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2011年7月

動画:: やまびこや 稜線にひびき ビブラート

ウサギの森のやまびこを聴く丘から、大きな声で海に向かって叫んだ。すると近くの山から木霊が聞こえて来たのだった。中内英生拝

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動画::生かし合い 人と自然は 森の中

ウサギの森で、H地方講師より、森と人間との共生の話をしていただきました。中内英生

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動画::すいかわり なぎなたみたい 女の子

楽しい一時でした。歓声が森の中にこだましました。ウサギの森の野外活動です。中内英生

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動画::スイカ割り 右だ左だ いや前だ

一番に賑やかなひとときです。ウサギの森に歓声がとどろきました。中内英生

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動画::元気バス キャンプに向けて いざ出発

キャンプ場 うさぎの森へ向けてバスは走ります。みなさま、元気いっぱいです。中内英生

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July.29.2011「母の肖像」

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July.29.2011「母の肖像」   
今日の詩::真夏日や 雨恋しきに 降る夕べ  

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 NHKの『世界美術館紀行』(2011/06/14)では、「モンマルトルの画家と母の肖像」という題で放映していた。ロートレックという画家の物語だった。ロートレックは、今でも通用するような奇抜な絵で衝撃的なデビューを果たす。決して日時計主義ではないので、書くのはどうかとためらったが、母親への愛で共通点があるように思えたので書くことにした。
 酒で最後は精神病院へ入る。36歳という若さで生涯を閉じたのだった。夜の歓楽街に通いつめた彼は身体をこわすことになる。しかし、母親の肖像は、威厳があり愛に満ちている。彼は母親に言ったという。『お母様、あなただけですよ』と。
 その母親の肖像は、レンブラントの「聖書を読む母の姿」に似ているらしい。父親と母親はいとこ同士の政略結婚だったという。生まれつき骨が弱かったロートレックは、子供のころに不幸な事故に合う。それからは背は152㎝から伸びなかったようだ。それから彼は画家を志すようになる。
 父親は貴族であったが、ロートレックが父親のように生きることができないとなったとき、読書好きの母親との結びつきは強くなったようだ。
 最後に彼は精神を病み、病身に力尽きたとき、フランスの繁華街から田舎の母親のもとに帰ったのだった。
 私は、ロートレックが最後に帰ったところが母親の愛であったことに、母の愛の偉大さに感動した。戦士は、戦いで死に面したとき、母親の名前を呼ぶという。それは自然の姿なのであろう。そういう意味で、ロートレックは幸福であったのかもしれない。
 
 今日は、松江道場で写経の集いや先祖供養祭が行われた。暑いので余りお出でにならないのではという心配があったが、十分な人数の参加者があった。松江の方々は実に熱心である。暑かろうが、寒かろうが歩み続ける姿こそ信仰者の姿であろう。「行」が徹底していることが大切だ。親鸞聖人の伝記を読むと、「信」をとるか「行」を取るかという問答があり、「信」を取る方に軍配が上がっている。しかし、「信」を深めるには、「行」以外にはないだろう。なぜ続けることができるのだろうか。それは、続けるための原動力が強いからだ。原点となる「力」が強いことが何よりも大切である。「信」が「行」となり、「行」が「信」となる。信行一致といったところだろうか。

  また、「なでしこジャパン」で申し訳ないが、アメリカに一点入れられた後、落ち着きを取り戻すために、わざとボールを回した。これが本来の自分に戻るきっかけになったという。チームは、36歳から18歳の差である。しかし、チームのために、チームが良くなるためには意見を言い合う。そこには年齢の幅は全く関係ないという。そういう風潮こそ大切だろう。意見が言えなくなった組織は、あとは衰退を辿るほかはない。良くなるために何でも言い合える組織こそ、明日の強さを約束される。従って、パワーハラスメントのような形で、部下や同僚が意見が言えない状態になると、おそらく誰も意見を言わなくなる。その後は「裸の王様」になる以外にない。情報が正しく彼に入ってこないのであとは倒れる以外にないだろう。歴史をひもとくまでもなく、情報は何よりも重要である。経営資源としては「人・もの・金・情報」と言われている。その中で、情報は四番目ではなく、一番なのかも知れない。情報には大別して二種類ある。一つは現象界の地球上での情報である。もう一つは、私たちにとって必要不可欠な、神の国情報である。この情報は、神想観や聖典読誦からでないと入手しがたいと思われる。普通は、この情報入手を忘れがちだ。私たち、国際平和信仰運動の霊の選士は決してこの情報入手を怠ってはならないだろう。

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中内 英生

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動画::小学生 夏真っ盛り 練成会

今日から小学生練成会が始まりました。素晴らしいです。子供たちは元気です。歓迎の集いで、聖歌隊が歌ってくれました。

中内英生拝

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熱風に 蝉をも人も 花謳歌

「出雲花の郷」動画サービス第三弾です。

中内英生拝

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動画:やすらぎて いのち復活 花の郷

「出雲花の郷」動画サービス第二弾です。暑いですが安らいでください。

中内英生拝

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熱風に 響きわたるは 蝉時雨

「出雲花の郷」動画サービス第二弾です。

中内英生拝

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July.28.2011「栄える会の用意周到さ」

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July.28.2011「栄える会の用意周到さ」        
今日の詩::子供らの 友は来たりて 出かけ行く 時もてあます 夏休み来る
(遊びながらよい子は育つというが、私の小学校時代は夏は毎日の川遊び、中学時代は卓球、高校時代は田舎町での高連活動だった記憶がある。)

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 昨日7月27日は、浜田の先祖供養祭に参加し、夜は栄える会の会議に臨んだ。その後、家族の誕生日だったので、ささやかな食事会が行われた。一日、一週間、一ヶ月、一年が過ぎ去るのが早い。それは、後ろを振り返らないからだと思う。夜の栄える会の会議では、来年一月に行われる繁栄ゼミナールでの実行委員会の立ち上げについて話し合っていた。「半年後ではないか!」と思ったが、メンバーの思いは意外だった。それは、山本良一教授をお招きして、信徒も含めてだが、社会一般の人々に話を聞いていただき、山本教授が推奨する生長の家の運動と来年度に行われる講習会のステップにしたいということだった。

 流石に事業家集団である。おそらく空前の参加者であろう。そして、講習会を側面から支え、協力してくださる栄える会を実に頼もしく感じた。意見にしても活溌に出されていた。自由に意見が出される状況でないと、良い結果を生み出すことは難しい。実行委員会の設置案が、執行部からだされたものではなく、一支部長からの意見であるということをお聴きして、さらに驚いた。島根教区ではボトムアップが良い形で大きく進むのではなかろうかと思う。要するに、光明化運動を自分のものとして捉えて、伝道していくというスタイルである。

 私は最近、ワープロではなく、手紙をボールペンか万年筆で書くことがある。手紙の方がその人なりの人柄がでるという。そう考えて自分が書いた字を見ると、余り見たくなくなるのだが、全体から眺めてみると確かに達成感がある。NHK番組「ヒストリア」(2011/06/08)では、秀吉の書いた手紙を紹介していた。言葉が人生を作ると云うが、やはり、当時のコミュニケーション手段である筆による手紙を自由自在に駆使した人がそれなりの結果を出しているようだ。現在はというと、インターネットである。
 「書は人なり」とは良く言ったものだ。三人の武将の字を紹介していたが、信長は大胆であり、秀吉は自由自在の書き方であり、家康はきめ細かい字であるという。それなりの役目と性格を現しているのであろう。秀吉はあちこちに手紙を出し続けている。私は、手紙こそ出していないが、島根の信徒様への公開手紙である「航海日記”ブログ”」を島根に来させていただいたから約1200通書かせて頂いている。内容はたいしたことはないが、それなりの努力を必要とする。ブログ書きは、総裁先生の御心の片鱗を知らせて頂きたいという思いからだ。お陰で、アルコールはこの三年間、飲んでいない。それは、アルコールが一滴でも体内に摂取されると、まったく書けなくなるからである。酒粕や粕漬けの奈良漬けを食べても同様の現象になるので、困っているのだが…。

 今日は久しぶりの木曜休日である。窓を開けてじっとしていると耐えられる。大した暑さではないが、東日本や干ばつの地域は大変であろうと思う。昨日は、教区組織の最高幹部のYさんから、「東北の幹部信徒さんからのご要望で、下着を送らせて頂いた」との御報告があった。地味ではあっても東日本の皆様に絶えず寄り添い、長いお付き合い、長い助け合いを続行して頂きたいと願っている。それが「愛の共同体」というべきものではなかろうかとも思う。

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中内 英生

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July.27.2011「全員でのチーム・プレー」

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July.27.2011「全員でのチーム・プレー」
今日の詩::チチと鳴く 庭に雛鳥 すずめかな?

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 現在の日本では、「チームプレー」という言葉は、「なでしこジャパン」を連想されよう。日本の「なでしこジャパン」のスタイルは、個人プレーに重きをおくのではなく、「みんなでディフェンスし、みんなで攻撃する」ことにあるという。

 彼女たちが「自分たちのサッカーができれば勝てる」と確信した一瞬がある。決勝戦でアメリカの猛攻を受けた。しかし、「ボールを回すこと」で、落ち着きを取り戻したという。落ち着きを取り戻すということは大切だ。神想観で云えば、自分の心の中でさまざまな思いを巡らすことが「ボールを回す」ことに当たるのかも知れない。これは、現象のあれこれを考えることにより、そこから問題解決の糸口を見出そうとする行動である。しかし、そこからだけでは道はつながってこない。一歩前に出る必要があった。

 「百尺竿頭進一歩」である。そこに突破口がある。私たちは自分の持ち味の生き方になりきることが、必要だ。そこから無限力が発揮されてくると思う。アメリカにリードされても、追いつく、さらにリードを奪われても追いつく。最後にPK戦で競り勝つ。その粘りと徹底した団結力こそ大切であろう。そこには、沢穂希選手の「結果を遺さなければ日本の女子サッカーの明日はない」という思いだったようだ。「どうしてもやらなければならない」という決意は、自己内在の力を引き出すと共に、「神は自ら助くる者を助く」というような状態が出てくる。誠は誠を呼ぶことになる。それが、二度にわたる奇跡のようなゴールだった。
 私たち島根の信徒も、自然体で、人の為に、自然のためにただひたすら神の愛を与えきりたいと思う。そこに必ず次のシーンが用意されて来る筈だ。

 NHK番組「ヒストリア」(2011/06/08)では、「伝説の女性戦士・戦う姫達の伝説」という内容があった。徳川家康が太平の世になって家臣に語ったという言葉がある。「女の美しさで一番大切な眉毛を剃り落とし、顔も荒々しく見える振る舞いで武を専らにした。戦国の世の女は天下太平の今時の男より働きが勝っている」と。
 ジャンヌダルクにしても、自らが傷ついても陣頭にたち味方を鼓舞していった姿に戦士たちは勇気をえて、フランスを敵から守り抜いた。ひたすら先頭に立つ姿こそ、リーダーとしての必須の要件であり、必要不可欠な資質であろう。

 北京オリンピックの時、沢穂希選手は他の若い選手たちに、「苦しくなったら私の背中を見て!」と言って走り続けたという。今回のアメリカとの決勝戦で、猛攻に耐えきれず一点を入れられた時、沢穂希選手は若い選手を激励した。そして、奇跡の挽回点を入れた。さらに一点をリードされたとき、今までとは大きな変化があったという。それは若い選手達が団結して、沢穂希選手の背中を押してくれたと云うことである。とうとう、若い選手たちの力が炸裂してきたのだった。
 私はこのことを知り、背中で若い選手を引っ張り、最後には若い選手が沢穂希選手の背中を押していった姿こそ、男女を問わずリーダーとしての一つの模範ではないだろうかと感じたことである。そして自分もまたそのようにならなければならないと思った。
 一般的には私も含めて、高度成長時代を生き抜いた人々は未だに成功神話に酔っているところがあるのではなかろうか。「昔は良かった」では明るい未来を切り開くことはできない。常に先頭に立って全力を出し尽くし、若い人達と一体となって行動していくのでなければ、若い人々のみならず、誰もついてくる筈がないと思われるのである。
 自分に対する反省と自戒の思いを込めて今日はそのように考えた次第である。

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中内 英生

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July.26.2011「平成23年度第二回IT研修会」

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*写真は、「聖歌を聴く夕べ」のために歌の練習をしている青年会員さん達です。

July.26.2011「平成23年度第二回IT研修会」

July.26.2011「平成23年度第二回IT研修会」
今日の詩::ナデシコや ボールキックし み教えは 全欧州を 覆い尽くさん
(なでしこジャパンがドイツで活躍し、その余韻の雰囲気の中で教修会が行われ、神様の追い風を受けているように思われます。)

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 今日は、IT研修会が行われた。10名の方々がお出でになって午前10時~午後3時まで、熱心に研修を受けた。私は、参加者に次のような内容の挨拶をさせていただいた。

①私たちはなぜ、インターネットをやるのかを知らなければならない。かつては、紙でできた普及誌を読む人の数を増やすことによって、光明の言葉が迷いの言葉を圧倒するようになることであった。読む人の心が光明に満たされると、その人の人生の光明が照りかがやく。
 しかし、現在は紙の使用は森林伐採につながり、二酸化炭素の増加により地球温暖化が促進される。従って、脱紙使用である。現在のインターネット人口はものすごい数である。中国は5億人と云われている。インターネットによる情報伝達は、基本的に炭素ゼロである。また、情報伝達速度が非常に速いので、多くの人々はこの道具を利用しつつある。これはあくまで道具であって、その使用によって人類が光明化される訳ではない。要は内容である。

②ご自分でブログやwebサイトを開設したり、さまざまなサイトへコメントすることがあるだろう。これは、生長の家を前面に出すときには、当然のことながら日時計主義を基本とする。また、日々の総裁先生のブログや、基本聖典、総裁先生、白鳩会総裁先生の御著書などを拝読して、その御心を自分の中でしっかりと学び、そして、自分の意見として「意見表明」を行う。または、島根版の展開として、「拡充」を行う。自分の原点は総裁先生、白鳩会総裁先生のブログにあるので、必ずアドレスから入れるようにする。これが第一の重要な目的である。

③さらに組織的にも活用して連帯感を深めることができる。先日、「隠岐の国白鳩会webサイト」が開設されたが、島根教区白鳩会で13総連の中の一つである。最も科学技術が進んでいない地域に、最も早く白鳩会の総連のwebサイトが開設されたことは、極めて象徴的である。生長の家国際本部が移転し、そこから世界に向けて発信することの可能性が隠岐の島で確認されつつある。単なる個人や教区のwebサイトではなく、総連としてのサイトであることに歴史的意義がある。「隠岐の国白鳩会webサイト」の今後の展開を見守りたいが、「今日のいいこと写メール俳句」「日時計主義の絵手紙、絵封筒」「隠岐の島での白鳩会活動」「隠岐の島の自然に学ぶ」「隠岐の島の歴史の日時計主義的研究」などのカテゴリーを予定していると聞いている。

