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2010年10月

October.31.2010「新しい開国の時代」(October.14.2010の分)

October.31.2010「新しい開国の時代」(October.14.2010の分)
今日の詩::稲実る 感謝あるのみ 頭(コウベ)垂れ 

『新しい開国の時代』という谷口清超先生の御著書がある。10月28日の谷口清超大聖師二年祭の時の総裁先生のお言葉の中で、ご紹介されたご本である。島根の皆様は、どうぞこのご本を拝読ください。

 273頁には、「神の御心をきく神想観」として自分の得になることだけを第一に掲げずに、「神様の御心に直結しているかどうかを訊きながら生活し、企業活動を行い…」と書かれております。これは昭和62年の栄える会全国大会でのお言葉であるようです。具体的な方法は「神想観をする」ことであると教示されております。繁栄の問題だけでなく、私たちの伝道は、信仰生活をお伝えすることが第一でありますので、生長の家信徒行持要目にありますように、神想観の実修が大切です。

 戦争について説かれている。30頁です。「迷いが打ち合うのである」という項目です。
 『…従って、当然満州事変から支邦事変、及びその後の大東亜戦争も「神が戦いをさせているのではない」と否定されているのであり、昭和7年に出された『声字即実相の神示』にはこう示されているー。…』。
  従って、神が戦いをさせているという聖戦はないということになります。
32頁の3行目ですが…。
『…しかしあくまでも「神が戦いをさせているのではない」のであるから、いかなる解放戦争と称するものも、それはある種の迷いのケミカライゼーションであることに間違いがないのである。…』と示されている。

 また、このことは、軍や自衛権を持つことの全面否定ではなく、「戦い」の否定であり、対立し合う心の迷妄を説いたものであり、生命力の現れとして個人には免疫力があり、国家には自衛力が必然的に備わっていることを説いておられます。
     
  日本の国が、天皇陛下を中心として、「大和国日本」のあり方は、現に世界で最も安定し、繁栄した国家を作り出しているのは実に素晴らしいことです。長寿企業に関して研究している人が、テレビで何度も放映していましたが、長寿企業は日本がダントツで多いのです。その理由は、戦争がないことを挙げています。記憶ですが、一番古い企業は、聖徳太子から注文をいただいた企業でした。相当に古いです。そして、自分の特技を中心にして、世の中が不景気になっても一致団結して、持ち味を生かすという内容を変えないというものでした。
 これは、私たち自身についても言えるのではないでしょうか。教化に強い人の場合は、教化関係に強みがあります。そんな人は、多くの人を救うのみならず、地方講師さんを育てて、その人たちが組織の血液として活躍するという循環を作り出すことでしょう。また運動で育ってこられた人はまた別の強みがあります。それぞれに良さを持つことと、それにプラスしてですが、補完してくれる人を受け容れる度量が必要になりましょう。

 この御著書には、「満州事変より」という項目で領土問題も書かれています。信徒必読の御文章です。その他、78頁9行目には、サービス業について説かれています。

『…だから「神様の世界」「完全円満な世界」が既にあるということを知ることくらい大切なことはないし、知らせることくらい素晴らしいサービス業はないわけです。これくらい立派な真理の情報、価値ある情報はないということができるのであります。…』と。

 あとの内容は、どうぞ御著書を拝読願います。

【骨髄幹細胞移植でラットの血管が若返る】
 若いラットから取り出した骨髄幹細胞を移植することで、高齢ラットの末梢血管を若返らすことに、国立循環器病研究センターが成功したという。同センターが9月22日に発表したという。愛媛大との共同研究である。
 ヒトの場合でもiPS細胞を経由するなどした幹細胞を骨髄に注入することで、脳梗塞をはじめ、循環器疾患の予防や治療に役立つとされているという。
 ヒトの場合は、拒絶反応があるために、若者の骨髄幹細胞をそのまま別の人に移植するわけにはいかない。しかし、自分の細胞をもとに骨髄幹細胞を用意できれば血管を若返らすことは可能であるとしている。
 自分のであれば、倫理的には問題は少ないと考えれる。しかし、脳死の人の幹細胞など色々と考え出すことが予想されるので、そのケースケースで考えることが必要でありましょう。この情報は、産経新聞(2010/09/23)からである。
 そのためにこそ、『今こそ自然から学ぼう』と『神を演ずる前に』をおすすめします。

【iPS細胞で白血病治療】
 もうひとつ、産経には併記していた。さまざまな細胞になる人工多能性幹細胞(iPS細胞)から、免疫細胞の一種で抗腫瘍効果があるT細胞を作成し、白血病のマウスに注入して治療する実験に成功したという。これは新情報である。北海道大学遺伝子病制御研究所の清野研一教授らが、9月22日、日本癌学会で発表されたという。
 白血病の治療法の一つに、骨髄移植の際に、骨髄提供者のT細胞を加えると効果的な場合があるとする。今回は、提供者のiPS細胞から作ることが出来る方法であり、清野教授は「安全で効率的な細胞作製法を開発したい」と話しているという。iPS細胞を使った開発の一例でありましょう。「遺伝子のことはわからない」という人も、このブログでは、できるだけ分かりやすくご紹介したいと思うので、今日のテーマに懲りずにお読み戴けるとありがたいです。これらの知識は急に理解しようとしても少し難しいです。画像か映像があるとすごく理解しやすいです。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
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*10/14は木曜休日でゆっくりと体を休めることができた。
中内 英生

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October30.2010「歓喜への道」

October30.2010「歓喜への道」
今日の詩::歴史より 幾多の教訓 学び取り よりよき日本 生み出す選士
(この御著書と『新しい開国の時代』は重要である。その御心を体得した若き日本の青年の皆様が多数、出現されることを祈る。)

 『歓喜への道』という御著書がある。63頁には「日本の実相顕現の神示」が掲載されている。
「…神が戦をさせているのではない。迷いと迷いと打ち合って自壊するのだと教えてある。迷いの軍隊を皇軍だなどと思ったのが間違いだったのである。…」
 と、神は戦争を作り給わず、ということが説かれている。そして、
「…汝等嘆くことはない、滅びしものは本来なきもののみが滅びたのである。…」と書かれている。
 迷いの軍隊、これは現象の軍隊であると考えられるが、鳥取の水木しげるさんの軍隊体験をテレビで観たが、なかなか現代では考えられないような生活だったことが表現されていた。また、「声字即実相の神示」が66頁に書かれている。
「…神が戦いをさせているのではない。迷いと迷いと相うって自壊するのだ。…」とも説かれている。
 島根の読者の皆様は、ぜひとも、『歓喜への道』を拝読し、「神示」と御文章の全容を把握して戴きたいと思う。この御著書は、日本のあるべき姿、日本人としてのあるべき姿をご教示くださっております。

 68頁の「傲慢でない世界」では、「対日批判の一つ」として、諸外国から「日本は傲慢になった」という批判がきこえていることが指摘されている。これは、平成二年一月号の「光の泉」誌ご掲載の御文章であるので現在の状況とは少し、違っている。
「二番では駄目なんですか?」の言葉が状況を表現している。ただし、ノーベル賞はすごいと思う。しかし、これは何十年の積み重ねの結果であるので、今年できたというものではないようだ。
 スーパーコンピュータでは中国がアメリカのコンピュータの速度を追い越し、世界最速を出したように、状況は年々変化している。
 
 「日本人の優秀性」について、70頁に説かれている。
『…しかし吾々の言う「神の子・人間」は日本人だけに限ったことではなく、全ての人々、人類全般について言える実相論である。ところが、”国粋主義的優秀論”では、とかく他国を蔑視して、相対論としての優秀ばかりを主張するから、問題を生ずるのだ。…」と全ての国々、外国の人々の良さも讃嘆することが必要であることが説かれている。
 青少年練成会の講話では、日本と日本人について説く時には、世界に貢献する日本、世界と調和する日本にも留意している。そのような「和」の優秀性もあると考えられる。

 74頁の9行目には、生物多様性の問題に言及されており、人と動物との調和すべきことが説かれている。
 86頁には、昭和天皇様がマッカーサーとの会見において、全ての責任を一身に背負おうとされた、最も愛深く勇敢な行動であったと書かれている。このご行動が私たち日本人としての生き方の模範でありましょう。

【インド】
 日本とインドが経済連携協定に合意する。さてインドとは現在、どんな国か。日本の薬品メーカーを買収したことは知っている。ヤクルトや日清食品なども入っていることも聞いている。私たち島根の信徒も少しはインドについて知っておきませんか。いずれ、ヒンズーかイスラームあたりへみ教えが伝わっていく可能性もあると考えられるのですから。
朝日新聞(2010/10/23)には、「インドは甘くない」という特集があった。人口12億人である。「インド新聞」プロジェクトリーダーのゴーシュ・オングシュマンさんが書いている。
①インド人は交渉の時、何事も理詰めだし、自己主張も強い。
②インドが日本を見る目が以前より冷めてきている。日本の本気度の問題。
③日本企業がインドでビジネスを成功させるには会社の規模や資金力、ブランド力が決定要因にならない場合がある。インドは義理人情を重んずる世界である。
④契約成功は熱意が通じたからである。
⑤インドは核家族化も進んでいるが、三世代同居も多い。人間的つながりを大事にする。
⑥インドでは飛行機、列車は予定通り動かないことが多い。「だからインドは」、という優越感を日本人は持ってはいけない。
⑦身分階級のカースト制度は、細かく言えば何千という階級がある。インド人でさえ分からない。
⑧インド人は労働意識が強く、与えられた仕事は確実に行う。
 もっとあるが、古き良き時代の日本を想起するのではないでしょうか。
 もうお一人、繁田奈歩さんというインフォブリッジ社長さんが色々と書いている。少し、拾い上げてみると…。
①インドの人口の約半数が25歳未満である。これはすごい!中国以上に爆発的な伸びが期待できる。
②インドは零細店が多い。一説には、8千万店~1億店ある。
③競争がフェアである。働く女性への差別もない。
④世界最大の民主主義国家である。みんな平等の精神がある。
⑤多民族、多宗教の国である。
⑥「インド人は人生やお金よりも大事なものがある」という価値観で日本人に近い。
⑦2005年の人口は11億3060万人。2020年は13億6720万人。2030年には世界最大の人口を要する国となる。
*如何でしょうか?スゴイと思いませんか?み教えをインドにお伝えしたいと思う青年はいらっしゃいませんか?

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中内 英生

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October.12.2010用「谷口清超先生へ深甚の感謝を捧げましょう」

October.12.2010用「谷口清超先生へ深甚の感謝を捧げましょう」
今日の歌::面影を 秋風に思う 二年祭
(谷口清超先生の面影を偲びつつ、今日は二年祭を行わせていただいた。誠にもありがたいことでありました。)

 平成22年10月28日(木)は、二代目総裁先生である谷口清超先生の二年祭が行われた。
私は教化部と松江道場で祭司を務めさせていただいた。益田会場にはインターネットにて教化部の式典をライブで電送した。受信状態は、前回よりも良かったようだ。
 私の挨拶は、「総裁先生のブログで本日のご挨拶が掲載される筈であるので、それを是非とも拝読すること」を申し上げた。そして、『真・善・美を生きて 故谷口清超先生追悼グラフ』を使って話を進めさせていただいた。教化部には少々残部があると思うので、まだお持ちでない方は是非拝読ください。

  ”「故 生長の家総裁谷口清超先生追善供養祭」に於ける、谷口雅宣先生のお言葉”をご紹介させていただいた。10頁から13頁である。「谷口清超先生を偲んで 生長の家はすべての真実性を現す運動である」という題名である。
「清超先生を如意宝珠観で祈る」と書かれている。毎朝、ご夫婦が向かい合って神想観をされるそうです。
 私(中内)たちは、今迄は部屋の配置に合わせた適当な向き方で神想観をしておりましたので、反省いたしました。
 また、「基本的神想観」のあとの「如意宝珠観」で何十年間もずっと家族お一人お一人の名前をお呼びして感謝しておられるそうです。そこで亡くなられても谷口清超先生のお名前をお呼びして祈っておられたが、今日の御祭を区切りとして、祈りの言葉を変更する祈りに変えたいとしておられます。それは、「谷口雅春先生、輝子先生、そして清超先生は、高き霊界から慈愛深くお導きくださいます」という意味の祈りです。 

  贈り名を、「実相無相光明宮弘誓通達大慈意大聖師」と申し上げております。読み方は、「じっそうむそうこうみょうぐうぐぜいつうだつだいじいだいせいし」です。「この素晴らしい真理を必ず全世界に伝えよう」という伝道の誓いを誓願といいますが、その誓いの心が広大であるのが、「弘誓」の意味だそうです。また、「通達」は「つうだつ」と発音して、「徹底している」意味であるとご教示されております。
 「谷口清超先生はこの言葉のごとく、どんなに煩悩のある人でも、また無い人でも、分け隔てなく、講習会などを通して真理を宣布され続けてきた」という意味をもったお名前であるとしておられます。

 清超先生は多様な旋律の調和を求めて、数々の素晴らしい聖歌を作詞・作曲されたことが書かれています。音楽に関しては、すべてが「よろしい」ということをおっしゃっておられるとのことです。

 清超先生は、雅春先生を讃仰されたお言葉を引用しておられます。12頁の4段目です。
「皆さん、(雅春)先生は周知の如く空前絶後の愛国者でいらっしゃいました。しかしそれと同時に、天皇陛下のあの無私の御愛念を、そのまま宣布し且つ実践なさいまして、全ての人と物を生かす運動を展開されたお方であります。もちろん日本も生かし、それと同時に人類をも生かし、人類ばかりじゃなく、あらゆる生きとし生けるもの、山川草木ことごとくを仏として礼拝し、その実相を顕わし出そうと精進されたお方であります。それ故、私たちはこの生長の家の大真理を、全人類に向かって宣布する使命を戴いたことを、誠に幸せであると思うものであります。」

 そして、谷口清超先生は、谷口雅春先生の願いを継承してきておられることを確認したいとしておられます。
 また、谷口清超先生は、自由を大変尊重されました。「実相世界では、自由の中から生まれた多様性が調和している」。そういう考え方から、現在の運動が芽生え、成長していることを理解いただきたいとしておられます。
 そして、清超先生の自由をご尊重された御心の中で、谷口雅宣先生がアメリカへ留学されました。雅宣先生は書いておられます。
「…私が若い頃、海外へ行かなかったら、今日の生長の家では、恐らく「国際平和信仰運動」ではない別の運動が行われていただろうと思うのであります。…」、と。

 私たち島根の信徒は、谷口清超先生の毎年の年祭で常に御心を再確認して活動の原点に致したいと存じます。また本日、谷口清超先生にお導き戴きましたことに深甚の感謝の誠を捧げ、さらにそのみ教えを全島根県民にお伝えし、かつみ教えに基づいた運動を展開する決意を新たに致したいと存じます。しかも来る11月28日の講習会に於きましては、前回を超える大盛会の講習会となりますように最善の推進努力を捧げたいと存じます。谷口雅宣先生の御文章を、どうぞ、原文で拝読下さい。

【出雲市の里見香奈さん】
 すでにご存じの通り、将棋の里見さんが三冠を達成した。彼女の将棋の稽古はインターネット活用と書いていたのを思い出す。インターネットがなければ、出雲には住んでいないということだろう。インターネットの出現で、都市部と地方(山間部)との情報量の差は無くなりつつある。しかし、インターネットは諸刃の剣である。だからこそ、善人が活用しなければならない。お金を善人こそが持って善行を行うことが大切であり、悪人は本来ないが、いわゆる悪人が持つと逆を行うことになる。出雲市長さんは、「五冠を期待する」とのコメントを出しているようだ。朝日新聞(2010/10/29)からである。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shimane/news/20101028-OYT8T01057.htm

【遺伝子組み換え穀物】
日経新聞の社説(2010/10/24)には、遺伝子組み換え穀物の作付けが拡大していることに言及している。
 米農務省によると、今年の米国の作付け面積に占める遺伝子組み換え品種の比率は、トウモロコシが全体の86%、大豆が93%まで上昇したという。民間機関の調査では、世界全体でも8割ちかくに広がっているらしい。生物多様性の減少を促進する遺伝子組み換え品種の活用に賛成することはかなりの問題があるのではなかろうか。
 しかし、このデータで考えると、M店のコーンはおそらく遺伝子組み換え品種であろうことが類推できるのかも知れない。
 世界の種子市場は米国のモンサントとデュポン、スイスのシンジェンタの三社の寡占が進んでいるという。
 日本の玉蜀黍の全量、大豆も9割以上を輸入に頼っている。しかも海外での組み替え品種が広がる影響は、欧州などよりも大きい筈だ。飼料用を含めて、日本が昨年に消費した玉蜀黍1600万㌧のうち、従来品種の量は200万㌧ほどに減少した。豆腐などに使う大豆も調達が難しくなっているようだ。
 しかし、それにしても島根でも休耕田はかなりあるのではないだろうか。昨日訪問した農家では、無花果や柿などに数年前に農地の一部を変更し、使用しないという意味での減反は一切しなかった、と語っていた。非常に忙しくて大いに繁栄しているようである。日本でもっと以前のように耕作することはできないだろうか。

【放射性物質の地層処分】
 原子力発電に関して、二酸化炭素を出さないので良い方法のように思うが、廃棄物処理の場所などで世代間倫理の問題を現時点ではクリアーしていない。その方法はまだ確立されていないのである。
 日経新聞(2010/10/19)には、「放射性廃棄物の埋設技術開発」として、日本原子力研究開発機構は、10月18日に、東濃地科学センターの超深地層研究所(岐阜県瑞浪市)を報道陣に公開したという。囲み記事には坑道に二人の人物が写っている。同研修所は、原子力発電所では、原子力発電所の使用済み燃料を再処理した後の高レベル放射性廃棄物を、地下深くに安全に埋設する「地層処分」の技術研究を行っているという。
 液状の高レベル放射性廃棄物をガラスで固めた「ガラス固化体」は、分厚い鉄製容器と粘土に包まれて埋設されるが、1000年以上後に漏れ出した場合も想定して技術開発をする必要があるとしている。
 従って、「漏れ出す」こともあり得るということであろう。もしそうであれば、次世代倫理に反するということになるのではなかろうか。

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*今日、10月12日は、大社道場で初めて写経を行った。無言で行う写経は実に精神が統一する。大社は出雲大社のある大社町であり、前出の将棋の里見さんが住んでおられるところでもある。

 中内英生拝

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October.11.2010「遠藤周作」

October.11.2010「遠藤周作」
今日の詩::入手する 紅葉情報 新聞で

 谷口清超先生の御著書に『楽しく生きるために』という御本がある。この本は、「地球よ、ありがとう」「善行と楽しい訓練」「いのちについて」「深切は楽しいね」「国際平和と愛」という章になっている。大変深い真理を、平易な言葉でご教示されている。
 平成22年10月28日(木)は、谷口清超大聖師の二年祭に当たる。改めて谷口清超先生に深甚の感謝の誠を捧げ、読みうる限り御著書を拝読し、総裁谷口雅宣先生に中心帰一して、島根の皆様と共に報恩感謝の誠を尽くさせていただきたいと念願している。
 法燈継承された御三代目総裁先生の時代に教勢が大いに発展することこそ、谷口清超先生が霊界に於いてお喜びになると考えられるからである。

 さて、はしがきには、遠藤周作さんのことを書いておられた。それをご紹介したい。そして、この本を是非拝読して戴きたい。
 遠藤周作さんはご存じのように、有名な小説家であった。平成7年に文化勲章を受章した。平成8年に昇天された。作品中に、『狐狸庵閑話』(新潮文庫)  というのがある。50頁当たりからの文章の紹介がある。
 氏は、幼い頃から「グータラな人間だった」という。
阪神の御影にある灘中学(旧制)に入学した。クラスがABCDとあった。成績順に入れられる。氏はD組に入った。一番成績が悪いクラスである。五年生の卒業前に、教師がそれぞれの受験校を聞いた。「第三高等学校」と答えた。すると、「教員室は爆笑の渦となった」とのことだ。当時は一高や三高は秀才の行く学校となっていたからであると。
残念ながら、受験は見事に不合格だった。しかも、(前祝い式だろうか)、前もって三高の帽子を買っており、それをかぶって教師や友人宅を歩き回ったと云うから、学校中の笑い者になったようだ。

 浪人一年目もグータラに過ごしたという。二年目は広島、甲南、浪高などを受験したが落ちた。三年目は日大医科を受けて落ちた。慶応の医科には願書を出さずに、そっと慶応の文科に願書を出した。おおらかな時代だったようで、答案はなにも書かなかったが、「どうしたのか補欠で入れてもらえた」とのことだ。そこで父親に「慶応に入った」と言うと、父親は医学部に入ったと錯覚して、親類を呼んで大喜びをした。
「お前もこれで医者だ。安心してわしも死ねるよ」と喜んだ。
「いや…。文科に入ったんだぜぇ」と打ち明けた。
真っ赤になって激怒した父親は遠藤さんに
「四年目の浪人生活をしろ。それでなければ家を出て行って自分で食ってみろ」と言われたという。
 一晩あれこれ考えて、翌日住み慣れた家を振り返り、振り返りながら家出したようだ。
それで遠藤周作さんは、フランスに留学したりして立派な文学者となり、『沈黙』や『女の一生』などの名作を残されたという。
 谷口清超先生は、これは今年入学しなければならないという時間や、必ず○○高校でなければならない、というような「時間・空間の枠」を取っ払った人の一例のご紹介をされたとしておられる。
 皆さんに、遠藤氏の真似をするようにおすすめになったという意味ではないとお書きになっておられる。
  この御文章を拝読して、私は何だか安心しました。島根の皆様もどうぞこの御著書を拝読して下さい。

