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2012年3月

平成24年3月31日②「君には何かがある!②」【平成24年3月02日分】

平成24年3月31日②「君には何かがある!②」【平成24年3月02日分】
今日の詩::雨やさし ツクシの坊や 頭だす

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(つづき)
 綾戸さんが高校生の時、月に一度、ピアノのレッスンを受けていたそうです。教室は、大阪市阿倍野区の自宅から、地下鉄と電車を乗り継いでいく兵庫県宝塚市の仁川でした。何といっても高級なイメージのある阪急電車に乗ると云うことで、普段はジャージで過ごしていた彼女も、その日ばかりはワンピースを着せてもらったとのことです。付き添いのお母さんも着物姿です。帰りには大好きなグラタンも食べさせてもらえるという特別な日だったようです。

 この日に習っていたのが、ピアノで唯一「先生!」と呼んでいる真木利一先生でした。音楽好きの両親の影響で、3歳の時から始めたピアノが大好きだった彼女ですが、練習は今も昔も大嫌いだそうです。真木先生はそんな彼女の欠点を補ってくださり、上手に練習をさせてくれたのでした。その言葉がアット思うほど素晴らしいです。
『智恵ちゃんは、僕がこんなふうに弾きたいと思っているように弾ける!』と。
レッスンは厳しかったものの、先生はよく彼女を手放しでほめました。手放しでほめることがある段階の魂にとっては必要です。手放しでほめる。これは神の愛でしょう。

 真木先生はクラシックのピアニストでしたが、彼女はジャズでした。それでも真木先生は、彼女を否定しませんでした。むしろジャズに対する憧れがあったようです。
『智恵ちゃんはスゴイ!だから、基礎をやろう』と。それにしても真木先生はうまく教えていますね。そう言って、彼女を乗せるので、バッハもたくさん練習したそうです。中でも、彼女でさえも「真木先生は乗せるのが上手いなあ!」と、思ったのは、次の言葉でした。
『智恵ちゃんには何かがある!!』
 「何か」と言われれば否定のしようがありませんでした。彼女はそのようにして、真木先生から多くを学んでいったのでした。(終わり)

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中内 英生

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平成24年3月31日「君には何かがある!」【平成24年3月01日分】

平成24年3月31日「君には何かがある!」【平成24年3月01日分】
今日の詩::小雨降る 卯月の夜に かわず鳴く  

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 ジャズシンガーの綾戸智恵さんのことが日経新聞(2012/03/09)に掲載されていました。高校時代に、ピアノ教師がほめてくれたことで自分が上達したことが書かれていました。練習嫌いの綾戸さんを上手に指導したのだそうです。その言葉は、「智恵ちゃんには何かがある」という言葉でした。
 綾戸智恵さんという方は、大阪府出身で、幼少時代からジャズに親しみ、高校卒業後に、単身で渡米し、ジャズクラブなどで演奏したようです。帰国後もライブ演奏を続けていました。1998年に40歳でプロデビューしました。ピアノ弾き語りのスタイルで、大阪弁の軽妙なトークで知られているとのことです。先生のお名前は、真木利一先生だそうです。

 一昨年に、亡くなった真木先生の葬儀に参列しました。息子さんの挨拶で真木先生の行跡を述べる中で、驚きました。大阪フィルハーモニー交響楽団での活躍と同時に、「綾戸智恵さんを教えたこと」を言われたそうです。真木先生にほめられたような気がして、本当にうれしかったとのことです。
 練習の外では、「おっさん」と呼んでも笑っていてくれるような先生だったそうです。40歳でデビューした後で、真木先生が初めて大阪公演を聴きに来てくれたときには緊張したそうです。2時間ほどのステージでは、真木先生に教わったポイントが次から次へと出て来ました。終わったときには勝手に涙が溢れました。周りの人に「綾戸智恵でも上がるのか」とからかわれたくらいだそうです。

 綾戸さんは、手が小さいので通常の指遣いでは、1オクターブをカバーできないのですが、真木先生は、「智恵ちゃんなりのスタイルでええよ」と言ってくれていたようです。これも、人の能力を伸ばすコツでしょう。絵を描くときに、「下手でよい。下手ほどよい」と言って個性を尊ぶことが相手の神の子無限力を伸ばすことになります。手の小ささはピアニストとして致命的ではないかと綾戸さんは考えていましたので、大きな救いになりました。

 ここで学ぶべき事は、真木先生が「智恵ちゃんには何かがある」と言って、教え子の実相を拝んで、言葉の創化力を使っておられることです。これは素晴らしい生命の教育です。ご自分の子供さんに、または後輩の人々に実践してみては如何でしょうか。(つづき)

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中内 英生

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平成24年3月30日「ホンダの燃料電池車」【平成24年2月30日分】

平成24年3月30日「ホンダの燃料電池車」【平成24年2月30日分】
今日の詩::水素使い 水も滴る いい車  

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 ホンダでは燃料電池車を開発したことが、私自身は数年前にテレビで知ったのですが、日経新聞(2012/03/28)で、それが紹介されていました。ホンダは、外部に電力を供給できる燃料電池車を開発したと発表したそうです。一般家庭の6日分の電力をこの燃料電池車でまかなえるとのことです。これは水素を満タンにした場合でしょうか。以前テレビで見たのは、ドイツのアウトバーンを走って走行テストをおこなっていました。
 今回の燃料電池車は、埼玉県に納入するとともに、同県庁内に燃料の水素を供給する「水素ステーション」を設置したとのことです。2015年の本格発売に向けて開発を加速します。

 リース販売している燃料電池車「FCXクラリテイ」の一部を改良しました。トランクに電力を変換するインバーター装置を搭載しています。燃料タンクの水素から電気を起こし、最大で9キロワットを連続で7時間以上供給できます。これは一般家庭で使う6日分の電料に相当するとのことです。
 東日本大震災では、被災地で電力が不足し、非常用電力源としてエコカーからの供給機能が注目されたとのことです。現在は、電気自動車に供給機能を搭載する動きがあるそうですが、供給能力は1~2日分にとどまっています。しかし、発電機能を持つ燃料電池車はより多くの電力を供給できるとのことです。
 おそらく、燃料電池車が究極のエコカーでしょう。安価になれば是非とも買わせていただきたいと思います。

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中内 英生

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平成24年3月29日「木曜休日」【平成24年2月29日分】

平成24年3月29日「木曜休日」【平成24年2月29日分】
今日の詩::白萩や 風になびきて ゆーらゆら  

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 今日は木曜日で休日でした。ここ最近、少しばかり多用でしたので久しぶりの休日なので、ゆっくりさせていただきました。温泉に浸かりにいこうか、などと考えましたが、家にいて妻や家族との団欒がなによりも温泉だと思いまして、散歩以外はほとんど家にいました。家族はいいものです。昔あった番組で「知ってるつもり」でしたか?、フロイドが亡くなる前に、「人生でもっとも大切なものは家族愛である」と言う意味の言葉を言ったという話を記憶しています。いままでの性欲説を否定したことになるようです。彼は精神分析学の元祖ですが、100年以上経った今もその名前は消えません。心理学はさまざまに変化しているようです。たえず、新しく学んで参りたいと思います。どのように学んでいけばよいかは、総裁先生が『小閑雑感』などでお導きにいただいております。

 庭の草花も咲き始めました。もう少しも寒くありません。ようやく春めいてきたのでしょう。木次のサクラが咲く季節はもうすぐです。今日はこれで終わります。ブログ書きはようやく、追いつけました。昼間はほとんど県内出張が多くて、ブログが遅れました。アイパッドを購入しましたので、総裁先生と白鳩会総裁先生のブログにはすぐに到達できるようになりました。でも、肝心の自分のブログが遅れていました。実は、本当のことを申し上げますと、約一ヶ月空きがあります。今後、それを取り戻したいと思います。

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平成24年3月28日「時間の作り方」【平成24年2月28日分】

平成24年3月28日「時間の作り方」【平成24年2月28日分】
今日の詩::カキ貝を 流せし津波 今はなし    

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 料理家をやっておられる栗原はるみさんの「時間の作り方」が、日経新聞(平成24年3月24日)に書かれていましたので御紹介します。動作をてきぱきして、整理も徹底するのだそうです。ではどんな考え方で時間を作り出しているのでしょうか。

 どんなに忙しくても仕事と家族と過ごす時間はきっちりと区別しているそうです。これは仕事と家庭の両立、私たちの場合は、さらに光明化運動との三つの要素が必要です。彼女は、生活にメリハリがあるからこそ、良い仕事ができるといっています。この考え方が大切なのでしょうね。「忙しくて大変だ」、と思うか、「多用を楽しむ」ことにするか、です。栗原さんは「あれもやりたい、これもやりたい」と思ってしまう性格なので、うまく時間を作る工夫は欠かせないのです。確かにそうです。時間は工夫して生み出すものです。しかも、時間の中でも特に、朝の時間を生かすことをみ教えは教えてくれています。また、「握れば一点となり、開けば無窮となる」ということですので、「久遠の今」の一点の中に時間・空間はあるのです。

 彼女が料理家として働くのは夕飯までです。その後は、ご主人と過ごすようにしているとのことです。いいですね。彼女が家庭的な雰囲気なのは御家庭を大切にしておられるからでしょう。朝は五時半に起床、ご主人が目を覚ます八時半までは、唯一の自分の時間です。もし仕事が残っておれば、この時間に片付けています。
 時間を作るために、てきぱきと無駄なく進めるように心懸けているそうです。階段でも上り下りは必ず走ります。これはすごいですね。一所懸命になりすぎて、早口でスタッフに指示することもあるようです。日課は大変なようですが、いつも機嫌良く、笑顔で過ごすようにしていれば、仕事は苦にはならず楽しくなるのです。

 身の回りの整理をして気を配ると、何ごとも効率的になります。彼女は、「もし自分が突然死んでも、周囲の人が困らないように、引き出しの中は常に片付いた状態だそうです。さらに、一度使ったかどうかが一目で分かるように、新品の調理器具には必ずリボンをかけて収納するとのことです。行きどどいていますな!