④島根県教化部のwebサイトの基本は、「写メール俳句」であるので、投稿できるように投稿練習をお願いしたい。御投稿いただいた情報は、その日の夜か、翌日中にサイトにアップされる。但し、著作権に触れるような内容・極めて個人的な内容・他を傷つけるような内容・使用しない方がよいと思われる言葉を使用している内容・個人の許可が必要であると考えられような写真の内容、などの御投稿の場合は掲載しなかったり、修正される場合もあるのでご了承願いたい。
 この基本練習を繰りかえしながら、ポスティングジョイへの投稿、ご自分の日時計主義ブログの開設、フェイスブックへの投稿とご自分のサイトの確立、などを目指していただきたい。
 それと同時に、当然のことながら組織活動や誌友会活動、教義の体得などに力を入れて地方講師となることを目指していただきたいと思う。さらに地方講師の人は教階を準教務・教務にまで進んでいただき、自己ブログの開設と同時に、インターネット講師になることを目指していただきたいと思う。
 私たちは、日時計主義がみ教えの基本であり、地域での誌友会に力を入れると共に、組織や教区の枠を超えた光明化運動をも展開していきたいと思う。これは、進んで行う愛行であり、大いなる徳積となることを確信する。
 世界中のインターネットの世界に、日時計主義の言葉が迷いの言葉を圧倒するようになった時、確実に世界平和が招来される筈である。

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July.25.2011「枝葉の再利用」

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(上記の二つは撮影の時に飛んできたチョウチョさんです。)

July.25.2011「枝葉の再利用」
今日の詩::剪定の 枝葉、堆肥に 牛糞と

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 先日、枝葉の剪定をしたが、その行方が気になっていた。出雲は山の上に大きな焼却炉がある。そして、焼却する。かつて他教区で木の枝葉を剪定したとき、焼却したと聞いたことがあったからだ。それで、Kさんに調査していただいた。私たちが剪定した枝葉はチップにして、しかも牛糞と混ぜて、堆肥として使用するのだそうだ。そのことをお聴きした。心が安堵したのは言うまでもない。

 ところで、「仕事学のすすめ」(2011/06/15)では、「第二回私が学んだ先輩と失敗」というのを放映していた。川口淳一郎さんは、ペンシルロケットの時代の糸川博士にも学んだ。 川口さんは、一流とはどういうことをいうのかを述べていた。
①心配していたことが起きるのは、三流である。(信仰でいうと、心の法則を知って、それから抜け出せないということだろうか。)
②心配していたことは起きなかったが、きづいていたことが起きてしまうのは二流である。気づいているとは、起きた時の対処を施していなかったということか。(信仰で言うと、実相世界との交流がないと、解決の知恵が出てこない。その状態とも受け止められる。)
③何も起こらないのが一流である。一流は、あらゆるものに気づいているので、何も起こらない。気づかないものがない。(信仰者の普段の生活で、問題がないと云うことは、達人の境地なのだろう。体験がないことが偉大なる体験であるとも云える。私たちはそのことを”日常に起きているすばらしい出来事”と考えて日時計日記に記載して、神様に感謝している。)
 また、60点(最低ラインの合格点)を100パーセントの確率で取りに行くという。これは、高望みせずに、合格することを目標にすることだろうか。他人よりぬきんでることを目標にするというような派手な生き方ではなく、結果としてそうなるのは良いことだが、地道であり確実な信仰者としての生き方の方が望ましいように思う。信仰とは日常の生き方のことであるように思う。これこそ島根的信仰者の姿ではなかろうか。
 「若手は現場でしか育たない」とも云っている。これは同感だ。指導者が何でも自分でやらないと気が済まないという時、後継者は育ちにくい。「その指導者は素晴らしい人である」との評価はされるが、後に続く人は出て来にくいと思われる。従って、川口さんは、あえて、「何も教えない」のだという。
「教科書と論文は読むな」ともいう。オリジナリテイを出すには、真似る癖が付かないことが必要だろう。川口さんは、「研究室に入って、3ヶ月は何も学ぶな。自分の力で、自分の頭で取り組むように」指導しているという。
 信仰者の場合は、伝道方法や表現法法においては新しいものが必要だが、み教えをお伝えするという意味に於いては精確にお伝えするというご使命があるかぎり、常に聖典読誦と神想観で原点に帰り、総裁先生に対する中心帰一の信仰姿勢を堅持して、新たに説かれるみ教えを拝受しつつ、多くの人々にお伝えすることはまずもって最重要の心得であろう。

  話は変わるが、遠い宇宙の果てであるオリオン座のペテルギウスという星が死を迎えているという。NHK番組「コズミックフロント」(2011/06/28)で放映していた。「星の死」、このとき、ものすごい明るさになって爆発する。これは640光年向こうの出来事だ。この衝撃的発見を真っ先に捉えようと、岐阜の「カミオカンデ」ではニュートリノ受信の準備している。これは小柴さんの世界だ。1万個の検出器が待っている。水の中でニュートリノは光る。それを捕らえる。そしてその知らせを世界中に伝える。なぜならば数時間後に大爆発が起こるからだ。それを肉眼で見ることができるそうな。
 星の生滅はそのまま生滅するのではなく、その要素が宇宙に飛び散り、新しい星々の誕生の原因となる。み教えでは「死はない」と教えられているが、星に於いても同様であるようだ。
 明るさは3ヶ月間、続くという。これは10万年に一回、あるかないかの出来事であるらしい。このとき、強力なガンマ線が出る。それが地球に達すると、大きな影響があると云うが、ペテルギウスの自転軸が少しずれているので、地球への影響はない。ラッキー中のラッキーである。

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July.24.2011「カンムリブダイとサンゴの共存共栄」

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July.24.2011「カンムリブダイとサンゴの共存共栄」
今日の詩::夜は更けて カエルの声で 目を覚ます
(窓を開けていると、うとうととしていても夜半にカエルの声でハッと目が醒めることがある。) 

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 ブダイという魚がいる。パラオ共和国での巨大魚の大群を『ダーウィンが来た』(2011/07/24)で放映していた。ここの珊瑚は、約400種類だ。魚の楽園でもある。カンムリブダイは40年以上も生きるものもあるという。普通は100匹ほどで群れるが、数千匹の大群を形成するときは、子孫を残すときであるらしい。集団で産卵する。稚魚は、珊瑚の中で身を守りながら成長する。このブダイの歯は強烈であり、珊瑚をかじる。珊瑚には藻が生えており、それを食べるのだが、珊瑚も同時に口の中に入れる。それを特殊の構造により珊瑚の砂として海中に放出する。それが大量に積もって砂浜ができるほどであるという。珊瑚はかじられて傷を負うようにも見えるが、子供の珊瑚が定着するのには、そのかじられた珊瑚の場所が最適であり、そのかじりは結局、珊瑚のためになるのだという。珊瑚とカンムリブダイとの生かし合いの世界だ。

『マイナスはプラスの始まり』
画家フェルメールについて、最近時々、「日曜美術館」(2011/07/24)などで紹介している。フェルメールについては、一度、レンタルビデオで見たことがある。「真珠の耳飾りの少女」が有名だ。この巨匠の時代は、今まで絵画は聖書などに題材をとっており、教会に飾られることが多かった。しかし、この時代頃から教会には絵をあまり飾らなくなったという。画家には失業が待っているように思えるが、画家達は教会以上に日常の生活に美があることを見出す。それはあたかも、現在の運動が、奇跡的な事象のみを素晴らしいとするのではなく、日常生活こそ奇跡の状態であるとして、日常生活に美や神様の恵みを見出して感謝する日時計主義を実践している。内容とレベルはかなり違うかも知れないが、当時の絵の題材は、それに似たものではなかろうかと思われる。
 フェルメールは、日常の生活を題材にして絵を描くことになり、それが今日、伝えられているのだった。当時、手紙は新たなコミュニケーション手段だった。手紙を題材とした絵が多いとされる。手紙はワープロではなく、自分の直筆で書くとき、その人の性格や思いが自然に伝わるというものである。
私はフェルメールのことを考えて、決して人生に於いてマイナスはないのだと思えるようになった。

『コンドルは争わない』
 「金持ち争わず」という言葉があるが、『ダーウィンが来た』(2011/06/28)では、3000㍍級の山々が並ぶアンデス山脈でのコンドルの生活が放映されていた。岩山の穴で雛を育てる。コンドルは生きた動物を襲うことはないようだ。なぜかというと、コンドルという鳥は羽を余り動かさずに上昇気流の風に乗って移動することが多く、争いで羽を傷めると飛ぶことができないからだという。コンドルは神になった鳥であるとも言われる。アンデスは、餌が少ないと思うが、そういう生き方になっている。私たちも、神様の上昇気流に乗って、高く高く舞い上がろうとしたならば、争いは禁物であるようだ。常に実相を直視して、礼拝する。そして、神の御心を生きることのみに専念する。ここにこそ、信仰者としての生きる道があるのだろう。
「天地の祖神の道を伝えんとあれましし生長の家の大神」であるので、道を行じて伝えることを熱心に行うことこそ、神様と波長が合い、神様の御守護をいただくことができると考えられる。真理の生活化のみならず、伝道に誠心誠意、真心を尽くすことこそ肝要である。また、真理の生活化は、家庭内伝道につながり、決して疎かにしてはならないことであると思われる。

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中内 英生

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July.23.2011「正しい組み合わせ」

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July.23.2011「正しい組み合わせ」
今日の詩::蒸し暑い 家の中にも カエルの子
(カエルは、光に集まる虫を餌にしようとして家に入るのだと、大田の青年信徒さんからコメントで教えていただいた。この方は、知らないことはないというほどのすごい知識人である。)

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 今日は青年会主催の、「フェイスブック学習会」に参加させていただいた。お互いに、フェイスブックに掲載されている総裁先生の英文の御文章を翻訳していく。日本語でかかれた内容の場合は、あまり深く考えないで読んでいく場合が多いが、英文の場合は、なんども読み直す。その時、より一層深い意味が理解できそうな気がする。そのために、この学習会を開いたのだと、委員長さんは言っていた。

 今日の所は、「right mix」という言葉が印象に残った。正しい組み合わせとでもいうのだろうか。自分の持っている資質が、社会に、地域に正しく対応するならばみ教えは必ず波及するということである。「創意工夫」が何よりも大切であろうと思われる。そのためには、当然のことながら、意見を充分に言い合える雰囲気作りが何よりも大切だろう。今年度から、トップダウンという従来型の運動形式から、ボトムアップという形式に変わる。一時的には効果は見えなくても、いつの間にか運動そのものが、信徒さん自身のものとなり、創意工夫がなされて、成果につながる。そのような状況になることが期待される。
 女子サッカーチーム「なでしこジャパン」では、最年少18歳、先頭は沢穂希選手の30x歳であっても、年齢関係なしで意見を出し合って、チームのために最善を尽くす。そのような雰囲気がチーム全体を盛り上げていったようだ。録画を見る度に何かを学ばせていただくような気がする。私もまた勇気を与えられる一人だ。

 隠岐の島のロウソク島に巨大な灯が点った。これは、有名な夕陽(太陽光)を乗せたロウソク島のことではなく、「隠岐の國白鳩会webサイト」のことである。島根の信徒さんは実に素晴らしく、み教えを素直に行じておられる。このみ教えに対する素直さが新しい島根の生長の家の活動を生み出すように思われる。私自身は、土壌改良係であり、すべての信徒さんの資質の向上に力をそそぎ、全体的に魂と能力の向上をはかることになっている。誠に有り難いお役目であると思う。実践して成果を喜びあうのは信徒さんご自身である。

 NHK番組『ダーウィンが来た』(2011/06/19)ではスズメバチの様子が放映されていた。いつも二千匹ほどの働き蜂などが生息する。しかし、最初は、3㎝ほども女王蜂一匹で卵を産み始める。約一万匹の蜂を生み出す力を持っているという。すごい能力ではある。しかし、それも一匹からだ。最初は目立たず、安全な場所に巣を作る。2~3週間の寿命の働き蜂が生まれてから増員計画が強力に実行に移される。この働き蜂はすべて雌であるという。雄は季節によって生まれる。実に不思議な習慣だ。新しい女王蜂が生まれると世代交代が行われるが、それは実にうまくできているようである。宿命的に、大ススメバチが、襲撃に来る。それは幼虫を食べに来るからだ。大きな大スズメバチに対して数で対抗する以外にない。そのために沢山の子孫を産み出すのだ。大人のスズメバチは食い殺されるが、幼虫を守るのに必死だ。大勢で大スズメバチに取り組み、巣から離し、攻撃をあきらめさせる。大勢で取り囲むと大スズメバチは体温が上がってふらふらになるのではなかろうか?。さまざまな昆虫の知恵が生きている。スズメバチ一匹は一シーズンで、幼虫に食べさせるために100キログラムの昆虫を捕獲するという。また、進化学の中には、色を識別する能力を昆虫と人間が持っているので、進化の枝分かれ以前に一つであった可能性があるとの説を唱える人もいるようだ。誰も見ていないのだから、真偽は別にして、生命の一体感や、分子細胞レベルでの考え方もあるようだ。
 この番組で、私は、「まずは一人から始まる」こと。「一人でも一万の人々に影響を与えることができる能力がある」であろうことなどを教えられた気がした。その能力は、伝道能力として私たちは受け止めてはどうだろうか。一騎当千ではなく、一騎当万である。

《お時間があればどうぞ!》
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中内 英生

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動画::紅き橋 静かな春の 朝の海

入り江の赤い橋です。中内英生

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動画::田舎道 田んぼはみどり 目を癒やす 

益田の山の手です。田んぼのみどりが実に美しいです。中内英生拝

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動画::西ノ海 大風吹きて 浄め給う

台風の影響ですごい荒れ方です。しかし、夏なので、夏の見所といった感じでしょうか。中内英生拝

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動画::夏用に 絵を入れ替える 我が玄関

教化部会館の玄関に描けてあった絵が、夏の阿波踊りの絵に入れ替わりました。暑い夏です。絵を描き、持ってきてくださった信徒さんに心から感謝します。 中内英生拝

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動画::カエルの子 御手にいだきて 家の外

カエルの子が家に入ってきました。これで3匹目です。

光明島根人

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July.22.2011「”めんどくさい”が世界を救う」

