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2010年12月

December,30,2010「平成22年総括と感謝」

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December,30,2010「平成22年総括と感謝」
今日の詩::年末を 迎えて思う 感謝かな

 島根の信徒の皆様、今年一年間、誠に有り難うございました。心より感謝申し上げます。今年は、講習会があり、皆様のご尽力で大盛会となることができましたことを心より感謝申し上げます。来年は、ご参加下さった人々を普及誌購読者に、聖使命会員に、誌友会参加へのお誘いする一年になると思います。おそらくこのお正月休みに色々とアイデアが湧いて参りましょう。

 「信仰に王道はない」。これは本当です、信仰は下りのエレベーターを登っていくようなものです。少しでも歩みを停めると下がってしまいます。まずは、三正行のご実践から、そして『日時計日記』の記載から始めようではありませんか。今年一年間、日時計日記の記載を毎日継続することができた人は多かったのではないかと思います。それは信仰生活の大きな原動力です。「日時計日記」をご指導いただきました谷口純子先生に深甚の感謝の念を捧げたいと存じます。有り難うございます。
 信仰生活は、「深切丁寧」ということを伴います。人に物に事に対して真心を込めて深切丁寧に対処することが何よりも大切でありましょう。人に対して深切な言葉と行動を行い常に相手の幸福を祈ること。また、事に処して無心無我の心で神様の御心を実践するという気持ちが大切でありましょう。無我無心すはわち、消え去るが如き現象界の地位や名誉よりも、実在世界の神様の御心の実現をこそ祈り、願い、実践することでありましょう。
  人類光明化運動・国際平和信仰運動は、神様の運動です。したがって、感謝報恩の心が大切です。また、ご家族に、ご先祖様に、会社の同僚に、組織の同士へ感謝し、受けがたきみ教えを受けることが出来た幸運に対して、今年一年間報恩の行をさせていただきました。誠にも有り難き極みでございます。
 特に、法燈を継承され、み教えをお伝えくださっている総裁先生への感謝と中心帰一の心こそ私達の信仰生活に大きな力を与えてくれることになります。

 また、物に対しては、地球温暖化に対する「環境方針・基本認識」の考え方が生かされましょう。
 太陽光発電に関しては、今年に教化部会館と松江道場でパネルを設置して稼働状態に入ったことは大きいと思います。これで島根の信徒さんへ太陽光発電をさらにお勧めすることが出来ると思います。
 来年度は、生長の家の会員さんの企業でISOを取得することになればさらに素晴らしいことになると思います。

 各地の先祖供養祭を足場にして、信徒の皆様が寄り合い、そこで信仰的交流が行われ、活性化される。それが組織の活動に好影響を与えるという循環になっているようです。今年は、安来が始まりました。来年度は大田が始まる予定です。但し、いつも申し上げていることですが、この先祖供養祭は言わばご先祖様の誌友会であり、基本はご自宅の先祖供養です。その地域に地方講師が誕生して、自分たちだけで先祖供養を行っていただくようになることを目指しております。

 講習会は、前回の1会場に対して3会場になりました。当初は、出雲のメイン会場と江津のサブ会場の二つだけの予定でしたが、スポーツの試合があるので、メイン会場は先方から断ってきました。それが良かったのです。色々と探したあげく、三刀屋と安来と江津の三つになりました。印象に残ったのは、会場の地域を受け持つ組織の皆様は、大いに推進して下さるということでした。次回はまだ決まっておりませんが、参加しやすい状態にするためには会場を増やすことが大切でありましょう。
 将来的には、なかなか大変な労力をかけてお出でになる隠岐の島の皆さんのためにも隠岐の島会場があることを夢見ております。

 今年も真理宣布の燈台(拠点)の復活について検討し行動して参りましたが、今年は、雲南の栄える会が復活しました。大変嬉しいことです。講習会のメイン会場のある栄える会ですので、好影響を与えたのではないかと思います。
 来年度は、真理の拠点の復活のためにできれば、かつては拠点があった津和野や隠岐の島の島前にも足を伸ばして参りたいと考えております。

 地方講師の増加と昇格について日々の努力を行って参りました。地方講師は今年も増えました。昇格もありました。伝道者である地方講師の方々の信仰深化、総裁先生への中心帰一の信仰姿勢を徹底し、今説かれるみ教えを研鑽すると共に基本真理の研鑽を重ねるために、今年は地方講師研修会は出雲と益田で行うようになりました。参加者の合計をすると50名を越えるようになりましたので、嬉しい限りです。
 島根教区の地方講師会では発表前にレジュメを出していただくことになっております。その提出されたレジュメをお互いに検討することにより、さらに深く真理を体得して伝道力につなげていくという方式です。 
 来年度は、本部推奨の通信ソフトを使って二会場で同時に研修することを検討しております。たとえば第一研修の発表は出雲会場から、第二研修の発表は益田会場からと言った具合です。

  通信ソフトで思い出しましたが、インターネットをやっている人はご存じでしょうが、インターネット講師が数名誕生致しました。これはリアルな現実世界に対して、ヴァーチャルな世界の光明化運動の一形式です。来年度も増加する予定です。おそらく将来、世界的にも相当数のインターネット講師が誕生して、国際平和信仰運動を推進していくと考えられます。教化部の写メール俳句から始まった、島根のインターネットへの挑戦は来年度も続きます。
私達は、「インターネットの活用は光明化運動の成果に雲泥の差を生ずる」とお教え戴いた総裁先生のお言葉を最もよく実践する島根教区であることを目指しております。

 一年を締めくくるに当たり、島根教区の全ての信徒の皆様に対して、お礼と感謝をのべさせていただきました。
  また、さまざまな活動に於きまして、不行き届きの面が多々あったかと存じますが、どうぞお許し願いたいと存じます。来年はさらに軌道修正を加えつつ、お役に立たせていただきたいと念願しております。

  尚、私ごとですが、私は今年で結婚25周年となりました。ひたすら前に進もうとする良人を支えてくれた妻あればこそここまで来ることが出来ました。しかし、多くの方々から受けたご恩に対して万分の一のご恩返しもできておりません。本当のご恩返しはこれからです。昨日は、家族でささやかなお祝いをさせていただきました。妻に心から感謝したいと思います。

島根の信徒の皆様、今年一年間、お世話になりました。本当に有り難うございました。
 来年もさらに、信仰を深化させて、ご家庭が幸福になり、ご子孫が繁栄し、生長の家の信仰がご子孫に伝わり、さらに地域にみ教えが伝わり、人と自然との共存共栄の世界実現のための一翼を担わせていただくことが出来れば、幸いこれに過ぎるものはありません。

 そして、このブログをお読み下さっておられる読者の方々、誠に有り難うございます。来年はもっとお役に立てる内容のものに進化したいと存じます。

皆様、どうぞ、よいお年を!!!!

 中内 英生

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December,29,2010「女性の菩薩道」

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December,29,2010「女性の菩薩道」
今日の詩::春思い 師走の寒さ 耐えて待つ
(自宅での私の机がある部屋には、エアコンはあるが、使っていない。防寒具で身を包み、小さな暖房機で十分であるからだ。ここ山陰の冬は山間部はともかくとして、北陸ほどではない。だから上記の俳句は、言葉ほどではない、ということ。)

 谷口雅春先生に、『女は愛の太陽だ』と言う御著書がある。49頁には、「女性もまた菩薩である」という見出しがある。どんな御内容であろうかと思い、拝読した。大意をご紹介したいと思う。正確に知るためには聖典を拝読下さい。

 菩薩とは釈尊時代にシャカの教えを聴聞した最高の求道者たちだけのことではない、としている。神様の霊が自分の生命であると知り、神様の愛を、生命を現象界に可能な限り実現しようと精進努力する人のことである。
 菩薩は男性だけが到達する境地ではない。女性もまた到達できる境地であるとしている。「菩薩である女性」とはどのようなタイプの女性であろうか?また、「菩薩である女性」の日々の行持とは何をすればよいのであろうか?御文章の内容をまとめてみた。

①常に心を神様に振り向ける。
②神様の無限の叡智に耳を傾ける。
③その叡智によって行動する。
④よく忍辱の徳を備える。
⑤従順のうちに良人を善導して過ちなからしめる。
⑥子供の美点を見て称揚する。
⑦子供の欠点を見ても、欠点本来なきことを知って、実相の完全円満さを言葉をもって言い表し、言葉の力によって、ついに子供の円満完全さを現実にあらわす。
⑧時に随い、場所にしたがい、人に応じて、相手を生かす優しき言葉を持って、すべての人々を大調和に導く。
⑨自己が神の子であると信ずる。
⑩明るい想念、積極的な想念、建設的な想念、人を鼓舞し勇気を奮い立たすような想念のみを心に描いて、良人を鼓舞激励する。

 大体このような内容である。おそらくは、このブログをお読み下さっておられる人の日常の信仰生活を表現しているのではないでしょうか。
 島根の皆様、『女は愛の太陽だ』の聖典は、島根県教化部に在庫がございますので、どうぞお求め下さい。
 女性が幸福になった時、男性であるご主人も幸福になります。「私はあなたの所に嫁いでよかった」と言ってくれる妻を持つ男性は世界一の幸福者となります。まず、ご自分が最高の幸福者となりましょう。そしてその幸福感をご主人に、子供さん達に伝えて参りましょう。 
 松江道場には、「白鳩天使」という、谷口雅春先生の御書があります。また、この聖典の233頁には、「あなたは暗黒の雲を吹き払う天使群の一人です」と書かれております。そのことを考えますと、ご家庭に於いて、人類光明化運動に於いて、その他のあらゆる出来事に於いて、谷口雅春先生が女性の皆様にご期待される祝福の御心を感じることができるように思います。

【ソーラー・スズメバチ】
 これは、太陽光を使って活動エネルギーを作っている可能性のあるソーラーハチともいうべきスズメバチであるという。新種であるようだ。イスラエル・テルアビブ大学などのチームが発表している。カラダの表皮に太陽電池に適した構造があったとしている。光合成をする植物のように、太陽光を直接利用する動物の発見は初めてである。このスズメバチは、アフリカから南アジアまで分布するオリエンタル・ホーネットという種である。面白いのは、実際に蜂の黄色い縞に電圧が発生していることが分かったようだ。エネルギー源の多くは食物と考えられるが、電気エネルギーが代謝を進め、かつ昼間の活動を助けているようであるとのことだ。
 若い時には、特に毛糸のジャケットを着ていると自動車に乗る時にすごい電気ショックを感じることがある。私は最近は余りなくなった。かつて一番びっくりしたのは、韓国に行った時のことだが、お坊さんが練成会に来ていた。握手をした途端、ものすごい音で、「バチッ」という音がした。お互いに静電気が大量に放出されていたのでないかと思う。
  私達も、神様のいのちを受けてそれを有効なエネルギーに変えつつ多くの人々の栄えと幸福と実相顕現のために貢献させていただくようにできているようだ。
どんな蜂か、画像を見て下さい。↓
  http://fivenine.main.jp/2010/12/%E2%80%9C%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%85%89%E7%99%BA%E9%9B%BB%E2%80%9D%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%B9%E3%82%BA%E3%83%A1%E3%83%90%E3%83%81%E3%80%80%E5%A4%96%E9%AA%A8%E6%A0%BC%E5%86%85%E9%83%A8%E3%81%AB%E3%82%BD/

【ガラパゴスがインドの電子教科書に】
 ガラパゴスといえば島の名前であるが、今ではシャープの電子書籍用の端末である。教化部近くのデ○デ○にも置いてある。アイパッドは中国地方では、広島のデ○デ○にしか置いていなかったが、先日から教化部近くの店にもやってきた。iPodの大型判であるようだ。デザインはアップルのはとてもよい。機能に関して言うと、他社でもいろいろと出てきたので、アイパッドでなくてはできないと言う機能は少なくなっているようだ。ガラパゴスは少し重い。携帯にはもう少し軽い方が良いと思うがどうだろうか。色々と調べてみたが、考えてみると同じ機能は、ほとんど私自身はパソコンでできるようだ。何がそんなに違うのかを聞くと、携帯できるからだという。パソコンはカバンの中に携帯しているので、それも既にやっている。それならば電子書籍だ、と思って調べてみると、私が欲しいと持っている書籍群はまだ電子書籍化していないことが分かったので、電子書籍端末のソニーのリーダーやエーユーなどから出されている電子書籍端末の購入はもう少ししてからということにした。
 さて、朝日新聞(2010/12/28)には、シャープは、情報端末であるガラパゴスをインドで電子教科書の閲覧用として実用化することを決めたという。アイパッドの使用ではなかった。それくらいこの業界の変化は激しい。「後なる者先とならん」である。絶えず進歩・進化を持続していないと数ヶ月にして追い越される世界であるようだ。アイパッドにしても、アメリカのアップルが台湾の会社に依頼し、台湾の会社が中国の工場で作る。その中味の部品の何割くらい?だろうか、正確には知らないが、それは日本で作っているようだ。そんなグローバルな時代になっている。同様にして、私達島根の信徒も、毎日の三正行を欠かすことなく実践して参りたいと考える次第です。
http://www.sharp.co.jp/galapagos/

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中内 英生

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December,28,2010「猿と園丁」

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December,28,2010「猿と園丁」
今日の詩::仕事収め 今年のすべてに 感謝する

 谷口雅春先生の御著書に、『人生読本』という聖典があります。72頁には、「猿と園丁」という項目があり、自分に与えられた仕事は自分の使命であるので真心を尽くすことの大切さが説かれています。ご紹介します。なお、この聖典は、島根県教化部に在庫がございますので、ご入り用の方はお申し込み下さい。なお、教化部会館は、元旦の午前中を除き、12月30日から4日まで、正月休暇となっています。

 或る王様の国の御料林には、猿がたくさん棲んでいたと言います。園丁は猿と仲良しでした。猿の中に、猿の王様のようなボスザルがいて、園丁が言うことは何でも分かり、園丁が言うことならば、何でも素直にそのとうりにしてくれるのでした。
 その頃、王様の即位30周年記念祭があったそうです。その国の都で、大仕掛けな花火や山車、御輿などが催されました。国を挙げての大騒ぎとなりました。園丁も行きたくなったのでした。しかし、園丁は、御料林の木を枯らしてはならないと思って、ボスザルを呼びました。

園丁『私はお祭の見物に王様の都へ行ってみるから、この林の中で日照りに弱い木には、水を毎日掛けておいて下さい』と。猿との会話が成立したかどうかは分かりませんが、次のように答えています。
ボスザル『私が、家来に言いつけて、必ず有効に水を木に掛けておきます。』
 山の灌木全部に水を注ぐことはなかなか大変なことです。谷川の水を汲んで山の上まで持ち上げるのは、猿にとっては大変でした。そこでボス猿は、良いことを考えついたのでした。そして家来の猿たちに言いました。

『吾々は猿なので、人間のようには立って歩くことは難しい。そこで水を有効に使うことにする。灌木に水を掛けた時に、どのくらい水が木の根にしみ込んでいるかを、根を抜いてみて調べるのだ。そこで水が多いのは今度水を掛けるのを節約する』と。

 猿たちは御料林にある木に水を掛けて、いちいち引き抜いては挿し、引き抜いては挿していきました。
 園丁は都の祭が終わってから、帰って来ました。山の中の全部の灌木を、猿たちが一度引き抜いてまた挿したために、全部枯れていたのです。園丁は自分の仕事をおろそかにしたということで、厳しく罰せられたとのことです。
 このエピソードに関して、谷口雅春先生は、次のような内容の御教示をお書きになっておられます。

『知恵のない深切は、かえって相手を殺すことになる。これが生長の家の教えである。人は自分に任された仕事を、自分が遊ぶために人に任せては、こんな失敗が起こることがある。自分に任された仕事は、自分に一番適するからまかされているのである』と。
 今、自分がしなければならない仕事は、今、神様から与えられた使命であるのです。トータルとしての自分の人生に於ける使命は後になって分かるものです。それは、今、与えられているご使命を果たした時にはじめて次になすべき使命が分かるというものです。どんな小さな事でも神様から与えられたご使命だと思って誠意をもって、対処したいと思います。

【岡田武史が語る世界】
 日経新聞(2010/12/29)にW杯を信じて躍進した岡田さんの言葉(上)が掲載されていた。島根の信徒さんにとっても参考になると思うのです抜粋したい。
①今年の夏、岡田武史さんに率いられたサッカー日本代表は、南アフリカのワールドカップでベスト16に進んだ。日本中を熱狂させた。岡田さんが好きな「塞翁が馬」の故事では、「チームに起きるすべてのことは意味があって起きる」と前向きに捉えて、次々と難局を乗り越えたとしている。
 これは全てを神様または観世音菩薩様のお導きまたは教えとして捉えて明るく物事を処理していく、私達の信仰生活そのものではなかろうかと考えられる。
②「難しい決断をしたつもりはない!」と。5月24日、韓国との壮行試合に敗れた時、チームはどん底に見えたという。監督はこのあと、中村選手や楢崎選手らそれまでの主軸を外して、本田の1トップ、中盤の底のアンカー役に阿部を起用して大胆に手を加えたとしている。周りには「ギャンブル」と映り、W杯後は「英断」と讃えられた。がしかし、岡田さんはそのどちらも否定した。
「難しい決断をした」、というのであればおそらくプレッシャーを感じるだろう。しかし、韓国戦が終わるまでおくびにも出さなかったのは、「調子が戻ってほしいと願っていた」のと、「そこまで我慢しないと外れる選手の気持ちも収まりがつかない」と思ったという。だから、韓国戦で「中途半端に引き分けていたら、もっと苦しくなっていた」としている。
中村選手や楢崎選手について、「二人がW杯に賭ける思いを考えると、鬼の所業だ。でもその決断に個人的な感情とか不純なものは何も無い。それを分かってくれると信じたし、そういう23人を選んだつもりだった」と。
 岡田監督の一言一言が私達の胸に迫って来るではないだろうか。試合は、実際に行われる前に、岡田監督の心の中で始まっていたのだった。そして、彼の心は現象を乗り越えた。
 谷口雅春先生著『無門関解釈』の64頁には矛盾を超克する考え方がご教示されている。「修行僧は口に枝をくわえ、手で枝を持たず、足で木を踏まずして、問者が木の下で、「達磨大師はなぜ、中国に来たのか」、と問うたら、どうするか?。それに対して見事に答えている、「何故に進退窮まることがあろうか」と。「手が枝に触れなかったら、手を動かして枝を握り、口を動かして応答すれば良いではないか」、とのお答えである。公案の形をとって、「その言葉に縛られているのは自分自身である。迷いは本来無い!」、と喝破している。それを現実にもたらすのは、私達信仰者にとっては、「神想観」ではなかろうか。「吾、今五官の世界を去って実相の世界に入る」と一躍超入如来地である。
 さて、元に戻るが…。
③「実際、見る者を感動させたチーム一丸の姿勢はベンチ組の尽力のたまものだった」、と書かれている。「あれだけされたら試合に出る選手はがんばるよ。チームがまとまったのはあいつらのおかげだった」とも。しかし、気持ちだけで勝てるほどW杯は甘くはない。
④運動量は求められたが、大会前の高地トレーニングが奏功して走り負けなかったという。「直感で決めた」1トップの本田が結果を出すことで攻守の歯車が噛み合ったとしている。
⑤パラグアイ戦はにらみ合いになった。向こうもこっちを誘っているのが分かる。行けばやられることが肌感覚で分かるようになった。それは臆病というより、日本サッカーがある種のリアリズムを体得した瞬間だったとしている。
⑥「(選手の力を)引き出す指導」と書かれている。代表監督への再登板が決まった時、岡田さんは、「選手が生き生きと走り回るチームを作りたい」と思っていたようだ。教区の中でも、そのように信徒さんのお一人お一人が生き生きと信仰生活、伝道生活を実践するチーム(教区)になって頂きたいと思う。
⑨岡田さんは言う。「チームを指揮して初めて選手と深い部分でつながっていると思えた。表面上は淡々としているのだが、ハーフタイムのロッカーでは余計なことを言う必要がなかった。みんな本当に素晴らしい顔をしていた。」と
 皆様、如何ですか?特に、組織の中でリーダーの方々にとっては心に響くものがあったのではないでしょうか。
http://sports.livedoor.com/photo/search?w=%B2%AC%C5%C4%C9%F0%BB%CB
http://news.livedoor.com/article/detail/5073851/

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December,27,2010「神の叡智、彼を導く」

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December,27,2010「神の叡智、彼を導く」
今日の詩::師走朝 引き締まる身は 祈りする
(引き締まるのは、寒さで身が引き締まります。でも炬燵があるので寒いのは一瞬です。起き出すのは気合いです。)
 
  『あなたは無限能力者』という谷口雅春先生の御著書がある。楠本加美野本部講師編である。150頁には、「神の叡智、彼を導く」という項目がある。江藤輝さんという人の作曲に関する導かれ方である。最近漫画「のだめカンタービレ」を読んだので、音楽家のご苦労を少し感じた。内容を掻い摘んで書くと。
 江藤さんは毎朝一時間くらい神想観をされる。「実相を観ずる歌」の中の一節を繰り返し念じることにしているという。
『神は知恵にして、吾れは神の子なれば、吾れはすべてを知り、全てのもの吾れを知れり。』
 祈りの言葉はさらに続くのであった。
『されば神の叡智は吾に天降り、われは素晴らしい作曲を完成し全世界の人々は吾を知るのである。』
 「自分の作品は全世界の人々に知られるのである」ということに力点を置いて念じたという。ところがである。その年に、オーストリヤの首都ウィーンで、世界的な音楽指揮者ワインガルトナー氏の審査で、全世界の作曲コンテストが開催されたのだった。
 全世界の作曲家が作品を提出する中で、江藤さんも作品を応募された。審査の結果が発表された。第一席はなかった。第二席に入選した曲は三人あった。その中に江藤さんがはいったのでした。
 ともかく、当時の全世界の作曲の中で最高名誉の三人の中の一人に入ったのだった。その作曲は、ベルリンから近衛秀麿さんの指揮で全世界へ放送された。従って、全世界へ江藤さんの名前と作曲とが知られるようになったという。これは、江藤さんがお祈りになった、前出の祈りの言葉が現象世界に現象化して現れてきたのであると御教示されている。このように祈りというものは時間経過を経ながら現象界へ現出するのである。
 島根の皆様、多いに祈りましょう。『日時計日記』に祈りを記載しましょう。

 祈りは集中力が大切です。潜在意識にその想いが定着することが大切でして、それはエアコンの温度設定と同じです。定着させるためには、神想観だけでなく、言葉の創化力を応用することも大切です。または、就寝前、起床直後の20回、言葉を唱えることなども大切でありましょう。
 温度設定をすると、暖房であれば室内温度が高いとエアコンが停止し、室内温度が低いと作動して温度を上げます。これと同様であり、温度設定という目標に対して、自分の潜在意識がその達成のために、必要な人に合わせたり、必要なことを思いつかせたり、必要な出来事に出くわせたりするのです。「偶然はない」、と言われますが、誠にもそれは真実です。それを実現する原動力は自分の中にある潜在意識であり、そこにある言葉、波動です。その言葉が祈りの形で存在しているのであれば、それは時間経過の後に実現することになります。
 もう一つ大切なことは、キリストが、「汝ら求むるに先立ちて、すでに得たりと信ぜよ」とありますように、過去形の祈りの言葉が実現力が強いということです。「希望する」よりも「起こり済みの出来事」として認識する方が、潜在意識は起こり済みの事実に近づけるように、全力で現象界を創造して行くようです。

 島根の皆様、今日も強く明るい想いを起こし、明るい祈りを行い、今年一年に感謝すると共に、「来年はこれを実現しよう」と公的にも私的にも進歩して参りたいと存じます。
http://video.jp.msn.com/watch/video/%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%82%81%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AC-%E6%9C%80%E7%B5%82%E6%A5%BD%E7%AB%A0%E5%89%8D%E7%B7%A8-%E4%BA%88%E5%91%8A%E7%B7%A8/1mpw9x56?fg=rss

【『正法眼蔵を読む 上巻』】
 「はしがき」はしがきは何度も拝読しているが、「正法眼蔵」には嫡々相承の真意を述べているとしておられる。また重要なことは、自分が教えを受けていると思うだけでは成り立たないということであり、師と弟子とが対面して、師がそのことを認可する「面綬」が必要であると示されている。最後に、中巻、下巻が順次刊行されるが、「…是非続いて全読して頂きたいと切望する次第である。」と示されている。
 松江の信徒さんたちは、谷口清超先生が松江にお住まいになっておられたこともあり、そのお言葉にお応えして、相当の年月を費やして、全4巻を松江道場の行事として全巻輪読したとお聞きしている。
 既に、谷口雅春先生から谷口清超先生へ、そして谷口雅宣先生へと法燈が御継承されました。その真義と有り難さを感じつつ、感謝申し上げる次第であります。
 国語力は強い方ではございませんが、辞書を片手に微力ではありますが、島根の信徒の皆様とご一緒に、かつての松江の信徒の皆様のように、来年はすこしづつ学ばせて頂きたいと念願しております。

【組踊】
 沖縄の知人から、組踊ロードというパンフレットを送ってきた。その中に、「孝行の巻」という物語があった。ご紹介します。
 義本王の時代のこと、毎年のように暴風雨が起きて、国民が飢餓に苦しんでいたという。占いをしたところ、北谷間切の屋良の無漏池という池に大蛇がいて、その大蛇が暴風雨を起こしているのだという。王府は、人身御供となる者を求めたらしい。昔は人柱とか人身御供とかで怒りを静める風習があったようだ。日本武尊とオトタチバナ姫の物語を思い出す。
 人身御供に応じた者は、その家族は生涯、生活を保障するという高札を立てた。それを読んだ家庭の貧しい14歳になる姉真鶴は2歳年下の弟思徳に高札の件を話した。母親に内緒で自分が犠牲になる事を弟に説き聞かせたという。
 私は、当時の14歳の女の子が高札の文字を読むことが出来たという教育水準の高さに驚いている。すごいことではなかろうか。
 役人は祭壇の支度をした。娘の身を大蛇に捧げようとしたその時、天から爆音と共に神様が降臨し、蓮華の花びらが開くと「孝感滅蛇」の旗を振って現れ、大蛇を打ち砕いたという。
 一方、弟から事情を聞いた母親は気も狂わんばかりの想いで、娘と運命を共にするため駆け付けたが、娘の無事を知って再会を喜ぶことが出来た。
 娘の孝行に感心した王府は娘を王妃に、息子を王女の婿に迎えることを約束した。そして一同、喜びを共有したとのことである。
 キリストの「いのちを捨てんとする者はいのちを得る」との聖句を思い出します。また、『生命の實相』の戯曲篇、「キリストは磔に架からず」との戯曲を連想しました。
http://www.nt-okinawa.or.jp/index.php?option=com_theater&act=look&ID=76/
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-11-23_12251/

【島根の皆様、日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。】
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中内 英生

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December,26,2010「実相と現象」

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December,26,2010「実相と現象」
今日の詩::ビュービューと 出雲木枯らし 夜明け前

