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2014年2月

平成26年2月27日「唐松模様”雪の中の幸福者(3)”に学ぶ」

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【”手紙月への挑戦”に参加しました】

平成26年2月27日「唐松模様”雪の中の幸福者(3)”に学ぶ」
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光明越後人の詩::雪は融け 次第に春に なっていく 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「雪の中の幸福者(3)」(2014/2/28)に学ばせていただきたいと思います。

前回の先生のブログは、ご自宅ではまだ分厚い積雪に囲まれている、とお書きになっていることに関連して、三日経った今でも、基本的には変わらないとのことです。
 しかし、山梨県でも最低気温が氷点下にならない暖かい日が続いているようです。雪解けは順調であるとのことです。今冬の寒さのピークは過ぎたと言っていいようです。
(今朝の新潟長岡では、今冬としてははじめて寒さを感じませんでした。暖かい訳ではないのですが、寒くないといった感じでした。

 雪かきは重労働ですが、不思議な満足感がともなう、と書かれております。今回の個人的ご体験としては、そのようにお感じになっておられます。
(先日の練成会の時にも、教化部会館前の駐車場にはかなりの雪が積もっていましたが、運営委員の方々が除雪してくれました。有り難うございました。)
また除雪のご支援を受けたことに感謝しておられます。

①大泉町の主要道路の一つである県道38号線までの約1キロの山道がありますが、オフィスの依頼で専門業者が除雪してくれたようです。
②そうしないと、業務が中断するし、食料の調達にも支障が生じるからです。
③東日本大震災の時は通信手段が正常に機能していませんでした。
④しかし、今回は正常に機能していました。
⑤先生の業務の相当の部分はインターネットを通じて遂行できるかもしれません。
⑥しかし、業務の内容が複雑になればなるほど、対面によるコミュニケーションは欠かすことはできない、としておられます。
(私は、このお言葉を噛みしめて、対面によるコミュニケーションを重視していきたいと思います。)

⑦従って、大型の除雪車を使ったこの除雪には感謝しても感謝しきれない、とお書きになっておられます。
⑧実に、これは、科学技術の進歩のおかげであることは、言うまでもない、と説かれております。
(私は、今日は新潟長岡から長崎へ移動いたしましたが、長崎は14度という温かさでした。総本山の植え込みには、スイセンの花が咲いていましたが、終わりかけている花もありました。それくらい九州は暖かいようです。新潟もこのような感じで次第に暖かくなって行くのでありましょう。)

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

※小職のフェイスブックは、「中内 英生」で出しています。
中内 英生拝

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平成26年2月27日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ(完)」

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【”手紙月への挑戦”に参加しました】

平成26年2月27日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ(完)」
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光明越後人の詩::雪残り 陽光日々に 強まりて そろそろ咲くよ 雪割り草が  
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唐松模様「雪の中の幸福者(2)」(2014/2/25)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。渡辺重孝・環境共生部長による報告をご紹介しておられます。2月24日の雪かきの活動状況です。

 国際本部7人と日本教文社1人の合計8人で活動したとのことです。
駅の近くで大型の除雪車が入れない場所に民家がありました。ご高齢の夫婦が10日間も外出できない状況だったそうです。自家用車は雪に埋もれたままで、家の裏手にある灯油タンクは屋根から落ちた2メートルほどの雪に埋もれてしまいました。それで給油できない状況だったそうです。
 食糧に関しては、いつも1週間以上の食材を準備していたので、困らなかったようです。しかし、さすがに10日間を過ぎると、食材が欠乏してきたようです。また、歯の治療に通いたくても通えなかったそうです。でも、自分達よりももっと困っている人がいるのではなかろうか、と考えまして、ようやく助けを求めたのが昨日だったとのことです。
(困難に面しても、他を思いやることができる美しい心の持ち主であるごの御夫婦に、感謝合掌であります。)

 ここでは8人で除雪作業を行いました。車の進入路は除雪機を使ったそうです。灯油タンクや自動車の掘り出しは手作業で行う必要があったようです。今日の男性メンバーは力強い筋肉の持ち主が多かったと書かれております。従いまして、ほんの1時間半の雪かき作業ですべて完了となったとのことです。
(この報告内容を拝読しまして、筋肉まではいかなくてもある程度の体力をつけることは必要ではなかろうか、と思いました。)

 作業がとても早く完了しました。ご依頼主の奥様は驚かれました。「土まで見えるなんて!」と感激なさったそうです。早速、歯医者に予約されるとのことでした。

 総裁先生は、オフィスで会う職員の皆様が、自宅の雪かきやボランティア活動のお陰で、日焼けして、男性も女性も見るからにたくましくなり、目が輝いているのをご覧になり、大変お喜びになっておられます。
 そして、このブログの最終行には、「与える愛の実践は、人を喜ばせるだけでなく、自らの神性を実感し、精神面でも肉体面でも充実した生き方につながっていると確信できるとからだ」と、結んでおられます。
 これらの諸活動を模範にして、今後、新潟越南教区に於きましても可能な範囲で、さまざまな活動が展開されることが考えられます。国際本部の職員の皆様方に改めて感謝合掌いたします。 

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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中内 英生拝

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平成26年2月26日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ③」

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平成26年2月26日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ③」
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光明越後人の詩::アイスバーン 見過ごすことが できずして 共に作業す 地域の人と 
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唐松模様「雪の中の幸福者(2)」(2014/2/25)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。渡辺重孝・環境共生部長による報告をご紹介しておられます。23日の活動状況です。

商店街のセブンイレブン付近の道路を除雪しています。

 その作業を終わって帰ろうとしたところ、長坂商店街のセブンイレブン付近の道路が凍結していました。近所の人達がスコップで氷を割ることができません。大変ご苦労をされていたそうです。
 国際本部の職員さん達は、氷を砕く道具であるアイスピッケル、バール、ツルハシなどを一通り持っていました。そこで、その状況を見過ごすことができません。乗車していた車を降りまして、もう1時間だけこの作業を応援したとのことです。
(何と美しい光景ではないでしょうか。地域の人々への四無量心の発露に、涙がでる思いです。)

 作業をしていると、その地区のKさんが出てこられました。コーヒーやお茶をセブンイレブンで買ってきて差し入れしてくださったそうです。
 Kさんは、長坂寮の開発申請の時に大変お世話になった方だそうです。今回、生長の家の人が雪かきで地域貢献していることを大変喜んでくださっていたそうです。
 氷を割るのは大変な作業だったようです。しかし、ご近所の方々と一緒に談笑しながら作業することができました。「大変良い交流をさせていただきました」と報告書は結んでいました。 

(世界宗教と云われるような宗教は、必ずこのような奉仕や献身の行があるのではないでしょうか。そういう意味でも、国際本部の移設の方針として、このような地元の方々へのご奉仕作業が行われて、本当にありがたく、うれしく思いました。職員の皆様方のご奉仕作業に心から感謝申し上げます。)

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月25日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ②」

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平成26年2月25日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ②」
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光明越後人の詩::職員の 除雪作業の ボランティア 地域の人と 心ひとつに 
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 渡辺重孝・環境共生部長による報告をご紹介しておられます。23日の活動状況です。災害ボランティア依頼場所での除雪作業を行っています。
要請があって職員が行った場所は、公民館のそばにある家だったとのことです。
 一人暮らしの高齢の女性のところです。足を悪くなっており、杖をついて生活しているお方だったようです。自宅まで自動車が通れません。雪が残る坂道を杖をつ いて歩いて買い物にいっている状態だったそうです。(大変な生活状況のようです。)
 職員さん達の除雪作業で、通りまで、自動車が通行できるようになり、自宅敷地内で自動車の転回ができるようになって、歩道の近道も通れるようになったとのことです。

(道がつき、自動車で食料などを運び込むことができるようになったのでしょう。本当に良かったです。)

 この女性は、生長の家の職員たちさんが、公民館を除雪したこと等を伝え聞きました。そして、災害ボランティアセンターに電話しました。「できれば生長の家さんにお願いしたい」と依頼をなさったとのことでした。
  この作業は午前、午後にわたり、行われたようです。

(私は、別の方面からの情報で、”できれば生長の家さんにお願いしたい”というお声がかりで、職員の皆様が除雪作業に行ったということを知りましたが、その事情をよく理解できました。本当に素晴らしいことです。方針通りのご活動が光り輝いております。国際本部の職員の方々に心から感謝合掌いたします。)

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月24日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ」

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平成26年2月24日「唐松模様”雪の中の幸福者(2)”に学ぶ」
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光明越後人の詩::積雪も 陽の光にて 解けて行く 不思議な現象 我が眼前に
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 記録的な雪から、10日が経ってからの御文章です。先生のご自宅は分厚い積雪に囲まれているようです。偏西風が蛇行するブロッキング現象の結果のようです。
ご自宅からオフィスまでの道路は、車はどうやら通れるようになったそうです。
(ここ長岡のわが家の一画は、融雪の設備があり、町内会費を支払うようになっています。雪が降ると自動的に、井戸水を汲み出して、道路から吹き出します。地盤沈下の原因にもなっているようです。25日、26日が上天気でしたので、かなり雪が融けました。雪は例年の三分の一くらいだそうですので、これもブロッキング現象の影響ではないでしょうか。)

 「森の中」はまだ50センチほどの積雪が残っているようですので、かなりです。県道は片道一車線で通れるようですが、その他は車一台がようやく通れるという状態のようです。オフィスの敷地内の雪も同様のようです。
 その中で、とても喜ばしい奉仕活動のことが話題になっています。私も、ネットや、本部からの白鳩ジョイメールなどで感動的な文章に触れることができました。有り難いです。かつて、私の子供の頃に生長の家で、町での奉仕活動を奨励していた時代があったように記憶していますが、その時を彷彿として思い出しました。実に素晴らしいことです。
 ご紹介しておられるのは、職員寮周辺のコミュニティーへの雪かき奉仕活動です。国際本部は、移転の目的の一つとして、「地域貢献」を掲げていましたが、(私自身は田植えや稲刈りなどを想定しておりました。)それが雪かきの形で実現したようです。
  国際本部内で、緊急事態対策チームを編成して、北杜市の災害ボランティアセンターに登録して、その要請にもとづき、雪かきなどの支援活動を展開してきたようです。お年寄りが多い地区では、これほどうれしい支援はないと思います。
次に、さまざまな活動についての報告を御紹介しておられます。今日はここまでにさせていただきます。