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July.22.2011「”めんどくさい”が世界を救う」
今日の詩::気がつけば 時計鳴るなり コチコチと

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【島根の信徒の皆様、総裁先生のブログを拝読しましょう。】
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【白鳩会総裁先生のブログを拝読しましょう。】
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 『生長の家』誌(平成23年8月号)の4ページには、「”めんどくさい”が世界を救う」というテーマで、総裁先生の御講話が掲載されている。
 その中で、「感情を共有するミラーニューロン」という項目がある。脳の中に存在する一群の細胞のことだそうだ。目の前にいる相手の感情をシミュレートするという特殊な役割を持っているという。自分で  何か行動を起こすと、その瞬間、脳のごく一部に微弱な電流が走る。これを専門用語では「発火する」という。この現象が、例えばサッカーボールのことが書かれているが、自分で蹴ったときも、ボールが蹴られるのを見た時も、音を聞いたときも、蹴るという単語を言ったり、聴いたときにも同じように発火するとのことだ。
 これは、良い指導者につくと、いつかはその指導者と同じようにできるようになる。指導者の行動や言葉を聞いているうちに、脳の中に同じように発火するからだろう。従って、いかに良き指導者を持つかどうかが、将来自分の神の子無限力を発揮する上において、重要なことではないだろうか。
 私たちは現在、総裁先生という正師をいただいている。総裁先生の御文章に触れ、ご指導いただくとき、私たちのミラーニューロンが発火して、より一層レベルアップした力が発揮できるように、お導きいただくのではないだろうか。それにはミラーニューロンが関わっているのかも知れないと私自身は思うのである。

 7ページには重要なことをお説きになっておられる。この細胞群のおかげで、他人の気持ちを推し量ったり、小説や映画の主人公に感情移入することができるとされる。「自他一体感」の実感を得る能力の源泉でもある。この細胞群こそ、私たちの文化活動の源泉であるとも書かれている。この脳の存在は、人間の本質が、他の動物のように「欲望を満たす」ことにあるのではなく、他者と「喜びを共有する」ことにあると考えられるとしておられる。
 この脳の存在を私たちは、大いに活用していくべきだと思う。聖典を拝読するのも、神想観を実修するのも、愛他行を実践するのも、ミラーニューロンの活用であると言えないことはない。聖典を拝読して、谷口雅春大聖師、谷口清超大聖師、総裁先生の御心を、自分のミラーニューロンに発火させる。また、神想観によって、唯一絶対の神と同座し、神様の御心を、自分のミラーニューロンに発火させる。さらに、愛他行によって、他が喜ぶ姿を見て、相手と感情を共有して、ミラーニューロンを発火させる。真我一体、自他一体、万物一体の感情である。私たちは、そういう意味に於いて、ミラーニューロンの活用にしても最高の活用法を与えられているのではなかろうかと思う。

 さらに、8ページには、「自然と都会の違い」についてお書きになっている。私たちが住む環境によって、人間の心の傾向、すなわち脳の使い方が多少変わるという。八ヶ岳山麓と東京都とではかなり変わるのではないかとも思う。私の脳には、高知県の田舎が原風景として残っている。東京に出てきたときには、休日は高尾山方面や、神代植物公園など、自然が豊富な場所へ行くことにより心が安まった。現在はというと、ほどよい環境ではあるが、自然の中に行こうという思いは余り強くない。なぜならば、森林や森の中に行くことがかなり多いからである。よく考えてみると、心の安定があるように思える。
 この項目には、重要な論理の展開と考察が展開されている。私たち島根の信徒は、これらの御文章を何度も繰りかえして拝読し、深く精確に学ばせていただきたいと思うのである。

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中内 英生

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July.21.2011「day-off」

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July.21.2011「day-off」
今日の詩::身を休め 心も休まる 出雲晴れ
(日本晴れというべきでしょうが、ここでは出雲晴れです。)

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 今日は、木曜休日だった。生活に時間的ゆとりがあることも必要に思う。今日は、読みかけの本を読んだり、近くのお店にいったりで生活を楽しんだ。私は、テレビを見るのは大体、録画で見ることが多い。放映の時間に見ることができるのは希である。少し遅れてだが、世の中の情報が入ることはうれしい。

 さて、『仕事学のすすめ』(2011/06/29)には、川口淳一郎さんのことが出ていた。ご存じ、「ハヤブサ」と帰還させたリーダーだ。彼は言う。「あきらめたらおしまいだ」と。宇宙科学の技術者は、資質として何が必要であるかというと、「技術よりも根性」であるという。これは極端な精神論ではなかろうか、とも思ったが、川口さんがおっしゃるのだから間違いないだろう。この番組のタイトルは、「第四回リーダーは決してあきらめない」である。逆に考えると、あきらめるタイプはリーダーにはなれないということか。川口さんが日本人の国民性の痛いところを突いていた。「日本人は先行するものがないとやれない」と。要するに世界初ということがなかなかできないということだろうか。しかし、そのマイナスの国民性をみごとに乗り越えたのが、川口さんの「ハヤブサ」ではなかったか。性格とは何であろうか。「実相神の子の資質+迷い=性格」であろう。自分の性格であると想っているものは、実は神様から与えられた本来の自分の資質ではなく、迷いが含まれている場合がある。従って、逆に考えると、自分の個性だと思っている「私心」、「我の心」を消し去ることによって、却って、迷いが消去されて、実相の自分が現れることになる。 己の性格を超えるにはどうすればよいのだろうか。それは、「自分はない」と自己否定をすることである。そして、否定しても否定しても否定しきれないところに本当の自分を見出すことができるのではなかろうか。
 般若心経において、一切を否定してしまって、何も残らないのかも思ったら、否定しても否定しきれない世界、彼岸の世界があると説かれている。それは、実相の世界と実相の自分の実在である。私たちはその実相世界に生き続けている本当の自分に目覚めることこそ、自性円満の自覚を生きることになると考えられる。

 「無は関門なり通るべし」という言葉がある。『無門関解釈』という本があるくらいだ。少しぶ厚いが、谷口雅春大聖師のお書きになられた名著であると思う。島根の信徒の皆様はどうか一度は拝読していただきたいと思う。「般若心経講義」は、同じく谷口雅春大聖師の御著書『あなたは自分で治せる』という本の中にもある。「中にもある」とは、さまざまな所でお説きになっているからだ。否定と肯定は、宗教の悟りの真髄のようなものである。その世界は、五感の否定と実相の肯定というようなかたちで現れる。神想観の最初に、「われ今五官(感)の世界を去って実相の世界に入る(居る)」とあるように、「五感の世界を去って」というのが、否定であり、その極に、実相の肯定である「実相の世界に入る」という風に続くのである。
 たしかに、心の中に実相の世界を描くにしても、人間は肉体であるという、「肉体意識」の上に完全円満なる実相の自分を描こうにもなかなか描けるものではない。黒板に、「肉体」と書いて、その上に、「実相」と書いても二重になってしまい、字が何だか分からなくなってしまう。「肉体」という字を、黒板消しで消してから、「実相人間神の子」と書くと、読めるようになる。簡単な説明だが、「心の中の変化」はそういうことなのだろう。

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中内 英生

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July.20.2011「”生長の家聖歌を聴く夕べ”に参加して、東日本大震災の復興を島根から祈ろう」

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July.20.2011「”生長の家聖歌を聴く夕べ”に参加して、東日本大震災の復興を島根から祈ろう」
今日の詩::曇り空 土用の丑は 暑からず

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 今日のブログは、8月号の『大和島根』に掲載予定の挨拶文を掲載させていただきます。お暑い中をお読みいただき、心から感謝申し上げます。

 島根の神の子の皆様、有り難うございます。
東日本大震災の被災によって、日本中が沈滞気味の状態でしたが、世界中からの支援の輪の広がりによって、現在復興しつつあります。
 私たち島根の信徒も、総裁先生からお示しいただきました「祈りの言葉」を朗読し、聖経を読誦し、「四無量心を行じる神想観」を実修し、尊い義援金を出させていただきました。
 そしてこの度、8月25日(木)午後6時半より「東日本被災地復興支援のための”第二回聖歌を聴く夕べ”」を行います。このコンサートで集まりました義援金は、ユニセフを通じまして、被災地に送られる予定です。従いまして、ご参加そのものが、復興支援のご行動となりますので、皆様どうぞ、ふるってご参加下さい。

 舞台で「生長の家の聖歌」が歌われることによって、歌う人々の心に波打つ聖なる真理のハーモニーが、聴衆の心に響いて参ります。参加者は200数十人になる予定ですが、それらの人々の神への祈りが東北の人々へ大きな波動となって伝わっていくでしょう。それは聖歌を通しての「集団の祝福の祈り」にも似たものではないかと思われます。いわゆる200人超の信徒による、東日本支援復興の祈りの集いです。
 私たちは、集団の祈りの力を信じています。キリストは言われました。「二人して神に祈れば何事でも成就する!」と。”世界平和の祈り”にしましても、”四無量心を行じる神想観”にしましても、光明の思念が東北に、全地球に伝わっていくのです。私はそれを確信しております。

 「祈っているだけではなく、行動しなくてはいけない」という言葉もあります。それは実に大切なことです。しかし、ある人が、「それは本当に祈ったことがない人が言う言葉だ」と私に言い切りました。その人は、祈りが動力であるということを知っていたのです。彼は、徹底して祈りつつ事業を行っている経営者でした。私は、どちらも真実であると思います。
 そして、このコンサートは第一回目のコンサートとは多少違います。真理を表現した聖歌の歌詞を心に思い浮かべることによって、その真理と愛の想念が、祈りとなって東日本に届くとイメージできるからです。

 昔、アガシャの予言というのを覚えている人もあると思いますが、谷口雅春大聖師のご指導により、世界平和の祈りが始まりました。そして、大聖師がアガシャ寺院に行かれたとき、「アガシャの予言に変更があり、人類の滅亡はない」との予言変更のメッセージをお聴きになったと記憶しております。それは、私たち生長の家の信徒の”世界平和の祈り”によって、人類全体の「心の世界に於ける運命の形成」に変更があり、破壊と滅亡の想念が減少してきたことを意味するのではないでしょうか。 
 そういう意味で、私たちは、毎朝夕の神想観を欠かすことはできません。また、8月25日の、「聖歌を聴く夕べ」に参加されて、私たちと共に、大勢の人々による東北に向けての強力なる「愛と真理の祈り」の放送を実践して、少しでも東北の人々の心の支え、支援復興の力とならせていただこうではありませんか。

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中内 英生

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July.19.2011「なでしこジャパン」

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July.19.2011「なでしこジャパン」
今日の詩::なでしこや 勝利の女神 サッカーの 報いられしは 努力の末に

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 どこもかしこも、なでしこジャパンが話題である。彼女たちの笑顔、全力を出し切った姿、どの新聞の文章を読んでいてもこみ上げるものを感じる。沢さんの全身で表現した笑顔が、無限の喜びを感じさせてくれる。

 山陰中央新報(2011/07/19)の一面には、次のように書かれている。
「…念願の表彰台を懸けた準決勝が象徴的だった。沢のパスミスから先制されたが、仲間は逆転を疑わなかった。沢は”若い子が冷静で、私が一番焦っていた”と苦笑い。チームを長年支えるスタッフは、”昔は沢が一人だけ前にいた。今は先頭の沢をすぐ後ろでみんなが押している”と表現した。もう北京五輪の時のように、沢が、”苦しくなったら私の背中を見て”という必要はない。献身の年月が報われた。…」どの新聞の文章を読んでも、名文である。それだけ感動が筆者をして書かしめているのだろう。

 第3面には、「日本スタイル各国賞賛」とある。体格や走力の差も大きかったが、「連動した守備やパスワークで主導権を握り、勝ち上がった」とある。連係プレイ、これが日本的和の力なのだろう。光明化運動でも、和が何よりも大切であると思う。無限力を発揮する秘訣に、①無限力の自覚、②百練千磨、③大調和、と示されている。人体がバラバラではなく、一個の生命体であるように、選手が一個の生命体として連係プレイを行う。これは和の力である。お互いの信頼感こそ大切であり、それ以外のもので人を動かせるものではないだろう。

「監督交代のたびに方向性が変わりがちな男子の日本代表に比べ、一貫して同じスタイルを追求してきたのも強みだ。元日本女子代表の大竹七味さんは「ピッチの11人が同じ絵を描けている。だから同じ時にパワーを発揮できる。戦術の完成度の高さが、なでしこの武器」と指摘したという。すべて、島根の光明化運動に取り入れることができそうだ。
 神の御心を受けて、み教えを説かれる総裁先生に中心帰一する私たちのスタイル(信仰姿勢)こそ、最強の信仰生活であると考えられる。
 奥さんと晩酌する佐々木監督も素晴らしい。「女房を愛せない者はなでしこを愛せない」と。別の新聞に、加齢臭と鼻毛と目やにを気をつけるように奥様に忠告されて気を配ったという。この監督の言葉で、日本中の男性の加齢臭がなくなる可能性がある?かもしれない。

 第14面「不屈の精神で金字塔」とある。「評」には、「日本は粘り強い戦いが光った。」と書かれている。対米決勝戦で、リードされても追いついた、またリードされても追いついた。最後にPK戦を制した。翻って私たちにとっては、粘り強い信仰こそ重要である。一日一日を粘り強く生きることが大切ではなかろうか。生活は戦いではないが、己に打ち勝つ戦いでもある。
一日一日の少しづつの積み重ねこそ、大きな成果につながると思う。
 宮間選手は言う。「120分やって、ぎりぎり追いついた。優勝はうれしいけど、米国相手に90分で勝てるチームにならないと」とさらに上を求めている。私たち島根の信徒は、現状に満足することなく、また、日々の信仰生活である三正行を怠ることなく島根教区というチームの無限向上の道を歩みたい。
 これらの数日間の女子サッカーのすがたを見て、島根チームは、国際平和信仰運動のために、もっともっと貢献できる世界一の力を発揮するようになりたいと強く思った。 

 PK戦では、キックする選手の背後で他の選手達がみんなで手を繋いで祈るような姿は実に信仰的であるようにも映った。

しかし、それにしても「すごい!」の一言に尽きる。
http://www.youtube.com/watch?v=FdFKkvOmHno&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=pcO-Gv7XI2k

http://www.youtube.com/watch?v=aB0j_7E_iWQ

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中内 英生

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動画::石となり ヤマタノオロチ 降臨す かつての怪獣 今マスコット

モニュメントがあるのは、益田市にあるグラントアです。見れば見るほど素晴らしい出来映えです。中内英生拝

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動画::丘に立つ ヤマタオロチと ご対面 石の大蛇は 微笑んでいる