 谷口雅春先生著『実相と現象』という聖典の特徴は、85頁から「”七つの光明宣言”解義」や187頁から「禊祓祝詞講義」という御文章があることである。12頁には、「ブラジルに於ける無数の奇蹟」という項目がある。この御文章に従うと、「今から三十年前、私が書いたたった一冊の書物がブラジルへ出かけていった。それが元になって無数の奇蹟が顕れた。」と書かれています。
 故松田元本部講師から、よくこのことをお聞きしました。現在も、ブラジルからお出になった青年達が、島根県教化部にまでお出でになり集うのですからその勢いたるやすごいものです。私の友人に聞いた話ですが、半分はジョークだと思って読んで下さい。
 全身中風を病んでいた人がいたそうです。生長の家の講演会へ行くと病気が治るというので行きました。しかし、余りにも大勢の人が参加していたので、会場に入ることが出来なかったそうです。そこで彼は、右肩だけ会場の入り口に入れて話を聞きました。すると、気がついたら右半身の不随が消えていたそうです。再び、生長の家の講演会が開催されました。同様にして満員御礼だったのです。そこで、彼は今度は、左肩を会場の入り口に入れて話を聞きました。すると、今度は左半身の不随が消えたそうです。その話をしてくれた友人は、すでにブラジルへ帰っておりますので、本当かどうかを調べることはできません。しかし、そのようなことが言われるくらい、よく病気が治ったのではないでしょうか。しかし、生長の家は病気を治すところではありません。病気を治すのは、島根県立中央病院の方がたくさんの病人を治しているのではないでしょうか。実は、生長の家は、「病気は神様が創らないから本来無い」ということを教えるところです。

 13頁には、『生命の實相』拝読の勧めが書かれています。要旨を掲載させて頂きます。
『この書物に書かれているところの言葉は、神様が皆様の”本当の人間”を呼び出すために、言葉の力を極めて谷口雅春先生を通して書かしめられたのです。読むに従っていよいよ益々”本当の人間”とは如何なるものであるかが、悟れるのですから、この『生命の實相』は繰り返し、繰り返し読んでいただきたい。』
 大体こんな内容のお言葉ですが、私が感銘したのは、13頁の10行目に、「繰り返し、繰り返し」と二度も同じお言葉を書いておられることです。島根の信徒の皆様、本当の人間を悟るために、『生命の實相』を繰り返し拝読しましょう。そして、信仰的基礎体力が身につきますと、現在の総裁先生の御著書を貫いている真理の素晴らしさが実によく実感できるようになるのです。

 18、19頁には、「懺悔の段階について」という見出しがあります。小懺悔は、何か悪いことをしたのを懺悔するということです。それに対して、大懺悔というのがあります。これは、根本的に迷いを洗い流すということです。ここに私の大好きな言葉があります。神想観のことだからです。観普賢菩薩行法経に書かれている言葉です。
『懺悔せんと欲すれば、端座して実相を観ぜよ。衆罪は霜露の如し、慧日よく消除す」です。すなわち、端座して実相を観ずればよいのです。端座とは正しく座ることです。実相に対してジーと心の眼を開いて観ずるのです。
 総裁先生からお教え頂いているのは、朝晩の神想観です。しかも、一回の神想観は30分間がお勧めです。どうして、短いといけないのですか?とお尋ねになる方があります。
悪いわけではないですが、30分間行うとたいていの人は精神が統一するのです。そして、深く宇宙の大生命との一体感を自覚することができるからです。テレビを30分間行っていてもすぐに過ぎ去ります。その時間を神様との対話に費やすことほど素晴らしいことはないではありませんか。
 この聖典は、長く生長の家の信仰を行っている人にとってはピッタリの聖典です。島根県教化部に在庫がありますので、どうぞ拝読して下さい。
  http://www.sni-shimane.com/navi.php

【ペット・マッサージ師】
長寿化に伴うところの、ペットマッサージのニーズが高まっているという。頭のてっぺんから足の先まで、全身にあるツボの刺激で血行を改善する。免疫力が高まるという方法である。動物は、自然の世界にいると余り病気をしないと言われるが、人間の雰囲気内に生活し、人間が食べているようなものを食べ始めると人間と同じ病気をするようになる。それは当然のことであろう。
 鳥インフルの場合はどうか。考えてみると、人間の領域が次第に動物の領域を侵し始めている。従って、人間の生活圏の中に生活するようになることに似た状況が出てきているのではないかと考えられる。それはともかくとして、オオカミの子孫である犬やネコのマッサージがはやっているようだ。島根の皆様、マッサージ法を習得してみては如何でしょうか。
 専門家は、「人間が気持ちよいと感じる場所は、ペットにも癒しになる」と説明しているようだ。技術よりはまず愛情を持って信頼関係を築くことが大事で、散歩同様に日課とする飼い主も少なくないとしている。サンケイ新聞(2010/06/21)からである。
 
 小型犬を中心とする第二次ペットブームは、衰えを知らない、ようだ。旅の販促研究所が飼い主に「ペットはどんな存在か」を聞いた調査では、「家族」(84,2%)、「癒やし」(61,6%)、が圧倒的に多かったという。大型犬を飼う人が激減する中で、ペットを番犬ととらえる飼い主は2割に満たなかった。平和な状況が続いている時代背景もあるのかも知れない。
 しかし、ペットビジネスも過当競争にあるとする。ペットのリラクゼーションを目的とした高級サロンや酸素カプセルも登場しているという。すごい!
 世界初という犬のためのコンサート「ミュージック・フォー・ドッグス」が開催されたと聞く。

 ペットが長生きの背景には、①医療技術の進歩、②ワクチン接種による感染症の減少、③良質なペットフードの普及、などである。我が家のワンちゃんもその範疇に入る。
日本ペットマッサージ協会の石野理事長さんは、「西洋医学だけではペットのさまざまな病気に対処できなくなり、心と体のバランスを大切にするホリスティック医学の考え方が必要になってきたとしている。
 人間で言えば40歳前後で死んでいたが、その後の25年で寿命は約2倍となる。従ってペットにも生活習慣病が増えた。癌が死因のトップとなっているらしい。ペットマッサージで大切なのは、「愛情表現」であるとしている。「自分の手のひらの下にリンパ液が流れていると信じて、愛情をもって接することが大切である。老犬になる前から準備することで、病気になりにくい体を作ることができる」、と石野理事長さんは言う。
 しかも、片野ゆかさんといわれる作家は述べている。
「マッサージは飼い主がするのが犬にとっては最もうれしい。同じ時間を共有する中で、犬は飼い主の気持ちをとても敏感に感じ取る」、と。
 ペットはもし死ぬことがあっても霊界では同じようにご主人のところへ行くという。これは愛によって結ばれているからであると、霊界篇には書かれている。同波長の法則から考えても理解できるように思われるが、皆様いかがお考えでしょうか。

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中内 英生

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December,25,2010「強く逞しい空手アスリート」

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December,25,2010「強く逞しい空手アスリート」
今日の詩::街過(ヨ)ぎる 零下の風の 冬将軍
(今日は寒いです。寒いからこそ暖を取る有り難みが分かるというものである。)

 寒い冬に暖かい地方の実例をご紹介したい。『すばらしい未来を築こう』という谷口清超先生の御著書がある。18頁に与崎典子さんの体験談が掲載されている。この事例はなんどか青少年練成会の講話で話したことがある。彼女は沖縄に生まれたが、事情あって鹿児島県姶良郡の餅田さんというおばあさんの与崎チサコさんに育てられた。とても弱い子供だったそうだ。幼稚園に行くまで大変、苦労された。典子さんの叔母に当たる与崎律子さんも色々と彼女のお世話をした。小さい頃の典子さんは、よく病院通いをしたという。

 しかし、幼稚園の年長組からあまり病気するので、律子さんがすすめて何と、空手を習わせたという。当時は律子さんの子供も空手をやっていた。一緒に習ったら少しでも健康になるのではなかろうかと思ってすすめたようだ。
 すると典子さんも空手をやり出した。熱心にやっていると朝熊先生という先生の目に留まって、やがて色々な大会にも出場できるようになったようだ。彼女がどんどん進歩していったのは、まず律子さんが生長の家を知り、神の子・人間・無限力と、そのいのちの本当の姿を見るようになり、生命学園に通い始めたからであったという。

 この生命学園というものはどんなものであろうか?島根教区にも、出雲、益田、松江、安来の四箇所ある。小学生が集まって、人間神の子の真理を学習する。島根では原則として一ヶ月に一回の会合である。

 一方、空手の特訓はとても厳しくて、空手の先生は竹刀なんかで、びしびし指導するのだった。律子さんの息子さんも一緒に習っていたが、
「ママ、典子が空手の練習をするときは、絶対に行って見たらいかん。ママはきっと、先生にくってかかって、典子をかばおうとするから、見たらいかん」というくらい厳しく鍛えられたという。逆にそのくらいの鍛え方をされないと一流のアスリートになるのは難しいのであろう。
 けれども一方では、「人間・神の子」を信ずる信仰があるので、そっちの方ばかり心で見て祈っていた。すると、ますます力がついてきたという。
 
 実相は無限力で、色々な才能や知恵があっても、それを現象界に「作品」として現し出すには、誰でも練習が必要である。私が毎日ブログを書かせて頂いているのも、一日休むと元の集中力が復活するのに、三日間はかかるような気がする。だから、休めない。それはともかくとして…。
 練習がなく、ただぼんやりとしていて、ポカンと遊んでいて力が出るものではないと御教示されている。だから、どんどん練習や勉強をやることが大切であり、いくら失敗しても、へこたれずやるのである、とお教え頂いている。

 そうしているうちに、典子さんの弱さが次第に消え去り、身体も健康になり、空手のわざも進歩したそうだ。そして遂に典子さんが建昌小学校の3年生になった時には、空手の全国大会に出場した。小学校低学年の部で、全国優勝を果たしたとのことである。
 律子さんと典子さんとはその後、テレビにも出演するというようなことだったらしい。幼い時にとても弱くて、父母から育てられた彼女が、こんなに強く、たくましく、そしてのびのびと育ったということは、実相の素晴らしさを観る人々の信仰が、実生活中での訓練とうまく結びつき、困難をものともせず、ひたすら実行して来たからであると言うことができるであろうと、お教え頂いている。

 島根の皆様、『すばらしい未来を築こう』の御著書をまだ拝読しておられない人はどうぞ、お読み下さい。島根県教化部には、在庫がございます。
http://www.sni-shimane.com/navi.php

【猛暑・大雪…異常気象の一年】
 海水温の上昇と北極振動が引き金になっているという。日経新聞(2010/12/26)には、一連の現象は、すべて関連していると書かれている。原因の一つは海水温の大きな変化である。特に赤道に近い熱帯海域は太陽の熱をたっぷりと吸収し、一部を大気に放出したり別の海域に運んだりするようだ。地球の様々な気象変化の原動力となるという。
 もう一つは北極振動である。これは北極圏の寒気の蓄積と放出を繰り返す現象で、昨冬は、放出が長く続いたとしている。
 異常気象には地球温暖化が間接的な影響を及ぼしていると考える専門家は多いとしている。名古屋大学のグループは計算実験などで、猛烈なスーパー台風の出現を予測しているようだ。これは、私は、NHKの地球シミュレーションで見たことがある。             http://www.team-6.jp/cc-sim/index.html
 2010年の台風発生数は14個であった。過去最低である。不気味な少なさだと書かれている。 
 さまざまな気候変動、地球全体はかなりの年数の周期で温暖化に向かっている。これは自然な動きである。しかし、現在の温暖化は化石燃料の使用による人為的なものであるということから、決して目を瞑ってはならないであろう。
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2407341/3052751
http://kobam-hp.web.infoseek.co.jp/meteor/ao.html
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C889DE0E2E7E5E3EBEAE2E0E7E3E0E0E2E3E2869195E2E2E2

【測る人】
  最近、血圧のみならず、さまざまなことを測る人が増えているという。昔は、銭湯で何貫あるかと測っていたものだ。キログラムでなく貫だった。笑顔や消費カロリー、睡眠の深さまで、今、さまざまな計測器と計測する人が増えているようだ。就活のために素敵な笑顔を作る計測器が売り出されたりしている。リスクに不安感があるのだろうか。過度に計測器に依存するよりも、神想観をして自己と神と他と万物との一体感を醸成することこそ、計測器を使用する以上に素晴らしいことではなかろうか。現在、健康管理の相談役として注目されているのは、消費カロリーを計測する活動量計である。これは、どうも歩数計ではなさそうだ。しかし、心が係数にとらわれすぎて人生の喜びを失ってしまうのは惜しいことである。使用の可否はともかく、人生に於いて日時計主義的思考法によってよく物事を味わうことであろう。食事でもゆっくりと味わいながら食べると、満腹の感情が脳的に反応して少ない食べ物でも満足すると言われている。また、自動車よりも歩くことを意識すると化石燃料の燃焼による二酸化炭素の排出量は減少し、適当に体内のカロリーを消化するのではなかろうか。
http://www.tanita.co.jp/products/calorism/index.html
http://www.omron-socialsensing.jp/smilescan/index.html
http://haneda.keizai.biz/headline/341/

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中内 英生

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December,24,2010「天皇さまの”深い思いやりの御心”」

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December,24,2010「天皇さまの”深い思いやりの御心”」

総裁谷口雅宣先生、ご誕生日お目出度うございます。
常に私たちをお導き下さり、心より感謝申し上げます。 

今日の詩::雪降れど 自熱でカラダ 暖かし
(防寒具をつけるとあまり寒さは感じないようです。)

 谷口雅春先生ご著書『真理入門25』の229ページには、「天皇さまの深い思いやりの御心」について書いておられる。昨日は、天皇誕生日でしたので、今日は関連して書かせていただきます。

 人間には動物にはない慈悲の心があることが書かれています。そして、天皇様に最も素晴らしく現れておられるとのことです。
 233頁には、「最も清らかな美しい心とは」という題名があります。 
侍従長をしておられた甘露寺受長さんが、「天皇さま」という本を書いておられる。その中に、昭和天皇さまがご幼少の頃のことが書かれているという。
 幼稚園のご用係が、狸を小屋からだしてご覧に入れようとした。犬を使って金網から狸を外へ出そうとしたのです。犬が吠えるとタヌキはぶるぶる震えながら縮かまっている。宮様は、遠くからご覧になって、「もう見なくても良いから早くタヌキを小屋の中へ入れてやって下さい」とおっしゃて、「御所へ帰ろう」と悲しそうなお顔で云われたというのです。昭和天皇様は、こんなご幼少の頃から、「思いやりの心」が深かったのでした。
 235頁には、「戦争が起こる直ぐ前の天皇さま」のことが書かれている。天皇陛下は、大東亜戦争が始まる直前にも、ご自分では戦争反対であったけれども、ひとりで「戦争反対」をお決めにならず、明治天皇様の平和の心のお歌を写した紙をポケットに入れてもって来ておられた。それを出して朗々とお読みになって、皆の心がそのお歌に導かれて自然に、戦争しない、波風の立たない心になってくれることを祈っていたのでした。次のような歌です。
 四方の海 みなはらからと おもう世に など波風の たちさわぐらん

しかし、開戦の方向へ向かっていきました。236頁には、「宣戦の詔勅」の草稿ができあがると、一句書き加えることをご要望されました。
『事情やむを得ざるものあり、あに朕が志ならんや」という一句でした。「思いやりの御心」の深さが御皇室を貫いているのです。それは凡てに光を与えずにはおかない太陽の心ではないでしょうか。さらに、241頁には、「自分が死刑になっても国民を救いたい天皇さま」として書かれています。
 天皇様は、マッカーサー元帥にお会いになり、「自分のカラダはどうなってもよい。死刑になってもよいから、国民に一人でも多く生き残ってほしいから」と言われて、全皇室財産の目録を差し出されて、その代わり国民に食料をアメリカから送って欲しいと、願われたのでした。そしてマッカーサー元帥は食料援助を本国に依頼したのでした。
 私はこのことを『マッカーサー回想録』で知り、大変感動しました。
私達島根の信徒は、天皇様の御愛念、そして祈り続けられるお姿に感謝するとともに、私達も天皇様の御心に学ばせていただき、同じように人の幸福を願い、世界の平和を祈り、地球生命の保全を心がけて参りたいと思います。
 『真理入門25章』をまだ読んでおられない方がおられましたら、ぜひお読み下さい。島根県教化部に在庫がございます。 http://www.sni-shimane.com/navi.php

【さかなクン】
 天皇陛下の御誕生日のお言葉で、クニマス発見のことで、さかなクンの名前を知った。絶滅したと見られていた秋田県の田沢湖の固有種クニマスの発見に貢献した東京海洋大学客員准教授のタレント「さかなクン」が記者会見したという。「ギョギョっとうれしい」と独特のユーモアである。サンケイ新聞(2010/12/25)からの情報である。
 今回の発見は、発見者の京都大の中坊教授から、クニマスの絵を描くように頼まれたことがきっかけだったらしい。参考にヒメマスを山梨県の西湖から取り寄せた。黒っぽい魚が混じっており「もしや」と中坊教授に持ち込んだという。
「感慨無量」「まさか私の名前まで出るとは思っていなかった。ものすごく幸せ」「田沢湖に里帰りすることを願っている」とのコメントが書かれている。
 天皇陛下が生命を尊び、多様性を大切にされる大御心を知り、島根の信仰者はさらに人間と自然との共栄に目を向けたいと思う。
http://www.youtube.com/watch?v=ijoS1KtRliI
http://www.youtube.com/watch?v=zgJZ-csOoVc

【クニマスとは?】
 これはどんな魚だろうか。サンケイ新聞(2010/12/16)には、「絶滅クニマス生きていた」として詳細がでている。環境省のレッドリストに掲載され絶滅したと見られている田沢湖の固有種である。クニマスの生息確認は70年ぶりである。絶滅種として記載された魚が再発見されたのは初めてであるようだ。
 クニマスは、サケ科の淡水魚である。体長は最大で30㌢で、食用の高級魚として知られていたという。昭和10年代、周辺の発電施設の導水工事で強酸性の水が流入し、湖水が酸性化したために死滅した。そのまま絶滅したと考えられていた。
 西湖で確認された個体は、クニマスとエラや消化器官が一致したので、同種であると裏付けられたという。昭和10年代に、クニマスの卵を放した経緯があるとのことだ。おそらくその流れなのであろう。
 こんな風に、ニホンオオカミやニホンカワウソ、ニホントキなども、総裁先生の『秘境』にあるように生き残っていると良いのですが。(「秘境」の場合は人間です。)「不思議な国のアリス」に登場する鳥ドードーやアメリカのリョコウバトなど人間の生活のために絶滅した種は相当な数に上るようだ。今からでも遅くない。自然と人間との共存の心を生長の家の信仰を弘めることで回復したいと念願する次第である。

【家族の時代】
 日時計主義ではないので書きづらいが、一般的には、私の年代である団塊の世代が中心に、さまざまな現象が起こる予測がたてられている。2020年には、600万人を越す団塊世代が後期高齢者となるという。朝日新聞(2010/12/26)には、「戻れぬ家族の時代」と紙面の半分を使って論述されていた。その内容に驚いた。しかし、これは私達が選んだ生き方の帰結であると断じている。かつて目指したのは、血縁や地縁にしばられない、伸びやかに個が発揮される社会だった。晩婚、非婚化もそれぞれの人生の積み重ねである。「個」を選んだ結果、「孤」に足を取られているとしている。老人の孤独死や何処に行ったか分からないなどの問題、それらは私達が生きてきたツケなのであろうか。私の場合は有り難いことに、み教えを受けさせていただいた。しかし、一般の人々では、そうではないケースも多々あるだろう。生長の家のみ教えの実践をすれば問題は解決することにはなる。小見出しに、「新しい生き方探す時」と書かれていたが結論はない。その結論は生長の家にあるのではなかろうか。これは国の病でもあると考えられる。『甘露の法雨』は小さくは個人の病を癒やし、さらに国家の病をも癒やすのである、と教えられている。
 来年は、さらにこの運動を島根全域に広げさせていただきたいと思う。総裁先生に中心帰一し、私達信徒の足並みをそろえて、微力ながら私達に与えられたご使命を少しでも果たさせていただきたいと念願する次第である。

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December,23,2010「生活に”如意自在を実現する”には?」

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December,23,2010「生活に”如意自在を実現する”には?」

天皇陛下 御誕生日 おめでとうございます。本日で77歳の御誕生日をお迎えになられました。常に国民を愛しておられる天皇陛下に心より感謝申し上げます。

http://www.kunaicho.go.jp/event/sanga/sanga02.html

今日の詩::風強し 雪顔に来る 快し
(快いという感じです。体が温まっているからでしょうか。)

 如意自在の生活をするには、まず『如意自在の生活365章』を拝読しましょう、ということになるのであるが、この聖典は発行以来、愛読させていただいている。まだお読みになっておられない人のために、いくつかご紹介させていただきたいと思う。
 132頁には、「他を生かす事によって自分も伸びる」とある。「神と一体である」という自覚は、神の生命はすべての人間に宿っているので、「自分はすべての人間と一体である」という自覚が伴わなければならないとしている。「神の導きを受けて、神の力によって彼を圧倒してやろう」などと考えることは不合理である、と。
 他を栄えさせることによって、その同反動の法則の反映として、自分もまた繁栄させていただくのであるという謙虚な気持ちが必要なのでありましょう。

 146ページには、「あなたの運命を自分で選曲せよ」とある。人間の脳髄組織は、精巧な精神霊波の放送設備兼受像設備であり、およそ150億個の脳細胞トランジスターともいうべき、部品が精巧に組み合わせてできている精神霊波の発信・受信両用装置であるそうである。病気の時には病気の放送をしている。反対に、健康の時には健康の放送をしている。無数の霊波の中から受信し、かつ放送する。そして自分の肉体と運命と環境にそれを反映させるのだ。それならば、よきことを思って放送し、また受信することがどんなに重要であるか知れない。今日一日、明るい笑顔で過ごされましたか。今日も日時計日記をお書きになりましたか?一瞬、一瞬が人生の勝負であり、次の人生を作り出す踏み台です。今日もまた、大いに善なるものを放送し、善なるものを蓄積いたしましょう。必ずそれが現象化してまいります。

 59ページには、「根本的な善業とは?」という小見出しがある。故T元本部講師がこの項目をよく話しておられたことを思い出す。
 善き業にもいろいろあるとしている。他に金銭を恵むのも善き業である。これは物施である。真理を伝える善き業=法施もある。もっと根本的な善業とはなにか?それは、『神の善意を信ずること』である、と。神様を、神罰の本源や災禍の本源であると信ずるならば、それは根本的な悪業を積むことになるとご教示されている。要するに、人間神の子を正しく把握することの重要性が説かれているのである。
 神は健康の本源である。力の本源である。美の本源である。富の本源である。繁栄の本源である。その本源を正しく認める。その本源と融合して、神の御心とともに生活するように心がけるのが、本当の根本的な善業であるとしている。神は知恵・愛・生命であり、その神の御心を日々、お聞きして行ずるということであろう。己の我の思いを実現することではない。他を生かす。山川草木国土の動植物一切も、人類も含めて地球生命の一切を秩序あらしめる活動をこそ神様から求められていると考えるべきでありましょう。生長の家の大神様は住吉大神であり、上・中・底の秩序を整える神様であると教えられている。人間は神の子であり、万物から生かされている存在である。決して、他を圧倒して食したり、絶滅させるような愛にそむく行為は、愛そのものである神様の御心を行じているとは言えないのではなかろうか、と思われる。
  そのほか、この聖典には、どこを選んでも無数のすばらしい聖句が存在する。島根の皆様は、ぜひ、拝読いただきたい、と願っている。

【地球の美しさの再認識】
 サンケイ新聞(2010/12/20)には、「ソロモンの頭巾」として例の極限環境のヒ素生命体の事が書かれている。結論は、「金星によって、美しい地球の自然のかけがえのなさが、改めて認識される」ということのようだ。この細菌については一度書いたがもう一度書かせて頂くことにする。それは、別の視点での文章があったからである。
この細菌は、「GFAJ1」と命名された。発見場所はカリフォルニアのモノ湖である。DNAの骨組みに使われるリンを、ヒ素で代用する。生命体の定義とは?、①内と外とを仕切る膜がある。②代謝をする。③自己複製を行う、である。これは生命が秘める神秘力であるとしている。だからこそ、金星探査機は六年後の再チャレンジとはなったが、金星にもタフな原始硫黄細菌がいるかも知れない、との憶測が生まれてくるとしている。
 金星は極限の環境であるからだ。金星はどんな星か。
①大きさが地球に似ている。
②大気は二酸化炭素が主成分なので、温室効果によって地表は、460度である。鉛も溶ける高温である。
③空は厚い硫黄の雲に覆われている。
④大気圧は地球の海の900㍍の深さに等しい。
⑤上空を時速360キロの猛烈な風が吹く。
これが金星の姿だが、その中でも生きている生物がいるかも知れない。
 モノ湖とはどんな湖か?宍道湖や中湖とはずいぶん違っている。
①長径22㌔メートル
②ヒ素が含まれている。
③湖水の塩分濃度とアルカリ度の高さで知られている。
④標高約1900㍍の砂漠に囲まれた湖である。
⑤誕生から76万年が経過している。
⑥海に流れ出る川はない。
⑦湖面は蒸発のみを続けてきた。
⑧鍾乳洞の石筍に似た鉱物質の塔が林立している。
⑩魚も棲めない極限状態の環境である。
しかし、その中でも生命は生きるのである。蓑虫が、回りが枯れ葉だと枯れ葉の袋を作り、回りが細い色紙だと綺麗な袋を作るように、回りがヒ素ならばヒ素を活用して細胞を作る。生命とはすごい存在だと思う。
金星  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%98%9F
金星  http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/venus.html
モノ湖  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8E%E6%B9%96
   http://fivenine.main.jp/2010/12/%E3%80%90%E7%94%BB%E5%83%8F%E3%81%82%E3%82%8A%E3%80%91nasa%E3%81%8C%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%81%97%E3%81%9F%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%8B%E3%82%88%E3%82%8A%E3%80%8C%E3%83%A2%E3%83%8E/

【宇宙の花火】
 本当に花火が打ち上げられている訳ではないが、朝日新聞に美しいリングが出ていたのでご紹介します。この写真は、ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた、地球から約16万光年離れている大マゼラン雲で起こった超新星爆発の痕跡であるという。丸く半透明に見える。爆発で生じたガスであるようだ。リングの直径は、23光年(一光年は約9兆4600億キロです)。毎秒5千キロの速さで拡大しているといいます。爆発は400年前に地球で観測されたとしており、NASAはかなり大きな超新星爆発だったとみられ、1600年頃の南半球では見えたはずだ、としている。それにしても、壮大な宇宙ショーです。
  http://www.asahi.com/science/update/1219/TKY201012190241.html

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中内 英生

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December,22,2010「どのようにして聖典を拝読すれば善いか?」

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December,22,2010「どのようにして聖典を拝読すれば善いか?」
今日の詩::乾かざる 冬の洗濯 ローカ干す
(小雪が降る時には、洗濯物はなかなか外では乾きませんね。)

*絵は、総裁先生の絵の模写です。写経のような気持ちで模写しています。

 聖典読誦をする際に参考になる方法が、谷口雅春先生著『女性の本質』219頁に書かれている。(この御文章は、オリズン・S・マーデンの文章からの抄訳であるという。)是非、拝読していただきたい。「読書の趣味はこうして養え」「目的を定めて読書すること」「効果ある読書の仕方」「読書時の心の態度について」「読書に強くなるために」である。
 私達は聖典を沢山拝読したいと考える。次に読み方のポイントをチェックしておきたい。

①良書をそして教養に適する雑誌を毎日一定の時間を割いて読む。
 この場合の雑誌は、普及誌や機関誌と考えた方が良いだろう。少しのページを読むことを奨励しておられる。あまり沢山読んで、読む意欲を減退させてはいけないとのことである。毎日、時間を決めると云うことは大切だろう。読めたら読む。読む時間ができたら読む、というのでは時間は出来ない。そういう人に限って、どこかで知人にあったらおしゃべりに多くの時間を費やすこともあるだろう。読書の趣味と習慣をを築くこと。そして、無限の満足と純粋無雑な喜びを感得すると書かれている。

