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2011年6月

動画:: 年ごとに 出雲の道に 白い夏

自宅の近所にある花です。毎年、咲きます。決まったように咲くところが安心感を与えてくれます。

中内英生拝

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動画:: アマガエル 日焼けて黒し ピョンと跳ぶ

雨蛙は周囲が黒いと自分も黒くなるようです。

光明島根人

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June.29.2011「もしドラ」

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June.29.2011「もしドラ」
今日の詩::《 畑打ち 右脳めざめて 鳥の声 》
《 炎天下 父祖も見ていた 月見草 》

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 漫画で、『もしドラ』の愛称で親しまれている『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』というのがある。NHKテレビ番組「名著100分」(2011/06/22)で紹介されていたが、「ドラッカー」(4回目)で、「日本よ」というタイトルだった。ドラッカーは日本が大好きだったという。それは日本人がまじめであり、マネジメント力があると考えていたからであろう。
 「もしドラ」を書いた岩崎夏海さんは、ドラッカーの文章に感動してこの漫画を書き始めたという。現在の発行部数250万部と言っていた。今の日本に必要なイノベーション(革新・刷新・技術革新、経営革新)とは何か?、ということを考えさせられることになる。

『捨ててこそ、新しいものが生み出せる。あらゆるものは、新しいと思っていてもいつの間にか陳腐化する。』
 これらのドラッカーの言葉を読んでみると、生長の家のみ教えは、根本のみ教えは変わらないが、常に環境に適応して総裁先生より新たなみ教えが説かれ、湧出していく。この形が如何に勝れたものであるかが分かるというものである。

『継続のためには変化しなければならない』。
 人間は成功するまで今までさまざまな創意工夫をしてきたとしても、成功すると同じようなやり方を取りたくなる。”今まででいいのだ”と信じたいし、その方が楽である。しかし、環境は常に変化する。成功事例は過去の遺物であるともいえるのではないだろうか。企業を取り巻く環境、その激しい変化に適応しつづけなければならないのだ。今まで成功していることであっても、然り、である。未知の世界に対しては、当然変化しながら模索することを考えなくてはならないであろう。
 
『人を大事にする、ということが21世紀のキーワードである。』
 お金が沢山もうかると云うことや、便利快適であるということや、五官の快楽を与えてくれるということが主たる目的であることはもう過去のものとなった。21世紀は、「人間そのものを尊厳を維持しつつ大切にする社会」の建設が主要なものとなるという。そういう社会はいまだかつて世界には実現していない。その社会をこそ建設して、日本のようになろうと、世界の模範となることこそ今後の日本には必要であると、ドラッカー協会会長の上田惇生さんはいうのだ。  
 「人を大事にする」という言葉には、利己的な人間中心主義の「人」ではなく、自然と人間との大調和するところの人という意味になれば、自然に生かされている人間の立場を強調することになる。神の愛を行ずる人をこそ、育てることになるだろう。

『マネジメントの上で、何か正しいかを考えないことは真摯ではない。信念を貫くことこそ真摯であるといえる』。
 ドラッカー自身が「真摯さ」の体現者であったようだ。残念ながら私はまだ読んでいないが、『もしドラ』は250万人が読んだという。そのこと自体がすでに社会革命である。それは『すでに起こり済みの未来である』と。それは必ず、次の時代に反映される。
 私はこの言葉にいたく感動したのだった。『生命の實相』第一巻の「心の世界に於ける運命の形成」に於いて、夢や予言やに出てくる事象は、すでに念の世界に於いて、起こり済みであって、必ず現象界に出てくるのである、という一節があるのを思い出さずにはいられなかった。勿論、それは現象化する以前に、心の世界を変化させることによって、現象世界に於ける運命は変化させることができる。

 真摯とは何か、それは広辞苑によると、「まじめでひたむきなさま。真摯な態度」とある。しかし、まじめでひたむきである以上にもっと本質的な問題がある筈である。
 生長の家では、方法論や生き方が倫理的であるかどうかが論議されることがある。広辞苑によると倫理とは、「人倫のみち。実際道徳の規範となる原理。道徳。倫理学の略」と書かれている。また、人倫とは、「人として守るべき道。人としての道。…」などとある。この場合に、根本に於いて、「人間とは何か」との問題が解決していない限り、人倫、倫理、倫理的、真摯さなどの根拠を失う。み教えに於いては、唯神実相論を根拠に「人間は神の子である」という根本のみ教えを元にして、生き方や考え方や日時計主義やが展開すると考えられるのである。神とは、完全なる無限の知恵であり、愛であり、生命である。
 
 上記のマネジメントにしても、「人を大切にする社会」にしても、上記の根本が確立することによって、21世紀は動いていくのではないであろうか。間違いなく輝かしい方向に向かってである。そのパワーの根源は、「日時計主義」にあると考えてよいのではなかろうか。

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中内 英生

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June.28.2011「弁道話の巻 前書き」(2010/10/21の分)

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June.28.2011「弁道話の巻 前書き」(2010/10/21の分)
今日の詩::扇風機 エアコンよりも 倫理的?

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 『正法眼蔵を読む 上巻』12ページ8行目であるが、次のように書かれている。

『ところがその内容たるや、きわめて高度であり、且つ深遠である。この神韻縹渺たるエキスに触れると、初心者はアッと驚いて腰を抜かす。何のことやらさっぱり分からぬという人もある。しかし分からぬながら、何度も何度も繰返し味わっていると、その行間から不思議な霊々妙々の香気が立ちのぼって、心の渇を癒してくれるのである。…』

 谷口清超大聖師はこのようにお書きになっておられる。「何度も何度も繰りかえし味わっていると」とお書きになっておられるのを読んで、私は努力が欠けていたと感じた次第である。「読書百遍意自ずから通ず」という言葉がある。百遍とはなかなか実現できそうにないが、それくらいの熱意が必要なのであろう。
 谷口雅春大聖師のお言葉の中に、「良き友がいない場合は、良書を友とせよ」という青年向けのお言葉がある。私自身は、正法眼蔵を直接読んだことはないが、この聖典で理解を深めたいと思う。20歳代の時に、永平寺に行き座禅を組み、帰りに老師にお会いした。老師は、「谷口清超先生は、正法眼蔵を深く理解しておられますね」と言われた。この老師から、まさか谷口清超大聖師のお名前が出されるとは思わなかった。この老師も、『正法眼蔵を読む』を拝読しておられたのである。

 この聖典には、不立文字と法燈継承について述べられている。私たち信徒にとって、重要なポイントである。かつて松江道場では、全4巻を輪読したという。それは、道場の近くの城東地区の誌友会に、谷口清超大聖師がご上京前に参加しておられた経緯があったからだという。
 時空を超えて、私もその輪読会に遅ればせながら、参加させていただきたいと念願している。

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中内 英生

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June.28.2011「吾れ自らにては何事もなし得ず」

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June.28.2011「吾れ自らにては何事もなし得ず」
今日の詩::窓開けて 新しき風 夏を呼ぶ

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 『新版 幸福生活論』の51ページには、旧約聖書のヨブ記のことが書かれている。内容は次のようなものです。

 ヨブは、自分の幸福は自分が正しいから当然の結果であると考えたが故に、色々の艱難が続出した。どんなに正しい者でも、彼の善は神より来たるのであることを忘れてはならない。彼自身の正しさの結果ではない。
(真理や正義などを自分のものと考えないことでしょう。それは神から出ずるものです。月光仮面の歌がありますが、「月光仮面のおじさんは、正義の味方よ、よい人よ。…」とありまして、正義そのものであるとは言っていません。自分を通して神が現れ給うと考えるべきでありましょう。「我が業は我が為すに非ず」です。)

 イエスも、「吾れ自らにては何事もなし得ない」と言われた。完全な自己否定によってのみ、神なる自己、自己に現れたる真の自由が実現する。自己否定という場合の自己とは、実相の自己ではなく、肉体我である。
(イエスがゲッセマネの祈りによって、”この苦き杯を吾より取り去り給え”、と祈った。磔になることを避ける祈りであるが、それさえもイエスは、”されど吾が意をなさんとするには非ず、神の御心に適いますならば、取り去り給え”と祈ったと伝えられている。そこまで徹底しての自己否定であり、神の御心を行ずるという思いである。この真摯な態度は、讃嘆しても余りある、と考えられる。)

 否定を媒介として得られた真の自分の肯定でない限り、それは我が儘勝手なものとなるのです。すなわち肉体我の自由です。
(我には、真我と偽我がある。真我とは、神と一体なる実相の自分のことである。偽我とは、肉体に於ける脳髄により、”吾あり”と感じている五感知の吾である。当然のことながら、肉体我は食欲、性欲、睡眠欲、名誉欲、所有欲などを惹起しますので、周囲と衝突して、逆に不自由きわまりない自分の世界を現出するに至るのであります。

 私たちができる最上のことは、神の生命と波長を合わせて神の善と協同することです。
悪と見えるものは、生命の實相の中にあるのではない。
(如何なる種類の霊波に波長を合わせるのがよいかということである。神想観を修して、常により一層、高級な霊的波動を受信することである。神想観が大切である由縁である。悪というものは、実は実相の世界にはない。聖戦という言葉があるが、神は戦いを作り給わないから聖なる戦いもない。神罰という言葉があるが、神は不幸、災難を作り給わないから、神罰もないのである。)

 私たちの意識の中に、大生命との交通を中断させるような念が起こる時、三界唯心の原理によって、神から見放されたような不幸な状態が現れる。しかし、それは本来無い現象であり、夢の現れにすぎません。
(本物でないものは消え去ります。久遠いのちの歌にあるように、「この身は夢の如し、夢は久しく立つ能わず、しゅゆにして消ゆ」であります。自分の意識の中の神との隔絶した心が、不幸を造るのです。しからば、神との一体感を醸成することにより、不幸と見える状態は回避されるのでありましょう。)

 大体このように( )内を解説させていただきましたが、ここの御文章の小見出しは、「パンドラの魔法の箱」です。一文一文、実に含蓄の深い、真理の輝く御文章ですので、よく味わいながら、理解しながらこの項目を拝読していただきたいと存じます。

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中内 英生

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June.27.2011「愛と真理による更生」

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June.27.2011「愛と真理による更生」
今日の詩::農林の  心に触れる 出雲かな 地球に触れる 日々の暮らしは
(土に触れることは、地球のいのちに触れることになり、地球生命を愛する心を触発されるように思われます。)

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 『生命の實相』頭註版第1巻167ページには、「愛と真理によって更生せよ」として次のような意味のお言葉がある。ここの御文章は大好きな所であり、繰り返し拝読している。
《神癒によって兄弟の病気を治すには、治そうとする人は自分の心が浄まらなければならない。自分の心から、ありとあらゆる罪意識、迷いの観念から解放されて、神様の無限の生命力が自分の念をパイプとして流れ込んで来るようにならなければならない。
 神の無限の生命力が流れ込んで来る時、一切のけがれ(気涸れ、大生命の霊気が自分に涸れること)がなくなり、病気その他の一切の不幸などが、即座、または徐々に消えてしまう。
 これに反して自分の念が「迷い」に閉ざされて罪に堰かれて、自分自身が神様の生命の水を流し込むパイプになることができなければ、神の生命の水(治して下さるお力)が患者に達せず、従って病気が治りにくい。》

 要するに、自分が無我となって神様のパイプになる。パイプを通して相手に神様の御いのちが流れ入るというイメージが必要です。伝道者にとっては特に必要でありましょう。これは、「四無量心を行ずる神想観」においても大切であり、四無量心とは内在の神の愛であり、また宇宙大生命のいのちのお働きであるとも考えられますので、我の心、迷い、利己心、嫉妬心、地位・名誉などを求める心、他人より目立ちたい心等々から解放されて、自分自身がパイプとなって、四無量心が、地球の生物・鉱物などを覆い尽くすようになるイメージが必要でありましょう。
 早朝行事の時、妻と一緒に基本的神想観を行じた後に、「四無量心を行ずる神想観」の文言を唱えています。そして、夫婦共々、今日一日神様のお役に立たせていただけますように、神様が私たち夫婦と、子供たちを人類光明化運動・国際平和信仰運動のために自由にお使い下さいますように、今日一日をお導き下さいますように、と祈らせていただいております。祈らせていただけるようになったことそのことが有り難く感じられます。

 もう40数年前になりますが、故藤原俊之元本部講師が講話の前に、必ず演壇の側で祈っておられました。そして、司会者の紹介を待っておられました。その真摯な美しいお姿が思い浮かびます。私は、藤原講師にお聴きしました。「何を祈っておられるのですか?」と。すると、藤原講師はお答えになりました。「自分はない。自分はない。無我である。無我である。神のみ実在する。神のみ実在する、と祈っています」と。私はその時、自分という考え、我の思いがあると、神様のお話はできないのだ、ということを教えられました。

 私たち島根の信徒は、常に総裁先生に中心帰一し、神様から総裁先生を通して天降る新たに説かれるみ教えを拝受させていただいております。この思いと祈りがある限り、み教えは島根教区に広まることは必定です。その時、私たちが如何に無我になっているかが、総裁先生からの真理を拝受できる秘訣であろうと考えられます。御心を拝受する私たちが、我の心、名誉や地位を求める心、迷いの心などでせき止められては、決して本当の意味において、神の御心が、教勢が島根教区に広まることはできないでしょう。伝道者の心が神様の御前に於いて、無我となることが求められます。
「神様の御心が実現致しますように。総裁先生の御心が地上に実現致しますように。自分自身が総裁先生の御心を伝えする媒体となることができますように。神は、吾を無我とならしめたまう。吾を浄め給う」。そのように祈らせていただきたいと存じます。

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動画: :境内地 みどりの木々は 夏向きに 

教化部の樹木を剪定しました。相愛会の壮年層の方々です。中内英生

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June.26.2011「庭木の伐採」(2010/10/20の分)

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June.26.2011「庭木の伐採」(2010/10/20の分)
今日の詩::筍の すっくと伸びて 葉を散らす

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 今日は、午前中は会議だったが、午後3時半から教化部の庭木の剪定を手伝った。木は切りたくないが、近所の苦情を考えると剪定せざるを得ない。木の葉は二酸化炭素を取り込みつつ大きくなる。取り込んだ分の二酸化炭素が空気中より失われるのである。これが地球温暖化を防ぐことにつながる。素晴らしい地球システムでは無かろうか。

 蒸し暑い風が吹く。亜熱帯のような気候である。多くの生命はそのなかに育つようだ。自然発生的に植物は育つ。『ダーウィンが来た』(2011/06/25)では、南硫黄島のことが放映されていた。自然発生的と言っても鳥が種をお腹に入れて持ってきたのかも知れない。2007年夏に、研究班が島に入った。この島は「原始の島」とも言われている。各生物は進化の途中である。南硫黄島は東京から1300㌔㍍の海上にあるようだ。火山島であり、何と高さ916メートルの山もある。数万年前の火山の噴火でできた。現在、島にネズミがいなかったことが幸いしているという。難破船などからネズミが島に上陸すると鳥を食い尽くすのだという。昼間地を這うコウモリ、新種のかたつむり、陸地に住むミズムシ、ここにしかいない鳥など、貴重な種がひしめいている。しかし、やはり樹木がないと動物は生きていけない。植物や樹木が生える森こそ生命の発生源であるといえるのではなかろうか。

 鉱物の世界、植物の世界、動物の世界、さらに精神世界を持った人間の世界、これらは「四無量心を行ずる神想観」で網羅している。その中で、動物の世界も実に不思議な世界である。総本山の七つの燈台に、「三界万霊悉皆実相開顕成仏燈」というのがある。このお言葉は、環境問題に関連しているのでは無かろうか。三界とは仏教の言葉であり、欲界、色界、無色界の三つの世界をいうが、過去、現在、未来のことを言うこともあるという。これらの世界の霊や、この世の生きとし生けるもののすべての霊の悉くが皆実相が開顕して成仏すると考えられるということになる。
 
