真理小話

December,31,2009「平成21年を振り返って」

Photo December,31,2009「平成21年を振り返って」
今日の詩::咲き続く 皇帝ダリヤの 息長し

 今年は皆様には大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。島根に参らせていただき、本当に私は幸運であり、幸福であったと感じさせていただいた一年間でした。

  今年は、総裁先生が3月1日に法燈をご継承されまして、新たな時代が始まりました。それからは、さまざまな面で新時代を迎えているのではないでしょうか。

 隠岐の島では、5月から先祖供養祭と受験勉強会が始まり、新たな展開となりました。おそらくは来年度は地方講師が新たに誕生するのではないかと思います。毎月、参らせていただくことによって、次の月に何らかの進歩改善が行われます。もしも二ヶ月に一回でありますと、動きが少し緩慢になるかも知れません。隠岐の島の地方講師で隠岐の島の誌友会をすべて指導できるようになりたいと思います。ここはかつての江戸時代は、隠岐の國であり、一つの文化圏です。

 また、松江道場を中心とした生長の家の方々は、さらに進化を続けているようです。道場での先祖供養祭も一年を経過しました。喜んでお集まりになっておられ、大いに道場を活用して下さることをとてもうれしく思います。道場の設備の一部が改善されたこともありがたいことです。

 出雲文化圏の皆様は、いろいろな行事で回数多くお世話になり感謝申し上げます。少しずつ皆様が進歩発展しておられるようです。出雲大社の神様のご守護が大いに島根県全体を覆っておりますが、特にお膝元の出雲は素晴らしいように思います。

 石見の中で先祖供養祭は江津に一つありますが、さらに12月より浜田で始まりました。信徒の皆様のご協力を心から感謝申し上げます。何よりも喜んで真理を実践することが、その人の幸福に繋がります。来年はさらに進歩発展するでしょう。

 神性表現も、絵手紙や聖歌なども盛んに行っていただきました。聖歌は夏にチャリティコンサートを開催して天国浄土のような思いを体験しました。聖歌隊の皆様が天使のように見えました。その他のご出演の皆様も大変素晴らしかったです。少額ですが、ユニセフに寄付させていただくことができましたことは、うれしいことでした。
 1月は絵手紙絵封筒展が開催されます。すでに1500点以上が集まっておりまして、担当者の皆様、また絵を描いて下さった方々に心より感謝申し上げます。
 この展覧会は、総裁先生より神性表現の意義をご教示いただき、それに従って行うものであります。総裁先生に心より感謝申し上げます。
  島根は総裁先生がお示し下さる方向に全力で参らせていただきたいと存じます。

 インターネットの世界では、写メール俳句のご投稿が教化部のホームページにおきまして盛んに行われました。素晴らしい!の一言に尽きます。ひまわりちゃんブログも始まりました。青年会のブログも更新が多いです。ホームページを開く人が7人も出てきました。 また、本部で「ポスティングジョイ」が始まりまして、島根の皆様が素晴らしいご投稿をしておられまして、盛り上げてくださっております。心からご協力に感謝申し上げます。
 12月31日のポスティングジョイでNTさんと言われる方が、「来年もジョイの投稿を大いに行いましょう」と呼びかけておられました。どうぞ、島根教区の皆様、大いにご投稿下さい。
 携帯で見ることが出来ますし、投稿ができるようです。研究いたしまして年明けに皆様にご紹介させていただきたいと存じます。

 相愛会・白鳩会・青年会の組織活動では各組織が大変活発に活動を展開しておられますのを大変うれしく思います。幹部・会員の皆様方に心より感謝申し上げます。
 栄える会と生命学園の活動もかなり活発化して参りました。ご協力を心より感謝申し上げます。

 島根の信徒の皆様、島根以外のこのブログの愛読者の皆様、今年一年間、本当に有り難うございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 来年も微力ながら皆様のお役に立つことが出来ますように努力させていただきたいと念願しております。できますれば、総裁先生の御心を、誰よりもこのブログの読者の皆様がご理解され、ご実践されますように、念願しつつ今年一年間のブログを終了させていただきます。
 皆様、本当に有り難うございました。どうぞ、よいお年を!

