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2011年8月

August.29.2011「音の無い世界」

August.29.2011「音の無い世界」
今日の詩::すやすやと 玄関で眠る イヌころの 周囲は虫の 音はやさしくて

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 松本俊介という画家がいた。作家佐伯一麦さんが愛した松本俊介の一枚の絵があった。それは「白い建物」という絵だった。俊介が昭和13年に描いたという作品である。水道橋とある。水道橋は、私が大学時代に4年間、使った駅がある。
 彼、松本俊介は13歳の時、聴覚を病でなくしている。その状態で絵を描いている。静寂の世界だが、そこには無限の色彩の世界があった。音は耳から物理的に入る。しかし、聴くのは心である。心が散乱しておれば、聞こえない。心が正常であれば、無限の音を聞くのだろう。
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/0703/index.html
http://terukaka.at.webry.info/201107/article_2.html
http://sumus.exblog.jp/8901513/

 昨日、出雲市駅で歌っているミュージシャンに出合った。彼は湯村章平さんといって、出雲市を中心に活動をしているという。
 生まれつき耳が不自由な弟さんがいた。兄として何ができるのか?どうにかして支えたいという気持ちを込めたという。これが作曲「音のない世界」である。耳に音は聞こえなくても、弟さんへの思いは、弟さんの胸に響いている。
 こんな内容の歌を歌っていた。シンガーソングライターである。切ない兄の思いが弟さんの心に響くだろう。何の為に無音の世界に生まれてきたのだろうか。胎教に失敗した親の罪だろうか。前世に暗い思いを持続した本人の罪だろうか。周囲の指導霊の声さえも聞こえない無音の霊界から声の故だろうか。それとも、キリストが言ったように、「親の罪にも非ず、本人の罪にも非ず、神の御栄えの現れんがためなり」であろうか。み教えは、前者を現象的には説明しながらも、後者を選んで、ひたすらに完全円満なる世界の実現を目指すのである。「不便であるが不幸ではない」と。この言葉ほど、自分の本質に迫る言葉は無いだろう。それは「人間は肉体ではない」という真理がそこにある。
http://now.ameba.jp/kilpikonna/
http://ameblo.jp/kilpikonna/

 私の先輩に、Oさんという故元本部講師がいた。子供の頃、花火で遊んでいて両手を失った。目が醒めて、ベッドの上で水を飲みたくなった。母親に水を頼むと泣きながらコップを口元に持ってきた。手をやり、気がつくと、持つべき自分の手がないことが分かったという。何度死のうとしたか分からなかった。それからいつの間にか気がつくと、夕方に線路の上を歩いていた。汽笛が聞こえたハッと我に帰った。高校生の時?、練成会に誘われた。五日間を無為に過ごした。何も感動しなかった。そして、最後の閉会式の後の団結の握手の時、講師の方が、「よかったね。よかったね」と言って祝福してくれた。そこで彼の緊張の糸が切れたのだった。O先輩は、その場に倒れて、絶叫して泣いた。耐えてきた長い間の悲しみ苦しみが、講師の言葉で解放されたのだった。
 今は亡き人になっている。厳しかったが、やさしい先輩だった。私は何回怒られたか、分からない。しかし、私が充分に精一杯生きている姿を見て、ただそれだけで喜んでくれた。「何かを達成することよりも、自分が如何に生きるか、が大切なんだよ」といつも教えてくれた。故T元本部講師がブラジルに行っていたときや、アメリカに赴任しておられて日本にいないとき、私が人生に行き詰まったときには、先輩の担当教区にいって相談した。恐いけれども、頼りがいのある先輩だった。ご自分の無手を超えて法悦の世界に到達していた。勿論、五体満足がよいだろう。しかし、五体不満足でもそこに神を表現する時、多くの人々に救いをもたらす生き方ができることを先輩は教えてくれたと思う。

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 中内 英生

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August.28.2011「創作活動は神を生きる行動」

August.28.2011「創作活動は神を生きる行動」
今日の詩::季節替え 蝉の声より 虫の声

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 ヨハネス・フェルメールという画家がいた。「真珠の耳飾りの少女」という有名な絵がある。この絵を描くに至った経緯の映画があり、一度レンタルで見たことがある。大きな真珠、瞳、唇、青いターバン、衣装などれをとっても、それ以外のものでは代用できないということを、実証していたテレビ番組も見た。最適な配合、というものだろうか。それを調和と見て、人はその絵に美を見出す。人間や動物の分子細胞学から言っても、分子を人や動物の形に配分した状態が美と見えるのかも知れない。この絵は実はそんな光景や光の角度や大きな真珠などはあり得ないのである。絵の中で創作して、喜ぶ。または画家も制作したときに喜びを言い出す。それは何故であろうか。私たちはそのことを考えたことがあるだろうか。

 旧約聖書には、神は七日で世界を創造したという。勿論、この世界はビッグバンの理論によると、いまだに無空間である宇宙に向かって広がる。その中で、数年後に超新星爆発があると天文学者は観測している星がある。老朽化して爆発し、その破片が宇宙に飛び散る。そして、再び新しい星が生まれるとしている。神様が創造した世界はそのような現象宇宙ではなく、目に見えない第一創造の世界であると言われている。知恵と愛と生命に満ちたその世界をこの地上に表現する時、私たちは神の子として表現の喜びを得るのだ。すなわち、創造は神の本質であるので、神の子である人間は、新たな創造を行うことで喜びを感じると言えるのではなかろうか。

 NHKで放映していた「○○○○」という番組でも、できないという仕事をやり遂げた喜びが溢れている。松任谷由美さんの「地上の星」の歌詞を聴いて涙を流す。それは困難を克服して仕事をやり遂げた体験がある男性が共感するのかも知れない。この番組は今では、「プロフェッショナル」という番組になっているようだ。松任谷さんの歌詞では、「彼のことを誰も知らない」という意味がある。有名になるためとか、お金儲けのためとかではなく、人を喜ばし、必要であるが故に実行したという時、誰に褒められなくても人の中の神から褒められて喜びを感じるのである。

 新たな創造は神の子の使命である。島根の信徒の皆様!。今日一日、生活の上で、仕事の上に、絵手紙は、絵封筒に、大いに神様の愛と知恵を表現して新たな創造を行い、神の子の使命を生きようではありませんか。

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 中内 英生

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「煙が消える」平成23年8月27日 ♪ 隠岐国からコンニチワ!

「煙が消える」平成23年8月27日 ♪ 隠岐国からコンニチワ!

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『うぐいす餅とバナナ』21頁には、新種にのこが書かれている。また、高校生を終わると家を出る方針のことが書かれている。ご長男は、「あのまま家で生活をしていたら、世間の厳しさが分からなかった。世の中を見て自分を特別な人間だと思っていたと思う」ということを言われたという。

 バッジのことも書かれている。たしかに私も生長の家のバッジをしているときには、総裁先生のことが頭から離れることはない。しかし、背広をぬぐと普通の自分に返っていることもしばしばだ。総裁先生が、息子さんたちに学校のバッジをつけることを強く言われたことは大切であると思われる。

 タバコのこともかかれている。日時計日記に息子さんお二人の名前を書くことを続けたら、禁煙したとの御報告があったそうだ。タバコは肺の細胞を壊死させるようである。原発の放射能を恐れる人が、ご自分でタバコを吸っているのを何とも思わない人がいる。どちらが危険性があるかというと、タバコではないだろうか。

 このエッセイには、父親の取るべき態度や日時計日記での祈りの仕方や、いろいろとお教えいただいている。男性もこのエッセイを拝読して、父親としての生き方を学ばせていただきたいと思う。

  今日の新聞を見ると、イギリスのことが書かれていた。思いを巡らせば、祖国と民衆のためにすべてを捧げたというヴィクトリア女王。いのちを得んとする者はこれを失い、いのちを捨てんとする者は、いのちを得るとは真実でありましょう。あんな小さな国であるが、七つの海を制覇したのには、根底に女王の「捧げる精神」があったようである。
 イギリスはビートルズを生んだ。その名曲の中には「ペニーレイン」がある。通りの名前だが本来は人名で、この人は奴隷売買でお金を儲けた人なので、人権問題ではかなりの問題があるだろう。当時は野犬狩りのようにして集められた奴隷が一番、商売になると考えられていた悲しい時代であった。
 かなり日時計主義から離れてしまったが、内容はともなかくとして、人類の幸福のためにすべてを捧げようとされた谷口雅春大聖師、谷口清超大聖師あらばこそ、現在の生長の家がある。私たち、島根の信徒、とりわけ隠岐の島の信徒は総裁谷口雅宣先生に中心帰一して、真理と愛を生活に実践し、かつ島後および島前に向かって菩薩道を歩まんとするものである。

日時計隠岐の島っ子

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August.27.2011「信仰は常に基本を忠実に」

August.27.2011「信仰は常に基本を忠実に」
今日の詩::残暑あり 歩くだけでも  汗にじむ

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 巨大地震からいのちを守るために如何にして考え行動すべきかの番組があった。すべてNHKだが、色々と考えさせられると事が大であった。(2011/08/25)
謝流というものすごい波が起こるということも知った。専門用語が一般化しつつある。閖上地区では800人以上がお亡くなりになっている。津波が来て二階に逃げ、さらに屋根に上に逃げて海水で窒息しながらも助かった人もいる。それらの人たちは、「今度のたいしたことはない」と思って逃げなかった人であるという。この安易な思いが人の生死を決めることになる。

 現代ではビデオカメラを持っていない人はいないくらいなので、各種の映像が残っている。避難しなかった人は四割にも達する。
 1100年前のことを私たちは気にすることはできるのだろうか。もし、過去の災害を忘れないようにしたいものだ。1100年前の平安時代の津波の痕跡が地層から出て来ている。これは今回の津波とほぼ同じ規模のようだ。内陸部に海の砂が運ばれてきているからそれを知ることができる。

 津波がきそうだったら、高い所にともかく逃げるということだろう。しかし、ビルさえも倒れているので安全な高台や山手が望ましいそうだ。警報の信頼度の問題もある。しかし、津波警報が100回出されたら、100回に一回の割合で津波は来るとまで断言していた。1000年以上前からの津波のデータを調べ始めたのはごく最近である。

 私はこの番組を見ていて、人の忠告や情報は決して疎かにしてはならないことを知った。オオカミ少年という物語がある。「オオカミが来たぞ」といってウソを言って怖がらせていたが、本当に来た時に人は信じなくなって助けてくれないと実に恐いことになる。みだりにウソを言ってはいけないことと、何度かのウソの中にも本当になることがあると考えるべきだろう。

 慎重と大胆が必要だが、信仰にはさらに注意深いことが大切である。「これくらいのことはよかろう」と思わないことだ。「今日くらいは神想観をしなくてもいいだろう」、とか、「聖経を読誦しなくても良いだろう」とか、決して考えるべきでは無かろう。常に、一ミリでもよい、前に進もうではないか。

 スペインの建築家でガウデイを知らない人はいないだろう。サグラダファミリアで特に有名である。細部に見るとすべて自然界の木や草や虫やで彫刻されている。彼は、小さい頃は一人で遊ぶことが多かったという。従って庭の木や虫やが彼の友達だったのだ。その行く先は、建築の世界に自分の世界を表現することだった。それは自然を建築に活写したのである。それ故にこそ、かれの建築はいまもなお、人々に感動を与えて止まないのだった。自然界から人間は生まれて来た。自然を表現することは、自分が生まれて来た故郷を表現することであり、自分の母の姿を表現することになる。だからこそ、自然界を写したものには魅力があるのであろう。

 青年会の或る信徒さんの家の玄関には実に美しい木目の木が利用されている。それほど、人間は自然が好きなのだろう。自然を家庭内に持ち込むとき、人は幸福を感じる。それは五官が喜ぶのだ。家の中は森の中というふうに設計したガウデイの建築はそれゆえに魅力に溢れている。世界中から見学にくるようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2

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 中内 英生

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August.26.2011「三正行とイスラム世界のラマダン」

August.26.2011「三正行とイスラム世界のラマダン」
今日の詩::草原や 車窓から見ば 流れゆく

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 テレビで拝見したところによると、近年、東京ではイスラームが増加しているという。「なぜ?」と思って見ていると、具体的数字は分からないが、インドネシアから来ている女性と結婚する日本男性が増えて、男性はイスラームへ改宗しているのだという。仏教そのものが日本本来の宗教ではなく、インド由来のものであることを考えると、不思議ではない。

 さて、今月8月はイスラム世界ではラマダンの月だそうだ。生長の家では特に断食はしないが、食事は自己に宿る神に供え物を献ずる厳粛な儀式である、として物質の食事ではなく、神の愛、仏の慈悲をいただく、摂取するとして礼拝しつついただいている。従って、物質の食事ではないので、「断食」であると言えなくもない。そう断言するには、「観の転換」が必要だろう。

 ラマダンとは、日中に断食する行事であるという。ラマダンの間には戦争もやめたこともあるそうだ。別名「断食月」とも言われる。ほぼ1ヶ月間、飲食を絶つことで神への畏敬の念を表現するという。食欲は肉体保存のためにあり、食欲を神の御心によって制御することを教えれている。従って決して、食欲の実行が神から遠ざかるとは考えていないようである。逆に、もてなしの相手に対する愛と尊敬の思いを藻って、「もてなす」ということも考えられるのではなかろうか。夫や子供を喜ばそうとして、真心を込めて夕食を料理する主婦の顔には、愛が満ちあふれている。

 イスラムには五つの「行」が課せられているという。①信仰告白、②礼拝、③喜捨、④断食、⑤巡礼。この五行である。巡礼は聖地メッカに向けてである。生長の家の場合には、聖地は実相世界であり、総本山や宇治別格本山は、しいていえば聖地のようなものであると教えられている。従って、この考え方で行くと、聖地の奪還のために戦うということもなくなるのではなかろうか。神の国はどこにあるか?キリストが言ったように、「我が国はこの世の國に非ず。私たちの中にある神の国である」ということになる。
  喜捨は、自分の財産の一部を施す喜捨がある。この度の東日本大震災では国民総喜捨のような雰囲気になったのではなかろうか。8月25日に島根教区で行われた「聖歌を聴く夕べ」でも、義援金を募っている。また、奉納金の一部は、ユニセフに届けられる。

 しかし、なぜ断食をするのであろうか。キリストは、断食をするときには、「うれしそうな顔をしなさい」言っている。いかにも私は苦行をしているます、という雰囲気は神の御心には適わないのだろう。神はすなわち光であるからだ。イスラムでは、ラマダン中に断食をすると、過去の積みが許される、また、来世に向けた功徳が多いとされているという。しかし、一ヶ月間の断食は少し長いようだが、断食は日中だけのようだ。日没後は一斉に食事をとるという。ラマダンの最中には、各家庭では特別なご馳走がでる。街には色とりどりのランプが飾られてお祭のようになるらしい。
 イスラム暦は独自の太陰暦である。私たちが使っているのは、太陰暦だ。一年が11日間ほど短いようだ。しかし、高齢者や妊婦さんなどは断食を免除されているという。
 また、ラマダン中は、宗教感情が高まり、社会の不正を正そうとする動きが高まるとも言われている。しかし、イスラムの助け合いの精神を強調して、平和的な解決になることが望ましいのは当然であろう。
 宗教的愛の精神として私たちは、四無量心を人と自然とに対して実践することを教えられているのである。後は実践あるのみとなる。また、イスラームの五行ではないが、生長の家では、三正行を教えられている。四無量心の実践の根底にあるのは、この三正行であると考えられる。

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 中内 英生

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平成23年8月26日「楽園はどこに」♪隠岐國からコンニチワ!