【十六善神】
出雲に十六島(ウップルイ)という地名がある。出雲の海辺の集落である。本州の最西端だろうか。そこの信徒さんで樋野美保子さんと云われる人がいる。彼女の扱う海苔が種類が別格で高級であるという。同じ湾内でも、十六島の海苔はとても良いらしい。
 1300年ほど前のことである。唐の都の長安から百済を経て、日本の都へ大般若経を運ぶ船が大時化のために十六島に漂着したという。最初に大般若経を陸揚げしたが、仮安置した島を今でも「経島」と呼んでいるらしい。
 このとき、般若経の守護神である「十六善神」によって、新しい産物として十六島紫菜(ノリ)が伝えられたという。出雲国風土記には、「許豆(コズノ)島紫菜を生ず、調として楯縫郡(タチヌイグン)もっとも優れり」と記載されているという。
 十六善神は、やむやの郷大井谷(塩冶町…ここは教化部の近くにある。)を般若経安置の場所として、一宇(般若寺)を建立して船の修理を待ったという。修理を終えた一行が出立するとき、十六島の浦人の願いを受け入れて、法体の木造を刻み般若寺に残したようだ。その後、大般若経は一行の手によって、無事都に納められたとのことである。
 以来、千数百年の間、十六島の浦人は毎年、海苔が生える前と採取が終わった時期に、般若寺を訪ねて十六善神に海苔をお供えして祈願とお礼をし、今に至るまでご神徳を戴いているという。
 迎える塩冶の村人も中宿(中党山…場所は確認していない。)あたりに接待所を設けて、十六島紫苔とやむやの郷の交流を重ねてきたという。十六島海苔は、その香味がすぐれていることで名産品として珍重された。江戸時代には藩命によって藩主へ献上した後にないと他への販売は禁じられていた。藩主はこれを将軍や知己の大名へ贈ったと言われているとしている。第七代松江藩主、松平不昧公は、十六島海苔で陣羽織を作り、これを千切って酒の肴やお茶の友にしたと伝えられているのである。それくらい、美味なのでありましょう。残念ながら、私はまだ、食べたことはございません。(十六島海苔とやむやの郷の交流実行委員会の印刷物より情報入手)
 私は信徒さんからこの話をお聞きして、感謝報恩の念を失わずに1300年間も行じておられる十六島の人々に頭が下がった。信仰も人間の生き方もこのようでなければならない、という思いがするのだった。ちなみに樋野さんは、マスコミにも何度も紹介されているという。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
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*結構、俳句と短歌は時間がかかるが大体、一日10個はつくるようになった。そのかわりに、こちらのブログがかなり遅れており、申し訳ない次第である。俳句と短歌は、日時計歳時記としてポスジョイに掲載するようにしている。時間があれば色々とやりたいところだが、時間的に難しいようである。しかし、これは無限力を自覚していない部分の自分の言い訳に過ぎない。この言葉を撤回したいのではあるが…。
http://postingjoy.com/diary/all?postingjoy_category_id=7&q=%E5%85%89%E6%98%8E%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E4%BA%BA&search.x=33&search.y=14

中内英生拝

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October.10.2010「お釈迦さんのお悟り」

October.10.2010「お釈迦さんのお悟り」
今日の詩::陽輝き 秋雨あがり 二重虹

  『真理』第7巻「悟入篇」には、「第二章 釈尊の自覚と生長の家」が書かれている。
 釈迦は最初は主として個人の救いを求めて出家された。生老病死の四つの苦しみである。
マカダ国の皇太子として生まれたのだが、生きる苦しみを考えられたという。食べ物もその奥には殺し合いがあったのではないか、と。
 肉食にしても、多くの動物の苦しみがある。昔はとさつ場というのがあって、牛の最後の状態が分かったが、現代では町の中にあっても完全密閉の建物の中で処理されるので、動物が苦しんでいるのかどうかが分からない。『いのちの食べ方』という映画を見たが、それほど残酷な場面は写していないようだ。
 しかし、釈迦は生存競争、弱肉強食の苦しみを考え、「何のために人間は生きているのだろうか」と、お考えになった。父王は、憂鬱症にかかった太子に元気を出させようと、美し舞姫を連れてきて踊らせたりしたが、彼は元気にならなかった。却って、絹の着物を着ている美人の絹は、眠っているカイコに突然、熱湯を浴びせかけて殺して外側の繭だけを奪って作ったものではかいか、などと考えて却って憂鬱になるのであった。

 庭を散歩していると、浄居天という天人が化けて老人になって現れました。太子は質問します。
「あれは何じゃ?」
「あれは老人でございます。」
「老人とはどこにおる動物じゃ?」
「老人とは、人間の年寄りのことでございます。」今迄太子は、老人を見たことがなかったのです。
「ほう、人間の年寄りか。誰でも年がよったらあんな風になるのか?」
「大なり小なり、あれに近いようになります。恐れながら、太子様でも、いつかはあのいやらしい姿におなりになるのでございます。」

 その言葉に太子は衝撃を受けました。そして、そんな姿になるために、どうして奪い合いの苦しみをしなくてはならないのかと、さらに悩みが深くなるのでした。
 再び、太子が庭を散歩します。すると浄居天が病人の姿に化けて現れたのです。それは、半分腐りかけてただれて、病人の中でも一番いやらしい病人の姿に化けて出てきました。
「あれは何じゃ?」
「あれは病人でございます。」
「病人とは何じゃ?」
「人間はだれでも病人になるのでございます。すべての人間は、大なり小なりあのような姿になって死ぬのでございます。」
釈迦は、「誰でも」の中に自分も入っていることを考えて、深く憂鬱になるのでした。その頃は、まだ『生命の實相』も出版されていないし、生長の家も出現していなかったので、人間の実相や人生の真の目的は分からなかったのです。現代ではすでに生長の家が出現しております。
 誠にも、21世紀は人類と自然との大調和した「完成の世紀」になると考えることができるのではないでしょうか。しかし、そのためには、私たち信仰者の真理実践の信仰生活と伝道の努力次第と云うことになるのでありましょう。
 まずは日々、三正行の実践に専心したいと存じます。
 釈迦はその後、殺生のない世界を求めて出家するのでした。そして、ウルビルワーの苦行林での6年間の苦行の末に、「苦行は悟りの因に非ず」と悟って、苦行をやめます。ナイランジャナー川で沐浴し、菩提樹の下でお座りになり、バラモンの乙女の真心の供養のおかゆを召し上がられて悟りを開かれたのでした。12月8日でした。
 釈迦は、「大いなる力」に生かされていることを知ります。奪い合いの世界の奥にある、自分を生かさずにはおかない御仏の愛を知ったのでした。
 私たちも、食事の時には、このような感謝の悟りを念々失わないようにしたいものです。そのために、私たちは、「食事の神示」をいただいております。
 この第二章をどうぞ拝読下さい。そして釈迦の開悟と共に私たちは心の眼を開きたいと存じます。
 私が若い頃、日野西恵美子さんといわれる青年会ご出身の素晴らしい人からその話をお聞きしたことが記憶にあります。

【人口の増減】
 世界各国の人口の増減はどのようになるのだろうか。日経新聞(2010/10/26)「社説」には、日本はインドとの経済連携協定を行うことが書かれていたが、人口のことも書かれていた。インドは、アジアでは日中に次ぐ第三の経済大国だという。また、人口規模では20年後(2030年)には、中国を追い抜く見込みだという。中間層は消費意欲も著しいという。既に生まれている人口は分かっているので、何年後にはどれくらいになるという予測ができるのだろうか。まだ生まれていない人口に関しては未知数の筈である。

【フラクタル】
2010/10/19の総裁先生のブログに、「マンデルブロー氏、逝く」と題してアイデアとフラクタルのことが書かれている。マンデルブロー氏のフラクタル研究の第一人者である高安秀樹氏は説明する。
「自己相似形とは、”考えている図形の一部分を拡大してみると、全体、あるいはより大きな部分と同じような形になっている」ということだ。もっと具体的には、「たとえば、雲の形を思い浮かべてほしい」と高安氏は言う。「雲の形にもいろいろあるので、ここでは積乱雲を考えてみよう。もくもくとわき上がった雲の各部分は球に近い形に見えるかも知れない。しかし、よく観察すれば球とみなそうと思った形の中にも無視できないほどのでこぼこがあり、さらに小さな球の集まりをもってこなければよい近似にならないことがわかる」。こういうように、部分が全体の形に似ており、全体が部分の形に似ているもの。言い換えれば、全体の中に部分があり、部分の中に全体があるような図形や構造を「自己相似形」というのである。」
 最初この理論を読み、譬えを聴いた時には驚いた。それと同時に、日本の地形と世界地図も同じような図柄になっているのに驚くのでした。オーストラリア人に、「私はオーストラリア主審だよ」というと、びっくりします。そこで、オーストラリアと私が生まれた四国が似ていることを言うと、笑ってしまいます。
 北アメリカと北海道は似ているし、ユーラシア大陸と本州も似ていると言えば似ています。自己相似形なのでしょうか。それとも私の思い込みすぎかも知れませんね。

【クマ大量出没の原因】
朝日新聞(2010/10/25)の社説に、「人と動物、共生の回復を」としてクマ大量出没の原因が書かれている。山が不作である。クマの餌が不足している。里山が過疎化で行き届いていない。人と動物とを隔てる緩衝地帯がなくなっている。里山の崩壊となる。両紙の高齢化により猟師に追われた経験がない新世代クマが人里に近づくのを恐れない。集落を護る放し飼いの犬もいなくなった。などなど、色々と書かれており、解決策の提案があった。
サル、イノシシ、シカの増加による被害も深刻であるという。
 今日は、出雲大社のある北山の当たりを感謝訪問したが、「この当たりは鹿が増えており被害が深刻」と案内の信徒さんが説明していた。いずれにせよ、共生の道を探らなければなるまい。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
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*本日は練成会の最終日だった。
 中内 英生拝

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October.09.2010「聖経による祖先供養の功徳」

October.09.2010「聖経による祖先供養の功徳」
今日の詩::地場産の 施設囲みて ススキ群れ

 『人生を支配する先祖供養』173頁には、聖経読誦による功徳の紹介がなされている。大分県の竹田市の田村富士子さんの体験である。この御文章が発表された時、内容ももちろん新鮮だったが、体験の分析を雅春先生がお書きになっておられるので、非常に新鮮な印象があったことを記憶している。

 田村さんが畑仕事をしていた時、従姉妹が尋ねてきた。大きな子供を背負っていた。四つになるが立とうとも這おうともしないとのことだった。
田村さんは原因をいくつか考えた。①家庭に不調和がある、②先祖への感謝不足、③家庭の人たちに不調和なことがある。それが子供に現れているのであると。④従姉妹さんの母も不幸な亡くなり方をされたので供養の必要がある。
 そのように説いて、一緒に、聖経『甘露の法雨』を読んだ。従姉妹は感動した。そして、家で一週間、同じ時間に家族の皆さんと一緒に『甘露の法雨』を読誦して下さい、と頼んだ。

 従姉妹は夜盲症だったが、家に帰る時には見えるようになっていた。医学的原因はビタミンA不足だが、先祖供養によって治癒することが証明された。
 従姉妹が家に帰ると、姑がちょうど従姉妹が田村さんの家でお経をあげている時間にお線香の匂いがしたという。
 霊界の霊を呼び出した時、高級霊が導きのために来迎する。その時、人間界の不快な匂いを消すために薫香を身に注いでくるという。

 従姉妹が『甘露の法雨』を読んだ翌日から、子供が立つようになった。そして普通になった。
「症状の精神分析」には、立てるべきものを立てていないことを意味する「先祖供養」の障りが考えられるとご教示されております。瞳を、「目の仏様」と呼ぶ地方もある。
「症状の霊的分析」では、霊界の近親者が救われたいという「暗い」精神波動を受けると受信感応した人が光が見えなくなり暗く見えることになる。
 冥界からの霊的波動はラジオの中波みたいなもので、太陽光線によって粉砕されやすい。従って、昼間は霊的波動が粉砕されるので、昼間はよく見える。しかし、夜間は直接に届くので見えなくなると云うことになる。
 しかし、霊界の霊魂が『甘露の法雨』を聴いて悟りを開くと、光の精神波動を放送するので、こちらの夜盲症が治ると云うことになる。
「手脚の運動麻痺の霊的分析」では、霊魂が霊界で目が十分に覚めない場合に、手脚が意識の上に浮かばない。手足がない意識を受信した人が、手がブラブラで、脚が自由に動かない状態が出てくることになる、と。

 先祖供養に於ける聖経読誦は、「人間神の子、不完全な手脚の不自由はない」という真理の放送をするので、霊界も唯心所現の世界であるから、まず霊界の不自由な状態が消滅し、放送の霊波が来なくなり、受信していた人の症状が消えると云うことになる。

 このようにお書きになっておられます。誠にも先祖供養は功徳無限であると云えるのではないでしょうか。
 子供の脚のことで、雅春先生が絵描きの子供の脚が立つようになった話をされたことがあります。そして指導した地方講師の人を、渋谷に尋ねた時、詳しく教えてもらいました。 地方講師の方(ご年配の女性)のお名前を失念しましたが、Aさんとします。Aさんの所へ人形のようにかわいい女の子を母親が連れてきました。子供の足が立たないのです。Aさんは、絵描きのご主人を尊敬していない奥さんに対して、良人を立てるように指導しました。
 そして、その場で、家のにいるご主人に向かってご一緒にご主人を立てる祈りをしたのでした。すると、その場で、子供さんが障子の桟につかまりながら、ニコニコして「神の子、神の子」と言いながら立ち上がったのでした。しかし、帰りにはまた立てなくなりました。そこで彼女はご主人と一緒にA地方講師の指導を受けに来ました。そこで、「絵は審査委員の好みなどを考えることなく、唯描くのですよ」と指導した。絵描きは、「唯描くのですか?ただ…」と非常に感動したようだった。無我無心で描くという意味だった。
 それから絵描きは入選するようになり、また子供さんは歩けるようになったという内容でした。この場合は先祖供養はなかったが、ご主人を立てるということで体験が出たのだった。先祖供養にせよ、中心者を立てるということにせよ、いずれも「中心を立てる」と「脚が立つ」いうことでありましょう。両方とも生長の家のみ教えである。

【ベルギービールのつぎ手日本一】
 こんな大会があったそうだ。東京・銀座でのこと。丁寧なグラスの洗浄、45度傾けたつぎ方、指2本の泡の量、9のポイントがあるという。ビールにご縁のない私にとってあまり興味を引く記事ではなかったが、土屋玲子さんという24才の女性の前向きな考え方に興味を覚えた。朝日新聞(2010/10/22)の「ひと」欄である。今年末、ロンドンの世界大会に出場するという。英語でアピールするそうだ。再びこの「ひと」欄でお目にかかることを期待している。

【認知的不協和理論】
 勝間和代さんの「人生を変える”法則”」が朝日新聞(2010/10/09)に書かれていた。「人は自分を正当化する方向へ考えを変える」というものである。米国の心理学者、レオン・フェスティンガー(1919-89)によって提唱された「認知的不協和理論」である。「どこかで聴いたことがあるなあ」と思ったが、『心で作る世界』112頁の”「認知の不協和」の理論”がそうである。既に学んでいるので、掲載をどうしようかと思ったが、読者の参考のために掲載する。
 ここには面白いことが書かれていた。有名な喫煙を止める話である。
方法①…「喫煙は健康に悪い」という考え方を修正する。→「喫煙はストレス解消になるし、喫煙所でのコミュニケーションにも役立つ」と考えて、吸い続ける。また、この種の人は、方法②を取ろうとして  挫折した人たちに共感と親和性を覚える。
方法②…「タバコを吸いたい」という考えを修正する。→さまざまな方法で禁煙を試みる。
方法①から方法②への変換者…成功する→突然、タバコの害をとくとくと喫煙者に説明し出す。→「本当に喫煙を止めて良かったのだろうか?」という自分の疑問・迷いを消し去るために、方法②の正当性を語り、自分自身を説得しようとするのである。
  そんなことが書かれています。他人を説得することにより自己説得を行うことは知らず知らずのうちに行っていることがあります。神想観の必要性を説くことによって、自分を神想観に駆り立てるということもあるでしょう。
 今日のテーマに関しては、『心で作る世界』112頁~121頁を再読していただきたいと思います。

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*練成会第二日目だった。祈り合いの神想観があった。
中内英生拝

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October.08.2010「祈りは有効か」

October.08.2010「祈りは有効か」
今日の詩::背高の 黄色き花は 外来種
(すごい繁殖力です。何とかなりませんでしょうか。日本の在来種が駆逐されていきます。)

 谷口清超先生著『人生の主人公となるために』の178、179頁には、祈りについてご教示されている。この御著書は、短い御文章で端的に御表現されているので、日々拝読するのに適していると言えるのではないだろうか。本文を拝読してご確認いただきたい。

 「毎日神に祈っているかどうか」、をお聞きになっている。「そんな暇はない」という人もいるが、暇はいくらでもあるとしている。
①ちょっとした休憩時間
②バスを待つ間
 目を瞑って神に祈ることが書かれている。
私心を去る。そして行動する。このことの重要性を強調しておられる。
そうしないと、人は余りにも煩悩に満たされて、利己的な思いをのみ描いてアクセクとして生活しがちである、と。

何よりも大切なことは、「神の御心を生きる」、ということであろう。従って、目的に向かって前進する時でも、過程に於いて、「神の御心(知恵・愛・生命)を生きる」ことが重要となる。
 毎日祈るという定時の神想観は、私は通常、朝は5時10分から行っている。この時間は総裁先生の神想観のお時間に合わせてのことである。「朝ならば何時でもよい」と言えないことはないが、これがまず、弟子としての中心帰一の信仰姿勢として、「できればそうありたい」と願う気持ちの現れとしたいと考えている。

 それに対して、「随時随所神想観」(『新版詳説神想観』148頁)がある。
「随時随所に一分間でも、二、三分間でも、一日数回短い時間神想観をたびたびやることもよろしいのであります」と御文章にはある。その祈りの言葉は、『われ心を空しくして神の御心に従い奉る。神の御心をわれに顕しめ給え。』とご教示されております。 
 ここのご説明は祈る人にとっては実に重要です。本当の信仰者として生きるか、自分の希望を実現するために神様を活用するか、の分かれ目でもありましょう。
 私たちは、「希望を実現するために祈る」、というよりも私心を無くして、神の御心を生きるために祈る、ことが大切であります。それが信仰生活を長続きさせる方法ではないでしょうか。「至道無難」という公案の解が谷口雅春先生著『無門関解釈』に書かれていますが、自分の好き嫌いや好悪を捨てることが大切であると書かれています。それは私心を捨てることでありましょう。「言うことは易く行うことは難しい」と云ったところでありましょうが、最高の祈りは、神に対する自己放棄である、キリストのゲッセマネの祈りであるとされております。

 就寝前の十分間の神想観というのも、『生命の實相』にはご教示されています。
肉体とは何であるか。それは神の子の本質である「知恵、愛、生命」を表現する媒体であり、道具であり、宇宙服である。五欲煩悩とはその宇宙服に付属した肉体維持機能でありますので、それに翻弄されては、地上出現の使命が全うされなくなる嫌いが生じて参ります。従って、祈りに於いて、「無我にして神の御心を生きる」ことができるように祈ることが、神の子誕生の使命達成のための最短距離であるとも言えるのではないでしょうか。
最後に、結論のお言葉が書かれています。
『…煩悩があるがままに、それを越えて「神の声」を聞き、真意に従いつつ生活する。それが真の霊的新時代の青年たる者のあり方だ。肉体を否定するのではなく、それを鍛え訓練し、強力ならしめ、欲望を統御しつつ、崇高な霊的目的に向かって前進する「強者」となることである』。
 私たちは神の子としての素晴らしいご使命をいただいていることを、み教えによってお教え頂いております。そのことに心から感謝いたします。

【海女の存続】
 一度だけ、海女の皆さんを拝見したことがある。ミキモト真珠の工場を見学した時のことだ。「寒いのではないかなあ」と単純に思った。女性は男性よりも寒さに耐える力があるとは聞く。朝日新聞(2010/10/16)に、海女の存続について書かれていた。海女を世界文化遺産にしようという試みである。海女は日韓だけにしかいないという。戦後一時期まで一万人以上いたが、現在では日本でも2千人、韓国も5千人程度であるという。それには、資源減少が背後にあるという。乱獲と海水温の上昇、海流の変化など地球規模の環境変動が指摘されているようだ。
 男の海士(アマ)はいるが、女性は日韓だけである。一説には、男は沖の漁に出かけ、女は沿岸で潜る、と分業できるほど、海が豊かであったからだという。
 人間が欲望に支配されず、人間と自然との共生は陸ばかりではない。レアアースの輸入減少で他国との開発提携が起こりつつある。その国の自然の将来を考えながら、できるだけ環境を破壊しない形の開発を行っていただきたいと願うものである。

【自己知覚理論】
 「自分のイメージは他人によってつくられる」という法則があるという。これは勝間和代さんの「人生を変える”法則”」として書かれている。朝日新聞(2010/10/16)からである。米国の心理学者ダリル・ベムが唱えたそうです。「自分とはどんな人間か」という自覚は、他人から言われたことに起因するというのです。他人から、「あなたは生長の家大好き人間ですね」と、言われると、「自分は生長の家が大好きなのだ」と思って、よけいに活動するようになるというものです。だからこそ、他人から受ける言葉や評価を良いものにするために、自分の言動を素晴らしくすることが必要であるという考え方です。他人から、「あなたは駄目だ」と言われ続けると、やる気が消滅します。そう言われないように努力する必要があります。また、過去の失敗に対して必要以上にクヨクヨと後悔せず、自分を赦すことが大切としています。勝間さんが、「自分を許す」という言葉を使っておられて、私はびっくりしました。幸いにして私たちは、み教えを戴いております。「神想観、聖典等の読誦、愛他行」の三正行で乗り切って参りたいと存じます。
 自分のことで恐縮ですが、中三の時、聖典を読み始めたのですが、父親から「お前の生長の家(の信仰)は既にできあがっている」と言われてハッとしました。それがこの道に入る気持ちになった最初でした。