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月30日のブログは、「2009年を振り返って」です。さまざまな事象につき、お書きになっておられます。最後に、「森の中のオフィス」の着手開始について書かれております。拝読下さい。

※今夜は大晦日であるが、地方講師昇格受験の方が4人、スカイプを使用して一時間学習した。今日は音声もよくてうまく学習できた。途中で突然に断線したが、単なる私のパソコンのコンセントへの接続が外れていただけだった。(笑い)全員合格をめざして頑張っていただきたいものである。

 中内 英生

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December,30,2009「若い頭脳集団」

December,30,2009「若い頭脳集団」
今日の詩::わが庭に ただ咲き給う シクラメンPhoto_2

 サイエンスゼロ(2009/9/19)には若い頭脳集団の会合が紹介されていた。国際生物学オリンピックが今年初めて日本で開催されたが、これは国際科学オリンピックの中の一つである。会合は英語を使用し参加者は高校生だ。会場はつくば国際会議場だった。金メダルや銀メダルが授与されるが、千葉県立船橋高校3年生の大月亮太君が見事に金メダルを獲得した。立派なものである。 

 もうひとつ、番組で印象的な発言があった。江崎玲於奈さんが、ダイオードを作ってから16年後の1973年にノーベル物理学賞を受賞した。一人の女子高生が質問した。「ダイオードを作ってから受賞までの期間をどう思うか?」。江崎さんは言った。「それはノーベル賞の選考委員会が決めることだから、そちらに聞いてもらいたいね」と。「あなたがノーベル賞を受賞したいならば、長生きすることが大事だね」。やはり、長生きは大切なようです。長く生きて貢献することは、今後の私たちにとっては大切なことでありましょう。

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 2009年12月28日のブログは、「古い記録 (13)」です。同人誌を発行しておられたことや「薔薇」の詩が書かれております。拝読下さい。

※天皇陛下ご即位20年に際しての皇后陛下のご発言で、「高齢化が常に”問題”としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。」「90歳、100歳と生きていらした方々を皆して寿ぐ気持ちも失いたくないと思います。」というお言葉であった。島根は、70歳以上の会員さんもたくさんおられるが、ご年配の方々は教区の財産であると考えており、心から感謝し、ご尊敬申し上げる次第であります。
 年の暮れ 老いも若きも 小走りに 

※来年は、新しい自分が誕生するように思える。他から与えられた新しい自分の誕生であるならば、再び他によって消滅するだろう。しかし、そうではなく己の内からの新しい力が発現して新しい自分を形成することになると、それは本物である。自分の実力が出てきた時に初めて多くの他者に対してお役に立たせていただくことが出来る。そんな自分にぜひともなりたい。

※日曜美術館(2009/9/6)で、ゴーギャンを放映していた。100年前の大作の中に、「我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?」というメッセージの絵は有名だ。
 ゴーギャンは株売買の仕事をしていたのが、経済不況の末にその仕事を止めて画家となる。その後、家族を捨ててタヒチへと向かった。文明の中にいることへの矛盾を感じたとされる。
 最後の大作を描いた後で彼は大量のヒ素を飲んで自殺を図ったが未遂に終わる。「我々は…」の言葉は、絶望の末の言葉であると、コメンテーターの荒俣宏さんが語っていた。
 タヒチで彼は野生と本能を解放したとされる。御教え的にいうと迷いの解放でありましょう。その後、フランスで絵画展を開くが殆ど売れなかった。失望したゴーギャンは、タヒチに帰る。しかし、タヒチの妻はすでに他の男性と再婚していた。そして自分の身体も病に冒されていた。そこにフランスの愛娘の死を知らされることになる。そんな、絶望の末に、歴史に残る大作を描いたのだった。それは、自分の生活と思考を人類的問題として捉えて表現したところに、ゴーギャンの魅力があるとされる。
 私たちの人生も、自分の問題を解決する段階では個人的なものでしかない。しかし、それを御教えによって解決し、さらに菩薩道を歩みつつ、自己の救われた体験を他人の救いのために提供して参考にする時、自分の抱えていた問題は、他を救うための基礎力をつけるための体験であったと考える時、劣等感が消滅する。自己の迷いさえも公のものとして、他の救済のために活用する時、無駄なものは一つもなかったということになるのではなかろうか?『ゆいま経解釈』に曰く、「迷いは悟りの元である」と。

※今夜も、昇格受験グループの学習会を行おうと、スカイプを使用したが、うまく行かなかった。私はスカイプの知識が少なすぎるようだ。島根でどなたか、詳しい方がおられたら教えていただきたいのだが…。
  今日はいろいろと書き、雑記的であります。あしからず。

 中内 英生

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December,29,2009「認めの論理」

December,29,2009「認めの論理」Photo
今日の詩::寒中に 咲きて笑顔の ツバキ姫

 ロンドンの霧は詩人がそれを詠った時から存在に入った、という。実はそれまでも存在したのだったが、詩人が言葉で認めるまでは人々の心の中に入ってこなかったということだろう。