平成23年8月26日「楽園はどこに」♪隠岐國からコンニチワ!
今日の詩::隠岐の國 自然と人と 調和する 黒曜石の 輝くごとく 
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「楽園はどこに」というタイトルで、白鳩会総裁先生がお書きになっておられる。『うぐいす餅とバナナ』14頁からである。
楽園というのは神の国という意味になるから、それは遠くにあるということではない。キリストは、「神の国は近づけり」と言ったが、原文は「at hand」となっており、手の届くところということになる。
 チルチルミチルの青い鳥は、何と自分の家にいたという寓話は、まさに日時計主義を生きよと言う意味になるのではなかろうか。
  このエッセイでは、東京のイチョウのことが書かれている。私自身は、赤坂郵便局に行くとき、近くの銀杏並木の黄色の葉のみごとさを見るためにわざわざ、並木道を自動車で走ったものである。それくらい美しい。しかし、その美しさは、黄色に変化するのではなく、みどりの葉が分解されて消えるために残された黄色が目立つのだそうだ。なるほど、である。

 しかし、著者の中にある「幼子」はさらに「なぜ?」と疑問符を突きつけるとしておられる。落葉させるのはなぜか?寒くなるのはなぜか?なぜ、なぜ、と様々な御疑問が湧いてくるとのことである。私たちはこのような疑問こそ真実へ向かわせる鍵であることを知らなければならない。
 神様のご存在すなわち神の愛を身近に感じることができるようになるために、私たちは日時計主義の生活を行っている。それは無理なく神を感じるためであり、日常の生活を豊かに、より深く生きることになると考えられるからだ。

 谷口輝子先生が、大本教で御修行されていた頃、雪深い道を通って祈りのために通われたという。そして、「神様、あなたを教えてください。神様がおられるならば、教えてください」という意味の祈りを真剣に捧げられた。しかし、神様はお答えにならなかった。その後、谷口雅春大聖師が、求道の末に、本当の神を見出し、そのご存在を示したとき、谷口輝子先生は、「自分の中に神がおられた」という喜びに満たされたと書かれている。

 自分の中に完全円満なる神がいます。これほど偉大な発見はないだろう。このことを全人類にお伝えし、実践することが国際平和信仰運動である。私たち隠岐国の信徒はそのことを自覚しつつ、隠岐の島の島後、島前にみ教えをお伝えしたいと願っている。
 至る所に神様の御恵みを見ることが、幸福でなくて何であろう。多くの雑多な物質を身の回りに集めることを幸福であると考えてはならない。それを如何に感謝し、御恵みを讃嘆するか、ということが大切であろうと考えられるのである。

 日時計隠岐の島っ子

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平成23年8月25日「うぐいす餅とバナナ」 隠岐の國からコンニチワ!

平成23年8月25日「うぐいす餅とバナナ」

 この題名は、白鳩会総裁先生の御著書である『うぐいす餅とバナナ』からです。本の中にある炭焼き夫婦の生活から「足るを知る」生活姿勢を学びます。「うぐいす餅」を、炭を売った後にその代金で町から買ってきたのを細君がみて、歓喜の声を上げるのです。「当たり前」と思って感謝しない生活は、豊かに物質に囲まれていても、感受性乏しい貧しい人の生活でありましょう。その生活は、日時計主義としてお教えいただいております。

 バナナは、フードマイレージから考えると地球温暖化と関係があるということを教えていただいております。また「世界の貧困につながる多くの問題」をはらんでいると書かれております。この御著書を拝読してから、各地の先祖供養祭で、バナナのお供えは中止しました。まだキウイなど安い外国産のものが混じっているかも知れませんが、いずれなくなるでしょう。そして、島根県の産物の地産地消でご先祖様にお供えすることになると思います。

 うぐいす餅というものを現代の子供たちは知っているでしょうか。私の年代は知っています。子供のデザートのご馳走は、今では洋風のケーキではないでしょうか。それは時代の色を反映しています。石川県七尾市の出身の方で、世界一のパテシエがいます。東京で何店舗かを経営しているようです。七尾でお父さんが和菓子屋をしていたのですが、店がだめになります。彼は和菓子屋を継ぐことなく、世界一の洋菓子作りになったのでした。凄まじい修行時代があったと聞いております。
 洋菓子と和菓子とどちらが身体に良いかというと当然のことながら、和菓子です。和菓子は豆などの植物から作るのです。しかし、洋菓子は牛乳をふんだんに使いますので、肉ではないですが、要素としては肉食系であると言えます。

 白鳩会総裁先生のお考えの中には、「神は善一元の存在である」「人間は自分の人生を、自分の心によって創る」というみ教えが存在するとお説き下さっております。この二つは、私たち、隠岐の島の信徒の目指す理想像として身につけて参りたいと存じます。
 隠岐の島の白鳩天使の皆様!この御著書を拝読しましょう。

中内英生拝

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August.25.2011「東日本大震災被災地支援のために:第2回生長の家聖歌を聴く夕べ」

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August.25.2011「東日本大震災被災地支援のために:第2回生長の家聖歌を聴く夕べ」
今日の詩::朝起きて 大気涼しき 秋らしく

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 今日は、午後18:30~20:30まで、「聖歌を聴く夕べ」が行われた。場所は、”ビッグハート出雲”であった。司会者以外はすべて肉声だった。声の響きの素晴らしさが伝わってきた。総参加者は前回を上回る200名以上だったそうなので、喜んで頂けたと思う。谷口雅春大聖師、谷口清超大聖師に心から感謝し,先生がお作りになった聖歌を中心に私たちの魂に響かせる聖使命会員によるコンサートであった。義援金はユニセフの東日本大震災被災者支援窓口に届けられる。

 片寄晴美さんというプロの音楽指導者と、やはりプロの音楽指導者でありかつ相愛会長の常松秀清さんが歌唱指導をしてくれた。白鳩会聖歌隊はまさに天使の歌声だった。三曲で終わるのは聴衆に申し訳ないくらいだった。
 今回のコンサートでは、「教化部長とその仲間たち」という番組を急遽編成したので、私自身は大変に勉強になった。発声練習をすると声がでてくるということを知ったからだ。「きよまりて」という歌の最後に、「あおうえい」と歌うのだが、その声は発声練習をした後にはでるようになった。自己潜在能力の新しい発見だった。このエネルギーを来年度の講習会(6月24日)推進の力に変換したいと思う。

 プログラムの中にフルートが入ったのはうれしかった。男性コーラスに関しては、いつかはメンバーを揃えて歌って頂きたいと思う。先日、団参に行ったとき、総本山の職員の方々が男女混声合唱を行っており,素晴らしいハーモニーだった記憶がある。
 教化部の職員の皆様は、「教化部長とその仲間たち」のメンバーの一員として歌ってくれた。歌の上手な人がいるので実に美しい歌声だった。「神とともに生きる歌」を斉唱した。

 聖歌は、講習会や白鳩会の教区大会などで歌われることがあるが、マイクを通してである。ビッグハートというこの会場は音楽専門の会場であるので、完全な肉声となる。電子音がない。昔、児童教育の専門家の話を聞いたことがあるが、その人は幼児への読み聞かせを勧めていた。同じようにテレビでの読み聞かせもあるが、その音声は、「音」であって、人間の「声」ではない、ということを強調していた。そういう意味から言うとこの会場での声は格別なものなのではなかろうか。

 「生命学園児と保護者の合唱」があった。指揮は生教会会長さんだった。やはり子供が参加すると家庭的、家族的雰囲気がかもし出されてくる。長く続けるには,強烈な意思が必要だろう。しかし、コンセプトを「聖歌の真髄に迫る」ものとして構成していけば継続可能であると考えている。本部ではすでに25年は経過している。島根教区では、百年間は続くところのコンサートを開催したいと思う。講習会が二年に一回であるとすると、講習会を行わない年にコンサートを開催するのである。

 青年会の若々しい歌声が魅力的だった。着ていたのはブルー系のTシャツだった。衣装には,場の雰囲気を盛り上げてくれる要素がある。私が歌った時は、白の短いワイシャツに蝶ネクタイをつけたスタイルだった。生まれて初めて蝶ネクタイをした。青年会が歌の練習をしていくうちに、会員の皆様に青年会員としての意識ができてきたように思う。何か新しいことをすることによって、みんなの意識が一つになるということはとても良いことだろう。

 聖歌隊の歌はできればDVDまたは、CD版にして何らかの形で活用させて頂きたいと思う。それくらい素晴らしかった。歌のみならず、今回は初めての「オープニング」のビデオ作成に力を入れてくれた。復興支援の絵手紙を入れてみたり,集団での聖経読誦の光景を入れたり、島根の名所を映像で流したり,東日本大震災の時に作られた、総裁先生の祈りのお言葉を朗読したりして、なかなか手が込んだものだった。
 まだまだご紹介したいところがあるが、字数の関係でこれで筆を置くことにする。教区機関紙『大和島根』にその模様を掲載する予定であるので、「乞うご期待」である。

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 中内 英生

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August.24.2011「随所に主となる」

August.24.2011「随所に主となる」
今日の詩::秋風に 残暑厳しく ひたい拭く 

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 「なでしこジャパン」に宮間という選手がいる。この人の言葉だが、「自分たちがプレーをやっているのだから、澤穂希選手なしでもやれるようにプレーをした」という。心の中での「澤頼み」をやめたのである。これは、何かに頼る心があると本当の実力が発揮できにくいことを意味している。椅子で神想観をする場合に、背もたれに背中を凭せかけないように指導されている。理由は、依頼心が出る場合があるからである。神への全托の境地は悟りの境地であるが、依頼心はすべてのすべてである神の否定から生ずる。
 骨粗鬆という病気があるが、歳を取ってから重いモノを持たなくなるとなりやすいといわれている。それは、身体が重いモノをもたなくてもよくなったと思って、骨密度を下げてしまうのではなかろうか。
 
 「なでしこジャパン」の監督さんは言う。今回の優勝で「なでしこジャパン」の新しい姿が心に浮かんだ、と。中心者が心に描くと全体はその方向に展開していくのだ。決勝戦で同点に追いついたとき、勝とうという気持ちよりも、「ゲームを楽しもう」と思ったという。楽しくゲームするという生き方がより一層の勝ちを呼ぶことにもなる。人生はゲームである。ここに数学の問題があって、それが難問題であればあるほど、その問題を解いたときに喜びを感じるのではないか。案ずることは何もない。すべては味方であり、自分を成功させるために働いてくれており、彼等はゲームを盛り上げる協力者である。

 澤穂希が勝敗を決めるPK戦で蹴ることを辞退し、若い選手に蹴らせた。最後に蹴って勝利をもたらしたのは、20才の選手だった。若い人に譲り、次の世代を育てるという姿勢は,若い選手を育てるだろう。彼女は考える。共に苦労し、これだけ喜べる仲間を持てることは何と幸福なことだろうか、と。

 アメリカの主力選手であるワンパックが沢穂希に言った。「おめでとう。貴方を誇りに思う」と。沢は答えた。「一対一なら、絶対に勝てない。でも、みんなで力を合わせたら世界一になれる」と。この言葉は,島根信徒である私たちは大いに心に留めておくべきだろう。島根教区全体が一つになる。その為にこそ、インターネットによる地方講師研修会の同時学習も行っている。しかも、何か名誉や利益のためではなく、神の御心を生きることを中心に生活し、そのことを楽しんでいる。だからこそ続けることができるのだと思う。
 私はかつて、故T元本部講師から言われたことがある。「大変な思いでこのことをやってきたんですよ」と私が言った。するとT講師は言われた。「君がすきだからそのことをやっているんだろ?」。私はその言葉をお聞きして、「今、自分がやっていることが、一番自分でやりたいことなんだ。大変な苦労をしていると思うこと自体が間違っている」、ということに気がついた。

 「なでしこジャパン」の選手達は、みんな楽しいからやっている。だから続けられる。楽しくないと続けることはできないのだ。光明化運動も、喜びの中で楽しみながら楽しく行ってこそ、継続することができるのではなかろうか。「なでしこジャパン」は、窮地に陥ると、力を発揮するという。私たちは、その力を発揮するために、「人間神の子無限力の自覚、百練千磨、大調和」の三つの要素をこなしていくのである。特に大調和こそ大切である。「なでしこジャパン」が、みんなで心を一つにして掴んだ世界。それは無限力開発の方程式の実践であったのだろう。

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 中内 英生

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August.23.2011「大気圏は神のみ護りの象徴?」

August.23.2011「大気圏は神のみ護りの象徴?」
今日の詩::アマガエル 車の取っ手に 隠れおり

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 大気圏は太陽系宇宙の天体にあるが、地球の大気とは、重力によって地球を取り囲むように保たれている気体を言うそうである。地球の大気圏とは、地球の大気の球状層を言う訳である。大気圏と宇宙空間との境界は、何を基準に考えるかによって幅があるとされるが、便宜的に高度80kmから120kmあたりとされている。
 その大気圏は、宇宙からの有害な放射線を無害化する。しかし、オーストラリアなどがオゾン層破壊などで宇宙からの放射線量が増加するとき、皮膚癌などになりやすいとされている。要するに、現代の大気圏は、昔からあった大気圏とは違っているということだろう。その原因は、人間の欲望中心の生活習慣ではなかろうか。

 放射性物質は生物全体にとっては有害である。従って地球は大気圏を作って、生物を守ってきたのだ。しかし、人間がエネルギーを原子から作り出すという手法によって、、逆に有害な放射線的物質を自ら作り出し利用しようとしたのが、原子力発電所である。自然界自体が嫌うものを、自然界の意思に反して作り出すことは、自然界との完全なる対立と考えられるのではなかろうか。そういう生き方が、神の御心に適うとはなかなか考えがたい。石油や石炭などの化石燃料もある。それを燃やすことによってエネルギーを生み出すという方法がある。しかし、このエネルギーは何億年前の濃縮的二酸化炭素を吸って育った植物や生物の化石である。従って、燃やすと、現代には相応しくない二酸化炭素量を排出するのは当然であろう。

 島根では住民の高齢化が進んでいるという。それは、若い人々、子育てをするような人々は都会へ行っていると云うことである。決していないわけではない。島根に住んでいないというだけのことである。なぜかというと仕事がない。子育てをするのに必要な資金を獲得できる職業がないということになるのかもしれない。なぜ、仕事がないか?隠岐の島の海士町のような地域もあり、若い人が多いが、県外の人も多いと聞いている。県内の若者、壮年世代が就く仕事がないと云うことだろう。大手の商業施設が島根でも入ってきている。しかし、どれだけその企業のトップクラスの役職についているのだろうか?

