り返し拝読している人がいる。15回以上は読んだと云っていたが、計算してみると延べ600冊になる。さらに1000冊を目指して読んでいると云っていた。読んでいる内に、自分の内にすべてがあったということに気がついたという。さらにその自覚を深めたいということで、読み続けているらしい。聞いてみると総裁先生の御著書は何度の拝読しており、『生命の実相』を読めば読むだけ、総裁先生の御著書の偉大さが理解できるようになったと云っていた。
 伝道者に神の子の自覚が失われると、伝道の力が減退してくる。従って、私たちにとってはたゆみ無き精進が必要なのであろう。

 里見さんは高校を卒業した今春は東京か大阪に出る選択肢がある中で、出雲に残る決定をした。今年3月、母校の大社高校の卒業生会「いなさ会」から全国に同校の名前を広めたとして特別表彰されている。OGにはシンガーソングライターの竹内まりやさんや俳優の江角まきこさんもいるという。竹内さんの色紙は家の子供もいただいたようだ。

 里見さんは言う。「自分が一番落ち着ける場所で将棋の勉強をしようと考え、とりあえず20歳までは出雲にいることにした。両親は”好きなようにしなさい”と言ってくれたが、周りの応援してくれる人たちが”地元にいてくれた方がうれしい”といってくれたこともあって出雲にいる」という。地元の声援が頑張れる源であるらしい。地元に残る若者がいることは嬉しい。島根は若い方々は島根には仕事がないといって県外に出ている方が多いと聞いているからだ。

 強さの秘密はというと。「勉強方法が昔から変わっていない。棋譜を並べて、詰め将棋を解き、インターネットを利用して練習対局をする。一番重宝するのはネット。棋譜のデータベースやタイトル戦の中継などで、ネットがなかったら地方在住では結構厳しいかもしれない」という。
 このことは私自身も痛感している。都会ではなく逆に自然が溢れる中で生活し、そして世界中の情報をキャッチしつつ、ここ島根を生きる!これほど素晴らしい人生はないと思う。要するに、どこにいても能力を発揮できると云うことであろう。

 対局で大坂に出てきた時、練習将棋を男性棋士とよく指すが、「普段指す機会がないので本当に楽しい」とのことだ。
また、「いつも通り楽しく指すことを心がけている。好きな将棋を仕事にさせてもらっているのに、勝ちを意識して自分が楽しくなくなったら申し訳ない気がする」と。この言葉は私の心にも響いてきた。「そうか」と強く思った。

 今後の目標は、当然のことながら、「持っているタイトルを防衛して、他のタイトルを獲ること」であるそうだ。最後の言葉がまた素晴らしいと思った。
「タイトルは全部獲ることが目標です。あとは子供たちへの指導です。忙しくて口ばかりで実行できていないが、これから少しづつでも取り組みたい」としている。これは私たちにとっては、生命学園の増設と拡充でありましょう。島根では生命学園は今年も増えると聞いている。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】
2010/06/10のブログは、「情報の質について (3)」です。
 戦争では、左脳的判断が最優先され、右脳的感性が沈黙させられていることや、戦争では極めて偏った情報処理が行われ、情報の質は平和時よりかなり劣っていることなどをご教示されております。そういえば、腹を立てるとIQが急激に低下すると聞いています。拝読下さい。

※今日は、練成会第二日目だった。祈り合いの神想観を担当させていただいた。心を浄められたように思った。感謝であります。

 中内 英生

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June.12.2010「純粋無雑に人を拝むと自分から光が出る」

Img036 June.12.2010「純粋無雑に人を拝むと自分から光が出る」
今日の詩::バラ色の 人生支える 緑の枝葉

 今日は、7月号の『大和島根』の原稿ができあがりましたので、掲載させていただきます。島根の皆様にとっては少し早いですが、どうぞよろしくお願いいたします。

     「一人の菩薩様の存在の奥には多くの人のご愛念がある」

 神の子の皆様、有り難うございます。
 一つの成果の奥に多くの人々のご愛念と伝道のご努力があります。自分もまた御愛念を受けていると云うことをこころから感謝しつつ、7月の信仰生活を生きて参りましょう。自分がここに生きていると云うことは多くのご先祖様の御愛念を受けてきたからであり、またみ教えに触れさせていただいたと云うことは、伝えて下さった方々の愛と菩薩心との結晶として自分がここに立たせていただいていると云うことを知る必要がありましょう。
 このことに感謝をする時に、報恩の行として偉大なる実践力、伝道の使命感が自己の中から湧出してくるのです。

 皆様ご存じのように、7年前に小惑星探査機「ハヤブサ」は地球を出発し、20億キロの長旅の末に目的の星、わずか長径500メートルの小惑星イトカワに着陸しました。しかし、帰りは厳しかったのです。ようやく7年ぶりに地球に帰ってきました。エンジンなどが次々に壊れて、帰還が3年間遅れました。動いているのが奇跡的なほどの満身創痍で、往復40億キロを乗り切ってきたのです。機械ながら健気ながんばりに対して心から祝福したい思いでした。
 漫画家の田中満智子さんが、応援イラストを書いていました。傷だらけの鳥ハヤブサが懸命に宇宙を飛んでいるイラストです。イラストには、「ぼく がんばったよ」「もうすぐ帰るからね」と書かれていました。

 6月13日の夜に、ハヤブサは大気圏に突入して燃え尽き、流れ星となって消えました。我が身と引き替えに回収カプセルだけを地上に落としたのでした。砂一粒でも入っていれば、太陽系が誕生してから46億年が経ちますがその歴史の第一頁が分かるかも知れないのです。
 もし「ハヤブサ」は燃え尽きずに何らかの方法でゆるやかに落下させて地上に残り、博物館などで見ることができればさらに有意義ではないかと思うのです。
なぜならば、帰還したハヤブサの姿そのものが、36億年前の星以上の価値が人類にとっては存在すると思うからです。
 それはイオンエンジンを動かし続けて帰還させた多くの技術者たちの限りない努力の結晶です。また、沢山の人々が宇宙の起源、地球の起源、存在の始まりを知りたいと願った象徴でもあります。

   誌友会においでになった一人の人、練成会においでになったお一人、小学生練成会に来られたお一人、講習会においでいただいたお一人、自分の家族になって下さった配偶者や子供たち、その人達はかけがいのない尊い人であり、総裁先生のお客様であり、神様から選ばれておいでになった菩薩様であるのです。私たちは、それらの神様から使わされた人々を礼拝させていただきましょう。その礼拝の合掌の中こそ、多くの人を引きつける光が発せられるのです。伝道は、そこから始まります。
 7月は暑い季節ですが、基本行である神想観、聖典読誦、愛行を弛まずご実践されてそれを日時計日記に記載いたしましょう。夏場を乗り切ることによって皆様がより一層、信仰の実力を獲得されることでありましょう。

※今日は練成会の第一日目でした。素晴らしい雰囲気です。感謝です。

 中内英生拝

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June.11.2010「ハヤブサ帰還」

June.11.2010「ハヤブサ帰還」
今日の詩::眺め良し コゲラとまりて また飛んで

 かつて探査機ハヤブサは20億キロの長旅の末に目的の星、わずか長径500メートルの小惑星イトカワに着陸した。しかし、帰りは厳しかった。7年ぶりに地球に帰ってくる。エンジンなどが次々に壊れて、帰還が3年間遅れた。動いているのが奇跡的なほどの満身創痍で、40億キロを乗り切ってきたのだ。機械ながら健気ながんばりに対してみんなで心から祝福したい。

 この情報は、朝日新聞(2010/06/10)「天声人語」からである。漫画家の田中満智子さんが、応援イラストを書いている。下記のアドレスをクリックしてほしい。傷だらけの鳥ハヤブサが懸命に宇宙を飛んでいる。ミラー・ニューロンの関係であろうか、いつの間にかハヤブサに自分の姿を重ね合わせてしまう。「ぼく がんばったよ」「もうすぐ かえるからね」。天声人語氏は、さらに宮沢賢治の「よだかの星」を彷彿とさせるという。
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/473.html