 生きとし生けるものの中に鉱物は含まれないのであろうか。谷口雅春大聖師の御著書『生命の謎』の「六、物質には知覚があり、生命がある」52ページには、「あらゆる物質は生きており、物質の奥には生命があり、生命の奥には知性があり、意志があり、理念があることが分かる」と書かれている。物質は単なる物質ではなく生命がある。土壌の栄養分から生きたバラの花を咲かすことができるのは、土壌そのものが生命が宿っているからであると考えられるのである。

 植物を食べて動物が育つ。食物連鎖である。動物はなぜ、動くことができるのであろうか。それはカルシウムと関係があると報告されている。『サイエンス・ゼロ』(2011/06/25)には、「生命を動かす」「シリーズ細胞の世界③」「生命を動かす魔法の金属」とあった。何と、カルシウムを出す細胞が肉体の中に存在するようである。すごいことだが、心臓の動きも、筋肉の動きも、カルシウムイオンの働きによるという。
 筋肉力が強い人の筋肉は、筋肉に含まれるカルシウムの量が多いといわれている。そのために、筋肉力を強めるためにカルシウムを摂取する人もいるくらいである。そのカルシウムが生命の動きの根源となる。すごいシステムである。ただ、ただ驚嘆するばかりだ。誰が作ったのか、それは内在する生命=神が作ったということであろう。

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中内 英生

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June.26.2011「現象界の光と影の美しさ」

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《石像は、すせり姫です。出雲のイオンの前の道路にありました。》

June.26.2011「現象界の光と影の美しさ」
今日の詩::雷と 雨にカエルの 声聞こゆ
(昨夜はすごい雨が降りました。久しぶりに散歩の途中で降られました。びしょ濡れが野性的でワイルドで良い感じです。思い方一つです。)

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 NHKの「日曜美術館」(2011/05/01)には、「夢のレンブラント10選」というのがあった。光と影を自在に画布に描いた画家であるようだ。平面に立体映像として描くには陰影で表現する以外にない。それは実に美しいものである。
 大学で政治学の講義を聴いていた時、講師が死刑囚の人にあった時のことを話していた。終身刑の人は目が清いとは言えない。それに対して死刑確定の人は、目が実に美しいという。そして、彼等が死刑が確定した後で見たこの世は、その陰影が実に美しいと感じる、らしい。
 私たちは、神想観に於いて、「われ今五官の世界を去って…」というのは現象世界からいなくなる。分かり易い言い方をすると、五官の世界から隠れることになるのだから、再び現象世界を見た時に、陰影の世界が実に美しいと感ずるのは当然のことだろう。そして、心で見出した真象にたいして感謝する。または絵手紙などで神性表現をする。これほど素晴らしい宗教行事はないと思えるのである。総裁先生からお教えいただいている「日時計日記」が実に意味深いものに思われれてくる。しかし、要は実践するかどうかである。

 レンブランドの絵画は、若い頃に上野の美術館で絵画展を見たことがある。未だに印象が深いのはイエスが群衆にとり囲まれている姿だった。光明で輝いていた。実際に輝いていると言うよりもそのような技法であろう。
 レンブランドは光と影の魔術師と呼ばれたそうだ。妻は30歳で亡くなっているので、家庭的には大変だったと思う。また、倒産も経験している。その中で彼は亡くなる63歳まで様々な絵を描いていったようだ。続けるところに、何らかの良きものがでてくる。それがレンブランドの世界的な評価を受けた絵画群なのである。笑う自画像、ユダヤの花嫁、ペテロの否認など常に画業に精進を続けていた姿は素晴らしい。

 現象界の映像とは何であろうか。『新講甘露の法雨解釈』の181ページには、「時間・空間の映写幕に捉えられた観念の波」という項目がある。内容を見ると…。
《観念とは、心に思い浮かべた姿である。想念が描く姿である。神様が想念によって思い浮かべた姿の綾模様が、時間・空間という映写幕に映ると、本来それは心の波であるのに、映写幕上で固定化されて物質のように見えている。「物質、物質に非ず。これを物質という」ということである。映画に於いてスクリーンに現れた景色も人間も物質でできているように見えるが、実はそれは光の波が映写幕に触れて固定化して物質に見えるだけで、実は物質ではない、光の波であるというのと同じである。》
 このような内容である。最近、3Dのカメラやテレビが出回っているが、立体に見える。立体に見えると何か「ある」ように思えるのは、脳の働きのしからしめるところである。
 しかし、それは「実在ではない」ということである。

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June.25.2011「松江道場先祖供養祭3周年記念の赤飯」

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June.25.2011「松江道場先祖供養祭3周年記念の赤飯」
今日の詩::供養祭 四年目迎え お赤飯

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 今日は、松江道場で先祖供養祭があったが、H白鳩会総連会長さんと、N白鳩会総連会長さんが御愛念溢れるお赤飯をそれぞれ作って下さり、みんなでいただいた。先祖供養祭はもう3年が過ぎた。今日で四年目に入る。最初は、そんなことをしても人は集まらないというご意見もあったが沢山の人が集まるようになった。しかも、毎月お顔を合わせることにより、次第にインターネットも普及し、通信による映像も教化部から送られてくるようになり、また、地方講師も出るようになった。それらはご先祖供養のお陰であると感謝している。司会にしても、神官にしても、講話にしても、皆様は立派にできるようになった。うれしい限りである。私は最近、「顕幽両界相携えて…」という言葉は本当であると信じれるようになった。

 また、お二人の総連会長さんは、今回の団参でも沢山の人を送り出して下さった。N総連会長さんは、供養祭後のミーチングで単層伝達の素晴らしさを話された。その言葉を聞いて、やはり本部のご指導は間違いないと思った。H総連会長さんは、ともかくお世話が行き届いている人だ。人はHさんのところに食材をもってくる。そしてHさんが調理して、別の人に食べさせる。その都度、真理の話が語られる。素晴らしい誌友会なのである。このような誌友会が、島根には沢山ある。島根が全国的に期待できるのは当然のことであろう。

 午前中には写経の集いがあったが、毎月お出でになる人が何人もおられる。写経は、先祖供養とは違った感動を受けることが出来る。精神統一が徹底するようだ。シーンとした静かな雰囲気の中で写経している姿は神々しい限りだ。
 今日も先祖供養祭の後で誕生会があったが、6月生まれは、Y白鳩会連合会長さんお一人だった。真理の言葉が書かれたものをいただかれたようだったが、見ると、「あなたは白鳩天使です」というものだった。谷口雅春大聖師の書がこの講堂の後ろ上方に掲示されている。そこには、「白鳩天使」と大きく御揮毫されている。白鳩さんにとっては、このお言葉ほど素晴らしいものはないのだろう。ご自分を、「天使」であると、谷口雅春大聖師から讃嘆されるとは何という光栄なのであろうか。

 私はいつもこの道場に来させて頂いた時には、お抹茶が出される。食事よりもお抹茶が楽しみである。それからその季節に合わせた和菓子が出される。今日は「石清水」というものだった。ささやかな楽しみであるが、そのもてなしの気持ちがありがたい。いつも浄められたような気分で道場を出させて頂くことができる。誠にもこの道場を建設して下さり、今も尚運営して下さる方々のお陰であると感謝申し上げる次第である。

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June.24.2011「生涯学習」

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June.24.2011「生涯学習」
今日の詩::庭に咲く 紫陽花摘みて 鉢に活け

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 今日は、午前中は出雲大社の近くにある生長の家の私設道場「大社道場」で写経の集いが行われた。私の担当は、『新講甘露の法雨解釈』の講話だった。読めば分かるのだが詳述された御文章を朗読し、参加者に分かり易く解説するのが私の役目だ。愛読書といっても、信徒さんにとっては『甘露の法雨』ほどの愛読書はないだろう。『甘露の法雨』は短いが、イスラームのクアラーン(コーラン)は長い。それを暗記しているのだから恐れ入る。産業革命以前、キリスト教とイスラームがせめぎ合っていた時代のことだが、イスラームが作ったモスクをキリスト教徒が占領した時、窓を作る必要性があったという。なぜならば、イスラムの人はクアラーンを暗記しており、暗いところでも暗唱することができたが、キリスト教徒は聖書を目で読む必要があったからだという。

 午後は、大田の先祖供養祭へ行った。先祖供養祭を行うことによって、その地域の信徒さんのご先祖様をご供養することができる。また地方講師にとっては神官をしていただくことによって、学ぶことも多いのではなかろうか。Tさんと言われる男性地方講師が神官をなさった。色々と話を聞いていると、NHKの放送大学をやっているという。60歳はゆうに過ぎているのだが、その意欲は素晴らしい。100歳の年齢が普通になって来つつある現在、定年退職されて、もう一度放送大学に学び、さらに社会貢献をすることは何と素晴らしいことではないだろうか。
  そのように私たちは生涯、信仰の道を常に学びながら歩んでいきたいと願っている。島根は、誠実に三正行を行い、信仰生活を行っている方々が実に多い。

 『新講甘露の法雨解釈』の166ページには、「生命は始めがなく終わりがない。始めがあるものは終わりがある。生まれたものは死ぬ時が来る。生じたものは滅しなければならない。人間は不生であって生まれない。生まれないから死ぬこともない。人間の生命はオギャーと生まれた時に出たのではない。永遠に神の共に存在するから死ぬこともない。それを本当に悟った時に、死の恐怖が消える。それを悟らせるものが宗教である。」という内容が書かれている。
 「死の恐怖が消える」とは何というすごいことでしょうか。死の恐怖が消える時、人間は自由自在を得ることになるでしょう。それならば、死の恐怖が消えると傍若無人に自分のカラダを厭わずに無理なことをするかというと、そうではないようです。肉体を超えた生命が自分であるという尊い自覚に立った時に、神の宮である肉体を大切に保つ生き方ができるようになるのではないでしょうか。暴飲、暴食などしだいに無くなってくるように思われます。

 167ページには、「生命そのものが自主的創造者であって、生命の掌中に時間があるのです」と書かれています。自己の内に神(生命)があり、そのものが自主的創造者である、としています。従って、生命が動き、展開していくところが時間が展開し、空間が展開するということになります。これは生命の中に自主があり、生命が決めた通りに現象界、環境が現れてくるということでありましょう。だからこそ、自分の心が運命を造ることになります。
 この聖典は実に素晴らしいみ教えの根本的内容が盛り込まれていますので、どうぞ拝読下さい。

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中内 英生

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June.23.2011「真象を神性表現する」

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June.23.2011「真象を神性表現する」
今日の詩::アロハシャツ 夏を迎える 錦鯉

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 生長の家のみ教えの特徴は、実相と現象とを峻別することにあると、お教えいただいている。実相世界は神が創られたままの完全円満な世界である。永遠不滅であるが、それに対して、現象は明暗こもごもとして現れている世界であるという。従って、現象は現れては消えてゆく世界である。「久遠いのちの歌」にある通りだ。小さくは人生において、大きくは大宇宙に於いてである。ホーキング博士が説く宇宙論が必ずしも正しいとは言われないかもしれないが、宇宙でさえも現れから言うと有限であり生滅がある。現象はかくの如くであるようだ。しかも、現象には真象と偽象とがあると言われている。

 「人間はこの世に生まれたことも無ければ死んだこともない」。これは人間は実相生命そのものであるという視点での言葉である。ある時、私はこの視点で、講話していたことがある。勿論、実相と現象との区別をハッキリと行い、『不生不滅の神示』を元にして話していたのだった。しかし、それをスピーカーで聴いておられた二人の先輩から、注意を受けた。「そんな乱暴な非真理を説いてはいけない」と。私は多少困惑した。次の日のことだった。その先輩の一人が次のように言われた。
 「昨日の君の講話を妻に話した。君が間違っている講話をしていることをね。でも、妻からの答えは意外だった。”それは正しい真理じゃないの”、と言われたよ。」
先輩の奥様は、神想観に徹する地方講師として有名な人だった。本部での実相研鑽会でも実相独在の真理を堂々と、谷口雅春大聖師の御前で発表するような人だった。

 総裁先生が東日本大震災に関するブログ「歓喜への道」で、キリストの言葉である、『見ゆ、という罪は残れり』ということをお書きになっておられる。人間は神の子であると教えられても、健康である肉体が神の子であると思って見たり、調子の良いことが出てきたら神の子であると思ったり、実相を観るよりも現象的御利益に目を奪われがちである。しかし、どんなによい現象も有限であり、不滅ではない。
 それでは、私たちが行っている『日時計日記』記載や、絵手紙・絵封筒の神性表現は有限であり無意味であるのだろうか。だが決してそうではない。実相世界から展開してきたところの真象、または恵みを「認める」「感謝する」「表現する」ことによって、実相世界の良さをこの世に持ち来すことになる。賛美歌という歌があるが、日時計日記の記載こそ、「類は類を以て集まる」という法則により、感謝できる現象が増幅する。そして、真象を見て表現することにより、表現の喜びが感じられる。または、新創造の喜びが感じられるのだ。実は地球は、宇宙は、神を表現する「壮大なる舞台」であるのだろう。その中で、仕手として行動できるのが神の子である人間である。そして、真象をできるだけ多く認めることによって、私たちの視点はいつの間にか真象の根源である宇宙大生命にまで到達する。

 しかし、気を付けておかなければならないのは、神の子無限力とは言っても、自然と神と人間が一体であるところの神の愛そのものである人間をさしているのである。人間中心主義で多くの地球生命を絶滅させ、環境破壊を行う力は、決して神の子無限力ではないのだろう。
  絵手紙・絵封筒などの真象を描く神性表現を行うことによって、私たちの右脳は開発される。能には右脳と左脳があると言われているが、私たちは理論的把握や、損得計算や、言葉を使うことなど左脳の働きを採用することが多い。この力を最大10ポイントとする。私たちはほとんどこの能力で生きている。それに対して、絵を描いたり、俳句を作ったりと情感に訴える働きは、右脳的であり、余り使っていないと言えるだろう。その能力をやはり、最大10ポイントとする。今まで、右脳を2か3くらいしか使っていなかった人が7ないし8ポイントまで使用すると考えると、トータルとしての脳の力は当然ながら能力アップする。その高い能力で、信仰生活を行い、伝道を行うならば、間違いなくみ教えは広まるだろう。結果的にみ教えが地域に広まることは、何と素晴らしいことではなかろうか。

 ここまで考えると私たちは、どうしても「四無量心を行ずる神想観」に行き着かざるを得ないことになる。全世界の人々がこの神想観を実修してから一日を出発するとなるとどうなるだろうか。環境問題は必ず解決するだろう。み教えの伝道した結果、伝えられた人々は人間神の子の自覚を深めて人生を自由自在に生きる。そして、神の愛・仏の四無量心を行じて環境がきよまることになるだろう。
 誠にも、『唯摩経解釈』に書かれている、『菩薩心浄ければ此の土浄し」の言葉が地球上に顕現すると期待されるのである。

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June.22.2011「若い信徒さん」

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June.22.2011「若い信徒さん」
今日の詩::クンクンと 散歩したがる 初夏の朝 

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 今日は、浜田へ先祖供養祭に行ってきた。一年以上すぎたが、かなり定着してきたように思う。平常日であるので、女性の信徒さんが多いが、皆生き生きとしている。江津でも行っていたが、そこでの先祖供養祭を大田に移動した関係で、江津に来ていた壮年層の女性が浜田にもお出でになるようになった。先祖供養に加えて『新講甘露の法雨解釈』を勉強したいためだという。現在では、この聖典だが、団参ではテキストに、『唯摩経解釈』や『正法眼蔵を読む』が加えられていたので、私自身、どこかでその聖典にも挑戦したいと考えている。
 そして、誰でもどこでも自由に集まれるようにしたいと考えている。しかも、今日はさらに若い女性も参加してくれていた。地元にとっては、若いお仲間が集まることはとてもうれしいことだ。