 それらの若い人たちは都会へでる。その都会を発展させるために島根の原発や福島の原発から東京や関西へ電力を供給するという構図ができていたのかもしれない。しかし、原子力から出るところの放射線は、地球の大気によって防がれており、生物に直接悪影響を与えないようになっているようである。従って放射線を出すところの原子力発電や原子爆弾の使用は、自然界の存続という意味から考えてもそれに反していると言えないだろうか。

 東日本大震災に於いて、大勢の人々が亡くなられたが、突然の死は高級霊であることもあるだろう。このことは、『生命の實相』霊界篇にも書かれている。それは今までの業を残したまま霊界へ旅立つことになるからである。己の悪業を霊界へ持っていかないということは幸運である。
 今回の大震災で、テレビや新聞などを読んでみると、人々を救おうとして戻ってきて亡くなった人や逆に高台に駆け上って助かった人や、「今度の地震も大したことない」と思って逃げ遅れたが、屋根の上に登って津波から助かった人などさまざまである。

 このような個々の体験は別として、集団としての大震災の意味を観世音菩薩の教えとして私たちは捉えようとしている。それは、「物質的に沢山、,身の回りに集めることを幸せだと思ってはならない」ということだろう。必要以上に物質が溢れると「ものを大切にする心」を失うことがあると考えられる。

 私たちの棲んでいる日本は、有り難いことに7割近くが森林で覆われている。私の郷里の高知県は、県の中で森林がある率が日本では極めて多い方であると聞いた。これは植樹するということが歴史的に行われていることに起因するのではないか。それ故に、日本からこそ、「自然と人間との大調和」を実現するという方針が打ち立てられている。
 島根は、そういう意味では、多くの森林にとり囲まれている。教区版「森の中のオフィス」を如何にして実現するかのプロジェクトチームを検討する時期が来ているのではないだろうか。
  日本全体が、または世界全体が、または島根教区がその方向に進んでいけるように,総裁先生に中心帰一して、島根教区の皆様とご一緒に努力をさせていただきたいと思う。
 
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 中内 英生

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August.22.2011「手ぬぐいを使い込む」

August.22.2011「手ぬぐいを使い込む」
今日の詩::使い込む 心もものも 馴染むかな 千回の技 板に付くなり

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 使い込んだ手ぬぐいの魅力についてNHK番組『美の壺』(2011/05/13)で放映していた。ひたすら使い込む。手ぬぐいのみならず、私はそのやり方が好きである。使い込むと味、風合いが出てくるという。手ぬぐいは現代ではタオルに変わっているが、デザイン性などを考えると、実に多彩、多様性に富んでいると言えるのではなかろうか。
 教化部の各部屋でも、私はできるだけ稼働率を高めることを考える。それが部屋を生かすことになり、次なるステップへ移ることになる。身体でも頭でも使い込むことが必要だ。使えば使うほど、その存在が持つ味がでてくるというものであろう。

 先日、東北地震での津波の痕跡が地層を調べることで分かるそうだが、その痕跡がでてきたようだ。これは数日前の新聞で見たが、東北の地震は今に始まったことではないという。
 「つなみ石」などといって、高台に津波が押し寄せた印があるところがある。過去の津波の記録を文書から、そして地層から発見する学問は始まったばかりであるようだが、現実に、津波の恐ろしさを忘れてしまっていた。その過去の記録と言葉での場所の印を尊重すべきだったのだろう。しかし、経済繁栄に酔いしれていて、「そのようなことは決して、無いだろう」と安易な気持ちになっていたのかもしれない。私が○○○を訪れたときも、サンマの話は何度も聞いたが、津波の話は一度も聴かなかった。それはなぜか?日本全体、人類全体が経済発展と科学技術という毒酒に酔いしれていたのだろうか。日米戦争に於いて、日本は敗北した。その理由を子供の頃にいろいろと聞かされたのだが、大量の物量に精神論が負けた、という思いがあった。従って、経済発展をすれば、対抗できる。または経済発展をすれば幸福になれるという迷妄にとらわれていたのではないだろうか。

 経済発展で便利快適、そして豊富な食糧、コンクリートのビルや河川。得たものも多かったが、失ったものも実に多かったのでは無かろうか。何よりも自己の欲望を満たすことが可能になった末路に、「自然を大切にする心」を失ってしまったようだ。原子力発電は、究極のエネルギーである。しかし、このエネルギーを制御できない状態になることがあるということを誰も予測できなかった。また、安易に「安全!安全!」とさえお題目を唱えるように言っていると安全となるというような気持ちがあったのではなかろうか。日本は、原子爆弾を被り、さらに自分の中から原子の破壊力によって原発事故を招いていったのだった。それは果たして良いことなのであろうか。大いに反省すべき点があるのではなかろうか。

 この有効かつ、危険なエネルギーは、米のマンハッタン計画によって実用化されるようになったようだ。危険でも原子力の力を使えば、エネルギーが活用できて、人間が幸福になれると考えた。はたしてそうだろうか?結果は否である。原子力の研究は、ドイツもアメリカも行っていた。日本は原爆の研究をしていたのを天皇様がお止めになったとお聴きしている。原子力爆弾で多くの犠牲者を出すことを非人道的であるとして、日本が行うことを反対されたのだった。これは殺戮兵器である爆弾のことであるが、原子力発電ではすでに52基から54基の原発が日本にできているという。夜が明るくて、体内時計が狂ってくるのも、安い原発からの発電供給によると言われている。鉄を溶かす溶鉱炉は、一度止めて、必要なときに再稼働するよりも、燃やし続ける方が効率的であるからだ。同様に原発もであった。

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August.21.2011「生き通しの生命」

August.21.2011「生き通しの生命」
今日の詩::熱気あり 満堂に満つ  歌唱力 いのち波打ち 地球を覆え

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 東日本大震災など集団の災害では、自らの過失と災害と波長が合うという意味で事故の中に引きよせられることもあろう。これは、『生命の實相』第1巻の「心の世界に於ける運命の形成」に説明されている。しかし、地震や津波などの強大な破壊力で霊界へ行かなければならない大きな事件とは別々に考えなければならないとしている。大東亜戦争なども、魂の高い方々が特攻隊として飛び立たれた場合にも充分に考えれる。同様にして、東日本大震災の意味を考えることが必要であるということになる。
 「震災の意味を問う」総裁先生のwebサイトでの御文章がすでにご発表されている。私たちはその中で真剣にその意味を考えなければならないだろう。そして、私たちの生活を方向転換する必要性があると考えられる。

 二つの祈りも御発表なされている。「自然と人間の大調和を実現する祈り」と「新生日本の実現に邁進する祈り」である。この中に、総裁先生の御心がほぼ御表現されていると思う。8月25日に於ける島根教区の『東日本大震災被災地支援のために・第二回生長の家聖歌を聴く夕べ・チャリティーコンサート』では、祈りの一つが女性ナレーターの声で朗読される。バックミュージックに乗せての美しい声は何とも言えず、耳に心地良いものである。そして、総裁先生の御心が聴く人々の魂に響くように工夫されている。
  この大震災を、人類の不幸と考えるか、観世音菩薩の人類へのメッセージと捉えるかによって、大きく日本と世界の動向は変わるだろう。勿論、大震災は神の怒りでもなければ、神罰でもない。なぜならば、神は失敗する不完全な人間や不幸や大震災はお作りにならないからだ。

 叡智ある識者の訴えにもかかわらず、近年は人間の欲望と自然界とがぶつかり合うことが多くなっている。しかも激しくぶつかり合っている。それが気候不順にあらわれているのだ。先日の九州の竜巻にしても、今までに無かったことである。高温で作物が採れなくなっている。また、洪水での被害が多くなっている。いわゆる局部的な集中豪雨である。世界的にこのような状況が続き、さらに激しくなっている。
 人間は、高度な科学技術を実現して、便利快適などの欲望の目標を作り、かつ達成してきた。しかし、それは過度の二酸化炭素の放出となり、地球温暖化による異常気象が増加しているのだ。昔は、自然災害だから仕方がない、ということも多かったが、現代に於ける自然災害の主たる原因は、人間が作り出していることを理解して、方向転換しなければならないだろう。

 「大調和の神示」には、「汝が何ものかに傷つけられたり、黴菌や悪霊に冒されたりするのは、汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから、省みて和解せよ」と教えられている。今こそ、自分の生活法、生き方を「省みて」、自然と和解し大調和する時が来ているのではなかろうかと考えられるのである。

 個人的なことで申し訳ないですが、8月21日は、午後1時より2時まで、母の葬儀が行われた。自宅での通夜と葬儀だった。それは、60年間も同じ場所に住み続けて、母親の思いがしみ込んでいる家から出発していただきたいということだった。しかし、出発するとは言っても、出発するのではない。今も尚、家の中に住んでいると思っている。そして、私たち子孫を見守ってくれているのだろう。
 この40数年間、出張で飛行機や自動車で移動する時、必ず連絡した。そして、その時には、母は必ず聖経を読誦して守ってくれた。おそらくこれからもそうだろう。飛行機に乗っているときは、乗っている間、聖経を連続読誦してくれた。誠にも有り難い母親だった。母親の愛は限りないものだった。その愛の中で、私は今も生かされている。感謝あるのみである。ご恩返しは、世の中のお役に立つ、この一事である。

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August.20.2011「心一つに」

August.20.2011「心一つに」
今日の詩::四国路の 自宅は通夜と 秋風の 吹きて見納め 母の寝顔を

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 東日本大震災物故者追悼慰霊祭において、島根教区の方が各自自主的に、御祭の開催時間に合わせて聖経読誦をされたようです。今回は、宇治別格本山にて初めて総裁先生のお言葉を拝聴させていただきました。それだけでも有り難いことであります。その感想メールがN様より届いておりましたので、ご紹介いたします。

「合掌、ありがとうございます。
本日お1人でも多くの方に拝読していただけたらと、呼び掛けさせていただきました。
Y教区連合会長、A副会長が大祭ご参列でしたので、お留守番の私たちが島根にて皆様と心ひとつに追悼の誠をささげたく思いました。
少しの時間のずれはあったかもしれませんが、私は四時半から、聖経『甘露の法雨』を二度繰り返し拝読させていただきました。お蔭さまで、とても有難いひと時でした。もっと時間いっぱい拝読を続ければよかったでしょうが、お許し下さいませ。明日の午前九時からの本祭にも合わせて、拝読させていただきます。島根の御参列の皆様、お元気で御無事のお帰りをお待ち申し上げます。再拝」 

 御祭の開催時間に合わせて、島根の多くの信徒様がご自宅でまたは寄り集まって、総裁先生に中心帰一をしながら、心を合わせて聖経読誦されたようです。国際平和信仰運動は誠にも素晴らしい運動であると、感動致しました。
Nさんも島根の○○会の素晴らしさを書いておられました。島根では毎日のように、トップが活動を展開しておられます。素晴らしい組織になるのは当然のことかもしれません。

 次は、個人的なことで恐縮ですが、今夜は母親の通夜を行いました。実に綺麗な寝顔のような安らかな微笑んでいるような顔でした。近い親戚で仕事から飛んできてくれた人もいました。家に帰ってから通夜に来ると遅れるので、そのまま上がっていただきました。親類筋の彼は私よりもかなり若いですが、現在四国のMACの総代理店をしているというのです。売り上げは?と聞くと、やはりiPADが出現してから劇的な売り上げらしいです。彼とは子供の頃から親類の家でよく遊んだものでした。15分から20分間ほど話をしましたが、色々と新情報を入れてくれました。また島根教区のIT化の現状を説明しました。光ファイバーの出現は大きいこと。しかし、「5年後にはデータが空から降ってくる」と言っていました。私はそれまで待つわけにはいかないので、現段階で使用可能な技術を光明化運動に活用する主義です。GPSによって、カーナビなどの場合は位置確認をするのですが、データそのものが光ファイバーを使わずに、交信できるのでありましょう。それにしても、私たちは大変に、面白い時代に生まれて来たものです。それから、もう一つ言っていたことは、「この技術を使う人と使わない人との差は大きく広がるだろう」と。
 これも言えてると思います。私の場合は、最新のものを追求するのではなく、少し使い始めた実用的なものを使うという生き方です。そして、くりかえしくりかえし使う。毎日使う。これが私のプリンシパルなのです。
 彼はスマートホン的なものを持っていました。自分のパソコンに入ってくるメールをリアルタイムでチェックする。これができるようにならねばならないのでありましょう。

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August.19.2011「宇治大祭④」

August.19.2011「宇治大祭④」
今日の詩::聖経を 母の御霊と 共に読む 師の御前(オンマエ)に 神風の吹く

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 今日で、宇治の大祭は、終了した。午前の精霊招魂神社大祭で聖経『天使の言葉』読誦の先導をさせていただいた。光栄の極みであった。この聖経読誦は母親と一緒に読誦させていただいたことを感じた。
 8月19日、早朝に神想観を行い、かつその後でさらに祈りを捧げさせていただいた。
その時、中内家に生まれさせていただき、父母、ご先祖のご恩を感じたとき、喜びが悠然として湧き起こって来たのだった。そして、この家を通して生長の家に、世の中に貢献させていただきたいと強く願ったのである。

 神想観が終わって、数分間、経ったとき、電話がかかってきた。母親の昇天の知らせだった。私は御祭での聖経読誦の担当があったので、母親が昇天した日に、母の御霊と共に総裁先生の御前にて聖経を読誦させていただくことは最高の親孝行であると思った。そして、お役目を終了してから、すぐに電車に飛び乗り、郷里に向かった。
 ちょうど、8月19日は、母親の姉(さかおばちゃん)が亡くなった日だった。その姉は、私の母親のように生涯、私に対して深い愛念を注いで下さった人だった。そしてまた、私の長女の誕生日でもあった。それらを考える時、深い血縁のえにし、つながりを感じざるを得なかった。母は息子へ、この世の終わりにいのちを賭けて、「総裁先生に中心帰一せよ」と、教え給うたのでした。それ故に、母の昇天はこの日でなくてはならなかったのでありましょう。

 私は、大祭の前に盆休みで、郷里に帰っていた。私は病室に簡易ベッドを入れていただき、母親と一緒の部屋で就寝した。午前3時頃だった。突然、母親の元気な生き生きとした大きな声が聞こえた。
『わたしは死なないということが分かった。谷口雅春先生が教えてくれた。お前よりも分かったかも知れない』と。
 私はその声に驚いた。母はおそらく、動かなくなる自分の肉体を見ながら、その宇宙服とは別に生き通しの生命を感得したのに違いない。
百歳の年齢だった。偉大なる母親だった。
 水を飲みたいというので、一晩中、何度も小さな急須で水を飲ませてさしあげた。聖経読誦はもちろんだが、それが私にできるせめてもの母親への感謝の行動だった。
 今はまだ母のことは、言葉にはならない。やらなくてはならないことが沢山ある。神様から、総裁先生からいただいたご使命を完遂するために個人的な悲しみに沈んでいる訳にはいかない。これからさらに生長の家のみ教えの伝道を通して、母親へのご恩返し、最高の親孝行をさせていただきたいと思う。