②目的を定めて読書すること。
目的を持って読むと、何かを得ることになる。魂の教養のためには、目的が必要である。 先日、『甘露の法雨』の定義的解釈を行わせていただいたが、それはみ教えの包括的な把握のためである。その他にも、信徒行事要目の拝読とか、『生命の實相』総説篇の拝読とか、「生長の家家族の祈願及び修養」とか、「生長の家の信条」とかを通読、精読することも必要であろう。それは、自分が救いを求めてみ教えを受ける時には、自分の目的が主体である。しかし、自分が救われたならば、今度は、神様がみ教えを天降し給うた目的を知ってそのお手伝いをさせていただくことが神の子の生きる道であり、筋ではなかろうか。神様は、初代総裁先生、第二代目総裁先生、そして現在では、第三代目総裁先生を通じて、生長の家の目的実現のために御教示され、ご指導されている。その運動に協力することが生長の家大神様の人類光明化運動に協力することになると考えられるのである。

③新鮮などん欲な読書欲をもって、主導的に積極的に読書に取り組む。
文章にアンダーラインを引くのでも、遠慮なく引くように、谷口雅春先生は別のころでお書きになっておられます。

④精神を集中して、読むことである。
「読書百遍意自ずから通ず」である。真理の把握は何度も繰り返し拝読することが大切である。

⑤飢え乾くような、真理に対する知識欲が自己の無限の可能性を呼び起こす。
以前、韓国の練成会に5回派遣していただいたことがある。韓国の信徒さんは、もちろん通訳を通じてであったが、砂地に真理が滲む混むような状態だったと記憶している。その積極的に受ける求道の状態こそ、真理を求めるのに必須の姿勢であろう。 

⑥結論が、222頁の12行目に書かれている。
『読書に強くなるためには、真理を書いた書籍を眼光紙背に徹するほどの注意力を持って読み、その一節を終わる毎にその書をしばらく閉じてその語句を反芻するかのように思いだし、瞑想しそれについて思索し、それを心の中で繰り返すような習慣をつけるがよいのである』と。島根の皆様、聖典読誦を続けましょう。

【ゴー・フォー・ブローク】
 この言葉を、『新講 甘露の法雨解釈』の「はしがき」で覚えている人があるとすると相当な記憶力である。いつもなら日時計主義の内容だけであるが、関連知識として記載したい。
 お守り用の『甘露の法雨』を持ってヨーロッパ戦線に行かれた442日系部隊のことは砲弾が貫通しなかった奇蹟として語られている。442部隊に関する本があり、一冊読んだ記憶がある。彼等が勇猛果敢に戦ったのには背景もある。しかし、その功績によって、道は開かれたとしている。ドキュメンタリー映画が出来ているらしい。最近、その功績がたたえられたと聞くが、賞をいただいた人は、亡くなった戦友に与えられたものだ、と語っている。有名な救出作戦は、ドイツ軍に包囲されたテキサス大隊の救出作戦であるという。
 救出作戦に成功すると、将軍が閲兵して謝意を表した。442連隊の兵が集められたが、中隊によっては、総勢197人のうち5人しかいなかった。将軍は、「ほかの兵士たちは?」と不服そうだった。「いない兵士は戦死か入院中である」との報告に将軍は言葉を失う。211人のテキサス兵を救出するために、連隊は800人の死傷者を出した。米陸軍史上10大戦闘に数え上げられるこの救出作戦で、日系米国人の忠誠心が認められたという。
 この事は、微妙にその後の歴史に影響を与えているのではないかと思う。日本分割の回避、ガリオア・エロア資金など、忘れてはならない先人のご苦労ではなかろうか。歴史のその線上に私達は生かされている。
 http://www.a50.gr.jp/jp/garioa.html 
  http://www.cinematoday.jp/movie/T0009394 (含動画)

【山中伸弥所長】
 朝日新聞(2010/11/23)には、「安全・効率的なiPS使命」として、京都賞を受賞された山中教授のコメントを掲載している。興味を引いたのは、最後の方に書かれている言葉だった。要旨をご紹介する。
『科学技術の可能性はすごいと思った。医学や生物学が進歩すると、今は夢物語だったものが、可能性の期待が持てるようになる。
 「出来る筈がない」と研究者が自分で壁を作るのは駄目だと思う。いろいろな人々の地道な研究が積み重なると、突破(ブレークスルー)が生まれる。たまたま私達は、iPS細胞を作ったが、その前に、何十人もの研究があった。慎重な研究の積み重ねが必要なことを分かっていただきたい』と。
 私はこの言葉を読んで、「私達の信仰生活と同じだな」と、思った。まずは島根教区の先輩・先達の八十年に及ぶご尽力に感謝する。さらに自分の三正行を積み重ねる。それ以外にない。先祖供養を積み重ねる。それ以外にない。日々の愛行、家族や他人への深切を積み重ねる。それ以外にない。その上に、この地に於ける教勢発展という成果が現れるのだろう。
 年齢別人口分布を見ると日本は確実に人口減少が起こるとしている。しかし、島根では一所懸命に仲人的な働きをして下さっている人もいる。いつか必ず、人口的ブレーススルーが出現するに違いないと考える次第である。

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中内 英生

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December,21,2010「一万円のワイン」

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December,21,2010「一万円のワイン」
今日の詩::ヒューヒューと 木枯らし吹きて 鍋楽し
(冬、外は木枯らしが吹いている時ほど、家族の団らんで鍋をつついたりするのは何と幸福な時間でありましょうか?家族は人生の宝です。如意宝珠観の神想観でご家族を毎日拝みましょう。)

 谷口純子先生の御著書『新しいページ』156頁には「一万円のワイン」という項目がある。一万円と聞いて、私は「越乃寒梅」を思い出した。これは日本酒だが、相当昔の事であるが、いただいたことがあった。まろやかな味というか、胚芽の部分を取り除いたお米で作るとも聞いた。横道にそれたので元に帰る。
 
 谷口純子先生がお通いになっている英語教室に、初めて男性が加わったという。英語学校は渋谷駅の近くにある。その男性Sさんは、友人数人とワインの試飲会をするという。Sさんはチーズを持参する係であるらしい。
 その一週間後の教室で、Sさんはワイン試飲会がどうなったかを教えてくれた。勿論、英語での説明の筈である。
 主催した友人は、裕福な家庭の生まれで、一万円以下のワインは飲まないという。その人は現在はそれほど裕福ではないが、それでも物置をワイン収納庫にして沢山のワインを保存していたと説明した。そこでクラスの一人が言った。

 「私は一万円以上のワインなんか飲んだことがない」と。
聞いていたクラスの人を気遣ったのかも知れないが、その後、Sさんは次のように話したらしい。
「彼は不幸ですよ。裕福な家庭に生まれ育ったので、贅沢な暮らしが身についてしまっていて、身の丈にあった暮らしができない。そこへいくと私なんか、どんな安いワインでも美味しいと思って飲むことが出来る」とのことであった。
 純子先生は、一万円以下のワインを飲まない人とはどんな人かとお思いになっておられたが、Sさんの言葉を聞いて頷かれたという。
 人間は、裕福な暮らしや贅沢が当たり前になっていると、それらを失うことは、自分の価値が下がったように思いがちである。そして、生活の質を下げることや、ささやかなことに喜びを見いだすことが難しくなるとのことである。
 そこで、庄野潤三さんの『山田さんの鈴虫』をお読みになったという。すぐに、庄野ファンになられたという。この本は、日常生活が書かれている。何も変わったことは起こらない。奥さんは晩年になって習い始めたピアノを夕食後におさらいをする。ご主人は中学生の頃、ハーモニカバンドに入っていたが、数年前のクリスマスの朝、枕元にハーモニカが置いてあった。それがきっかけとなり、妻のピアノの後に、中学生以来吹いていなかったハーモニカで、童謡や唱歌を吹くようになり、それに合わせて妻が歌うのを日課としているという。穏やかで感謝に満ちた日々の紹介である。
 転じて、純子先生のご生活をご紹介しておられる。「私の生活の中にも、捜せば喜びは沢山ある…。」と。私は、ここに日時計日記編纂を開始される原点の一つがあったのではないかと類推させていただいたのだった。
 自分や人の長所短所、そして物事の良き面悪しき面、その中で良い面をいつも見ることが出来るようになれば、人生の達人と言えるのだろうとお書きになっておられる。そして、最後に、『Sさんの友人の「一万円のワイン」の話を聞いて、未熟な私は思うのだった。」と結んでおられる謙虚な信仰の御姿勢のお言葉が深く私の魂に響いて来るのだった。
 島根の皆様、ぜひ、谷口純子先生の御著書を拝読下さい。

【錯視はなぜ起きる】
『心で作る世界』の「視覚の中のプログラム」には、さまざまな視覚について御教示されている。それに関することだろうと思われることが日経新聞(2010/09/19)に書かれていたのでご紹介したい。
 「錯視は脳の正常な機能に起因する」という。平衡に並んだ長い線に短い斜めの線を重ねると、長い線が傾いて見えるのがツェルナー錯視である。インターネットで探してみたので下記のアドレスで見て下さい。ドイツの物理学者だそうだ。1860年発表。短い線が長い線と10~30度の角度の時に錯覚を起こす効果が最も強いようだ。
 1960年代、米ハーバード大学でネコの神経細胞を観察していた、D・ヒューベルトT・ウィーゼルが、傾いた線だけに反応する細胞を見つけたという。それから、視覚情報を処理する脳の機能が錯覚を起こす原因ではないかという見方が確立して来たようだ。さて、私が言いたいのは、「青い鳥錯視」現象である。これは造語だが、自分の身の回りよりも他人の方が良いように見える錯視現象である。それを修正する訓練が、日時計日記記載であると思うのだが…。

ツェルナー錯視   http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/zollner.html
錯視一覧    http://www.brl.ntt.co.jp/IllusionForum/
だまし絵です。   http://www.nextglobaljungle.com/2008/09/ntt_1.php
錯色現象     http://www.brl.ntt.co.jp/IllusionForum/v/colorAfterimage_scene/ja/index.html

【キヌガサソウ ゲノム】
 ゲノムのことですが、朝日新聞(2010/12/09)によると、人間の50倍であることがわかったそうです。日本の山岳地帯などに分布する植物ですが、これまで知られた中で最長の全遺伝情報(ゲノム)を持つことが分かったとのことです。英国王立キュー植物園の研究とのこと。これまで最長と考えられてきた肺魚の一種をしのぐ長さである。
 英国の植物学専門誌に掲載された論文によると、研究チームは、長野県の白馬岳周辺で採集されたキヌガサソウの葉の細胞を分析した。DNAの長さを示す塩基対の数が、人間の約30億塩基対に対して、何と!、約1500塩基対があることを確かめたという。
 しかし、植物なのでもっと遺伝情報が少ないと思われるが、そうではないようです。これはギネスものでしょう。ポスジョイの友人である長野県のKAOさんはご存じでしょうかね?
   http://www.ozehananavi.com/hanadata/h_27kinugasasou.html

【ポスチングジョイ】
 皆様、投稿しておられますか?。見るだけでも善いのですが、投稿して楽しむのもいいですよ。色々と見て、コメントを入れたいのですが、現在の能力では時間的に難しいです。ごめんなさいですが、私の性格上、継続型性格ですので、毎日投稿し続けています。もう少しで700件になります。少なくとも3人の方が見て下さっているようですので、嬉しいです。しかし、投稿数が多くなるほど、「よほど閑なんですね」という声が聞こえてくるようにも思えますので、多からず少なからずを目指しています。カメラは常時持参です。
http://postingjoy.com/users/65091121150101/diary/show/34596

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December,20,2010「新版 女性の書」

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December,20,2010「新版 女性の書」
今日の詩::雪浄む 街のみならず 心まで

 谷口輝子先生には、『女性の書』という御著書がある。223頁には「生活断片」という項目があるので、ご紹介致します。この聖典はほとんどの島根の皆様はお読みになっておられると思いますが、まだの方がおられましたら、拝読下さい。

 2月2日の日記の感想欄の一節から始まる。
「ミシンの器具を忘れし恵美子を再び雪の中を学校へやる。鉄槌の教育か。朝はいたわりて自動車で原宿へ送りしが…親心に帯をしめると云わんか…』とある。内容をかいつまんでご紹介致します。

 輝子先生が朝、目覚めると昨夜から降り出した雪が見渡す限り東京の街を包んでいたという。お住まいは「お山」と称する高い所であるので、見渡すことができるのである。朝食を召し上がっていると、近所の女の子が来てミシンを使わせて欲しいとのことだった。当時は、そういう時代だったようだ。
 部品の一部を学校に置いてあるから、恵美子様が持って帰るので夕方に来て下さいと約束した。雅春先生と輝子先生が、道場に行くために玄関を出てみると、恵美子様も雨靴を履いているところだった。
 雪がたくさん降っているので、原宿駅まで雅春先生のお車にお乗せしたのだった。自動車を降りると恵美子様は電車に駆け込んで行かれた。

 午後3時過ぎにオーバーに雪を付けた恵美子様が帰ってこられた。いつとなく悄気ておられて靴を脱ごうとしないのだった。そこで、学校にミシンの器具を忘れてきたことを告げたのだった。しかし、約束はしたし、雪は降るしで学校へ忘れ物を取りに行く決心がつきかねているご様子だった。

 輝子先生は声を励まして言われた。
「それは取りに行くのが当たり前ですよ。お約束をしたらどんな事をしても果たすのが本当ですよ。すぐ取りに行きなさいね。もう少しするとお隣のマリ子さんもお約束をしていただいたからと思って、この雪の中をやってきます」と、いう意味のことをおっしゃった。

 彼女は振り返って外を見たのだった。雪は横なぐりに降り続いていた。輝子先生は、一瞬、あわれな気持ちがしたと書いておられる。女中さんが言った。「私が学校へ行って参りましょう」と。
恵美子様は言われた。「いいえ、私が悪いんだもの、私行くわ」。
吹雪の中を雨傘を斜めにして出て行く子供の姿を見て、母親である輝子先生の胸はもう朗らかになったおられた。輝子先生は思われた。
「そうだ。これでいいのだ。朝は父母にいたわられて学校へ行った。今は自分の責任ゆえに吹雪の中を歩いて行った。吹雪を厭うて責任を果たさない子供にして良いはずがない。今日のことが、彼女の魂の生長に役立つに相違ない」と。
 50分間、60分間、今日の体験が彼女のために一層、よいものをもたらすであろうと、祈りつつ輝子先生は、恵美子様のお帰りを待たれた。恵美子様はびしょ濡れになって帰ってこられた。輝子先生は言われた。
「ああ良い子だったね。ちゃんと責任を果たしたのですね」という意味のことを言われた。
 輝子先生は、抱き上げるようなお気持ちで、恵美子様を室内に入れられた。まもなくマリ子さんがお出でになった。そして、マリ子さんが嬉しそうにミシンを使うかたわらで、恵美子様の笑顔がのぞき込んでおられた。
 まさにこれは生長の家の教育法の一つである「鉄槌の教育」でありましょう。

【EVの電気代】
 これは重要な問題である。しかし、サンケイ新聞(2010/12/21)には、住宅コンセントで10万円程度で設置できる。電気代は1000㌔当たり1100円、とある。詳しく見てみよう。
?走行中に電気がなくなり、止まってしまったらどうなるだろうか。
①自宅で充電するにはどうすればよいか?
A:戸建て住宅なら、200ボルトの充電用コンセントを駐車場に設置する工事を行う。日産自動車では、推奨業者を紹介しているそうだ。費用は10万円程度だ。マンションの場合は管理組合の承認なども必要になるとしている。
②電気代はどうか?
A:東京電力の場合、夜間プランを利用すれば、残量ゼロからフル充電まで220円(基本料金など除く)である。フル充電で200㌔走行できるので、1千㌔当たり1100円で済むことになる。
③外出先での充電はどうなるか?
A:日産の場合、全国200店の販売店に急速充電器を設置しているという。政府も平成32年までに急速充電器5千基を全国に設置する計画を打ち出しているようだ。
(これが教化部会館に設置しようとしている充電器なのであろうか?)
④高速道路などで電気がなくなったらどうするか?
A:冷暖房を使用したり、高速道路でスピードを出したりすると電気も早くなくなる。リーフの場合は、ナビ画面で走行可能距離や近くの充電場所などを表示している。サポートプログラム(月1500円)に加入すれば、立ち往生した際の無料のレッカー牽引のほか、帰宅費用や宿泊費の保障もしてくれるとのことである。
⑤電池には寿命があるのか?
A:日産では5年後でも8割の電池容量は残るので、「所有期間中は無交換で大丈夫」としているようだ。
(以上の情報で考えますと、本体は別としてかなり安価なエネルギーとなるのではないでしょうか。また、駐車場の屋根に太陽光パネルを設置すると、さらにエネルギーの節約になるのではないかと思います。

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中内 英生

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December,19,2010「一番大切なもの」

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December,19,2010「一番大切なもの」
今日の詩::青天や 冬の出雲に 白い雲

 『一番大切なもの』という谷口清超先生の御著書がある。はしがきには、人にとって何が一番大切かというところから書かれている。
 子供にとっては、小さな玩具だったり、人形だったりすることがある。あなたにとっては何が一番大切なのだろうか。「いのちを賭けて守るもの」を持っている人がいる。先日のNHK番組の「ヒストリア」で、赤穂浪士に47人の人々のことが語られていた。時代が違うので価値観も違うのは当然だが、神文(仇討ちの約束の証文)を大石内蔵助に提出していたのを、大石内蔵助はすべて返却する。その反応によって、信頼できるかどうかを見極めたという。家族への愛と武士の意地との間でさまざまな気持ちが交錯したようだ。その47人の武士にとっては戦国の世から100年も過ぎた時代に於いても、武士の意地を何よりも優先した。彼等にとっては何よりも大切なものであったという。

 はしがきの初めには次のような内容がをお書きになっておられる。
子供が三人いるとする。誰が一番大切かと聞かれると、「三人とも大切だ」と答えるのがよろしいようだ、と御教示されている。誰かを優先していると、他の二人がいじけてしまうことになるからである。
 神様、財産、名誉、仕事、恋人など色々と考え方がある。しかし、色々の事件にあったり、出会いや病苦から、その第一人者が変わってくるとしている。私たち信仰者にとっては何が一番大切なのであろうか。当然のことながら、「神様の御心」であろうと考えられる。神様に御心をお聞きして実践する。その範疇に、家族があり隣人がある。神の御心を行じる結果として、その余のものが加えられるということになるのである。
「はしがき」の最後には、「自然法爾」、「そのままの心」を大切にしていただきたいと念願すると結んでおられる。

 67頁からは、「大切なものばかり」という見出しで「要不要」という御文章がある。何一つ不必要なものはない、ということを書かれている。木の葉一枚でも役に立つ。地球の大気の酸素を増やし、虫の幼虫を養い、地に落ちて有機肥料の一部となる。また、
古書散策」というコラム欄のご紹介があった。作家の出久根達郎さんという方の一文である。この人は、古書店を経営しているのだった。内容を読んでみると…。
 段ボール箱で20個ほどの小説本を客から買い入れたら、何と全冊カバーがなかったという。読む時、煩わしいのでカバーは捨てた、と客はこともなげに言ったそうだ。内容さえ読めれば、足りるではないか、という論法である。
 私は、昔、神田古本協会の幹部を知っていて、古本は装丁が大切であることや、初版本の価値などを教えていただいたことがある。それは、内容に重点を置く私の知らない世界だった。
 カバーのない本は格段に値段が安くなると話すと、客は「カバーは全部保存している」と目の色を変えたそうだ。主人はカバー代も支払った。しかし、どれも一冊として合致しない。カバーの山を見ながら、青息をついていると、他の客が「それは売り物か?」と聞いた。その客は装丁の勉強でカバーを蒐集しているので、是非譲って欲しいとのことだった。それで売ることにしたという。その客に聞いた。「カバーはどのようにして集めるのですか?」客「本を買うんです」。主人「中味はどうするんですか?」客「中身はまったく必要ないんです」と。
 本の中身だけ要るという人もあるし、カバーだけ要るという人もあるし、本の上に播いているオビを取ってしおり代わりに使っている人も要るし、不要なものは何も無いということであっった。
 何でも感謝して生かして使うということでありましょう。「人でも物でも神のいのちの表れとして生かす」ことの大切さをお教えいただいた御文章でありました。
   
【相田翔子さん】
女優の相田翔子さんが朝日新聞(2010/12/18)に「元気のひみつ」という内容で書いておられた。自分の時間に浸ることが元気の秘訣でもあるようだ。この方は、女優さんだが、「相田翔子の着物修行」という本もだしておられる。内容を見てみたい。少しでも皆様の参考になれば、と思う。私自身は、初めて読んだ文章と顔写真だった。
 デビューして22年経っている。少女のような風貌であるという。美肌を保つために、毎朝シークワーサーの原液をヨーグルトにかけて食べる。ビタミンを内側から補給。睡眠は最低でも6時間である。
 私も6時間睡眠を目指している一人だ。彼女は1日1食は必ずお米を食べる。バランス食を心がける。
 過去に突発性難聴と内耳疾患のメニエール病を患ったことが、生活習慣を見直すきっかけになったそうだ。一見、病気に見えるが、それは観世音菩薩様のお導きと見るべきだろう。すべてがそう考えることが出来る。だから、悪くなったと見える時ほど、その次には飛躍する。上記の二つのご病気が彼女にとっては大変なことであったのは言うまでもない。
 突発性難聴を発症した15年前は、仕事で徹夜が続き、ストレスと疲れが限界に達していた時期であったらしい。このストレスはアドレナリンの分泌を促すそうだ。
 病気を克服した現在、耳が聞こえる有り難みと好きな仕事ができる喜びを実感しているとしている。日常のこのような感謝の気持ちこそ、日時計的なのであろう。
 「気持ちが前向きになったおかげで病気も去っていった」とのことだ。この言葉は重要である。
 だから、自分の時間は好きなことにのめり込むという。3年ほど前に始めた陶芸もその一つのようだ。島根ではあちこちに釜があるのではないでしょうか。信徒さんで陶芸をやっているという人を余り聞きませんが、陶芸はなかなか素敵な芸術であると思う。
 彼女は「無形のものを有形にするプロセスと時間をじっくりと楽しんでいる」という。舞台出演を機に好きになった着物は、帯を締めて身につけるまで、そして着終わってたたむまでの過程に魅力を感じている。私自身は装束を着る時は、自分で着用する。しかし、たたむのは人にお願いしているが、本当はたたむ時にも楽しさが隠されているのだろう。このことはまだ私は知らない。
 自宅ではほとんどの時間を浴衣で過ごすほどの愛着ぶりだという。
「着物を着ることで、精神のバランスが保たれて、日本の伝統にも触れられる。自分の時間に浸ることは、これからの人生に大きく影響するくらい大切なことだと思う」としている。
結婚して趣味も二倍に広がったようだ。ご主人の趣味を共有するという意味もあるのだろうか。公私ともに充実した日々が、元気の源であるようだ、私達にとって元気の源は何か。三正行か、日時計日記の記載か?考えてみたい。

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December,18,2010「自分は何処にいるのか?」

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December,18,2010「自分は何処にいるのか?」
今日の詩::冬汽船 隠岐の荒波 越えて行く
(隠岐の海は、やはり今は冬なのでいつもよりも荒くなっているように見える。それ故に、海流が混ざり合って、魚が生き生きしてくるのではないだろうか。)   

 『新講 甘露の法雨解釈』には、142頁から144頁に、「欲界という世界」「”色界”という世界」「”無色界”という世界」という見出しで書かれている。いわゆる「三界は唯心の所現である」という三界の説明である。これは知っておくべきでありましょう。その内容をご紹介したい。精確に知るためには、『新講 甘露の法雨解釈』の本文を拝読願いたい。
 三界とは、①欲界、②色界、③無色界、を言うとある。仏教用語である。吾々が生まれ変わって出る世界を仏教では大別して三種類あるという。欲界とは、私たちが棲んでいる世界である。

①欲界…「何々したい」「何が欲しい」「恋人が欲しい」「出世したい」「試合に勝ちたい」などという想いをもった者が生まれている世界である。

②色界…その欲がだいぶ清まった霊魂が生まれ変わってゆく天人の世界が「色界」である。
「色」というのは、仏教では物質のことをいう。色即是空の色である。人間が認める物質ばかりを色というのではない。天人の世界は、物質の世界ではないが、物質の世界みたいに、念の波によって現れた一種の材質がある。その材質を色という。天人の世界では、「物質あり」というような観念がいくらか残っているので、その念が現れて色身という一種の材質でできているところの天人の体を持っているという。しかし、欲界の人間みたいにその人の念が執着が強くなくて、重濁していないので、軽やかな一種のガス体のような色身を持っているとしている。私たち自身が、肉体を確乎とした具体的な体だと思っているように、天人も自分の色身を確乎とした具体的な「体」だと思っているようである。

③「物質あり」という想いがなくなり、その結果、色身が全然なくなった天人の住む世界を「無色界」というとしている。無色界の天人には全然、そういう体はないようだ。もう本当に魂だけの境涯…「やがて悟りの程度に進むに従って吾々もそういう世界に生まれてくるのである」と説かれている。しかし、大体、吾々人間は現在、まだ「欲しい、欲しい」という境涯を脱しきれないので、欲界に生まれてきている。
 上記の御教示から考えてみると、「諸愛ことごとく解脱し」という言葉や、神想観の「吾今五感の世界を去って」という言葉や、蓮華日宝王地観に於ける、「物質はない、肉体はない、心もない」という言葉や、「久遠いのちの歌」に於ける唯摩経の言葉など、執着を去り、欲界から無色界へと進化するポイントであるように思える。さらに、144頁の9行目からは次のように説かれている。

 地獄、餓鬼、人間、天人の一部、それらはみな欲界の生命である。現象界の生命である。「三界の諸霊」…生きているいのちの本体を霊と観る見方である。
「三界の諸生命」…生きているいのちの本体を生命と観る見方である。
従って、三界とは私たち霊魂が生まれ変わって行く現象界のことである。
「天人界」…現象界の上級の方である。高級霊の棲む世界のことである。
  島根の皆様、できうれば天人界の世界へ飛翔したいものです。私は思うのですが日々、「世界平和の祈り」を行うのも、天人界的な行事ではないでしょうか。
 
【膳場貴子さんの父親】
 「おやじのせなか」というタイトルで掲載されている朝日新聞(2010/12/19)の記事は時々読んでいる。自分が父親である関係もあり、また私自身、自分の父親をいつも意識しているようにも思うからだ。膳場さんは、TBS系の「NEWS23X」のキャスターを務めているという。1997年、アナウンサーとしてNHKに入った。「おはよう日本」「プロジェクトX]などを担当したという。2006年に退局している。35歳の人であるようだ。プロジェクトXは、現在の「プロフェッショナル」の放映まではよく見た番組である。
 「多忙さりげなく家族愛」とあった。お父さんは、商社勤めのサラリーマンで、彼女が1歳から7歳のときまで家族で、旧西ドイツで過ごしたという。平日はもちろん、土日も出張や接待でほとんど家にいなかったそうだ。いわゆる企業戦士である。日本の戦後の復興期を支えた人であろう。
 当時のお父さんのイメージは、トレンチコートにパイプ、少しきざなところがあったという。しかしカッコイイ父親ではなかったろうか。私は、白州次郎を思う。
 たまに帰ってくると貴子さんはうれしくって、「おかえり!」と玄関まで走っていって抱きついたという。コートに染み付いたタバコの匂いが、父親の最初に記憶であると語っている。私はタバコも酒もたしなまないが、当時の一般的な父親はそんなものだったのではなかろうか。
 家に仕事を持ち込まないタイプだった。日本に帰ってからは、年末に500枚以上の年賀状を書くのが、恒例行事だったようだ。当時の貴子さんは、大掃除の時などは、二人のお姉さんと、「なんで仕事の人ばかり大事にするの?」と不満であったという。
 貴子さんが高3の時、定年を間近に控えた父親に肝臓癌が見つかったのでした。発見が早くて、手術を三ヶ月余りの入院で完治したのですが、職場に戻ると自分のポストに後任の人がいたとのことでした。「つらかっただろうと思います」と書いている。仕事柄もあり、企業戦士であるお父様のお気持ちが痛いほど分かったのだろうと思います。
 でも、貴子さんが社会人になって、父親の仕事ぶりを知る機会が増えたそうです。最近も、緊張しながら財界の大物に取材に行くと、「昔、お父さんにお世話になって」と笑顔で迎えられたとのことです。お酒が弱くて家ではほとんど飲まない父親が、顔を真っ赤にして、宴会を盛り上げていたとのことです。
 仕事中心だったお父さんだが、いつも家族を気に掛けてくれていたのでした。大学時代、友達と遊んで夜遅く帰ると、父はいつも風呂から上がったばかりのようなカッコウで「お帰り」と声をかけてから自分の部屋に入っていった。「偶然を装っていたが、今思えば心配して待っていたんでしょうね」と貴子さんは類推している。
 ニュースキャスターという仕事柄、プライベートなことで騒がれることもあった。心配する母親とも感情がぶつかり、精神的につらかった時期に、お父さんは「仕事のマイナスも含めて引き受けるなら、自分の思うようにすればいい」と冷静に声をかけてくれたという。
 お父さんは現在、75歳のようだが、今も、かつての仲間との集まりを企画したりしているそうだ。貴子さんは「人付き合いを大切にする姿勢は見習いたい」としている。
 膳場さんの文章を読んだ時、「お父様の気持ちをよく理解しておられるなあ」、と感じたのと、自分もそう感じてもらえる父親にならなければならない、と思ったことである。