※2月26日は、糸魚川へ地方講師の受験勉強会に行かせていただきましたが、色々と貴重な質問が出されて、理解していただきよかったです。法燈継承のことや、ES細胞のことなど、でした。糸魚川は長岡からは、電車にして、一時間半弱です。翡翠やフォッサマグナなどで有名であるようです。今後の継続的な人的交流が真理及び運動面での情報交換をもたらし、この地域での光明化運動の質を変えるように思えます。先月に続いて二ヶ月目です。写真はフェイスブックに掲載しております。地道な伝道活動が必ず稔る時が来ると思います。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月23日「講習会へのお誘い」

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平成26年2月23日「講習会へのお誘い」
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光明越後人の詩::
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 また、総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家総裁」です。
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 新潟越南教区の神の子の皆様、有り難うございます。
今日は、長岡の真理勉強会がありました。とても楽しく有意義な勉強会でした。ご質問の中に、講習会に誘っても中々、来てくれないということを質問しておられた人がありました。このような場合はどうすればよいのでしょうか。

 まず、講習会があるということをお知らせすることです。そして、講習会はすばらしい。生長の家は素晴らしいと言うことをお知らせすることです。お知らせする相手の数をたくさん作ることです。伝道する相手の数が少ないと、どうしても力みがちになります。肩に力が入っていて決してよい伝道はできません。

 言う気を起こすと、勇気がでるとも言われています。祈り、祝福し、行動しましょう。必ず、楽しく、素晴らしい講習会のご推進ができると思います。今日はここまでにさせていただきます。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月22日「立教八十五年 生長の家春季記念日及び生長の家総裁法燈継承記念”をお祝い致しましょう。」

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平成26年2月22日「立教八十五年 生長の家春季記念日及び生長の家総裁法燈継承記念”をお祝い致しましょう。」
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光明越後人の詩::小雪日の 雲の隙間に 光漏れ
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 次の文章は、平成26年3月号『越路』に掲載予定の小職の挨拶文です。前もって、当ブログの読者に御紹介させて頂きます。
 
 新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
三月一日は、総本山に於きまして、「立教八十五年 生長の家春季記念日及び生長の家総裁法燈継承記念式典」が執り行われました。誠にも有り難き極みであります。
今を去ること八十五年前に、大聖師谷口雅春先生は聖姉谷口輝子先生と共に生長の家の御教えをお伝えくださいました。そのおかげで、私たちはみ教えを拝受することになったのです。もしも、自分にみ教えがなかりせば、と考える時、今の幸福は、生長の家のみ教えのお陰であると考える次第であります。第一代目総裁大聖師谷口雅春先生、第二代目総裁・大聖師谷口清超先生、三代目総裁谷口雅宣先生に深甚の感謝の思いを献げさせて頂きたいと存じます。

 大聖師谷口雅春先生は、『生長の家』誌創刊号をお出しになり、「日時計主義」を掲げて、立教されたのでした。人類光明化運動発進の宣言には次のように書かれています。
「自分は今、生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなったのである。友よ助けよ。同志よ吾れに投ぜよ。人類は今危機に瀕している。生活苦が色々の形で押し寄せて人類は将に波にさらわれて覆没しようとしている小舟の如き観はないか。自分は幾度も躊躇した。起つことを躊躇した。(中略)自分の有っている限りの火で人類を救わねばならない。自分の火は小さくとも人類の行くべき道を照らさずにはおかないだろう。この火は天上から天降った生長の火である。火だ!自分に触れよ。自分は必ず触れる者に火を点ずる。生長の火を彼に移す。自分は今覚悟して起ち上がった。見よ!自分の身体が燃え尽すまで、蝋燭のようにみずからを焼きつつ人類の行くべき道を照射する。(後略)」
 ここに書かれている「友」とは取りも直さず、新潟越南教区のあなたのことである筈です。そして、「人類」という言葉は現在の運動の流れから考えますと、「人類ならびに地球全生命」と置き換えられてしかるべき言葉ではないでしょうか。そして、ここでいう「自分」を、現総裁先生のお言葉として捉えた時、私たちの為すべき道が明らかになってくるように思われます。この強烈なご宣言のエネルギーによって、現在の人類光明化運動・国際平和信仰運動が進められているのであります。私は高校三年生の時にこのお言葉に触れて強い衝撃を受けました。谷口雅春先生に投ずることこそ、神の御心を生きることであると考えました。そして十九歳の時、この生長の家の運動に加えさせて頂きました。この御文章こそ、信仰者である私たち越南の信徒が日々、魂の帰るべき伝道の原点であります。ここに至りまして、私たちは、み教えによる幸福のみならず、偉大なる聖使命を拝受するに至ったのであります・

 また総裁先生の御著書『日時計主義とは何か?』14頁には、昭和五年(1930年)の三月一日を発行日とする『生長の家』誌創刊号のことが書かれております。「日時計主義」という言葉が最初に使われたのはこの雑誌の中です。それは、「生長の家の信仰者の中では有名な出来事である」とも書かれております。
 当時の日本の状況は、経済的混乱の中で、戦争へと突き進んでいく極めて暗い雰囲気が満ちている時代でした。しかし、その中で明るい点のみを強調して表現するという「日時計主義」が掲げられたのでした。このことを私たちは、立教記念日に当たって、深く強く思い起こす必要があると思うのです。現在ではその流れの中で、『日時計日記』を書いたり、
さまざまな活動が運動の中に展開されております。
日時計主義を表現したお言葉を引用させて頂きます。谷口雅春先生のお言葉です。(同書18頁)
「(前略)(吾れは太陽の輝く時刻のみを記録す)自分は、この標語を『日時計主義』だと言っている。そして『生長の家』では出来るだけ、輝く喜びの時刻だけを記憶し、語り、思い出す。喜びに言語の再現力、言葉の創造力を応用するのである。(後略)」
  従いまして、日時計主義を生きることこそ、発祥の精神を生きることになると考えられます。

 そして、現在、総裁谷口雅宣先生が第三代目総裁の法燈を御継承くださっております。「生長の家大神ー総裁・副総裁ーみ教え」の中心帰一の信仰姿勢こそ、生長の家人類光明化運動・国際平和信仰運動の不動の中心であります。私たちは一瞬たりとも忘れてはならないことでありましょう。総裁先生の御心に中心帰一することこそ、生長の家大神に中心帰一することであります。
  総裁先生によって、現代の変化に対応して、新たに説かれるみ教えこそ、生長の家大神様のみ言葉であります。従いまして、何時の時代でも永遠に変わらない根本的な教えと、時代即応のみ教えが説かれていくが故に、原理主義に陥ることなく、何時の時代の人々をも救い取ることができるのであります。聖典を拝読するとともに、総裁先生の御著書の熟読をお勧めしている所以であります。
 法燈の継承には、面綬と不立文字が必要であります。このことに関しましては、『正法眼蔵を読む』全四巻の拝読をお勧めしております。谷口清超大聖師のこの名著に詳しくお説きくださっております。
  三月一日の立教八十五年 生長の家春季記念日及び生長の家総裁法燈継承記念日に当たり、新潟越南教区信徒一同、衷心よりお喜び申し上げ、立教の原点に立ち帰り、総裁先生に中心帰一して、新潟越南教区に於ける光明化運動を粘り強く、かつ着実に展開することをお誓い申し上げる次第であります。特に、6月 8日の講習会では、前回を超える参加者がご参加になられますように、会員の皆様が明るく楽しく喜び溢れて推進活動を展開していただいております。そのご真心溢れる尊きご活動に対しまして心より感謝申し上げ、かつ菩薩の皆様方を心より礼拝申し上げております。
再拝

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月21日「『信仰による平和の道』の輪読」

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平成26年2月21日「『信仰による平和の道』の輪読」
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光明越後人の詩::湧き起こる 感謝の念は ふつふつと 仏陀をはじめ みな我が為に
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今日は、地方講師研修会がありました。ご担当の皆様は、詳しい論文形式のレジュメを作るなどして、かなり充実した研修会となりました。越南の地方講師の皆様の日々の求道のご努力が少しづつ稔って来ている思います。そして、午後3時より二時間、相愛会の壮年層の勉強会がありました。この勉強会では今まで、『新版 真理』を輪読しておりましたが、今日から、『信仰による平和の道』を輪読して、それぞれが意見を言い合い、私も申し上げながら、進めていくというやり方を行っています。とても有意義であるとの参加者の感想を聞くことができまして、大変、有り難いと思いました。
夜は、相愛会の会議の前に、『無門関解釈』をテキストとしてのミニ講話を行わせていただきました。毎月、講話をさせていただけるとのことで、大変、光栄に思いました。先日は、相愛会の皆様は、講習会の目標突破のために、丸一日間の聖経・讃歌連続読誦を行いました。77巻を読誦することにより、谷口雅春大聖師のお悟りと総裁先生の御心が参加者の魂に同じリズムとなって響きわたっていくように思われました。谷口雅春先生と総裁先生が御いのちに於いて御一体であるとの気づきがあったように思います。

 私は、『信仰による平和の道』16頁の御文章が特に今日は印象深く感じられました。掻い摘んで申し挙げますと…。

 仏教の大乗の教説では、釈迦とは、一個の歴史的な人物に限定されません。肉体人間を超えた理想的・超人的存在として捉えられるのです。
 そうでなければ、無学で煩悩具足して一般民衆を救い取る力が不足すると感じられたからでありましょう。そして、個人を超えた救いを実現するには、利他や慈悲の精神が強調されたのです。個人にとどまらずに人類すべてに、さらには生きとし生けるものすべての救済を念願するのが釈迦の本心とされ、「仏心とは大慈悲心これなり」と説かれるに至りました。
 この典型的な例が、菩薩という存在の強調です。菩薩は本来、求道者という意味ですが、大乗仏教に於いては、利他行を実践する人として強調されました。そして理想化されたのです。菩薩は、単に自分個人の救いを求めて修行するのではなく、仏の大慈悲に感応して、自ら救われる前に衆生救済を発願して、実践する者であり、これが信仰者の理想とされました。また、このような生き方を実践する者は、もはや人間の領域から仏の領域に到達しているとして、超人的扱いを受けることもありました。観世音菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩などがそれであります。(私は、現代の衆生は、人類のみならず地球全生命であると思いました。)

 中国に仏教が伝えられたのは紀元前後と考えられています。それ故にそこには、大乗の運動が始まる前の仏教も含まれます。しかし、数多くの漢訳教典の成立に貢献したクマラジーバは大乗仏教を伝えて、中国仏教の基礎を作りました。さらに、この後に続く人々は、インドで発達した大小乗の仏教運動の成果である仏典をすべて漢文に翻訳して、『大蔵経』という形に大成しました。このおかげで、朝鮮、日本などの漢字文化圏への伝播が行われて、仏教は世界宗教となってのです。日本に伝来した仏教のほとんどは大乗仏教であります。