 昨年、ロンドンの人気フランス料理店で5日間だけ修行をさせていただいたとのことです。その職場でも、整理整頓が徹底していたそうです。一日の営業が終わる度に、換気扇をきれいに洗う。冷蔵庫の中味を全部取り出して掃除するのだそうです。「やはり整った職場から、よい仕事が生まれるのだな」、と改めて感じたそうです。 
 心が整えば、身の回りは整理され、その心が仕事を整理する。すなわち良い状態にする、ということでありましょう。

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中内 英生

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成24年3月26日「教化部での神想観」【平成24年2月26日分】

平成24年3月26日「教化部での神想観」【平成24年2月26日分】
今日の詩::つばめ飛ぶ 久方ぶりの 休日に 

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  私たちは三正行の一つとして、神想観を実修しております。どこにいても実修することができますのが、神想観です。形にとらわれませんので、ご病気で起き上がることができない人でも、心で神想観ができます。しかし、心は形を支配し、形は心を支配しますので、キチッとした姿勢で神想観を行いますと、そのようなキチッとした心境になるのです。「暗いところで神想観をしてもいいですか?」と質問する人がおられますが、心が明るくなるのは、やはり明るい場所ですので、暗ければ電気をつけるとよいのではないでしょうか。現象を超えて最も明るい心境になるのが神想観ですので、そのような工夫をした方が得策だと思います。

 さて、『人生を支配する先祖供養』には、「本部、教化部、道場の早朝行事の意義」との見出しがあります。旧版でいいますと、49頁です。この修行は、自分の先祖を供養するために自宅で祭壇の前でお経をあげるのとは意義が違うということです。本部は、実相世界の神様の地上的顕現として、本尊がおられるところであり、教化部や道場(松江道場)はその本尊の分霊が「実相」の軸または額を縁として来臨せられていることになります。そして、「早朝行事」にお出でになる人は、本尊の霊気を受けて、自分が神想観をして、霊気を吸収して、みずからがお陰を受けるとともに、宇宙的、国家的意義をもって、世界平和の祈りをするのであり、その儀式として、参詣者が本尊に礼拝して、本尊の前に安置されている誠魂を奉安した宝きょうに対して『甘露の法雨』をあげて、各自の誠魂の悟境の向上に資するという目的で集まるということのようです。

 内容は、『人生を支配する先祖供養』の本文で精確にご確認して頂きたいと思います。「誠魂を奉安した宝きょう」とありますので、誠魂用紙がアンテナになり、本人に真理の念波が届くという図式です。それは、誠魂に対して祝福するという徳積の象徴行事であり、祝福を受けた島根の聖使命会員が念の世界で受けた祝福の念によって光明化されまして、具体的に聖使命会員の運命が良化するということになるのだと思います。「祈り合いの神想観」的な日々の行事であると考えられます。

 私はかつて、栄える会の講演会に参加しているとき、「繁栄するためには祈るだけではダメです。行動に移すことが必要です。知行合一であり、知信行のサイクルが大切です」と話した講師さんがありました。すると、北海道から来ておられたゲスト講師の方が、その話の内容に対して、「祈るだけでも繁栄できる」というのです。「行動が必要だという境地は、まだ本当に祈ったことがないからそのようにいうのではないでしょうか?」と反論しておりました。実はそのゲスト講師の人は、すごく行動的な人だったのです。おそらく強調して言われたのだと思いました。私は、両方の説はそれぞれ正しいと思いましたが、北海道の講師さんは行動的な事業経営者であると同時に、本当に祈りに徹しておられる方だったようです。そのように言い切れるほどに私も祈りを深めていきたいと思いました。

 島根教区の聖使命会員の皆様に毎朝、祝福の念を送る。これほど素晴らしい宗教行事はありません。それは、タクシーの会社から無線でタクシーへ連絡すると、受信したタクシーがすぐに来てくれるようなものです。直接的な祈り合いの神想観ではないですが、間接的にその人を祈るのです。聖光録に「遠隔思念の一形式」という祈り方がありますが、その効果は素晴らしいです。
 したがいまして、早朝行事は自宅でも良し、また出雲の教化部会館や松江道場でもよいし、某教区で見かけました、私設でご自分の家を改装して、「生長の家○○道場」として教化部から認めて頂いて、年中生長の家の会合で使っていただく場所を作る。そこに於いての神想観と聖経読誦は人類光明化運動・国際平和信仰運動の選士としての「行」となる筈です。それぞれに意義があるということでありましょう。
  私は原則として毎朝、自宅で家族と神想観をして、その後教化部にすぐに移動して早朝行事に参加するというのが日課です。自宅で祈ると、家族親戚を祈るのに適しており、教化部で祈ると、光明化運動の進展や信徒様の幸福や祝福を祈ることができます。場所の持つ力を感じます。

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中内 英生

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平成24年3月25日「”人生を支配する先祖供養”とは?」【平成24年2月25日分】

平成24年3月25日「”人生を支配する先祖供養”とは?」【平成24年2月25日分】
今日の詩::水仙や うつむく顔を 思い出す 

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 『人生を支配する先祖供養』の78頁には、「数歌の意義及び由来について」という項目があります。今日は益田と浜田の先祖供養祭で2回、数歌を唱える機会がありましたが、それはどういう意味でしょうか。大体次のように書かれています。
 数歌は、招霊の際にとなえます。招霊する人が専心その名指す霊魂が集まって来ることに精神が統一して、招霊の助けとなる波動を起こすためです。これは古神道から発しています。心をしずめ、身をきよめ、祭式を行う場所を浄める働きをすると書かれています。

 数歌の由来は、アメノウズメノミコトが神かかりになられて唱えられたところによります。天地創造進化の秩序を数に従って謳ったものです。天地創造の神の秩序が言葉に従って、顕現するので、浄めの働きをするというのです。
 招霊の際に、神官は位牌や霊牌、そのた霊の拠り所となるミタマシロに向かって端座して、「…年…月…日を現世の限りとして幽世に帰りましし何某の霊」と唱えて、次いで次のように唱えます。
「ひと ふた み よ いつ むゆ なな や ここの たり もも ち よろず」です。

 そのように数歌をとなえるのですが、その意味について二つ書かれています。79頁でご確認下さい。私は、この数歌を唱えて気合いをかけるのを見た時に何か不思議な感じがしました。私の元上司の故T元本部講師は、「谷口雅春大聖師は神想観の時の気合いもすごかったけれども、御霊入れの時の御気合いはさらにものすごかった」と言っていました。それくらい重要です。

 故T元本部講師の気合いを私は19歳の時に練成会でお聞きしたことがあります。それはすごかったです。現在は、河口湖に移転されている講堂で練成会員が神想観をしていたときです。気合いを発声すると、ガラス窓がびりびりと音を立てたことを記憶しています。
 また、私が高校時代でしたが、S教化部長さんという方が、「人生には気合いが必要だ」というお話をされました。すると、それを聞いていた柔道を部活でやっている男子高校生が、学校に帰ってから柔道の稽古で「イユー」といって稽古をしたそうです。でも、「何となく力が入らないので、どうしたらいいでしょうか?」という質問をしていたことを思い出します。神想観であれ、聖典読誦であれ、神剣に継続することが必要でありましょう。
 
 「気合いは人生の推進力である」という知恵の言葉があります。良い気合いが出せるようになるには、毎日気合いの練習をするとよいのです。毎日20回ほど気合いを出しておりますと、腹筋がついてきます。その腹筋力ができてきますと、下腹から声を出させるようになるのです。理論はともかくとして、「行」は理論と同時に行うことが必要です。良い気合いができるようになると、心は快適となります。

 でも、気合いだけで実行が伴わない生活は良い結果を生み出せません。気合いは突破力であると考えられますが、突破力を生むにはそれなりの基礎体力を養成しておくことが必要なのです。しかもその根本には、明るい考え方、「私は神の子・無限力なので、必ずできる」という日時計主義の考え方・生き方が当然のことながら必要です。
 日時計主義を実践する簡単な方法は、『日時計日記』を毎日記載することです。益田には、Tさんという私が尊敬する地方講師さんがいらっしゃいますが、その方は日時計日記を書く天才なのです。書くことにより、現象界に希望を実現させることができます。言葉h身・句・意の三業を浄める働きがあるからです。そのような現象界を自由自在に変化させる生き方が出来る人こそ、本当の意味に於いて、気合いが入った人ではないでしょうか。
 私は、『日時計主義とは何か?』『太陽はいつも輝いている』の御著書、『日時計日記』を世に送り出して下さいまして、日時計主義をお教えくださいました、生長の家総裁先生、白鳩会総裁先生に心から感謝申し上げる次第です。
 
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平成24年3月24日「心の支配と言葉の力」【平成24年2月24日分】

平成24年3月24日「心の支配と言葉の力」【平成24年2月24日分】
今日の詩::水面には なびく羽毛に 春の風 

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 言葉の力によって、心を支配することが聖典の各所に書かれています。これは実に簡単な方法ですが、簡単な方法であるからこそ忘れがちです。心が沈みがちになるのは、暗いことを書いた新聞などを読んだ影響もあるでしょう。これも言葉の力のマイナス的影響です。聖典類を拝読すると心が明るくなるのは、プラス的な言葉の力であると考えられます。私たちは何ごとを行うにしましても、習慣性を持たせると非常にやりやすくなります。一日の日課の中に言葉の力の応用の行事を取り入れるとよいのです。

 『日時計日記』は言葉の力の応用になります。良いことだけを見つけ出して書く。これは自分の潜在意識へ深く入っていきます。素晴らしいです。潜在意識を変えていきます。「私は神の子無限力だ。何でもできる!」といつも唱えていると、そのように潜在意識が思うようになり、それが自分を内面から動かします。

 クーエの自己暗示法というのがありまして、同じ言葉を20回以上唱えると潜在意識に入るということになります。皆様は、20回以上、誰かからほめられるとかなり気分がよいのではないでしょうか。私たちはなかなか他人からほめられることは少ないのですが、自分で自分をほめることはできます。まず、『日時計日記』に自分をほめる言葉を一杯に書くことです。ある信徒さんは、毎日自分をほめる言葉を毎日書き続けていると、「とても心が自由自在になり、楽しくなった」というのです。悟りとは何かというと、何ものにもとらわれない心境、自由自在、神通自在の境地になって活動することであると教えられています。この境地に、『日時計日記』は到達させてくれるように思います。

 巌流島での佐々木小次郎と宮本武蔵の戦いを知っておられると思います。武蔵はわざと時間に遅れて戦いの場に海から小舟に乗って現れます。戦いに先立ち、言葉の掛け合いが行われたのです。「武蔵!遅いぞ!」。そして小次郎は長刀のサヤを地面に投げ捨てて、武蔵に立ち向かいます。その時、武蔵は叫びました。「小次郎!破れたり!」。小次郎は驚きます。「なぜ?」という思いが脳裏を過ぎります。続けて、武蔵は小次郎に言葉を浴びせかけました。「武士の魂である刀のサヤを投げ捨てるとは、再び刀を元に収める必要がない、ということをお主が認めたからだ。すなわち負けると云うことだ」。
 そして、その言葉は、小次郎の潜在意識に深く食い込んで、身体の動きを鈍くしたのです。武蔵が船の櫓で作った木刀が伸びるところに小次郎は身体をもって行って木刀に突き刺されたのです。小次郎の潜在意識を武蔵の言葉が支配し、動きをとめた一例です。その逆を行って、常に勝利のイメージトレーニングを行う時に、スポーツや仕事や出会いに於いてあなたの運命の扉が開かれるのです。思念・発声音・表情の言葉の創化力の応用です。

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平成24年3月23日「聖使命菩薩」【平成24年2月23日分】

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今日の詩::春風で 波はさざなみ 快し   

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 平成43年度の島根教区の手帳である『光明島根』の22~23頁には、聖使命会員感謝奉納祭について書かれています。この項目は、新たに追加したものです。聖使命会は護持会員、什一会員、特志会員、名誉会員などがありますが、いずれも人類光明化運動・国際平和信仰運動のための御献資です。聖使命会員がおられるので、光明化運動を活溌に展開することができるのです。その御献資の行為により陰徳を積ませていただくことになります。

 私の知人で、戦後貧しい中から三人の娘さんを一人でお育てになった女性があります。その方は不動産屋を経営しておりましたが、常に献資の功徳を積んでおられました。そして、生長の家のことでご自分が御献資する必要があるときには、喜んで御献資をしておられました。貧しい時には、聖使命会も最初に聖使命会費を支払ってから、残りで生活をするという状態だったそうです。でも、不思議に生活ができました。

 生長の家のことで献金をされた後は必ず、それ以上の不動産取引がありまして、出した以上の収入が増加したのだそうです。やはり、神様を第一とすることにより、実生活が成り立っていった実例でありましょう。その娘さんのお一人が後を継いで大いに繁栄しておられます。勿論、栄える会の幹部であるとお聞きしております。

 『栄える生活365章』という聖典がありますが、栄えるという言葉が書かれているので、お金を儲ける話が書かれているかと思いきや、そうではありません。神様の御心を第一にして生活していると、必ず永続的に繁栄する、ということが書かれております。
 一時的に儲けても、次の代で子孫が財産を食いつぶしては何にもならないでしょう。常に、人の為に、人の為に、と生きていきますときに、自ずから繁栄が成就すると考えられます。「与えよ、さらば、与えられん」です。まず既に与えられていることに感謝する生活をしたいと思います。『日時計日記』の記載です。