 講習会は来年度だが、日程にあった会場が取れるかどうかが問題であるので、使用するかどうかは別にして、島根県でできるだけ会場になりそうな会館を見るようにしている。今日は、先祖供養祭の帰りに、○○の地場産センターを見学した。椅子席が○○○人であり、ちょっと少ないかな、といった感じだが、会館全部を借りるとまだまだ入りそうだ。地域の箱物は、維持費が大変であるので、空いておれば喜んで貸してくれる。これは、安来でも、雲南でも石見でも同様であるようだ。しかし、会場を借りるのに、人気のある場所がある。それは全国規模の催し物を行うことができる大きな会館だ。一年前から予約が入っている。そういう意味で、一押しの会場の取得は難しい。先日、松江の○○会館を見学したが、来年もすでに予約が入っていた。それは全国規模の催し物なので交渉の余地はないようだった。

 一昨年は、出雲の体育館のカミアリーナで開催する予定だったが、バスケットボールの全国大会が急に入ってきて、講習会は断られた。従って、急遽一会場が三会場に変更された。それがよかった。島根は会員の方々も70歳以上の人が半分以上であるといわれている。従って、長距離の移動は難しい。できるだけ近場で受講することがポイントになった。その点を踏まえて来年度の講習会の会場をあちらこちらと探しているという訳である。それが、また実に楽しい会話のうちに行われる。お互いの夢を語ることはなんと素晴らしいことだろうか。総裁先生、白鳩会総裁先生をお迎えしての講習会を今から準備させていただけることはうれしい限りである。島根の信徒には必ず成功するとの確信が既にある。それは倦まず弛まず、一歩一歩、少しずつ着実に毎日毎日、求道と伝道、そして日時計主義の生活を欠かさないからである。

 今日、見学した会館の一階に石見焼があった。そこに大きなカエルの焼き物があった。カエルは「帰る」ということで海から帰るなどと引っかけている。石見は、津和野の森鴎外や安野画伯や、益田の柿本人麻呂、徳川夢声など有名人を多く輩出している。山口の文化と出雲の文化の交流するところであるからだろうか。異文化が交流するところには常に、新しい文化が花開く。生長の家み教えが八ヶ岳に行った時、人類史上初めての、人間と自然との共存共栄を成就する新しい文化が創造されるのでは無かろうか。そこには大きな希望と期待感がある。

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闇の川 ホタル飛び交い 人の声

夫婦で多伎町へホタルを見に行きました。沢山のホタルを見ました。中内英生

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June.21.2011「小学生練成会」

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June.21.2011「小学生練成会」
今日の詩::紫陽花や 色とりどりに 咲き誇る

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 次の文章は、平成23年7月号『大和島根』に掲載予定のものです。前もって、ブログ読者の方々には発表させていただきます。

神の子の皆様、有り難うございます。
今年の夏もおおいにエコ生活をしておられるでしょうか。我が家では先日、グリーン・カーテンが完成しました。
 さて、7月30日から8月1日まで島根教区の小学生練成会が行われます。練成会はすべて「神性開発」です。かつて、学生達が集まる「お山の集い」という会合に参加させていただいていたことがあります。この会合で、学生が質問を致しました。
「練成会には一般練成会や、大学生練成会、高校生練成会、小学生練成会などがありますが、それぞれの目的と意義が違うと思うのですが、お教え下さい」と。
私は大変興味がありましたので、谷口雅春大聖師のお言葉を全身耳になったようにして待っておりました。谷口雅春大聖師はお答えになられました。
「それは全部、神性開発ではないですか」と。
それ以来、どんな練成会であっても、人間神の子の神性を自覚し、それを発揮することが練成会であることが分かりました。小学生練成会でも同様です。「神性開発」こそ第一の目的であり、使命であるのです。

 人間神の子とはどのような意味でしょうか。神と神の子とは光と光源との関係であるように、神をこの世に実現することが神の子の使命です。神は無限の知恵、愛、生命、供給、喜び、調和ですので、それらを実現することが人生の目的となります。
 肉食をすることが神様の御心に適うのでしょうか。動物を殺して食べている神様や仏様は見たことがありません。
 慈悲喜捨が仏の四無量心と言われておりますので、地球上のすべての生命、鉱物の一切を愛し、生命の多様性を重んじ、無駄なことをせずに大切に使わせていただくことが神の子の生き方であり、菩薩道を歩むことになります。最も偉大なる自分こそ「神の子」です。神の子は宇宙大生命と一体でありますので、宇宙大生命の顕現の一部である地球生命とも一体であるはずです。従って、環境問題も含めまして、地球のすべての出来事に責任を持つ、すなわち地球上の恒久平和に対して、または人間と自然との大調和の実現に対して全責任を持って行動することこそ、最も大きな自分、すなわち「神の子」を生きることになると考えられます。

 日本と世界の人々のお役に立てる人物を育てるというレベルから、さらに地球全生命を救うような子供に育てることが今後の神の子の自覚として必要ではないかと思います。今までは「人類救済菩薩」であったレベルから、「地球丸ごと救済菩薩」となるように意識を広げることが今後、大切でありましょう。神の子の自覚を確立し、神の子の自覚を人生に展開する時、その子供は周囲の人々から喜ばれます。また、周囲の自然環境や・生命から喜ばれます。その結果、その子供さんは周囲から喜ばれ、尊敬されて幸福とならざるを得ません。
 小学生練成会は、上記の意義や効果があるのみならず、御家庭に、島根教区に、次代の後継者を育てる上でも大切ではないでしょうか。
 島根のお父さんお母さん、どうぞ小学生練成会にお子様が受講されますようにお願い致します。

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June.20.2011「ドラッガー・マネジメント」

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June.20.2011「ドラッガー・マネジメント」
今日の詩::梅雨上がり 初夏の香りよ 緑萌ゆ

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 ドラッガーの漫画がよく売れているようだ。女子高生の漫画である。上田惇生さんというドラッガー学会代表の方が、「名著100分」(2011/06/08)で話していた。「ドキドキする仕事をしなさい」というテーマである。私たちの光明化運動でも、義務感や共生されて行う運動では決して本当の成果はあがらないだろう。この「ドキドキするような光明化運動をする」ということが右脳を活発化する喜びの運動となる。
 島根は日本一の右脳教区を目指して、右脳を喜ばして能力増進を行い、その結果運動の成果が上がるという方法を取ろうとしている。

 さて、ドラッガーだが、「一人一人の会社員はプロである。そのプロが何をすればよいのかを知りながら周囲に害を及ぼすな」と言っている。環境問題にしても案外、知りながら二酸化炭素を排出しつづけて害を及ぼしていることがあるのではなかろうか。
 一つの組織や都市そのものの中に生活する場合、選択の余地がないことがある。例えば、東京ガスが北極海の地下からのガスを輸入したとのニュースを記憶している。そうした場合、北極海の油田を開発したのは、外国であっても、新型掘削船を開発したのは日本の企業である。そして、それを輸入した場合、地球温暖化を促進することは間違いない。そしてホッキョクグマを絶滅に追いやることになるだろう。東京で生活している限り、その選択の余地は少ないということになろう。自分の家でガスを使わなくても、どこかで使っているお店に入るとなると、間接的に使ったことにならないであろうか。それが分かっているが避けがたい。それは自然界へ害を及ぼしているということにも当たるのかも知れない。

 事業においてマーケティングは重要だが、市場のリーダーになるという目標は間違っているという。市場に於いて目指すべきは最大ではなく、最適である、としている。最大であるということは、一番になるということである。この考え方をしていると、もしかして目的のためには手段を選ばずということになるやもしれない。上層部はそうではなくても、倫理的な考え方ができない社員がいる場合に、非倫理的な考え方を実行することがあるかもしれない。喩えが余り良くないかも知れないが、江戸時代に、岡っ引きが手柄を立てて報奨金をもらいたいために、無罪の人を拷問にかける。捉えられた人は苦しさの末に無実であるのに、「やった」という。その制度に非を唱えたのが、大岡越前の守であると言われている。
 生長の家の教えは、目的のために手段を選ぶ、という考え方である。目標に至るのに、過程を大切にして真理を、愛を実践するというやり方である。
 それに対して、最大ではなく最適であることを目指す場合は、如何に生きるか、如何にお客さんに喜んでいただくか、という行動となる。それは長い目で見ると必ず発展の道を辿るだろう。

 イノベーション(技術革新・経営革新)。これは常に重要である。新機軸を打ち出すと言うことは、新しい環境に適応するということに当たる。そうしないかぎり、適者生存の原理に従って、適応しないものは滅びることになる。
 しかし、重要度は企業によって違うようである。例えば、長寿企業の中で宮大工の日本建築の会社があるが、この会社が西洋建築に手をだした時に、倒産した。この企業にとって、伝統技術を継承することが永続する必須要件となっていたのである。

 経営資源の大切さ。ここでいう経営資源とは、良質な人材である。これがないと、企業は永続できない。会社において、目標を常に設定してクリアーする。この方法では目標達成中毒となり、いつの間にか自己のうちの蓄積した力が枯渇してしまっていることがある。人材の開発ないし、人材養成を第一に行っている会社は、一時的に環境の変化で業績が下がることがあっても必ず、回復する。「企業は人なり」である。私たち島根では、誌友会であり、神性開発練成会であり、地方講師の養成であり、団体参拝練成会であり、講習会である。就中、誌友会の充実は大切である。それが講習会の増加につながるのである。

 生産性の向上を念頭に置く。生産性は難しいが、企業の中心となるコンセプトである。生産性が向上するためにさまざまな無駄を省くという工夫が必要となる。現代的に言えば、二酸化炭素の削減のための工夫が必要であり、それは今回のような東日本大震災を契機に自然エネルギーによる発電が開始されている。不可能と見えることも、可能となる。無駄を省くことによって、生産性は向上する。常に、創意工夫が必要であると言える。特に科学技術の進歩によってそれは可能となる。

 マネジメントとは、究極の人間感覚であるという。あっちを見る。こっちをみる。バランスが常に必要となる。従って、目の前の利益に決してくらまされないこと大切だ。目の前のものとは、目の前の利益であったり、一時的な成功であったりする。経営には決して結論はないので、現在、何が第一に必要であるかを優先順位をつけて、常によりよい状態に進化していくことが必要となる。
 
 大体このような意味の内容だったろうか。ドラッガーの理論は、団体の経営に関して強い示唆があると思われる。時間を見つけて読んでみたい。

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June.19.2011「コーヒーの種」

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《写真は父の日に家族が書いてくれた寄せ書き。手巻き寿司は父の日のスペシャル・デイナーです。絵はテニスのナダルさんです。》

June.19.2011「コーヒーの種」
今日の詩::コーヒーの 種撒く人に 初夏の風 異国の平和 祈りつつ撒く

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 先日、数回入ったコーヒー店のオーナーからコーヒーの実を五個いただいた。半年くらい前に、宍道湖の側の喫茶店「梢庵」に入ったのだが、宍道湖が見渡せるし、すぐそばには水鳥が沢山いるしで、心休まる場所だった。また、島根県中の主たる窯元から取り寄せたコーヒーカップが用意されており、使用するカップを指定できるという。私はまだ指定したことはないが、コーヒーの味よりも味わいのあるコーヒー・カップで飲んでいるという感じである。店内の大きな植木鉢にはコーヒーの木があり、青い実がなっていた。そこで、オーナーに聴いてみると、温かければ普通の家屋内でも実がなるのだという。そこで私は数個の実を予約しておき、今回頂いたというわけである。そして、今日、五個の実を植えた。芽がでるかどうかは分からないが、芽が出ることを楽しみにしたい。この気持ちは、人を育てるのと似ている。人材が豊富な教区には、必ず自分のことよりも後継者の育成に心血を注いだ人物がいる。育てる者と育てられるものとがピッタリとあった時に、自然発生以上の効果があると考えられる。自然の野草は美味しい。しかし、畑で栽培するようになると、多くの人のお役に立てることができるのだ。育てる側の努力と、育てられる側の努力と両方であろう。

 今日は木曜休日だったので、その実を植えた。機械ではなく、他人を雇うのではなく、自分の手を使ってやってみようということで、最近はできるだけ自然に身近に接するようにしている。教区版の森の中のオフィスをどのようにして建設するか、ということがいつも私の頭の中にある。ハード面はかなり先の話であるが、ソフト面はすぐにでもできる。従ってそちらの方を担当したいと思っている。その本格的始動はこれからである。 

【科学者 川口淳一郎氏】
 「仕事学のすすめ」(2011/06/15)で勝間さんが川口さんにインタビューしていた。これは第三回目の番組だ。「高い塔から水平線を見渡せ!」「革新技術をプロジュースする」というものだった。
 宇宙探査にリスクはつきものである。スタッフが「イトカワでサンプルが採れたかどうか、を確認するセンサーを付けてはどうか」との意見が出されたが却下したという。それは「不幸を知る装置」ということになる。取れていないということが分かっても、どうすることもできないからだ。また、そのセンサーを載せるのに、さまざまな余計な努力をしいられるからだという。

 要するに知っても何にもならない場合は知らない方がよいということだろう。自分の運命の予知能力ができることを願っている人もいるが、その必要はない、と教えられている。予知できるということは、すでに心の世界に運命が形成されているので、それを知っても、その程度の信仰ではどうすることもできないからである。
 自分がどうなるかを知らなくても、自分が不幸と波長が合わない心になるように努力することにより、不幸を遠ざけることができる。すなわち、自分の心の問題である。ここまで考えると、『日時計日記』の記載がどんなに素晴らしいかが分かるだろう。この運動を地域に、国に、世界に弘めることによって、世界に平和が訪れる。国際平和信仰運動とは、かくの如く実に身近にある運動であると思う。『日時計日記』記載によって、「自分はよくなる以外にない。なぜならば、私はこんなにも神様から愛されているのだから」ということを、魂の奥底にまで徹底することだ。

 また、川口さんは、「ライバルを取り込んでパートナーにせよ」という。ライバルとは、NASAのことだ。コミュニケーション能力が求められるのである。なぜ、ホモサピエンスが残り、ネアンデルタール人が絶滅したのか?。一説によると、コミュニケーション能力であるという。ネアンデルタール人は喉が短いのに対して、ホモサピエンスは喉が長い。それで、さまざまな言語を使用することを可能にしたのである。
 また、プロジェクトは、プラスがあるからやるのであり、リスクはどこにでもある、としている。ベストの状態で臨むことは不可能だ。なぜならば、誰も時間に追われており、限られた予算内で行っているからである。どこで妥協するか、どこの時点で決定するかは勇気が必要であるとしている。優先度で判断するという思い切りが必要である。

 生長の家的にいうと、成功感があって初めて成功する。従って、まず「我、世に勝てり」との成功感を自己の内に醸成することが必要であるだろう。神想観実修の必要性を再認識したい。かつて、よく次のような言葉を念じていた。これは谷口雅春大聖師の青年向けの御著書の中にかかれていた。
『吾はいと高くいと勝れたる神の子である。天上と天下とを問わず、すべての者は、吾をいと高く、いと勝れたる者よ、という。吾は世の常の悩みを悩まず。吾は世の常の苦しみを苦しまず。なぜならば、吾は世の常の悩み、世の常の苦しみを超越したる、いと高く、いと勝れたる神の子であるからである』と。

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June.18.2011「東日本大震災」

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《写真は、父の日に末娘が作ってくれた特製ケーキ、絵はジュデイ・オングさんです。》

