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2018年7月

平成30年7月27日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月27日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::台風の 近づく予報 テレビより 明日は何とか 帰れるのかな
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に、求道に、伝道に王道はありません。読者の皆様、総裁先生に中心帰一して、ご一緒に菩薩道を歩んで参りましょう。

(つづき)
P135~137
神常に吾に宿り給うと信ぜよ

〈吾が全ての願いは吾が中に宿り給う神が内よりもよおし給う願いである。されば吾が願いは決して成就しない事はないのである。吾は神と一体であるという事を自覚するが故に如何なる願いも必ず成就しないということはないのである。吾は吾が中に宿る神のもよおしに対していと素直にそれに従うのである。神よりの導きは内からも外からも来るであろう。吾に何事でも勧めてくれる人は神が遣わし給いし天の使いである。吾は素直に外の導きにも内の導きにも従うのである。吾はあらゆるものにすなおに喜びをもって従うのである。〉
(『新版 光明法語〈道の巻〉』、43頁)

この文章は今、こうして観世音菩薩の話を聞いていた人が読まれると、「ああ、なるほど、その通りだな」と思われるかもしれません。しかし、文章というのはいろいろな解釈が成り立ちますから、ヒネクレテ読めば、すごく“危ない文章”だと考えられる余地もある。ちょっとやってみますか、そのヒネクレタ解釈を。三行目に書いてあるのはーー

〈吾は吾が中に宿る神よりのもよおしに対していと素直にそれに従うのである。〉

ということです。が、これは誤解する余地がある。例えば、「ああ、講話の途中だけど、ちょっと眠くなったから寝ようよ」とか「おなかがすいたから弁当を食べたいよ」と思った時、それを「吾が中に宿る神よりのもよおし」だと考えたら、これは間違った解釈ですね。宗教の解釈というのは難しいところがあって、「吾が内に宿る神」といっても、それが自分の中の欲望の求めとどこがどう違うのかということは、区別するのがそう簡単ではないし、非常に重要なことです。しかし、それをどう区別するかということは、この文章には少なくとも書いてない。で、それが少し書いてあるところを紹介します。頁数にしますと133頁と134頁のところです。「五月十日の法語」の「人間は神的実現」という文章を拝読すると、きちんと書いてあるのですね。
(つづく)

【学習】
  心の中から湧き起こってくる想念やアイデアが、神から来たものであるのか、それとも潜在意識の中から湧き起こってきたものであるかは、すぐに行動に移さずに、何度か点検する必要があると教えられています。常に、三正行、神想観、聖典等の読誦、愛行、これが、無我の自分、神と一体化した自分、そこからのアイデアが出て参ります。常に、行を積んで参りたいと思います。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
 7月28日は、教修会でした。外国からの講師の皆様も、最近では、拝見するのがなれてきました。金沢なども多いですからね。とても深い内容でした。ムスビのことについての学習でした。ユングもこれから勉強する必要があるようです。みっちりと学びました。
帰りのバスでは雨が降ってきました。ホテルでテレビを見ると、台風の進路がかなり蛇行していることが分かりました。明日、全員が任地の無事帰ることができるように祈ります。

【一人一人を大切に】
  信徒のZ子さんは、仕事はとてもよくできる方でした。そして、信仰的に素直なところがあって、地方講師の受験をしたはどうか、というと素直に受験して合格しました。白鳩会の支部長を薦められたときも素直に引き受けました。そして、徳積を始めました。女の子供さんばかりでしたが、ある時、娘婿さんが、娘さんの実家へ行き、名前も継いでくれるといったそうです。愕きました。そして、無事に、Z子さん宅の跡取りはできまして、Z子さんは、愛行に励んでいると聞いております。情けは他人の為ならず、です。愛行の徳は自分に帰ってきます。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月26日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月26日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::仕事終え 電車に乗りて 森の中 新たな地球 うぶ声あげる
  
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(つづき)
P134~135
観世音菩薩とは“神の子”の別名

それでは、二番目の謎解きに移りましょう。その謎とは、「人間は神の子である」という真理と、「生長の家の本尊は観世音菩薩である」という教えには、どんな関係があるのかということでした。これは、最初の謎が解ければ案外、分かりやすくなったでしょう?私たちの本性は皆「神の子」ですから、虚心になってその声を聴くことができれば、それは“観世音菩薩の教え”として感じられるということです。先ほど、午前中の最初の方の体験談でも話されましたが、我々が誰かと対立関係にあり、「相手と自分は違う」「立場が違う」「利害関係が成立する」というように排除し合っている場合、問題はこじれ続けます。しかし、心が一転して相手の身になって考えたり、別の観点から物事を見るようになると問題は解決に向かう。そして、これまで自分と対立していた相手が、逆に“観世音菩薩の教え”を説いていたと感じるようになる。我々はよく、そういう体験を実人生においてするのです。それは、「人間は神の子である」ということと、これまで申し上げたような複雑な関係において、同じ意味である。“観世音菩薩の教え”とは結局、我々の本性が語る教えであるーー簡単にいうと、そういうことです。
それが、今日の雅春先生のテキストの中にも書いてあるので、次にそれを紹介いたします。この本の「一月二十日の法語」(43頁)というところです。読みます。
(つづく)

【学習】
  人間の本性は神の子である。これが出発地点です。虚心、これはキーワードです。本性の声を虚心になって聞く。これを、観世音菩薩の声として聞くことができるということになります。敵のように見えていた姿を、味方、観世音菩薩の声として見る。自己の本性が語る声であるとしたとき、その相手は味方です。観世音菩薩の姿として拝んだとき、状況が好転する。このようなことは人生に多々あります。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
 7月27日は、午後二時まで仕事をして、4時すぎの新幹線で森の中のオフィスに向かいました。教修会があるからです。新幹線に乗ったとき、隣の席に男性のイギリス人が座りました。英語で話しかけていると、相手は私の英語はよく分からないと思ったのか、日本語で答え始めました。マイ○ル・ガル○レ○スさんというラグビーの人でした。ラグビーツアー招致委員会の方で、現在はイギリスの高校生とお世話係の方、50人ほどが来ていて、各地の高校ラグビー部の人と試合をしているのだそうです。その試合などを設定する仕事だそうです。そして、ジャパンタイムズに日本のラグビーの歴史を書いているそうでして、それをパソコンで見せて戴きました。彼はインドや中近東などへ行き、そこの国の宗教を見ることにより、「どの宗教も基本は同じだと思った」と言っていました。私が生長の家の人間であることを話し、万教帰一の話をしたときに、その点でお互いに同感でした。良かったです。またお会いできることを期待して、握手して別れました。

【一人一人を大切に】
  Sさんという熱心な白鳩さんがおられます。この方の娘さんが子供を妊娠したとき、残念ながら流産されました。Sさんは、流産児供養を娘さんに勧めたのは勿論ですが、娘さんの新たな赤ちゃんのために、さらしに『甘露の法雨』を写経して娘さんにお渡ししました。すると、まもなく妊娠して、珠のような赤ちゃんが生まれました。真理と愛念の功徳です。何か具体的に実現するとき、信仰者は必ずと言って良いほど、何らかの行をおこなっています。一番ポピュラーなのが『日時計日記』の毎日記載です。これも、宗教行の一つであると考えることもできると思います。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月25日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月25日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::トンボ来て カボチャの花に 留まりけり どこかの池に ヤゴ生き延びて 
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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(つづき)
P131~134
仏教では、このような彫像を通して視覚的に、観世音菩薩の救いの働きには多面性と自在性があることを説いてきたのです。また、そのことを言語的に表現すれば、「三十三身に身を変じて衆生を救う」という言い方ができる。これと同じことを別の角度から表現すれば、あらゆる場合に応じて教えを説く存在ということになる。説法をする主体は、本当は我々の内側(心の中)にあるのだけれども、それを外側に“投影”して、「千変万化する仏様」として感じるのです。私たちの潜在意識では、このように内と外とがよく逆転するのです。
そう感じるためには、しかし自分と相手とは基本的に別モノであるという前提ーー科学におけるobserve(観察する)の心境ではできない。そうではなく、相手に対して自分を開く、相手を自分の中に積極的に取り込むーー相手の身になって考え、相手の立場に自分を置かなければならない。そういう「観」の心持ちになり、相手に自己を同一化させ、感情移入したときに“救い”は訪れ、多くの問題は解決されるということです。そういうことを、昔の人はゴチャゴチャ理屈をつけて説くことはしなかったのです。そんなことより特殊な彫像や画像を描き、それと対面し、感情移入することで、外側のものを心の内側に自然に取り込んで直感的に理解し、救いを得たのだろうと私は思うのです。
もう少し後で、同じことを脳科学の側面からやや詳しくお話しします。今私がしたように、観世音菩薩のことを言語で論理的に解説しようとすると、煩雑で分かりにくいかもしれません。しかし、イメージの力は偉大です。人によっては、道端にあるお地蔵さんみたいな観世音菩薩像を見ただけで、こういう複雑な心の動きを直感するのです。そして、信仰心を深めて、救いの契機にしてきたのですね。
ですから生長の家の人たちには、観世音菩薩とは、その姿のとおりにたくさんの顔を持ち、たくさん手が生えている何か怪物みたいな霊人で、それがどこかにいるのだと考えてほしくない。そうではなくて、今申し上げたような一人の人間の複雑な、しかし真実の心の動きを引き出すために、昔から工夫され、使われてきた一種の“本性引き出し装置”なんです。それを彫像や画像に表してみると、そういう不思議な形態になるということです。私は講話の初めに、「観世音菩薩とは何者か?」という問いかけをしましたが、それに今答えるならば、それは私たちの“本当の心”を引き出し、実感するための、伝統的に工夫された信仰の対象であり、またそれを形に表現した彫像、あるいは画像であるということになります。それらを通して私たち人間は、おびただしい数の問題を解決し、宗教的な救いを体験してきたのであります。
(つづく)

【学習】
  多面性と自在性の二面が観世音菩薩にはある。また、観世音菩薩は衆生済度と常時説法の表現として受け取ることができる。これは、感情移入すなわち、離れて観察するのではなく、対称性の原理に従って、一体化して、初めて捉えられる世界です。ここまでご教示が進んできたとき、現総裁先生は、谷口雅春先生の真の御心をお伝えして下さっていることを改めに分かりました。小職がこの御文章に触れるのもおそらく10数回目ですが、ここまできて、ようやくピンきました。私の脳髄は、どうも凡庸愚直であるようです。しかし、継続によって、ある一点まで蓄積したとき、その世界の視界が開けてきます。信仰に王道なし、です。分かったつもりで先に進んでいくよりも、後から出遅れても良い、本当に理解してから次に進むことが自分的には大切です。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月26日には、キャニオンロードを走りました。15㌔㍍までほとんど平坦です。なぜ初心者がここで練習するかというと、自転車専用道路なので、自動車が入ってこないからのようです。少し暑かったですが、医王山よりもはるかに緩やかです。夜は、ラインを使用しての、勉強会がありました。勿論、『宗教はなぜ都会を離れるか?』です。この本は名著であると思います。
  英語をまた始めることにしました。教区に於いては、その地方の方言が、必須習得言語ですが、現代のビジネスマンにとっては、英語はどうやら必須言語であるようです。これもコツコツと、学習とヒヤリングとしゃべることとを繰り返して伸ばしていきたいと思います。継続は力です。

【一人一人を大切に】
  ある信徒様ですが、息子さんがなかなか良い話がなかったそうです。しかし、聖使命会員に入会していました。そうすると、お嫁さんが決まりまして、素晴らしいご結婚ができました。今度は、お孫さんが授かるように、聖使命会員に入れたそうです。神様に献げようと思う時、太陽がただ与えるように、無償の愛を行じ、与えるのみの存在の神様と波長が合うようになると考えられます。日々、ただ与える生活をしたいものです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月24日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月24日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::キャニオンや 走る姿は 颯爽と 暑さ気にせず ひたすらに行く 
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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(つづき)
P129~131
このような意味で「観」をとらえるならば、我々が今回の大震災から「観世音菩薩の教え」を正しく聴くためには、被災者の無念や苦しみ、嘆き、悲嘆に心を寄せることはもちろんだが、さらにその“内側”から上がる本性の声を聞かなくてはならないのである。〉
(同書、77~78頁)

ここで言っているのは、被災者に対する自己同一化や感情移入は大切で、それは「観世音」の働きの一つであるけれども、それだけに留まらず、被災者の立場になって感じ、考えた時に、自分の内部からどのような“声”が聞こえてくるか。それをしっかり意識しようということです。自己同一化や感情移入だけでは、苦痛や悲しみに打ちひしがれて生きる力を失ってしまうかもしれない。しかし、人間は苦悩や悲しみの底にあっても“教え”を聴くことができるのです。つまり、前へ進むための方向性や暗示、洞察を得る力をもっている。それを得ることで、宗教的な“教え”に至るということです。そういうわけで、原語的な説明は今しましたが、次に「観世音菩薩」の概念には二つの意味合いがあるということを、皆さんには知っていただきたい。
ここでもうひとつ、風変わりな観世音菩薩をご覧に入れます。(図7)これは、千手観音像で、長野県の修那羅峠に立っているそうです。誰が作ったかは分からない。石に刻まれたもので、明治の初期ぐらいに作られたということです。私は、この像は観世音菩薩の特徴を象徴的によく表していると思うのです。この像をもっと簡単に図案化してみると、こうなります。(図8)。これまで皆さんにいろいろな種類の観世音菩薩像をご覧に入れてきましたが、それらをグッと単純化して、削れるものをすべて削り落としてみると、こんな図になるのではないか。菩薩の頭の上にはさらに頭がいくつも付いている。つまり「多面性」を持っている。あらゆる種類の相手に対して、それぞれに適した教えを説くーーそのことを多くの顔をもつ仏、例えば十一面観音とか、人間以外の動物の顔をした馬頭観音とかいろいろありますが、それらは結局、教えの多面性や多様性を表していると言えます。また、たくさんの腕があるということは、「同時に多くのことができる」という意味ですから、「自在性」を象徴していると見ることができます。ここには、「観自在菩薩」という漢語訳との共通性があります
(つづく)

【学習】
  被災者に対する自己同一化と同時に、本心、本性の声を聞く。これを観世音菩薩を見る、という。どんな苦しみの奥にあっても、教えを弔問できる。それを観世音菩薩という。何と深い御教えだろうか、と嘆息しました。これを、本当に理解できる人を多く養成することが、総裁先生の御心を自己の心とする運動推進者を作ることになると痛感しました。
そして、多面性と自在性、これを観世音菩薩は表現していることを教えていただきました。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  『レスターブラウン自伝』の表紙裏に、筆者のマラソンをしている写真が掲載されています。凄い人ですねえ。2008年4月、「チェリーブロッサム10マイルレース」にてゴールしています。また、2009年には、75~79歳の部で3位入賞。2014年、80歳以上の部で2位、タイムは2時間23分34秒だそうです。チャレンジする姿が美しいです。世界を変えてきた人です。
 7月25日、穴水の見真会へ行きました。先祖供養祭です。どんなに暑くても、装束に着替えて御祭を行いました。有り難うございました。部屋はエアコンはないので、窓を開けて汗をかきながら聖経読誦でした。考えてみますと、子供の頃に練成会というと、お寺や公共の施設で行っていた記憶があります。昔と今と温度差はありますが、エアコンが無いのは同じですね。当時のことを思い出しました。
 帰ってから、また医王山に登りました。少しずつ、足が元に戻ってくるようです。高松のサービスエリアで、自転車に乗る人とであいました。東京かおいでになったそうです。金沢に車を置いて、能登半島を一周し、富山に抜けてから金沢に帰るそうです。二泊すると言っていました。お仲間は70歳を過ぎた人がいるようでした。急に無理すると駄目ですが、それにしても鍛え方がすごいですね。

【一人一人を大切に】
  2018年の3月号50頁に、新潟越南教区の中村栄美子さんの体験談が掲載されています。糸魚川の方です。ほぼ2年間、毎月糸魚川で見真会を行い、先祖供養を行ってきましたがその都度、受付をしてくださいました。ここの地域の言葉で、「おみちよう」と帰るときに言う言葉があるそうです。「お道良う」でしょうか。元気で顔晴っておられますね。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月23日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月23日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::暑い日に 車に乗りて エアコンをかけずに 走る風こころよし 
  
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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
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(つづき)
P126~129
〈さて、ここまでの説明には、抜けているところがある。それは、「観」という字が示す人間の心の状態についてである。「観世音菩薩」という語は、古代インドの文語であるサンスクリットの「Avalokitesvara bodhisattva」の漢訳である。この原語を、インド人を父にもつ中国人翻訳家のクマラジーヴァ(鳩摩羅什、344~413年)は「観世音菩薩」と訳したが、『西遊記』で有名な玄奘(602~664年)は「観自在菩薩」と訳した。〉
(同書、76頁)

クマラジーヴァという人はーー漢字ではカッコの内にある「鳩摩羅什」という字が当てられますが、この人は西暦344年から413年まで生きた歴史上の人物で、多くの仏典を漢訳しています。この人が最初、「観世音菩薩」と訳した。しかし、『西遊記』で有名な玄奘という偉いお坊さんは、後に同じ原語を「観自在菩薩」と訳したのです。だから、この二つの菩薩は本来同じもので、漢訳が二種類あるということですね。それを日本人はそのまま輸入して使ってきているわけです。注目していただきたいのは、この双方に使ってある「観」という字の意味です。

〈この原語の「avalokita」までが「観」に相当し、ある対象を心の中に思い浮かべ、それと自分とが同化することを念じ、実践することを指す。日本語に「観察」という言葉があり、これはよく英語の「observe」と同一視されるが、同じ「観」の字を使っていても、観世音と観察では「観」の意味がまったく違うから注意した方がいい。〉
(同書、76~77頁)

谷口雅春先生も「観世音」とは「世の中の音(ひびき)を観ずる」という意味だと教えて下さってますが、その「観ずる」とは、普通に言う「観察する」こととは違うというわけです。77頁の3行目に行きます。

〈観察の場合、観察する者と観察される対象は明確に分離される。科学の態度がこれに該当する。科学者は、研究対象から得たデータを客観的に、冷静に判断しなければならないから、自分を対象と同一化してはいけない。例えば、自分が立てた仮説に合致するデータだけを集めて、そうでないデータを無視した研究などは、科学者としては失格である。これに対し、生長の家に「神想観」があるように、仏教の多くの瞑想法には「観」という語がつく。そして、仏教者が「観」をする場合は、瞑想中のイメージに自己を没入させることで自分の意識(自我意識)を消すことが求められる。仏教者の松原泰道氏は、観の意味を「心中に深く対象を思い浮かべて、その対象に自分が同化して一体となる実践」と定義している。〉(同書、77頁)

観察の場合は、自分と対象はあくまでも別であるという“冷めた意識”でやるけれども、瞑想のときはそうではなくて、神想観をする時を思い出していただけば分かりますが、ある一定のイメージに自分を没入し、同一化させていくのです。「神の無限の生かす力、吾が内に流れ入る、流れ入る・・・」と唱えるでしょう。そういう心の態度は、科学的な観察とは正反対といってもいいと思う。相手を引き離すのと、相手に没入していくのとの違いです。これは間違えないようにしてほしいのです。
(つづく)

【学習】
  観の二つの意味について、お説きになっています。私は何度もこの話を録音で拝聴する度に、観が少しずつできるようになりました。自性円満の自覚、そして、自然と人間とは神に於いて本来一体の世界です。神人合一の後に、自然との合一を観ずるのです。私は、総裁先生によって、有情非情同時成道、山川草木国土悉皆成仏の世界を教えていただきました。本当にありがとうございます。6月1日より、本来の自分の行の世界に帰りました。そして、観のご説明を再び拝聴しましたとき、自覚に変化が生じました。
 鳩摩羅什に関しては、色々とエピソードがありますが、ここでは書きません。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月24日、今日は一日中、新規の受験勉強会を行いました。予定の日程に参加できなかったかたへの勉強会です。教義はまず、全体の把握から行うことを目指しています。そして、中心の教え、そして時代応現の教え、それらの全体の把握を行った後に、各論に転じる。そういう方法を行っています。参加者は、数十人であれ、一人あれ、何ら力の入れように変化はありません。時間は、10時から午後四時までにしています。充分に理解をしてから次に進む方法です。指導者が一方的にならないように、しています。ですから、学校形式だけでなく、ゼミ形式を行っています。聖典類、総裁先生の御著書類を充分に読みこなす信仰者が陸続として出て来ることを期待しています。聞く信徒から、読む信徒へ、さらに行動する信徒へ、です。
 『マンガ老荘の思想』というのがありまして、211頁に、大器晩成というのがあります。大人物は一朝一夕になるものではない。若い頃には才能を現さず、人より遅れてしだいに頭角を現す人物のたとえです。松任の駅の前に中川一政美術館がありますが、大器晩成と書いて魚の絵を添えています。この絵が気に入っています。中川氏は仏教者ですね。現代的に言えば、「凡庸の唄」の人物でしょうか。この唄は、8月の練成会からみんなで朗読する予定です。聖経や讃歌ではないので、「みんなで朗読する」ということにしています。