 13日の夜に、ハヤブサは大気圏に突入して燃え尽き、流れ星となって消える。我が身と引き替えに回収カプセルだけを地上に落とすのだった。砂一粒でも入っていれば、太陽系が誕生してから46億年が経つがその歴史の第一頁が分かるかも知れない。
 ハヤブサに関しては、かつてNHK「サイエンスゼロ」で見た。その関係か思いは決して浅くない。できれば、ハヤブサは燃え尽きずに地上に残り、博物館などで見ることができればさらに有意義であろうと思う。なぜならば、帰還したハヤブサの姿そのものが、36億年前の星以上の価値が人類にとっては存在すると私は考えるからだ。それはイオンエンジンを動かし続けて帰還させた技術者の努力の結晶であり、少なからざる資金を投入した国民のより一層の高みを希求する希望のシンボルでもある。

http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2010/0604.shtml
http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2010/hayabusa_ev.shtml

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

 2010/06/08のブログは、「情報の質について (2)」です。第二回目です。メディアからの情報の質についてご教示くださっております。なおその中で『ふたつの川』(塩野米松著)をご紹介しておられます。

※子供を第二子以上を産んでいる家庭生活に関してのデータが日経新聞(2010/06/04)の社説に掲載されていた。これは大切なことのようである。「家庭生活と両立できる働き方も重要だ。厚生労働省の調査では男性の家事・育児時間が長い夫婦ほど第2子以降を産んでいる」と。経済的なものも当然ある筈だが、その統計結果ではなく、夫の家事のし具合によるとは驚きである。

※「学びのふるさと」という題で日経新聞(2010/06/04)には女優・モデルの杏さんという方が紹介されている。東京生まれで、15歳で雑誌モデルを始め、2005年からは海外でもトップモデルとして活動しているという。最近は女優としてテレビドラマや舞台、CMなどで活躍しているらしい。24歳の女性である。彼女の言葉で教えられるところがあった。
 「DO MY BEST」。ベストを尽くすというのが彼女の行動の基本だという。中学校まで通った青山学院で、小学校長にあたる初等部長だったM先生が、朝礼などで繰り返していたことばだという。私が感動したのは、モデルの実力を付けるためにさまざまな努力をしていることだった。すなはち…。
 「”こころのアンテナを広げよう”というのがM先生の口癖だったようだ。今のモデルは、ライフスタイルなど多様なメッセージを伝える存在です。美術品や読書、歴史など、心のアンテナにひっかかったことを積極的に学んできたことが、とても仕事で役に立っている」と。
 ともかく、常に前向きにどん欲に知識と信仰の吸収をはかる必要がある。中に入れたものは必ず内部で磨かれて、その噴出の時期を待っている。私たち島根の信徒も、マグロの大群のように決してその歩みを停めてはならないだろう。常に生命を生長させるためにである。
http://oggi.tv/models/anne.html

※サッカーのワールドカップが11日から始まるが、その南アフリカ共和国について、NHK番組「アフリカンドリーム」(第3回・2010/06/06)を見た。インターネットのウィキペデイアで調べてみると、ヨハネスブルグはかなり犯罪が多いようだ。この国はかつてアパルトヘイトがあったところだ。経済成長が著しい。しかも、隣の国が経済破綻のような状態なので移民を全面的に受け入れて労働力にしているという。縫製の工場が紹介されていたが、中国の労働力に対抗するために安い労働力が必要であるという。(しかし、最近の中国は労働争議が起こっており、賃金も上昇しつつあるようだ。)

 すさまじいアフリカンパワーである。しかし、移民問題で住民の仕事が奪われるというので反対運動が起こっているようだ。隣国の移民は、ビルの不法占拠をしたり、そこでは麻薬の密売などもあるという。
 隣国ジンバブエから来たアモスさんを中心に物語を展開させていた。移民は、「安い賃金でもまじめに働くという能力がある」という言葉があった。オー、これは能力だったのかと気がついた。

 彼は、洗車サービス業のスタッフになっていた。隣国の家族に仕送りをするためにがんばっていた。ご夫婦は国境付近で強盗に会い、夫は逃げ出したが、妻と後日再会できた。そして共に生活を始めた。家族のために出稼ぎに来て働く。そうする以外に家族が食べていけないようだ。戦後の日本のような状況だろうか。
 その中で、ワールドカップの決勝戦がこの地で開催される。みんながんばって欲しい。歩みを停めずにがんばり続けるものが必ず生長するようになる。その無限力なる如意宝珠を神様は万人に与えてくれているのだから。実にすごいことだ。

 私は栄える会の人々にいつも言うことだが、信仰の基本を身につけるためには、『生命の実相』を繰り返し読むようにおすすめしている。拝読すると、自分の中にすべてがあると言うことに気がつく。あると気がつくと、次の段階でその力を使おう(与える)という意欲が湧いてくる。その結果、「与えよ、さらば、与えられん」となり、豊かな世界が実現するのだ。しかも、読めば読むだけ、現在の運動として活動している環境問題や新たに展開される教義やさまざまな運動についてさらに深く理解できるようになるのである。

※今日も素晴らしい一日となりました。お天気良し。ありがとうございます。Photo

 中内 英生

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June.10.2010「今日は何に感動できるのだろうか?」

Img034 June.10.2010「今日は何に感動できるのだろうか?」
今日の詩::トマトには 中心に枝 伸びてあり

 人生は感動の連続であると考えるとこれほど素晴らしいことはないだろう。日時計日記を付け始めてから、楽しく一日中、感動できそうなことに眼を向けようとしている。島根の信徒さんも、全国の信徒さんも同様であろう。
 私は一日10個は書くことにしている。『日時計日記』を家に忘れた時などは夜に書かねばならないので、ちょっと大変だ。確かに、書く前と書きだしてからは明らかに自分の考え方に良い意味で異変が起きていると思う。何事でも良い面を見るような傾向になっている。決して悲観しないように訓練されつつある。従って、この運動は実に素晴らしいと思わざるを得ない。

 さて、朝日新聞(2010/06/40)には、天声人語(これは受験の時によく読んだ。出題される例文が多いからだ)に6月2日に宇宙から帰還した野口聡一さんの言葉が掲載されていた。「うーん、ここまで感じるべきなのか!」と、感動したことに感動した。かつて、「感動した」という言葉をよく使っていた政治家がいたが、おそらく純粋な感受性を持っているのであろう。クラシック音楽を聴きに行くくらいだから。
 野口さんは言う『ハッチが開いた瞬間、土と草のにおいが強烈だった』と。ほとんど自然的なものに於いては無臭に近い宇宙船の中で長期滞在生活をしており、地球に降り立った時はその匂いに対する嗅覚は敏感に反応するのではないだろうか。北海道の人が春になると「土のにおいがする」ということを聴いたことがあるが、まさにそう思う。

 搭乗したロシアの宇宙船ソユーズは、落下傘にぶら下がり、土を舞い挙げて草原に降りたという。野口さんは、5ヶ月ぶりに地球人となった。地球の重力も驚きだった。ものが落ちる不思議さであるという。特産の青リンゴを手渡されてかじった。「重い。ニュートンになった気分だ」と言ったという。
 宇宙では重力がないのだ。鉄の重さもない。それが日常になっていた野口さんにとっては、重力の存在に感動したのだった。
 今日は、そこまで感動することができるだろうか。
 この銀河系では太陽のような恒星が2千億個あるそうだ。そうした銀河が宇宙に1千億個あるという。その中の一つの星が地球である。かつてNHK番組「サイエンスゼロ」で地球と同じような星があるかどうかを計算していたが、計算上は「無い」そうである。奇跡の星と言ってもいいだろう。その中で全宇宙の中で決して同じ人間が存在しない「自分」という存在がある。これは奇跡中の奇跡ではなかろうか。それに驚き、感謝し、讃嘆するところから今日一日を始めたい。
 それは神想観で、「もはや我生くるに非ず、神のいのちここにありて生くるなり」の世界でありましょう。