【日時計歳時記】
 少し前から、今のところ一日約十句(短歌も含める)を作ることにしている。一万句を作ると少し分かるようになる、というNHK俳句での指導者の言葉を聞いたからであった。頭で覚えるのではなく体で覚えるという流儀であろう。その場で作ることはかなり難しい。どうするかというと、日時計日記にその日の仕事内容や気がついたことは書いているので、それを元にして作る。カメラも持参して「これ!」と思ったものを写す。それを見ながら後で詠む。NHKテレビの俳句と短歌の番組はできるだけ見るようにしている。すべて倍速である。時々、どうしても詠むことが出来ない場合は、『季寄せ』も活用する。本当は、「歳時記」を活用すればよいのだろうが、時間的に無理である。そんな感じで、作っている。それに時間が取られて、本来のブログがかなり遅れて来たので、現在は挽回するように努力中だ。日時計歳時記は、生長の家の主な行事や記念日など、できれば網羅しながら、俳句か短歌で詠み込んで行きたいと考えている。少しでもポスジョイ(神性表現)のお役に立つことができれば、との思いである。重要なことは俳句では表現しきれない場合があるので、どうしても短歌となる。一万句まで続けることができるように願っているが、いつも三日坊主の自分なので、できるかどうかはかなり不安だ。

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*練成会第一日目だった。この三日間で私も信仰的にリセットできる。
中内英生拝

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October.07.2010「竜宮へ行ったペーペーチー」

October.07.2010「竜宮へ行ったペーペーチー」
今日の詩::描くものは モミジ描いても フラクタル 
(どこに描いても同じリズムで描いてしまう。従って、生活も全てに於いて、フラクタル的となる。その中心は心であるのだろう。)

 谷口雅春先生の童話集に『竜になった魔物の王様』という本がある。その中に、「竜宮へ行ったペーペーチー」という物語がある。雅春先生と清超先生の童話集はとても面白い。これを機会にぜひ、拝読していただきたいものである。

第一景
 父親が猟に行っている間に、娘のハンサは父親の帰りを待っていました。そこへ泥棒が入ってきました。貧乏なので出すお金もありません。ハンサは泥棒が洋服ダンスを見つけて何か大事なものがあるだろうと言いました。ハンサは泥棒にタンスの鍵を手渡しました。そこへ誰かの足音がしました。泥棒は、洋服ダンスの中に入り、「早く扉を閉めてくれ」と言いました。ハンサは、扉を閉めて鍵をかけました。
第二景
 父親のフリーマンであろうと思ってみると、大男のペーペーチーが一枚のクマの皮を持ってきていました。ペーペーチーが言いました。「クマを倒して皮を剥いできた。この家はクマの皮を買ってくれると聞いたので来たが、買ってほしい」と。
ハンサは言います。「父親は猟に出て留守です。帰って来ても、皮を買うようなお金はないでしょう」と。男は、「洋服ダンスと交換してほしい」といいます。
第三景
 そこへ父親の猟師フリーマンが帰って来ました。獲物がなかったのです。娘のハンサは一部始終を父親に言います。父親は「それは良い買い物じゃ。クマの皮と古い洋服ダンスを交換してくれるとは」とよろこびました。ペーペーチーは泥棒が中に入った洋服ダンスを軽々と肩に乗せて帰って行きました。
第四景
 洋服ダンスの中に入っていた泥棒は驚きました。揺られるタンスの中から泥棒が声をかけました。そして、「お金を貯めたのがここにあるので、命ばかりはお助け下さい」と言って懇願しました。ペーペーチーは開けようとしましたが、タンスの鍵をもらうのを忘れたので、急いでもと来た道を引き返して行きました。ペーペーチーがいなくなったので、短刀で扉の鍵の回りを削り始めました。もう少しで開きそうになった時に、男が帰ってきました。そして、タンスが台無しになっているのを見て怒りました。そして、泥棒の首を掴むようにして、振り回して谷底へ投げ込みました。あとは金貨が入っている財布が残りました。
第五景
大男のペーペーチーは、大金持ちになったので、御殿のような立派な家を建てました。
 話は変わります。ペーペーチーの出生の秘密が語られるのでした。ある日、木こりのマルサムが山へ木を切り出しに行ったところ、何か幼虫のように木の若枝の上に、指先ほどの小さな子供が腰掛けているのを見つけたのでした。余りにかわいいので、連れてきて養っていたのです。指先ほどの大きさしか成長しなかったのです。きこりは、その小さい子供に、「お父様」と言わせて大変かわいがりました。ポケット中にいつも入れて連れて行きました。
 ある日、山の広場で小人を遊ばせていると、雲を衝くような大男が出てきました。そして、「この子供を私にくれ」と言いました。大男は恐怖で震える木こりのマルサムから小人を連れ去りました。
 それから十年ほど経ってから、一人の大男が木こりの家を訪れました。木こりは驚いて震えていました。その大男は、「お父さん!!」と言いました。よく見ると、かわいがっていた小人だった子供でした。
「私は、森の中の小人の子供です。いつもお父さんのポケットに入れていただいていた時までは、小人でした。でも、連れて行かれた所では、どの人もみな大きいのです。私は、「人間はみな大きいのだ」と思うようになると、急に私の体が大きく生長してきて、今ではこんなに大きくなったのです。私を連れて行った大男は、”お前はこれだけ大きくなったのだから、お父さんの所へ帰っても良い”と言ってくれました。それで私は帰ってきたのです。親孝行をしたいのです。
 畑を耕すのですが、余りにも力があるので、却ってうまく耕すことが出来ません。そこで父親は、「あまりにも力が強すぎるので山へ行って獣でも撃ち殺して生活しなさい」といって、山奥へやっておいたのでした。

 ここからが本番の展開となり大変に面白いのですが、紙数不足で内容のご紹介はここで終わります。周囲の人々を見て、「自分も大きくなるのが本当だ」、と考え始めると大きくなったというのです。脳科学的に云うと、脳が疑似体験をするのでありましょう。「自覚」が彼を変えたとでも云えるのではないでしょうか。神の子の素晴らしさを自覚したいものです。

【ES細胞、米で初の臨床試験】
 倫理的に問題があるというES細胞の臨床試験が始まったようだ。日経新聞(2010/10/13)である。不妊治療で余った受精卵を、…余ったと云うよりも複数の卵細胞を受精させるのだが。病気や怪我の患者の移植する。すると神経や骨や筋肉など、さまざまな細胞に成長するという方法である。
 それに対して、iPSだが、皮膚細胞から取り出した細胞を元にして、iPS細胞を作り、同様にして、神経、骨、筋肉などの細胞を作るというものである。こちらは倫理的には問題が減少する。

 米国のベンチャー企業ジュロンは10月11日、どんな細胞にも成長できる万能細胞(ES)を使った再生医療の治験を始めたと発表したらしい。交通事故などで脊髄を損傷して、首から下が麻痺する場合もある。そのような場合にも治癒の可能性がでてくるのであろうか?
 受精卵由来のヒト胚性幹細胞(ES)を脊髄損傷の治療に使う世界初の試みであるという。日本でも動物実験が進んでおり、治癒に注目が集まるとしている。
 皮膚細胞などから作れる新型万能細胞(iPS細胞)を医療応用する研究にも同社のデータは大きく役に立つとしている。

 脊髄を構成する中枢神経は事故などで傷つくと回復しない。それに対して有効な療法でもあり、ES細胞から作った神経を移植すれば失われた機能が回復する可能性があるとしている。
 日本では、万能細胞の臨床研究に関する国の指針はできたが、受精卵の取り扱いルールなどは検討中の段階であるという。医学の進歩に法律がついて行けない状態のようである。動物実験では成果が出ている。これは私もテレビで見た。それらに関して、倫理面より色々と考えねばならないのだろう。これらの問題を考える上で、是非とも、『神を演ずる前に』と『今こそ自然から学ぼう』の二冊を熟読されることを希望する。

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*今日は木曜休日で静かな一日だった。
中内 英生拝

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October.06.2010「最後の審判」

October.06.2010「最後の審判」
今日の詩::休日に 野鳥と犬の 声庭に
(あらためて耳をそばだてると、聞こえて来ます。静かな休日です。)

 谷口清超先生著『解決できない問題はない』の139頁~142頁には、『”最後の審判”に就いての神示』について説かれている。強く印象に残るお言葉と大要を書き出して見た。御著書を拝読願いたい。

 「”最後の審判”と称するのは、結局今のことである」、と。今がすでに最後の審判である。
 「キリストとは肉体にあらず、”真理”である」とは、真理がいつも現在してそこに心の法則が現れて、良いことをしたら、良い結果が現れる、悪いことをしたら悪い結果が現れる、という意味である。従って、「身口意の三業の種」を撒くのが最後だという訳ではない。
「キリストとは肉体にあらず、”真理”である」とは、肉体を持ったキリストの再臨というものは無い、ということが「明らかに」書いてある。  
肉体のキリストが出てくることなどは、待ち望んではいけない、と否定している。
「吾は既に此処に臨れるに非ずや」とは、「今もう既に真理が天降っているではないか。真理の充満している世界があるではないか」という意味である、と。
「真理(ワレ)来たって、虚妄(マヨイ)を審判(サバ)き」とあるのは、暗黒が消えることである。光が来たら暗黒が消えることである。「消滅する。無い。無が現れてくる事」を、審判くという言葉で言われる場合もある。裁判所の裁判官が裁くとは、意味が違う。
別の言葉でいうと、「すべての虚妄と暗黒とを地獄の火に投げ入れてこれを焼き滅ぼす」となる。これは古来宗教的にこのような表現が時々使われてきた。

『今こそ最後の審判であると知れ』とあるのは、常に今だから、いつもが最後の審判であるということになる。毎日毎日が最後の審判なので、「最後」というものは無いことになる。
   それは虚妄の自分が焼かれるのであって、地獄の中で焼かれると言うが、実は本物の自分が現れてくることになる。
「神様がそんな迷っている人間を作っている筈はないではないか」と神示にはある。虚妄の人間は実在ではない、と生長の家の真理そのものが説かれている。
 非実在とは「無いもの」のことである。変な世界はすべて、「地獄」=「非実在」であるとする。
 ここには、文学的、宗教的な言葉を随所に使いながら、『”最後の審判”に就いての神示』が説かれている。

 この神示は、『新編 聖光録』に掲載されている。また、『祕められたる神示』(神示講義<祕の卷>)には御講義が説かれている。
 私は、練成会で浄心行の先導をさせていただくことがあるが、この神示を拝読する時間がある。神示の内容に関しては上記の通りであり、それを意識しながら朗読を聴くことができるとさらに素晴らしい浄心行になると考えられる。
 ご解説は、結論するところはみ教えの真髄である「人間神の子本来罪無し」の真理を御表現されたものでありましょう。

【アルマ望遠鏡】
 よその惑星系を見るために、大型望遠鏡の建設が進んでいるらしい。先日、落盤事故から33人が救出されたチリでのことだ。南米チリのアタカマ高地である。標高は5千㍍で酸素が地上の半分だから観測には最適だという。巨大アンテナの能力に相当する望遠の能力を持たせる66台のアンテナを配置するらしい。視力でいうと、東京から大阪の1円玉が見分けられる視力である。日米欧がチリの協力で行う総額約1200万円のプロジェクトだ。また。
 長野県野辺山の電波望遠鏡は、ミリ波という領域では30年間世界一の座にあるという。このアタカマ高地を命がけで踏破し、観測の適地であることを見つけたのも日本の研究者であるらしい。日本の宇宙への技術は高い、と言えるのではないだろうか。これは、朝日新聞(2010/10/20)に掲載されていた。これは一度、NHKのテレビ番組で見た記憶がある。  http://alma.mtk.nao.ac.jp/j/

【紅茶は如何?】
 コーヒー党は多いが、紅茶というと上品な人という感じがする。喫茶店ではコーヒーは一杯だけ出されることが多いが、紅茶はポットに入れられて数杯を飲むことが出来る。その紅茶の国際価格が10%安くなっているらしい。こちらの都合が良いことは、先方のとっては不利益であるということだろうか。今年のスリランカの紅茶生産量は過去最高水準が予想されているという。日本向けが6割である。さて店頭価格はどうなっているのでしょうか。国際価格は下落しているが、二年前に比べると四割高くなっているので、さしひきすると、高くなっているということであろうか?

【指揮者の登竜門に準優勝】
女性初だそうだ。国際的指揮者の登竜門とされるアルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールの決勝が10月16日に、イタリア北部パルマというところで行われたが、ミラノ在住の三ツ橋恵子さんが準優勝したという。このコンクールで女性が準優勝以上になったのは初めてであるらしい。彼女は小澤征爾さんらに師事した。2008年にはアントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最年少で優勝したとされる。がんばっていますね。素晴らしいことです。産経新聞(2010/10/18)に掲載されていた。 
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20101018/enn1010181143000-n1.htm

【ラニーニャさらに活発化】
 日経新聞(2010/10/13)には、世界気象機関の予測が出ている。ラニーニャ現象は世界各地に異常気象をもたらすとされる。2011年3月頃まで続き、今後さらに活発化するという。
 太平洋赤道付近から南米ペルー沖の海水温が低下する現象だが、特に南米大陸では干ばつを引き起こす可能性があるようだ。従って南米での穀物生産が減少し、ロシアの輸出制限を機に上昇した小麦などの価格がさらに高くなる可能性があるとしている。
 日本などの北半球の中緯度帯の猛暑は、これが原因の一つであるとみられるとしている。
日本はこれから冬になるが、一部を除いて気温が低くなり、雪が沢山降るそうである。中国山脈の山越えにスノータイヤが不可欠になるかも知れません。隠岐の島への船は出港しますでしょうか。神様のお仕事なら大丈夫でありましょう。 

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*今日は母親教室の出講講師勉強会と栄える会役員会があった。栄える会は開催のたびに、会員が少しずつ増加していることがうれしい。
 中内英生拝

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October.05.2010「日時計主義の新展開」

October.05.2010「日時計主義の新展開」
今日の詩::日時計の 秒針刻む たび毎に 明るきことを 思う数とす

 谷口雅宣先生の御著書『日時計主義とは何か?』の160頁には新しい展開の仕方について書かれている。それはまず、『日時計日記』をご紹介しておられる。島根でも、日々、書いている人は多い。その人達は総じて明るい顔をしておられる。それは常に明るいことを心に描き、明るいものばかりを見るように努めるからであろう。原文を拝読いただきたい。

 それは、日時計主義は実相独在の信仰と唯心所現の真理を体現した生活である。現象的には、光明が十分に現れていなくても、現象の背後にある実相を信じる。それを言葉で認める。引き出すことで地上に光明を現すものである。
 現在、私たちはメディアを通して情報を収集している。また、逆にインターネットや電子書籍などの媒体を使用して、明るいニュースや楽しい出来事を世界に発信する必要がある。 昭和初期に印刷媒体を使った生長の家が、平成の時代にもっと新しい媒体を使わない理由はない、ということである。結果的に「効果的な運動を進める」ということになる。

 御文章では、「こんな良いことがあった」とか、「こんな美しいものを見た」とか、「こんな素晴らしい人に会った」とか、「こんな良い願いを私は持っている」などということを、インターネットの日時計日記版に書き込むことを勧めておられます。これは現在では、「ポスチングジョイ」となりましょうか。
 私個人としても、毎日投稿しているのだが、反応はイマイチであるが、自分で投稿するには、明るいことを毎日、沢山発見しなければならない。いつの間にか、光を見る性格に変わってきたように思える。光を見る心でないと光の世界を作り出すことは出来ない。これは闇の夜を光明化する鉄則である。

 教えを知ることと、実践することが重要です。それは知行合一ともいいます。知信行ともいいます。
 因みに、「日時計日記」を書いている皆様にどんな内容を書いているかをお聞きしたことがあるが、毎日、同じ内容を書いている人もあった。家族への讃嘆はかなりの人が書いていた。
①今日は雨が降って善かった。良かった、と考えると次の一手が思いつくようです。当然ながら、雨が降ったら、「雨が降って良かった」と書きます。晴れると、瓦拭きの仕事に都合が良いし、雨が降ると傘屋が儲かるという訳です。
②犬と散歩が出来て良かった。日課の人もおられるでしょうが、これも有りがたいことである。
③身体が健康で良かった。健康は有りがたいです。健康管理が大切で暴飲暴食を慎み、適度な運動を行うことがよいようです。
④海がキレイで良かった。日本海はいつもキレイなのだが、島根は海を見ることが多いので、山も同様である。それも書く。
⑤朝、神想観が出来て良かった。当たり前のことだが、それを書く。
⑥待ち合わせで待ちぼうけとなってよかった。聖経を読むことが出来た。私流に云えば俳句が一句できた、となるのでしょうか。
⑦○○さんに会えて良かった。この書き方ならば、相当書ける。
⑧電車が快適で良かった。余り快適でなくても、快適だと言い切る。
⑨ケイトウの花に会えて良かった。花も人みたいなものだ。
⑩『生命の實相』を読めて良かった。当たり前だが感謝して神性表現をする。
 こんな感じで書いていると、毎日10個は書くことができる。いつの間にか、光を見る自分自身が光の波動を出している。従って、光の世界を同波長の法則で引きよせることになるという訳である。

【野生の逆襲】
 これは漁師さんが減少していることに比例するそうである。朝日新聞(2010/10/20)に掲載されていた。肉食は牛やブタや鶏をいうことが多いが、この場合は野生である。獣の被害が急増しているそうだ。山梨県に国際本部が移転するが、それの野生に遭遇する可能性もあるかも知れない。
 サル被害は、「栽培している椎茸を手で払い落として遊ぶ」のだそうだ。シカ被害は、「農作物や木の新芽、貴重な高山植物などを食い荒らす」という。イノシシ被害は、「収穫直前の稲をなぎ倒して体についたダニなどを落とす」という被害であるという。鹿の被害は、北山の麓にすんでいる信徒さんにお聞きしたことがある。北山は鹿が増えているらしい。
 銃規制強化が拍車をかけているとしている。人間が動物の生活圏に進出していったことはここには書かれていないが、基本的にはそういうことであろう。
東京農工大の小池伸介助教授は保全生態学という学問の専門家であるとして、狩猟圧がなくなると鹿、イノシシの増加に拍車がかかるとしている。そうすると、狩猟期に人間に追われた経験のない熊を生む。人を恐れない、「新世代クマ」が誕生し、これが人と遭遇する可能性があると指摘している。都市化にも問題が山積するが、山林に分け入る場合には、乗り越えなければならない現代的課題があるようだ。

 昨年度の野生による被害は、昨年度約222億円で、8道府県で過去最高額であるという。特産のわさびや椎茸への栽培の被害が著しい静岡県伊豆半島では、約2万頭の鹿がひしめくという。県では猟師によって減らそうと懸命だがうまくいかないようだ。代案は、自衛隊とオオカミであるという。オオカミ案は大分県豊後大野市であるという。モンゴルや中国から輸入して山林に放つ案である。しかし、これは生態系に影響を与える可能性があるとして、環境省が否定的であるらしい。オオカミ案にしても農家の被害を減らすのが目的である。人間の都合で行う方策は知らず知らずのうちにどこかに矛盾をはらんでいるのかも知れない。ニホンオオカミは明治政府が賞金をつけて絶滅させたと聞いています。日本のアホウドリでも羽の乱獲で絶滅寸前で何とか食い止めています。日本の朱鷺は、これも絶滅しました。現代ではどの「種」でも、人間が関わらずに絶滅することは無いようです。
 
【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】 http://masanobutaniguchi.com/

*今日は楽しい会議があった。会議は楽しい方が良いアイデアが生まれるように思う。
 中内英生拝

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October.04.2010「四無量心を完成するもの」

October.04.2010「四無量心を完成するもの」
今日の詩::おぼろ月 眺めるに足る 秋の宵

 谷口雅春先生の御著書に、『生活と人間の再建』という本がある。109頁には、「第八章 愛の諸段階に就いて」「四無量心を完成するもの」という御文章が掲載されている。
  愛の意味について詳述しておられる。
「愛する」とは愛翫するということではない。それは愛着である。または所有欲の部類になると説かれている。利己的な感情でもある。

 真の愛は利己的なものを完全に脱却したものである。釈迦が悟りを開いた時に、「諸愛悉く解脱された」と阿含経には書かれている。諸愛すはわち諸々の愛着が悉く解脱されたときに、「法愛」に到達するとある。
 愛するとは、小鳥を籠の中に入れて愛翫することではなく、小鳥を自由に放ち去ることである、と。

 仏の四無量心が、真の愛である。四無量心とは、慈悲喜捨の四つの無量に深い心である。
慈悲…苦しめる者を可哀そうに思い、その苦しみを抜いてやり、楽を与えてやりたいという心である。そこには好悪は存在しない。キリストの「己の如く汝の隣人を愛せよ」「汝のうちいと小さきものになしたる憐れみの行為は、われになしたるなり」という意味になる。
 
 東方阿閦如来がライ病患者の姿をもって現れて、光明皇后に対して「自分の背の膿血を吸え」と言ったという。それに対して、求められるままに膿血を吸われた光明皇后は、好悪によって膿血を吸ったのではない。好悪を絶した絶対慈悲の立場からライ病患者の背に唇をあてられたのである、と書かれている。