June.18.2011「東日本大震災」
今日の詩::バス道中 歌で楽しく 時流る 

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 「サイエンス・ゼロ」(2011/06/16)では、東日本大震災の大津波について科学的に立証していた。謝流、波状段差など色々と専門用語を知ることになった。岩手釜石では想定外の10,8㍍の津波が来たという。それについて、インタビュアーが、「破壊された防波堤は無駄だったのでしょうか?」と質問した。コメンテーターは、「防げなかったが決して無駄でなく、津波の侵入遅らせたり、被害を軽減させた、ということになる」、と答えていた。これは一つのの評価の仕方でありましょう。甚大な被害をもたらせた地震と津波ではありましたが、見方によって、無駄であるとも見え、また無駄ではなかったとも見えると考えられます。罪という意味も立場によって色々と考えられるでしょう。
 そして、何よりもこの東日本大震災を契機に、人間が自然を犠牲にして発展する時代は過ぎたと考えられます。化石燃料から太陽光へエネルギーは転換しつつあります。また人々の考え方も大いに変わりつつあります。

 話は変わりますが、今日は、団体参拝練成会が終了しました。祈り合いの神想観では、谷口雅春先生がお祈りなられたお言葉がそのまま述べられ、谷口雅春大聖師の雰囲気を感じさせていただけました。また、帰りのバスの中では、感想発表を行ったり、聖歌を歌ったりで大変楽しい時間を過ごさせていただきました。出雲までの、9時間以上の時間があっという間に過ぎました。バスが二台でしたので、一方のバスではご一緒できなかったので、申し訳なく思いました。百人乗りのバスができたらいいなと思いました。歌を歌った関係か聖歌隊へ複数名の人がお入りになるそうです。
 聖歌隊は、できれば常時、50名くらいの方々がおられるとよいのではないかと思います。右脳開発です。

 マリアカラスという歌手がいました。オナシスと仲良くなったり、ジャクリーヌさんと恋敵になったりで色々とあったようですが、私はこの人のCDを一度買ったことがあります。彼女は、子供の頃から苦難の人生だったそうです。でも歌の練習に明け暮れました。「私が自分の不幸を嘆いても人は聴いてくれない。私が良い声で歌を歌った時、初めて聞いてくれるのだから」と朝から晩まで練習に明け暮れました。世界に名前を知られるようになる人は、どんな時にも練習をするのです。
 ヒロ・ヤマガタという有名な画家がいますが、お勧めはできませんが、子供の頃から勉強の時間も絵を描いていたそうです。そして、世界中で知られるようになりました。ヤマガタさんの青の色彩は実に美しくて、さまざまな色を出しています。青の多様性に飛んでいるのです。「青」といえば、東山ブルーが有名ですが、この絵描きの青も有名です。「たかが青、されど青」です。

 生長の家では、無限力を発揮する秘訣として、神の子無限力の自覚、百練千磨。大調和の三つを教えられていますが、練習に練習を繰り返す以外に天才の域に達することはできません。天才とは努力の別名であると言われております。葛飾北斎でさえも、画狂老人と自称して、「天がもう少し寿命をくれたならば、本物の絵描きになれたのに」と嘆いて亡くなっています。どんな時にも描いて描いて描きまくったようです。私たちも、常に練習を重ねて参りたいものです。

 私のこのブログでも、三年間以上、一日も休まずに書いています。「思ったらすぐ書く」ということを習慣にしておりますと、内容は別ですが、文章書きは決して苦にならなくなります。島根の皆様、何事でも大いに楽しく練習を致しましょう。

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June.17.2011「谷口雅春大聖師26年祭」

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June.17.2011「谷口雅春大聖師26年祭」
今日の詩::感謝せば 御祭の時  梅雨休み 

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 今日は待ちに待った谷口雅春大聖師26年祭でした。ちょうど朝から雨が上がり、午後も梅雨休みとなりました。総裁先生のご挨拶の内容は、すでにブログでお読みになったと思いますが、総裁先生のお言葉は、現代に於いて説かれる谷口雅春大聖師のお言葉であると感じさせていただきました。
 私はお言葉はいつもその場で筆記をするようにしています。なぜならば後でブログを拝読してから頭に入れるのと、その場でお声を拝聴しながら筆記するのとでは、臨場感、緊張感に大きな差が生じるからです。

 ご挨拶の中で「聖地」という言葉のご解釈をされまして驚きました。私自身、総本山や大いに聖経を拝読する場所は「聖地」ではなかろうか、と思うことがありましたが、聖地とは実相世界のことである、と御教示されて、聖地に関しまして、私の心の中が釈然といたしました。
 『信仰の科学』という昔、拝読した谷口雅春大聖師の御著書(共著)をご紹介されました。聖地が現象界のある具体的な場所であるという考え方が、争いを起こしているとするお話でありました。また、「新しい文明の構築」についてお話になられたのでした。
 日時計日記を記載するのも、日時計主義で神性表現をするのも、世界平和につながるということが理解できました。私は、これからも大いに日時計主義で生きていきたいと決意をさせていただいたのでありました。

【学べ!、知れ!、分かれ!】
  「仕事」に関する番組だった。(2011/06/17)
「学べ、知れ、分かれ」。こんな言葉をロー○○へお笑い芸人さんが一時入社した時の上司の方から聴いた。善い言葉だと思った。コンビニではあまりシニアは見かけない。そのシニアを如何に取り組むかが売り上げを上げるコツであるという。私自身、心は壮年だがすでに63歳である。番組ではシニアの行動様式を調査していた。「シニアは話がしたい。コミュニケーションを求めている。コンビニで店員と話がしたい」とのことだ。なるほど、島根でもシニアの皆様はよくお話になる。コンビニに積極的に話す店員を置いておくとシニアの皆さんが買いに来てくれるという。これは確かにそういうことも練成のプログラムに入れるべきなのだろう、と思った。いわゆる座談会である。そして、お声かけである。

【グッピー】
 熱帯魚は「グッピーに始まり、グッピーに終わる」という。「美の壺」(2011/06/19)からである。
 グッピーは、アロワナよりも安価な筈だが、なぜであろうか。それは掛け合わせて新しい色や形を生み出すのだからだそうだ。アロワナの色々な種類を作ることはなかなか難しいだろう。しかし、グッピーはさまざまに変化する。これは新たな創造である。私は創造するところに人間の喜びが生まれると感じた。
 さまざまな創意と工夫で教区の新しい運動を展開していく必要があるだろう。それは、あまり動きたくない人にとっては大変かもしれないが、却って創意と工夫により、創造の喜びが湧いてくるのでは無かろうか。私はこのような創意と工夫で新時代を切り開く運動の方が大好きである。

【宮本三郎画伯】
 私は、石川に住んでいた時、小松市にある「宮本三郎美術館」に一度、立ち寄ったことがある。中川一政画伯に比べるとあまり画風が好きではなかった。しかし、2011/06/19の「日曜美術館」で画伯の心の軌跡を知った。有名な絵である山下将軍とパーシバル将軍の会談の絵がある。従軍画家となっていたのだった。それが戦後の画風に暗い影響を与えていたという。彼は、石川県の小松市の生まれだった。
 やはりデッサン力がすごい人である。白紙の上にすごいスピードでデッサンを始めると、そのうち、何かが突然、飛び出してくるように思えるほどだったという。私たちの世界でも、個人指導一つとっても、何○人くらいでは本当の力を出すことはできないだろう。やはり何○人という方々と語りあって初めて生きた真理を相手の人にお伝えすることができるようになるのではなかろうか。

 戦争中に、病気を理由に従軍画家を断って、小松市に家族で移り住んでいる。そしてよく海辺にイーゼルをもって描きにいったという。小松市の海というと分かり難いが、野球の松井選手の実家の近くといったほうが分かり易い。また、弁慶と義経の安宅の関の辺りと言った方がなおさら分かり易いのかも知れない。
 戦後、ある時GHQのジープが自宅の前に停まった。戦争責任を問うために来たかと思った。しかし、そうではなく、新しいホテルに飾るために日本の四季の絵を描いて欲しいというのであった。宮本氏は、その絵に、日本人の勤勉さや平和の風景などを描きこんだ。それは故郷である石川の風景であった。小松市美術館にそれは展示されているというのだが、残念ながらまだ鑑賞していない。テレビで見たが実に素晴らしい。

 戦後、抽象画の嵐に飲み込まれようとした。しかし、その頃、古いお寺を見て回ったという。そして、「私は写実主義で行く」と決意した。齢はすでに60歳半ばであった。
彼の絵は、「すべての命はみなつながっていること」、「生きる喜びを賛美する」ようになった。彼が、最後に描いた戦争画は「死の家族」というキリストを連想させる男性の死の絵だった。画伯はこの絵は常に自分の側に置いていたという。サインが入っていないのは、人に見せるためではなかったからである。この絵の側には赤ん坊が描かれている。死を描きながらも、再生する自分の姿を赤ん坊に託したようだ。

 時代に翻弄されながらも、自分の絵を描き続けたのが宮本三郎であったとしている。最後の結論で面白いなと思ったのは、西洋画は、モチーフだけを強調して描き、それ以外はそぎ落としている。宮本三郎は、日本人の信仰、「すべてのものには神が宿っているという」信仰を、絵に表そうとして、周囲も丁寧に描くという画風に到達したという。これは解説者の言葉である。彼の題材には異論があるかも知れないが、絵を通して、自然と人間との大調和、共存共栄という考え方は、大調和の神示に示されている信仰であり、かつまた日本古神道の考え方であり、現在の私たちの運動の根底にある考え方と似ている。同じような考え方をしながら「絵を描く」と云うことはどういうことであるかを少し理解したような気がしたのだった。

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動画: いずこでも 聖歌を歌う 島根人 神と一つに なりて無我なり

聖歌の合唱、独唱、いろいろとありました。島根の皆様はほんとに聖歌がお好きなのですね。光明島根人

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動画::団参の 感謝の読経 バスの中 交通安全 使命貫徹

団参の帰りにバスの中でお経を上げました。光明島根人

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動画 :: 雪舟の 庭に心を 見るらしき 大なる自然と 人の心を

雪舟の庭が山口県にもありました。光明島根人

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動画 : バスに乗り 思い出語る 団参の 自然と共に 生きる喜び

団参の帰りです。どの体験談をとっても素晴らしい感動のお話でした。結局、九州を過ぎるまで話が続きました。

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June.16.2011「団体参拝練成会第二日目」

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June.16.2011「団体参拝練成会第二日目」
今日の詩::紫陽花や 土質に応じ 極彩の 適者生存 妙を極むる
(紫陽花は土質によって、色が変わるのだそうです。)

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 今日は、龍宮住吉本宮の正式参拝をさせていただきました。色々な祝詞の言葉の中に、「誠にも有り難き極みにぞありける」という文言がありますが、素直に本当にそう思えます。この文章をお書きになった人は、本当にそう思っていたのだと思います。
 親鸞聖人が法然上人の説法をお聴きした時、「すべて親鸞一人のためであった」と言って感動されたと言われております。それくらいの感動をもって、一瞬一瞬を、信仰生活を歩ませていただきたいと思います。

 午後は献労の予定でしたが、雨のために献労はありませんでした。「残念だった!」と申しますと、昨日のブログの文章がウソになります。「雨もまた有り難い」、という訳です。一日じっと、総裁先生のお越しをお待ち申し上げることは、エネルギーを発散させずに魂の内圧を高める一つの大切な行事でありましょう。
 また、ここに来させていただきまして、「四無量心を行ずる神想観」の意味がよく理解できたように思います。島根県教化部の近くに組織の幹部さんがおられますが、東日本大震災の発生以来、この神想観を熱心に行じるようになったといっておられました。
 まことにも「四無量心を行ずる神想観」こそ現代の物質文明を霊的文化に切り替える方法であり、「心の世界に於ける(人類と地球の)運命の形成」を行う鍵であると思います。

 島根の皆様は、今回も沢山の絵手紙を描いておられるようです。できれば、島根教区での団体参拝練成会の絵手紙画集を作成して来年度の団参の募集に活用したいと思います。世界的に有名な書家の相愛会長さんも参加しておりましたので、単なる墨絵ではなく、できれば墨彩画を書いて頂きたいと思っております。
 私も先日、一枚の墨彩画を描きましたが、普通の絵と違いまして、なかなか味わいがあるものです。墨彩画を最初見たのは岡山県のある女流画家の作品でして、大変すばらしいと思いました。
「自分はできない」などと思わずに、皆様とご一緒に何でも挑戦して参りたいと思います。ウグイスが時々鳴いているのがとても印象的です。ウグイスは、二ヶ月間くらい先輩から学んで練習して、ようやく六月頃に本格的な鳴き方になるそうです。

 ウグイスの鳴き方であるところの、「法~法華経」とは、何とうまく当て字を作ったのでしょうか。大乗仏教の真髄が生き続けているのが日本であると言われております。また、「仏心とは四無量心である」とも説かれておりまして、現にその四無量心を行じさせていただこうとしているのが私たち生長の家の信仰者であります。大乗仏教の真髄が生きている一つの有力な証拠であります。

団体参拝練成会に於きまして自然界そのものが勿論説法でありますが、若い講師の皆様がお説きになる真理が実にビンビンと魂に響いて参ります。是非とも、来年度から島根教区の全会員の皆様が受講して頂けますように、計画をして参りたいと思います。
 余談ですが、今日は夕方、総務さんからとてもうれしことをお聴きしました。このブログは本来は、島根教区の信徒様だけ用と考えて書き始めたのですが、現在ではそうではなくなっておりますので、帰りのバスの中でこっそりとお知らせしたいと思います。来年度の講習会へ向けて、より一層の元気がでてくる内容であります。

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動画 : 梅雨空に 英気漲り 森はるか

谷口雅春大聖師26年祭が終わり、徒歩で帰る途中、温故資料館の前からながめた練成道場です。山また山です。雨で充分に水気を吸い込み、みどりに英気が漲っております。

光明島根人

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動画: 花菖蒲 慈雨も創りし 太陽神

陽光と 慈雨が育てし 花菖蒲

総本山の花菖蒲です。少し終わりかけている花が多いですが。これからの花も沢山ありました。

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June.15.2011「雨の説法、風も説法」

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June.15.2011「雨の説法、風も説法」
今日の詩::慈雨に濡れ  生き生きと咲く 花菖蒲
(アヤメかと思っていましたが、菖蒲だそうです。ユーチューブ等でアヤメとしましたが、謹んでお詫び申し上げます。)

紫陽花の 姿で迎うる 神のみ手 (本山の玄関に活けてあった紫陽花です。)

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 今日から団体参拝練成会となりました。島根教区の皆様は感動の中で受講しておられます。開会式で総務が、「雨もまた谷口雅春先生の説法である」と言われました。深い悟りの境涯のお言葉であると受け止めさせていただきました。
 外はちょうど雨が降っていたのです。参加者の皆様は、「天気がよいと献労ができる」と考えていたのですが、雨が降っていますと献労ができません。しかも梅雨で少しうっとうしいのです。何と、その雨もまた説法であるとは、私は考えたことがありませんでした。就寝まで、そのお言葉を繰り返し心の中で考えていました。私の意識に変化が起こって参りました。いつの間にか自己中心的に考えて、献労をできなくする雨は悪であり、雨がない好天気は善であると考えていたのでした。私は反省致しました。
 考えてみますと、外は雨が降っていますが今日は風もなく、慈雨であると思いました。出雲では強風が吹くことが多く、石見では風のためにしばしば電車が止まったり遅れたりします。そのことから考えましても素晴らしい慈悲の雨であり、「甘露の法雨」でありましょう。

 そうだ、雨も天気も食事の時のご飯も道路も木々も、すべて皆、本山で起こること、本山で見るもの、聴くものはすべて谷口雅春先生の説法以外にないのだ、という思いでした。
私の心の中に、自分と大聖師谷口雅春先生との壁が無くなった気が致しました。単なる心の中でのできごとですが、誠に有り難いことであると思わせていただきました。

