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平成28年12月25日「『ちょっと私的に考える⑦』に学ぶ。」

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平成28年12月25日「『ちょっと私的に考える⑦』に学ぶ。」

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【1月15  日(日) 沖縄教区講習会の大盛会を祈念いたします。】

【新潟越南教区の講習会9月25日(日)は、822名のご参加でした。ご参加されました皆様、ご協力してくださいました皆様に心より感謝申し上げます。

【お勧めの本】
①『愛国と信仰の構造』
②『「憲法改正」の真実』http://junkotaniguchi.cocolog-nifty.com/blog/
③『 1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』
④誌友会のためのブックレットシリーズ3『”人間・神の子”は立憲主義の基礎』(なぜ安倍政治ではいけないのか?)

光明越後人の詩::ほかほかと 湯気立ち上る 冬の川 

生長の家長岡教化部HP   http://etunan.net/

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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
  http://masanobutaniguchi.com/
 また、総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家総裁」です。英語版は、「  Seicho-No-Ie President」です。
【白鳩会総裁先生のブログ「恵味な日々」を拝読しましょう】                
 http://junkotaniguchi.cocolog-nifty.com/blog/
 また、白鳩会総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家白鳩会総裁」です。
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※新潟越南教区の伝道情報「光明越後人がゆく」です。
  http://etunan.cocolog-nifty.com/blog/

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  新潟越南の菩薩の皆様、有り難うございます。
「ブンチョウ」のところです。227頁1行目~248頁終
 
【御教示】
234頁12行目
 私は最初、これは何かの間違いかと思った。そして、もう一度、その鳥の方に手を伸ばしてみたが、やはり明らかな敵意を見せて、鳥は私に噛みついた。私の中の「親心」はしだいに来て、やがて「怒り」が湧いてきた。それは、「弱い雛の時から毎日餌やりをして、ここまで育ててきた親である人間サマに、いったい何の恨みがあって噛みつくのか。この恩知らずの鳥め!」ーーという思いである。
(中略)
「鳥は人間と同じではない」という単純な事実を、その時忘れてしまっていた。

236頁7行目
私は、「ブンチョウの親」という自分の立場に捕らわれていたから、この鳥を「恩知らずの悪い鳥」と考えていたのだが、鳥の立場から見ると、その同じ”悪い態度”は、子を護る親の英雄的な”善い態度”であったのだ。

239頁2行目
もっと簡単に言えば、手乗りになったブンチョウは、子育てができないか、できたとしても下手なのだ。だからその本では、「鳥が抱卵を始めたら、餌をあげる以外は、できるだけ静かに放っておく」ことを勧めている。

243頁4行目
しかし、「子孫を殖やせない」ということは、生物界一般では失敗以外の何ものでもないだろう。このような失敗の主たる原因は、「手乗り」という行動を生み出したものである。「手乗り」と言えば聞こえがいいが、これはあくまでも人間本位の呼び方である。鳥の立場から考えれば、それは「親を履き違える」という一種の錯誤であり、それも重大な種類の過ちであるから、鳥の他の行動にも深刻な影響を与えるようだ。

【学習】
  手乗り文鳥が手に乗るというのは、本来の性質ではないようですね。自然を人間の力で変えると、それなりの結果が顕れるということでありましょう。肉食であれ、牛や豚は食べられるために生まれて来たのではないのですから、文鳥の子育て不能の状態が顕れたように、観世音菩薩の現れとして、狂牛病や鳥インフルエンザなど色々の疾病が顕れてきて、本来の自然界の実相が顕れる契機となるのかも知れません。

【 『”人間・神の子”は立憲主義の基礎』を読んで答えを探そう!】

設問→聖経『天使の言葉』には、「億兆の御霊も、悉く唯一神霊の反映な」りと説かれていますが、唯一神霊の反映(うつし)とは、人間だけですか?それとも「すべての生命」もその範疇の中に入るのでしょうか?