 産経新聞(2009/11/26)には、「芸術は爆発だ」の岡本太郎氏のことが書かれていた。テレビで一度見たことがあるが、不思議な方だった。私が若い頃に、大阪万博で作品「太陽の塔」を見た。
 この記事の終わりの方に、次のように書かれている。
『人間は生きる瞬間、瞬間、自分の進んでいく道を選ぶ。そのとき、いつでも、まずいと判断するほう、危険なほうに賭けることだ。(中略)黒い道を選ぶのだ』と。
 その文章を読むだけでも普通とはかなり変わったスゴイ人だったように思える。

 これは、安易な道よりも困難な道を選べという意味だろうか。『愛は刑よりも強し』によると、スターデーリーの師であるライファーは、デーリーが刑務所から出る時に次のように言ったという。「自分の最も不得意なことを職業に持ちなさい」と。
 個人的なことで申し訳ないが、私自身は○○の学習を8年間続けている。通っている○○○教室が倒産しても通い続けている。しかし、レベルは未だに中級の域を出ない。しかし、不得意であることをし続けることが自分の努力を強いられるので、頑張ろうという意欲が出てくるのは否めない。

 が、しかしここではそんなことを紹介したいのではない。「縄文の発見者・岡本太郎」との観方である。次のような内容だ。

 岡本太郎は戦後まもなく、縄文の発見者となったという。べつに掘り当てた訳ではない。東京の博物館で土器を見かけたのだが、当時の縄文土器は「どのくらい古いか?」とう考古学的興味の対象でしかなかった。その「縄文」に対して、パリで民俗学を学んだ岡本太郎は、その造形に古代人の精神生活が現れていると指摘して、奇怪な土塊に新たな意味を付与したのであった。

 『日本の伝統』(光文社)によると、次のように書かれているという。
《このような反美学的な、無意味な、しかも見る者の心情を根底からひっくり返す、とてつもない美学が、世界の美術史を通じて見られるでしょうか》
《これらは普通考えられている、なごやかで繊細な日本の伝統とはまったく違っています。むしろその反対物です。》

 岡本は、縄文と弥生の間で「美の観念が断絶した」と指摘した。弥生式には現代に直結する感覚がある。だが縄文式のダイナミズムは異質だと指摘した。また、次のようにも書いているらしい。

《非情なアシンメトリー(左右不均衡)。そのたくましい不協和のバランス。これこそわれわれが縄文土器によって呼び覚まされ、身にとらえなければならない、大きな伝統的感動であると信じます》

 この一文が、日本に於ける縄文文化研究の幕開けを告げたとしている。
思想家としての岡本を描いた『岡本太郎の見た日本』の著者の赤坂憲雄さん(東北芸術工科大学大学院長)は、次のように評価する。
「遺されたものに精神世界が宿っているとう定義こそが重要だった」と。

 私がかつて生活していた金沢市の自宅のすぐ近くに広範な縄文時代の最初の発掘遺跡があったことを記憶している。ここは有名な遺跡だった。
 さらに岡本の行動の中は、「認めの論理」が展開する。

 縄文を発見した岡本は、日本人が「伝統」と信じているものは「惰性」に過ぎない、と断じている。東北や沖縄など全国各地を巡りながら、論考を深めていった。単なるナショナリズムや日本回帰ではなく、根無し草的なインターナショナリズムでもない、思索の足場を求めていったという。

 グローバリズムという名の文化的均一化が進む中で、独自性のある知や芸術に光を当てることだったという。現代人なら、その意味も必要性も実感できる。しかし、それは「当時は理解できない思想だった」と赤坂さんはいう。

 ここ出雲にも全国展開の大型店舗が多数出店している。その店舗は強力であるので、弱小店舗はつぶれる。そして個性的なお店は消滅し、コンビニの発達によって、個々人の会話は減少し、地域性がなくなる。それが現代であろう。「地域文化が失われることは問題ではないか?」とかつて総裁先生はブログの中で書いておられた。
 どうも、岡本は時代のかなり先を読み取っていたようだ。認めの論理は極めて重要である。

 私は、この島根には四つの文化圏があるように思えるとして、隠岐、松江、出雲、石見と考えた。それぞれが特徴と良さを持っている。それぞれの良さを生かしていくことにより素晴らしいコラボレーションの存在する強力な教区になると考えた。もちろん共通の部分が大いにある。共通の部分と、それぞれの特徴を考える時、地域の本質を生かすことができるのではなかろうかと考えられる。それがうまく組み合わされると、島根県民全体を生かす運動がわき起こる。