 全地球的に言えば地球環境の気候変動も、家庭生活的に言えば、嫁姑の問題もすべて観世音菩薩の慈悲の説法であるとのみ教えが改めて思いだされました。
 物質界という壁が私の意識から崩れてきたのです。心理学的に申しますと非対称性の世界から,対称性の世界に変わってきたのでした。
 筑摩書房の出版で、ある思想家の本を若い時に読んだことがあります。「垣根に集く(スダク)虫の音も、そよと吹く春の小風もすべてみな天皇様のいのちの顕現ならざるはなし」という文章でした。ここに書かれている天皇様という言葉は、観世音菩薩様に置き換えましても、神様に置き換えましても、仏様に置き換えましても,宇宙大生命に置き換えましても、「全人類、全生命の実相」に置き換えましても、意味は同じでは無かろうかと思いました。

  その心がある限り、物質を単なる物質と考えずに,「神様のいのちの顕現」であると礼拝して使わせていただくことになります。大量生産、大量消費、大量廃棄で残ったものは大量のゴミばかりという環境破壊の結果は出てくるはずがございません。
 誠にも今回の団体参拝練成会は総務のお言葉で、開会式の最初からより深くみ教えをお教えいただいたと、心から感謝申し上げる次第であります。

【彫刻家 保田晴彦氏】
 日曜美術館(2011/06/12)では、「生老病死のアトリエ」として、保田さんのことが紹介されていた。デッサン力がすごいと思った。フランスで出合った女性セルビアさんが11年前にお亡くなりになり、遺品の中におびただしい数のデッサンが描かれていたことを発見した。インタビュアーが問うた。「その時は作品を作る気持ちも起こらなかったでしょ?」と。保田さんは言う。「それは違う。”風立ちぬ、いざ、生きめやも”だ。契機があって初めて”やろう”という気持ちになる」と。
 病気で半身不随になられたが、リハビリーで創作ができるようになった。年齢について言った言葉がスゴイと思った。「まだ、70歳だった。私はまだ70歳でしょう。だから再び挑戦し始めた」という。
 葛飾北斎が90歳を過ぎて、「画狂老人」と自らを称して、ピカソを心酔させ、ヨーロッパの画家達に影響を与えてきた。あの頃の日本の絵画の高さは何と言うべきなのだろうか。北斎が人生の最後に言った。「天がもう少し自分に寿命を与えてくれたならば、自分は本物になっていただろうに」と。あくなき自己内在の無限性の探究と発揮の工夫こそ、無限の神がこの世に現れ出で来たる姿である。
 
 保田さんは言う。「妻は亡くなってもいつも一緒に描いている」と。現在保田さんは、81歳だが、人間存在へのあくことなき探求を続けているという。
 私たち信仰者は、人間存在への飽くことなき探求ではあるが、すべての人間にあるところの「完全なる生命の実相」を観じ、拝み出すことが主たる目的となる。その完全さが現れる時、四無量心の世界が人間世界に成就し、その延長線上に、人と自然とが共に伸びる地上天国が実現すると信ずるのである。

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June.14.2011「腹七分で長寿遺伝子がONとなる」

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June.14.2011「腹七分で長寿遺伝子がONとなる」
今日の詩::雷鳴に 思わず仰ぐ 雨空の  脳裏を過ぎる 合掌と花火
(団参で初めて雷鳴を聞きました。その時、かつて総本山で見た大輪の花火を思い出しました。しかも、総裁公邸での谷口雅春大聖師と輝子聖姉の合掌のお姿が尊くまぶしく感じられたことが思い出されました。)

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 寿命は延ばすことができるという番組がありました。(2011/06/12)NHKスペシャルです。寿命は人生観に大いに影響を与えるでしょう。女性の寿命が短かかった時代には、仕事に個性を発揮したい時に、仕事を取るか結婚を取るかという二者択一とならざるを得なかったでしょうが、寿命が長くなりますと、結婚して子供を産み育てた後に、自分の個性を発揮する仕事に就くという選択肢も出て参りました。

 私たちは、「足るを知る」という、五官の欲望に身をゆだねない生き方と、自分の周囲にすでに神様からの恵みが与えられ満ち足りているという感謝の生活の実践を教えていただいております。
 長寿はどこまで可能かというと、細胞の生まれ変わりの回数が50回だすると120歳くらいだとのことです。遺伝子が傷つく可能性があるのでそれ以上は無理だそうです。
 猿の実験をしていましたが、ミトコンドリアが減少し、免疫細胞が老化の末に自己破壊を行なうようになるのが寿命を縮めることになるといいます。
 ある遺伝子がONの状態になるとどうなるのでしょうか。それは、同じ年齢の猿でも、あらゆる面で違いが出るようです。同じ年齢であっても、とても毛がふさふさとしていて若いのです。さきほどの、「足を知る」ということと、長寿との関係が少し解るように思います。
 具体的には、餌の量に違いがあることが解りました。カロリー制限が老化を遅らせるとことです。
 若さを失わないサルは、30%以上少ない餌を20年間以上、食べ続けた結果でした。要するにカロリー制限が老化を遅らせたのです。
 カロリー制限により、長寿遺伝子がONとなった結果、ミトコンドリアが増えて,活性酸素の働きが抑えられて若さが保たれたようです。
 30%のカロリー制限をすると、血管が薄くなり、柔らかくなります。そして血管が厚くなって起こるところの動脈硬化が起こらなくなるそうです。
  そして、この遺伝子が働く限り前人未踏の120歳まで生きることができると科学者が言っていました。
「昔から腹八分」と言われていますが,腹七分で長寿遺伝子が働き出すようです。
食物の確保が難しかった古代に於いては、現在のような飽食の時代はなかったようです。従って、遺伝子も飽食時代用には作られておりません。
 しかし、皆様!!、腹七分で満足できる人は現在では余りいないのではないでしょうか。 

 長寿遺伝子は「サーチュイン遺伝子」というのだそうです。この遺伝子は西暦2000年にアメリカで発見されました。地球上のほとんどの生物がもっている遺伝子です。飢餓状態用に作られた遺伝子です。
 別の働きを言えば老廃物を取り除くための遺伝子であるそうです。この遺伝子を、人類は、20億年前に獲得いたしました。
 サーチュイン遺伝子はどれくらいで働き始めるのでしょうか。実験によりますと、30%のカロリー制限を始めて「約7週間後」に動き始めるそうです。
 このカロリー制限ですが、テレビでは、「老人となって行うと栄養のバランスを欠くことがあるので注意を要する」と語っていました。

 では、長寿のために、空腹に耐えながら生きていくことができるのでしょうか。飽くなき欲望の充足は可能でしょうか。
 それには、「レスベラトロール」という薬品の投与によりまして、たくさん食べましても、長寿遺伝子が働き始めるそうです。しかし、これはまだ実験段階です。
 美味しい料理を食べたいという人は肉食もします。食欲を満たしながら、「レスベラトロール」という薬品を投与しつつ,長寿を獲得しようとする生き方には,人間中心主義の錯誤が感じられます。どこかで破綻する危険性をはらんでいるようにも思えます。

 やはり、私たちは長寿を願うとしましても、人類のために地球生命のために、すなわち、「人と自然との大調和のために生きるという尊い使命」を全うすることが不可欠ではないでしょうか。
 
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中内 英生

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ほのかにも 足元照らす 灯籠の 祈りに向かう まだ朝まだき

団参第二日目の朝です。中内英生拝

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奥津城に 鎮まり給う 大聖師に ご挨拶して 鳥居をくぐる

総本山に到着しました。I 地方講師の先導でご挨拶の言葉を唱えまして、鳥居をくぐらせていただきました。

中内英生拝

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霧雨に アヤメ群れ咲く 初夏の池

今日は総本山に参っております。雨も亦、仏の説法です。『甘露の法雨』です。慈雨です。緑の大地や山にとってはこれほどの有り難い存在はありません。光明島根人

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水しぶき 底まで見ゆる 高瀬川

益田の高瀬川です。日本一の清流です。流れも速いです。 光明島根人

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海峡を 渡る船みゆ 瞬刻限

壇ノ浦の海峡です。流れが速いです。曇っていました。途中、少し雨が降り始めました。団参です。中内英生拝

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June.13.2011「ウサギの森」動画

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June.13.2011「うさぎの森」

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June.13.2011「うさぎの森」
今日の詩::初夏の森 予測できない 真夏日が 

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 今日は、仕事の都合で日御碕方面へ行きました。「夢の森うさぎの国」という施設でした。「うさぎ」ということでウサギのイラストもありましたが動物のウサギではなく、鵜峠と鷺浦に囲まれた場所なのでウサギなのだそうです。そこからすぐ下に降りると浜があり、海水浴ができます。今回は自然と人間との共生がテーマですので森があったほうが良いのです。森林浴ができそうです。

 ここでバーベキューをしたいと思っているのですが、ノーミートのバーベキューです。私は地産地消の食材を提案したのですが、そう簡単にはできそうにはありません。エビひとつとっても、県内産は少ないようです。コテージもありました。これは「絵を描くための風景のためにいいな」と思いました。カブトムシハウスがありまして、夏休み限定で、小屋の中で100匹以上のカブトムシたちと戯れて夏の思い出を作るようになっています。

 私が子供の頃、印象的なエピソードを覚えています。両親の田舎へ行った小学生がカブトムシを見つけました。田舎の人から「カブトムシを持って行きなさい」と言われました。小学生は、「タダで持っていって良いの?」と聞きました。当時から、カブトムシはデパートで売り始めていたからです。それだけ人間は自然が大好きなのですが、都会の便利快適の中にドップリと浸かってしまい、都市という特殊空間を作ってその中に生活し、都会から田舎を見るという観点が定着してしまい、人間が自然界に生かされているということを忘れてしまった嫌いがあるのではないでしょうか。

 人間こそ自然に生かされているという感覚を回復したいと思います。食物連鎖から考えましても、太陽光線が植物の葉に当たって光合成を行い、昆虫や動物の餌となり、それらを食べて人間が生かされているということを思い出す必要があるのではないでしょうか。魚にしても、近くに森や山があり、そこから流れてくる河川を通して栄養分が海に流れ込みます。その栄養分によって、植物性プランクトンが増殖し、さらにそれを食べる動物性プランクトンが増加し、続いて、小魚が増え、その小魚を食べて大きな魚が増加する。この食物連鎖のうちでどこかが途切れると、動植物が減少してくるようです。食物連鎖の根源は、太陽光線であり、光線よって引き起こされる植物の光合成であり、数億年前の痕跡を石油や石炭として掘り出してから使っていたのでした。これが半世紀にわたっての人類の文明であり、その結果が地球温暖化として返ってきたのです。私たちは今こそそれをくい止める必要があるのです。

 人間と自然との一体感は、「四無量心を行ずる神想観」によって体感できます。この神想観の中には、「地球のすべての生命と鉱物の一切」「多様性を護る」と書かれております。従来の神想観は、「人間」のことのみでありましたが、新しい神想観では地球の全生命、全鉱物が対象となっております。
 おシャカ様は苦行をやめて、村の娘・スジャータが提供したおかゆを召し上がった後に、悟りを開かれたと教えられております。その時の悟りのお言葉として、「山川草木国土悉皆成仏」「有情非情同時常道」と言われたそうです。有情は「心があるもの」です。非情は鉱物など心がない存在です。それらの存在がすべて実相の世界に実在すると考えることができるようです。
 
 『実相金剛身の神示』に於きまして、実相世界の情景が次のように描かれております。
『…そこには、山もあれば川もあり、植物もあれば、動物もある。獅子も羊もあるが皆なかよく相戯れている。一切の人間、動物、諸霊悉く調和して相食むものはない。従って病気の人間は一人もいない。山の形や、川の形や,植物の形や、乃至動物の形なども、仮に
現象界のそれに似ていると思えば好いが、一層精妙なのが実相世界の姿である。それは既に完成された世界であるが、完成したと言えば静止の世界のように思うかも知れぬが、不断の創造の世界である。不断の創造を続けながら完成した世界である。…』と。

 ここに描かれている実相世界をこの世に持ち来すことが、私たちの人類光明化運動であり、国際平和信仰運動であるともいえるのではないでしょうか。

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June.12.2011「谷口雅春大聖師26年祭」

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June.12.2011「谷口雅春大聖師26年祭」
今日の詩::LED 初めて我が家に 省エネ燈

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 今日は、「谷口雅春大聖師26年祭」が教化会館で厳かに執り行われました。また通信映像で、益田と松江道場へ放映されました。そして私は、次のような内容の挨拶をさせていただきました。

 日時計主義は立教当初に谷口雅春大聖師によって初めてお説きになった「明るい生き方」です。時代は、まさに世の中が戦争に向かって進んでいる時でありましたが、「日時計主義の生活」という『生命の實相』第7巻に掲載されている論文の中には、明るい言葉、プラス的な言葉しか書かれておりません。私たちが世界中に日時計主義を大いに弘めて行くことが、谷口雅春大聖師へのご恩返しになると思います。大いに日時計主義を生活に実践し、様々な分野で日時計主義を表現して参りましょう。さまざまな分野の中には、総裁先生の御著書である『こんなところに』に書かれている短編小説や、私が毎日作っている俳句や、絵手紙など色々なものがあると思います。 

 『光明島根』の11頁には、「人類光明化運動発進の宣言」が書かれております。
『自分はいま生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなったのである。友よ助けよ。同志よ吾れに投ぜよ。……自分はこの誘惑に打ち克って人類の行くべき道を照らさずにはおかないだろう。この火は天上から天降った生長の火である。火だ!自分に触れよ。自分は触れる者に火を点ずる。生長の火を彼に移す。自分は今覚悟して起ち上った。見よ!自分の身体が燃え尽すまで、蝋燭のようにみずからを焼きつつ人類の行くべき道を照射する。…』

 私は高校生の時、この御文章を拝読いたしました。そして、谷口雅春大聖師のお言葉、「友よ助けよ。同志よ吾れに投ぜよ。」というお言葉に驚喜するとともに、自分を捨てて人類の幸福のために生きるべきかどうかということに悩み苦しみました。そして、19歳の時に、上京致しました。故T元本部講師が私を導いて下さいました。多くの人々にお導き頂きまして現在の私がございます。もっともっとご恩返しをさせていただきたいと念願しております。谷口雅春大聖師へのご恩返しは、どのようにすればよいのであろうかと考えて参りました。谷口雅春大聖師は谷口清超大聖師に教団の凡てを託されました。そして、谷口清超大聖師は総裁谷口雅宣先生に法燈を継承されたのであります。そうでありますならば、今どのようにしてご恩返しをなすべきかということは、ここでハッキリして参ります。それは、現在の総裁先生の時代に大いに教勢を拡大発展させることこそ、谷口雅春大聖師へのご恩返しであろうと思います。

 数年後には国際本部は山梨県八ヶ岳に移転致します。総裁先生は背水の陣を布いて、地球の全生命の救済のために起ち上がられたのであります。立教した後に、谷口雅春大聖師は、住み慣れた神戸から東京にご移転なさられました。神戸の信徒様はどんなにか悲しまれたかは聖典に記録されております。そしてまた、日本の鎮護国家のために、東京を去って長崎の地にご移転されたのでした。
 私は谷口雅春大聖師の二度にわたるご移転と背後にある御決意を拝察申し上げる度に、総裁谷口雅宣先生が八ヶ岳にご移転されるという御心を拝察し、谷口雅春大聖師がご移転なさられた時の御心が重なりまして、ただただ恐懼する次第でございます。

 私たち島根の信徒は、「谷口雅春大聖師26年祭」の今日、改めて総裁谷口雅宣先生の御心を我が心として、島根県中にみ教えを弘める決意をさせていただきたいと存じます。「伝道」に王道はございません。日々、真理を求め、かつ道を極めることを怠らず、深く厳しく己の心を見つめて、実相の悟りに狂いはないかを自己点検し、ひたすら日々の生活と伝道に神の愛を行ずる以外に私たちの信仰生活はございません。
 今日こそは谷口雅春大聖師の御心をお偲び申し上げると共に、信仰生活を徹底する決意を新たにさせていただきたいと存じます。
 ご清聴、誠に有り難うございました。