 島根の皆さん。今日も感動を求めて生活しませんか。国木田独歩は「私はびっくりしたいんです」といったという。それでは私たちも感動いたしましょう。「私は神様が作られた世界に感動し、そこから届いている真象に大いに感動したいのです」と。ちょっと理屈っぽい驚き方ですが、『日時計主義とは何か?』と『太陽はいつも輝いている』を熟読しつつ感動の毎日を送りましょう。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

2010/06/07のブログは、「永続きする結婚とは…」です。アルゴアさんの離婚やクリントン氏のことなど。また、アメリカの夫婦の考え方をご紹介しておられます。拝読下さい。

※宮崎の口蹄疫の関係の情報がまだ続いている。島根は宮崎からは遠いが、当事者の皆様は大変な思いで処理に当たっておられるのであろう。朝日新聞(2010/05/24)に13万頭を超えた牛や豚の処理の状況がなまなましく書かれていた。これは日時計主義ではない。『生命の実相』には牛を処分するトルストイの文章が掲載されているところがあるが、それ以上の表現である。映画『いのちの食べ方』を一度見たが、映像以上の衝撃を与える。

※パソコンでなくスーパーコンビュータの性能を集計する[top500プロジェクト」が5月31日に最新のランキングを発表したという。これはアメリカの大学などで集計しているらしい。中国企業が初登場で2位に付けている。トップ10は米国メーカーの8製品だ。中国勢の2製品が入っている。肝心の日本は、富士通が開発したスパコンが22位で最高だった。中国は国を挙げて開発を進めた成果が出たと日経新聞(2010/06/01)には掲載されている。私が興味をもっていた国内首位だったnecの「地球シミュレータ」は前回の31位から今回は37位に後退している。ともかく、毎日、常に進歩していかないと他から遅れるというのが現実だろう。それは、『生命の実相』第1巻総説篇に説かれているように、「生命の法則は生長することにあり、退歩することにはない」ということであるからである。それゆえに、他をうらやむ必要はない。自らが今日一日を進歩して行くのみである。それを毎日継続することであろう。「継続は力なり」の言葉は真実である。

※『普通が一番』という言葉が口癖だった人に藤沢周平さんがいる。1997年に没後そうそうに記念館の構想が浮上したそうだ。その時に、氏を知る遺族は当初、難色を示したという。藤沢さんは郷里の小学校に記念碑ができることが決まった時にも嫌がったという。「人間の値打ちは記念碑では分からない」、「偶像崇拝的な考えを嫌っていたのでは無かろうか」「そのままがよい」と云うようなお考えがあったのかも知れないなどと思った。藤沢さんの小説や映画はいくつか見た。庄内藩がモデルでの小説が多いという。そのままがよい。それを考えると、自然豊かな出雲のすばらしさがことのほか、感動する。日経新聞(2010/05/27)の春秋に藤沢氏のことが書かれていた。

※320万年前の人骨?が見つかっている。これは発見当時、新聞で見た。ルーシーと名付けられている。このような発見はアフリカが多いようだ。エチオピアのアワシュツ川下流域で見つかったのだが、現地の人が発見するよりも、ほとんど外国の学者である。この辺りは大昔は森と川があって住める場所だったようだ。この人骨は女性で1974年に発見されており、アファール猿人と呼ばれている。この猿人が現代人につながっているのかが論議を呼んでいるという。身長107㎝、体重28㎏だという。大昔の研究は分からないだけに、私個人としては大いに興味が持てる分野である。

※今日は、木曜休日なのでゆっくりさせていただいた。

 中内 英生

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June.09.2010「人工細菌は是か非か?」

Img031 June.09.2010「人工細菌は是か非か?」
今日の詩::赤き花 咲いて笑顔の 花も咲く

 ゲノム置き換えにより医薬品などへの応用ができる人工細菌が作成されたという。日経新聞(2010/05/21)には、米研究所による成果であると書かれていた。
 米国メリーランド州のJ・クレイグ・ベンター研究所は、人工的に化学合成したゲノムを持つ細菌を合成することに成功したという。
 予定通りの遺伝情報を持った「人工生命」を作り出す技術に一歩近づいたとしている。医薬品やバイオ燃料の製造などに役立つ人工細菌の開発につながる。その一方で、生命倫理の問題に加えて、戦争に於いて細菌兵器などを生み出す恐れがあるとして議論を呼ぶとしている。

 米科学誌サイエンス電子版には5月21日付けで掲載されたという。
家畜の体内などに存在して、牛に肺炎などの 病気を起こすこともあるという、「マイコプラズマ・ミコイデス」という細菌の人工合成を試みた。
 ミコイデスのゲノムの断片を人工的に合成した。その後、酵母で断片同士をくっつけて完全な長さのゲノムを合成したらしい。

 合成したゲノムを、「マイコプラズマ・カプリコルム」というほかの細菌に入れたところ、元からあった細菌のゲノムが働かなくなり、人工的に合成したゲノムだけが働くようになり遺伝子情報が完全に置き換わったとしている。
 新しいゲノムからタンパク質が出来て、細菌として分裂・増殖が始まった。

 これまで遺伝子を1個ずつ細菌などに入れてタンパク質を作ることは医薬品開発などで実用化しているが、人工的に合成したゲノムによって遺伝情報を完全に置き換えたのは初めてであるとしている。
 従来は、合成が難しかった、効果の高い医薬品を製造する。あるいは二酸化炭素から環境負荷が少ないバイオ燃料を合成したりする可能性があるようだ。これは素晴らしい発明である。しかし…。科学はそれを活用する人の心によってどのようにでもなる。
 核爆発を利用して、原子力発電が出来ると思えば、原子爆弾もできる。人間の心が愛に満ちあふれることが大切である。従って、現在の国際平和信仰運動の進展が如何に重要であるかが理解できるというものであろう。

 この技術は全く新しい「人工生命」の作成につながる。従って倫理的課題も抱えている。思い通りの遺伝子情報を組み合わせたゲノムから新しい細菌を作れば、細菌兵器や生態系を破壊する生物なども合成可能である。
 技術開発の進展と同時に、社会全体で新たな技術を受け入れる体制についての議論を惹起する必要があるとしている。

 J・クレイグ・ベンター氏は、人間の全遺伝子情報を解読したヒトゲノム計画を牽引した人物であるという。ベンチャー企業であるベンター研究所を設立して、人工生命作りにチャレンジしているらしい。
 できれば、悪用しようとする心が起こらなくなるような人工生命の細菌を合成していただければそれに越したことはない。しかし、これはまた自由を奪い去る細菌として、根本的な問題をさらに引き起こすかも知れない。人間は本来神の子であるから自主であり自由であるからである。その自由の中で善を行うことこそ、意義があり本当の善であると言えるのだろう。

 某科学者は、「画期的な成果だ。人工的に作ったゲノムが、細菌を通して子孫に伝わっていく技術を確立したといえる。この技術を使えば、生物が生命を維持するのに必要な最低限の遺伝子の組み合わせや遺伝子が働く仕組みといった謎解明につながる」とのことだ。
 しかし、別の科学者は、「今回の成果は、元の細菌を人工的に再構築したものであり、新たな生命を作り出したとまでは行っていない。ただ、新生命につながる可能性はある。また、生命とは何か?ということを改めて考える必要がある。科学的な生命の定義にとらわれず、社会全体で議論すべきだ」と。

  人工生命の場合は、今まで自然界に存在しなかった生物であるので、それが他の生命との接触によってどのような変化が起こるかは全くの未知数である。従って危険性の問題や世代間倫理の問題があるといえる。技術的にできるということと、使ってよいということとは一致しないと考えられる、と言えるのではなかろうか。いずれにしても十二分に議論を重ねて慎重に対処する必要があるだろう。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

2010/06/06のブログは、「岩手の講習会で、当惑…」です。講習会が増加したことやその感謝のお言葉、そしてその時の質問についてです。「夫婦げんか」について述べておられます。
拝読下さい。