「好き」は「愛」の芽生えであり、入門であるが真の愛ではない、と喝破しておられる。ここには、五官感覚のレベルも書かれている。そして、真の愛は、「眼に美しく感ぜずとも、耳に妙なる音楽を聴かずとも、一切の五感を超えている。現象にどんな形が現れても五官感覚を超えて、相手の実相が「神そのまま」にして完全であることを見て礼拝する。実相円満の姿を見て尊敬し、礼拝するのが、「真の愛」である、と説かれている。
 学生時代の”お山の集い”で、谷口輝子先生が、「愛するとは実相を観ることです」と言われたお言葉を思い出す。
 イエスがラザロの死を見て、「イエス涙を流し給えり」という慈悲の心を起こされた。それは同悲の心である。相手の悲しみを自己に摂取して自分の悲しみとして感ずる。しかし、これでは相手の不幸を消すことは出来ない。自己に摂取した相手の不幸が、実相に於いては、「非実在」であることを見る。その「観照」によって相手の不幸を消す、と書かれている。私は、「観照」という言葉を初めて知った。
 
 一旦、相手より自分に摂取した苦厄を、真理によって照見し、それを無と見て、空じ去って浄めるとしている。これが真の慈悲である。般若心経にある「観自在菩薩の深般若波羅蜜多を行じ給う時、五ウン、すなわち物質とその感受する想念意識で現わされれる一切を皆空であると見た時に於いてのみ、全てを救うことが出来るという。これは極めて重要だ。

 慈悲は入りやすいが、「喜」すなわち他人の喜びを自分の喜びとすることは必ずしも出来ると云うことではない。しかし、その段階に入ることが必要である。
 そして、最後は、捨徳こそ四無量心を完成するものである。同時に最も為しがたき徳行であるとしている。捨徳は、「愛する者」を「愛するがゆえにこそ」捨て、放つのである。

①小鳥を自由に放つ。
②愛児が瀕死の病にかかってどうすることも出来ない時、「御心ならば天国になりと、どこへなりと引き取り給え」と祈りうる全托の心境になることをいう。
③イエスの祈り「神よ、御心ならば、この苦き杯を吾より取り去り給え。されど吾が意を為さんとにはあらず、御心のままにならしめ給え」との祈りが捨徳の完成である。
④「神への絶対帰入の愛」…「汝、心を盡し、精神を盡し、魂を盡し、力を盡して汝の神を愛すべし」との愛が捨徳である。

 だいたい、このような意味のことが説かれている。愛に関する全てが説かれているように思う。最後に、スターデーリー著『愛は刑よりも強し』をおすすめになっておられる。従って、島根の皆様は是非とも上記の二つの聖典を拝読していただきたいと願っている。

【能力】
産経新聞の「産経抄」(2010/10/14)には、フェニックスで地下700メートルから脱出する人々の中に、1972年アンデス山中で起きた航空機墜落事故から生還したウルグアイ人のグループも含まれていると書かれている。その過酷な体験記が『アンデスの奇蹟』に書かれていると云うが、生存者の一人、ナンド・パラードさんの言葉が印象的だった。彼によると、「活溌に意識を高めて生きる能力と、人生の一瞬一瞬を心穏やかに、感謝の念をもって味わう能力」を与えられたという。「人生の一瞬一瞬を心穏やかに、感謝の念を持って味わう能力」とはまさに、日時計日記を記載する時の能力ではないか。私たちは、知らず知らずのうちに、日時計日記を記載しながら、貴重な能力開発を行っていたのであると思うが如何でしょうか。

【意見の表明】
インターネットでは私はこのブログを開設させていただいているが、日時計主義に於ける「神性表現」や、総裁先生の御著書やブログの御文章に就いての「意見表明」が主たる任務であると感じている。御文章は新たに展開されるみ教えであり、それを信徒の一人としての自分自身がどのように受け止めることが出来たかの表現でもある。従って、おそるおそるの面があるのはやむを得ない。そのようにして、少しづつでも一歩一歩、前に進みつつ御心を少しでも島根教区に実現することが出来れば誠にも幸いである、と思う。

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*今日は一日、会議が夜まで続いた。おつきあい下さった方々に心から感謝である。
中内 英生拝

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October.03.2010「本当に人間が成功する要素は」

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October.03.2010「本当に人間が成功する要素は」
今日の詩::茶の湯のむ 秋風受ける 縁側で
(良いですねえ。こういう余裕がよきアイデアを生み出すのではないでしょうか。常に余裕のある人生が心を豊かにしてくれます。運転のハンドルでも”遊び”があるので運転に余裕が出来るのです。心に余裕のある生き方をしたいものです。俳句や絵手紙などの右脳開発はその部類ではないでしょうか。)

 『新版 幸福を招く365章』の32頁には、「本当に人間が成功するには」という項目で書かれている。その中には、次のような内容がある。

 どんな人間にも、愛と知恵と生命が宿っている。それを働かせば、富となり、必需品の供給となる。
 不自由をかこつ前に、「自分は知恵と愛と生命とを出して取り組んだか」どうかを反省する必要がある。
 人任せにしたり、行き届いた考慮をしなかったり、計画が緻密でなかったり、根限り働くことがなかったら、成功するはずがない。
 誰かがやってくれるだろう、と人任せや神任せにするような甘いことでは成功しない。
 また、富は蓄積ばかりに用いてはならない。富は自分の能力を増やし、知識を増進し、愛を実践するために使用する。使い切れない部分の富は、人類を光明化し救済するために使うべきである。
 いざという時にと思って蓄積した富は、実際にいざというときが来て使ってしまいがちである。いざという時を予想する心は、いざという出来事を引きよせる磁石となる。
 自分の能力が今まで以上に発揮する場合には、彼の物質的収入が以前よりも減少することは決してあり得ない。
 将来の収入減少や、やがて来たる老衰や病気の治療費のために富を蓄積するということは愚かなことである、とご教示しておられます。
 
是非、原文を拝読していただきたい。自分の能力を今以上に発揮するとはどうすることであろうか。それは、自己の資質の向上のためにも努力するということでありましょう。知恵と愛と生命を出し切ることが必要である。
 必需品の供給があるとは、正当な必需品のことであろう。
最近は、タバコの値段が上がったが、タバコという必需品が手に入りにくくなったという意味のマイナス思考的なご本人にとっての必需品であっても本当の必需品ではないようだ。
 島根では、「タバコをする」という言葉があると、聞いたことがある。
ある時、お嫁さんになった人と姑さんが仕事をしていた。お嫁さんは他県の人だった。仕事が一段落した後で、姑さんが言った。「そろそろタバコにしましょう」と。
すると、お嫁さんは、女性がタバコを吸ってもよいと姑さんが言うとは思わなかったので、大変喜んだ。そして、そのお嫁さんは喫煙癖があった人だったので、懐からご自分のタバコを出して吸い始めた。それを見た姑さんはびっくり仰天した。
『あんたはタバコをお吸いなさるんかね?』と言ったそうだ。何と、「タバコにする」とは、休憩するという出雲言葉なのだった。
出雲言葉は大変温かみがあり、私は好きな方言である。「あげな」「こげな」「そげな」と言うが、「あんな」「こんな」「そんな」という意味だそうだ。ここでお世話になり二年半も経ったので、少しだけだが出雲弁を覚えてきた。

 元に戻るが、今日の仕事に生活に、精一杯、知恵と愛と生命とを出し尽くして生きて参りましょう。

【アマゾンで植林活動】
朝日新聞(2010/10/16)には、「ひと」欄にアマゾンで植林活動を続ける開拓移民一世の長坂優(マサル)さんという70才の人を紹介していた。生長の家では、オメガの森プロジェクトとして、ブラジルで植林活動を行い、二酸化炭素の相殺を計るという計画がある。30年を1サイクルとするようだ。その関係で、長坂さんの記事が私に興味を引きつけた。内容をご紹介したい。
 高さ30メートルの木が倒れる時には地響きが起こるそうだ。乾燥させた木を燃やすと真っ黒な煙が立ち上る。アマゾンの原生林を切り開きながら、それらに征服感を感じていたという。彼は今考えてみると、それらの地響きや煙は自然が発する断末魔の悲鳴だったのだろうか、と反省するのだった。
「自然の恩恵を受けていた百姓が、破壊者になっていた」と気がついた。彼の名刺の肩書きは何と、「アマゾンの百姓」である。移住してから45年だという。開拓した農地は東京ドームの約900個分に当たる約4300㌶である。一時は一週間に3万~5万ドルも稼いでいたという。一ヶ月にするとすごい金額だ。
 愛知県生まれだ。東京農大時代に、戦後初の学生研修生として、一年間、アマゾンの農場で過ごしたという。
 1965年に、大農場主になる夢を描いて、河口の町から360㌔離れた原生林に一人で降り立ったとしている。
 「開拓しただけ自分の土地になる」と移住を仲介した外郭団体の人が言ったそうだ。おので大木を一日一本切り倒すのだった。数年後は、チェーンソーやトラクターを手に入れ、一気に切り開いたという。それが、十行目の慚愧の言葉となる訳である。
 農場経営は軌道に乗ったようだった。しかし、88年に日本から訪れた母親(94才)と兄(72才)に大農場を見渡す丘で言われたのだった。
「なぜ、こんなに暑いの?」「優!木を切りすぎたのではないの?」と。
その一言で、長坂さんの目が覚めたのだった。
 私は「この人は大変素直な純粋な考えを持っている」と思った。
 開拓仲間の日系人らに呼びかけて、90年に現地で植林に取り組む団体を設立したそうだ。20年間で112㌶に5万6680本を植えたのだった。
 「我々は豊かになったが、まだアマゾンに恩返しをしていない」。植林を一緒に勧めていく仲間の言葉が活動を支えているという。
 「ひと」欄を読んでみて、『長坂さんは生長の家の活動のことを知っているのではないか』と思った。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】

*今日は午前中は会議、午後は推進に出させていただいた。今日も一日、誠に有り難うございました。
 中内 英生 拝

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平成22年10月15日(金) 日時計歳時記 今日のテーマ「フウセンタケ」

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平成22年10月15日(金)  日時計歳時記 今日のテーマ「フウセンタケ」

*今日は松江で写経と先祖供養祭を行った。天気は上々でした。

⑩フウセンタケ 山の自然児 駆け巡る
(フウセンタケのことを先生がお書きになっておられる。せめて、俳句だけでも、フウセンタケを見たことにしてご一緒させていただきたいと思います。)
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⑨フロントに 朝見る落ち葉 日ごと増え
(落ち葉が自動車のフロントガラスに落ちているのを見る数が、秋が深まるに連れて多くなってくるように思える。落ち葉も実に美しいではないか。)

⑧絵を描きて 赤鉛筆で 紅葉狩り
(紅葉狩りに行きたいがなかなか行けないので、せめて赤鉛筆でモミジを描いて、それで満足することにした。島根のモミジ葉は美しい。)

⑦アマゾンで 樹を植え大地に 恩返し
(アマゾンで、植樹しているという日系の男性の記事が2010/10/16の朝日新聞(「ひと」)に掲載された。自然への恩返しであるという。)

⑥畑に立つ 家に子供の 賑やかさ
(実に賑やかです。しーんとしているのよりかは良いですが、賑やかなのもよいです。周囲が静かなので、声が自然界に溶け込んでいきます。)

⑤朝晩に 三正行で リセットす 何も変わらぬ 今日のルーティーン
(人生をよりよく生きる原理と方法をお教えいただいていると云うことは、何と幸運なことでありましょうか。生長の家のみ教えをいただき、本当に良かったと思います。)

④増えつつも ドングリ次第の 熊情報 
(10月16日の朝日新聞の天声人語に熊の当たり年のことを書いている。熊は増えているという。熊が増えると問題が起こる率も高くなるようだ。自然と人との調和はこれからである。)

③宍道湖に 浮かぶ鴨らの 家族仲(家族が仲がよいと聞いている。それを狩ることは忍びない行為でありましょう。湖を見ながら思ったことである。)

②息を止め 写経にこころ 込めて書く
(書いていると、精神統一ができてくる。いや、そうしないと字を間違って書いてしまうからだ。写経により精神集中力を養成できるのかも知れない。)

①ススキ原 風はしり行く 先に河
(NHK俳句で、兼題が「ススキ」となっていましたので、自分でも作ってみました。)

光明島根人

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平成22年10月14日(木) 日時計歳時記 今日のテーマ「入龍宮幽祭殿」

Photo 平成22年10月14日(木) 日時計歳時記 今日のテーマ「入龍宮幽祭殿」

*今日は入竜宮顕祭殿の落慶日であった。昭和46年のことである。私にとっては木曜休日でもあった。

①秋八角 超高圧の 龍宮界
(宇治の神癒の社は、八角堂である。霊的超高圧の神癒の社であると考えられる。ここでの神想観を私は大好きだ。)

②紅葉の 神癒の社 入竜宮
(対比的に、総本山の出竜宮顕祭殿がある。)

③幽祭殿 師のお姿の 端座せる 紅葉の秋や 雪の降る日も
(四季を通じて、祈りに徹せられる師のお姿のような気がします。継続こそは祈りの神髄の一つなのでありましょう。)

④地の下に 700メートル 耐えしのち 地上に出でし 歓喜ひとしお
(本当にご無事で良かったです。作業員を助けるために地球全体が一つになったような感じではないでしょうか。) 

⑤チリの地下 三十三の 作業員 無事に生還 地球も喜ぶ
(ちょうど33人だそうです。観世音菩薩様の数でしょうか。ほんとに良かったです。)

⑥団結の 二文字に集う 唐傘の 連判強し 地上生還
(傘の骨のように中心から放射状に名前を書くという書き方である。傘連判(カラカサレンバン)というのだそうだ。それは団結の強さを表現するという。)

⑦チリ落盤 地上生還 喜びて 吾が家族たち 今日も生還
(チリの落盤で地上に救出された人々と同じような喜びで、今日お帰りになるご家族を出迎えたいものです。今回の事故は私たちに家族の大切さを教えてくれたのではないでしょうか。)

⑧名も知らぬ 秋の陽に咲く 庭の花
(名前を知らない花がいっぱいあります。それぞれに個性的に進化した美しい花ばかりです。秋の花です。)

⑨秋風が 背を押し山へ キノコ狩り
(行けるかどうかは別として、行きたいなと思っています。さわわかな季節です。一年で一番かどうかは分かりませんが、過ごしやすいようです。)

⑩モミジ葉を 浮かべ宍道湖 水面(ミズモ)揺れ
(何とも、ゆったりとした宍道湖の風景です。シジミ漁の船が浮かんでいます。ここにいることを感謝しています。)

⑪ウサギ追い アリスは落ちる 穴の中 ワンダーランドで 無限力出す
(3D映画の『アリスインワンダーランド』を見ていないとこの文章は理解し難いです。子供にせがまれて、『アバター』を見ずにこの映画を見ました。それなりに面白い映画でした。)

光明島根人

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October.02.2010「如意自在の生活365章」

Photo_2 October.02.2010「如意自在の生活365章」
今日の詩::秋のバラ 秋に合わせて 咲きにけり
(そうかも知れないね?)

 『如意自在の生活365章』250頁には、「仮相には実相をもって相対せよ」というテーマでご教示がある。この言葉は、『甘露の法雨』の中にある言葉でもある。
10行にわたって書かれている。大体の内容は次の通りである。

 悪は本来、非存在であるから、悪が現れた時、興奮したり、激怒したり、取り乱す必要はない。
 心を鎮めてから、静かに「そのような状態は存在しない」ことを念ずる。その見せかけの悪の奥に慈悲の神、愛の神がましますことを瞑想する。悪なる見せかけが消えつつあり、すでに善なる実相が現れてきつつあることを繰り返し念ずる。
 そして、心が落ち着いた後に、自分の心に、「その問題を如何に処理するのがよいか」について思い浮かんできた通りに処理すればよい。
 現象界の「悪と見える問題」を「無い」と考えるだけで、手を拱いて傍観し、「処理する必要はない」というのではない。それを処理する場合に、まず心を平和にして、「実相の現れる知恵」を呼び出して処理すれば、現象に対して、現象智を出して処理するよりも、現象に対して実相智を出して処理する方がすみやかに現象が好転するからである。
聖経『甘露の法雨』には、「仮相には実相をもって相対せよ」と示されている。

 神想観はその時の最高の方法である。勝方便が雲の如く湧いてくる。
2010年10月11日の総裁先生のブログには、実相を観ることと、適切な現象処理についてご教示されている。拝読下さい。テーマは「実相を拝せば軍備は不要?」である。
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 さて、勝方便であるが、自分が有限な人間であって、適切な処理を行う能力がないと考える時、良い知恵は湧いてくるのであろうか。それは無理というものだろう。ではどのようにして…。
 自分を神の子として礼拝し、大力量人として自覚することである。自分は神の子であり、完全円満である。この自覚が徹底すると、どんな問題に対しても傷心することも悲観することもない。どんな状態であっても、それを回復することができると信じることができるからである。神の子を、別名、大力量人ともいう。あらゆる方面に於いて実力を発揮できる筈である。その力を自ら放棄してはならないとしている。
 神なる父と息子なる自分とは一体である。父の力は息子に遺伝されている。悪は本来無いので、本来無い悪を征服するくらいは何の造作もない、とご教示されている。

 それにはやはり自覚することが大切である。聖典等を拝読し、神想観を行じ、愛行による神の祝福を放散する。これが信仰の1サイクルとなるのである。365章シリーズは多いが、私見で恐縮であるが、この聖典は特に愛読させていただいている聖典である。島根の信徒の皆様、拝読いただきたい。

【タカラジェンヌ】
タカラジェンヌが認知症に強いという記事があった。産経新聞(2010/10/11)からである。勿論歳をとってからの話である。宝塚歌劇団のOGで、神戸大大学院を卒業した桝谷多紀子さんが、平均年齢80才の宝塚OGの認知能力や脳の機能を調べてまとめた論文を、国際医学雑誌に発表したという。
 現役時代の歌やダンスの練習が影響していると分析しており、専門家は認知症予防に繋がる可能性もあるとして注目しているらしい。
 私たち島根の生長の家ではご高齢でありかつ、お元気な人々が沢山おられる。90才を過ぎてインターネットをやっている人もいる。光明化運動を現役時代と同様に続けている人が特にお元気であるようだ。「タカラジェンヌの法則」に一致するのでは無かろうか。
桝谷さんは今回、さまざまな調査をしたようだ。
 神戸学院大の前田潔教授は「若い頃に音楽や踊りに集中することが認知症の予防に役立つ可能性を示唆しており、評価している。さらに、桝谷教授は、「薬や手術だけが医学ではない。芸術活動が健康や生き甲斐にも役立っているのではないか」としている。
 なおさら、光明化運動はそれ以上ではないでしょうか。タカラジェンヌではないが、シマネジェンヌさん達が毎日、講習会推進に真心込めて邁進しておられることを、心から感謝申し上げます。

【ノーベル賞 体外受精技術】
「新生児50人に一人定着」とは多いのではないだろうか。朝日新聞(2010/10/05)には、出産年齢の高齢化などに伴い、夫婦の10組に一組が不妊に悩んでいる中で、体外受精の実施件数は、増加の一途をたどっているとしている。
 国内でも、新生児に10人に一人は体外受精児だという。ノーベル医学生理学賞に決まった技術は、当初は、「生命の誕生に人が手を加えて良いのか」という大論争だったという。しかし、現在は通常の医療として定着している。
 現在、日本の体外受精数は世界でトップクラスになっている。不妊患者が増える中でさらに重要性を高めるだろうと、国内初の体外受精を成功させた、スズキ記念病院院長の鈴木院長は言う。
 生命倫理の立場から、米本・東京大先端科学技術研究センター特任教授は「遺伝子診断など命の選別に繋がりかねない新たな問題を生んだ。この技術のあり方をあらためて考えるきっかけにしてほしい」と言っている。
 これは、遺伝子診断で受精卵が男女別が分かった場合や遺伝病になる可能性がある場合、受精卵を廃棄するという意味を持つのであろうか。受精卵廃棄は人になる受精卵を抹殺することになる。卵が受精卵として成長している場合、すでに霊の関与が認められると考えられるからである。
 体外受精の仕組みだが、卵巣から複数の卵子を取り出し、精子と受精させる。そのうち一個を子宮に戻す、という方法である。その場合、受精卵は複数であり、選ばれなかった受精卵は子宮にもどされることはない。それは人としての成長につながることはないだろう。選ばれなかった受精卵にも霊魂が宿ると考えた場合、それは倫理的であろうか?そういう問題もあると言うことを知るべきであろう。
 この技術はありがたいことであろうが、技術は諸刃の剣でもある。私たちがもっと心しなければならないのは、この技術に頼らなくても良い生き方するということではなかろうかとも考えられる。
 この問題に関しては、『神を演ずる前に』と『今こそ自然から学ぼう』は必読の書である。自ずから答えがでてくると考えられるからである。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】

*今日は、益田での地方講師・光明実践委員研修会が午後1時から5時まで行われた。これで、益田では7回行ったことになる。教化部と同じプログラムである。
 

中内 英生拝

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平成22年10月13日(水) 俳句と短歌 今日のテーマ「森の中」

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平成22年10月13日(水)  俳句と短歌 今日のテーマ「森の中」

今日は、会議で桃太郎の国へ参らせていただきました。

①森落ち葉 踏みつつ思う 生態系
(森の落ち葉の中に隠されている微生物や昆虫の生態系の世界を思うことで、自然に対する畏敬の念が湧いてくるのではないだろうか。このシステムは何億年もかけて作られたものだ。) 

②森の中 行こうとさそう 御心に 人自然への 大愛を知る
(『”森の中”へ行こう』との御著書が刊行された。四無量心を行じる中に、森の中のオフィスが含まれている。また、輸送機関の高度化により、山梨と都心との距離感が少なくなるようだ。その時期は近づいている。)

③黄金の バラは微笑む 机上にて
(バラは季語でしょうか。分かりません。会議机の私の前で小さな黄金のバラが、終始、私に微笑みかけていました。)

④もてなしの 心がうれし 桃の国 行き届いた世話 ただ有り難し
(教化部長さんをはじめ、教化部の皆様に大変にお世話になりました。心から感謝申し上げます。)

⑤会議中 夢が膨らみ メモを取る 島根神の子 伝えんとして
(さまざまなジスカッションで、島根に応用可能なものが次第に自分の頭に整理されてくる。島根の皆様の実相顕現と幸福のために次の一手は何をなすべきか?)