 生長の家の教義にしても、笑いの効果や、無限力の存在やなどは谷口雅春先生がお説きになってから、70年80年後に一般化していることを考えても、時代の先を行く考え方を持つことは大いに必要だろうと思われる。

※今日は、午後の時間に昇格受験勉強会を行ったが、夜はスカイプで数人で学習会を行った。まだ操作は十分ではないが、これを活用できるようになると、すごいことになる。こなしきれるようになりたいと願っている。

※日経新聞(2009/12/24)では、次のように書かれていた。賛美歌で「主われを愛す」というと、実に荘厳な気持ちになる。川上善子牧師によると、大阪弁では、「えっさん わてすいてはる…」。博多弁では、「えっさん わいすいとうと」となるらしい。では、出雲弁はどうだろうか?

※朝日新聞(2009/12/29)の天声人語に、「地道とは元々、馬を普通の速さで進ませることで、反対語は早道だという。寝ていてもうけ、楽して稼ぐ「ニセ早道」は、いずれ行き詰まる」。…このように表現されている。信仰も同じだ。急ぐことはない。実力を身につけることが何よりも重要である。「人生百年」の予定で、御教えを拝受させていただいたご恩返しの人生を生きて参りましょう。

 中内 英生

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December,00,2009「T地方講師の”生命の教育”講話」

Photo December,00,2009「T地方講師の”生命の教育”講話」
今日の詩::寒月や 夜の静寂に 野鳥鳴く 

  12月25日に、生教会の学習会が行われたが、T地方講師担当の発表だった。T氏は、基本的な教義を諄々として説明した。この学習会は、来年度から始まる教育フォーラムのためのものである。レジュメを送っていただいた。許可をいただきましたので、コメントを入れながら、内容をご紹介いたします。テキストは、『生命の教育』を使用した。

 生命の教育とは「人間神の子」の唯神実相哲学を根幹とした教育である。
具体的には①観の教育、②引き出しの教育、③愛の教育、④今を生かす教育、⑤解放の教育、⑥秩序を尊ぶ教育、中心帰一の教育である。
  これらは、端書きに書かれている内容だ。熟読吟味していただきたい。

 ①観の教育とは、子供の神性はすでに円満完全であると観て、たとえ現象に悪が現れていようとも、たとえまだ天才が現れていなくてもその奥にある実相を観ていくのである。
 この理念が根底にあって、私たちの教育運動は展開していくのだ。指導理念があるということは何とありがたいことだろうか。

 ②引き出しの教育とは、コトバの創化力によって、子供の神性、仏性を引き出す教育、善いところを認めて讃めて無限力を引き出す教育である。
 つい悪いところを直そうとするがそうではなく、内在する善を認めて褒めて表す教育法であることを忘れてはならない。

 ③愛の教育とは、七つの光明宣言の4番目にも「吾等は生命の糧は愛にして祈りと愛語と讃嘆とは愛を実現する言葉の創化力なりと信ず」とあるが、子供の実相円満完全を祈り、讃め、愛の言葉をふりそそぐことによって子供の生命は喜び、無限に生長するのである。夫婦大調和して明るい家庭作りも 大変重要である。
 最後の行は、実践編であろうと思われる。夫婦が調和していない家庭は、コンセントがうまくはまっていない電気器具のように使用が難しくなると思われる。

 ④今を生かす教育とは、子供の成長、発達段階に応じて、内部生命の発現に応じて施す教育である。
 これを適宜行うことが大切であろう。やる気を起こした瞬間に親が行動を起こす。ひよこが殻の中で外に出ようとする時に、内からコツコツと叩いた瞬間に、親鳥が外から同じ殻の場所を叩くということであり、それが子供を生かすことになる。

 ⑤解放の教育とは、子供を心配の念でしばらず、又、将来このような人間(職種など)になって欲しいなどという念でしばらず生命を完全に解放するということである。
 人間には5つの願いがある。①愛されたい、②認められたい、③ほめられたい、④お役に立ちたい、⑤自由になりたい、これらを叶えてあげるのが教育である。
 解放の教育とは、何と!親が心配の念で縛っていたのを解き放つ教育であるという。縛りは親自身にあったとは実に驚く。しかも、人間に宿る5つの願いを適えてあげつつ、無限力の神性を引き出すことが大切であろう。

 ⑥秩序を尊ぶ教育、中心帰一の教育とは、大和の理念達成のため、国を尊び、世界平和に貢献できる人材を養成する教育である。
 現代においては、日本の国を尊ぶと同時に、他国の実相を尊んで、世界平和のために尽くすことが肝要である。他国に親切にすれば、必ずその親切は帰ってくる。与えよさらば与えられんである。(終)