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中内 英生

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June.11.2011「笑いの中で脳の扉が開く」

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June.11.2011「笑いの中で脳の扉が開く」
今日の詩::ガーベラの 緑のビンに 挿してあり

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 北海道の旭川市にある、旭山動物園の成功について、NHK番組「仕事学のすすめ」(2011/05/25)で放映をしていました。この番組は第4回目です。この中で「笑いと共に入った知識は忘れない」という言葉がありました。確かに、私の郷里高知で人気が高かった故U元地方講師にしましても、私は子供のころから高校三年生まで誌友会でお聴きしていましたが、人を笑わすことに専念しておられて、時々真理の言葉を話しておられました。その真理の言葉が入ってきて脳裏をぐるぐると回るのです。誌友会が終わってから、私の母親は時々言っていましたが、「一時間余り笑い転げて、帰り道で何の話だったのか覚えていない」とのことでした。それくらい笑うと健康にもよいのだと思います。

 話を元に返しますが、小菅元園長さんは、なぜ動物園を経営するかということを明確に説明していました。それは、「世界の動物の現状を憂える人を増やす」ことであるというのです。小菅さんはそれまでは、動物の飼育に関して、立派な仕事をしていましたが、入園者の数に関しては無関心だったそうです。閉園の危機に遭遇した時、小菅さんは考えました。「動物園には動物と飼育員だけで、客のいない動物園はない」ということに気がつきました。そこで、彼は入園者を増やすことを心懸けるようになりました。そして、入園者を増やすアイデアをみんなで一緒に次々と打ち出したのでした。

 普及誌購読者や聖使命会員や講習会の参加者を増やすのも,真理を体得した人、実相を直視できる人、環境問題に協力してくれる人などを増やすという目的でありましょう。ただ一時的に会合に集まる人数が増えて内容のない人が増えても力になりません。その点、講習会に来た人には凡て購読者になって頂くように働きかけるとか、誌友会にお誘いするとか、練成会にお誘いするとか、なんらかのアフターケアーが必要ではないでしょうか。そうしないと、一時的な会場集中で人数を集めても実が伴いません。是非とも、内容のある信徒さんが増加するようにしたいと思います。

 園長さんだった小菅さんは、市役所で動物園の予算を獲得するために、プレゼンテーションを面白く行ったといいます。それはプレゼンテーションの時に市役所の職員を笑わせんがら説明したのです。笑いと共に入った情報を脳は忘れないのだといいます。その結果、予定通りに動物園の予算を獲得できたのでした。私は旭川市には一度行ったことがありますが、,残念ながら旭山動物園には行ったことはありません。しかし、世界中どこにいましても、創意と工夫を重ねている人や団体は、全世界から多くの人を引きつける魅力を発揮するようになるようです。
 島根教区は是非ともそのような教区になりたいと念願しております。
 
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June.10.2011「体験は真理の花」

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June.10.2011「体験は真理の花」
今日の詩::梅雨休み 雲間から射す 光かな

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 島根教区では毎月練成会が開催されています。最近二つのうれしい報告を聞きました。一つは、娘さんが引きこもりから立ち上がって仕事にでるようになったということです。親にとってはどんなにかうれしいことでしょう。

 もう一つは、跡取り息子夫婦が家に帰ってきてくれたことです。A子さんは、息子さんのお嫁さんとうまくいかず、体調を崩したのでした。大きな総合病院に行きましたが治りませんでした。しかし、出雲練成会に誘われて行ったその日からぴたっと止まったのです。心が安心感に満たされたことが大きいと思います。そして、出雲練成会ではいつも『甘露の法雨』を拝読している救いの雰囲気が彼女を温かく包んだのではないでしょうか。
 一年ほど前に、息子さん夫婦はお嫁さんの実家へ移り住みました。それをどうすればよいかのご相談を受けたことがあります。お嫁さんとの和解の祈りと感謝の誦行をお勧めしました。そして一年間が過ぎました。

 この度の東日本大震災で海辺に住んでいた息子さん夫婦の家はすべて流されたのです。子供さんは無事でした。そして、先日住めなくなった東北の土地を去って、島根県に帰ってきたのでした。帰る日は知っていましたが、『おばあちゃん、ただいま!!』というお孫さんの声を聞くと、A子さんの心は喜びに満たされました。震災と津波という劇的な被災の体験がありましたが、そのお陰で跡取り息子さん親子が島根に帰ってきてくれたのでした。最後まで、息子さん夫婦への感謝の心を持ち続けたA子さんは、毎月の誌友会への参加も欠かさず、み教えを実践し続けました。その結果、この度の幸福を得ることができたのでした。

 もう一つ、若いヤングミセスの集いでは夫婦調和の良い体験談をお聴きしました。B子さんはヤングミセスの集いのメンバーですが、家では、ご主人が毎日「日めくり」をめくってくれるのでした。仕事はハードですが、夫婦調和の雰囲気ですので大変良い状態です。気がつくと『甘露の法雨』のMDをかけてくれたりで大変、幸福だそうです。普通の生活こそ奇跡の生活ですので、大変に素晴らしいと思います。

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June.09.2011「ピンチはチャンス」

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June.09.2011「ピンチはチャンス」
今日の詩::父の日に 麦わら帽子 娘より

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 「ピンチはチャンス」。この言葉は何時の時代でも大切な言葉であるようです。自分の中に無限力があることを信じる人は幸福です。『生命の實相』第7巻には「背水の陣を布け」という項目があります。これは英語では「Burn your bridge behind you.」という言葉であり、「なんじの背後の橋を焼き落とせ」という意味です。ジュリアスシーザーが英国侵入軍を引き連れて上陸した時に、逃げる時の船を焼き捨てたと言います。私たちは、神の子として毎日、背後の橋を焼き捨てながら、「必ずよくなる」と信じつつ毎日を送りたいものです。背後の橋とは、「うまくいかないかも知れない」という迷いの心です。

 『新講 甘露の法雨解釈』では、はしがきにハワイ日系二世部隊のことが書かれています。「Go for brock」です。「撃ちてし止まん」という意味だそうです。シチリー島に上陸したり、テキサスの部隊を救済したりしましたが、死傷者も多く、部隊長が集合をかけた時、余りにも集合する兵隊が少ないので聞いてみると、ほとんど死傷したと聞き、言葉を失ったというエピソードもあります。しかし、そのお陰で戦後に於いて、米国の日本に対するさまざまな援助があったと聞いています。「背水の陣」を布いた結果でありましょう。

 進むほかに道は無い。私はこの言葉が大好きです。しかも一歩でも前にという進み方が好きです。沢山歩いて長期間休むのではありません。毎日毎日少しずつ見えないほどの歩みをしながら、気がつくと山の頂上に着いているという歩み方を好みます。
 NKHテレビの「プロフェッショナル」で歌っている歌で、「一歩だけ前に進もう」という言葉がありますが、この歌はとてもよい歌です。
 松任谷由美さんの「地上の星」を超える歌を作って欲しいと言われて作曲したのだそうです。「地上の星」に感動する男性は、「ハヤブサの帰還」にも感動したのではないでしょうか。ハヤブサに自分の人生を重ね合わた結果です。これらは自分自身に対する応援歌です。

 私は、ここ島根教区では,有り難いことに休日以外はほとんど毎日のように伝道の生活をさせていただいております。み教えを毎日少しづつ、少人数でもお伝えし、二年に一回の講習会までにみ教えをお伝えさせて頂いた結果を御報告申し上げたいという思いです。講習会の推進は、講習会が終わった次の日から実質的には始まります。推進期間は私的には二年間です。それくらいじっくり時間をかけて、ゆっくりと伝道内容を充実させていきたいと思っております。それは菩薩道を歩ませていただいている信仰者としての本懐です。

 『生命の實相』第7巻の第七章には、やや老年になってから歯科医を志した人のことが書かれています。歯科医になるまでに、歯科医院の看板を掲げたそうです。それから検定試験に合格して,歯科医師となったのでした。これは背水の陣を布いた決意の結果です。良いことであるならば、どんなことでも、全身全霊の誠をもって行動するならば必ず実現すると書かれています。健康でも事業でも同じです。全身全霊でアイデアを出して邁進する時、突破口が開かれます。「無量の勝方便は実相を想うことより得る」との言葉もあります。無量の勝方便とは、無限のアイデアです。

 島根教区のある誌友会では、いつも十名以上の参加者が集まるそうです。なぜ集まるのかを聞いてみますと、いつも愛念をもって、参加者をお世話しているのです。お世話活動という言葉がありますが、お世話すなわち神の愛を行ずる事が人を引きつけるのではないかと思います。
 今日も一日、神様の愛に包まれて生活させて頂きましたことを心から感謝致します。

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June.08.2011「両親とご先祖への感謝の生活」

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June.08.2011「両親とご先祖への感謝の生活」
今日の詩::露草や 群れ咲く朝は ムラサキに

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 今日は、母親教室出講講師勉強会があった。テーマは、「父母や先祖への感謝」であった。「神に感謝しても、父母に感謝しえない者は神の心にかなわぬ」と説かれているように、極めて重要な教義である。もう一つのご先祖への感謝は、幸福な人生を送るための必須項目のようなものであろう。

  教育の根本は何であるかというと、「両親への感謝である」ということになる。なぜならば、自分が両親に感謝することによって、神の御心に一致し、さらに自分の子供たちから感謝されるという善業を作るからであると考えられる。
 父母への感謝はいのちの根源に対する感謝であるとする。最近は、iPS細胞の研究によって、父母を持たない人間の作成の可能性が出てきた。しかし、可能であるのとやってよいのとは、違うことになる。倫理の問題である。そのような形でこの世に出生した子供が幸福感を持つことができるだろうか?

 私たちの遺伝子は,子供に受け継がれる。女性の生まれ変わりに関する統計で、「次に生まれ変わる時、男性に生まれ変わりたいですか、女性に生まれ変わりたいですか」との問いに対して、ほとんどの女性は、「次も女性」と答えているようだ。理由は、「子供を生み育てることができる」からだという。時代の意識は、義務としての子育てではなく、「喜びの子育て」の方に傾きつつある。育児に協力するご主人「育メン」の存在もある。第三子以上を産む家庭は、「ご主人が家事に協力的である」という統計もあるからである。
  それにしても、自分の生命が継承されている姿を、子供に,孫に、さらにひ孫にとつながっていくのは何とうれしいことであろう。それは、「永遠の生命」を自分に於いて表現してそれを見るところの喜びである。何と素晴らしいことであろうか。

 先祖供養に関しては、島根の信徒さんは毎朝夕、ご供養を行っているが、目に見えないところこそ幸福の原点であると考えられる。両親は最も身近な先祖である。み教えは、「大地は神様、先祖は根、幹は親、枝葉は子孫」と教えている。根の伸びている範囲と地表に出ている樹木とは大きさにおいて同等であるようだ。それは、「神様に感謝する」ことの次に大切なことは、先祖供養であるということになる。幹を大きくするためには、根に肥料を入れなければならない。肥料とは、報恩感謝の心、愛情の表現であるお供えや、真理の聖経読誦であろう。それを知ることも大切であると同時に、毎日の実践こそなおのこと重要である。それは生活のリズムの中に入れ込む必要があるからだ。施肥が行き届かない場合は、人生がないわけではないが人生の実りに限界があるようだ。それならば、大いに先祖供養をさせていただこうではありませんか。

 しかし、これは功徳の問題であるが、先祖供養の時間そのものに喜びを感じる。何故であろうか。
ご先祖様が聖経の真理の言葉を聞きながら悟りを深め、喜びに満たされる。それが拝読する私たちの心に喜びを感じることになるのかもしれない。功徳もさることながら、先祖供養の時の喜びは喩えようもなくうれしい。これが先祖供養である。

 樹木は根が先に伸びてから、地表の幹と枝葉が伸びる。そうしないと、供給源が枯渇してしまうからである。供給源をさらに豊富にすることが先祖供養であると考えることもできるのではなかろうか。

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June.07.2011「声に表現されたる言葉の力」

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June.07.2011「声に表現されたる言葉の力」
今日の詩::元気出る 初夏の日差しを 蓄電す 
(初夏の日差しを受けて、ソーラー・バッテリーではないが、自分自身の元気がでるようだ。)

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  隠岐の島の先祖供養祭では、御祭のあと、『新編 幸福生活論』を使って講話をさせていただいた。読み進むと「有言実行」について書かれていた。
 ここには、有言実行が不言実行よりも有効であることが説かれている。『新編 幸福生活論』246頁である。声に表現する。文字に書く。大書する。イラストを描く。ブログに書く。色々と表現方法はあるようだが、ここでは声に出すことによって言葉の創化力が増加することが教えられている。

 病気治しの上手な老媼の話が書かれていた。「大麦小豆二升五銭」と呪文を唱えながら,気合いをかけると病気がたちどころに治った。これは「信ずる力」と声の迫力である。しかし、その奥には愛がある。愛無くしての言葉の力はどこかで一気に破綻することがあるかも知れない。その内容には実在がなく虚無であるからであろう。
 老媼が唱える言葉は、文言が間違っていることを一人の僧侶が教えた。「応無所住而生其心」の方が正しいと。それを知った老媼がその言葉をいくら唱えても病気を治すことができなくなったのだという。老媼にとっては「大麦…」の方が力が出しやすかったのだと考えられる。

 また、248頁には、ペテロが声に表現された言葉を通して聖霊が働いたとしている。表現する言葉は善き言葉であることを必要とする。250頁には、心の中に繰り返しとなえることの大切さも説かれている。これは「祈り」である。古い話だが、私が某練成道場に勤務していた頃のことである。故T元本部講師のお部屋に入ると大きくポスターの裏紙に筆字が書かれていた。「恩師谷口雅春先生のみ教え 生長の家を世界に宣布する」と。この書を見る度に、T講師は自分の心のボルテージを上げていたに違いない。言葉の力の応用である。

 谷口清超大聖師の御文章で思い出すのは、「社長」という名札を付けていた男性の話だ。この人は、とうとう社長になったのだという。そのまま他人に見えるようにすると、笑われるかもしれないが、背広の中のワイシャツあたりに付けていたのではないだろうか。これもまた言葉の力である。
 また別の例であるが、ブラジルからの留学生をお世話させて頂いたことがある。この若者は、「日本に留学したい」と切に思った。それから紙に「すでに日本に留学できました。有り難うございます」と書いて、あちこちに貼った。家のどこへ行ってもその文言を見るようにした。それから応募したのだった。すると、留学生の選考に合格して日本に来ることができたという。

 また、こんな例もある。某夫人が谷口雅春先生の録音テープを、眠ってから二時間、起きる前に二時間、毎日お聴きして一年が経った。その結果、心の中に一点の曇りもなくなった。ご主人が某一部上場会社の部長だった。部長止まりで退職と言われていたが、急に抜擢されて、重役になったという。これもまた、谷口雅春大聖師のお言葉が一年間をかけて某夫人の潜在意識を浄化し、魂的に夫婦は一体であるから某夫人の心境がご主人に反映したと考えられるのではなかろうか。 

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June.06.2011「言葉の創化力」

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June.06.2011「言葉の創化力」
今日の詩::波立たぬ 松江と隠岐の 入り江かな

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 今日は、夜の誌友会に行かせていただいた。数人の信徒さんがお出でになっておられた。そこの会場は、一度行ったことがある所だった。どこでもそうだが、この島でも一人の信徒さんが大変貴重な存在である。
 ここでは「言葉の創化力」について話させていただいた。言葉の創化力を見事に使っているのが、『日時計日記』であろう。簡単なことであるが、毎日書くのは難しいという。習慣化する必要がある。習慣化した人の顔は笑顔が定着している。
 隠岐の島と本土との交通の弱点は、天候によって船の航行が左右されることだ。今回お聴きした情報は、携帯電話が島中だいたいどこでも使えるようになったことである。しかし、ある人曰く。「電波が届かないので、この島に来ると心が安まったのに」と。連絡が来ないのでゆっくりできる。相手もあきらめてくれるからだ。ここでの意義は、不便なことが快適であるということになるのだろう。