益田のグラントアにあるモニュメントです。なかなか良いです。中内英生拝

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動画::復興の 祈り深めて 東北へ 島根の信徒 聖経を誦む

7月19日、浜田市で行われた見真会での祈りと聖経読誦です。まだまだ続いています。総裁先生の御心を我が心とするために、そして観世音菩薩の慈悲の波動を東北へ届けるために。中内英生拝

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July.18.2011「現在の境遇に感謝する生き方」

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July.18.2011「現在の境遇に感謝する生き方」
今日の詩::熱風を 吹き付け暑し 扇風機 

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 今日は、休日であるのでほとんど家にいることができた。先日書いた、「たそがれる」という意味を考えると、それでよいのだという思いが湧いてきて、そのままの自分でうれしくなる。感謝あるのみである。さて、昨日のつづきを拝読する。

 24ページには、食糧自給率が日本は40%であるので、近い場所で生産された食物を買うと、食べられない人ができると単純には考えられる。しかし、地産地消を心懸ける消費者が増えると、日本の農業を育てることになるので、自給率の向上につながり、地方の活性化に寄与するだろうと、と書かれている。大いに賛成である。教化部の写メ俳コーナーには、昨日摘果したキュウリを二つ並べた。「菜園に ついに食べ時 キュウリの実」である。妻が丹精込めて作ったようだ。これは、「めんどくさいが世界を救う」にも通ずるものではなかろうか。

 「人と生態系から奪わない」という選択肢がこれからのキーワードになるようである。洗剤でも、椰子油を使った洗剤が多いと聞く。これは東南アジアの森林を伐採する、または燃やしてその後に椰子の木を植える。勿論、象やオランウータンの生活の場所が無くなるのは当然である。椰子油はかつては日本とオランダが輸入量が多い時期があったが現在はどうなのであろうか。
  環境をもっとも汚染しないのは、明治生まれの女性であると聞いたことがある。それは、ほとんど洗剤を使用しないので環境に負荷をかけないことを意味する。洗剤を大量に使わなくてもきちんと洗っておき、乾燥させれば特に不衛生ではないと考えられるからだ。倫理的生活が信仰者の生活である。私たち島根の信徒は、このことを常に念頭に置いて生活をするようにしたい。

 次に衝撃的な情報が書かれている。25ページであるが、「生態系や地球環境に配慮して、少し高くても良いものを買おうという人はたった5%」だそうである。15%の人は、少しはそういうことに配慮するが、熱心ではない、という。さらに23%の人は、全く無関心であるというのが、現在の人々の消費行動であるとのことである。

 しかし、私は考えます。集団の中で5%が変わると、全体が変わってくると。既に5%の人々が倫理的生活を行おうとしている限り、次のステップに進んでいくでしょう。私たちはその5%の中に確実に入っている必要性があります。さらに20%になったら、社会は変わります。それには、生活の中で「選択肢」を持ち、確実に選択することです。
 白鳩会総裁先生のお言葉を肝に銘じて、今日の食卓に並べる食材の選択を行っていただきたいと存じます。
 ①日時計主義の実践。②人から奪わない生活。③地球を傷つけない生活。④他の生物に害を及ぼさない生活。⑤このような倫理的信仰生活を実践する。⑥多くの人々に真理を伝えていく。⑥日々の活動を足並みを揃えながら行う。

 以上ですが私たちは実に実に素晴らしい人生を送っていると思います。総裁先生ご夫妻様と、同時代に生まれ合わすことができた幸運を島根の信徒の皆様と共に喜び合いたいと存じます。

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中内 英生

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July.17.2011「スローライフで黄昏れる」

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July.17.2011「スローライフで黄昏れる」
今日の詩::そのままに 生まれるときに 生まれ来て 海辺でボーと たそがれる

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 今日で出雲練成会が終わった。今回初めて運営委員の皆様が朝の8時~夕刻の6時まで絶え間なく、交代で聖経『甘露の法雨』を読誦してくれた。期間中、霊的磁場が教化部会館にできたようだ。この磁場が多くの人々を引きつけるだろう。そして高級霊の修正もあり、信仰的気づきと体験とが生まれる。そのモデルが、島根教区各地域の誌友会へ飛び火する。そして、地域の光明の霊的磁場となり、光の燈台となる。要はこの状態を続けることである。
 I主任を中心に、素晴らしい練成会を運営してくれた。感謝である。私の心には、「練成会と誌友会とのリンク」という言葉の理解が多少、進んできたように思う。地域の組織誌友会が活発化、活性化しない限り、長期的な発展は望めないと思う。確実に講習会を伸ばして行くには、地域の誌友会に力を入れる以外にないことは明白であろう。

 機関紙『生長の家』(2011/07月号)22ページには、白鳩会総裁先生が、「一人一人の選択がこれからの社会を作る」ということをお書きになっている。グレープフルーツやバナナのことがフードマイレージとの関係で書かれている。私たちは、時々、先祖供養祭や食材でバナナを使う。その際に、安いから、美味しいからといって安易に買うのではなく、その背後に何があるかということを考えて、選択して生きていくということが、教化部の先祖供養祭などでの購入の時にも、気配りが必要であろう。それは信仰者の生きる道である。

 これからの信仰者のキーワードは、「一人一人の選択」という言葉ではないだろうか。私たちは、「こうしてはいけない」、という言い方は極力していない。それは神の子は禁止によって行動するのではなく、選択ということが、神の子の自主の本質からして、かくしからしむる所である。
 『うぐいす餅とバナナ』という御著書の中に、「たそがれどき」というエッセイがあるという。『めがね』という映画の話だ。都会で暮らす独身女性が、仕事や都会生活の疲れを癒やすために南の島へ行く。そこでの民宿のご主人の生活のことが表現されているという。それは、スローライフ、地産地消であり、必要以上のものを持たない、お金を儲けない生活である。土地の人々の大きな目的は、「たそがれる」ということであるようだ。

 海辺に座って、何も考えないでボーとする。この瞬間こそが島の人々の楽しみであるという。現実はそれでは進歩がないかもしれないが、現代には大切な癒しの時間でありましょう。それだけ、大自然は人間の心を弥してくれると思われる。私は、高校時代に、山に沈む夕焼けの空、四万十川の風景、それらを見ることによって、随分と癒やされていたように思う。当時はこのような郷里の原風景から離れることは思いもよらなかった。上京してから一年間、郷里に帰ってきたとき、そこにある風景、一本の草、一陣の風、人々の会話、それらは何と懐かしく、私の魂を揺さぶったことだろうか。啄木の短歌「故郷の山に向かいて言うことなし、故郷の山はありがたきかな」であった。

 23ページには、私たちの生活そのもの、生活スタイルが、人間の活動が、地球環境を悪化させていることが書かれている。中東の政治不安定、アフリカ・南アジアなどでの貧困の姿を見ながら、「これでいいのだろうか?」という不安感の中で過ごしている。余り贅沢な食事をせず、野菜中心の生活に帰ることで、”罪の意識”を減らそうとしているのではないか、と分析しておられます。
 そのような自己矛盾に満ちた生活から逃れるために、海辺の町で「たそがれる」ことも一つの方法だが、表面的に終わることなく、自分の生活を根本から見直す必要があるだろうと、書かれております。これは「森の中のオフィス」につながっていく考え方でもある。
 私たち島根の信徒は、すでに自然の中で生活はしているのですが、白鳩会総裁先生のご生活を模範として、日々の生活を調整して参りたいと存じます。

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中内 英生

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最近の写真集②(平成23年7月18日(月)

合掌、有り難うございます。暑中お見舞い申し上げます。

島根の神の子信徒の皆様!。伝道・愛行・菩薩行の合間にご覧下さい。最近のものです。中内英生拝

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最近の写真集①(10枚)2011/07/18

島根の神の子信徒の皆様へ。暑中お見舞い申し上げます。

最近、撮ったものを集めました。ダブっているかもしれませんが、悪しからず。伝道や聖典読誦の合間にご覧下さい。中内英生拝

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July.16.2011「なぜ”森の中”へ行くのか?」

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July.16.2011「なぜ”森の中”へ行くのか?」
今日の詩::白百合の 香り運びて 部屋に満つ

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 機関紙『生長の家』(2011/07月号)では、白鳩会総裁先生の御文章が掲載されております。18ページの上段最終行からの御文章に大変感銘を受けました。

①都会は人間の欲望が詰まっているような場所であるし、人から奪うこと以外に選択肢が無いような場所である。
②都会で生活すること自体が、たくさんのCO2を排出するということは、人々からあるいは自然から奪う生活である。
③今までの進歩と思われていたものは、余りにも人間中心主義、人間優先で、現在の私たちの豊かで快適な生活はその上に立っている。
④都会の生活は他のものの犠牲の上に成り立っている。
⑤そのような視点に立って、初めて森の中へ行くことが理解できる。
⑥実際には、田舎であっても、暮らしはそんなに変わらない。
⑦田舎では、自分で自然から奪わない生活をしようと思えば選択することができる。翻って、都会ではほとんどその選択肢は与えられていない。

 要点はだいたい、以上のようなところでしょうか。出雲は松江から比べると田舎かもしれませんが、インターネットにしても結構やっています。石見にはほんとに山の中に住んでおられる地方講師さんがおられますが、家の中に入ると私たちの生活と変わりません。違うところは、空が青く、空気が美味しいこと、小川の水が澄み切っていることなどです。

 19ページには、原子力発電所の事故のことがかかれています。福島の人々は土地を追われています。大阪は福井の原発からだそうです。いったん事故が起こると犠牲になるのは原発の近くの人たちです。そのような犠牲の上に現代の文明と豊かさがある。それを進歩であると思い間違っていたのではないでしょうか。
 福島原発のあたりは、何度も車で通った地域です。そこにさえ、行くことができないと思うと、やり切れない思いです。そのようなことを考えてみると、森の中に行くということ、新エネルギーの開発や人類の新しい生き方の研究やが理解出来るのではないでしょうか。

 私の住んでいる出雲の近くには島根原発があります。島根原発は安全だという前提で私たちは棲んでいるのです。しかし、想定外の自然災害や人災でどのような状況に陥るかわかりません。もっと安全な、他から奪わない生活をしたい。結果として他から奪ってしまうような生活はやめるべきでしょう。
 この小見出しの最後に、「抽象的な魂の向上ではなく、具体的な生き方による魂の向上を選んだ」とお書きになっておられます。精神面での抽象的な悟りではなく、実生活を生きる道。これこそ生長の家が「実践哲学」であるという証明になるのではないでしょうか。
 
 21ページには、炭焼きの常次郎さんと奥さんのことが書かれています。ご主人が炭を焼いて町で売る。その代金で、妻にはうぐいす餅、孫にはキャラメルを買って帰るのです。そのうぐいす餅を見て妻が、「わぁ、うぐいす餅だ」と喜ぶのことが書かれています。その逸話をお読みになって、衝撃をお受けになったとのことでした。
 私たちも、もっともっと喜んで参りたいと存じます。40年以上前に私の上司であった本部神癒祈願部の故I元本部講師が常々言っていました。「喜びようが足らん。だから体験がでないんだ」と。そこで、「よろこべば喜び事がよろこんで、喜び集めて喜びにくる」という言葉をいつも言っていました。
 島根の神の子の皆様、これからも大いに喜ぼうではありませんか。

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中内 英生

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動画::流産児 供養ゆかしく 盆に向け

7月出雲練成会の流産児供養祭です。厳粛な行事です。中内英生拝

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July.15.2011「青年会員の団参体験」

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July.15.2011「青年会員の団参体験」
今日の詩::猛暑にも 耐えて生き延び カエルの子

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 今日は、島根教区の青年会員K子さんが先日の団参に行った時の体験談原稿を入手しましたので、ご紹介します。お若い方が信仰に目覚めることはとても素晴らしいことです。

【初めての出来事】
 神の子の皆様、ありがとうございます。
今年、私に初めての出来事が起こりました。その出来事について発表したいと思います。
私は今回、六月十五日からの十八日までの三泊四日間、長崎にある総本山で団体参拝練成会に初めて青年会の参加者として全期で参加させていただきました。両親と祖母とも相談した結果、今回の団体参拝練成会に参加する事に賛成をしてくれました。毎年、二月に行われていると聞いていたので、寒い時期や天気も良くなかったので参加する事は出来ませんでしたが、でも、今年は六月に団体参拝練成会が行われると聞いて安心し、また、気候がとても良かったので、参加する事を決意致しました。今回は、私の祖母と二人で参加する事が出来、また、東京第一教区の方で私の親寂の方も一緒に参加されたのでとても光栄でした。私は総本山は高校生の時に一回、全国青年練成会の行事が行われた時に初めて総本山に訪れたので、総本山に行った回数は今回で合計四回目です。

【ただ今、帰って参りました!】
 今回、団体参拝練成会に参加したのは、初めてということもあって、不安をもちながらの参加でしたが、参加者の方と共に受けることが出来たのでとてもホッとしました。私は谷口雅春大聖師のお導き、両親、祖母、教化部の職員の皆様方のお陰だと思っています。それと「神様が私を導いて下さっているんだ。ありがとうございます。」と感じることが出来ました。団体参拝練成会に参加したことが今までなかったので分からないことは沢山ありましたが、でも、実際に「生長の家総本山」に到着してみると、緊張が和らげ、とてもリラックスに参加する事が出来たのでとても嬉しかったです。総本山についたら、「ただいま、帰りました」とバスの中で参加者の皆さんと一緒に言いました。「帰ってきたんだ」という実感が湧きました。総本山に到着しましたら、とても天気が良くて、すばらしい景色に囲まれていました。総本山は自然がそのもので緑豊かな雰囲気のもとで、団体参拝練成会に参加させて頂けることはとてもありがたいことだなと、その時に思わせていただきました。

【献労中止も経験のうち】
 一日目から講話が沢山あった事に驚きを感じました。二日目は早朝が四時三十分でしたので、毎日の生活の中の事を思うと、起きる時間は早かったですが、それでも、目覚めは良く、スムーズに早朝行事に参加することが出来ました。一日目から四日目までの間の講話の中でテキストを沢山使われて、その中の谷口清超先生著書の『正法眼蔵を読む』のテキストを私の祖母が私の隣の席に座っていたので、購入して下さいました。内容は難しかったのですが、とても勉強になりました。
 二日目になりますと、天気が悪くて、午前に献労があったので早朝に準備をしていましたが、でも、天気が悪かったので、献労は中止になりましたが、「これも経験」というふうに私の心の中で思いました。