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中内 英生

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December,17,2010「心を浄める念じ方」

December,17,2010「心を浄める念じ方」
今日の詩::寒さ知らず 小鳥は赤い 実ついばむ  

 別冊『真理』の204頁には、「心を浄める念じ方」という項目があります。ここには、幾多の体験を生み出しているところの和解の祈りが紹介されています。
 『私はこうして祈る』という本のご紹介からです。『詳説神想観』という聖典にも書かれています。人を憎んだり、恨んだりしていたのを、和解して仲良しになる祈り方です。この祈りを行うと、不思議に病気が治ることがあるのです。この際の祈り方は、神想観の形式ですが、普通に目を開けている時でも、耳に聞こえるような声で繰り返し唱えるだけでも同様の効果があるようです。
 ここに祈り方が紹介しておられます。目をつむります。目の裏に憎んでいる人、恨んでいる人の顔をジーと思い浮かべまして、名前を数回繰り返して唱える気持ちになります。
 相手の人は地球のどこにいてもかまいません。要するに念波の世界ですから、感応するということでありましょう。その人がどこにいるかは知らなくてもよいのです。無線電信で一定の波長で呼び出すと、その波長の受信機であれば、どこに行っても感応するというのです。
 従って、一心に顔を思い浮かべて、精神を集中して相手の名前を五、六回ジーと唱えます。そうすると、それを感受して、その人の霊魂の分霊が、一部分ここに来ていると云うことになる。そこに、その人が座っているつもりになって、その人に心の世界で一心に話しかける気持ちになって、次のように念じるのです。

『私はあなたを赦しました。貴方も私を赦しました。貴方と私とは神に於いて一体でございます。私は貴方を愛しております。貴方も私を愛しております。貴方と私とは神に於いて一体であります。私はあなたに感謝しております。貴方も私に感謝しております。貴方と私とは神に於いて一体でございます。有り難うございます。有り難うございます。』

この祈りを繰り返すのです。20分間、30分間なりを一心に念ずることになります。心の世界にあった「憎しみ」という汚れ物が、その赦しの思念によって浄められることになるとあります。
 これを毎日行うことです。一度では徹底しないことがある。毎日こうした行事を続けていると、その人の顔を思い浮かべても、少しも不快な嫌な気持ちがしないようになる。心の世界で調和するわけです。そうすると、この憎しみが原因で起こっていた神経痛でも、関節炎でもなくなります。関節リュウマチでも、神経痛でも同様にして治るのであると御教示されております。

 確かに、個人指導でこの祈りをお勧めして、熱心にご実践された人は必ず何らかの体験を得るようです。それは言葉の創化力を十二分に活用するからです。一ヶ月ほど継続すると何らかの答えがでてくるのではないでしょうか。
 地方にある某有力スーパーの社長さんが体験談を話したことを記憶しています。その社長さんは二代目でした。先代が雇った経理部長が二代目になって、重役会議でことごとく消極的な反対意見をいうのです。最初は嫌っていました。しかし、社長さんは偉い人で、和解の祈りを一ヶ月間行ったそうです。すると、「会社のすべての壁が消えた」と言っておられました。それからは、経理部長さんは、何でも色々とよい意見を言い出して経営を助けてくれるようになったそうです。
 この和解の祈りは、健康面でも、経済面でも応用できる素晴らしい祈りですので、どうぞご活用下さい。

【iPS細胞使って研究】
遺伝子関係です。「ブタ胎児でヒトの膵臓を再生」です。日経新聞(2010/12/18)です。東京大学と明治大学の研究チームは来年から、ヒトの新型万能細胞(iPS細胞)を使ってブタの体内でヒトの膵臓を作る研究に本格着手するという。
 将来的には、血糖値を調整するインスリンを膵臓でうまく生産できない糖尿病患者などに移植でき、治療に使える臓器の再生を目指すとしている。
 東京大学の中内啓光教授が17日、文部科学省の生命倫理・安全に関する専門委員会で明らかにしたようである。研究チームは既に、遺伝子改変で生まれつき膵臓を持たないブタを作製した。
 その胎児が母親の子宮にいる時にヒトのiPS細胞を入れて、胎児の体内でヒトの膵臓を作らせる計画だという。(すごいというか、なんというか。)
 いずれは膵臓を持たないブタの受精卵にヒトのiPS細胞を入れて育て、ヒトの膵臓を再生する方法を実現したいという考えを持っているとしている。
 現在は、ヒトの細胞が混ざった動物の受精卵を胎内に戻して育てることは禁じているため、まず胎児を使って膵臓を作る計画を進めるという。
「膵臓以外の臓器などにヒトの細胞が混じらないか、ブタ由来のウイルスが影響しないかなど注意深く調べる」としている。
 さまざまな可能性に挑戦しているようです。これも人間のためということでありましょう。しかし、それが倫理的にどのような意味があるかを私たちは考える必要がありましょう。私たちが知らないところで、再生医療の医学はどんどん進んでいます。総裁先生の御著書『神を演ずる前に』を拝読しましょう。

【仕事と育児の両立データ】
サンケイ新聞(2010/06/21)によると、20代未婚女性は、仕事と育児の両立は不安であるというデータが出たという。毎日コミュニケーションズ(東京都千代田区)の調査で明らかになったという。
 調査は5月、20代の未婚で正社員の女性を対象にインターネットで実施した。379人から解答を得たとしている。
 調査結果によると、「仕事をしながら出産・育児をすることに不安はあるか」の問いでは、97,3% が「不安」と回答した。その理由(複数回答)は、「保育所や育児手当など国の制度が十分ではない」が69、7%で最も多かったそうだ。「自由な時間がなくなる」(53,1%)。「会社の育児制度が整っていない」(53,1%)と、子育て環境の不備を指摘する声が多かったという。
 一方、69,4%が「結婚後も仕事を続けたい」とし、両立への意欲は高いようだ。結婚・出産後も仕事を続けるには「夫や家族の協力」(34,8%)や「会社の支援制度」(33,2%)が必要であるとの声が目立ったとしている。
  環境面でも改善を訴える内容が目立つが、人間観、家庭観、などの考え方の違いでの調査ではどのように結果がでるのだろうか。

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中内 英生

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December,16,2010「”繁栄”の放送を受信しよう」

December,16,2010「”繁栄”の放送を受信しよう」
今日の詩::緑濃き トウガンを見て 祈りする。(トウガンがまるで座禅をしているようにさえ見える。素晴らしい緑濃きトウガンである。)

 『真理』第10巻:実相篇21頁には、「繁栄の放送を受信しましょう」という項目がある。
 「どうせ不景気だから、この店ははやらない」と思っていると、想念が具象化して店がはやらなくなる。「すでに繁盛している」とどんなに寂れていても、たゆみなく従業員が心に描いていると、想念は類似のものを引きよせるという原理によって、繁栄を引きよせることになるのであると書かれている。これは「日時計日記」を記載し続けることにも当てはまる。
 「明るく楽しく講習会の推進をすれば必ず成果がある」、と言い続けながら推進していると必ず成果が現れるのです。それには、やはり楽しいことが必要です。楽しくありませんと、たとえ一時的に成功したように見えましょうとも、長続きしません。永続的な、持続可能な教勢発展、持続可能な事業繁栄、永続的な子孫の繁栄が大切です。
 心が繁栄すると、繁栄が引きよせられてくると説かれております。まず、栄える心、すなわち、「与える心」を持ちたいものです。神様からの繁栄の放送は既に原始より放送されています。ただ、あなたという受信機が整備されていないようです。整備、すなわち心の波長を神様の繁栄の波長に合わせるのです。
 「波長を合わせる」。これはどうすればよいのであろうか。たとえば、如意宝珠観の神想観を行うことも大切なことだろう。それから、夫婦調和も大切であろう。奥様は、ご主人が会社に出かける時、背後から拝むという人がいる。それなどはご主人の仕事が順調にいくようになるのではなかろうか。お客さんに親切丁寧に対応することも重要な要素であろう。ご先祖の供養も勿論大切である。その他、色々と大切なことがある。

 また、41頁には、「繁栄を得るためには」という項目がある。事業の繁栄を得るには、景気に対して秩序の関係に入らなければならない、と書かれている。まず、顧客に対して秩序の関係に入る必要があるとしている。顧客に対して腹を立てたり、冷淡であったりするのは秩序の関係に入っていないとする。景気の一進一退に対して、顧客の需要に対して、秩序の無い商品を製造したり販売したりすると、その商社は繁盛のしようがない。需要と供給の大切さである。POSシステムというのがコンビニであるが、バーコードをピッとならして商品のデータを本部に送る。単にその店にデータを蓄積するだけではない。データは、ストックされて次の用品の置き場まで決定する。ポイントオブセールスという方法であり、日本で考え出された商品管理法である。どの商品が売れているかを分析して、それをコンビニのよく見える場所に置くというやり方である。それが強いフランチャイズほど売れ行きがよくなる。勿論、店のある場所がよくないと売れないのはいうまでもない。人通りのないところでは売れようがない。
 また、商社に勤めている社員が、上役に対して反抗したり、秩序の関係に入っていなかったりする場合は、店は繁盛しない。このように御教示されている。すはわち、上役に感謝、下役に感謝、同僚に感謝、商品に感謝、お客さんに感謝、取引先に感謝という風に、凡てに感謝することが秩序の関係に入ったと言えるようである。すはわち繁栄するのである。

【青年会動画】
亀さんが映っています。
http://sni-simaneseinen.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-4232.html

【インドの企業】
 インドを代表する財閥のタタ・グループの中核IT企業「タタ・コンサルタンシー・サービシズ」の日本法人が6月15日に、大阪オフィスを開設したという。企業向けのシステム開発の支援というビジネスを関西で本格化させるという。大阪進出はグループとしても、インドのIT企業としても初めてである。日本法人社長は、「製造業や医薬品産業を中心に事業を拡大させたい」と語っているという。
 このような時代が到来している。この会社だったか失念したが、中堅の薬品メーカーを既に買収している。日本はインドと提携したが、交流がこのような形で入ってくるのだろう。日本企業がインドへ販売に行くだけではない。インドからも企業がやってくる。貧富の差やカースト制度、児童労働などの問題もあるが、インド企業には頭脳が抜群によい人々が沢山いるのではなかろうか。
 タタ・グループに関してであるが、インドを代表する財閥で、ITのほかに自動車、鉄鋼、食品など約100社からなる同国最大の複合企業体である。売り上げは計6,5兆円で32万人の従業員を抱えるという。自動車のタタ・モーターズは日本円で20万円ほどの世界最安車「ナノ」を昨年、発売したことで有名になったとしている。
情報源は、少々古いが、朝日新聞(2010/06/16)からである。
  http://www.jetro.go.jp/invest/newsroom/trend/2010/20100820528.html

【カエルのゲノム解読】
 両生類で初であるという。奈良先端科学技術大学院大ら国際共同研究チームが、アフリカ産のカエルのゲノムの解読に成功したという。両生類のゲノム解読は初めてであるようだ。モデル動物として注目されているのは熱帯ツメガエルという。タンパク質の設計図となる遺伝子本体は2万個にのぼると推定される。解読したカエルのゲノムをヒト、マウス、ニワトリ、魚類のゲノムと比較したところ、遺伝子本体の数や種類に大きな違いはなかったという。
 一方、タンパク質生成を促すスイッチの役割を担うと考えられている塩基配列に限って比較すると、カエルや四足動物では約3万カ所で共通しているのに対して、魚類は3万カ所のうち半分以上が異なる配列になっていることが分かったという。
 面白いと感じたのは、「魚類と四足動物の違いは、遺伝子本体の違いによるのではなく、それをいつどこで働かせるかのスイッチの働きの違いによると考えられる」と書かれていたことだ。両生類は再生能力がある。
 今回の成果のもとに、両生類が持つ高い再生能力の仕組みが明らかになれば、ヒトの再生医学をより戦略的に発展させられると考えられるとしている。
 ゲノム解読はこれまで、ヒトやマウス、ニワトリ、フグなどさまざまな生物で行われてきたが、進化の過程で魚類と四足動物の間に位置する両生類のゲノムは未解読だったようだ。荻野准教授らは、8年前からネッタイツメガエルのゲノム解読をすすめてきたとしている。
 再生能力、すはわち足が無くなっても再び生えてくると云う能力である。ヒトは進化の過程でそれを失ったとされる。しかし、この再生能力の原理が解読できれば、ヒトに於いて再び再生することを夢見ているのでは無かろうか。足でなくても、歯なども生えると良いのかもしれない。倫理面の検討も加える必要もありましょう。研究の成果を待ちたいと思う。かなり古いがサンケイ新聞(2010/04/30)よりである。
http://www.natureasia.com/japan/jobs/tokushu/detail.php?id=220

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December,15,2010「”真理”第9巻:生活篇③」

December,15,2010「”真理”第9巻:生活篇③」
今日の詩::宵の雪 明日は積もるか シンシンと
(山陰に来て、北陸のような雪を初めて見た。)

 昨日の続きです。226頁「愛によって凡ては浄められる」の所です。
①力が『愛』によってやわらげられないとき、そこに争いを生ずる。大事なことは、自分が両親を通してこの世に生を受けたということを認めること。すなわち、祝福されて誕生したという自信と、両親への感謝です。この感謝が、他人への余裕を生みます。そして、他に対して寛容となります。根本を外さないようにしたいものです。
従いまして、調和する心、相手の立場を考えての思いやりが必要です。自分の立場だけを考えて主張する時に、争いが生じます。金持ち争わず、という俗な言葉まであります。
②力が『愛』によって和らげられる時、そこに正しい知恵が生じ、平和がもたらされる。
(知恵と愛とは別々なものではありません。生命の働きです。生命と知恵と愛との絶妙のバランスが必要です。神想観によって、存在の根源世界へ超入したいものです。
③知恵は愛によって浄められて本当に生かす力となる。
(知恵と云うよりも知識的なものでありましょう。その知識も人を、万物を愛する愛によって使用する時、浄められます。そして本当に生かす力となります。たとえば、鉄にしても、愛がなければ他国を侵略する武器にした時代があったかも知れません。しかし、それを人を生かす道具にする時、鍋になったり、畑を耕すところの鋤きや鍬になったのでありましょう。それを利用するのは知恵の力です。愛があれば、人を生かそうとして、文化文明の向上のために、鋤や鍬を作るのでありましょう。
 ついでですが、技術の進歩は「是非とも必要」という思いがあると前進するようです。ある中近東の石油相が言った言葉ですが、石器時代から鉄器時代に移行したのは、何も石が無くなったわけではない。鉄を抽出して鉄の道具を作る技術が確立されたからである、と。それと同様に、石油があっても、代替エネルギーの太陽光発電や、風力発電などのエネルギーを使う技術が確立していけば、石油が要らなくなる時代が来るでしょう。すでに水素でエネルギーを得て動く燃料電池車がホンダで開発されています。その時代は遅からず到来すると考えられます。
④愛のない知恵は、単なる知識であって、それを研けば研くほど、水爆を作る科学のように人生に脅威を与える。
(人を生かす科学であってほしいです。私たちの国際平和信仰運動は、神の愛を伝える運動です。唯一絶対の神様への信仰をお伝えする運動です。科学者に御教えが伝わる時、全人類と全地球生命を生かす科学を生み出すに至るのでありましょう。)
⑤愛に導かれた知恵のないとき、力は暴力となる。
(私たちは、常に無我の愛を実践することを誓い、『神様、今日一日、私を人類光明化運動のために自由にお使い下さい。」と、祈り、かつ実践することが大切でありましょう。直接的に暴力をふるうことは恐らくないでしょう。しかし、間接的であっても動物への暴力をふるって、肉食を行ったり、地球を温暖化させて、島が沈下して国を追われる人々が出ないようにしたいものです。知らずに犯した罪という言葉もあります。)
⑥力と知識とは外に向かい、愛は内にそれをいだく。外に向かう力と、内に抱く愛とが平衡を得て、中心が定まり、平和が来る。
(愛に関する聖典は多々ありますが、信仰者として神の愛を実践するためには、私個人としては、『愛は刑よりも強し』をお勧め致したいです。人が救われることは人のためではなく、自分の見る世界に不幸な人がいなくなること、すなわち自分の世界が救われることになるのである、と徹底した信仰が説かれております。)
⑦愛によって浄められ、愛によって調和せしめられないものは何もない。
(神様の愛を実践する媒体が自分であるという使命感で今日一日を生きて参りたいと存じます。)
これで「愛」に関する記述のご紹介は終わりです。三日間にわたり、お付き合いいただきまして、誠に有り難うございました。

【ヨガ、アーユルベーダはインドの財産】
 インドの知的財産について特許に関する検討が加えられているようだ。インド政府は、伝統医学アーユルベーダなど古来から伝わる知識を「伝統知識デジタル図書館」として管理し、海外で外国企業などが、インドに由来する商品の特許を取得することを阻止しているという。この図書館は知的財産の保護につながるだけでなく、伝統知識を特許化すればインド政府の莫大な収入源になる可能性も秘めているという。
 新たな医薬品を作るために、発展途上国の植物を採取して研究する段階で、原住民の医療の伝統知識が知的財産として認識されつつあることもNHKの番組で知った。アイデア、知識はまさに財産の時代になってきたと言える。
 驚いたのは、この図書館は、近々、椰子の葉に書かれた伝統医学に関する解読にも着手するという。最も古いもので2000年前の葉が、国内の寺院などに保存されているという。伝統を読み解き、それをこの電子図書館に記録し、莫大な知識の宝庫に成長しているらしい。
知的財産というものは、たとえば人間の体験にしてもその人が得た体験は魂の生長という面から見ると実に貴重である。
情報源はサンケイ新聞(2010/05/10)から。
  http://sankei.jp.msn.com/world/asia/100509/asi1005092007002-n1.htm

【俳句の言葉選び】
 「言葉を選ぶ時に多くの表現が思い浮かぶのは、ものの見方が細やかということである。ものの見方を磨かないと、表現は増えない。」これは『日本語 語感の辞典』(岩波書店)の著者中村明さんの言葉であるという。たしかにそうである。そういう意味で、私たちは常に聖典を拝読し、またポスティングジョイなどで表現しながら自分を訓練したいものである。それが、人生に於いて精神生活を豊かに明るいものにしてくれるのではなかろうか。ニュースソースは、朝日新聞(2010/12/16)「天声人語」からである。
  http://book.asahi.com/author/TKY201012150311.html

【南極の地底湖】
 爆笑問題(2010/12/07)では、太田さんなどのスタッフは国立極地研究所へ行っていた。72万年前の地球が分かるという。南極の氷を採取して昔の大気を調査するようだ。そこの研究所にある冷凍庫のような倉庫では7万年前の氷を保存していた。南極と東京とでは、そのままスカイプのように映像と話がやり取りできる状態になっているのには驚いた。まさに、「近い」のだ。
 火山灰は10㎝積み上げるのに100年間かかるという。地球外物質すなわち隕石もたくさん落ちている。16800個を日本は採取しているらしい。隕石を調べると地球が出来た46億年前の太陽系が分かるそうだ。緑のオーロラも見えた。富士基地というドームがあった。地球は普通、温暖化して二酸化炭素が増加するという周期を繰り返しているという。しかし、現代は、その逆で、二酸化炭素が増加して、その影響で地球が温暖化しているようだ。しかも、あと一万年は周期から考えて予測できるのだろうか、暖かい時代が続くそうだ。それは人為的な温暖化の問題とは別にである。最後に、驚くべきことを知った。南極には地底湖が存在することだ。そして独自の生態系があるという。少しでも人為的にそこに細菌などが入り込むと、異質のものに変化するだろうと考えられる。しかし、それにしても地球は不思議な天体である。
http://homepage2.nifty.com/ToDo/cate1/nankyoku.htm
http://www.iwate-np.co.jp/2007kikaku/nankyoku/nankyoku8.htm

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December,14,2010「”真理”第9巻:生活篇②」

December,14,2010「”真理”第9巻:生活篇②」
今日の詩::小雪降る スノータイヤの 店多忙

  225頁には、愛についての御文章が多く掲載されている。いくつかご紹介させて頂こうと思う。詳しくは、御著書を拝読願いたい。この頁数は旧版です。まず「愛は自己愛であってはならない」という小見出しです。

①純粋の愛は、自分の快楽や利得を考えない。
(自分の思いが自己に属する利益や地位や名声を求めているか、純粋に人の幸福を求めての行動であるかを吟味すると、純粋かどうかが分かるようです。)
②愛はよく自分の貧しさを耐えしのぶ。
(貧しさとありますが、損なこと汚いこと、危険なこと、きついことなどを堪え忍んで相手の幸福を第一に考える。しかし、長い目で見ると結局、すべて自分の幸福のためにブーメランのように帰って来ます。動反動の法則です。)
③愛は人を喜ばすことだけを考える。
(祈り合いの神想観で祈られる側の人に増して、祈る側の人が神様の愛の流通路となり、喜びを感じます。)
④人を喜ばす時、自分が如何にうれしくなるかを知っているのが愛である。
(人を喜ばして、お役に立たせていただいている、と思うことが生き甲斐です。長寿の人は必ずこの喜びを持っておられるようです。)
⑤愛は荒々しい言葉を使わない。優しい言葉は怒っている人の心を和らげ、争いを鎮め、世界に平和を持ち来す。
(親切丁寧ということは、信仰の基本です。思念・発声音・表情が人生を動かす言葉ですので、平和な言葉を使う時平和が来たるのは当然です。荒々しい言葉を使う人には荒々しい運命が訪れて来るようです。それは言葉の使い方が十分に行き届いていないからです。怒ると知能指数が急激に低下すると云われています。)
⑥愛は自己に対してでではなく、人類に対して、世界に対して投げかけよう。
(世界平和の祈りが如何に大切であるか、が理解出来ます。ただ地球と全生命の幸福を願う神様の御心に添った祈りこそ、神に波長が合います。従って、確実な幸福が訪れます。)
⑦本当の愛は空想愛で自己満足するものであってはならない。
(トルストイは、深い哲学的な洞察力があったにもかかわらず、妻と意見が対立して家を出た。そしてロシアの寒村の駅の一室で亡くなった。どうしてあれほどの高潔な人物がと不思議に思うが…。御教えでは夫婦調和を教えられている。また如意宝珠観に於いて、家族全員を祝福する。トルストイの時代はまだ生長の家は出現していなかった。もし、トルストイが、神想観を実修しておれば、彼の運命は相当に違った形に展開していたのではなかろうか。実に残念なことである。)
⑧愛は実践しなければならない。実行の伴わない愛はがらんどうである。
(愛はセンチメンタルな感情ではなく、意志の努力である、と教えられている。)
⑨本当の愛は自分の欲望を棄てて他の人の幸福のために奉仕する。
(逆に言うと、自分の欲望を棄てて他の幸福のために奉仕すると、本当の愛とは何かがが分かることになる。無我献身の奉仕の心こそ得た喜びでなく執着をすてた喜びである。ここで云う愛は、煩悩の愛ではなく、四無量心を行ずる愛である。現代では、対象は、人間のみならず、すべての地球生命に及んでいることを忘れてはならない。
 この項目は、どうも長くなりそうなので、明日に続きを書きます。悪しからず。

【指揮者 三ツ橋敬子さん】
 1980年4月生まれの女性である。10月開催の「アルトウーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクール」で準優勝を果たした。聴衆賞も獲得したと言う。現在はイタリア在住である。来年2月11日には、東京・調布市グリーンホールで公演する。調布は私が25年間住んでいたところであり、このホールには行ったことがある。
 この準優勝は女性初だという。自分を「卵からかえったばかりの雛のような存在」だと位置づけている。そして、オーケストラの団員と一緒に音作りを励んできた。年功序列が崩れてきた今の時代に必要なのは、こうした控えめな統率力なのかも知れないと書かれていた。
 彼女は言う。「コンクールは指揮の技術よりも、団員との関わりが重要だと思う。今回、私の指揮に対して、団員が拍手をしてくれたのは有り難かった」と。そうか!と私は思った。
 彼女は二年前にも国際的な指揮者コンクール「アントニオ・ペドロッテイ国際指揮者コンクール」で最年少優勝を果たした。
 今回のコンクールで不安とプレッシャーがあったが、そのプレッシャーはどうして克服したのだろうか?
 「勉強するしかなかったです。決勝の課題曲はブラームスの「交響曲第1番」でした。自信を持つというより、大丈夫だと思える具体的な根拠をできるだけ持つようにした。」と。
 彼女は、オーストリアのウィーン国立音楽大学に留学経験があるという。何故?そこに行ったのだろうか?答えは、大変参考になるのではなかろうか。昨日のブログの霊的微小体を考えても解釈できるのではないかとも思われる。
 「シューベルトのような偉大な作曲家が、この町の空気を吸っていたから、シューベルトが亡くなったという家が残っているところから徒歩役30秒のところに住んだ。大学の仲間とよくビールを飲みに行ったお店は、ベートーベンが「第九」を書いたという場所です。そうした場所に住むことが直接、曲の理解につながるとは思わないが、具体的に彼ら作曲家の生活の一部が見えることは貴重だと思ったから。」
 やはり、時代は変わってはいるが、名作曲家がそばに棲んでいると思えること自体が、自分を高めてくれるのではないでしょうか。そういう意味で、総本山に参拝したり、講習会にお出でになり、総裁先生の御講話を拝聴することは自己の魂を高める上で極めて貴重な体験でありましょう。それは真理をお説きになるという名作曲家の魂に触れることになるからである。サンケイ新聞(2010/12/14)からの情報である。
http://matome.naver.jp/odai/2128729934231100601

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中内 英生

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December,13,2010「”真理”第9巻:生活篇」

December,13,2010「”真理”第9巻:生活篇」
今日の詩::ちらちらと 小雪降る日の 有り難さ 温暖化する 地球の上で

 「霊的微小体」という言葉が、222頁に掲載されている。そのことについてご紹介したい。
「想念を乗せて運ぶ霊的微小体」とある。自性無きビールスで電子顕微鏡にも見えない微小体が至る所に満ちていることは想像できるという。これをヘンリー・フォードは霊的微小体といっている。これは『生命の實相』にも書かれていた。
 単に病気に関係しているだけでなく、分子の帯電現象のように吾々の想念感情を乗せて、欲するところへ運ぶところの微小なる乗り物であるとしている。
 類似の想念に従ってそれは集団して、ある時は一定の形の病変を起こし、ある時は一定の形の環境や境遇を形作るという。
 人間自身がこの霊的微小体の集合であり、それがやや大きく集まって細胞となり、それが全体の知性によって統一的に集団しているのが人体であるという。
 「統一知性」の統制に服しないで治外法権的集団を形成しているのが、癌とか肉腫であるようだ。