 話を元に戻すが、誌友会では家庭で使う「言葉の創化力」について話した。ある参加者が言った。家族に対してきついことを言っていた時代には、家族からもきつい言葉が返ってきた。しかし、生長の家のみ教えを実践することにより、意識的にやさしい言葉を使い始めると、やはりご家族からはやさしい言葉が返ってくるようになったのだという。素晴らしいことだ。また「言葉の創化力」が理解出来るともっともっと、隠岐の島の方々が「日時計日記」を書くようになられるだろう。

 故T元本部講師の講話で、「言葉の使い方」について「人類暗黒化運動」というのがあった。これは、作り物語りだが良く分かる道話である。
「朝、ある夫婦は機嫌が良くなかった。そこで、ご主人が細君に”バカ”と言った。すると、内向的な奥様は黙ってしまった。そこへお手伝いさんが来た。細君は気持ちのやり場がないので、たいしたこともないことでお手伝いさんを叱ったのだった。すると、お手伝いさんは給料をもらっている関係で、グッと黙ってこらえた。そこにいつものように飼い犬が餌をもらいにやってきた。お手伝いさんは、こらえたストレスを発散するところがないので、尻尾を振って来たイヌを蹴ったのだった。しかし、イヌは餌をもらっている関係上、グッとこらえた。そして、イヌは一日中玄関で「ウー、ウー」とうなっていた。夕方になった。朝、細君をどなったご主人は,自分の行動を忘れてしまい、楽しく一日を仕事をして過ごした。そして鼻歌を歌いながら帰ってきた。玄関には一日中ストレスを貯めていたイヌが待っていた。頭が動転していたのだろうか。家のご主人と泥棒を間違えて、ご主人の脚にかみついたのだった。自分が発した言葉がめぐりめぐって自分に返ってくると云う喩えである。
 島根の信徒の皆様、心して明るい言葉を発しましょう。その練習のためにも、「日時計日記」記載があると云えるのかも知れません。

【うれしかったこと】
 今回、隠岐の島に行ってうれしかったことは、総裁先生、白鳩会総裁先生のブログをまず最初に拝読する人ができてきたことである。隠岐の島の信徒さんでインターネットをする人は現在、4名になっている。この傾向を増やしていきたい。

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June.05.2011「人間神の子」

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June.05.2011「人間神の子」
今日の詩::夕闇に カモメ飛び立つ 隠岐の船

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  今日は教化部会館で、相愛会の壮年層向けの講話「人間神の子」について講話の仕方をお伝えさせていただいた。I地方講師に、緻密な論理の展開の資料を作成していただき、それに少しの説明を加えさせていただいた。資料を読んでいくうちに、実に素晴らしい出来映えだと改めて気がついた。島根の地方講師会の方針でできる限り資料を文字化するようにしている。講話そのものも当然のことながら、そこに至る資料作りのご苦労がある。完成品ができるのにキャッチボールが繰り返される。その間に、地方講師さんの資質が向上していくように思う。一年経つと見違えるように講話の内容が向上するのに気がつく。この方法は、教修会の資料作りを参考にさせていただいた結果である。
 如何にしてより精確にみ教えをお伝えするか。如何にして、新時代に展開する新たなみ教えを正しく、総裁先生の御著書やブログより学び、かつお伝えするか、など地方講師としてのご努力が繰り返されているようだ。

 「人間神の子」はまず、実相と現象との違いを知る必要があるとする。現象は心の影であり、変化無常の世界である。しかし、実相人間は完全円満である。「何もしなくてもそのままで自性円満なる自分」を自覚する時、大生命の癒力が働くとお教えいただいている。
 今日は午後は,松江道場で行われた「青年会一日見真会」で一講話を担当させていただいたが、「四無量心」がそのテーマであった。仏心とは四無量心であるとあるので、無量の仏の心が自分の中に存在し、それを発現させることが神の子の実相を発揮することになるのでありましょう。
 自性円満であることの前提として、「人間は肉体ではない」という真理がある。肉体が人間であれば、肉体は病気もすれば失敗もするし,消滅もする。従って、「物質の奥に肉体の奥に霊妙きわまりなき完全なる存在あり。これこそ神に創られたるままの完全円満なる人間そのもの」が実在するということでありましょう。  

 また、完全円満性があるが故に、永遠不滅であるのでありましょう。例えば時計でも壊れない、電波式、ソーラー時計は太陽光と電波システムがある限り精確に時を刻み続けるのでありましょう。それは、完成度が高いからであります。そのように人間の完成度は完璧でありますので、それは永遠不滅に生き続けており、無限の時間と無限の舞台を通して表現すると考えられます。両立せる存在であります。
 それ故に、その神の子の内容たるや「無限力」であります。無限の力が宿っており、それが展開するたびに、素晴らしい光を発揮するものと考えられます。

 しかも、神の子の魂は「個性ある独特の生命」として存在するというのは何という素晴らしいことでありましょうか。神の子は無限生長の道です。どのような生まれ方をしましても、神の子の価値に何らの影響もありません。
 私が某練成道場に勤務していた時のことですが、私生児として生まれて劣等感に陥っていた若い男性がおられました。しかもトビー性皮膚炎にかかっており、とても辛そうでした。その男性に面談した時、彼は私生児であることを明かしました。私は申しました。「神様が無理をしてでも貴方の魂をこの世に生まれさせたかったのですよ」と。彼の目からは,熱い涙がこぼれてきました。劣等感が消滅したのです。数日経ってから彼に面談してみるとアトピー性皮膚炎はほとんど治っていました。実に素晴らしい展開でした。

 もう一つ覚えておきたいことは、神の子は「自主」であることです。白鳩会総裁先生の御著書に『突然の恋』というのがございますが、そのテーマの項目に、人生はすべて自分で決めるのであると書かれています。偶然はないということです。逆に考えますと、どのような人生になっておりましても、自分が作ったのだから自分で変えることができるということでありましょう。
 「人間神の子」というたった五文字ですが、深遠な真理が表現されております。どこまで理解できるかを考えますと、それは無限でありましょう。私たちは体験を通して人間神の子を理解する以前に、神想観と聖典読誦と愛他行によって、さらに「神の子の自覚」を深めて参りたいと存じます。

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中内 英生

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June.04.2011「梅雨休みの松江道場一日見真会」

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June.04.2011「梅雨休みの松江道場一日見真会」
今日の詩::梅雨時に 和菓子も共に 梅雨となる
(梅雨時にはそれらしき松江の和菓子が登場します。)

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 今日は、松江道場で、組織が合同で主催する一日見真会が開催されました。何度も開催していますが、今回大変うれしかったのは、若い幹部の方々が受講しておられたことです。今回の運営は、沢山の若手が起用されていました。松江道場周辺の信徒の皆様が若返りして時代につなげて下さっていることを知り、うれしい限りです。「組織」があることは肉体組織の神経系統や血管などに当たる部分とでも言えばよいのでしょうか。松江道場の長野総務さんが感想を寄せて下さいましたので、掲載致します。

 六月四日、松江道場に於いて一日見真会が開催されました。概要は午前中は地方講師による講話と真象表現として絵手紙を描く実習、午後からは教化部長指導の講話と浄心行の実修です。参加者は三十八名で、今回は初参加の方もあり、また、新しく支部長になられた方にも参加していただき、活気に満ちた一日見真会となりました。参加されたYさん(男性)は最近、腰が痛くていけなかったのが浄心行が終わったらすっかり治っていたとのことです。ご指導いただきました教化部長始め地方講師、運営スタッフの皆様ありがとうございました。

 信仰深化を行う見真会は楽しい限りです。練成会は宗教行が徹底しておりますが、三日間なので現代に於きましてはかなり長い日程です。その点、一日見真会は短時間ですので時間に関しては良いのかも知れません。神性表現は足立講師が担当して、皆様は被災地お見舞いの絵手紙、美を描く絵手紙などいろいろと描いていました。二年前と比べると、「絵手紙」を描こうといっても皆様は、「絵~?」という人はいなくなったようです。大いなる進歩です。

 浄心行は、私は数ヶ月前から練成会でも担当することになりました。「昔取った杵柄」で少しずつ元のペースが戻りつつあります。私が担当する浄心行の方法は、普通の台本通りのやり方でして、「これではどうも感動しない」と思われる人もいるとお聞きしたことがあります。しかしかつて『人間苦の解放宣言』を編纂された故吉田武利元本部講師が担当された浄心行の裏方を何度も体験させていただきました。その時に記憶によると、『人間苦の解放宣言』に書かれている通りのやり方だったと記憶しています。紙に書くことにより潜在意識にある迷い、罪などが表出します。住吉の大神様及び高級霊のご加護により守護の内に浄化されます。ご先祖もみ霊さまも同時に浄められます。懺悔と感謝の念により悪業が消滅します。聖経の真理の言葉によって浄められる。そして真理の言葉は迷いを消滅させます。ローソクの火のように見えますが、神の浄化の火として拝します。などなどがポイントではなかろうか、と思います。私は島根県民の皆様全員にぜひ浄心行を受けて頂きたいと念願しています。

【人物画】
 金沢市の大学教授のように鉛筆で顔を描いているが、原画を見て家族と共に笑ってしまう。風景や静物画は絵の具でよいが、人物画は難しい。モナリザのように何年もかけて点描で描く方法もあるが、時間がない。しかし、私たちは素晴らしい右脳を開発する方法を教えていただいたことに心から感謝したい。確かに描いている時間はいつもと違った精神状態であるように思う。

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中内 英生

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June.03.2011「神は献身を要求し給う」

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June.03.2011「神は献身を要求し給う」
今日の詩::蚊追う夏 網戸閉めても 家で飛ぶ

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 み教えに触れた私たちは、「選ばれた人々」であるようです。人類生活暗黒化運動に対抗して、人類の生活を光明化するために、光明思想の出版物を読む人が増えることが大切です。普及誌購読者を増やす運動は、数を増やす運動ではなく、人類生活光明化運動であり、その声が暗黒の世界を圧するようにならなければなりません。全人類の数から考えても、現在の生長の家の信徒数はまだまだです。もっともっと光明化運動の担い手が増えていただきたいものです。私たちは神様から選ばれた、「真理宣布の大使徒」です。

 『生命の實相』第1巻158頁には、キリスト教徒の伝道の熱心さに襟を正す、と書かれており、光明思想をひろめるのに、この熱心なキリスト教徒を倣って下さることを希望する、としておられます。「容易に」ということを神様は決して喜び給わないのです。「代価を払う」ことが必要であるとしておられます。
 日々、島根県の各地で真理伝道に行かせていただいております。代価というと支払いになりますが、楽しい代価であり、真心の献身です。魂的な喜びを感じます。ここには、布施太子とアナニヤのことが書かれています。要するに、御利益信心ではなく本気で信仰することです。

  「献身の無い不真剣さでは神縁が結ばれない」、とお教えいただいております。163頁には、イエスが道を伝えてカペナウンに行かれた時、百卒長が自分の僕が中風で家で寝ているので治して欲しいと申し出ました。長は、「来ていただくことは誠にも申し訳ないことです。お言葉で”治れ!”とおっしゃっていただくと治るに相違ありません」と言ったという。イエスは、「なんじの信ずるごとく なんじに なれ」と言われたら,治ったというのです。そこには、愛の心が動いています。「救ってあげたい,治してあげたい」という愛の心は、神の心であるから、宇宙遍満の神に通じるというのです。そうすると、神様から、「すくってやろう」という「救いの霊的波動」が病人に送られるのです。そうすると、「迷いの産物である病」が迷いの消滅とともに消えるということになるのです。

 しかし、愛の心があったとしましても、陰気くさい心では神様と波長が合わないことになります。「人間は神の子であって、病気は無い」という悟り、自覚が根本にあることが必要です。従って、相手を治してあげたいと思う人は、神想観の実修はもとより、聖典読誦により「生命の実相」を正しく理解するように努力する必要があります。無為という言葉が老子の教えにあります。『老子を現代に生かす』という谷口雅春大聖師の御著書がありますが、『生命の實相』は無為ではなく、その中に活気凛々たる生命が漲っていると説かれています。指南宮という台湾の道教のお寺にいったことがありますが、そういう問答をさせていただいた記憶があります。

  160頁には、「自分の生命さえも神様のものであると解れば、かくしなき心で神の家族の働きができる」と書かれておりまして、好むと好まざるとに関わらず、神想観で神我一体の境地に入ることは信仰者としての必須の要件であるようです。第五章は、私たちに与えられた使命の重大さと、それをお受けして、伝道を開始する私たちの菩薩としての心得が示されています。
 島根の皆様、初夏の気候となりました。ますます、総裁先生に中心帰一して、真理の学びを行いつつ、伝道を行って参りたいと存じます。

【身体を作る不思議な波】
「サイエンスゼロ」(2011/05/05)では、「細胞の世界①」を放映していた。細胞を作る。それぞれの器官を作る。身体の模様を作ることなどは細胞が作る出す「波」が発信源であるという。映像がないとなかなか説明しにくいが、なかなか面白い番組である。

【自己と非自己】
 「サイエンスゼロ」(2011/05/28)で、「細胞の世界②」を放映していた。興味のある人はご覧下さい。『心で作る世界』にはNK細胞のことが書かれているが、その研究の最前線の情報である。この番組で興味が持てたのは、「生物は自己のみで生きることはできない」という科学者の言葉だった。細胞自体が、自己と非自己とを見分けながら生きているとするが、これは「大きくは人間関係」みたいなものである、という参加者の声があった。この番組は大変参考になるようである。 

【安宅英一】
 焼き物のコレクターが「日曜美術館」に登場するとは思わなかった。彼は日常生活は大変質素だったという。中国や韓国、日本などの名品を集めた。国宝級の物が多い。エピソードがある。彼は清国の陶磁器に思いを馳せたが、「どの時代のが一番すきですか?」と質問された時、「そうですね」と答えた。質問者はそれを自分の著書に書いたという。しかし、質問者は「宋ですね」と聞いたのだったが、安宅氏は単に「そうですね」と言ったのに過ぎなかった。
 もう一つ、会社が倒産したが、蒐集したものは公的美術館に遺した。安宅氏はそれを車いすで見に行ったのだった。質問者が、「さぞかし人手にわたって残念でしょうね?」というと、「コレクションは誰が持っても同じでしょ」と言ったという。無執着であったようだ。安宅氏の執念のようなものが集めたのだろうか。解説者は,「それだけではない」という。「一人では何もできない。支える人がいないと」と言うのだった。上記の、「自己と非自己」が思い出されるのだった。

【基督の捕縛】
 この絵は、カラバッジョの作である。陰影が実にみごと。日曜美術館(2011/05/30)では、天才画家の物語と絵画を紹介していた。彼はマラリアや梅毒に冒される。そのようなことになる生活を送っていた。そして、何ヶ月も創作して終われば耽溺の生活に入る。最後に殺人を犯し、逃亡生活を行い38歳で人生を終えた。同じ絵画でも、暗い人生を描くようになると、神性表現にはならず、技術の表現のみとなるのであろうか。

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June.02.2011「生長の家出現の使命」

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June.02.2011「生長の家出現の使命」
今日の詩::青葉満ち 道に草生う 季節かな

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 常に原点に帰る、ということはどなたにとりましても必要なことです。特に私たち信仰者にとりましては、さらに島根版の国際平和信仰運動を展開させていただくことに於きましても、初発の精神に常に思いを馳せることは大切でありましょう。このことを忘れることがなければ、現代に於ける新たなみ教えをお説き下さる総裁先生のお言葉を充分に理解し、身につけ、展開することができるものと思います。
 さて、『生命の實相』頭註版第一巻152頁には、言葉の力で人類を光明化することが書かれています。