T地方講師(準教務)のHPをご覧下さい。

http://nikonikoyoshiko.cocolog-nifty.com/blog/

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月27日のブログは、「古い記録 (12)」です。学生時代の御文章に現在のご心境に通じるお考えの萌芽を見いだしつつ、論考を重ねておられます。拝読下さい。

※今日は、本格的にスカイプによる昇格受験の学習を行った。参加者は2名だったが、成功だった。音声は若干不満が残るがまったく出来ないことから考えると大成功だろう。文明の利器が無料で使用できるのはありがたい。総裁先生が、「インターネットを利用することは、光明化運動の成果に雲泥の差を生ずると言われたが、まさにその通りであろう。またお言葉を実現していかなければならないと思う。ポスチングジョイにしても、島根の信徒さんは果敢に取り組んでおられる。島根信徒の進取の精神に大きな拍手を贈りたい。

 中内 英生

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December,27,2009「流人絵師 英一蝶」

Photo_2 December,27,2009「流人絵師 英一蝶」
今日の詩::冬枯れに 肌引き締まる 遊歩道  待つは家族と 温かき食

 英一蝶という絵師が江戸時代の元禄年間にいたという。日曜美術館(2009/10/04)で放映していた。HANABUSAと読む。彼は1652年から1724年まで生きた大人気の絵師だった。しかし、流罪となる。島流しになったにもかかわらず、島ではたくましく絵を描いては販売し、奇跡的に赦免された。そして江戸に帰り咲いたのだった。再起というより新世界にチャレンジする時につけた名前が英一蝶であるという。

 一蝶は絵を狩野派で学んだ。その後、遊郭などで太鼓持ちという宴会のコーディネーターの仕事を行うようになる。20代で芭蕉に出会っている。彼は綱吉の時代に、生類憐れみの令が出されたが、馬が「良い時代になった」と言っている絵を描いた罪で三宅島に流罪となる。本当の理由は、吉原で大名に散財させ、幕府の怒りを買ったからであったとも言われている。
 島流しの三宅島では普通の流人は、失意のうちに死んでいったが、絵を島々の人々に売って生計を立てていた。しかも、江戸からの注文の時には大いに腕をふるったという。
 
 彼は、みくら島の稲根神社に絵馬を奉納している。跳ねているような黒い馬は、決して流罪には屈しまいとする、流人絵師の気骨が顕れている。
 新島には17点の作品がある。恵比寿をよく描いている。掛け軸も残っているが毘沙門天や縁起の良い絵ばかりが目立つ。これはおそらく「日時計主義」だろう。この流罪の時間に、人が喜ぶような絵を描いて生計を立てた。自分で木の皮を削り、表具まで作っている。 

 新島の梅田家が一蝶の生活を支えた。この家に6点の一蝶の絵画が残存している。
1709年、突然奇跡が起こった。将軍綱吉が死んだので生類憐れみの令に関する罪は許されたのだった。御赦免である。12年間に及ぶ島での生活が終わった。58歳であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E4%B8%80%E8%9D%B6
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2009/09/post-a44f.html

「にわか雨ならいつかは晴れる」といって、どんな境遇にあっても立ち向かっていった一蝶の恐るべき生命力を絵の中から読み取ることができる。そして、流罪後も決して希望を失わない日時計主義的な生き方で生活し、自己の才能を発揮して、他を喜ばす作品を作りつつ、相手が喜ぶように真心で制作を続けた。これは重要なポイントではないだろうか。

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 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月26日のブログは、「ブラジルからの便り」です。先生が植えられたイッペーの木について書かれております。
 最後に重要なことが書かれております。
植樹です。

現在、森林伐採によって排出されるCO2の量は、世界の全交通機関と運搬手段から排出される量よりも多いとしておられ、地球温暖化抑制の具体的手段として、植林をしたり、森林を育てることをご教示されています。
 また、来年度からは、ブラジルの地に植林をするための募金活動などが検討されているそうです。信徒が最も多いブラジルと日本が協力して、日本国内の生長の家の活動で排出される二酸化炭素を、ブラジルの植林によって吸収するような直接的な“炭素ゼロ”化のことです。拝読下さい。

※京都の天台宗青蓮院門跡には青い不動明王が安置されている。「青不動」というのだそうだ。このお不動さんの意味に私は感動した。「一切の人を救わない限り、その場を動かないという不動の姿が表されている」という。私たち島根の信徒も、近所、周囲の方々に愛を行じつつ、真理をお伝えして、他者の救いが成就しない限り、その場を動かないというくらいの決意で、各地区の誌友会を開催したいものです。