 私はこの箇所を拝読するに至って、先人に対して魂の底から、感謝の念がふつふつと湧き起こるのを禁じ得ませんでした。感謝合掌であります。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月20日「唐松模様”雪の中の幸福者”に学ぶ③」

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光明越後人の詩::炬燵より 窓の外見て 安堵する
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唐松模様「雪の中の幸福者」(2014/2/18)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。
 当時の交通の状況についてご説明になっておられます。しかし、問題は、幸福の話のことです。

①先生は、この番狂わせの最中に、特に不幸だとは感じなかったそうです。しかし、予定通りに動かなかったので、トラブルには間違いありませんでした。

②水曜日に、重要な会議を控えておられたそうでして、その準備のための火曜日が半日使えなくなると言うことは、かなりの損失であると考えることはできるとしておられます。

③そこでお考えになられました。「この交通網の番狂わせと記録的な大雪に見舞われたということ事態が、何か、貴重であり、得難い体験であるような気がしてならなかった」と。(総裁先生が常にこのような御姿勢を貫いておられることに、私いつも初心に帰りつつ、学ばせていただくのであります。)

④今回の大積雪は、生長の家が国際本部を東京から北杜市に移転してから最初の冬に経験なさられたことです。

⑤しかも、この大雪は歴史的な規模であるということは、これ以上の厳しい冬をこの地で経験する確率はきわめて低いということになる、と先生はお考えになりました。

⑥それ故に、今回の経験で足りなかったことや、失敗したことや、予想できなかったことなどを反省して、それらに適切に対応していけば、今後“万全の準備”ができることになる、とお考えになりました。(だからよい経験であったのです。)

⑦これは「千載一遇のチャンス」でした。そのように考えられました。

⑧先生個人のご生活についても、還暦を超えた年で初めて高冷地に家を建てて住むことになられました。いちばん不安だったのは、冬の厳しさだったとのことです。

⑨雪の程度、その影響、暖房にくべる薪の量、その準備方法など、その情報の最大値が、すぐに手に入ったことになります。

⑩このように考えて参りますと、「トラブルだ」という思い消えてしまい、「私たちは実は幸福者ではないか」というお考え湧いてきたとのことであります。
(日時計主義の考え方の大切さです。また、常に物事の意義、意味をお考えになられて、観世音菩薩のお姿を万事万物に観て礼拝する万全の生き方です。深く学ばせていただきたいと存じます。)

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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中内 英生拝

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平成26年2月19日「唐松模様”雪の中の幸福者”②に学ぶ」

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平成26年2月19日「唐松模様”雪の中の幸福者”②に学ぶ」
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光明越後人の詩::雪積もり シンシンとして 夜は更ける
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「雪の中の幸福者」(2014/2/18)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。

①「経済発展こそ幸福の源泉!」このような「幸福」のとらえ方は、あまりに浅薄であることが指摘されてきているようです。(幸福とは何ぞや?ここで私たちも振り返ってみたいと思います。総論賛成、各論反対にならないように、です。まずご自分の足元から。)

②人間は、ある一定の状態が長く続きますと、その状態を“当たり前”と感じるようになります。その状態が、別の人間からみて「幸福」に見えても、です。(これは、私が新潟長岡に来させて頂いて、冬の雪が当たり前になったように。また、毎日美味しいご飯を食べているのですが、最初は味わって食べていましたが、慣れると他のお米と同じような味に思えてきたようにです。)

③いわゆる「馴れ」が生じるからです。逆に、その状態から何かが無くなると“不幸”になったように感じるか、もしくは“トラブル”に遭ったと感じるようにです。

④このこと考えてみますと、「幸福」というものは、常に客観的な基準があるのではないようです。それを感じる人間の物事のとらえ方、感じ方、前向きか後ろ向きか、など、その人の主観に大きく左右されることになるようです。(要するに、自分の感じ方です。そういう意味でも、『日時計日記』をつけ続けている人は、幸福でありつづけていく能力のある人ではないでしょうか!幸福はわが家にあったという、「幸福の青い鳥」の物語を思い出したいです。)

⑤つまり、人間が幸福であると感じるか、不幸であると感じるかは、その人が自分の置かれた状況に「プラス面の変化」を感じるか、あるいは「マイナス面の変化」を感じるかによって決まる、と言えるだろうと御教示しておられます。

⑥今回の大雪でさまざまな変化を人々は経験しましたが、それを「プラスの変化」と捉えるか、それとも「マイナスの変化」として捉えるかで、人の幸不幸は決まる、と考えられます。

⑦総裁先生は、予定の汽車の切符でご乗車されましたが、途中で汽車は不通となっていました。そのために、お帰りになるまで、さらにもう一泊されたそうです。

※白鳩ジョイメールで、地域貢献で雪かきをした若い女性職員の話が載っていました。
 雪かき作業は、高齢者が多い団地へ行ったそうです。除雪がなかなか進んでいません。その日に行きましたある団地は高齢者も多く、中々除雪が進んでいないところでした。お邪魔した一軒でのエピソードです。一人暮らしのおばあさんが、玄関の入り口まで雪が高く積もり、一歩も外に出られませんでした。外出の用事もあきらめていました。
 県内に住む息子さんは、助けに行くことが出来ません。同じ団地の方々も高齢者が多くい上に、毎日の雪かき作業で、その方を助けに行くことが出来ません。
そこへ、職員さんが行ったそうです。
 作業中、おばあさんは涙を流して喜んでくれたそうです。職員さんも泣きそう
になったとのことです。
おばあさん「皆さんは、民生委員の方ではないですよね。どちらの団体ですか」
職員さん「生長の家です」と。
職員さんは、いつもはオフィスで事務仕事ですが、雪かきを通して、地元の皆様から逆に感動をいただいているようです。素晴らしいです。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月18日「唐松模様”雪の中の幸福者”に学ぶ」

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光明越後人の詩::今宵また 寒き夜空に 英気吸う
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「雪の中の幸福者」(2014/2/18)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。

①史上稀にみる大雪のご感想を書いておられます。私は、拝読させていただいたときに、
「いろいろ予想外の新しい経験」と、「普段はあまり考えないこと」を考えることができたことを書いておられます。何ごとにも、興味を失わず、新しい経験として、前向きにお考えになっておられます。素晴らしいことです。

②雪のために、帰途のコースをへんこうされたそうです。いつもよりも、かなりの時間的に長い所要時間だったようです。こんなとき、「ようやく帰り着いた」という実感は、何とも言えない安堵感となります。住めば都です。住んでこそ都です。私もここ越後が少しづつ懐かしく思えるようになってきました。移動型人間の生きるすべは、住むところことごとく都にすることだと考えております。

③これだけの積雪でも温暖化の関係かどうかですが、赤道付近の海水がいつもよりよけいに暖まり、北極、南極の温度と差が激しくなると、ジェット気流、すなわち偏西風が蛇行をはじめるので、寒波が予想もしないところに襲ってくるのだそうです。それが、山梨の積雪や、アメリカの積雪の原因のようです。やはり、温暖化による気候変動でしょう。

④谷口雅春先生や清超先生の時代の講習会によるご旅行のことが述べられております。

 当時は、何泊もしておられたようです。一番最初のころの講習会・御巡錫は東京、盛岡、石川の七尾など、あちらこちらを御巡錫しておられます。それからもきめ細かくお出でになり、私の郷里である土佐中村も私が中学校の時に、体育館で講習会を開いておられました。体育館の外で、雅春先生のお話をお聞きした思い出が昨日のように思い出されます。

 そして、総裁先生の今回のことへの御論考です。
◎昔と比べると、今回のトラブルはトラブルではないとしておられます。
◎むしろ、当時の“順調な旅”と変わらないとも言えると考えられます。
◎それを現在は、“トラブル”と感じられるのはなぜでしょうか。
◎技術革新にともなって、交通や通信の手段が急激に発達したからです。
◎1つのことを実行するのに、当時の数分の一の時間で行うことが出来るようになりました。
◎経済学では「生産性の向上」といいます。
◎しかし、「生産性の向上」の裏側には、「消費の増大」も同時に行われてきたのです。
◎この2つの流れが増大することを、一般的には「経済発展」と呼んできました。
◎経済発展によって人間に幸福がもたらされると、私たちは信じてきたのです。
 今日はここまでにさせていただきます。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月17日「『次世代への決断』」

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平成26年2月17日「『次世代への決断』」
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光明越後人の詩::雪ふれど 慣れるとなぜか 暖かい
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
今日は、あらためて、『次世代への決断』を読了させていただきました。原発のみならず、様々な点での御教示がちりばめられております。この冬の豪雪にしましても、温暖化による気候変動という一種の形式なのでありましょう。宗教者が「脱原発」を決めた理由とは何か、それが詳述されております。新潟にも原発がありますが、送電線の櫓が屹立しております。二十年ほど前に新潟に参りました時、この送電線のすごさに驚きました。その電気は都市に向かって伸びておりました。
 地球温暖化、気候変動、放射能汚染の根源は、人類の欲望にある、とご指摘しておられます。次世代のために、自然界と調和した文明を構築する道を示す必要があるのです。それを現代に於いて行おうとしているのが、「森の中のオフィス」構想です。

 総裁先生は読者に対して、語っておられます。「…人類のいま置かれている状況を理性によって、正しく理解し、原発に依存するエネルギー中毒の生活から遠ざかる道へと、決然として歩みだすことを願っておられます。そのことが、子や孫世代のために責任ある決断であるとしておられます。そして、この御著書では、「自然の背後に人間以上の価値を認め、自然物に四無量心を行じる生き方」をご提案しておられます。それは取りも直さず、日々、私たちが行っている信仰生活そのものではないでしょうか。

 96頁には、「太陽は一種の原子炉」という小見出しがあります。地球を覆っている大気のことがかかれております。大気の組成は、窒素、酸素、オゾン、二酸化炭素、水蒸気などで、このうち約21%を占める酸素は、陸上の植物や海中の藻類や植物性プランクトンが産みだしたものであるようです。そして、これに太陽の紫外線が作用すると、大気の外側にオゾン層が形成されます。オゾンは、波長200~300ナノ㍍の紫外線をよく吸収するので、生体内のDNAを破壊する太陽の紫外線を排除する働きを持っているそうです。つまり、植物の光合成は、動物に必要な酸素を生み出すのみならず、オゾンを生成することで、地上の生物全体を守っているということです。これは、すごいことですね。