【温故資料館の絵封筒作品】
 二日目の午後になりますと、絵封筒・俳句作りの創作の時間と藤棚の家、温故資料館の拝観の時間も同時にありました。私は、今回、温故資料館を題材にした絵封筒の作品を仕上げました。最初は、自分でも下手な感じではありましたが、でも絵が完成していくうちに「神の子・無限力」が発揮されてきて、自分に「でも絵は、上手、下手はないのだから出来るんだ」と実感が湧きました。作品の発表の時間に、本当は前に出ようかなと迷いましたが、でも、教化部に持ち帰りました。皆さんの作品を鑑賞していると、それぞれの絵に個性が出ていて、素晴らしいなと思いながら、見ていました。この時間を設けていただいて、有難いなと思いました。

【谷口雅春大聖師26年祭に参列】
 三日目になりますと、谷口雅春大聖師のお祭りが行われました。そのお祭りの時に、生長の家総裁谷口雅宣先生によるご講話がありました。先生の御講話を聴いていると、今回の東日本の震災関連の話もされました。日本のエネルギーは、すごいなとつくづく思いました。
 四日目の最終日、いよいよ団体参拝練成会が終わりに近づいてきました。祈り合いの神想観の時間では、祈っていただき、心がとても浄まりました。練成会の終盤になりますと、この練成会が終わったんだと感じました。帰る時間には、総本山の皆様と、さよならの挨拶をしまして別れました。

*これで体験談は終わりですが、彼女は新鮮な気持ちで総本山に参拝し、次から次へと行われる諸行事をこなしていっておりました。彼女の魂は四日間の練成会で生まれ変わったようです。

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中内 英生

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動画::虹色に 天井染まる 朝時間 今日も良いこと 待ってるかもね

朝、天井を見ると何と、虹が写っているではありませんか。すごい!今日は善い日になることは確実だ!と思いました。 中内英生

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July.14.2011「人や自然から奪わない倫理的生活を!」

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July.14.2011「人や自然から奪わない倫理的生活を!」
今日の詩::自然界 計らわずして 生かし合い 一つの神の  身体のごとく

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 機関誌『生長の家』(平成23年7月号)12ページには、「人や自然から奪わない生活を広めよう」というタイトルで、白鳩会総裁先生の御文章か掲載されております。一度、お聴きした内容ですが、私たち島根の信徒はご指導を自分のものにして生活して行きたいと願っております。
 15ページには、東日本大震災からの「気付き」についてです。大意は次のような内容です。是非、原文をお読み戴きたいと思います。

 日本は66年前に戦争で都市が焼かれ、多くの戦死者もだした。そんな日本を戦後、人々はもう一度立派な国にしなくてはならないと、再建に力を注いだが、現在の繁栄は余りにも物質偏重過ぎないか。人間の幸福だけを求めて、山を切り崩し、海を埋め立て、生態系に大きな損害をもたらしたその生き方にストップをかけなければならない。そのことを築かせていただいた震災ではなかったのか、とお考えになった。それは「自然と共に伸びる運動」として進めてきたことでもある。

 私は、原文を拝読して、何事も観世音菩薩の御教示であるとして、気付くことの大切さをお教えいただいたように思います。
 経済の高度成長時代に、四コマ漫画で印象的なものがありました。会社が東南アジアで森林を伐採してダムを作るという仕事なのです。それに対して、社員が、「そういうことをすると象やオランウータンや動物が生きていけなくなります。そういうことをすべきではない」と、反対します。すると上司が怒りました。「私たちは、動物などのことよりも、地元の住民の幸福と経済の向上を行うためにやっている。動物などや生態系を考えることは子供じみている」と激怒するのです。社員は、シュンとして謝ります。
 そんな時代を通過して、大雨で土砂が流れ村が全滅したり、人間の幸福だけを求めすぎて二酸化炭素の増加による影響で苦しんだりで、現代まで来ています。その中で、「森の中に行く」ということは大きなインパクトを社会全体に与えるのではないでしょうか。 

 16ページにはまた次のような内容が掲載されています。
ここには、日時計主義の生き方が示されています。表面的に復興しても、心が復興しなければならない。そうしないと、心の原型が変わらないと再び現象界に同じようなことが現れる危険性がある。従って、一人一人が日時計主義を生きると共に、日常の生活を神の御心に適う生き方をしていかなくてはならないと重ねて思われたと示されております。
 そのことを考えますと、やはり白鳩会、相愛会を問わず、日時計日記を記載することをお勧めしたいと思います。誌友会が地域の真理の燈台ですので、誌友会開催率は非情に大切です。それと同じように、日々、「日時計日記」を記載する習慣を付けることは、「個人としての誌友会開催」に当たるのではないかとさえ、思います。三正行の実践の重要性をお教えいただいておりますように、もっともっと真剣に行じさせていただきたいと思います。
 「私たち一人一人の日常の生活を神の御心に適う生き方にする」ことが大切です。昨日は、江津での見真会で講話と担当させていただきましたが、目的と手段そして過程が神様の御心に適うことが大切であるという話をさせていただきました。

 私は、「形が復興しても魂が復興しなくてはならない」という意味で、教化部二階に掲示してある故Y元本部講師の言葉を思い出します。Y講師は、『常楽への道』をお書きになった方です。戦後復興時期に話された講話のテープを入手して何十回となくお聴きした記憶があります。そこには、経済的復興だけでなく、神の子の自覚を持つという魂の復興を説いておりました。その内容が、白鳩会総裁先生のお言葉と重なりました。
 島根の信徒の皆様、今後も大いに『日時計日記』を記載して、神の御心に適った生き方をさせていただこうではありませんか。

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中内 英生

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July.13.2011「東山魁夷の心象風景」

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July.13.2011「東山魁夷の心象風景」
今日の詩::梅雨あがり 夏の暑さと なりにけり

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 「この絵は、 心象風景ではなかろうか」、と思っていたが、NHKの「極上美の饗宴」(2011/06/27)では東山画伯のことを放映していた。「光昏」などは野尻湖に何度も足を運んで描いたという。しかし、実際は別の場所の風景も取り入れている。絵とは元来そういうものなのだろう。手作りCDである。湖の質感を出すのにも、色々と画材を作るのに工夫をしておられる。番組は傑作が生まれるまでの過程を追っていた。

 彼は太平洋戦争後に身内をすべて失った。その悲しみが青色にでているのかもしれない。私が感動したのは、37歳で兵隊となり、熊本に行った時、死を覚悟の上での行軍で、その時に見た阿蘇山の風景が彼を変えたという。同じ肉眼でみるのだが、死を覚悟しているので執着を脱していたのだと思う。その目で見た風景は実に美しいであった。
 私たちは仏心であるところの四無量心をお教え頂いている。慈悲喜捨の四つの無量の心である。最後の捨徳こそ、無執着の境地である。その境地は五官の喜びを超えている。従って、「四無量心を行ずる神想観」の実修が深まってきたときには、当然のことながら、より一層美しい実相世界の美を、真象を通じて見出すことができるようになるのではなかろうか。

有名な「道」なども、当時の画伯の心境を絵にしたものであるようだ。心が芸術を作る。心が明るいと明るい絵を描き、心が暗いと暗い絵になる。従って、真象を見て、神の創造の素晴らしさを賛美する私たちは、そこから生まれる絵手紙や絵封筒などは明るいものとならざるを得ないと思われるのである。

【世界最大の液状化現象】
 NHKスペシャル(2011/07/10)では、千葉の浦安や東北の港町での液状化現象の検証を放映していた。鉄筋コンクリートの重い建物さえも横倒しになっている。色々と調査していたが、海を埋め立てた砂地のような所に鉄筋コンクリート建物があったり、液状化現象も無理もないと思われるような状況だった。
 「神は海を埋め立てて土地を作ってそこに建物を建て給わず…」である。沼地を埋め立てて大都市を建築したメキシコ市などもそのツケが数百年後にでてくる。やはり自然の法則を無視して、形だけ表面から糊塗するやり方は長い年月の間にメッキがはげる。

 これは海辺の土地の液状化現象のことだが、私たちの信仰生活に於いても、形だけの生活で、神を信じる心や感謝の心が不足したり、普通の生活をしているようであっても、神想観や先祖供養、そして他への愛行が不足していたりしている場合は、生活に液状化現象や側方流動などを起こして、生活と仕事に破綻をもたらす危険性がある。そんなときこそ、原点に帰り、三正行を徹底することが肝要であろう。

 今日は、江津地区で一日見真会があったが、目的と手段の話に及んだ。目的と手段は同じものである。目的のためには手段を選ばないやり方は、どこかで破綻する。要するに長続きしないのだ。私は本当の信仰生活は、倦まず弛まずに三正行を行う生活こそ、地道ではあるが、本当の生活であると思う。それは枯れ野を燃えていくような瞬時のワクワクとする感覚はないかも知れない。しかし、夜露が地上のすべての植物を潤すが如く、神の愛によって一切を覆う。そこには静かな喜びがある筈だ。そのような生活を日々、不断に継続することこそ本当の信仰生活者であると考える次第である。教勢の発展にしても、「伝道に王道はない」というのが鉄則である。従って、毎日毎日、足の歩みを止めることなく進む以外にないと考えて、私自身としてはお道を行じさせていただいているつもりである。

 「神の子」であるという存在こそ、すでに偉大であり、宇宙一の存在であるからだ。相対的な優秀さを求めるときには、人から目立ちたいとか、名誉がほしいとか、却って信仰とは違った世界に陥っている危険性すらある。それらに心をとらわれることなく、ひたすら神の御心をお聴きし、神の御心を行じ、裏表なく、ウソも隠しもなく、正直に生きる時、自分自身も御家庭も、組織体も気がつけば大いに成長している筈である。

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中内 英生

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動画::隠岐の国飛行便

隠岐の国 久方ぶりの 飛行便 二酸化炭素の 排出口見る

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動画::隠岐の国白鳩会webサイト開設記念

隠岐の島の支部長さんが記念に、地元のシゲサ踊りを踊ってくださいました。中内英生拝

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太陽を 思う心が 花となる

太陽を 思う心が 花となる

昔、この花は葉っぱだけだったのです。でも、いつも原始地球には燦々と太陽の光が降り注いでいました。葉っぱは思いました。「何の為?どうして?」と。その頃の太陽の光は、24時間地球に降りそそいでいました。葉っぱはその太陽のことをいつも思っている間に、気がつくといつの間にか、葉っぱが太陽のような姿に変わっていたのです。それで人々はその花を、「太陽の子」と名付けました。 中内英生

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July.12.2011「元気な海士町の人々」

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July.12.2011「元気な海士町の人々」
今日の詩::うすみどり キャベツ食べたり 青虫のごと

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 海士町とかいて、「あまちょう」と読むそうだ。今日は隠岐の島から帰ってきた。海士町は島前にある。県外の若い人たちが沢山いる発展している島だそうだ。島根県版の新聞でも海士町の記事は時々見る。例えばエチゼンクラゲは害になるというが、ここではある高級魚の餌として与えているという。これなども、「禍を転じて福となす」という諺を実践しているのだと思う。
 この島の人は総じて、明るく積極的だという。それが顔にも表れていて、元気がよいと島後の信徒さん達が言っていた。私はまだ行ったことがない。ここは島前の信徒・幹部・地方講師の方々の伝道の対象としてほしいと思っている。伝えるべき相手がいると、人間は元気になるからである。従ってここの拠点造りは地元に任せたいと思っている。

 午後は、絵手紙・絵封筒展の打ち合わせを行った。今回の運営責任者のOさんは、生光展でまず、300枚は描いて出せるようにしたいと、語っていた。絵手紙絵封筒が決して神性表現だけで終わるのではなく、それも大切であるのだが、全白鳩会支部、全相愛会、全単位青年会でB型誌友会が行われて組織全体で動いていくことを狙っている。B型誌友会は、一年間に2回以上だがそのうちの一つに数えるようになっていただきたいと思う。
  意欲でいえば、Oさんは、学生時代、元美術部所属だったそうだ。一度ご一緒に絵筆を持ったことがあるが色彩の使い方が実にうまい、という印象がある。

 教区の絵手紙・絵封筒展は右脳開発のためではあるが、ポイントがあるとそれに向かって信徒の皆様は描きやすいということだろう。現在では、絵を描きましょうと云っても違和感がない人が多くなった。苦手な人は勿論あるとは思うが、何よりも、『日時計主義とは何か?』『太陽はいつも輝いている』の二つがバイブルであることを忘れてはならない。いつも原点に帰って絵を描きたいものである。

 白鳩会の隠岐総連が「隠岐の国webサイト」を立ち上げたので開いてみた。すると、連合会長さんの文章が掲載されていた。白鳩会にとっては、隠岐の島の総連だけが別枠だったような感じだった。ともかくも海外だからである。しかし、webサイトが開かれ、隠岐の国から日時計主義の文章や映像が世界に発信され、また会議にはお互いに出席し、通信ソフトを使って内地同様の情報伝達が行われつつある。このことを「大きな夢の橋」であると表現しておられた。そうかも知れない。全総連が連合会と足並みを揃える体制ができたということだろう。これをめでたいというのは当然だと思う。隠岐の島は今後、大いに光明化運動が発展すると思われる。

 家に帰ってみると、信徒さんからトマトの絵手紙が送られてきていた。素朴な書き方であるので共感を感じた。絵に関して、「下手でよい。下手ほどよい」と何度も聞かされている。私の恩師の故T元本部講師は、当時の森永の社長さんに二冊在る大聖典の一つを進呈したところ、小さな硯をお礼にいただいた。そのままにしていたのだが、Nさんという書道の先生に見せたところ、その硯は有名な硯で時価数百万円するという。そのままにしておくのは勿体ないので「書」を書くことにした。書くときに云われたことは、「下手がよい」ということだった。どんなに上手に書いても、手本を見て書くと、手本以上の書はかけない。しかし、下手でも自分の字は誰も真似ることはできない、という。それでT講師は自信をもって書き始めたのだという。

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July.11.2011「隠岐の国白鳩会のwebサイト開設」

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July.11.2011「隠岐の国白鳩会のwebサイト開設」
今日の詩::世界向け 隠岐から発す 白鳩天使 

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  今日は、隠岐の島に来ている。今日先刻、ようやく隠岐の国白鳩会のwebサイトが開設された。自然と人間との大調和の実現を目指している隠岐の国から世界に向けて発信する。今日のこの日まで、いろいろと工夫があった。第一の目標は、隠岐の国を流れる「情報と運動」を本土並みにするということだった。それは、有り難いことに最近、組織が毎月交流するようになってから一段とその傾向を強めている。
 また、今月は、益田、出雲、松江、隠岐の島と四箇所を結んだ地方講師・光明実践委員研修会が順調に行われた。これは、総裁先生の御心を島根教区の隅々まで浸透させることが最大の目的である。さらにこの傾向が強まり、組織の会議などでもこのシステムが活用されるであろう。