【一人一人を大切に】
  他への救いの行為は、自己を救うのですね。20年以上前ですが、伝道練成会というのに、毎月通っていたご婦人がおられました。癌になっていたので、動きも遅いのです。しかし、門前でその家の人を祝福するという礼拝行をつづけていました。練成期間中に救急車で運ばれたときもありました。ある時、彼女は私に言いました。「がん細胞が完全に無くなった、と医者から言われました」と。私は、医学のお世話になりながらも、他を祝福するという威力を観じました。祝福する者が祝福されるのですね。伝道はまさに自分の力です。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月22日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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7月23日の先祖供養見真会です。



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平成30年7月22日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::身口意と 教えられても 自らが 悟る過程ぞ いと面白き
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に、求道に、伝道に王道はありません。読者の皆様、総裁先生に中心帰一して、ご一緒に菩薩道を歩んで参りましょう。

(つづき)
  P124~126
〈こういう理解に立ってみると、「大震災は観世音菩薩の教え」とはーー我々が大震災の惨状や、被害の甚大さや、多くの人々の土地や家や仕事が無に帰するという悲惨な現象を体験し、あるいは見聞きしたとき、我々の“本性”が内側から語りかける教えーーという意味になる。その内容を、私は「人間よもっと謙虚であれ」「自然の一部であることを自覚せよ」「自然と一体の自己を回復せよ」と三つ挙げた。もちろん観世音菩薩は各人の心の中にいるのだから、その教えの内容も各人必ずしも同じではないだろう。この三つは私の解釈だといっていい。同意する人も、しない人もいるだろう。〉(同書、75~76頁)

こういう説明をすると、皆さんの中にはがっかりする人がいるかもしれない。そういう人の中には、「観世音菩薩」という固有名詞をもった偉大な霊人(霊界の偉人)、あるいは権威のある高級霊が実際にいて、それが私たちにもっと客観的な教えを説いているのだーーそう解釈していた人がいるかもしれません。しかしそうじゃなくて、観世音の教えとは各人の主観的な解釈だということになれば、「アンタの解釈はオレの解釈とは違う」ということにもなって、教え自体に権威がなくなってしまう。そんなものは宗教の“教え”とは言えないーーそんな反論ができるかもしれない。しかし、私がここで申し上げたいのは、そういう軽い意味での「解釈」ではないのです。そのことをこの後、説明します。
その前に、「観世音菩薩」について原語にさかのぼって説明しましょう。その解説をしている文章がこのあと続くので、紹介します。生長の家の幹部の方は、学問的な素養としても、このことはぜひ知っておいていただきたいのであります。
(つづく)

【学習】
  本性が観世音菩薩です。
①「人間よもっと謙虚であれ」
②「自然の一部であることを自覚せよ」
③「自然と一体の自己を回復せよ」
この三つであるとお教えいただいています。観世音菩薩とは、偉大な霊界の偉人ではない。このようなご教示をいただきますと、心から納得できるようです。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月23日、小松道場で午前中は、写経見真会、午後は先祖供養見真会がありました。お暑い中を、熱心に通ってくれています。小松に来るのに車で行きますが、私のは自然風でのクーラーです。道場に入ると人工冷気ですね。どちらも有り難いです。午前の写経は二人、午後の先祖供養祭は、10人くらいでしたが、終わりまして講話をさせていただきます。今日は約30分間でした。さまざまな形で、思いを伝えることは大切であると観じました。総裁先生の御著書を録音し、何度も拝聴していると、総裁先生の祈りと偉大さが、自分の魂に入って来ます。今までの自分の修行方法に於いて、これ以上の素晴らしい「行」はないように思います。伝道するのは、私たちに与えられたミッションです。夕方は日が陰りましたので、医王山に登りました。もりの里から7㌔くらい、ノンストップで登れるようになりました。少しづつ進化が始まっています。

【一人一人を大切に】
  小松道場で留守番をしてくださっている方がおられます。その方は、さまざまな社会活動をしているようです。社会貢献です。お姑さんが生長の家を熱心に信仰していました。その姿を見ていたお嫁さんに、生長の家の信仰が伝わったのでした。何が救いであるか、と言っても、信仰が代々伝わることほどの救いはありませんね。素晴らしいことです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月21日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月21日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::暑い中 ほんとにほんと ありがとう 真理求める 菩薩尊とし 
  
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(つづき)
P123~124
〈だから、宗教的には、そんな人間以外の動物にも備わった特徴を除いていき、最後に残った「人間の人間たるべき本質」のようなものを意味する。これは、もっと一般的には「良心」と呼ばれるものに近い。そういう優れた“本性”がどんな人間にもあって、それが言わば“内側から”個々の人間に何かを教える。そのことを仏教では「観世音菩薩」と呼ぶのである。〉(同書、75頁)

ここで私が言っているのは、私が説明しているような観世音菩薩の解釈が、仏教の教えの中に明確にあるという意味では必ずしもないのです。仏教で教えている「観世音菩薩」というものを生長の家的に解釈するとこうなる、という意味です。私たち人間存在とは離れた、言わば“外側に”いろいろな形をしたーー例えば、腕をたくさん持った観音様や十一の顔をもった観音様などがいるのではなくて、人間の心の“反映”としてそういうものが造られるのです。もっと具体的には、この観音様を造った仏師の心が観音様には表れているのです。作者がいなければ仏像や観音様はできないわけですから、観音像にはその観音像を作った仏師の心が表れている。何本も腕をもつとか、顔が何面もあるなどの意味も、人間が考えて作ったものです。それはこれから説明します。つまり、人間あっての観世音菩薩なのです。
(つづく)

【学習】
  人間の本性、すなわち観世音菩薩である、とのみ教えです。私は、この書を、死後会ほど読み、さらに録音して、現時点で5回聞きました。聞けば聞くほど、「凄いご教示である」との思いが深まります。精読して、拝聴し、そして総裁先生の御心をわが心とする必要があります。そこからこそ、本当の使命感が生まれます。自分に与えられた立場に於いて、総裁先生の説かれる御教えを世界に宣布する。次第に自分の為すべき使命を感じることができるようになりました。観音像には、作者の心が洗われている。このご解説に感動しました。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月22日、講演会が終わりました。最後の講演会は小松ドームでした。25名でした。ちなみに午前中は、白山市で、22名でした。暑いのによくお集まりいただきました。ありがとうございます。小松での講演会では、質疑応答で5人?の方が質問をされました。やはり質疑応答は、ムスビの働きでして、タカミムスビノカミ、カミムスビノカミです。光明の火花が飛び散るような質疑応答でした。両者の光が交差するのがおそれく質疑応答であり、小松・加賀の信徒さんの実力であろうと思います。加賀は少しここ10年ほどは、ゆったりとした動きでしたが、今日の質疑応答で力をつけたように思います。質問者の中には、かつて外資系の会社に勤めていた英語が堪能な講師会副会長さんがおり、質問の内容もポイントをついた素晴らしいものでした。三浦光宏講師、二日間のご講演、有り難うございました。ご参加の皆様誠に有り難うございました。

【一人一人を大切に】
 この度の講演会で子供さんのことでの体験談がありました。歯科医師の所で勤めていた人です。その歯科は働いている人を生長の家の練成会に送るところだったそうです。それで生長の家を知りました。息子さんのことで問題があり、御教えにより神様に全托したとき、息子さんは蘇りました。そして現在では、箸の制作で有名になっているそうです。神に全托するとき運命は好転します。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月20日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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金沢の金ブラの会場です。午前。20名参加

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午後の七尾の会場です。16名。
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加賀野菜のカボチャができました。七尾農場です。

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水やりです。

平成30年7月20日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::加賀能登と 猛暑の中を はるばると 真理求めて 弛むことなし 
  
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(つづき)
P121~123
〈秋田市の講習会参加者からの質問で、答えが難しいのが「観世音菩薩」に関するものだ。それらを以下に再掲しようーー

③今回の震災の奥にある観世音菩薩の心とは?
④震災の犠牲者は観世音菩薩だというが、その意味は?〉

ここで「震災」とあるのは東日本大震災のことでありますね。そのすぐあとで、秋田市の講習会があったときにこういう質問が出たのです。続けて読みますーー

〈この質問が出てきたのは、私が「自然と人間の大調和を観ずる祈り」(中略)の中で「大震災は“神の怒り”にあらず、“観世音菩薩の教え”である」と書いたからだろう。質問者は、その祈りの言葉をすでに読んでいて質問したと思われる。私はこの祈りの中で、右の言葉にすぐ続けて「我々の本性である観世音菩薩は、“人間よもっと謙虚であれ”“自然の一部であることを自覚せよ”“自然と一体の自己を回復せよ”と教えているのである」と書いた。
この中で注目してほしいのは「本性」という言葉である。生長の家では、我々人間の「本性」ないし「本質」は神の子であると説く。同じように仏教では、人間の本性を仏と見ている。本性とは国語的には「生まれつきの性質」とか「本心」などと説明されるが、これでは生物学的な性質(いわゆる五欲)も人間の本性に入れられてしまう。〉
(『次世代への決断』、74~75頁)

人間の中には状況に応じていろいろな欲望が出て来ますが、それらは生来のものと言っていい。「五欲」とは仏教用語で、五官の感覚から得られる色・声・香・味・触への欲望です。だから、「本性=生まれつきの性質」という説明では、そういう欲望もすべて「本性」の中に含まれてしまうことになる。
(つづく)

【学習】
  本性の意味の考察です。五欲煩悩は肉体に属するものでありますが、肉体的本性ではあっても真の人間の本性ではない。ここで説かれているのは、本質としての本性のことです。また、観世音菩薩の心とは、被災者の悲しみを知ることは勿論ですが、さらに真理から考えて、問題の本質、そして、実相を起点として、あるべき姿に帰るためには、魂の叫びとして、本人の思いとは別に、何を訴えているのか、、それを知る必要があるあるようです。総裁先生の御文章は実に深い意味が説かれていますので何度も拝読する必要があります。私は、現時点では、何度も繰り返し拝読し、録音してさらに繰り返し拝聴することを行っていますので、少し理解が進みました。しかし、本当の御心を教えていただけるのはこれからです。私に与えられるであろう使命感は、初めてここから発するものと覚悟しました。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
 7月21日、本部より三浦光宏本部講師補がおいでになり、金沢市、七尾市と講演会が行われました。素晴らしい講話と会場の雰囲気でした。金沢会場は、参加者は20名、七尾会場は16名でした。ともかく暑かったです。午後は猛暑でして、皆様はよくきていただけたと思います。帰りに、七尾道場に立ち寄りました。「生長の家大神」という雅春先生の発祥当時に書をみていただきたかったからす。畑に水をやっていると、大きなカボチャができているのを発見しました。つい感動の叫びをあげてしましました。加賀野菜のカボチャです。

【一人一人を大切に】
  金沢会場での体験談で、ある日、古本屋で見つけた雅春先生の聖典を拝読していて、生長の家に触れたとのことでした。きっかけは色々とあるようです。我神を選びしにあらず、神我を選び給うなり、との思いに至ったとき、要するに人格的に神に触れたとき、「士はは己を知る者のために死す」という言葉があるように、全身全霊で、使命を遂行する力を得るのでありましょう。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月19日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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暑かったです。午前中は県立美術館で伊藤若冲さんでした。
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もりの里のイオンの近くの交差点です。ここから、夕霧峠のヒルクライマーは出発します。一時間以内で到着したら、一人前だそうです。今日は、途中で金大から俵町まで登っていたら、あまりの暑さでダウン。引き返して次の行動に移りました。


平成30年7月19日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::正座して 自己に向き合う 一時間 草木眠れど 神今ここに 
  
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P119~121
そういうわけで観世音菩薩を象った像は、事実上無数にあります。ご覧に入れたような大型のものだけでなく、もっと小さいものもあります(図5、次頁)。これは実は本邦初公開・・・になると思いますが、私の家ーー谷口家の神棚に安置してある観世音菩薩像です。どなたからか頂いたものを、雅春先生の時代からずっと置いてあるものです。これは私の私見ですが、お顔をよく見ると谷口輝子先生に似ているところがある。またこの間、長崎の総本山へ輝子先生の年祭で行ったときに、そこの公邸の応接室にある観世音菩薩像(図6)を写真に撮ってきました。この観音像は、見るからに女性的であります。このように、観世音菩薩像には女性もあれば男性もあるし、どちらとも判別できないものもある。
ということで、観世音菩薩とは一体何者なのか、外見だけ見ていてはよく分からない。だいたい今、皆さんにご覧に入れたのはわずかな“サンプル”に過ぎません。ですから、日本中の至るところの寺に観音像があると考えていい。あまりにも種類が多いし、一定の形ではない。だから、「生長の家の本尊は観世音菩薩」と言ったとしても、この多くの種類の中のどの観世音菩薩を拝んだらいいのかーー途方に暮れてしまう人もいるでしょう。
その答えは、もうご存じの方もいるでしょうが、『次世代への決断』の中に書いてあります。74頁から77頁に、観世音菩薩についての説明があります。これはもともとブログの文章で、そのまた元になっているのは、秋田へ講習会に行ったときの会場での質疑応答です。その時に「観世音菩薩の心とは何か?」「観世音菩薩とは何?」という質問が出たのです。それに対する答えがここに文章化されているのであります。74頁から読みますーー
(つづく)

【学習】
  観世音菩薩は女性もあれば男性もあるとのことです。原理ですから。現代にお於きまして、総裁先生が観世音菩薩の意味を明確にご指導下さった意義は実に大きいと言わなければなりません。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  先日、友人との会話ですが、神想観の観普賢菩薩行法において、自分の細胞のみならず、細菌にも感謝するということを言っていました。これは、ばい菌にも感謝せよとの、大調和の神示からの感謝ではないかと思いました。六本の牙をもった白象は、宇宙の象徴であると言われていますが、穴水のお寺で見た普賢菩薩は、四頭の白象に乗っていました。細菌は、1キログラムにもなるとも言っていました。微量ではないのですね。自己の生命もその表現である肉体も、さらに関連している細菌も細胞も、すべてに感謝を献げる。素晴らしい信仰であると思います。
 今日は木曜休日でしたので、伊藤若冲の絵画展を見に行きました。ニワトリの絵、スゴイデザインです。模写もありましたが、本物とは比較できません。思い、迫力が迫ってきます。二枚が心に焼き付きました。

【一人一人を大切に】跡継ぎ問題が解決
ここの項目は一人一人の諸問題の解決の参考に書かせていただきます。

  『いのちの環』no,10021頁は、下澄子の体験談が掲載されています。この方は独身を貫いて生きてこられたそうですが、何と跡継ぎにも恵まれたとのことです。跡継ぎ問題は世間にはよくあるのですが、それを見事に解決しています。体験談の御文章を読むと、朝は神想観、夜先祖供養、白鳩会員としての愛行など。定番の真理実践ですね。素晴らしい信仰者です。

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平成30年7月18日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月18日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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P116~119
まず「観世音菩薩とは何ものか」ということですが、多くの方はすでにご存じですが、この菩薩は生長の家の発明でも何でもないのであります。日本の長い歴史の中で、観世音菩薩を象った像はそれこそ無数といっていいほど刻まれてきました。日本だけでなく、インドや中国、ネパールでも同じです。そのうち国内のサンプルを今ここで何体かお見せしましょう。
これは滋賀県の大津市にある盛安寺が所蔵する十一面観音像(図1)です。観世音菩薩の像にはいくつかの特徴があるので、それを捕まえていただきたいのです。その一つの特徴は手が何本もあるということ。それから、頭もいくつかあるところです。多くの場合、外見上の主たる頭は一つですが、冠の上に複数の頭が載っている。その顔の数が全部で十一あるのが「十一面観音」です。「多くの腕と顔をもつ」のが共通していて、それ以外のところはあまり共通していないのであります。
次の絵(図2、次頁)は昔、私が広島に講習会で行ったとき、広島市中央公園に立っている聖観世音菩薩像というのを写真に撮ったものです。これは手が普通に二本しかないし、頭の上にも顔は多くない。ですさら、こういう観音像も造られてきました。しかし、もっと驚くようなものもあります。たとえば大阪に住んでいらっしゃる方はご存じだと思いますが、これは有名な国宝千手観音坐像(図3)であります。一見“化け物”みたいに見えるのですが、正面のお顔はあくまでも穏やかな表情です。特徴は腕が“千本”あることです。しかし、本当に千本あるかどうかは、数えてみたことがないので私には分かりません。そして、それぞれの手にはいろんなものを持っている。また、頭の上にはやはり何人も菩薩さんの頭がある。十一面あるはずですが、写真にははっきり写っていません。また別の写真では、京都の大報恩寺というところには准胝観音立像(図4)というのがあります。これも立派な彫像であります。頭は一つですが、腕が何本もある。このように、様々な形の観世音菩薩像が信仰の対象として、また美術作品として造られてきています。

(つづく)

【学習】
  観世音菩薩に関するご教示です。多面性と自由自在性の象徴のようです。このご教示によって、私は、観世音菩薩に関して、より一層、理解が深まりました。感謝です。与えられたご教示を自分の魂に焼き付ける。これは、自分的に考える求道者の任務です。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月18日、今日も天気良し。『宗教はなぜ都会を離れるか?』の全部を録音しました。朗読は、勿論自分の声です。CDに焼き付けて、100回を目指して聞くことが目的です。愚直な、凡庸の勉強法です。このブログにしましても、自分でもよく続くなあ、と思います。でも、何か楽しいのでしょうね。生活の一部になっています。ある人が言いました。「普通は、自分のブログで、誰かのリアクションがなければ、心が折れてしまい、止めてしまうのに、あなたの場合は、まったく誰の反応もないのに、よく続くね」と。続けることができるのは、要するに他人に認められたくて書いているのではないからなんでしょうね。書くこと自体が、生きている証明ですよ。最初は、毎日のようにブログをお書きになる総裁先生の偉大なる御心を知りたくて始めたのですが。

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平成30年7月17日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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ここが、もりの里のヒルクライムの出発地点です。ここから、

23㌔くらいですが、夕霧峠に向けて、若者は1時間くらいで登ります。1時間で登れたら、ヒルクライマーとして一人前だそうです。
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医王山へ行く途中、俵町あたり。
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【光明加賀人の詩】::ウオーオオと 山に響くや 蝉の声 
  
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に、求道に、伝道に王道はありません。読者の皆様、総裁先生に中心帰一して、ご一緒に菩薩道を歩んで参りましょう。今日は唐松模様からです。

2018年7月 7日 (土)  今こそ「対立から調和へ」の運動を

(つづき)
では、そのムスビの働きを図形で表す三角形になるとは、どういうことでしょうか? 皆さんは三角形を、特に二等辺三角形を思い浮かべてみてください。また、立体を思い浮かべるならば、円錐とか方錐(四角錐)を思い浮かべてください。どれも横からは三角形に見えます。 

そういう意味では、「山」は基本的に三角形をしています。富士山の姿を思い出してください。もちろん八ヶ岳のように、山の上部が割れたように見える山もありますが、しかしそれは八つの頂をもった連山だということを、皆さんはご存じです。そういう山を見て、私たち人間は「崇高さ」を感じないでしょうか? その頂上へ登ることは、日常生活から離れて、一段と高い経験と境地へ、私たちを導いてくれると感じないでしょうか? 私はそれは、基本的で自然な人間の感情であると考えます。人間と自然とが互いに近づいていって、その結果、一段と高い境地に達するのは「ムスビ」の働きそのものです。 

そして、このことは宗教ととても深い関係にあります。宗教施設は勿論都会にもありますが、わざわざ山の上に建設する習慣は、東洋にも西洋にもあります。ピラミッドは偉大な宗教施設ですが、これは四角錐(方錐形)の形です。同じ四角錐は、教会建築にも仏教建築にも、特に屋根の部分などに多用されています。それを見て、私たち人間は信仰心を深めるのです。だいたい皆さん、今、私たちの目の前にある七重塔には、7つの四角錐があるではありませんか? 屋根を見てください。七重塔のモデルとなった仏教建築の多宝塔の屋根も、基本的には四角錐であることを思い出してください。 

このように考えていくと、私たち人類には基本的に共通したものの見方、感じ方があるという事実を認めざるを得ないのであります。そして、そのような共通した見方や感じ方を前提として、宗教や信仰が成り立っていることに気づきます。もちろん、違うところもありますが、それは基本が違うのではなく、同一の基本の中のバリエーションが違うだけなのであります。そのことは、中国の寺院と日本の寺院との屋根の傾きとか、反り方の具合が違うことに表れているように、文化や美意識の微妙な違いです。そのような“違い”の側に注目して、共通して流れる基本設計を無視することは、愚かだと言わねばなりません。しかし、現代は残念ながら、自と他とを峻別して、差別する動きが、世界各地で顕著に出てきているのです。これは対立や戦争の原因となるものです。 