※作家の浅田次郎さんは、エッセイ集「つばさよつばさ」の中で日本の自動販売機(昨年末で約522万台)について書いておられるようだ。10年以上前の情報だが、全国の自販機で使用する電気量は原子力発電の一台分に相当するという。現代ではもっと使っているだろう。彼は言う。「われわれが物の売り買いにまつわる人間のコミュニケーションすらも、不要なものだと考えた結果ではないか」と。コンビニでもそうだが、買いたい物を差し出してお金を払うだけでよい。三刀屋のショッピングセンターでは、レジの人すらいない自動で支払える機械が置いてあって、それを私は使ってみた。これは会話のない一方通行の世界である。情報交換がない、意思疎通がない社会はいかがなものであろうか。ものが溢れるよりも、愛と感謝と祝福の言葉と行為が溢れる社会こそ、喜び溢れる天国浄土ではなかろうか。み教えとその実践により、私たちの周囲には既に地湧の浄土が現出している。

※今日は、午前午後と地方講師受験の補修的学習が行われた。午後は、母親教室出講講師勉強会の指導も担当させていただいた。夜は、栄える会の役員会とそれが終わってから青年会の幹部会に参加させていただいた。充実した一日だった。今日お会いしたすべての人々に心から感謝します。

 中内 英生

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June.08.2010「ミラー・ニューロン」

June.08.2010「ミラー・ニューロン」Img030
今日の詩::みどり梅 できばえ見事 誰の技

 「大坂芸術大学 初等芸術教育学科 開設記念シンポジウム」という会合で「芸術と脳 美しいと感じるこころ」という記事(産経新聞2010/05/20)が掲載されていた。その中で小泉英明氏という方が「脳科学と芸術教育」という題での講演で、ミラー・ニューロンについて話していたので興味を覚えた。この言葉は全国幹部研鑽会でお聞きした言葉だからだ。次に内容の一部をご紹介します。

 「ミラー・ニューロンは相手の行動を鏡のように映し出す神経細胞で、動物実験によってその存在が明らかになった。実はこうした神経回路は人間にも備わっている可能性が非常に高い。だとすれば相手のことを考える基本的な機能が進化の過程で人間の脳の中に作り込まれたのかも知れない。
  芸術教育の重要性が増加している。これを真剣に推し進めなければ日本の将来はないといっても過言ではない。人のために何かをした時、お金をたくさんもらうよりも「うれしい」と感じられる。そんな子供が育っていけば、世の中は必ず変わる。相手を思う心が日本を変えるのだ。

 ほとんど、私たちの中でも通用する考え方ではないでしょうか。芸術教育とあるが、私も時々絵を描いているけれども、それらも共通しているのかも知れない。人の為に生きる喜びを感じる。これは愛行の喜びであり、他人の幸福を祈る、「祈り合いの神想観」などで実感していることではないだろうか。

 赤ちゃんは生まれた時、母親の顔さえ認識できないくらい視力が弱い。しかし、母子が眼と眼を見つめ合った時だけは、視覚とは別の情動的な回路が働いていることが分かってきた、とのことである。
 この情報は、私はNHK番組で見たことがある。
 子供がうまくいかなかった時は、まずしっかりと抱きしめてあげることである。抱きしめてあげるという行為の中に、「子供を愛している」という心が現れていることになるからである。

 他に参考になった内容は、脳神経外科医の林成之さんの文章だ。
「人間の脳は何度も繰り返し考えてみることで、より素晴らしいアイデアが生み出せる仕組みになっている。
 人間の脳は違いを認める力を持っている。これまでに絶滅した種に共通していることは、近くにいたものと仲良くしなかったということである。相手が敵だとしても、学ぶことがあると考えることが生き延びる考え方である。勝ち組負け組の分け方は脳が望んでいることではない」。

 俳句で言えば、繰り返し俳句の文章を考えることで良い一句を生み出せるということだろう。多作多捨である。一つの事象を詠むのに100回繰り返すということを聴いたことがある。また、相手を観世音菩薩であると拝む生長の家のみ教えは、林氏の説に酷似している。観世音菩薩の考え方は科学的にも証明できると言えるのではないだろうか。違いを知ると同時に、それは特性を知るということであって、非対称性の存在ではないということだろう。敵と認める相手でも学びの対象とする日時計主義の考え方である。

 歴女という言葉が盛んに使われているが、歴男という言葉は聞かない。日本の歴史でも、ある時、織田勢(信長の父親)が今川勢との戦いに鉄砲で負けたという。時代が過ぎて逆に織田が武田勝頼との戦いから鉄砲を活用して戦いの方式を変えたようだ。織田信長は上杉謙信からはそれほど強くないと思われていたようだが、敵の今川から学ぶことによって状況が一転したという。
 敵ではないが、現代はインターネットと電子書籍の時代に突入している。それを難しい相手と見なさずに味方として自己に引きつける必要があると確信するのであった。
 
※今日は雲南の先祖供養祭へ行かせていただいた。皆様は、運営が非常にスムースに行くようになった。慣れてきたのだろう。心から感謝である。先月は、雲南の栄える会支部が発会した。まだまだこれからもっと良いことが起こるだろう。

 中内 英生

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June.07.2010「”女性は家庭に”という妻が増えている?」

Img029 June.07.2010「”女性は家庭に”という妻が増えている?」
今日の詩::大空に 向かいて伸びる ソラ豆は

 日本の女性の考え方が少し変化してきているようだ。日経新聞(2010/06/01)には、「”女性は家庭に”妻増える」との見出しで書かれており、かつ、「伝統的家族観 回帰の兆し」「若い層で目立つ」とあった。まだ本物かどうかは観測時間が十分ではないので不明だが、この傾向が増幅すると、少子化問題も解決する希望がもてるようになるのかも知れない。さて…。

 「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべき」と考える既婚女性の割合がこれまで低下傾向から上昇に転じているという。45㌫だったことが6月31日、国立社会保障・人口問題研究所の「全国家庭動向調査」で分かったらしい。同研究所では「伝統的な家族観に回帰する兆しが見られる」と説明している。一方、妻がフルタイムで働いていても夫の6分の1は全く家事をしていない。女性の重い負担の実態が続いているという。これはデータにどのような影響をあたえているのだろうか。

 調査は5年ごとに実施している。今回は2008年7月に全国の約1万3千世帯に調査票を配布した。有効回答が得られた69歳までの既婚女性6870人の回答を分析している。

 家族に対する意識を訪ねた。
 「夫は外で働き、妻は主婦業に専念する」という考え方に全く賛成する→5、5㌫
どちらかと言えば賛成する→39、5㌫、賛成派は合計45,0㌫となった。

初調査の1993年は53,6㌫、98年は52,3㌫、03年は41,1㌫と急低下。しかし、このたび45,0㌫と上昇に転じている。

 同研究所は「前回の調査は小泉内閣による改革の最中だったことが影響した可能性があるとしている。従って、規制緩和などを背景に就業を前向きに考える女性の割合が膨らんでいた可能性を指摘している。今回は前々回を上回っておらず、「次回の調査に注目したい」としている。すはなち、伝統回帰は本物かどうかは次回持ち越しということであろうか。

 年代別で賛成派の割合の上昇が目立つのは29歳以下で、47,9㌫と前回調査よりも12,2ポイントアップした。
 30代は、7,6ポイント高い41,7㌫だった。40代は6,6ポイント高い39,8㌫で、50歳未満では若いほど専業主婦志向が強まったとしている。逆に50代は2,5ポイント低い42,3㌫。60代は4,0ポイント低い57,2ポイントと低下傾向が続いている。

 一方、妻の平均家事時間は30代までで約5時間、40代では4時間半程度である。フルタイムで働く妻の平日の家事時間は「4時間以上」が31,1パーセントに上る反面、その夫の16,0㌫は全く家事をしていないようで、妻の家事負担が大きくなっているらしい。

 夫が週1~2回以上している家事で最も多いのは「ゴミ出し」で、42,1㌫である。次は、「日常の買い物」が39、9㌫である。次は、「食後の片付け」が30、7㌫である。しかも、調査対象の7項目すべてが前回調査よりも上昇したようだ。生長の家の男性の皆様も意識的に多くしてきているのではないでしょうか。

 夫の帰宅時間が早ければ、妻の家事時間は短くなっているという結果がある。それは言えることだろう。
 同研究所は、「夫の家事は多少改善しているが、妻の負担は依然として大きい」としている。「妻の家事負担を減らすためには夫が定時退社したり、育児休暇を取得したりできるように、より実効性ある政策を整備する必要がある」としている。