 現在は、講習会の推進期間ですので、あちこちと行かせて頂いておりますが、植物の本名は知りませんが、「金のなる木」を時々みかけます。「お金持ちになりたい」という思いの表れかも知れませんが、金のなる木を見ると何だか豊かになったような気持ちになるのです。しかも、「与える」ことが何よりも大切です。不正を働いたりして徳を消滅させている人が、新聞などに時々掲載されていますが、何よりも愛を与える事、知恵を、生命を与えることでありましょう。それがみごとに富へと変化します。聖使命会へのご入会は、大きな徳積みの第一歩ではないでしょうか。

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中内 英生

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平成24年3月22日「内なる神の声に従う」【平成24年2月22日分】

平成24年3月22日「内なる神の声に従う」【平成24年2月22日分】
今日の詩::白梅に 小雪降るなり 帰り道 

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 平成24年3月20日の総裁先生のブログは、「”内なる神の声”に従う」と書かれています。布教功労物故者追悼慰霊祭でのご挨拶のお言葉です。
 ここには永遠の生命についてお書きになっておられます。「永遠行き通し」の生命こそ、喜びの源泉です。また、英文のお手紙と共に、岩谷レスリー様のことも書いておられます。また、東日本大震災における集団の死についても言及しておられます。

 人類光明化運動・国際平和信仰運動は、顕幽相携えて行うところの運動です。人間の運命について教えていただいているのは、半分が「前世の業」であり、四分の一が「個人の努力」であり、さらに四分の一が「高級霊の修正」であるということです。前世の業というのは、分かり易く言いますと、どの親の元に生まれるかということです。これで、教育や地域の雰囲気や資金などに差が出てきます。しかし、ご両親が貧乏であるから不幸であるとは限りません。貧乏であるからこそ、親孝行の息子になることもあります。
 また、両親が、前世の総決算であるとしますと、両親への感謝こそ、前世そのものを感謝で浄化することになるとも考えられるのではないでしょうか。「感謝の念」こそ、その人の運命を上昇させてくれます。私は、その秘訣が、『日時計日記』であると思うのです。
 本当によくぞ、『日時計日記』をお作りくださったと、常に感謝しながら記載させていただいております。

 また、高級霊が真理と愛によって供養されて、神通自在の力が発揮されるようになりますと、当然のことながら、地上の子孫への守護となってくるはずです。常にお導きがあるように、心を高級霊に合わせ、守護神様に波長を合わせ、御守護をいただきたいと思います。
 もう一つの例は、大地と木の喩えです。大地は神様です。大地に張り巡らされる根は、ご先祖様です。幹は両親です。枝葉は子孫です。従いまして、良き人生の実を結ぶのには、大地に栄養分を与える必要があります。聖経『甘露の法雨』などの真理のご供養です。そして、愛念です。これは、お供え物などによって、霊界に届くとされています。例えば私たちは、リンゴを携帯の写真で写したとします。リンゴは移動しませんが、リンゴの写真と愛情あるメッセージは、遠く離れた遠隔地にまで届きます。そのようにして、お供えしたリンゴの愛念が届くと考えると分かり易いのではないでしょうか。

 個人の場合には、ご先祖様の御守護が子孫に天降り、団体の場合には、高級霊が運動を導いてくださると考えられます。島根教区の各地区で行われている先祖供養祭などは、その地区で過去にご活躍された先輩の皆様の御霊もご招霊されていることが多々ありまして、多くの先輩諸霊のお導きがあると考えても差し支えないのではないでしょうか。
 さらに高級霊のうちでも、第一義に属する創造の神様に波長を合わせると、必然的に実相世界の完全円満なる姿が現象界に投影されます。このことが大切です。神の御心に従う。すなわち神様は愛であり、知恵であり、生命であり、供給であり、喜びであり、調和ですので、「知恵・愛・生命・供給・喜び・調和」を生きることこそ、神の御心を生きることになります。常に三正行を実践いたしたいと存じます。
 尚、このブログは、iPadで、総裁先生のブログを拝読しながら書かせて頂きました。有り難うございます。

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中内 英生

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平成24年3月21日「ただ愛のために生きる」【平成24年2月21日分】

平成24年3月21日「ただ愛のために生きる」【平成24年2月21日分】
今日の詩::徳を積む 人は尊し 輝けり 

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・iPadなどの端末を使えば、「ブログ」を瞬時に拝読できます。

 今日の、職員の朝礼では、「善行は善果を生む」という御文章でした。報恩感謝の思いで、全力で吾が身を神様に捧げるとき、必ずや善果が顕れざるを得ないことになります。与えられていることが当たり前に思ったり、かえって不平の思いになってきた時、神様に波長が合わなくなります。常に感謝の思いがあることが必要です。

 日本の歴史の中で、御皇室がもっとも不安定な状態であった時は、一説によりますと終戦の時のようです。しかし、諸外国の圧力にもかかわらず、マッカーサー元帥が盾となって天皇様と御皇室をお守りし、御皇室は存続したのでした。それは心の法則が働いたのでありましょう。御皇室の伝統として、常に世の中の不幸になっておられる人々に愛の手をさしのべておられます。「救えよさらば救われん」です。多くの人々に愛を実践しておられる天皇様と御皇室が、いざという時に、救われるのは当然であり、「動反動」の心の法則です。誠にも有り難いことです。天皇様の御心を自分の心とする。すなわち、隣人に、世界の人々と自然界に対して愛を行ずることこそ、天皇様の御心を吾が心とすることになるのです。
 日々、日時計主義を生き続け、愛を行じることが私たちの大きな喜びです。それは天皇様の御心を生きることになるからだと思います。

・3月26日は、大社から大田方面を講習会の感謝推進訪問をさせていただきました。総裁先生・白鳩会総裁先生を、真心一杯に推進してお迎えしたい、という信徒さんの熱意が感じられます。素晴らしい雰囲気です。心から感謝申し上げます。

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中内 英生

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平成24年3月20日「幽霊の正体見たり枯れ尾花」【平成24年2月20日分】

平成24年3月20日「幽霊の正体見たり枯れ尾花」【平成24年2月20日分】
今日の詩::春の海 白波あれど 暖かし 

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 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という俳句があります。これは、芭蕉の句でありましょうか。相手の正体を見破ると恐れがなくなります。すると、相手の仮の強さは自分自身が恐れていた影に過ぎないと分かり、無限力が発揮されて、相手の仮の姿が無力化するのです。このようなことは、日常生活でも結構あるのではないでしょうか。
 その正体を知るためには、神想観です。何が本質かということを見極めることです。現象は心の影であり、枯れ尾花です。恐れるものは何もなかったと知りましょう。

 ヨブの言葉に、「恐れるものが、みんな自分に襲いかかってきた」とあります。恐怖すると、恐怖すべきことを呼び寄せて、それが顕れてきます。現象、それは虚であると知ったときに、現象は無力化していきます。そして、自由自在、神通自在に、快刀乱麻を断つが如くに、現象を処理して、実相世界を、神の御心をこの世に実現することができるのです。
 私たちはその実体験を神想観を実修してまず、心で深く、強く体験し、その心の体験が必然的に現象界に顕れることになります。

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中内 英生

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平成24年3月18日「神の子にとって最良の日とは?」【平成24年2月17日分】

平成24年3月18日「神の子にとって最良の日とは?」【平成24年2月17日分】
今日の詩::朝起きて 春の嵐の 予感する 花は散りしか 木々きしむ音

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 6月24日というのは、島根教区で講習会がある日です。いつもは秋頃に講習会がありました。今回は6月です。神の子の生きる日はすべて最良の日です。生長の家の考え方は、方角や「日」は神の子にとって最善であると考えるのです。
 先日、講習会の推進会合がありました。ある人が言いました。「私にとっては、11月などの秋には、仕事が忙しくて大変に講習会推進がしにくいのです。ですが、この度は六月なので、仕事が少なくて講習会推進が充分にできる期間です」と。
 
 私はこの発言をお聞きして「吾が意を得たり」、と思いました。何ごともプラス面で考えると、最終的にはプラスが出てくるのです。「三界は唯心の所現」です。明るく楽しく、活動することです。そうすると、自主目標を超えていく自分の偉大さを感じながら、さらに高みを目指す自分に対して、自分自身が惚れ込むという感じになります。自分で自分に惚れ込むことができなくて、どうして、人から好かれることができましょうか。
 光明化運動の一つの秘訣は、「他人から好かれること」です。家族から好かれることです。近所の人から好かれることです。職場の人から好かれることです。信頼されることです。自分が信頼されるコツは、自分に接する人々を信頼することです。

 心に何らかの「戸惑い」がありますと、講習会推進活動の動きや成果に戸惑いができてきます。なぜ戸惑うかと申しますと、脳随が堅くなっているからです。一つの事や物事に執着しているからです。もっとやわらかくなることが必要です。道元禅師が言われた「身心脱落」の境地です。私たちのなすべきことは、神の御心を生きることだけです。人を祝福し、実相を礼拝することが大切です。しかも、環境の変化に常に対応することが必要です。
 環境とは、自分の心境、家庭環境、組織の環境、法律、経済事情など、すべて現象と言われる存在は変化することを知らねばなりません。それを「諸行無常」と言います。それは物事を諦めるという境地ではなく、諸行無常の奥に変わらない世界があり、その実相世界をこの世に持ち来すために、勝方便を行じる。神通無碍の境地になって、自由自在に環境に適応して、環境を支配することこそ、適者生存の原則でありましょう。
 そのためには、まず与えられた環境を、自分の能力発揮の最高・最善のの場であると認識し、確信することが肝要です。

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中内 英生

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平成24年3月17日「太陽光発電 年内、原発6基分に」【平成24年2月16日分】

平成24年3月17日「太陽光発電 年内、原発6基分に」【平成24年2月16日分】
今日の詩::草の芽や 土は香りて  深呼吸

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 太陽光発電の家庭向けの需要が急増しているようです。信徒さんの家の屋根でも時々、見かけます。日経新聞(2012/03/20)には、「太陽光発電  600万キロワットへ」と見出しがありました。自然エネルギーです。再生可能エネルギーで作った電気を割高に買い取る制度が7月に始まります。そして家庭でも需要が伸びています。企業によるメガソーラー(大規模太陽光発電所)建設も今後数年で150万㌔㍗が導入される予定だそうです。しかし、買い取り価格が安く設定されると、投資が見送られる可能性があるとのことです。
 売電などの理由はともかくとして、原発六基分とはうれしいことです。島根教区に大いにこれからも信徒の皆様にお勧めして増やして参りたいと思います。

 別件ですが、先日安来の「ひろせ」辺りを講習会推進で感謝訪問していたときのことです。Yさんという方の家に参りました。床の間の掛け軸は、「『生命の實相』と申し候うことは…」という御文章が書かれています。ある日、Yさんは気がつきました。軸の後ろでコトコトと音がしました。彼女が軸をめくってみると、何と親のヤモリ(家守)と子供のヤモリが巣を作っていました。子供が下に落ちると、すぐに親のヤモリが下に落ちて、彼女をキッとにらみつけた?そうです。その時、は虫類ではあるが、子供を護ろうとする親の気持ちが分かったそうです。

 この辺りの名水をいただいてきました。布部のあたりです。「比田の水」でして、傷に効くそうです。戦後のある時、原爆の被害で頭に髪の毛がなくなった人がお出でになったそうです。そして、比田の水を使っているうちに、髪の毛が生えてきたのでした。それで、この水が有名になったとのことです。
 「ひろせ」のある信徒さんの家を感謝訪問したときのことです。彼女の家のおばあさんのことを話してくれました。四国から島根の山の中の「ひろせ」へ嫁いでこられたとのことです。「四国のどこですか?」とお聞きすると、「中村です」といわれるのです。「中村のどこですか?」とさらにお聞きすると、「桜町です」とのことでした。私はびっくりしました。「桜町は私の実家から歩いて十分くらいのところです」と。こんなところで、郷里の名前をお聞きするとは思いもよりませんでした。人の縁とは不思議なものです。それからおおいに講習会推進の話が盛り上がりました。