 また、太陽は一種の原子炉です。ここでは核分裂ではなく、熱核融合反応が起こっています。その結果、生物に有害な紫外線が地球に届くのですが、これを生物全体が協力して、大気とオゾン層を作ることで防いでいるということです。
 太陽はこのほか、生物に熱とエネルギーを作ることで生物の繁栄を支援してきました。だから人類は、これらすべて、太陽、植物、酸素、オゾン層、のおかげで生存してきました。
 であるにも関わらず、現代人は、人体に有害な放射線を出す小型の太陽、すなわち原発をわざわざ近くに作って、エネルギー問題と安全保障問題を解決できると考えているとことに、盲点があるようです。
 原子力開発の最初の試みは、原子爆弾です。人類の大量破壊兵器を作るという考えで出来上がった科学技術を、人間に有益なものに作り替えることは極めて困難なことなのでありましょう。
 新潟越南の皆様、この御著書を拝読して、より一層、総裁先生の御心を学んでいただきたいと存じます。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月16日「甲斐の雪、越後の雪」

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平成26年2月16日「甲斐の雪、越後の雪」
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光明越後人の詩::脚鍛え    雪の少ない 越後の街で
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。

 総裁先生のフェイスブックのお写真を拝見しますと、国際本部の職員の方々が、大雪のために一日中、雪かきをしておられる姿がみられます。業務ができないために一日も早く再開にむけての作業のようです。同じ本部員として、お手伝いできないことが申し訳ない限りです。数日間、大雪のために森の中のオフィスの仕事はできないとのメールもいただいております。山梨は陸の孤島のようになっているようです。フェイスブックの写真によりますと、本部職員の皆様は、長坂駅前の雪かきをして、地域貢献をしておられます。また他にも本部職員によるさまざまな地域貢献のドラマが展開しているようです。森の中のオフィスのみならず、山梨県の大雪による災害が一日も早く回復致しますように、お見舞い申し上げます。

 さて、越後の南、すなわち新潟越南教区に赴任させていただいてから、11ヶ月となりました。こちらは雪はあまり降っておりません。越南の皆様は、とても信仰心が深い人が多いように思います。昨日からの聖経・讃歌の読誦も、相愛会の皆様で講習会目標達成を祈願して、丸一日間、行ったようです。『甘露の法雨』と二つの讃歌、の拝読です。私はこの聖経・讃歌読誦で、谷口雅春先生の聖経のお言葉のリズムと、総裁谷口雅宣先生の讃歌のリズムが、参加者の魂の中で一体化したのではなかろうかと思います。
 総裁谷口雅宣先生への中心帰一の信仰姿勢こそ、光明化運動の根幹であろうと確信しております。

 白鳩さんたちも色々と新しいことに挑戦しておられるようです。白鳩会の一日見真会を各所で行うなどして、連合会長さんを中心に一致団結してこられたように見受けられます。
 皆様の決意発表などをお聞きしておりますと、使命感に溢れた素晴らしい雰囲気を拝ませていただくことができます。

  青年会の皆様は、ここでは光明実践委員が非常によく育っておられますので、何ごとをするにも素晴らしい動きができているようです。誠に有り難いことであります。

 今年は、あまり屋根の雪降ろしがないようです。個人的には、これだけは頼まれてもお断りしたいです。私の家の前の道路には融雪装置がありまして、ほとんど雪はありません。その代わり、町内会費に融雪の費用が別途かかるようです。いずれにしましても、住めば都ですので、出来る限り、御心のままに、この地でお役に立たせていただきたいと念願しております。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月15日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ⑥」

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平成26年2月15日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ⑥」
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光明越後人の詩::雪のため 新幹線が 大幅に 遅れるメール 娘より来る
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「『大自然讃歌』解説(3)」(2014/2/6)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。本日は、結論です。

①聖書から現代に、翻って考えると、今日のような資源・エネルギーの消費と技術社会発展の根源に、この2つの人間の「迷い」があると総裁先生はお考えになっておられます。

②1つは、大自然そのものが善悪混交の不完全な状態であるとする見方です。人間の生老病死が必然的なものであると考えるように、弱肉強食、適者生存、食物連鎖などを考えると、このように考えることもできると思います。

③さらに2つ目は、我々人間自身も肉体的存在であるから不完全であり、外から何かを付け加えることによってのみ幸福になるという人間観・幸福観です。肉体維持のための食欲、それを満たすと肉体を維持できます。または、種族保存のための性欲などもあります。それによって、種族を保存できます。

④このような大前提のもとに、数多くの人々は自然改変と、資源・エネルギーの浪費、物質的繁栄の拡大に突き進んでいるのではないでしょうか。そのような御論考です。不足を補う、という考え方です。

⑤そのことを、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の言葉は次のように表現しているとしておられます。この御文章は、原文のまま転載させていただきました。

「…自然界に不足を見出し、自然界を障害と見なし、自然界を自己の支配下に置こうとして、
自然界の機構を自己目的に改変し利用することは、愚かなことである。自然の一部を敵視して破壊することは、恥ずべきことである。それによって人間は自然との一体感を失い、
自然治癒力を含めた自然の恩恵を自ら減衰させ、生き甲斐さえも失うのである…」と。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月14日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ⑤」

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平成26年2月14日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ⑤」
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光明越後人の詩::雪やみて シンシンとして 冷え渡る
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「『大自然讃歌』解説(3)」(2014/2/6)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。今日の学習は実に重要なポイントであると思います。

①これに対して、「善悪を知る木」とは、実は「神の創造世界には善もあれば悪もある」という考え方そのものを象徴しているとする解釈があります。これが『生命の實相』で説かれている谷口雅春先生の御解釈であり、生長の家の解釈です。この御解釈を私も学びかつお伝えさせていただいておりました。

②これによりますと、「神のように善悪を知りたい」と願うこと自体が、「神の創造世界には善悪いずれも存在する」という前提にもとづくという点に注目すべきであると、御教示されております。確かに、相対的な見地に立っていると考えられます。

③これを言い換えますと、人間を含め、大自然には善も悪もあるということになります。神様が「はなはだ善い」、と見給うた世界とは違っております。

④同じことを「個人」の立場に引き寄せて表現しますと、「人間は生老病死を経験し、悩み苦しむ肉体的存在だ」ということになります。肉体を人間であると考える立場です。

⑤総裁先生の御表現は、明確です。ブログの原文を拝読いただきたいと思います。すなわち、自分という肉体人間は不完全で欠陥だらけだという「迷い」が多くの人間にあるために、何らかの知識や技術等を得て、自分自身の存在を補う必要があると考えて、外から「善悪を知る木の実」を食べたい、などの欲求が起こってくるのである、と生長の家では考える、と御教示しておられます。

⑥実相人間は、「霊によって生まれ霊によって支えられている無限の生命である」という自覚の代わりに、自分はアダムの肋骨すなわち物質によって造られたものだという自覚が反映して生まれた人間である。すなわち、有限な不完全な肉体人間の自覚です。

⑦従いまして、自己自身をそのままで完全な人間だという自覚をもたないで、自分は何か他物によって補われなければ完全になれないものだと思っているのです。肉体を見ると、当然、そのように思ってしまいます。

⑧だからこそ、肉体人間は、他の何ものかによって補われる必要があるという迷い、が生じます。「迷い」を「渇欲(まよい)」と御表現しておられます。

⑨この渇欲(まよい)があるために、その渇欲(まよい)を充たすために、「知恵の木の実を食べてはどうか」と誘惑すべく蛇によって差し出されたのが、この知恵の果実である、と説かれております。この原文は(『生命の實相』頭注版第11巻、p.72)です。
(『生命の實相』頭注版第11巻の3~119頁は、第一章「生長の家」より観たる『創世記』という御文章があります。
 御文章の出だしの所に、次のような内容が説かれております。あらゆる宗教的教典は、それが真に生命のあるものである限り、必ず霊感によって書かれたものです。ただ、霊感のみこれを解釈することができます。どのような博学者でも、ただ語義のみを知って霊感がないものは、真には教典の生命を捉えることはできません。生長の家は霊感によって、仏教と言わず、キリスト教と言わず、日本神典といわず、あらゆる尊い教典の真髄に透徹して、これ拝むのです、と。総裁先生によって、新たに説かれるみ教えを心して学ばせていただきたいと存じます。今日はここまでにさせていただきます。

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平成26年2月13日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ④」

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光明越後人の詩::千巻の 読経に雪も 融けてゆく
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唐松模様「『大自然讃歌』解説(3)」(2014/2/6)に学ばせていただきたいと思います。つづきです。

  一つの解釈、考え方を論考しておられます。
①菌類や動植物の世界では、それぞれの生物の行動原理やパターンはすべてDNAの組み合わせで、遺伝子の形で定められているから、何が善であり、何が悪であるかは問題になりません。

②例えば、発情期にある飼いネコが、飼い主の知らないうちに妊娠しても、それは“自然の行為”と見なされ、善悪は問題になりません。

③しかし、人間の男女の場合、配偶者がいる中で、発情しているという理由だけで性行為をして妊娠にいたれば普通、善悪の問題が生じます。

④その理由は、人間は一般に肉体的本能とは別に「理性」というものをもち、その理性が善悪を判断することで本能を制御することが求められているからです。

⑤そしてこの理性は、神から人間に与えられた“賜”だと考えられてきました。

⑥ところが、人間は判断に際し、この理性が必ずしも常には働きません。

⑦その結果、人間の行為には「善」も「悪」も生じることになります。

⑧だから、人間が常に善悪の判断を過たずに下して生きていけば、神のような完璧な生を送れるに違いない--こういう考え方です。
 今日は、ここまでにさせていただきます。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月12日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ③」

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光明越後人の詩::帰宅せば 我は世界の 人となる
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 つぎに神は女イブに言われました。

「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増します。
 あなたは苦しんで子を産みます。
 それでもなお、あなたは夫を慕います。
 彼(夫)はあなたを治めるでありましょう」と。

 更に神は、人(アダム)に言われました。
「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、私が命じた木から取って食べたので、
 地はあなたのためにのろわれます。
 あなたは一生、苦しんで地から食物を取ります。
 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じます。
 あなたは野の草を食べるでありましょう。
 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰るのです。
 あなたは土から取られたのですから。
 あなたは、塵だから、塵に帰るのです」。
 (『創世記』第3章16~19節)