⑥抹茶ミルク 味わう余裕 秋の朝
(コンビニで抹茶ミルクのスチック状のがあったので買ってきて飲むと大変美味しかった。味わうことが大切だと教えられれている。そういう意味では、食事もゆっくり食べるべきだろう。そうすると満腹感により少量で済むかもしれない。)

⑦青年の 発言頼もし 次々と 未来の幹部 養成は今
(帰りの電車は途中下車をして、青年会の会合に出席させていただいた。青年会のお世話は、山から木を切り出して柱を作り、立てているのと同じ作業ではなかろうかと思う。柱は将来の教区の大黒柱であり、国際平和信仰運動の重要な柱でもある。従って、すぐには結果は出ないかも知れないが、決して疎かにすることは出来ないだろう。)

⑧帰り着き 愛犬吠える 秋の宵
(夜、家にたどり着いた。愛犬がご主人だということを気がつかずに吠える。目視してはじめて吠えるのを止めるのが、また素晴らしい。)

⑨自らを 鍛えて生きん 今日もまた 休むことなき 前進の道
(この俳句と短歌は、まずはツイッターにうちこみ、修正してポスジョイと自分のブログに入れる。その作業が、島根の信徒の皆様への道しるべとなる。決してムダではないと信じる故に。)

⑩太陽光 今日から発電 うれしいな まずは人並み さあこれからだ(今日から、教化部の太陽光発電が始まったそうです。生活に何かが変化したという訳ではないですが、うれしいです。)

 光明島根人

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平成22年10月12日(火) 俳句と短歌 今日のテーマ「写経」

Photo_4  平成22年10月12日(火)  俳句と短歌 今日のテーマ「写経」

*今日は写経の集いがありました。出雲大社の近くにある大社道場です。天気は快晴、窓から秋の出雲風が吹いてきて、とても気持ちの良い気分の中で精神統一して『甘露の法雨』の写経をしていると一時間は、あっという間に過ぎてしまいます。

①写経する 神との対話 あきうらら
(頬に快い秋の風、戸外には小鳥の声と近くにある幼稚園の子供たちの歓声、意識は聖経の文字に集中し、神との一体感を味わいつつ、一時間15分が過ぎた。30分間は、『新講 甘露の法雨解釈』をテキストにして話をさせていただいた。)

②神の技 空に錦の 帯連ね
(1122さん作「錦秋の 神が織りなす 秋模様」への返句です。実に美しい季節となりました。特に山陰は夕陽が美しいです。)

③愛念の 祈り込めたる プレゼント 物には非ず 神癒は届く
(1122さん作「クロネコに 祈りを込めて 合掌す」への返歌です。無我の愛は神様の愛に通じるようです。)

④静寂の 祈りの写経 秋に澄む
(秋の澄み切った空気を感じながらの写経は何とも素晴らしい雰囲気でした。)

⑤白帝に 喜々と子供の 声聞こゆ
(白帝はこの時期のことだそうです。幼稚園児の声が聞こえます。)

⑥錦秋の 空より太陽 発電す
(太陽光発電装置ができつつあります。今日も工事の人が来ていました。)

⑦あきうらら 揺れる電車は 遊園地
(気分良くJRに乗ったが、いつものことであるが、よく揺れる。筋トレで、足腰を鍛えたいと思えばこの電車に乗ると良いのかも知れない。)

⑧新聞を 読むたび思う 師の心 想い全相 達っせんとして
(グーグルのいう人類の鳥瞰図のような情報網、そしてさらにそれを超える神の心、どこまで行ってもこれでよいと云うことがない。)

⑨尋ねれど 秋風答う もう少し
(これは写経の時、精神が統一してくると、もう少しもう少し書きたい、と思いつつ時間が来る。そしてさわやかな秋風が頬をなでる。その時の思いを読んだものである。)

⑩紅葉の 山脈越えて 桃の郷
(桃の郷は岡山である。明日の会議のために、夕方から岡山へ行った。)

光明島根人

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October.01.2010「人生はレッスンである」

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October.01.2010「人生はレッスンである」
今日の詩::朝起きて 廊下に出れば 肌寒し
(朝起きると、寒いと思う今日この頃です。秋も深まりつつあるようです。)

『人生はレッスンである』という谷口清超先生の御著書がある。12頁には「きびしく鍛えられた人たち」として、Yさんのことについて書かれている。
 韓国人のYさんの父親は、16才の頃たった一人で日本に渡り、日本に定住したという。そして、Yさんが日本で生まれた。Yさんが生長の家を知ったのは昭和58年であった。
 妻のFさんが突然気が変になり、訳が分からないことを叫びだしたからである。精神異常となった。病院に入院させなければならないが、生長の家の練成道場をすすめられた。
奥さんは、だいぶ以前から身体の調子が悪かった。女の子と、男の子の二人いた。仕事や姑のことや家事などで色々と悩んでいたようだ。

 ある日、Yさんは妻を医者に連れて行った。しかしどこにも異常はないという。数日経っても、あまりに苦しそうだったので、ある新興宗教に連れて行った。その影響か、2,3日間はとても気分が良さそうだった。その4日目に事態が急変して、夜中に飛び起きて自殺を計ったという。仕事中にご主人のYさんを呼んで、いきなり両頬をひっぱたいた。訳が分からないことを叫びだして、先祖がたたっているとか、神がかり的なことを言い立てた。この宗教は、祈祷のようなことをする宗教であったようだ。

 Yさんはびっくりして、ある恩を受けた人に相談した。この人が20年来も生長の家をやっていた。すると妻のFさんを精神病院に入れるか、練成道場に行くか二つに一つしかないという答えだった。そこで、Yさんは練成道場を選んだのだった。道場でもおおいに暴れていた。
 新幹線のホームから列車に飛び込もうとしたこともあった。何故かというと、霊の声が聞こえて来たからだ。「次の列車に飛び込め」と。
 ご主人は、必死になって抱きとめて、やっとばらばらにならないですんだ。夜中に裸足で飛び出したこともあったようだ。夜中に飛び出して、警察に保護されたこともあった。
 最初の10日間の練成会が終わった。妻を治すためにやってきたのだったが、「あなたの問題だ」と言われた。その意味が分からない。
 妻を治すために仕事も離れていたので、とうとうお店の仕事はたたんでしまった。妻の心を少しでも鎮めようと思い、熱海の温泉へ行った。しかし、そこでも一時行方不明になった。ようやく見つけ出したのだった。

 病院に入れる予定がなかったので、もうどこも行くあてもなかった。そこでもう一度練成会を受けようと思った。Fさんは、浄心行で泣いた。十代で日本に来た父親の気持ちが理解できた。その後、彼は決心した。
「妻が治るか治らぬかは神様にお任せしよう。もし治らなくても、自分は一生涯、この妻とすごそう」と。
 その後、病院に行くと、突然に治ったのだった。医者は軽い薬を飲ましただけだったが、精神が正常にもどった。
 私は、このYさんご夫妻のお世話をさせていただいていたので、色々と関わってきた。Yさんの妻への愛と神への全托の姿に合掌した。私自身、Fさんが治ったのが信じられなかった。
 それにしても、生長の家の練成道場という神の愛を行ずる場があるということは何とありがたいことでは無かろうか。それは「いのちのゆには」という。スタッフは神の愛を行じる天使である。そして、神癒の手本がそこで行われるのである。
『いのちを引きだす練成会』という練成会の神髄をお書きになった御著書があるので合わせて拝読していただきたい。

【ヘラルドトリビューン】
海洋生物で色々な写真がありましたので、ご紹介します。結構楽しめます。英語の所は翻訳をクリックすると不完全ですが、一応日本語で読めます。
   http://www.nytimes.com/slideshow/2010/10/04/science/20101005-marinecensus.html?ref=science

【超訳 ニーチェの言葉】
白取春彦さんという方が、ニーチェについての本の書いた。書店に並んでいる。56才の人である。19世紀のドイツ人哲学者の言葉を現代に引きつけて意訳した。53万部突破した。インターネットでニーチェの言葉を調べてみると、同感できる部分もあるようだ。 白取さんは、15才から哲学書を読みあさり、ドイツのベルリン自由大学で5年半、哲学や宗教学を学んだという。帰国後は、「大学で論文に縛られるよりも、多くの人に読んでもらえる本を書きたい」と哲学の入門書や、解説書などを約80作品を書いている。
 今回の大反響は予想外だったという。しかし、彼の今迄の思想が熟成したということもあるだろう。
「現代の若い人は変身願望がある。自己を超えろ、と説くニーチェの思想にひかれたのではないか」と。
 ライフスタイルがなかなか面白い。身だしなみに気を遣う。いつも帽子をかぶっている。イタリア製のスーツを好んで着る。今はテレビやラジオの出演依頼が殺到し、週の半分は青森を離れて東京でのホテル暮らしのようだ。「生活感」を嫌うという。職業を尋ねると、「肩書きは人が付けるもの。事実だけ言うなら印税生活者かな」と。趣味は、「自分の世界を狭める」として持たないという。
 どれをとっても考えることが意外である。それがとても新鮮に感じる。
「自己を超える」。この言葉を現代の若者は心引かれるという。まことにも自己を超える。さらに言うと、現在の自己を超えた自分が既にある、とする生長の家のみ教えは現代の若者にマッチしていると思う。大切なのは伝道者の資質であろう。もっと、もっと『生命の實相』などの基本聖典をはじめ、総裁先生の御著書まで読みあさり、現代の若者への訴求力を強める必要性があるのではなかろうか、と考えられる。「世間を超えて生きよ。人間は常に脱皮していく」などという言葉も、実相の信仰の立場から解釈すると実に感慨深い。朝日新聞(2010/08/30)の「ひと」欄からである。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
  http://masanobutaniguchi.com/

*今日は聖使命会員・組織会員感謝祝福祈願祭があった。毎月原則一日に、組織会員や新規の聖使命会員のお名前を読み上げて『甘露の法雨』を拝読している。素晴らしい行事であると思う。
 中内 英生拝

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平成22年10月11日(月) 俳句と短歌 今日のテーマ「漁り火」です。

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平成22年10月11日(月) 俳句と短歌 今日のテーマ「漁り火」です。

今日は、浜田の推進の会合に行ってきました。「漁り火」を読んでみましょう。これはイカ釣り漁です。秋の風物詩です。

①漁り火や 石見の海に 灯が点る
(夕方になるとたくさん見えます。漁はたくましい男の仕事です。)

②朝の茶を 喫して秋陽 合掌す
(日本茶は体に優しい気がする。コーヒーは眠気がとれる。あさ、お茶を入れて飲む。その時に、東から朝陽が差し込んでくる。晴れた秋の朝はすがすがしい。)

③秋日和 切符片手に 汽車に乗る
(山陰線は、まだ駅員さんが切符に印鑑を押してくれます。降りる時には、自由にケースに入れる駅もあります。無人駅です。のどかな島根です。)

④森の中 住めば動物 友達に 共存探る 人歩む道
(人と自然との共存共栄は、人類はまだ解決の答えを出していないが、生長の家は解決の糸口を見つけ出し、かつそれを実践しようとしている。素晴らしいことであります。)   

⑤砂時計 一年かけて 落ちるのは 気を長くもつ 訓練になる
(石見には有名な砂の館があります。銀山も有名です。もし、土地の彫刻家が今後、銀細工などを作るようになれば、もっと素晴らしくなるでしょう。)

⑥タクシーに 乗りてさわやか 秋の風
(浜田に行ってタクシーに乗った。窓から秋のさわやかな風が入ってくる。風よ有り難う。)
⑦威勢よき 秋の祭の かけ声は 地域と伝統 護る若者
(都会の喧噪よりも、地方の自然の中で仕事をする。またそれができる状態になることが望ましいようです。若い人々が子供を育てる生活力を生み出せるような島根になれば何と素晴らしいことではないでしょうか。)

⑧自然考 自然光うけ 自然行
(自然と人間との共存を考えつつ、自然の秋の陽を受けつつ、自然の中を歩く。何と素晴らしい生活でありましょうか。できれば、MTBに乗りたいです。今持っているのはバウンドを和らげることができる装置がついています。)

⑨自転車を 駆けて風切る 出雲道
(さわやかな出雲の秋に、自転車で走った。とても良い。生きているという実感があった。)

⑩漁り火や 石見益良男 今が旬
(今日は、浜田で相愛会の講習会推進の会合があった。調子は上々であるようだ。石見の男性は、柿本人麻呂、森鴎外など有名人が多い。最後の追い込みに盛り上がっていた。人を救うことを、イエスは、サカナを網で捕るように「すなどる」と言った。)
 
光明島根人

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September.30.2010「”森の中”へ行く」

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September.30.2010「”森の中”へ行く」
今日の詩::自然考 自然光うけ 自然行
(人は自然から生まれた。自然と人間とは一体である。そう考えると、人間が自然を破壊することは、自分を破壊することに他ならない。振り返って、自然の中で生きる時、人類は新たな生きる道を見いだすのでありましょう。)

 「人と自然との調和のために生長の家が考えたこと」、として谷口雅宣先生、谷口純子先生共著の新刊が出ました。『”森の中”を行く』です。信徒必読の書であるとともに、多くの人々に読んでいただきたい御著書であります。。
 写真で、山梨県北杜市から見た八ヶ岳が映っている。また、八ヶ岳南麓にある「森の中のオフィス」建設予定地やオフィス建設予定地周辺の紅葉が掲載されている。ここは数年後には、生長の家総本山とは別の意味で、国際平和信仰運動の中心オフィスとして、機能してくるものと考えられる。

 はしがきに、結論をご教示されております。ご確認いただきたい。
気候変動に対処するための国際協力が遅遅として進まない大きな理由は、化石燃料を主体とした文明を発展させてきた様々な産業や、それに支援された政治や行政などが、自己保存力を発揮しているためである、としています。自己保存力とは、現状維持への力、すはわちこの文明から離れたくないという気持ち、この文明が好きだ、という人々の力である。

 しかし、今は、正しいことを行う文明の転換期である。すでに多くの先人が正しい行いに着手しているが、「生長の家もその一端を担いたいと思う」と書かれています。
 宗教運動の国際拠点を大都会から森の中へ移転する決定は、これらの理由によるとしておられます。御著書には、それらの経緯や理由が書かれている。それを、「一般の人々にも知ってもらい、あわよくば私たちと共に、文明の転換に向かって一石を投じる重要な役割を果たしてほしいと念願しつつ、発行された」とお書きになっておられます。
 その御心に私たち島根の信徒は出来うる限り、お応え申し上げたいと存じます。
 11月初旬には、太陽光発電装置は教化部と松江道場では太陽光発電装置が稼働する予定である。これで、信徒宅の太陽光発電の設置を推し進めることがより推進しやすくなると思う。

 31頁には、オフィス建設地の近くにキープ協会というキリスト教系の施設がある。その新館に二階の高さまで吹き抜けのチャペルが併設されたことが書かれており、森の中のオフィスにもこういう空間があってもいいと書かれています。すてきな空間のようです。そこで、職員が早朝神想観を行うこともできるとしておられます。相当、具体的です。
 ここにお書きになっておられる15頁から42頁までは、インタビュー形式で書かれており、何度も繰り返し拝読すべき内容であります。そして、総裁先生の御心を島根の多くの人々にお伝えしたいと存じます。

 インターネットの発達が、今回の移転を側面から可能ならしめているように思う。光ファイバーの情報伝達設備があれば、どこにいても大容量の情報の受発信が可能である。今迄は玄関を出れば、原宿の街が広がっていた。これからは窓を開ければ八ヶ岳連峰が広がる。部屋の中での仕事の内容は今まで以上の強力な内容になるのでありましょう。それは左脳に対して右脳の開発が八ヶ岳では強力に行われると考えられるからである。

【塩(ナトリウムイオン)注入が損傷した細胞の治療法となる】
インターナショナルヘラルドトリビューン電子版(2010/10/12)には、オタマジャクシの尻尾を切ったのが再生したことを伝えている。しかし、おたまじゃくしは、次第にその再生能力を加齢と共に失うと書かれています。
 人間も、進化の途上でその能力を失ったようです。現代の再生医療では、手を切断したヤモリの手が生えてくるように、人間から再生する医学の研究も進んでいます。これはNHK番組でみました。再生医療は、倫理的問題を考えるとともに、目が離せない医学です。

【NEDがレアアース不使用のハイブリッド車向けのモーター開発】
NEDOさんと云えば、私たちと関係の深い団体です。さて、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、9月29日、希土類(レアアース)を使わないモーターを開発したととしている。これは、日経新聞(2010/09/30)からの情報である。
  ハイブリッド車の駆動装置向けであり、手に入りやすい鉄粉などで作った磁石を組み込んでいる。自動車・電機メーカーに呼びかけて、早期に実用化を目指すとしています。がんばれ、日本の技術者!。ハイブリッドの駆動モーターは、レアアースのネオジムやジスプロシウムを磁石に混ぜて出力や耐久力を高めているようだ。新開発のモーターは、レアアースなしでも、HVに必要とされる50キロワットの出力を実現している。磁石の製造コストはレアアースを使う場合の10分の1から20分の1になる見込みであるとのことである。北大の竹本准教授らが研究したとしている。コストが安くなるのは、輸入しなくてもよくなることが言えるのかも知れません。

【待機児童、3年連続増】
認可保育所を希望しながら入所できないという児童が待機児童である。今年4月の時点で、26275人だそうで、昨年同月よりも891人増えたことが、9月6日の厚生労働省の調査で分かったという。増加は3年連続で、過去最多の2003年に迫る過去2番目であるらしい。保育所の定員は増えているが、長引く景気低迷の影響ではたく母親が増えて、都市部では供給が追いつかない状態であるとしている。この情報は、日経(2010/09/07)からである。
 島根はどうでしょうか?私の家の近くに保育園があるが、子供たちも保育士の皆様も喜々としている。近くと通ると賑やかな声が聞こえてくるが…。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
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*今日(9/30)は木曜休日でした。感謝あるのみです。
中内 英生拝 

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平成22年10月10日(日) 俳句と短歌 今日のテーマ「靴」

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平成22年10月10日(日) 俳句と短歌 今日のテーマ「靴」

*今日で練成会が終わった。スタッフ、参加者共に素晴らしい。有り難うございます。
テーマは「靴」にしました。詠んでみませんか?575です。

①落ち葉踏む 音を楽しむ 靴買おう
(落ち葉を踏む時に、小気味よい音がする靴を買おうと思った。贅沢な買い方である。実は、靴が古くなったので必要上買ったに過ぎません。靴で思い出すのは、オーストラリアから来ていた英語のインストラクターの若い女性でしたが、母親が靴の収集が趣味で、何十足も持っていると言っていました。靴を入れる場所がある家なのでしょう。

②電車乗り オロチのうねり 前後ろ
(山陰線は風が少し強くなると止まります。出雲から岡山へ行く山越えでも、すごくゆれます。宍道駅から奥出雲へ向けて出ている電車は、オロチ号といいます。都市部の電車とは違いワイルドです。)

③チョコ食べる たびに脳裏に 児童らが 浮かぶ姿を 拝み飲み込む
(チョコレートを食べる度に、日本も輸入しているコートジボワールの児童労働のことが思い浮かぶが、知らずに罪を冒すということはしたくない。チョコを食べる度に、おがみつつ、一日も早く世界が光明化するように、子供たちが幸福になりますようにと祈りつつ、国際平和信仰運動を推進するのみである。)

④吹奏楽 出雲の神の 護りあり 小学生は 全国祭へ
(朝日新聞(2010/10/11)の島根県欄に全国大会出場のことが掲載されていた。地元の小学校の吹奏楽団が出場する。会場は大阪であるようだ。先生や先輩の方なども、ボランティアで参加して手伝う人が多いようだ。これは島根の良さである。)

⑤ひらひらと 落ちし柿の葉 秋の色
(柿の葉は、萌え出る時も美しいが、夏も雄々しい、そして落ちる瞬間も美しく、落ちて尚美しい。不思議な植物である。)

⑥習うより 慣れるが勝ちと 教えられ 歩数一万 踏みしめながら
(何事も、続けることが大切なようです。俳句ならまずは一万句のようです。学習ならば一万時間を費やすと一応、仕事ができるようになるそうです。「継続は力なり」です。いつの間にか必ず到達します。)

⑦閉会式 外は小鳥の 音楽会
(練成会の閉会式は厳かな雰囲気でした。ふと外を見ると、小鳥が囀っていました。このTwitterも囀っているのですが、出雲は小鳥が多いです。)

⑧エンジェルの 吹くは喇叭の 音楽祭
(エンジェルトランペットが教化部境内地に咲いています。誰かが持ってきて植えてくれたのでしょう。有りがたいことです。)

⑨ブラジルの 青年夜勤 終えて来る 真理求める その熱心さ
(ブラジルから来ている青年が、夜勤を終えて練成会にお出でになりました。真理を求める熱心さに頭が下がります。)

⑩流産児 秋の供養に 母の愛
(今日は流産児供養祭が行われた。尊いことである。ご供養された御霊にきっと親の懺悔と愛の心が届くと思われるような荘厳な供養祭だった。)

⑪秋鹿や ホルンを吹けば 集まれり
(以前に奈良のお寺でホルンを吹くと、シカが餌の時間だと思って集まってきていた。「シカ集め ホルンは秋の 響きかな」、である。) 

光明島根人

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September.29.2010「平成22年11月28日、光り輝く講習会」

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September.29.2010「平成22年11月28日、光り輝く講習会」
今日の詩::講習会 秋晴れの天 お声かけ
 平成22年11月の「大和島根」の原稿が出来ましたので、島根の読者の皆様にはブログで早めにお知らせいたします。よろしくお願いいたします。