 講習会の推進には、『甘露の法雨』は欠かせません。いつも感謝と真理の読経が必要です。『甘露の法雨』は、常に生きている人も霊界の人をも悟りに導く尊いお経です。今日も一日、大いに拝読させていただきたいと存じます。

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中内 英生

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平成24年3月16日「非電化工房 藤村靖之さん」【平成24年2月15日分】

平成24年3月16日「非電化工房 藤村靖之さん」【平成24年2月15日分】
今日の詩::水仙の 黄色き花に 雨のつぶ
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 藤村靖之さんという非電化工房代表の方が朝日新聞(2012/03/17)に紹介されていました。「電気に頼らずとも愉快かも」という見出しです。お顔がゆったりとしていて楽しい、愉快な人生を歩んでおられるように感じました。
 栃木県の那須町が舞台です。電気不要で使える「非電化の発明」が数々あるそうです。非電化ビニールハウス、非電化風呂、非電化トイレ、非電化冷蔵庫、非電化除湿器などなど。彼は、人々の暮らしが「少し変えることができるとよい」との思いであり、ライフスタイルが電気でも楽しめるという選択肢を示したいとしています。

 藤村さん自身は私たちと同様に、コンピュータが仕事道具であり、連絡は携帯電話になります。大阪大学大学院で博士課程修了後(工学博士)、28歳で日本を代表する建設機械メーカーに入社しました。エネルギー分野などで、多くの発明や技術を生み出しました。会社の利益に結びつけました。生き方を大転換させたのは、長男の研介さんにぜんそくが判明した時だそうです。1984年でした。子供さんの健康悪化を調べるうちに、環境や安全への配慮を置き去りにして進んできた、高度経済成長の負の大きさを痛感したとのことです。

 社会貢献への自信があっただけに衝撃が大きかったとしています。ご自分の知識を環境や安全に生かそうとして退社しました。「企業内発明家」から、「発明起業家」として生きる決意をしています。
 2000年頃から、発明の対象を「非電化」に絞り始めました。モンゴルでは、遊牧民が羊の肉を腐らせないように、放射冷却の原理を利用した非電化冷蔵庫を提供しました。ナイジェリアでは、政府の要請で非電化工場も提案しました。

 記者が、屋外型非電化冷蔵庫は、中に入っていた缶ビールに触ると冷たい。真夏でも「三日に一度晴れると10度摂氏以下になるとのことです。非電化工房のHPには、除湿器、浄水器の9製品が購入可能だそうです。皆様如何ですか。コーヒーは、電気を使わない珈琲焙煎器です。生のコーヒー豆をこの焙煎器に入れる。コンロの上で左右に振って煎るのに5分間、冷ますのに10分間、豆をひくのに5分間、お湯を入れて5分間、全部で25分間です。生豆はアルカリ性で、酸化する時間を与えないうちに飲むから美味しいのだという。
 私はこの文章を読んでいて、総裁先生の「めんどくさいが世界を救う」というお言葉を思い出しました。
 豆の音やにおいの違いを五感で感じながらつくるのは楽しいことです。驚いたことに、HPに載せて何の宣伝もしないのに、6年間で8500台も売れたという。5000円以上の商品ではある。もしも、1980年代ならば一台も売れていないでしょう。人の考え方は変わるものだということがこれでも分かります。
 「電化製品=幸せ」と思っている人の図式に、幸福は電化製品だけではないよ、という選択肢を与えたいとのことです。すぐに出来上がるのもよいのかもしれませんが、手間暇かけるのも実によいと思うのです。
 私は時々お抹茶をいただきますが、炭火で茶釜のお湯を沸かして、竹のひしゃくでお湯を汲んでから、それを抹茶碗に入ったお抹茶の粉に注ぐ。それには、かなりの時間がかかりますが、動きのすべてにお茶を入れる人の真心を感じさせてくれます。その動作無くしては真心を感じることはできにくいでしょう。

 快適、便利、スピード、この三つを向上させることが幸せの中味でした。そのために電化が役に立ったというのです。しかし、得るものも多かったのですが、失うものも多かったのでした。
 その三つをさらに向上させようとして、穏やかな人間関係とか、人の痛みを知る感性とか、自然を尊び味わう感覚とか、健康とか失うものが増えてしまいました。その回復に、非電化は大いに役立つようになりそうです。藤村さんは、次から次にと発明のアイデアがひらめくそうです。おそらく使命感のなせる技でありましょう。

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中内 英生

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平成24年3月15日「日時計日記と講習会推進」【平成24年2月14日分】

平成24年3月15日「日時計日記と講習会推進」【平成24年2月14日分】
今日の詩::
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 神の子の皆様、有り難うございます。
言葉の創化力の応用として、私たちは『日時計日記』を書いています。毎日、色々な面で大変に調子が良くなりました。これは日時計主義の生き方のすぐにできる「実践」です。良いことばかりを書くことによって、「何とこの世には素晴らしいものが充ち満ちているのだろうか」という感動を受けます。現象界は闇のようなものもありますが、光り輝く世界もあります。光り輝く世界だけを記録し、記憶していきますと、潜在意識が光り輝く状態になります。それが肉体や生活環境に投影することになります。素晴らしい世界が展開します。

 私が、島根の信徒の皆様にご提案したいのは、『日時計日記』を記載しながらの講習会の推進です。祝福は祝福を呼びます。講習会推進の参加対象になった人を『日時計日記』に記載して祝福するのです。「どうぞ、この人が幸福でありますように」「どうぞこの人が真理に触れるために、講習会にお出でになりますように!」「神様、この人に講習会参加のお声をかける勇気を私にお与え下さい」と。そして、「すでに、この人は幸福です」「既に、この人は真理に触れました。講習会へ参加しました」「私はこの人にお声をかける勇気とチャンスを既に与えられました。有り難うございます」と。

 先ず、祈り、そして行動します。知行合一です。『日時計日記』が発行されてから、既に六年目になっています。私は、『日時計日記』は個人の生活を救い、国家を救い、人類を救い、地球を救うと思うのです。それだけ、分かり易く、かつ強烈です。日本の国では浄土真宗の信者さんが一番多いのは、考え方や方法論が分かりやすいからです。「南無阿弥陀仏を唱えると救われる」と言う簡単な方法です。おそらく、生命の実相哲学は、精読する必要がありますが、『日時計日記』の記載はその日から実践できますし、すぐに効果がでてきます。
 人生は、一瞬一瞬の積み重ねで形成されるということを、2012年度版『日時計日記』の「はしがき」で白鳩会総裁谷口純子先生がお書きになっておられます。従いまして、私たちの人生は、この一瞬一瞬の考え方・生き方・表現にすべてがかかっていると言っても過言ではありません。

 私たちの生活には習慣性というものがあります。使う言葉、行動、心の三つの要素で「習慣性」はできています。この習慣を「変える」ことで、今日一日の自分の運命は変化し、良くなっていくと思います。『日時計日記』に書き込むことが、今日一日を支配できる超簡単な秘訣です。
 五官に触れる良いことだけを書き込む。それだけで、私たちの習慣性は変わります。そして、しばらくすると「自分が言葉を駆使して自己の人生を支配する主人公である」ことを強く理解する日が来るでしょう。喜びの人生が今後、間違いなく展開して参ります。

 この方法を、講習会推進で活用することをお勧めしたいと思います。参加をお勧めして断られた時よりも、「行きます!」と言われたときのことを多く思いだし、書き込みましょう。書いた文章を声に出して読んでみましょう。必ず、次々と、「私も行きます!」という人々が出現してきます。そして、きっと自分が考えていた以上の多くの人々がご参加されるのに間違いございません。そして、大きな信仰の喜びを感じながら、生長の家総裁先生、白鳩会総裁先生をお迎え致したいと存じます。感謝合掌。

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平成24年3月14日「回数を重ねる力」【平成24年2月13日分】

平成24年3月14日「回数を重ねる力」【平成24年2月13日分】
今日の詩::ネッ跳びの  瞬時に行くは 異空間 多言語行き交う バーチャル世界
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 回数を重ねることで人は能力を高めることができることを知りました。(日経2012/03/10)以前に、NHKの英語番組で初めて拝見したのですが、料理家の栗原はるみさんのことです。彼女は英語の関係の人かと思いましたが、そうではなく料理関係の人でした。専門の学校に通った経験はなく、調理技術や栄養学などは詳しくないそうです。栗原さんは、「回数を重ねる」こと、何度も工夫して作ることで料理を学んできたそうです。「おっ!!!」と思い感動しました。これは、ノーミート料理でも同様でして、何度も作ることで能力がアップするはずです。偶然ですが、○満ボルトという電器店から栗原さんがデザインしたという手提げ袋をお土産にいただいて現在も使っています。

 さて、同じメニューでも、何十年も続けるとどんどん進化します。彼女は考えます。「調理時間を短縮したらどうだろうか」「材料の切り方を変えてみよう」など、色々と考えながら実践すると、沢山のことが新たに身につくそうです。色々と考えながら、というところにコツがあるのでしょう。考えずにやっているとマンネリ化するかも知れません。彼女の料理は、十年前と今では、まったく違う出来映えに仕上がっているとのことです。
 栗原さんは、日々の仕事でも、繰りかえすことを大事にしているようです。「継続は力なり』という言葉を私は好きですが、ある程度継続すると、それはパワーに変化します。心は行となり、業となり、パワーとなります。すべて波動であり、言葉です。
 「創意工夫」を光明化運動に於いても行うことをお教えいただいておりますが、同様の意味でありましょう。

 栗原さんは、一つのレシピを考える時には、何十回と試作し、紹介しなければならない期限ギリギリまで味付けや調理方法を変えるとのことです。「たった一度だけ調理して、それでおしまいとはいかない」ようです。一つのものを人の前に出すのに、その背景にはすごい勉強量、情報量、練習量があるようです。私たちの光明化運動も栗原さんのように創意と工夫をしながら、伝道に邁進したいです。
 彼女は、テレビ番組の収録前には、得意メニューでも当日まで作り続けるそうです。おんな質問でも応えられるように準備するとのことです。

 飽きずに繰りかえす理由は何でしょうか。それは「楽しんでいるから」だとしています。料理は堅苦しくないし、多少失敗しても何かを補うと美味しくなることもあります。一工夫加えて想像以上によい味になった時にはワクワクするとのことです。これが原動力のようです。「続けられるから上達するのだと思う」と言い切っています。
 私たちの伝道活動でも、聖典等の拝読や神想観、新人にどのように実相を理会し、自覚していただくかの工夫など、継続しない限り、上達することが出来る筈がありません。
  今日は、料理研究家の栗原はるみさんによって、求道と伝道について考えてみました。

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平成24年3月12日②「脱原発に舵を切る②」【平成24年2月11日】

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平成24年3月12日②「脱原発に舵を切る②」【平成24年2月11日】
今日の詩::群れ集う かもめに雪は 降りしきる

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 津波が来た場所の上空からの映像を見ますと、未だに海水が入って人が住めない状態になっているところがあるようです。それは海を造成して宅地にした所のようです。海抜ゼロメートルとなると、少しの増水で宅地は浸かる筈です。
 海は自然界のものですが、それを宅地にします。海に云わせると領地を取られたようになるのでしょうか。津波によって、その領地が海にもどされます。ある日のテレビを見ていると、そのような観方、「海が領域を取り戻したのですね」というコメントがありました。それに私はハッとしました。「神は海辺に家も畑も作り給わず」です。津波の被害は悲惨な状態ですが、「海」から云わせると元の状態に復したということでありましょうか。
 