先生の御考察は次のような内容です。
①「人間は自然の中で苦しみながら生き、そして死ぬ」ということです。
②農産物を作ろうとしても雑草が生い茂ります。
③一切れのパンを得るにも、厳しい労働が必要です。
④生き存えてきた肉体も、ついには失い無に帰するのです。
⑤言い換えれば、人間が「自然との大調和を見失う」ということではないでしょうか。
⑥イブとアダムは禁忌を冒してまで、何を求めたのでしょうか?
⑦それは、「神のように善悪を知る者」になりたいと思ったからです。
⑧神からその理由を質されても、このことを正直に答えませんでした。
⑨「ヘビが悪い」とか「女が悪い」と言って、責任を回避しようとしたからです。
⑩このような無責任さと弁解の仕方は、エゴイストに特徴的なものではないでしょうか。

 次に、アダムとイブが楽園から追放された理由を二つにまとめておられます。
①神様のように善悪を知りたいと思ったこと。(深い意味を含んでおりまして、正しい理解が必要であるとしておられます)
②責任を回避しようとしたこと。(比較的、解り易い。これは神性隠蔽です。)

※今日は糸魚川に行って来ました。Mさんという信徒さんの話によりますと、支部長になってから何ごとも順調であり、先日応募した「森の中のオフィス」の童話部門で賞をいただいたそうです。使命感がよき運命を呼び込むようです。また、当地では、Mさんが伸びるように、ご年配の人が大いに盛り上げておられるようです。素晴らしいことです。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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中内 英生拝

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平成26年2月11日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ②」

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平成26年2月11日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ②」
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光明越後人の詩::有り難き 国の初めを 祝うかな  神話によりて 生まれしことを
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「『大自然讃歌』解説(3)」(2014/2/6)に学ばせていただきたいと思います。
 この「祈り」の中で、自己中心的な考え方、または肉体中心主義的な考え方は、「自然との大調和を見失う」と説かれています。
その理由は、エゴイストが社会や他人との関係に於いて、調和できないことは自明でも、自然界との衝突はどうであるか、そうなるのかどうかは明白ではないからです。
 人間界に於いての衝突は、よく分かりますが、自然界との衝突は、きちんと言っておかなければならない、とのことです。
 個人主義が強調される現代に於きましては、特にこの点が不明瞭になってきています。総裁先生は、この点はすでに、旧約聖書の『創世記』の物語の中に書かれているとしておられます。創世記からの御教示であります。

 まず、楽園追放の神話です。神様は、最初の人類であるアダムを創造しました。次に、アダムのあばら骨から女の人を造りました。神様は、二人に言いました。
『エデンの楽園』のどの木からでも、木の実を採って食べてもよい。しかし、”善悪を知る木”の実は採って食べてはいけません』と命じました。
ところが、蛇が現れて言いました。『その木から実を採って食べても死なないし、神様のように善悪を知るかしこい人になれますよ!』と言って、食べることを誘惑しました。
 そこで、まず女イヴが、木の実を採って食べました。次に夫に与えて、食べさせたのでした。
 すると、アダムとイヴは、自分たちが、裸であったことに気がついたのでした。そこで、イチジクの葉で、腰の周りを隠したのでした。
  その後、神様が楽園を訪れました。木の実を食べたのを神様に見つかってはいけないと思って、隠れました。神様は言います。「お前達はどこにいるのか?」と。そして、神様は、二人が言いつけを破ったことを知ります。
  神様が二人に詰問します。それに対して、アダムは理由を述べました。「女イヴが木の実を採って与えたからです」と。自分の責任ではないことを主張しました。女イヴは、言います。「ヘビが私を騙して食べさせたからです」と。二人とも、責任を他に転嫁して、自己の責任を果たそうとしません。
この後、神様が二人に、仰せになりました。この意味・内容を注意深く読んでほしい、とのことであります。今日はここまでにさせていただきます。

 今日は、建国記念の日の式典がありました。参加者一同でお祝い申し挙げました。式典は終始、厳かに執り行われました。感謝合掌。
 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月10日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ」

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平成26年2月10日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(3)”に学ぶ」
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光明越後人の詩::友の声 聞きて心は 歓びの 信じてゆかん 明日の栄えを 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「『大自然讃歌』解説(3)」(2014/2/6)に学ばせていただきたいと思います。
『大自然讃歌』解説 (3)のご解説が始まりました。
「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の第3段落目について説かれております。
そのお言葉は、次のような御文章です。

「その実相を見ず、“個”が実在であり、世界の中心であると見るのは迷妄である、“個人の損得”を中心にすえるとき、人間は自然との大調和を見失うのである。」

  ご解説にありますように、人間は宇宙の中心であるという実相という意味での「中心」ではなく、自己中心的であるという「世界の中心」という意味として使用しておられます。
肉体中心主義です。
 実相とは何か、それは、ここでは、「すべての存在が渾然と調和し、支え合っている」という世界の姿を指す」とあります。
実相金剛身の神示にあるお言葉を思い出します。
人間は、人間として目ざめた頃には、すなわち幼い頃には、肉体の自分を中心として世界を見、世界を考えます。
それはなぜであるかと言いますと、そうしなければ、幼い肉体生命を維持・発達させることができないからです。

 まだ乳飲み子である赤ちゃんが、自己中心的に考えずに、愛他的に考え、かつ母親の都合を考えて泣いたり、泣かなかったりするならば、必要な時に、必要な栄養素を、必要量だけ得ることはできないだろう、と書かれています。

 確かにそのようであります。従いまして、肉体が未発達の段階にある人間が、「個人が実在であり、世界の中心であると見る」のはやむをえません。しかし、成人した人間がこれと同様の価値観をもって、自己中心的に生きるならば、その人はあらゆる場面で、他の人、友人、家族や社会、団体とぶつかり合うことになります。
 こういう人間は、「エゴイスト」とか「自己中心的」と呼ばれて、人から避けられ、さらには嫌われ、まともな恋愛などは出来ないのかも知れません。利己的な人には同波長の法則で利己的な人間が近づいてくるくからです。だからこそ、そのような自己中心的な人間が「社会との調和」を失うことは容易に想像できる、としておられます。
人はやはり、愛他的に、生きることこそ、人間の人間たる所以があると思うのであります。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月09日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ⑤」

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平成26年2月09日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ⑤」
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光明越後人の詩::木枯らしや 家暖かき 子らの声
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唐松模様「『大自然讃歌』解説(2)」(2014/2/3)に学ばせていただきたいと思います。
「分子・原子レベルでの与え合い」について説かれています。この当たりのことは、福岡 伸一教授という生物学者の人の本を読むとよく分かります。青山学院大学の人です。いつのニコニコしている感じの良い教授さんですね。

  第二段落では。
①科学が教える自然と人間との同一性、または近似性について述べられています。

②人間の肉体は原始・分子で構成されており、肉体の営みと活動にともない、それらの原子や分子が肉体の中に入ってくる。そして外へでるということです。生物間で一つの流れができるようです。

③それは新陳代謝というものです。19世紀にこの実験をユダヤ人の生物学者がマウスの実験で行いました。福島教授の著書に書かれていました。

④これらの原子や分子の流れだけを見ていたら、無味乾燥に感じられるかも知れません。流れだけがあるように見えるからです。しかし、「物質の奥に肉体の奥に霊妙極まりなく完全なる存在あり、これこそ神に造られたる儘の完全円満なる人間そのもの」であるということになれば、まったく違ってきます。空無ではなく、実在であるからです。

⑤しかし、体の内外を行き来する原子・分子の流れが、一人の人間だけで生きているのではなく、すべての人間と生物との間で起こっています。

⑥このように複雑で膨大な与え合い、支え合いの仕組みがなぜ出来たのか、という疑問に行き着きます。

 結論は、「神が造ったすべての物をみられたところ、それは、はなはだよかった。夕べとなり、朝となった。第6日である」とのことです。誠にもはなはだ良かったとのことであります。
 
 総裁先生は御教示されます。
神ご自身が「はなはだ良かった」と宣言されたのが大自然なのだから、私たちも自然を愛し、尊重し、その実相をもっと凝視しなければ申し訳が立たないのである、と。
新潟越南の神の子の皆様、大いに、自然の実相を礼拝いたしましょう。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月08日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ④」

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平成26年2月08日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ④」
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光明越後人の詩::安らぎは すべてを赦す 神の愛
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「自然は人間に歓びを与えている」ということの再認識です。

①自然は人間を支え、人間に表現手段を与え、人間に歓びを与えています。

②自然は人間を水や食べ物や酸素などで物質的に支えているだけでなく、精神的、心理的にもしっかりと支えています。(山や花や、川を見るだけで心が安らぎますね)

③植物の緑、空や海の青、水の流れる音、鳥のさえずり、花の香りなどが人間の疲れた心をどれほど癒やしてくれるかは、説明の必要はありません。(教化部の近くには、アロマの施設があり、香りで疲れを取るということのようです。)

④表現手段のことをいうと、すべての芸術表現の道具や材料は、自然界から得られたものか、もしくはその人工的なレプリカです。

⑤絵画や彫刻の材料、工芸品や衣類、建築物、文学や学問を記録する道具であるパビルスや紙、石材、音楽演奏に必要な楽器、など、すべて自然界のものを素材として作っています。

⑥スポーツをする際の、バットやボールやグローブ、スキーボード、金属製品でさえも、もともとは、鉱物として地中に眠っていたものです。

⑦このような無数の表現活動の結果、人間は歓びを感じるのですから、結局は、自然が人間に歓びを与えているのであります。(この論理を決して否定することはできませんね。)

 このことを理解できたならば、または常に感じている人は…、
①自然に対して、自ずと感謝の思いが生まれてくるはずです
②自分を支えてくれる自然を破壊せずに、養い育てることに何の疑問もいだかない筈です。
③さらに自然を養い育てることを義務だと考えるようにさえなります。
④それが自然と人間との本来の姿です。
そこで、結論です。
⑤「両者の間に断絶はなく、両者の間に争いはなく、両者の間には区別さえもないのです」。この御文章がこの段落の結論であります。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。
 今日は、私の誕生日でした。このように生を与えて下さいました両親に心から感謝致します。