『愛と感謝と喜びで漏らすことなくきめ細かいご推進の完成を!』

 神の子の皆様、有り難うございます。
日々、あらゆる機会を捉えては、講習会のご推進を行っておられますことを、心から感謝祝福申し上げます。

 「縁無き衆生は度し難し」という言葉がありますが、生長の家では、「縁のない衆生は一人もいない」と教えられております。ただ、機縁が熟していないだけなのです。
 では、機縁が熟していないことを誰が決めるかと申しますと、先方が決めることであり、こちらが勝手に決めることができる訳ではございません。
 講習会に行ったことがある人にはもちろんのことですが、生長の家を知らない人にお声をかけて、毎日毎日、「自分という殻」を破り、自己限定の心、他人限定の心を打ち破りつつ、講習会への参加を呼びかけましょう。そこには明るい魂の開放感があります。

 講習会推進を通して、今迄の自分を超えましょう。現象世界を超えて実相世界を生きましょう。人間は常に自己の殻を脱皮し、生長するように定められているのです。これが生命の法則です。

 従って逆に、「ご縁、神縁は作るもの」でもあります。
先日、講習会の推進で家庭訪問をしておりましたら、玄関に挿絵と言葉を書いたものが小さな額に入れていました。文字をみると、「私が行くところに花びらが撒かれる。私は花びらである」と書かれていました。あっと驚きました。
 私の行くところに道が開かれる。私は道である。私の行くところに太陽が照り輝く、私は太陽である。私の行くところに、花びらが撒かれる。私は花びらである。
 私は全ての人に、万物に光を与える太陽である。この御自覚で、講習会の推進を致しましょう。

 「講習会の推進とは何か」と申しますと、「生長の家の講習会に行きませんか」と、言葉に出してお誘いすることです。簡単です。それが初発になります。「言う気」を起こすと、「勇気」が出ると、語呂合わせの言葉もあります。
 10月の練成会に全期間参加しておられた女性地方講師の人が、「与えられた参加者目標を二人も多くできました」と言っておられました。その人は、他人のことをよく祝福して祈る人なのです。何事にも積極的で、今回は娘さんを連れて受講しておられました。
ご家庭に於いて真理と愛を実践し、配偶者や子供たち、家族、親戚をはじめ、ご縁のある人々に神様の祝福をもたらすことこそ、人生に於ける最高の喜びです。
 物質的な財産は有限です。しかし、み教えを御子孫に、友人知人に伝えることは、無限の宝を相手にもたらすことになります。

 11月28日は、生長の家総裁谷口雅宣先生、白鳩会総裁谷口純子先生にお出でいただき、御講話を拝聴できる人生最高の日となります。この喜びを、わたくしすることなく、家族、親戚、友人、知人、向こう三軒両隣の人、家に来る業者の人、新聞配達の人、スーパーの人、買い物に行った先の人、趣味のサークルの友人、職場の関係者、仕事関係の人、定年の人ならば元職場の人へ、ありとあらゆる人をご自分の手帳に祈りつつ名前を記載し、お声をかけましょう。「神様の祝福が彼に、彼女に天降りますように、神様とのご縁ができますように、どうか神の子さんへ私をパイプとして勧誘せしめ給え」と祈りつつ、お声をかけましょう。
 その返事は相手の人が考えることです。神様に全託します。もし、「行きます」といったらならば、飛び上がって喜びを表現いたしましょう。そして、「どなたかご一緒に来る人はありませんか?」と明るくお誘い下さい。
 「人事を尽くして天命を待つ」です。日々、楽しくて仕方がないご推進となります。
そして、あなた様の今回の講習会推進の菩薩行を、喜びと充実感に満たされた実りあるものに完成させようではありませんか。
感謝合掌

【石見神楽団】
 石見神楽は有名である。ビデオでは何度か見ているがなかなか本物に出合う機会がない。朝日新聞(2010/09/10)には、大田市の大国晴雄さんが訪問記を書いている。「大蛇」をベトナム・ホイアンで上演したそうである。ベトナムと言えば、私の学生時代はベトナム戦争を想起するが、時代は移り変わるものだという感慨ひとしおである。ベトナムは、現代は生活調度品を世界に売り出していると聞いている。フランス風とベトナム風とのミックスで不思議な魅力が漂う。さて、神楽だが…。
  ベトナム中部にある世界遺産都市のホイアンで8月21日から22日に催された「ホイアンー日本祭り2010」に、大田市の石見神楽団「大屋神楽社中」が招かれて交流イベントに参加したり、伝統芸能やまち作りなどについて地元市民らと意見交換をしたという。
アジアで上演するとは、何と素晴らしい平和な情景ではないでしょうか。
    http://www.geocities.jp/ohyakagura/
 
【太陽光発電パネル ファスナーで簡単着脱】
情報としては遅きに失したが、日経(2010/09/26)には大林組が来年以降に商品化するとのことである。
 面ファスナーを使った着脱式の薄型太陽光発電パネルを開発した。富士電機システムズから、折り曲げ可能な非結晶タイプの太陽光発電パネルを調達し、保護用のフィルムなどと一体化させた。何と手で張ったりはがしたりしながら、簡単にパネルの設置場所を変更できるようにしたという。色々と内容が書かれている。この方式が進むと、家のどこにでも設置できるようになるのではないだろうか。驚くべき時代に突入するようである。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
http://masanobutaniguchi.com/

*今日は、午前午後と地方講師の受験勉強会があった。今回も大いに真理・教義を学習されて、私も含めて関係者の菩薩力・伝道力がさらに向上することになると思う。
 中内 英生拝

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September.28.2010「甘露の法雨をよもう」

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September.28.2010「甘露の法雨をよもう」
今日の詩:庭に花 秋雨降りて 水をやる
(雨も花も土もそのままに生かし合いの世界が吾が庭に展開している。)

 『『甘露の法雨』をよもう』という谷口清超先生の御著書があります。
22頁には「おかげ」について次のような内容をご教示されております。

 「おかげ」というものは、本当をいうと完全円満ではない。それは現象界に現れてくる「影」のことである。影だから不完全なところがある。完全なのは「実在」だけです。「おかげ」に甘え、満足し、増上慢に陥ってはならない。たえずそれによって反省し、向上しより本物の信仰に成長していかなければならない、と。

 また、24頁には次のような内容もお書きになっておられます。

 『甘露の法雨』は携帯するだけでもある程度の功徳はある。書かれている言葉の意味をよく知って、その言葉のような大調和の心になることが大切である。従ってできるだけ毎日読んで、さらに神想観をしたり、練成会を受講したり、聖典を拝読したり、誌友会にも行き、信仰生活を深めなければならない、と。

そのように信仰生活の徹底を促しておられます。24頁の12行目です。どうぞ、原文を拝読下さい。

「…せめて毎日『甘露の法雨』を一回全部読誦することをおすすめします。というのは『甘露の法雨』などの聖経類は自分でしっかり読む心にならぬと、本当の威力をあらわさないからです。…」とも説かれている。

 実例をご紹介しておられます。
横浜の、安在悦子さんという人のご体験です。ご主人は塗装業をしておられました。悦子さんは、昭和47年に入信しました。白鳩の支部長さんをしておられましたが、当時は事業に失敗して倒産し大変なご苦労をされたそうです。
 ある日の夕方、お風呂をわかそうとしてガス風呂に火を付けました。そこに一時間ほどしてご主人が帰ってこられました。
「変だな、ガスの臭いがするぞ…」といいながら、タバコをくわえて風呂場へ行かれた瞬間、ドカンと爆発しました。フト悦子さんが気がついた時には、台所に倒れていました。お風呂場へ行くと、ご主人も倒れていました。髪の毛の焦げた臭いがしました。その時、「水だ、水だ」という声が2度ほど聞こえました。風呂桶の中は水でした。ガス風呂には火はついておらず、生ガスがもれていたのでした。
悦子さんは大急ぎでご主人を抱きかかえて風呂に入れました。風呂場の屋根は吹き飛んでいました。ご主人の頭にも水をかけて、「実相円満完全」と唱えて、実相円満誦行を一心に唱えました。
 ご主人をすぐに水で冷やしたのが良かったようです。当時は入院費もなく、目だけ出したご主人を連れて家に帰りました。薬を飲みその夜は自宅で休みました。夜半、悦子さんは一心に、『甘露の法雨』を読誦しました。ふとご主人を見ると、布団の中はびしょ濡れでした。水ぶくれになったやけどが破れたのかも知れません。さらに悦子さんは、『甘露の法雨』を一心にあげました。
 眠くてうとうととしました。足元からジワッと何か重みを感じました。フト見ると、白い着物を着た、白く長い髭の神々しいお方が、じっと悦子さんを見つめて立っていました。
悦子さんは思わず、「住吉の大神様!」と大声で叫びました。するとその声で目が覚めました。立っているのはご主人でした。
 包帯だらけで寝たはずのご主人が、その時はすでに包帯を取っていたのでした。よくよくみるとやけどは跡形もなくきれいに治っていました。
 それまで五歳の子供さんは小児ぜんそくで苦しんでいましたが、その子もその夜から急に元気になったそうです。結論のお言葉が書かれています。
*「これらはみなすべて『甘露の法雨』の熱烈な読誦と、愛ふかい信仰のたまものだといわなければなりません」と。

 『甘露の法雨』は千巻読誦や写経や、先祖供養や色々の方法があります。いずれにしましても熱心に一心に読誦するときに、神様と波長が合うのでありましょう。
島根の皆様、どうぞ、『『甘露の法雨』をよもう』を拝読下さい。
 幸いにして今月から、大社道場で写経の集いが始まります。今月と来月は、講習会目標突破祈願の写経になると考えております。大社は、出雲大社の近くにある、信徒さんの御愛念の提供による民間の生長の家道場です。島根では松江道場に続いて2カ所目の「写経の集い」となります。
島根の皆様、どうぞ、『『甘露の法雨』をよもう』を拝読下さい。他におすすめしたいのは、『新講 甘露の法雨解釈』です。この聖典は、私は毎月数か所で講義をさせていただいております。大変光栄に感じております。

【ノーベル賞】
 受賞業績は化学合成技術のひとつ「パラジウム触媒クロスカップリング反応」というのだそうである。複雑な化合物をつくるには炭素原子同士を結びつける必要がある。普通はなかなかくっつかないが、触媒を工夫すればうまく反応が進むことを発見した。
 この成果はまず医薬品で応用された。世界の大手製薬会社が取り入れた。高血圧や腎臓病などの治療薬を作る根幹の技術になったという。ここ数年は、電子分野でも注目された。携帯電話の画面などに使われ始めた有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)で、鮮明な画像を描ける新材料を作れるとのことである。
 産業応用が広がったことが国際的な評価となった。ここ何年は、ノーベル賞の候補に挙がり続けていたとのことだ。日経新聞(2010/10/07)の社説に「日本の素材技術の底力示すノーベル賞」からの情報である。これをみても、新しい技術は必ず生まれると言うこと。人のお役に立つこと。自分の利益としないことなど、学ぶことが多々あると気がついた。

【はやぶさに微粒子新たに100個】
 JAXA「宇宙航空研究開発機構」は6日、6月に地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルについて、電子顕微鏡で観察したところ、大きさが1マイクロ(マイクロは100万分の1)㍍の微粒子が約100個新たに発見できたと発表している。
 2005年に着陸した小惑星「イトカワ」の砂ぼこりの可能性もあり、12月にも大型放射光施設「SPring-8」で分析するという。
 JAXAミッション機器系グループの上野グループ長は、同日の記者会見で、「イトカワ由来のものである可能性は分からない。しかし数が増えたことでチャンスは増えた」と言っている。これまで光学顕微鏡で観察できる10マイクロメートルほどの大きさの微粒子が約60個発見されており、これで約160個になったようだ。
 ともかく、小さいが貴重な物質である。眼には見えない。そのように目には見えないが私たちの実相は、神のいのちであり、神の子であり、貴重すぎるほど貴重である。同様に万物も神様の生命の現れであり、これほど尊いものはないと言えるではなかろうか。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
   http://masanobutaniguchi.com/

*今日は一日、出雲市内と雲南を推進で歩かせていただいた。礼拝行である。このお役をさせていただいていることに心から感謝の念が起こってくる。

 中内 英生拝

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September.27.2010「実相世界はどんな姿か?」

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September.27.2010「実相世界はどんな姿か?」
今日の詩::人に幸 与えることが 初発なり 感謝の波が 返り来るなり

『10月10日は、谷口恵美子先生のご誕生日です。おめでとうございます。これまでのご指導に心から感謝申し上げますとともに、これからも益々ご健勝にて、私たちをご指導下さいますようにどうぞよろしくお願い申し上げます』。

 神想観練習の時間に、実相世界の姿はどのようになっているのですか、という質問がある。それが分からないと、実相を観ずることができないと言う意味だった。
それに対して、『詳説神想観』には、渋谷の譬えが書かれている。ある時、雅春先生が自動車で渋谷へ行かれた。先生は、「渋谷に着いたよ」と言われた。しかし、ご一緒に乗っておられたお孫さんが、「ここは渋谷じゃないよ。車の中だよ」と言われたという。
 現象の出雲に居ながら、そのまま日本の国におり、地球の上におり、現象世界を飛び越えて実相世界に居るという譬えである。
 また、汽車に乗ると、大阪はどんな所か教えてもらわなくても、大阪駅に着くと、大坂の状況が分かる、とも教えられている。従って只管打坐である。

 少しだけ実相の世界の感じを書いておられる御文章を拝読した。『秘められたる神示』74頁である。
「…形は無いと思うな。形はたしかにある。実相人間は肉体人間よりもまだまだ確かな至美至妙な形を持つが、五感六感に触れる形でないから、五感六感に触れる現象界の言葉では説明のしようがない、それは仮に、肉体人間の姿を一層精妙にしたような姿だと思えばよい。…」とご教示されている。本文を拝読されたい。

 また次ぎようにも説かれている。
「…そこには山もあれば川もあり、植物もあれば、動物もある。獅子も羊もあるが皆仲良く相戯れている。一切の人間、動物、諸霊悉く調和して相食むものはない。一切の人間、動物、諸霊悉く調和して相食むものはない。従って病気の人間は一人もない。山の形や、川の形や、植物の形や、乃至動物の形なども、仮に現象界のそれに似ていると思えば好いが、一層精妙なのが実相世界の姿である。…」

 神想観の時には、これらのお言葉を想起しながら実修なさるとよいのではないでしょうか。学習会の時に、実相と現象との関係を図式したものを説明することがあります。『新講 甘露の法雨解釈』に書かれています。しかし、図式化し説明したものは、言葉のフィルターを通しておりますので、十分ではないでしょう。日々の神想観の実修を行いたいものです。実相直視です。
 昭和40年代の「理想世界」誌だったと記憶しておりますが、ある禅僧が座布団を何枚も座って破ったという例をお書きになり、青年はすべからくそれくらい神想観をするように、との御文章があったと記憶しております。
 おすすめは30分間です。それは何故かと申しますと、大体、30分間ほど神想観をしておりますと、精神が統一してくるからです。慣れた人は、合掌しただけで精神統一が出来るかもしれませんが、誰でもそんなにうまくは出来ません。従って、おすすめは30分間なのだと思います。日々神想観を実修しておりますと、「日常生活の円滑化」という状態が生じて参ります。要するに、思った通りに外界が動くようになり、日々、ストレスを余り感じなくなるのです。何か、肉体的にまたは環境的に故障が出てきた場合は、余りの忙しさに神想観の実修やご先祖供養や聖典等の読誦をお忘れになっていることが多いのです。
その時こそ、「信仰の基本に帰れ」という合図ですので、日時計日記を付けることを忘れず、三正行を実践するようにしたいものです。

【菜種】
日経新聞(2010/10/10)によると、遺伝子組み換え菜種が輸出相手国でこぼれて、繁殖して既存種を駆逐するなど生態系に悪影響を与えたらどうするかという問題に関してまとまりつつあるという。
 外来種は人ごとではない、出雲市役所の屋上の夜間の鳥の大群なども日本では見られなかった光景では無かろうか。それらは人間の利己心から来ているということのなる。私たちは絶滅危惧種を護ると共に、人間を支配している利己心から神の心に取り替えることが必要でありましょう。
  
 生物多様性に関する「名古屋会議」の事前会合で、こうした場合の原状回復ルールなどを決めた議定書案が大筋まとまったようだ。
 遺伝子組み換え作物の開発者や生産者、輸送業者の義務を明記して、補償金を積み立てることや保険加入が有効であるとしている。
 「生物多様性条約第10回締結国会議(COP10)に先立ち、10月11日から15日まで、名古屋で開かれる。「カルタヘナ議定書」の会議でルールの採択を目指すという。議定書には、160カ国、地域が加盟している。このうち、約30カ国、地域の代表が6日から事前会合を開いている。主要店で大筋合意している。具体的な規制対象を巡っては調整が難航したらしい。
 
 収量増のために遺伝子組み換えした大豆、菜種などの農作物の栽培面積は、世界全体の農地面積の約1割に達したそうだ。
 地域の固有種と競合するなど、生態系を乱さないか懸念する声もあるため、保障ルールを決めるという。日本も遺伝子組み換え作物を開発している。将来保障対策が必要になる可能性があるとしている。
 「楽あれば苦あり」と云ったところでありましょうか。会議は明日(10月11日)からです。内容はNHKテレビでご確認下さい。

【ノーベル賞受賞】
 おめでとうございます。鈴木章さんと根岸英一さんが受賞されることになった。朝日新聞(2010/10/10)には、鈴木章さんの言葉が伝えられている。この言葉は、印象的である。「…鈴木さんがのんでいる血圧の薬にもこの反応が使われている。だが、鈴木さん自身は特許を取得していない。
『特許を取るなんて、がめついヤツと言われた時代だった。それに、国のお金で研究したのだから。特許を取らずにオープンにしたおかげで、これだけ広く使ってもらえるようになったのだとも思う』と。
 故元本部講師のT氏が、雅春先生に対して、「神想観という宗教の奥伝に相当するものはお金をいただいて教えては如何でしょうか」とお尋ねした。すると、雅春先生は、「私は神様からただで教えていただいたのだから、無料で人類にお伝えします」というような内容のことを仰ったという。鈴木さんの言葉で、雅春先生のお言葉を思い出させていただいた。感謝である。
 
【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
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*今日は石見の江津と浜田へ行ってきた。皆様は大いに講習会推進に力を入れておられるようである。ご推進に、心から感謝申し上げます。
 このブログは、少し遅れ気味です。「俳句と短歌」に力が入りすぎているようです。
申しわけございません。もうすぐ、追いつきます。
 

中内 英生拝

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平成22年10月09日(土) 俳句と短歌 「10月10日、谷口恵美子先生、お誕生日おめでとうございます」

Img072 平成22年10月09日(土)  俳句と短歌 「10月10日、谷口恵美子先生、お誕生日おめでとうございます」

*明日は、谷口恵美子先生のご誕生日です。これまでのご指導に心から感謝申し上げますと共に、今後もさらに御導きいただけますようにお願い申し上げます。

◎ 国愛し 自然愛する お人柄 今の流れの 源流にこそ
(国を愛し、人類を愛し、自然を愛してこられ、私たちを御導く下さる恵美子先生に心から感謝申し上げます。)

◎ 歩まれる 秋陽射す中 神の国
(詩画集『鏡の中に』を拝読して)

①いきいきと 神性湧出 神の子の 真理偉大と 驚くばかり
(み教えの素晴らしさを眼で見える形で体験できるのが練成会であるようです。毎日、受講者のお顔の輝きが増していく姿を見ることは、大きな喜びです。)

②柿落ち葉 色鮮やかさ 黄土色
(本当に本物の落ち葉かなあと手に取ってみました。本物でした。それくらい、色が実に美しいです。)

③炊事こそ 典座の腕の 見せ所 ノーミート食 数々あれど
(練成会の第3日目は、完全ノーミート料理の日です。島根料理はいろいろと土地によって種類が豊富であるようです。大変美味しいです。参加者の皆さんは満足しています。)

④水たまり 雀湯浴みす 秋の朝
(朝、庭を見ると昨夜降った雨が水たまりを作っていた。朝の太陽がまぶしい。その中で、一羽の雀がチチっと鳴きながら楽しそうに水を浴びていた。温泉の露天風呂で湯浴みをしているような快適な感じがした。)

⑤秋風に 窓を開ければ 鳥の声
(朝、教化部会館の窓を開けると、小鳥の声が聞こえてくる。ここ出雲は、自然に囲まれた街なのだ。空気も風もさわやかである。)

⑥受付で 拝む姿は 菩薩なり 今日来る人は みな福の神
(受付で、参加する人を拝んで迎えておられる受付係の人がおられる。尊いお姿に感謝申し上げます。)

⑦子ひょうたん 千生る力 内に秘め
(昨年できた小さいヒョウタンが数個、机上にある。小さいという思いばかりだったが、これは千生りヒョウタンではなかろうか、と思った瞬間、これらのヒョウタンへの見方が一変した。) 

⑧信仰の 基礎体力は 三正行 菩薩を磨く 今の教えで
(久谷焼という伝統工芸品があります。作り手も若くなり、売り手も、評価する人も若くなっています。久谷では新しい時代には新しい技法が取り入れられているようです。そのように現代人に伝えるには現代人のために書かれた総裁先生の御著書を拝読し、菩薩力を磨きましょう。)

⑨祈り合う まことキラキラ 心の眼 光の浄土 燦然として
(祈り合いの神想観はいつも光明の念が満ちており、神様にお導きいただいているという実感を感じる。私だけではないようだ。)

光明島根人

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平成22年10月8日(金) 俳句と短歌 今日のテーマ「エンジェルトランペット」

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平成22年10月8日(金)  俳句と短歌 今日のテーマは「エンジェルトランペット」

*今日は練成会が始まりました。庭に咲いているエンジェルトランペットを詠んでみませんか?

