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平成28年6月08日「”唐松模様”(6/1)”に、学ぶ」

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平成28年6月08日「”唐松模様”(6/1)”に、学ぶ」

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【6月12日(日)山形教区講習会の大盛会を祈念いたします。】

※『日本会議の研究』864円(税込み:菅野完著)を読みましょう。生長の家長岡教化部で購入できます。

新潟越南教区の信徒の皆様、熊本地震についての緊急支援の募金が開始されました。信徒の皆様は、お祈りと共によろしくご協力をお願い致します。
   http://www.jp.seicho-no-ie.org/news/sni_news_20160420.html

光明越後人の詩::走り梅雨 自転車よりも 早いかな?   

(生長の家長岡教化部HP   http://etunan.net/

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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
  http://masanobutaniguchi.com/
 また、総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家総裁」です。英語版は、「  Seicho-No-Ie President」です。
【白鳩会総裁先生のブログ「恵味な日々」を拝読しましょう】                
 http://junkotaniguchi.cocolog-nifty.com/blog/
 また、白鳩会総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家白鳩会総裁」です。
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※新潟越南教区の伝道情報「光明越後人がゆく」です。
  http://etunan.cocolog-nifty.com/blog/
※本部のポスチングジョイに投稿しましょう。私は、俳句と短歌のコーナーで、光明越後人という名前で投稿しています。
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  新潟越南の神の子の皆様、有り難うございます。
 総裁先生の「唐松模様」2016年6月1日(水)の御教示「『日本会議の研究』について」を学ばせていただきます。
                 
【御教示】
 ところが、この決定を好ましく思わない人、納得しない人、さらには反対する人も教団内には少なからずいた。それらの人々の中には、自らが好む政治活動に注力するために、潔く教団から離れた人もいた。が、その他の多くの人々の中には、表面は本部の方針に従う振りをしながら、陰では従来通りの政治活動をしたり、政治運動との接触を続けていた者もいたのである。教区の講師の代表である教化部長や、本部の理事(現在は参議)の中にも、このようにして本心を隠したり、“二股を掛ける”生き方を続けてきた人がいたことは、誠に残念である。なぜなら、宗教運動とは信仰運動であり、信仰には誠実さが何よりも必要であるのに、これらの人々は、表と裏を使い分ける不誠実な生き方を長年にわたって続けてきたからである。 
(つづく)

【学習】
  驚くべき御文章ですが、おそらくそうだったのでしょう。6行目から、宗教運動の定義が御教示されています。
①宗教運動とは信仰運動である。
②信仰には誠実さが何よりも必要である。
③表と裏を使い分ける不誠実な生き方をしてはいけない。
 この3つでありましょうか。この御言葉に従い、私も微力ながら、今後も誠実な生き方、信仰運動を実践して参りたいと存じます。
(つづく)

【越後伝道記】
  6月9日、木曜休日でしたので、モネ展に行きました。睡蓮が有名ですね。モネは、ジヴェルニーの庭、というのを愛したとのことです。庭、いいですね。絵を見て、これくらいなら描けるかな、などと適当なことを考えながら拝観しました。入館料千五百円でした。私は,「夕刻の睡蓮」を描いた絵が印象にのこりました。印象派ですからね。橋は日本から職人に来てもらい、作ったそうです。「私の庭は、愛情をかけながらゆっくりと作り上げられる一つの作品である」と書かれています。次にパンフレットに書かれている内容の一部を紹介します。

  モネは1883年、パリからおよそ80㌔北西のジヴェルニー村に移り住みました。そして半世紀を過ごします。ここで創作をするかたわら、何と庭作りに熱中します。
モネが庭造りに熱中したように、オーガニック菜園作りに熱中することは、精神衛生上にも良いように思いますね。
 モネが暮らした桃色の家の正面には、宝石のような色とりどりの花が咲く「花の庭」が作られました。モネはこの庭を毎日3時間も散歩し、花の状態をチェックして庭師に指示していたそうです。
 1893年、モネは「花の庭」の向かいに土地を購入しました。エプト川から水を引き大きな池に睡蓮などの水生植物がある「水の庭」を作る大がかりな計画を立てました。しかし、ジヴェルニーの村人達は外来種や新種の植物によって川が汚染されることを嫌いました。この計画には反対でした。結局、友人の仲介のおかげで「水の庭」は完成します。ここにも庭作りにかけるモネの情熱が伺えるとしています。
 モネはこれらの美しい庭をモチーフに、多くの作品を描き、特に代表作となる「睡蓮」の連作は、何と200点以上も制作されたとのことですね。会場にはモネの、ヒゲが生えて、タバコを吸っている写真がありました。
 岡山にある大原美術館の玄関に掲げられている児島虎次郎の絵。児島は、実業家大原孫三郎に頼まれて、ヨーロッパで絵を買いあさりました。有名なエル・グレコの「受胎告知」も児島が購入します。今で言えば何億かの作品でしょうが、児島が電報で大原に、「購入して良いか」と打電すると、すぐに「購入するように」との返信が来ました。大原と児島との友情と信頼関係は極めて強い絆であったようです。その児島が、モネに制作を依頼します。日本の油絵画家育成のためです。モネは児島の熱意に感動して、約1ヶ月後に作品を渡したのでした。児島が収集した油絵が、日本の油絵画の起源になったようです。これらの物語は、私の記憶ですので、不確かなところがあるので、興味がある方は調べてみてください。ともかく感動の友情物語です。

生長の家大神の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢
れんことを祈ります。

 中内 英生拝

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