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平成26年2月07日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ③」
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光明越後人の詩::雪雲や 越後の春は まだ遠い 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「『大自然讃歌』解説(2)」(2014/2/3)に学ばせていただきたいと思います。
私の郷里は高知県、四万十市ですが、総裁先生の望郷の御文章に共感いたします。私も郷里が大好きです。室生犀星の「故郷は遠きにありて想うもの、そして悲しくうたうもの…」という詩もありますが、故郷こそは原体験の宝庫です。
ここには、杜甫の詩を掲載しておられます。春望です。大好きな詩です。
国破れて山河あり
城春にして草木深し
時に感じては 花にも涙を濺ぎ
別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす
峰火 三月に連なり
家書 萬金に抵る
白頭掻けば 更に短かく
渾べて簪に 勝えざらんと欲す

 この歌は戦にかり出され人の郷里への思いを読んだ詩歌です。高校時代に読みましたが、共感しました。手紙は万金です。いまはメールですがね。

 人間の営みの頂点にある国は破壊されても、(中国は絶えず外敵と戦わなければなりませんでしたから、万里の長城でその歴史が分かります。)今までと変わらない自然がそこにあったことの感動を、杜甫は詩にのこしました。
 人間心理のこういう基本を振り返りますと、否応なく、「自然と人間は一体である」という事実を確認するはずであると結んでおられます。同感に存じます。
私の郷里は、清流四万十川が流れ、忘れ得ぬ故郷です。母親が、亡くなる前に、「お前は絶対に、中村(郷里)を忘れてはいかんぜ!」と強く私に諭してくれたことを忘れることができません。忘れ得ぬ言葉です。私は決して忘れません。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月06日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ②」

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平成26年2月06日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ②」
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光明越後人の詩::リンリンと 自転車の音 学生の 我を追い越し 過ぎ行くぞよし
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第二段落は、「ふるさと」を捨てざるを得なかった人々の思いについて書かれています。
①今回の震災では、地震と津波だけでなく、原子力発電所の破壊にともない、放射能汚染が拡がり、大勢の近隣住民が避難と移住を余儀なくされています。

②「愛する故郷を追い出された」と感じた人々も数多いに違いありません。
③日本の現代史では、このように大勢の人々が、「故郷を追い出される体験」をしたのは、おそらく「大東亜戦争」「関東大震災」の時以来でありましょう。
④中国では、悪名高い文化大革命の時に、大勢の国民が、紅衛兵やその背後にある政治権力によって、都会から農村へ強制的に移住させられました。
⑤一人の人間にとって、最も不合理・不条理に感じられることの一つは、自分が生まれ育った土地や、町から、自分の意思によらずに引き離されることです。
⑥もちろん、自分の意志で故郷を離れる人々はありますが、その場合のほとんどは、いずれは、「故郷へ錦を飾る」という希望をいただいています。
⑦「故郷を捨てる」という意識をもって離れる人々は例外的だと思います。

【その理由は?】
「故郷こそが、幼い頃の自分の生存の基盤であり、この世で生きる一個の人間の自己同一性の根拠であるからです。」

次に、故郷に関しての詩文が掲載されています。
①兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川…」」  これは唱歌ですね。
②ふるさとの山に向かひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」啄木ですね。
③Oh, Give me a home where the buffalow roam, Where the deer and antelope play…」
この文章はどなたでしょうか。分かりません。
このように、人間は、洋の東西を問わず、故郷の自然と人間関係を心の基盤として人生を送る、としておられます。誠にもそのようでありましょう。それは、捨てるためでななくいずれ、「もどってきて安らぐ」ためであるとのことです。その思いは誰でもあるようです。
  村八分にされて、或いは犯罪人扱いをされて故郷から追い出された人でさえも、いずれ「もどってきて見返してやる」と考える場合が多いでしょう。しかし、見返すためには、故郷とそこの人々は存在し続けなければならい。生存中にもどることができないのでは、故郷が失われたのに等しいのです。これほど、人の心に不条理な感覚を起こさせるものはない、と総裁先生はお感じになっておられます。
 福島の私の義母がこのような状態であります故に、総裁先生の御心をお伝えさせていただきたいと存じます。
  今日はここまでにさせていただきます。

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平成26年2月05日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(2)”に学ぶ」

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光明越後人の詩::雪解けに つららの先に 滴滴と 
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唐松模様「”『大自然讃歌』解説(2)」(2014/2/3)に学ばせていただきたいと思います。
第一段落は、多くの人々が内部から湧き上がる切実な疑問に答えようとされた「自然と人間の大調和を観ずる祈り」についてであります。

①なぜ地震が起こるのか?
②なぜ津波を人間は防げないのか?
③なぜこんな事態になったのか?
④自然は人間の敵なのか、味方なのか?

 以上の疑問です。
2011年3月17日にお書きになっておられます。東日本大震災が日本を襲った日の6日目です。
①この大震災では、多くの人命が失われました。

②多くの人々は、自然界に潜む破壊力の大きさに圧倒され、個人の力のみならず、多くの個人が参加して長年築き上げてきた社会、経済、政治などの文明そのものが、自然界のひと揺れによって無残に崩れていく様子を目撃し、あるいは体験しました。

③そして多くの人々の心の底に疑問が湧いてきたのでした。

 その頃のテレビではなぜ、そのような事が起こるのかを科学的に説明したり、災害の中でも助け合う人々の姿や、ボランテイアの姿などが次々に、映されています。余りにも大変な状態になりました。また、福島原発は、宮城などの津波などとは違い、放射能汚染という未だかつて無い災害を経験することになりました。いまだに、郷里に帰ることができない人々が大勢おられます。その中で、原発再開という言葉を聴く度に、なぜ同胞があれほどの苦しい思いをした原発であるのに、「どうしてなのか」という矛盾を感じます。
今日はここまでにさせていただきます。

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平成26年2月04日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(1)”に学ぶ③」

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光明越後人の詩::天楽の 音聞こゆなり 我が内に
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唐松模様「”『大自然讃歌』解説(1)」(2014/2/01)に学ばせていただきたいと思います。
「天楽のハーモニーの喩え」「全体と部分は調和か対立か?」という命題です。

 優れた音楽を前にすると矛盾する心は解消され、調和だけが残るようです。
①和音とそれを構成する一音一音の関係は、どちらが先か、どちらが後というものではありません。
②和音は一音のためにあり、一音は和音のためにあります。
③バイオリンの響きは、ピアノの音よりも優れているかそうでないか、などの疑問は起こりません。
④両者はともに演奏全体を構成する部分であり、ともに不可欠です。
⑤全体は部分のためにあり、部分は全体のためであります。
⑥それを理論や理屈で説明する必要はなく、聴いただけで納得し、疑問の余地はなく感動します。
⑦それが芸術というものの力です。
⑧このような全体と部分との複雑で微妙な一体性の理解が、音楽の領域を超えて、すべての生物と事象と存在を覆い包む悟りに至る時、これを得た感動はきっと天楽のハーモニーに喩えることができるでしょう。

 素晴らしい御文章です。どうぞ、原文で拝読してください。
谷口雅春先生が、お悟りを開かれた時に、朝讃歌など、さまざまな詩を書いておられますが、それは、自然界、実相世界の天楽のハーモニーをお聞きになられたのだと思います。

 結論として、次のような内容のお言葉があります。

「大自然讃歌」は、その目的に向かって。
①自然界とそれを構成する生物や鉱物と、それらの背後にある法則などを言葉によって紡ぎだし、
②配列させ、
③あるべき角度を与えて、「大調和の感得」へと導き出そうとしています。

 素晴らしいことであります。私は毎朝、『甘露の法雨』、『天使の言葉』、『続々甘露の法雨』、『大自然讃歌』、『観世音菩薩讃歌』を順番に、御仏前で拝読させていただいておりますが、誠にも有り難き極みであります。感謝合掌。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月03日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(1)”に学ぶ②」

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光明越後人の詩::炬燵にて 指折り数う 雪解け日 
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 「円満具足」の意味を書いておられます。
①一般的には、「角がなく穏やかなこと」「感情が激しくないこと」です。
②仏教的な意味では、「十分に満ち足りること」です。
③「欠点や不足がないこと」です。
④英語では、さしずめ「パーフェクトな状態」です。
⑤「具足」も「具え足りている」状態ですので、何かが欠けていたり不足していないことを意味します。「円満」と酷似しています。
⑥両者を合わせると「完全で、完璧であること」です。
⑦この自然界に対する評価の仕方は、『創世記』の第一章で神が天地創造の後に宣言された「はなはだ良い」という評価とも一致します。
⑧『大自然讃歌』の扉を飾る言葉として、「神の創造された実相世界は完全円満である」という生長の家の教義を、「天使の言葉」の詩文を生かして、別の言葉で御表現されたとのことであります。誠にも素晴らしいことであります。

  詩文が書かれております。『天使の言葉』は私は、ほぼ毎晩拝読しており、この御文章の美しさはたとえようがないと思います。父親が、「ゴンドラ船の云々…」の名文をいつも感動を持って讃嘆しておりました。そのことを思い出しました。父親は中学校では、国語の教師をしていました。いつも辞典を引くのが、国語に関しての父親の基本姿勢でした。

…かく天使語り給うとき、虚空には微妙の天楽の声聞こえ はなびらは何処ともなく雨ふりて、天の使の説き給える真理をば さながら称うるものの如くなりき。…

 天楽とは天から聞こえて来る音楽のことです。しかし、これは比喩として考えることもできるとのことです。
 そういう意味で捉えますと、「みみょう」の意味の二番目にあるような、仏法とそれを悟る智慧の深さに触れた時の魂の歓びの響きであるとも解釈できるとしておられます。
総裁先生は、「それを音楽に喩えられている点が重要」であると考えておられます。理由は次のようです。

①自然界では、鉱物や生物や数々の法則など、無数の存在が観察されます。
②それらが全体として構成する無数の部分が互いに調和して心地良く感じられます。
③そのような全体と部分との不可分・不可欠な大調和を表すものとして、音楽はとても解り易い、とのことであります。

 音楽! この喩え、実に素晴らしいです。しかも、実相世界から聞こえて来る、波動が波打って届いてくるところの、「大自然界の大オーケストラ」でありましょう。自然界を見て、感じ、音楽にする作曲家にはそれが聞こえるのでしょうね。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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中内 英生拝

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平成26年2月02日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(1)”に学ぶ」

【”手紙月への挑戦”に参加しました】

平成26年2月02日「唐松模様”『大自然讃歌』解説(1)”に学ぶ」
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光明越後人の詩::大自然 円満具足 完成品 万物包容 共に生きるを 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「”『大自然讃歌』解説(1)」(2014/2/01)に学ばせていただきたいと思います。