 人類の欲望にはある意味では限界がないとも言えます。その欲望のスパイラルを人間社会の目標にすることをやめる必要があります。人間は肉体である、という考え方をしますと、人間の欲望(五欲煩悩)には、再現がありませんので、現在の地球温暖化を引き起こしていると云えます。私は今日は海を渡りましたが、港の海水は濁っています。本来海水は濁っているはずはありません。近くの入り江に行ってみると、実に透明な海水でした。その透明度には感動しました。では、先ほどの港の濁水は何だったのでしょうか。それは、人間のもたらしたものです。もっと海をキレイにしたまま船を浮かべる技術があるはずです。
 人類は70億人を超えました。その人類が欲望を満たすことを人生の第一目標として突進して参りますと、地球温暖化は加速します。別の視点から人間と自然界とその関係を考え直す時期がまさに来ていると思います。

 東京電力の福島第一原発の事故から得た教訓を決して忘れてはなりません。私たち信仰者は、総裁先生から二つの祈りをお教えいただいています。『次世代への決断』には、その祈りの御文章が書かれています。島根教区ではこの祈りを今年度は各所で拝読したいと存じます。原発は、気がつくと日本の沿岸に54基も建設されていました。島根には、やはり島根原発が建設されています。福島の原発と同様な安全度ではないでしょうか。原発事故が起こりますと、一時的な被害ではすみません。残留放射能によって、内部被曝が起こるとされています。放射性物質は咽喉のところに溜まりやすいようです。時々、福島県の浪江町の風景をテレビで放映していますが、この辺りは今まで何度か自動車で走ったことがある場所です。もちろん、福島原発付近の道路も走りました。だからこそ住民の方々の悲しみが分かるように思います。

  現在、放射能が含まれている残土の処理を全国が協力して処理するように運んでいます。痛みは国全体のみんなで分かち合うとき、痛みの消え方も早いのではないでしょうか。また、深海への放射能残留土投棄案もでているようです。しかし、水深二千メートル以下に沈めるとしても、地球温暖化の影響でその物質が海に浮遊するようになる危険性はなくならないでしょう。いずれにしましても、次世代倫理を頭に入れる必要があります。自分の代だけのことしか考えないようでは、決して世界をよくすることはできません。

 また、原発事故は、強い放射線の問題を惹起します。単なる大震災と津波ならば、その修復に全力を投球すればよいでしょう。しかし、放射線の問題は目に見えないことですので、ことは重大です。
 もう一つの問題は、原発を運営している団体からの情報が隠匿されがちであることです。経営の要素としましては、「人・物・カネ・情報」とも云われていますが、情報の正確さはすごく重要です。しかし、たとえば、東海村村長さんの談話によりますと、「深刻な事故の危険性を知らされていなかった。津波があと70㌢高ければ防波堤を越えていた」とのことです。防波堤を越えておれば、福島原発のような恐るべき事態が発生したかもしれません。
つづき

『ポスティングジョイとフェェイスブックを活用しましょう。小職のフェイスブックの名称は、”中内英生”または””Hideo Nakauchi”です。色々と写真、俳句、短歌など書き込んでいます。この「中内英生のwebサイト」よりも楽しめるかと思います。私的伝道物語兼神性表現です。】

中内 英生

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平成24年3月11日②「日時計主義④」【平成24年2月9日】

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平成24年3月11日②「日時計主義④」【平成24年2月9日】

黙祷。東日本大震災の被災者の皆様に対し、深く哀悼の意を表します。

今日の詩::聖経を 読む声ここは 隠岐の島 インターネットは 海を超え行く

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つづきです。
 感覚優先と意味優先について書きます。五官感覚を充分に駆使して、現象界のあらゆる素晴らしいもの・ことに感謝をすることが必要です。そして日時計日記に記録していきます。さらに「技能と芸術的感覚を生かした誌友会」などを行い、芸術的に昇華して行き、感動を共有します。その喜びが世界に広がってきます。
 左脳により何ごとも自分中心に考えがちな意味優先の考え方をする以上に、右脳によりそのままの状態に感謝する感覚優先の考え方を行うことにより、右脳が開発されます。そして左右の頭脳の能力が向上すると考えられます。

 日時計主義の立場から見ると、「意味優先」でみると、偽象に見える現象の中にも、感覚優先の視点で見ると、真象が存在することに気づくことができます。
例えば、東日本大震災のような災害であってもそれによって、何かを教えられ、その時点から人類の方向が地下資源文明から地上資源文明に変わっていくようにです。物質偏重の欲望を重視する考え方から、人と自然との大調和を目指す方法に変化しつつあることから考えてみてもそれを、指摘することもできます。
  日時計主義の実践は、真象をより多く見るための考え方であり、真象を見て感動する実践です。『うぐいす餅とバナナ』に書かれている、炭焼きの夫婦のことを思い出して戴きたいと思います。従って、真象をより多く見て感じて表現することを目標としています。

 私たちは具体的に何を為すべきでしょうか?
何よりも大切なことは、「実相→実相からの投影→真象→神性表現(言葉による表現や芸術化)→感動の共有→環境変化」の原理をよく理解することです。また、日時計日記を毎日記載するようにします。自分、家族、団体、会社、近所の人、もの、事をほめます。身近なものを讃嘆し、感謝することが大切でしょう。

 技能と芸術的感覚の誌友会を開催するのもよいでしょう。誌友会でのその場で感動の共有をすることができます。一ヶ月に一回ではなく、日々の生活の中で一つ一つ真象を見出して、大いに感動して喜ぶとそれだけで楽しい人生となります。
 俳句や短歌を詠むのも楽しいでう。ポスチングジョイに大いに投稿して参りましょう。よい神性表現は、普及誌や機関誌に掲載されることもあります。
 ノーミート料理を作るのも楽しいです。ノーミート料理は、日本の場合はかんりの調理方法があるのではないでしょうか。ガーデニングを行うのも神性表現です。「めんどくさいが世界を救う」という体験ができるのではないでしょうか。島根では現在は、二ヶ所で毎月、写経を行っています。写経を行なうととても精神が集中します。要は実践してみることです。人生が大いに楽しくなります。
(おわり)

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中内 英生

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平成24年3月11日「日時計主義③」【平成24年2月8日】

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平成24年3月11日「日時計主義③」【平成24年2月8日】

黙祷。東日本大震災の被災者の皆様に対し、心より哀悼の意を表します。

今日の詩::春が来て いのちの花を 咲かせんと 太陽は照る みどりの森へ

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つづきです。
 では、実践のポイントは何でしょうか?
 悪を認めずに、それに向き合わないことは、心の中の悪の拡大を防ぐことになります。そして、心を実相円満完全のイメージで満たすことは、「類は類を持って集まる」という強力な心の法則を発動して、我々の心が現象の奥に光明・円満・完全を見出す契機を与えることになります。
 「良きことのみ」を印象し、記録し、思い出すことによって、私たちは「善が満ちている」という実感を抱き、その実感を通して、現象の背後にある善一元の世界の実在を確信することができるようになります。
  その実践項目は、神想観、日時計日記の記載などです。
「心が変われば世界が変わる」という「三界唯心所現」の真理を応用して、世界に平和を、地球に「人間と自然との大調和」を実現する運動が私たちの運動です。さらに、言葉の創化力を最大限に活用します。

 また、日時計主義の根拠となる御文章の大意は次の通りです。
 『生命の実相』頭註版第七巻27頁、『生長の家』創刊号、⑳頁、「日時計主義の生き方。に書かれています。『信仰の科学』(ホルムズ著)も参考にしてください。
 さまざまな時計の中には「日時計」というものが存在する。それは一本の直立した針と時間をしるした一枚の盤面とでその主要部分が成り立つ。太陽の光線がその直立した針に落ちると、針は盤面の目盛りの上に影を落として、なん時だとわかる。太陽のない日には時間がわからない。日時計の盤面には、時にはこんな標語が書いている。
I record none but hours of sunshine.(われは太陽の輝く時刻のみを記録す」)
この標語を「日時計主義」だと言います。自分の家を「生長の家」にしよう思うならば、できるだけ、輝く喜びの時刻だけを記憶して語り、思い出そう。喜びに言語の表現力、言葉の創造力を応用しよう。これが秘訣です。
 世界中の人々がみんなこの「日時計主義」に従って、不快ないっさいの記憶を次の瞬間から追い出してしまい、悲しい連想や憂鬱な暗示を拭き去ってしまうようにするならば、私たちの世界は大いに愉快に幸福になれる。
 しかし、多くの人々は自分の出合った不幸、不愉快、憎み、嫉妬、嘲笑を、できるだけ記憶し、言葉に出して繰りかえそうとしている。現代のメディアがまさにそのように活動している。
それは「心の法則」を知らないからです。メデイアに携わるマスコミの人々は「言葉の創造力」を知らないからです。
「語るものは皆あらわれる」「噂をすれば影が射す」という言葉があります。
どんな不幸な出来事も、思い出した時と言葉に出した時とのほかに存在しません。
 心の中の記憶はバスでどこかへ行くようなものです。風采(ふうさい)の良い紳士もおれば、美しき令嬢もいる。別の所では、酔っぱらいがダラシない恰好をして臭い息を吐いている。
不快なお腫だらけな病人も乗り合わすこともある。
 しかし、われわれは何も好んで不快な酔っぱらいやお腫だらけの顔ばかりに注意を集中する必要はない。幸福そうな令嬢の表情や瀟洒な紳士の身なりばかりを見ていて愉快になった方が自分もまた、幸福な気持ちになれる。
これは心の記憶を自由に選択するための喩え話です。憐れな人に同情するなという喩えではない。私たちは輝く太陽の日のみ記録する日時計のようになろうではありませんか。
 悲しみをいつまでも心にためて置いて、何も得ることはない。損失をいつまでも思い出してなんの利益もありません。失敗をいつまでも後悔して意気泪喪しても世の中は益されないです。すべてこれらは人生の出来事中のカスです。カスにいつまでも執着してはならない。カス捨てましょう。私たちの心はカスよりも高貴なものだと、いうことを知らなければなりません。

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平成24年3月10日「日時計主義②」【平成24年2月7日】

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平成24年3月10日「日時計主義②」【平成24年2月7日】
今日の詩::春風は 畑のみどり なびかせて こころよきさに 安堵するなり

つづきです。
 では「悪」とは何でしょうか?なぜ悪と向き合おうとしないのでしょうか? 悪は闇であり、光がない状態であり、積極的にあるのではない、と見るのが基本的な考え方です。
 「悪」という実体はなく、私たちがある事件や人物、状況に対して心の物差しを当てたときに、「負の値」を示したという「状態」があるだけです。要するに立場によって、プラスと見ることもできれば、マイナスと見ることもできるということです。
 悪とは人間の心や条件で変化する心の産物です。
 方法論としては、悪から眼を背けるのではなく、「本来非存在」である悪を本来の無に帰すために「善を行う」こと、「光量を増やす」ことに力を入れます。従って悪を実在としては認めません。

悪の存在を否定する二つの意味を考えてみます。「悪を認めない」という意味には、二つの面があります。①現象世界における「悪を認めない」という認識論的意味・唯神実相の悟り(静的意味)と、「善一元の実相を観じて、礼拝行を実践する」という宗教的実践的意味(動的意味)の両面があると考えられます。
 これは、「否定と肯定」の悟りと実践であるとも考えられます。
 例えば、現象としての人間には欠陥や欠点があります。でもその人に向かって、「お前はダメだ」と断定することは、事実上、「現象としての欠陥が永続する」と宣言していることになります。このような教育法では、欠陥(悪)はなかなか消えません。
 それに対して、「あなたはこの方面で優れているから、その優れた能力を、他のこのような面に応用すればもっと上手くいきますよ」と助言する。そして、相手の能力(実相)が顕れることを信じて待つ、という方法を実践すると必ず良くなります。(実相を引き出す教育)