私たちは国際平和信仰運動を展開しているのですから、このような対立や差別の動きには断乎として反対し、人類共通の基本的な精神構造や感じ方を正しく、より多く知り、それを人々に伝えることによって、万教帰一、万教包容のこの教えをさらに多くの人々に伝えていき、「対立から調和へ」の動きを力強く推進していきたいと念願するしだいです。

それでは、これをもって本日の「万教包容の御祭」に際しての所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 谷口 雅宣

(おわり)

【学習】
  人間と自然とが互いにムスビあう。そして崇高な気持ちになる。「一段と高い境地に達する」と説かれています。これが山登りであり、霊的には神想観なのでっしょうか。宗教施設は三角が多いとのことです。ここ石川県教化部は残念ながら箱型です。ピラミッド、寺院などやはり、そうです。共通して流れる基本設計を無視することはよくない、と説かれています。万教帰一の教えです。世界に広がりつつある差別、対立の考え方に流されるのではなく、ムスビを強調する。この生き方を実践し、世界に広げることが私たちに与えられた使命であると思います。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月17日、今日は暑い日でした。教化部では、カボチャは出来ていますが、今年はゴーヤはいまいちですので、お世話のやり直しです。被災地では暑さが大変だと思います。地球温暖化の影響は、これだけで済まないようです。被害の少なからんことを祈ります。そして、教勢がさらに発展して、人間中心主義の考え方が後退し、自然と人間の大調和が実現するために、日々前進する以外にありません。日々、進歩ですので、総裁先生に中心帰一してみんなで助け合って前進すれば、必ず実現します。本部事務所移転40年説から考えますと、必ず達成出来るように思います。読者の皆様、希望をもって前進しましょう。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月16日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月16日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::山に行き 上り詰めたる 頂上の 元の自分に 我帰りたり
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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2018年7月 7日 (土)  今こそ「対立から調和へ」の運動を
(つづき)

  私たち信仰者は、「神の御心を第一にする」ということが最も大切です。その「神の御心」について私たちが知っているのは、「人間は皆、神の子であって尊い存在だ」ということです。また、神の御心は「他を排除しない」ということも明確です。なぜなら、「神は全ての総て」であり、神にとって「他のもの」は存在しないからです。このことを強調するために、私たちは現在、「ムスビ」の働きを推進する運動をしているところであります。それは「神・自然・人間は本来一体」という言葉の中にも表れています。 

ご存じの通り、この7月は28日から29日にかけて、世界平和のための国際教修会がここ“森の中のオフィス”で開催されます。そこでの研修のテーマは「ムスビの働きの普遍性を学ぶ」というものです。このテーマを選んだ理由には、「ムスビ」という言葉が日本語なので、日本語を理解しない人にとっては何か難しい概念のように誤解されるかもしれず、その場合、私たちの運動は日本人向けの、日本人だけの運動であるかのような印象が生まれるのを防ぎたいという意図があります。 

「ムスビ」の働きとは、もっとユニバーサルで、何も難しいことはなく、自然界に溢れているばかりでなく、人間の心の中でも普通に起こる出来事であり、さらにどの国の人々の食生活にも表現されていることを、私たちはそこで学ぶ予定です。この教修会には、誰でも出席できるわけではないので、今日は、教修会での研修の内容から1つだけ、分かりやすいものを紹介させていただきます。 

それは、ムスビの働きを数字で表せば「3」になり、図形で表せば「三角形」になる、ということです。これだけでは、私が何を言っているのか分からないと思うので、さらに説明します。まず「結婚生活」を考えてみてください。これは普通、1組の男女が社会的に結ばれて、共同生活をすることを意味します。そうすると、1人と1人が寄り合って、それ以前にはなかった「結婚生活」という“新しい価値”が生まれることになります。その価値のことを「1」と勘定すれば、1組の男女は2つの価値をもちますから、全部で「3」の価値となる、と言えます。これがムスビの働きです。 

同じような考え方を採用すれば、植物が昆虫によって受粉し、種や果実が生まれることも「3」と数えられます。また、白いご飯と梅干を結び合わせてお握りを作れば、そのお握りの価値も「3」と数えることができます。同様の考えを芸術や文化の領域に向けてみれば、さらに多くの「3」が見えてきます。「対話」や「対談」という文学の形式があります。2人の人間が話をすることで、それぞれ1人だけでは生まれなかった“新しい価値”がそこに生じる場合、それを「3」と数えることができます。哲学の分野では「弁証法」という考え方があるのを、思い出してください。また、合唱には「デュエット」という形式があります。私たちが惹きつけられるスポーツの試合や競技にも、同じように1人や1チームだけでは出すことのできない価値が、2人で競ったり、2チームで対戦することで生まれてきます。このように、「ムスビの働き」の例を挙げれば、いくらでも出てくるでしょう。 

(つづき)

【学習】
  ムスビの働きについてのご教示です。『宗教はなぜ都会を離れるか?』289頁で、第四章「ムスビの働きで新価値を創造しよう」というところを録音して、読み直しているところです。何度も聞いていると、腑に落ちます。今回の教修会では、レジュメ資料を録音して聞いてみるのもいいかな、と考えています。深いムスビの理念を学びたいと思います。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月16日、今日は休日でした。午後は、山に登りました。登ってみて、「本来の自分に戻れた」という思いがありました。途中は、10度くらいかな?激坂があります。しかし、昨年はそこをノンストップで登っていたのですよね。毎日、10㍍くらい伸ばす。こんな地味な方法です。私は本来、凡庸の人ですから、仕方ありませんね。
 NOVAの学習を再開です。今度は自分のものにしたいです。私的には、光明化運動を推進する上では、英語が話せないようでは、どうにもならない時代です。
  『いのち環』95の「いのちの回廊」には、つぎのように書かれています。「神におのが生命を信じてまかせよ。それが、病気を癒やすのみならず、すべての人間の運命をいやすのである。自然に内から導くところの順序をもって運命はいされてくるであろう。」私は、教勢発展も、神に全託する、すなわち実相世界の姿を心に描くことを徹底することによって、自ずからアイデアが湧いてきて結果的に教勢発展になると思うのです。問題は徹底の仕方です。完全に自分の問題です。現在の運動は環境の運動のように見える一面もありますが、実相世界をこの世に持ち来す運動であることは自明です。現象的な言葉でいうと、「世界平和」です。「自然と人間は神に於いて本来一体なり」の「実相金剛心の神示」に説かれている世界をこの世に持ち来す運動です。仏教に於いて、「無量の勝方便は実相を観ずることによって得」というのは真実です。それを引き出してくれるこんなに素晴らしい環境・舞台を私たちは与えられている。本当に素晴らしい人生です。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月15日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月15日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::三代の 恩師に学び 我が使命 自ずと知れり ただ恩返し
  
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2018年7月 7日 (土)  今こそ「対立から調和へ」の運動を

(つづき)
このような政治の動きには、実は気候変動や内戦の影響から大量の難民や移民が世界各国に流出していることが深く関係しているのです。日本は今、かつてない規模の短期間の降雨による洪水に見舞われている。一方、アメリカは東海岸にはハリケーンの襲来が、西海岸には異常乾燥と高温による山火事が拡がっています。日米などの先進国では、自然災害に遭った場合、避難することができますが、貧しい国々では、避難場所がないことも多く、そうすると難民となって外国へ逃げ出す以外の選択肢がなくなってしまいます。最近の報道によると、日本のすぐ近くに位置する韓国の済州(チェジュ)島にさえ、イエメンから500人以上の難民が押し寄せているそうです。こういう中では、どうしても“自国第一主義”や“自国民優先”の考えが国民から支持されるようになり、そこから国家間の争いが生じやすくなるのです。 

そんな時こそ、国や民族の違いを乗り越える価値が必要となります。そして、そこに宗教の使命があると言わねばなりません。私がこう申し上げるのは、「宗教は国や民族を超えた価値を示している」という前提があるからです。そうでない場合、宗教は国や民族の道具になって、大変残虐な、非人道的な行為に走ることがあることは、日本の現代史を含めた世界各地の紛争や戦争が示している通りです。 

私はこのことを念頭に置いて、『観世音菩薩讃歌』の中に次のように書きました-- 

「されば汝らよ、
 善を行わんと欲すれば、
 神の御心を知らざるべからず。
 自己の立場に固執し
 神を見失うことなかれ。
 自己の属する社会の利益、
 必ずしも善に非ず。
 他者の属する社会の利益、
 必ずしも善に非ず。」
(つづき)

【学習】
  神の御心を知り、実践することが神の子の生きる道であるとご教示されております。どんな時にも、対立よりも、和解へ進んで行くのが本当の神の子の生き方です。
  自己の立場の固執しない方法として、神想観が上げられます。神想観を徹底して、神の御声を聞きましょう。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月15日、本部から水島育子本部講師がおいでになり、野々市、和倉で講演会がありました。内容がとても充実した講演会でした。和倉の開催時間まであまり時間がありませんでしたので、移動の時、運転手の小職はかなり緊張しましたが、和倉には、講演会開始30分目に到着しましたので、余裕でした。二回の講演会を聞かせて頂き、私なりに色々と気付きがありました。水島講師、ご参加の皆さま方、誠に有り難うございました。

『クラフツマン』30頁に、「人間は自分たちが作るモノを通して自分自身について学ぶことができる」と書かれています。自転車に乗れば乗るほど、自分の身体を大切にして、世の中のために、自然界の為に、大きくは地球生命へのご恩返しのために、尽くしたいという思いが湧いてきますね。菜園部活動は、人を育てる根気力、継続力が身に付きます。さらに、クラフトは自分自身を知る、ということでしょうか。ともかく、やったもん勝ちです。正師が「やりなさい」と言われることを無我になって、実践することが、先ず以て弟子の生きる道です。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
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平成30年7月14日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月14日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光明加賀人の詩】::助け合う 人の心の 美しさ 吾らの姿 まさに弱虫ペダ
  
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2018年7月 7日 (土)  今こそ「対立から調和へ」の運動を

 皆さん、本日は「万教包容の御祭」に参加くださり、有難うございます。この御祭も今年で6回目を迎え、先ほど、このオフィスの敷地においては6基目となる七重塔が除幕されました。“森の中のオフィス”の落慶から丸5年になるということです。

 この七重塔が何を象徴するかは、毎年、この御祭で説明してきたので、今日はそれを詳しくは申しません。しかし、「万教帰一」の真理を表しているということだけは、何回でも強調しておかねばならないでしょう。というのは、今日の7月7日が「万教包容の神示」が下された日であるからだけでなく、「すべての良き宗教の神髄は共通している」というこの教えが、今日ほど重要になっている時はないからです。

 皆さんもご存じのように、現在の世界では、各国が自国の利益を最優先して外交を行う傾向が顕著に出てきています。昨年の今日も、私はトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」の政策を批判しましたが、その後、イギリスのEU離脱の動きだけでなく、中国にもフィリピンにも、ハンガリーやポーランドなどにも、よく似た動きが拡がっています。現在はそれが、米中間の“貿易戦争”にも発展してきています。地理的にアメリカと中国の間に位置する日本は、これによって最も大きな影響を被ることになるかもしれません。
(つづき)

【学習】
  七重の塔における万教帰一の御教えのご教示です。また、米中の貿易戦争にも言及しておられます。自由貿易は自然流通ではありますが、二酸化炭素排出による地球温暖化を促していくので、余り好ましくないということでありましょう。ここまで国際化すると、人類は、本来の万教帰一の基本に帰る必要がありますね。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月14日、青年会育成会議を行いました。やはり、青年会委員長を作り、青年会復活を目指す、という目標があると、色々とアイデアと使命感が湧いてきます。現在の状況が与えられていることに心から感謝しました。老子の思想が思い起こされます。家貧しゅうして、孝子あり、国乱れて忠臣あり、です。マイナスは大きなプラスを引き出すスイッチです。呼び水です。青年会は次は、9月にミニイベントです。
 夕方は、マクロビという自然食品の料理を食べに行きました。牛乳なども使わず、わが家の料理に似ていました。美味しかったですが、ノーミートでここまで味を高めることができるのかと感動しました。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
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平成30年7月13日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月13日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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【光明加賀人の詩】::帰り道 夜店のあかり まぶしけり
  
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2018年7月 9日 (月) 「西日本豪雨」をどう考えるか?

(つづき)
 先日、生長の家の国際本部である“森の中のオフィス”では、職員を集めて、アル・ゴア氏主演の『不都合の真実2』という映画を鑑賞した。前作から10年を経て公開された作品で、私にとって内容的には新しい情報はあまりなかったが、温暖化によって氷が急激に融解していく極地の実態を、リアリティをもって描いていた点が印象に残った。また、気候変動問題を解決するためのパリ協定が、決裂寸前で締結に漕ぎつけたことが理解でき、世界には心ある人々がまだ多くいると知って嬉しく感じたと同時に、この問題は各国の利害関係が錯綜して、相当解決が難しい問題だと感じた。そして、読者もご存じのように、温室効果ガスを世界で最も多く排出しているアメリカは、トランプ大統領になってパリ協定から離脱してしまった。また、現在の日本の安倍政権も、この問題の解決に熱心ではないのである。 

 だから、私は最近、こう考えるようになっている--この問題は、気候変動がさらに深刻化して、多くの国で犠牲者が大量に出る状況がさらに進行するまでは止まらない。そして、将来いつの時点かで、人類が化石燃料の利用をやめるか、それとも戦争をするかの選択を迫られるような劇的な形で、やっと前者を選んで解決の方向に向かうことになる、と。「日時計主義」を標榜している生長の家の代表者として、こんな悲観的な予測をするのは気が引けるのだが、人類が置かれている状況を冷静に見れば、楽観はかえって犠牲者を増やす結果になると思う。 

 だから私は、これからの都会生活には、気候変動とその影響を被るリスクが伴うということを、読者には訴えたい。これは田舎生活にはそれがないという意味ではない。しかし、日本の田舎生活では、比較的に広い土地が使えるから水や食糧の調達が都会より容易であり、住む場所の選択も都会よりしやすいから、氾濫しやすい河川の近くや、土砂崩れの危険がある土地を避ければ、都会よりは安全な生活が可能だと考えるのである。「しかし、仕事がない!」と読者は言うかもしれない。が、この現象は「都会型の生活が進歩である」という従来からの通念の産物だ、と私は思う。通念は、変えることができるのである。 

 この件については、現在の生長の家の運動とも大きく関係しているから、いつか稿を改めて書きたいと思っている。 

 谷口 雅宣
(おわり)

【学習】
  『不都合な真実2』は、石川の職員の方々はこの冬に映画館でみました。また、都会型の生活が進歩である」との通念を変えることができると説かれています。それを、私たちも体験する必要があると思います。私たちは、総裁先生の御心を体得し、伝道に励むことに、さらに努力していく必要があると思います。通年を変えるのは、自己の生活の変革と伝道です。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月13日、今日は終日、受験勉強会でした。昇格の人が数人いますので、一つ一つのテーマにしたがって、学びました。一般に言うゼミ形式です。これが、内容が入りやすいのですね。共に学び、共に進んで行く。そこに同志愛が生まれます。私はこの受験勉強会が大好きですので、皆様も受講しやすいのではないか、と思います。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月12日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月12日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光明加賀人の詩】::豪雨来て 罪も迷いも 消え失せよ
  
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2018年7月 9日 (月) 「西日本豪雨」をどう考えるか?

(つづき)
 気象庁のウェブサイトによると、大雨の特別警報の基準は、「台風や集中豪雨により数十年に一度の降雨量となる大雨が予想され、若しくは、数十年に一度の強度の台風や同程度の温帯低気圧により大雨になると予想される場合」だという。しかし、上記した人的被害の大きさを見ると、同規模の大雨がワンシーズンのうちに日本列島を襲ったのは「数十年前」ではなく、「7年前」なのである。 

 だから私は、この「数十年に一度」という表現は誤解を招くので変えた方がいいと感じる。この表現は、過去からの統計に基づく確率を述べているのだろうが、ある事象が起こる確率を過去のデータだけから予測するのは、今日の気象予報としては間違うリスクが大きい、と私は思う。現在、気象庁が具体的にどのようなデータを使って「数十年に一度」という確率を計算しているか、私は知らない。しかし、その発表を受け取る国民の一人としては、「数十年に一度」という言葉を聞くと、今回のような大雨を経験した場合、「あと数十年は、これほどの大雨は来ない」という考えを抱きやすい。そして、「今回決壊した堤防も、とりあえず元通りに修復しておけば、あと数十年は安全だ」との結論に達しかねない。 

 しかし、私が長年にわたり本欄などで繰り返して訴えているように、今日の“自然災害”の多くは、産業革命以来の人類のライフスタイルの変化が引き起こした地球温暖化と、それに伴う気候変動と密接に関係している。だからそれは、言葉の厳密な意味での“自然災害”ではなく、人間の活動による地球温暖化の影響を無視しては、正確な予測は不可能のもので、年々“人災”の要素が濃くなっている、と私は考える。そして、地球温暖化の主要な原因である「大気中の二酸化炭素の増加」は、一向に止まらないどころか、幾何級数的に増大しているというのが、世界中の気象学者が今、真剣に訴えている世界の現状なのである。ということは、今回のような大雨が地球上のどこかを襲う確率も、幾何級数的に増大する可能性があるのである。 
(つづく)

【学習】
  人災であるというご表現は正確であると思います。ライフスタイルを変える以外にない。産業革命以来の現象です。だから、経済発展は本当に人間を幸福にしたのかというと、便利快適にはしたが、そのお返しがきているように思います。数十年に一度の豪雨ではなく、ライフスタイルを変えない限り、さらに深刻な状況になる危険性があるようです。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月12日、休日でしたが、小松道場でクラフトのミニイベントがありました。初めて、布のブローチを作りました。昔、キリスト教の修道士が、一日に手仕事5時間以上というのがあったようですが、手仕事は何らかの貢献ができるように思います。楽しい時間でした。午後は、久しぶりに医王山へ登りました。もりの里から5㌔くらいまででしたので、たいしたことはありません。でも、楽しかったです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月11日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月11日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::祈りして 茶をすする今 幸せぞ
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に、求道に、伝道に王道はありません。読者の皆様、総裁先生に中心帰一して、ご一緒に菩薩道を歩んで参りましょう。今日は唐松模様からです。

2018年7月 9日 (月) 「西日本豪雨」をどう考えるか?

(つづき)
私は昨日、気象庁などがまとめた過去の大雨による被害の統計を調べてまとめてみた(右表参照)が、今回の豪雨の被害は、人命に関する限り過去25年間で“最悪”となりそうだ。前回の“最悪”は、死者と不明者が「123人」に上った2011年だが、この年の人的被害は、7月27日から同30日にかけての「平成23年7月新潟・福島豪雨」と、8月30日から9月5日にかけての台風12号による被害、そして9月15日から同22日にかけての台風15号による被害をすべて加えたものだ。しかし、今回は1回の豪雨でこれだけの被害となった。そして、台風シーズンはまだこれからなのだ。 

 気象庁は今回、数十年に一度の重大な災害が予想されるという意味の「大雨特別警報」を6日から7日にかけて9つの府県に出したことは、すでに読者もご存じだろう。この「特別警報」の制度は、2013年5月31日の改正気象業務法の公布後に始まり、同年8月30日から運用が開始された。「警報」の発表基準をはるかに超える規模で起きるような甚大な災害、被害が発生する恐れがあり「最大級の警戒」を要する場合に適用される。 
(つづく)

【学習】
  台風シーズンはまさにこれからです。最大級の警戒を要すると考えられます。ここ、石川は今回はほとんど被害はありませんでしたが、これからは不明です。予測できない大雨が降り注ぐからです。なお、7月12日から募金が始まりました。ご協力をお願いいたします。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月11日、今日は一日、生長の家能登光明道場にて、写経と先祖供養との見真会を行っていました。このような道場を与えられていることを心から感謝いたします。薔薇の花は時々、咲いています。バラ園は日光豊子さんの息子さんが作ってくれた園です。バラ園で何か、イベントを行いたいですがね。来月はここで練成会を行いますが、夏草がすごいので、草引きが必要です。除草剤を使わないことが生長の家的ではなかろうか、と思います。今日も暑かったです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月10日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月10日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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※この度の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::そうめんを 食べてジャガイモ 掘るぞ良し
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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2018年7月 9日 (月) 「西日本豪雨」をどう考えるか?