 また、223頁は、「霊的微小体は想念で動くヨットの如く」とある。
この世界は霊的微小体の充満している世界であるという。そして、それに「想念」によって動力と方向を与えるならば、ヨットが風の力と操舵による方向付けによって一定の方向に航行するように、この霊的微小体は一定の方向に航行したり多くの微小体が一定の姿に配列したり、私たちの想念のメッセージを無電の発信を伝えるように伝えたりするようだ。 心に互いに憎しみを持っていて、会議や折衝を行っても、そうれがうまく調和した結果に到達しないのは、言葉巧みに自分の本当の想念感情をかくして、敢えて他に言おうとするが、霊的微小体が本人の想念感情を乗せて互いに感情を通話しているのであるから、結局その交渉が調和してまとまらないことになるのであるとしている。
 この御文章により、会議で仲良くアイデアを出し合うのと、強圧的に有無を言わさず会議を進行させるのとの違いは明確であると思った。やはり、和気藹々として話を進めることがよろしいようである。そのためには、皆が心を神様に一致させることが最も大切でありましょう。

 さらに、223頁の最後半には、「愛をのせた霊的微小体」として昔、筑紫の太守、加藤左右衛門尉重氏のことが書かれている。ある時、その本妻と妾が仲良く囲碁をしていた。二人の障子に映った影を見ると、互いの女の髪の毛が蛇となって噛み合った姿に映っていたので発心して高野山に登り得度したという。これは互いの想念感情を乗せた霊的微小体の相互葛藤の状態が具象化したものであると考えられるとしている。
 肉体は互いに仲良くしているように見えるが、憎みに充ち満ちた霊的微小体は、互いに衝突してしのぎを削りあっているのであった。
 私たちは、宇宙に充ち満ち私たちを取り巻いているこれらの霊的微小体に「憎み」の想念を乗せないで、「愛」の想念を乗せて喜ばせるようにしたいものであると説かれている。「愛」の想念を乗せた霊的微小体が類をもって具象化する時に、肉体に於いて健康体となり、事業に於いては繁栄が持ち来されるとしております。

 その次の御文章が素晴らしいです。224頁です。「愛を何処に注ぐべきか」です。
霊的微小体に「愛」の想念を乗せて欲する事物または人の所に運ばせる時、欲する事物が適当に引きよせられてくるという。「愛」は全ての良きものを引きよせる磁石的な力であるからだと説かれています。その愛も「神への愛」にまで高まる時、全ては浄められると御教示いただいております。

【自分にできることをやる】
これは大飢饉のエチオピアで活動する西洋人医師がテレビから語りかけてきた言葉であるという。
 それに相呼応して、1985年1月、ロサンジェルスのスタジオで、マイケル・ジャクソン、ライオネル、リッチー、ブルース・スプリングスティーンら45人が一晩かけて一つの曲を録音したという。
We are the world We are the children…
 エチオピア難民救済を目的に結成された「USA・フォー・アフリカ」に参加したポップ・スターの熱唱は西側のチャートを独占したようだ。
その後、2010年2月、「We are the world」は大地震に見舞われたハイチの被災者救援のため、25年前と同じハリウッドのスタジオで現代のスター85人により再録音されたという。25年前にはなかったインターネットが名曲に新風を吹き込んでいるという。曲をデジタル・ダウンロードで購入すれば、代金はそのまま寄付金となるとしている。動画共有サービス「ユーチューブ」では、アマチュアによる別バージョンも人気であるようだ。
 民族紛争や食料危機を背景にして、貧困は地域によっては深刻化しているが、人道支援のすそ野は、大国の影響力を借りなくても、ネットを通じて個人間に広がりをみせているとしている。
 ユーチューブは、動画サイトだが、私も時々活用している。12月15日は、ブログ開設者の情報交換会議にて、ユーチューブ研修を行った。できれば真理の講話をユーチューブに乗せたいが長いものは未だ実現していない。ユーチューブを通して、光の進軍がネット世界に飛び回るようになれば実に素晴らしいことでは無かろうか、と思う。日時計主義のポスチングジョイはその最先端を行っている。
 いつか、真理を書いた詩が音楽に乗って世界中を駆け巡る日が来るに違いない。また、もうすぐ電子書籍によってインターネットの世界を聖典が駆け巡るようになるのであろう。
http://www.youtube.com/watch?v=ezzxDk_vvXA
http://www.youtube.com/watch?v=VhD6tuz_9uY
http://www.youtube.com/watch?v=4wtiWxj1mc8&feature=related

【世俗主義とイスラム教】
サンケイ新聞(2010/05/18)には、「今トルコは…」として「町に響くアラビア語の歌声」について書かれている。この記事が興味を引いたのは、「アザーン」である。記者は、イスタンプールに到着した翌朝に、夜明け前に朗々とした歌声が屋外に響き渡り目が覚めたという。
 泊まったのは旧市街のホテルである。すぐ近くにスルタン・アフメット・ジャミー(通称ブルーモスク)があるようだ。歌声はそこから聞こえてくる。
 これは、「アザーン」だった。イスラム教の礼拝への呼びかけである。
「アッラーフ・アクバル」(神は偉大なり)のアラビア語の章句が繰り返される。ゆっくりと音を伸ばして、、抑揚をつけて唱えるので、門外漢には歌のように聞こえる。
 私は、初めて聞いたのはテレビであるが、大学教授である専門家の人からお聞きしたのは、教修会での会場だった。
 イスラム教では、一日五回礼拝する習わしだが、アザーンにはその時刻を知らせる役目があるという。
 トルコ共和国に関するイスラム教と政治との関わりがそのあとの記事には書かれていた。驚いたのは、どこの町を通っても必ずモスクを見かけた。そして、ドライブインさえも専用の礼拝所があったようだ。
 さまざまな歴史の中をトルコが変化しているさまを紹介していたが、信仰が定着しているのは、日本に於いて、どこにも神社があり、お参りをすることなども私たちは違和感なく生活しているが、それが信仰というものであろうか。
  週一のNHKでのアラビア語講座を見ているが、(お断りしておくが、学んでいる訳ではない。)不思議な、そして魅力的な雰囲気を感じるのだった。

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中内 英生

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December,12,2010「”真理”第8巻:信仰篇」

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December,12,2010「”真理”第8巻:信仰篇」
今日の詩::今日の作務(サム) 終えて感謝す 冬の宵
(今日一日、まことに有り難うございました。お世話になった人々、道具、周囲のものに心から感謝申し上げる生活が信仰生活でありましょう。)

 3頁の第一章には。「日々の生活が宗教生活である」とご教示されている。そこには、「禅と生活」という項目がある。たとえ話だが、ある禅宗のお寺でのこととして書かれている。某寺では、立派な本堂が建てられた。その献堂式が行われたという。その献堂式には、その本堂に要する費用を奉納した信者が多数招かれていた。できるだけ汚すまいとして、本堂前にテントを張って招待者の食堂を作った。その祝賀式が数日にわたって行われたが、四日目からは氷雨やみぞれが降った。
 和尚さんは、五日目からは信者達を本堂でお弁当を頂いても良いようにしたという。しかし、残念なことに、神聖な本堂がゴミで汚れたのだった。和尚さんは、大変お嘆きになった。そこで次の日からは再び本堂ではなくテントで弁当を食べて頂くことになった。
すると、献堂式に招かれた信者が、「招待したのに、氷雨が降る中をテントまで歩かせた」と不平不満を言っているという噂が伝わってきたという。
 これは実話ではない。と書かれている。しかし、宗教の信者にはこれに似たことが起こるのであって、日頃の信仰の程度が推し量られるのである、と書かれています。
 これは、和尚さんの心境と、一部の人ではあろうがお金を出した人の心境の差がでている興味深い話である。
 
 その次に「洗浄と云うこと」として、作法について書かれています。さらに7頁には有名な便道についての問答が掲載されています。これは、田中忠雄氏著『禅と現代人』に掲載されていたものであるとしておられます。田中忠雄氏は禅に関してはとてもお詳しい人でした。私は神田の神保町で最初の著書である、『文化感覚論』を見たことがありますが、当時の私にとっては高価でして購入できなかったことを覚えています。
さて、内容ですが…。皆様はご存じであろうとは思いますが…。

 ある日、道元が宋の国の下船許可を待っていると、一人の老僧が船を訪れた。向学の心に燃える道元は、同じ志につながる大宋国の人物と話をしてみたかったと思われる。
道元『あなたはどこから来られましたか。』
老僧『育王山から三十里(シナ里)あるいて来た。』
道元『何の用事でそのような遠いところからお出でですか?』
老僧『桑の実を買うためである。』
道元『育王山では何をしておられますか?』
老僧『典座をしている。(テンゾ。食事の賄い役)』
道元『茶をさしあげたい。話がしたい。』
老僧『明日の食事の準備があるので、私が早く帰らねばならない。』
道元『寺には他にも食事係がいるでしょう。少しぐらい話をするのは良いではないですか。』
老僧『典座の役は、私の学問です。どうして、それを他人に譲れましょうか。』
道元『食事の役が学問ですって。それより、あなたは何故、そのような煩わしい作務など止めて、座禅をしたり、古人の書物を読んだりしないのですか?それこそ学問に携わる文化人の仕事ではありませんか。』
老僧『おお、立派な外国のお方よ。惜しいかな、あなたはまだ未熟で、便道(学問)ということが分かっておられぬようじゃな。』

 流石の道元も、ここにおいてぎくりとした。
多少、文章を変えているが大体、このような内容である。正しくは、本文を拝読願いたい。
 このように、「行」というもの、「生活」というもの、「仕事」というものは大切であると思われる。信仰と生活が一枚になる必要があると考えられる。「道と生活と愛行とは三位にして一体である」との『生命の實相』第一巻頭注版はしがき8頁のお言葉が身に染みる。

【アナウンサー 八木亜希子さん】
 彼女の体験談が「学びのふるさと」として日経「2010/12/10」に出ていた。のんびりと生活していたのが、高校三年生の時、ムードが一変したという。始業式の担任の教師の言葉に衝撃を受けた。
「受験生活は灰色というが、それは甘い考えだ。真っ黒にする覚悟でやりなさい」と。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を教えられた。12月の合否判定テストでは、志望する6校のうち5校が「合格率20%以下」の成績だった。
 そんなときに、勇気づけられたのが漢文担当の立川先生が黒板に書いた言葉だった。白髪交じりで学者のような風貌だった。ほとんど話をしたこともなかったが、先生が黒板に丁寧に書いていく一文字一文字が心に響き、胸がいっぱいになった。
「後悔だけはしないように最後までがんばろう」と思った。冬休み中は朝から夕方まで図書館へ行った。帰宅してからも机にかじりつき、とにかく一日中勉強した。その結果、何とか第一志望に入学できた。
 大学卒業後、アナウンサーになった。華々しい仕事のようにみえるが、事前にたくさんの資料を読み込んだり言葉を吟味したりと、番組のために地道な努力を続ける。
 周囲の評価は後からついてくるものだ、と八木さんは考える。自分にできるものは、「人事を尽くす」以外にない。忙しい時、つい手を抜きたくなる。そんなときは、緑の黒板に白いチョークで書かれた立川先生の美しい文字を思い出すのだとのことである。
 私は、この八木さんの御文章を拝読して、黒板に書く字を丁寧に書くようになった。字は読めれば良いという訳でもないようだ。そこからかもし出す雰囲気が後ろで見ている人々に何らかの思いを起こさせると云うことである。

【婚活】
 京都市主催で婚活パーティーがあったという。これは、サンケイ新聞(2010/12/09)による。募集したところ、男性の応募が約300人だったのに対して、女性からは3倍以上の千人近い応募が寄せられたことが分かった。市の担当者は、「恋愛に消極的な草食系男子が増えたと云うが、これほど応募数に差が出るとは…」と驚いているという。
(しかし、応募の差はあっても居ないわけではないので良いことでは無かろうか、と日時計的に考えてみる。私も肉は食べないし、お酒もタバコもたしなまないので、どちらかと云えば草食系男子の部類なのだろう。)
 パーティーのタイトルは、「京都婚活2010~京都恋物語in岡崎~」であるようだ。12月に同市内で25~40歳の男女合計各100人が、動物園の散策や立食パーティーなどを行うとしている。年齢別に見ると、男性の応募は半数が35歳以下だった。女性は25~29歳が約23%、30~34歳が約40%と分散していたという。
担当者は、その申込者数の差に困惑気味だとしている。
(私の知人で息子さんがやはり公的婚活でご結婚されて子供さんも生まれ、素晴らしいご家庭を築いている人がいる。結婚はご縁であり、魂の半身との巡り会いの原理をもっと弘めることが必要でありましょう。また、総裁先生の御著書『ちょっと私的に考える』の「半身半疑」は本来完全円満である神の子が半身と称する相手と結婚するのは如何なる意味があるかと云うことを、実相の真理から説き尽くしている。ぜひ、拝読して頂きたいと思う。)

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中内 英生

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December,11,2010「”新版真理”第7巻:悟入篇」

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December,11,2010「”新版真理”第7巻:悟入篇」
今日の詩::蕎麦打ちて 皆が喜ぶ 師走かな 
(12月の練成会は手打ち蕎麦を、みんなで頂きました。)

 123頁には、「加持と神想観」という項目があります。結論は、”自分が健康であることに感謝の念を深く持つ”ということです。内容の要点を書いてみます。
 谷口雅春先生のおばさんが真言宗で、「おじゅう」とお名前だった。自宅に不動明王を本尊としてお祀りして、光明真言を唱えながら病人に加持しておられた。
 ある時、男性のライ病患者がお出でになった。ご自分が、彼が座った畳の上にでも座ったら大変だというので恐れをなしていた。
 しかし、おばさんは平然として、グジャグジャに顔がライ病で腐って膿が吹き出ているところにじっと印を結んだ指先を当てて、光明真言を唱えていた。
 直接にライ病患者の肉体に触っているのだから、うつりやしないかと思っていた。
それが、五日ほどすると、逆におばさんの健康が相手へうつったかどうかは知らないが、間もなくそのグジャグジャな顔が本当に治ってしまったという。
 ある朝、ライ病を癒やされた男性が、おばさんの前に涙を流しながら平身低頭してお礼を述べた。
 『先生様、有り難うございます。お陰で今朝、顔を洗いましたら、本当に極楽浄土の気持ちがした。今迄顔を洗うと、顔がグジャグジャした何とも言えないいやらしい腐乱した肉体の姿で、まったく地獄のような感触でしたが、今朝顔を洗うと、顔のヒフが実にすべすべとした極楽の感触でした。先生様、誠に有り難うございます。』と。

 光明真言の功徳というか、お不動さんの功徳というか、おばさんの霊力と言って良いかは分からないが、とにかくそういうことがあった、と書かれております。 
 その時は、先生はお若い時で、ただ不思議だと思って見ておられたのだが、今から考えると、私たちが毎朝、顔を洗って、顔の皮膚がライ病患者のようになっていないで、すべすべとしている。ただそれだけでも涙を流して有り難うございます、と感謝しなければならぬほどの有り難さである。それなのに涙を流すほどの感激が湧いてこないのは、私たちの感謝が足りないのだとお考えになった、とのことです。もちろん、『真理』は昭和31年に初版発行ですので、現代のことではありません。しかし、真理は時代を通して不変であろうと思われます。

 私たちは、谷口雅春先生の説かれた真理を、現代では新たに、『日時計日記』として感謝する訓練をさせていただいております。
 生長の家は感謝の教えであると教えられております。そのことを考えますと、どんなときにも感謝して生きていくことが御教えを受けた私たち信仰者の道であろうと考えられます。
 私は、誠に有り難いことに、総裁谷口雅宣先生の弟子の一人として加えていただいております。信徒の皆様に、日時計日記を記載することをお伝えする時に、自分で実践していなければ、お伝えできません。従いまして、今年は一年間、毎日、10項目は書かせて頂きました。そうすると、いつのまにか、明るい面を見る、または積極的に物事を観る見方が私の生活の中に定着しつつあるように思えます。これは私にとりまして誠にも有り難いことです。
  この方式をお教え下さいました、生長の家総裁先生、白鳩会総裁先生に心から感謝申し上げる次第であります。

【ダークエネルギーとダークマター】
 ダークと云っても、日時計主義に反する情報ではない。ハッブル宇宙望遠鏡を介して、ハッブル・ディープ・フィールドが発見されたようだ。「地球ドラマチック」での「ガリレオからハッブルまで」(2010/12/09)の番組を見ているとそのように報道されていた。ダークエネルギーは宇宙空間で72%、ダークマターは25%もあるという。それ以外の部分が物質的な物で、宇宙のほとんどが謎である、という。
 宇宙膨張説や宇宙背景放射などいろいろとおさらい的なことも報道していた。積方変位というが、星は遠くなるほど赤くなり、近いほど青く見えるという。宇宙は広すぎるほど広い。アンドロメダ大星雲も80万光年も向こうにあり天の川星雲の外になることも分かっている。しかし、それにしてもハッブルの研究と功績は私たちの宇宙に対する考え方を変えてくれたといえる。しかしそれらは物質の世界のことだ。私たちは翻って自分を振り返ることが必要である。
 私は、『日々読誦三十章経』の九日の経言「自己を偉大にする言葉」を拝読すべきであろう、と考えるのである。
「吾れは吾が心のうちに広大無辺なる宇宙を蔵する。星を見詰めて佇む吾れは見詰めらるる星よりもなお広大なのである。吾れは吾れのうちに星を理解する類いなき能力のある事を見い出すのである。吾れは空の星以上のものである。何故なら吾れは彼等を理解すると同時に、自分をも理解するからである。吾れは天にまします神々のごとくに造られたのである。吾は星の軌道を闊歩する偉大なるものなのだ。吾れは主のごとく永遠の道を歩む者なのだ。吾れ心を有するが故に、吾れは世界の王者である。…」
 島根の皆様、谷口雅春先生のこの御文章に込められている神の子の偉大さを理解させて頂こうではありませんか。

【ゴッホの心の根底にあったもの】
 日曜美術館(2010/12/05)では、ゴッホについて語られていた。ゴッホはミレーの「種蒔く人」をモチーフに模写で描いているようだ。私は知らなかった。
 牧師を目指していたゴッホは、牧師には向かないように思い、画家を目指したようだ。弟のテオがゴッホを助ける。ゴッホは独学で絵を学びとろうとした。ゴッホは、宗教の思い・感情を絵に託したとしている。農村と農民の絵を多く描いている。32歳のゴッホは「ジャガイモを食べる人々」で、農夫の手をリアルにかいている。
 彼の絵は、ミレーに傾倒した。模写をいくつも描いた。ゴッホの絵は、突然出てきたのではなかったようだ。ゴッホは非常な勉強家だった。英語とフランス語は堪能だった。また、直接、聖書を描いたレンブラントを非常に尊敬していた。
(私は、20代の頃、レンブラント展が上野の美術館であったので見に行ったことがある。ものすごい人だった。キリストの感動的な絵の印象が未だに脳裏に浮かぶ。)
 そのレンブラントに対する思いをミレーの絵に模して描いたともコメンテーターが話していた。
 35歳の頃、印象派のモネやルノワールから影響を受ける。ジョルジュ・スーラという印象派を作り出した人の点描画法も知ることになる。しかし、スーラに倣うことはなかった。却って、自画像などをみると、点ではなく荒々しいとも見える線で表現されている。 ゴッホはさまざまな他の画家の良い点を吸収しながら、さらなる高みを目指して、独自のスタイルを作り出すという画家だったようだ。
 ゴッホは、1888年、南仏へ移動し、風景を書き始める。この頃は、すごいスピードで描いている。見えるように描くのではなく、自分に観えたように描くという世界だ。
 また、ゴッホは、400枚以上の浮世絵を買い集めていた。花魁を模写したり、歌川広重の世界を油絵で模写している。これらは、構成が優れている。 
 日本人が教えてくれることによって、アルルの風景を油絵で表現するという形態になっているともコメントしていた。有名な北斎漫画も研究したようだ。
 共同生活をしていたゴーギャンと衝突した。耳を切り落としたという。その後、精神病院でも数々の技法を駆使して、ミレーを模写するなど、新しい技法を模索した。
その頃、幻覚と幻聴に悩まされていたようだ。「麦畑とカラス」を描いたあと、37歳の若さで自死している。
 草の芽も描いている。浮世絵の日本人は、哲人と賢者であり、草の芽を研究していると映っていたようだ。草一本を心を込めて描く、ということも試みていたようだ。
草一本を心を込めて描く、という言葉に、私はスーパーリアリズムの画家・犬塚勉さんを思い出さずにはいられない。彼が亡くなったころ私も犬塚さんも東京に居た。もしもお会いできておれば、み教えを知った彼の人生は変わっていたかも知れないと同年代である関係が、いつもそういう思いが湧いてくる。
 二科会でSさんという知人の画家が居た。その人と時々交友があった。フランスに2年間留学していた人だった。
 彼はフランス語の短波放送でヨーロッパの情報を入手していた。絵の世界は実に深いことを彼から学んだ。また『生命の實相』全巻を結婚する友人に必ずプレゼントするのも彼なりの伝道方式だった。

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December,10,2010「”新版真理”第6巻:人生篇」

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December,10,2010「”新版真理”第6巻:人生篇」
今日の詩::大雪(タイセツ)の 日に大風の 吹く師走
 (地球温暖化現象で大雪の日”7日”には雪は降らなかったが、大風が吹いた。)

 『新版 真理』第6巻では、人生問答のさまざまな質問に谷口雅春先生がお答えになっておられる。谷口清超先生も人生問答に関する御著書が多数あるくらいである。真理が私たちに伝わりその後実相権限となる。しかし、うまく行かないこともある。その時、どうすべきか?現在ならば、各教区に練成会もあり、本部練成道場も全国にはある。しかし、当時はそれらはなかったのでお手紙でご指導を頂いたようである。その時のご指導が書かれている。

 304頁には、「天分を自覚する道」という質問がある。青年は問う。「自分の天分が分からない。どうすれば分かることが出来ますか。人間には個性的な天分というものがあるのでしょうか。」
  それに対してお答えになっている。
「恒久的な天分、ベートーヴェンが音楽をやるというような天分は、すべての人間にあるが、「今」与えられている天からの使命というものは、必ずしも一定ではない。
 その時その場で必要な作用を営まなければならない。藤の花が咲くためには、まず芽がでなければならないのと同様である。
 現在、自分の天分が何であるかが分からないのと同じで、その時でもやはり地中から栄養分を吸収し、葉を出し、幹を大きくすることをしていなければ藤の花が咲くところまでは到達しない。
 今与えられている場を生かして、自分自身をより高く育てることが大切である、というようなお答えである。詳しくは、ぜひ、この聖典を拝読されたい。
 
 昔、学生の頃に学生の「お山の集い」という会合があり、それに出席させていただいていた。ある学生が「自分の使命というものが分からない。どうすれば分かりますか。」と問うた。
 谷口雅春先生は、「人生を通しての使命(自分の天分の発揮)というものは後になってでないと分からないことがある。しかし、今、与えられていることに全力を尽くすことは、今与えられている使命を忠実に果たすことになる。側にあった盆栽のようなものをお示しになりながら、「これと同じです。まず芽が出る。何の為か分からない。しかし、芽を出すと、次に小さな幹が出てくる。その後は次第に大きくなって、つぼみが膨らむ。その後、花が咲き、実が生る。その時その時に、盆栽の木そのものはなぜそうなるかを理解できなない。しかし、それを熱心に実践していると、ちゃんと次につぼみが出る。それから花が咲くということになる。従って、「今を全力で生きる」ことが、神様から今与えられている使命を今、生きることになるのですよ、というような内容のご指導であった。
 私は感動した。その頃、私はブタやアヒル、綿羊や鶏の世話係だった。一番長かったのは、鶏だった。最初は珍しかったが、毎日毎日、動物の世話をしていると、このまま生涯、鶏の世話をしつづけて終わるのではなかろうかという不安があった。雅春先生のお言葉を受けて、私は次の日から、一所懸命に鶏のお世話に励むことになった。20歳ころのことである。「使命を生きる」と云うことは、「今を生きる」ということにつながるのでありましょう。

【富士山登頂1千回を達成】
 67歳の方だが、実川欣伸(ジツカワヨシノブ)さんという人がおられるという。1千回という回数はすごいと思う。朝日新聞(2010/11/27)「ひと」に掲載されていた。
 5合目から登り始めて、山頂に立って戻るまでに4~5時間だという。これは早いです。健脚というべきか。標準的な人の倍のスピードだという。日本の最高峰に到達しては下山する。いったん五合目に戻ってから再び登る「一日数回登頂」も珍しくないという。最高が4往復のようだ。
 初登頂は、1985年夏、以来、4~11月のシーズンに数回から数十回も登ってきたようだ。2007年、退職したのを機会に、誰もやったことがないことをやろう」と、登山回数の記録作りを思い立ったようだ。
 千回目は先月10日だった。富士市の田子の浦港から出発して、標高0㍍からの富士山登山で記録を飾ったという。これからは健康に感謝して、味わいながら登りたい、としている。
 08年248回、09年203回、今年は21日現在で205回を重ねているという。1シーズン登頂200回を10年続けることで、富士登山のイチローになるのが目標であるようだ。この考えがすごい。10年連続200安打にちなんだことだろう。
 もう一つ、目標として温めているのが、世界7大陸の最高峰を制覇する「セブン・サミッター」である。既に6座を登った。残すは中国・ネパールのチョモランマだけである。12年夏には、達成したいという。
 7月には冒険家の三浦雄一郎さんと富士山に登っている。9合目の山小屋で、高山での疲労度の指標となる血中酸素飽和度を測り、数値がヒマラヤのシェルパ並みと三浦さんを驚かせたという。「とにかく上を見て登ってきた。その積み重ねが自分を強くしてくれた」と語る。どの世界でも同じのようだ。私たち信仰者の世界でも同様である。常に上、すなわち神様を見つめつつ、求道と伝道に於いて登って参りましょう。
   http://mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20101201k0000m070108000c.html

【北米に、”危険なカビ”】
 日時計主義的でない情報で申し訳ないが、朝日新聞(2010/04/27)に掲載されていた。さまざまな病気に効くという植物が発展途上国にあるということでその研究方法や権利に関してCOP15(名古屋)で話し合われていたが、何億年も無害であったのが、人間が持ってきたなんらなかの薬剤や人間そのものと融合することによって、激しい毒性を発揮するにいたることも考えられる。相手は目に見えないからだ。しかし、それら微生物は人間の心を反映すると教えられている。さて、ここにご紹介するのは、「カビ」である。
  空中に浮遊して吸い込んだ人に感染し、最悪の場合、髄膜炎などで死亡する病原性の高いカビ(真菌)が、カナダから米国にかけての北米西海岸で広がっているという。症例はまれであるが、米デューク大などの研究チームが、22日付け専門誌プロス・パソジェンスに論文を発表したようだ。
 このカビは、「クリプトコッカス・ガッティ」と呼ばれている。鼻から入って主に呼吸器に感染して増殖する。通常、発症するのは臓器移植を受けて免疫抑制剤を服用している人や、エイズの患者らであるという。いわゆる、抵抗力が低下した状態である場合に限られると言うことか?
 米オレゴン州で新しく見つかった変異型は病原性が高く、感染した健康な人も発症するようだ。持病がある人を含めて、米国の21症例の死亡率は25%である。カナダの218症例の死亡率は9%だったという。
 このカビは熱帯や亜熱帯の原産と考えられている。1999年、病原性の低い型がカナダ・バンクーバー付近で見つかったようだ。研究チームは、地球温暖化の影響で分布域が温帯に広がっている可能性があると指摘しているとのことである。
 台湾の高雄に広がりつつあるデング熱のような感じだろうか。デング熱は媒介の蚊が冬季には死んでいたのが、温暖化の関係で冬季にも死ななくなった、従って一年中媒介の役目を果たすようになってその発症の頻度が高まったようである。地球温暖化を食い止めることと、「神は病原菌を作らない」としてその悪の存在を否定して、感謝の生活を行うことであろう。悪の存在の否定は、医学の否定ではないことは言うまでもない。

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 中内 英生

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December,09,2010②「”真理”第5巻女性篇②」(2010/10/13の分)

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December,09,2010②「”真理”第5巻女性篇②」(2010/10/13の分)
今日の詩::冬の宵  家族で囲む 鍋料理
(家族で食事はなかなか良いものです。感謝です。)

 続きを行います。129頁です。
④富とは金や貨幣ではない。
神が持ち給う一切が「富」である。容貌の美、人体の美、衣装の美、家屋の美、景色の美、すべて富である。それらを手入れすることも必要だが、「感謝する」ことをがなおさら大切である、と。それらのうちたとえ一つでも失った時に、再び得ようとする場合、どれほどの費用がかかるかを考えてみただけでも理解できるだろう。

⑤富を得る原理は、現在いただいている富に先ず感謝することから始まる。次なる富を受容する資格ができる。
これは言えると思います。多くの人たちは、既に与えられている恵みに感謝しないために富むことができないと書かれています。頭、毛髪、耳、口、歯、舌、咽喉、食道、胃袋、すべての内臓などに感謝することが、無限の財福を得るもとになるというのです。感謝すると感謝できる事物を呼び寄せることにつながります。
 島根の皆様、『日時計日記』の毎日記載には、これらのことを具体的に書いておられますか。もし、頭が痛くなったら、仕事が出来ません、毛髪くらいは大丈夫かも知れませんが、耳が聞こえなくなったら生活のスピードや質が減退します。口がなければ食事が取れません。そう考えてみると、感謝すべきことはたくさんあるようです。そして、日時計日記に書き込みましょう。私はもうすぐ一年が終わりますが、今年は一日、10個づつ善いことを書いています。最近、うれしいこと、喜び事が重なってくるように思えるのです。これは日時計日記を書いている関係でしょうか?