※今日は、五者会議が午後まであった。この時期はやはり講習会がメインテーマになる。色々と動きが出てきます。楽しい推進活動となります。

※昨日の地方講師受験勉強会で打ち合わせたが、昇格の受験勉強は、スカイプを使用しての学習をたくさん行うようになりそうだ。画像で顔を見せるのは余り好まれないが、指導する人だけが使えばよいと思う。こちらは書類を見せたり、資料を示したりでこちらの様子が相手に分かることが必要だからである。ともかく、島根は長い。昨年もスカイプを使ったが、今年も使用する予定である。

 中内 英生

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December,27,2009「正倉院宝物と光明皇后様」

December,27,2009「正倉院宝物と光明皇后様」
今日の詩::橋の上 歩きてせわし 年の暮れPhoto_2

 日曜美術館(2009/11/8)では、正倉院(1200年前建立)が紹介されていた。心を打たれたのは、光明皇后様の生き方である。愛深い女性であられたらしい。ある時、1000人の人に湯浴みをさせたいという願をかけられた。当時はサウナのような施設で病をいやしたのだろうか。一説によると、ライ病患者が来て、膿血を吸って治療されたという。するとその病人は、忽ち「東方あしゅく如来」に変貌したとされる。

 格納されている宝物は、宮廷のインターナショナルなネットワークが感じられる品々が多い。しかも、時空を超えて同じ美に対する感性に浸れると言うことは何と素晴らしいことであろうか。

※白州次郎は吉田茂のブレーンとして活躍し、通産省を作ったとされる。その妻の白州方子さんは、骨董に趣味があった。
 「私のこだわり人物伝」(2009/9/15)で放映されていた。元首相の細川氏が子供の頃、彼女はよく家に出入りしていたという。
 そして細川氏は白州正子さんにいろいろと教わったらしい。彼女は、本物であろうが偽物であろうが、自分が気に入った骨董はとことん愛したという。
 「自分がいい」と思った骨董は断固として「これがいい」と言ったという。彼女は言う。

①古い伊万里の偽物でも好きならばそれでいい。

②人の骨董も2分見ればすべてが分かる。

③五、六十年もやって、やっと骨董も魂があるってことを知ったの。

④その魂が私の魂と出会って、火花を散らす。人間で言えば一目惚れって言う奴かな。

⑤ドキドキさせるものだけが美しい。

⑥随分と色々のことを教えてもらった。あたしの欠点も長所も、いかに生くべきかということまで。(『私の骨董』より)

 素晴らしい信念ではなかろうか。さすがに白州次郎氏の奥様である。

 中内 英生

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December,26,2009「CO2、25㌫削減宣言をどうするか?」

Photo December,26,2009「CO2,25㌫削減宣言をどうするか?」
今日の詩::年賀状 インク欲しいと 子らの声
※年賀状、プリンター用インク、パソコンの年賀状ソフトなど、文明が進化すると年の暮れは出費が多いです。年賀状と筆一本の時だが懐かしい。

 総裁先生がブログにお書きになっておられたように、日本は25㌫削減のスローガンをおろすべきでないと、日経新聞(2009/12/20)には書かれていた。内容を吟味してみる。

 小見出しに「低炭素社会の設計急げ」とある。日本は25㌫削減の高い目標を掲げただけで、実現を裏付ける政策がないとしている。景気下支えも狙ったエコポイント制度など、一時的な対策だけではなく、日本を低炭素社会に転換するための持続的な制度が必要とのことだ。

 欧州諸国は、低炭素社会への制度作りをほぼ終えているらしい。環境税や排出量取引制度だけではない。例えば、コペンハーゲンの主要部はゴミ焼却の熱を利用した地域暖房が完備している。欧州各国政府は自然エネルギー導入や公共交通網の整備なども法律を定めて後押ししているらしい。

 米国も議会で温暖化対策法案が成立すれば、「脱石油」に向けて動き出すはずである。
『日本は米中などの参加を前提にして25㌫削減の旗を降ろすべきではない。』
 鳩山政権は化石燃料に課税する温暖化対策税(環境税)の導入でふらついているが、環境税や排出量取引などを含む体系的な政策導入の準備を着々と進める必要があるとしている。

 温暖化対策が日本企業の国際競争力に深刻な影響を与えない方策も同時に示し、低炭素社会の制度設計に早急に着手すべきであるとしている。
 低炭素社会への方向性を示すことで企業は環境投資を決断しやすくなり、住宅や自動車を選ぶ国民の判断に迷いがなくなる。低炭素化につながる技術開発や社会のシステム再構築を核にして、新たな投資や需要を導く成長戦略が求められているとのことである。