 最初に、今回の「西日本豪雨」の被害に遭われた全国の大勢の人々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。 

 この未曾有の豪雨の被害がしだいに明らかになってきた。7月8日の『朝日新聞』は、12府県で47人が死亡し、1人が重体。行方不明や連絡が取れない人は60人にのぼると伝えた。ただし、被害の詳細はまだ不明のため、今後この数字は増える可能性があるとした。

 7月9日は全国の新聞の休刊日だったが、それでも私の住む地元紙『山梨日日新聞』は「特別紙面」を作って発行を続け、トップ記事で西日本豪雨の被害を伝えた。それによると、「死者は計82人に上」り、「安否不明者は50人以上」ということだった。両者を加えると「132人」を超える人が亡くなった可能性があり、総務省消防庁の統計では、8日午後現在、「20府県の避難所に計3万250人」が自宅を離れて避難していると報道した。そして、9日午後7時のNHKニュースでは、死者は114人、不明者は61人で、合計は175人に増えていた。 
(つづく)

【学習】
  毎日のテレビに、今回の豪雨被害の惨状が報道されています。今まで災害はない言われていた県までも被害が続いています。地球温暖化による現象と考えられます。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月10日、今日は午前中は七尾道場に行きまして、ジャガイモ掘りのミニイベントを行いました。ザルいっぱい採れました。留守番の方がミニイベントに参加されました。有り難いことです。暑くて汗がいっぱいでましたが、健康の為にはとても良いです。亡くなった日光豊子さんが、「ジャガイモを掘るときには、教化部長に声をかけて下さい」と地元の人に言っておられたということで、数日前にお声がかかり、ミニイベントができました。お昼には、ソーメンを作ってくれました。とても美味しかったです。11時半には教化部に向けて出発しました。1時半から会議があるからです。今日も素晴らしい一日でした。感謝です。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月9日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月9日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::微笑みて 我は観音 礼拝の  拝み拝まれ ここはお浄土
  
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P114~116
観世音菩薩の謎

さて、今日のテーマは「観世音菩薩」であります。午前中には体験談がいくつかありまして、その中にも「観世音菩薩」のことが出てきましたね。人生におけるいろいろな経験が、私たちにとって“観世音菩薩の教え”として感じられることがある。しかし、観世音菩薩が何ものであるかと考えると、よく分からないことが多いのです。ですから、今日の講話の題は「観世音菩薩の謎」(笑い)ということにしました。それを解明しようというのであります。そうした後に、私たちの脳の話に移ります。今日はここに脳の模型を持ってきましたから、これを使いながら、私たちの脳の働きと観世音菩薩との間には関係があるという話をいたします。そして、自己に宿る観世音菩薩の声を大切にして生きることが、“新しい文明”の構築には必要であるという結論に持っていくつもりであります。
さて、観世音菩薩には一体いくつの謎があるのでしょうか。私が考えたところでは、三つほどあります。まず第一の謎は、いったい観世音菩薩とは何者なのかということ。それから二番目は、この菩薩は「生長の家の礼拝の本尊である」と言われますが、それはどういう意味かということです。そして、生長の家では「人間は神の子である」と言うのですが、その教えと観世音菩薩の関係はどうなっているのか、というのが三番目の謎であります。谷口雅春先生のお祈りの言葉を集めた『聖経 真理の吟唱』には「観世音菩薩を称うる祈り」というのがありますが、その祈りの言葉の最期のところには、「生長の家の礼拝の本尊は観世音菩薩なのである」とはっきりと書かれています。このことは、しかしあまり注目されて来なかったようであります。それよりも、神想観で唱える言葉などには、「住吉大神」とか「天照大御神」の名前が出てくるので、それらの神さまが生長の家の本尊だと思い、そんなところから生長の家は神道の一派だという誤解も生まれてきた。しかし、ご存知のように生長の家は「万教帰一」ですから、礼拝の本尊を神道式の名前で呼ばなければならないということはない。仏教で説かれている如来や菩薩を礼拝の対象にしても構わないのです。また「七つの燈台の点燈者」という名前が出てくることもあり、キリスト教とも関係している。こういう信仰の“基本”のところは、皆さんのような幹部の方々はしっかりと押さえておいていただきたいのです。だから、もしかしたらこれから一年間ぐらいの講師試験の問題にも、これは出るかもしれない(笑い)。注意して聞いてください。

【学習】
  『観世音菩薩讃歌』にも説かれていますが、観世音菩薩とは何であるかということを、総裁先生が明確にお示し下さっています。さらに、この項目で詳しく理解することができました。有り難いことであります。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月9日、地方講師試験に受かった方々がレポート作りをしました。熱心ですね。この熱心さが、伝道に結びつくのだと思います。八時間くらいかかりましたでしょうか。書くという行為は、左脳的ですが、右脳が強い人にとっては、バランスを取る上でも大変素晴らしいことではないでしょうか。私自身も、非常に啓発されます。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月8日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月8日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::青年の 未完成なる そのものが 伸び代多し 魅力なるかな
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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P113~114
『宗教はなぜ都会を離れるか?』
第二部 新しい文明の実現を目指して

第一章 偏りのない文明の構築

皆さん、ありがとうございます。(拍手)
それでは私の講話を始めます。テキストとしては、3月に出させていただいた『次世代への決断ーー宗教者が“脱原発”を決めた理由』(生長の家刊)と、谷口雅春先生の『新版 光明法語〈道の巻〉』(日本教文社刊)を使う予定であります。今日の話はどんな話かと言いますと、過去2年間、私が幹部研鑽会などで行ってきた話を基礎として、さらにその上に積み上げるものであります。
皆さんの中には、この研鑽会に毎回来てくださいっている方もいれば、今回初めてという方もいらっしゃると思います。もし前二回、あるいは一回でも来られて私の話を聞かれた方は、その時の話を思い出しながら聞いてください。今回初めての人は、私の話に少し分かりにくいところがあるかもしれません。しかし、『次世代への決断』の第四章に、前二回の講話の内容がまとめて収録されていますから、後でこの文章を読んでいただくと、きっと理解が深まるだろうと思います。講話の時間は限られていますが、話の内容は広範囲に及ぶだけでなく、幹部の人々にはより深く理解していただきたいと考えて、こういう形をとらせていただきたいのです。

【学習】
  『次世代への決断』は、原発の問題点など明確にご教示しておられます。全国民必読の書であると思います。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  7月8日、青年会一日見真会が行われました。推進も行ってくれました。12名の青年が集まってくれました。感動です。松尾憲作本部講師補が国際本部よりご指導に来てくれました。小さな子供さんたちが数人、騒いでいました。それが音響効果になってなかなか良いのですよね。多肉植物というのを空き缶に入れるというクラフト+オーガニックの行事を行いました。食べ物ももちろん、ノーミートです。トーフケーキは、固めるために、知らずに使っていたのは、動物由来でした。それで今回は、寒天で固めたようです。倫理的生活を行いながら、真理を講話を聞く。石川教区としても、とても有意義な時間でした。ご協力くださった皆様、誠に有り難うございました。次は、ミニイベントです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月7日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月7日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::炎天の 空見上げては 涼求む
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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P103~104
自然と人間が共存するエネルギー利用へ

さて、午前中の講話で少し申し上げましたが、なぜ今ごろ新しい経本が出たのかということですが、私は経本を作ろうとして作ったのではありません。ただ、現在「四部経」と呼ばれている雅春先生の自由詩(「甘露の法雨」「天使の言葉」「聖使命菩薩讃偈」「続々甘露の法雨」)には、大自然について記述があまりないのです。全く書かれていないわけではありません。間接的な表現はもちろんあります。けれども、自然界と人間との関係を示す表現が少ない。それよりは、人間社会の中の生・老・死の問題をいかに考え、それらをどう超えて喜びをもって生きていくべきかという教えが前面に打ち出されている。これは、発祥当時の時代的要請にもとづくものです。「四部経」がお家にある方は、あとで確認してください。谷口雅春先生は、しかしこの「四部経」を出された後にも、たくさんの教えを説かれました。その中には『真理の吟唱』の中に収められた祈りの言葉など、自然と人間の関係を扱ったものもあります。が、あまり多くはない。しかし今世紀の人類最大の課題は地球温暖化をいかに抑制し、不安定化しつつある自然界と人類とがいかに共存していくかということですから、私たちがどう自然界と向き合っていくべきかを日常的にしっかりと把握することが、運動を進めていく上で不可欠である。そういう認識から「大自然讃歌」という自由詩を書かせていただいたのであります。

【学習】
  確かに、生・老・死の問題が主になっています。自然の人間の関係を重視するのは、その後であり、ワールドウオッチ研究所が地球白書を出し始めてから、さらに明確になりました。そういう意味で、時代に適応した新たに説かれる御教えであると言えるのです。この数日間の、大雨とその被害、被災者の皆様のことを案じ、亡くなられた方々のご冥福を祈り、かつ速やかな回復を願います。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
  谷口雅春先生33年祭のお言葉を何度もお聞きしていると、33年祭の33を機縁にして、「変身と再生」「発展と再生」という御言葉が耳に残ります。かつて、○○連の本部事務所に数ヶ月間手伝いに行っていたとき、一筆の書が貼られていました。それは、トップの、T、T会長御自身がお書きになっておられたものだった。「師の御言葉に千鈞の重みあらしめむ」と書かれていたように記憶している。すなわち、○○連の会長として、師である、雅春先生の御心を必ず実現するぞ、という御決意に他ならなかった。私は、あらためて、33年祭の御言葉を拝聴し、総裁先生の御心は、教団の変身と再生、教勢の発展と再生、にあるのではなかろうかと確信した。しかし、一歩一歩進んでいく以外無い。一軒一軒、聖書を売り歩いていったキリスト教伝道者のように、倦まず弛まずである。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月6日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月6日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::頂上や はやる心に 鞭打ちて 実相を観る ただ実相を
  
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P101~102
このことを確認してから、皆さんに次の質問をします。では、「大調和の神示」には何が書かれているのでしょう?暗誦している人も多いと思いますから、最初の数行を思い出してください。それをここにも掲げますーー

汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である。天地一切のものが汝の味方となるとき、天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ。

このあとの言葉も暗誦している方もいると思いますが、長くなるのでやめます。それで、ここには何と和解せよと書いてあるのでしょうか?「すべての人々と和解せよ」とか「人間と和解せよ」とは書いてないのです。和解する相手は「人間」に限定されていない。「天地一切のものと和解せよ」と書いてある。それも一度だけでなく、わずか数行の短い文の中に五回も、「天地一切のもの」とか「天地の万物」に和解せよと書いてある。だから、これが生長の家の教えの“根本”だと言えるのです。それでは皆さん、「天地一切のもの」とは何のことですか?それは文字どおりの意味です。「自然界を含めた一切の存在」と和解するのが、我々の信仰の基本中の基本だということです。だから、生物がもつDNAを破壊するようなものを、「人間だけのため」に利用するーー言い換えれば、放射性廃棄物を永続的に生産し、自然界に放出し続けるという技術や生活は、私たちの選択肢の中にはないはずです。そうでしょう?人間は自然界と共存しなければいけない、ともに繁栄しなければいけないーーそれが「大調和の神示」の教えであります。だから、私は“脱原発”を言っているのです。「反自然」的な技術を、人間が大規模かつ継続的に利用するーーそういう生き方から脱すべきだというのです。このことを、皆さんにはぜひ理解していただきたいのであります。

【学習】
  明確はご指導です。天地一切のものとは、「自然界を含めた一切の存在」との意味です。これが信仰の根本である。何というすごいご教示でありましょうか。私は魂に衝撃を覚えました。人間が、放射性物質を放出して、DNAを破壊し、他の植物や動物を根本から破壊する。これは決して、大調和ではありません。遺伝子破壊は、反自然的行為です。それを止めることが必要です。それが脱原発です。

【加賀能登 教勢発展伝道記】
 今日は五者会議がありました。色々と話し合いました。本部青年会部から電話がありました。明後日の、一日見真会です。現在の所、参加者は10名上がっています。大成功です。この見真会を起点として、一歩一歩進んで参りたいです。青年が変われば世界が変わる。これは生長の家的言葉です。数日前には、職員であり青年会育成会議のOさんと、青年会員のMさんが一日中、30軒ほど推進にいってくれました。それだけでも大成功です。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月5日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::長雨や かわず喜ぶ  しとしとと
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。確実に着実に一歩一歩です。信仰に、求道に、伝道に王道はありません。

P99~101
たぶん、みなさんが最もよくご存じである生長の家の文書の中に「大調和の神示」があります。その末尾には「昭和6年9月27日夜神示」とありますが、この時に谷口雅春先生に下された神示であって、発祥当初のものです。このほかに、谷口雅春先生は合計で三十三の神示を受けられている。この「三十三」という数は示唆的ですが、生長の家では、これらすべてが等しく取り扱われているかといったら、決してそうではありません。そうてすね?皆さんも内容を知らない神示、あるいは思い出せない神示はいっぱいあると思います。でも、この「大調和の神示」だけは、よくご存じではないでしょうか?
それはなぜでしょうか?理由は、聖経『甘露の法雨』の経本に収められ、経文より前に掲げられているからです。だから、このお経を読誦しようと思ったら、「大調和の神示」を読まざるを得ない。そういう編集がなされているのです。つまり、谷口雅春先生は多くの神示の中から、この神示を“いの一番”に選んで、聖経の冒頭に置かれました。この聖経の編集方針は、最初のものが出た昭和10年(1935年)以来、変わることなく続いているのです。
聖経『甘露の法雨』だけではありません。『生命の實相』全四十巻(頭注版)の中でも、この神示は特別の位置を占めています。第一巻の冒頭には聖書の『ヨハネの黙示録』第一章の一部分が引用されていますが、その後に続く雅春先生のご文章の最初を飾るのが、「大調和の神示」なのです。ですから、明らかに雅春先生は、この神示が最も大切であると考えられている。さらにもう一点重要なことは、皆さんの目にはあまり触れることはないと思いますが、宗教団体としての規則を記した「生長の家教規」という文書があります。これは文化庁に届け出ている公式文書です。その規則で「教義」を定めている箇所に何が書いてあるかということです。つまり、生長の家はどんな教義を説く宗教であるかを公に宣言しているところですが、そこに何が書かれているかというと、「大調和の神示」の全文がスポッと引用してあるのです。それ以外のことはほとんど書いてない。これらのことから考えれば、「大調和の神示」に示された教えは、私たちの信仰の中では基本中の基本であって、これを除いてしまったら生長の家ではないと言えるほど重要である、ということであります。

【学習】
  「大調和の神示」の大切さ。また、神示の数ですが、33の神示は示唆的であるとご教示されています。33身に身を変じて、衆生を済度する観世音菩薩の33です。また生長の家教規は、大調和の神示になっています。それくらい、大切な神示です。

【加賀・能登:教勢発展伝道記】講習会平成32年 月 日
  今朝、『観世音菩薩讃歌』を拝読していたとき、77頁ですが、「外界に映れる不備や欠陥は、内界の不備や欠陥の反映なり。」と書かれていました。「心に健康を思えば、健康を生じ、心に病を思えば病を生ず」ですので、教勢発展は、心に教勢発展を思うこと以外にないなあ、とつくづく思いました。「無量の勝方便は実相を観ずることより得る」です。実相世界は、「自然の人間は神に於いて本来一体なり」の世界です。この世界を持ち来すのが、私たちの運動であり、その展開の姿が教勢発展です。今日の気付きはとても良かった、と思いました。
  サバイバルファミリーという映画を、○○○で借りてきて見ました。講習会で紹介されていたものです。電気がないということが、どんなものかを映画で体験しました。お勧めです。
 雅春先生の33年祭の総裁先生の御言葉を今日は、○○回繰り返しお聞きしました。やはり、自分のものとするには、繰り返す以外にないなあ、とつくづく思いました。地味ですが、この学習法は大切です。
  今日は『宗教はなぜ都会を離れるか?』のはしがきから72頁まで録音して聞き返した。これを100回を目指して拝聴する。この学習法は、故T元本部講師に教えていただいた方法です。ともかく、徹底して学ぶことです。そうすると徹底して伝道する情熱が魂の底から湧出してきます。自分的なやり方はこれ以外にない、と考えました。ちなみに再生は速聞きです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月4日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月4日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::汗拭きて 更に吹き出す 草引きに
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。それにしても、上と横へ伸びたいという意欲が一向に衰えませんね。なぜならば、それこそが、神の子の性質であるからです。神の子は無限そのものです。

P97~99
地球と人間が共存するために

Q 総裁先生は、原子爆弾は“絶対悪”のように仰いましたが、これまでの長年の成果として原子力をようやく平和利用できるようになったことで、原子力発電があると思います。現在の技術として、廃棄物の処理等が不可能で完全に管理できないことは確かであり、教団が脱原発を選んだことは賛成しますが、未来的に考えて放射能と廃棄物の完全な管理と安全な利用ができれば、原子力発電を使ってもよいと思われるのですが・・・。あるいは、人類はそれを目指すべきではないでしょうか? (50歳・会社員)

A 原発関連の質問です。最初に「総裁先生は、原子爆弾は“絶対悪”のように仰いましたが
これまでの長年の成果として原子力をようやく平和利用できるようになったことで、原子力発電があると思います」とあります。この方の認識はこういうものですが、私は必ずしも賛成しない。また、「未来的に考えて放射能と廃棄物の完全な管理と安全な利用ができれば、原子力発電を使ってもよい」とおっしゃり、さらに「人類はそれを目指すべきではないか?」と書かれています。
なぜですか?私は、「なぜ原子力でなければいけないのか?」と聞きたいです。また、ほかにもエネルギー源は多くあるのに、なぜ原子力か?と問いたいです。原子力発電と他のエネルギー利用が違う最大の点は、原子力が生物一般に共通して有害であるということーーつまり、生物の組織の基本設計を定めた「遺伝子」を破壊するという点です。原子力利用は、この点で、他のエネルギー利用技術と根本的に違うと私は思います。
私は、「大自然讃歌」にも「観世音菩薩讃歌」にも書きましたが、人間は自然界の一部であり、他の生物と大調和しなければならないのです。

【学習】
  原発の問題です。どうして、日本だけが原発に固執するのでしょうか。業の力を感じます。しかし、日本は外圧に弱いので、国外が脱原発に流れている以上、その流れになると思います。現在、生長の家は大分の地熱発電です。原発利用は、なんらかの形で、遺伝子破壊が行われるということです。福島原発の破壊で、先日NHKの番組を見たところ、浪江のあたりの調査をしていましたが、昆虫や植物の形が変形しているのがあることが確認されています。放射性物質が自然界に流れているのです。山は下草を刈り取っただけですので、残るはずですね。こんなやり方で、政府は大丈夫と言っていますが、大丈夫ではないようです。生長の家は脱原発です。

【加賀・能登伝道記】
 変身と再生の数字が13。3はそういう意味で飛躍の言葉であると、総裁先生は言われています。(雅春先生の33年祭)。三は二よりも、動きを感じます。今日は、帰りは、すごい風で自転車が吹き飛ばされそうになりました。ビル風でしょうか。温暖化の関係もあると思います。
 今日から、『宗教はなぜ都会を離れるか?』を録音し始めました。目標は、○○回は聞くようにしたいと思います。
 倫理的生活者養成塾という名称でライン学習会を開いています。毎水曜日夜、小一時間でです。テキストは、『宗教はなぜ都会を離れるか?』です。今日は、お一人体調が優れず、欠席でしたので、始まる前に、5分間、実相円満しょう行を行いました。常に、友のために祈る。これも倫理的生活です。4人くらいがちょうどよいですかね。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月3日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」




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平成30年7月3日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::金魚草 ゆらゆらゆれて 涼しげに
  
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P95~97
こう述べられた後に、雅春先生は「実相においては一切の生物は(人間をも含めて)完全に調和していて、戦いや喰い合いはない」と書かれている。つまり、『甘露の法雨』のこの詩文が描く「生物間の完全な調和」の中には人間も含まれていて、すべての存在は大調和の中にあると説かれているのである。
このように見てくると、生長の家では『生命の實相』や聖経『甘露の法雨』にも、また『真理の吟唱』に収録された複数の祈りの言葉にも、「自然と人間の大調和」が説かれていることが分かる。では、それならば、これらの聖典の熟読によって「神・自然・人間の大調和」を目指す運動を進めていけばよいという考え方はあるだろう。私もその考えに賛成である。しかし、それらの聖典・聖経類だけでは、現代的な諸問題に十分対応しきれない側面もあるのである。このため、私は「大自然讃歌」などを著して聖経類の補強を試みたことは先に述べた通りである。
この「近代的な諸問題」とは、谷口雅春先生が聖経・聖典を書かれた時代には必ずしも表面化していなかった様々な問題であり、遺伝子組み換えなど生命科学の発達にともなう倫理問題や、地球温暖化やエネルギー・資源問題も含まれる。これらの問題へ正しく対応するためには、自然と人間の本質的関係を理解することが必要である。そのことを具体的に示しているのが、原子力の利用の是非をめぐる論争である。この問題は一見、純粋に技術的な考察で解決し得るような印象を与えるが、本当はそうではなく、自然と人間の関係を宗教的、哲学的なレベルまで掘り下げて考える必要がある、と私は考える。
なぜそうであるかを示すために、原子力発電について、私が生長の家の講習会で受けた質問に対する回答を次に掲げよう。私は、講習会では午後の講話の時間の最初の30分を使って、参加者からの質問に答えることにしているが、以下の文章は、2012年12月2日に徳島県の生長の家講習会で行われた質疑応答の記録に若干の加筆をしたものである。