 産経新聞(2010/06/01)には、「子供が3歳くらいまでは、母親は仕事を持たず育児に専念すべきだ」とした割合も増えた。(85,9㌫に)。特に20代は、81,7㌫(前回69,5㌫)と増加が顕著だった。30代は78,4㌫だった。
 夫婦別姓の賛成派は、2005年の35,6㌫から増え続けて、15年は47,0㌫に達したが、今回は、3,2ポイント減少した。(43,8㌫)。

 これらの数値を分析してみると日本人の意識が変化しつつあるのかも知れない。主婦専念派の増加と夫婦別姓賛成派の減少はどのように関係しているのであろうか。
 私も昔と比べるとずいぶんと自宅にいる時間が増えている。さらに、家族と一緒に生活する時間が増えると当然に目の前にある対象である家族を愛する感情が強くなっていくようだ。それは自然なことではなかろうか。家族との時間を大切にする。私見であるが、人物が大きければ大きいほどそういう傾向があるように思われる。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】
2010/06/05のブログは、「情報の質について」についてです。カッコウの声のことやさまざまな事例をあげてご教示いただいております。拝読下さい。

※今日は、午前中は白鳩会の竜宮の集いの皆様に講話をさせていただいた。熟年の皆様だが大変にお元気な人ばかりだった。午後は、信徒さんの家に聖経を上げさせて頂きに行った。感謝感謝である。

 中内英生

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June.06.2010「免疫学者 多田富雄氏逝く③」

June.06.2010「免疫学者 多田富雄氏逝く③」
今日の詩::そら豆は みっつころんで 卓の上

Img032

 少し飛びましたが最終回です。
多田さんは言う。『科学者にはシェークスピアを!文学者には相対性理論を!』と。
 この言葉は、右脳と左脳の関係を考えると理解できるのではなかろうか。ともかく複眼的な考え方が必要である。単眼では物事の本質を見抜くことはできないだろう。
 科学は様々な分野に分化している。専門化のよい面と分かれすぎて全体が見えないというマイナス面が現れている時代である。

 彼は考える。『人間はあと百年続くのだろうか?』と。
  しかし、大丈夫である。生長の家が先駆的働きで自然と人間の共存共栄の時代を切り開いて行くからだ。必ずそうなると考えられる。
多田さんがもし生長の家を知っておられたら、おそらく『人間は大丈夫だ。なぜならば自然と人間との共存共栄の時代がすでに始まっているからだ』と言われたのではないだろうか。

 インタビュアーが多田さんに質問した。
何が多田さんの人生の原動力になっているのですか?
『それは運命を受け入れる力です』と。
(それは複雑なことに耐えていく力である。また、”全部受け入れて考えていくぞ、それを表現していくぞ”という意思表示でもある)。

 気が滅入ることはないのですか?
『あきらめもある。全部捨てる気持ちである。捨てるというのは一種の悟りでもある』
自分の中に芽生えたものがある。脳梗塞で故障ができても、新しい脳細胞が芽生えている。現実には病気の自分を体験することは苦しかった。そのせいか、新しい自分を積極的に生きようと思った。
 たとえば、能の創作は、病気になってから、却って積極的になった。今までの能の創作は趣味に過ぎない。しかし、病気になった後の、現在の方が生き死にをかけて創作の文章を書いている。だから精神的であると言ってよい。

 倒れてから後の、「書くことの意味」は何であるか?
『それは創造すること、研究に匹敵する仕事である』。
(分かるような気がする。私は健康だが、ブログを毎日書き続ける意味は何であるかというと、「伝道」である。やむにやまれぬ伝道の思いである。ブログを書き始めてから、総裁先生の御心の万分一が理解できるように感じた。実際はどうだか分からないが…。)

 多田さんの夢は何ですか?
『何かに役に立って人に感動を与え続けることです。まだやれるという喜びがある。
”歩き続けて、果てに止む”というのが僕の理想です。
果てが見えてきた。まだ歩く。足でなく頭で。
どっこい、僕は生きている』と。 

 捨てることで本質が見えてくる。「捨てことができる力」がある。
(これは否定の妙用というべきか。「捨てるには力が要る」、とは思い切って一切の執着を捨て去るという意味だろうか?)
 
 多田さんはご自分の生命を生き切った。そして停滞することを嫌った。また現状に住することを嫌った。
多田さんにとっては、「生きること」は「創造すること」であった。

 島根の皆様、三回にわたって免疫学者 多田富雄氏の生き方を研究して参りました。ご参考になったでしょうか。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。 講習会は、平成22年11月28日です。新しい人をお誘いしましょう】→ http://www.masanobutaniguchi.com/

  2010/06/04のブログは、「カッコウの歌を聴く」です。文明の利器がほとんど無い山荘で御原稿を書いておられるようです。
 世界的ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」を書いたダン・ブラウンも全くといっていいほど、外界との連絡道具がない部屋で朝4時からお昼頃まで小説を書いていると新聞に掲載されていました。アイデアを受けるためにはそのような状況を作る必要があるのでしょう。

※今日は朝出勤すると近所の人たちが溝掃除をしていた。少し手伝わせていただいた。また午前中は会議、午後は講習会のメイン会場での推進の会合があった。夜は久しぶりに何もなかった。感謝です。
※アマゾンキンドルが来た。実に不思議な電子書籍である。我々の読書風景はこれから、このようになって行くのだろうか。

 中内 英生

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June.05.2010「新たな電子書籍端末」

Img035 June.05.2010「新たな電子書籍端末」
今日の詩::

 日経新聞(2010/06/05)によると、台湾のIT(情報技術)各社が相次いで「iPad(アイパッド)」型の多機能携帯端末や電子書籍用端末に参入しているそうだ。「やはり」と言った感じである。中国では、「アイペッド」という類似品が出ていることをテレビで放映していた。なにしろ、アイパッドは、アップル社が台湾の企業に制作を依頼し、その会社が中国の工場で作っているとのことだ。従って、作ろうと思えばできないことはないのだろう。

 パソコン大手の宏碁(エイサー)などのほか、台達電子のように端末市場に新規参入する動きも出てきたという。エイサーは私は電車での県内移動時用にミニパソコンを使っているがなかなかの性能である。昨年は台湾の上記のメーカー?がアメリカのデル(なかなか良いです)を追い抜いて世界第二位に浮上したと新聞が伝えていた。
 台北市で開催中の「台北電脳展(コンピューテックス台北)」では、各社が新端末でしのぎを削っているようだ。各社がしのぎを削る時に、より一層すぐれた製品が開発される。
 十六年ほど前の話だが、台北では道路を歩いていても、よく「電脳」の文字が眼についたことを記憶している。電脳とはコンピュータの意味のようである。

 パソコン中堅の「微星科技」が今年7月から9月に欧米や台湾で発売する「WindPad(ウインドパッド)」は米マイクロソフトの基本ソフト「Windows7」を搭載しているという。私が現在使っているソフトも同じだが、ほとんど「7」になりつつあるようだが…。
 ウインドパッドは、画面は10型で価格は499~699ドルである。(約4万6千円~6万5千円)。10月から12月の間にOSに米グーグルの「アンドロイド」を搭載した製品も発売されるそうだ。楽しみである。

 パソコン世界2位のエイサーは今年10~12月にiPad型の端末を米国、ドイツ、中国で発売するという。追随組が猛反撃に出ているようだ。パソコン大手の「アスース」も来年1~3月に「イーパッド」の販売を開始するらしい。大いに良い商品を開発していただきたいものだ。しかし、携帯と同じで、買い換えをやり過ぎると二酸化炭素排出のツケが来るので気を付けたい。

 電子書籍用端末の競争も激化しているという。エイサー、アスースなどのほか、電子機器の電源で世界首位の台達電子は年内に発売する8型と13型のカラー液晶パネルを使った端末を出店しているらしい。エイサーのパソコンもミニパソコンを時々使っているが他のパソコンに比較して遜色ないようだ。
 台湾各社が自社製品を市場に迅速に投入できるのは、日米欧企業の電子端末を生産する台湾EMS(電子機器の受託製造サービス)の存在が大きいという。「やはりそうか!」と思った。