 次に、島根教区で宇治大祭での「日本大震災物故者追悼慰霊祭」に心を一つにして聖経をあげた人からの感想メールが隠岐の島から届きましたのでご紹介します。

「 東日本大震災に被災された方の為に聖経をあげさせて頂きました。仕事が終わってからすぐ、孫を連れて里帰りしている娘と読みました。幸い孫も寝てたので読めました。4部経全てを2人で読めるとは思ってなかったので感激のメールさせて 頂きました。ありがとうございました。」

総裁先生、白鳩会総裁先生に心を合わせて聖経を拝読させていただくことは誠にも有り難いことであります。私たち島根信徒にとりしては、中心帰一的信仰姿勢の象徴的姿ではなかろうかと拝察申し上げます。

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August.18.2011「宇治大祭③」

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今日の詩::震災を 受けて新たな 世界来る 転機と捉え 良き世創らん

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 今日は、招霊祭があった。島根に縁の深い栄える会のA氏のお名前も読み上げられた。島根にとっても生長の家にとっても大変重要な人物を失ったと残念な思いひとしおだった。
 夕方は東日本大震災物故者追悼慰霊祭が行われた。その後で、総裁先生のお言葉があった。これからの日本が進むべき道、世界が進むべき道をお示しいただいた。その内容に感動した。内容に関しては、さし控えさせていただきたいと思う。 

 この震災では、島根ではほとんど揺れを感じなかったようだ。しかし、その後の状況が明らかにされてくるにつけて、物質的な揺れではなく、心の揺れが激しくなってきたように思う。今月行われる予定の、「聖歌を聴く夕べ、チャリティーコンサート」なども、地震が与えた影響と言えなくもない。
 島根は島根半島に原発がある。その近くの道を時々通ることがある。ここで作られる電力は、島根で使われるわけではないと聞いている。島根自身の電力は化石燃料でまかなわれているとも聞いている。島根は地震が少ないというが鳥取でも地震があるので、決して島根も地震と無縁ではない。なぜ、物理的な揺れと被害が私たちの心に影響を与えるのかというと、地震にしても被害にしても、心の表れであるからこそ、人の心に影響をあたえているのではないかと思われる。
 
 私たちは、有り難いことに総裁先生から地震の起こった意味を教えていただき、また心を転換する方向をご指導いただいている。その御心を、自らが生活に実践することは勿論のことであるが、多くの人々にお伝えする使命があると思われる。

 さて今日は、かつての練修生制度の先輩から良い話をお聞きした。先輩は、現在関東の某教区の教化部長をしておられる。「練修生で残ったのは、5人になったね」というところから会話が始まった。同じ練修生だったTさんのことに話が及んだ。私はTさんは毎日、お酒を飲んでいたので、脳溢血か脳血栓で倒れたということだけ聞いていた。先輩がTさんがいる教区に赴任したとき、ちょうど講習会だったという。
 先輩がTさんの所へ行くと、言葉は言えず、寝ておられたという。そこで先輩は、「Tさんよ。講習会に行こう。君が出てこないとボクが困るんだ。ボクにとっては君が必要なんだ。神様にとってTさんが必要なんだよ。」とくりかえしくりかえし言ったという。
 すると、翌日、Tさんは布団から這い出してきて、「講習会、講習会」と言い始めたのだった。そして講習会に来たという。それからTさんは、リハビリーををしたい、と思い立ち、実践すると調子が良くなってきた。リハビリーを繰りかえしているうちに、地元の市役所の職員になったという。いい話だと思ったので、島根の信徒さんにお紹介させていただいた。

 やはり、どんな人でも「神様が貴方を必要としているんだよ。」ということを断定的に言う必要があるようだ。もう一つ、先輩は、「同じ釜の飯を食った者同士の心のつながりは強い」ということを言っておられた。これは、実に重要である。いわゆる練成会などでの合宿行事であろう。
 私の場合はお酒を飲むわけではない。しかし、「同じ釜」で炊いたご飯をご一緒に食べることは信仰以前の問題として大切なことなのであろう。同志愛、いのちの兄弟姉妹であるとの一体感が醸成されてくる。このような所で、先輩から忌憚なく色々と教えていただけることは大変幸運だ。
 故T元本部講師が生きておられた頃は、常に私の心の中には質問集があって、お会いする度に質問をさせていただき、自分が納得できるまでお聴きしたものだった。そういう先輩の存在は人生に於いては実に大きい。
 島根が安定しているのも、70歳を過ぎた信徒さんが半数はおられるので、後進の人々を導いて下さっているのでは無かろうかと、深く心から感謝する次第である。

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August.17.2011「宇治大祭②」

August.17.2011「宇治大祭②」
今日の詩::緑茶飲み 自然感じる  宇治の夏

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お知らせ::生長の家宇治別格本山にて
8月18日午後4:30~5:50
『東日本大震災物故者追悼慰霊祭』が開催されます。島根の信徒みなさまは、真心込めて聖経『甘露の法雨』を拝読しましょう。
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 今日は、送霊祭が行われた。今回の大祭は特別である。「東日本大震災物故者追悼慰霊祭」が行われるからだ。当然のことながらこの大震災で、信徒の方々にもさまざまなご体験があったようだ。間一髪で、津波で首まで浸かりながらも助かった人、津波が押し寄せる一分間前に逃げ切った人、疎開している所でさらなる信仰生活を続けておられる人々などなど、それにつけても大変な思いをしながらも決して信仰を失わないお姿に感動する。日時計主義的感謝と、使命感があるからではなかろうか。
 明日は、島根教区で聖経を読誦して下さる信徒様の真心を背に感じながら、聖経を拝読させていただきたいと思う。

 運営に携わる方々がお集まりになる大講堂には、組織への入会とそれにより信仰の喜びを拡げよう、とのスローガンが掲げられていた。教化部にお出でになる方々はほとんど会員の方々であるが、宇治の練成会などにおいでになる人々は非会員の人も多いのであろう。
その人々が組織会員になると、地元ではさらに素晴らしい運動が展開されるのではなかろうか。
 私は、いつも非会員の方々に会員入会のお勧めを行っている。それは光明化運動の同志を増やすという意味もあるが、信仰生活を確乎たるものにするためには、どうしても伝道すなわち愛行活動、菩薩行が欠かせないからである。それは、健康な肉体に於いても食生活と身体を動かすこと。または排便することとは表裏一体であるからである。道と生活と愛行とは三位にして一体であると教えられている。それは真実である。真理を知ったならば、生活に行じる。具体的な細かい所までその行動が行われなければ、空想的信仰ということになる。従って、生長の意のみ教えの実践生活は具体的であるのだ。

 さらに現代生活に於いては、特に都市部の生活においては地球を温暖化し生物多様性を失わせる二酸化炭素排出は避けて通れない。従って、都市で生活すること事態が、人を生かし、諸生命を生かそうとする信仰生活の根底を揺るがすことになるとも考えられる。しかし、高度に進んだ現代生活を失うことは難しい。そこで、選択ができるところに本部を移転して、その可能性を探り、人類の新たな文明のフロントランナーになろうとしている。
 そこには、他からいのちを奪わない倫理的生活への指向がある。谷口雅春大聖師は、その御著書『生命の實相』の自伝篇に於いて、成道まえの段階で、歩く履き物の裏には殺された生物はいないのだろうか。息を吸うと喉の奥で微生物が死滅する。しかし、息をしないと自分が死んでしまう。前にも後ろへも動くことができない。そのようなご心境を通過して、争いのない実相の世界を発見することができたのだった。そのような徹底的な倫理的求道生活が、私たちの運動の根底にあると考えると、本部移転は充分に理解することができるのではなかろうか。

 喜びの一つだが、宇治大祭に於いて沢山の旧知の人々にお会いすることができる。夕方、島根の素晴らしい信徒の皆様も、バスにて到着されたようだ。宇治大祭に全国の信徒さんがお集まりになる。何と素晴らしい行事であろうか。島根教区の信徒様とともに大祭の大盛会を心から願っている。

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中内 英生

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August.16.2011「宇治の大祭①」

August.16.2011「宇治の大祭①」
今日の詩::騒音か 夜のねぐらに 鳥の群れ

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お知らせ::生長の家宇治別格本山にて
8月18日午後4:30~5:50
『東日本大震災物故者追悼慰霊祭』が開催されます。島根の信徒みなさまは、真心込めて聖経『甘露の法雨』を拝読しましょう。
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 今日は、宇治の大祭の神官奉仕のために出雲から京都へ移動した。昨年と同様に、私は先に入り、帰りはバスで教区の信徒の皆さまとご一緒に帰ることにしている。京都は帰りに色々と行きたいところが数々あるのだが、出雲に帰ってもさらに石見の益田までお帰りになる方々がおられる。従って、末一稲荷大祭が終わるや否や宇治を出発して島根に直行する。
 行きはJRを使ったのだが、いつも横揺れがする。その点、バスは安価で汽車よりもスムースに走る。二酸化炭素の関係から言うと汽車の方が排出は少ないのだろう。
 
 京都駅に着いたとき、木の中ですごい鳥の群れに囀りが聞こえて来た。これは、出雲のNTTのビルの屋上から聞こえてくる鳥の声である。日本の古来種ではないように思えた。昔から梅にしても奈良の文化が花開く頃に中国からもたらされたという。「青丹よし奈良の都は咲く花の匂うが如く今盛りなり」というように、町中に匂う花は公家の人気の花だったようだ。その後、桜を愛でる天皇様が出現して、梅よりも桜が流行ってきた。しかし、花それ自体は何も人気を取ろうとした訳でないということを知るべきだろう。そのように、日本は外国産が多いが、定着するかどうかは、数十年では分からないかも知れない。それにしても、夜空に響く鳥の声はウグイスのような美しい鳴き声には聞こえなかったが、それは人間様のかってな思い込みかも知れないのだ。

 今年は蝉の声もすごい。アリとキリギリスの物語があったが、本来はアリと蝉であったそうだ。アリは働いていた。蝉やキリギリスは歌ってばかりいたというのである。蝉がいつの間にかキリギリスになった。一つの物語は、その真意をその土地の人々に理解させるために姿を変えていく。宗教卵論に於いて、黄身は変わらないが、白身の部分は変わるのである。それはマリアの神聖受胎であったり、永遠の生命を教示するために、すでに死んだ人の蘇りであったりする。万教帰一という意味は、一つの神がさまざまな文化、歴史、地域に浸透していくときに色々な形に変わるということである。貫いているのは、一つの神である。しかし、形は変わっていく。形は変わっても中味は変わらないことを知る必要があろう。

 今日は、音楽大学を出ておられる方にコンサートの歌う形式について教えていただいた。歌は女声合唱でも男声合唱でも、混合でもよいようだ。私は歌に関しては短歌なら少し分かるが、実際の歌唱に関してはまったくの素人である。単純な質問だったが、「タクトを振る人は必要ですか?」とお聴きした。すると、「勿論、あった方がよい」とのことだ。それは、中心ができるからだろう。中心者に従わずに歌っても全体としては美しいとは言えない。一つのハーモニーとなるには、やはり中心に帰一する必要があろう。その人の資質について、彼は語った。「全体をよく理解しており、全体をリードできる力量がある人でないとタクトは振れない」という。「中心に立つと云うことは並大抵なことではないのだなあ」、と私は思った。今月、島根では「聖歌を聴く夕べ=チャリティーコンサート」があり、私もその中の一人として歌わせていただくことになっているからだ。集団にとってはかなり迷惑ではあろうが、邪魔にならないように一所懸命に歌ってみたいと考えている。この質問と答えで、中心の必要性、中心帰一の意味、そしてその資質と努力の必要性を知った。それは神様の創られた生命システムの根本設計でもある。 

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中内 英生

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August.15.2011「終戦記念日」

August.15.2011「終戦記念日」
今日の詩::終戦と 思いを繋ぐ 震災に

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 今日は終戦記念日だった。テレビで黙祷のあと、天皇陛下のお言葉を拝聴した。私は昭和23年2月生まれなので、戦争が終わってしばらくたって生まれて来た。子供のころに遊んでいた小さな神社は中村高校の近くに落ちた爆弾の爆風でなぎ倒されたままだった。私の家の近くのガラス窓も爆風で割れたという。母親が、小学校の教員で勤務していた頃、敵機が急降下した時はすぐに何かに隠れたそうだ。逃げ遅れた知人が機銃掃射でなくなったと言っていた。高知の幡多郡の田舎であったのに、母親にとってもそれくらい戦争は身近な体験であったようだ。

 戦争に関して私たちにとって知らなければならないことは、『歴史から何を学ぶか』に書かれている総裁先生の御文章である。私たちは原理主義者になってはいけないということだ。時々刻々変化する政治と歴史の流れの中で棹さしながら進まれた谷口雅春大聖師の御文章は当時の歴史の状況を無視しては理解することはできない。その当時のままの御文章を、現代の世の中に当てはめることは極めて難しかろうと思われる。それ故に、総裁先生が現代に当てはまるように、新たなみ教えをお説きくださるのである。

 8月18日は、東日本大震災物故者慰霊祭が行われる。この慰霊祭を契機として、日本が、世界の歴史が大きく転換していくことを願って止まない。それは、流産児供養塔の建立があってから小児麻痺患者は減少し、次第に流産児の数も減少していった記憶があるからである。この慰霊祭は単なるセレモニーではない。必ず何らかの変化が出てくると考えられるのではなかろうか。

 戦争のことを語るときには、天皇陛下の御存在と大御心を避けて通ることはできない。しかし今日は戦争の話ではなく、「さかなクン」の話である。西湖で絶滅したはずのクニマスを発見した時に、天皇陛下のお言葉の中に、「さかなクン」が登場したからである。

 日経新聞(2011/08/12)には、「学びのふるさと」として東京海洋大客員準教授のさかなクンのコメントがでていた。少しご紹介したい。
 魚にのめり込むようになったのは、小学校2年生の時だ。友人が彼の自由帳に描いたタコの絵に驚いた。その衝撃で、彼は神奈川県綾瀬市に住んでいたが、親類がいた千葉県白浜の海によく遊びに行くようになったという。たこが目的だったそうだ。しかし、たこは見つからなかったが、カエルウオというぴょんぴょん跳ねる魚や、岩にへばりつくナメクジみたいなアメフラシなど、見つけては図鑑で調べていた。図鑑を書いた有名な奥谷先生にファンレターを書いた。すると、「君はタコの博士になりなさい」という返事をいただいた。とてもうれしかったという。あこがれの先生は目指す対象となった。そして、ひたすら魚の勉強に励んだという。

 小学校の卒業文集には、「東京水産大の先生になる」と書いたが、念願かなって現在は、海洋大で週一のペースで教えている。強い決意が彼を大成させたと言えるようだ。魚に関しては、現物を見ることが大切であるという。彼の心の中にいつもあるものとは何であろうか。それは、「海のいきものに出合いたい」「海が大好き」という純粋な思いである。実際、彼の顔は実に純粋そうな人相をしておられるのではないだろうか。
 私たちももっとさかなクンのように、「神様が大好き、実相世界が大好き」「神様が創られた実相の人間と実相の存在にあいたい」という思いと行動を持ちたいものである。そのためには、三正行そして、日時計日記の記載を励行していく必要があると考えられるのである。