『大自然讃歌』の冒頭には、「円満具足微妙」の御揮毫が書かれておりますが、これは、谷口雅春先生の聖経『天使の言葉』の詩文の終わりに近い部分に書かれた御文章に呼応するものであると書かれております。

「円満具足清浄微妙の世界、これ実相世界、これ汝らの世界  そのほかに世界あることなし。」

実に美しい御文章です。神様の創造である実相世界を表現する言葉に、一定の形はない、と教示されております。理由は、実相は言葉による表現を超えているからです。無限の数の言葉を使っても表現しきらないのが神の国の実相です。
しかし、その反面、釈迦が蓮の花を手に持って眼を瞬かせただけでも、カショウ尊者がその意味を会得して破顔微小したように、実相を観ずることができる者にとっては、言葉によらずともそれを指し示すことができるとしておられます。しかし、問題は受け手側でして、ある程度の素養がなければ間違った理解が生じる可能性は十分あるとのことです。

 私は、高校時代に書道の時間に、秘伝を継承しているという高校教師に学びました。彼M先生は、当時数十万円で秘伝を教えてもらったのだそうです。「これからそれを見せる」、と言って、いつもですが、筆に水を付けて、黒板にサッと字を書かれました。あっという間のできごとでした。M先生は、「皆さん、分かりましたか」と言われました。生徒は理解できませんでした。M先生曰く「ある程度の書道の力がないと見せても分からないのですよ」と。それで、
 私は、生長の家のみ教えもある程度の人生経験や真理の学習がないと最高の真理の理解は難しいのであることを知りました。M先生は、とても素晴らしい書家であったと記憶しております。

  次の段落には、「微妙」の意味についてのご考察が書かれております。確かに、「微妙」という字は、生長の家では「みみょう」と読みます。それは若者の間では、「ビミョー」と発音されることがありますが、否定的ニュアンスです。そのことをお説きになっておられます。
①伝統的な意味での「ミミョウ」はどんな場合にも、賞賛を意味しています。
②全面的な行程を意味していると考えられます。
③大自然を前にして、「円満具足微妙」の言葉を献げられたということです。
④「清浄」という二文字が抜けているのは、揮毫するスペースとの関係上、やむを得ずに、省略されたそうです。
今日はここまでにさせて頂きます。

※総裁先生の唐松模様(2014/02/01)にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の内容です。
 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年2月01日「唐松模様”脱原発の意思を明確に”に学ぶ」

【”手紙月への挑戦”に参加しました】

平成26年2月01日「唐松模様”脱原発の意思を明確に”に学ぶ」
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光明越後人の詩::建国の いにしえ祝い 感謝せり 遠き昔に 我も生きたり 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「”脱原発”の意思を明確に」(2)(2014/1/30)に学ばせていただきたいと思います。
  都知事選挙に関してのメールに対してのご教示です。まず、今回の選挙の前提
考え方の道筋を明示しておられます。
①今回の選挙で信頼できる政治家はいません。
②しかし、「脱原発」は必要です。
③誰が、それを政策としているか?
④誰への投票が、自分の意思表示を最も効果的に政治に反映しそうか。?
(①と②が前提であり、③と④の筋道をたどると、選択肢は一つしかないと思うとご教示されております。)

  細川氏、桝添氏、宇都宮氏、小泉氏などの状況と分析を行っておられます。五輪と脱原発の政治的解釈が掲載されています。
「政治の世界というのは、権謀術数は当たり前だ」とも書かれています。新聞は、票の動向について日々、伝えています。越南は東京都ではないのですが、ブログの御文章を拝読して、東京都民の皆様は投票をしていただきたいと存じます。
今日はここまでにさせていただきます。

※総裁先生の唐松模様(2014/02/01)にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の内容です。
 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年1月31日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ④」

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平成26年1月31日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ④」
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光明越後人の詩::しんしんと 雪は降りける 屋根や木に
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「森の祭壇」(2)(2014/1/27)に学ばせていただきたいと思います。
【森の祭壇の前で、『大自然讃歌』を朗読する目的は、「自然即我」「我即自然」の実感を深めることです。】
 これが結論です。森を通して、祠を通して、地球全体の大自然とその創造主を礼拝し、賛美する。何と素晴らしい行事でありましょうか。では、順を追って論旨の展開を学んで参りたいと存じます。

①できるだけ、素朴な素材を使って、小さな祠を作りました。
②その前で「大自然」を観じるという方法を考案しました。(朗読するということを通して、あくまでも、大自然を観じる、ということのようです。)
③小さなものの前で、大きなものを観じられない、ということはありません。
④人間の創造力は偉大であり、部分を通して全体を観じることができ、日常的に行っています。
⑤理性による反省を経ずに行われている場合が多いので、問題が生じることがあります。

【ポイントです。】
①森の中の一画に簡単な祠を建てます。
②その前で手を合わせます。
③周囲の森の空気、木々の間を抜ける風の音、鳥たちのさえずる声、虫の羽音、花や木の香り、これらを直に五感に感じます。
④初めは、それらが周囲にバラバラに分散して感じます。
⑤いったん祠に注目し、意識を集中します。
⑥祠が、自分の周囲に拡がる大自然のミニチュア化された象徴だと観じるに至ります。

【実感を得るに至る】
①『大自然讃歌』を開きます。
②詩文を朗読します。
③讃歌の御文章に書かれた、大自然界の様々な様相や変化が、一段とリアリテイーをもって心の中に感じられます。
④この状況での朗読の目的は、「自然即我」、「我即自然」の実感を深めるためです。 
だいたい、このような内容でありましょうか。最後に、『大自然讃歌』のご解説の予告が書かれてあります。誠にも有り難き極みであります。個人的にも、待望しておりましたご解説であります。

 総裁先生の唐松模様(2014/02/01)にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の内容です。
 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年1月30日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ③」

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平成26年1月30日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ③」
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光明越後人の詩::しんしんと 音にも聞こゆ 無音かな
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「森の祭壇」(2)(2014/1/27)に学ばせていただきたいと思います。
【ご神体は大自然のアイコン】
第3段落には、その意味を書いておられます。こういう発想は、私は初めてです。パソコンの「アイコン」、なるほど!です。しかし、そのアイコンあるが故に、全相を見失うということのようです。内容を学ばせていただきます。

 神道では、樹齢数百年もたつ巨木、巨岩、大滝、山などの自然物を「ご神体」として礼拝することも珍しくないようです。
 総裁先生は、「これらのご神体は、大自然のアイコンようなもの」と理解しておられます。
 ご神体そのものが「礼拝の対象」ではなく、その背後にある眼には見えない偉大な力を、人間が視覚的にとられるための、ミニチュア化された象徴であると考えておられます。
あとは、論理の展開を追って参ります。
①ご神体となる巨木や巨岩を、「ミニチュア」と呼ぶのは、奇妙に聞こえるかも知れません。
②大自然そのものと比べると、一本の木や一個の岩や滝や山も、ミニチュアのように小さいから、やはり「ミニチュア」です。
③大自然に意識の焦点を合わせ、大自然の創造主である宇宙本源神を心に思う際に、巨木、巨岩、滝、山などをご神体として拝むことに反対はしません。
④しかし、人間は視覚情報に支配されやすいのです。
⑤巨木や巨岩、巨大な瀑布や崇高な山を目の前にすると、心が圧倒されます。 
⑦巨木や巨岩などが、ミニチュアであることを忘れがちです。
⑧特定の巨木、特定の巨岩、特定の滝、特定の山を礼拝の対象とする傾向が生じます。
(私たちは、祈りの前に、「実相額を通して、宇宙の大生命に礼拝致します!」という言葉の後で、実相礼拝をしていますが、そのまま「実相礼拝!」といって、礼拝をすると、実相額を礼拝しているように誤解する危険性があるのと同様でありましょう。)
⑨祭壇に、(何か形あるものを設置すると、)その存在感によって、大自然やその創造主の全相がかえって制限されてしまいます。つまり、人間の側が、その外観に縛られて神の全相を観じにくくなる、とのことです。
(この考え方は原理主義にも通じるところがあり、偉大なる人物や著作がかつて出現いたしますと、偉大なる人物が指し示した世界の偉大さを忘れて、その人物や著作以外にはあり得ないと考えたくなるようなものではないでしょうか。
今日はここまでにさせていただきます。

 総裁先生の唐松模様にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の内容です。
 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

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平成26年1月29日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ②」

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平成26年1月29日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ②」
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光明越後人の詩::休日や 時間ゆるりと めぐるなり 
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唐松模様「森の祭壇」(2)(2014/1/27)に学ばせていただきたいと思います。
【ミニチュア化・象徴化の事例】
色々と喩えが示されています。

①描かれた無数の富士山の絵は、富士の山の全容や全相は描かれていません。
②象徴化された一面があります。
③特徴的な部分を描くことで、全体を示す方法です。
④以下、色々と考えられます。

川に棲む魚を描く →  川を示します。
特徴的な木 → 森を示します。(高速道路を走っていると、標識に狐や熊の絵が描かれていますが、見えないけれども棲息しており、高速道をに出てくる可能性があるということでしょう。しかし、実は逆でして、動物の生息地に高速道路を作ったようです。)
地球儀 → 地球を表現します。
街に特徴的な樹木 → 街を表します。(長岡は何でしょうか?。ここの特徴は、春はともかく街中、チューリップが多いですね。眼の錯覚だと思いますが、ここにきて驚いたことは、月や太陽が大きく見えることです。)
特徴的な塔や時計台 → 駅を表す。(札幌の時計台は、札幌農学校を示しますね。)
特産物によって  → その地域を表す。(新潟では、笹団子、ルレクチェという洋梨、車麩、日本一の米などで新潟を表現できそうですね。)
国旗により → 国を示す。

 これが現在までの象徴化の実例です。もう一つコンピュータのアイコンもその内に入ると書かれています。
プログラムを図案化・視覚化する。そこをクリックすると、起動するというやり方がミミチュア化、象徴化にあたるとしておられます。
 そういう視点で考えた時、祠および神札「天之御中主神」の意味が理解出来そうです。その背後に、大自然が横たわっているということです。山そのものをご神体として、その麓に神社ができ、神札が発行される。これは今までの神道の中で普通にあったことでしょう。しかし、今回の自然界全体のシンボルとするというご発想は、おそらく、史上初めてのものではなかろうか、と拝察申し上げます。

 総裁先生の唐松模様にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の内容です。
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平成26年1月28日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ」

