『正法眼蔵を読む』に学ぶ

June.28.2011「弁道話の巻 前書き」(2010/10/21の分)

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June.28.2011「弁道話の巻 前書き」(2010/10/21の分)
今日の詩::扇風機 エアコンよりも 倫理的?

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 『正法眼蔵を読む 上巻』12ページ8行目であるが、次のように書かれている。

『ところがその内容たるや、きわめて高度であり、且つ深遠である。この神韻縹渺たるエキスに触れると、初心者はアッと驚いて腰を抜かす。何のことやらさっぱり分からぬという人もある。しかし分からぬながら、何度も何度も繰返し味わっていると、その行間から不思議な霊々妙々の香気が立ちのぼって、心の渇を癒してくれるのである。…』

 谷口清超大聖師はこのようにお書きになっておられる。「何度も何度も繰りかえし味わっていると」とお書きになっておられるのを読んで、私は努力が欠けていたと感じた次第である。「読書百遍意自ずから通ず」という言葉がある。百遍とはなかなか実現できそうにないが、それくらいの熱意が必要なのであろう。
 谷口雅春大聖師のお言葉の中に、「良き友がいない場合は、良書を友とせよ」という青年向けのお言葉がある。私自身は、正法眼蔵を直接読んだことはないが、この聖典で理解を深めたいと思う。20歳代の時に、永平寺に行き座禅を組み、帰りに老師にお会いした。老師は、「谷口清超先生は、正法眼蔵を深く理解しておられますね」と言われた。この老師から、まさか谷口清超大聖師のお名前が出されるとは思わなかった。この老師も、『正法眼蔵を読む』を拝読しておられたのである。

 この聖典には、不立文字と法燈継承について述べられている。私たち信徒にとって、重要なポイントである。かつて松江道場では、全4巻を輪読したという。それは、道場の近くの城東地区の誌友会に、谷口清超大聖師がご上京前に参加しておられた経緯があったからだという。
 時空を超えて、私もその輪読会に遅ればせながら、参加させていただきたいと念願している。

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中内 英生

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October.01.2009「『正法眼蔵を読む上巻』に学ぶ①」

Img584 October.01.2009「『正法眼蔵を読む上巻』に学ぶ①」
今日の詩::リンリンと ジンジンと鳴く 夜の闇

 今日から、少しずつ『正法眼蔵』の勉強をさせていただきたいと思います。昨年、私は松江道場に参りました。すると、よく松江道場にお出でになられるという人から、「谷口清超先生が、『正法眼蔵を読む』という本をよく読んでください、といわれたので私たちは松江道場で全巻を輪読しました」とお聞きしました。私はあの難しい御本を読んだだけでもすごいことだし、しかも全巻を輪読したとは何と素晴らしいことだろうと考えました。しかし、よく考えますと、松江という土地は、谷口清超先生と非常にご縁が深い土地であるのです。先生は松江にて菩薩道を発願されて東京へお出でになられたのでした。わたしたちはその事を肝に銘じて、「島根こそ谷口清超先生の御心を生きよう」と先生のご愛念にお応え申し上げたいと存じます。さて、松江の信徒さんに見ならいまして今日から少しずつ、勉強して参ります。

【はじがき】
①谷口清超先生が、『正法眼蔵を読む』の本を法燈継承の記念出版として選んだ理由は何ですか?
②道元禅師は一宗一派を認めましたか。

 ①の答えですが、「はしがき」1頁の7行目に書かれています。
『何故私がこの『正法眼蔵』を記念出版の書物として選んだかというと、本書の中で道元禅師はくわしく嫡々相承の真意をのべておられるからである』と。
この嫡々相承は面授となって現れます。この書は光明化運動の中心者の継承についてお説きになられた最重要項目中の最重要項目といったものではないかと拝察申し上げます。

 ②ですが、「はしがき」の2頁の15行目から3行において答えがあります。
『本書でも道元自身は「禅宗などと言うな」と教えられ、そんなものは釈迦の教えられた呼称ではないと、一宗一派を完全に否定しておられるのである。この点も万教帰一の立場ときわめて通ずるものがあるので、…』
 禅は全であり、宗派に凝り固まるものではないというべきであろう。私は28歳の頃だったろうか、4日間福井県の永平寺に座禅を組みに行ったことがある。帰りに面談があり老僧から『喫茶乎』と書いた書を頂いたことがある。私は、谷口清超先生が『正法眼蔵』についてお書きになっておられることを老僧に言った。すると老僧は、「禅宗の僧侶ではないのに、よく勉強して大変素晴らしい解釈をしておられますね」という意味のことを言われた。禅宗の専門家が谷口清超先生のご著書を拝読しておられることを知って、嬉しく感じたと共に、禅宗のお坊さんの心の広さを痛感した。

 この「はしがき」には、昭和50年11月号の『生長の家』誌での谷口雅春先生の御文章が書かれている。谷口清超先生のことを書かれた御文章である。また次のようにもお書きになっておられ、当時、拝読したとき何とも名状しがたい気持になった記憶が甦る。
『…私も決して死するのではないのである。「身を現ぜずして渇仰せしむる」摂理であり、摂理に従って現象界から姿を隠すだけであるーその時が来るのは自然の理であるのである。…私は安心して私の後を継ぐ者ありとして、安心していつでも涅槃に入ることが出来るのである。併し私は滅するのではない、「常に霊鷲山及び余の諸々の住処に在り」で、いつでもアフリカでも、カナダでも、ブラジルでも姿をあらわして衆生を教化するのである。』

 そして最後の行には…、
「中巻及び下巻は、順次刊行される予定であるから、是非続いて全読して頂きたいと切望する次第である。…」と。
『切望』をいう字をお使いになっておられます。島根の信徒である私たちは特に心すべきであります。

【日々、総裁谷口雅宣先生のブログを学びましょう:
 島根教区講習会は、平成22年11月28日(日)です】

 2009年9月13日のブログは、「倫理的消費者の潮流」です。

この経済不況下でも、「倫理的投資者」と言われる人達が増加しつつあるそうです。
 最後に、ホテルでのリムジンカーに乗った新郎新婦の姿を書いておられます。写真も掲載しておられます。そして、「倫理的結婚式」の英文のホームページをご紹介しておられます。そして近々結婚式とご縁のある人々に参考にして欲しいとのことであります。島根では如何でしょうか?
私が昨年に遭遇した結婚式では、結婚式や新婚旅行で輩出した二酸化炭素排出を相殺して炭素ゼロ結婚式をしたそうです。しかも全国テレビで放映されたとお聞きしました。
 さて、次なるカップルはどなたでしょうか?

*今日は不思議に出雲にしてはあまり風のない夜だった。

 中内 英生

*次は、10月2日に行われた、「聖使命会員並びに組織会員感謝祝福祈願祭」の様子です。

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