【学習】
  その時代に応じて、周縁部分の真理を説いて行かれるのが、総裁先生のお役目であろうと拝察申し上げます。総裁先生が説かれる、宗教卵焼き論です。そう言う意味に於きましても、伝えようとする神髄は変わらないが、環境の変化に応じて、説き方が変わると考えられます。教えは変わらないが、教え方が変わる訳です。そして、そのまま無我になって、総裁先生がお説きになる真理を学び、かつ実践する。これが、中心帰一であり、信仰者の生きる道であろうと考えられます。

【加賀・能登伝道記】
  「自信は他信を呼ぶ」という言葉があります。自分の完全さを信じて生きるとき、それが波及して、他の人々がその人を信じるようになる。自分で自分に誇りを持てずに、他の人々がその人を尊敬する訳がありません。自信はどこから来るか、ですが、肉体を越えた自分を自覚することから始まると考えられます。「我世に勝てり」との自覚が、勝利感となります。勝利とは、他を圧倒して得るところの勝利感は、本当の勝利感ではなく、相対的な勝利感です。それは、自分よりも相手が強かったならば、敗北感になるところのものです。自己に打ち勝つ者が、初めて自分を人生に於いて勝利せしめます。
 「凡庸の唄」にあるように、余裕ある心になるという充実感こそ本当の意味での勝利感でありましょう。上に伸びるだけでなく、横に広がるところの生長こそ、世界に平和を持ち来します。その人がいるだけで、その集団が幸福に感じる。幸福感なくして、他に幸福を与えることはできません。まずは、神の子の実相を観ずる神想観を実修しましょう。そして、「自然と人間とは、神に於いて本来一体なり」の自覚とその世界実現のために、PBSによって、生き方を学び、伝道にまで進めて参りたいと思います。先日の雅春先生の33年祭の時の総裁先生のご挨拶で、3という数字のご説明がありました。「道と生活と愛行」という三つもあります。「神想観、聖典読誦、愛行」という三つもあります。真理を求め体得し、それを生活に実践し、さらに伝道する。信仰者の定番の生き方です。信仰に王道なし、です。今日もお互いに、大いに、真理を、愛を、実践して参りたいと思います。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月2日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月2日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::波の中 シューと速し アユの影
  
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P93~95
ここを読めば、自然界のすべてに神の「無限」の御徳が満ちている、と先生が説かれていることは明らかだ。つまり、自然界はその隅々までも神の住処であり、神の表現物であるということだ。では、そこにいわゆる“生存競争”のような闘争が観察されるのは、なぜだろう?これを説明するためには、「実相」と「現象」という、生長の家で最も基本的な考え方を導入しなければならないが、ここでは詳しい説明は割愛する。
生長の家では、“生存競争”と呼ぶような殺し合いの世界は現象であり、実相においては存在しないと考える。では、神の創造になる世界の実相は、どのような状態なのか?それを『甘露の法雨』は「神」の項で、次のように描いているーー

神があらわるれば乃ち
善となり、
義となり、
慈悲となり、
調和おのずから備わり、
一切の生物処を得て争うものなく、
相食むものなく、
病むものなく、
苦しむものなく、
乏しきものなし。

ここに引用した詩文の後半は、「生物間の大調和」を描いていることは明らかだ。
これが、神の創造の世界の実相だと考えるのである。「生物間」だから当然、人間と他の生物との関係も含む。それを、谷口雅春先生ご自身は、こう解説されているーー

吾々は肉眼というレンズを通して五官という感覚器官を通してみると、現象世界の色々の争いや闘いや喰い合いや殺し合いの有様を見るのであります。しかし実相においては凡ての生物は互いに喰い合っていないのである。殺し合いをしている肉食動物などというものは、実相の世界の中には居ないのでありまして、実相においては互いに殺し合いなどしていないのであるけれども、その人の心の立場において或る角度から眺めて見ると、殺し合いをしているように見える。「見える」ということと「実際にある」ということとはちがう。
(同書、64頁)

【学習】
  この御文章は極めて重要です。自然界はすみずみまでも神が作られてものです。しかし、生存競争、殺し合いの世界は、何故に存在するがごとく見えるのでしょうか。しかし、眼を実相世界に向けると、そこには殺し合いの世界はない。肉食動物はいない、それが実相世界です。殺し合いが見える、見えるけれども本来はない、のが実相世界であると説かれています。

【加賀・能登伝道記】
  昨日から、自転車で通勤していますが、かなりの重労働です。この数ヶ月、自動車での移動がほとんどでしたので、足が萎えています。それを復活させる必要があります。毎日、乗る以外にありません。それにしても、若者の自転車は速いですね。昨日、交差点の青信号を自転車で横切っていますと、若い女性がスマホで話しながら、勿論、自転車にのって、私の前を横切りました。ご本人は、話す相手との会話に夢中になり、そばに自転車があるということも気がつかなかったようです。こんな感じで、事故が起こるのでしょうね。歩きスマホ、自転車スマホは止めていただきたいものです。自分では気がつきませんでしたが、教化部へ行く5㌔でかなりのエネルギーを消耗していたようです。昨日、お昼頃に、「部長、かなり回復してきましたね」と言われてしまいました。自分では気がつきませんでしたが、相当に疲れた顔をしていたようです。でも、日に日に筋力がつきます。ヒルクライムのトレーニングが始まります。ゆっくりと歩を進めて参ります。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年7月1日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年7月1日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::さっと拭く 汗の後から また汗が
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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  P90~93
実相世界における自然界と人間の一体性と大調和の関係は、このほかにも「天地の万物を祝福する祈り」「有情非情悉く兄弟姉妹と悟る祈り」「良きアイディアを受信するための祈り」「金剛不壊の真身を自覚する祈り」などの中に明確に説かれている。読者はぜひそれらを参照されたい。
聖経『甘露の法雨』の詩文にも同じことが説かれている。まず、冒頭の「神」の項には、神の御徳が次のように描かれているーー

創造の神は
五感を超越している、
六感も超越している、

至上
無限
宇宙を貫く心
宇宙を貫く生命
宇宙を貫く法則
・・・・・・

この詩文で、神を「無限」と表現していることの意味を、先生は次のように説明されている。ーー

(前略)これはもうお解りの通り限りがないことです。どこにでも充ち満ちておられる。(中略)神は遍在であり、どこにでも充ち満ちていらっしゃるーー即ち「無限」なのです。したがって皆様の内にもいらっしゃる。どんな堅い骨の中でも、歯の中でも、内臓の中にでも、食物の中にでもいらっしゃるのであって、神様のいらっしゃらないところはないのであります。
これは神様のみち満ちていらっしゃる広がりについて言ったのでありますが、広がりだけではないのでありまして、どんな姿にでも顕れられる。それも亦無限なのであります。どんな色にでも現れるし、どんな形にでも現れる。すべての生きとし生けるもの、植物でも、鉱物でも、動物でも、ありとしあらゆるもの、みんな神様の顕れでありますが、無限に異る姿をしているのであります。これだけ多数の人がお集まりになっても、一人として同じ顔をしている人はいないのです。
人間だけではない、木の葉一枚にしてもそうです。此処に一枝の紅葉があるとしても、一本の木だからどの紅葉も同じ形をしているかと言うと、そうではないのであって、あの紅葉の葉をちぎって重ねて見ると一つとしてぴたりとひとつに重なるものはないのでありまして、皆多少異うのであります。そのように無限に異なる姿のものを又無限に産み出すところの本元が神さまなのでありますから、神さまはまだまだ無限であると言う訳でありまして、神様は自己の内に無限の姿、イメージ又はアイディア有ち給うのであります。
(『新講「甘露の法雨」解釋』、37~38頁、原文は旧漢字、歴史的仮名遣い、以下同)

【学習】
  『新講「甘露の法雨」解釋』、です。この聖典はよく使用させていただいています。『甘露の法雨』は生長の家の御教えの全貌が説かれています。そして、さらに自然と人間との関係を補強していただいたのが、二つの『讃歌』であるのです。両方を拝読する必要があります。

【加賀・能登伝道記】
  決意というものは、自分の力の限界を突破させるものらしい。先輩のK元本部講師が類纂した『信仰の活人剣』という本を使いたいと思ったら、使用できないらしい。それで、この本の文章をワープロし、それに解説など、自分の文章を入れてプリントアウトする。本文よりも自分の文章が多ければ法的には良いらしい。それでなんとか、年内に完成したいなあと思った。総裁先生の御教えを全人類に宣布する。石川からも、その発信を開始できれば、こんなうれしいことは無いと思う。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年6月30日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年6月30日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::自転車で 風そよそよと 夏帽子
  
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P89~90
神の創造り給いし世界の実相は、自然と人間とが一体のものとして常に調和しているのである。

『真理の吟唱』に収録された祈りの言葉の中には、このほかにも大自然と人間との不可分の関係を説いたものがいくつもある。「天下無敵となる祈り」は、まず「宇宙全体が神の自己実現である」と宣言し、「宇宙にある一切の存在にはすべて神の生命と愛と智慧とが宿っている」と説いた後、人間は皆自他一体の関係にあることを述べ、さらに続けて人間と自然との関係について次のように説いているーー

すべての人々の生命がわが生命と一体であるだけではなく、すべての動物・植物の生命とも私は一体であるから、すべての動物・植物に対しても私は愛を感ずるのである。それゆえにいかなる動物からも害されることはないのである。すべての昆虫、その他、這う虫、飛ぶ虫のわざわいをも受けることなく、わが果樹園にも茶園にも田畑にも害虫の被害などはないのである。いかなる細菌も真菌もヴィールスも、すべて“生”あるものは、神のいのちちを宿してこの世に出現せるものであるから、“神の子”である私を害することは決してないのである。宇宙の一切の生命は、唯ひとつの神の生命に生かされ、唯ひとつの神の智慧に支配され、導かれているが故に、生き物たがいに相冒し合いて病を起こすなどということはあり得ないのである。(同書、95~96頁)

【学習】
  「天下無敵となる祈り」は、神、自然、人間の大調和の実相の世界を表現しておられます。「自然と人間とは神に於いて本来一体なり」の言葉は、スローガンですが、実相の世界を表現しています。この言葉と意味が全人類の潜在意識にまで満ちあふれるとき、環境問題は解決すると考えられます。顔晴りましょう。

【加賀・能登伝道記】
  総裁先生の御心を自分の心とするにはどうすればよいのでしょうか。先輩の故T元本部講師が、師の御心を自分の心として、自分が講話する言葉に、師の言葉が自ずから発せられるようになる必要がある。そのために、録音テープならば最低100回は、繰り返し拝聴することだ、とお聴きしたことがあります。かなりの努力です。聖経も10万巻を目指しておられました。当然のことながら、『讃歌』の拝読もそうあるべきかもしれません。実際に、T元本部講師は、それを実践しておられました。全人類に御教えを伝えようとする使命感と伝道実践は、強烈な求道から生まれてくるのでありましょう。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年6月29日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年6月29日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::自転車に 乗ればわくわく 森の中 風ざわめきて 鳥はさえずる
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。それにしても、上と横へ伸びたいという意欲が一向に衰えませんね。なぜならば、それこそが、神の子の性質であるからです。神の子は無限そのものです。

P86~88
ニ、吾等は生命顕現の法則を無限生長の道なりと信じ個人に宿る生命も不死なりと信ず。
三、吾等は人類が無限生長の真道を歩まんが為に生命の創化の法則を研究発表す。
四、吾等は生命の糧は愛にして、祈りと愛語と讃嘆とは愛を実現する言葉の創化力なりと信ず。
このように、生長の家の運動が生命全体の大調和の実現を目指していることを示す有力な証拠は、谷口雅春先生の著書『真理の吟唱』にある祈りの言葉の中にも見出される。この著作は、1970(昭和45)年に初版が出た当時は「聖経」の名が冠されていなかったが、その後、『聖経 真理の吟唱』と改められた。これは、雅春先生ご自身がこの書の重要性を認められたことを示している。そして、この聖経の冒頭を飾る祈りの言葉「新生を感謝する祈り」を読むと、「大調和の神示」にある「天地一切のものとの和解」の意味が明確に示されていることに気づくのである。
その部分を引用しようーー

神はすべてのすべてであり給う。天地一切のものは、神の愛と智慧と生命との顕現であり、私たち人間も神の愛と智慧と生命との顕現であるから、天地一切のものと、私たち人間とは、同根であり、兄弟姉妹であるのである。それゆえに、天地間の一切のもの悉くみな私たちの味方であって、私たちを害する者など何一つないのが実相であるのである。
もし私たちが何者かに害されたり傷ついたりすることがあるならば、天地と同根であり一切の存在と兄弟姉妹である自分の実相をわすれて、天地一切のものと自分の心とが不調和になったことの反映であるから、神は「省みて和解せよ」と教えられているのである。
(同書、11頁

【学習】
  「生長の家の運動が生命全体の大調和の実現を目指している」。この御言葉に尽きます。それに向かって日々前進して参りたいと存じます。

【加賀・能登伝道記】
  日中がとても暑くなりました。プランター菜園の水やりが必要になりました。教化部のを見ると、スイカは二つ、加賀野菜のカボチャは数個、できていました。うれしいです。カボチャは種からです。育てるには、手間暇かかることを、菜園で教えられます。菩薩の育成も同様です。もっと時間がかかります。また、メンテナンスもすごく必要です。育てるにも、他のお役に立つように育てなければなりません。放っておいたら、中心帰一の真の菩薩は生まれません。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年6月28日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年6月28日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::おお暑い ソフトクリーム 食べたいね 思えどここは 山の中なり
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
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 また、総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家総裁」です。英語版は、「  Seicho-No-Ie President」です。
【白鳩会総裁先生のブログ「恵味な日々」を拝読しましょう】                
7 http://junkotaniguchi.cocolog-nifty.com/blog/
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。それにしても、上と横へ伸びたいという意欲が一向に衰えませんね。なぜならば、それこそが、神の子の性質であるからです。神の子は無限そのものです。

P85~86
一、吾等は宗派を超越し生命を礼拝し生命の法則に随順して生活せんことを期す。

ここに「生命を礼拝」とあり、「生命の法則」とあることに注目してほしい。この「生命」とは、人間の生命だけを指すのだろうか、それとも自然界の中のすべての生命を指すのだろうか?私は、後者が正しい解釈だと考える。その理由は、谷口雅春先生が「生命」と書かれる時は、一般的には「人間」に関わることも多いが、「人間を含む生物全体」を指すことがほとんどであるからだ。例えば、前に引用した「ヘビとカエルの闘争」の話では、先生はヘビに呑まれつつあるカエルの苦痛の様子について、次のように書かれていたーー

その苦痛そうに見える四肢の踠きや、「生命」の同胞が相食んでいる光景を「生命」の同胞の一人なる自分がみることは、ただそれを見ることだけでも幸福なる事実ではない。

ここで明らかに、先生はヘビやカエルを「生命の同胞」として捉え、そう感じておられるのだ。ということは、光明宣言の第一項で宣言された「生命を礼拝」することは、人間の命だけではなく、自然界の他の生物の命を礼拝することも意味すると考えねばならない。そして、これと同じ観点から光明宣言の次項以降を読み直してみれば、第ニ項から四項までが生物界全体に関わるということが分かるはずである。

【学習】
 生命を礼拝する。生命の法則、蛇と蛙の話、生命の同胞のこと。これは『生命の実相』に書かれています。この御文章は、100回以上拝読していますが、総裁先生のような説き方はまさに、生命の実相の真理を現代的に活かす、という表現がピッタリとします。私は、総裁先生の御文章に触れて、雅春先生の御心がはっきりと理解できました。ありがとうございます。

【加賀・能登伝道記】
 7月1日は、青年会育成会議で、7人の方々が集まりました。その中で、青年会所属の人がお二人も入りましたので、雰囲気はかなり若返りました。7月8日の青年会一日見真会の打ち合わせでした。色々と議論を重ねました。プログラム、食事の内容、クラフトの内容、閉会の時間、推進についてなど、とても有意義でした。青年が意見を出してくれましたので、素晴らしかったです。これだけでも、成功間違いなしだと思いました。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年6月27日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年6月27日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::真心を どこまで出したか 講習会  拝みに歩く 今日も明日も
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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2018年6月号 機関誌掲載
〈立教89年生長の家春季記念日・生長の家総裁法燈継承記念式典での言葉〉
平成30年3月1日 生長の家総本山

“便利さ”より努力を選ぼう
生長の家総裁 谷口雅宣先生

 ※皆さん、ありがとうございます(拍手)。本日は「立教89年の記念」と「生長の家総裁法燈継承記念」ということで、全国から大勢お集まりいただきました。誠にありがとうございます。
今日は、ちょうど日本上空を低気圧が北上していて、北日本から来られた方は、荒天のため大変な面もあったかと思います。しかし、こうして皆さんとこの生長の家の総本山で再びお会いできることをうれしく思います。よろしくお願申し上げます。(拍手)
またご存じと思いますが、本日はこの会場にカメラが入っておりまして、インターネットを通じて全世界にもこの式典の様子が放映されているところであります。日本はあいにく晴天ではありませんが、先ほど皆さんと一緒に歌った「水と森の歌」を思い出してください。そこには、人間と地球の自然環境ーー特に水との関係が、実に壮重な言葉で深い洞察にもとづいて描かれておりました。あの歌を歌いますと「台風もハリケーンもモンスーンもみな素晴らしい役割がある」ということを教わりますね(拍手)。
私たちはとかく日本の視点から、あるいは人間の観点だけから現象を見て、「善い」とか「悪い」とか言っているけれども、もっと広い立場からーー自然の生態系全体の観点から世界を見ると、日本は国土全体に占める森の割合が大きく、降水量も多いという、今日においては珍しく恵まれた国なのであります。ご存じの通り昨今、地球環境がどんどん乱れてきていて、多くの国では水不足になっています。しかし、日本は水は溢れるほどある。その中で、私たちは「自然と一体の生活をしよう」というメッセージを全世界に広げていくーーその運動が、いよいよ大切になってきていると考えるのです。
【学習】広い視点からすべての事象を捉える。これは実に大切です。特に、「自然と一体の生活をしよう」というのが、現在の運動の中心になっています。また、そうでなければならないと思います。それにしても、インターネットの威力はすごいものです。しかし、対面の力も大いに大切です。一般の皆様を動かすのは、やはり、日頃のお付き合いと対面のお勧めの威力です。(中内)

 ※ オリンピックは努力の産物

さて、世界で最近注目されたことは何でしょうか?平昌オリンピックです。皆さんも、、テレビやその他のメディアを通して引きつけられるように、いろいろな競技を観戦されたと思いますが、私も同じであります。私は長い間、東京に過ごしていましたから、ウインタースポーツとはあまり縁がないのであります。しかし、北杜市大泉町へ越しますと、冬には雪がたくさんあって、ウインタースポーツができない人はちょっと寂しいーーそういう経験をいたします。しかし、その私にもできるウインタースポーツが一つあるのです。それは雪かきですね(笑い、拍手)。情報によりますと、昨晩も北杜市には20センチの雪が降ったそうでありますから、今日、私が自分の家へ帰れば、早速やるスポーツが待ち構えている(笑い)のであります。

【学習】雪かきをウンタースポーツを言われた時、会場には笑い声が聞こえていました。ユーモアです。雪かきはすごく力が要ります。ですが、雪作業の時は、できれば、複数で行うとよいと言われています。(中内)