①秋に吹く トランペットは エンジェル用
(黄色のエンジェルトランペットが、教化部境内地に咲いています。ちょっと入り込んだ場所なので、気がつきませんでした。明日は撮影して教化部写メ俳に映してみます。エンジェルさんにがんばって吹いていただきましょう。
教化部写メ俳コーナー →   http://syame-hai.cocolog-nifty.com/blog/

②推進後 確定者増え ただうれし 感謝の言葉 燦々と降る
(推進に行った後で、講習会参加確定者が9名増えたという人が練成会に来て報告してくれた。総裁先生の御講話が聞く人が増えることは実に有りがたい。後もう少しである。信徒の皆さんは大いにご推進に励んでおられる。)

③シュウカイドウ ピンクの花は うなだれて
(うなだれているというより、花が重いので垂れているだけかも知れないが、ピンク色なので若い女性が好みそうな色の花であった。)

④秋雨に 濡れる庭の木 喜びて 笑い声する 鳥に混じりて
(先日まで暑いし、水分が不足していたが、秋になりうれしくてたまらないようだ。その喜びの笑い声は、小鳥の声に混じって聞こえてくるような気がする。)

⑤若者は 原稿つくる 神無月
(体験談のためだろうか、若者が原稿をタイプしていた。そは神無月。青年とは、失敗を恐れず、常に進歩し、新しいことに挑戦する者を言う。)

⑥神無月 神呼ぶ声に 響きあり
(古代から行ってきた出雲大社の御祭の季節となりました。浄心行に於ける生長の家の招神歌の声の響きもこころなしか、古代からの神々の声の響きのような荘重な響きが加わるように思えます。)

⑦ブラジルに 生まれし若者 神無月
(練成会でブラジルから来ている青年が誕生月だということで、誕生会をしました。異国の地で祝ったので、大変喜んでいただけました。私どもも喜んでいただいてうれしかったです。)

⑧ポスジョイは 神の子集う コミュニティ 和音重なり 広がる波動 
(池に小石を投げたように、光明の輪が世界に、幾重にも幾重にも広がっていきます。何という素晴らしい光景でありましょうか。)

⑨浄心や 焼く紙は飛ぶ 秋の宵 
(浄心行を行った。いつ実修しても有りがたい気持ちになる。父母への感謝、人類、世の中へのご恩返し、ここから練成会員の素晴らしい運命が展開する。)

⑩伝統の 技は大社の 神迎え
(11月には、稲佐の浜の神迎えがあります。来月です。伝統と言えば出雲大社、そのみ祭が始まります。)

光明島根人

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平成22年10月7日(木) 俳句と短歌 今日のテーマ「スーパーオフィス」

Photo 平成22年10月7日(木) 俳句と短歌 今日のテーマ「スーパーオフィス」

*今日は木曜休日だった。読者の皆様も総裁先生のブログを拝読して一句、一首を詠んでみませんか。
http://masanobutaniguchi.com/

①秋風に ポスジョイで詠む 超空間
(スーパーオフィスの運用もポスジョイがその練習になります。日頃の修練です。)

②秋の日に 超オフィスの ベルが鳴る 
(開始のベルが鳴っているのではないでしょうか?)

③脳裏には スーパーオフィス 既にあり 今日も進もう 実現向けて
(総裁先生の御心には既に実現しているのですから、必ず実現します。私たちはひたすら実践し、実行に移しましょう。)

④新米を 食べて笑うは 東向き
(新米をいただいた。食べて実に美味しかった。どうしてこんなに美味しいのだろうか。また、初物を食べて、東を向いて笑うのはいつの頃からだろうか?)

⑤曼珠沙華 アゲハ蜜吸う 赤と黒
(曼珠沙華の赤とアゲハチョウの黒のコラボレーションがただそれだけで美しい。秋の自然界は何という美しさに溢れているのだろうか。)

⑥宍道湖に ゆらり浮かぶは 二羽の鴨
(渡り鳥の季節になりました。宍道湖も鳥たちが浮かぶようになると秋から冬に移って参ります。素晴らしい季節の到来です。)

⑦木犀の 雨に濡れ落つ 金の粒
(教化部境内地のキンモクセイの花が雨に濡れて沢山落ちていました。金の粒を落としたような、お金持ちになったような、とても美しい光景でした。)

⑧神の子が み教え受けし 喜びを 行じて生きる 菩薩尊とし
(このみ教えをいただいたことに心から感謝申し上げます。そして、み教えを伝道する菩薩という立場をいただいたということは、私たちにとってはノーベル賞をいただいた以上の喜びではないだろうか。)

⑨城堀に 紅葉浮かび 船過ぎる(ヨギル)
(松江城の堀川の両岸には木が沢山植わっている。その川に沢山の紅葉が落ちている。美しい光景である。松江の人々は江戸時代から、この光景を楽しんできたのだろう。このお城は茶の湯もあり、さまざまなイベントが催されているという。) 

⑩雲流れ 天地に広がる エネルギー
(単なる雲ではない。そこには、小鳥に囀るを与え、雷を落とし、人を住まわせ、万象を引き起こすエネルギーが存在する。雲の奥に、目に見えない空気の奥に吾等を生かさずにはおかない宇宙大生命のお力を感じて感謝したい。)  

⑪棒の先 離着かさねる 赤とんぼ
(赤とんぼが棒の先でちょっとした風にも反応して離着陸を繰り返していた。その光景が極めて自然であり、子供のころの風景を思い出した。今一層、自然と人間とが共に伸びる世界をめざそう。松江での出来事である。)

⑫寒露見て 菩薩手に取る 普及誌を
(10月8日は寒露です。菩薩さんに取りましては、どこまでいっても伝道の日々です。喜び是に過ぎるものはございません。暑きにつけ、寒きにつけてです。)

光明島根人

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平成22年10月6日(水) 俳句と短歌 今日のテーマ「ノーベル賞」

Photo 平成22年10月6日(水) 俳句と短歌 今日のテーマ「ノーベル賞」

実る秋 ノーベルの歩は 大和路へ

*今日は、秋晴れのよい天気だった。出雲晴れ。ノーベル賞の発表があった。

⑩皮光る タマネギ吊す 車庫の中
(側に小川が流れている人の家を感謝訪問した。車庫にはタマネギが吊していた。皮が光っており、生命力が込められているように思った。小川の岸が陸になっており、そこで種を植えて芽を出させ、それを借地している畑に植えるのだという。楽しそうだった。) 

⑨秋晴れに 新築の骨 増えて行く
(家を建てている光景をみた。秋空のもと、骨組みが増えていく。余計なことだが、どうか、日本の材木でありますようにと祈りながら拝見した。) 

⑧木作りの 塀を背後に 木槿(ムクゲ)咲く 
(白い木槿が見事に咲いていました。背後には木の塀があり、いかにも自然な雰囲気でした。「道の辺の木槿は…」の名句が思い出されます。木槿に感謝です。)

⑦見渡せば 秋晴れはるか 日本海
(さわやかな秋日和、講習会の感謝訪問は会話が弾む。感謝あるのみ。はるか日本海を見ると空には秋の雲が漂っていた。)

⑥柿の実の 葉はまばらにて 風に落つ
(松江の山の手に行った。ご夫婦で農作業をしている信徒さんにお会いした。ご主人は奇跡的に病状が回復されたという。み教えに感謝である。神様のようなご表情をしておられた。信徒さんのお姿そのものに感動した。)

⑤ケイトウの 火の塊は 溶鉱炉
(ケイトウの花は色々なものがあるが、塊になった赤い花に情熱の塊を感じる。溶鉱炉にとかされた鉄の燃えるような滾るような情熱の象徴として感じる。)

④仏壇に ムラサキシキブ お供えし 光を放つ 才能想う
(父親をして、「我が家の不幸はそなたが女性にうまれたことである」と迄言わせたほどの才能であったという。彼女の才能は当時の男性をはるかに凌ぐものだったという。当時、世界で初めて女性が書いた長編小説がある。) 

③秋に入り カボチャの花の 一つ咲く
(カボチャの花が一つだけ咲いていました。実を付けるのかどうかは分かりませんが、一所懸命に咲いている姿に感動いたしました。)

②みどり葉が びっしり覆う 芋畑
(お芋さんの伸びはすごいです。畑一面に伸びます。その生命力に感動します。松江の感謝訪問で感じました。み教えの普及も芋畑の葉のように。)

①秋風に 里で犬吠え 歓迎す
(先日、訪問した家の犬が私を歓迎してくれた。初対面だったが不思議になついてくれた。私に自宅の犬の臭いでもついていたのだろうか?)

光明島根人

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平成22年10月5日(火) 俳句と短歌 テーマ「カボチャ」

Photo_4 平成22年10月5日(火) 俳句と短歌 テーマ「カボチャ」

今日はテーマを「カボチャ」としました。一句作りました。読者様もお作りになりませんか?
 
⑩カボチャ見て 今年は作ろう ハローウィン
(ハローウィンでカボチャで顔を作ろうと思うがちょっと自信がない。まだもう少し時間があると思い返してみる。)

⑨じっと見る 手のシワ幸を 刻みしを 吾が行く道に 花びらは降る
(何という素晴らしい人生でありましょうか。「私の行くところに花びらがまかれる。私は花びらである。」こんな素晴らしいお言葉が聖典には書かれています。)

⑧仏陀行く インドの旅の 菩薩道 二千五百年 過ぎて変わらず
(五木寛之さんが74歳の時、釈迦が最後の旅、霊じゅ山からクシナガラへの80歳の旅をしたのをたどった。その記録を見た。釈迦は移動するにも常に伝道を続けていた。素晴らしい御生涯であると思う。)

⑦ 秋空に 向かうみどり葉 金なる木(先日、金がなる木、という植物をいただいてきた。ずいぶんと増えるそうだ。なんだか豊かになった気分になる。) 

⑥秋風に 車中微睡む(マドロム) 湖側道
(宍道湖の側の道を通りながら、車に乗せていただいた。ふと窓の外を見やると、湖の中に渡り鳥が浮かんでいた。次第に冬が近づいてきているのだ。)

⑤秋晴れの 講習会の推進は 天使飛び交う 白鳥の群れ
(菩薩道を生きる素晴らしいご推進に対して、心から感謝申し上げる次第です。一人でも多くの方々が、総裁先生、白鳩会総裁先生の御講話を拝聴できますように、菩薩行に励んでおられます。)

④新米を 笑って食べる 里の秋
(新米を少しいただきました。明日は炊いて食べさせていただきます。古米よりも香りと歯ごたえが違います。)

③隠れ家の 喫茶店では 落ち葉踏む
(松江のどこのあたりだろうか。小さな森がありその中に上品な喫茶店があった。あたかも隠れ家か秘湯のようだった。しずかな雰囲気で憩うことが出来た。感謝である。)

②自動車に 張り付くカエル 逃がし行く
(10㍍ほど自動車が進んだところで、フロントガラスにみどり色の雨蛙が張り付いていることに気がついた、車を側道に止めて、雨蛙とでの中に捕獲して、近くの安全な草むらに逃がしてあげた。ちょっとだけ、手が濡れただろうか?)

①木犀の 香る庭園 木テーブル
(木犀の香る喫茶店で外を見ると、木で作ったテーブルと丸太の椅子が並んでいた。蚊取り線香を焚きながら外でコーヒーを飲むのだという。贅沢の極みである。経営者は大金持ちで採算を度外視して客を楽しませることを喜びとしているらしい。)

 光明島根人

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平成22年10月4日(月) 俳句と短歌

Photo_3 平成22年10月4日(月) 俳句と短歌

*今日は、太陽光発電装置のパネルを設置した。一日で終了した。午後は講習会推進に歩いた。

⑪すすき野を 眺め深息 背筋立て
(さわやかな秋風が吹いているすすき野を見ていると自然と深呼吸をして、ススキのように背筋が伸びてくるようだ。)

⑩牛を見る 牛吾を見る 秋の風
(これも昨日のことだが、牛小屋で牛を見ると、牛も私を見た。目が合ってしまった。こんにちは!牛さん。)

⑨秋食す 梅と無花果 ジャム甘し
(昨日、推進の時に梅と無花果を甘く煮たものがお茶で出された。このような調理法があると知ったのは島根に来て初めてである。所変われば品変わると言われるとおりである。味?もちろん超美味である。)

⑧神の子の 感謝し継続 無限力 出せば出すほど 歓喜湧くなり
(その通りでありましょう。出した時、喜びは無限に湧出します。その根本は感謝の心でありましょう。感謝するとすべては成就するようです。)

⑦木犀の 香り漂よう 夢の中
(夢か現実か分からないくらい、よい香りである。木犀はどこから来た植物だろうか。日本に定着したようだ。木蓮の香りも良い。梅の香りは奈良時代の公家衆が好んだので全国に広がったという。それは中国から伝わってきた。)

⑥太陽光 受ける心が 整いて 発電パネル 現実となる
(神様のみ恵みを受けようという素直な心が湧いてきたからだろうか。それが現実に太陽光発電パネルとなったのかも知れない。)

⑤白鳥の 秋の泉に 想は湧く
(午前中に会議があったが、皆さんは素晴らしいアイデアが泉のごとく湧いてくる。頭の柔らかさは実に大したものだと思う。一段と進化したようだ。)

④浄心の 精霊来る 秋の宵
(秋の始めに隠岐の島の大久で浄心行をした時のことが思い出されます。信徒さんのご自宅の二階です。その光景の写真を見て思い出しました。)

③伝道は 菩薩が菩薩を 拝むなり
(戸別訪問が始まった。それは何を意味するのだろうか。菩薩が菩薩を礼拝する宗教行、それが講習会推進の戸別訪問であろう。何と尊いことだろうか?この尊い機会をお与えいただいた神様に感謝いたします。)

②木犀の 香り里山 覆いたり
(木犀の木が里山の人家の側にあった。花が咲き、香りが漂っていた。どこにいても秋つげ花は香りを放っている。)

①ソーラーの パネル拭き終え 安堵する 秋日キラキラ 倫理生活
(今日は一日でソーラーパネルを拭き終えた。途中経過だが、重すぎてパネルを屋根に乗せられなかった昔と比べて製品の進歩に感謝するばかりだ。)

 光明島根人

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September.26.2010「”心からの母親の祈り”」

Photo_2 September.26.2010「”心からの母親の祈り”」
今日の詩::真実の 心は神と 波長合い 医学の不可能 ついに可能に

 『真実を求めて』という谷口清超先生の御著書がある。その12頁に母親の愛の強さがよく表れている体験談が掲載されている。この体験は、一度講話で使わせていただいたことのある立派な体験談である。簡単にご紹介する。原文を拝読下さい。

 静岡の清水市に長元嬌子さんという人がおられる。ご主人は海運業の社長さんである。昭和47年に、弘樹君という高校生の息子さんが、交通事故に合い、重症を負った。頭骸骨骨折の脳挫傷だった。意識不明が続いたという。本部へ神癒祈願を出した。誌友の方々や講師の方々も沢山集まって熱心に、「神想観」や聖経読誦をしてくれたようだ。このつながりが良き結果を作ることになる。愛の共同体である。

 嬌子さんは、息子さんの完全円満な実相を祈ろうとしたが、心が不安になり祈れなかった。講習会があった。参加は無理なので意識不明の息子さんの下着を、谷口清超先生の演壇のすぐ近くに置いてもらった。すると不思議なことに、夕方になって意識不明だった息子さんが意識を回復した。それからどんどん快方に向いたという。
 清超先生を通して、神様の愛が天降ったと解釈できるのでは無かろうか。また、嬌子さんの信仰の深さが、神様に波長が合ったとも考えられる。偶然と言えば偶然だが、確立高く偶然が起こる場合は、偶然の域を超えてしまうのだろう。実相円満完全を祈る「祈り」の実現でもある。

 弘樹君は退院はしたが、事故の衝撃で視神経が切れたのだった。調子が良い時は少しは見えるが物と物とが交差して見える。調子が悪い時は、全然見えないという。嬌子さんは、
一晩中、泣き明かしたこともしばしばだったらしい。

 嬌子さんはそれ以来、『生命の實相』という本に真剣に取り組み始めた。すると、「天地一切のものに感謝せよ」という教えがヒシヒシと身に応えた。今迄嬌子さんは何不自由なく暮らしていた。当然だと思っていた。だから、あらためて感謝するという気にはならなかった。有り余る空気や水に感謝する人は少ない。しかし、日照りで水が無くなったり、空気が汚染されると、清浄な空気や水の有り難さが分かり感謝するようになるのと同様であろう。
 祖先や父母へ感謝しなければならないと気がついた。そして実行した。この実行が伴うと言うことは、本当にそう思ったからであろう。一つ一つに感謝をしてお礼をいうようになった。心でそれを行おうと選択し、それを言葉で宣言し、行動に移すということが必要である。
 それから一ヶ月経ったある日、家族そろって食事をしていた。弘樹君が言った。
「変だよ!おかずが見える!」と。それから色んなものが見えてきた。そして検査したが全くどこにも異常が無くなったのだった。その一日は、嬌子さんは喜びで泣き明かした。今迄の苦しみがすっかり洗い流されたのだった。
 清超先生は、「母親の心の変化が、子の肉体に大きな変化を与えた一例である」とご教示しておられる。信仰生活の持続による極めて自然な出来事である。
 高校生くらいになると、母親の心だけではなく本人の心も影響する。衝突事故があった日は、学校で一時間の論争して、大いに興奮した状態だったという。この苦しい体験によって、彼の心は鍛えられ高められた。母親と同じく感謝することの尊さを学習し、自分の運命を奇跡的に大きく転換させたのだったと書かれている。

 私の知人で、やはり上司と論争して、バイクにのり、車と正面衝突した人がいた。霊安室にまで入れられていた。それをすぐに病院へ駆けつけた奥さんが医者に頼んで、手術室に連れて行き手術をしてもらった。そして、治療を受けた。すると、一ヶ月後に意識が回復し、粉砕骨折の脚は現状復帰し、脳の一部を切り取ったほどの脳挫傷が意識の損壊もなく完全に回復した。生命力の強さを感じるが、周囲の人々の信仰生活も大いに影響していたと思われる伏がある。彼のために毎日、聖経『甘露の法雨』を揚げてくれる人がいたのだった。誠にも有り難いことである。

【エシカルファッション】
 ある服飾専門学校の学生達が開く変わった作品展があったらしい。エシカルファッションショーである。エシカルとは「倫理的」という意味らしい。倫理的な服作りへの関心は5年前からだという。環境破壊や不当な児童労働、人権侵害などと距離を置く素材を活用して、商品を作る。そしてそれらの問題解決につなげるという手法だ。
 米国でも同様の物差しで購買する人が増えているという。それは、選挙、ボランティアに次ぐ第三の社会参加になりつつあると米誌のタイムは伝えているらしい。
 日本でも、若い世代を中心に倫理的な消費への芽生えがあるという。紛争などと無縁の石を探し、「エシカルジュエリー」を作る。表参道にこの種の商品専門店を開いた姉妹が居るという。これらの情報は、日経新聞(2010/9/25)の「春秋」からである。
 どうやらエシカルの方向へ時代の舵は切られたらしい。生長の家は従来から倫理的生活、すなわち他から奪わない生活を教えられている。人間と自然との共存共栄の生活である。
私たちもエシカルバイヤーとなろうではないか。

【長寿企業】
 近畿で5社が長寿企業に入っているらしい。創業で100年以上経過の企業は全国で2万2000社であるという。帝国デーバンクの調べである。(アサヒ新聞2010/10/04から)最も古いのは、金剛組で578年創業である。以前、テレビで長寿企業の本を書いていた人が何度かに渡って放映していたが、戦争がなかったことが他国と比べて比較にならないほど日本に長寿企業が多い理由であると言っていた。そういうものだろうか。また、金剛組のような古い企業で寺社建築の会社があったが、現代建築で収益を上げようとしたことににより、大手ゼネコンとの競合に敗れ、倒産するところにまで行ったというのがあった。いずれにしろ、己の特質を中心にしつつ能力の幅を広げるというのが人生の常道であろう。それを無視するとうまくない。私は救済部門の練成会と教化部門で育てていただいたのでそれを中心に伸ばすということになるのだろうか。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
  http://masanobutaniguchi.com/

*島根県教化部の新しいアドレス(臨時)は次の通りです。どうぞ、お立ち寄り下さい。
  http://simane-rinku.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-c3fc.html

中内英生拝

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平成22年10月3日(日) 俳句と短歌

Photo 平成22年10月3日(日) 俳句と短歌

 午前中は会議、ほとんどが講習会関係である。午後は推進に回った。

⑪太陽熱 無限の恵み 秋陽より
(夜、入浴したが、有り難いことにまだ太陽熱による温水は温かかった。無限に近いエネルギーを使わせていただけることは誠にも有り難いことだ。)

⑩ 木犀の 香り漂う 教化部で 朝の庭掃き 絵になる景色
(毎朝、木犀の香りが漂っている境内地で職員の人が庭を浄めている。その姿は絵のような風景である。)

⑨鹿の出る 北山は今 もみじ狩り
(出雲大社のある北山は独特の稜線の形をしている。この北山も秋になった。近年、鹿が増えたそうだ。さまざまな生態系の変化が起こっている。鹿が増える最大の原因は、天敵であるオオカミを人間が根絶したことによるとの説がある。)

⑧ 栗林 落ちしイガより たからいし
(見事な栗が落ちたイガより顔を出していた。何という美しさなのであろうか。秋の美を作って下さった神様に心から感謝をしたい。)  

⑦干し草を 踏みて 牛小屋 秋の風
(秋風が吹いても、小屋の中は干し草と牛の臭いが漂っていた。牛は何も言わずに座っていた。)

⑥ 山の秋 干し草食らう 牛の小屋
(今日は、推進に行ったところは牛を飼っていた。小屋の中に何頭か居た。子供の牛もいた。干し草の臭いがむっと鼻をついた。)

⑤ 水彩の 鉛筆つかい モミジ描く
(夜、ユメタウンへ行き、水彩鉛筆の不足分を買い足した。有り難いことである。やりたいことが山とある。人生は興味が尽きない。)

④ レッスンは  閉めたシャッター 開けて出る 若者通う 学習の部屋
(学習を終えて最終の9時に若者と一緒に建物を出る。相当に年齢の離れた若者と一緒に違和感なく学習行動ができる自分の柔軟性に驚く。) 

③紅葉は 霧濡れ光る 里山に
(昼間、出雲の山間部へ講習会の推進に行った。霧か靄(モヤ)か山を被い、紅葉は濡れて輝いていた。)

②そのままの 自分を生きる 内在の 神の子なりと 信ずる故に 
(怖めず臆せず生きる。それは自分の内には完全円満なる神の子が存在し、いつかは必ず発現すると信ずる故に出来ることである。)

①出雲道 背筋伸ばして 秋の風
(出雲は風が強い。秋から特に強くなる。しかし…背筋を伸ばして 颯爽と歩こうではないか。)

 光明島根人

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平成22年10月2日(土) 俳句と短歌

Photo 平成22年10月2日(土) 俳句と短歌

*今日は、地方講師・光明実践委員研修会で益田へ行ってきた。優秀な協力者たちがいてくれるからこそ、2カ所での研修会を開催できる。2カ所とも全力投球である。心から感謝申し上げる次第です。

①早朝の 祈りは続く 信仰の 歓喜の源泉  止むことは無し
(延々と続く宗教行です。神想観に於いて、永遠の生命を受ける時、私たちは常に歓喜に浸ることが出来るのだ。)

②健脚は 日々の精進 散歩さえ
(毎日の散歩も精進のなかに入るのだろうか。継続は力なりである。いくら年をとっても、筋肉を鍛えると筋肉力がつくと、NHKでは放映していた。限界は、120歳だろうか?)