 人間の持つ二者択一の習慣的観方を活用するにはどうすればよいのでしょうか。悪を現象としては認め、悪いことに心の焦点を合わせることにより、私たちの眼には悪い現象が次々と見えてきます。これは、人間の心は対極にあるものを同時同所に感じることができないようにできているからです。悪を思っているときに、善を同時に思うことはできません。従って、悪を心に集中し、分析していればその周囲のものも悪として感じ、それに関連するものも悪として感じやすいようにできているのです。
 従いまして、その逆を行い、善だけを見ることにより、それ以外にも善が溢れているという信念を得るようにしているのが、日時計日記の記載です。

 また、五官感覚の持つ意味と能力について考えてみます。感覚は、私たちを直接感動に導いてくれます。しかし、それは感覚の刺激によって、「実相」を知ることができるという意味ではありません。感覚がすべてであるという考え方は単なる快楽主義となり、ここで云う感覚の持つ力を表現していません。
 しかしながら、肉体はこの世に於ける表現の唯一の媒体なので、肉体の付属機関である感覚のメッセージをないがしろにしてはいけません。
 人間が感覚する現象世界と本当にある実相世界とは異なるというのが生長の家の信仰の基本です。従って、感覚によって直接、実相世界を見たり、感じたりすることはできません。私たちにできるのは、感覚を通しながらも、感覚の背後にある本当の世界を知ることです。感覚の世界、現象世界には、真象のみならず、偽象もあります。
 その中で、数多く存在する真象に気づき、それらをもっと実感することが重要です。日時計主義とは、要するに真象を多様に実感する実践です。

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平成24年3月9日「日時計主義①」【平成24年2月6日】

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平成24年3月9日「日時計主義①」【平成24年2月6日】
今日の詩::フロントの 氷を水で 解かすなり 朝の急ぎの 駐車場にて   

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 日時計主義の基本的考え方はどんな考え方でしょうか。端的に言うと、「人生の光明面をのみ見る生き方」のことです。
 生長の家では、神が創造された「本当の世界」は善一元であって「悪はない」と考えられるのです。また我々人間が肉体を使って生きる世界は、心によって一時的につくられる仮構(ニセモノ)の世界であると考えます。それは、各自が一種の“心のレンズ”を透して見る世界だから、心で悪を認めれば認めるほど心のレンズは曇ってしまい、本来ある神の創造(実相)が見えなくなる。と説いています。このように神への無限大の信頼と信仰にもとづいた生き方をすることが「日時計主生活」です。
 現象としての欠点や欠陥が目の前に見えていても、その背後には実相があるから必ず良くなると云う強い信仰です
  また、日時計主義は、『生長の家』誌創刊号に書かれている考え方であり、生長の家の根本的な考え方であるとも言えます。

 日時計とはどんな時計でしょうか?。一本の直立した針と、時間を記した一枚の盤とでその主要部分が成り立っており、太陽の光線がその直立した針に落ちると、針は盤面の目盛りに影を落として時刻をあらわす時計です。花時計や、電波時計、色々なものがあります。その中でもっとも自然を活用した時計が日時計でありましょう。

 では、なぜ、現代に於いて日時計主義が重要なのでしょうか?。日時計主義が、現代に於いて必要であるのは、世の中の“悪い面”に焦点を合せたニュース報道や評論、論説、テレビ番組等が社会に氾濫しているからです。この氾濫は衛星放送やインターネット、デジタル通信の普及で全地球的、広がりを見せており、そのことによって、ある巨大な情報歪曲が確実に進んでいます。悪いことを強調することによって、意識と選択に偏りが出て来ます。
 例えば、二つ(甲と乙)の洗剤会社があるとします。テレビでより多く宣伝しているのが甲であるとすると、実質的には違わなくても、宣伝が多い方を選択しやすいのです。
 しかし、現実には、悪いことだけが起こっている訳ではありません。
人は死ぬだけでなく、生まれます。人は殺すだけでなく、生かし合い、助け合います。
若者の殺人件数は世界で一番少ないのに、新聞で若者が殺人を行うと、すべての若者が殺人を行うようにかき立てます。表現のバランスがとれていないのです。人はだましたり、裏切ったりするばかりではなく、正直を貫き、また、仲直りもするのです。奪う人が一人いるとすると、与える人は十人も百人もいます。嫉妬する人が一人いても、大多数は祝福します。

 しかし、ニュース報道では前者のマイナス面ばかりが強調されます。多数のプラス面は無視されます。それが人間や社会の一般的な傾向です。それはメディアによる虚構の世界です。
従って、それを是正する必要が生じています。子供の教育の基本は「愛」と「信頼」と「明るさ」です。しかし、メデアを見る限り、「憎しみ」と「疑惑」と「暗黒」の情報が氾濫しています。そこに教育環境が整っているとは言えません。親が人生に喜びを見出さずして、子供が人生に喜びと幸福を感じることなどできる筈はありません。まず、子供達に一番近い親世代の人間が「人生と社会」の真実のもの、善きもの、美しいものを認めて讃美することから始めるべきでしょう。
 大人がそれを見出すための心の訓練が「日時計主義」です。その生き方を習得し、明るさに満ちた地球社会実現に向かって、歩み出して参りましょう。

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平成24年3月8日②「無償の愛④」【平成24年2月5日】

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平成24年3月8日②「無償の愛④」【平成24年2月5日】
今日の詩::天気良し 筆につけたる 絵の具さえ すぐに乾きて 思いのままに   

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 その頃、日中戦争が起こりました。その四年後に日米開戦となりました。ヘレンケラーは、フランクリン・ローズヴェルトから、日米開戦をさけるように、というミッションを受けていたので、日米が開戦することになったことを非常に悲しく思いました。
1948年(昭和23年)にヘレンケラーは再来日しています。戦後です。自分の国が行った行為に対して申し訳ない気持ちで一杯だったそうです。しかし、日本ではヘレンケラーの歌を作ったりして歓迎しています。
 ヘレンは言います。『不幸のドン底にあっても、この世には、自分にできることがあるのだと信じましょう。誰かの苦しみを和らげてあげられる限り、人生は無駄とはなりません。人生で最も胸高鳴るのは、他人のために生きる時です』と。

 私たち島根の信徒は、生長の家のみ教えによって、島根県の皆様を本当の幸福にするミッション・使命を与えられいます。さらに、総裁先生によって、地球全体の生命に対して四無量心を行じるという使命を与えられています。何という、幸福・幸運でありましょうか。ヘレン・ケラーは、来日したときに、原爆が投下された広島へ向かいました。被災者の身体にも触れました。何にも無くなってしまった広島に立ち、自分の国が行った行為を実感したヘレンは、激しく自分を責めました。
 しかし、そのヘレンに対して、当時の広島市長だった浜井信三氏が広島市民を代表して市民の気持ちを伝えました。
『重い障害と共に歩んで来たあなたの生き方が、懸命に生きることの大切さを教えてくれます。私たちは、あなたが歩んでこられた道から学んで、その道を辿って参りたいと思います』と。

 これが「憎しみ・怨みを水に流し」て和を尊ぶという日本人の生き方なのでしょう。広島の人々はヘレンを責めず、むしろ希望を与えてくれたことへの感謝を示しました。そして、ヘレンのために作った歌をみんなで合唱しました。
『暗い涙はふり捨てて、明るく強くほがらかに、生きていこうと歌います、ヘレン・ケラーのおばさまは、今日もみんなをまもります』という歌詞でした。

 こうした人々のやさしさはヘレンの心を揺り動かしました。日本人の心は助け合いの心です。これが何よりの日本の財産です。しかも、この伝統的な精神は歴史上、御皇室から発していることを忘れてはならないでしょう。まもなく、東日本大震災から一年となります。事態が困難であればあるほど、日本人の生かし合い、助け合い、相互扶助の精神は強くなるでしょう。あの戦後でさえも乗り越えてきたのですから。
 ヘレンは考えます。
『私は決して広島と長崎を忘れません。人々は恐るべき状況にありながら、なおも、”与えよう”という気持ちを持っておられたのです。このような寛容に対して、私は一体どう応えればいいのでしょうか?』と。
 このヘレンの言葉を出発点として、ヘレンの博愛主義は日本から世界へと広がっていきました。ヘレン・ケラーは、広島・長崎で人々の思いを心にきざみました。そして、同行の岩橋氏に、これからの自らの使命感を語っています。

『私はアフリカと南アメリカを、岩橋さんは、アジアを護ってください』と。ヘレンはその後、みずからの宣言の通りに、活動舞台を拡げ、世界20カ国以上で福祉と平和を訴えています。日本での経験がより大きく羽ばたかせることになったのでした。
 私はヘレンの行跡で、宣言という言葉の力をここで再認識しました。しかもそれが使命感に裏付けされている場合は特に強力になると考えられます。ヘレンは、87歳で博愛の生涯を閉じたのでした。しかし、ヘレンの愛は多くの人々の心の中に生き続けています。
(おわり)

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平成24年3月8日「無償の愛③」【平成24年2月4日】

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平成24年3月8日「無償の愛③」【平成24年2月4日】
今日の詩::春は梅 うぐいす来たり 教化部の 窓より聞きし 平和の声を   

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  博愛の人ヘレン・ケラーには、原点となった出来事があったようです。子供の頃に、サリバン先生がヘレンに、「愛している」と手と指で示すのですが、ヘレンは「愛ってなあに?」と答えるばかりでした。ヘレンの秘書で、ピーター・フェーガンという人がいつしか、ヘレンと互いに心が引かれるようになったそうです。アメリカでは貧富の差が出始めて暴動が起こったりしています。その貧富の差を無くそうという運動にピーターは関わっていました。それに対して、ヘレンは、身体が不自由な人を幸せにしたいという願いがありました。それはみんなで幸福になりたいという理想社会への共通の願いでした。

 ヘレンは、家族に内緒で結婚届を出しました。おそらくヘレンの心には、「家族は反対する」という思いがあったからかもしれません。家族は激怒して反対します。そして結婚は不成立となりました。ピーター以上に、家族の思いが強かったのでした。婚約不成立なっても、ピーターはヘレンに会いました。そこで、「二度と来ないように!」とと家族から銃で脅されたのでした。

 しかし、自分が愛されたという喜び、自分を必要としている人がいるという喜びは、ヘレンの魂に変革を起こしました。愛されることで愛することを知ったのでした。「吾、神を選びしに非ず、神、吾を選び給うなり」という言葉が、使命感を強く引き出すことは皆様がご承知の通りです。愛されていると知ったとき、人はそれに応えようとするのです。「士は己を知る者のために死す」という言葉は真実です。それくらい、人間は感謝報恩の志を持っていると言えるのではないでしょうか。

 両親の愛に目ざめたとき、「その両親の愛に報いるために、世のため人の為に生き抜いてご恩返しをしたい」という祈りと願いと行動が起こります。次世代へ引き継ぎたいという思いもここから発するように思われます。
 家族やサリバン先生はヘレンの身体上の不利を助けるために全力を注ぎました。それに対して、他の女性と結婚して生まれたピーターの娘であるアン・フェーガンは言っています。
『父は、障害者を支える立場ではなく、一人の人間としてヘレンに向き合ったのです』と。
ヘレンは、自分を必要とされることの喜びを知ります。そこから、自分を必要とする「障害者の福祉向上」のために何かを捧げたいという使命感が起こったのではないでしょうか。ヘレンは、無償の愛で愛されたからこそ、無償の愛で愛するということになったようです。
  それからのヘレンは、福祉向上の運動に、映画にも主役で出演したりしています。