 生長の家の運動は、善き言葉を地球上に充満させる「神の国運動」です。当時は活版印刷がほとんどでしたので、『生長の家』誌の発行部数が増えることが、善き言葉が増えることになり、その読者が増えると、地上に浮遊している人間の想念が光明化し、一切の現実的悪の種子が浄められて、地上天国建設が出現する時期が早くなると言うことになります。現代では、紙の使用は森林の伐採につながりますので、実際に読んでいただける人にとっていただく普及誌購読者の運動が展開されています。もう一つ、現代での大きな変化はインターネットの活用です。これはバーチャルの世界でして、基本的に紙を使いません。

 従いまして、直接的に森林を伐採して、地球環境の悪化を招くことは少ないと考えられています。森林を伐採すると、多様な生物種が消滅し、また二酸化炭素吸収の機会が減少するので良くないとされています。しかし、このインターネットの世界には、良きこともありますが、悪想念も沢山込めれているはずです。従いまして、この世界に光明の種を植え込んでいくというのが、生長の家で行っている、「ポスチングジョイ」の投稿です。私たちは、日時計日記を書くのみならず、日時計主義の言葉の神性表現を大いに展開して参りたいと存じます。当然のことながら、このブログも、島根教区の皆様向けに毎日せっせと情報をお届けしているのです。特に、心懸けているのは、島根教区の信徒の皆様が総裁先生が新たに展開されるみ教えの理解をさらに充分に行なっていただくことです。

 『生長の家』誌に書かれた一言一句も、「神の言葉」である、と示されています。神様の拝しつつ読ませていただくことが、魂に栄養を与える事になります。同じ神想観を実修しましても、姿勢が大切であるということが言えるのではないでしょうか。形の姿勢は心が現れた姿であるからです。また、生長の家の草創期に、杉江さんという信徒さんが石川県の七尾におられたそうです。その方が、『生命の實相』を拝読する時に、お香を焚いて、正座で拝読されたそうです。その心の姿勢が『生命の實相』に書かれている真理を理解させたのではないかと思います。七尾は、長谷川等伯の出身地であり、世界ブランドのパソコンディスプレーの会社:ナナオを生み出し、若き世界一のパテシエ辻口博啓さんを生み出した由緒ある町です。

 156頁には、神の国実現のために尽力される人は、劫初以来の浅からぬ因縁であると説かれています。「神縁の深い選ばれた人」とも書かれています。「原始キリスト教時代の十二使徒にも当たる人々である」ともされています。島根の信徒は、この重大なる使命を大切に生きて参りたいと存じます。信仰が白熱的に高まることが重要です。この運動は神の国の情報を人類のお伝えして生活し、その結果、地球上の凡ての生命が救われるという運動ですので、その信仰的な情熱は表現は静かでありましても、愛に満ち、白熱的な内部圧力の高まりが必要であります。それには、神の国情報を常に入手するための神想観の実修を日々行うことは欠かせないと言えます。

【彫金家 正阿弥勝義】
 彫金家という業種があると言うことを知った。NHK番組「極上美の饗宴」(2011/05/28)で放映していた。「森羅万象これ我が師」と正阿弥さんが言われたように、超絶技法を駆使するに当たって、自然の姿を金属に刻んでいる。岡山の人である。(1832-1908)。ご生活は決して楽ではなかったようだ。当時は、現代のようには流通ルートが完備されていない。その中で忍耐強く彫金に励まれたという。名字は「しょうあみ」と発音するようだ。明治の人の忍耐強さに頭が下がる思いがした。

【オディロン・ルドン】
 この画家のことを日曜美術館(2011/05/29)で放映していた。クレパスのようなもので描いたのだろうか。青がとてもうつくしい。松阪慶子さんが絶賛していた。また黒色の絵を得意としていたが、明るい絵に転向する時期がくる。彼は少年時代に里子に出されて、孤独な体験が黒の絵を、しかも不思議な絵を沢山描いている。絵を描くと云っても、私たちの絵は、真象を描くという、「神性表現」となるので、少し趣旨が違うが、ルドンの絵はその変遷が分かり興味が持てた。かつて長野県で見た「ローランサン」の絵にしても、戦争の時代の絵は暗い。戦争が終わると明るい絵に変わっている。しかし、私たち島根の信徒は、どんな時代でも明るい絵、日時計主義によって真象を描く表現方法を、絵のみならず、文章にも文学にも展開して21世紀に一大ムーブメントを起こせるように協力させていただきたいものである。

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May.01.2011「心の世界に於ける運命の形成」

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June.01.2011「心の世界に於ける運命の形成」
今日の詩::雨止みて 風心地良し 苗育つ

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 『生命の實相』頭註版第1巻118頁には、凡ての地上の事件は現れる前に、心の世界に出来上がっていると説かれている。しかし、心の世界は変化するので、心を良いように変化させておくと、良い状態が現象世界に現れると説かれている。日時計日記に書く度に、素晴らしい想念が心の世界に実現するということになります。従って、現象界に「喜べば、喜びごとが喜んで、喜び集めて喜びにくる」ことになります。

 メタフィジカルヒーリングとは、念の世界の事件を修正するという意味があるようです。ここには、「類でないものは反発する」という心の法則が説かれています。何か面白くないことを言われたり、起こったりしても、「有り難うございます。有り難うございます」と感謝の言葉を唱えて、心を整えると決して良からぬできごとと波長が合わないということになります。もし、起こったとしても、危機一髪の差で水と油が混じり合わないように、波長が合わないことになります。従って、この感謝語を唱えて参りましょう。
 しかし、もしも起こったとしても、「これで潜在意識の中の悪い想念は全部消えた」と、これもまた、感謝することが必要でありましょう。私たち神の子は常に前向きに進む以外に進み方はないように作られております。つまり、「進歩し生長する」ように作られているのです。 

 120頁には、ピー・ハワード夫人の体験事例が掲載されています。彼女は目的の場所に行きたいと思っても、気分がすぐれずに家にいました。すると、彼女が乗るはずだった汽車が事故にあっていたのでした。
 もう一つ、三輪栄子さんの体験談も乗っています。彼女は頭が痛くて、子供に常着のまま寝させました。また、何日か前に家の保険にも入っていました。すると、夜中に火事が起こり家が焼けました。保険で支払いをして急場を乗り越えたそうです。これは潜在意識が明るいために、暗い現象とは波長が合わなくなっていたのでありましょう。

 ここに大切なことが説かれています。「神様に守られているという強い信念がある人は、護られていないという事実とは、「類でないものは反発する」という心の法則によって、波長が合わなくなるということです。これは考えてみると本人自身の一方的な信念ではないでしょうか。しかし、自分の信念が実現すると言うことは、とりもなおさず、自分自身が神の子であるからです。
 また、大勢が関係する地球温暖化という問題にしましても、大勢の人の心を変える必要があります。聖典の頒布、普及誌の拡大や、インターネットでの真理普及や、練成会、地球上のすべてで開催していただきたい生長の家誌友会、それなどは地球上の多くの人の心を変える強力な手段ではないでしょうか。もはや、自分の運命を変えて良くすることばかりに興味を起こすのではなく、地球上の凡ての人類、生物、鉱物植物に至るまで、その処を得る大調和の世界の招来をこそ、祈り、願うことが必要でありましょう。これこそ人生に於いて傷つくことのない不死身の生き方であります。

 129頁には、「ある鍛冶職」の話が掲載されています。夢に見た事件が実際に起こったという物語です。夢は雑夢というのと霊夢というのがあります。雑夢はさまざまな潜在意識のできごとを見せてくれます。心に恐怖心があると、それを見ることがあります。しかし、それは恐怖のために夢を見るのであり、現実に起こっている訳ではありません。そのような夢を見た時には、「夢に見て潜在意識の中の業が消えた」と思って、繰り返し繰り返し、神想観を行い、善き言葉を唱えることが大切でありましょう。ものは考えようです。「夢に見たのできっと現実化する」と恐怖心を起こすと、そのようになる可能性があるからです。消えたと思って恐怖しなくなると現象化しなくなります。しかも、根本於いて神の子の自覚を強める必要性があります。

 従って、常に心の中に不幸を吸い寄せるような磁石を取り除いておく必要がありましょう。心の中の磁石とは、「神と離れた心」であると示されています。自分が物質という肉体でできているという考え方も、不完全な神と離れた心です。従って、「自分は大生命の無限力に生かされている」という信仰が何よりも必要です。信ずる者には力が与えられ、信じない者には力は与えられないと示されています。それならば、皆様、信じようではありませんか。

 136頁には、透視能力があるのと幸福になるのとは違うことが書かれています。そういえば、透視能力のなる人が幸福になったということは余り聞きません。幸福になる要件は、予知能力とは別のところにあるのでしょう。「与えよさらば与えられん」という原理から考えますと、幸福を与えること多き人こそ、幸福になる条件が整った人ではないでしょうか。不幸が起こることを予知して恐れるよりも、知らないうちに不幸が逃げ去っている方がずっとよいのです。

 140頁には、明るい、愛深い、人をとがめない、赦しの深い、寛大な、平和な、落ち着いた、角のない、円満な自信のある、自分を神の子として神と一体であると信ずる心の養成をお勧めしております。逆の心とは、悪い事件と波長が合う心であり、暗い心持ち、鋭い心持ち、心で人を刺す性質、窮屈で人を入れない性質、恐怖の感情などです。よく考えてみると、日時計主義の心を常に持ち続けることが人生に於いて幸福になる心であるということになります。その根本の心は、「神の子無限力の自覚」です。この自覚を得ることを修養の基本に据えればよいのです。島根教区では、信徒の皆様の前で話をする時、「神の子の皆様、有り難うございます」と言うことがあります。これは、聴衆に「神の子」を自覚していただくための方法です。言葉の創化力の応用です。従って、神想観の時のみならず常に神の子の自覚を深めるようにしたいものであります。そして、「私は神の子であるから、あらゆる点で必ず良くなる。必ず進歩する」、「私の行くところは必ず繁栄する」という信念と運命を享受したいと思います。
 この章は、横の真理を体得するための大切な章ですので、繰り返しお読みいただきたい
と存じます。

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May.31.2011「温暖化防止は可能か?」

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May.31.2011「温暖化防止は可能か?」
今日の詩::雨宿り 軒に泊まりし すずめ二羽

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 先日、青年会のフェイスブック学習会では総裁先生の御文章の和訳をしていた。質問者が、ご自分の二人の子供たちが未来に対して、悲観的な感情をもっているようであるという内容だった。経済問題や、環境問題に関連してのことである。生長の家ではそれに対して、21世紀をよくすることができるのだろうか?という質問だった。
 私はこれらの英文を訳していて、「Of course it can.」と書かれている言葉にショックを覚えた。日本文では「勿論それはできる」であるが、なぜ、感動を受けるのだろうかと、青年会員と話し合った。それは、「一語、一文を苦労して和訳しているからではないでしょうか?」というのが答えだった。確かに苦労している。それは本当だった。

 この答えには確かにかなりの含蓄があると思われる。機械で一気に草を刈るのは早いが、小鳥の声も空気感も味わえないだろう。しかし、自分の手でカマなどの道具を使いながらも刈り取ると自然の素晴らしさを味わえる。電車でも特急でサッと行くのもよい。しかし、鈍行で各駅停車で車窓を味わいながら行くのも素晴らしい景色である。出雲市駅から松江駅まで、JRに乗るのも、左側に展開する宍道湖の美しさ、水鳥のいきいきとした様子など実に素晴らしい。一畑電車に乗って、宍道湖駅まで鈍行で行くこともある。駅は無人が多い。そこらここらを見ると、実に牧歌的な風景が展開しているではないか。それらを味わうのは、楽をして早々と行くよりかは、ゆっくりと時間を費やして行く方が味わいが深いように思う。

 努力をしている姿は何なのだろうか。み教えは、それは神が現れようとしている姿であると教えている。従って、苦労して翻訳するからこそ、簡単な英文であってもその英文から受ける感動はひとしおであると言えるのではなかろうか。同波長の法則で、自分の内にある神が出てきたからこそ、神様的なお言葉に感動しうる力が出てきたのであろうと思われる。
 集まるのは毎回数人である。これは英語の学習の時間ではなく、英文でお書きになった原文を拝読するのにどのようなお気持ちが込められているかを学ばせていただく時間でもある。しかし、意欲的、自主的に集まってくれるのはうれしい。

 この会合ではフェイスブックでの学習に関して、「英語は学習すべきではない」、ということも話し合われた。しかし、学習しなければ読めるようにならないのではないか、という疑問がある。それに対しては、「毎日、使用すべきである」ということであるようだ。どんなに学習しても、毎日継続的に使用しなければ、忘れるようになる。毎日必要に迫られて使っていると知らず知らずのうちに身についてしまうことになる。英語も身に付くという処まで行く必要があるらしい。
 日本で女性に英語の教育を行った人に、津田梅子さんという人がいた。生長の家が出現するころにお亡くなりになっている。彼女は、幼くして留学した。そして、英語が身についたのだった。しかし、帰国して自分の姉妹に会った時、何か言おうとしても英語しか出てこない。日本語を忘れたのだった。随分とご苦労されたようだ。彼女はこれではいけないと、一所懸命に日本語の勉強をしたという。

 かつてパソコンを始めた頃に、2冊のパソコン初心者用の手引き書を読んだ記憶がある。それには、日本語入力とローマ字入力とどちらが良いかということが書かれていた。当時はウィンドウズがまだ出ていないころであり、ワープロや表計算が主だった。その本には、パソコンは将来、英語で対応するようになると考えられるので、ローマ字入力を選ぶべきだと書かれていた。

 かつての私の職場には、日本語入力をやっている人がいたのでそれを奨められたが、私はローマ字入力を選んだ。日本語入力は、押すカーソルの場所が50箇所以上になる。しかし、ローマ字入力の場合は、aiueoとkstnhmyrwなどの文字の位置を覚えるだけでよいということになり、基本的には極めて少ない。「か」を打ち込む時も、「k」と「a」の二文字だが、それを打ち込むにしても一瞬である。ブラインドタッチという方法は、他人が行っているのを見ると神業のように見えた。指に覚えさせるという。当時は「へえー」と驚くばかりだった。

 私は、当時自分で手書きで書いた文章を妻にワープロしてもらった。すると、彼女は約一週間でブラインドタッチで打てるようになった。その後、私は仕事でワープロしなければならないようになり、その関係でやはり一週間ほどでそれができるようになった。若い人々はパソコンをあたかも自分の指のごとくに使用している。人間の能力の素晴らしさは驚くべきものがある。
 現代社会では、一部の企業では第二外国語まで要請されるような時代になった。国際平和信仰運動であるので、おそらく生長の家でもそのように展開していくのかもしれない。文字は表現形式の一つであり、それが共有されると、何らかの革命的な出来事が生じるのであろうと考えられる。

 一つの言語が形成されるのには、一万年かかると言われる。日本では縄文時代は一万年以上あったとされるので、その間に形成されたのであろうか。その後、文字を持たなかった私たちの先祖に、中国から漢字がもたらされる。象形文字である。その文化的衝撃は相当のものだったと思われる。自分の思いを文字で表すことができるという喜びは、古事記を作り、日本書紀を作り、大和歌を作るに至った。漢字がもはや中国だけのものではなく、漢字をひらかなに変形させて混合の文章を作るに至った。硬軟おりまぜての日本文の誕生である。そのような歴史の中で、NHK番組『ヒストリア』を見てみると、漢字派とひらかな派との戦いがあったということを聞いた。文字一つとってもさまざまな歴史があると考えられる。そんなこんなで、日本語と英語、さらに第二外国語の問題があるかも知れないが、「すべては一体」の世界を実現するための一舞台ではなかろうか?

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