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August.14.2011「山頂でアイロン」

August.14.2011「山頂でアイロン」
今日の詩::しみ通る 汗ばむ肌に 蝉の声

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 「山頂でアイロン、美を競う」という変わった見出しの記事を見つけた。これは、アイロンの鉄人「松澤等さん”42才”」の記事だった。朝日新聞(2011/08/10)からである。 山頂でアイロンがけを競う競技だそうである。「リレーおぴにおん」という囲みだ。
エクストリームアイロニングというのだそうだ。高山の山頂や岸壁など極度(エキストリーム)に過酷な環境で、服にアイロンをかける競技だそうだ。
1990年代に英国で始まった。競技人口は世界で約400人である。英国、ドイツ、日本が三強だ。世界大会もある。ポイントはアイロンのかけ方の独創性、仕上がりの美しさ、タイムなどである。
  高い所でアイロンをかけるのはびっくりだが、競技をするとはさらにびっくりである。
松澤さんは、2005年に競技団体エクストリームアイロニングジャパンを設立した。現在のメンバーは14人という。仕事の合間に活動している。富士山の山頂でもアイロンをかけた。急流のカヌーの上や、サーフボードで波乗りしながらかけたそうだ。すごいというか。なんというか。海中に潜ってのアイロンがけにも挑戦したという。熱とアイロンのでき具合はどうだったのだろうか。

 アイロンに目覚めたのは19才。オーストラリアに留学したときだった。自分のことは自分で全部やるという方針の家にホームステイした。大人も子供も自分用のアイロンとアイロン台を持っていたそうだ。その御家庭の方々は裏庭など屋外でアイロンをかけていた。それがおどろきだった。日本であっても驚くべき光景ではある。
 エクストリームアイロニングとの出会いは、オーストラリアのニュース番組で山頂でアイロンがけをしている男の映像を見た時だった。私の妻は以前テレビで松澤さんが出ていたのを見たことがあるという。山頂でアイロンがけをするとすごい気持ちがよいという。

 山でアイロンをかける。電源は使えない。携帯コンロで熱して使う。山で無心にアイロンをかけていると、自然と一体化していくような感覚を味わえるそうだ。八ヶ岳で仕事をする本部職員の皆様は、そのような最高の気分を味わえるのかも知れない。
 山まで行かなくても、一度、庭やベランダでアイロンがけをやってみてはどうか、と進言している。電源の延長コードを使うと無理なくできる。日光を浴びながらアイロンをかけると本当に気持ちがよいとのことだ。それは私たちの体内で日光で育って来た遺伝子が目覚めるからなのであろうか。掃除や食器洗いと違って、アイロンがけはプロセス自体を楽しめるとしている。
 先日書いた針供養と同様に、アイロンにも感謝する気持ちが必要だろう。私が子供の頃には、火鉢で使うおばちゃんの焼きごてを見た記憶がある。

 松澤さんは男性こそ、アイロンをかけるようになって欲しいと言っている。ワイシャツは、クリーニングに出すとぴっちりとアイロンがかかって帰ってくるが、自分でアイロンをやれば好みで柔らかく仕上げることもできる。やはり、朝、早起きしてベランダでその日に着ていく着物にアイロンをかけると、凛とした気分になれるし、心のシワまで伸びるとしている。
そんなものでしょうかね。私自身は、独身の時代には時々、アイロンがけをしたことがあるが、ほとんどがクリーニング屋さんにたのんでいた。ワイシャツは現在は、一枚安いところでは100円ほどだろうか。細かい汚れが落とされているかどうかは分からないが。
便利なことよりも、「めんどくさい」が私たちの心、生活、世界を救うことになるのではないでしょうか。

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中内 英生

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August.13.2011「藻力」

August.13.2011「藻力」
今日の詩::太陽で 育った藻さえ 燃料に 偉大なるかな お陽様力は
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 日経新聞(2011/08/16)の記事には、燃料用の藻を大量生産するとしている。
DICと筑波大学は、共同で2013年をめどにバイオ燃料原料となる藻の大量生産技術を開発するという。この技術は、サイエンスゼロやその他の記事で見かけたことがある。そのための研究開発を始めたという。
(DIC (企業)とはおそらく、 日本の企業。ディー・アイ・シー。大日本インキ化学工業から改称。)
  http://ja.wikipedia.org/wiki/DIC_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)
 藻類由来のバイオ燃料は、トウモロコシ由来のものに比べて、食糧向けの需要と競合しないことから注目されているが、実用化はコスト低減が課題であるという。しかし、日本の休耕田を使用すると場所的には問題ないと聞いたことがある。
http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A9693819695E3E6E2E6E58DE3E6E3E0E0E2E3E29180EAE2E2E2;bm=96958A88889DE0E2E3E0E6E0E1E2E3E5E3E0E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2
 DICが持つ食用色素向けの藻の培養技術を活用し、量産ノウハウの確立を目指すという。共同研究するのは、「ボトリオコッカス」という呼ばれるバイオ燃料向けの藻を屋外で大量に培養する方法であるらしい。
DICのアメリカ子会社に、筑波大が研究者を派遣したようだ。同社の生産池を利用して培養実験を行うとしている。

 すでに筑波大は藻から油を抽出し、精製してバイオ燃料化する技術を確立している。
藻は研究室などで培養しているが、価格を下げて実用化するには、大量生産が課題であるとしている。これは当然だ。
 一方、DICは1974年に藻の一種「スピルリナ」の生産を米国で開始している。世界最大の生産池で年1000㌧生産する技術を持っているようだ。
 両者は、2年後をめどに面積約5千平方メートルの生産池で、スピルナの約3倍にあたる月7㌧程度のボトリオコッカスの生産を目指すようだ。食用のスピルナに比べて、安全面などのハードルが低い。ボトリオコッカスの生産量を増やすことが可能であるとしている。この結果、筑波大は燃料としてのコストが現状の四分の一以下の1㍑あたり約155円に下がると見ているとのことである。
 もっと価格は下がると思うが、現在出雲では、ガソリンと同じくらいだろうか。軽油は、リッター140円ほどである。
トウモロコシやサトウキビでのバイオエタノールは、森林を伐採して畑を作るので二酸化炭素吸収力の低下につながり、また、穀物は動物用、人間用、そしてバイオエタノール用として、人の食材と競合してしまうので、価格高騰により入手できない人々ができて、暴動に繋がることもあるようである。従って、藻は他と競合しないというわけだ。しかし、もっと競合しないのは、天から降ってくる太陽光にほかならない。

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August.12.2011「フェイスブック」

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今日の詩::お盆には 家族そろって 帰省する 道中楽し 有り難きかな

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 今日は午前、午後と会議があり、夕方は青年会のフェイスブックの英語学習があった。化石燃料やバイオエタノールそして、ブラジル沖の油田開発などさまざまな問題を取り上げていた。しかし、私たちは環境問題のみを訴えているのではなく、神の作り給える生命の多様性を尊重し、人間と生物のいのちを尊ぶことを訴えている運動に携わっているのである。やっていることは同じように見えるが根本的精神が違うことが説かれている。英語で苦労しながら和訳すると、日本文で読むのとは違った感動を覚えるのはなぜであろうか。おそらくは自分が苦労した分だけ、総裁先生の御文章から受け取ることができるのであろう。

 針供養という行事がある。これは、2月8日を事始めとし、12月8日を事納めといって、この日は針仕事を休むのである。折れた針を豆腐やコンニャクに刺して、近くの寺社に持参し裁縫の上達を願って供養してもらう風習である。両日とも行なうところも残っているようだが、現在では東日本地区では2月8日、西日本地区では12月8日に行われるのが一般的であるという。農家では事始めに農作業を開始して、事納めには農作業を終えるとのことだ。
 要するに、針と針仕事に感謝して、折れた針さえもそのご苦労に感謝するということだろう。「労をねぎらう」という訳であろうか。み教えでは、使えなくなった針に感謝して供養する考え方が必要であると教えられている。
 ものが溢れることはよいことだろうか。使い捨ての文化が日本にも浸透しているように思える。私が子供の頃には、大量生産、大量消費は考えられなかった。しかし、景気を良くして、利益を上げるために、購買意欲をそそるような宣伝が行われる。そして、不必要なものさえも買ってしまう。このような生き方は、「物は物に非ず神のいのちの表れであるとする信仰」、そして神の御心に反しているのではなかろうかと考えられる。
 物質のように見えるが、それは神のいのちの現れである。そして、自然物なら人の心は加えられていないが、人工の物は人間の心が加えられた貴重な品物である。

 私は夕方、教化部から帰ってくると、家族が津波の報道番組を見ていたが、20メートルもの津波が押し寄せて来て、みるみる家屋も自動車も人も襲われる光景を見た。正視に耐えない光景だった。すべてはあっと言うまに無くなってしまった。物質も肉体も長い年月の末に消滅するが、津波の場合は一瞬で消滅してしまう。
 
 極めて衝撃的であるが、しかしみ教えでは、これらの事態を悲しみのみの対象と見ることはない。その奥に観世音菩薩の慈悲の説法を感得して、大きく舵を切る必要性を説いている。どのように舵を取るかを深く考える絶好の機会である。人間中心、物質中心、便利中心、欲望中心の生活、または文明から、脱却して心の豊かさに重点をおく時代にきているのではなかろうか。自然と人間との調和を考え、実践する時代が来ているのでは無かろうか。当然のことながら自分自身の生活を含めて、それらの方向性を見定める必要があろうと思われる。
 
 しかも、み教えでは人間神の子、不死、永遠の生命であると教えられている。要するに、東日本大震災で亡くなられた人々も本当は不死であり、現在も霊界で生き通しておられるのである。この度の宇治大祭で、そのご供養が行われる。その場に同席させていただき、総裁先生、白鳩会総裁先生と共に聖経『甘露の法雨』を読誦させていただくことは誠にも有り難いことであると思われる。

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August.11.2011「名医伝」

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August.11.2011「名医伝」
今日の詩::驚くは ヒマワリの種 ぎっしりと  

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 昨日のつづきです。
 片や、洪庵は、江戸時代末期、不治の病と言われていたコレラの撲滅に尽くしたという。アメリカから来た船からコレラがみるみるうちに北上し、伝染していった。大阪で一日800人が亡くなったともいう。その頃、長崎ではオランダ医師のポンペがキニーネを使った治療法で治ると主張していた。洪庵は、それを聞いてキニーネの大量投与を行ったがだめだった。その頃、洪庵は『虎狼痢治準』(コロリ)というコレラ対応マニュアル本を出版した。キニーネがなくても、諦めずに治療していけば容態が良くなることあることも分かった。

 洪庵は、キニーネのみに頼るのは危険である、患者の容態に対応して治療を継続すること、決して治療を諦めてはならないことを提案した。そして、100部印刷して、全国の医師へ届けたのだった。彼はメンツや恥をかくことや名誉よりも、情報を大切にしたのだった。
 すると、ポンペ側から批判文が届けられた。洪庵はそれさえも印刷して配布したのだった。彼は、コレラ事件の終息により有名になった。そして、医者のモラルとでもいうべき文章を遺している。洪庵は、江戸幕府に呼ばれて、篤姫などのドクターとなった。しかし、彼は昇進を余り喜ばなかったようだ。そして、54才の若さで死去している。洪庵が医者としてのモラルを諭した文章は、大阪医療センターで現在でも生かされているという。

医の道は己のために非ず。人のためのみ
出世や名誉を顧みず、自分を捨て、ただ人を救うことのみを願いなさい。
不治の病の患者に対しても、苦しみを和らげ、一日でも長く、その命を保つことに努めなさい。
たとえ救うことができない病であっても、患者の心を癒やすのが仁術というものです。
学術に励むだけでなく、患者から信頼されるようにならねばなりません。
人々から命をゆだねられるに値する誠実で、温かい人間となりなさい。

 以上の言葉が遺されているという。私たち、伝道者、菩薩道を歩む者、メタフィジシャンは、常に無我を行じて、神様の御心を人類に対して、自然界に対して実現して参りたいと存じます。

「なでしこジャパン」のつづき。
 日本とアメリカの決勝戦で、日本が1で、アメリカが2となったとき、あきらめそうになった。しかし、若い選手が全員で、「心から勝ちたい」と思ったという。「全員で、心から」というところに団体戦のポイントがあるのだろう。これは私たちに於いても、総裁先生に中心帰一して、全員で、心から「神様の御心を地上に実現したい」と願うことが必要である。選手達は言う。「みんなお互いの信頼感が良かった」のだと。肉体的にはきついと思った選手もいたようだが。そして、若い選手が全員でアメリカに立ち向かっていった。

 アメリカのワンバクは、「これで勝てた」と思ったのに、全員で立ち向かって来たことを驚いている。あきらめなかったのだ。あきらめきれなかったのだ。彼女たちの脳裏には、女子サッカーの歴史が焼き付けられていた。試合の5時間前に選手達が集められた。そして、ビデオを見ながら、女子サッカーの30年前からの苦難の歴史を振り返った。そして、勝利に対する執着心を強烈に持つことができた。彼女たちは練習時間も制限されている。それは職業を持っているからだ。サッカーの練習は、仕事が終わってから夜6時以降からである。しかしだからこそ、無限力が発揮されるのかも知れない。

 かつて、一世を風靡した大松監督の『オレについてこい』の小冊子を読んだことがあるが、みな仕事が終わってからの練習だった。しかし、選手以上に監督は自分にむち打って選手を鍛えていったという。「木の葉返し」「回転レシーブ」。懐かしい言葉が思い出される。それゆえに、無限力が発揮されるのは、決して環境と条件がよいということだけではないということであろう。(つづく)

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August.10.2011「波穏やか」

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August.10.2011「波穏やか」
今日の詩::隠岐の島 充分なりや 愛行は 神の御心 振り返りつつ
(”神様の愛を隠岐の島の人々へ捧げるのに未だ十分ではなかった”と、毎回反省する船の中である。)

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 今日は、隠岐の島から帰ってきた。今回は、通信回線の設置を行うことが主たる目的の一つであったが、成功した。
 さて、話は変わるが、私たちの伝道に於ける心得に於いて共通しているように思えるような医者がいた。これは、NHK番組の『ヒストリア』であるが、「幕末スーパードクターズ:緒方洪庵と江戸の名医たち」という題名だった。(2011/05/25)
 天然痘は、江戸時代は罹病した4割が亡くなったという。緒方洪庵(1810-1863)は数々の人物を育てている。教育の天才とでもいうような人なのだろうか。ライバルは、華岡青洲であった。青洲は、乳がんの手術を全身麻酔で成功させている。青洲は漢方から出発しており、緒方洪庵は、西洋医学を取り入れている。