 ※ さて、雪かきの話は別にして、私たちはオリンピックその他の競技を見て、なぜ感動するのでしょう。そのことを今回、私は考えました。講習会などで私がよく話をするのはーー皆さんも覚えていらっしゃると思いますがーー「向上心」についてです(図1)。オリンピックこそ、人間の向上心を表現するユニバーサル(普遍的)な場であると感じました。ここでは、前回からの四年間で、選手たちがいかに向上心に燃えて練習を積んだかどうかが、競技の成果に反映される。そこで、悲喜こもごもの様々なドラマが展開されました。
今年、日本にとって素晴らしかったのは、メダルを取る人の数がかつてないほど多かったことです。その中でも、男性よりも女性の選手が多かったですね。生長の家は白鳩会の運動が盛んですけれども(笑い)、日本でも女性がどんどん能力を発揮する時代が来ております。もちろん男性も、素晴らしい活躍をしました。羽生結弦さんや渡部暁斗さんは、世界を感動させましたが、その一つの要因は、彼らが二人ともケガをしていたからですね。しかし、たとえケガをしていても、自己を統御することでメダルは取れるということを証明してくれました。それとは対照的に、女性陣は明るく戦って、負けても「次ががありますから」と言って笑顔でした。その姿を見て、私は生長の家の「日時計主義」を実践しているような印象を受けました(拍手)。男女ともに、私たちにとって“希望の星”になるような活躍をしてくださいました。
このオリンピックのようなスポーツ競技は、優劣や勝敗が明確に出ることで、単純だけども重要なことを教えてくれます。それは、人間の喜びはどこから来るかといえば、「努力を重ねてそれが実ること」だということです(図2)。努力の成果が評価されるーーこれはすごく単純で当たり前のことなので、皆さんはそれが正しく、今後もきっとそういう仕組みが、世界全体にスポーツ以外の分野でも続いていくと考えておられるかもしれません。ところが、それが最近、怪しくなってきたのですね。「努力することに価値がある」という当たり前のことが、努力によって幸福感や喜びが訪れるという自明のことが、だんだん説得力を持たなくなってきているようです。
【学習】「努力を重ねてそれが実ること」。これは、スポーツのみならず、信仰に於いても、伝道に於いても同様です。伝道に王道なし、です。若い人の掘り起こしでも、地道に行っているとそれができるのです。キリスト教徒が聖書を売り歩く熱心さに襟を正す、と書かれていたことがあります。真摯な伝道は人の心を打ちます。(中内)

 ※今日の科学技術の発達の方向を見ますと、「努力はできるだけ省略し、頭や手足を使った複雑な作業は機械に代行させよう。それが人類の幸福への道だ」という考えに基づいた経済や技術改革が行われているように、私には感じられるのであります。皆さんはどう感じておられますか?世の中はどんどん便利になっていますが、「便利」というのは、人間が「努力」を省略しても、いろいろなことが可能になるということです。
ここに出したのは、向かって左側が自動運転車です(図3、次頁)。それから右側は、私たちが将来お世話になるかもしれないロボットです。日本では、ロボットを介護に使うと言っています。そうなると、私たちはロボットが覚えていること、または指示することに素直に従って(笑い)生きなければならないかもしれない。それから自動運転車って、何のためにあるのでしょうか?自動車に乗って、機械に向かって「どこそこへ行くよ」と言うと、あとは車自身が「オレは勝手にそこへ行くよ」と運転を始めるのでしょうか?私たちはそれに素直に従って、あるいは全幅の信頼をおいて、車内でのんびりする。自動車の中で何をするんですか?本を読んだり、ゲームですか?あまりすることがないですよね。そういう世界が来ることが“素晴らしい”と産業界では考えているようですね。皆が集中して、そういう「努力をしない」ための技術の開発にしのぎを削っています。
さらに、別の分野での自動化も進行しています(図4)。向かって右側の二つは「お買い物をする時には財布は不要」というタイプの自動化です。現金を数えたり、つり銭の計算をするなどめんどくさいことは全部省略して、カードやスマホ、QRコードなどを使って、すべてのことを自動化するーーそういう方向に全世界が進もうとしているようです。私は「困ったなぁ」と思っています。なぜなら、頭や手先など人間の肉体の機能は、使わないとどんどん低下していくからです。
向かって左側には、ドローンが写っていますね(図4)。ドローンって何ですか?昔、フランスにアラン・ドローンという人がいましたが(笑い)、今もいらっしゃいますかね?そのドローンさんとは違いまして、遠隔操作で空中を飛んでいく機械のことですね。これはもともと、アメリカ軍がイラク戦争などで使い始めた軍事技術で、それが今、民生用に利用させているのですが、世界最大のネット通販会社であるアマゾンが、商品の配達にドローンを使い始めました。日本ではまだやっていませんが、アメリカではやり出したそうです。これによって何が起こるかといえば、私たちが手許にあるスマホからアマゾンに商品注文すると、どこへ行かなくても数日で、あるいは1週間後には商品が空から届けられるということです。アマゾンの営業規模から考えれば、世界中のあらゆる製品が手に入るかもしれません。「便利」といえば、これほど便利なことはない。しかし、便利さには、必ず“裏側”があるのです。ワープロやパソコンを使うようになって漢字が書けなくなったことを思い出してください。

 ※私は、この「自動化」や「便利化」への極端な偏りはオカシイと感じています。なぜオカシイかといえば、先ほど言った通りです。オリンピックでは、「努力が実ることで幸福が訪れ、人々は感動する」とお話ししました。競技に参加する選手は、自動機械を使ったり、走るべきコースを省略したりしません。肉体の機能を一時的に向上させる薬品などを服用すれば、「努力をしなかった」として世界中から非難されます。これからパラリンピックがありますよね。パラリンピックって何ですか?肉体的にハンディキャップを背負った人たちが、ハンディキャップを努力によって克服するという、その努力を競技に反映させるものです。ドローンを使ったり、機械に乗るのではないのです。私たちは、自らの肉体と精神を使ってハンディキャップを見事に乗り越える選手たちを見て、感動する。そういう努力の価値をきちんと認めながら、一方で「努力を省略すれば人類は幸福になる」という考え方が、世界を覆いつつあるのであります。

便利化は人を“ロボット」にする

機械による省力化や、便利になるということが私たちに何をもたらすか?・・・私は、それによって人間がしだいに“ロボット”に近づいていくと思うのです(図5)。なぜこの二つが結びつくのか?この関係は、直感的には分かりにくいかもしれないので、これから説明します。
まず、今の社会の前提を考えてください。それは高度技術社会であり、大資本が動かしている社会です。高度技術の獲得のためには大資本が必要ですから、資本の集中を通して技術の集中がしだいに進んでいきます。つまり、企業の買収や合併を通して、高度な技術をもった会社の数はしだいに減っていきます。と同時に、資本力をもった会社の数も減っていきます。それによって、市場は独占状態に近づいていきます。実際に、その通りになっていますね?例えば、私たちが使っているコンピュータは、いろいろなことができて大変便利ですが、そのコンピュータを動かす基本ソフトは、パソコンの場合、世界で一つか二つくらいの会社に独占されています。それによって、基本ソフトがバージョンアップすると、ソフトウェアを開発する会社は、基本ソフトの仕様通りにアプリを作り、私たちユーザーはそのアプリの仕様通りに指を動かし、目を動かし、そのうち首や脚も動かすことになるでしょう。私たちはその基本ソフトの会社の意向通りに機械を動かさないと、アプリの開発もできず、古いソフトは使えなくなる。そういう時代に、もうすでに入っています。
こういう関係が、コンピュータ以外の分野にも拡がっていきます。自動車メーカーや電力会社との関係を思い出してください。不要な機能を買わねばならず、サービスのオプションはメーカー主体です。相手は巨大企業なのだから、「それでも仕方がない」と考えませんか?そういう「長い物には巻かれろ」式の心の姿勢があらゆる方面で定着していけば、どうなるでしょうか?
 現在、世界の国々の中には、政治の分野で、ある中心人物のやることはすべて正しいとして、それに従っていけばいいという民主主義を放棄するような動きが目立ってきていることに気がついていただきたいのです。日本も例外ではないし、アメリカも中国もロシアもトルコも・・・個人が判断するのではなくて、強力な政治家の「言っていることに従えばいい」という考えの人が増えています。でも、そういう行動をするのは、“ロボット”ですよね?そういう意味で、今後ますます発達する高度技術社会には、私たちが考えていかなければならない問題があります。強い政治家に盲目的に従うのではなく、国民一人一人が“神の子”の力を発揮していく社会を建設していかなければならないということです。
次に画面に出てきたのは、今の先端技術の一つである「顔認証”の技術です(図6、次頁)。
写真や画像の中から人間の顔を見つけ出し、それが誰の顔であるかという点まで認識できるようになってきました。技術の進歩には驚かされます。
顔認識は、英語では facial recognitionと呼ばれていて、この技術は、すでにアメリカのSNS「フェイスブック」では採用されています。ですから、私たちが写真を撮ってそれをフェイスブックにアップロードすると、顔がこういう四角形で囲まれて認識され、名前が表示されることがある。こちらが何もしなくても、フェイスブックの側で勝手に名前を付けるのですよ。このことをよく考えてみて下さい。写真は今、デジタル化していて、パソコンでは優れた編集ソフトが普通に使われています。ということは、改変が簡単にできるのです。人の顔を別の顔に差し替えることなどわけなくできます。だから、正しく使えば便利だけど、間違って使うと大変危険な結果を生じる可能性があるのですね。
もう一つ、今度はイラストをお見せします(図7)。これは、2013年にテレビ東京の『トレンドたまご」』という番組で報道された「プライバシー保護メガネ」です。この番組によると、このメガネは、「街中で意図しない撮影をされてもスマートフォンやデジカメで顔認証されない」ためのもので、その電源を使わないバージョンを国立情報学研究所が開発したというわけです。
何のことだか分かりますか?私たちが今、スマホやデジカメを使って人の顔を撮る。それを機械にかけると顔認識によって、誰であるかが入力できます。そうすると、その同じ顔の人が別の写真に写っていても、誰かってことが自動的に判別される。そのような技術が実用化されてきているのです。ということは、都会にたくさん設置されている防犯カメラや監視カメラを解析すれば、機械に登録されてある人が、いつどこへ行き、どんな行動をとったかが自動的に分かるようになる。街中でランダムに撮られた映像から、そんなことをされたら、私たちのプライバシーなどなくなってしまう。それはたまらないと嫌がる人は、こういうメガネをかけたら、本人の特定が難しくなるということです。
最近のニュース報道をテレビで見ると、スナップ写真や集合写真の中で、顔をボヤカして判別できなくしてあるのがありますでしょう?昔はそんなものはなかったのです。なぜ、ボヤカすかというと、顔認識の技術が発達しているので、顔が見えると報道に関係のない人も皆、その技術によって誰であるかが特定され、個人のプライバシーが侵される危険が出てきているからです。
それでこのメガネは、そんな危険を嫌がる人が、街を歩いている時にかければ、目の周辺が覆われて本人を特定するのことができなくなるーーそういう機能をもったメガネだというのです。私は今、そんなメガネの需要があるとは知らなかったです。これから私もそれを買ってかければ(笑い)、駅や飛行場で静かに過ごせるかもしれない(笑い)ーーまぁ、今のは冗談です。

【学習】顔認識は間違いもあるのではないですかね。フェイスブックで誰々さんがいる、と書かれている時がありますが、まったく別人の時もありますね。機械は間違うことがあります。(中内記)

 ※ このように発達を続ける顔認識の技術について疑問をもつ人もいれば、まったく疑問を抱かない人もいることを、私は最近知りました。二月下旬にNHKがフランス2(ドゥ)の報道を紹介していましたが、中国ではあまり問題視されていないようです。ご存じの通り、中国社会では自由が許されていません。しかし、ここでは高度技術が日本並みに発達していますから、顔認識の技術も中国では実用化しています。日本でも、私たちが都市を歩くと、よく交差点とかその他、商店街や金融機関の建物の入り口などには監視カメラが据え付けられています。私たちは、それは別に自分を監視しているのではないから「何でもないだろう」と思って見過ごしています。しかし、何か街で事件が起こると、警察は容疑者を捜すために、必ずと言っていいほど、その周辺にたくさん設置された監視カメラの映像を分析するのです。で、容疑者を特定します。そこで顔認識の技術が使われる。
中国では犯罪捜査だけではなくて、普通の人の買い物にもこの技術を使い始めているようです。また、監視カメラの数は日本の比ではありません。先ほど触れたNHKの報道番組によると、日本は2016年に500万台だったのに対し、イギリスは2014年が590万台、中国は2017年には実に1億7000万台に達したそうです。だから、あの国ではほとんどの街角に監視カメラが付いていて、そこに顔認識の技術が導入されていると考えていいでしょう。すると誰が、どの時間に、どんな場所で、何をしているかが、中国の都市ではすべて記録されているかもしれない。それは、便利に使えばものすごく便利です。例えば、町角でケンカがあれば、誰が最初に手をだしたかが分かる。商店では万引き防止に役立つかもしれない。消費者にとって買い物が便利になる。ということも事実でしょう。
同じフランスのニュース報道によると、今、中国で始まっているのは、銀行や商店への顔認識技術の導入です。例えば、銀行のATMでは、カードも暗証番号も使わずに「顔」だけで現金が引き出せる。本人確認は顔でできるからです。しかも、記録が残っているので「不正が行われる心配はない」と銀行員は言っていました。スーパーマーケットへ人が入っていくと、店では誰が来たかが分かる。レジもなく、レジの担当者がいなくても、商品のバーコードと客の「顔」さえあれば、代金はその客の銀行口座から自動的に引き落とされるそうです。たぶん口座の残高も、システムの管理者には分かると思います。
この報道番組の中では、編集記者が監視カメラについて“市民”に感想を聞いていました。すると、プライバシーの侵害については、「社会の治安を守るためには必要だろ?」との答えがあり、その他「ルールを守るには良いことだ」とか「人口が多い都市では役に立つ」など、否定的な感想はまったくないのですね。まあ、“市民”というのが本当の市民かどうかの疑問は残りますが・・・。

 ※ 皆さんは、どう思いますか?こういう政府による監視社会、管理社会が、もうすでに目の前に生まれている。それはお隣の国です。中国ではそれが導入されていて、国民の反対がない。私は、これは技術の悪用だと思うのですね。技術はそれが高度であればあるほど「どんな使い方をすべきか?」という倫理問題が大きくなります。核技術のことを思い出してください。しかし現在、高度技術社会になっても、先進国を含めて、どこでもこの問題はあまり真剣に議論されていない。そして、先端技術はすぐにお金になればいい、開発したメーカーが儲かればいい、そういう短期的利益、物質的繁栄ばかりを目的に、倫理や長期的な社会への影響の検討などなく、どんどん導入されているのが現状であります。
そして、お隣の国の例を見れば分かるように、私たちはそういう技術の「便利」さや「効率」に目が眩んで、自分たちが“ロボット化”していく危険に気づいていない。高度技術の無批判の導入や利用は、私たちの「自由の制限」「自由意思の束縛」になるのです。そのことをちゃんと知って、技術に対して適切に対応していくことが、これからの人類には必要だと考えます。

 ※ 生長の家は“必要”と“多忙”に感謝する
高度技術の問題に少し話を割きましたが、今日は立教記念日ですから、「生長の家」誌の創刊号が出た記念日でもあります(図8、次頁)。その発刊は昭和5年3月ですから、今から89年前です。それからの人類の技術の進歩は目覚ましいものです。便利さや効率は格段に向上していますから、人類はそれだけ幸せになっているはずですが、実際はどうでしょうか?それを考えるうえで、谷口雅春先生がここに書かれている文章を紹介いたします。それは、「多忙の幸福」という題のものです。皆さんはお持ちでないと思いますが、「多忙の幸福」の本文は35ページから掲載されています。画面にもそれを出しますので、一緒に目で追ってください(図9)。こう書いてあります。

【学習】生長の家は、忙しいと言う言葉を使いませんね。心が亡くなると書いているのが忙しいという言葉です。多忙といわずに、多用といいます。能力があるからこそ、多用となるのです。多用でなくて、大きな仕事はできません。多用は能力を引き出します。信仰力ある人は、それなりの方法で、多くの人々の無限力を引き出します。私は人間から能力を引き出す力を、T先輩から教わりました。故T元本部講師は、多くの優秀な指導者を生みだした人です。練成会や栄える会を生み出して、戦後の運動の大きな原動力の一人となっていました。原点となるものは、総裁先生への絶対の中心帰一の信仰姿勢です。私は長期間、多くのことを教えていただきました。これから少しでもご恩返しをさせていただければうれしいです。(中内記)

 ※〈是非せねばならぬ仕事が多いと呟く勿れ。
忙しいと云うことを感謝せよ。
世界最大事業中の大部分は「是非せねばならぬ」と云う拍車のもとに完成したのである。〉

このご文章の背景の情報として、雅春先生と輝子先生がどういう状況で創刊号を出されたかを思い出してください。当時、雅春先生は一介のサラリーマンとして多忙の日々を送っておられたのですが、その時間を削りながら、夜帰宅してからこの雑誌の原稿の執筆や編集をされていた。なぜそうするかと言えば、「この仕事はぜひなしとげなければいけない」という強い使命感に燃えていられたからでした。だから、次のように書かれていますーー

〈是非にと完成にまで駆りたてる容赦なき鞭こそ生命の興奮剤である。〉

これは、雅春先生ご自身の体験を書かれている、と私は思うんですね。

〈「必要」はとても勝ち目のないような敵に対して奇蹟的に勝利を得せしむるところの貴重な拍車である。「必要」は生命のカンフル注射である。〉
【学習】この御言葉は、大切です。どうしてもやらなければならないとき、人間に神の子ですから、思わぬ力を発揮できるようです。(中内)

 ※ このように、「ぜひ完成させねばならない」という心からの必要性が偉大な結果を生むのであります。これは、オリンピックの選手にも通じることですね。「ぜひ次のオリンピックに出て、メダルを取らなければいけない」という必要性を強く感じて、彼らはものすごい努力を重ねている。雅春先生は、さらにこう書かれています(図10、次頁)

〈人間の心の中に潜む悪魔ーーそれは人生を楽に寝てくらしたがる儺け者の根性である。〉

生長の家は「悪魔はいない」という教えですから、これは一種の方便的な表現です。当時は生長の家の“信徒”というのはいませんでしたから、雑誌を読むのはすべて普通の人です。そういう一般の人に対して分かりやすい表現をあえて使っておられるのです。

〈この悪魔を駆り立て、〉

つまり、私たちの怠け心を駆り立て、

〈追い出し、生命の本然を完うさせてくれるものは此の「必要」と「多忙」とである。〉

【学習】今日もともかく総裁先生のお導きのままに、働きましょう。この生き方こそ大切です。実践は結果を生みます。生長の家は不言実行ではなく、有言実行です。(中内記)

こう書かれています。だから、今のドローンとか顔認識とか、そんな高度技術や自動化によって「楽をしよう」とする考え方は、生長の家とは無縁なのであります。そのことが、次に別の言葉で書かれていますーー

〈生命の本然は働くことである。〉

労働を厭うことではなくて、働くことが私たちの生命の本然、当たり前の姿である。

〈生命は働くことによって生長する。〉

スポーツ競技の選手は、まさにこのことを証明していますね。練習をしないでメダルを取れる選手は一人もいませんね。それができるのはどーピングをしたときだけ(笑い)。そうですよね?ドーピングをする選手だって、まったく練習しないのではなく、一所懸命練習していても勝つ自信がないから薬を飲むのです。

〈生長する家は「必要」と「多忙」とに感謝する。〉
(同誌34~36頁。原文は旧漢字旧仮名遣い)

【学習】ぜひせねばならない、ということはとても重要なことです。私にもそれがあります。それ故に、時間を調整しながら色々と行っています。人生はゲームのようなものです。既に実相世界という完成された世界があります。その構図を日々確認しながら、写していくのです。いわゆる模写ですね。原画が無限のバリエーションがありますので、人生は決して飽きることはありません。(中内記)

 ※「生長する家」って何のことですか?これは、私たち「生長の家」の人間のことです。また、当時の谷口雅春先生は、ご自分の生き方のことをこう表現されているのだと思います。生長の家は“必要”と“多忙”に感謝して光明化運動するのだ、と先生は創刊号ではっきり書かれているのです。それはご自分の体験に基づいた教えであって、今でも通用する普遍的な教えだと私は思います。しかし、現在の人類社会は、それとは違う方向に一斉に動いているように見える。それが今日の問題なんですね。
もう一度繰り返します。一番大切なのは、「生命の本然は働くことである」ということです。だから、体を動かしましょう。物を作るときに、ボタン一つ押せばすむオートメーションなどに頼るのはやめましょう。自分の手や腕をしっかり使いましょう、ということです。ドローンをどこかへ飛ばせてそこへ行った気になるのではなく、ちゃんと自分の脚で歩いていきましょう。自転車に乗りましょう。肉体を使って体脂肪を燃焼させましょうーーそういうことを今、私たちが進めている背景には、この現代社会の自動化・省力化・効率化礼讃の流れがあり、その先に「自由の束縛」の危険を感じるからです。このことをぜひ、皆さんには知っていただきたい。省力化・自動化がどんどん進んでいけば、やがて人間は、ここに出したように“ロボット化”することになるでしょう(図11)。ご理解いただけるとありがたいです。

【学習】身体を動かす。クラフトをやる。オートメーションに頼らない。階段を昇る。それは時間がかかりますね。でも、講習会が終わりましたので日常生活にもどり、それを行います。(中内記)