⑥住居への感謝を御教示いただいております。感謝の功徳は無限であるようです。富は精神的なものの具象化です。どんな豊かな富でも集まってくるとしております。食物、空気、日光、衣服、住居などなどです。たくさんあります。富を呼び込む導入です。

⑦心の波長をよくするには、家族が仲良くなることです。特に夫婦調和が事業の発展に大きな影響を与えるのです。
電灯がつくのも、プラスとマイナスがぴったりかみ合わさなければ光は発しません。事業もそうですが、「子供の教育も然り」です。131頁には、家庭が調和する秘訣が書かれています。
ⅰ、常に明るい言葉を家族互いに話すことです。気が腐るような言葉を話してはいけないと御教示されております。気が腐ると生理作用がうまく働きません。また、腹が立った時のアイデアは自己破壊のアイデアになる場合がある。決して、実行してはいけない。計画は必ず明るい心で行うことです。激怒するとその瞬間に、知能指数が激減することが知られています。要するに、無意識的にバカなことをしてしまうのです。

ⅱ、家庭でとがめる心で説教してはいけない。とがめる心で説教して、家族が良くなった例は、人類史上一度もないと書かれています。

ⅲ、意見が違う時に、甲高い声を出してはいけない。相手の考えを変えることはなかなか難しいのです。なぜならば、自分自身の考えさえも変えることは難しいくらいですから。愛とは相手を放つことだと知る必要がありましょう。

⑧富を得るためには、自分自身が富そのものになる必要があります。富のみが富を引きよせるからです。富を引きつける磁石になることです。鉄にさびを付けておくと、一層錆が増えます。ジメジメしたところにはカビが生えます。カビはさらに湿気を呼びます。自分が貧しい心で、他人から与えてもらうことのみを願い、他から奪うことのみを考えているようでは、富は実現いたしません。

⑨「我は神の子なれば、神の無限の富の後継者である」と常に念じる。
人の真似をしているだけではこの世に新価値は創造できません。新しいアイデアにより新しいものが追加することが大切です。それができたならば、神様があなたをこの世に生み出した目的にかなうのです。眠る前に、神様から問題解決の知恵が与えられるように祈りましょう。

⑩人には父母があるように、富を得るには父性原理と母性原理を使う必要がある。
母性原理とは広げて受ける心のことです。神は神の子を無限に富ましたいと考えておられるのです。それを知って、感謝して受ける心を起こすことです。
 父性原理とは、与える原理です。繁栄の黄金律は、「与えよ、さらば与えられん」です。大いに与えましょう。毎日、人のためになることを一つでもすることです。人を喜ばすと神様から喜ばれます。神様から無限の供給が来るのですから、神様から喜ばれると無限の富が与えられます。横取りをするのではなく、神様からの縦取りをすることです。決して、人から認められたいと思ってはなりません。人から認められた時、せっかくの徳積の善業が認められたことにより、報いを受けてしまうことになることもあり得るとも言われております。
 報いを求めての愛は、「手垢のついた愛」とも言われています。純粋な、神様を愛する心で神の子に愛を捧げましょう。それが私たち信仰者の喜びでありましょう。無我の中にこそ神の無限歓喜が流入するからであります。

 これで、第10章の解説を終わらせていただきます。

【原発のナトリウム】
 原子力発電は、世代間倫理で問題があるという。それだけだと思っていたが、ナトリウムという問題もあるようだ。サンケイ新聞(2010/04/30)には、「自己教訓 アキレス腱対策」「ナトリウム漏れ火災」「もんじゅ再開 14年の空白」という記事があった。単体としてのナトリウムは高速増殖炉の冷却材として使用されるという。空気に触れると自然に発火し、火に触れると爆発する。コンクリートをも破壊するという。なぜ危険なナトリウムを使用するのか?もんじゅの鈴木威男・特別広報監は、「ナトリウムは水より軽い。さらさらとしている。熱を伝える特性に優れている。このため燃料の増殖が可能となる。効率よく発電することが出来る」と。
 もう一つ、重要なことをこの記事で知った。米ワシントンで4月13日に行われた核安全保障サミットでは、オバマ大統領が、核兵器と国際テロ組織とのつながりに危機感を示したという。小型爆弾のことも言っていると思われるが、「リンゴほどの大きさのプルトニウムが世界を破壊しかねない」と発言したそうだ。
 もんじゅは、ナトリウムのほかに、ウランの燃えカスである「プルトニウム」を大量に生み出すことが弱点でであるという。プルトニウム4㌔程度で核弾頭一発を作ることが可能だが、もんじゅは年間約60㌔㌘を生み出すことが可能だからだという。
 核兵器に転用できるプルトニウムが簡単に手に入る。国際道義上、許されることではない、と元京都大学原子炉実験所講師の小林圭二さん(原子炉工学)は言う。しかし、もんじゅ関係者は、「日本はエネルギー資源の8割を輸入に頼っている。プルトニウムは純国産エネルギーとして必要である」と強調していると書かれている。どうもこれは諸刃の剣のようです。
 二酸化炭素を出さない原子力発電、しかし、太陽光発電はさらに二酸化炭素を出さない。もっともっと多くの太陽光発電を設置するように、島根県の信徒さんに働きかけようではありませんか。
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December,09,2010「”真理”第5巻女性篇」

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December,09,2010「”真理”第5巻女性篇」

今日の詩::あられ降り 冬将軍の 到来か

 『真理』第5巻は、第十章に「富を築くための新しき生活設計」という章が設けられている。繁栄という問題は、おおむね会社や個人企業や、仕事上の能力向上のために使われるように思うが、ここでは女性のために説かれている。
 私は、栄える会の支部例会で繁栄の講話を担当する地方講師の皆様の学習のために、この章をまとめてレジュメを作成するようにしていただくこともある。
 谷口雅春先生がお書きになれれた女性のための御著書は多いが、その中で繁栄についてのまとまった章は余りないようである。従って今日はこの章を学習できるようにご紹介させていただこうと思う。私が今使っているのは、旧版であるので頁数に違いがあるかも知れないのでご確認いただきたい。

 125頁には、「経済上の問題も心の作用が影響する」とある。肉体の健不健は心が作用するということであるが、富の扱い方は心によって定まるのであるから、富も結局は、心によって集まってくると御教示されています。少しまとめてみたいと思います。

①富を得る第一の心の条件は、富に対して正しい観念を持つことです。
「富があると霊的向上、魂の発達を妨げる」と考えていると心が富を避けるようになる。そうすると、自然に貧しくなるということになります。善人が豊かであると、善いことにお金を使います。悪人は本来おりませんが、利己主義者がお金を持つと自分のことにのみ資金をつぎ込みますので、当然のことながら富の偏在と云うことになります。従って、魂の高い人こそ、豊かになることが必要です。

②富は決して汚いものでも、汚れた物でもない。扱い方によって定まる。
富に対する過度な執着は、汚く感じるものです。仏教では、「愛」は、執着の意味を伴います。従って、「諸愛ことごとく解脱する」ことをすすめています。そして、本当の愛は、仏の四無量心として、慈悲喜捨の四つの徳を実践することを教えられています。現代では、四無量心を人間のみならず、自然界へも及ぼす必要性を御教示いただいております。
 話を元に戻します。持って持たないことが大切であるとしております。何も持たないのではない。神様のものを大切に預からせていただいているという気持ちが大切です。出す時には執着することなく、最も適当なところに適当な出し方をする。そうすると神の御心にかなう程度にしたがって、その富を預からせていただく分量が増加することになります。
「聖使命菩薩讃げ」には、「それ挺身、致心、献資の功徳は最上、最尊、甚深微妙不可思議なり」と説かれています。

③富は物質の分量や貨幣のように見えているが、実体は神の生命、知恵、愛の顕現である。
富の本質への礼拝が、富を築き、正しく扱う上に必要な土台となるというのです。物質的に顕れている形体を神の知恵・愛・生命の表れとして大切に取り扱うことが大切です。
従って、「富」とは物質的な存在ではなく、精神的なものです。維持する精神的エネルギーがなくして、親から譲られた場合、その財産を生かす能力がなければ、現象界から姿が消滅することもあり得るかも知れません。従って、常に地域の皆様のために、人類のために、地球生命のために、他のためにお役に立たせていただこうという心と行動が大切でありましょう。

 あとは長くなりますので、④から⑩までは後日、書かせて頂きたいと存じます。

【肥料原料世界で争奪戦】
 資源ナショナリズムという言葉があるが、肥料に関しても言えるようだ。世界の人口増や新興国の経済発展で肥料の需要が増えている。原料のリンやカリウムを巡る国際的な争奪戦が起きている。 
 原料は鉱物資源なので採れる国が偏っている。供給側が寡占化して価格決定に力を持っているらしい。特にリン鉱石の産出量は中国がトップでレアアースと似て輸出制限を強めているという。日本も農業は縮小傾向だが、肥料は欠かせないとしている。
 肥料に関しては我が家では、残飯などの残り物はほぼすべてバイオで肥料化している。生ゴミで捨てることはまず無い。外食して弁当がだされても付いている醤油は全部を使うことはまず無いので、持ち帰る。食べ残しも持ち帰る。勿論食べるためである。がしかし、ここで論じられているのは、家庭規模の事でない。世界規模の現象である。
 中国は、12月1日、リン酸アンモニウムなど化学肥料の輸出関税を31日まで110%まで引き上げると発表したようだ。実質的に輸出が止まることになりそうだとしている。
リン鉱石の産出量は中国は世界の3割を占めている。肥料は、レアアースや鉄と同様に、国益に通じる戦略物資になりつつある。
 食料生産には、肥料が必要である。世界の人口は、2050年には91億人に達すると予測されている。同じ面積で多くの作物を作る必要が高まる。従って肥料需要はこれから爆発的に増えると予測している。
 米国はすでに1990年代後半からリン鉱石の輸出を徐々に止め始めたそうだ。資源を囲い込みする「資源ナショナリズム」と考えられるらしい。
 対応する必要があるのが日本の商社だが、これから始めるということになるようだ。日本の肥料メーカーは約30社あるとされるが、国際競争力のある会社が育っていないという。原料を今迄通りに買う力が落ちれば、「日本はいずれ高価な肥料原料しか買えなくなるので、農業経営が難しくなる」という事態も予想されると朝日新聞(2010/12/02)には、書かれている。
 2050年には、人口はどうなっているのだろうか。日本は?、中国は?、インドは?世界は?である。科学の進展も考えなくてはならないだろう。同じ面積でまかなえるように作ることである。肉食の問題もある。現在の地球で肉食が少なくなれば、飢餓や食料危機で苦しむ人はいなくなる言われている。ピンチはチャンスでもある。
 また、食料はあっても奪い合いで食べ物が無くなることが多いと言われているので、神の子同士が分かち合うという愛の心を伝える国際平和信仰運動の一層の進展を期することが第一に必要だろう。
 賞味期限が過ぎると…、もっと突き詰めて考えると、コンビニやスーパーで時間が過ぎると捨てるという現在の方法も検討を加えるようになるかも知れない。島根教区の講習会で弁当を頼んでいる弁当会社は残飯を肥料にしてそれを契約している野菜畑に施肥をして、その野菜を買い取り、食材にするという循環型弁当を作っている。
 今迄輸出しくれていた国々に感謝しつつ、新たな輸入国を探すか、自ら日本で肥料を作り出す道を講じることが必要でありましょう。今後、人類のために、地球生命のために行うべきことは多いといえるようだ。

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December,08,2010「”真理”第4巻青年篇」

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December,08,2010「”真理”第4巻青年篇」
今日の詩::目覚ませば あられバラバラ 落雷の ようやく冬に 待ってた冬に

 『真理』第四巻には、青年に相応しい内容のことがらが多く書かれている。まず、132頁を拝読してみよう。そこには、「持つ者よりも味わう者の方が富者です」とご教示されている。
物質の蒐集と価値の蒐集とは違うことが書かれています。私たちの幸福は、五官感覚に限られているのではない、五官感覚の欲望は肉体の維持保存のためのソフト的機能である。それは必要であるが、主体ではないと言えるようだ。従ってもっと永続的な喜び、魂的な喜び、生命が伸びる喜びを選択する。それはいつでも得ることが出来るとご教示されています。

 私たちは、『日時計日記』の記載でその感覚を磨いているのではないでしょうか。また、絵手紙や俳句や日常生活の和顔・愛語・讃嘆などでも実践することができます。食事をするにしても、黙って食べるのではなく、「これは美味しいね。どこで買ったの?」とか、「これは味付けが良いね」などと讃嘆し、その存在と関わった人々の御愛念を言葉に出して確認することは、日時計主義の生活でありましょう。それは、宗教行として行う厳粛な行事であるとも言えるのではないでしょうか。理屈理論が分かれば、後は実践です。時々、行う前から、「言うは易く行うは難し」などと、過去の習慣性に対して初めから白旗を掲げる人がいらっしゃいますが、その時こそ日時計主義を実践されては如何でしょうか?

  先日は、県外の知人から電話がありました。私が俳句にチャレンジしているのを時々読んでいる人がいるようです。ポスチングジョイに投稿させていただいているからです。知人が言いました。「Aさんから聴いたのだけれど、あなたは俳句をしているのですか。内容はまあまあだけれど、大努力しているのが素晴らしい、と言っていましたよ」と。「内容はまあまあ」ということは穏便な言い回しでしょうが、「大当たりィ!」です。この俳句作りも、さまざまな観方、複眼的思考能力を磨きたいという個人的願いから発したことです。俳句は確かに一つのものをさまざまに観る、捉えることができます。「一つのものを百回頭の中で別の言葉で思い浮かべよ」と聴きました。そうすると次第に、脳が柔軟になっていくようです。熊さんといわれる神奈川の人が私の俳句指導をしてくださったおりますが、その人から返句を時々いただきますけれども、素晴らしい観点です。驚きます。
 先ほどの知人は、この度、Aさんから言われたことに強烈な善いショックを受けました。そこで、とうとうポスジョイと前々からお勧めしていた総裁先生のブログを拝読するために、パソコンを導入することにしたようです。めでたし、めでたし、ですが勝負はまさにこれからです。

 また、この聖典の特徴は、言霊学が説かれていることです。言霊学とは生長の家独自の考え方ではなく、日本文学の一分野です。英語では語源を調べると原型となる考え方が理解できます。ライバルという言葉には競争相手というような意味があります。水は過去の時代も死活問題でしたので、リバー(川)の水の確保を巡って戦いがあったのでライバルです。英語ではこんな感じで意味があるようです。冬美さんという人の英語学習の無料メールを毎日受け取っていますが、語源について教えて下さることがあり、英語の語源学習の大切さが分かりました。

 漢字は象形文字ですので、分解するとほぼ意味が理解できます。現代の当用漢字はかなり簡略化していますので、正漢字を見ると理解出来ます。先日、総裁先生が時々引用しておられる白川静さんの『字統』の改訂版を購入しましたが、相当詳しく説明されているようです。

 それと同様に日本語には意味があります。本来日本語は文字を持ちません。漢の時代の人が作った漢字を導入して古事記や日本書紀を書きました。万葉集も難しい漢字です。その後、藤原氏がひらかなを普及させて、現在のような私たちが使っている文字となりました。
 一つの言語が作られるのに、一万年かかると言われています。日本は、大陸から稲作が入ってきた弥生時代以前、縄文時代が一万年以上続きました。それは岡本太郎氏がいっているように、精神文化が豊かだったようです。島根県の多伎では昨年12万年前の石器が見つかりました。日本は弱酸性の土壌ですので、当時の人々の人骨がでてくる可能性は薄いようです。
 その一万年の間、またはそれ以上の期間に日本列島に入ってきた沢山の人々の交流の中で日本語が形成されていったようです。私は専門家ではありませんので、深く追求されるとお答えできませんが、大体以上は一般常識的なことのようです。

 たとえば、248頁の「し」は、沈む。下、舌、滴る。じめじめ、汁、霜、まだ色々とありますが、水に関係していることにお気づきでしょう。そのような意味の説明が五十音ですべて網羅してあります。覚えないまでも一度は読んでみるべき内容です。

【グーグル300万冊を配信】
 朝日新聞(2010/12/08)の情報によると、電子書籍関係ですが、米ネット検索最大手のグーグルは、6日に、米国で電子書籍を販売するウェヴサイトを開始した。無料も含めて約300万冊の取り扱いをすることを発表したという。米アマゾンの75万冊をしのぐ品揃えとなるとしている。もちろんアメリカなので英語であろうが、それにしても電子書籍化に拍車がかかるだろう。
 有料書籍は数十万冊であるが、無料書籍は280万冊とは何と言うことだろうか。日本では来年、始めるという。
 なお、大日本印刷とドコモは、電子書籍と紙の本の両方を扱う書店を来年1月上旬から始めるという。どんな感じなのだろうか。当初3万点とし、約10万点に拡大するという。生長の家の聖典類や、総裁先生の御著書類はこの中に含まれるのだろうか?もし購入できるとしたら、そのメリットは実に大きいと思う。期待したい。
 ソニーのリーダーが12月10日発売だからこれも近くのデ○デ○へ行ってみようと思う。買うかどうかは別問題として、である。

【タンデム自転車で夫婦で世界一周、88カ国10万5805㌔走破】
「ひと」(朝日新聞2010/07/04)に掲載されていた。夫婦で、二人乗り自転車で、すごい実行力である。29歳で始めた旅を39歳で終えたという。
 5月に出した旅行記は、「世界で一番長いハネムーン」である。大学卒業後、ご主人が一人で行ったのがニュージーランドだった。タンデム自転車で旅するアメリカ人夫婦に出合ったという。トモ子さんとの結婚を考えていた時だった。「人生も旅も相乗りだ」とピンとひらめいた。
 同じ愛媛出身の冒険家であるようだ。宇都宮一成さんと奥さんのトモ子さんである。
5年の間に結婚、働いて700万円ためた。1997年6月アラスカを出発した。1日約50キロメートル、宿は野宿か安宿だった。酷暑の44度のナミビアで意識が薄れた。零下15度のクロアチアのテントでは息が凍ってパラパラと落ちた。いつも地元の人たちに助けられたという。
 調子も機嫌もペタルを通して伝わった。二人でこがなければ動かない。谷ひとつ超えたら別の民族との出会いがあった。けんかをしても感謝感激しているうちに仲直りをしたという。
 お二人はしまなみ海道自転車巡りを推進するNPOに勤めている。すごいと思うのは、「自転車に積めるだけの生活用具に慣れた。いまなお冷蔵庫もテレビも持たない」という。
本来人間はこれで良いのかも知れない。戦後の日本人は冷蔵庫もテレビも無かった。だから色々と想像し創造できたのではなかろうか。無の力である。

【八幡の竹】
米国の発明王のトーマス・アルバ・エジソンが作った白熱電球に使われたのは京都府の八幡の竹だったという。八幡産は良質であるという。1878年のことだった。量産化にあたり、耐久性に優れたフィラメントとして使った。セルロースに代わるまで約10年間、フィラメントの材料として、輸出していたようだ。このことは故T元本部講師にお聞きしたことがあったが実際のことだったと初めて知った。サンケイ新聞(2010/05/09)からの情報である。

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December,07,2010「”真理”第3巻初学篇」

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December,07,2010「”真理”第3巻初学篇」
今日の詩::休日や 冬の午前の 鳥の声(しずかですね)

 この聖典は、とても興味のある例話が多く掲載されています。
340頁には、「谷口哲学と西田哲学」という小見出しで書かれています。20歳代の頃、『新生の書』という谷口雅春先生の御著書を西荻窪の東京女子大の前の古本屋さんで購入して拝読すると、詳しく書かれていました。両者は似ていると云われていますが、どうもそうではない、ということのようです。西田博士の西田記念館は石川の羽咋にありまして、古い建物の時にも新しくなってからも行ったことがあります。浄土真宗の門徒でありながら、座禅は大切である、などを書かれてありまして、心の広い人だと感じました。

 さて、341頁には、「最も異なる点は、西田哲学では悪の存在も、病気の存在も認めている。」と書かれています。何故、悪があると認めるかと云いますと、現象をあると認識するからです。悪の存在を認めず、それは人間の念の影に過ぎない。神はそのようなものはお作りにならない、と否定しているのが生長の家のみ教えです。
 生命が動き出したところに、時間が展開し、それに伴って空間が広がります。時間空間は生命の影であり、自己の掌中にあるという考え方です。それに対して、悪や病気の存在を認める考え方は、時間空間の中を生命が生きていくという考え方となります。それが西田哲学の考え方となります。この考え方になりますと、運命を自己創造することが難しくなり、本来無いところの心の壁にぶつかって苦しむことにもなります。
 「大力量人はどうして足を上げないのであるか?」という禅の公案がありますが、答えは簡単です。「彼が足を持ち上げないだけである」ということになります。先日、書かせて頂きました、作詞家の言葉が思い出されるではありませんか。人生を切り開く力は私たちに既に与えられているのです。
 
 360頁には、「大通智勝如来」のことが書かれています。この如来様は始めから悟りを開いているのですが、十劫の間、道場で座っていても悟りを開かなかったが、何故であるか、という公案について書かれています。島根の皆様、あなたならばどのようにお答えになられますか?それは、「大通智勝如来自身が勝手に悟りを開かないのである」と書かれています。無限力であるのにかかわらず、自分は無限力であると自覚しない。従ってそれを発揮しようという意欲が湧かない。それ故に、有限力だけしか出ないと云うことになるのです。無限力の自覚は、肉体無し、人間神の子の自覚から湧出して参ります。言葉の創化力を利用して絶えず、自分に神の子の自覚を吹き込みましょう。『生命の實相』第一巻にある、「心の世界に於ける運命の形成の後半部分を熟読願います。

  もう一つ参りましょう。277頁には、「人間そのものは分析では分からない」という項目です。ここには、「けい仲造車の公案」が書かれています。谷口雅春先生が日本国の実相をお説きになる時、よくこの譬えをお話になっておられました。どんな話かと申しますと、中国の黄帝の時代に、けい仲さんが車を発明したのです。ところがどういうものか、けい仲はせっかく造った車の両輪を外し、軸を引き抜き、部分品を取り去って、「車は一体どこに行ったのか?」と探し始めたというのです。結論は車は部分品の中にあるのではなく、けい仲の心の中にある。理念であると言う訳です。人間も肉体の部分品の中にあるのではなく、物質の奥に肉体の奥に霊妙きわまりなく完全なる存在あり、これこそ神に造られたところの人間そのものであるということになります。
 この聖典をどうぞ拝読して下さい。

【ヒトのiPSで、脊髄損傷のサルが歩いた】
 異種移植の部類に入るのだろうが、朝日(2010/12/08)には、「ヒトのiPS細胞使用して慶大グループが実験した」ことを記事にしている。
 ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った細胞を、脊髄損傷で手足が麻痺したサルに移植して、歩けるようになるまで回復させたとのことだ。7日に、神戸市で開かれた日本分子生物学会で発表したという。
 私は、素直に喜ぶと共に、異種移植の問題のことを考えていた。ブタで臓器を作って、人間に移植する研究が進められているからである。それは世代間倫理の問題をクリアーできるのだろうか?などと。また、このサルが逃げ出して、自然界に帰り子供を産んだ場合、人間のiPS細胞由来のサルが生まれてきて、万一、人間の脳をもったサルが数世代あとに生まれないとも限らないと思うからである。総裁先生の御著書『神を演ずる人々』の中の人間の脳を持ったマウスのことを思い出す。少し考え過ぎて横道にそれたので元に帰る。

 慶応大の岡野教授らのグループは、京都大が作ったヒトのiPS細胞から神経細胞のもとになる細胞を作製した。サルの仲間のマーモセットに、脊髄損傷から9日目に移植したという。移植を受けないと手足が麻痺して起き上がれず、握力も弱いが、移植を受けたマーモセットは、6週間後に自由に歩き回れるまでに回復し、握力も改善したという。
 経過をみた84日まで、癌は出来なかったという。癌ができる危険性がまだ残っているのであろう。移植した細胞がうまく働かなくなる拒絶反応を防ぐために免疫抑制剤を使ったとしている。この薬剤は必要のようだ。
 今回は、レトロウイルスを使って作成したiPS細胞を用いているので、移植した細胞が、がんを引き起こす恐れが残っていると書かれている。
 人間への応用で、自己の脊髄液などにある体性幹細胞を使っての治療では、成功例が報告されているようだ。自分のであれば、免疫抑制剤を使う必要はない。従って、他の雑菌を気にする必要はないと云うことになる。この方面に研究が進むと患者は後の人生に大きな可能性が出てくるのではなかろうか。いずれにしても、今回の実験結果は朗報であろうと思われる。
  島根の皆様、総裁先生の御著書『神を演ずる前に』を拝読しましょう。