 コレラが外国人からもたらされて蔓延したことも記録されている。洪庵は解決のために奔走する。
 ところで彼は、岡山に生まれている。しかし、身体が弱くて、17才で武士となることを断念して家出までしている。武士の代わりに医者になることを目標にした。彼は、オランダからの西洋医学を学んでいる。そして、ドイツの名医、フーフェラントの言葉に感動したという。
「医の道は、己のために非ず、ただ人を救うことのみ。不治の患者でも一日でも長くその命を保つことを努めなさい」と。これは「扶氏医戒の略」からである。
 彼は西洋医学を学ぶと共に、教えることを同時に行った。「適塾」という塾を開いた。多いときは、塾生が50人ほどにもなったという。いわゆる医学生であるが、エリートらしさはあまりなかったようだ。その中で福沢諭吉も門下生だった。風呂など入らず汚いし、貧しい塾生を厳しく抑えるのではなく、やる気を起こさせる方法で教育している。
「畳取り合いレース」を行った。成績の良い順番に、よい場所の畳を与えられるのだった。彼等は寝食を忘れるほど、勉強に熱中したという。オランダ語の辞書は一冊だけだった。従って、辞書はぼろぼろになった。ある日、洪庵は大名から借りてきたという外国語の本を塾生に見せた。今で言えば500万円ほどかかるという本だったという。それを数日後に返還しなければならない。塾生達は、交代でその本を写し取ったという。このような教育の仕方だった。

 洪庵は天然痘に関して、種痘の方法を知った。しかし、なかなか人々は信じられなかった。説得を繰りかえして、4年間で6万人の子供への接種に成功した。そして、天然痘は激減した。緒方洪庵の流れから、北里柴三郎が出ている。また、日本赤十字社を設立した佐野常民も排出した。佐野常民に関しては一度このブログでも書いたことがあったが、立派な人であったようだ。赤十字病院の玄関には、ナイチンゲールと佐野常民の胸像が安置している病院を見たことがある。その基本精神は、フーフェラントの言葉にあると考えられる。

 もう一人は、華岡青洲である。和歌山の出身だ。彼は愛する妹を乳がんで失った。彼は世の中の乳がんの女性を救いたいと念願する。乳がんは腫瘍を取り除くと治ることを突き止めるが、全身麻酔が必要だった。彼は、チョウセンアサガオ(マンダラゲ)を利用して調合し、全身麻酔の薬を作ろうとした。そして、実験に自分のカラダを使ったのだ。しかし、自分自身を実験材料にしていると、身体がむしばまれてきた。それを見かねて、母親と妻が代わりに実験をしようと申し出たのだった。妻が調合薬を飲んでいると、視力を失った。その大きな代償の結果、青洲は全身麻酔薬を開発することができたのだった。開発を初めて、10年以上の歳月が流れていた。
 文化元年(1804年)、10月13日、全身麻酔による乳がんの摘出手術が行われて成功した。10時間後、ようやくその女性は目を覚ますことができた。その全身麻酔の手術は、西洋よりも40年以上も早いものだったという。それから、全国から来た143人の女性が乳がん手術をうけた。そして、和歌山で村医者として活躍し、76才で亡くなったとされる。
150年以上も前の話である。しかし、人道の精神はいまもなお受け継がれているのではなかろうか。私たちは医者ではないが、人類光明化運動にも参考になると思われる部分が沢山あるように思う。要するに、無我の精神である。

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中内 英生

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August.09.2011「隠岐の島の通信開通」

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August.09.2011「隠岐の島の通信開通」
今日の詩::何事か 小鳥の来たり 吾を呼ぶ  ともに見んかな 夏の朝焼け

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 今日は隠岐の島の大久で教化部出入りの業者のKさんに通信回線をセットしてもらった。実験は上々だったので、次回の地方講師・光明実践委員研修会は、四箇所(益田・出雲・隠岐の島)で通信可能となる。まずは、地方講師会で毎月使用することになるが、組織の会議や研修会などでも是非使っていただきたいと思う。私自身としては、座談会やできれば個人指導、昇格受験の研修などにも応用して、距離感をなくして運動を展開させていただきたいと考えている。
 また、これらの機器と活用に熟達するのに必要なのは、使用頻度である。新しい光明化運動の形態を模索するために色々な形で使ってみたいと思っている。
 先月11日に、隠岐の島総連のwebサイトが開設されたので、今後、それが全県下に波及することになるのかもしれない。組織的にバーチャルの世界が発展することは、必然的にリアルの世界に投影されることを意味する。なぜならば、この世界は言葉で作られているからである。それ以外の何物でもない。

 さて、隠岐の島は後醍醐天皇さまがおられた所であるが、醍醐とは何であるかと、業者のKさんからお聴きした。私は一度テレビで牛乳から「醍醐」を作るのを見たことがあったことを思い出した。勿論、その時代の作り方である。醍醐とはチーズを意味するという。いわゆる日本では、「す」と言われたそうだ。そのチーズがお好きな天皇様であったので、「醍醐天皇様」と崩御された後にお名前がつけられた。醍醐の手前の生成物を生酥といい、それらは滋養のある高級品である。そこから私たちが日常使用している「醍醐味」という言葉が生まれた。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%86%8D%E9%86%90
 醍醐天皇様ゆかりの醍醐寺という京都のお寺を詣でたことがあるが、大変立派なお寺だった。 http://www.daigoji.or.jp/
 その醍醐天皇のお名前をいただいて後醍醐天皇様のお名前があるようだ。後醍醐天皇様には楠木正成公などの臣下がおられた。湊川神社には、水戸光圀公が作ったとされる「嗚呼忠臣楠子之墓」がある。話はだいぶ横にそれたが、醍醐とは現代で言うチーズであることを再確認した。歴史をひもとくと、色々なことが見えてくる。「歴史は何のために学ぶのか」。それは、過去の事績を分析して、これからの時代をより一層よくするためであると考えられる。従って、面白いから学ぶというのとは少し違ってくる。分かり易く言えば生き方を学ぶためであろう。

 神の子ペースの生活に戻る、得意な自分のペースに戻ることが必要とされる。私たちにとって、生活とは信仰生活以外にはないようだ。信仰生活には男性も女性もない。「神の御心を生きる」という一事に尽きる。「なでしこジャパン」はアメリカから攻撃されて翻弄されていた時、本来の自分たちのサッカーができていないことに気がついた。まず気がつくことが大切だ。そして、本来のナデシコの動きに帰ろうとする動きが出て来た。持ち味はパス回しである。そこで一点を入れられたが、すでに本来の動きに戻っていた日本選手達は、同点の一点を入れる。それは、安定して挽回できたのは、本来の自分に帰っていたからではなかろうか。私たちの本来の生活とは何であろうか。それは、常々、お教えいただいている「三正行」(神想観・聖典読誦・愛他行)である。それらの宗教行ができる精進堅固な信仰者が一人でも多く島根教区に育っていただくことを念願している。み教えが広がるとは、信仰生活者が増えることであると考えられるからである。

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中内 英生

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August.08.2011「聖歌の歌い方」

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August.08.2011「聖歌の歌い方」
今日の詩::部屋に住む 蚊よ庭に行け 早く早く

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 今日は、仕事が終わってから、何と!、歌の発声練習を行った。中学生時代以来である。Tさんという相愛会の幹部さんで、島根の音楽界では有名な方が青年会の皆様を指導していた。歌う基本姿勢の説明だった。つま先だつような状態、顎は引く、胸を張る、など生理学的に納得のいく解説だった。青年会は昨年、歌った人よりも多くの青年が歌うことになるようである。着々として準備がなされていると聞く。

 先日、NHKスペシャルで福島の原発事故の特集があった。日時計主義ではないので申し訳ないが、これは島根原発でも絶対起こらないとは限らないのだろう。今年は福島へ墓参には行っていないが、計画避難の地域であるので、どうなっているのだろうか。東京の人たちの電力のために、多くの人々と土地が困難な状況に陥る。原発の設置は神の御心に適うのだろうか。色々と考えが過ぎる。私たち島根の信徒は、このことを総裁先生、白鳩会総裁先生のみ教えに従って、事故発生以後、正しく論議し合ったのであろうか。
  担当責任者の「予測できなかった」、というような意味の言葉を聞いた。しかし、どうも甘い希望的観測が多くて、決して予測できないものではなかった、とも解説されていた。
それらを総裁先生のみ教えに従って、ただしく把握し、お伝えする使命を私たちは与えられているのであろう。

 津波は予測を上回る状態であったという。しかし、想定外を想定することが必要であったと思う。新聞で見て一度このブログにも書いたが、かつての村長が、津波用の堤防を高くすることを訴え続けたという。他は反対が多かった。それは村の予算に対して膨大すぎるからだった。しかし、村長は反対を押し切って建設した。今回の津波でほとんど被害がなかったという。もしも…、村長が議論に負けておれば、こんかいの津波で相当の被害を被ったであろう、という。想定外を想定できたのは当時の村長だけだったのだろうか。時代の大勢の意見が必ずしも正しくはない。原発にしても、優生保護法にしてもそうだったのではなかろうか。
 生長の家が八ヶ岳に行くということであっても、今後多くの賛同者を得るに至るだろう。また、そうならない限り、若者は郷里に帰らず、地域の活性化も進まず、20年後、30年後の日本の状態は予測できる。それらを変える力と使命を与えられているのが、我々であると思う。生長の家は、小さくは個人を救い、地域を救い、大きくは世界人類を救い、地球の全生命を救う。その使命邁進に大いなるロマンを感じる次第である。白鳩会総裁先生が、地産地消が日本の作物の自給率を高め、ひいては日本の農業を育てるだろうという予測こそ、私たちにとっては、日々充分に実践可能な課題である。

「なでしこジャパン」のことばかり書いて申し訳ないが、つづきである。沢穂希選手は自分自身に対して決して手を抜かない、性格であるという。私たち信仰者もそのことを学びたい。私たちは結果に感動するのではなく、生き方にこそ共感して、その力を享受すべきなのであろう。信仰生活は地味なものであり、決して派手ではない。しかし、その生き方こそ神の子の生きる道であると思うからである。沢穂希ははひたむきなどん欲さを持ち続ける。北京オリンピックでは第四位だった。その時、彼女は言い続けた。『苦しくなったら、私の背中を見なさい!』と。若い選手である宮間あや選手は、最後の一秒まで、沢の背中を見ながら戦ったという。
 私たち島根の信仰者は、神様のお姿を真っ正面から見続けながら、伝道し続けられる総裁先生の背中を見続けながら、己の肉体自我に打ち勝ちながら、信仰生活を実践し、伝道を実践したいと念願するものである。

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August.07.2011「発して節に当たる。これを和という。」

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August.07.2011「発して節に当たる。これを和という。」
今日の詩::熱風に さらす吾が身の たくましさ 耐える力の  溢れるいのち

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 今日は、青年会の見真会で、ノーミート料理を作った。これが学習になるかどうかは、やはり基本となる説明の仕方であろうと思われる。その説明講話のバイブルは、『日時計主義とは何か?』と『太陽はいつも輝いている』である。作っている風景はすでに動画で御報告した通り。
  http://shimane-seicho.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-77c9.html
 さて、表題であるが、「喜怒哀楽未だ発せざるを中という。」この言葉が前に付くのである。未だ発せざる世界、「中」の世界とは如何なる世界であろうか。その世界に没入する、超入するならば、その中に起こり済みの関連事項が、発して現象界に投影したとき、如何なる環境であっても、「節」に当たれば「和」となる。すなわち大調和の融通無碍の世界、神通自在の世界、如意宝珠の世界が実現すると観ずるのである。
 どうすればよいか。それは入龍宮幽祭殿に於いて実相世界に入るがごとく、日々の神想観の世界において超入することであろう。超入して感じた後、現象世界には、神の御心が実現してくると考えられる。島根の皆様、神想観に励みましょう。

 NHKで、「名作ホスピタル」(平成23年6月放映)で、アニメのハイジの物語の解説があった。そこには夢遊病になったハイジがストレスを解消していく姿が描かれているという。    http://www.nhk.or.jp/hospital/archive/p20110401.html
  解説者は、ストレス解消法について次のように言っている。
①息を長く深く吐く。息を吐いている時は、全く妄想がなくなる。いわゆる嫌なことを次から次へと連想的に思い続ける「自動思考」が止む、としている。確かに神想観の時、深い新呼吸は、妄想の観念を脱却せしめることも事実だ。
②背筋を伸ばして、散歩に行く。詳しい説明はなかったが、背筋を伸ばすことにより、身体全体が、生命磁気の流れる方法へ合わせることになる。地磁気は南北に流れているが、生命磁気は天地の方向に流れていると言われている。従って、まっすぐな木ほど、成長が大きいのである。それから、散歩によって、環境が変わり、思考回路のスイッチに変更が起きるのだろう。これは大切なことだ。講話や行事の合間に、時々コーヒーブレイクを入れるのも、講話からの情報が入りやすくなることになると考えられる。
③熱いシャワーを使う。皮膚の表面の血液の流れが良くなり、おそらく脳細胞内の血流も良くなるのでは無かろうか。思考回路の電流の流れが回復すると考えられる。
 以上だが何か参考になるものはなかったであろうか。すでに、ストレスは、日時計日記の記載によって、解消されている島根の皆様にとっては、上記の現象的な方法のご紹介は無意味かも知れないが、私は皆様がより一層神通自在の境涯に達することを願うものである。ストレスは、環境の変化はすでにストレスであると言われている。常に移動する転勤族にとっては、「環境の変化は既にストレスである」と考えること自体がストレスとなる。そうではなく、「環境の変化こそ自己変革の機会である。または、環境を制御する制御機能を強力にする好機である」「新しい環境からの情報との遭遇により、新しい文化・新しい世界を創造できる」と考えることにより、より一層の力を発揮できるのではなかろうか。それは、日時計主義の考え方であり、昨日のテーマである「随所に主となる」という結果に到達する。強い魂は環境を支配するのだ。それ以外のことはあり得ないだろう。私たちはその境地を目指しているのである。

 『神真理を告げ給う』には、業の相殺の原理が書かれている。実相を悟ることは人生を自在に生きる極意であるが、我々凡人にはかなり難しい。しかし、例えば悪業が一個あったとしても、善業を二個作ることにより、善業が一個残ることになる。従って、日々、私たちにとっては、「諸悪莫作、衆善奉行」以外にすることがあろうか。今日も又、愛を与え続ける。受けることよりも与える事をより多く実践しようではないか。それが、自分の人生を、仕事を、家庭を、子孫を良くする道である。

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中内 英生

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August.06.2011「随所に主となる」

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August.06.2011「随所に主となる」
今日の詩::石畳 昼の暑さが 残る道

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  今日は、益田に行っていた。地方講師研修会のためである。今日は、映像回線と音声とを別々にとって、益田、出雲、松江と三つの場所をつなげた。上々である。数日後には隠岐の島とも結ぶ。このシステムは、教化部のかかりつけのパソコン業者であるK氏がインターネットで調べてくれた。どうやら神戸のソフトの会社の回線のようである。これで何とか、使うことが出来そうだ。もちろんメイン会場である教化部会館が主であるのだが、行った先々が主となると考えることもできる。すなわち「随所に主となる」である。人生とはそのようなものではなかろうか。