 ※ 現在、私たちがPBSの活動などを通してやっていることの理論的説明は、かつて私が『次世代への決断』という本の中に書いた「“めんどくさい”が世界を救う」という文章に詳しくあります。(図12)。なぜ“めんどくさい”ことをするのに喜びを感じてーーたとえば木を一本切るときでも、チェーンソーでギャーッと一気に切るのではなくて、手でノコギリを引いて切るときには、自然との接触がどれだけ増大するのか。どちらの方法が自然との一体感を味わえるのか・・・などということを逐一そこに書いています。これは、チェーンソーを絶対使うなという意味ではなく、人間と自然との間にある“道具”が進歩して強力になることで、人間と自然との距離が拡大するという一般原理の説明です。これを言い換えれば、「自動化・便利化が進むことで、エネルギーの消費と資源の浪費がふえていく」ということです。人類がこういう方向に努力を重ねてきた結果が今、目の前にある地球温暖化と気候変動であり、本来、地球生命の仲間であったハリケーンやモンスーンや台風さんが、とんでもない大きさになって私たちに襲いかかっっていることを、観世音菩薩の教えとして私たちは聴かなければいけないのであります。プロジェクト型組織の活動がなぜ始まっているかの理由も、この文脈で理解していただくと分かりやすいと思います(図13)。すでに白・相・青という運動組織があるにもかかわらず、私たちは“プロジェクト”すなわち“投げかけ”“具体化する”行動に焦点を合わせて運動を推進する必要があるからです。「信仰」という心の内側のエネルギーを、実際生活などの外側に「行動」として表現しなければなりません。SNI自転車部では「自転車で行ける距離ならば、車で行くよりも自転車に乗りましょう」と勧めています。SNIクラフト倶楽部では、“百均”へ行けば日用品など輸入品が安く買えるかもしれないけれど、簡単なものは手元の端材で自作できないか?その方が、「物を作る」という人間の本性が活かされ、幸福感を味わえるでしょう、と提案しています。自分で作ることは大変かもしれないけど、そこに自然界の素材との直接の接触があり、「手を使う」という人間的な創造の幸福感が生まれます。多少形が不細工でも、世界に一つしかないオリジナルを創る価値を、私たちは取りもどさなければいけない。
SNIオーガニック菜園部をなぜやるのか?広大な土地を大型トラクターで耕し、ヘリコプターで農薬をばら撒き、収穫も重機を使ってするという大規模農法では、ムダを生み、化学肥料が土地を痩せさせ、作物は味わいを失い、残留農薬によって私たちの健康が害されている。市場を席巻する輸入品により、私たちは季節感を失い、自然を知らないのに知っていると錯覚しながら食事をすることになる。冬にイチゴを食べるのは、今や当たり前である。そして、お金さえ払えば世界各地のどんな食品でも輸入して食べられるから、それが、“進歩的な”ライフスタイルだと錯覚する。こうして、今日の地球環境破壊の最大の原因は自分の生活と無関係だと考える。この悪循環を断ち切るのが、自分で野菜を作ってみることです。作物を育てることの難しさと喜びを、自分で体験してみることです。有機農法で育てた野菜や果物と、スーパーマーケットで買った“規格品”との味比べをしてみることです。

【学習】PBSのことが書かれています。私は、みっつの組織に所属していますが、それをやっていませんと、運動の動きが理解できません。講習会の推進でしばらく離れていましたが、再活動を始めたいと思います。みんなと一緒に行うことは実に楽しいですね。私は、現在の教化部長の仕事に満足しています。でも、先日、それだけでは駄目だと言う人が現れました。もっと多くの人々を幸せにしなければならないよ、と言うのです。そのための方法も教えてくれました。感謝合掌です。(中内記)

 ※ 世界人口はこれからも増えますね。今、七十五億人ですか?もう少しで九十億人になる。「貧困」のレベルを超える人の数は増えていますが、その一方で難民が世界にあふれている。海面上昇で国土を失う国があります。気候変動で作物ができず、海流が変化して漁獲量は減少し、水不足が起こることで国家間は対立するーーこういう問題は一国の統治能力を超えているのです。国際機関も国家間エゴによってうまく機能していない。私たちの価値観が変わっていかないかぎり、このようなグローバルな問題は解決が難しいのです。生長の家は「人類光明化運動」であり、「世界平和」を目指しているけれども、この「光明化」や「平和」を妨げている原因が、実は私たちの価値観やライフスタイルにあるということです。それを改めていく運動がどんなに大切であるかということを、ぜひ皆さま方には再確認をお願いし、友人、知人、地域の人々にもお伝えいただきたい。そのためには、理論よりも実践が分かりやすいのです。しかも、私たちは谷口雅春先生からいただいた「日時計主義」の基礎があります。この生き方に基づいて、他の人をいろいろ批判するのではなくて、自らが行動によって自然と一体の喜びを生活に表現し、人々に分かち与えていく。自然と人間とを“別物”と見ない価値観とライフスタイルへの転換を、多くの人々に伝え、それを仲間とともに喜びながら実践する運動を大いに進めていってください。
それでは、これをもって立教記念日の所感とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。(拍手)

【学習】人口爆発、貧困、難民、海面上昇、気候変動、人間の価値観の変化がその解決の鍵である。ここにポイントがあるようです。人類光明化、世界平和を目指すのに、何が妨げているのか、それは価値観とライフスタイルである。それを改めていく運動であるのです。友人、知人、地域の人々へ伝える。これが伝道です。理論よりも実践である。それが分かりやすい。日時計主義を生きる。他の人を色々と批判するのではなく、自ら生きる。自然との一体感を生きる。この項目にすべてが説かれています。感謝いたします。(中内)

【加賀・能登伝道記】
 7月1日は、岩手と秋田の講習会でした。秋田は少しだけ受講者は減少し、岩手は増加し、合算で増加しました。うれしい限りです。岩手の教化部長さんとは、何度か、ともかく家庭訪問で歩くことで講習会の素晴らしさを真心で伝えていこう、と話し合ったことでした。石川と富山は、6月24日は、少しだけマイナスでしたが、友人の教区で増加しました。人生、これ以上の喜びはありません。総裁先生の喜びを自分の喜びとする。これ以上の素晴らしい人生は無いでしょう。講習会はこそ教勢発展のバロメータです。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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平成30年6月26日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」

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平成30年6月26日 「『宗教は何故都会を離れるか?』に学ぶ」 

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【光り輝く講習会の大盛会をお祈り申し上げます】

【光明加賀人の詩】::神想観 動の極地を 我生きる
  
(生長の家石川教化部HP   工事中)
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【総裁先生のブログ「唐松模様」を拝読しましょう】
  http://masanobutaniguchi.com/
 また、総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家総裁」です。英語版は、「  Seicho-No-Ie President」です。
【白鳩会総裁先生のブログ「恵味な日々」を拝読しましょう】                
7 http://junkotaniguchi.cocolog-nifty.com/blog/
  また、白鳩会総裁先生のフェイスブックでのお名前は、「生長の家白鳩会総裁」です。
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※石川教区の伝道情報「光明加賀能登人がゆく」です。
  しばらくお休みです。
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  加賀・能登の神の子の皆様、菩薩の皆様、有り難うございます。
  谷口雅宣先生御著書『宗教は何故都会を離れるか?』を、愚直かつ、凡庸の歩みで学ばせていただきたいと思います。それにしても、上と横へ伸びたいという意欲が一向に衰えませんね。なぜならば、それこそが、神の子の性質であるからです。神の子は無限そのものです。
 本日は、白鳩会総裁先生の御文章を学ばせていただきます。真理の学習は、それに要する時間が大切です。一応、理解できる状態になるには、普通の学習では、1万時間と言われることがあります。ひたすら継続です。それで、何事も成就します。
 

第10回 生長の家白鳩全国幹部研鑽会での講話 〈201年4月28日〉
(機関誌 6月号掲載)

“新しい文明”の基礎を築くために
生長の家白鳩会総裁 谷口純子先生

皆さま、ありがとうございます。(拍手)
本日は白鳩会全国幹部研鑽会に、この本部練成道場をメイン会場といたしまして、全国十六会場で約八千名の白鳩会の幹部の皆さまにご参加いただいております。皆さまようこそお集まりくださいました。心から感謝歓迎申し上げます。ありがとうございます。
(拍手)
ちょうど緑の美しいこの季節ーー今日は夏日になるという予報ですが、全国的に太陽のマークがついていて、とても良いお天気のようです。そういう中で皆さま方にお会いできまして、このように研鑽できますことを大変うれしく思います。ありがとうございます。(拍手)
本日のこの幹部研鑽会は、先ほどからもお話しされておりますように、「『神・自然・人間は本来一体』の信仰をライフスタイルに表現し、“新しい文明”の基礎を築こう!」という統一テーマで、白鳩会のテーマは「信仰に根ざす倫理的な選択で、心はずむ楽しい生活を!」というものです。
「“新しい文明”の基礎を築こう!」ということですけれども、それではなぜ“新しい文明”を築かなければいけないのか?これまでのーーそれを“古い文明”といいますけれども、産業革命以来、科学技術の発達と、豊富な化石燃料を使って人類は経済発展を求めてきました。その結果、先進諸国においては物質的な豊かさはある程度、達成されました。けれども、それで世界は平和になったのか、人々は幸せになったのかといいますと、必ずしもそうではありません。今の世界では皆さまもご存じのように、日本をはじめとして多くの国で人々が都市に移動しています。つい数年前には世界の人口の半分以上が都市生活をするようになったということですが、もしかしたら今はもう六割くらいの人になっているかもしれません。その中で大きな格差が生まれています。有り余るほどの食料があり、贅沢品に囲まれている一部の人がいる一方で、飢えに苦しむ人がいます。貧しい人の数のほうが平均してみますと多いわけですね。今の世界の現状を客観的に見ると、天国と地獄が共にあるもうな世界ではないかと思われます。
それとともに、人々の物質的な欲望の飽くなき追求により、地球環境は破壊され、生物多様性は損なわれ、たくさんのエネルギーの使用により、二酸化炭素が増えて、地球が温暖化しています。温暖化により気候変動が生じ、私たちの生活を脅かしているというのが、今の状況です。
実際には、日常の暮らしの中でそれを実感することは今のところあまりないかもしれませんーー先ほども洪水とか、大嵐とか、経験された方のお話もありましたが、少し遠くのことと思っていらっしゃる方もおられるでしょう。しかし今の世界の現状は、客観的に、ちょっと離れたところからみると危ない状況です。更に、産業革命以来、特にヨーロッパをはじめとする先進諸国、豊かな国々は発展途上の国を植民地としました。植民地政策というのが取られました。また、その国の人たちを奴隷として扱うというようなこともありまして、それらは大きな“負の遺産”として現在の世界の多くの人々の日常の暮らしや、政治に影を落とし、今も影響しているというのがこれまでの文明の結果です。それを変えていかなくてはいけません。
では“新しい文明”とはどういうものかというと、これまでの人間中心主義、自国中心主義、そして人間の欲望の飽くなき追求から脱して、「人間・神の子」の信仰を生活に生かそうというのが“新しい文明”ーー私たちが目指している“新しい文明”の考え方の基礎になるものです。「人間・神の子」の信仰を生活に生かしていこうということです。
そのために、私たちは「自然と共に伸びる運動」を行ってきました。自然と共に伸びる、自然と人間は本来一体とはどういうことなのかということを、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

【学習】新しい文明に至る鳥瞰図です。この視点が必要です。信仰生活は、今を生きる生活ですので、このような歴史的認識は不要であると考える人があるかも知れませんが、自分の生活だけなら良いですが、世界を光明化し、世界平和を持ち来すためには、このくらいの知識は必要であろうと、考えられます。(中内)

♦︎人類誕生を準備した地球の歴史

これは地球の歴史を棒グラフにしたものですが(図1)、『大自然讃歌』の中にも書かれてあります。

地球誕生して四十六億年、 (同書、16頁)

地球誕生から46億年経っています。46億年前に地球ができました。私たちが生まれてきているこの宇宙には大小たくさんの銀河があるといわれていますが、その中で地球は「天の川銀河」にあります。大小さまざまな銀河の中で「天の川銀河」は普通の大きさだそうです。地球は「天の川銀河」の中の、太陽系の中の惑星です。
この46億年というのはーー人間の平均寿命が八十数歳で、長く生きても百歳前後ですから、46億年というのはちょっと想像しても想像できない大変長い時間です。46億年の歴史の中で、46億年前に最初の生命が生まれました。
これは地球の位置です(図2次頁)。地球型惑星と書いてありますが、太陽系にはたくさんの惑星があって、構成する物質によって地球型惑星と、木星型惑星、天王星型惑星とに分けられるそうです。この地球型惑星というのは太陽に一番近い惑星群です。水星が一番左側にありますが、水星は太陽に一番近い位置です。水星、金星、そして地球、火星と並んでいて、地球はこの中で一番大きい星です。水星と金星はだ太陽に近いのでとても熱く、灼熱地獄で、もちろん人間は住めません。一方、地球の先にある火星は太陽から遠いので、寒くて寒冷地獄で、ここにも人間は住めません。地球だけがーー色も違いますけれどもーー地球だけが生命が生きることができるのですね。
この宇宙の中には無数の星がありますけれども、今現在分かっているところでは、この地球しか生命の存在が確認できる星はありません。そこに私たちは生きているのです。考えればそれはとても不思議なことだと思います。どうして地球のような星があるのかーーこの宇宙は皆さまご存じのように有害な宇宙線、紫外線などがたくさんありますから生命は生きていけません。ですから、宇宙飛行士は宇宙空間に行ったときには宇宙服を着て船外活動するわけですけれどもーー私たちは宇宙に生きているのですけれども、何もしないでこうして私たちは皆、生きていけますよね。それは、地球の特別な環境があるからです。
46億年というのはあまりにも長いので1億年のグラフにしてみますと(図3)、1億年のグラフの中で私たちにもなじみのある恐竜が約6500万年前に絶滅しました。恐竜は1億年ぐらいは繁栄したということですので、1億6500万年前に恐竜が誕生したことになります。なぜ絶滅したかというと、多分隕石か何かがメキシコのユカタン半島に衝突して、地球で大爆発が起きて、大きな恐竜はそこで絶滅したと言われています。
そして、1億年でも長いので、その下には1000万年の棒グラフをつくりました(図3)。
この中で約600万年前に人類の古い先祖がチンパンジーから分かれて、ここで出現したということです。ここでもまだ私たちは生まれていません。
次の図は100万年です(図4)。100万年の棒グラフですが、ここでやっと、約20万年前にホモサピエンスが誕生しました。20万年といっても長いですよね。地球の歴史から見たら短いかもしれませんが、私たちの感覚からしたら・・・。そして、これを最初の46億年の図に戻しますと(図5、33頁)、人類誕生が20万年前で、ここに赤い線がありますが、20万年っていうと限りなく0(ゼロ)に近いんですね。点くらいです。人類はこの地球の歴史の中で、本当につい最近生まれてきたということがこれでお分りになるのではないかと思います。
生命の誕生について、『大自然讃歌』(生長の家刊)にはこのように書かれてあります。そこを読ませていただきます。『大自然讃歌』の15ページです。

【学習】現在の宇宙で生態系をもっているのは、地球以外にない、というのは何という素晴らしいことでしょうか。NHKの番組「サイエンスゼロ」でしたか、計算上でも、地球以外に生命が住める星は無い、と言っていました。考えてみると、考えなくてもですが、本当に美しい自然界です。その自然界を破壊しすぎているのが、現代文明です。この文明が破滅に向かっているとき、当然のことながら新文明が起こってきます。それは歴史の必然でありましょう。(中内)

〈生かし合いと棲み分けこそ、神の愛と無限の表現なり。
これなくば、生物進化の永き過程で かくの如き多種多様の生き物
地上に栄ゆること能わざるなり。
汝ら今こそ知れ、地球誕生して四十六億年、
生命現象皆無の中から 単細胞生物出現し、〉

それが四十六億年前です。

〈多細胞生物さらに分岐進化し、海から陸へと棲処を拡げ、
湿地から乾燥地帯へ、熱帯、温帯、寒冷地帯へと
生命繁栄の拠点を打ち立てて来し道程は、
箇々別々の生命の絶えざる闘争過程にあらず。〉(同書、15~17ページ)

神の愛と無限の表現である、と『大自然讃歌』の中には書かれてあります。本日のテキストになっております『新版 光明法語(道の巻)』(日本教文社刊)の209ページにも同じようなご文章がありますので、ここも読ませていただきます。

〈此の微妙な構造は誰の働き

智慧ある造り主ーーこれを吾々は神と称するのである。天体の運行にしても吾々の地球がもう半分の遅さで自転するならば、地球の反面は熱すぎ、他面は寒すぎて生物は存在し得ない。〉(同書、209ページ)

地球と太陽との距離と、そして地球の大きさーー重力によって地球の自転の速度は決まってきます。地球は生命が住むことのできる海、そして成層圏のオゾン層によって遮られている、守られているのですね。緑色植物などによってオゾン層が作られて、私たちが宇宙服を着なくても生きられるように地球は特別な環境にななったわけです。少しでも自転の速度が違ったら暑すぎたり寒すぎたりするということですね。

〈地軸の傾斜が無いとすれば現在の温帯地方に氷山が浮かんでいて我等は生存し得なくなると云うことである。ほんの微妙な相違を寸分違いなく構造した知性を吾々は「偶然」と称することは出来ない。人間の神経組織、心臓のポンプ式構造が血管につづいて栄養や排泄を行う微妙な構造は叡智ある設計者なしに構造せられる筈がない。〉(同書、209ページ)

【学習】宇宙からの説き明かすことは、宇宙の真理をよく理解できるように思います。私は、10年ほど前から、このような説明の仕方をすることがありましたが、当時ではこの論法は一般的でなかったようです。今回、お説きくださいましたので、私も大いにこのような説き方を学ばせていただきたいと思います。(中内)

 これをわれわれは神と称する。神によって私たちはこの地球で生かされているのだ。このことにつきまして、2002年に出版されました『今こそ自然から学ぼう』の本の中の iiページにもそのことが書かれてありますので、その文章もご紹介したいと思います。これは「はじめに」の iiページ、エドワード・ウィルソン博士の『生命の多様性 II 』(岩波書店刊)からの引用ですけれども、読ませていただきます。

〈生態系は土地を肥やし、私たちがこうして今呼吸している大気をも作り出しているのだ。(中略)生命を維持する基盤は緑色植物とともに、微生物や、ほとんどが小さな無名な生きもの、言い換えれば雑草や虫けらの大集団から成り立っているのだ。非常に多様であるため地表くまなく覆いつくし、分業して働くことができるこのような生きものたちは、世界を実に効率的に維持している。彼らは人類がかくあって欲しいと思うとおりのやり方で世界を管理しているが、それはなぜかというと、人類自体この生きた群衆の中に混じって進化してきた動物であり、かつ人間の体の機能は人類以前にすでにできあがっていた特定の環境に合うよう、念入りに調整されているからである。〉(同書、iiページ)

私たちは20万年前、ほんのごく最近生まれたのですが、それまでの地球生命の40億年の歴史の中で着々と私たちが生きられるようにこの生態系はずーっと準備をしてくれてきて、20万年前にホモサピエンスが生まれたということを知りますと、何か感動しませんか?(拍手)私たちが生まれたのは偶然ではない、そういう生態系によって生かされてきているのだということを感じるわけですけれども、このことにつきまして総裁はこのように書いておられます。このウィルソン博士の言葉について、

〈宗教的な言葉は一切使われていないが、これは「すべては神において一体である」(中略)「自然界においてはすでに生物間の大調和が実現している」〉(同書、iiページ)

更に、このように言われます。

〈「人類は地球というこの特定の惑星上で他の生きものといっしょに進化してきた。私たちの遺伝子の中には、これより他の世界はない」〉(同書、iiiページ)

この言葉をじっくりと味わっていただきたいと思います。

【学習】ウイルソン博士の『生命の多様性』の本を入手して少しづつ読んでいますが、科学と宗教を具体的な形で、総裁先生が結びつけて下さっていることが、よく理解できます。もっと、総裁先生の偉大な視点と説かれる御教えを学んで参りたいと思います。(中内)

♦︎自然界に“与え返す”のが智慧ある愛

昨年の6月17日、長崎の総本山で谷口雅春大聖師の三十二年祭が行われました。その時に総裁は『「人間・神の子」の深い意味』(図6)という題でお話をされました。それは昨年の機関誌『生長の家』8月号に掲載されております。生態系とともに進化してきた私たちは、どのように生きればよいかについて書かれてあります。そこを抜粋しながら読ませていただきます。
〈「人間は神の子である」という教えを信じるには、第一に神への正しい理解がなければいけません。「神」と「人間」と「自然」とをバラバラな別個のものとして考えていては、正しい信仰とは言えない。「神」というものは人間だけを創ったのではなくて、すべての生き物をこの地球上に創造されて、それらが豊かに繁栄する世界を創造された。しかも、神さまはそれらの被造物と分離して、別個に存在するのではありません。これは「大調和の神示」にちゃんと書いてありますねーー「われは全ての総てであるから、すべてと和解したものの中にのみわれはいる」と。〉(同誌、16ページ)