 今年のコンピューテックスには中国メーカーのiPad型端末も登場している。これは先日、テレビで見たのと同じような感じのものだろうか。
 これはウインドウズ7を搭載した漢王科技(北京市)のタッチパッドで、生産は台湾のEMSに受託しているとしている。

 しかし、これらの事象は何を意味するのだろうか。同じような技術力を欧米のみならず世界が持ち始めたと言うことだろう。特に台湾がめざましい感じがするが…。

日経新聞(2010/05/26)によると、アップルが携帯通信型iPadの販売契約をソフトバンクとだけ結んだため、ドコモは戦略を転換し、急遽無線ルーターの投入を決めたとしている。無線ルーターの投入は他社にもあるようだ。水面下のさまざまな私どもには分からない動きがあるのだろう。まあ、私の場合はワープロが主だからあまり影響はない。それから電子本の活用もキンドルに手をつけたので個人的にはぼちぼちと始める予定ではある。

 今日の文章は、なにやら分からないカタカナ文字がたくさん出てきました。これらの文字になじみの少ない人にとっては申し訳ございません。

※今日は、益田での地方講師研修会が行われた。参加者の皆さんの成長ぶりは素晴らしい。将来もしもこの地で、講習会会場が設定されたならば、相当の参加者を集まるのではないかと期待は膨らむ。六時前に益田を出発することができた。会場は、「イーガ」だった。初めて使用した。研修にはこの場所がよい。見真会には宗教行を行うことが出来るし、毎回使わせていただいている「山荘」?が良いようだ。

 中内 英生

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June.04.2010「舞踏家大野一雄の”わたしのお母さん”」

June.04.2010「舞踏家大野一雄の”わたしのお母さん”」
今日の詩::

 こういう踊りがあるとは知らなかった。しかも開発者は103歳まで踊り続けた超人だった。朝日新聞(2010/06/03)には、大野一雄さんといわれる舞踏家が亡くらられたことが報じられていた。彼は顔を白塗りにした最年長の舞踏家だったという。どんな人だったのだろうか。皆様は舞台をご覧になったことはありますか。
 まず年齢が普通ではない。この年まで踊り続けていたことだけでも驚嘆に値する。写真には、1996年に「わたしのお母さん」という踊りを踊った時の姿が写されていた。

 顔を白塗りにして、大地に根ざした生命力を感じさせる豊かな身体表現で、ダンス界にとどまらぬ「BUTOH(舞踏)」ブームを国内外に巻き起こしたとしている。しかも最年長だったが6月1日にご昇天されたという。

 1906年、北海道の函館に誕生した。49年に初めて単独公演を開催した。舞踏の創始者である土方氏と54年頃に知り合い、舞踏に傾倒したらしい。
77年に発表した代表作「ラ・アルヘンチーナ頌」は、白塗りの女装姿につばの広い帽子をかぶって踊る独特の姿が欧米の舞踏シーンに衝撃を与えたとしている。

 舞踏界の現役最年長ダンサーとして活動を続けた。94年から「大野一雄全作品上演計画」を始めたという。91歳になった98年には、盟友土方氏の13回忌で「わたしのお母さん」を上演した。主演映画に「O氏の肖像」、主著に「大野一雄 稽古の言葉」などどがあるという。舞踏批評家協会員ほか、2002年に朝日舞台芸術賞特別賞受賞などとしている。
 それにしても、すごい!すごすぎるほどの生き方だ。

http://www.kazuoohnodancestudio.com/
http://www.kazuoohnodancestudio.com/japanese/kazuo/

  公式サイトでは次のような文章があった。

 (前略)90歳を越えてなお第一線での活動は続いた。最後の海外公演は、1999年12月ニューヨーク、「20世紀への鎮魂」である。しかしこの年、目を患い、体力の衰えも顕著になった。そんな中、老いをダンスの糧とするかのように、大野一雄の踊りは続いている。一人で立って歩くことが出来なくなると、支えられて踊った。支えられても立てないときは、座ったまま踊った。足が不自由になると手だけで踊った。頭がもやもやするとひとりいざって、人はその背中を見て感動した。

 踊るとき、輝きを放つ存在になる。普通の老人が、人に力を与える存在に変貌する。そのような繰り返される事実が、大野一雄に対する関心を支えている。長く生きて、人を感動させる。大野一雄は、人間の可能性を拡げた芸術家だ。(終わり)

 舞踏家だからこれだけ肉体を活用できたのだろうか。人を感動させたい、人に喜びを与えたいという情熱がここまで大野氏を動かしていったのだろうか?それにしてもすごい。私たち島根の人類光明化運動の菩薩たちは、大野氏に決して劣らず、大いに長寿を保ちつつ人々の幸福のためにみ教えを伝道して生きていこうではありませんか。

※今日は、午前午後と二つの会議があった。夜は松江で栄える会例会が開催された。メンバーお一人お一人を繁栄させてあげたいと心から思った。

 中内 英生

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June.03.2010「仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い」

Img028 June.03.2010「仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い」
今日の詩::聖堂に ミカンの花の 香り満つ

 日経(2010/05/21)には、第23回サラリーマン川柳コンクールが掲載されていた。人気投票で1位から10位までの発表があったようだ。なかなか穿っているというか、「言い得て妙なり」というべきか。超越しているとでも思うべきか、喜悲こもごもでもある。ではご紹介する。

第1位…仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い…奥さんの方が無駄使いに対するご指摘が強烈のようです。

第2位…「先を読め!」 言った先輩 リストラに…これも何とも返す言葉がありません。

第3位…タダイマは 犬に言うなよ オレに言え…ご主人は定年で家におられるのでしょうか?ご家族のシカト的思考でしょうか。粗大ゴミと言われないように常に働きましょう。また、こんな時は、「日時計、日時計」です。

第4位…「離さない!」 10年経つと 話さない…お互いに空気のようになってしまったのでしょうか。家庭内離婚でしょうか。祈りと愛語と讃嘆で愛を実現しましょう。

第5位…すぐ家出 諭吉はわが家の 問題児…お金の流出のようです。しかし、我が家に生まれてくれたことに感謝することから始めたいものです。資金の有効利用です。「○○しかない」ではなく、「○○もある」というプラス思考で!。

第6位…先を読め 読めるわけない 先がない…人間は、常に無限生長の道ですぞ!

第7位…こどもでも 店長なのにと 妻なげく…ご心配ありません。人間はどこから生長し始めるか分からないものです。きっとこれからご出世なさいますよ。古木の新芽という言葉もあります。

第8位…体脂肪 燃やして発電 出来ないか…これはできるかもしれませんね。家の中に発電用の自転車みたいなものをおいていてペダルでこぐと発電するようにしておく。そうすると、体脂肪は減るし、売電できるほどに発電できる可能性はありますよ。

第9位…70歳 オラの村では 青年部…102歳で逝った女流画家がご自分のことを、「青二才」と言っておられたが、そういう意味と、村には青年が都市へ行ってしまいいないという意味と二つあるのかもしれません。しかし、「青年がいないからこそ、がんばれる」と思って元気を出しましょう。

第10位…妻キレて 「来とうなかった 嫁になど」…でもその家にいらっしゃるということは良いこともあったからではないでしょうか。あまりご心配にならないようにしましょう。魂の半身である奥様の神の子の実相を拝みましょう。

 こんな感じの注釈になりました。あまりまじめにコメントすると面白くなくなったかも知れませんが悪しからず。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日(日)です。→http://masanobutaniguchi.com/】
 2010/05/29のブログは、「“テロとの戦争”“先制攻撃論”の終焉」です。実に重要な内容です。何度も拝読下さい。先生の御心に己の心を重ね合わせて、師の御心を以て世界を見ることが出来ますように、師の眼を通して世界の事象を判断することが出来ますようにと神様に祈りつつ、拝読したしましょう。