③秋の陽に クマもノンビリ リラックス
(これはクマのぬいぐるみを絵にした時に詠んだ俳句である。ホッキョクグマを助ける道は無いのだろうか。単純にそう思う。)

④人麿の 社に萩は 風に散る
(先日、柿本人麻呂を祀っている神社を参拝したのを思い出して詠みました。秋の陽は落ちるのが早いです。今日はイメージだけです。人麿は益田出身です。)

⑤木犀の 香り漂う 夢声の間(マ)
(昔、徳川夢声という有名人がいらっしゃいましたが、益田出身のようです。宮本武蔵のラジオ放送でも有名でした。間の取り方が絶妙だったようです。日本の絵画は空間の美を描きます。同様に、音声に於ける間の美です。私の元上司のK氏がテレビ結婚式に出たことがあり、その時に司会をしていた徳川夢声の姿を初めて見ました。)

⑥夕闇に 秋雨混じり 益田出る
(研修会の終了は五時でしたので、早い日暮れはたちまちにして私たちの車を闇に包み込みます。充実感と安らぎの中を益田を出発し出雲に向かいました。益田での研修会は7回目になりました。)

⑦木犀の 香りで包む 雪舟庭
(まだ益田にある雪舟の庭には行っていませんので、楽しみです。木犀の香りが街に漂うようになりました。つい木犀の香りで雪舟を思い起こしました。)

⑧秋想う 雨よし風よし 陽和良し
(俳句を考えていると、どんなものでも題材にする。それに一度光を当ててから見直す。この作業は、日時計日記的のように思います。恐らく、冬ならば「冬想う…」となるでしょう。)

⑨回転の 車輪にモミジ 付いてあり
(私たちが乗っている車のタイヤが回転し、そこに紅葉が一枚くっついていました。これもまた「美」です。)

⑩生かされし 吾が身の幸を 祝うなり 秋の夕陽の 石見の海は
(今日は石見の海の日没を見ることは出来ませんでしたが、実に美しいです。日本海に沈む夕陽、しかも、明日は再び昇ってくる太陽、「今日も一日、有り難うね。ごくろうさん!」とお声を掛けたいように気持ちになります。僭越でしょうか。太陽はいつも輝いています。)

光明島根人 

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平成22年10月1日(金) 俳句と短歌

Photo_3 平成22年10月1日(金) 俳句と短歌

*今日は月始めの聖使命会員&組織会員祝福祈願祭があった。夜はマンツーマンでの学習会があった。

①ブラジルの 友は来たりて 道語る 神のご縁は グローバルなり
(ブラジルからの若い四世が教化部を訪ねてくるとは思わなかった。島根県教化部は最近、にわかに国際化しつつある。ただし、みんな遺伝子は日本人であるようだ。それにしてもみ教えを巡るつながりの強さを感じる。)

②パン焼き器 主婦喜ばす 稲文化
(まもなくお米が材料のパン焼き器が発売されるそうです。画期的な商品とのことです。米離れが多少解消されるかも知れません。稲で秋の季語にはなりませんか?

③師の後を 追えどみ姿 遠くなり されどみ言葉 唱えて行かん
(師の御心をひたすらに求めて生きることが私たち信仰者の生きる道でありましょう。日々ブログを拝読することが、師の御心に照準を合わせることになり、私自分にとりましては大切な日々の宗教行であります。)

④芋虫の 葉を食べる音 リズム感
(野原で芋虫が葉っぱをたべていたが、美味しそうだった。なんだか食べる音にリズムがあるかのように食べていた。)

⑤秋雨に 弾けて落ちん 栗のイガ 
(栗林があった。丹波栗だろうか。大きい。今にも弾けて木から落ちそうだった。しかも、小雨だが秋雨が降っていた。)

⑥里山に 赤く茹でたる エビネ草
(まさにゆであがったエビのような花をつける植物である。エビネソウというらしい。写真は、教化部の写メ俳コーナーに入れておいた。)

⑦田舎道 モダン建築 誰が住む 人と自然の 織りなす調和
(そうあってほしい。山水の流れなどは発電にも適している。少しでもそのような開発をしていただきたいものである。いつの日か、それは実現するだろう。)

⑧曼珠沙華 栗の木の下 野火灯る
(曼珠沙華は今にも弾けんばかりの栗の木の下に咲いていた。あたかも狐火のように雰囲気だった。不思議な感じが漂っている。)

⑨ケイトウの 熱気伝わる 秋の精
(秋の精がまとう衣装のように、ケイトウの真紅の花が咲いている。だだそれだけで秋を感じさせてくれるではないか。)

⑩曼珠沙華 トタンの側に 楚々と立つ
(トタンの小屋の側に曼珠沙華が立っている。何の変哲もない。自然にそのままに楚々として立っている。)

 光明島根人

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September.25.2010「諸愛悉く解脱し」

Photo_2 September.25.2010「諸愛悉く解脱し」
今日の詩::紅葉は 寒暖の差が 決め手なり 人生も又 かくの如くに
(アップダウンの人生でも悲観することはいらない。人生の寒暖の差こそ人格の向上を促し、実力向上に役立つだろう。)

 谷口雅春先生の御著書に『愛はかくして完成す』という本がある。はしがきに愛について説かれている。「愛のテーマ」と言えば、「ゴッドファーッザー」であるが、ここで言う「愛」についての考察は厳粛である。
   阿含経では、「諸愛悉く解脱し」と説かれている。その諸愛とは「諸々の愛着心」「煩悩」のことであると。この本の「愛はかくして完成す」にある、「愛」は煩悩ではない。
観無量寿経には、「神は愛なり」という場合の「愛」は仏心と表現している。また、「仏心とは四無量心是れなり」と説かれている。
 では、「四無量心」とは何であるか?。それは、慈悲喜捨の四つの無量の深い心である。
慈…他の苦しむのを見て、その苦しみを抜いてあげたくなる心である。即ち「抜苦」の心である。
悲…他の苦しみを見て切なくなり、「楽」を与えたくなる「与楽」の心である。
喜…他の喜びを見て自分の喜びとする心である。
捨徳についてのご解説は、「はしがき」には無いが、「諸愛悉く解脱し」といい、「諸々の愛着心」を去ることであろうと考えられる。

 このはしがきには、私も時々体験事例として活用させていただいているが、故寺田繁三元本部講師の指導の体験が書かれている。ぜひ、読んでいただきたいと思う。
  H婦人が胃に塊ができた。そして、寺田講師に指導を受けたのだった。寺田講師は、塊は心の塊だから、「憎んでいる相手を赦しなさい」と指導した。相手とは夫であって、愛人が二人もいたのだった。
寺田講師…「あなたは良人を愛しているのではなく、執着しているだけだ。愛とは放すことです。慈悲喜捨の四無量心で良人を愛してあげなさい。母親のような愛でご主人を愛しなさい。良人が女性を作るのは、あなたに対する淋しさがあるのです。」
 講師の情理を尽くした説法に病人の頑固な憎しみの心はほぐれてきた。その結果、婦人の胃がんの塊も消えていったのだった。
 
 大体、こような内容である。「四無量心を行ずる神想観」があるが、現在では対人間関係のみならず、自然界に対しても四無量心を行ずることが必要であるので、その内容の神想観を実修している。
 唯摩経には、「愛」の正しい解釈によって現世に浄土が実現することを、「菩薩心浄ければその土浄し」と説かれているとご教示されている。

 この聖典は、「四無量心とは何か?」を詳解している本である。総裁先生からご指導いただいた「四無量心を行ずる神想観」を実修するに当たり、是非とも何度も拝読していただきたいと念願している。「読書百遍意自ずから通ず」である。

【地球に最も似た惑星発見】
ほんとだろうか?と思った。生き物がいるかも知れないと書かれていた。朝日新聞(2010/10/01)からである。
 米カリフォルニア大サンタクルーズ校などの研究チームは、太陽系外で地球に最も似た環境を持つとみられる惑星を発見したと発表している。惑星の質量や軌道の特徴から、地球にいるような生命の存在に欠かせない液体の水や大気が存在する可能性があるという。
 チームがハワイのケック望遠鏡を使って見つけたという。惑星は地球から約20光年離れた恒星(グリーゼ581)である。地球の3~4倍の質量がある。表面に硬い岩石のある地球のような惑星であると考えられるという。さらに恒星との間の距離から、表面の温度は平均すると零下31℃から同21度と推定できることが分かったという。
 まだ色々と書かれているが、たとえそれが地球と同じような星であったとしても、地球から約20光年だからかなり遠い。それくらい同じような星は有りにくいのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BC581c

【ガラパゴス化の怪】
 「怪」とすべきかどうか、一瞬迷ったが、一応このテーマにした。これは12月に発売する電子書籍端末の名称が「ガラパゴス」だからである。この名称を巡ってネットなどで議論が沸騰しているという。シャープの思う壺なのであろう。私は、従来日本の製品特に携帯などが独自のものすぎるところのガラパゴス化には反対していた。ガラパゴスは大陸から離れてしまい、島毎に独自の進化を遂げたので外敵に対して抵抗力が低い。従って、大航海時代に於いて様々な変化に適応できなかった。オーストラリアも実はそうなのだが。人間が持ち込んだ動物や植物が原因だった。
 『ガラパゴス化する日本』(吉川尚宏著)という本によると、日本の比喩にこの言葉が使われ初めてのは、4年前からだそうだ。高度に進化したが、世界市場で存在感が薄くなった。携帯電話や商品開発、経営、大学、金融など、世界の流れに関係なく、独自の道を歩む傾向にあるという。あたかもガラパゴス諸島の生物を思わせるらしい。
 若者はガラパゴス携帯を「ガラケー」と呼ぶという。シャープは進化の象徴としてこの名前を選んだというのである。
 これもまた戦略なのであろうか?。ブランド志向が高まる中であえて、「無印良品」とした商品もある。「空気が読めない」という略で、「KY」をあるスーパーが逆に宣伝に使ったという話もある。すはわち、「価格が安い」という略である。中味が伴ったから消費者の支持を得ていった。無印良品は、私は出雲のユメタウンで時々買い物をする。それはともかくとして、ガラパゴスはそんな背景があるネーミングではある。12月に期待したい。
 もう一つ、期待だけだが、お米でパンを焼くサンヨーのパン焼き器である。まだ発売されていないが、猛烈な注文だという。サンヨーはパナソニック系となった。、このパン焼き器はヒット商品だといわれているが…。

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*島根県教化部のHPを修理中ですが、下記のアドレスからリンク集に入れます。よろしくお願いいたします。
http://simane-rinku.cocolog-nifty.com/blog/
・今日は益田一日見真会だった。ちょうど30人お出でになられた。今回はほとんど地元で企画運営をしていただいた。その関係かスタッフはすごくまとまっていた。最後には講習会の大成功に向けての意識統一が図られた。素晴らしい!の一言である。
 中内英生拝

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September.24.2010「生長の家大神」

Photo September.24.2010「生長の家大神」
今日の詩::五感研ぎ 使用頻度が 決め手なり 多聴多読が 貯蓄を増やす
(日時計日記の記載にしても、毎日記載し、そのためには聖典等の多読、誌友会への出席、お仲間との光明会話などでインプットする。「あの人はこんなに素晴らしいんですよ」と良き噂をするようになれば、その人の運命はさらに向上するのでありましょう。貯蓄とはお金のことでなはなく、能力貯蓄です。入れたものしか出てこないという法則がある。)

 谷口雅宣先生著『小閑雑感』のはしがきには、東京・原宿の生長の家本部会館の本館玄関の上にある白いご神像についてお書きになっておられる。62頁~である。そこにある白いご神像は生長の家大神ではないとご教示しておられます。
 「像を造ると偶像崇拝に陥りやすい」として、イスラームではムハンマドの肖像もない。したがって、イスラームではデザイン化されたものが発達したようだ。
  同書62頁7行目からには明確にご教示されている。
『この像については、谷口雅春先生がいろいろのご著書の中で説明されているが、生長の家大神そのものではなく、1つの「イメージ」であり、「象徴」であり、「表現」である。この違いは重要なので、少し説明しよう』と。以下、原文で拝読下さい。

 宇治の練成会受付のそばに、ご神像の原型とも言うべきものが置かれているが同様に、象徴と考えるべきでありましょう。テーマ「生長の家大神の姿」として三回、お書きになっておられる。必読の御文章である。

 私たちが、実相軸(額)の前で礼拝をする時にも、「実相額を通して宇宙大生命に礼拝いたします」と、前置きするように教えられている。まことにも象徴を通して本体を礼拝するということでありましょうか。

 また、『日時計日記』記載の作業をしている時、現象である真象を見て讃嘆しているうちに、心がスッと本源の世界へ届くような思いになるのと同じようなものでありましょうか。

 
 その象徴を如何にして拝むかという作法のようなものが、『生命の實相』頭注版第12巻189頁~191頁に書かれています。これは、第五章「礼拝三昧禅」というところです。 
内容を掻い摘んで書きますと次のようなものです。

 谷口先生が講演会場に行かれると、数人の人達が、会場に入ってこられる人や途中で退場される方に、合掌して丁寧にお辞儀をしておられた。その姿こそ仏の姿であると。
 何も求めずにお辞儀をしておられる。その姿、無執着の礼拝こそ仏の姿である。
 唐の国の宣宗皇帝という人が、香厳和尚について修行をした。次に、斎安国師の許で修行した。その時、一緒に修行していて、同じ弟子の中でも首座になっている人に黄檗禅師という人がいた。黄檗宗の開祖であるという。
(京都からJRで宇治へ行く時に黄檗という駅があるが関係しているのだろうか。)

 その黄檗が開祖になる迄に首座をしていた。その黄檗に宣宗肯定が質問をしたという。
 ゆいま経には次のように書いている。”仏に着いて求めず、法に着いて求めず、衆に着いて求めずーーこう書いているが、なぜあなたは礼仏、仏を拝むのですか」と。
「着く」とは執着のことである。つまり仏になろうとして執着してはならない。法に着いて求めず…真理を掴みたいと思って求めてもならない。「衆に着いて求めず」ーあの衆生を助けてやりたいと思うことも一つの執着であって、それを求めてもいけない。そうユイマ経には書いているが、何を求めてあなたは拝んでいるのですか?と聞いたというのです。
黄檗禅師は言った。
「仏に着いて求めず、法に着いて求めず、衆に着いて求めず、かくのごとくしてわれ礼拝することを為す」と。
 無執着でただ拝む姿こそ礼拝の秘訣であるというのです。この拝みで、日々、人々を、万物を礼拝する修行を行わせていただきたいと思う。

【イランの服装指導】
これはイスラムの国のことである。遅くなりちょっとニュース性に欠けるが、朝日新聞(2010/7/20)には、「服装指導、イラン中枢・不協和音」と書かれている。大統領は取り締まりを反対し、宗教指導者からは「口を出すな」ということのようだ。写真は、イラン都市部の女性達としてテヘランで撮影したとしている。明るい笑顔の赤い女性の姿である。また違反には罰金があるという。街角でネイルアート(爪に色を塗ることだろうか?)をとがめられて、1万7千円相当の罰金を支払った会社員、日焼けした肌を注意されて同額を払った学生もいるという。服装一つにしてもなかなか大変なようだ。

【生物多様性とは何か?】
これは、Biodiversityを訳したものである。1985年、米国の生物学者、W・G・ローゼンが使用した造語らしい。「Biological Diversity」地球上の生物がバラエティーに富むこと、の略語である。多様な種や遺伝子、生態系のそれぞれが密接な関係にあることを踏まえて、絶滅のスピードを抑えて種の保全を図ろうとする考え方であるようだ。これは、産経新聞(2010/9/15)に掲載されていた。
 今年は、「国際生物多様性年」である。10月に、名古屋で生物多様性条約第10回締結国会議(COP10)が開催される。島根の皆様、興味ありますか。多様性こそ神様の特質です。従って多様性が失われることは神の御心ではないと考えるべきではないでしょうか。
 生物多様性は、生き物の繁栄と絶滅の歴史の中にあると考えられる。COP10の支援実行委員会は、ホームページの中で、「すべての生きものは繋がって生きており、思わぬ所で私たちの生活に影響を与えるかも知れない」と警鐘を鳴らしているとしている。
 『38億年 生物進化の旅』の著書のある池田清彦さんは、「生物多様性が曖昧なのは、プロパガンダ的に作られた用語ということにも理由がある。使う人によって意味合いが違う。生物多様性を”繁華街のにぎわい”にたとえた学者がいるが、土の中の微生物を含めたあらゆる生き物が生と死を繰り返すことをイメージすると子供にも分かりやすくなると言っているとのことである。

【島根の皆様、日々総裁先生のブログを拝読しましょう。講習会は平成22年11月28日(日)です。今回の講習会は総裁先生として初めての島根教区へのご指導となります】
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*今日は秋季慰霊祭が行われた。島根教区の先達の方々をご供養させていただけることは誠にも有り難いことであった。午後は記念講演を行い、講習会推進に結びつけた。
 中内英生拝

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平成22年09月30日(木) 俳句と短歌

Photo 平成22年09月30日(木)  俳句と短歌

今日は木曜休日でした。さわやかな秋!豊かな秋!
   
⑩ 銀杏(イチョウ)ちる 黄金(コガネ)の絨毯 吾は王
(王様が歩く黄金の絨毯のように、私が歩く道に銀杏の落ち葉が敷き詰められている。誰かに頼まれたかのようにである。美しい。もし、クラシック音楽が鳴り響いていたら、私は映画俳優の気分になるかも知れない。)

⑨ 実(ミ)ムラサキ よくぞたわわに こぼれけり
(紫式部の実は実にたわわになるものです。よくぞこんなに実を付けるものよ、と感心します。また、色が実に美を極めたような美しさです。)

⑧ キンカンや 思えば唾が 湧くような
(キンカンの実をスーパーで見た。ただそれだけで、口の中が何だか唾液で満たされた。子供の頃に、田舎の親戚に行ってはミカンを千切っては食べていた。その時の味覚が蘇ってきたようだ。)

⑦ ゆず匂う 木の下を行く 散歩道
(ゆずだとは思うが、一応ゆずにしておこう。その下を歩くと、何だかゆずの香りが漂うように感じる。今は秋なのだ。出雲は素晴らしい。)

⑥ 古都松江 novacation 落ち葉降る
(松江のお堀の船遊覧は、秋の風情を感じさせる。川に落ち葉が浮かぶようになった。でも私は、木曜休日なのだがnovacationで 楽しんでいる。今日は地球温暖化の議論を行った。面白い。生命の活動は常にノウバケイションである。) 

⑤ 小鳥鳴き コチコチ聞こゆ 掛け時計
(外では小鳥が鳴いている。私は部屋で座っていたが、掛け時計のコチコチという音が聞こえるくらい周囲は静かだ。)

④ 金色の 秋の夕陽は 出雲晴れ
(娘を乗せて松江に向かって走っていた時、バックミラーで見ると、西の空は金色に輝いていた。「お父さん、超キレイ!」。これが出雲ばれというものだろうか。この景色は12万年前の石器時代の多伎の人々も見た景色なのであろうか。)

③ 紫外線 無き曇り日に 秋の風
(紫外線がない曇り日は、肌を傷つけない。晴れるとそれはそれで恩恵がある。曇れば曇るでまた恩恵がある。どちらになっても喜べる自分がありがたい。)

② 午睡せば 風稲田より 吾に吹く
(今日は、木曜休日だった。午後、本を読んでいるとついうとうととなった。風は、周囲の稲田や畑を吹き抜けて、私の所に届いた。それはここでしか味わえないそのままの生活の喜びであった。) 

① 雨と晴れ 変化楽しむ 秋の山
(今日は、雨が降ったり晴れたりで変化が激しかった。その変化を映すかのように、秋の山も変化している。変化の美である。)

 光明島根人

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