 今日は、長年地元の方々が努力し工夫していたサイトが開設された。発展はこれからである。今後大いに、隠岐の国のみ教えの宣布は進展するだろう。人々の休息の島ではなく、生き生きとして、生きたみ教えの情報が世界に発信される中心アイランドとして、今日から出発する。人類の活力の源泉として、隠岐の国は蘇るであろう。
誠にお目出度うございます。

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July.10.2011「地方の時代」

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July.10.2011「地方の時代」

今日の詩::夏陽照る バスの窓際 席はずす 

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 「地方の時代」。この言葉は、かなり前に出雲の市長さんたちが使っておられた言葉ではないだろうか。 地方は組織体の足腰に当たると思う。
 身体の健康は、脳髄の働きだけではない。また、足腰が鍛えられていなければ、長く貢献させていただくことは難しいであろう。

  今日の米子での講習会で、「地元が大いにもり立てていだただきたい」という意味のお言葉があったように思う。それは国際平和信仰運動と当時に、森の中のオフィスのことを意味する。その内容についてであるが、我が教区に思いを馳せると、教区版森の中のオフィス作りもその中に入ると私は思った。
 「森の中のオフィス構想」を理解し、地元が大いに盛り上がることが必要である。「森の中のオフィス」にしても、国際本部が八ヶ岳に行くと同時に、地方・地元がその流れに沿った運動をすることにより、大きな成果が上がると考えられる。長い期間をかけてであるが、島根にも、是非とも教区版森の中のオフィスを作っていきたいと思う。ハード面は一気に行うことはかなり難しいので、まずはできるところから、ソフト面で始めたいとは思う。

 原発の問題に触れておられた。私が見たNHKスペシャルでも延々と原発のことを放映していた。知事さんが色々とご苦労しておられるが、例えば、島根原発のそばで地震が起きて、福島のような想定外の事故が起きた場合、現在講習会を行っている米子に住むことが難しくなるかも知れない。万一であっても実際に起きる可能性がある時代である。慎重に決定する必要があろう。また、それ以上に、世代間倫理の問題がある。地震発生直後に、ブログでも書かせて頂いたが、1000年間、地下に埋めて安全であっても、それ以上先の人はどうなってもよいという考え方ほど、恐ろしい考え方はないだろう。この国日本は、地球上の人類や生物は、一千年ですべて終息する予定なのであろうか。

 原発や現代のさまざまな事象を動かしているものは何であるか?講習会では、「問題の原因は欲望である」と断じられた。私は、御著書の御文章や全国幹部研鑽会や谷口雅春大聖師26年祭でのお言葉でその内容をお聴きすることができていたのだが、今日はそのお言葉と内容が私の魂に直接に響いてきた。その欲望は正しい欲望ではなく、煩悩を含んだ執着心であり、愛着心である。それを如何にして制御し、浄化していくかが地球環境を美しく豊かに持続させていく秘訣でもあると思う。
 我が家では、夜間、眠る時は扇風機が活躍する。昔はそれでも耐えることができた。熟年の方は水分の補給を充分に取る必要があるだろう。私が20代の頃、東京での熱帯夜は一週間ほどあった。勿論クーラーはない。たらたらと流れる寝汗で目が醒めたものである。しかし、一週間の間、その状態に耐えると、昼間はエネルギーが自分の体内に漲るのを感じた。我が家でも、耐える力や耐える方法はあると考えて、グリーンカーテンや、庭に水を撒いて涼しい風を室内に呼び込むとか、昭和30年代くらいの知恵を出す必要があるようだ。

 四無量心とは何か?それは自他一体感の最高に高度な発達を遂げた精神状態である。それが宗教的目標でもある。そのような内容のお言葉があった。いつもお聞きしていることと同じ意味であるが、珠玉のような、宝石のような真理のお言葉が総裁先生からほとばしり出る。私はそのお言葉をノートに記録せずにはおられなかった。私の側に座っていた教区五者の一人に私は言った。「私たちはこのような真理のお言葉に触れることができる。何と幸福なことであろうか!」と。

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中内 英生

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動画:: 夏木立 日陰で憩う ひとときは

今日は、鳥取の講習会にいかせていただきました。中内英生拝

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July.09.2011「”先祖供養学習”で、圧迫骨折の痛み消える」

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July.09.2011「”先祖供養学習”で、圧迫骨折の痛み消える」
今日の詩::島根中 電子で心 通じたり ネット元年 今日が始まり

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 今日は、地方講師・光明実践委員研修会があった。画像が少し粗いが三時間半の間、フリーズすることなく、音声が流れていた。昨日のブログで書いた通り、益田と出雲と松江で専用通信ソフトを使って繋いだ。専用であるので、他からの介入はない。その関係か成功だった。出雲の教化部と隠岐の島会場を繋いだのはスカイプだった。鮮明な画像で専用ソフトの比ではなかったが、連動させるとどうもうまくいかない。従って、四会場の同時中継を来月は挑戦する予定だ。

 今回の研修会の特徴は、「伝道」についてまとめることだった。なぜ、伝道することが必要か、ということをまとめていくと、歴代の総裁先生の御心が魂に響いてくるのではなかろうか。それが目的である。担当された益田のT地方講師(準教務・インターネット講師)は、論文をまとめながら、色々と「気づき」があったようだ。まとめ始めてから、決して「忙しい」という言葉を言うのをやめようと思い、それができたと喜んでおられた。「忙しい」と言う言葉を言っていると、救われたいと思っている人が来なくなるのである。従って、真理によって救われる機会が失われることになるのだ。

 もう一人、「先祖供養」についてまとめた人は、大社のY地方講師だった。何度も『新編 人生を支配する先祖供養』は拝読したつもりだったが、いざ、まとめて文章にしようとするとなかなかうまく書けないのだった。その関係で、何度も何度も繰りかえして拝読したという。そんな新鮮な気持ちで読んでみると、「ああ、そうだったのか」と何度も気がつくことがあった。
 実は彼女は、以前、深い側溝に足を滑らせて怪我をしたことがある。最初は痛くてたまらなかったが、何とか生活できるようになった。しかし違和感がなかなか去らない。そこに「先祖供養」をまとめて発表するようにとの依頼がきたのである。そこで彼女は、熱心に聖典を拝読した。すると、その傷み、違和感がなくなってきたのだった。「マグレだろう?」と思ったが、そうではなかった。まとめ終わる頃には、完全にその痛みは消えていた。彼女は「先祖供養」のテーマを発表したあとに、その体験談を発表したのだった。

 島根では概ね、発表する時には詳しいレジュメがつくってもらうことにしている。今までのデータの蓄積を重ね合わせたレジュメは、どんなに詳しくても何となく新鮮みが感じられないので不思議である。やはり、ご自分で発表する時には、単なる資料ではないので、「書き下ろし」にすべきなのであろう。
 皆様の論文・レジュメはすべて目を通して、不足の部分や付け足す部分やポイントなどをご指導させていただいて、ご本人に修正していただき、完成する。この方式は、教修会の資料作りに際してそのようになさっておられることをお聴きしてから島根に取り入れさせていただいている。ご担当された地方講師の方々が、実力がついてくるのは当然である。教勢の発展は、「信徒の皆様お一人お一人のレベルアップ以外にない」からだ。右脳の開発もその路線上にある。求道力、み教えの生活実践力、伝道力、家族への後継者育成力、などなど島根教区全体の信徒の皆様の魂的レベルがさらに向上されることを願って止まない。

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中内 英生

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動画:: 出雲より 朝をお届け 夏の空

今日は、米子での講習会へこれから参ります。中内英生拝

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動画:: 七夕に 祈る子供ら 輝く目

昨日の生命学園で作りました。中内英生

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July.08.2011「通信テスト」

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*上記の絵は、勤続40年のお祝いのために、揖屋のHさんが描いて下さった絵です。心から感謝申し上げます。今後も、総裁先生の御心を島根教区の皆様にお伝えさせていただき、真理の普及に努めさせていただきます。

July.08.2011「通信テスト」
今日の詩::蓮の池 浄土を思う 花の色

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 今日は、「T-client Standard]という通信ソフトを使って、益田、出雲、松江の三箇所で通信テストを行った。音声は良好だった。画像はやや粗いが、一番多く使うのが地方講師・光明実践委員研修会であるので、画像はそれほど問題ではない。全部で四箇所であるので、次回に隠岐の島に行った時に行ってみることになった。今まで、通信ソフト、ソーバミエルカを最初に使ったがうまくいかなかった。スカイプを次に使ったが、出雲・益田間はうまくいく。出雲・隠岐の島は一番うまくいく。しかし、出雲・松江がうまくいかないのだった。これは、出雲や松江は多くの人が無料通信ソフトであるスカイプを使っているので混雑していることが予想される。

 もう一つ、通信ソフトの紹介があったが、そのソフトを試す前に、上記の通信ソフトを、島根県教化部に出入りの業者が見つけてくれた。若干の料金がかかる。しかし、ソーバミエルカとそれほどかわらないので、明日の行事は一応、その通信ソフトを使用することにした。
 私はいつも、自分ができないことはそのことに詳しい人間に頼んでやってもらうことにしている。当たり前のことだが、無限力の出し方は、何も自分自身からのみではない。他人の無限力を利用するのも、無限力の発揮である。当事者に心から感謝している。
 地方講師研修会を通じて道を開いていきたい。その次には、組織の役員会や幹部会などの会議だろう。しかし、私は真理の伝道は、おおむね面授的であると思う。語る人は、語られる人の顔と目を見ながら話す。分かったか分かっていないかは、その目の輝きや、表情を見ると分かる。リアルタイムに相手の理解度をチェックしながら話することは神業である。だからこそ、最後に分かった、と言ってくれるのだ。その努力は怠ってはならないと思う。

 私は元来、練成道場で育てられ、み教えの真髄や周辺部分を伝えつつ、そして人生問題の解決に寄り添うアドバイザーとして生きてきた。それ故に、真理の伝道に関しては人一倍、興味があるのである。
 一番、相手に理解してもらえるのは、一対一である。従って、「参加者が少なくて済みません」という誌友会場主の言葉の意味が理解出来ない。それはかえって、「参加者が少なくて、徹底して真理が理解できるので、私にとってよかったです」と言うべきだろう。
 参加者が4,5人の時には、充分に理解させることができる。行き届いて質問を受けることが出来るのだ。参加者が10人くらいだと少し薄くなる。さらに50人くらいだと、分かった人もいるが分かってもらえない人もいるという状態であろう。だからこそ、道元禅師は、本当に真理を理解してくれる弟子は一人でよい。半人でもよい、とまで言い切っている。

 少数精鋭主義という言葉がある。それに対して、家具販売会社ニトリのように、「多数精鋭主義」を貫こうとする考え方もある。生長の家はおそらくこの考え方であろう。しかし、多くの人を巻き込んで事業を展開するのには、やはり「核」となる人間を作ることである。全体に話して全体を思うように動かすことは、かなり難しい。しかし、どんな団体であっても、5パーセントの人間が変わると、あとは雪崩のようについてくるようになる。その5パーセントが「核」である。

  そういうわけで、参加者が少ないということは決して落胆することはないということだ。今日は、大田での白鳩さんの一日見真会に行かせて戴いたが、将来大いに成長して素晴らしいリーダーになるであろう人々が沢山おられた。要はその人々をめざとく見出し、自覚と訓練を施すことが肝要であろう。信徒の皆様のご努力によって、その育成方式はすでに私たちの教区には確立されつつあるようである。

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中内 英生

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新生の 日本実現 祈り込め 浄めの声は 大田に響く

大田での白鳩さんの一日見真会です。大成功でした。この光景は午後の祈りと聖経読誦の時間です。中内英生拝

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蓮池や 浄土思わす 花の色

大田での一日見真会に参りました。建物の前に蓮池がありました。素晴らしい蓮の花でした。中内英生拝

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たんぼ道 子供の声は 何時の日も

自宅の近くのたんぼです。雨の日はカエルの声がします。中内英生拝

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July.07.2011「神による第一創造の世界」

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July.07.2011「神による第一創造の世界」
今日の詩::梅雨もどり 七夕空は お預けと
(今日は七夕だが、雨だった。梅雨がまだ明けていないようだ。それがまた有り難い。家の周囲の田んぼのカエルが夜通し鳴いている。)

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 機関紙『生長の家』(2011/07)には、2ページに、谷口雅春大聖師の「神による第一創造の世界」という小見出しがある。(原文を拝読願いたい)

 神様が想念した世界は、実相の世界という。その世界は、すべてのものは美しい。そして善であり、大調和しており、矛盾衝突はない。従って、人間と自然との大調和の世界は、既に実相の世界には実現している、といえる。ただ、それが表現の世界には未だ出現していないので、持ち来すように、出現するように私たちは運動を展開している。
 「創世記」第一章には、「神その創造りたるすべてのものを見給いけるに甚だよかりき」と示されている。この世界を「真創造の世界」「第一創造の世界」という。これが実在する世界であり、実相の世界である。
 実相世界に創造主である神の子として生まれたのが私たち人間である。彼が行くところ、大調和が出現し、神の愛による自然界との調和が完成し、地球のすべての生物が喜ぶ世界が実現するのだ。

 私は、原文を拝読し、因縁と言うことを考えた。因縁というと原因が縁に触れて、何かが現象世界に出現すると言うことである。因果とはその原因と結果である。「因縁」というと何か悪因縁を思いそうだが、そうではないだろう。人間に於ける第一因縁は、神が作りたる「根本的な因縁」があるはずである。この第一因縁とでもいうべき存在こそ、完全円満なる実相の自分である。その本当の自分を自覚することこそ、自性円満の自覚である。今日一日、この自覚にどれだけ近づくことができたであろうか。反省すると行っても、そのような形の反省をしたいものだ。

 今日は木曜休日であったのでゆっくりすることができた。しかも七夕であるので、本当は夜空を観察したいのだが、あいにくの雨だ。喜んでいるのは、家の周りにある田んぼに棲んでいるカエルの群れである。

《新七夕物語》

昔、夜空に輝く天の川のほとりに、天の王様(天帝)の娘で「織女」と呼ばれるそれは美しい天女が住んでいました。
織女さんは、天を支配している父上の天帝の言いつけをよく守りました。そして、毎日機織りに精を出していました。それは見事な織物です。
織女の織る布はそれはみごとで、五色に光り輝きました。
季節の移り変わりと共に色どりを変える不思議な不思議な錦の織物でした。それは、星々の輝きを織物に縫い込んでいたからです。
天帝は娘の働きぶりに感心していました。でも年頃の娘なのに化粧もせずに、恋をする暇もない娘を不憫に思いました。この頃から結婚よりも仕事を取って自分の個性を発揮するという生き方があったのです。現在の日本にもその影響が多少ともでているようです。