 以上、大体の内容だがここまで来た環境政策は当然、後に退くべきではないだろう。

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2009年12月24日のブログは、「QRコードで送ります」です。島根の皆様で啓太遺伝ををお持ちの方はどうぞ試して下さい。素晴らしいコミュニケーションが開始されます。

※今日は、受験勉強会があった。皆様は実に熱心だ。御教えを正しくお伝えする地方講師の使命は大きいと言える。そして、真理をより深く学習することは本当に楽しく、時の経つのを忘れてしまい、いつもまにか2時間、3時間と経過しているから不思議だ。

※島根は今後、写メール俳句の投稿を維持しつつ、本部のポスティングジョイへの連携を強めて参りたいと存じます。素晴らしい世界が待っています。

 中内 英生

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December,25,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子(了)」

Photo December,25,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子(了)」

今日の詩::肩掛けの 温もりうれし クリスマス
※サンタさんにいただいた、肩掛けです。温かいね。

 さて、今日で最終章です。
新国立劇場で上演されたモーツァルトの「イドメネオ」では、声の細いヒロインとの繊細なバランスを浮き立たせ、モーツァルトのオペラの本質が、個々のアリアの華やかさではなく、人間関係の「あや」の描き方にあると気づかせたという。
(この文章の意味は、私にはよく分かりません。かなり専門的なので…。)

 08年に新制作上演されたバオロイト音楽祭の「パルジファル」では、主人公の手をとってベッドの上でぴょんぴょん跳ねるコケティッシュなキャラクターを体当たりで演じたらしい。演出家シュテファン・ヘアハイムの若い野心に、できる限り寄り添おうとする姿であった。

 「皆の要となるために、自分がどう動き、歌い、振る舞うべきか。これを見抜くためにすべての勉強がある」と。
(島根の皆様、いかがでしょうか。この修行精神は!相当に優れているのではないでしょうか!)
 オペラのけいこに入る前には、他の歌手のパートまで、すべて頭に入っているという。歌詞や入りのタイミングを伝えてくれるプロンプターは、事故を未然に防ぐのに不可欠な存在だが、藤村さんは「私はいいから、他の人を助けてあげて!」という。完全に台本全体が頭に入っているからであろう。
 保険を断ち切り、自らをギリギリのところまで追い込んでこその表現であるとしている。

 たとえば、「痛み」を意味する「Schmerz」(シュメルツ)という言葉を歌う時、これまでの人生で、藤村さんが実際に感じてきた様々な痛みが「Sch」や「Z」などの子音のこすれた響きに結ばれて再生するのだ。初恋の痛みは、ちょっぴり甘いそよ風のように歌う。深い愛を失った痛みは、心に刺さる突風のように表現する。

 藤村さんは、「大好きな歌を歌い続けたい」。そんな素朴な願いを打ち破られたドイツで、歌う喜びを再び見つけたのだった。葛藤が、芸術に生きる覚悟を与え、歌う喜びを何倍もにして返してくれたのである。

『さまざまな人を受け入れること。それが芸術家として生きることなのだ』。そう今は感じているという。
(この言葉も教えられる言葉だ。)

 彼女は言う。「歌手は、死ぬまで歌い続けてこそ歌手である。楽譜を1000回見たら、1000回新しい世界を見つける。そんな感性の鋭敏さをどこまで持ち続けることができるかが勝負だ」と。 

 私たち島根の信仰者である信徒も、死ぬまで善なる神を信仰しつづけてこそ、真の信仰者であり、谷口雅宣先生のお弟子でありましょう。1000回、聖典や聖経、就中、総裁先生の御著書を拝読して、1000回、新しい世界を発見する。この生き方と覚悟が必要ではないでしょうか。

 藤村さんの短く切りそろえた黒髪も、もう欧米人のように染めようとは思わない。
それは何故か?「日本人である自分からにじみ出てくる何かを、そのまま世界の聴衆に示したいと思うからだ」と。

 最後の文章は私たち島根の信徒の魂を強く打ちます。日本人は日本人でなければ表現できないものがある。島根県人は島根県人でなければできない優れたものがある。私はそう思います。だから、私は、出雲弁は大好きです。ダンダン。
(終わり)

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

  2009年12月22日のブログは、「古い記録 (11)」です。「信仰と生活の一致」をお考えになりながら、学生時代の精神生活やブラジルでの青年会のことなどを語っておられます。拝読下さい。

※今日は、午前中は生教会の学習会があった。着々として進んでいるようだ。来年が楽しみである。午後は、雲南の先祖供養祭に行った。これもまた、着々として進んでいる。島根の信徒の皆様は本当に素晴らしいです。