  人は恋愛によって、家族以外の人を愛する経験をします。その時のお互いの恋愛感情が、「相手を幸せにしたい」という愛他的な感情が強いか、「自分の幸福のために相手を必要とする」という自己中心的な気持ちが強いかによって恋愛の浄化度が決まるようです。ヘレンとピーターとのお互いの恋愛感情は、多くの人を幸せにしたいという一つの使命感を共有していたように思われます。
 谷口雅春大聖師が、「すべてを神様に捧げて、人類を救おう」と決意されて生長の家創刊号を発刊されました。谷口輝子先生は、「大きな喜びに満たされた」と、ご著書には書かれております。誠にも神様への純粋な真心のご献身が現在の、人類光明化運動・国際平和信仰運動の原点であると考えられます。

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平成24年3月7日「無償の愛②」【平成24年2月3日】

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平成24年3月7日「無償の愛②」【平成24年2月3日】
今日の詩::桜の木 芽吹く蕾で やや紅く   

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 ヘレン・ケラーは、1937年(昭和12年)に日本に来ました。障害者のための法律を作るという目的がありました。全国で講演しました。どこでも聴衆は満員でした。厳島神社に行ったとき、同行の岩崎氏は、「夜の厳島神社の灯籠にお灯明を灯して、サリバン先生のお弔いをしましょう」と提案して実行しました。ヘレン・ケラーは言います。
『私は日本に来て、こんな厳かな場所で、大切な先生を弔うことができるとは、予想もしていませんでした。今宵こそ、サリバン先生は永遠の憩いに入りました』と。

 岩崎夫妻はヘレンを、雲仙温泉に連れて行き温泉に入ったりしました。着物を着せたり、桜の花を愛でたりと、日本文化と風土をさまざまに紹介しました。ヘレンは言います。
『日本という国は、見ることができない者にも、目映いばかりの美しさを感じさせます。聞くことができない者にも、心で感じる声を聞かせてくれるのです』と。それは、岩崎氏の感謝の念を通しての日本文化であったと思います。もう一つ言うと、日本文化は自然界への感謝の文化であるとも言えるのではないでしょうか。ヘレン・ケラーブームが全国に湧き起こりました。1947年、身体障害者福祉法が成立します。日本の身体障害者の福祉向上のために、ヘレン・ケラーは持てる力のすべてを注いでくれたのでした。
 私たちは、すべてを注いで人類光明化運動・国際平和信仰運動をご指導くださいますお姿を歴代の総裁先生に見出すことができます。現総裁先生の御著書『次世代への決断』をこのブログの読者の皆様は、是非ともお読み戴きたいと思います。

  ヘレン・ケラーの心の中には、いつも塙保己一のことがあったと言われています。幼い頃に母親から塙保己一のことを教えられました。母親は言いました。『日本人の塙という先生は、失明したけれど学問を積み、素晴らしい学者になったのですよ。ヘレンも努力すれば、どんなことでもできるのですよ』と。
 塙保己一は江戸時代の国学者で、666冊の『群書類従』という書物を書きました。塙は、眼が見えないので、書物を読んでもらって内容を覚えたと言います。その塙にヘレンは深い感銘を受けました。
 私も母親から塙保己一のことを聞いたことがあります。うろ覚えなので違っていましたらご容赦いただきたいのですが…、塙保己一が教室で生徒に教えていた時のことです。ローソクがなくなったのか、夕方で暗くなったのか分かりませんが、生徒が、「先生、暗くて本が読めません」と言いました。塙は、「眼あきという者は不便なものじゃ」と言われたとのことです。母親からは、『眼が見えない人でもそれくらい偉くなれるのだから、お前はもっとがんばれる筈だよ』というメッセージでした。

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平成24年3月6日「無償の愛」【平成24年2月2日】

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平成24年3月6日「無償の愛」【平成24年2月2日】
今日の詩::初梅の 花より香り 身にまとう   

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  「奇蹟の人」といわれたヘレン・ケラーは、1880年(明治13年)から1968年(昭和43年)の間、生きた人です。6歳の時に病気にかかり、三重苦を背負います。ヘレンのことを歴史の学習番組「ヒストリア」(2012/03/07)で放映していました。20歳でハーバード大学へ入学するまで努力をしているのです。しかもこれほどまでに日本と関わりがある人だとは知りませんでした。有名なのは映画「奇蹟の人」でのアニー・サリバン先生との出会いです。サリバン先生からコミュニケーション能力を教えてもらったのでした。そこで初めて、「ウオーター」という言葉を手文字で覚えます。感動的なシーンです。この内容を、私は高校二年生の時、石鎚山の麓にあるお寺で行われた四国地区の高校生練成会に参加して、体験談として話をされたTさんのヘレンケラーの話に感動しました。感動的に話されたTさんは後に上京して本部講師になられた人です。

 ヘレン・ケラーは、日本を励まし続けた歴史と人生があります。日本に来ていたときに、特別高等警察から監視されていたようです。それは、当時のローズベルト大統領から、日本とアメリカが戦争にならないように日本で努力して欲しいという依頼があったからです。ヘレンにとっては、戦争は弱い立場の人々をさらに不幸にする出来事ですので、ヘレンケラー自身の願いでもありました。アメリカの大統領とのつながりがあることが、当時の警察の取り締まりの対象になっていたのでした。
 この話で、柳田邦男さんが書いた『マリコ』を思い出しました。NHKドラマを見て、暗号「マリコ」の内容を知りました。また、昭和天皇様の平和愛好のご精神も知ることができました。マリコは外交官寺崎英成さんの娘さんです。色々な形で、戦争回避の努力が為されていたことを、「ヘレン・ケラー」でも知ることができました。

 日本では岩崎武夫と妻「きよ」が来日を依頼し、迎え入れのお世話をしました。岩崎武夫さんは、ヘレンケラーの力を借りて、日本の障害者の福祉向上を図ろうとしたのです。しかし、アニー・サリバン先生が重い病気にかかっていたので、ヘレンは来日を渋ります。
  病床のサリバン先生にヘレンは相談します。サリバン先生は答えました。
『日本に行っておあげなさい。私があなたを教育したのは、障害がある人と手を握って、みんなが幸せになれるように、尽くしてもらうためだったのです』と。
 その言葉を残して、サリバン先生は息を引き取りました。ヘレンへの最後の教育でした。

 この話で、私は私自身の父親の言葉と、井上靖の『天平の甍』の二つを思い出しました。『天平の甍』では、鑑真和上は何度も船が難破しながら日本へ律宗を伝える使命を捨てなかったのでした。そして、唐招提寺として現在もそびえ立っていることです。映画化されたのを見て、二十代の頃の私は鑑真和上をお連れした若き日本人僧侶たちの命を賭けた使命感に感動しました。話は元に戻りますが、ヘレンは、サリバン先生の言葉の通り、別の言葉で言えば師へのご恩返しの心でヘレンは日本へ来たのでした。

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平成24年3月5日「リーダーの考え方」【平成24年2月1日】

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平成24年3月5日「リーダーの考え方」【平成24年2月1日】
今日の詩::女子サッカー ドイツと対戦 ナデシコの 粘り強さに 頭が下がる  

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 旭川動物園のシリーズは一度見てまとめたことがあると思いますが、再放送をしていましたので、二度目に書かせて頂きます。(平成24年3月7日)。「仕事学のすすめ」という番組です。「マネジメントは動物園に学べ」というシリーズです。ここでの特徴は、行動展示という方式です。「やってお客さんに見せる」という方法なので、私も行って見たいと思いました。旭川は仕事で何度か行った記憶がありますが、マイナス30度摂氏という極寒も体験しました。行動展示と同様に、「ワンポイントガイド」というのもあり、裏方の人がガイドをしていました。裏方の人は、裏から動物を見ているので、何でも知っているのです。その人が説明するのですから、面白いのは当然です。

 小菅前園長さんは、柔道で自分のマネジメント力を磨いたそうです。大学生の時に、柔道部の主将になったのですが、とても他の大学の選手に勝てそうにありません。そこで、「勝つ柔道」ではなく、「負けない柔道」を目指したそうです。要するに引き分けを目指すのです。勝たないが負けない。これはすごいことです。島根教区の運動面で、全国で一番にならないかも知れないが、決して成果はマイナスにはならないということでしょうか。それだけでもすごいことです。
 小菅正夫前園長さんは、柔道の選手の特徴を認めながら、それを伸ばそうとしたとのことです。要するに、様々な個人の個性があることを尊重する。多様性を認めることによって、それがエネルギー源となりました。次の言葉が興味を引きました。

①反対意見を言わない者は賛成と見なす。こういうルールを作ったのです。
②決して手を抜かない。お客さんがたとえ一人でも、雨の中でも行動展示とワンポイントガイドを止めない。お客さんは、「私一人のために説明してくれた」と感動するのです。
私も、誌友会や何かの会合の時に、参加者が少ないほど、感謝することにしています。参加者数を時々お酒に喩えます。
「一対一の指導は強いウオッカを飲んだようなものです。五人くらいでの会合は、焼酎のような真理の酔い方になります。十人くらいでは、日本酒を飲んだような感じになります。五十人ほどになると、ビールです。それ以上になるとノンアルコールのビールみたいな感じです。そんなことを言っては、人数が少ない時に、来てくれた人に感謝します。そうしているうちに、「人数が少なくてラッキーだった」と参加者が思うようになればしめたものです。

③全員で決めたルールは必ず守らせる、ことです。これは大切なことです。日本はルール社会ですので、なれあいになると力が出て来ません。「親しい仲にも礼儀あり」です。
④リーダーとは、「自分が一番だ」と従業員に思わせる仕事である。「俺がいなかったら、動物園は潰れるぜ」と現場に思わせることに成功したらグッドです。
⑤「行動展示」というやり方の具体的方法を自分で考えて解説させる。自分で考えることで、モチベーションをさらに高めることができるようです。

 いずれにしましても、リーダーシップは、「最終責任はリーダー自身が取る」という当然のことを明示し、実践することでありましょう。それで初めて部下は安心してついて行くことができる思うのです。そうなると、部下の方々は安心して、アイデアを出して、生き生きと行動することができるということになる筈であります。

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中内 英生

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平成24年3月04日「”恵味な日々”に学ぶ(絵本)」【平成24年1月31日】

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平成24年3月04日「”恵味な日々”に学ぶ(絵本)」【平成24年1月31日】
今日の詩::啓蟄を 過ぎて出雲の 春一番 

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 機関誌『生長の家』2012年4月号13頁には、白鳩会総裁谷口純子先生が「恵味な日々」をお書きになっておられます。絵本の話が出ています。19世紀初めのアメリカ、ニューイングランドが舞台だそうです。この絵本によって、「大草原の小さな家」を思い出されました。それはローラー家の暮らしです。この話は、心温まる物語です。
 この絵本は、お父さんが荷車に、一年間で家族が作り、育てたものを何もかも積み込んでポーツマス市場に持って行って売るという話です。積んできた荷車も牛も売ります。
 お読みになっているうちに、お父さんが何日もかけて町に行く間や、市場で持ってきたものを売るとき、悪い人に何かとられたり、騙されたりするのではないかと、心配しながら読み進んでいかれましたが何も起こらなかったとのことです。
 そこで、ご自身のものの見方が、随分と大人の世界に毒されていると思われたとのことです。そして、当たり前のそのままの、人の暮らしが書かれている絵本なので、「絵本ていいなあ」と改めて思われたとのことです。

 私も、絵本が好きでして、図書館に行きました時には絵本コーナーで何冊かの絵本を読むことがあります。そこには、描(書)いたのは大人ですが、子どもたちの素直な心が描かれているように思います。そして、中には心に感動を与える絵本も色々とあるようです。また人と自然との調和ある姿を表現していることを感じます。