 帰りの車の中でK氏から若いときの東京での仕事について色々と教えてくれた。その中で、私の得意とするマニュアル化は余り良くないことを知った。要するに応用が利かないからだ。マニュアルにするのではなく、一つ一つ考えながら解決していく。そうすると、表面的に変更したものがあっても、すぐに本質を見極めて対処することができるという。このことは重要である。人生にはさまざまな諸問題と解決方法がある。しかし、人間神の子無限力の根本を知ると、その応用が自由自在にできて、どんな問題でも解決する力をは発揮できるのではなかろうか。根本を掴むことが必要だ。
 
 話は変わるが、視聴率というとテレビである。それはブログで言うと何であろうか。「爆笑問題」(2010/09/27)では、横沢澤さんという方が語っていた。
①少数派だから見えるものがある。②視聴率はほしがらない方がよい。
 この二つの言葉が印象に残った。少数派は、何でもやらねばならないので、全部を把握しやすい。大企業の一部署よりも、中小企業の一社員の方が、色々な経験をすることができるので、能力開発と魂の向上に於いて良いのではなかろうか、とも思う。
  視聴率は、それを上げるためにさまざまな作為が為されるかも知れない。しかし、その作為はいつかは他人に知れ渡ることになる。それよりも、視聴率的なものが低いときには、自分の実力はまだまだである、と考えて、創意工夫をこらす。視聴率が上がったときには、決しておごらず、勝因を部下と上司にもっていく。決して自分の手柄としないことが、長続きする秘訣ではなかろうか。視聴率よりも淡々として、自分が充分に愛を尽くしたであろうか。充分に誠意を尽くしたであろうかと反省して、数値的高さよりも、神様から褒められることのみを願い、内なる自己から讃嘆されることのみを希望する。その生き方こそ倫理的生き方であり、信仰者の生きる道である。

 ところで再度、「なでしこジャパン」のことだが、沢穂希は、15才で日本代表選手になった。そしてシドニー五輪に出場した。何でも早い出発が才能を伸ばすのではなかろうか。大工しても身体が硬くならない若い頃に弟子入りすると身体で覚えるという。信仰でも同じようなものであろう。益田ではTさんという生命学園の園長さんが生命学園の卒業生をジュニア友の会に入ってもらうために、中学生の集いを行っている。参加者は二人だが、その中の一人が先日友人を連れて参加したと言って喜んでおられた。一貫教育という言葉があるが、小学生の生命学園から青年会のジュニア友の会に、そして生高連に、それから青年会へ、それから白鳩会と相愛会へ進んでいく。そのような一貫教育を全県下で行えるような島根教区になりたいものである。 
 沢選手は、自分が実力を磨かないといけない、と思いアメリカへ行った。彼女は英語ができないので、辞書を引きながら入団交渉をしたという。どんなにがんばっても、結果を遺さなければ何にもならない。それが沢選手の使命だった。若い選手達は彼女のそのような決して妥協しない所に引きつけられたようだ。
 目的に向かって自己改善をやり続ける。それは過酷なことであるようにも見えるが、自己向上の喜びに満ちた世界であろう。私もその喜びを感じる一人である。

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動画::青年や 活気漲る 厨房の 魚の味する ノーミートコロッケ

青年会が、平成23年8月7日(日)の一日見真会で日時計主義とノーミートの意義を学びつつ、実習をいたしました。

中内英生

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August.05.2011「人は何処に」

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August.05.2011「人は何処に」
今日の詩::道行けば 木槿の白に  吸い込まれ
(白が実に美しいです。色がついたのもあるようですが。無垢の雰囲気があるのではないでしょうか。)

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 人間の観方というものほど面白いものはない。人間観は、重層的、多面的に捉えるほど面白くなるようだ。2011/07/17の「日曜美術館」では、ギリシャ彫刻を紹介していた。メトロポリタン美術館の青年像の紹介など、さまざまな表現があったが、人体の美という面での表現が主流であり、かつ感情の表現が加わっている。これらは、肉体的人間観であるのだろう。私たち日時計主義者には違和感を感ずるものがあるかも知れない。
 実相と現象との峻別から考えてみると、人間を肉体として観る観方と霊的実在として完全円満なる実相そのものとして観る観方があるだろう。上記の彫像芸術は、肉体としての観方であると考えられる。それに対して、神性表現としての芸術化は、人間を神の子として観る観方であり、そこから発する真象をしみじみとみて感謝し、賛美し、写し取る。それは21世紀美術を変えるような、新しい芸術を生み出して行くのではないだろうか。新時代の芸術である。皆様はその最先端を進んでいる。何と素晴らしいことだろうか。
http://www.metmuseum.org/
http://www.dailymotion.com/video/x1avet_yyyyyyyyyy-op_music

 先日、太平洋に沢山の黒鉱が発見されているというニュースを新聞で読んだが、その中には金やレアアースなどさまざまなものが存在するという。さらにその地下に熱水があふれ出している場所があり、そこに現在も、アルビン酸ができていた。アルビン酸はアミノ酸の親戚であり、地球生命誕生の最古の姿であるとする。勿論、人間の姿をしているのではないが、生命体の最古の姿であるとして、海洋研究開発機構の地球生物学者である高井研さんが紹介されていた。「深海大探査」(2011/07/17)というNHKスペシャル番組である。彼が語っていた内容がとても印象に残った。

 船の甲板の上に立って、彼は言う。
『今、気持ちの良い太陽光線を浴びて、私たちが”気持ちよい”と思えるのは、私たちの遺伝子の中に太陽に支えられてきた記憶が入っているからです。地球のすべての生態系は、太陽のエネルギーに支えられている。また支えられてきたからです。
 しかし、全く太陽のエネルギーへの依存なしに地球の中の化学エネルギーを使っていたのが私たちの祖先であるのです。』
 この祖先という言葉は、生物学的な最古の微生物的姿であるという意味で、肉体という宇宙服に天降った霊魂という意味でないことは間違いない。しかし、このことから考えると、人間存在の不思議さが思い浮かんでくる。太陽光線に生かされているが、生命の発生の原初は現象的太陽以前のものであるということを暗示しているのであろうか。
http://moriyama.com/node/2010/04/05/2356
http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/news.html

 NHKで「爆笑問題」というのがあるが、平成23年7月21日の放映で、「恋」というのがあった。その中で、面白い言葉を発見した。「人は、似たもの同士が好きになる」「相手が自分を好きになった人を好きになる」という言葉だった。「神を愛する神想観」で、「神は私を愛している」と念じていると、次第に自分が神様に愛されているという実感が湧いてきて、神様の御心を行じようという強い気持ち、すなわち使命感が湧いてくるようだ。
 人間対人間の場合もそうだろうが、人と神様との間の関係も同様である。この場合、実相に於いては、神は人間を愛し、人間は神様を愛しているのである。もし、自分を愛してくれている神様を裏切るようなことがあれば、自己処罰で自分を傷つけるようになるのは、根底に、完全なる信頼関係があるからであると考えることはできないだろうか。

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August.04.2011「太陽が昇ると同時に職務に就く」

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August.04.2011「太陽が昇ると同時に職務に就く」
今日の詩::真夏日に 背広姿で 講演の 武士が鎧を 脱ぐ筈もなし

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 「太陽が昇ると同時に職務に就く」。これは、NHK番組『ヒストリア』(2011/07/13)に出ていた。「朝の時間を生かせ」というみ教えに近いのだろうか。約1400年前のことだ。聖徳太子は「朝起き革命」を行ったという。太子は、和の心を大切にした人であるとも聞いている。最初、遣隋使が派遣されたとき、大和朝廷が昼間に政治を行わない風習を随の天子が知った。そして、昼間に政治を行うように伝えたという。要するにちゃんとした国として認められなかったということだった。
 しかし、聖徳太子は「みんなで一番いい国にしよう」と考えた。第二回目の遣隋使の派遣の時、書を送った。
「太陽が昇る国の天子が、太陽が沈む国の天子に書を送ります。お変わりありませんか?」と。
 それを読んで、隋の煬帝は激怒したという。しかし、当時、隋は朝鮮の王との戦いがあり、容易に日本に攻めてはこないだろうという、実力者蘇我氏の読みがあったという。もし、攻め込まれていたならばひとたまりもなかったかもしれない。何に激怒したかというと、「太陽が沈む国」という言葉ではない。天子という言葉である。天子は各国の王に、王として任命するという立場であり、任命されるべき日本の王が、天子を名乗ったことによるとされている。
 当時の政治は蘇我が支配していた。蘇我氏は大和を強大な隋と対等の関係を保とうとしたのであると聞いている。「防人」の存在がある。まだ父母を思うような幼い男の子が国土防衛のために九州へ行かねばならなかったのが当時の国際関係だったのだろう。

 東アジアの冊封体制の元では、皇帝すなわち天子が諸国の王を臣下と認める証しとして、その定められた地位に応じ玉印・金印・銀印・銅印などが与えられたとされる。日本では、金印が偶然、福岡市の田んぼの中で発見された。やはり、「漢委奴国王印」と印字されている。すなわち王は被任命者であり、任命する存在を「天子」としている。煬帝が激怒したのは当然であったろう。

 この番組で、1400年間生きている企業「金剛組」について紹介していた。当時、百済から大工を呼び寄せた。その子孫が住んでいるという。当時は、食べるときは五本の箸、すなわち手づかみだった。聖徳太子は箸を奨励している。599年には大地震があり、民衆の救済に当たった。日本の民衆救済活動の原点とも言えるできごとである。御皇室の民衆救済の御心は過去からズーと歴代の天皇様に受け継がれてきたものであるようだ。誠にも誠にも尊いことではなかろうか。私たちの信仰は、その御心を学ばせていただき、かつ御心を自己の生活に実践するところにある。

 さきの金剛組のことだが、かつて「長寿企業」という番組で知った。この会社は、宮大工だが、宮大工以外にも手をだし、大手ゼネコンとの競争に敗れて倒産した。現在は復活しているが、このことで私も深く反省したことがある。それは、自分の持ち味を充分生かす仕事をすべきであるということだった。私に於いては、教化活動・教義の伝達である。これは、かつて先輩である、故T元本部講師が私に、「宗教的に成長しない限り、本部講師としての価値はない」と云われたことによる。自分の強みを生かさずして、自分の得意分野での貢献をせずして、世の中の人に喜んでいただくことは無理だろう。
 金剛組のことを知って、私は己の生き方、世の中へのご恩返しの仕方、与え方を深く反省したのだった。最後に、日本書紀で聖徳太子は、仏教の真髄である「諸悪莫作、衆善奉行」をお教えくださっているという。谷口清超大聖師も、このことをお説きになっておられる。そして、クリーンウオーカーの元祖とでもいうべき御行動があられた。要するに、信仰とは、空理空論の哲学ではなく、「生活の実践」であるということである。その実践の故に、国際平和信仰運動は日々、進展する。極論ではあるが、最後には実践以外にはないようだ。

《お時間があればどうぞ!》

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動画::暮れ泥む 水面波立ち 魚の影 稜線見上げ 残光を追う

出雲大社の付近です。

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August.03.2011「ブログ情報交換の集い」

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August.03.2011「ブログ情報交換の集い」
今日の詩::波つくる サザエの角の 尖がりよう
(サザエがいる海で、波が荒いところは角が尖るそうです。環境に適応しています。流されないために。) 

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 8月2日は、ブログ情報交換会が行われた。ちょうどインターネット講師5名が集い、それぞれの情報交換を行うことは有りがたいことでした。著作権の問題や肖像権のことや、私たちがインタネットを行うことは、総裁先生、白鳩会総裁先生のブログを皆様に読んでいただくことが目的であることや、さまざまな事柄について話し合います。各自のブログをみんなで見て、軌道修正をしたり、知識や技術を学んだりで、マンネリ化する閑がないようです。この会合がある限り、インターネット講師は微力ながら国際平和信仰運動のお役に立たせていただくことができると、確信致しております。

 今日、8月3日は、さまざまな会議があり、夜は栄える会の会合がありました。楽しく活動をさせていただくのも、成果が上がることが大切であり、単なる楽しさではなく、信仰的な楽しさでないと、成果が上がらないことなどを感じました。夜の栄える会は、繁栄ゼミナールが1月にあるのですが、来年度の講習会のステップにするために、早々と受講券奉戴式を行うようです。夜家に帰り、メールチェックをすると、来年度の講習会のことのお知らせが入っていました。早速、夜の内に、関係者へメールを発信して、明後日の出勤の時には、始動できるように準備を整えました。どうせやるならば、信徒の皆様に信仰的にも十二分に満足していただきながら、大成功にもっていきたいのです。

 毎日の努力が大切であり、信仰生活と伝道生活にお休みはありません。地方講師会の研修会で、『信仰の活人剣』をテキストにして、伝道についてまとめて発表するということを先月から始めましたが、先月の担当者のT地方講師は、テキストを三回熟読し、まとめたそうです。すると、地域の伝道こそ大切であると痛感し、毎日の伝道に力が入ってきたとのことです。この地方講師さんは、生命学園を運営するなど、地域貢献は充分にしておられる方なのですが、さらに自覚が深まったとしておられます。さらに生命学園の卒業生を集めて、中学生の集いをするなど、運動方針に基づく活動も活溌に行っているようです。他人を信仰に導くなど、み教えを真剣に行じていないとできるものではありません。人を会合にお誘いすることは勿論大切ですが、できれば信仰生活にまでお誘いしたいものです。信仰生活の行き着く先は菩薩の位です。 

 昨日の青年会のフェイスブックでの学習会は三人の青年会員の方々がお出でになりました。ブラジルの青年の質問に、総裁先生がお答えになっておられる御文章です。和訳は集中力が必要ですので、日本文を読むよりも何となく理解が深まるような気分になります。頁数はあまり進みませんが、一応一時間で終了します。そのくらいがよいのでしょう。できるだけ回数を増やしたいとは思いますが、思うようには参りません。でも青年達と楽しい時間を持つことができて有り難く思います。

 話は変わりますが、熱水が深海に噴出している場所があるといいます。温泉があるくらいだから、そういう場所もあるはずです。日本ではそこを調査知るプロジェクトが始動しているといいます。なぜかというと、そこには原始生命がいる可能性があるからです。『サイエンスゼロ』(2011/07/16)では、その探査の模様を放映していました。気の長い話ですが、未だ知られていない生命が沢山あるのではなかろうかと思います。知られざる環境で思い出しましたが、南極大陸にも未知の水の固まりの世界があるらしいのです。そこは何億年も続いているので、それなりの生命の進化があるのではなかろうかとも思います。しかし、人間が入るとき、突然にそれはさまざまな細菌などが進出することにもなります。かなり細心の注意を払う必要があるのではなかろうかと考えます。

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中内 英生

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August.02.2011「ピンチがチャンス」

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August.02.2011「ピンチがチャンス」
今日の詩::熱風でも 扇風機ほしい 部屋の中
(電気の節約のために、熱中症の人が出ているということを聞きました。私が子供の頃は、現代と違い、夏は色々と涼しくなる工夫が考案されていたように思います。夕方庭に水を撒いたり、日陰でしのいだりで、それなりに楽しかった記憶があります。小学校時代は、毎日、川へ泳ぎに行きました。川は危ないので母親が心配していたのを覚えています。)