【うなぎの完全養殖】
 日本の研究機関が、うなぎの完全養殖を世界ではじめて成功したという。うなぎは酸素がないと死んでしまう。子供ころにウナギを水槽で飼っていて死んでしまった記憶がある。その原因は酸素だったようだ。サンケイ新聞(2010/05/09)にはウナギのことが出ていた。養鰻場というのがあるがそれは完全養殖ではないという。ウナギはマリアナ諸島付近で産卵し、幼生を捕獲することに成功したという。これは昨年のことだったか?日本の水産総合センターという研究所が平成15年に完全養殖に成功した。シラスウナギ(うなぎのこども)の人工生産である。
 奈良時代の万葉集に「武奈伎」という名前で出ているらしい。江戸時代までは蒲の穂のように、ぶつ切りにして焼いた蒲焼きとして食べるが一般的だったが、江戸後期にウナギを開いて、タレをつけて焼く現代のような形になったとされる。日本料理に重要な食材で、国内での養殖は年間2万㌧だという。
 完全養殖とは、ウナギの卵をかえして稚魚を育て、成魚にしたうえで、もう一度卵をとることのようだ。
http://nria.fra.affrc.go.jp/unagi/pres-unagi.htm
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/econpolicy/378114/

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 中内 英生

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December,06,2010「”真理”第2巻基礎篇」

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December,06,2010「”真理”第2巻基礎篇」
今日の詩::いつの間に 眠る読書の 炬燵かな
(聖典を拝読していると、いつの間にか眠ってしまう。それは至福の時間でもある。)

 183頁には、「人に祝福を与えるの幸福」という項目がある。そこには次のような内容が示されている。
 
 蒔いた種が刈り入れられる。従って、他を祝福したならば自分が祝福される。これは本当だ。しかし自分が祝福されることを望んで他人を祝福するならば、報いを求めている商売主義的なものとなるであろう。そのような報いを求めることなしに、ただ相手の幸福のために祈るべきであると教示されている。
 報いよりも、相手を祝福すること自体に幸福感がある。与える者は、受ける者よりも幸福である。祝福は本来、魂的なものであるから、物を与えるよりも価値が高いのであるとしている。
 
 祝福する時に幸福感を味わえるというのは、練成会で「祈り合いの神想観」を実修して祈る側になった時に必然的に味わうことが出来る心情でもある。他のために祈ろう。そのこと自体が神の愛の実践である。
 ある人が、某本部講師に質問した。「○○講師は、谷口雅春先生のような開梧の瞬間を味わったことがありますか?」と。某本部講師は答えた。「ありません。」
ある人は再び問うた。「それでは神の子であることを自覚していないのですか?」と。
某本部講師は答えた。「私には神の子であるという電撃的な悟りはありません。しかし、ただ無我になって人のために祈り続けています。一年間、ただひたすら他の幸福のために祈り続けた時、はっと気がつきました。自己の幸福は思わず、他人の幸福のために祈り続ける自分の姿こそ、神であった、と。」
ある人は言った。「分かりました。」
 この問答でおわかりのように、頓得の悟りは素晴らしいが、自分のものになっていないこともある。しかし、信仰生活の中に於いて、他人の幸福を祈り続ける姿を自己に見いだした時、彼は自己が神であることを、自分が仏そのものであることを知るに至るのである。

 183頁には、「生長の家祝福班のこと」という御文章がある。「自分が神の祝福のパイプにならせていただきました。有り難うございます。」という心境になることの大切さが説かれている。当時、「生長の家祝福班」が出来て、各戸の門前に立って合掌し、『甘露の法雨』や「七つの燈台の点燈者の神示」を拝読する行事が行われていることが書かれている。それは、「自分自身」が祝福して歩くのではなく、「天使」として、「神の喇叭」として祝福して歩くところが尊いと教示されている。
 これは、かつて小職の上司であった、故Y元本部講師が初めて祝福実践を行ったことを谷口雅春先生に御報告した時にお書きになられた御文章であるとお聞きしている。いずれにせよ、地位や名誉や自己の利益に引っかからずに、自分が無我になって神の愛を行ずることが何よりも大切であろう。
 次には、「神の愛の循環について」とあり、自分が愛を与えているのではないことが理解できるであろう。また、「まず如何に多く祝福されているかに目覚めよ」と書かれている。私たちは日々、「日時計日記」に記載している。それは如何に神から祝福されているかを確認する作業でもある。そこから、幸福が確固たる存在となってくるのである。

【作詞家:秋元康さん】
「仕事の壁は乗り越えるな」というタイトルで「仕事学のすすめ」が放映されていた。2010/08/26のNHKである。ちょっとネタが古いが、ご勘弁頂きたい。
秋元さんは言う。「人生はデッサンである。失敗はない。」ポジティヴシンキングが必要であるという。
 乗り越えられない壁を乗り越えたら壁ではなく単なる塀である。ぶち当たったら右か左に体を動かすと必ず切れ目があって活路となる。
 しかし、秋元さんは、何か彼に出来ない時、「自分に向いていない」と考えて、無理なことはすぐ諦めるのだそうだ。しかし、ここは肩に力を入れないという意味なのだろう。リラックスした時に、活路を見いだしているのではないだろうか。次の言葉が面白い。
人生は、1%の努力と1%の能力である。あとの98%は運だ。だから、「自分は運が良いと思うことだ。自分は絶対にあきらめない。」と。
 セレンディピティという思わぬ善きものを偶然発見する能力があるという。それが大切であり、自分がまず発見し、そして相手に目覚めさせる言葉を発することが大切である。これは分かるような気がする。
「相手の隠された能力を見いだす力」がリーダーには必要だ。
壁の高さが高い時は、「あ~高いね。」と自然に思う。そう思うだけで、「困らない」ということだろう。ポジティヴ・シンキングに彼がたどり着いたのは、父親の一言によるという。
 ある時、彼はニューヨークで生活した。そして帰った時、信頼する父親は肝臓癌で死んでしまった。
 若い人に言うのは、「絶対に親と話した方が良い」と。「絶対に親と過ごした方が良い」と。子供は、「親はいつまでも生きている」と思う。そして、自分の仕事が忙しいからと、親と話をするのを先送りしてしまう。しかし、そうしてはいけない。
 「夢の実現はどこら辺にあるのか?」を彼は言う。「夢は全力で伸ばした手の指先の1㎜先にある」と。
 自分の背が伸びればやがて届く。手を伸ばせばやがて届く。体勢のやり方を変えると手が届く。
 さらに、彼は言う。「だから決して諦めない。人間の能力はみんな変わらない」と。
その能力を出す時に、自分自身に対する積極的な考え方一つですべてが変わってくるのだろう。
 私はこの番組をみながら、勝間和代さんが聞き役だったが、人生に対するすごい柔軟な考え方を教えられたように思う。

http://www.akb48.co.jp/akimoto/

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 中内 英生

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December,05,2010「”真理”第1巻入門篇」

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December,05,2010「”真理”第1巻入門篇」
今日の詩::登校の 後の静寂  冬の朝
(子供たちが登校した後は静かな時間が家の中を流れていく。)

 島根の皆様、基本聖典の一つである、『真理』をお読みになったでしょうか。『生命の實相』と同様に、『真理』全11巻を拝読しましょう。常々申し上げていることですが、基本聖典を読み込み、内容に穿ち入るようになりますと、現在の総裁先生の御著書が如何に基本教義の真髄を現代化してお説き下さっておられるかが分かります。総裁先生は不立文字を継承しておられますので、当然のことですが、実に実に素晴らしいとの感慨が湧いて参ります。基本聖典と総裁先生の御著書を絶えず読み込んで参りましょう。
 さて、旧版の真理第一巻70頁をご紹介いたします。「スフィンクスの謎」のところです。

 昔、ギリシャの町で、夜ごとにスフィンクスというお化けがでていました。「生まれた時は四本足で歩く。大きくなれば二本足で歩く。もっと時間が経過すると三本足で歩くものは何だ?」という質問をするのでした。答えができない者は食べられたそうです。
 ある人がそれに答えました。正解を言われたスフィンクスは、海に飛び込んで死んだということになっています。
 答えはおわかりだと思いますが、「人間」です。
しかし、この項目では、「家」とはどこにあるか?という質問が書かれています。このことを考えてみましょう。本当の自分はどこにいるのか?このことも同時に分かって参ります。神想観の時に「吾今五感の世界を去って実相の世界に入る(居る)」という意味も理解が進みます。
第一の答え「家とは材木も瓦も壁もセメントもそれらをすべて一つの形に寄せ集めたものである。」
 皆様、如何でしょうか。家の部分を見ると木や壁や畳でできています。しかし、それを積み重ねて置いても家にはなりません。では家はどこに?
第二の答え「材木や瓦や壁やセメントを無茶苦茶に寄せ集めても家ではない。心の思った家の形に寄せて建てないと家にはならない」と。では誰が家の形に建てるのでありましょうか。
答え「大工です。」 
問い「大工の何が建てるのですか?」
答え「大工の腕が建てるのです。」
問い「大工の腕が建てるのなら、大工の腕を材木の上に置くと建てるのですか?」
答え「腕は心がないから、腕は動かない。従って、家は建ちません。腕が動くと家が建ちます。」
問い「材木の上で腕がめったやたらに動かすと家が建つのですか?」
答え「いいえ、心で思ったとおりに、材木やセメントがなるように腕を動かさなければなりません。心が腕を動かすからです。」
問い「心はどこにあるのですか?」
答え「心は見えません」
問い「心が主人で腕は道具ですか?」
答え「そうです。心の通りに腕が動き、心の通りに家が建つのです。形の家ができるまでの心の中を理念の家というのです。形の家は、心の中の家の通りの形がこの世に出たのです。この世を現世とか現象界というのです。材木や瓦や壁やセメントは家ではなく、家をこの世に現すための材料に過ぎないのです。」
 大体、このような会話の内容です。これは日本国家の実相についてのご説明ですが、人間の肉体と実相人間との関係でも理解できます。
 私はこのお話を、某練成道場で行われた谷口雅春先生の御講習会で拝聴したことを記憶しております。理念は、玉石を里の人が磨いた時に出て行く模様であり、神様の心に描かれた模様である。それは、「物質抜きの形である」、というお言葉が心にしみ込みました。

【ノロウエルスと掃除機】
 流行しつつあるノロウイルスだが掃除機の中のゴミから感染する危険性が高いことが分かったという。現象界は楽あれば苦ありである。箒ならほろんどそういうことはないだろう。ゴミを0、1ミリグラム吸い込むだけで感染する危険性があるという。
 掃除機が吸った床や絨毯からのゴミに、感染者の便や吐物が混入し、吐物が乾燥するにつれてウイルスは空気中に飛散するとしている。
 谷口清超先生の御文章の中に、痰を道ばたに吐いてはならない。乾燥すると、痰に混ざっているウイルスや菌が飛散して、道行く人に迷惑をかけるからだ、とお書きになっておられたことを思い出す。見えないところで犯す罪もあってはならないのだろう。
 研究者は、「掃除機のゴミ処理後は、必ず手洗いとうがいをするように」と呼びかけているようだ。

  ウイルスは、所を得れば何も問題はない。敵意をもつと逆に危険性が増すとも言われている。それは野犬は近づくと危険だが家で飼うと家人を守ってくれるようなものであろう。
 ノロウイルスは患者の便や吐物から空気中の塵やほこりにくっついて感染を広げる性質があるようだ。掃除機は、ホコリを集めて濃縮する機能があることになる。神の子の自覚をもっている人々は恐れることはないが、ノロウイルスは、10~100個で発症するらしい。「君子危うきに近寄らず」という諺があるとおり、知恵ある生活をしたいものである。
ゴミ処理のポイントは、①屋外で取り出す。②できればマスクや使い捨て手袋を使う。③すぐにポリ袋などに入れて封をする。④処理後は手を洗い、うがいをする、と書かれている。これらの行為は、他人に嫌な思いを与えないという愛の行為であろう。家族は最も身近な隣人である。朝日新聞(2010/12/02)から。

【部長はトリリンガル必須?】
 和魂洋才という言葉があるが、日本のことをさらに知る必要性が出てくるのかも知れない。
少し古いネタで申し訳ないが、朝日新聞(2010/08/24)によると、日本電産は2015年から課長代理相当職以上の管理職への昇進に、日本語を除く外国語一カ国語の習得を求めるという。20年からは、部長となるには外国語2カ国語の習得を条件にする方針であるという。日本電産は、欧米やアジアで広く事業を展開しており、幹部の語学力向上が業務に不可欠であると判断したらしい。私たちのグループはどうだろうか。
 英語のTOEICなど各言語の検定試験で、同社が求める基準をクリアすることを求められる。手始めに、11月に全社員にTOEICを受験させるとのことだ。現在、社内では外部講師を招いて英語教室を開いているが、今後は他の言語についても、習得のための、支援講座などを充実させるとしている。
 ユニクロや楽天は、英語を社内公用語にすると表明しているが、日本電産は「あくまで事業をグローバル展開していくための一環」との位置づけで、社内公用語を外国語にする考えはない、と書かれている。
 これらの日本の企業の動きには、現段階では一部の人しか思いがついて行けないかも知れない。しかし、人類光明化運動は、国際平和信仰運動は日本人のためだけのものではない。もちろん、一般の信徒さんが外国語を必要とするわけではないのは言うまでもないことである。
 先輩の故T元本部講師は海外伝道を当時としては相当の回数をこなしていたが、常に、「生長の家の御教えは日本人だけのものではない」と口癖のように言っておられた。谷口雅春先生、谷口輝子先生のお供をして半年間、海外を旅した時、「自分は変わることができた」、と何度も話していた。「聖者は無為にして化す」である。現在は、総裁先生よりお導きいただいている。先日の講習会で二日間、ご一緒にお仕え申し上げただけでも、私の魂は自分が行ったことのない高みに引き上げられたことを感じる。
 島根の皆様、島根の講習会は終了しましたが、ご家族が県外の場合、総裁先生の講習会がお近くにあればぜひご参加を促していただきたいと思います。
 江崎玲於奈博士が、イスラエルの友人に、「私はイスラエルを最も愛する」と言ったところ、友人が、「それはウソだ。自分の国を最も愛することができなくて、他の国を愛することができる筈がない」と反論されたという。これは江崎博士の本を読んだ時に、書いておられた。
  私たちの場合は、一般的な日本の良さだけではなく、日本の実相をよく理解しつつ、また天皇陛下の無私無我の愛を学びつつ実践させて頂きつつ、諸外国への伝道を行うことが大切でありましょう。
 もう一つ、私たち一般の信徒にもできる国際平和信仰運動も知っておく必要があります。それはポスチングジョイです。現在は、翻訳機能が入り始めたので、アップした個人の日時計ニュースを諸外国から読み取ることが出来る。外国の人々が、それを読んで、「素晴らしいなあ」と感じて頂くと、その外国人に光を灯すことになるので、即国際平和信仰運動となる訳です。自宅に居ながらにして、外国の人への伝道ができる。これほど素晴らしい積徳は他にはないと思われる。グーグルなのでは、あらゆる言語での翻訳機能がある。それらを活用するとさらに光の輪が広がっていく。
 私は、「日時計日記」を考案なさった人の素晴らしさに感動し感謝申し上げているが、今ではポスチングジョイを考案した人に驚きを感じつつ感謝申し上げる次第である。

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December,04,2010「霊供養入門」

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December,04,2010「霊供養入門」
今日の詩::子供らは 起きて学習 師走朝
(子供の頃は、冬の朝は寒くて大変でした。布団から出たくないという思いでした。今は少し意思が感情を超えているようです。)

 先祖供養関係の谷口雅春先生の御著書に、『人生を支配する先祖供養』と、『霊供養入門』がある。前者は、実際の先祖供養に役に立つ具体的なことが書かれている。後者は、霊界の消息や、『生命の實相』の霊界篇的な内容も扱っている。また、315頁には、「自宅でできる流産児供養」も取り扱っている。両方の聖典を拝読することをおすすめしたい。そして、一家にそれぞれ一冊は備えておき、正しい先祖供養の仕方を体得して頂きたいと思う。
 三正行という言葉があるが、神想観、聖典読誦、愛行、である。聖典読誦には聖経の読誦も含まれているので、先祖供養に限るわけではないが、聖経読誦の主たる「行」はご先祖供養になると考えられるのではなかろうか。
 『霊供養入門』には、ヴェッテリニの霊告による霊界の事情説明もあるが、幽体離脱や霊界に行ってみたいなどと考える必要はない。それは、肉体消滅後には、否応なく行くことになるからである。それよりも与えられた地上の環境で、神を表現することに専念することが神の御心に適うことであろうと考えられる。
 生長の家の御教えは、①唯神実相、②唯心所現、③万教帰一、の三つに代表されると、常々総裁先生より御教示いただいている。従って、生長の家に於ける先祖供養もこの三つの考え方で行うことになる。
 特に、唯神実相の哲学を元にした先祖供養は実に素晴らしいと感ずる次第である。私たちは、この二つの聖典を繰り返し拝読したいものである。本当の神は霊媒にはかからないからである。
 よく理解していないと、霊媒の言うことに心が囚えられたり、本屋さんにあるさまざまな霊界情報誌的な内容が気になる人も出てくるかも知れない。それ故にこそ、正しい先祖供養の仕方をこの二つの聖典で学んで頂きたいと思う。

  48頁には、「神又は高級霊による運命の修正」という項目がある。10行目には、人間の運命の半分は前世の業績、残りの半分の二分の一は、自分の努力による業績、残りの半分の、もう二分の一は、神又は高級霊の加護による運命の改造又は修正によって、もっと不幸になる筈の運命が救われることになる、と説かれている。このことを知ることは大切である。人生にはこの三つの要素がある訳である。前世の業績の結果は両親で代表されると考えられる。従って、両親への感謝は、自分の過去世に於ける全てに感謝することに通じるとも考えることも出来ましょう。
 観世音菩薩に関する教えでは、如何なる運命も相手も観世音菩薩様の慈悲の説法であるとして感謝して受けることによって、相手の姿が善に変貌すると教えられております。そのことから考えてみますと、両親への感謝は、自分の前世の全てを観世音菩薩の姿として感謝で終わらせることになりますので、自分のこの世への誕生を善そのものであると再認識することにもなりましょう。「その感謝の念のうちにこそ、汝は吾が姿を見、吾が救いを受けるであろう」との神示が身に染みて感じられます。
 大切なことは、霊界は現象界として存在する。唯心所現の世界であること。ご先祖様への感謝報恩の念で聖経を拝読すること。毎日習慣化して、時間を決めて読誦すること。前置きの言葉を唱えること。愛を表現する。すなわちお供え物などでご先祖様を生きている時と同じように愛を表現すること。等々であろうと考えられるのです。

 有り難いことに、宇治別格本山では霊牌供養をおこなっていただいている。しかも一年間以上ご供養して頂けるとは何と有り難いことでありましょう。日々、ご先祖に聖経『甘露の法雨』を拝読すると共に、宇治の霊牌供養によって、さらなるご先祖様の神の子の自覚の向上を図り、子孫を守護していただくとともに、私たちが世界平和実現のために、国際平和信仰運動を推進していることに対して、高級霊界からの強力なるお導きをお願いする、または、お導きしていただいていることに感謝することが大切でありましょう。「顕幽両界相携えて…」であります。

【イノシシや 海賊となり 島荒らす】
”イノシシ海賊、瀬戸内襲来”とあった。瀬戸内海は近年、イノシシが海を泳いで渡り、海賊のように荒らし回っているという。ミカンの木の根を掘って枯らす。サツマイモ畑を全滅させる。島の高齢化があり、被害は深刻であるという。要するに免疫力が、抵抗力が減退するとさまざまな故障が起こる。肉体と同じであるようだ。これは朝日新聞(2010/12/04)に掲載されていた。尾道の百島の事が書かれている。大島も同様であるという。小豆島のことも書かれている。飼育されていたのが野生化したかもしれないと。
 イノシシは遠泳する能力があり、繁殖力も強いという。昔から海を渡っていたと考えられるが、以前は島の農家も若くて人口も多かった。従って容易に侵入できなかった。今は高齢化で立場が逆転した。人がイノシシに追い詰められつつある。将来は無人島になる島
も出来るかも知れないようだ。
  イノシシの被害が出た島が書かれていた。江田島、大崎上島、因島、伯方島、大島、小豆島、倉橋島、屋代島、が書かれていた。半分以上、行ったことがある島である。
 マイナスを転じてプラスとするのが生長の家の御教えだが、若い人が島に帰ってくる必要があるということでしょうか?。島の暮らしは工夫すれば楽しい暮らしになると思う。特に伯方や大島など、しまなみ海道ができているので交通は便利なはずだ。生長の家の国際本部が八ヶ岳に移転する。その意義の大きさを再認識する由縁である。国を救うことになるのではなかろうか、とも想われる。
http://www.asahi.com/national/update/1204/OSK201012040052.html

【日時計日記に書こう】
小山さんと勝間さんの話を参考にして手帳の書き方がまとめたものを読んだ。
手帳で自分の力を伸ばす、というやり方がある。日経か、朝日だと思うが、記録していないので悪しからず。
①「やるべきリスト」にやるべきことをすべて書き出す。
今やらなくていいことを、頭の中から追い出すのに役立つ。
②自分へのアポを取る。
手帳は人との約束だけでなく、自分とのアポイントを書くものである。スケジュールに入れたら、その作業のことは忘れること。
③動かせない予定の前に重要な作業を入れる。
人との約束の時刻などが迫ると、締め切り効果で集中しやすくなる。その時間帯に大事な仕事を入れる。これは逆発想であろう。
③大きな目標を日々の行動に着実に反映させる。
④人生の大目標を決め、そこから長期・中期の目標を設定する。
・大目標…例:仕事面で国際的に、どの国に行っても通用する、お役に立てる専門家になる。業界の第一人者となる。
・長期目標…例:10年後は、海外の拠点で仕事をさせていただく。
・中期目標…例:3年後は業界に於ける最も有能なプロになる。
⑤短期目標を決めて、月次、週次、一日の計画に落とし込む。
 短期目標は現状から考えて、四半期毎に設定する。
例:4~5月は、日常英会話が自由にできるようになる。トリリンガルになるように学習を開始する。
目標達成のために、今何をするかを計画し、手帳に書き込む。
⑥振り返って成果を測る。
計画→行動→評価→改善、のPDCAサイクルをサポートするものが、手帳である。PとCに手帳を使うが、継続に最も重要なのはCである。毎日成果を測る!!
⑦手帳仲間を作る。
使い方を教え合う仲間を作ると途中で挫折しにくくなる。(「日時計日記」をみんなで書いているが、そこに強さがある。)
⑧簡潔、測定可能、達成可能、成果が明確、期限が決まっている。この五つに照らしながら設定する。大目標は漠然としていてもよい、としている。
⑨「日時計日記」もそろそろいろいろと使い方・書き方の本が出ても良いのではないでしょうか。

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December,03,2010「菩薩は何を為すべきか」

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December,03,2010「菩薩は何を為すべきか」
今日の詩::冬の空 夕陽はビルを 照らしおり

 『菩薩は何を為すべきか』という聖典は何度も拝読して、伝道者としての心構えを軌道修正するのに適しているように思える。
 谷口清超先生は、121頁には次のようにお説きになっておられる。

『私たちはこの広大なる慈門にふれて、まさしく生命を得たのであります。私自身病からすくい出された一人でありますし、唯物的人生観から唯神的人生観に一変せしめられたのでした。もはや死ぬ以外に救い道のなかった私は、この生長の家の御教えによって復活致しました。どのように釈迦やキリストが偉大であったと致しましても、私はこの『生命の實相』がなかったならば、決して宗教などに関心はもたなかったにちがいありません。私はそのように反宗教的な人間で、仕方のない者だったのです。即ち私はシャカやキリストに救われたのではなく生長の家によって救われたのであります。
 ところが『生命の實相』は、私を見事に救い上げて下さったばかりか、私をして神の使命を遂行すべき重大な任務までも与えて下さったのであります。これは非常に有り難いことで、この有り難さはごく最近になって、ようやくわかりはじめて来ましたが、まだ本当かどうかは問題であります。…』                   せ

 この御文章は続いていくのですが、谷口清超先生でさえも、「まだ本当かどうかは問題であります。』と謙虚にお書きになっておられます。私たちは、常に初心に帰って三正行を実践し、精進させて頂きたいと存じます。

 128頁には、宗教とはどのようなものであるか、寄付や献金はどんな気持ちで行うべきかをお諭し下さっております。
 その後に、久山婦久子さんの指導体験談がかかれています。かなり激しい物語です。
ある漁師の家では代々親子がものすごいケンカをしていたという。父親と息子が大げんかをして、父親が刃物で息子の顎の骨を刺したという。その時担当の弁護士さんが、生長の家の人で久山さんを紹介されて、後妻に来ていた女性が久山さんから指導を受けることになったらしい。先妻さんは家庭苦に苦しんで亡くなった。久山さんは、後妻さんに対して、「あなたは観世音菩薩様です。」と拝んだ。すると後妻さんは感動してこれまで家で起こった出来事を話したという。
 それはかなり悲惨な状況である。詳しくは『菩薩は何をなすべきか』を拝読して下さい。しかし、そのような悲惨な家系であっても、御教えによって、すばらしい家庭に変貌したという物語だ。なぜそうなるかというと、闇は実在ではなく、光の欠如であって、光さえ灯されると闇は必然的に消えるからである。
 私たちは世界に、人類に、全ての地球生命に光を灯すために神界から天降ったところの天の使いである。そのことを毎朝、毎日、自覚して国際平和信仰運動を推進して行きたいと思う。
 決して報いを求めることなく、ただひたすら神の御心を生きることのみを求めて、だだ愛し、ただ神様にのみ認められることを願おう。そこに必然的に、神様からの無限供給と限りない祝福が返り来たるのである。
 なぜならば、神は全ての全てであるからだ。

【なぜ彼はテロリストになったか?】
 ニューヨークのテロ未遂事件を覚えておられますか?少し古くなったので書くのを迷ったが、資料をそのままにしていたので、やはり書かせて頂きます。朝日新聞(2010/05/13)からです。

 ニューヨークのテロ未遂事件とは、米ニューヨークの繁華街タイムズスクエアで5月3日夜に、駐車車両から煙が出ているとの通報を受けたことから始まる。警官が調べたところ、中からプロパンガス、ガソリン入りの容器や時限装置が見つかったようだ。この車を現金で購入したパキスタン系米国人ファイサル・シャザード容疑者は5月3日、空港から中東ドバイ行きの便で出国しようとしているのを逮捕されたようだ。
 米司法長官は容疑者の背後に、パキスタンの反政府武装組織タリバンが関与している証拠があると発言した。容疑者は、パキスタンの部族地域で爆弾製造訓練を受けたと供述しているという。供述するに至る追求を思い浮かべるのは心がかなり苦しくなるが…。シャザード容疑者が手に入れたニューヨーク郊外の家は金融機関に差し押さえられていたという。コネティカット州シェルトンという田舎町である。
 その郊外に住むという目立たない青年がなぜ、テロに走ったのか?。一度は成功物語の主人公になったはずであるが…。

 取材者は次のように書いている。ニューヨークから車で1時間半くらい行った場所。容疑者が住んでいたコネチィカット州ブリッジポートのアパートへ記者は行ったという。周囲は空き家が目立っていた。隣町に住むタクシーの運転手は「ひったくりが多いので、この辺はあまり近寄りたくない」とのことだ。そういう意味では環境は良いとは言えないと。
近所の40代の女性が言った。
「付き合いはなかったが、良い感じの家族だった。それがテロだなんて信じられない」と。容疑者逮捕後に、爆発物処理班もアパートへ駆け付けるという大騒ぎになったようだ。その夜は眠れなかったという。

 ファイサル・シャザード容疑者はパキスタン空軍の退役将校の家に生まれたようだ。修学のために1999年に渡米した。コネティカット州の大学でコンピュータ科学の学位を取っている。05年には、経営学修士を取得している。地元のマーケティング会社に就職した。
 コロラド州出身の女性と結婚した。2児の父親となった。写真を見るととても優しい感じの青年だが。昨年4月には米国籍を取得した。郊外の住宅街で、庭付き一戸建てのマイホームを手に入れている。彼の人生は順風満帆のように見えた。
 