※今日は、木曜休日で妻と江津の今井美術館に行ってきた。院展である。素晴らしい絵がたくさんあった。島根にいても絵の鑑賞ができることはとても嬉しいことだ。

 中内 英生

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June.3.2010「院展」

June.3.2010「院展」

今日の詩::海青し 石見の浜の 風車 初夏の日差しを 集めて回る

 今日は石見の今井美術館へ行ってきました。素晴らしい絵画展でした。感謝です。

中内英生

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June.02.2010「iPS細胞でリンパ球増加」

June.02.2010「iPS細胞でリンパ球増加」
今日の歌::青梅の 未完成にて 魅力ありImg027

 朝日新聞(2010/06/02)には、興味ある情報が書かれていたのでご紹介したい。これらの情報は内なる自然に関する情報であり、日々進歩している。従って、常にアンテナを立てていないと正確な判断ができにくくなる。

 がん細胞を攻撃するリンパ球の一種からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作り、このリンパ球を大量に増やすことに成功したようだ。日本の理化学研究所のチームである。マウスの段階なのでまだ「ヒト」の段階ではない。増やしたリンパ球をマウスに戻すと、皮膚がんの成長が抑えられたという。いわゆるリンパ球による免疫療法であり、普通は他人の血液からリンパ球を抽出してそれを注入するらしい。私が以前調べた書物では、初期乳がんでは、「著効あり」と書かれていた。

 自分の細胞由来なら拒絶反応が起きないために、チームはがん治療に応用できるとして研究を進めるという。当然の行動であろう。
 増やしたリンパ球は「ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)」という細胞である。これらの名称は、『心で作る世界』を拝読している人にとってはピンとくるはずだ。この細胞は血液中にはわずかしかなく体外で培養することは難しいという。「わずかしかない」ことは初めて知った。また体外培養の難しさも初めて知った。手順は次のようである。

①がん患者からリンパ球の一種(NKT細胞)を採取、②iPS細胞を作る、③iPS細胞を大量に増やし、NKT細胞を作る、④治療に利用する。

 理研の度会浩志上級研究員らは、iPS細胞を増やして、リンパ球へと誘導を試みた。すると色々な種類のリンパ球ができたが、NKT細胞はほとんどできなかった。そこで脾臓から採取したNKT細胞を使ってiPS細胞を作り、これをもとに分化させると、NKT細胞だけができたという。

 以上のことを考えるとまさに試行錯誤しつつ研究をすすめているようである。
iPS細胞自身が、NKT細胞になるための特有な遺伝子の「並び」を受け継いだとみられると書かれている。皮膚がんのマウスにNKT細胞を入れると、がんの成長を五分の一から十分の一に抑えることができたと報告されている。
 
 これは、研究としては一歩前進というべきであろうか?。『今こそ自然から学ぼう』を拝読すると、遺伝子問題を「利己心」で判断すべきでないことや、「人間中心主義」の誤りなどがご教示されている。
 研究そのものはES細胞を使用してはいないものの、いつのまにか人間を肉体であると強く思い、人間の本質を忘れていく危険性もはらんでいると考えられる。これらの情報を分かりにくいと思い、情報入手および判断を避けるのではなく、積極的に情報を入手してさらに倫理的な基準の確立を検討することが必要ではないだろうか。
 判断の鍵は、『神を演ずる前に』と『今こそ自然から学ぼう』に書かれている。

※今日は白鳩会の松江地区での講習会推進行事に2カ所参加させていただいた。島根でお世話になり2年たったが、ほとんど顔見知りの人たちである。それがとてもうれしい。夜は、安来の誌友会へ行かせていただいた。足立美術館の近くの山の中である。少しでもお役に立たせていただくことは誠にもありがたいことだ。誌友会の終わりころにみんなで実相円満しょう行を行って信徒さんの実相顕現を祈らせていただいた。
 ハードボイルド小説のセリフではないが、「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」という言葉を思い出した。しかし、タフと鈍感とは違う。優しさと優柔不断な態度とは違うという。
 私たち島根の信徒は、しっかりと「宗教行」を行っていきたい。本当の実力をつけること。目先のことに囚われない息の長い信仰生活の実践が大切であろうと思われる。もっともっと聖典と総裁先生のご著書を読み込むこと。絶えず絶えず、後進の人への教化的指導を惜しまぬこと。これらを心にとどめつつ私たち島根の信徒は少しでも、光明化運動のお役に立たせていただき一歩でも前へ進みたいと思う。

 中内 英生

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June.01.2010「免疫学者 多田富雄氏逝く②」

Img025 June.01.2010「免疫学者 多田富雄氏逝く②」
今日の詩::撮影会 今日の主役は 君子蘭
 衣替え 初夏の陽を受け 颯爽と歩く 

  彼は倒れて4年後、使ったこともなかったパソコンを一から覚えたのだった。毎日6時間、7時間もキーボードをたたき、原稿の執筆やメールのやりとりを行った。この4年間で、6冊の本を新たに出版している。
 皆さん、氏の生命力と新たなものを作り出そうとする意欲に驚嘆しませんか?
氏は麻痺した右半身をかばうために体の左側には大きな負担がかかった。従って背骨は曲がってしまったのである。多田さんは言う。

『今も地獄は続いている。体が半身不随なのはくやしい。しかし、今の方がより良く生きていると思う』と。

 氏には毎晩の楽しみがあるという。それは倒れる前から欠かしたことがなかった晩酌だった。コメントはしていなかったがウイスキーのようだった。しかし、この毎晩の晩酌が血圧を上昇させたのではないだろうかと私は素人ながらも推測した。
 氏は能の作者でもあった。能舞台の稽古をみるために舞台を訪れている。エレベーターはなく、自力で二階へ行かなければならなかった。5年前にはアインシュタインの相対性理論の創作能を上演した。
 倒れてから、特に能の制作に力を入れるようになったという。役者に細かい注文をつけていた。

 今回の能のタイトルは「原爆忌」だった。日時計主義ではないが、光明思想とは切り口が少し違うようだ。20年前に被爆者の免疫調査を行う仕事があった。被爆者を診断した。その時、被爆が長期にわたって影響を与えていることを知って、氏は衝撃を受けた。そしていつかはその関係の創作能を書きたいと思っていたという。
 脳梗塞を患い、自分が被爆者と同じような苦しみを味わうようになってから、被爆者の気持ちが分かるようになったらしい。自分の心と体とを被爆者の姿に重ね合わせて書くことが出来たという。

 しかし、恐れ多いことながら、潜在意識が原爆忌を書こうと深く切に願った時、己を被爆者と同じような状態にして、心を通わせることができる状態にしようと企んだことも、可能性としては考えられるのではなかろうか。
 その点では、日時計主義の生き方はや日時計日記の記載は、明るいことを考えつつ、真象を見いだし、かつ表現することにより、明るい世界を引きよせ、拡張するという未だかつて無い世界平和実現の方法を採用している。この方法は極めて有効であると考えられる。

 私は一度、渋谷の能楽堂で能を実演しているのを見たことがある。能では、死者や限界状況に置かれた人間や、超自然の神々の声を聞くことが出来るという。
彼は言う。

『今、神がおごれる人間に何を語るのか?死者が何を訴えているのか?それを聞く必要がある。僕にはそれが分かってきたようです。何もかも失った。それを突き詰めていくと何かが見える』と。 

 ある時、氏は一ヶ月の入院をした。病床にあって氏は指で妻の手の平をなぞった。妻は良人に確認した。『仕事をしなくっちゃ?、って言ったの?』と。
 前立腺癌も転移していた。
妻『仕事、しなくていいよ』。
夫『○○○○』彼は首を横に振った。
何という強靱な生命力の持ち主である科学者であろうか。どこどこまでも真実を追求しつづけ、仕事をし続けるその継続力の偉大さよ!