 天帝は、天の川の西に住んでいる働き者の牽牛という牛飼いの青年を知っていました。そこで、天帝は二人にお見合いをさせることになりました。仲人の地球の神様が二人を太平洋の西にある島に迎えました。後に日本となった島でした。そこはみどりの森が沢山あり、後に富士山という名前の火山ができつつありました。雄大なすそ野でお見合いをしたのです。素晴らしい眺めでしたので、二人の気分は高揚していきました。そして、結婚して一千万年くらいしたら、水がキレイで、森林が沢山あり、天国浄土のような地球で暮らすという希望まで語り合いました。そして、二人は夢と希望の中で、結婚したのでした。こうして織女と牽牛の二人は、新しい生活を始めました。婿取りの結婚でしたので、牽牛が織女の所へきたのです。

 しかし、結婚してからの織女は牽牛が余りにも素敵なのでその暮しに夢中になり、機織りをすっかり止めてしまったのです。当時天界は共働きが主流でしたので、天帝は困りました。天帝も始めはこんな二人の様子を新婚だからと大目にみていましたが、いつまでもそんな有様が続くので、織物の生産がストップしてしまいました。天帝は星の輝きを織物に織り込むという技術を持った後継者を育てたいなかったのでした。天帝は、自分が今まで、後継者育成にまで力を注いでいなかったのを反省すると共に、すっかり腹を立ててしまい、2人の所へ出向きました。そして、娘に言いました。

 「織女よ、はたを織ることがお前の本来の職であることを忘れてしまったのか。
心得違いをいつまでも放っておく訳にはいかないよ。」
天帝は涙をのんで、宇宙に広がる空を眺めながら言いました。
「宇宙には、173億年まえからできた星々がある。その星々を支配するようにワシが派遣している八百万の神々を喜ばすのが「星の光織り」という特殊技術なのだ。天帝に任されている栄誉あるものつくりの技術なのだよ。」と。
「再び天の川の岸辺に戻って機織りに精を出しなさい」
しかももう一つ付け加えました。
「心を入れ替えて一生懸命仕事をするなら一年に一度、
七月七日の夜に牽牛と会うことを許してやろう」と申し渡したのです。そして、牽牛を実家に帰しました。

 実は二人は結婚したのですが、まだ子供がいなかったのでした。
天帝は、「もし子供ができたら、その子に”星の光織り”を教えたい」と思っていたのです。
それから、織女は牽牛と離れて暮すのがとても辛く涙にくれるばかりでした。しかし、天帝に背く事もできません。牽牛に別れを告げると、うな垂れて天の川の東に帰って行きました。別れ際に彼女は言いました。
「貴方が空の星を見ている時は、私もあたなのことを思って星を見詰めているのです。貴方が幸せであることを念じて織った布で背広を作りました。もちろんオリジナルブランドの「星の光織り」です。お出かけになる時にはこの背広を来て下さい。きっと、仕事の取引がうまくいきます」と。背広の裏には、「私は神の子完全円満、今日もきっとよいことがくる」と縫い付けていたのです。

 それ以来、自分の行いを反省した織女は牽牛との再会を励みに、以前のように機織りに精を出すようになりました。
 しばらくすると、自分のカラダの異変に気がついたのです。それは牽牛の子供がお腹に宿っていたのです。織女それをすぐに父の天帝に報告しました。そして、無事に子供を出産したのです。子供は男の子でした。天帝は、自分に跡取りができたと思って、大喜びになりました。天帝は考えました。
「宇宙に拡散させている星の中で古いのは新しい星に変えよう。超新星爆発を行い、宇宙中で祝いの花火を打ち上げよう」と。そして、未だかつて無い規模の超新星爆発を行ったので、宇宙中が祝宴ムードになったのでした。

 それから、天帝の反省が始まりました。
「娘は何も悪いことしたのではない。自分はあまりにも厳しすぎたのかも知れない。」
そう思うと、天帝は二人に再婚の話をしました。当然のことながら、二人は同意しました。そして、天帝は、天の川に瀬戸大橋の数倍の大きな橋を架けました。そして、織り姫は牽牛の所に住みながら、子供を育てました。父の天帝は、孫の顔を見たいばかりに、お后を伴って、超高速牛車に乗って、二つの場所を行き来したのでした。天帝は天界から雲を取り除きました。従って、宇宙には水蒸気がなくなったので、七月七日は天候の心配をすることなく、行きたい時にいつでもいくことができるようになったのです。
 未来永劫に、牽牛も織女も天帝もお后もお孫さんも幸せに暮らしました。そして、一千万年後に、二人はみどりの地球に太陽婚旅行に行きました。天界では結婚して一千万年間、経つと、「太陽婚」といって、お祝いをするのです。

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July.06.2011「栄える会と『生命の實相』」

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July.06.2011「栄える会と『生命の實相』」
今日の詩::カステラは 異国の情緒 運ぶ菓子

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 今日は、栄える会の役員会が行われたが、今月からそのまえに一時間ほど、『生命の實相』の輪読をするということになった。今日は、第一巻のはしがきからであった。何を教材にすると良いだろうかと色々と考えたが、会頭さんから『生命の實相』をテキストにして欲しいとのご要望があったので、一決した。
 この聖典は、人間讃歌である。この本を拝読すると人間とは何であるかということを深く学ぶことができる。経営者は、従業員やお客さんや取引先の人々と出会う。その相手は人間である。従って人間とは何であるかということを知らないと本当のお付き合いはできないだろう。
 経営の書としては、ドラッガーの『マネジメント』や、『競争の原理』や有名な本が沢山ある。しかし、それらの経営活動に携わる人間とは何であるかという根本的解説はそれらの経営書には書かれていない。

 私は、故T元本部講師が、経営トップを集めての研修会を始められた時、どんな問題でも『生命の實相』から答えをくみ取ることができる経営者を育てたいとして、『生命の實相』の連続講義を行ったことを思い出す。私もそのことを痛感する。その研修会の時に、有名な関西のコンサルタント会社のエキスパートが10名ほど受講していた。それらの経営のコンサルに関するプロフェッショナルに対して、T講師は、「私の講話は、経営の心得について話します」と語っていた。その心得がなかなか難しいのだが、そのことによって、分業が為されているのだということが分かった。
 病気は病院でなおる。練成会でも治る。しかし、練成会では病にならない生き方を指導し、病院では病気そのものを薬や施術によって治すのである。それらはすでに分業が行われており、何ら矛盾はないと思われる。だからこそ、生長の家は、医学や薬剤を排斥しないのだろう。

 『生命の實相』第一巻を開いてみるとヨハネの黙示録があった。その説明にしても、谷口雅春大聖師のお説きになる部分と、現代のキリスト教研究によって知ることができる総裁先生からの情報がある。私たちはその両方をお伝えすることができる。キリスト教に関しても、総裁先生の御教示を拝読するとより一層、『生命の實相』を深く理解出来るように思われる。私たちは何という幸運な時代に生まれ合わすことができたのだろうかと感謝の念が湧いてくるのだった。
 「ヨハネ黙示録」と「大調和の神示」で、七つの燈台と書かれているものは、原文の英語では、燭台であるとお聴きしている。そのことなども、総裁先生の御文章を拝読していないかぎり分からなかっただろう。

 この役員会の前の学習会では、『生命の實相』だけを勉強するという訳ではないが、輪読し、ディスカッションし、解説し、納得した後での会議は、その延長線上にあるように思われる。それほど実に和やかな無限力に満たされた会議での発言が多かった。これは私にとっては大発見である。
  栄える会の役員会に先立って、練成会の打ち合わせ会が行われたが、7月からの練成会では、受付や司会や聖典頒布係の人々が練成会員のために朝8時~夜6時まで、聖経読誦を行うことになった。実をいうと、その読経の流れの中で練成会の諸行事が行われるというような雰囲気こそ最も体験を生み出すことができる雰囲気であるのだ。練成会が待ち遠しくなるのは私だけではないだろう。

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中内 英生

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July.06.2011「出雲の写真②」

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ジャガイモは教化部境内地に自生したのを調理したものです。結構いけます。

昆布は、安来の先祖供養祭でお供えに使ったものです。

蓮の花は、荒神谷の蓮池の蓮だと言いたいところですが、どこかで撮した絵か写真です。

中内英生拝

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July.06.2011「出雲の写真」

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出雲のジャスコの前の通りに新設された石像です。これはどなたでしょうか。答えは、教化部の写メ俳コーナーにあります。中内英生

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July.05.2011「太平洋に大量レアアース」

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July.05.2011「太平洋に大量レアアース」
今日の詩::緑濃き 島根の山に 小鳥鳴く

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 この記事は、色々な新聞に掲載されている。これは朝日新聞(2011/07/04)の記事からである。大ニュースといえるのだろう。ハイテク製品に欠かせない希土類が太平洋の広い範囲で海底の泥の中に大量に存在することを、東京大などの研究チームが発表したという。採取や精錬しやすい形で存在していると見られている。
 しかし、精錬の段階で海洋汚染につながらないようにしなければならないだろう。中国のレアアースの採取方法は一度書いたことがあるが、土壌汚染を引き起こしているようだ。従って、中国の土壌汚染と引き替えに世界のハイテク産業が存在しているとも言える。これは、福島原発の危険性と引き替えに東京の電力がまかなわれているのに似ている。現代の文明は、何かを犠牲にすることの上に成り立っているともいえるのだろう。
  世界の歴史に於いて、一国の盛衰は500年単位であると聞いたことがある。それは、おそらく何かを犠牲にして国が隆昌したからであはなかろうか。奴隷制度にしても、人間の犠牲の上に多くの国々の発展があるとすると、動反動の法則から考えると、分かる筈である。自然界から奪わない生き方、他国から奪わない国の行き方、すなわち倫理的生活こそ、信仰者の生活である。
 推定埋蔵量は陸地の埋蔵量約1億1千万㌧の800倍の900億㌧とみられている。2キロ四方の埋蔵量で日本の年間需要約3万㌧を満たす計算となる。これは吉と見た方がよいだろう。しかし、さらなる人間中心主義や大量生産、大量消費、大量廃棄の材料とならないことを期待したい。

 今日は、「聖歌を聴く夕べ」の会場視察があった。私は行かなかったが、スタッフは出雲市駅前の「ビッグハート」へ行った。コンサート専門の会場であり、200人と少ししか入らない。そこで生の声での歌声を聴く。マイクを通さずに歌う洗練された人間の声は実に美しい。このブログの読者にも、当日の状況を動画でお知らせしたいと思う。
 私は、この聖歌のコンサートは、島根教区に於ける人類光明化運動に幅とうねりを持たせることになると考えている。単なる「聖歌を聴く会」ではなく、聖歌が魂の中に刻み込まれて、明日の光明化運動のエネルギー源になると思う。それは谷口雅春大聖師と谷口清超大聖師の魂の響きを感じ取る瞬間である。その喜びを信徒の皆様と共有したい。

 現在は、白鳩会聖歌隊の女性コーラスだけであるが、できれば二年後には男性コーラスも入れたい。二年に一回ということはちょうど、講習会がない年に行うと言うことである。教区の諸行事は結構いそがしくて、毎年という訳にはいかないからだ。聖歌はそれを歌うことによって、リアルの光明化運動の成果が出てくることが目的の一つである。歌は上手になったが、伝道は余り進まないというのであれば、どこか聖歌に対する考え方に偏りがあるのではないだろうか。聖歌を歌うことによって、さらなる前進の力が湧出することが大切であろう。
 先日、聖歌の男性コーラスの話をしたところ、「知人にカラオケで歌わせるとすごく上手な人がいるので推薦したい」という人がおられた。私は、「演歌を歌う夕べを開催するのではなく、神様を想う”聖歌を歌う夕べ”を開催するので、まず神様を信仰する信仰心がある人が望ましい」と申し上げると、「彼は聖歌とはどうも波長が合う人ではありませんね」ということになった。自分に神を信じる心が無くて、神様を歌い、その心を聴衆に伝えることは至難の業であろう。聖歌を歌う人は、神想観を不断に行じる人であって欲しいと思う。その心が声の響きとなって聴衆に信仰心が伝わるのではないだろうか。

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July.04.2011「女性の天分を仕事に生かす」

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July.04.2011「女性の天分を仕事に生かす」
今日の詩::蛙鳴き 地には恵みの 雨が降る

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 先日の青年会の学習会は、「働くことの意義」についてのテーマだった。発表はA光明実践委員だった。女性の天分を自覚すること。女性の愛、柔らかさなどの天分を発揮することが大切であるということだった。血管にしても固くなると、血圧が上がってしまう。血管年齢が若いとやわらかさを保持できるので、正常な血圧を保つことができる。赤ちゃんの身体は柔らかいので、落下事故に遭遇しても助かることがある。地震になっても、五重の塔は柔らかく揺れるようになっているので、倒れないようだ。水にしても方円の器に合わせて水は姿を変える。だからこそどこにでも行くことができる。柳に風の喩えもある。

 現在の○コーという会社ができる前のことだが、市村清という社長さんがおられたという。銀座に三愛ビルというのを建てるために土地を求めたが、先祖の土地だと言うことで所有者の熟年女性が売ってくれなかった。市村さんはお百度を踏んだ。熟年者女性は、ある雪の降る日に市村さんの会社の事務所へ行った。断るためである。すると玄関で、事務の女性が社長室まで、温かく迎えて案内してくれた。玄関から社長室までの間に、その熟年女性の気持ちは変化した。そして社長さんに言った。「私は断るために来ました。でも、事務の女性の深切な態度に出合い、気持ちが変わりました。このような素晴らしい事務員を育てる社長さんならば売っても良いと思いましたので、売ります。」と。
これは市村さんの力で売ってもらったのではなく、女性の愛と深切の力が作用したのであると解釈出来るのではなかろうか。そのように、女性の愛と深切とは人の心を動かす力をもっている。

 また、次のような発表があった。人間は自分自身を価値付けしただけの価値のものとなる。女性は自分を尊敬しなければならない。蜜蜂は最も栄養が多い巣の中心に生み付けられた卵が女王となる。人間も母体の栄養が多い時に生まれたものが女性となる。女性は男性より長寿である。
 現在、世界一の長寿は、京都の男性らしいが、平均寿命から言うと女性が長寿を保っているようだ。これはお酒やタバコなどの嗜好品を摂取することが少ないことも影響を与えているのかも知れない。また、精神的にも柔軟性があり適応能力を発揮しているということであろう。しかも、子供を育てる喜びを知っているので、その喜びが家庭菜園へと変化したり、組織活動に於いてやはり信徒さんを育てるというお世話活動となって、宗教運動に素晴らしい成果をあげることができるのは、やはり愛の天分のなせる技ではないだろうか。