 人と自然との調和ということで、NHK「日曜美術館」(2012/03/04)では、故人ですが仙台の佐藤忠良さんという彫刻家の紹介がありました。彼の作品は宮城県立美術館に展示していました。柳田邦男さんが解説者でした。佐藤さんは、戦後シベリアの抑留で過酷な試練を与えられましたが、それ故に日本に帰ってきて自由に生きることができる喜びを感じていたといいます。県立美術館には、顔の造形がたくさんありました。顔について、佐藤さんは言っています。
 『顔は、その国土と社会と思想のたえまない命の歴史だ。顔は人が咲かせた花なのだ』と。どんな顔でもその人の芸術作品です。金沢美大の教授が母親の鉛筆画をよく描いておられましたが、実に素晴らしいと思います。また、佐藤さんは言います。
『光を受け、風雪に耐えながら、しっかりと根を張り、立っている木のような命のかたちを作りたい』と。絵本でも彫像でも何かを教えてくれるようです。ですから、私は絵画や彫像を鑑賞するという行為そのものが素晴らしいと思うのです。作者の魂・心と向き合うからです。

 ロシア民話「大きなかぶ」の物語をご存じだと思います。絵本は佐藤さんが絵を描いています。それは、連帯感や団結の大切さを表現していると言われています。次は佐藤さんの言葉です。
 『隣の人に対するいたわりのない芸術は、全部ウソだ。絵や彫刻は、人間の愛情が作り出すもの。愛っていうとキザっぽいけれど、それが本当の芸術だと思う』と。実相世界の映しである真象を芸術化する神性表現は、神は知恵と愛と生命ですので、佐藤さんの言う「芸術」に相当するのではないでしょうか。
 私は、「表現する絵が技術的に上手かどうかは問題ではない、そこに本人なりの生命が表現されておれば実に素晴らしい芸術である」、と思うのです。

 佐藤さんは、亡くなる数ヶ月前にサザンカをデッサンしています。そして、こんな言葉を残しています。
『芸術は自然にはかなわない。どうしてこんな素晴らしい模様を作り出せるんだろう。私は自然から離れられない。自然は人にあやまちを冒せさせないと感じるからだ。それが私をささえつづけてくれたのだと思う』と。自然と芸術と人間、これは切り離すことができないようです。

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平成24年3月03日「”動物の心について”から学ぶ」【平成24年1月30日】

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平成24年3月03日「”動物の心について”から学ぶ」【平成24年1月30日】
今日の詩::華やぐは 三月三日の ひな祭り 桃の花咲き ぼんぼり灯す 

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 機関誌『生長の家』2012年4月号4頁には、総裁先生が「動物の心について」と題してお書きくださっています。ネコのことを通してさまざまな考察をしておられます。終わりに小林路子さんんの『森のきのこ採り』という本をご紹介しておられます。

 野生の動物が人間に興味を示すことなど不思議ですが、種の起源をたどっていきますと、生命におきましては同じ生命であると云うことになりますと、基本的な同種の遺伝子が存在することも考えられましょう。ほ乳類の動物はよく見ると、やはり脚や手、眼や耳や鼻など、人間の形態にかなり似ているようです。不思議と云えば不思議ですが、酸素を呼吸して生きる地球生命の基本的な形態でしょう。生命に於いて同種類の生命を感じる心が、人と自然との大調和の心の根本となるようです。

 例えばクジラなど、親子の愛情が深いと云われています。人間がクジラを捕る捕鯨を行う時、まず子鯨を銛でさして引きずり、子どもを諦められない母クジラをその後仕留めるという非情な捕鯨も行うようです。
 また別の話ですが、アフリカのある国で、自然動物園を作ることになりました。その国には、象がいないので、他の国の子どもの象を何頭も連れてきました。それは移動の際の重量の関係があったのでしょう。子どもの象の傍には親の象がいました。そして、親の象は不要なので、子どもの象の前で射殺したのでした。
 その後、自然動物区域で異変が起こりました。不思議なことにサイが殺されるのです。当時、サイが殺されることはほとんどないと考えていた人間にとっては驚きでした。調査の結果、大人になった象が、サイを追い回して殺していたことが分かりました。人間でも、幼少時に過酷な環境に育った人は、潜在意識にトラウマが残りまして、それが大人になってから暴力的な言動となることがあると云われています。

 どうすれば良いのでしょうか。人間ならば、神想観実修や練成会受講や浄心行があります。動物の潜在意識を浄化するにはどうすればよいのでしょうか。おそらく…ですが、み教えによりますと、人間の心が浄化されると動物や気候が温和温暖になると教えられています。象をそのようにしたのは人間ですので、人間の心が浄化されるときっと動物の心も温和になると思われます。環境は心の影ですから。人類の心が平和になると、天候もよくなると云われています。人類の心が人間中心主義・欲望中心主義の生活からすべてを生かし、感謝するという平和な心になることでありましょう。ここに法施と物施の必要性があると思うのです。
 
 人間が樹上生活をしていたということが進化学で唱えられています。樹上生活をしていると、背筋が伸びますので二足歩行にふさわしい骨格になりやすいようです。それから、アフリカの土地の隆起により山脈ができて、その後干魃が見舞いまして、森林が飛び飛びになったそうです。それで、歩いて別の森林に移動していくうちに二足歩行が可能になったというのです。誰もみていませんが、そういう説があります。二足歩行になった時に、頭(脳随)を一番上にすることによりまして、頭脳の働きや、考え方が変わってきたのではないでしょうか。

 神の子は神様のすべてを受け継いでいると教えられています。従いまして、神は愛そのものですから、愛・四無量心を動植物に対して、自然界に対して行じることが神の子の使命であり、神の御心にかなうことになると考えられます。だからこそ、環境問題に取り組むことになるのです。

 今日は、浜田の講習会の推進会合に行かせていただきましたが、Oさんという白鳩さんが体験談を話されました。Oさんはいつも愛行を行いまして素晴らしい信仰生活を実践しておられる方です。その人のお孫さんたちが、今年に3人もご結婚されるといううれしい話でした。感謝感謝のご心境でした。その話を聞かせて頂いて、徳積みの大切さを教えられました。

*先日、このブログで身口意と書くべき文字を、変換ミスで身句意となっておりまして、わざわざ、他教区の方からお電話をいただきました。誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。文章を書いてから、一度プリントアウトして確認してアップするのが通常ですが、この日は、出張中でして愛用のレーザープリンターがなく、プリントアウトせずに、アップしました。やはり見落としがありました。失礼致しました。

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平成24年3月02日「人間は永遠に死を見ない」【平成24年1月29日】

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平成24年3月02日「人間は永遠に死を見ない」【平成24年1月29日】
今日の詩::ひなまつり 一番よろこぶ 親祖父母 

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 機関誌『生長の家』(2012年4月号)には、「人間は永遠に死を見ない」として永遠の生命について説かれています。この御文章は、谷口雅春大聖師の御著書『如意自在の生活365章』(135-136)に掲載されています。
 「人間は永遠に死を見ない」と書かれています。神様の生命は自分そのものですから、死は自分がそこにいないということですので、自分自身は決して死を見ることはできないというのです。どんなに良いことがありましても、途中で消滅するのであるならば、無意味です。要するに、人間である自分自身は永遠の生き通しであるのです。誠にも有り難いことです。
 また、神想観実修の大切さが説かれています。神様に波長を合わせることが、神の子の一番大切な基本的活動です。それを地味地に実践して参りたいと思います

 私ごとで恐縮ですが、昨年母親が昇天する数日前に、私に言った言葉が心に残ります。身体が動かなくなってからです。でも、口は動いていました。
「お母さんは、死なないことが分かった。谷口雅春先生が教えてくれている!!」 
生長の家で学ばせていただいた真理を、母親は本当に理解したと思いました。感動しました。それは、息子への最後の説法でもありました。

 人間は肉体ではない、というのはどうらやら本当のようです。ある時、私は個人指導をさせていただいておりました。対象者のご婦人は、心臓がお悪かったようです。何年も前に、心肺停止となりました。その時、気がつきますとご自分は天井にいたそうです。そして、下の方でお医者さんと看護師さんが、電気ショックをかけたりして激しく動き回り治療を施していました。突然彼女はスウーと身体の中に入っていきました。そして、目を開いて、お医者さんと看護師さんの顔を下から見上げたそうです。それは心臓が再び鼓動を打ち始めた瞬間でした。彼女はその時、自分は肉体ではないと云うことを知ったというのです。
  私たちは何故に永遠に生きたいと願うのでしょうか。それは、自己の内に永遠の生命が宿っているからです。

 島根教区では、各所で先祖供養祭を行っています。その先祖供養祭は、人間は肉体ではない、霊的存在であり、しかも永遠に生き通す神の子であるという真理が大前提です。しかし、なぜ永遠に生き続けるのでしょうか。その理由の一つに、人間の完成度が高いからであると思います。よいパソコンは故障が少ないのです。それはパソコンの完成度が高いからです。そのように、なぜ人間は永遠に活動し続け、かつ進歩し続けるのでしょうか。それは、人間は神様から完全円満に作られているからではないでしょうか。宇宙に咲き出でた美花!!それが「人間」であるのです。だからこそ、神の子人間は最高に美しく人生を生きて行こうではありませんか。

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平成24年3月01日「”コトバについて”を学ぶ」【平成24年1月28日】

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平成24年3月01日「”コトバについて”を学ぶ」【平成24年1月28日】
今日の詩::春めきて 残雪あれど 風やさし 

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 2012年2月28日の総裁先生のブログには”「コトバ」について”の御文章が書かれています。私は、この御文章を拝読しましてとても感動致しました。同様の内容を2月28日に拝聴いたしました時の感動は、言うまでもございません。「コトバは神である」とのコトバは、理念をさしているのでありましょう。
 その理念なるコトバが、身・口・意の三業を通して表現されます。これは、分かり易く言うと、「思念・発声音・表情」です。表現されたものは結果です、そして、それ自体は理念なるコトバそのものではない、ということになります。この考え方は、宗教たまご論や国際平和信仰運動に於ける変わらない部分である心的要素と、国・民族によって変わる可能性がある形式的要素との違いの考え方を学ばせて頂いておりましたので、自分なりに理解出来ました。

 もとにもどりますが、しかしながら、その表現された形式は、俗なる一般的な言葉を使用して表現されますので、一種の「離れ技」を行うことになります。その表現法法はかなり難しいことです。
  その結果、出来上がった聖典なり、宗教行が信仰の根本であるとするとそれは方向を間違えることになりそうです。いわゆる原理主義的となる危険性があります。
 ややもすると、原理主義者はどこにいるかと申しますと、自分の内にいることがあります。もっともっと自分の頭が固くならないように、原理主義者的な発想にならないように、自由自在の心境を把持して参りたいと存じます。「昔は良かった」などと考えること自体が、過去の自分と世界に固執している、すなわちそこを起点としてしか考えることができないという原理主義に陥っていることがありましょう。自分自身、気を付けたいと思います。

 この「コトバ」に関しまして、もっともっと知りたいと思いまして、新年度からの地方講師・光明実践委員研修会の「伝道」のテーマでの研修発表には、テキストに、『新編 ヨハネ伝講義』を使わせていただくことになりました。この聖典は、谷口雅春大聖師が神様を愛する御心が強く表現されている名著であると自分自身は思っております。
 初心に帰り、もっともっとみ教えを徹底して学びたいです。そのように思わせて頂くことになりましたこの度の出張でありました。

 3月1日は、立教記念日、法燈継承記念日のお祝いを申し上げまして、出雲に帰って参りました。天気は上々でした。写真などを掲載しております。興味のおありの方はどうぞご覧ください。
  自宅に帰りましたら、家では妻や子供たちがおりました。ただ、いてくれるだけでうれしい。ありがたい。私は、日時計日記を付けさせて頂くことによって、そのような心境にならせていただいていると、心から総裁先生に、生長の家白鳩会総裁先生に感謝申し上げる次第でございます。

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