①人間だけである。
②人間も含めて、人間以外のすべての生命も範疇に入る。
③自然界の生物のみである。

【越後伝道記】
  次の文章は、小学生一泊見真会で、M地方講師(生教会会長)が先導する際に、自作し唱えた言葉です。ご参考までに掲載します。

キャンドルサービスにおける火の神の唱える言葉
(キャンドルサービス開会宣言の後)
キャンドルサービスの意義説明
 キャンドルサービスは儀式ですので、絶対私語は慎み厳粛に行います。もし違反者があると、そのとたん儀式の意味がなくなってしまいます。儀式では、先導者の言葉を、できるだけ理解していく気持で、また、日頃を反省してみたり、これからの「真の人間としての生きざま」を考えてみたりする機会としてほしいと思います。それでは天使入場してください。
(天使入場して、神様のロウソクに点灯した後)
火の神の開会の言葉
 今、天使によって運ばれてきた、この小さな火は、この集いの輪に、ほのかな明るさ与えたことと思います。火は遠い昔から私たちに生きることの喜びや勇気を与えてくれたものです。火は自らを焼きつくしながら光と熱とを私たちに与えてくれます。火は私たちの生命ともいえるものです。このことは、数千年の昔から私たち祖先が火を守って、ある時は獣や外敵から身を守ったり、物をつくることを教えたり、明るくすることを考えたりしてきました。私たちは、光を与える炎のように世界のすべてに明るさと希望を与えることを、共に誓いたいと思います。それでは分火します。
(分火した後)
火の司の終わり言葉
 そのともし火を右手で高く上げてください。「綺麗ですね」ここに集う人たちが、今このような素晴らしい綺麗な輪を作り上げ、友情と団結のちぎりを結んだことを意味していることだと思います。どうかこの輪をいつまでも忘れないでほしいと思います。
 それでは、そのともし火を自分の目の高さにしてください。そして、そのともし火の中に、もう一度小さい時のことを思い出しながら、お父さん、お母さんを思い出してください。この世の中で、一番あなた方のことを心配してくれているのはお父さん、お母さんです。あなた方が小さい時に熱を出して病気になった時、一晩中寝ずに看病してくださったのもお父さん、お母さんです。この熱がなかなか下がらず病院へ連れて行く途中「どうか神様、この子の熱を下げてください」と手を合わせ、祈りつづけたのもお父さん、お母さんです。「旅行に行こう」と思っても、「私は行きたくないよ」と言って、そのお金であなた方の好きな着物や洋服など買ってくださったのもお父さんであり、お母さんです。また、食べたいものがあっても、自分は食べたふりをして、幼いあなたの口に運んでくれました。また、食べ物がのどにつまらないように小さくして、あなたの口に運んでくれたのもお父さんであり、お母さんです。
 こうした言葉でしか親の恩が表現できませんが、こうした両親の愛によって、私たちはすくすくと立派に成長できたのだと思います。どうか、今学んでいることを、これからの生活の中で生かしていってください。
 生長の家大神様から谷口雅春先生が神示を受け、二代目総裁谷口清超先生に受け継がれ、現在は三代目総裁谷口雅宣先生へ法燈が継承されています。初代総裁谷口雅春先生の人類光明化運動発進の宣言を拝読します。
人類光明化運動発進の宣言
 自分はいま生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなったのである。友を助けよ。同士よ吾に投ぜよ。人類は今危機に瀕している。生活苦が色々の形で押し寄せて人類は將に波にさらわれて覆没しようとしている小舟の如き観はないか。自分は幾度も躊躇した。起つことを躊躇した。自分は中心者として増上慢のそしりを受けることを恐れていたのだった。一求道者としていつまでも謙遜でいたかった。併し今は謙遜でありたいと云うことが自分にとっては安易を貪る一つの誘惑と感じられる。自分はこの誘惑に打ち克って人類を救わねばならない。自分の有っている限りの火で人類を救わねばならない。自分の火は小さくとも人類の行くべき道を照らさずにはおかないだろう。この火は天井から天降った生長の火である。火だ!自分に触れよ。自分は必ず触れる者に火を点ずる。生長の火を彼に移す。自分は今覚悟して起ち上がった。見よ!自分の身体が燃え尽くすまで、蝋燭のようにみずからを焼きつつ人類の行くべき道を照射する。 
火の神の閉会の言葉
 キャンドルサービスの間、私たちを見守ってくれた炎は今静かに消えてゆこうとしています。炎は、私たちの胸にいっそう激しく青春の情熱と仲間意識を残してくれたことと思います。青春は、時には、辛くさびしく、また時には悲しく、涙することもあるでしょう。しかし、このキャンドルサービスで得た限りない感動と明るく躍動する仲間たちとの絆を思いおこせば、また明日からの力強い勇気も湧いてくると思います。
 ここにキャンドルサービスを閉じるにあたり、皆様の健康と発展を祈りながら、最後に、皆さんと共に私たちに感動を与えてくれた全てのものに、感謝と敬意の拍手を贈ろうではありませんか。
 それでは、最後に皆様で「神とともに生くる歌」を歌います。

生長の家大神様の無限の愛の祝福が、越後の大自然界の上に、新潟越南教区の信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての新潟県民の皆様の上に、読者の皆様の上に満ち溢れんことを祈ります。

 中内 英生拝

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コメント

キャンドルサービス というのは、 素晴しいですね。 
素晴しい言葉に感動しました。

すずめさん、ありがとう。どうぞ、よいお年を!

投稿: すずめ | 2016年12月28日 (水) 06時42分

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