 ところが、昨年の6月に、突然に退職した。パキスタンに渡った。知人の一人は、金融危機による不況が影を落とす中で、「経済的に苦しくなって、どうしていいのか分からなくなったのかも知れない」と語る。真実は分からないが…。その間、自宅は差し押さえられたようだ。2月に帰国してからは、借家のアパートに入居している。
 地元のモスクに姿を現したことはなかった。しかし、捜査当局は、「宗教に傾倒し、変わり始めたのはこの数年間である」と見ているという。どんな宗教かは分からないが、善悪二元論、カルト的色彩、原理主義的な傾向をもった宗教であろうか。不明である。
 新聞には書かれていないが、妻子はどうなったのか、心配になってくる。

 昨年、父親に対して、「アフガニスタンで米軍と戦いたい」と許可を求めたが、断られた。穏健な父親であれば当然のことであろう。しかし…。
 パキスタンで爆弾作りの訓練を受けたのはその後だと考えられている。米軍によるタリバーン対する攻撃の報復だと話していたとか、ネットを通じてテロ行為を呼びかけているイエメンのイスラム原理主義者に影響を受けたという報道もあるとしている。

 高等教育を受けて、安定した会社に就職し、不動産を手に入れ米国籍も獲得している。典型的なアメリカンドリームを実現したと言える。それなのに、いつから、なぜ過激な考えを持つようになったのか?米国社会の衝撃は小さくないと書かれている。
 
 彼の心の中に関することはここでの記事だけでは分からない。私は再度、総裁先生の『衝撃から理解へ』を拝読したいと思う。
 理性的な、かつ教育を受けた青年が、歴史の現実に直面して衝撃を受けて、考え方が変化していくことがあるのかもしれない。イスラームの人々はどちらかというと穏健な人が多いのではなかろうか。
 私は、半年くらい前からNHKのアラビア語講座を毎週見ているが、イスラームの皆さんは温和な人が多いように見受けられる。
 昨年は教修会でイスラームについて学んだ。私自身、もっともっと理解を深める必要がありそうだ。
  http://jp.wsj.com/US/node_57500

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 中内 英生

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December,02,2010「実相世界に於ける個性生命」

December,02,2010「実相世界に於ける個性生命」
今日の詩::冬なれど さわやかに思う 朝の風

 木村拓哉さんが映画に出ると必ずヒットするという。現代ではこの人だけかも知れない。以前、「武士の一分」をDVDで見たことがある。今度は「宇宙戦艦ヤマト」が出ると云うから人気が出るだろう。
 が、しかし今日は、キムタクのことを語っているのではない。この人物の何ともいえない個性の魅力はどこから来るかということである。今考えているのは、現実的な個性と云うよりも、個性生命は実在するかという問題である。

 昔、出版された聖典で申し訳ないが、書棚に『實相研鑽  第一集』があった。実相研鑽会という地方講師が谷口雅春先生よりご指導をいただく行事がかつて、東京の本部で毎月あったことがある。私は一年間、通わせていただいた記憶がある。
179頁に、「実相は具体的なもの」という谷口雅春先生のお言葉が掲載されている。
①実相の中に個生命がある。
②実相の中に実の姿があるから実相という。
③実相は「空」ではない。
④現象よりももっと具体的なものがある。それが実相である。(これはすごいことだ。)
⑤実相の具体的なものが、縦、横、厚みの現象世界に映ってくる。
⑥テレビ・スタジオのテレビ・スターがテレビ・セットに映って出ているように、生まれ変わって出てくる。テレビ・スターがいつもテレビ・スタジオの中にいるのと同じように、いつも個生命が実相の世界にいる。
⑦個性生命は具体的に生き生きと存在する。理念というような哲学的な漠然とした概念ではない。
⑧同一スタジオに居ながら、各世界(生まれ変わりの世界)に生まれ変わっている。
⑨唯摩経の文殊菩薩とゆいま居士との問答で、「来たらずして来たる」というように、現象界に実際は出てこないで、出てきたように顕れている。(不見の相にて見える…マミエルと読む。会うという意味)

 (まだまだ続きますが、拝読していてあまりにも素晴らしいですので、古い聖典をここではご紹介させていただきました。申しわけございません。確認はしておりませんが、もしかしたら、島根の教化部の書棚にあるかも知れません。読んでみたい人は探してみて下さい。但し、島根の信徒さんに限ります)

  個性生命の存続と、その人独自の個性が鮮やかに表現できるほど、神から与えられた個性表現となることなど、内容が実に限りなく深い。
 ここには谷口雅春先生と弟子との会話が見事に再現されている。
「人間はいまだかつてこの世に生まれたことはない」という不生の考え方が般若心経に説かれている由縁でありましょう。生長の家のみ教えは実に深いです。もっともっと、三正行を実践して、もし総裁谷口雅宣先生の御講習会が近くに開催されているのであれば、出来る限り受講されて、悟り深めましょう。谷口雅宣先生は谷口雅春先生から受け継がれた、実相のお悟りを私たちに分かりやすくお説きになられます。現代に於きまして、正師である谷口雅宣先生の説法を受けることができますのは人生最高の幸運です。また、悟りを深めることに関しましては、正師のお導きを受けさせていただくことが最大の近道です。

【BMI】
 ボディ・マス・インデックス(体格指数)の略語だそうな。国際的な体格の判定方法で、体重を身長で割って算出するらしい。原料目的の肥満手術について書かれていた。日経新聞(2010/11/19)である。
 日本肥満症治療学会は11月18日、高度肥満症の治療として手術を実施するための基準を公表したという。食事療法などで十分な効果がないことを前提として、原料を目的とする手術の場合、患者の肥満度を35以上としたようだ。35以上を高度肥満という。
 驚いたのは、代表的な肥満解消手術についてである。①手術で小さくした胃をつなげる。胃バイパス術という。②胃の上部をバンドで縛る胃バンディング術、③胃を切除して細い環状にするスリーブ状胃切除術を原則としている。
 手術費は約30万円くらいかかる。入院費を含めて150万円~220万円かかるという。
 ここまでやらなければならないとは、大変だなあと思うのと、肥満はどうして起こるかを考えざるを得なかった。要するに、カロリー摂取量と消費カロリーとのバランスでありましょうか。根本的な解決法が無い筈はないと考えられる。ここまで肥満になるには、何か理由がある筈であるとは思うが…。
 問題の根本はどこにあるのだろうか?食欲が運動量を超えている状態のようであるので、食欲の問題がある。食欲は肉体保存の本能と考えることが出来るだろうが、その根本が「人間は肉体である」という信仰によるのではなかろうか。肉体が人間であるとの信念が、適度の食欲以上のより一層の食欲を増進しているのかも知れない。
 先輩の、故T元本部講師との会話である。ある時、T講師は「最近、太りました」と以前は痩せていたので、太って見栄えがよくなったことを申し挙げた。先生は、「そうですか。でも重いだろう」と云われたという。その後、坂のあるところを歩いたが、谷口雅春先生はどんどん登って行かれるが、T氏はなかなかついて行けなかったという。食べるものがない時代は、太ることは生活が豊かであることを象徴していたのかも知れないが…。

http://www.nikkei.com/life/news/article/g=96958A9C93819695E3EAE2E68A8DE3EAE3E3E0E2E3E29180EAE2E2E2;da=96958A88889DE2E0E3EAEAE7E6E2E0E3E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2

【読むとあなたに幸福が…】
 おそらく、ほとんどの人は生長の家の書籍や行事に関してはこのような思いをもっているのではないだろうか。神癒祈願や祈り合いの神想観などはその代表的なものであろう。すべて日時計主義的である。しかし、逆はどうであろうか。
 朝日新聞(2010/12/05)には、中学教諭のことが話題にだされている。ある中学校で、英語の教諭が課題プリントの表紙に「これをやらなければ呪いがかかりますよ」と書いて、生徒に配布したという。
 期末試験や高校受験対策用のプリント冊子を作成し、その表紙にこの文言を書いたようだ。理由は、「やってこない子が多く、何とかやらせたい一心だった」という。
 もし、逆に日時計主義で、「このプリントの課題をやったくると、きっとあなたに幸福が訪れますよ」とか、「この英語の課題をやってくるときっと希望高校に合格できますよ」などと書いて配布したら、新聞のニュースにはならないだろうが、きっと生徒や父兄に喜ばれるのではなかろうか。まさか、父兄から、「その因果関係を証明せよ」などと難しい課題を提供されることはないだろう。しかし、後で何か言われる危険性があることはあまり書かないに越したことはない。

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 中内 英生

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December,01,2010「子供と母の本」

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December,01,2010「子供と母の本」
今日の詩::落雷や 流石は出雲 冬の雨

 谷口雅春先生の御著書に『子供と母の本』というのがあります。66頁に「自分を超えよ」ー祖元禅師と北条時宗ーという章があります。時々、青少年練成会などで使わせていただいている箇所です。簡単にあらすじをご紹介したいと思います。

 元寇の役の頃です。クビライの大軍に対して迎え撃ったのが北条時宗でした。時宗は18歳で執権となりました。今の総理大臣です。青年こそ国を動かし国を救うのだと書いておられます。現代で言えば、世界を動かし、地球を救うのは青年である、と言いたいところです。
 頼山陽が時宗のことを、大きな酒作りの為に使う大樽のようなどっしりとした壺のようであると、讃嘆しています。剛胆無比、知勇兼備の傑物だったようです。彼は最初から勇将であったかというとそうではなかった。年齢が長ずるに従って柔弱であったようです。しかし、彼はその性格を自分で変えていったのでした。
 先ず発願です。彼は、「柔弱な性格を変えて、剛胆な人間になろう」と発心しました。これが大切です。
 雅春先生はお書きになっておられます。「自分の目的を定めて、その目的に向かって必ず成る、の覚悟をもって、進んで決意することです」と。
 目的をもって前進する決意をした時、その目的の半分を成し遂げたことになるとしておられます。
  当時、中国に名僧として日本にまで名前がとどろいていた宋の国、台州の元真如寺の和尚さんである無学祖元禅師をわざわざ招いて教えを受けることにしたのでした。
祖元禅師は、元の兵隊が寺に入って略奪を始めた時、禅師は本堂の仏像の前に端然として座禅をしておられた。すると元の兵隊が禅師を切ろうとして刀を振り上げたのだった。

 その時、禅師は両眼をカッと見開いてその兵隊をにらみつけた。そして、次の言葉を朗々と吟唱された。

 乾坤、孤きゅうを卓するに地無く
 喜び得たり人空、法亦空なることを
 珍重す、大元の三尺の剣
 電光影裏春風を斬る

 本来空間はない。肉体は本来無い。何も無いのだから、剣で斬ることはできない。切れるものなら斬ってご覧!電光がひらめくように白刃がひらめいて無い肉体を切っても、ただ春風を斬るようなものである。

 元の兵士がこの言葉の深い意味を理解したかどうかは分からない。しかし、死生を超越した祖元禅師を斬ることは出来なかったといいます。

 その祖元禅師に、時宗は個人指導を受けたのだった。
「私の最大の悩みは自分の性格が柔弱であることです。どうすれば改めることができましょうか?」
祖元禅師「柔弱な性格はどこから来るか?そのもとを発見して断ち切ればよい。」
時宗「その元はどこにあるかが分かりません。」
祖元禅師「お前の名前は何と言ったかね?」
時宗「北条時宗です。」
祖元禅師「その北条時宗を去れ!」
 禅師は一喝した。時宗はハッと気がついた。時宗が時宗を握っている。時宗を忘れることが出来ない。時宗に付いているもの。自分のいのち、自分の利益、自分の幸福、自分の名誉、…などなど。いつも時宗がついて回るから、大胆勇敢に事を処することが出来ない。

時宗「どうすれば時宗を去ることが出来ますか?」
祖元禅師「”吾在り”という想いをを絶つのだ。」
時宗「どうしたら”吾在り”という想いを絶つことが出来ますか?」
祖元禅師「ひたすら神想観(座禅)をして心身を静かにする修行をしなさい。」
時宗「政治のことが忙しくて、神想観にはげむ時間がない。」
祖元禅師「全ての事務、仕事、それが道場である。その道場に座って、北条時宗が今仕事をしているのではない。神が自分を通して仕事をしていて下さるのだと思って仕事をするがよい。それが時宗を去る道である。時宗が無くなり、神のみがそこにある事が分かれば、もう怯懦の心も、柔弱な心もない。」
 時宗はそのように教えられて、十万の蒙古軍を撃滅するに至った。
禅師は、「莫妄想」を大書して時宗に与えてもいる。また、「まっしぐらに前に進め。決して振り向くな」と諭している。
 自分が無くなるとは、神のみ在すと知ることである。無我の境地とは、神我一体の世界である。
 「もはや自も無く他も無く天地ただ一つの御親の中にある」との祈りを徹底したいものである。
  http://www.youtube.com/watch?v=f9Cz6hMOhSY&feature=related
  http://www.youtube.com/watch?v=qqDRfp8HH3o

【水の形】
 水の形体で氷、気体、水の三つのことを先日、書いたがもう一つあるということがわかった。しかし、これはブラックユーモアである。日経新聞(2010/12/02)からの情報である。
 10年ほど前のドイツの主婦の間ではやったジョークだが、なぞなぞで、「水」の姿には何種類あるか、という問題だ。液体、固体の氷、気体の水蒸気、もう一つはオランダ産のトマト!!です。
 オランダは優れた農業技術で知られているという。トマトの産地を訪ねると、巨大な施設がある。ビル2階分はある天井まで赤い実がびっしりと生っている。土を使わない水耕栽培ハウスである。面積あたりの収穫量は日本の3倍という。オランダは日照にも土壌にも恵まれないが、逆境の中で農業と工業の融合が進んでいるようだ。
  しかし、経済統合でドイツに入ってきたオランダ産のトマトは味が薄く、水っぽくて美味しくないと皮肉られた話である。
 しかし、品種改良を重ねて、今では評判がよいという。一方、初めは輸入品の侵攻を恐れていたドイツの農家は、有機農業や手作りの野菜に活路を見つけて、高品質の需要があるようだ。ドイツの農家が活路を見いだした話とオランダが逆境をバネにした話である。要するに困難は本来無い、ということだろう。
http://www.seiwa-ltd.jp/series/detail.php?contents=23&id=117

【異質な生命体】
 日経新聞(2010/12/03)が第一面で報道していた。異質な生命体である。生命体とは何であろうか?最近の生物学では、便宜的に三つの条件を兼ね備えるものとして定義されているという。①内と外を区切る膜で囲まれた細胞で体ができている。②繁殖などにより自分を複製する力をもっている。③外の物質を取り込んで中で分解する仕組みがある。この三つの条件であるという。その他、周囲の環境変化に適応することや、進化できるなどが条件であるという。これが生命体である。

 米航空宇宙局(NASA)などの研究グループは、生命の維持に不可欠な元素がなくても生きられる細菌を発見したという。生命の必須元素のひとつであるリンがない環境でも猛毒のヒ素を食べて体の一部を作れる細菌で、米国の塩水湖に生息していたようだ。
 既知の地球の生物は全く異質な生命体であるという。生物の常識を書き換える成果であるらしい。リンがない天体でも生命が存在すると考えられることから、地球外生命体の可能性を巡る議論も活溌になりそうだとしている。

 この記事で面白いと思ったのは、産業応用につながる可能性があるとしていることだ。厳しい環境の中で生きられる生物の仕組みが分かれば、「洗剤の中で働く酵素などの開発につながる」などと書かれている所である。高度な生物学的発見から急に実生活の中にひき戻された感じだ。
 ヒ素といえは、カレーライスやコナミルクを思い出す人もあるだろうが、ヒ素さえも食物にしてしまうのが生命なのだろう。どんな困難なものでも乗り越え、それを栄養とする生命活動が私たちの生命であると考えられる。無限の可能性を秘めている。ヨコヅナクマムシは宇宙空間でも生きていた生物である。世界には常識では理解出来ないすごい生物がもっともっといるのではなかろうか。この度の発見は、地球の生物の多様性を示した大発見であると考えられるのではなかろうか。
  http://www.jiji.com/jc/p?id=20101203101350-0188110&n=1
  http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20101203-OYT1T00172.htm?from=navlp
 
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November.30.2010「聖経『甘露の法雨』に於ける定義的表現”人間⑬”」

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November.30.2010「聖経『甘露の法雨』に於ける定義的表現”人間⑬”」
今日の詩::木枯らしの 音とこつこつ 時計音

 続きです。『甘露の法雨』はこれで最終回です。最後の項目には、人間は生命であると説かれています。谷口雅春先生が最後の団体参拝練成会で、柿の葉の譬えを用いられて、永遠の生命をお説きになられましたように、ここでも人間は生命である、永遠であると説かれています。

 88頁の5行目です。
『人間は生命なるが故に 常に死を知らず。』
その状況はどうであるかというと…。

『想念に従い 時に従い 必要に従いて 肉体と境遇とに様々の状態を顕せども、生命そのものは病むに非ず、生命そのものは死するに非ず、想念を変うることによって よく汝らの健康と境遇とを変うること自在なり。』であります。

 心によってどのようにでも自由自在、神通自在に変えることが出来るという素晴らしい説法です。しかし、であります。肉体は繭であって、その繭が必要でなくなる時が必然的に来る。しかし、それは一層自在の境地に天翔るのであると説かれております。
 
 最後にも定義が厳然と説かれております。この経文の結論です。

『人間の本体は生命なるが故に 常に死することあらざるなり。』と。
 
 その後はゲ文のような御文章です。ここで私的定義の学習を終わらせて頂きます。島根の皆様、如何でしたか?この方法はご自分で、書き出すか、ワープロするかしないと頭には入って参りません。また、他人が書いたものをもらっても余り意味をなさないでしょう。
私は、まず、『新講 甘露の法雨解釈』と、『甘露の法雨は素晴らしい』とを拝読することをお勧め致します。皆様の魂の御成長を心から願って止みません。
 私たちの運動は信仰を弘める運動です。商取引ではありません。如何に他に捧げるか、如何に神様に喜んで頂くか、如何に真の自分を喜ばせるか。如何に人を、自然を、一切の生命を愛するか。これが肝心であり、信仰者の価値観です。

 祈りの中で何が最高の祈りであるか、というとキリストのゲッセマネの祈りであると言われております。来るべき自分の運命から逃れることをイエスは祈ります。しかし、最後に、それは自分の思いを実現してほしいというのではない。神の御心にかないますならば、かくならしめ給え、として自己放棄の祈りを行います。無我の祈り、自己放棄の祈りはそのまま神様の御心を実現する祈りとなります。そして結果として「生かす者は生かされる」という法則の展開として、神様の御心を生かす人は、神様から生かされる。すはわち健康になり、幸福になり、繁栄するのです。聖書に於いてキリストが十字架にかかったということは法則的に考えてあり得ないとして、谷口雅春先生は、『生命の實相』の戯曲篇に於いて、「キリストは死なず」という内容の戯曲をお書きになっておられます。
 そのような私たちは、無我無心の祈りをしたいと思います。そして、み教えに於いては、総裁先生に対する中心帰一の信仰姿勢を堅持するこことこそ最も重要な信仰姿勢であり、信仰者としての祈りであります。

 島根の信徒の皆様に対しまして、講習会のご推進を心から感謝申し上げますと共に、さらに二年後の講習会に向かって少しずつ少しずつ着実に、歩みをすすめて参りましょう。まずは日々の三正行です。そして日時計日記の記載です。

【水の話】
 これは日本の水源の話ではない。甘いものを食べたあとには、水やお茶を飲む習慣が必要である、と日経新聞(2010/11/20)には書かれている。歯磨きは重要である。私は、20歳代に友人から言われて、食後と何かものを食べたあとには基本的には歯磨きをするように努力している。
 ここには、虫歯にならない習慣について書かれている。総入れ歯でも長生きする人は沢山おられるだろうから、長生きの為だけではないが、エチケットでもある。歯を大切にする習慣は良き習慣であると思う。
 口の中の菌は、食物や糖分を餌にしてネバネバした物質を作り、細菌を付着・増殖させ
酸を生み出すという。これが歯の表面に作用して虫歯になるらしい。酸が接している時間が長ければ長いほど虫歯が発生しやすいようだ。
 甘いものを食べないからといって歯磨きを疎かにできない。甘み飲料にも注意する必要があるようだ。歯科の研究だが、砂糖液で口を洗った場合、数分後から歯垢の酸性度が増すという。酸性度が強くなった後は、40分程度で中性に戻るという。あまり神経質になることはないが、知ってほしい知識であるようだ。
 要するに、間食をしたり甘み飲料を飲んだ場合は、口の中に残る糖分の量を減らすために水やお茶を飲むことがよいとしている。従って、間食を気にするよりも、水やお茶を飲むことを気にかけることが大切であるとしている。
 出雲は、お茶がよくでる。教化部の事務所でもお菓子とお茶が切れたことがない。すべて信徒さんが毎日のようにお土産をもってきて下さるのである。有り難いことだ。そしてさらに食べても虫歯にならないようにという訳ではないが、お茶をいつも出して頂いている。感謝、感謝である。

【再生医療で難聴を改善】
これは日経新聞(2010/12/02)に出ていた。iPSという文字はでていなかったが、興味が湧いたので取り上げた。
 京都大の伊藤寿一教授と中川隆之講師らは、原因不明の突発性難聴の症状を再生医療で改善することに成功したという。細胞の成長を促す薬剤をしみ込ませたゼラチンを耳の中に入れて、弱った細胞の機能を回復させたとしている。25人を対象とした臨床試験で効果を確認した。今後、一般的な治療法として実現を目指すとしている。
 突発性難聴の国内患者は約3万5000人いるという。
み教えでは改善の方法は、聴く心をもつようにと教えられている。嫌なことや聴きたくないことが多くなると機能が衰える可能性もあるのかも知れない。突発性難聴の男性にお会いしたことがあるが、亡くなられた彼の祖父を招霊して、聖経『天使の言葉』を拝読していると突然、数ヶ月間聞こえなかった耳が聞こえだしたことがあった。因果関係はともかくとして、素直にご先祖に感謝する心になると、突発性難聴も治癒することを知った。

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November.29.2010「聖経『甘露の法雨』に於ける定義的表現”人間⑫”」

November.29.2010「聖経『甘露の法雨』に於ける定義的表現”人間⑫”」
今日の詩::師走空 慌ただしくも 晴れ間あり(忙中閑あり、である。曇りでも必ず陽光が射してくる。太陽は常に輝いていることを知ろう。)

 続きです。もう少しで終わりますので、ご辛抱下さい。
87頁の1行目です。
『人間の真性は先ず霊なる生命にして 心の糸を組み合せて肉体の繭を造り その繭の中にわれと吾が霊を宿らせて、はじめて霊(ことば)は肉体となるなり。』
①人間の真性は霊なる生命である。
②肉体とはいわば蚕に於ける繭である。
③霊の内容は「ことば」である。
 上記の経文からはこのような定義が考えられるのだろうか。

①の命題は、今迄に出てきた内容だ。人間の本質は霊的実在、霊的生命である。この場合の生命は弱肉強食上の生命ではなく、実相世界に於ける完全円満なる生命という意味ではないだろうか。

②肉体とは何か?ということだが、蚕に於ける繭である。繭は蚕に非ず、であるので、肉体は人間ではない、ということになる。肉体とは道具であり、宇宙服である。単なる宇宙服ではなく、神の宮であるともいう。だから粗末にしてはいけないということだろう。
神の宮ならば、大切に使用しなければならない。肉体は存続し種族保存のため、食欲、性欲、睡眠欲が備わっているがそれらは付随しているのであって、生命そのものの目的ではない。

③は、霊の内容は「ことば」であるということである。言葉はみ教えでは波動であるという。いのちの響きであり、生きているから波動すると考えられる。
 「霊魂」については、聖経『天使の言葉』34頁6行目に書かれている。
『肉体を去りたる”念”は、その念の力にてあの一つの個性を持続し、幽界に於て生活をつづけん。汝らの霊魂と称するもの是にして、”念”(ココロ)の清まるに従って それに相応しき高き霊界に入り、”念”(ココロ)の浄まらざるものは、それに相応しき環境を”念”の力にて仮作し、その環境にいて苦しまん。』

 これで霊魂のイメージが少し掴めたのではないでしょうか。
霊界のことで、興味を持つ人が時々いるが、霊界に関しては『人生を支配する先祖供養』や『霊供養入門』などを中心として拝読しておけばよいと考えられる。何よりも感謝報恩の気持ちでご先祖供養を行うことが大切である。霊界のことは死後、必ず分かることだから、この世にいる時は、この世の修行を熱心に行うべきであろう。

【”プラトンと画家”の御文章】
2010/11/29  の総裁先生のブログには、プラトンについてお書きになっている。第一段落、10行目に、「イデア=実相」ではない、と明確にされている。プラトンが考えたイデア(理念)の概念は実相とは違っているようだ。
 また、プラトンが考えた芸術は日時計主義の芸術とも一致していない。芸術家をプラトンが考えた理想国家の一員には入れるべきではないとしたという。
 また、プラトンは単に物事の外観や外見を写し取るのが画家の仕事であると考えたようだ。ある一つの角度から物事の一部だけ写し取る。それで真実を知ったような錯覚を人にいだかせる。それはケシカラン商売だということであるらしい。
 プラトンに関しては、藤沢令夫訳『国家(下)』岩波文庫1979を参考文献としてご紹介しておられる。先生がご紹介された本はできるだけ読んでみましょう。共通の情報の上で、先生の御文章を拝読すると一段と理解がすすむと考えられます。
 プラトンのイデアの概念は実相と同じではない。プラトンの芸術観は日時計主義の神性表現的な芸術とは違っていること。これらを確認したい。

【グラフィックデザイナーの佐藤卓さん】
 2010/11/29の「プロフェッショナル」で佐藤卓さんが出ていた。「自分を消してヒットを生み出す」というタイトルである。故T元本部講師である先輩が、「個性を発揮するには個性を捨てることだ」と教えてくれた。これは、自分で個性だと想っているものは限定的な個性であるに過ぎない。それを否定した時に本当の神が作ったそのままの完全円満な個性が顕れるということだろう。『無門関解釈』に書かれている、「仏に会っては仏を殺し」というような意味でありましょう。
  佐藤さんは10人のスタッフと仕事をしている。デザインが全てである。
①自分を消す。デザインが主役になってはいけない。生活に溶け込むようなデザインがよい。
②商品の本質を掴んで、それをそのままデザインすること。このやり方は無理がないようだ。
③機能を突き詰めるデザイン。佐藤さんにとっては、自然な生活的なものが美しいようだ。
④壁を受け入れ、乗り越える。サーフィンが趣味であるという。自分の個性を相手に押しつけるのではなく相手に合わせることが大切である。それがサーフィンの要領であるという。
⑤依頼された仕事以上のことをする。これは大切なプロの心得だろう。仕事で面白くないものはあり得ない。難しい!難しいから面白い!。これが佐藤さんの考え方であるようだ。
プロフェッショナルとは、限りなく良い仕事をする人のことである。「がんばる」とか、「一所懸命」とかは表に出すな!それは余りにも当たり前のことだからだ。
この言葉は素晴らしいです。
  http://www.j-cast.com/tv/2010/11/27081772.html

【不思議な水】
 これは特別の水のことではない。外国資本に買われている北海道の水資源の森のことでもない。水は、常温では液体である。高温では水蒸気となる。低温では固体となる。このような性質は水だけだという。サイエンスゼロ(2010/11/12)では、樹氷のことをやっていた。間欠泉や蔵王の樹氷や以前その場所に行ったことがある肱川あらしのことが映像に映っていた。私は、今や「サイエンスゼロ」なしでは生きていけなくなってしまった。それだけ新しい科学情報を提供してくれる。総裁先生がお投げになる科学のボールをある程度拾うことが出来るようになったのは、この番組のお陰である。

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