先ほど読んだ『甘露の法雨』(日本教文社刊)にも、

〈神があらわるれば乃ち(中略)調和おのずから備わり、
一切の生物処を得て争うものなく、
相食むものなく、〉

と示されています。「人間・神の子」の教えのより深い理解と実践、それが現在の運動の方向ですーーと、この時お話くださいました。具体的にそれはどうすることなのでしょう?昨年の3月11日、“森の中のオフィス”で「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われました。その中で「自然界に与え返す生き方をしよう」という題で総裁は話されました。こちらも2017年の機関誌『生長の家』5月号に掲載されておりますので、皆さま方は8月号と5月号をぜひ読んでいただきたいと思います。

【学習】「人間・神の子のみ教えのより深い理解と実践、これが現在の運動の方向である」という御言葉に私は深い感動と強い喜びを感じます。この時代に生き、総裁先生から直々に現代に生きる真理を教えていただいたことに感謝の念を禁じ得ません。大切なのは、そのことをお伝えする私たちの力量です。この伝道の実力をつけていくために、様々な努力が必要です。基本的には、三正行であり、愚直なまでの継続です。逆にいうと継続できることは、力があるからこそ継続出来るということを再自覚する必要があります。(中内)

「自然界に“与え返す”生き方へ」(図7)というこのお話の中でーー私はちょうど去年の今頃、『この星で生きる』(図8)という本を出版させていただきました。この中に『「ただ与える」こと』という文章があります。それは『この星で生きる』の57ページにありまして、『大きな木』という童話をその中で引用しております。
皆さま、読まれている方もおられると思いますけれども、童話の内容を要約して紹介させていただきます。
大きなリンゴの木があって、少年がそのリンゴの木のところにきて木に登ったり、リンゴを取って食べたりして楽しんでいました。リンゴの木は少年を愛していました。少年が遊びにくるとリンゴの木は幸せでした。けれども、少年は成長して遊びに来なくなり、リンゴの木は寂しく思いました。やがて、久しぶりにリンゴの木に少年がやってきました。もう大きくなったので木に登って遊ばないけれども、少年はお金が欲しいと言います。すると、リンゴの木は「じゃあ、リンゴの実を取ればいい」と言います。少年はリンゴの実を取って、それをお金に換えました。リンゴの木は少年の役に立って幸せを感じます。やがてもっと大きくなって、今度は家を作りたいとリンゴの木のところにきて言います。リンゴの木は、「自分の枝を切って家を建てればいい」。それで、少年はリンゴの木の枝を切って家を建てます。リンゴの木は少年の役に立ち、幸せを感じます。さらに年月が経って少年がまたやって来て、今度はボートを作りたいと言います。リンゴの木は、「自分を切り倒して、ボートを作ればいい」それで、少年は木を切り倒して、ボートを作ります。また木は幸せだったというのですね。やがて、少年はさらに年老いて、久しぶりに木のところに来ました。もう自分は何も欲しいものはないけれども、疲れているので、休みたいといいます。じゃあ、自分の切り株に座ればいいとリンゴの木は言い、木は少年が自分の切り株に座って休んでくれたので幸せを感じたという話です。
私は、これはただ与える愛、何も求めず与える愛だと思いました。この童話を読んだ多くの人は、そのように感じるそうです。ところが総裁は「僕は違う」というふうに、この本について言われました。「これは、真実が省略されているのではないか。そんな、奪うだけで人間が満足するわけがない。これは木も不幸であるし、人間も不幸である」。
その言葉を聞いたときに、私は「女性の母性的な愛というものはもしかしたらこのようなものかもしれない。けれども、そこには峻厳なる智慧ある愛が欠けているのではないか」と総裁の感想を聞いて思いました。少年は木から沢山のものを与えられました。自然な気持ちとして、お礼に木に何かをしたいと思うのが普通です。少年が切り株になった木に、水やりをしたり、肥料をやったりしたら、やがて新芽が出てくるかもしれません。
「自然界に“与え返す”生き方へ」の中でこのように書かれてあります。

【学習】この『大きな木』を購入して何度も読み返しましたが、総裁先生の御心が少し理解できるようになりました。先人を求めず、先人の求めたるものを求める。これもまた真なり、です。(中内)

私たち人類はこれから“大人の生き方”をするということですね。これまでは、自然におねだりするばかりの子どもっぽい生き方、「いただきます」ばかりの生き方だったのを、これからは自然に感謝して恩返しをし、さらには自然に与え返すこともして、生命の星・地球の本来の豊かな自然を回復していこうではありませんか。
(『生長の家』誌2017年5月号、20ページ)

と、このように書かれてありまして、地球に恩返しをする生き方ーーそれは自然と共に生きる、自然と一体の生き方です。

【学習】恩返しは何よりも大切です。普通は人間に対する恩返しは言いますが、自然界への恩返しはあまり言う人はありません。しかし、私たちは信仰者として、倫理的生活者として、「大人」として、与えて下さった方、すなわち自然界に対して恩返しをすることは、人間として当然の行為ではないでしょうか。この御文章は、本当に素晴らしいです。(中内)

♦︎人と自然を生かすための私の実践

これは、私の家の近くで今年の冬、雪が降ったときのものです(図9)ーー去年の暮れから今年の1月20日くらいまでは、ほとんど雪が降りませんでした。私は週に半分くらい、時間の余裕のあるときには森を30分から1時間ほど歩くことにしています。でも、20日過ぎ、一晩に30センチから40センチの大雪が降りました。雪が降ったら歩かない。今まではそういう生活でしたので私は歩きませんでした。夫はそれまでは自転車でオフィスに通っておりましたけれども、雪が降りましたので、防寒具を着て、ストックを持ち、リュックをしょって、雪道をオフィスまで歩いて毎日出かけるようになりました。毎日、玄関で「お気をつけて行ってらっしゃい」と私は夫を見送っておりましたが、数日たったとき、「どうして歩かないの?」と聞かれました。(笑い)雪の中を歩くのは寒いです。その頃は、日によってはマイナス6~7度でした。それに、雪の中は滑るし怖いので、「雪の中は歩かないわ。普通の人は歩かないでしょう」(笑い)と答えました。そころが夫は、「雪の中を歩くのは気持ちいいよ。美しいよ」と言ったんですね。「歩きなさい」とは言いませんでした(笑い)。「美しいよ、気持ちいいよ」とその時に言いました。
夫が出かけた後、私はそれまで雪が降ったら歩かないものだと決めていたのですけれども(笑い)、「じゃあ、歩いてみようか」と心が動きましたーー雪の中も歩けるようにと、私もストックはその前の年から買ってあったのですね。それで、防寒着を着て、マフラーをぐるぐる巻きにして(笑い)、毛糸の帽子をかぶり、マスクもしました。温度があまり低いので鼻水が出てくるんですね。厚い手袋もはめてーー私たちのところは夜はマイナス10度近くになる日もあります。昼間は良いお天気だと暖かくなるものですから、雪が少し溶けるんですね。それがまた夜には凍るので、私がだいたい朝の10時前後に歩くとまだ地面は凍っています。ですから、とても怖いです。ストックを持って、滑らないように細心の注意を払って地面を見ながら(笑い)歩きました。下だけ見て歩いたことはなかったですが、これは神経を使い結構疲れます。けれども夫はそれがいいと言いました。そのように神経を 集中すゆことが、日常生活にはあまりないからだとのことでした。そんな風にして歩きながら、時々は止まって周りの景色も見ると、やはり真っ白な銀世界ですから美しい、本当に美しいですね。これはイチイかモミの木ですが(図10、前頁)、雪が積もるとこういう模様になって普段見ることのないものを見せてくれます。これは隣の家ですが雪が積もるとこんなになります(図11)。私の家の軒下のつららです(図12)。屋根の雪が昼間溶けるとそれがつららになって、どんどん長くなっていきます。こういうのも美しいですね。
こうして私は、毎日でもないですが、雪の中を歩くようになりました。雪が降ると実際の生活は不便になります。移動も雪のない時に比べれば、楽ではありません。ですから、大雪が降ると「夏の日が一日でもあれば溶けるのに」(笑い)と思うことがありました。でも、このようにして雪の中を細心の注意を払って滑らないように、「ここは大丈夫かな」と思いながら足を進め、そして周りの景色を見ているうちに、「あぁ、これが自然なんだ」ということに気がついたんですね。
「春が来れば、雪は溶けるんだ」と・・・当たり前のことですけれども。それを、人間の力で何んとかしたいと思うわけです。もちろん除雪をすることはとてもありがたいですが、人間が除雪をしたら何かすごく便利になったように思います。実際便利になるのですが、雪が降るのは大地全体ですから、人間ができることはほんの少しです。後の大自然はそのままで、春になれば雪は溶けるーーこれを人類はずっとしてきたんだなぁということが初めて実感として、雪の中を毎日歩くことによって、私はわかりました。「どうして歩かないの、歩くとこんなことがあるんだよ」ということをさりげなく教えてくれたように思いました。

【学習】春が来れば、雪は溶ける。このことは新潟にいたときに知りました。その驚きを信徒さんに発表すると、「えっ!」という顔をされました。あまりにも当たり前なのですね。6月30日の夜は、相愛会正副会長会議でしたが、副会長のNさんは、ウニの販売ですけれども、「一年中商品が出せないと、納入業者リストから外されてしまう」と言っていました。世の中の人々の生き方、考え方を変えていく以外にありませんね。これは伝道です。(中内記)

これは、冬は寒くて空気が澄んでいますので、空がとても青く「八ヶ岳ブルー」といわれている青空です「図13、前頁)。こういう雄大な雲も歩くと見えます(図14、前頁)。シラカバも葉をすっかり落として、このブルーにとても映えます(図15)。こういう美しい景色を見ていると、本当に心が洗われて、自然の中で人間が生かされているありがたさを感じることも多々あります。
これは、もう春近くなって、森の奥を見たらシラカバにキノコが付いているのが見えたものですから、森の中に入っていってしゃしを撮りました(図16)。これは雑木林に春の訪れを告げるキブシの淡黄色の花です。雨の日に歩いた時に美しかったので撮った写真です(図17)。これはフキノトウですね(図18)。もっと小さい時には天ぷらにしたりフキ味噌にしますけれど、これも可愛いですね。ロケットみたいな星みたいな。これはスミレです(図19)。今の時期です。スミレもいろんな種類があり、白や赤いもの、薄い紫などもあります。このようにして、私は自然の中を歩いて、自然に親しんでいます。今回、テキストとなりました『凡庸の唄』(日本教文社刊)の「あとがき」の52ページには、自分もいわゆる上昇志向の生き方をしてきたというご文章がありますが、後から2行目から読ませていただきます。52ページ。

〈些細な例だが、東京・原宿から八ヶ岳に越した後に始めた自転車通勤では、毎回タイムを記録して、短縮できずに“凡庸な”記録で終わったときも、落胆の気持ちなど起こらない。なぜなら、目的地に達するまでの道すがら、私の心と体は“横方向”に拡大していく自分を感じているからだ。澄んだ空気をいっぱい吸い込み、風を全身に受け、緑の香を吸い込み、全身の筋肉を動かし、坂を登る苦しさにもだえながらも、悠々と空を行くノスリに心を寄せ、道端の花の名前を思い出し、キジのすっとん狂な鳴き声に思わず苦笑する・・・。
そんなことは自己満足に過ぎない、と読者は思うだろうか?〉

皆さんはそう思いますか?

〈人間の姿があまり見られない山岳地帯で、社会から離れて体を鍛えても、社会へ何の貢献か、と読者は疑うだろうか?〉

もしかしたら、私たちは何か目に見えて、人がいるところで何かすることが価値あることというふうに思っているかもしれません。しかし、

〈私が言いたいポイントはここにある。
自然界の動きに呼応して凡庸に生きることーー他の生物すべてがやっていることを、人間がしなくなっている。逆に、人間の要求に合わせて自然をネジ曲げること。〉

冬に夏の日が来て欲しいと思ったりすることですね。(笑い)

〈それで幸福を得られると夢想すること。この自然に対する人間の好き勝手な態度が、対人関係に及ばないはずがないのである。
人間社会は自然界と別物ではない。人間社会の先に、〉

その向こうに、そのもっと広がりの中にですね。

〈人間社会を含んだ本当の価値がある。自然を慈しむことと、人間社会を愛することーー二つは実は同じことなのだ。〉
(同書、52~55ページ)

【学習】凡庸の生き方は、目立たないが自分の良心に恥じない生き方になります。私は、時間が経つにつれて色あせる生き方では無く、時間が経過するのが長くなればなるほど、価値を増す生き方をしたいと思います。その指針は、今回の御文章に集約されています。後は、行ずるのみです。(中内)

人がいない山岳地帯で自転車に乗ること、それが価値あることであるということですね。こういう考え方はあまりないかもしれません。自然と一体の自己を感じ、自然を慈しむことは、人間社会を愛することと同じ価値があるという風に私は理解しました。人間中心にものを考えてしまいがちですが、自然を愛することはそれほど価値があるということですね。
ですから、皆さま方は自然に与え返すーー今までにも色々なことをされてきたと思いますが、都会の方も、田舎の方も、あるいは森の近くに住んでいる方も海辺の方も、道を歩くとき、散歩をされるとき、自然を見て、「ありがとう。私たちはあなたたちのお陰で生かされているんですね、ありがとう」ーーこんな気持ちで自然に感謝し、一体を感じれば、道を歩くだけでも、散歩をするだけでも、路傍の花を見て、空を見て、雲を見るだけでも、それは大いなる愛行、自然を生かす生き方になるのではないかと思います。

“新しい文明”の基礎を築くために(図20、前頁)

新しい文明 (図20)
○ 三正行の実践
○二酸化炭素の排出を減らす生活(省エネ、太陽光、電気自動車、自転車等)
○地産地消・旬産旬消
○肉食を減らす
○農薬・化学肥料を使わない家庭菜園・農業
○手作りを楽しむ(食事、保存食も含めて)
○自分の家庭だけでなく、広く地域や世界の人のためになる愛の行い

これらすべては、人や自然に与える生活であり、大いなるムスビの働きです。

ーーあらためてここに書くことはないと思いますけれども、「三正行の実践」。それは神をーー「人間・神の子」の深い意味を理解するためには欠かすことができません。白鳩会の幹部の皆さまにはぜひ三正行の実践をしていただきたいと思います。「二酸化炭素の排出を減らす生活」ーー省エネ、太陽光、電気自動車、自転車等ですね。「地産地消・旬産旬消」、「肉食を減らす」、「農薬・化学肥料を使わない家庭菜園・農業」、「手作りを楽しむ」ーークラフトだけではなくて、食事や保存食も手作りしましょう。そして、「自分の家庭だけでなく、広く地域や世界の人のためになる愛の行い」。それが、人間の本質である神の子の喜ぶ生き方ですね。すべては人や自然に与える生活であり、大いなるムスビの働きでもあります。

【学習】ともかく実践の時代です。雅春先生に学び、清超先生にお仕えし、現総裁先生に導かれて生きる。自分の為すべきことは、三代の総裁先生に一貫して流れる神の御心を信徒の皆様にお伝えすることではなかろうか、と思うようになりました。しかし、かなり勉強する以外にないです。ともかく徹底して実践です。私はできれば、総裁先生の御教えを実践することにおいては、かなりの実現度まで達成した生き方をしたいと考えています。(中内)

 ここで、私が実際にどんな生活をしているかーーごく一部ですが、紹介させていただきます。これはクルミです(図21)。オニグルミといいまして、名前の通り小さくて固いです。和グルミともいわれます。硬くて実も少ないので以前はあまり顧みられることがなかったようですが、成分が洋グルミより優れているといわれ、見直されています。私たちのところでは普通に沢山あり、夫が自転車通勤の道すがら拾ってきてくれたものを二人でーー和グルミを割る特別のハサミがありまして、それだと簡単に割れるんですね。それでクルミの実を取りました。

 これは何になったかといいますと、オーガニック菜園部のミニイベントというとがありまして、チョコレートを使わないバレンタインのお菓子を作ろうという企画でした。チョコレートは、皆さまもご存じのように人々から奪う大きな要素になっております。植民地時代からプランテーションで作られてきて、特に日本はこういうカカオとか出来ないところですからーーできる地域では特に大きな輸送の負担はないですが。それで、チョコレートを使わない挑戦です。地元のクルミときな粉と、自分で作った干し柿で作ったブラウニー風のお菓子ですね(図22)。これを作りました。(拍手)
これは同じくバレンタインデーのチョコレートを使わないケーキで(図23)、夫のために(笑い、拍手)子どもたちが小さい時に使った古いハートの型がありましたので、地元の酒粕と自分で煮た黒豆を入れてケーキを作りました。人からなるべく奪わないイベントですね。それを、オーガニック菜園部ではしております。
これは去年のフェスタの時に(図24)ーー私は若い時から刺繍というのが憧れで、案外いろんな刺繍のセットを持っていて、テーブルセンターなどを作ったこともありましたが、その後、結婚して子育ての時には一切そういう時間はありませんでした。けれども、フェスタで何か作ろうと思ったとき、できたら刺繍がしたいと思い、去年くらいから始めました。自分で描いた絵手紙を元にしたもので、いろいろ作りました(図25)。よく見てみると目が粗くて上手とは言えませんが、布巾にして出しました。これは、12月に「森の中の交友会」という職員のプレゼント交換のイベントがあるのですが、“森の中のオフィス”のロゴをまねて刺繍をした、小さい壁飾りです(図26)。こういうものも作りました。
また同じ“新しい文明”の基礎を作るための実践が出てまいりましたが(45ページ、図20)、私もPBSの三つの部の活動に参加しておりますけれども、このようにして日々を楽しんで生活をしております。ぜひ皆さま方も毎日の生活の中で特別なことではなく、意識して人と自然を生かす生き方をしていただけたらと思います。きっと皆さまの日常が今よりもさらに喜びに満ちた、生きがいのある、ワクワクする楽しい日々になるのではないかと思います。皆さま方がそのような生活をされ、大いにご活躍されますことを心からお祈りいたしまして、私の話を終わらせていただきます。ありがとうございます。(拍手)

【学習】『チョコレートの真実』という本を読んでみると、チョコレートの原料であるカカオを、貧しくて学校に行くことができない子供達が地球の裏側で働いて栽培していることが書かれています。かれらはチョコレートを食べたことが無いのです。このようなことを現代は知ることができます。信仰者は倫理的生活者として、これらの不適切な地球の状況を改善することが大切であると考えられます。先ず、知ること。そして、フェアトレードのチョコレートなら良いのかも知れませんが、できるだけ、自分の食によって、他人に苦しい思いをさせないように心がけることが必要でありましょう。 簡単に知ろうと思えば、ユーチューブで見ることができます。(中内)

【加賀・能登伝道記】
  6月29日は、かなり雨が降りました。午前中に三階大拝殿で、晦大祓の式典を信徒の皆様とご一緒に行いました。そして、午後に、人型の焼却のために、七尾の能登光明道場にいく準備をしていました。幣(ぬさ)は、七尾道場にあるのですが、私はその時、教化部の幣を持って行こうと、ふと思いました。そして三階に上がりました。すると、ロビー一面に水が広がっているのです。私はあまりの水に、職員の方々に雑巾をもって三階にきてもらうようにお願いしました。そして、水の原因を調べました。ふと、ベランダを見ると、何とベランダが水浸しになり、窓から溢れてきているのでした。私は、靴下を脱いでその水の中に入りました。どこかに、排水口が詰まっている筈だと考えました。すると、排水溝の口になにやら張り付いているのです。棒で突っついてみると、ビニールの長い袋でした。それを取り除くと勢いよく水が排水溝に流れ出しました。時間の関係であとは、職員の皆様にお願いして、私は七尾へ向かいました。私は出発前に、ふと三階に行ってみようと考えたことで、解決したことになります。もし、この「ふと」、がなければ、知らないうちにもっと水の被害があったかもしれません。神様のお導きに感謝しました。ビニールの袋は、そばにマンションがありますので、どこかからか、飛んできたのでは無いかと考えられます。水はけをよくしておくこと。これは人の心も同様です。そして、最近、神想観を徹底するように努力しているので、この「ふと」を教えていただいたと、心から神様に感謝いたしました。

 生長の家大神様の無限の愛の祝福が、北陸の大自然界の上に、信徒の皆様方の上に、この地にお住まいのすべての人々の上に、読者の皆様の上に満ち溢れ、健康であり、幸福であり、神・自然・人間の大調和の世界が実現することを祈ります。
 中内 英生拝

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