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 スペインのエルチェという所には椰子園があるという。ここはかつてイスラムが支配していた。スペイン人はそれまでその場所では椰子の木を育てることができなかったが、イスラムが潅漑技術を使うことによってそこでも椰子の木を育てることができるようになったという。被支配というピンチはチャンスだった。従って、スペイン人は、利益を得たという。こういうこともあるのだろう。イスラムは、日本人と似ているという学者の説もある。それは、新しい文明に接触するたびに、それを吸収してイスラムの文化が豊かになるからだ。それは日本人の性格と似ているのではなかろうか、という訳である。このことは、『世界遺産』(2010/09/28)で放映されていた。世界宗教としてはイスラムは大先輩である。生長の家は、信徒数はまだ200万人に満たないが、宗教の内容としては、完全なる世界宗教であると考えても良いのではなかろうか。
 ドイツでの「世界平和のための教修会」が終わった。着々として歩む偉大なる国際平和信仰運動、その報を聴く度に神様の偉大なる人類救済、世界救済のお力に私は感動するのであった。

 今日は聖使命会員・組織会員感謝祝福祈願祭があった。参加者はほとんど白鳩さんだが全会員の名前を読み上げ、また新しい聖使命会員のお名前を読み上げて聖経『甘露の法雨』を拝読する。地味であるが、続いていることは素晴らしいことではないだろうか。これらの菩薩様達が、日本の実相顕現、人間の実相顕現、現代に於いては世界平和、人と自然との大調和実現のご使命のためにお働きになっておられる。誠にも尊いことであると拝察申し上げる次第である。
  奈良東大寺の大仏は、鎮護国家のために建立されたという。大仏そのものの存在が人々の救いであるので、人々の救済、即”国の救済”となり、現代に於いては、地球の救済につながると考えられるのである。それぞれが繋がっているように思われる。神想観にしても、私自身は毎朝、夫婦で神様のお仕事をさせていただけますように、子供たちが神様のご使命を実践させていただけますようにと祈らせていただいている。それは、家の居間でである。しかし、その祈りは、行動となって島根県に展開し、さらに祈りそのものは地球を覆うだろう。そのようなイメージを持ちながら神想観をさせていただくことは、実に爽快ではある。
 
  表題の「ピンチはチャンス」にもどる。ロシアにはウスペンスキー大聖堂というのがあるそうだ。これは、『世界遺産』(2010/09/23)で放映していた。当時、モンゴルはユーラシア大陸に支配権を握っていた。そのモンゴル人を三度斥けたのがこの地であるという。モンゴル帝国の物語を、新聞で連載していたときに読んだが、ものすごい国家だったようだ。しかし、武力はその上にあぐらをかいてしまうと、神様と波長が合わなくなるということも真実である。日本の国は建国以来2600年以上続いている。続くと云うことは価値があると云うことである。自分だけ続こうと思ってもそれは無理だ。周囲の念による支えがポイントである。武力が盛んであって、他国を支配しているとき、それは長く続くことはない。人々のマイナスの念が権力の存続を否定するからだ。それは何よりも歴史が証明している。
 総裁先生が、「奪わない国家になる必要がある」とお説きになり、倫理的国家の理想を御明示になられたが、神の御心を生きる日本及び日本人になってこそ、初めてさらに永遠に継続されるのでありましょう。奪う対象の他とは、人間のみならず、動物および植物・鉱物で構成されている自然界が入るのは当然のことである。

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中内 英生

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August.01.2011「小学生練成会が終わる」

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August.01.2011「小学生練成会が終わる」
今日の詩::スズメらの 群れ飛ぶ姿 蝶の舞い

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 今日で小学生練成会が終了した。全体的に運営に携わっている人々の漲るような躍動感が感じられた。初めて練成会に携わった人もあり、さまざまな面で進歩したのではなかろうか。それが、子供たちの魂の生長とさらに壮年層の活性化につながって欲しいと心から願った。

 危機の時こそ突破のチャンスである。リーダーはたとえ0,1%でも可能性があればそれに挑戦し、0,1を100としなければならない。このような状況は常に私たちの身辺には起こっているのではなかろうか。「なでしこジャパン」の日米戦で、後半24分、スピードのあるモーガンが日本陣営を突破して一点を入れた。代表選手のワンバクはその時、勝利を確信したそうだ。「モーガンに一点を入れられた。やはりアメリカには勝てないのか?」と選手に動揺が広がった。その時、沢選手から味方に鼓舞激励する声が飛んだ。「まだ行ける。まだ行ける」と。その声で若い選手たちは団結し、攻撃を再開し、同点に追いついた。私はこれらの文章は、NHKスペシャルの「なでしこジャパン」(2011/07/25)を見ての筆記を元にして書いている。人は自分を選手にダブらせる。書いていていつも熱いものがこみ上げてこざるを得ない。

話は変わるが、現在の日本企業はさまざまな環境変化に直面せざるを得ないようになっている。「第1回、”脱日本亜”日本企業の試練」として「灼熱のアジア」という番組があった。「free trade agreement」である。舞台はタイだ。島根の益田市の栄える会の社長さんが、タイに工場を作るために長期間、出張している。その流れの中にあるのだろう。日本も合流するとなると、関税ゼロの世界で商売することになる。主たる市場は中国、インドだがそれだけではないようだ。この中に農業は入るべきかどうかも議論されている。いずれにせよ、環境変化に適応するのが企業というものだろう。適者生存という言葉がある。逆に言うと、環境に適応しない企業は消滅するということになる。
 「随所に主となる」という生き方こそ、神の子の生きる道である。大きな企業にせよ、小さな畑の農場主にせよ、生き方を問われる時代となっていることを忘れてはならないだろう。
私たちは、随所に主となれる資質があることを常に考えるべきだ。「世界遺産(2010/09/27)には、エチオピア正教のことが放映されていた。すなわち、「祈りの基本は、エチオピア語で書かれた聖書を読むこと」だそうである。このナレーションを聴いて、私たちの信仰も、同じようなものではないだろうかと思った。「聖書を読む」とは聖典を拝読することに当たるだろう。聖典読誦を怠ったまま、意見だけ述べても神の国情報を基本とした意見ではなく、現象界の迷い的情報になることもあり得るので、やはり聖典の拝読は欠かせないと思われる。従って、常に神の国情報を入手しておきたいものである。聖典を拝読していると、常に自己が随所に主となれる偉大なる神の子であることが自覚されてくるのである。

 『仕事学のすすめ』(2010/09/23)で、有名な星野社長さんが「部下を信じるリーダーシップ」というのを話していた。従業員の持てる能力を出させて、企業の独自性を発揮させ、人を呼び込む魅力を作るというのもである。例えば島根では、出雲弁や隠岐弁、石見弁などの方言があるが、これらの特徴ある話し方は、現代では極めて貴重である。人が存在する限り、文化やそれに伴う言語が継続される。私は、ミニ講話をそれらの言語で話すことは温かい雰囲気の講話になるのではないだろうかと考えている。

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中内 英生

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July.31.2011「肉なしバーベキュー」

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July.31.2011「肉なしバーベキュー」
今日の詩::夏真っ盛り コラボる海と 山の色 

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 今日は小学生練成会の第二日目で、ウサギの森という所へ行った。木陰があり、涼しい風も吹いていたので太陽光線の熱さを忘れるくらいだった。祈っていたようには、曇り日にはならなかったが、気分のよい天気だった。
 昼食にはバーベキューパーテイーを行ったが、バーベキューという意味が、牛やブタの丸焼きなどを意味しているようなので、名前どおりのものではない。鉄板焼きと言ったところだろうか。食材は、山の上の畑で取れた玉蜀黍や野菜、これらはいずれも白鳩の信徒さんの御奉納である。エビやイカなどは、栄える会からのプレゼントだった。私宅からも、クーラーボックス、屋外用のテーブル、パラソル付のテーブルなどを使っていただいた。ほとんど持ち寄りでできた。皆様の真心がうれしかった。できるだけ地産地消をこころがけたが、栄える会からの食材はエビや魚を担当者が購入したので、島根の海のものではなかったかも知れないが、真心に感謝した。

 スイカ割りが行われた。ユーチューブにも二つ掲載したが、見ていただけただろうか。森と人間との生かし合いの世界を、H地方講師に話していただいたが、いつまでも聴いていたいような熱弁だった。過去二回は、木の専門家に話していただいた。不思議な樹木の生態がよく分かった。今回は森の専門家ではないが、総裁先生の御心を踏まえたところの真理の色彩が濃い話だったので、却って訴えるものがあったのではなかろうか。

 夜は、環境に関してテーマを決めて、紙芝居を作り、発表した。ストーリー性があり、素晴らしさに驚いた。これもユーチューブに掲載したので、見ていただけただろうか。子供たちの素晴らしさに驚く。頭がやわらかい分だけ、自由自在の知恵が湧いてくるのではなかろうか。

 話は変わるが、一人の人間の偉大なる業績がその後の歴史をつくることがある。この出雲にしても、出雲大社が存在する由縁は、4000年ほど前にすでに統一政権があったからであるとする説がある。その後、國譲りがなかったら、出雲の地は抹殺されていたのかも知れないとも考えられる。当時の人々は大和朝廷との共存の道を選んだとされる。
 また、私たちがお教えいただいているみ教えにしても、創始者谷口雅春大聖師の絶大なるご尽力により確立された。私たちの運動はその路線の中に守られて続いている。
また、現在の英国にしても、「国を夫とし、国民を子とする」というエリザベス一世の業績は実に大きい。どの団体にしても初代の方は相当のご苦労をされているのは事実である。私たちは、その恩恵に甘えることなく、信仰の継承を徹底していかなければならないと思う。
 偉大なる業績が一代で終わることもある。それが何代も続くところには、それなりのパワーが込められている。すなわち、永遠に続くようにとの決意と覚悟の元に、日々の生活を行っているのではなかろうか。途中で崩れる人は、途中で崩れるような考え方と生活をしている。自分では分からないが、他人からは分かってしまう。私たちは常に、神想観を修して、自分を見つめて軌道修正を行い、総裁先生ご夫妻様のご生活を模範にしつつ、永続性のある信仰と生活を行うようにしたいものである。

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中内 英生

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動画::子供らは 環境保全の 絵活動 幼き日より 自然を愛す

素晴らしい創作活動でした。こんな素晴らしい結果をだしてくれるとは、流石に神の子さん達です。中内英生拝

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動画::子供らは 環境保全 謳いつつ 心は丸く 地球も丸く

子供の発表を聴いていると、未来は明るいです。中内英生拝

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動画::目輝き 出番待つ子は 思いやる 地球に愛を 人にも愛を

素晴らしい発表でした。中内英生

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動画::子供らに 遠く聞こゆる 花火音

室内で発表と外では花火大会です。中内英生

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発表に 心も躍る 小学生 昼間の森の 思い出過ぎる

環境問題の発表の時間です。中内英生

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動画::子供らの 環境保全の 絵活動 幼き頃より 自然を愛す

夏季小学生練成会の一コマです。中内英生

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動画::今夜また 遠き河原に 花火音

小学生練成会の夜に花火が見えました。中内英生拝

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July.30.2011「リトアニアの聖アンナ聖堂」

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July.30.2011「リトアニアの聖アンナ聖堂」
今日の詩::小学生 皆燃え尽きる 夏の陣
(燃え尽きるまで、練成会を楽しみましょう。)

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 「世界遺産100」(2011/07/22)では、リトアニアのヴィリニュス歴史地区:聖アンナ教会のことについて放映していた。宗教の聖堂という意味で、信者間の中にはおそらく聖地という思いがあるのではなかろうか。しかし、私たちは総裁先生から、聖地とは実相世界のことであるとお教え頂いている。それならば、これら聖堂やお伊勢さんなどは聖地ではないかというと、聖地のようなものであると考えられる。なぜならば、私たちが普通「聖地」と称しているものは、実は現象世界の錆び朽ちる姿を現しているからである。錆び朽ち行く姿は、現象であって実相ではない。

 さて、リトアニアで思い出すのは、岐阜の杉原千畝さんである。リトアニアに外交官として勤めていた杉原氏のもとに、ナチスから逃げてきたユダヤ人の人々がいた。話し合いの末、杉原氏はビザを作成する。その数数千であったという。このビザがない人々は、生き延びることが出来なかったようだ。旧ソ連の兵士から追われ、杉原氏は列車に乗る。ビザをもらえなかった人々へ、「すみません。すみません」と詫びながら…。第二次世界大戦が終結し、杉原氏は外務省を追われた。そしてとある貿易会社に勤務していた。そこへイスラエルの宗教大臣が、ぼろぼろになったビザをもって訊ねてきた。「ミスター杉原。あなたは私を覚えていますか。リトアニアであなたと交渉にあたった一人です。私たちユダヤ人は、あなたのことを一日として忘れたことはありません。戦争が終わって、あなたのことを探し続けていました。」そう言って、涙を流しながら感謝されるのだった。
 杉原氏は、アメリカに行ったとき、小さな少年が深々とお辞儀をした。少年は言った。「おじいさんから聞いたのですが、私が生まれることができたのは杉原という日本人のお陰だ。だから決して杉原さんのことを忘れてはいけないよ」と。少年のおじいさんは、リトアニアで杉原氏からビザをきってもらい生き延びてアメリカに渡ることができたのだった。まことにも「愛行虚しからず」である。

 現在、私たちは総裁先生のご指導により、地上のすべての生命を救い、人間のみならず自然界をも生かそうという運動に参加している。まさに「愛行虚しからず」である。「諸悪莫作・衆善奉行」あるのみ。それ以外に私たちの生きる道、神の子の生きる道は無い。

 「サイエンス・ゼロ」によるが…。どこまで遠くを見ることができるのだろうか。望遠鏡と言っても、光で見る望遠鏡ではなく、電波望遠鏡である。宇宙の果て、173億年前の世界を見る。ハヤブサがたどり着いたハヤカワは、地球が生まれた時代からできたとされる。余りの遠くだと、光がゆがんで地球に届いたり、受信する反射望遠鏡が熱で歪みが生じて、うまく受信できないこともあるらしい。それらの諸問題を解決するには高度な科学技術が必要だ。日本にはやはり、ものつくりの技術があった。ゼロ膨張ガラスである。温度が変化してもガラスが膨張しないレンズも作っている。レンズを磨くことに関して、その技術者の話を聞いたことがある。ほんのわずかな研磨を蜂蜜のようなもので磨くという。未だに信じられないが、レンズとはこんなものだろうか。微妙な角度を出すのが難しいらしい。ドイツに行ったときに聞いた話だが、かつては角度の計算はドイツが強かったらしい。しかし、その後コンピュータの登場により、簡単にして一瞬に計算できるようになり、日本の技術がレンズを作るようになったという。しかし現在はどうだろうか。技術の進歩は追いつ、追われつであるからである。》
 
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