 氏は一ヶ月後に家に帰った。彼は、パソコンに入力してメールを送信した。
『家に帰れたことはうれしい。残された時間を如何に有効に使うか。やることはいっぱいあります。優先順位をつけて、最後まで歩き続けます』と。

 氏は仕事一筋で家族を顧みることはなかった。ある時、近所に住む娘さんとお孫さんが来た。幼いお孫さんと楽しく会話していた。その時、彼は普通のおじいさんだった。
氏は言う。
『家族との時間を大切にしたいと思っている』。
家族は人生最高の宝である。

 それにしても、すごい仕事師ではある。ここまで徹底すると、世界的な仕事ができるようになるのだろう。 
 目的は何か、世界の人類のため、より多くの人々のお役に立つことである。
彼は一ヶ月半ぶりに言葉のリハビリーを行った。練習している言葉があった。それは、『乾杯!』という言葉だった。二年に一度、弟子たちが集まって来る。そこで乾杯の音頭を取る予定だった。彼は、「カンパーイ」と見事に言うことが出来た。
 その会合では、弟子の一人一人に対して熱い言葉を投げかけていた。私はこの人は愛情ある指導者だと思った。

 「目先の研究にとらわれず、寛容で豊かな研究者であれ。豊かであれば、その流れは脈々として続いて支流を作り続けるでしょう」と訴えた。
 私たちの島根の光明化運動も是非ともそうでありたいと願っている。
目先のことよりも、大きく自分が成長し、さらに後進者を引き上げて、その流れが脈々として島根教区中を流れるようになる。その流れは県外まで及んで、さらに海外にまで及んで、多くの人々のお役に立つようになる。必ずそうなる。何という素晴らしい雄渾なる夢でありましょうか。

 彼は弟子達に言った。『僕は皆さんのことをいつも見守っています。まだまだしぶとく生きていきます』と。
 多田さんが作った詩が番組では朗読されたが、実に素晴らしい響きを持っていた。残念ながら書き留めていない…。病を機に磨かれた詩人の感性がそこにはあった。
 原爆では24万人の犠牲者を出した。氏が開発した訳ではないが、原爆開発を行った科学者としての反省を説いている。また科学者のおごりが開発競争をさせたとして科学者としての自己批判をしている。しかし、どこまで行っても氏は、「人間」や「いのち」に関心があったようだ。

 倒れて4年たった。自分の中に新たに生まれるものを探し続ける多田さんの日々のチャレンジは続くのだった。毎日毎日をまさに「創造的に」生き続けた科学者であった。

 私ごとで申し訳ないが、私のブログ打ちの行動は結果としてブログの文章として残る。これがある意味で私なりの創造なのかも知れない。また私が生きている証でもある。いつも長い文章をおつきあい下さっている読者の皆様の御愛念に心から感謝申し上げる次第であります。
(つづく)

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】
2010/05/27のブログは、「バイキン・クッキー」です。先生が以前に住んでおられた駒沢の地での思い出のことなどが書かれています。拝読下さい。

※今日は、午前中は聖使命会員・組織会員感謝祝福祈願祭だった。その後は、講師派遣委員会があった。午後は個人指導やら雑務をこなした。久しぶりに夜は何もなかった。感謝である。十分に時間があったので今日は歩いて自宅に帰った。

 中内 英生

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May.31.2010「免疫学者 多田富雄氏逝く①」

Img023 May.31.2010「免疫学者 多田富雄氏逝く①」
今日の詩::ジャケットで 颯爽と歩く 初夏の午後

 5月21日、多田富雄さんがなくなられた。免疫細胞関係の国際的な学者である。『心で作る世界』の「心の表現として体を見る」という項目に免疫系の御文章が掲載されているので、多田富雄氏の免疫論に興味を持っていた。一度、NHK番組で見たが、5月31日の番組で再度同じ内容のがあった。二回目を見るとすさまじいまでの氏の「生きる」意志を感じた。ご紹介したい内容である。
 
 氏は体内に侵入したウイルスや細菌などから身をまもる免疫細胞のひとつであるT細胞には、異物を攻撃するアクセル役のほかに、ブレーキ役があり、両者でバランスを保って暴走を防いでいることを明らかにしたのだった。
 免疫の働きが強すぎると、自分を攻撃する自己免疫病につながってしまう。リューマチ系の病気などである。
 『免疫の意味論』は有名で、最新の免疫学の成果を紹介しながら、生命から社会のありようまで幅広く論じているという。1993年、第20回大佛次郎賞に選ばれている。
 しかも、青年時代から能楽に関心を寄せ、時に自ら小鼓を打った。その様子が映像に出ていた。脳死移植や原爆などをテーマにした新作能を次々に発表している。2001年の脳梗塞後の著書である。意欲的な文筆活動を続けていたようだった。しかもリハビリ期間にパソコンを初めて打つようになり、左手でぽつりぽつりである。「パソコンはできない。やったことがないから」という発言を封ずる迫力がある。

 能の研究は一時、仕事が忙しくなったのでやめたという。時間がとれるようになったらまた、再開した。その次は、「仕事が忙しいから始めた」という。それは氏の仕事は左脳関係だから、右脳とのバランスのために、生理的必要性を感じて忙しいからこそ始めたのではないだろうか。
 私たちも忙しいからこそ、絵手紙・絵封筒を描くのと似ているのかも知れない。
氏は、「ともかく研究することが大切だ」と言っている。私たちにとっての研究とは、求道であり、伝道の方法研究でもあると思う。

 氏は脳梗塞のことを書いている。
『あの日をさかいに、すべてが変わってしまった。私の人生も、生きる目的もみんなその前と違ってしまった。でも私は生きている。以前とは別の世界に。』
4年前、右半身の自由と言葉を失った。変わり果てた自分の体を科学者として客観的に見つめ、手記に綴ってきたのだった。
『神経細胞が死んだら、再生することなんかあり得ない。もし機能が回復するとしたら、元通りに神経が再生したからではない。それは、新たに作りだされるものだ。私は生命科学の研究者だ。こんな体でも生きている。半身が動かなくても、言葉がしゃべれなくても、私の中に行われている生命活動は”創造的”である。』

 NHKは脳梗塞で話も出来ず、しかも歩けず、よだれを垂らしながらでも左手でパソコンを打ち、新しい本を出版している。話をする時もパソコンで話す内容の言葉を打ち込み、音声を出力して会話する。しかも自分の生命活動を、”創造的である”という多田氏に驚き、取材の申し込みをした。するとメールで返事が来たのだった。

『…私の撮影はいつになりますか?私はどんなところでもさらけ出しますから、ご遠慮なさらずに何でも言って下さい。心が衰える前に録画してもらいたい。僕は大丈夫ですから、予定を教えて下さい。あまり暑くなると見苦しい格好になります…』。

 肉体は動かなくても、人のお役に立ちたいという思いは決して衰えることはなかったようだ。谷口雅春先生が90歳になられてもなおかつブラジルへの伝道を希望しておられたと、かつて上司からお聞きしたことがある。そのことを思い出した。 
 
 氏は、金沢で倒れられた。私が金沢に住んでいた時だったようだ。私はそのことを知らなかった。氏は食事の時に、自分の唾液が気管支に詰まるので苦労しておられた。しかし、決してうろたえず、自分を見つめる客観的な目を失わなかった。もしも、その目がご自分の生命の実相に向けられていたならば、と思うと残念な気がする…が…。氏は言う。

『私はたしかに動いた親指を眺めながら、これを動かしている人間はどんな奴だろうと密かに思った。もし、そうだとすれば会ってやろう。私は新しく生まれるものに期待と希望を持った。新しい者よ。早く目覚めよ。今は弱々しく鈍重だが、無限の可能性を秘めて、私の中に胎動しているように思われた』と。
(続く)

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は2010年11月28日です。→http://masanobutaniguchi.com/】

  2010/05/5のブログは、「自然は多様性を求めている」です。宮崎の牛の口蹄疫の問題と多様性の問題などをお説きになっておられます。拝読下さい。

※今日は、昼間は特に行事はなく、個人指導や打ち合わせで一日が終わった。夜は、松江道場で青年会の会員学習会があったので参加させていただいた。講習会の意義と推進の意義などについてお二人の青年会員さんが自分で作ったレジュメを中心に発表した。お二人とも大変、まとまっていた。そして色々と議論が行われた。若い人たちは、集まって話し会うだけでも楽しくなるようだった。
 なお、ポスジョイの俳句のコーナーには、先日青年会の幹部さん達が何か料理を作っている様子が動画で出ています。どうぞご覧下さい。

 中内 英生

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