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平成26年1月28日「唐松模様”森の祭壇(2)”に学ぶ」
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光明越後人の詩::身を守る 冬の鎧の 炬燵かな
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「森の祭壇」(2)(2014/1/27)に学ばせていただきたいと思います。
ーー「森の祭壇」の前での『大自然讃歌』読誦、その意味は何か?ーー

【定義】…森の祭壇は、大自然を創造された宇宙の本源神と私たちとの接点である。

【前提として…】
「情報収集の器官である五感感覚では大自然の全貌を、いっぺんにとらえることはできません。」
①人間の心は、五感感覚器官から伝わる情報に左右されます。
②その中でも視覚情報が極めて大きいのです。
③脳の構造から類推すると、視覚からの情報処理に脳の主要部分が遣われていることから判断できます。

【しかし…】
①大自然は、その全容や全相を、人間個人の視覚でとらえることはできません。
(大人物の人格も大きすぎて、捉えることができません。物事を常に多面的に考える傾向の人は、自由に発想しますので、アイデアが豊富です。)
②対象が大きすぎて、全容や全相が捉えられないものは、他にも数多くあります。
③例えば、山、川、森、地球、街、駅、地域、国などです。

【ミニチュア化、象徴化】
全貌を捉えることができないとき、人間は、ミニチュア化や象徴化を行って、全貌を一括して捉えようとします。
(日本の国旗、生長の家のマーク、国際平和信仰運動のマーク、霊牌、記念碑、銅像、模型、地球儀、色々と考えられますね。)

  このように考えてみると、森の祭壇の宗教的意味が少しばかり理解できるように思います。今日の学習はここまでです。

 総裁先生の唐松模様にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の内容です。
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平成26年1月27日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ⑤」

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平成26年1月27日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ⑤」
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光明越後人の詩::如月や 越後の山野 雪積もる 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「森の祭壇」(2014/1/24)に学ばせていただきたいと思います。今回が、結論です。
【祠の中のお札】
祠の中にはお札を収められたようです。
①生長の家で信仰するのは唯一絶対神です。
②それゆえに、神道的表現としての、「天之御中主神」とお札にお書きになっています。

「その理由をお書きになっています。」
①神札には、通常はお札を授与する神社や神宮の名前を書きます。
②宇宙の本源神のお宮は、大自然そのものです。(このご発想はすごいです。)
③大自然界を特定の人造の社に修めるには無理があります。
(当然、無理です。従って、象徴という考え方が成立します。)
④長崎龍宮住吉本宮や宇治宝蔵神社とも性格が異なります。
⑤それ故に、宇宙本源神をそのままお書きになりました。
すなわち、「天之御中主神」です。

【意味】
①小さな祠の中に宇宙本源神が収まっているというのではありません。
②この祠を接点として、人間が大自然との交流を図る契機にするためです。
(これは霊牌のような意味があるのかもしれません。接点という文言が、心に響きます。)
③接点は、「点」であるから、小さくても良いのです。
④点ではなく、面であったり、立体であったりすると、その存在感によって、大自然や創造主の全相がかえって制限されてしまいます。
  (このような考え方もあるのですね。)
⑤人間の側が、その外観に縛られて神の全相を観じにくくなるようです。そのリスク回避の為の「点」です。

 大体、このような意味でしょうか。すごい緻密な論考で、祠などの形を形成しておられることが分かります。

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平成26年1月26日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ④」

Img750 【”手紙月への挑戦”に参加しました】

平成26年1月26日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ④」
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光明越後人の詩::仰ぎ見る 雪の降る空 不思議かな 
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「森の祭壇」(2014/1/24)に学ばせていただきたいと思います。
写真がアップされております。
【目的】確認ですが、森の祭壇は、「森のオフィスの敷地内で『大自然讃歌』を読誦するため」です。新潟越南で云えば、釜沢に作ることもふと思い浮かびました。基本は次のような考え方でした。詳しく書かれております。何か一つのものを作るにしてもこれくらい考えなければ新しいものは生み出せないのでしょうね。

①人工のものをできるだけ排除しました。
②人間が造作したものは、祠だけとしました。
③それ以外の石や岩は、その場所にもともとあったものを基礎しました。
④周囲の石や岩を移動させて、壇状に並べただけです。
⑤周辺には普段は水はありませんが、大雨が降ると小川が現れます。
⑥この川底には、大小さまざまな石が転がっています。
⑦その石は、角が取れていたり、尖っていたりましす。(いわゆる)山の石ですね。
⑧それを整理して脇へ置くと、比較的平らな川原になります。
⑨その川原には、ある程度の人間が立って儀式をすることができます。
⑩(予測として)祭壇の位置は、川原より一段高くなっているので、大雨で出現する川に飲み込まれることはないでしょう。

 これだけのことを考えられて、作られて、読誦に至ったとのことです。最大限に自然と人間との大調和の考え方の基本を御守りになっておられることが理解できます。

  もしも、大きな木々が生えているような庭がご自分の邸内にある人がいたとすると、このような考え方をもとにして『大自然讃歌』を日々拝読することもまた、素晴らしいことではないでしょうか。

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平成26年1月25日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ③」

Img747 【”手紙月への挑戦”に参加しました】

平成26年1月25日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ③」
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光明越後人の詩::森の熊 鹿も遊ぶか 祭の日   
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唐松模様「森の祭壇」(2014/1/24)に学ばせていただきたいと思います。
考え方が提示されております。「木製の祠を設けるのであれば、それは日本の伝統的形式であるから、その他の要素も同じ伝統に従うという方向である」と。これは、自然の流れ、または当然の帰結でありましょう。
「最も無理の無い選択」ということのようです。この考え方は、色々な所に採用できそうです。
①森の中のオフィスは私たち世界的運動の国際本部です。
②国際本部は日本国土内に位置しています。
③そこで働く役職員は、日本人です。
 ・上記を踏まえての選択であるようです。
 
【強調したいこと】
強調しておられることは以下のことです。
①日本の形式は、世界の宗教と異質である、という意味ではありません。
②海外で同じことをする場合にも、日本方式で行うという意味ではありません。
・これは当然、そうなるでしょうね。米国での神想観の仕方や、生長の家のマークなども、国際平和信仰運動の鳩のマークに替わっていますね。
 この御文章の中で、「生長の家の儀式についての基本的考え方」という文言が出されていますので、勉強していただきたいと思います。み教えの心的部分と形式的部分、という考え方です。心的部分すなわち、唯一絶対の神への信仰、愛、感謝などを伝えるうえで、変更不可能であるが、形式的部分は変更可能であるとする考え方です。国際平和信仰運動の要諦です。

 ※総裁先生の唐松模様にて、待望の『大自然讃歌』ご解説が始まりました。新潟越南信徒の皆様の超必読の御文章です。

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平成26年1月24日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ②」

Img746

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光明越後人の詩::雪のなき 越後の街で 散歩かな   
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 宗教儀式には中心となるべき場所や対象が必要であるとしております。明確な論理です。
例えば…。
【日本の場合、山や森などの日本の自然の中では】
①小さな石製や木製の祠
②注連縄を張った大木や大岩
(なるほど、そういう風景が一般的ですね。これは、宗教儀式の中心となる対象でありましょう。)
【仏教の場合】
①石の地蔵さん
②観音像
③石碑
(となるようです。)

【心の焦点を合わせる対象を大規模にする場合は?】
①自然のイメージから遠ざかります。
②自然破壊に通じる可能性も考えられます。

【結論】
できるだけ小規模で目立たない木の祠を作ることにしました。
(このような意味の祠を作ることもできるのですね。心を集中するポイントという意味
があります。)

次の課題もクリアーされたそうです。
①小さな祠をどのように設けるか?
②祭壇をどうすべきか?
この二つです。

それから…。
①日本古来の神道に於ける「神棚」
②仏教に於ける「仏壇」
③キリスト教に於ける「聖卓(hory  table)」に該当するもの
これを祠の前に設けるか、設けないか。

さらに…。
宗教的シンボルに該当するものをどうするか?
①神道に於ける神体や依代
②仏教に於ける「仏像」や「仏画」
③キリスト教に於ける「十字架」

 上記の方向性は比較的簡単に決まったようです。内容は次にゆずります。拝読してみると実に緻密に考えて進めておられることが分かります。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。
※小職のフェイスブックは、「中内 英生」で出しています。
中内 英生拝

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平成26年1月23日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ」

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平成26年1月23日「唐松模様”森の祭壇”に学ぶ」
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
唐松模様「森の祭壇」(2014/1/24)に学ばせていただきたいと思います。
第一段落は、新しく始まった行事について書かれております。自然界でのこの行事は、「自然即我」「我即自然」の自覚を深めるためであるとのことです。
  森の中へ移転した役職員が集まって、敷地内の森で、『大自然讃歌』を読誦することについてです。趣旨などのご説明が書かれています。

①この行事の開催は、昨年11月の常任理事会で決定されました。
②目的は、「豊かな自然に恵まれたオフィスの屋外において風や水の音、寒暖、木々の彩り、鳥や虫の鳴き声などに直接触れながら、”神・自然・人間の大調和”を祈るためです。
③オフィス内の「世界平和誓願の間」では、すでに業務開始以来、本部講師または本部講師補が毎日交代で讃歌読誦をしていました。
④この祈りと読誦を、この度は役職員全体に広げました。
⑤自然との直接的な触れ合いの中で”自然即我””我即自然”の自覚を深めようとすることが目的です。
⑥毎月1回ですので、今回は二回目となります。

 素晴らしい行事であります。少し、寒いようですが、それなりの防寒着を着用すれば読誦可能であると考えられます。
 
  森の中での聖経読誦にはいくつかの工夫が必要だったそうです。問題点が書かれています。
①森の中に儀式をする場所を特別設けるべきかどうか。
②屋外の儀式の場所としては、敷地北側にすでに、「万教包容の広場」が設けられているからです。
③お社や祠を設置する場合は、その周囲の木々を切り倒すことが考えられます。→自然の森というイメージが損なわれます。
④お社が必要ならば、メデイアセンターの敷地内には、東京・赤坂から移設した末一稲荷がすでに存在しています。
⑤しかし、「万教包容の広場」と「末一稲荷神社」もそこで行われる儀式の目的は特化されています。(いずれも、自然と人間の一体感を深めるためではないのです。)

【したがって。】
 できるだけ自然の雰囲気を壊さず、それでいて、ある程度の数の人間が集まって儀式をする際に、心の焦点を合わせられる対象を設けることを考えたとのことです。
さて、どのような形になったのでしょうか。
今日はここまでにさせていただきます。

 生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。
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中内 英生拝

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