 「夫にハイ」という家庭に於ける中心帰一の話も出された。男女同権の強い国では、この言葉はどのように響くのだろうか。これを冷たい法則として考えるのではなく、愛の面から考えてみると、「愛する人の欲することをしてあげたい」という気持ちになるのが愛である。それ故に、夫を愛するならば、夫の言う通りにしてあげたいのが、「夫にハイ」であると解釈できないものだろうか。このことは、夫の側からも当然言えることである。真の愛とは、有島武郎が言ったように「愛は惜しみなく奪う」のではなく、「愛は惜しみなく与える」と考えるべきなのであろう。これは、詰まるところ四無量心である。家庭に於いて、愛を行ずるのみならず、自然界に対して真の愛である四無量心を行ずることの重要性を私たちは教えられている。

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July.03.2011「すべての絵は神性表現か?」

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July.03.2011「すべての絵は神性表現か?」
今日の詩::すごうまの 新じゃがを食べ 初笑い

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 「鴨居玲の分身たち上」という項目で、日経新聞(2011/07/03)に全二面に書かれている。知人で、鴨居玲と一緒に金沢の美術大学で学んだという人がいたが、鴨居玲は性格的にも暗かったという。だから暗い絵を描いたんだと、当時の地方講師会長さんだった人が教えてくれた。それを考える時、私たちが行っているのは、絵手紙は何の為かと考えざるを得ないだろう。

 鴨居玲は、金沢で育ち、金沢の美術学校で宮本三郎に師事している。有名な「静止した刻」という絵がある。サイコロに自分の運命のすべてを任せたような暗い四人の男達が描かれている。私は、石川県立美術館で鴨居玲の絵画展を見た時、「暗い」との印象を受けた。しかし、その暗さが何とも魅力に感じる人々もいるようだ。
 宮本三郎については先日少し描いた。鴨居玲は、77年に欧州から帰国した時は、自殺未遂の常習者になっていたようだ。神戸に居を構えた後、大量の酒で睡眠薬を流し込んだりした。その後、1985年自死している。

 金沢は北陸で雪は降り秋から翌年の春にかけてほとんど一日中晴天であるという日に出合うことは少ないが、豊かな風土と国際的に通用する超一流の伝統芸術があり、明るい面が沢山あると私は考えている。しかし、ここで論じたいのは、絵を描くということ自体が日時計主義となり、「神性表現」となるかどうかという問題である。
 私たちが行っている絵手紙絵封筒は、実相の世界から来たところの真象も見出すところから始まる。絵を描くところからではない。絵を描くとは単なる表現の一形式であり、従って、まず実相世界とは完全円満であり、善一元の唯一絶対の神の創造し給える世界であると知ることから始まる。そしてその延長上に、時間・空間の世界に表現された世界がある。それを真象という。その真象は、どんなものであれ、それは神様からの恵みの姿であるから、それを心で見出し、感謝することに専念することだ。その感謝の念のうちにこそ神の姿を見出し、神の救いを受ける筈である。真象を見続けることにより、その光源である神に目線が伸びていくということもあり得る。それは大いなる悟りである。

 形の豊かさや音声の美しさも素晴らしいが、現象的な美しさに心を奪われてしまうと、実生活がより便利快適にということに走ってしまう危険性があるのかもしれない。そうではなく、どんな現れであっても、目を見開いてみると、素晴らしい真象が充ち満ちている。それに気付くことである。その行事が日時計日記の毎日記載であろう。それをさらに芸術の域にまで高めあげ、喜びを共有することが、私たちの絵手紙・絵封筒絵画である。その根底には、神への賛美と、人類を喜びの渦の中に摂取しようとの仏の慈悲の御心があると感じられる。自分を通して、み仏の慈悲が人類に対して放送され、そしてその喜びの輪に摂取するのである。ポスチングジョイやフェイスブックの活用はその一例であるとも言えるのではなかろうか。

 また、それらの行為の中で一つの大きな目的は、人類光明化運動である。私たちは生活のほとんどは、左脳を使っているという。右脳は十分な容量があるが、利用率と開発率は低いとされる。絵手紙絵封筒絵画などは、右脳を開発するのに役立つ。従って、絵を描くということを繰りかえすことにより、何事も思ったことを「さっと」できるようになるのは、右脳が開発されつつあるからではないだろうか。その両方のパワーを合算して、信仰生活を行い、他への愛行を実践する。それゆえにこそ人類光明化運動という目的を達成するに至ると考えられるのだ。
 絵手紙により、右脳開発を行い、その結果、光明化運動の実績が下がることはあり得ない。自分の右脳パワーが全開して、さらに充実し、成果が上がらない筈はないと考えられる。島根は、その路線で今まで以上にみ教えが広まることを念願している。信仰生活は、一歩一歩、歩んでいく生活である。がんばって成果が上がりその後、失速するという生き方は活動ではあっても信仰生活ではないだろう。「倦まず弛まずが神の道」という言葉が脳裏を過ぎる。二階の大道場に40年以上前の集合写真が掲げられているが、その真ん中にお立ちになっている故Y元本部講師のお言葉であると記憶している。

 信仰生活をする人、神を信ずる人を増やすこと、これが私たちの使命である。それならば、自分自身が神を求め信ずること篤く、神を生活に実践することが強烈であり、神様のみ教えをお伝えすることがさらに強くなる必要があろう。人類光明化運動は現象であるが、お導きになるのは生長の家の大神様である。その神様に波長が合う考え方と信仰こそ、唯一のこの運動に於いて生き残る道であり、発展させる方法であると考えられるのである。
 私自身、もっともっと謙虚となり、無私・無我に徹して信仰生活を行い、み教えをお伝えさせて頂きたいと念ずる次第である。

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中内 英生

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July.02.2011「アイデアの源泉」

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July.02.2011「アイデアの源泉」
今日の詩::阿修羅より 祝福運ぶ 島根パワー

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 今日は、午前中から会議だった。その中で思わぬよきアイデアが出された。普段は余りアイデアを出さない人からである。アイデアは楽しい雰囲気の中でこそ出てくる。リーダーは参加者からよきアイデアが出るようにすることが大きな仕事である。
 しかし、最近の私は、自分からアイデアを出すよりも、人からアイデアが出るように待つことが多くなった。自分がアイデアマンであっても、他の人もアイデアマンにならない限り、本当の意味で、みんなで実力を発揮することはできないからである。すなわち総合力を鍛えるには、他の人をも無限力を発揮させなければならないからだ。

 「無量の勝方便は実相を想うことより得る」と言われているように、無量のアイデアは、実相すなわち既に成れる世界を観ずることにより、そこに至る方法として無限に湧出するのでは無かろうか。
 味の素の調味料のことだが、昔、売り上げを上げるためにどうすべきかということが、社員の中で話し合われたという。若い女性社員が、「それは出す穴を二倍にすればいいよ」と言った。みんなドッと笑った。それで終わったのだが、係長が、「まてよ!」と思い、それを取り上げ上に提案した。すると売り上げは爆発的に伸びたのだった。どこにアイデアが転んでいるか分からない。
 それを見つけるのは、自由自在にアンテナを張り巡らせている人にして初めてできることである。すなわち神想観アンテナである。

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夏初め 出雲の風に なびく花

出雲には、爽やかな風が吹いています。中内英生拝

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July.01.2011「日本人のものの考え方を変えた法然と親鸞」

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July.01.2011「日本人のものの考え方を変えた法然と親鸞」
今日の詩::今日も一歩 変わらぬ歩み 少しずつ この積み重ねこそ 世界を変える 

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 庶民が救われることを念じながら仏教を伝えていった人物であったようだ。法然に関しては特に調べたことはなかったが、親鸞に関しては、『出家とその弟子』や、親鸞に関しての書物やで読んだことがある。この二人の宗教家は日本人のものの考え方を変えたと、NHKテレビ番組「ヒストリア」(2011/06/15)では、紹介していた。二人は弾圧の嵐の中をくぐってきた。法然は父親の遺言である『お前は、僧になれ!』との言葉を守ったのだった。仏典を根拠にして、新しい説き方で人々の人間観を変えていった。当時の人心を変えるだけの偉大なる実力があったといえる。
 島根の地方講師の方々が、何かのご発表の時に必ずレジュメを作り、論文を書いている。それらは実力養成の一つの方法である。説き手、伝道者に信仰的実力がなくて、み教えが広く流布されることは難しいからだ。

 法然は四国に流罪となった。親鸞は29歳で法然に入門している。流罪の原因であるが、後鳥羽上皇のところにいた女官が、上皇がいない間に読経の会合に参加して、しかも出家したことだった。読経と言っても、美しい声で節をつけてお経を読む方法であったという。今で言えば、男性歌手のような魅力があったといえようか。当時、死罪を4人も出した。親鸞は越後に流された。
 法然は80歳で入滅している。仏教が庶民化して広まるにはそれなりの行じ易い方法が必要なのだろう。それが専修念仏である。私たちのみ教えにおいては、実相円満誦行や感謝誦行、日時計日記の記載なのかも知れない。

 鎌倉新仏教は、日蓮の教え、禅宗では栄西や道元の教え、一遍上人の時宗や、ここでいう法然や親鸞の教えが生まれている。法然は、人はみな仏の前では平等であり、念仏を唱えれば救われる、とした。親鸞はさらにその論を展開して、信心が元であるとして、「信」を強調したとしている。今年でちょうど、法然800回忌、親鸞750回忌であるという。民衆の心を変えた偉大なる先人の信仰と行動を偲びたい。
 私たちは、生長の家のみ教えにより救われ、その救いを世界人類に流布して、人類の心を変え、地球環境をも変えようとしているのであるから。

 当時の僧侶は、最高の知識・学問を身につけていたようである。私は四国の生まれだが、弘法大師様のさまざまなご事績を教えられている。杖で地面を突くと、水がこんこんと湧いてきたなどという話は、当時、如何に水か貴重であったかを物語っている。そして、宗教とは、民衆と共に歩んでこそ宗教運動となることが教えられているのではなかろうか。八ヶ岳に行く生長の家がその地域に於いて、地域協力のさまざまな活動を展開することが
伝えられている。限界集落もあるだろう。そこに於いて、田植えや稲刈りなども手伝う。または、地域の人々と共に共同の作業を行う。それらはお互いの文化の融合により、新しいものが生まれてくるように思う。
 弘法大師様が仏法を携えて、四国の民衆の中に溶け込んでいった時、民衆の喜びとなるような生き方をされた。それが今なお伝えられているということは何というすごいことではないだろうか。地域社会の中に、人々の心の中に溶け込んでいく宗教こそ発展性があることを教えられている。私たちは、島根に於いてそれを実践していきたいと思う。その創意と工夫こそ、森の中のオフィス島根版でありましょう。今年はこんなことを考え始めるようになった。

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中内 英生

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June.30.2011「勤続40年、ただ感謝あるのみ」

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《虹の絵は、島根教区松江の絵友であるAさんが記念に描いてくださったものです。》

June.30.2011「勤続40年、ただ感謝あるのみ」
今日の詩::来年は 島根花咲く み教えを 伝え給える 正師を迎う

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 私は、昭和42年5月1日に19歳で生長の家の練成道場に入所させていただいた。一年間の浪人後である。東京水道橋で下車、神田三崎町の日大法学部二部に毎夜、通わせて頂いた。時間があると、神保町を歩き回って、谷口雅春先生の御著書を探し回った。その約4年後に、卒業し、三ヶ月間の見習い職員となり、7月から職員とならせていただいた。あれから、今日で丸40年間となった。ここまで育てて頂いた故T元本部講師、故O元本部講師、宇治のK本部講師、諸先輩、同僚、数知れない人々のお世話になり、今日がある。どれだけ感謝しても感謝しきれるものではない。

 さまざまなことがあったが、総裁先生への中心帰一の信仰が私をここまで導いてくれた。現象的にどんなことがあろうとも、耐えることができたのは、中心帰一を生きる諸先輩のお手本があったからだと思う。未だに私のお手本となって、歩んでおられるO本部講師に対しては、ただ歩んでおられるのを拝見するだけで、「ここまで来なさい」と言っておられるように感じられる。「総裁先生へのご恩返し」。この一つのことのために前進する勇気が湧いてくる。受けがたき人身を父母より受け、会いがたき正師にお会いでき、知りがたき実相の真理をお教えいただいた。このことに対するご恩は、どこまでお返しさせていただいてもお返ししきれるものではないと思う。生涯を通して、ご恩返しの行を絶やすことなく、行じさせていただければ幸いである。
 
 私は練修生制度という制度に入らせて頂いた。T君、O君、H君、A君、そして私だった。私は最も地味で目立たない存在だった。いるかいないか分からないような存在だった。学生時代は、ブタやニワトリやアヒルや羊などの世話と面倒であけくれた。その後も、電気係や放送係、ボイラなどの空調係など、裏方専門の仕事が続いた。口数は少なかったが、聖典の拝読に関しては、「誰にも負けない」、との自負があった。上記の4人の同期生は残念ながらみんな生長の家を離れた。先日の団参で、総本山でお会いした教化部長をしている先輩から言われた。「中内君、やめた同期生の分までがんばって、総裁先生にご恩返しをしなくてはいけないよ」と。私の魂は、その言葉に強く打たれた。島根に帰ってからも、その言葉だけが私の脳裏で回転した。「そうだ。ご恩を受けた同僚の分まで、総裁先生にご恩返しをさせていただこう」。そう思うのだが、なかなかその力はすぐには湧いてこないように思う。が、かならず先輩のお言葉が実現する時が来よう。

 今日は木曜休日だった。朝の神想観や先祖供養はいつもの通りだったが、生活はゆったりとしていた。家の近くに白い花が咲いた。いつもこの時期に咲いている。いつも変わらない姿こそ、安らぎを与えてくれるのだろう。昨年と違い、少しは大きくなっている。しかし、基本線は今までのままである。それが安心感を与えるようだ。そのような生き方をしたいと願っている。
 勤続40年で、現在は63歳であるが、35歳ころから、風邪などの病気で休んだ記憶はない。休まないことが、総裁先生への中心帰一の証であると、私自身は勝手に思っている。どんな時でも、中内に連絡すればつながり、み教えのアドバイスを受けることが出来る。そのような安心感を島根の信徒の皆様に与えられることができるようになりたいと思う。
 今後も、少しずつでも、島根教区の信徒様とご一緒に進化し続けたい。自分が自己革新を遂げつつ、進化し、能力アップすることがご恩返しの実践には必須であるからでもある。
島根の信徒の皆様、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

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中内 英生

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