 中内 英生

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December,24,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子③」

December,24,2009「藤村メゾソプラノ歌手 実穂子③」
今日の詩::師走には 聖者の行進  見るような

 仰ぎ見る 光る大山 雪斜面Photo  

 続きです。
藤村さんは、95年、オーストリアのグラーツ歌劇専属歌手のポジションを得た。そしてヨーロッパでデビューした。順調にキャリアを重ね、2002年にはワーグナーの殿堂、バイロイト音楽祭の舞台に立ったという。主役級としては日本人初だった。しかもこの直前、ミュンヘン国立歌劇場で新演出の「ワルキューレ」にも出演していたようだ。本場ドイツで話題の舞台を相次いで東洋人が席巻したニュースは現地メディアでも大きく報じられた。一躍世界の寵児となる。

 それでも、差別の連鎖から簡単に抜け出せた訳ではなかったという。
風邪でも引こうものなら、いくらでも西欧人の代役が待っていた。道なき道の果てしなさに、再び心がくすんだことがあったという。なぜ、私は欧米人に生まれてこなかったのか。…黒く長い髪を染めたところで、しょせん西洋人になることなどできないのだ。

 光を見いだすことが出来たのは、差別する他者への対抗心ではなく、なぜそこまでして音楽に向き合わずにいられないのか、という己への問い直しだったという。
(ここがポイントだと思う。私たちは御教えに生かされているが、人生に於いてつらい時もあるかもしれない。しかし、なぜそのつらさから逃げずに使命に向き合わなければならないのか?と深く考えていく必要があろう。その答えは各自が出す必要がある。次のような谷口雅春先生の祈りのお言葉がある。『住吉の大神、宇宙を浄め給う。宇宙浄めの天の使いとして生まれしが、(自分の名前を言う)なり。神は私に使命を授け給う。今日何を為すべきかを教え給う。その教えられたる使命を実践することが、私の生き甲斐であります。…すなはち、神が自分をこよなく愛し給うこから、如何なることがあろうとも、神様のご使命に応えなければならないのではなかろうか)。

 藤村さんは、「自分の骨を削るような気持ちで歌わねばならないのは、この世界で生きていく新しい骨格をつくるためなのだ、と気づいた。
 人種や文化の違いを超えた、あなたなりの『核』を見つけなさい。そう歌の神様が教え、学ぶ機会を用意してくれたのだと」
(これは日時計主義だと思う)

以来、禁欲はさらに徹底されたという。点と点をつなぐように、空港、ホテル、演奏会場だけを行き来するのである。風邪を引かないように、人混みには行かないし、美術館の長蛇の列にも並ばないという。ひたすら自分の肉体と対話し、舞台に向けてコントロールしていく日々である。それはアーティストというよりはむしろ、アスリートのそれと似ていると書かれている。

 (私自身は、普段の日は自宅、事務所、会場との行き来がほとんどである。余計な事を考えない。だからこそ続けることができるのではないだろうか?と思う。家に帰ったら、ブログを書く。これは読んで下さる島根の信徒さん宛の私の毎日の信仰手紙である。だからこそ、まったくアルコールを口にすることはなくなってしまった。)

 (続き)

【日々、総裁先生のブログを拝読しましょう。
 講習会は、平成22年11月28日です。一人でも多くの人をお誘いしましょう】

2009年12月21日のブログは、「“核テロリズム”の危険」です。アメリカの核戦略の転換について詳しくお説き下さっております。また、日本との関係や北朝鮮との関係などにも影響があることが述べられております。テロリストによる核攻撃はいまだかつて受けたことはないが、その危険性は十分あるようです。かつてNHKテレビで詳しく説明しておりましたが、都市部で使用された時の被害はものすごいようです。現代の世界を知る上で、島根の信徒の皆様にとって必読です。

※今日は、早朝行事担当の後、一日中ゆっくりと本を読んだり、散歩をしたりしてすごした。夜は、三女が作ったデコレーションケーキをみんなで食べてささやかなクリスマスを祝った。
※藤村実穂子さんの文章を連載しているが、私自身も学ぶことが多い。信仰的というか自分に厳しいというか、日時計主義というか、参考になることが多いのではないだろうか。

 中内 英生

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December,24,2009「ご使命」

December,24,2009「ご使命」
今日の詩::赤飯を 押し頂きぬ 使命受け 未だ受賞に 耐えぬ我が身を

 先日の地方褒賞の授賞式での受賞者の一人からのお言葉に私は感動しました。

 中内 英生
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